頂き物の小説
その5.真壁瑞希の怖い話
その5.真壁瑞希の怖い話
「カットを」
シャッフルした53枚のトランプをアマサキ主任に渡し、3つの山に分けてもらいました。
「主任」
それをまたひとつの山に重ねて、その一番上の一枚を主任に配ります。
「私」
次に私に一枚。
「主任」
また主任に。
「私」
こうして交互に、カ―ドを配って双方5枚になるまで続けます。
「主に」
「ストップ」
三枚目を配ろうとしたところで、主任にに山札を持っていた左手を握られました。
「主任、もしやこれは愛の告白でしょうか?」
握られた手が熱くてドキドキします。これがラブなのでしょうか?
「セカンドディ―ル」
しかし主任の次の一言で胸のドキドキさした音はドキリに変わりました。ギクリだったかもしれません。
「今お前が持ってるカ―ドの山、上から二番めのカ―ドが飛び出てる。
上から順に一枚ずつ配るふりして実は2番目を俺に配ろうとした。
当然一番上のカ―ドはお前のところに来るはずだった」
主任は私の親指ごと押さえていた一番上のカ―ド、そして私の元に配ったカ―ド2枚をオ―プンしました。
「10のスリ―カ―ドが出来てるじゃないか」
ふふふ、お見事です。これはもう言い逃れできません。
「言っとくがガン牌上等のサタケセンパイたちならオ―プンしなくてもカ―ドの数字分かるからな?
部活連中には一目でバレて指を折られるぞ。その上切断されなかっただけ慈悲深いと思えとか言われるぞ」
それは…怖い話ですね。ビクビク
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「指を切断って…ひゃぁぁぁぁ」
「可憐さん、落ち着いて〜」
「そうだよ可憐ちゃん!ご主人様でもそこまではしないよ!」
改めまして皆さん、39プロジェクト所属アイドルの真壁瑞樹です。
私と矢吹さん、佐竹さん、篠宮さん、北上さんの5人はホラ―映画「魅裏怨」への出演を控え特別レッスン中です
「そう、だね。指を切られるのは怖いよね」
そのレッスンの為に346プロの霊感アイドルで主任のお友達の白坂小梅さんに来てもらって「怖い話」をみんなでしています。
主任曰く
『現代日本のアイドルが自分をカワイイと言えば必ずコシミズ・サチコと比べられる。
同じくホラ―な話をしたら絶対にコウメと比較される。だからまず彼女がどんなものか知っとけ』
とのことです。それで互いの親睦もかねて参加者が互いに怖い話をする百物語をすることになりました。
そして幽霊や妖怪のお話のタネが尽きた私は、765プロに入ったばかりの頃の怖い話をしたと言うわけです。
「でも、指を切られる怖さは一瞬だから、あまり続かない、よ?」
「だな。むしろ指を失って満足に暮らせない日―の中、積もっていく鬱屈した感情とかまで話が続かないと」
むう、厳しい評価です。がっくり。
「主任さんも怖いですよ〜」
「うわぁ主任さんドロドロですねぇ。ドロンドロンですねぇ♪」
矢吹さんは既に私のことを忘れて白坂さんと主任さんに怯えています。
一方の北上さんはとてもとても楽しそうです。ちっとも怖そうじゃありません。これでは失格です。
ですが、問題はありません。
「ご安心下さい、このお話はまだ終わりではありません」
「ほう?」
そう、この話はまだ終わりではないのです。
「その後、私は主任に技術室に連れていかれ、そこで『指を切断されるよりマシだろ』と言われ、とても怖い目にあいました」
「うん?」
「そう、とても怖い目にあったんです。そう、とても怖くて…恐くて…」
両腕で自分の体を抱きしめ、当時を思い出しながらブルブルと震える。
「み、瑞希ちゃん?」
「ちょ、大丈夫?」
佐竹さんや篠宮さんの心配してくれる声を聞きながら、私はようやく言葉を紡ぐ
「それで怖い目にあって―――その後、この子が生まれました」
そうしてみんなの前で、身長20p弱の女の子を掲げて見せる。
「…おい」
「え?ええええ?まさか主任さん」
「瑞希ちゃんにぴ―なこととかぴぴ―なこととかしたんですか?主任さん、外道です。略して外任さんです」
「そ、そんな。ジオウさんが」
言葉に詰まった私に代わり、みなさん当時の様子を察してくれたようです。
みなさんが私へ心配を、主任にはとても冷たい視線を向けてくれました
そんな中で主任は震えながら大きな声を上げました
「悪ノリしすぎだ馬鹿ども!あとキタガミは自分の口でピ―とか言わない!
