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幕間『大人たち』


 朝倉が長期任務から戻ってきた高崎に殴られ、担がれ、運ばれていったあと、天河は深夜の本部に戻っていた。報告会で使用していたのはどの班でも申請すれば使える会議室だが、深夜本部は段違いに広い。

 ホール様の広い部屋には机が階段状に並び、前方のステージには巨大なモニターがついている。もちろん冷暖房も完備、入り口は自動扉。お陰様で設備に苦労したことはない。



「天河さん! お疲れ様です!」
「うん、お疲れ」



 次の任務までの時間を使ってここまで来たのは、少し調べ物があったからだ。扉をくぐって、緩やかに続く階段をテンポよく降りていく。
 一番下まで降りると、すぐさまステージ横に並んだ棚を開いて目当ての資料を探し始めた。それらしいファイルを引き出して開いては閉じ、閉じては戻し。

 それを繰り返していると、後方でまた威勢のいい挨拶が聞こえた。天河はつい癖で、一瞬のうちにその声の分析をする。先ほどよりこわばった調子で、普段よりずっと大きな声。新たにやってきた人物――つまりその挨拶を向けられた男の予想はすぐに済んだ。そして、ひしひしと感じる存在感によって断定せざるを得なかった。そいつは気配のコントロールも上手いが、よくこれほどのプレッシャーを抑えこめるものだと感心する。

 天河はようやく目当ての資料を見つけ出すと、ステージ前に用意されている自身の机にそれを広げて座る。一度に見比べようと並べていると、頭上にぬっと大きな影が差して顔を上げた。

 天河に断りもせず机の端に腰掛ける高崎を、今更咎めたりはしない。



「お疲れ。休憩?」
「あ? あー……まあな」



 曖昧な返事が返ってきて、天河は首をかしげる。そういえば朝倉はどうしたのだろう。高崎には午後まで仕事を入れていないから、てっきりトレーニングか食事に付き合わせたと思っていたのだけれど。
 腕を組んで特に何をするでもなく言葉も発さない高崎を、天河は書類の文字を追う傍で怪訝そうに見やる。



「朝倉は?」
「知らん」
「ええ……?」



 さっき連れて行ったのはどこのどいつだ、鏡を見て言ってみろ。その心は内に秘め、代わりに呆れ声を出してやった。やはりこの男、朝倉で遊んでいるのだろうか。大事な戦力が高崎に痺れを切らして深夜脱退、なんてよしてほしい。まあそうなったところで受理しないが。一度深夜に足を踏み入れたが最後、脱隊には天河と高崎の承認がいる。

 任務で致命傷を負って前線で戦えなくなった兵はすぐにでも事務に所属できるよう手を回すが、何度も言うようにそもそも深夜に入るのは戦いを望んだものたちである。脱隊なんて、頼まれたって嫌がるだろう。
 それに天河は、いくら朝倉が高崎を嫌おうと深夜を抜けることはないと確信していた。彼は生粋のソルジャーであるから、この最高の環境を自ら手放すはずがない。



「あんまりからかってイジけさせないようにね。彼はあなたと違ってまだ子供なんだから」
「あんなクソ生意気なガキがいてたまるかよ」
「可愛いものじゃない。私が知ってる子供といえば……」



 何かを言いかけた天河は、少し顔を歪ませて口を閉ざした。言葉を選ぶように目を泳がせていたが、やがてふさわしい言い回しがなかったのか諦めてその先は適当にはぐらかす。



「……まあ、二人の関係に口出しする気はないけど。あなたが他人に興味を示すのは珍しいことだから、朝倉に構うのは進歩だと思うし。けど喧嘩して連携取れなくて任務で失敗した、なんて起こらないようにね」
「俺がそんなヘマしたことあるか?」
「うーん……思いつかないかな。少なくとも私があなたの下に就いてからは失敗はなかったよ」



 高崎にも一応作戦書は渡すが、最終的な目的さえ達成すればいいと思っている。多少の作戦の狂いはパワーでゴリ押しできるから。基本的に単独行動の高崎と組まれたときは、細かい調整をこなすのが周囲の仕事になる。



「実は、あなたの弱点を探すのが私の今一番の楽しみなんだよ」
「無駄だと思うけどなァ」



 できるもんならやってみろ。高崎は喉を鳴らしてくつくつ笑うと、不意に立ち上がって首筋を掻いた。



「ちと体動かしてくる。さっきのじゃ全然足りねェしな」
「鍛錬もいいけど、午後に仕事あるんだからね。それと明日から本條の方で魔物の掃討任務があるから、今日暴れすぎて明日やる気なくしてるとかないように」



 この男にはたかが一週間程度の出張で休暇は必要ないだろうし、むしろ護衛ばかりで力を振るえなかっただろう。そう考えて帰還した当日の午後には近場の中規模な、翌日には大きな討伐任務を入れた天河の判断は正しい。高崎はどこか楽しそうに、母親のようなことを言うなと苦笑した。



「ああ、あと」



 思いついたように顔を上げた天河を、階段に足をかけていた高崎はちらりと振り返る。



「何だかんだ言うけど、朝倉怒らせるのも程々にね」
「…………」



 高崎には瞬時に先のトレーニングセンターでのことが思い出された。あの場にいた部下たちには固く口止めをしていたから、天河に話が通るはずがないが。自分の思い過ごしかと天河の顔を見ると、意味ありげな目をしている。

 気を失った朝倉は恐らく一度医務室に運ばれていて、その関係で思い当たるのが一人いた。



「……園崎か」
「いい先生だよね、あの人」



 どことなく咎めるような笑顔を貼り付けた天河をしばし見つめていた高崎は、何を思ったか無言で背を向ける。



「……あァ」



 そんなぶっきらぼうな返事だけを残して、高崎はふいと顔を背けた。


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あきゅろす。
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