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ウィザード


少し血行のよくなっている顔を冷ましつつ教室に帰ると、ちょっとした騒ぎになっていた。

何事だろううと思いながらも席に着くと、おれを見つけたカイロスがまだニヤニヤしながらおれに近づいてくる。

「よお、ロクちゃん?二人っきりの逢瀬はもういいの?」

「やめろよカイロス!あれはアキトがふざけただけって、え、もしかしてもうしゃべったのかよ?!」

「まさか〜もうしゃべったけどみんなほかの事に夢中でぜんぜん聞いてくれないもん」

カイロスはうざったく腰をくねくねさせている。
もちろんうざい。

「もお、じゃあ何があったの?っていうか、何でおれ探してたの?」

おれが重ねて問いただすと、カイロスはそれまでのいい加減なにやけ笑いをどこかにしまって真顔になった。

「その二つの問いへの答えは一つだ」

真剣な顔をかがめるようにしておれに寄せて、小さく囁く。

「テンノウジだ。あいつが、また食堂で騒ぎを起こした。ユキちゃんもタイガも巻き込まれている」

「…………え、まじか……!」

おれは驚きと共に、ああやっぱりかと頭の片隅で思った。

「まだユキちゃんもタイガも帰ってきてない。おれにも詳細はわからないけど、どうする?」

「何ができるかもわからないからなあ。でも幸仁、大丈夫かな」

顔を寄せ合って話す俺たちを不審に思ったのか、アキトが怪訝な顔で話に加わってくる。

「どうした?」

強引に割って入るような態度が少し珍しくてびっくりしてしまった。
それだけ心配してくれてるみたいでうれしい。
アキトは幸仁のお菓子をすごく気に入ってたから、その成果だな。

「幸仁とタイガがなんか巻き込まれてるっぽい」

「テンノウジか。様子、見に行くのなら付き合うが」

おれの言葉に、アキトは間髪要れずにそう提案してくれた。
さすがは長男、頼りになる。
それに、アキトがいれば他の野次馬たちに苦労することもないだろう。
まさにおれ、トラの威を借る狐だ。

「ほんと?助かる!じゃあすぐ行こう!」

おれはカイロスに一言だけお礼を言って教室を出た。
そんなに焦ったつもりはないけれど、自然と早足になる。
野次馬が増えて、廊下が騒がしくなるたびに嫌な胸騒ぎがした。
そして食堂、そこはすでに騒然としていて何が起きているのかさえわからなかったけど、アキトを盾にして人をかき分けて進む。
ようやくたどり着いた騒ぎの中心で、幸仁が狼狽しきったように立ち尽くしていた。

「ゆきひ「覚悟しといてねっ……!」

おれの呼びかけをさえぎるようにして幸仁に向かってそう言い放った生徒がいた。
濃い蜂蜜のような赤毛と小柄な体、制服から伸びる手足は白雪のように白い。
見るからにチワワ的な生徒が捨て台詞を残してその場を去っていく。
あっという間の出来事で顔も確認できなかったが、語気は荒く、少なくとも楽しい話をしていたわけではなさそうだ。

おれは今にも倒れそうなほどに狼狽している幸仁に駆け寄った。
隣にはタイガもいたけど、酷く疲れたみたいに眉間にしわを寄せている。
きっと、この騒ぎを止められなかったことに責任を感じているんだろう。

「幸仁、大丈夫か?何かあったのか?」

「ろ、緑、どうしよ、ぼく……!」

あくまでも野次馬を刺激しないようにこっそりと幸仁を連れ出そうとしたが、あえなく見つかってしまった。

言うまでもない、天王寺だ。

「ああー!!勝手にどこ行くんだよユキ!さっき約束しただろ?!放課後一緒にクレープ食べに行くって!」

後ろにはもちろん生徒会のやつらを引き連れている。
大事な大事なレオが他の人に話しかけているので、生徒会の連中の視線はとげとげしくて恐ろしい。

「レオ!ユキヒトはさっきちゃんと断っただろう?!いい加減にしろよ!」

今まで天王寺にも優しく紳士的だったタイガが声を荒げた。
その怒りように、おれまで身が竦んでしまいそうだった。
しかし天王寺には一向に効果がなかった。

「なんだよ!タイガ、もしかしてすねてるのか?!しょうがないなあ!タイガも放課後一緒に行こうぜ!!」

「だから、おれはそんな話はしてないだろ!?」

もうこうなるとだめだ。
二人の言葉は少しもかみ合っていなくて、生徒会のやつらはいよいよとげとげしくおれらを睨んでくるし、野次馬も大喜びでこそこそ話をしている。
もう、どうすれば良いかわからない。
真っ白になりそうな頭で必死に解決策を探す。
とにかく、幸仁だけでも、

と、そのとき、肩に温かな重みが乗せられた。

「………ロク、タイガと幸仁連れて先に教室行ってろ」

「…アキト……!でも!」

「大丈夫だ。お前らより、おれのほうが話を通しやすいだろ?」

アキトは今まで見たことない微笑を口元に浮かべていた。
優しくて、包容力のある表情。
なんだか、なきたくなってしまう。

「おい、レオ」

「あれ、アキトもいたのかよ!一緒にクレープ食いにいこーぜ!」

そうして野次馬と天王寺の興味が逸れた隙に、タイガと幸仁の手を引っ張って人垣から抜け出す。

後ろからは穏やかな口調ながら、でも有無を言わさぬ強い声が聞こえてきた。

「お前がどこに行こうと勝手だが、タイガとユキヒトに関わるんじゃねえ」

「なんだよ、アキトまで!いいから皆で行こうぜ」

「……おい、生徒会のやつらはどう思ってる?お前らが決めてやれ」

確かにそんな交渉の仕方はアキトにしかできない。
すごい、すごく見直した。
それから先は生徒会の奴らが必死になって天王寺をなだめている声が聞こえた。
基本乗せられやすい天王寺はひとまず納得して、ユキヒトやタイガのことは忘れてくれるだろう。

おれは憔悴してぐったりしている幸仁を支えながら教室に急いだ。

アキトには、今度お礼をしてやらないと。

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