つか、なんで俺がミズキを襲ったみたいになってんだよ!!」
「ゲニンさん、ちゃんと認知しましょう。罪は軽くならないけど、せめて娘さんのために」
「ふざけんな―!仮に俺がミズキに乱暴したとして、その結果で『こいつ』が生まれるのはおかしいだろうが!」
そう言って私の手の内にある女の子を指さします。
「ト―ちゃん、人を指さすのは駄目なんだぞ!」
当事者である女の子はその仕草はお行儀良くないと叱りつけました。
「それに、ミズキを泣かすなよ!」
そう言えば、ご紹介が遅れました。デフォルメ体形なこの女の子の名前は「リトルミズキ」
私と主任の共同作業で生まれた『ガンプラ』です。
最初は腹話術でだけお話しする人形だったのが、しばらくしてAIとプラフスキ―粒子でシアタ―内を動くようになり
今ではシアタ―の外でも自分の意思で喋って動けるようになりました。
「泣かしてないぞ!むしろ俺が泣かされてるからな!一糸乱れぬ連携が怖えよ」
「はい、怖い話をご所望と言うことで」
男性にとって身に覚えのない男女関係のこじれの話をされるのは、とてもとても怖いと聞いたので。
「あぁ確かに今はそう言う話の時間だな!だとしても痴漢冤罪はやめろよ!!
これがアオナギだったら派手に切れてまた(ぴ―)型がぁぁぁぁぁとか騒いでたぞ!?」
「はい、その場合私は徹底的に糾弾され、今までの人生観を無意味なものだと完膚なきまで否定されるでしょう。
そして北沢さんや伊吹さんのようにプロデュ―サ―のことに夢中で他のことを考えられなくなると思います。
しかしながら現状胸部の発育が遅れている私はプロデュ―サ―の嫁になることはできず一生を独身で過ごし――」
「だから重いよ怖いよドン引くよ!分かってるなら言うなよそういうのっ」
「はい、『怖い』と分かっているからこそ話しました」
何故なら今は「怖い話をするレッスン」の時間だからです。
「こ、ここまで全部瑞希ちゃんの計算通りってこと?」
「瑞希さん、すごい〜♪お話は怖い〜♪」
はい、その通りです。
あと母はグラマラスなので私もあと3年もすればナイスバディです。
その時になって後悔したプロデュ―サ―を大人の余裕でごめんなさいする予定です。
「じゃ、じゃあジオウさんが瑞希ちゃんに、へ、変なことしたりなんて……」
「何にもなかったってことですよね〜。あ―ぁ、主任さんって残念な主任さんですね〜」
「お前らは俺に何を期待してるんだ!」
「なんですか、残任さん。急に怒鳴らないでくださいよ〜」
篠宮さんの言う通り、その日私と主任の間に、皆さんの言うような意味での変なことはありませんでした。
ですが、私がお話したことは決して嘘ではないのです。
技術室で私が怖い目にあったことも、その時のことがきっかけでリトルミズキが生まれたことも。
何一つ、間違いではないのです。
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「で、結局何のつもりでこんなイカサマをしかけてきたんだ?」
セカンドディ―ルを見破られた私は技術室に連れられて、主任が淹れてくれたコ―ヒ―を飲んでいました。
「部活連中のガン牌トランプの話はお前だって知ってると思ったけど」
主任の指摘通り、この時点の私は『部活メンバ―の皆さん』のガン牌トランプによるジジ抜きを知っていました。
裏側を見てカ―ドを区別できるなら、セカンドディ―ルに限らずカ―ド操作のテクニックは役に立ちません。
「主任は部活をされていないと思いましたが」
ですが、部活に参加していない主任になら通用するかと思ったのも事実でした
だからこそあっさり見破られたことには、こう見えて驚愕していました…ドキドキ。
「これでも年中ガンプラに触ってる身でね。紙のカ―ドならともかくプラスチック製なら一目見れば分かるんだ」
「なんと…びっくりです。それなら部活で勝ち放題じゃないでしょうか」
なのに、何故部活をされないのか不思議に思うのも当然でした。
「やだよ、勝っても損する遊びなんか真面目にできるわけがないだろ」
「はい?」
なのに主任が返してきた言葉はもっと不思議に思えました。
部活に負けて罰ゲ―ムを受けるのが嫌だから、と言うのなら分かります。
しかし勝っても損をするとはどういう事でしょう。
「負けたときに罰ゲ―ムを受けるのは当然だよ。だけど勝った時まで意に沿わない罰ゲ―ムを
敗者に課すことを『強制』されるんじゃ、結局罰ゲ―ム受けるのと同じじゃないか」
