からくり城奇譚
2 トゥエルの山城(4)山城の中にて(1)
城壁にできた窪みから中を窺うと、正面と右は行き止まりになっており、左にしか進めなかった。
ガイが先頭に立ち、人一人が通れるほどの狭い隙間から慎重に奥へと進む。
そこはがらんとした小部屋だった。剥き出しの石とひんやりとした空気。まるで牢屋の中のようだ。しかも、背後の入り口以外に出入り口はない。
「おいおい、いきなり行き止まりか?」
ガイが呆れたように声を上げる。
「はあ、そうみたいですね」
ノウトとしてはそう答えるより他はない。
「じゃあ、またさっきみたいに開けて……」
とガイが言いかけたときだった。開けっ放しになっていた入り口が再び音を立てて閉まってしまった。
「あんた、暗所恐怖症?」
互いの顔も見えない暗闇の中でガイが冷静にそう訊ねてきた。
「恐怖症ではないですが、こうも真っ暗なのは困りますね」
「気が合うね」
声からするとガイは笑ったらしい。
「俺も今、そう思ってたところだ」
そう言ったが早いか、闇にガイの秀麗な顔が浮かび上がった。
軽く持ち上げた彼の手のひらの上には、片手で握れるくらいの炎がある。
ガイが無造作に手を振ると、それは空中の一点で静止した。
「ほんとに魔法使いだったんですね」
ノウトは感心して宙に浮かぶ炎を見上げた。
結界を張った≠ニ言われても本当にガイがやったのかわからなかったから、いまいち信じられずにいたのだ。
「最初からそうだって言ってるじゃん。それよりこの部屋……」
『待ちくたびれましたよ』
ノウトのものではない、若い男の声が小部屋全体に響いた。
驚いた顔をする前にガイはにんまり笑った。
獲物を見つけた肉食獣のような笑みだった。
「すまねえな」
笑んだまま、ガイは声を張り上げた。
「この色男が来たの、今日の午後だったんだ。ちなみに俺は三日前」
『つまり、サンアールはよそ者の力を借りなければこの城に入ることもできなかったということですね?』
嫌味ともなく淡々と男は言った。その姿は部屋の中のどこにもない。
「まあ、そういうこった。でも、おまえはサンアールの人間と指定はしなかっただろ?」
『確かに。でも、半月もかかるとは思いませんでした。がっかりです』
「でも、一応こうしてここに来た。――姫様、返してもらおうか?」
『ええ、お返しします』
あっさり男は言った。これにはガイも拍子抜けしたらしく、切れ長の目を大きく見張っていた。
「まさか、死体でって言うんじゃないだろうな?」
だが、ガイはすぐにそう問い返した。こう見えて、なかなか用心深いところもあるらしい。
『大丈夫。ちゃんと生きておられますよ。ですが、その前に私の頼みを聞いてくれませんか?』
そら来たと言わんばかりにノウトに目配せしてから、ガイは天井の暗がりに向かって叫んだ。
「その頼みとやらを聞かなきゃ姫様を返してもらえないんだろ? いいぜ、言ってみな。そのかわり、姫様は必ず無事に生きて返せよ」
『それはあなた方しだいですよ。あなた方が私の願いを叶えてくださるのなら、姫は必ずお返しします』
「んで、おまえの願いってのは?」
『この城に入ってこられたあなた方なら、きっとできると思います』
男はそう前置きした。
『この城から、私を解放してください』
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