小説(オリジナル)
4品目 『忍山美和/レベル2』
そいつは、入学当初から目立っていた。それはそうだ、新学期……それも入学当初と言えば、とても重要な時期。
類は友を呼ぶと言うけど、まさしくその通りで。クラスの中でも、幾つかのコミュができ上がる。
それに入れないと、途中参加もなかなか難しくて。まぁ、あたしは立場的にも、それほど苦労しなかったけど。
……そんな中、アイツは異質だった。
――来栖、仙太郎――
第一印象にも繋(つな)がる、自己紹介でも名前だけしか言わない。話しかけても無視する、誰かに話しかけることもない。
しかもイベントごとには一切参加せず、ただ登校して、ただ勉強して、ただ帰る。人に……誰かとの繋(つな)がりに、目を向けようとしない。
クラスのみんなが敬遠する中、いじめに近いことも起きた……らしい。ようは絡んで、囲んで、いたぶるわけだよ。
でも返り討ちに遭った。それも完膚なきまでに……絡んだ奴らが、来栖を見て怯(おび)えるほどに。
どういうことかと聞いても、答えることを拒絶するほどに。それが噂(うわさ)として広まり、結果アイツは……本当に一人ぼっち。
そんな状態はクラス委員としては放っておけなくて、何とか話しかけていった。先生にも手伝ってもらってさ。
もちろん手ごたえはゼロ。むしろ、なんで学校にいるのかと言いたくなるレベル。あたしも正直、匙(さじ)を投げたかった。
……そんなときだった。去年の十月――学園祭の準備をスルーして、学校を休み続けていた、来栖を見かけたのは。
声をかけてやろうって、追いかけた。というか学生が……それも留年もあり得る高校生が、長期間ずる休みとかあり得ないし。
でもそのときのアイツは、とても必死な表情で。ふだんは殺している感情もありったけ出して、前だけを見て……走っていて。
だから、踏み込めなかった。きっと、怖かったんだ。踏み込んだら戻れなくなるから。
それだけは間違いないって、感じたんだ。アイツはとても危うくて、中途半端な奴。
何かを求めてる……求めているのに、声を出せない。がん字がらめで、自分でもそれを払えなくなってる。
だったら踏み込めばいいのに、怖くなった。そうしてあたしも中途半端なまま、一年が経(た)った。
何の偶然か、それともアイツに関わることが運命づけられたためか……ずっと見続けてきたアイツの隣に、変化が現れた。
明るくて、優しくて、食いしん坊なお嬢様。止まっていたあたしの心も引っ張られ、改めて来栖に踏み込んだ。
中途半端なのは終わりにしよう。大丈夫、世の中の問題は、実はそれほど難しくない。
本人が難しくしているだけ――死んだおじいちゃんがそう言っていたよ。そう、そのはずなんだ。だから。
「ではこちらの新商品などどうでしょう。メモリも最新型で三ギガ。ROMも三二ギガと多いですし、足りなくなっても外部メモリで増設も」
「一番安いやつで」
「御安心ください。本体料金も二年契約であれば無料となります。なので」
「二年は契約しなきゃいけない」
「まぁそうなりますが、今後スマートフォンも発展していきますし、ここで良い物を買っておくことは」
「……何度も言わせるな。この店で一番安くて、維持費もかからなくて、契約とか面倒なこともない携帯で」
当然駄目に決まっているので、ヒナを見習ってチョップ。……だから、ちゃんとツッコむんだから!
混沌の異常契約(イレイジ)
4品目 『忍山美和/レベル2』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
現在、午後四時半――仙太郎さんの携帯選びは、困難を極(きわ)めていた。そもそも仙太郎さん、全く納得していないので。
挙げ句しつこく(仙太郎さん視点)新商品を進める店員さんに、睨(にら)みを利かせる始末。それは美和さんもツッコみます。
「来栖ぅ……アンタねぇ! いいでしょ、これで! あたしも使ってるけど、大きさも手頃! 重さも手頃!
なおかつ防水ときたもんだ! スマホケースさえつけていれば、地震が来ようと壊れないし!」
「えぇ、そうです。スマホって最初期から、壊れやすいとよく言われていたんです。モニターが割れるとか?
……でもそれも昔の話! ノウハウが蓄積された関係で、耐久性に優れる商品も続々出ています! それがこちらの」
店員さんも、美和さんとノリが近いようで。笑顔で黒いスマホを見せてくれる。
「I390です!」
「だから、一番安いやつで」
「てい」
なので今度はわたしからツッコミ。ちょっとドキドキしながらチョップ……かと思ったら右手で防御。
それどころか鋭く頭頂部に、チョップ返し。……今のはちょっと痛かったです! 美和さんのは食らっていたのに、どうしてですかー!
「……とにかく、これ」
そう言いながら仙太郎さんが指すのは、いわゆるプリペイド携帯。形状は……こちらだとガラゲーと言うんでしょうか。
数字のボタンもついていて、かなり昔のデザイン。いえ、価格としては安いでしょうけど……それには店員も苦笑。
「いえ、お客様……プリペイドは確かに、短期的に見ればお安いです。
ですがプリペイドを継続購入していただかないと、使用自体ができなくなります」
「契約しても……同じ」
「でもお客様の場合、学割も適応されますので」
「学生は、いつ辞めるかも分からない」
……その言葉が胸に突き刺さる。仙太郎さんは、やはりまだ。美和さんもそんな話が飛び出るとは思わず、息を飲む。
「携帯も、いつ壊れるかも分からない。だからこれでいい……幾ら」
その間に仙太郎さんは財布を取り出し、とっとと話を進めようとする。でも、財布の中を開いて硬直。
目を見開き、この世の終わりと言わんばかりに動揺していた。心なしか、汗も滲(にじ)んでいるような。
「……二千円で、払えるかな」
その言葉に美和さん、店員さんと一緒にズッコける。お金が、そもそもなかったようです……!
「お客様!? 無理です、さすがにそれは無理ですよ! プリペイドも同時購入ですから!」
「……全部合わせて、幾ら」
「一番安いものですと、本体価格が五千八百円、それに三千円のプリペイドも合わせますので」
「一万円……まぁ、仕方ないか。お邪魔しました」
そうして仙太郎さんは立ち上がり……かけたところで、美和さんがまたもチョップ。今度は豪快で、ちょっと空気が震えていました。
「……何をする」
「だまらっしゃい! そもそもツッコみどころが満載すぎるわよ! まずプリペイドは駄目! LINEやメールも使えないでしょ!」
「そもそもする必要がない」
「あるから! というか、なんで二千円!? あたしだって一万円くらいは常備してるのに!」
「今日は買い物の予定も……外食の予定も、なかった」
そのあっさりとした返答に、美和さんも頭をかきむしる。あぁ、落ち着いて……これは仕方ないです。
だってほら、わたし達とのお買い物が予定外だったわけで。こうなると仙太郎さんは意地っ張り。なので。
「そもそも……何でお前らのために、僕の金を使う必要がある」
「言ったでしょ! 携帯所有はもはやデフォ! 料金も必要経費だって!」
「そうですよ、仙太郎さん……あ、そうだ。あの、その端末……ちょっと触らせていただいても」
「大丈夫ですよ。サンプル品なので」
ちょっと奇策を使います。仙太郎さんには再度着席してもらい、サンプルを手に取ってもらう。
「仙太郎さん、知っていますか? アプリというものがあって……それで飲食店のお得情報が入手できるんです」
……そこで仙太郎さんがぴくりと震える。ふふふ、仙太郎さんが基本自炊派なのは、御自宅に向かったところでチェック済みです。
調理器具も使い込みつつ、手入れしていました。台所もぴかぴかでしたから。
「あとはクックパッド、ありますよね。あれも近隣スーパーのお得情報を、メールで送ってくれるんです。
ただ普通は携帯でチェックしないと、レスポンスが悪くなりがちですけど。仙太郎さんがずーっと家にいるならともかく」
「……何が、言いたい」
「使い方次第というお話です。お金をかける分、仙太郎さんがいいように使っていいんです」
そこまでわたし達が口を挟む権利はない。暗にそう言うと、仙太郎さんも考え始める。
更にサンプル品を表、裏とチェックし始めた。よかったー、興味は持ってくれたようです。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……やっぱヒナは凄(すご)いかも。駄目だなぁ、ついさっき、力押しだけじゃ駄目だって反省したばかりなのに。
持たせることばかり考えて、来栖が楽しんで使うことはすっ飛ばしてた。だから、駄目だったのかな。
踏み込んでも、手ごたえがなくて……拒絶ばかり積み重なって。……これからはヒナ師匠と呼ばせてもらおう。
そう思いながら、尊敬の念をヒナに向けていると。
「ねぇ」
「なんですか、仙太郎さん」
「これ、ボタンはどこにあるの」
「あ、電源と音量スイッチでしたら、機体の右横に」
「いや……数字の、ボタン」
……とりあえず、師匠と一緒に来栖へチョップ。店員も突っ伏し、グスグスと泣き出した。
コイツはぁ……! そもそもを理解してなかったの!? スマートフォンにはそれがないって!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
午後五時――『スマートフォンは電気を利用している』と、そう説明するのが大変でした。
それなら『なぜびりびりしないのか』と言われてしまい……静電気とは違うのに! そう、違うんです!