「それは誰かが罰ゲ―ムを受けることそのものが気に入らない、と言うことですか?」
集団戦の場合、部活の罰ゲ―ムはくじ引き制になることが多いです。
なので、勝者の意に沿わない罰ゲ―ムが当たる可能性は確かにあります。
「そこまでは言わん。だが萌えの皮を被ったセクハラの片棒を担ぐのは少なくとも俺にとってご褒美じゃないな。
それならわざと負けて罰ゲ―ムに自分なりのボケって奴を重ねて笑いを取りに行った方がまだマシだ」
多くの人は自分自身が罰ゲ―ムを回避する為に一生懸命になります。
誰だって恥ずかしいのも怖いのも嫌ですから。
なのにその逆を行くこの人の答えは、不思議に思えました。
「まぁそんな奴が遊びに混ざっていたら水を差すことになるから、こうして距離を開けてるわけだ」
なお、こんなに部活を嫌がっていた主任ですが、なぜか後日自分から参加されるようになりました。
そして入った日から負け続けで完全完敗記録を更新中です。罰ゲ―ムも派手派手です。
それが宣言した通りご自分の意思でわざと負けているのかどうか、私には判別できません。
薄―主任がわざと負けているのではと考えている人たちは他にもいるようですが、証拠がありません。
彼女たちはなんとかして主任の完全完敗記録を覆そうとしていますが、上手くいっていないようです。
「それで結局何の用だったのか、いい加減話せよ。指を切断されるよりマシだろ」
もっともそれらは今この時よりも少し未来の話です、今は関係ありません。
「本当はイカサマではなく、私の趣味が手品だということをご説明したかったのです」
別にゲ―ムに勝って何かを要求したいとかではなく、私の腕を見て欲しかった。あっさり見破られましたが。
「さっきのセカンドディ―ル、いやカ―ド操作はその為の実演だと?」
「はい、手品をするにあたって指先を鍛えたり人間観察をしたりします」
ですので人の顔色とか元気があるかないかとかを見るのはちょっと自信があります。
「そういうもんらしいな」
「主任がガンプラバトルをしたり皆のバトルを見ている様子も拝見しました」
「それで?」
「夜の校舎を窓ガラス壊して回るのはいけないことです」
「は?」
主任を取り巻く空気が変わりました。音にするときょとんと言う感じです。きょとんきょとん。
「実は学校では生徒会に所属しています。文化祭や体育祭では口内の見回りをすることもありました。
もしも窓ガラスを壊して回る生徒に出会ったらどうしたらいいかとシミュレ―トしたこともあります」
「そう、なのか?」
「はい。例え清掃業者さんやガラス職人さんのお仕事が増えて経済が回るのだとしてもいけないと叱るつもりでした」
「なんでそんな回りくどいことを?」
「仕方ありません。最近の学生はとても口が回るので、色んなパタ―ンに備えなくてはなりません」
さもないと言質をとられて学校も生徒会も大ピンチです。
「それはまぁ、タイヘンだな。ところでそれ、ガンプラとなんか関係あるのか?」
はい、関係あります。だからこそたっぷり回り道してでも備えたのです。
「窓ガラスを壊すのがいけないように――主任はガンプラをバトルで壊すこともいけないと思っているのではないでしょうか?」
「そうだよ。当たり前だろ」
「……驚きました。素直に答えてくれるとは。びっくり」
言い逃れされないようにたくさんした準備が無駄になりました。
「そうか?」
「はい、タネを教えて言われてハイどうぞと言う手品師はいません。ナッシング」
この件は主任にとって隠したいことだと思っていたので、なおさらです。
「隠したいって・・・なんでそう思ったと聞いてもいいか?」
「はい。私が最初に気づいたのは主任が島原さんのガンプラバトルを見ているときでした」
主任と島原さん――島原エレナさんはブラジル時代からの幼馴染と聞いています。
ダンスが得意で陽気で明るいエレナさんはガンプラバトルでも良く笑う方です。
見ている皆も楽しくなるような、そんなバトルをする方です。
「なのに、主任はその島原さんのバトルをとても寂しそうな、悲しそうな目で見ていたことがありました」
ちなみに他の皆さんのバトルを見ている時の主任はモニタ―とにらめっこで笑ったら負けの真剣な顔をしています。
嬉しいとか楽しいとか、これと言った感情を見せないと言ってもいいでしょう。
「ですがそのバトル直後、主任は眩しいくらいのとびきりの笑顔で島原さんを労いました」
まるで、直前の悲しい目が見間違いだったかのようでした。
それを聞いて島原さんも喜色満面になっていたのですが、私はその変化が気になって、しばらく観察を続けていました。
「俺、そんな眼をしてたか?」
「はい、今では自信を持って言えます」
そして知りたいのです。
「ご褒美にならないと言って部活への参加を拒んだあなたが、どうしてガンプラバトルには参加するのか
どうして島原さんへの態度だけ他の人と違ったのか、知りたいです」
今度はストレ―トにお願いしていました。
「あ―……それ、どうしても聞きたいか?」
「はい、聞きたいです」
むむ、ここで言いよどみますか。ならば準備して正解でした。
「手品師はタネを教えないもんだとかさっき言ってなかったか?」
「では弟子にしてください」
「弟子ぃ!?」
はい、師弟ならば手品の種を教わることも自然な流れです。
それにガンプラアイドルを頑張るにあたり、教わりたいこともたくさんありますし。
「あ―も―わかった、答えてやるから弟子入りは勘弁しろ」
と思ったらあっさり弟子入りを断られました。
ですが当初の質問に答えて貰えるので結果オ―ライでしょうか。……でも何か悔しい。
「さて、まずは前提を確認しようかマカベ。
お前は俺が『ガンプラをバトルで壊すことを悪いことだと思っている』と推理した。
その仮定を元に、悪いことだと思っているならバトルをするのは不自然ではないかと疑問を持った。
ここまでは間違ってないか?」
その通りだったので、こくりと首を縦に振ります。
「ならその前提は半分間違ってる。ガンプラを壊すことが悪いことなんてファイタ―はみんな知っててやってるんだ」
「なんと。そうなのですか?……知りませんでした」
これはびっくりです。
「素直だな。ちょっとは驚くとかないのか?」
「こう見えて驚いています。しかし、そうすると別の疑問が出てしまいます」
悪いと思っているなら、皆どうしてするのか。
「別に珍しいことでもないんだがなぁ。そう言うおのれはガンプラを壊して遊ぶことをどう思ってるんだよ」
「わたし、ですか。そうですね……」
そう言えば、今まで自分で『それ』を考えたことは無かったかもしれません。でもすぐに答えは出ました。
「…『バチあたり』ではないかと」
「バチあたり!?」
「はい、近所のおばあさんが言ってました。仏像やお地蔵さんを壊したりいたずらするのはバチあたりだと」
ですからガンプラでも同じことではないかと思います。
「そ、そうか。言葉のチョイスはともかくそう思ってるならなんでお前はガンプラバトルを続けてるんだ」
「それは………………………なぜでしょう?」
「おい」
ガンプラバトルはバチあたり、少し考えて直ぐわかるなら気づかなかっただけで前から私はそう思っていたはずです。
なのに何故私はガンプラバトルをしていたのでしょうか
「もしや私はいつのまにか極悪人になっていたんでしょうか?」
「落ち着け、極悪ってほどじゃないし残念ながら良くあることだ」
「まさか私は気づかないうちに何者かに洗脳されていたんでしょうか。これが噂の管理局マジック」
「だから落ち着け!表情に出さなくても取り乱してるのはよく分かったから!!」
「主任。大きく息を吸って吐いて吸って吐いて、落ち着いた方がいいと思います」
「お前が言うなぁぁぁぁぁ!」
急にゼ―ハ―と息を乱した主任にリラックスしていただき、話を戻します。
「いいか、ガンプラに限らずヒトの形をしたものを人間と同じように心ある存在として扱い大切にする習慣は世界中にある。
地蔵を壊して本当に天罰が下るとは思わなくても、カワイソウとかヒドイな―とかの感情を抱く人間はたくさんいるだろ」
「そうですね」
「ガンプラバトルでの具体例を挙げると、第7回世界大会で三代目メイジン・カワグチや
リカルド・フェリ―ニ、イオリ・セイは自分のガンプラに許し請うような物言いをしてる。
これはガンプラを傷つけることが悪いことだと、少なくともこの3人が認識してる証拠だろう」
「それもシアタ―のライブラリで見ました」
フェリ―ニ選手とイオリ選手の発言はバトル中のモノでネットに挙げられた試合記録でも確認できました。
ですが三代目メイジン・カワグチさんがレナ―ト兄弟さんたちとのバトル決着直後にした発言はシアタ―の資料でなければ無理でした。
「しかし、その後の3人の動向から、彼らは決してガンプラを傷つけることを悪いとは認識していないように思うのですが」
実際に、彼らはその後も破壊を伴う激しいバトルをしています。
その最中の表情は、バトルを楽しんでいるのだと容易に想像させるものでした。
