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ウィザード

田舎の方に行くバスはいつでもガラガラで、今日もおれとアキト以外にはおばあさんが一人乗っているだけだった。
後ろの席に並んで座って、他愛のない話をしながらバスに揺られること15分くらい。
バスは山の麓ののどかな集落に到着した。
バス停の前には小さな商店があって、懐かしい駄菓子とか野菜なんかを売っている。
帰りにここでアイスでも買って行こうかな。
バスを降りて少し山を登り、自然公園に到着した。
ここには子供の頃よく遊びに来たけど、最近は全然来ていなかった。
でも風景は相変わらずで、山を吹き抜ける風は土と草の匂いが濃ゆくてむせ返りそう。
川で遊べるように河原が整備されていて、山の頂上に続く登山道なんかもある。
おれたちの他には誰も見当たらない。
最近の小学生は川で遊んだりしないのかもしれないなぁ。
アキトは深呼吸して、思いっきり伸びをしていた。
長い手足のせいか、そんな仕草さえ様になる。

「アキトの実家のあるところって、こういうところなの?」

「ああ、よく似てるよ。田舎で、森ばっかりで、広い所だ。気持ちいい」

アキトは無防備な素の表情で歩き出した。
おれも隣を歩いて、河原に降りていく。
川は透明な水が流れていって、ひんやりとした気持ちいい風が吹き抜けてくる。
おれが早速裸足になってせせらぎに足を浸すと、冷たくてため息が出た。

「うあー、冷たくてきもちいい」

「ロク、ちゃんと虫よけしたか?」

「何だよアキト、お母さんみたい」

「ロクの肌に傷つけるやつは、たとえ虫でも許せねぇんだよ」

アキトは言いながら、おれの腕やら足にスプレーをふりかけてくる。
おれはといえば唐突に言われた甘い言葉に照れて何も言い返せなくてぼうっと突っ立ってるだけだった。

「ほら、できた」

アキトはおれの指の先までスプレーをかけてから、その指先に軽くキスをして離れていく。
でもスプレーの変な味がしたのか、アキトは微妙な顔をしていた。
おれはぷっと吹き出して笑って、アキトからスプレーを奪う。

「アキトもちゃんとしとけよ!」

まんべんなく振りかけながら、さっきの仕返しにアキトに小さく囁く。

「アキトの血の一滴まで、全部おれのなんだから、虫にだってやりたくないんだ」

アキトは首筋まで仄かに赤く染めて、ロク、と恨めしげに呟く。
その瞳にギラギラした欲望が見えて、おれはうっと黙りこんだ。


 おれを焼けるような視線で見つめるアキトは、熱に浮かされたような表情でおれに歩み寄る。
そして、そっとおれの頬に手のひらを当てて、おれに上を向かせた。
蝉の鳴き声がだんだんと遠ざかり、水の流れる音も静かになっていく。
まとわりつく空気は熱いはずなのに、アキトの手のひらの熱さしか感じられない。
アキトがゆっくりと顔を近づけてきたので、おれは目を閉じた。
その直後に、柔らかい感触が唇に伝わる。
三度目のキス。
アキトと溶け合って一つになっていくみたいだ。
アキトが少し顔を離し、おれはふぅと息を吐く。
そして今度は、少し角度を変えて唇が触れ合った。
薄い皮膚同士がこすれあって、頭の中がびりびりとしびれる。
アキトとするまで、キスなんて唇がくっつくだけでそれ以上のことはないと思っていた。
でも、そうじゃないって気付いた。
こんなに切なくて、気持ちよくて、大好きって気持ちが止まらなくなるものなんだ。
アキトはおれの頭をゆっくりと撫でながら、何度も角度を変えておれにキスをして、静かに顔をあげた。
そのとたん、おれたちの間を山風が吹き抜けていって、そういえばここ外だったと今更思い出した。
アキトは歯を見せて笑う。

「誰もいなくてよかったな」

「ほんとだよ。近所の小学生なんかに見られたらおれ、恥ずかしくて倒れそう」

おれも笑い返して、手に持ったままだった虫よけスプレーを川原の大きな岩の上に置いた。
アキトもすっかり無邪気な表情に戻って靴を脱ぎ捨てると、じゃぶじゃぶと川の中に入っていく。
おれたちは川で涼んだり、水をかけあってびしょびしょになるまで遊んだ。
高校生のする遊びじゃないなぁ、なんて思いつつも、子供みたいにはしゃぐアキトが珍しいしかわいいしで退屈じゃなかった。
遊び疲れたらその川辺を後にして、バス停の前の小さい商店でアイスを買った。
レモン味のかき氷を選んだアキトと、ソーダ味のバーを選んだ俺は、バス停でバスを待ちながらそれを食べる。
途中でトラクターに乗ったおじいちゃんが前を通り過ぎて、トラクターを初めて見たらしいアキトが物珍しそうにそれを眺めていたのが面白かった。
きっとあっちの世界には、野菜を成長させる魔法とか、土を耕す魔法もあるんだろう。
なんだか、ファンタジーっぽくなくて夢はないなぁ。



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あきゅろす。
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