★ スタホ殺人事件 ★
八兵衛
伊井はスタスタとショッピングモールを出ると右に曲がった。
駿介と亞穂菜が首を傾げながらもついていく。
「伊井の奴、どこ行くつもりだよ…。」
駿介は頭の中でボヤキながら急ぎ足で伊井を追い掛けた。亞穂菜も息を切らせながら
『そんなに急がなくても…。』
とボヤくが、顔は好奇心に満ち溢れている。
住宅街の中を右に左に曲がりながら、10分ほど歩いただろうか。
『駿介、お待ちどうさま。』
伊井が突然声を掛けてきたのでキョトンとしていると、何やら伊井は右手で何かを指差している。
『えっ?なに?』
駿介と亞穂菜が伊井に追いついて、伊井が指差している方を見ると、そこにはなんと『八兵衛』の看板があるではないか。
『あれ?なんで??どういうこと???』
駿介は狐につままれたようにポカーンとした顔で『八兵衛』の看板を見ていたが、
『いっつもブルースカイからしか来なかっただろ?だからショッピングモールからくると反対側の通りになるんだよ。』
と伊井に言われて初めて気がついた。
『あっそういうことか』
伊井が駿介の反応を待ってられないとばかりに『八兵衛』に向かって歩き始めた。
『兎に角呑もうぜ』
『あたしも賛成ここって美味しいんでしょ?』
『絶品だよ』
『楽しみ〜』
伊井と亞穂菜の会話が弾んでいる。
駿介は苦笑いしながら2人の後を追い掛けて『八兵衛』の中に入った。
中に入ると8割方席は埋まっていた。
3人が座れる場所を探していると、
『おっ?駿介〜ここ空いてるよ』
と声がする。
振り返るとブルースカイの常連さんのどんちゃんさんが連れの常連さんと2人で呑んでいるではないか。
『あれ〜?スタホもうやめて呑んでるの?』
と駿介が声を掛けると、
『いや、けっこうな時間だし、ブルースカイでちょっとあってさ。』
どんちゃんさんが顔をしかめながら答えた。
『駿介は寝てたから時間経ったのわかんないだけだよ。』
伊井が横槍を入れてくる。
『あっ、そうか確かにそりゃそうだ』
駿介が笑って答え、どんちゃんさんが座っているテーブルの椅子に腰掛けながら
『なに?ちょっとあったって?』
とどんちゃんさんに訊く。
『駿介の馬が消されて騒ぎになっただろう?あのあと駿介たちが帰ったあとに、居闇がやらかしたんだよ。』
『えっ?なにやらかしたの?』
『実はな…』
どんちゃんさんの話しはこうだった。
駿介たちが帰ったあと、居闇のレッドブルータスは人気にこそなるものの、A着B着続きでかなりイライラが募っていたようで、あからさまに荒れていて周りのプレイヤーからも疎んじられるようになったとのこと。
しかもほかの常連さんたちも居闇に勝たせまいとするような雰囲気になり、『レッドブルータス』を継承して作った『ブルーレキシントン』と名付けられた馬が3歳戦に登録されるや、あっと言う間にプレイヤー登録数の上限までなったと言うから、いかに普段の居闇にみんながイライラさせられていたかが窺いしれる。
きさらぎ→弥生→スプリング→皐月→NHKと全て同じ状況で、居闇がどうしても欲しいダービーの頃には、『ブルーレキシントン』のオッズは2桁になっていたとのことだ。
そしてそのダービーでまくって先頭に出た『ブルーレキシントン』が最後ゴール板前で他のプレイヤー馬3頭にまとめて交わされると、居闇はサテを思い切り叩き、駿介がいた時とは違ってサテの液晶を壊したらしいのだ。
『あちゃ〜っ、やっちまいやがったのね、居闇の奴』
伊井が話を聞き終えて笑いながら言った。
『で、居闇はどうなった?』
『えま店長が来て出入り禁止とサテの修理代請求を言い渡されてたよ。』
『お〜っ、ついに出禁かいいねえ〜迷惑な奴いなくなって』
話しを聞きながらお酒が入った伊井は上機嫌で喜んでいるが、駿介は『シグマヴォルテクス』を消した奴のことがわからなくなるのではないかと、心からは喜べなかった。
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