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からくり城奇譚
3 落ちた先にあったもの(1)呼びづらい
「普通の人間だったら、間違いなく骨折か、下手したら死んでるぜ」

 忌々しそうにそう言いながら、ガイはまた新たに炎を一つ作り出し、空中に放り投げた。

「ダーリン、大丈夫? ケガはないと思うんだけど」
「……何とか」

 それでもガイのようにはうまく着地できなくて、ノウトは冷たい石の床に尻をついていた。というより、腰を抜かしていた。
 落とし穴だと気づいた瞬間、ノウトは死ぬと思った。だが、途中で体がふわりと浮き上がり、ゆっくり床に下りられた。
 たぶん、あれもガイの魔法だろう。もしそれがなかったら、今頃ノウトはガイの言うとおり骨折しているか死んでいる。
 座ったまま上を見上げると、すでに両開きの扉は閉じられてしまったようで、ただ闇しか見えなかった。

「今のも魔法ですか?」

 何とか立ち上がって、ノウトは尻をはたいた。

「そうだよ。言ったろ? ダーリンだけは絶対守ってあげるって」

 淡い炎の光の下でガイはにこにこ笑った。それに納得しかけてノウトはようやく気がついた。

「それ、僕のことですか?」
「何が?」
「ダーリン≠チて……僕の名前はノウト・ワークバリスというんですが……」
「それくらい、いくら物覚えの悪い俺だって覚えてるよぉ」

 ガイはカラカラ笑って片手を上下に振った。

「じゃあ、何で?」
「だって、あんたのノウト≠チて名前、呼びづらいんだもん」
「でも、本名ですよ?」

 そんなことを言われたのは初めてなので、ノウトは気を悪くするよりも驚いた。この魔法使いの言動はノウトには予測もつかない。

「本名でも呼びづらいものは呼びづらい。だからダーリン=v
「それならそれでかまいませんが……」

 と言いつつも、ノウトはまだ腑に落ちなかった。

「僕もあえて言わせてもらうなら、あなたのガイ≠チて名前、好きじゃないです」
「何で?」

 今度はガイが目を丸くした。

「何でって……あなたには合っていないような気がして……」
「ふうん」

 ガイは急に面白そうに笑うと、ずいとノウトに顔を近づけた。

「じゃあ、俺にはどんな名前が合ってるわけ?」
「え?」
「あんたが俺の名前を気に食わないって言うんなら、あんたがいいと思う名前に変えてもいいよ。そんな理由であんたに名前呼ばれないの嫌だからさ。ほら、さっさと言いな。何がいいんだよ?」
「何がいいって……急にそんなこと言われても……」

 確かに、この美女のごとき容貌にガイ≠ネどといういかにも男くさい名前は合っていないと思っていたことは事実だ。
 しかし、だからといって人の名前などそう簡単に変えられるものではない。犬猫でさえ一度名前をつけたらなかなか変えられないのに。

「ガイ≠ナいいです」

 困ったあげく、ノウトはそう答えた。

「でも、呼ぶときはガイさん≠ニ呼びますね」
「ガイサン?」

 ガイはまるで異国の言葉を耳にしたかのように大げさに顔をしかめた。

「何それ? 何でさん≠ネんかつけるわけ? ガイ≠セけで充分だってば」
「いや……これが僕の性分なので……」

 作り笑いをしながらノウトは自分の頬を掻いた。これはあながち嘘でもなくて、ノウトはたいていの人間には敬語を遣い敬称をつけて呼ぶ。それがいちばん無難だからだ。
 だが、そんなノウトとは対照的に、生まれてこのかた敬語など遣ったことがあるのかと思われるガイには、さん≠つけられるのがことのほか不満らしい。切れ長の目でじっと自分を睨みつけてくる。それにノウトはただひたすら笑って応戦した。

「ま、ダーリンがそう言うんならそれでいいけどさ」

 いくら言っても無駄だとあきらめたのか、ガイはふいに顔をそらせた。

「とりあえず、これからどうする?」
『そのまままっすぐお進みください』
「てめえ!」

 その声を聞いたとたん、ガイは並びのいい歯を剥き出して怒った。それに同調するように空中の炎も一気に膨れあがる。
 心境はノウトも同じなのだが、ガイに先を越されてしまい、結局何も言えなかった。

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