からくり城奇譚
はじまり
彼女は見た。見てしまった。
振り向く間もなく、床にくずおれていく主を。
その背後に立つ、血まみれの剣を持った男を。
蒼白な顔で震えながら喘いでいるその男は、主が最も信頼していた側近だった。
主に駆け寄る前に彼女はその男を吹き飛ばした。男は壁に叩きつけられ、熟しきった果実のようにはじけ飛んだ。
だが、彼女はそれを一顧だにしなかった。彼女の視界にあったのは、血だまりの中に横たわる、愛しい主だけだった。
――この国も、もう終わりだな。
彼女の腕の中で自嘲まじりに主は呟いた。あの男が敵国にそそのかされて自分を刺したことを主は悟っていた。
――そして、おまえはもう自由だ。おまえを縛る国は、まもなく消えてなくなる。長い間、すまなかったな。俺が死んだら、どこへでも好きなところに行け。
――嫌!
主にすがりながら彼女は泣いた。
――私は自由なんていらない。マスターとずっと一緒にいる。マスター、死なないで。私を一人にしないで!
主は困ったように少し笑った。だが、眠るように目を閉じると、そのまま息絶えた。
――マスター……?
いつかは死ぬとわかっていた。でも、こんな終わり方はあんまりだ。自分の目の前で殺されるなんて。どこへでも行けと放り出されるなんて。
――マスター……これから私はどうすればいいの? この国が滅んだら、今度はどこでマスターに会えるの? ねえ、教えて。マスター、お願い。もう一度目を開けて!
しかし、いくら泣いて揺さぶってみても、優しい主はもう二度と彼女に微笑みかけてはくれなかった。
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