宝の宿人 2 李琥は明かりのついた一軒家の戸口に手をかけた。 中に入るとおこした火の周りに五六人の大人の男が集まっていた。その輪の中の一人が李琥に気付き、周囲に声をかける。 「おい、李琥も来たようだし始めようとするか」 李琥は男たちに目で促され、輪の端の空いた場所にあぐらをかいた。 李琥が座ったことを確認して一番年長である里長が口を開く。 「里の蓄えも残り僅かじゃ。春の収穫も期待できそうにねえ」 男たちは口々に、やはりなとこぼす。 里長は顔の皺を一層深くして李琥をちらと見やった。 続いて他の男たちも李琥を見る。その目にはどこか期待と、蔑みが映っていた。 視線を受けた李琥は素知らぬ顔で懐に手をやり、何枚かの紙幣を床に放った。 「今回はこれだけだった」 床に放り出された紙幣に男たちの目が釘付けになる。そして各々が反応してみせた。 ああ、と声を上げて落胆する者。声も出ない様子の者。 様々の中、一人の若い男が李琥に勢いよく掴みかかった。 「嘘をつくなっ!前はこんなに少なくなかった!李琥、お前どこかに隠し持ってるだろう…!」 目を血走らせてつばを飛ばす男。 一気に切迫した雰囲気に変わった室内に緊張が走る。 うなだれていた男たちははっとして李琥を見た。 「お前が地下の奴に入れ込んでるのは分かってんだ!どうせ奴に贅沢させてるんだろう…!」 李琥に馬乗りになりながら男は目を吊り上げて叫んだ。 李琥はそんな男を至極冷めた眼差しで見返した。 こういうやり取りは初めてではなく、大人たちに文句を言われることはしばしばあった。 金が少ない。 飢え死にさせる気か。 数ある文句の中、特にこの若い男は何かと李琥に、というより伊吹に絡んでくるのだ。 李琥は平静を保ちながら言った。 「隠してなどいない。これだけ何度も取り引きすれば値段が下がるのは当たり前だ」 しかし男は李琥の胸ぐらを掴む力を強くする。 「嘘だ!“草”は山賊共も喉から手がでるほど欲しいはずだ。隠している分を寄越すんだ!」 緊張のため静かだった周囲が徐々にざわめきだした。 もしかしたら……。 思い当たる節がある大人たちは若い男の言葉を信じ始める。 「何なら地下の奴のところへ行ってもいいんだぜ!」 その一言に今まで耐えていた李琥はとうとう大声をあげた。 「取り引きを渋られてるって言ってんだろ!小さな里一つゆするのなんて簡単なんだっ!」 いきなり怒鳴った李琥に男はたじろぐ。 とても十九の青年とは思えないほどにその体は覇気が満ち、他を凌駕する力を放っていた。 男が驚いた隙に男を自分の上から押しのけ服の乱れを整える。 「草の密売は重罪だ。罪を犯している俺たちが値段を上げろとは言えない」 李琥は奥歯を噛み締めながら絞りだすように言った。 室内が徐々に静寂を取り戻していく。 半年前から続けていた“草”の密売は限界を迎えている。 どんなに頭を下げても、こちらの立場が悪いのをいいことにどんどん値段を下げられる。 山賊相手の仕事は危険で李琥も怪我をすることは少なくなかった。 そんな危険な仕事を進んで引き受けたのは、ひとえに伊吹の為だった。 飢え死になど、そんな惨めな死に方をさせたくなかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |