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空想とお伽噺













 
 
うちにはおとうさんもおかあさんもいるけど、わたしはいつもトウメイニンゲンなの。
だからわたしが外で何をしていても、だれも気にしないよ。



「ねえ、アントン」
「どうした?ふぁーすとねーむ」
「このまえね、授業参観があったの」

 週に何度か、こうしてベンチに座って話をすることがある。
 今夜もそうして会えなかった数日間のうちにあったことをしゃべりながら、先生からくばられたそのままほかのだれにも見せなかったプリントを、アントンに渡した。

 この前、夜の公園でおじさんにつれて行かれそうになったところをたまたま通りかかった酔っ払いのアントンに助けてもらった。わたしとアントンの会う予定のなかった日。
 その日から、アントンは会うたびわたしのことをぎゅっと抱きしめるようになった。“大丈夫か”“また危ない事してねえか”“心配させんなよ”。
 それはいつもみたいな夜だったり、“ジユウギョウ”の空き時間だったり。
 アントンが心配性なのははじめて会ったときから変わらないことだけれど。お願いだから、顔を合わせるたびに、そうやって大きなからだをちぢこめて、お座りしているわんちゃんみたいな顔でわたしを見ないで。

(…かわいく思えてきちゃうじゃない)

 今だって、いつも細かい作業は嫌いだって言っているのに、面倒くさがらないで細かい文字のプリントを目を細めて読んでくれる。やさしいアントン。

「そうか。…この、作文の発表ってのは」
「えっとね、」

 プリントの太字、”担任より一言”のところの『授業では子供達による作文の発表を行います』と続く一文を指す太い指。わたしの言葉をちゃんと聴こうとしてくれているのがうれしくて、いつもよりいっぱい、いっぱいしゃべってしまう。

「”わたしのすきなもの”。みんな自分の机で、立って発表したの!」
「へえ。お前、何が好きなんだ?」
「アントン!」
「あぁ!?…そうじゃなくてな、」
「アントンは、わたしがアントンのこと好きじゃいや?」
「いや、そういう意味じゃ……作文に、何を書いたかっていうことなんだが」

 ちょっとだけ目をそらしながら、別に嫌じゃないぞと頭に乗せられた大きな手はあたたかくて、ずっしりした重さが安心を呼ぶ。もうすっかりくせになってしまった。

「うん。わたしね、ロックバイソンのことにしたの」
「………まったく。お前は本当に好きだなァ」
「うん!おっきくて強くてかっこいいもん、ヒーローの中でいっちばん好き!」

 言い切ると、照れたように少し強い力でぽんぽんと頭を撫でられた。
 他のヒーローとちがってあんまりメディアには出ないし目立つような活躍もしないけれど、ロックバイソンの頑丈そうなヒーロースーツと能力はわたしにとってのあこがれだ。めったなことでは傷付かない強さ、何にもふみつぶされないくらい大きいからだ。ちょっとした失敗にも言い訳しないところ。
 ごついスーツも低い声もいいけれど、やっぱりその三つがだれよりもかっこいい。

「ロックバイソンが好きじゃないなんて、ほんとにクラスの子たちってシュミ悪いわ。ねえアントン?」
「あ…ああ、そうだな、…うん」

 ずっとずっと好きだった、ロックバイソン。
 あの夜の、あのことば。かわいいアントンは酔っていたから覚えていないみたいだけれど―――

 あのね。…この、作文をね。

「アントンに聞いてほしいなって」

 アントンがちょっとびっくりしたような顔をしてわたしの目を見る。

「だめ?」

 エメラルドの瞳とまっすぐに見つめ合って聞くと、困ったような声がかえってきた。

「…いいのか、その…俺は、親じゃねえぞ」

 きちょうめんにプリントにある<お父様・お母様へ>という文字に当てられた指がおかしくて、思わず笑ってしまう。

「…うん。だって、わたしにはアントンしかいないもの」

 トウメイニンゲンのふぁーすとねーむをニンゲンにしてくれるヒーローは、アントニオだけよ。

 めったに呼ばない名前。
 “知らない”わたしの言いまわし。

 フクザツそうな表情を浮かべたアントニオの太くてたくましい腕をぎゅっと抱いて、わたしは隣に置いておいたしわのよった原稿用紙をひろげた。






(宵闇の小夜曲)
 
 
 





















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