竜光ヶ淵
7
田植えがひと段落したころ。青年はまた尋ねて来た。りんはまた地主さまの家に呼ばれた。だが座敷には呼ばれなかった。変わりに父と母が席に着いていた。勝手のわからない人の家の縁側で、りんは手持ち無沙汰に庭を見ていた。
すると足元で何か引きずる音がした。
あっと思って見やると、やはり蛇だった。童の背丈ほどもある長い蛇だった。それがりんの足の間を泳ぐように這い、やがて足を這い登ってくる。
冷たい蛇の皮膚が肌をなでるのかくすぐったくてりんは笑った。しばらくはしゃいでいると蛇はりんの膝から濡れ縁に移ってするすると這っていく。が、ちょっと行った先で止まると鎌首をりんに向けて振った。りんはぱっと立ち上がって蛇について行った。蛇はするすると這って、ひょいと角を曲がった。りんも勇んでそこに飛び込んだ。しかしどこに消えたのか蛇が見当たらない。
どうしたことだろうと左右をみると「いやよかった」と父親の声が響いて、身がすくんだ。次に首をかしげた。父たちがいるのはりんが座っていたところからこんなに近い座敷だったろうか。
「本当に、りんはしあわせものです。はやく、あの子もちゃんと大人になれればいいのですが」
その言い方にりんは唇を尖らせた。りんはもう炊事も洗濯もちゃんとできるし畑の手伝いだって一人前だ。針仕事なんか母親よりうまいくらいなのになんてことを言うのだろうと思ったのだ。
ひたっとなにかが足に触れた。蛇だった。こちらを見上げている。なあに、とりんも見つめ返した。蛇がちろりと舌を見せる。わからない。もどかしくてりんは身をかがめて蛇を覗き込んだ。おまえは、と蛇は言った。だがその続きが読めない。読めない、とそうわかったときりんは呆然となった。
蛇はもう一度舌を見せるとさっと身を翻して庭へ降りた。「まって」と叫びかけたりんの後ろで急にふすまが開いた。
「りん。おまえそんなところでどうした」
「あ……」
もう一度庭に目を走らせている間に大人たちは部屋から出て、口々に何か言っていったがりんは聞いていなかった。最後に出てきた父親に肩を押され座敷に座りはしたが、視線は庭に向いたままだった。
「また、なにを見ているのですか?」
声をかけられて、りんはぼうっとなったまま正面の青年を見た。すると青年はうれしげに笑って「また会えましたね」といった。
「どうしていただろうと、思っていたのですよ」
「はい」
手紙の人だと思い出して、りんはあわてて着物の裾を正した。
「あの、ありがとうございます。いろいろ、その、もらって」
「気に入ってもらえましたか?」
「はい。あの…」
りんはいたたまれなくなって視線をさげた。まさか贈り物を川に流したなどと言えなかった。青年が心底うれしそうに見つめてくるのも申し訳なさに拍車をかけた。
困り果てて下を向いていると、青年は苦笑交じりにそういえば、と話し出した。
「新しい苗が植わっていましたね。今の季節は、あれがあなたのお気に入りなのですか?」
「へ?」
思わず顔をあげると青年は満面の笑みを浮かべて、りんが手紙に書いた紅葉だとか雪だとかの話をした。
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