ミッション失敗でした
何事もなかったように浮かぶ黒い渦。
その手前に落ちた召喚器。
『───間に合わなかった』
そのすぐ側に、とん、と足音も軽くイカロスが降り立った。
「イカロス!」
「無事だったんですね」
『ミッションコンプは不可食らったけどな』
どさっと投げ落としたのは黒い服の女性体。床には名前の通りの緑色が広がる。
「エメロード!」
『返事しねぇよ。中身から壊されたらしい。こいつは生まれたままの人形だ』
パスカルが仰向けに転がすと、イカロスの言った通り、目を見開いて感情の抜け落ちた顔をさらしたヒューマノイドがそこにいた。
「どういうことだ? エメロードさんはヒューマノイドだったのか?」
『千年永らえるために自分の頭の中コピーしたんだろ。で、こいつに載せ代えた、と』
SFでたまにあることだ。人の体はどう頑張っても二百年しか保たないからってアンドロイドとかスーパーコンピューターに自分の記憶を全部置いておく。
「エメロードさんは……死んでしまったってこと?」
『本人の体はもう八百年は前に死んでるな。意識のバックアップはまだ上にあるとして』
ちらっと上(フォドラ)を見上げてイカロスは舌打ちした。
『気分のいいもんじゃねぇな』
「───おい、見ろ!」
教官の声に弾かれたように全員が黒い渦の方を見る。
「あれは……研究所で見た……?」
俺は渦を通り越してそれに手を伸ばす人を見ていた。
「……おう、じ」
リチャード。
「おいで、ラムダ……僕のところへ……」
小さな人影がリチャードの手を取った。
光。
光。
悲鳴。
うそだろ。
すっかりさっきまでの魔王陛下に戻ったリチャードが床に拳を叩きつけた。
思い切り床が揺れる。なぜだか灯りがなくても明るい繭の中に光源ができた。
「星の核に繋がる穴が開いた……!」
がらがら崩れる瓦礫が床を叩く。
広がった穴にリチャードが近付いた。
「リチャード!」
アスベルの声に一度振り返ったリチャードは、それでもあっさりと視線を外して穴に飛び込んだ。
「ラムダーッ!」
ソフィが武器を構えて走りかかるのをアスベルが止める。
「ソフィ! どこへ行く気だ!」
「止めないで! ラムダを消さないと!」
「落ち着けソフィ!」
がらがらと繭が崩れる。崩れていく。
俺もいっそ崩れたいような気がした。
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