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竜光ヶ淵
5

 やがて秋が終わり、冬も過ぎようとしていた。りんの家には青年からいろいろと届くようになっていた。りんの両親はことのほかそれを喜んだ。

「りん。ほらあなたによ」

 母親が差し出して得意げに笑った。包みを解くと朱塗りに蝶の柄が描いてある可愛らしい櫛が現れた。

「よかったじゃない。あなたの櫛、もう歯欠けだものね」

 母親はまるで自分が貰ったかのように喜んでいた。

りんはその櫛をじっと見た。なにかいけないことの片棒を担いでいるような気分だった。

あの渦が見たい。りんはなぜかそう思った。唐突に、激しく思った。意味もなくただあの渦の上に座っていたかった。しかし背よりも高く雪の積もる冬は、松の枝に座って梳ることもできない。あの渦に髪をたらすことはできない。そう思うと、胸の奥がくっと絞まった。

 その雪も日に日に低くなった。日差しの暖かい日、りんは久しぶりに松の枝のうえに座った。朱塗りに蝶の柄の櫛を髪に当てて、梳かさずにまたおろした。

 それからため息をついて足の下の渦を覗き込んだ。雪雲が去って、空はぴかぴかしている。残雪に光が散ってまぶしいほどの春だ。なのに心が晴れない。

 足の下では相変わらす渦が轟々と唸っている。見ていると松の枝が一振り、くるくると落ちて吸い込まれていった。

ふと思いついて、りんは櫛を持ち上げて渦の中にぽいと落とした。櫛はまっさかさまに落ちたが、沈みもせず渦から弾かれて流れていった。

 それを見てりんは少しほっとした。なぜほっとしたのかはわからなかったが、胸を絞めていたものがわずか緩んだ気がした。

 その日からまた毎日、りんは松の枝に座って髪を梳いた。


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あきゅろす。
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