結局黒塗りのI390を購入。美和さんと同機種で……しかも、美和さんはなかなかに手堅い。
自分との通話料金が安くなるよう、オプションもつけていたんです。番号もきっちり登録して。
……え、わたしですか? 当然無理です……会社が違いますから! それどころか国も違いますから!
もしかして美和さんは、仙太郎さんを……そう、ですよね。そうじゃなかったら、サラッとそんなこと、するはずがありません。
そうだったのかぁとほほ笑ましくなりながらも、お店を出て……ショッピングモールの中を歩いていく。
吹き抜けのモール内には夕日が差し込み、実に奇麗。新宿(しんじゅく)――都心部に学校があるのは、こういうときに便利です。
学校を出てからお店に着くまで、二十分もかかっていませんでしたから。では、お夕飯です!
うどん♪ うどんー♪ つるつるしこしこ、うどんー♪ 付け合わせの天ぷらは、何がいいでしょうー♪
王道エビ天ー♪ それとも半熟たまご天ー♪ いえいえやっぱり……ちくわ天ー♪
「……生体、電流」
「そう! 人間の体は、水がほとんどでしょ? 電解質を含んでいるから、電気を通す。
そもそも人間の体は、電気信号によって動いているわけで」
「その電気がパネルの電流を乱し、乱れたところを触ったと感知・処理するのがスマートフォンなんです」
仙太郎さんは早速買って、充電させてもらったスマートフォンで調べ物。でも歩きスマホは危ないので、優しく制しておく。
こういうときの仙太郎さんは、とても素直。多分、遠慮しているせいだと思う。……朝に教えてくれました。
イレイジになってから、身体能力も……変身しなくても、人間を逸脱していると。
変に抵抗したら、わたし達を傷つける。だから仙太郎さんは、素直に引いてくれる。
でもそういう優しさを利用しているようで、ちょっと心苦しくもあって。何とか、できればいいんでしょうけど。
それで少し分かった。仙太郎さんは人を遠ざけている……でも、嫌っているわけじゃない。
事件に巻き込みたくないのが一つ。もう一つは……触れて、傷つけるのが嫌だから。
現にさっきも、今も、スマートフォンをおっかなびっくりで操作している。わたし達で言うなら、くすぐる程度の力加減で扱っているから。
「……技術が、ここまで発達していたなんて」
「アンタが時代に取り残されていただけよ。というかなに! ボタンがないからって、プリペイド携帯にしたかったの!?」
「引き出し式だと……壊しかねないから」
「アンタはどんだけ不器用なのよ! あと」
先を行く美和さんが、こちらへ振り返りいら立ちの表情。
「なんで壁際から離れないわけ!? というか擦れてる! 壁にこすりつけてる、体!」
そう、仙太郎さんはエスカレーターで五階に上がり、お店に行くまでも……そして今も、壁際を歩いていた。
結果わたしも仙太郎さんと一緒に……でも目立っているようです。十メートル近い通路ですし、端に行く必要もないわけで。
「……背中を、取られると困る」
「アンタはゴルゴ13か! ヒナ師匠ー! 笑ってないでツッコんでくださいよー!」
「師匠!?」
え、師匠ってなんですか! わたし、それらしいことは何も……って、仙太郎さんの視線が厳しい!
とても疑わしくわたしを見ている! でもそれは理不尽です! わたし、本当に何もしてなくてー!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『――来栖仙太郎及び同級生二名、携帯ショップから出て……あ、飲食店に入りました。うどん屋です』
「うどん屋?」
『はい。丸亀製麺――讃岐(さぬき)うどんの店です。モールの飲食階にあって、店舗も開放型。他の……ラーメンやらお好み焼きの店と、並ぶ形です』
午後五時八分――尾行は部下の滝沢(たきざわ)に任せ、車内待機中。しかしどうにも不機嫌。ついぶ然としてしまう。
……うどん……うどん……だが私は、やっぱりそばだ。決して負けんぞ、讃岐(さぬき)うどんには。
とにかく状況は理解できた。店舗ではなく、お食事コーナーの一店舗。あとは自由に座席が配置されているパターンだな。
それなら休憩がてらやってきた、客の一人として自然に紛れ込めるだろう。
「うどんならすぐに動くだろう。不審者に間違われない程度に、様子を見ていてくれ」
『分かりました』
通信を終え、一人の車内で大きくため息。……来栖仙太郎については、慎重に調べる必要がある。
その気持ちは変わらないが、現状の調査を続けて、一体どこまで……そこで携帯に着信。
勝手に変えられていた、ど派手な着信音に顔をしかめながら、電話に出る。こういうことをするのは、アイツしかいない。
「もしもし」
『幸咲ちゃん、やっほー♪』
「お前……また私の携帯を、勝手に弄(いじ)っただろ」
『まぁまぁ。新機能を搭載しておいたから、必要なら使ってよー』
「聞いてないのに使えるか、馬鹿が!」
そう、余弦のアホだった。いや、馬鹿……あぁ、両方だったな、コイツは。
『で、進展は』
「来栖仙太郎、携帯も持っていなかったらしい。今はクラスメートと一緒に購入した帰りで、うどんを食べている」
『わ、レアケースねー。で、そのクラスメートはなに、美人?』
「まぁ美人な方だな。それも二人だ」
『リア充ねー。今時のイケメンとは真逆なのに』
いわゆるしょう油顔とでも言うべきか。ただリア充というのとは、違うようだぞ? 滝沢曰(いわ)く、かなり疲れ果てていたそうだからな。
「で、用件は」
『んー、アフターファイブだけど、現状確認が一つ。あと科学・魔術班担当として、現場にプレッシャー?
できるだけ早く、その子をこっちに引っ張ってきてほしいの。それも穏便にね』
「前々から言っている件だな」
『そもそもイレイジ対策が取れないのは、彼らの生態が一切分からないから。前例もないんじゃ、実物を調べるしかないってわけ』
「だが穏便にというのは」
『当たり前でしょ。一度や二度調べただけで、全部分かるとでも?』
つまり来栖仙太郎本人に、継続的な調査依頼をしたいわけだ。まぁ、それしかないとも言うが。
イレイジの能力が圧倒的すぎて、我々では拘束することも無理。文字通りのアンタッチャブルだからな。
……来栖仙太郎の存在が浮かんでから、余弦はやんわりとこう言っていた。
――一応聞くけど、普通にお話して解決ーってのは? ほらほらー、イレイジを倒すイレイジなら、お友達になれるかも――
あれはお願いでもあったわけか。で、私が突っ走りそうなので、はっきり釘(くぎ)刺しと。
『なのでこれは釘(くぎ)刺し」
というか、理解しそうもないので、ハッキリ言うか。まるで脳筋扱いされているようで、頬が引きつってしまう。
「幸咲ちゃん、キツいところあるから……交渉は慎重にやってよ?
