ウィザード
4
その日はそのまま家に帰って、のんびりと過ごした。
次の日は朝から大雨で、アキトと部屋にこもって宿題をやったりした。
こんな現代日本で、魔法がどうの、属性がどうの、とかいう課題をやっていると、なんだか不思議な気分だ。
次の日はアキトとおれは帽子で頭を隠して幸仁の家に遊びに行った。
幸仁はおれたちを見るやいなや、おめでとう、と涙ながらに祝福してすごく熱烈に握手をしてくれた。
お互い近況を話していると、幸仁は珍しく拗ねた顔になって、タイガに会いたいと愚痴をこぼしたのが面白かったなぁ。
恋は人を変えるっていうけど、本当だ。
次の日は電車で少し遠出して、映画を見た。
夏になると毎年ある、よくあるアニメ映画だ。
アキトはこっちの世界の文化に興味津々で、見終わった後質問攻めにされて困ったっけ。
そして次の日は人の少ない時間を狙って買い物に出かけて、アキトの服なんかを買い足して、次の日は一日中ごろごろして。
アキトと過ごす日々は毎日が特別で、きらきらしたかけがえのない思い出だ。
その間に、アキトは家族の目を盗んでおれにキスをしたり、手を握ったり、ドキドキするようなこともたくさんあった。
最近一番すごかったのは、初めてのディープキスってやつだ。
アキトがキスの途中にぺろりと下唇を舐めたので、そっと口を開けると、そっとアキトの熱い舌が入り込んできて、おれはそれだけで腰が抜けるかと思った。
アキトの舌はおれの舌を器用にからめとって、すごく、えっちなキスをしてくれた。
おれがへろへろになって、アキトにしなだれかかろうとしたとき、隣の姉ちゃんの部屋から物音がして飛び上がって驚いたんだ。
おれとアキトは顔を見合わせて、苦笑してその時は体を離したんだけど、あのあとアキトが部屋を出て行ってしばらくトイレにこもってたみたいだから、なんとなく察しはつく。
あれもアキトが寝た後に一人で処理したし。
おれたちは付き合ってるんだから、お互い望むならキス以上のことだってしてもいいんだけど、実家暮らしってなかなかままならない。
今は姉ちゃんも夏休みで、家にいることも多いからなおさらだ。
そんな幸せだけどもどかしい日々を過ごすおれに、思ってもみなかった朗報があった。
「ロク、お母さん明日からお父さんのところに行こうと思うんだけど、留守番頼めるかしら?」
もうすっかり定番になったアキトの手作りの朝ごはんを食べながら、母さんが言う。
おれは内心ちょっと期待しながら、へぇ、と相槌を打った。
「どのぐらい?」
「うーん、お父さん、また部屋散らかしてるだろうから一週間ぐらいは向こうにいるかも」
「わかった。まぁなんとかするよ。姉ちゃんもアキトもいるし」
「あ、それなんだけどさ、緑」
途中で姉ちゃんが口をはさんできた。
「私も明日から家にいないから」
「えっ」
「えっ」
おれとアキトの声が完璧にハモったので、母さんは仲良しさんねと笑う。
「私、ちょっと修羅場むかえてるから友達の家に泊りがけで作業してくる」
姉ちゃんの言葉に、おれは少し遠い目になる。
夏になると大きなイベントがあるので、何か本を作っているらしい姉ちゃんはいつも忙しくなるのだ。
締め切りが近くなると徹夜が続くらしく、姉ちゃんは毎年ひいひい言いながら何か作業をしている。
流石に詳しい内容は知らないけど、一度コピー本ってやつの製本を手伝ったこともある。
そのときうっかり見てしまった漫画の内容から、おれは姉ちゃんがそういう人間だと悟ったんだ。
しかし、今年の夏はアキトもいるし自宅ではやりにくいと思ったのか、一週間友達の家に泊まり込んで修羅場を乗り越えると姉ちゃんは気合を入れている。
「だから、明日から一週間、緑とアキトくんだけで留守番になるけど、大丈夫?」
おれはアキトと顔を見合わせ、必死に表情を取り繕いながら頷いた。
「まぁ、大丈夫だよ。掃除とか洗濯はおれちゃんとするし。ご飯はアキトが作ってくれるよな?」
「あ、ああ」
「そう。じゃあ一週間任せたわよ。遊んでばっかりいないで、魔法のお勉強もしなさいね」
母さんはにっこりと笑い、姉ちゃんもどことなくにやついておれにだけこっそり言う。
「ほどほどにね〜」
おれはもしかしてアキトとのことが姉ちゃんにはばれてるんじゃないかとひやひやしながら味噌汁を啜った。
おれとアキトは部屋に帰ってきて、改めて顔を見合わせた。
「まじか」
「まじ、か?」
アキトはまだ事情をのみこめていないらしく、狼狽していた。
とりあえずおれはへらりと笑って見せた。
「明日から、二人きり、だな?」
アキトはすっと無表情になると、おれから顔をそらして無言で頭を抱えた。
「あ、アキト?」
「ちょっと、待ってくれ。急すぎて頭がついていかない」
パニックになってるアキトなんて珍しい。
おれは軽く笑いながらアキトの背中を軽くたたく。
「ま、とりあえず、楽しもうぜ!」
「……おう」
そこでちょっとした悪戯心が芽生えて、アキトの耳元に背伸びして顔を寄せると、小さく囁いた。
「家族がいたらできないことも、しような?」
アキトはとがった耳の先まで真っ赤にしておれを見て、ロク!、とおれをしかりつける。
おれはするりとアキトの脇をすり抜けて、窓の枠にもたれかかる。
「でさ、今日は何する?」
そんなおれをアキトは真っ赤な顔のまま睨むけど、おれにはそんなのもう効かないからな!
「ロク、てめぇ、覚えてろよ?」
おれはその低い声を聞きながら、ちょっとぞわっとして唇を引き締めた。
怖いのもちょっとあるけど、期待感がおれを高揚させていた。
なにがともあれ、明日からおれたちは二人きり。
今日までは健全な高校生でいような、アキト。
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