ウィザード
6
「お待たせ、次はテンノウジくんだよ、ん?どうしたの?」
静寂を破ったのはベルガ先生だった。
中から幸仁が出てきて、放心した様子の天王寺を見て首を傾げる。
「テンノウジ君?」
「え、あっわるい!ぼーっとしてた!」
先生に気付きあわてて天王寺が部屋に入っていく。
交代した幸仁から、何かあったの?と聞かれたが、苦笑いで誤魔化すしかなかった。
なんか、どう説明していいかわからないや。
王道転校生と俺様会長の重要イベントがあったんだよ、とは純粋な幸仁には口が裂けてもいえない。
「それより、どうだったんだ?結果は」
「うん、僕は闇属性なんだって」
「闇!?」
おれは思わず素っ頓狂な声で聞き返してしまった。
だって、こんなビビリで小動物な幸仁が、そんな恐ろしそうな属性だなんて思っても見なかった。
昨日、属性についてはタイガに少し教えてもらった。
属性は11種類あって、大部分の人がそのうちの8種類に分類される。
8種類すなわち、火、水、風、地、雷、氷、木、重力。
残りの3種類は光と闇、そして時。
時属性の人間は今はほとんどいない、というか二人しか確認されていないらしい。
光と闇は時ほどではないが珍しいのだとか。
勝手なイメージで、幸仁は癒し系の水か、自然派な木かと思っていた。
属性って、そういう表面的なものじゃわからないようなものなのか。
「僕も意外に思ったけど、僕、ネガティブなところあるからな、そういうことなのかも」
「そっかぁ、そうなんだなあ」
「闇は珍しいから、この世界での就職にはまず困らないって太鼓判押されちゃった」
「就職!?まじかよ!?そんなことまで教えてくれるのか」
急に現実味のある話をされて、本気で家に帰りたくなった。
少しずつ慣れてはきたけど、就職とか!
まだそこまでの覚悟は俺にはない。
「魔力もそこそこあるから、一週間もすれば魔法も使えるようになるんだって」
「へえ、わりとすぐに習得できるんだな。こう、滝に打たれたりとか火の輪くぐったりして精神を鍛えないと使えないのかと思ってた」
「ふふふ、滝に打たれるって、なんかズレてない?」
「そお?」
のんきな話の途中で、再びドアが開いた。
天王寺の方は割りと早かったな。
「最後はシイバ君だよ、待たせたね」
先生がぴこぴこ手招きしている。
まだ放心状態を脱していない天王寺はふらふらと廊下に抜け出してきた。
これは、気付いたら夕方だったっていう展開じゃないかな。
幸仁もいるし大丈夫か、と入れ替わりに部屋に入る。
先生が手元の書類を見つつ、おれに座るように促した。
「シイバロク君、君の属性の値はこうなりました」
先生は机に一枚の紙を広げておれに見せた。
そこには11種類の属性のグラフが載っていて、風と雷のところにひときわ長い棒が延びていた。
「シイバ君、君はすごいよ。大体の人はひとつの属性しか持ってないけど、君の場合は属性が二つある」
先生は風と雷の数値を指差し興奮気味に言った。
「ほら、風と雷がほぼ同じ数値でしょう?風のほうが若干高いけど、どちらの属性も扱うには十分だよ!でもね、」
先生はそこで困ったように眉を寄せた。
「学校の授業のカリキュラム上、二つの属性の授業を受けることはできないんだ。留年して授業を受けてくれるなら、二つとも極められると思うけど」
先生は言葉を切り、しばらくしてどうする?とおれに問いかけた。
いや、どうするって言われても。
ふーん、そーか、風と雷か、なんかおれ天気悪いな、ぐらいにしか思えないから困る。
それを見かねたのか、先生が腕を組んでポツリと言った。
「風と雷なら、そうだなあ」
「どっちか、選ばなきゃ、いけないんですね?」
「うん、そうなんだけど、風も雷も就職状況はあんまり変わらないしなあ。雷はちょっと前までは働き口がたくさんあったんだけど、最近はいろんな方法で発電できるようになったから、求人は減ってるんだよ。風はそこそこ多い属性だし、エネルギー自体はかなり小さいから成功するのは結構難しいよ。まあ、それだけ可能性がある属性ともいえるんだけど」
先生はほんとに高校の先生みたいに語った。
いや、先生なんだけど、おれらの世界の先生みたいだ。
言ってることはほぼ理解できなかったけどな!
「あの、まだよくわかんないんで、とりあえず、数値が高いほうの属性を勉強します」
「つまり、風かい?」
「え、あ、はい」
先生は何回か頷くと、やっとにっこり笑った。
「うん、それがいいかもね、若いから、いざとなったら雷に転性すればいいよ」
先生は満足げに広げていた書類を引っ込めて、ファイルに直し始めた。
そのファイルが動物柄で、またもそのかわいらしさに癒される。
と、ほとんど直し終わったところで、先生が急に手を止めた。
そしてもう一度書類をを取り出し確認して、ひどく驚いたように口を押さえる。
「シイバ君、大事なこと確認してなかった!」
先生の顔が真剣な様子になり、おれも思わず背筋を伸ばす。
「君の、魔力値のことだけど。僕も今確認して驚いたよ」
ファイルのなかをもう一度確認して、先生が神妙に告げる。
「君の、魔力値は91mpだよ」
どういうリアクションが正解なのだろうか。
おれが固まっていると、先生は必死な様子でおれに訴えた。
「君はまだよくわからないかもしれないけど、すごい数値だよ!訓練しだいではウィザードレベル9にも到達できる。つまり、竜にも匹敵する数値だ」
そういわれてもやっぱり良くわからないけど、なんとなくおれの妄想の力がすさまじいということはわかった。
「君はしっかりしてそうだから大丈夫だとは思うけど、気をつけて魔法を使ってね。魔力は使い慣れていないと、思わぬ方向に力が働くからね」
先生の赤茶色の瞳は本気でおれを案じている。
おれは具体的な方法はわからないけど、とりあえず気をつけようと思った。
「わかりました」
深く頷くと、先生はやっと安心したように微笑んだ。
「よし、じゃ、属性検査も終わったから、明日からは君たちも本格的に授業が始まるよ。もちろん、留学生用の特別授業もあるから安心してね。さて、外に出て移動しようか」
先生はすっくと立ち上がりドアを開けた。
思ったより長くなってしまったので、幸仁が心配そうな顔をしていた。
「長かったね、大丈夫だったの?」
「おー、大丈夫!おれ、風属性だってよ」
「へえ!ふふ、なんかすごくぴったりだね」
「なんで笑いながら言うんだよ、なんかおかしい?」
「んーん!いいと思う!」
「ほらほら!積もる話もあるかもしれないけど、いろいろ書いてもらわなきゃいけない書類があるからついてきて!」
先生がおれたちをせかして背中を押した。
でも手がちっちゃいからたいした力がでていない。
それにまたもや癒されつつも、おれたちは移動を始めた。
そうしてこの日一日は事務的な作業に費やしたのである。
新学期二日目にしては、なかなか穏やかな一日だった。
こんな日がずっと続くなら、おれはこっちの世界で就職してもいいとちょっとだけ思った。
ちょっとだけだ。
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