あ、何ならあたしがやるわよ? ボディランゲージも含めて、幸せな一時を』
「外部協力者にハニトラなどさせられるか。……学生時代のようなサキュバス行為、絶対に認めんからな!」
『でも、現状だと打つ手なしでしょ? いずれにせよ直接接触が必要』
「それは、まぁな」
『だったら早い方がいいわよ。幸咲ちゃんの話を聞く限り……来栖仙太郎ちゃんだっけ? その子、とても危ない感じがする』
「どう危ないんだ」
『今までバレなかったのが、奇跡だってレベルの迂闊(うかつ)さよ? アタシ達が勘づいたように、イレイジ側も』
それがあったか……! イレイジを倒すイレイジ、同族ならば当然脅威に思っているはずだ。
もしそれが奴らの側(がわ)で、噂(うわさ)にでもなっていたら? その場合、来栖仙太郎を中心に、イレイジが集まり、とんでもない闘争が起こりかねない。
確かに抜けていた。打つ手なしなまま、時間を無駄にするわけにもいかない……ハンドルを右手でさすりながら、思案する。
来栖仙太郎に接触し、穏便に話を進め、生態調査に協力してもらう手はずを。……あ、駄目だ。私、こういうのは苦手だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
讃岐(さぬき)うどんはとても美味(おい)しい……つるつるしこしこ、のどごしさわやか。夏は冷たく、冬はあったか。
消化にもよく、お夜食としてもバッチリです。おばさまにもちゃんと連絡したので、これが今日のお夕飯。
わたしは王道に【かま玉】を大盛りで。更にかしわ天……あ、はなまるうどんではとり天でしたね。
とり天と、さくさくこりこりで美味(おい)しい【げそ天】。しゃきっとした【レンコン天】も一つ。
それでやっぱり忘れちゃいけない、【ちくわ磯辺(いそべ)揚げ】! そこにカレーライス大盛りをプラスして、夕飯は完成です!
なおカレーセットがあったので、うどんは増量してもらい……ちょっとお得! すばらしいです、セット文化!
「……ヒナ、アンタ」
美和さんも潮豚丼セット(うどんは月見)を持ちながら、なぜか訝(いぶか)しげにわたしを見る。
仙太郎さんは温かな牛肉うどん大盛りに、ちくわ磯辺(いそべ)揚げとコロッケ、げそ天とおいなりさん……やっぱりげそ天、美味(おい)しいですよねー。
「なんでしょう」
「いや、むしろよく食べるからこそ、そのナイスバディなのかなぁ」
三人で着席しながら、美和さんがわたしの胸に注目。そんなに気になるものでしょうか。おばさまやお母様よりも小さいですし。
「ね、やっぱり秘けつとかってあるの?」
「秘けつ……よく食べ、よく寝て、よく遊ぶ。おばさまはそう教えてくれました」
「よし、それで頑張ってみる!」
よくは分からないけど、何はともあれお食事です。割り箸を取って、両手を合わせて。
「「「頂きます」」」
頂きます――かま玉、久しぶりです。わくわくしながらズルズル……ん、熱々の麺に絡んだ、たまごの味が濃厚で。
それをつるつるしこしこの麺がしっかり受け止めて、このまま全部食べちゃいそうです。
でもその前に……げそ天です! わたし、これをカジカジするのが大好きで……それにボリュームも多く感じるんですよねぇ。
「でもあたしら、高校生としてはズレてる……とか言われそうだねー。普通はマクドとか行くんだろうけど」
「いいんです。美味(おい)しいものは正義ですから」
「だね。ところで来栖……アンタ、なんでうちの学校に通ってるわけ?」
仙太郎さんがげそ天をかみ切って、もぐもぐ。はい、しっかり飲み込むまで待ちましょう、食べながら喋(しゃべ)るのは行儀が悪いです。
「……資格が欲しいから」
「だったらもっと友好的にしなよ。ほら、まずは朝は元気よく『おはよー』って」
「低血圧、だから」
「アンタは年中そのテンションだよね!」
「家に近い、から」
「話を戻すなぁ!」
「……両親が、魔術師だった」
仙太郎さんは牛肉うどんの汁をすすり、気持ちを入れ替える。そのときの表情はどこか辛(つら)そうで、美和さんも息を飲む。
そう言えば仙太郎さん、一人暮らしです。もちろん誰かがいる様子もなくて。
「もう死んでるけど。その知り合いから、【卒業するだけでいい】って強引に勧められて……今度会ったら、絶対仕返ししてやる……!」
「いきなり怒りを燃やさないでよ! え、何があったの! 親戚とかじゃ」
「ない……いや、納得した。俺も納得した……させられた……やっぱり殴ってやる……滝から落とされた恨みは」
「アンタは一体何をされたのよ! 立派な殺人行為じゃない!」
「まぁまぁ仙太郎さん、ほら……カレーが美味(おい)しいですよ。一口どうぞー」
そう、はなまるうどんと言えばカレーです! まさしくカレー……ザ・日本風カレー!
特別なところがない、そう感じられる特別感! これを一口食べれば、誰しも平和な心を取り戻します!
仙太郎さんにスプーンを持たせて、一口食べてもらう。すると怒りの形相が途端に和らいだ。
「……美味(おい)しい」
「はい、美味(おい)しいです。でもその御様子だと」
「ご飯物はいなりって決めてたから……でもこれ、美味(おい)しい。いや、普通のカレーなんだけど」
「最近はタイやらインドの、本格カレーも攻め込んでいますから。普通もまた特別なんです」
それでもう一口食べるので、ホッとする。怒りは彼方(かなた)へ飛んでいるようです。
「美和さんもどうぞ」
「え、えっと」
「カレー、お嫌いですか?」
「ううん、とんでもない! じゃあ……豚を一切れ譲渡しよう」
「ありがとうございますー」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
で、でもこれって間接キス……今更かー! だってヒナ、極々普通に自分の使ったスプーン、来栖に使わせているもの!
