ペルソナ少年とかき氷
6
「あの、頭も顔もいい名物副会長は、全部キャラだったんだね、」
瑞浪さんはしばらくの沈黙のあと、瑞浪さんはぽつりと言った。
やっぱり、皆そうやって幻滅するんだ。
おれは次に来るであろう冷たい言葉に身構えた。
「すごいね、きみ、俳優に向いてるんじゃない?おれ、ぜんぜん気付けなかったよ」
が、実際の言葉は想像していたよりもずっと穏やかで、平凡だった。
「え、?」
「約束はちゃんと守るから安心してよ。君の演技力なら卒業までちゃんとキャラを守りきれると思う。おれは応援するし」
ぐ、と拳を固める瑞浪さんに、今度はこっちがあっけに取られる番だった。
「幻滅、しないんですか?」
「なんで?」
「だって、本当はおれ、こんな、どんくさい人間だし、頭だって努力してるだけで、顔も眼鏡が似合っちゃっただけなのに、」
おれは自分で言っていて悲しくなってきた。
おれは、きっと、自信がないんだ。
本当の自分が傷つくことを恐れて、それで、こんなアホみたいな状況に自分で陥っている。
馬鹿みたいだ。
いや、ばかだ、おれ。
「おれは、うれしいけどな」
瑞浪さんが、首をかしげて言った。
その鳶色の瞳が、柔らかくこちらを見つめている。
「君が、うわさどおりの氷みたいな人間じゃなくて、おれはうれしい。おれは、今の君のほうが好きだよ」
何の照れもなくそんなことを言うこの人は、本物の天然だ。
それを指摘しようとしたけど、声が出なかった。
「ぅ、ずずっ」
涙がこみ上げてきて、のどがきゅっとしまる。
慌てて涙をぬぐおうとすると、瑞浪さんは困ったように笑ってティッシュをくれた。
「あ、りがどう、ございまず」
くぐもった声に、瑞浪さんは今度こそ声を上げて笑った。
「はは、ほんと、氷上君おもしろいね。いいよ、好きなだけ泣きなよ。おにいさんがついててあげるから」
からかうような陽気な声だったけど、嗚咽を上げるおれの背中をさする手のひらはこの上なく優しかった。
やっと、やっと報われた気分だった。
瑞浪さんががんばったね、って言うたびにおれはだらだら鼻水をたらして泣いた。
もうキャラとか、そんなことを気にしなくていいんだと思ったらとまらなかった。
夏の日の、夕方の、湿っぽいクーラーがごうごう音を立てる狭い和室の中。
おれは疲れ果てて涙も出なくなるくらい泣いた。
瑞浪さんは弟に接するような近い距離でおれの背中をゆるゆると撫で続け、それから楽しげに言った。
「また、泣きたくなったらここにおいでよ。おれ、金曜日の午後と土曜日は休みだから」
おれは泣きすぎて声も出なかったから、黙ってうなずいた。
かき氷はいつの間にか全部溶けきってしまっていて、ただの薄い色のついた水になっていた。
「あぁあ。溶けちゃったね、またきたときに、食べさせてあげるよ。今度も新作のシロップ用意しとくね」
瑞浪さんは最後まで優しくおれを見送ってくれた。
おれもその日は何とか兄に迎えに来てもらい、無事に帰宅した。
泣きはらした顔を兄には散々笑われたけど、なんだか妙に晴れやかな気分だ。
来週からはおれも夏季課外が始まるけど、学校の帰りにまた瑞浪さんのところに行ってみようかな。
愚痴を聞いてほしいって言ったら、なんていうだろう。
きっと、そうだな。
まあ、会って確かめればいいだけだ。
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