長編 
63-お願いと願い

戻ってきたキルアはズシとの試合に少し手こずったと語った。
歯切れの悪い物言いに、ゴンのいないところで試合の事を問いかければ、キルアは渋い顔をした。
「確実に殺したと思ったのに、立ち上がったんだ」
あり得るはずがないと、キルアは眉を潜める。
そんなキルアに、カインはただ何も言わずに眉尻を落とした。


Euphorbia milii
ーお願いと願いー


「もう100階かー。早いな」

与えられた個室のベッドの上で、ごろりと転がる。
結局のところ、ズシと同じような念能力者なんてこの辺りの階にはいなくて、順調に勝ち上がっていた。
ゴンもキルアも順調に。

テレビ中継の情報から、200階より上は念能力者の溜まり場らしいことは分かっている。
俺はまだしも、2人はこのまま行けば怪我…どころか死んでしまうかもしれない…。
でも、俺が2人に念を教えることは出来ない。
それは俺自身がそう決めてしまったわけで…。

「…仕方ない、か」

ベッドから起き上がり、あまり気持ちが乗らないままに歩き始める。
目指す先は1つ。


「こんにちは。ウイングさん」


俺が訪れたのは、50階で知り合った、念使いの下。

本来なら2人の素質や人柄を見て、念を教えてやろうという心意気のある人が師匠になってくれればと思う。
2人との相性だってあるだろう。

でも、そんなことを考えている間に、2人は200階まで行ってしまう。

「少しお邪魔します」
「…どうぞ」
冷や汗を流しながら、ウイングは俺を出迎えた。
最初に俺が過剰に警戒したことが、逆に相手を警戒させることになってしまったようだ。
次からは気を付けないといけないな…。

「…どうして、この宿のことを…」
「調べたからですかね。まぁ、良いじゃないですか。そんなことは」
なるべく朗らかに話したものの、ウイングの警戒は解かれることはない。

仕方ない。
今度は至極真面目に、ウイングの顔を真っ直ぐに見つめる。

「折り入ってお願いがあります」
「…何でしょう?」
「ゴンとキルア、あの2人に念を教えてやってほしい」
「…」

長い沈黙がその場を支配した。

少し困惑した様子のウイングが、ようやくその唇を開く。

「……。それは、あの2人を門下生に…私を2人の師匠にと、そういうことですか?」
「はい。2人はその内に200階に入ります。
 何も知らずに試合に出れば、2人は死ぬかもしれない」
そんなこと、あってはならない。

「カイン君、あなたも相当な念使いでしょう?あなたが教えれば良いのでは?」
「俺は……」

一瞬、口をつぐむ。

「俺は、元は殺し屋で…。普通の教え方なんて心得てないんですよ。
 ゴンとキルアは、ハンター試験で会って、そこからは行動を共にしてます。
 でも、俺は2人に念を教えないと決めました。俺の念は…誰かを殺すための念だから」

嘘八百。

そんな言葉が頭をよぎる。
本当の理由なんて、意味のないこと。
これは、この純粋そうなウイングさんを動かすための口実。
嘘と本当を織り混ぜる。
そうすれば、真実なんて見えないから。

「…分かりました」

ほら。
こんなにも簡単だ。

「でも、もう少し、2人を見極めさせてください。
 念は人を死に至らしめる大きな力です。簡単には教えられない。
 それから、もう1つ」

「…何ですか?」

ここに来て初めて、ウイングはカインに笑いかけた。
その笑顔に、警戒心は一切無い。

「2人に念を教えることになったら、是非あなたも一緒に、1から念を学びましょう」

「え…?」
先程とは正反対に、今度はカインが困惑の色を滲ませていた。
その様子に、ウイングは微笑みを深めて続ける。

「今後、あなたがこちらの世界で生きるというなら、是非一緒に学びましょう。
 心源流としての教え方しかできませんが、何も知らないよりは良いかと思いますよ」
にこにこと人の良さそうな笑みを称えて、ウイングはカインの回答を待った。

「……えーと…考えときます…」

カインは眉尻を少し落として微笑んだ。



***


夜になり、ゴンとキルアと食事を取る。
いつもは騒がしいのに、キルアはずっと何かを考え込んでいるようだった。
ゴンに聞いても、頭を掻いて口を閉ざしてしまう始末。
仕方ないと食事を進めていると、徐にキルアが口を開いた。

「…なぁ、カインは“ネン”のことを知ってるのか?」

おや、随分とタイムリーな話だな。

「ネン、か。それは誰から聞いた?」
「ズシの師匠の眼鏡兄さん」

ウイングさんに?

首を傾げれば、キルアは事のあらましを説明してくれた。
60階の試合の時に見せたズシのあの技がレンという名前ということ。
そのレンというのが何なのかズシに聞いてもよく分からなかったが、ウイングさんが説明してくれたこと。
そして、

「その説明、なんか嘘っぽいんだよ。だから、カインは知らないかなって」

ウイングさんが解いたのは“燃”ということ。

点 …心を1つに集中し、目標を定める。
舌 …その想いを言葉にする。
錬…その意志を高める。
発 …実際に行動に移す。

これが燃。

教えを説けない者に教えるネン。
まぁ……

「…嘘じゃないさ。格闘技をやる人間なら、知っておくべき事だし」
「それじゃ、あの嫌な感じの説明がつかない!俺はあの強さの秘密を知りたいんだ!」
キルアの怒鳴り声に、目を見開く。

「…怒鳴ってごめん。でも、俺は諦めない」
「いや、謝る必要なんて無いよ。向上心が高いのは良いことだし」

ごめんな。俺は下手に教えるわけにはいかないんだ。

だから、もう少し…

時間を頂戴。










ーあとがきー
ウイングさんにお願い事と、まさかの切り返し。
え、ちょ、待て!
カイン、一緒に修行するの?!
そんなつもりは無かったのに…。






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あきゅろす。
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