ここで断るのも変だし、差を付けられるみたいな状況も腹が立つ。なので……まず豚をヒナにトレードした上で、カレーを一口。
「……あぁ、確かに普通だぁ」
「はい、普通です」
「でもこれがホッとするんだなぁ」
ほどよい辛(から)さ、まろやかなとろみと具材の甘み……まさしく日本風カレーの王道。うどん屋なのに、カレー屋にきた気分だよ。
いや、カレーうどんもあるから、むしろ本領なのだろうか。これは……後悔している。来栖と同じように、後悔している。
「ヒナ、ありがと。今度からカレー、いってみるわ」
「はい」
そうだ、来栖もトレード……と思ったら、サラッとおいなりさんを分けていた。そのとき、来栖のぶ然とした顔――唇を見やる。
こ、これでも一応乙女なわけで、間接キスとかも意識はする。でも来栖は、平気なのかな。
……それはそれで、すっごく腹が立つ! こうなったら意識するまで、付きまとってやるんだから!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
午後六時……仙太郎さんの家までもうすぐ。自然とわたし達は、仙太郎さんの家に向かっていました。
でもおうどん、美味(おい)しかったです。讃岐(さぬき)うどんは素敵ですー♪
「いい? 帰ったら改めて充電して、番号も確認すること。あとはメルアドもすぐ出せるよう登録。
……確認するからね? アンタの電話番号、もう登録しているし」
「……店でやっただろ」
「いいの! 着信拒否にでもされたら、溜(た)まったもんじゃないし!」
「というか、家までついてくるのに、何を」
「それもいいの! アンタの自宅を押さえておけば、いつでも乗り込めるし!」
仙太郎さんはぶ然としながら、そっぽを向く。でも美和さん、まるでお母さんのようです。
その様子をニコニコ笑いながら見ていると、仙太郎さんが住んでいる、あのアパートが見えてきました。
「あ、美和さん、あそこですよ」
「あれかぁ。……あとは合い鍵でもあれば完璧なんだけど」
「それは、やりすぎですよ?」
「ストーカーって、一一〇番でよかったかな」
「誰がストーカーよ! ……いや、ストーカーだよね。うん、確かにこれはやりすぎだった」
反省する美和さんを見て、つい頬が緩む。仙太郎さんも少しだけ態度を軟化させ、そのまま足を進める。
でも朝に出て、夜にまた……まるであそこが我が家みたいな。そ、それではわたしは、仙太郎さんの恋。
「――!」
仙太郎さんは突然わたし達へ向き直り、両腕を広げながら覆(おお)いかぶさってくる。一体何が……と聞く前に、ごう音が響いた。
どこからともなく打ち込まれた、緑の砲弾。渦巻くそれが……とあるアパートの一室を直撃。
そこから爆発が起きて、窓ガラスの破片やフェンスの手すり、中におかれた家財品などが砕け、吹き飛んでくる。
……その一部には、見覚えがあった。あの白い破片は……今朝、仙太郎さんと一緒にご飯を食べたテーブル。爆撃されたのは、仙太郎さんの部屋だった。
「な……!」
「な、なにぃ!?」
「怪我(けが)は!」
仙太郎さんは人が変わったように、ハキハキと喋(しゃべ)り出す。その様子に面食らった美和さんは、目をパチクリ。でもすぐに気づく。
仙太郎さんはわたし達を庇(かば)ってくれた。距離だって十分離れていて、破片だって一つもとんでないのに……まずわたし達を。
「あ、うん。大丈夫……ありが」
「逃げるよ!」
仙太郎さんはわたし達を抱え上げる。お腹(なか)が仙太郎さんの肩に載せられ、足は両腕でキープ。
そのまま、人間二人を抱えているとは思えない……そんな速度でダッシュ。その途端にあの、緑の砲弾が撃ち込まれる。
鋭く、旋風のように渦巻く力は、コンクリの歩道を次々破壊。その様子をまざまざと見せつけられ、さすがに混乱。
「ちょ、何! これ何なのー!」
「まさか……仙太郎さん!」
「ごめん……!」
どう見ても異能の類い。でもこの世界で、異能――魔術を攻撃手段に使うことは、大契約により禁じられている。
もちろん違法契約はあるけど、こんな大々的な攻撃はできない。つまりこれは……だから仙太郎さんは謝った。
仙太郎さんには覚えがあるから。『異常な存在(イレイジ)』に狙われる覚えが。でも、こんなのって。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あらら……一流の砲撃手を呼び出したつもりなんだけど、あっさり避けちゃうか。彼の感知能力も大したものだ。
いや、だからこそイレイジ狩りなんてできるのかな。少し楽しくなりながらも、一つ目な彼<サイクロプス>にアイサイン。
彼は面倒臭そうに鼻を鳴らし、そのまま跳躍――十五メートル以上の高さから飛び降り、地面へと着地。
本当にごめんね。本来スナイパーでもある君に、接近戦をお願いしちゃって。あれ、この時点で人選ミスかな。
まぁいいか。……レベル2には絶対勝てないから……普通ならね。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
脇道へ入り、喧噪(けんそう)に背を向けながら考える。幸い地の利はこちらにある。だから……一つ、二人を連れて逃げる……無理。
相手は遠距離タイプで火力もある。詳細な能力も分からないし、壁抜きされる危険だって。
なら二人を見殺しにする……それも、無理だ。……携帯を選んでもらった恩がある。我ながら、甘すぎるけど。
それに響く悲鳴と、砲音を見過ごせない。きっと一発放たれるたびに、誰かが。もう、腹を決めるしかない。
これで学園祭の手伝いも御破算になる。そう心を慰めながら、ある程度走り……二人を下ろす。
ちょうど路地裏手のゴミ捨て場近くで、匂いもよろしくない。でも今はぜい沢、言っていられないから。
「二人とも、全力で……俺の家と逆方向に逃げて。絶対に振り返らないで」
「そのつもりよ! でも……何、その言いぐさ! まるでアンタが足止めでも」
左手に意識を集中――こみ上げる力を左薙に振るい、現界。渦巻く風が体を取り囲み、変質。
そのエフェクトが路地裏で吹き荒れる中、突き刺さるのは忍山の視線。おびえと驚きが混じった……いつも受けていた、視線だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
目の前で、来栖が変わっていく。あのしょう油顔と制服が消え去り、流れる風のような……怪物に。
その姿にぼう然とする中、来栖は何も言わずに右手を伸ばす。一瞬、殺されると思った。
だってわけ分かんない攻撃が起きて、それで来栖もわけ分かんない姿になって。
「ひ……!」
咄嗟(とっさ)にヒナを抱き寄せ、守ろうとする。でも来栖の手は地面に当てられるだけ。……すると足下に浮遊感が生まれる。
下を見ると、そこは光り輝く地面。そのまま、突如として生まれた空間の穴に落下。
「「痛!」」
あたし達は揃(そろ)って尻餅を付いて、痛みに呻(うめ)く。路地裏の異臭漂う雰囲気から一転、そこは……あれ?
ここって確か、来栖の家までの道。そうだ、商店街を抜けてすぐのところだ。そこから角を曲がって、あとは真っすぐ。
さっきの場所からで言うと、八十メートルほど離れてる。もしかして、逃げろって。
「……嫌だ」
「……美和さん」
抱き寄せていたヒナを解放して、頭を抱えてしまう。嫌だ……あたし、馬鹿だ。こんなの、軽く考えられるはずがない。無理なのに。
「あたし、怖がった……アイツはただ、あたし達を……!」
それにごめんって、謝ってた。そういう意味だったんだ……ごめんって……!
「だったら、逃げましょう」
ヒナに手を引っ張られて、来栖の家とは逆方向に駆け出す。ううん、半分引きずられてしまう。
「あんた、もしかして」
「後でお話します! だから早く!」
そうか、知ってたんだ。だから来栖もアンタには……胸が、痛い。怖い……何が? 混乱しているせい、なのかな。
受け止められるかどうか、それが分からなくて怖い。受け止めたヒナに嫉妬している、自分が怖い。
いろんな恐怖が涙としてこみ上げてきて。それでも必死に逃げて……もう、わけが分からない。
……かと思うと、今度は車が走り込んでくる。えっと、赤いGT-R? テレビの特集で見たことがある。
悲鳴と逃げる人々があちらこちらから生まれる中、車はあたし達の脇に止まる。中にはとても胸の大きな女性と、若い男性が載っていた。
「乗るんだ!」
窓が開き、慌てた様子の女性があたし達を見て叫ぶ。
「あなた達は」
「警察のものです!」
「いいから早く!」
男性に警察バッジを見せられ、ヒナと顔を見合わせる。どうしてあたし達かは分からない。
でも……すぐにガードレールを乗り越え、後部ドアを開(あ)けて飛び込んだ。車はそのままUターン。
乱暴に後部タイヤを滑らせ、反対車線へ飛び込みながら加速する。
「まずシートベルトは締めてくれ。頭を打っても責任は取れない」
「あなた方は」
「ヒナ・ルイス、忍山美和――来栖仙太郎の同級生だったな」
「……日本(にほん)の警察は随分と乱暴なんですね。犯罪者でもない人の周囲を調べるなんて」
「だが異能者ではある」
女性の言葉に、つい身が引きつる。この人達、もしかして来栖を捕まえに……!
「先輩、駄目ですよ。余弦さんから注意されたばかりなのに」
「ならお前が説明してくれ。運転中は」
そこで強引なカーブ。またドリフト気味に車体が滑り、ヒナと後部座席で横倒しになる。い、痛い……!
