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竜光ヶ淵
2

 その晩にりんは大蛇の夢を見た。暗い中から父親の腕ほどもある太い蛇が、ず、ず、と音を立てて這いよってくる夢だ。りんは布団の中で横たわってそれを見ているのだった。その這ってくる蛇の面構えがしかと見えた。蛇は赤い目をしていた。

 りんは七晩続けて同じ夢を見た。見るごとに、蛇はより近くに、近くにと這って来る。夢の底に横たわり、瞬きもせずに夢を見た。じっと見つめると、大蛇は微かに笑ったような気がした。

 しかし八晩目、蛇はそれ以上這ってはこなかった。ちょうど、りんの腕の届くかどうかというところで、鎌首をもたげ、ぴたりと止まった。

 りんは大蛇を見つめながらどうして、と何度も言った。どうして、から先はなんと言うのか、自分でもわからず、夢の底で泣いた。大蛇の赤い目を瞬きもせず見つめながら、なぜ、どうしてと泣いた。

それがあと四晩、十二晩目まで続いた。

十三晩目の夜、やはり蛇は動かなかった。りんは泣いた。泣きながらただ横たわっていた。どのくらい前からそうして泣いているのかわからないくらい、ただ泣いた。やがてあたりが白んでいることに気がついた。気がついて、こぶしで涙を拭おうとしてハッとした。

手首にあの札が憑いている。憑いたままでいる。もうとっくに外したはずだった。

「憑いている」そういう声が耳の裏でした。胸が痛くてりんは泣いた。ちがう、ちがう、と何度も首を振ったが、その声はだんだん大きく、しまいにりんの小さいつむりをかち割ろうかというほどに轟いた。「憑いている。憑いている。蛇が憑いている」りんは身を丸めて悲鳴を上げた。わけもわからず胸をかきむしった。そのときに、ぐしゃりと札が折れた。するとざぁっという水音がして、声が遠ざかった。

恐る恐る目を開くと、真っ赤な目と視線が合った。大蛇がこちらを見ている。いやもうずっと前から見ている。だが目が合うのは初めてだとりんは気がついた。見られている。そう思うと喉の奥にかっと火がついたような気がした。

見ている。蛇がこっちを見ている。それが、震えるほどうれしいと思った。ついと手を這わせると手首で札がひらりと揺れてあっとなった。しかし大蛇は相変わらずじっとしていた。りんはそろそろとその前に手を差し出した。

 大蛇はちろりと舌を見せると次の瞬間かっと口をあけた。咬まれる。そう思って拳を握った。だがその拳を引っ込めようとは思わなかった。鋭い牙が風を薙いで、手首の札を咬み破った。

 それきり、二度とその夢を見なかった。


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