ウィザード
8
食後、幸仁が淹れてくれたお茶を三人ですすりながら、のんびりとバラエティーを眺める。
どんな世界でも芸人のノリは変わらなくて、雛壇に座る派手な芸能人たちが今流行りのギャグにわいわい盛り上がっていた。
それにクスクス笑っていたタイガが突然はっとしてソファーに座る幸仁を振り返った。
「今更だけど、親子丼、すげー美味かった!ほんとありがとう!」
そういえば夢中になり過ぎて一度も言ってなかった。
おれは今まで何度もご馳走になってきたからよくいい忘れる。
「ふふ、お粗末さまでした。見てて気持ちいい位食べるから、ぼくも楽しかったよ」
幸仁は優しげな微笑みをみせた。
いつもは庇護欲をそそる幸仁もこの時ばかりは思わずお母さんと呼んでしまいたいくらいの包容力がある。
このギャップも幸仁の魅力だ。
タイガはますますそれに感動したようで、心なしか目がうるうるしていた。
「……カイロスがうらやましいな、毎日こんな飯食えるのか」
しみじみ呟いたタイガに、幸仁は少し困ったように眉を下げた。
「うーん、それが、カイロスはいっつも友達の所に遊びにいくから、あんまり一緒には食べれないんだ。一人分って以外と難しいから、面倒になって買ってくることの方が多いよ」
苦笑する幸仁にタイガは立ち上がらんばかりに憤った。
「もったいないな、俺だったら絶対部屋に帰って夕飯食べる!ユキヒトの料理で一生生きていけるって!」
なかなか熱烈な告白だ。
言った本人は無自覚だったみたいで、言われた幸仁が照れて俯くと急に慌てだした。
「あ、いや、べつに深い意味はないんだ」
つられて赤くなってるタイガは、予想するに相当なヘタレだ。
この調子じゃ、もしこの二人がこの先発展するとしても相当時間がかかるに違いない。
しどろもどろなタイガに代わって、幸仁が顔をあげて極上の笑顔で言う。
「……すごく、嬉しいよ。僕もタイガや緑が来てくれるなら毎日でも作るよ」
タイガは一瞬、安心したような残念がっているような複雑な顔になって、それから最終的にとても嬉しそうに笑った。
こ、告白みたいになったけど、誤魔化せたみたいだ良かった。
それにしても、タイガや緑が来るならか、
つまり俺じゃなくても作るんだ、そっか。
て、何で落ち込んでるんだ!
また一緒に夕飯食べれるならいいじゃないか!
こんなところじゃないか?
タイガが考えてるのは。
うん、おれもだいぶこの学校の雰囲気に侵食されてるみたいだ。
「また夕飯作ってくれないか?今度は俺らがユキヒトの所に行くからさ!」
タイガは爽やか且つ無邪気に笑って、ちゃっかり次の約束も取り付けた。
おれ抜きで話は進んでいたけど、異存はないのでおれも笑顔で肯定しておく。
「じゃあ、食材用意しとくね。放課後迄に言ってくれればリクエストも受け付けるよ」
タイガは顔を輝かせると、さっそく何個かリクエストを出していた。
と、おれはそこで重要な話をまだしていないことに気づいた。
天王寺の騒動のこと、話してない。
「あの、さ、楽しい時間に水を差すようで大変申し訳ないですが!」
おれが思いきって切り出すと、タイガはそれだけで何となく話の内容を察したらしく表情を引き締めた。
「あ、そうだな、まだ、大切なこと話してなかった」
タイガは真面目な顔で幸仁に向き直りまっすぐに頭を下げた。
「ごめん、おれも一緒にいたのに、止められなかった」
「謝らないで、あのときは、ぼくが曖昧にしか返事しなかったから話がこじれちゃったんだよ!タイガは謝らないで、」
「でも……!!」
優しくて責任感の強い二人の話は早くも平行線になり始める。
おれがまぁまぁと割って入ると、ようやく気付いて話を進めた。
「とにかく、さきに、これからどうするか決めないとな」
「あ、それだけどさ」
おれは今日の夕方にカイロスと話し合った結果をタイガに伝えた。
クラスの親衛隊情報なんかも伝えると、それには流石に驚いたみたいだ。
「カイロス、そんなことまで知ってるのか。人脈が広い奴だとは思ったけど……」
「実はすごいよな、普段はあんななのにさ」
テキトーだし、しゃべり方が頭おかしいし、すぐ言いふらすし、いつもふらふらしてるし、
散々に言うおれたちを幸仁が苦笑いで見ている。
そしてついには、それでね、と幸仁自ら話をまとめに入った。
「なるべく一人にならなければいいんじゃないって。クラスの中は安全だから、あとは僕が属性別授業なんかで孤立しないようにするよ」
タイガは不安そうに眉を寄せていたけど、だからといってほかに方法が思いつかないらしくややあって頷いた。
「そう、だな。それでしばらく様子を見よう。おれもなるべく幸仁のそばにいるよ」
さらりとナチュラルに気障な台詞をいわれた幸仁は照れているのが丸わかりな赤い顔で、相槌を打つ。
「レオのことも何とかしないとな」
タイガは頭を抱えると、悲壮な顔で悩み始めた。
天王寺も根っからの悪人というわけでもないので、お人よしなタイガは悩みが尽きないだろう。
おれとしては放置が一番いいんじゃないかと思うけど、やっぱり慕ってくる人を突き放すのには勇気がいる。
「ま、先のことはわかんねえし、とりあえず一人にしないようにするから!それより、今日ユキヒト泊まっていくんだろ?布団とかある?」
幸仁が申し訳なさそうに見ていることに気づいたタイガは明るい表情を作って話を変えた。
布団はある。
長期滞在になりそうだからと二組親が送ってくれた。
あ、でも!
おれはそこでようやく自分の部屋の状態を思い出して幸仁に謝った。
「ごめん、普通におれの部屋に泊まってもらう気でいたけど、まだ荷物とか片付いてなくてそれどころじゃなかった。布団は一組余分にあるから、リビングに寝てもらってもいいか?」
「うん、いいよ。お気遣いなく」
せっかく泊まるのに別々に寝るのもなんか残念だけど、仕方ないか。
そのとき、すごくいいにくそうにタイガが切り出した。
「あ、あのさっ、ユキヒトさえよければ、お、おれの部屋、もう一人寝れる位空いてるから、だから」
ここまでどもるタイガは初めて見た。
突然の提案に驚いているのは幸仁も同じで、緊張が伝染したかのようにぎこちなく返答した。
「ほっほんと?じゃあ、あの、おじゃましても、いいかな?」
「う、うん!」
背中がむず痒くて仕方がない。
見守ることしか出来ないおれは、布団の用意を口実に甘酸っぱい雰囲気のリビングから逃げ出した。
いいさ!なるようになれば!
これはなげやりになってるんじゃなくて、見守りたいだけ!
でも、本当のことを言えば、ちょっとだけ羨ましい。
そうして波乱の一日が最終的には甘酸っぱく終わった。
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