「どうしても気が荒くなる……!」
「……まずは、シートベルトを締めてくれ。先輩は加減しないから」
「「は、はい」」
じゃないと、来栖が助けてくれたのも無駄になりそう。そうだ、助けてくれた……だったら、アイツは。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一つ目のイレイジは生物的なライフルを構え、道を闊歩(かっぽ)していた。何かを探すように……そうして時折、引き金を引く。
脱力感に苛(さいな)まれながらも、その様子を影からチェック。すると鋭く銃口が向き、慌てて路地裏へ引き込む。
そのまま駆け抜けると、背後で破裂音……やっぱり壁抜き、してきやがった!
しかも何発も撃ち込み、分厚いコンクリをいともたやすく、何枚もぶち抜く。これは、接近しないとどうしようもない。
脇で倒れている男――怯(おび)えながら隠れ、伏せているおっちゃんの脇に立ち。
「ひ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
恐怖で叫ばれるのも構わず、地面に手を突いて能力発動。……イレイジには固有能力が存在する。
それは時に炎を放ち、雷撃を纏(まと)い……俺の場合は、これだ。限界距離ギリギリに空間を接続。
おっちゃんの足下と、八十メートル先の路上を繋(つな)ぐ。おっちゃんは重力に従い落下し、明るい……日の差す場所へと下りた。
それからすぐ左に飛びのくも、放たれた砲弾が腕を掠(かす)め、二の腕が抉(えぐ)れる。痛みに呻(うめ)きながらも転がり……それでも必死に走る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
来栖くん……この期に及んで、まだ人を助けるのかい。君はなんて愚かなんだ。君は見捨てるべきだった。
そうすれば半端な自分を捨てることができたのに。痛いだろう、苦しいだろう、周囲の人間を巻き添えにして。
それは君の罪だ。例えば渋谷で一人……あの刑事を守るために、一人……自分のためではなく、他者のために同族を殺してきた。
君はその罪を、変革によって購(あがな)うんだ。さぁ、サイクロプスをよく見るといい。勇者のように飛び込み、立ち向かうといい。
そのとき、君は気づくだろう。自分がドンキホーテであることを。そうして力を求めて……君は変わる、変わらなくてはいけない。
なぜなら君の力は、選ばれし者の証明。それを同族殺しに使うなんて……ご両親への冒涜だよ、来栖くん。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
相手はこちらを、警戒していない……砲弾の威力、発射感覚もしっかり掴(つか)んだ。ならばと表の道へ飛び出す。
反射的に向けられるライフル。その動きが静止した瞬間、地面を蹴って二時方向に疾駆。
放たれる砲弾をやり過ごし、次弾以降もジグザグ移動で回避する。銃弾の回避なら、前に散々やらされた。
――銃の方向から射線を予測し、撃たれる前に動いて避ける。一種の山勘ではあるが、経験を積めば予知に等しい。
お前みたいな馬鹿でも、数をこなせばどうとにでもなる。ほれほれ、次がくるぞ〜、避けんと痛いぞ〜――
……あの妙に甘ったるい声を思い出し、いら立ったせいだろうか。体の加速がより鋭くなる。
そうして距離を詰めたところで、左腕でライフル方針を掴(つか)み引き寄せながら、顔面に右手刀を打ち込む。
力を纏(まと)わせ、刃とする。これでデカい目を潰せば……奴は避けることもできず、目を粉砕され……!?
「つぅ……!」
指が……纏(まと)わせていた力が霧散。突き指に近い形で痛みが走り、衝撃を受ける。俺の指は……手刀は、奴の目を潰せなかった。
それどころか肉体には、傷一つついていない。そして奴は無造作にライフルを振るう。
今まで体感したことがない力に振り回され、強引に引きはがされる。そうして近くの電柱に衝突。
電柱を砕きながら、更に背後の壁にぶつかり埋まる。慌てて左へと飛びのくと、またあの砲弾が放たれた。
「レベル1の分際で、傷つけられると思ったのか……小僧」
「レベル……だと」
「俺達イレイジには、段階がある。お前のように醜い人外となるのが、レベル1」
また銃口を向けられ走ると、砲弾が発射……だが今度の砲弾はら旋を描き、更にカーブ。
慌てて両腕をかざし、力場による障壁を展開。しかしそれはたやすくかき消され、砲弾が爆発。
風の衝撃により肌が切り刻まれ、血肉の一部がはじけ飛ぶ。
「――!」
「そしてこれが」
……一つ目の風貌が変わっていく。顔は人のそれに近くなり、その肉体も鋭くシェイプアップ。
そうだ、人の顔だ。だが変質を解いたわけじゃない。その額には確かに、全てを見据える瞳が存在していた。
さっきまでがサイクロプスだとしたら、今度はなんだ……三つ目が通る? それなら槍だろ、槍。
異形なのは変わらない。だがより、人へ近づいていた。人に擬態するほど、力を増しているとも取れる。つまりこれが。
「レベル2――」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
シートベルトを何とか締めて、揺れる車内の中で三半規管が刺激され続ける。
こ、この人に免許を持たせては、いけません。うどんが……うどんがミキシングされる。
「ごめんね、驚かせて。俺達は来栖仙太郎君に、協力をお願いしたかっただけなんだ」
「協、力? じゃあ、アイツが何かしたとか」
「むしろ『何かした』異能者を、独自に止めていた。……ただ彼らについては未知なところも多くてね。
彼がどういう人間かも分からないし、事前調査をしていたんだ。君達のこともそこで知った」
「では、仙太郎さんは」
「捕まえるのも、裁くのも、現状では無理だな」
女性の方……確か、須山幸咲さんでしたか? 滝沢さんが教えてくれました。かなりいら立っている様子。
運転の荒さは距離が離れるごとに、少しずつなりを潜めている。でも、声は仙太郎さんへの怒りに溢(あふ)れていて。
「何せイレイジ……変身する異能者には、現代兵器が一切通用しない。イレイジを倒せるのもイレイジだけだ」
「そうでなければ、捕まえたいと言いたげですね」
「とりあえず説教はしたいな。中途半端にしているから、君達を巻き込んだ」
「仙太郎さんに、人を襲う怪物になれと。その場合はあなた達も困りそうですけど」
「だが道の一つだ。そして他の道もある。……もう選べないがな」
確かに道の一つだった。でも他の道もイバラ……いいえ、これは言い訳なのかもしれません。
この人が怒っているのは、仙太郎さんが怪物だからじゃない。そうして他人を、関係ない人を巻き込んだ。
それは変えられないし、もう戻ることもできない。そう言って……悲しんでいる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
気持ちを入れ替え、再び踏み込む。十一時方向へ加速し、向けられた砲口を回避。
しかしそこで第三の目がぎょろりと動き、こちらの回避先を見据え……嫌な予感がして、咄嗟(とっさ)に停止。後ろへ飛びのく。
すると奴の銃口が先ほどよりも鋭く、速く走り、回避先に向かって放たれる。それも散弾として。
結果右足が蜂の巣にされ、痛みに呻(うめ)きながら地面を滑る。くそ、これじゃあもう……!
「お前には到達できない高みだ。人間性という檻(おり)から逸脱することで、俺達は人としての概念や制約から解放される」
「解放? 人に戻りかけだろうが、それは」
「……イレイジの面汚しが」
無機質な表情で殺気をぶつけ、改めてライフルを構えてくる。……チャンスは一度だけ……距離は十分。
あとは避けられないコースをしっかり考え……さぁ、こい。
「依頼とは違うが、気が変わった。……死ね」
そして引き金が引かれる――音速よりも速く、放たれた砲弾。なので眼前に意識を集中――そうして生まれる青い歪(ゆが)み。
そう、空間接続だ。レベル2とやらがどれほどのものか、正直分からない。でも同じレベルの攻撃なら……!
奴がミスを悟るが、もう遅い。どれだけ目がよかろうと、予想外に対しての反射は鈍くなる。
出口はそうやって下がる、お前の背中だ。このまま一気に……!
