オリジナルSS 1 勤続三年になる須藤克哉(すどう かつや)は誰もが認めるエリート社員だ。 仕事はなんでもこなし、頭の回転も速い。 接待の仕方も申し分ないほどに完璧なエリートサラリーマン。 そんな克哉だが、人に言えない秘密もあった。 真面目なエリートでルックスも最高の克哉は女の子にも当然モテる。 だが、克哉の恋人はどんな可愛い女の子でもなく、ドジばかりの年下男──御船彩斗(みふね あやと)だった。 別に克哉はホモというわけでもない。 彼女が居たことだってあった。 でも、どんな女の子よりも彩斗に惹かれ、恋い焦がれた。 そして、想いを伝えた克哉は今、彩斗の一番近い存在になっていたのだ。 男同士の恋愛にはたくさんの障害がある。 しかし、克哉は苦など感じなかった。 どんなに危機が迫ろうと、二人で乗り越えて、今がある。 そんな幸せな二人だったが、ある日、それは突然に起きた。 ある日の仕事中、克哉が突然、その場に倒れてしまった。 「っ…!」 激しい頭痛に襲われ、力が入らなくなった身体はそのまま床へと倒れこむ。 ドーンと大きな音と共に克哉は意識を失ったのだった。 頭がクラクラし、もう何も考えられない。 周りで克哉を心配する声が飛び交うが、克哉の耳には届いていなかった。 それからどれくらい経っただろう? 克哉はまだ頭が怠いな、と思いながら、重い目蓋を開いた。 「んっ…ここ…俺ん家?」 会社で倒れたあと、克哉は全く記憶がない為、突然自分の部屋に来ていたことに多少なりとも驚いてしまう。 必死に記憶を辿っていくが、やはり倒れたあとのことは思い出せなかった。 「誰かが運んでくれたのか?」 もしかしたら帰っているかもしれないが、運んでくれた誰かが居ないか、克哉は部屋の中をゆっくりと見回していく。 すると、部屋の中央に置かれた丸いテーブルの上にある一枚の紙切れが眼に入った。 克哉はベッドから起き上がり、のろのろとテーブルの方へと歩いていく。 本当ならベッドから二、三歩でつく距離も、ふらふらの克哉には遠く感じられた。 テーブルの上に置かれていたのは、どうやらメモのようだ。 手の平サイズの白い紙切れを手に取ると、克哉はそれに眼を通した。 『須藤、お前が寝てる間に病院に連れていった。過労らしいから、部長が二、三日休めだとよ。じゃ、俺は帰る。きっと代わりに看病してくれるやつがすぐ来るからさ。山本』 メモには雑な文体でそう書かれている。 山本は克哉の同僚で気の合う友達だ。 この汚い字が山本らしい、と思いながらも、克哉は彼なりに気を遣ってくれていることに嬉しくなる。 普段はバカばかりやっているような山本だが、本当は友達想いの優しい青年なのだ。 「でも、この“代わりに看病してくれるやつ”って誰だ?」 メモに残された意味深な言葉に、克哉はまだクラクラする頭を悩ませる。 すぐと言っても今は午後二時。 普通に同僚達は仕事をしているはずだ。 一体、山本は誰を呼んだのだろう、と克哉が悩んでいると、乱暴にドアが開く音が耳に飛び込んできた。 こんな開け方をするやつ──克哉は一人しか知らない。 「…まさか、な。あいつも今は仕事中だし」 無駄な期待はしたくなかった。 メモをテーブルに戻し、そそくさとベッドに潜り込む。 玄関から聞こえてくる足音はどんどん大きくなり、まっすぐ克哉が居る寝室へ向かってきていた。 そして、バンッという音と同時に寝室の扉が勢い良く開かれる。 「はぁ、はぁ…っ…克哉さんっ」 音の方に眼をやると、高校生ぐらいの男の子が息を切らせて立っていた。 額には汗があふれ、前髪がべったりとくっついており、そうとう慌てて走ってきたのだろう。 「なっ…彩斗!」 今ここに居るはずがない人物が現れ、克哉は眼を見開いた。 この高校生のような少年は克哉の会社の後輩で、克哉がどんな女性よりも愛した恋人──彩斗である。 まるで女の子のような可愛らしさだが、これでも成人男子。 「お前、なんでここに!?」 足音からだいたい予想はしていたが、本来なら彩斗はまだ仕事中。 ドジばかりやらかす彩斗だが、仕事熱心で遅刻や欠席などしたことがなかった。 「だって…克哉さんが倒れたって聞いて、慌てて…来ちゃった」 涙目になって訴えてくる彩斗に、克哉は理性が飛びそうになるのを必死でこらえる。 「来ちゃったって…仕事はどうしたんだ?」 「山本先輩が帰っていいから克哉さんのところに行ってこいって言ってくれて」 「山本が?…そういうことか」 メモに残された代わりの人とは彩斗のことだったのか、と納得させられた。 山本は二人の関係を知る唯一の人物。 男同士という、端から見れば悲観されることが多い二人を、山本だけは普通の恋人同士として扱ってくれた。 それは裏表のない性格である山本だからこそなのかもしれない。 「…迷惑、でした?」 いくら山本に言われたからといっても、克哉にとっては迷惑だったかもしれない、という不安が彩斗を襲ってくる。 すでに潤んでいる眼に新たな涙が溢れだした。 「ちょっ、彩斗っ。違うよ、迷惑なんかじゃないから。だから、泣くなって」 恋人に泣かれるというのはどうも堪らない。 普段から笑顔の絶えない彩斗の場合、やはり泣いていてほしくなかった。 [次へ#] [戻る] |