長編 
55-母親という存在

「3人で遊びに行っていたなんて狡いわ!」
リビングに当たる部屋の扉を開けたら、仁王立ちしているキキョウさんが待ち構えていた。


Euphorbia milii
ー母親という存在ー


「あなた!どうして誘ってくれなかったの?!」
「…今回はカインと約束していたからな…。カルトが付いてきたのは修行の一貫だ」

シルバ、目が泳いでるよ。

思った以上に尻に敷かれているシルバの姿に、苦笑を禁じえない。
こんな姿を見ることが出来るなんて、あの頃には考えられなかった。

「お兄様もカルトちゃんも!
 お出掛けするなら、一言言ってちょうだい!
 外出用のお洋服があるのに!!」

…もしかして、俺…着せ替えのターゲットになってる?

「パパもイルもミルも可愛いお洋服は似合わないし。キルは興味ない、なんて言うし…。
 素直に着てくれるのはカルトちゃんくらいで…。
 お兄様は分かってくださるわよね?」

………。

ちらりとシルバを見やれば、諦めろと言わんばかりの顔で、首を振られた。

「キ、キキョウさん…。えーと、今度の外出の時はお世話になります、から…」

今すぐに着て欲しいと言い出しそうなキキョウさんを宥めるべく、俺は両手を前に出して笑顔を作った。
若干腰は引き気味だが、キキョウさんのオーラが怪しく揺らめいているこの状況では仕方がない。

「…分かりました。でも、外出する時は必ず声をかけてくださいね」

キキョウさんのオーラが収まるのを確認してから、体制を戻す。

「えぇ。本当に…その時はお世話になります」

一回は着せ替え人形にならないとダメか。
参ったな…。
まぁ、洋服を買いに行く手間が省けると思っておこう…。

「あ、そうでしたわ!お兄様、採寸はさせてください!」
「え、採寸…?」
「はい、お洋服はありますけど、仕立て直さないといけないかもしれませんもの!」
「えぇー…」



***


結局。
あの後、シルバは仕事に行ってしまい、キキョウさんから逃げ切れなかった俺は、採寸を余儀なくされた。
今はカルトを含めて3人でお茶を飲んでいる。

「あぁ、そういえば。
 麓にいるキルの友達とかいう方々。使用人の家で手伝いをしているそうです。
 その内、キルが出てくるとでも思っているのかしら?
 使用人も使用人だわ。勝手なことをして…」

ゴン達の話か。
…使用人のゼブロにゴン達を頼んだのは俺だ。
それで罰せられたら後味悪いな。

「…その人達を使用人の家に置くようにお願いしたのは俺です」

俺の言葉に、キキョウさんは分かりやすく顔を歪めた。

「…お兄様、今まで我慢してましたけど、はっきり言わせてもらいますわ」
「…どうぞ」

いつかはぶつかるとは思ってたけど、思いがけず早く来た。
自分の顔が険しくなるのをじわりと感じる。

「キルは今、とても大事な時期なんです。
 当主になれるかを左右する、とても大切な…。
 どこの馬の骨か分からないような輩に、大切なキルを預けるなんて、そんなことが出来るわけないんです!
 お兄様は一体どういう風にお考えです?!」

捲し立てるように詰め寄られた俺は、1つ息を吐いて緩く微笑んだ。
思ったよりも揺らいでいないことに安堵する。

「キルアの好きにさせれば良いと思います。
 回り道が必要な時もあるでしょう。間違えてしまうこともあると思います。
 でも、何があっても、キルアはゾルディックの人間であることに変わりはない。

 ここはキルアの家だ。
 何かあったら、帰ってきますよ。

 …それとも。

 たかが外に出たくらいで、ゾルディックの縁が切れるとでも?」

カインの冷たい視線を真っ直ぐに受け、キキョウは言葉を詰まらせた。
もう一度だけ、カインは微笑む。

「キキョウさん。あなたがゾルディックに嫁ぎ、この家を守ろうとしてくれるのは、とても嬉しい。
 …けれど、もしもキルアが、誰かに指図されて道を決めるような弱い存在なら、当主として相応しいとは、俺には思えない」

顔に出すことはないが、カインは内心、苦笑いを禁じえなかった。

シルバと俺が当主になる時は、どちらかがやるならもう一人はそのサポートをするとか宣って、お互い指図されるのを待っていたくせに。
今は正反対のことを言っている。

なんて自分勝手な…。

「…なんて…」
「え?」

「なんて冷たい瞳なの!」

「…。…は?」
キキョウさんの歓喜の声に、口をぽかんと開けてしまう。

「その冷徹な人を射殺さんばかりの瞳!お兄様もやはり一流の暗殺者!
 その瞳からゾルディックとしての強い意思と誇りを感じました!
 お兄様がそこまで一族の事を考えてくださっていたなんて…。
 私、お兄様のことを少し見くびっていましたわ。
 ……。
 …けれど、やはり私は…。
 キルに外はまだ早いと思います。念を覚えてからでないと、外は何かと危険ですもの…」

機械が邪魔をして表情は読み取れないが、おそらく母親の顔をしていることだけは汲み取れた。
この人もやはり人の親。
そんな気がして、心の中でほくそ笑んだ。

「確かに外は危険ですけどね。
 俺は外に出て勉強するのも良いと思うだけです。
 家族内で衝突するのもまた、良いことだと思います。お互いの本心が知れるでしょう?」

俺の言葉に、キキョウさんは1つ息を吐いた。
その息には何かを悟ったような覚悟を決めたような、そんな感情が見え隠れした。

「…なら、やはり私は最後までキルに家にいるよう働きかけます。
 キルは大切な息子ですから」


「えぇ…。そうしてやってください。
 キルアが、この家に戻って着て良いと思えるように」


キルア、君はとても愛されている。
どんなに歪でも、これは紛れもなく愛情だ。







ーあとがきー
思ったよりキキョウさんが暴れなくてホッとしてます。
最悪、カインとキキョウさんの決別endも想定してたんだけど。
上手く丸めましたね、カイン君よ。

そして、カルトが空気ww












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あきゅろす。
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