『こらこら、駄目じゃないか』
だがそこで、別の異形が現れる。黒衣(こくい)を纏(まと)い、鎌を携えたそいつは俺の、展開した歪(ゆが)みの前に出現。
その鎌を振るい、強烈な砲弾をたやすく霧散させる。二体目……だと。しかもコイツは。
『君、死にたいのかな』
そいつは歪(ゆが)みに鎌を突っ込み、その刃を三つ目に突き出す。ただし刃は当てられるだけ。
力を入れれば、即胴体が真っ二つになる……そう言わんばかりの距離だった。
「……すまん、だが」
『言い訳は聞かない。全く、僕も目が良くてよかったよ。じゃなかったら……さて、来栖仙太郎くん、一緒にきて』
……逃げるしか、ない。どう見てもコイツは、レベル2より格上。なので新しい歪(ゆが)みを展開。
倒れた状態だったのが幸いした……アイツは鎌を手放し、こちらへ回り込んでいたから。
『おっと、逃がさ』
重力に従い落下しながら、体を一回転。右裏拳で伸ばされた手を払い……そのとき、電撃が走る。
捕まってはいけない、そうなれば最後……そこで思い出すのは、あのはた迷惑な二人。
そうだ、負けられない……あの二人だって、きっと危なくなる。その衝動が力となって、体が更に変質。
本当に一瞬……ほんの一瞬だけ、今まで以上の速度で拳が走り、届かないはずだった一撃を加える。
そうして黒い豪腕を振るい、更に連続空間接続。落下速度が増していくのも構わず、現界を超えるのも構わず、十回以上の連続転送……!
その結果、ぼろぼろの体で川に落下した。水の冷たさを感じながらも、それは意識の混濁によって薄れていく。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
須山幸咲の勧めに従い、まずは傷を治すことに専念。じゃないと、馬鹿な自分への償いもできやしない。
俺みたいなろくでなしも、体が資本というわけだ。なので一つ、我が身を悔い改めた。
病院の先生にも勧められたが……どうにも口さみしい。なのでガムをくちゃくちゃと噛(か)みながら歩いていると、真下から水音が響く。
夕飯を食べて、家に帰ろうと差し掛かった橋の上……魚でも跳ねたのかと、最初は思った。
だが妙に胸騒ぎがして、体に負担をかけないようゆっくり下へ。なお帰宅ラッシュってやつなのか、人通りは多い。
それでも音に目を付けたのは、俺だけってのが……世知辛い世の中というやつか。
とにかく何とか下りて、心臓が嫌な意味で高鳴る。慌ててガムを、元の包み紙に戻して仕舞う。ポイ捨ては卒業だ、卒業。
「おいおい」
川の中心部に、来栖仙太郎がいた。ただし体中傷だらけで、特に右足なんてずたずた。
鮮血が川を染め上げ、流れていく。いずれ大騒ぎになるのは目に見えていた。それで奴は動かない……うつぶせのまま、目を閉じていた。
「入水(にゅうすい)自殺にしては浅すぎるだろ!」
傷がどうこうとか言ってる場合じゃねぇ! 慌てて生意気そうな坊主に駆け寄り、まずは近くに携帯を置く。
その上で坊主の脇へ……ちぎれそうな足は上着で包んで、優しく固定。その上で慎重に、近くの縁まで担ぎ上げる。
だがそのとき、脇腹や足――体の各所で、ぷつっと切れる感覚が走る。それでも構わず、力を入れる。
コイツはもっとキツい状況で踏ん張ってたんだ。お返しとしては、このくらいの痛み……ちょうど、いいだろ……!
「おい、坊主!」
出血量がひでぇ。人間の領域じゃないとはいえ、コイツは……やめてくれよ、おい。
お前は一応、命の恩人なんだぞ。恩返しくらいはさせろよ……出世払いになるけどよ。
とにかく携帯を取り、すぐさま連絡。病院……いや、ここはあの野郎だ! 名刺を捨てていなくて、正解だった!
「しっかりしろ……坊主、聴こえるか! 返事をしろ!」
「……ん」
うなされているようだった。目を閉じ、声を漏らす。よかった、即死じゃあねぇ。
「……さい」
「なんだ、よく聴こえねぇぞ! 声を絞り出せ!」
「タバコ……臭い」
うわごとのような言葉。だが……この状況でそれなので、つい安堵(あんど)の笑みを浮かべる。
「悪いな、禁煙して間もないんだ。ちょっと我慢しろ」
あぁ、コイツは大丈夫だ。死にかけておいて、鼻が利くならよ。とにかくあの野郎に……須山に連絡。すぐに助けてもらおう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
午後八時――仙太郎さんの住居近辺は、イレイジによる被害が甚大。ただ、幸いなことに死者はゼロ。
不可解なほどに、けが人も出なかった。ただ一人を除いて……あれからわたしと美和さんは、とある施設に連れていかれた。
公安が管理するラボらしいです。事情聴取かと思いきや、その医務室には。
「仙太郎さん!」
両腕や体中に包帯を巻いて、寝かされている仙太郎さんがいた。特に右足は……ギブスやらなんやらが、集中的に保護していて。
「しー」
そこで脇から、赤髪の白衣女性が登場。お医者さんでしょうか……でも、あの、格好が大胆なような。
服はどう見てもパーティードレスですし、胸元も大胆に開いて……わたし、サイズでは完全に負けています。
その方はかけている丸眼鏡を正し、仙太郎さんを右手で指します。
「見ての通り、今はぐっすりだから。話は外で」
「は、はい」
「余弦、世話をかけた。ところで吉山刑事は」
「病院よ。この子を引っ張り出すのに、傷が開いちゃったんですって」
「……礼は後日だな」
とにかくわたし達は、病室の外へ。白い廊下の中、美和さんが震えながら脱力。
慌てて支え、一緒に近くのベンチに座ります。
「でもお礼を言うのはアタシの方よ。前に幸咲ちゃんが無理を言って、設備を運び込んでくれてなかったら……あと」
「なんだ」
「せっかくのセレブデート、見事に邪魔されたしねぇ……! どうするのよ! ゲーム会社の社長とだったのに! それも年収二億!」
「よかったじゃないか、お前の被害者が減って」
「幸咲ちゃんー!」
あぁ、デートだったんですね。そこから戻ってきたので……でも大人のデート……わ、わたしには遠い世界です。
「とにかくほれ、自己紹介」
「あ、そうだった。……初めまして、余弦智代梨よ。まぁ簡単に言えば、イレイジについて調べているお姉さん」
「こう見えても余弦は有能でな。医学や科学、精霊学についても精通している。いわゆる外部協力者だ」
「ヒナ・ルイスです。彼女は忍山美和さんで……あの、仙太郎さんは」
「手遅れだったわよ、人間なら」
……つまり、それほどにヒドい重傷。分かっていた……分からなきゃいけなかった。
戦うとは、こういうこともあるんだと。でもそれが怖くて、両手が震えてしまう。
「右足なんて特にヒドいわよ。至近距離でショットガンを撃たれたような傷で、もうずたずた。迷わず切断ものよ」
「そんな……!」
「でも安心して。あの子の傷は現在、信じられない速度で回復し始めている。数日中には完治するわ」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
「アタシは何もしてないって。お礼を言うなら、あの子が取り込んでいる精霊に言うのね。……横、ごめんね」
余弦さんはそう断ってから、静かに座る。その上でタブレットを取り出し、画面を表示する。
「幸咲ちゃん、ついでに滝沢もよく聞いて。あの子の体を検査した結果、イレイジについてちょっとだけ分かった」
「俺はついでですか! ……それで、どのようなことが」
「吉山刑事が聞き出したんだけど、イレイジにはレベルがあるそうなの。
今日あの子が戦ったイレイジは、レベル2――ようは上位種よ」
「よく聞き出せたな」
「意識もうろうとしていたから」
……慌ててメモを取り出し、サラサラ……描いて意味があるか分かりませんけど、新しいお話は記録です。お母様からの言いつけですから。
