ペルソナ少年とかき氷 1 おれの前をバスが通り過ぎる。 おれはそれを冷静な目で見送り、ゆっくりと歩き出した。 季節は真夏で、殺人的な太陽光線がおれの体を焦がす。 さすがのおれといえども汗がにじんだ。 手の甲で額の汗をぬぐえば、すれ違った中年女性がうっとりとしておれに見とれた。 それもそのはず。 おれは伝統ある進学校魁稜高校の生徒会副会長を務める稀代の天才、氷上蒼馬なのだ。 涼しげな目元を知的な眼鏡でおおい、難問を眉ひとつ寄せずに解決するさまを人はこう呼ぶ。 氷の貴公子、と。 その白磁の肌を犠牲にしてまでおれが都心の歩道を歩いているのには理由がある。 おれの隣を再び目的地の名を記したバスが通り過ぎた。 そう、この乗り物のレーゾン・デートルは満たされていない。 乗ることのできないバスなどただの金属の箱でしかなく、むしろ熱気と排気ガスを吐き出すおぞましき存在とでもいうべきだろう。 御託はここまでにしておこう。 こんなことは猫でも言えるのだ。 つまりは、おれはバスに乗れないのだ。 ある深い事情から。 おれは今日の朝、進学を志望する大学のオープンキャンパスに向かうため家を出た。 財布やスマートフォン、必要最低限の筆記用具を携えて。 何も問題なく大学に到着し、満足のいくまで大学内を見学し先輩方の貴重なお話も聞かせてもらった。 この容姿ゆえに女子大生から持ちきれないほど持たされた菓子類も律儀にかばんにしまいこみ、大学を後にし、そして帰りのバスを待っているときにおれは気づいたのだ。 財布の中身が、もう幾許もないことに。 学校の売店の一番安い氷菓も買えないほどの金額しか、おれのセンスのいいシンプルな財布の中には残されていなかったのである。 まったくの誤算だった。 こんなことなら昨日の帰り道に買い食いなどしなければ良かった。 いや、あれは不可抗力だ。 甘味に飢えた俺の目の前にジェラートの屋台を出すほうがどうかしている。 あまりのおいしさに思わず妹や母にお土産と称して大量に購入してしまったではないか! とにかくも、今は徒歩で何とかするしかない。 確か今は大学生の兄も夏休みで家にいるはずだ。 いよいよ体力の限界が近づけば迎えに来てもらうという手もある。 おれは流れる汗をぬぐう気力さえなくしながらもひたすらに歩いた。 アスファルトの道路の先には陽炎が揺らめき、街路樹には都会にふさわしい情緒のない鳴き方をするせみが群がる。 だめだ、眩暈が、してきた。 もう限界かもしれない。 おれはのろのろと学校指定のかばんから唯一の連絡手段を取り出した。 しかし、ボタンを押してもタップしても画面は暗いままでうんともすんとも言わない。 オワタ \(^o^)/ 頭の中にトルコ行進曲のメロディが流れ出す。 「………充電ちゃんとしよ」 思わずつぶやいたらあまりのあほらしさに少しふいた。 だが、その空気におれの最後のライフが込められていたらしい。 ひときわ強いめまいとともに世界が反転する。 その後視界はブラックアウト。 [次へ#] [戻る] |