ace of diamond
追う背中 (春+倉)
おれの隣にいるのは、亮介さんじゃない。でも、ふとした瞬間、そこにいるような錯覚に陥る。
ああ、まただ。あのニコニコした目は見れないけど、あの口元がそっくりで、ほんとうに、ほんとうに、亮介さんみたいに笑うもんだから、だから……
ー時々甘えたくなるー
* * * * * * * * * * *
「せ、先輩」
練習が終わり、自主練に入ろうと思った倉持のところに亮介さんの弟がやってきた。
珍しいなと思いながら、倉持は振り返り、亮介さんの弟に顔を向ける。
「あの……一緒にティーバッティングしてもらえませんか?」
顔を赤くして亮介さんの弟、春市が言う。
やっぱり、緊張している。俺のこと怖い先輩だと思っているんだろうなと倉持は思いながら、なるべく優しい口調で返事をした。
「いいよ」
* * * * * * * * * *
俺はさっきからずっと打っているような気がする。
「先輩」
「ん」
倉持先輩のボールを投げるのをやめない。俺はそのボールを打ちながら、話しかける。
「代わります、先輩」
ボールを投げる手は休めず、ふっと小さく倉持先輩は笑った。
俺はそのボールをただ打つ。
「俺はいい。お前が打てよ」
「え…でも……」
ああ、なんだかこの感じ。やっぱり、そう。忘れるはずない。
「倉持先輩。やっぱり、代わります」
「いいって。お前が打てよ。……はあ。ちょっとはさ、先輩面させてくれよな」
倉持先輩は苦笑いした。その顔を見ておれは安心した。
ああ、そうだな。この感じ。倉持先輩もそうだったんだろう。倉持先輩が追う先輩像がきっと……。
「倉持先輩の先輩面はただのコピーですよ」
「は?」
「コピーではオリジナルには勝てないですよ」
また、先輩はきょとんとした顔をした。この顔を兄貴は見ていたのだろう。
「兄貴の受け売りです」
「ヒャハハ。そういうことか。確かに亮介さんが言いそうだ」
先輩は腹を抱えて笑い始めた。
これが、本当の先輩。コロコロと表情を変える姿を兄貴は見ていたのだろう。俺にもずっと、ずっと、この表情を見せてくれたらいいのに。
「ほれ、打てよな」
先輩はまだ笑っている。それでも、俺にボールを投げる。
カキーンとバットの芯に捉えたボールはまっすぐに飛んでいく。
ああ、いつまでもこの時間が続けばなあ。
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