「あと、現場の防犯カメラから映像も取れたけど……マジっぽいわね。これがその、拡大映像だけど」
タブレットに映し出されるのは、一つ目の怪物。でもそれは仙太郎さんを圧倒した後、人の顔になった。
異形の肉体も、より人間に近い形となり……その後は、ただただ蹂躙(じゅうりん)されるだけで。
「人間に近づいていく、ということでしょうか」
「力が強くなることでね。この映像と吉山刑事の話、更にあの子の体を調べた結果……イレイジが人間として存在していないことが分かった」
「それはまぁ、分かるが」
「多分分かってないわよ、幸咲ちゃんは」
余弦さんはタブレットを叩(たた)き、更に映像を切り替える。な、何かのバイオグラフみたいなのが出て……これは分かりません。
「イレイジ――イレギュラー・エンゲージ。その名の通り、精霊との異常契約によって誕生する存在。
既存兵器を一切受け付けないわけだけど、あの子の体を調べてみて、その原因がちょっと分かった。……憑依されてるのよ」
「憑依?」
「精霊とかって、いわゆる霊体って言われてるわよね。あたし達が持つ物理的肉体とは違うものだと。それが乗り移って、元の肉体と融合してる」
「つまり、あれか。来栖仙太郎も契約している精霊がいて、それが体にも大きな影響を及ぼしている。
その状態がイレイジで、だから銃火器などの物理的攻撃が通用しない? 変身しているとき、奴らは霊体に近いから」
「そりゃあ効かないわよ。そもそも霊体に対して攻撃する魔術もないわけで」
「大契約の絡みだったな」
「そうです。魔術はあくまでも繁栄と融和のためにあれ――わたし達もそう教わっています」
だから始祖は打ち立てた。破壊や争いのために魔術が使われないよう、大きなルールを生み出した。
それでも人は争うし、戦争も起きたけど……でも、異能力で世界が滅びることはなくて。
その争いも、嘆きも、人が生み出したもの。人が起こした罪……それは精霊サイドとの衝突をも回避した、平和のルール。
「で、この子がやってたエグい戦いはどうか」
「目つぶししていたからなぁ。あれも物理攻撃と言いたいところだが、来栖仙太郎もまた『精霊』とするなら、話は変わる」
「同質の存在が干渉することで、肉弾戦を可能としていた。そういうお話でしょうか、先生」
「はい、滝沢は正解。……でも上のレベルには通用しない。レベルが上昇すると、そもそも人間の急所って概念もなくなるから」
「では、仙太郎さんは」
「あの子の場合、割合としては半々ってところかしら。レベルの上昇はそれが霊体に傾くこと……そう捉えていいはずよ」
だから人に近い形も取れるようになる。では、そのうち完全に……人間と同じ姿をしたイレイジが、跳りょう跋扈(ばっこ)する可能性も。
それも仙太郎さんとは違う。今日みたいに……この間のように、平然と人々の平穏を食い荒らす存在が。
「結果どうなる」
「精霊そのものになる――人間としての営みやルールから外れた存在に」
「……人というものから逸脱することで、それを守る意味が分からなくなる?」
「だから好き勝手にする。しかも今までの流れを見るに、大契約による友好関係からも外れる。
だからこその異常契約(イレギュラー・エンゲージ)であり」
「だからこそのレベル。問題はどこまで上がればそうなるか、だな。今まで我々が発見してきたイレイジが、一体どこまでの存在か」
「それだけじゃないわよ。どうも悪い方に逸脱しちゃったイレイジ達」
またタブレットの映像が切り替わる。……追い詰められた仙太郎さんは、最後の反撃に出た。
わたし達を助けた、通り抜けフープを展開。それで攻撃を反射しようと試みた。でも、結果は失敗。
途中で乱入してきた、別のイレイジに邪魔されたから。結果仙太郎さんは、逃げることしかできなくて。
「……仲間か」
「そう。ネットワークっぽいものも持っているみたい」
「でなければ『同族』を助けに入るわけもない。情報共有し、自らのことも詳しく知っている……厄介すぎるぞ」
「現状、そんなイレイジ達を止める力や法律もないしねぇ。いいえ……法律と常識は意味がない、かしら」
「まずは彼の意識が戻ってから、我々で協力を要請する。対策としてはそこからでしょうか」
「……そうだな」
滝沢さんの提案に、須山さんは苦い表情。体を起こし、頭を乱暴にかいた。
「何よ、幸咲ちゃんはまだお怒り? ほんと根に持つタイプなんだからー。ねー、滝沢ー」
「いや、自分に同意を求められても!」
「そうじゃない。……対策と言っても、すぐに整うわけじゃないだろ」
「まぁね。対イレイジ用の武器なり作るとしても、月単位の時間は」
「その間、出てくるイレイジはどうする。まさか私達が『戦え』と言うのか? あの子どもに」
……その言葉を受け、滝沢さんや余弦さんが黙り込む。でもわたしは、少しだけ安心してしまった。
この人は躊躇(ためら)う人だから。あれだけ傷ついた仙太郎さんに、そう言うことを……躊躇(ためら)って、思いやる人だから。それは。
「やめて」
今まで黙っていた美和さんも同じ。美和さんは混乱しながらも、必死に首を振る。
「今日だって、あたし達を守るために……逃がすために、残って。あんなに」
「だが奴も、君達を巻き込んだ」
「それの何が悪いの!?」
美和さんの叫びが響く。立ち上がり須山さんに詰め寄ろうとしたので、慌ててそれを制した。
「嫌だよ……耐えられないよ! あたしだったら無理だよ! 誰からも離れて、一人ぼっちになって……こんな怪物と戦え!?
ゴールはどこ! どこでやめられるの! その間どうやって生きていくの! 山奥にでも引きこもってろって言うの!?」
「戦わず、隠れているという選択肢もあった」
「それで見過ごすの!? 助けられるかもしれない人を……無理だよ! だってアイツ、あたし達のことだって!」
「美和さん」
「分かんないよ……そんなの、あたし」
美和さんはそのまま泣き出し、また声をなくす。それを抱き締め、なだめながら座らせてあげた。
須山さんはバツが悪そうに頭をかき、そっぽを向く。そして。
「なーかせたーなーかせたー♪ ゆーきさちゃんがーなーかせたー♪」
それをはやし立て、意地悪く笑うのは余弦さん……なんと大胆な!
「けーいさーつにー言ってやろー♪ ……ほら、滝沢! 逮捕しなさい!」
「おいこら待て!」
「先輩……まさか、先輩に手錠をかける日が来るなんて。でもこの手柄は無駄にしません、先輩の代わりに出世して」
「滝沢、私の射撃訓練に付き合え」
「嫌ですよ! 先輩の射撃、危なっかしいのに! ……とにかく今日のところは、ここまでにしませんか? ルイスさん達も疲れていますし」
「そうだな……すまないが二人とも、今日は泊まりで頼む。君達の家と寮には、上手(うま)く連絡しておくから」
「分かりました。……仙太郎さんのことも含めて、よろしくお願いします」
美和さんを落ち着かせてから立ち上がり、みなさんにお辞儀。えぇ、お辞儀です……これから、また別のお願いもしますし。
「あ、それと気になることがもう一つ」
でもお願いの前に、余弦さんが拍手を打つ。大事なことを忘れていたと言わんばかりに苦笑。
「なんだ」
「妙なエネルギー反応があるのよ。脈打つ感じというか、まだ調べている最中なんだけど」
「危険性は」
「今のところは……というか、危険かどうかも判断できないわ。情報が少なすぎるもの。それと……ヒナちゃん」
「なんでしょう、余接さん」
「もう、堅苦しいのなしー。智代梨でいいわよ……実はあなたにも聞きたいことがあって」
なぜか余弦さん……もとい、智代梨さんは満面の笑み。そうして私を背中から抱き締め。
「あの子とは、どこまでイッちゃったの?」
なぜか耳元でウィスパーボイス……! こ、この人は危険です! 胸とか……温(ぬく)もりとか、すり寄ってきます!
