長編 
52-カルト

次の日。
朝一からカルトに捕まってしまい、俺は渋々修行を見ることになった。
そこで一つ気になったことがある。

「よく着物で走り回れるな…」
「慣れちゃったから」


Euphorbia milii
ーカルトー


「着物、しかも振り袖だろ?…俺は無理だったなぁ…」
一度だけ経験があるが、とてつもなく動きづらかった。
暗殺には向かない服装の1、2を争うと思うのだが。

「僕は、カインが振り袖を着た経験があることに驚いてるけど」
「あの時は暗殺の対象がパーティ会場の奥に逃げ込んでてさ。
 忍び込むのに男女二人じゃないと入れなくて。
 じゃんけんして負けたんだよ…」

「二人って誰と行ったの?」
「シルバと」

じゃんけんした後のシルバの凄いホッとした顔が今でも思い出せる。
負けた方が女役って約束したのは俺だけど。
あの時はドレスの方が動きやすかったって、凄い後悔した。

「…どう考えても、カインが女性役だよ」
渋い顔をするカルトに、思わずふふ、と笑ってしまう。
「16の頃のシルバだって、そんなにゴツゴツしてなかったよ?」

今はドレスも振り袖も着せられないからなぁ。
随分と成長してしまった弟を想像しながら、やっぱりないな、と心の中で呟く。

そこに、ふと現れた気配を感じて、そちらを見上げた。

「変なイメージ持たせないでよ。親父が女性役とか気持ち悪いから」
「イルミ」
「イルミ兄さん…」

木の上から飛び降りてきたイルミを、俺は軽く笑顔で、カルトは少し不満げに迎え入れた。

口を尖らせたカルトをあやすように、イルミはカルトの頭を軽く撫でたが、カルトは頬を膨らませてそっぽを向いた。

分かっててやってるのかな…。
カルトが子供扱いされると怒ること。

「修行はどんな感じ?」
唐突なイルミの言葉にハッとして、意識をイルミに戻す。
「あー、うん。
 順調…って言うほど、まだ何もしてないんだけど」
本当に触りだけ。
軽く組手をして身体能力の高さを測っただけ。

「ふーん。カインとしては、カルトをどう見てる?」

どう見てる、か。

カルトは基本的に無駄な動きは少ないものの、やはりまだ未熟さが目立つ。
能力者に出会ったら確実に大怪我は免れない。
ゴンやキルアの様な天武の才能は、カルトにはない。
けど。

「一端の暗殺者としてはいい線じゃないか?」
“念能力を持っていない暗殺者としてなら”

念文字でそう伝えるとイルミは軽く頷いた。

「やっぱり、そろそろかな」

予想していたと言わんばかりの単調な声が、カインの耳を通りすぎる。


…あ…そう、か。

昨日感じていた不自然さが、雪解けのように消えていく。

イルミは俺がそう答えると分かってて質問したんだ。
何故なら、カルトは充分に強い。
念を覚えてない暗殺者ならトップ10には確実に入る。
それなのにわざわざ聞くなんて、わざとらしいにも程がある。

俺に聞いたのは、俺の力量を測るため。
教育者としての力を見るため。
キルアが出ていくという90%の決定事項に対する不安感の払拭のため。

おそらく、多分。
そんな領域を出ないけれど。
俺の考えが正しいなら、次のイルミの選択肢は一つ。

イルミの修行の付け方を俺に見せつけて、キルアに間接的にでも繋がりを持たせる。
たぶん、それだけのために…。

「カインも修行つけるの手伝ってよ」
“キルアにも念を教えるなら、やり方を見ていけばいい”

念文字で書かれたその言葉に、俺は微かに眉尻を落とした。

やはり、イルミは分かっててそう言うのだ。

キルアの予行練習に、カルトを使うと。

それを分かってしまうと、やりきれない思いが胸中を支配した。
キルアは自由に成りたいと望むのに、こんな所でさえ、縛りに来る奴がいる。

断ろうか…。
キルアに変な影響を与えるのは嫌だ。

口を開こうとした瞬間。
グッと腕を引っ張られる感覚に襲われ、俺は思いがけず口をつぐんだ。

「カインが修行を見てくれるの?!」
「え?」
横を見れば、カルトが俺を見上げていた。
見上げているカルトの目はキラキラと輝いていて、思わず瞬きを繰り返す。
「…そんなに嬉しいものか?」
「だって、イルミ兄さんが他の人に修行を任せるなんて、今まで一度だって無いんだよ?!
 ミルキ兄さんは論外だしさ」
…あぁ。メタボな彼ね。
「お母様だって修行は見ないし…」

寂しげな沈黙の後、カルトはふふふ、と嬉しそうに微笑んだ。
表情筋はやっぱり硬いけれど、年相応の笑みに俺も口角が上がる。

……そうか。
そうだよな。

「…それなら、ここにいる間はカルトの修行に付き合おうか」

俺までもが、キルアのことばかり考えてた。

カルトはカルトじゃないか。
誰の予行練習でもない。
俺はカルトの修行を見てやる。それだけだ。
キルアとの繋がりなんて、俺が断ち切れば良いだけの話。


「じゃぁ、まずは…“念”について話さないとな」








ーあとがきー
成り行きでカルトに修行をつけることに…。
本当は断るつもりで書いていたのに、カルトに腕を引っ張られました。











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あきゅろす。
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