からくり城奇譚
4 トゥエルの蛇(2)蛇が守護する国ありき
凍るような沈黙が訪れた。
褐色の髪をした、ノウトとさほど年格好の変わらないその男は、両腕を鎖にからめとられた姿で壊れた人形のように宙に浮いていた。
もとより、この部屋にガイとノウト以外話せる人間はいなかったのだ。上半身しかない男が口をきけるはずもない。
『そうですか』
だが、ロリアン・カーノは、深く目を閉じたまま、青ざめた唇を動かさずに言った。
『やはり……私は死んでいたのですか』
「知っていたのか」
軽くガイが目を見張る。
『薄々は。ここに逃げこんだとき、すでにかなりの傷を負っていましたから』
その言葉どおり、ロリアンの上半身は、明らかに剣でつけられたとわかる傷で血まみれになっていた。
「でも、どうして生きてるんです?」
あっけにとられてロリアンを見上げていたノウトはふと我に返った。
「普通、あんな状態になったらすぐに死んでしまうでしょう? 第一、あれでどうやって仕掛けが?」
「いや、生きているっていうより、生かされてるんだよ」
ノウトの疑問には、ロリアンではなくガイが答えた。
「あの体自体はもう死んでると思うよ。ただ、一時的に凍結してある。そうすることによって、魂を現世につなぎとめてるんだ。たぶん、あそこから無理にはずせば、たちまちあの体は腐ってロリアンも現世にいられなくなる。いずれにしろ、これは邪法だ。俺ら魔法使いは絶対やっちゃいけないことになってる。表向きはな。城の仕掛けが動かせるのも、魔法がかけられているせいだろ」
「じゃあ、誰がいったいこんなことを?」
「それは……」
言いかけてガイは後方を顧みた。つられてノウトも振り返る。
「東に蛇が守護する国ありき=v
楽しげにガイは詠じた。
石の床から覗いているものに、ノウトはあっと声を上げかけた。
金の髪をした女の頭。続いて、胸、腰と、ゆっくりせりあがってくる。
「蛇の主は代々の王なりき。されど、最後の王は臣下に弑され、蛇は国を滅ぼし地に沈みぬ。彼の地の名はトゥエル。すなわち蛇が守る王の墓。トゥエルの地を荒らす者、ただちに蛇に呪われん=v
ガイがそう言い終えたとき、女は完全にその姿を現していた。
ガイの冴えた美貌とはまた違う、可愛らしさのあるそれだった。魔法に通じている者ならば妖精≠フようだと表現するだろう。
まったく血の気のない肌は雪のように白く、絹糸のような長い金髪は、冬の空のように青いドレスの裾と共に床に広がっている。
しかし、女の表情は硬い。髪と同じ金色の大きな瞳で、睨むようにガイを見ている。
「俺はもともと博覧家をめざしててね」
一方、ガイはいかにも嬉しそうににやにやしていた。
「伝説のトゥエルの蛇≠ノお会いできて至極光栄だよ。確かに一国を守護していたほどのあんたなら、城から姫様をさらうのも何てことないだろう。もちろん、手紙の代筆もな」
「蛇って……僕にはまったく人間のように見えますが」
「そりゃ、今は人間に化けてるからだよ。綺麗な人間に化けれるほど、その魔物は強いんだよ」
「私から、マスターを奪う者は許さない」
赤い可憐な唇からこれまた可憐な声がこぼれ出た。だが、口調は表情と同じく硬い。
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