「ほらー、今日の朝とか自宅に襲撃してたのよねー。つまり朝から豊満バストで誘惑……今日の高校生だものねー! それくらいするかー!」
「……それは、イレイジとそうなったサンプルが欲しいとか」
「え、全然違うわよ。百パーセントの興味本位だし」
「言い切りますか!」
「そうなっているなら、それはそれでいいと思うの。……言ったわよね、イレイジは精霊との融合状態。
そのレベルが進んでいくほど、肉体や精神も人間から逸脱していく……かもしれないって」
『かも』というのが引っかかりますけど、情報がほとんどないので……あれ、おかしいですね。
立場は違えど、イレイジという固有名称だけは仙太郎さんも、この方達も同じ……なら発祥はどこで。
「でも逆に考えれば、人間であることにこだわるなら、レベルの上昇は食い止められる……かもしれない」
でもその引っかかりは、智代梨さんの言葉で止まった。そうか、だから智代梨さんは、わたしと仙太郎さんとの関係を。
「つまりその、そういう……エッチなことも、人間ゆえの喜びになる?」
「正解。……ごめんね、いきなり失礼なことを聞いちゃって。でもアタシもさ、あの子に『人間を捨てて戦え』とは言いたくないのよ。
だからどうしても確かめたかったんだ。あの子にとって、ヒナちゃんがどういう存在か」
わたしが仙太郎さんにとって……きっと迷惑な存在だと思う。仙太郎さんは確かに中途半端だった。
でも他に、どうやって生きていけばいいのか。両親もいない御様子で、生活も慎(つつ)ましい。
そもそも人と関わらずというのが、どうやったって無理。衣食住――全てに人の手が通る。
わたしが作ったサンドイッチ、その材料だって生産者の方々や、配送業者の方々がいたから作れた。
今着ている服や、付けているコロンにだって、人の手が通っている。座っていたソファーだって、人が作ったものだ。
人は一人では生きていけない――それは別に、協力し合うという意味じゃない。人が人を支えるという意味でもない。
たとえ見えなくても、小さくても、人の手が生活に通っている。それを忘れない戒めなのだから。
なら仙太郎さんはどうすればいいのか。本当に山奥にでも引きこもる? ならその場所はどう用意するのか。
幾ら考えても答えは出ない。……改めて、仙太郎さんと話したい。それで聞きたい……責めるのではなく、知りたい。
どうして学校に通っていたのか。どうしてイレイジを倒そうと思ったのか……馬鹿です、わたし。
一緒にいたいと伝えた後は、すぐに聞くべきことだったのに。……聞けなくなるかもって、怯(おび)えるときがくるなんて……考えてもいなかった。
「上手(うま)く答えられなくてもいいよ。それもあの子から聞きたいし……あ、でもその前に、ヒナちゃんに聞きたいなー。
あの子のこと、どう思ってるの? 好きなのかな……それともただの同情や哀れみ?」
「同情や哀れみじゃあ、ありません。ただ」
「うん」
「仙太郎さんと一緒にご飯を食べるのが……好きなんです」
「……そっか。それはゾッコンってことだねー」
どうしてそうなるのか分からない……と、というかそろそろ振り払いたい。だって、智代梨さんの手がお腹(なか)や……胸の、下の方まで触れてきて。
「あの、そろそろ離れてもらえると」
「駄目よー。あぁ、でもいい匂い……コロン付けてる? それに柔らかいわねー。
特におっぱいなんて、もうちょっと大きくなったらアタシ以上に」
「駄目です! 触るのは禁止です! わ、わたしは好きな人だけと決めていて!」
「女同士だから問題ないわよー。あ、もちろんアタシのも触っていいから」
「等価交換もお断りですー!」
「……ふん!」
そこで閃(ひらめ)くげんこつ。結果智代梨さんはそのまま崩れ落ち、ようやくわたしから離れてくれた。よ、よかった……胸に手が、伸びていましたし。
「幸咲ちゃんがぶったー! 滝沢、逮捕!」
「先生、同性にもセクハラって成り立つんですよ? というか、さすがに未成年へそういうのは」
「別にエッチだけに限らないわよ。一緒にご飯を食べるのでもいいし、遊ぶのでもいい。
もちろん学校で青春をするもよし。とにかくね、そういう精神状態も含めての観察がしたいのよ」
「まぁ、それならまだ」
「あと、これはアタシの直感だけど……何かあるんじゃないかなーって。人間で、イレイジのまま……強くなる方法が」
「中途半端なまま、か」
「中途半端でいいじゃない。どっちもいいとこ取りのオールマイティ……柔軟って感じでね」
あっけらかんとした言いぐさに、全員が苦笑。……美和さん以外は。どうやら余接さんは、とても楽しい人みたいです。
とにかくお泊まり準備開始。おばさまにも連絡して、今は……仙太郎さんの側にいよう。
(5品目へ続く)
あとがき
恭文「というわけで、混沌の異常契約第四話――結局一人称視点に戻り、いろいろな要素も追加。
イレイジについてもちょっと分かりつつ、第四話という節目にして派手に敗北した仙太郎……四って不吉な」
(そう言いながらも蒼い古き鉄、星条旗カラーのメカを殴り飛ばす)
恭文「数字だからねぇ!」
古鉄≪ホントですよ。そして特殊能力は空間接続……でもこれ、ちゃんと意味があるんですよね≫
(レンチメイスでケルト兵を殴り飛ばし、更にメカを挟んでぎゅいーんといじめる、バルバトス第六形態ボディの古鉄姉さん)
恭文「それはもちろん。昨今のラノベをさーっと見つつ、その辺りは」
ジガン≪なのなのなのなのー!≫
(グシオンボディでハンマーを振り回す、ジガン……さて、みんながどこにいるかと言うと)
恭文「……ニューヨークへ、行きたいかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
シオン・ヒカリ(しゅごキャラ)・ショウタロス『おー!』
恭文「でもそれどころじゃないぞー!」
シオン・ヒカリ(しゅごキャラ)・ショウタロス『いつものことだー!』
恭文「畜生めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
(そこは荒野――そう、ここはアメリカ。第五の聖杯はAD.1783――北米神話大戦【イ・プルーリバス・ウナム】)
恭文「FGO第五章が導入され、早速アメリカ旅行へ向かったら……ケルトとインド、さらに発明王が派手にドンパチしていたでござる」
古鉄≪しかも誰も彼も無限に等しい軍勢ってなんですか≫
ジガン≪ザンギャックよりしつこいの、コイツら!≫
恭文「噂のバターを揚げたあれ、一度食べてみたかったんだけどなぁ」
古鉄≪私は久々にブロードウェイで、ミュージカルを楽しみたかったんですけど≫
ジガン≪ジガンは自由の女神が見たかったのー≫
(時代が違いすぎます)
恭文「でもチャールズさんの機動兵器をここでも見るとは……よし、一体持って帰って、改造してみるか」
古鉄≪で、どうします……ナイチンゲールさんがまたどこかへ飛び出しましたけど≫
恭文「分身で探す」
古鉄≪それがいいですね。さぁ、それじゃあ≫
(……まだまだやってくる、無限の軍勢。それに合わせ古鉄姉さんとジガン、刀と小手に戻る)
古鉄≪もう少し、パーティを楽しむとしますか≫
ジガン≪なのなのー♪≫
恭文「It's――Show Time!」
(蒼い古き鉄達が、アメリカ旅行を満喫できるのはいつか! というか、その前にカラミティ・ジェーンはどこだー!
本日のED:高槻やよい(CV:仁後真耶子)・秋月律子(CV:若林直美)『愛 LIKE ハンバーガー』)
ヒナ「……って、全然作品解説をしてません! というか、智代梨さんとかも一応初登場なのにー!」
あむ「……毎回この調子だから、あの馬鹿ども」
古鉄(A's・Remix)≪そしていんふぃにっと同人版、最終巻が販売開始です。みなさま、なにとぞよろしくお願いします≫
恭文(A's・Remix)「僕も活躍してるよー!」
(おしまい)
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