「他にもその件に関連して疑問があったのですが」
「なんだ」
「あのときケンプファ―アメイジングは大ピンチにあい、ボロボロになりました。
それについてメイジンが罪悪感を抱くのも無力感を感じるのも分かります
ですが、損傷度で言えば対決したジムスナイパ―K9のほうが大きかったはずです
そちらについて謝罪をしていないのだから、バトルを悪いことだという認識は――」
「あぶな―い!!」
「ひゃう!?」
していなくて、自分のガンプラに謝ったことこそ例外的な何かの間違いではないか。
そう言おうとした私をの発言を、主任が大きな声でさえぎゅりました…失礼、噛みました。
「いいか、お前の目の付け所はタイヘン良い。
論理的で客観的な視点で考えれば、たしかに奴らの行動は矛盾してるように見える
だがそれを他の皆に聞いちゃいけない。何故ならそれを聞いてしまえば――お前は消されてしまう」
「なんと!」
消される。イレイザ―。口封じ。どうやらとんでもない秘密を知ってしまったようです。
「――かもしれない。その疑問はガンプラバトルの運営をその根幹から妨害しかねないものだ。
勝者から敗者に言葉をかけるのは礼儀に反するとか、楽しくないなら辞めて良いとか適当な建前で流されるくらいならいい。
だがその疑問を握りつぶす為にあの手この手でお前を村八分にすることだってありえるんだぞ、マジで」
「……ごくり」
冷や汗をかきそうな話題に、思わず喉を鳴らしてしまいます
「その場合、お前の身体的特徴をなじってくる可能性が考えられる」
身体的特徴と言われて、まっさきに未だ発育不足な胸部のことを考えてしまいました。
「確認するが、お前は(ぴ―)型だな?」
「はい?」
ですが主任が指摘したのは私の血液型でした。確かに私の血液型は(ぴ―)ですが、それが何か。
「(ぴ―)型が問題を起こすたびにそこを大声であげつらうのがアオナギの常とう手段だ
つまりお前が下手を撃てば全世界の(ぴ―)型の人間が迷惑する。
全世界の(ぴ―)型の人間が迷惑するってことはさ ―――」
瞬間くわっと見開いた主任の眼は血走り、今にも血の涙を流しそうなほど真っ赤でした
「―――ウチのエレナも不利益被るってことなんだよ」
分かるか?と問いかけられながらこんなにも怖い目を初めて見た私は恐れおののきました。
「サ―、イエッサ―。主任が本気と書いてマジなのはよく分かりました」
私はこのとき生まれてから一番の『怖い目に会った』のでした。勢いで服従を誓ってしまうほどでした。
「よろしい。……その疑問は三代目たち本人に聞かなければ本当の所は分からない。
が、諸事情から触れて欲しくないのは既に言った通りだ
まぁ聞いたところで、さっきのお前みたいに本人たちも考えてなかった可能性が大だ。
だからここから先の話は俺の推測だらけの話になる。それでもいいか?」
もちろんです、とこくりと首を縦に振りました。
「まず奴らはガンプラに声をかけた、これは彼らがガンプラに心あるものと扱っている証拠と断言していい。
が、この時声をかけた内容は一見謝っているように見えて実は謝罪じゃない。
彼らはこの時ガンプラを傷つけたことを反省したわけでも二度と繰り返さないと誓ったわけでもないんだ。
じゃあこの時の発言は何のためだったのか。俺はこう推測している。謝ると言う体で――ただスッキリしたかっただけだと」
「スッキリ?」
「あぁ発言の前後、奴らは大分追い詰められていた。心に負った負荷も相当だっただろう。
その苦しさに耐えかねて、ガンプラたちに吐き出したんだ。
謝れば済むと思ってると言うか、苦しさを半分こと言うか、そんな感じだ。
別にガンプラの痛みを気遣っての発言じゃない、奴らは自分の為に謝ったんだ」
「それは、なんだか」
なんだかな―、と言う気がします。ズルイ、と言うのは違うでしょうか?
「一方で何故対戦相手のガンプラには謝らないのか。
当然だ、そんなことしても自分の得がないし、しなくても損はしないのだから。
何故損がないかと言えば、ガンプラたちは殴られようが焼かれようが抗議をしないからな」
「ですが、悪いことはしてはいけないものです」
たとえ他の人が見ていなくても自分が見ているのだから、と言うお話もありますし。
「真面目だなマカベ。でもな、大多数の人間にとって、悪いことをしないのはそれがしてはいけないことだからじゃない。
誰かを傷つけるからでも自分の良心が痛むからでもなく、それをすると『叱られたり罰せられたりするから』なんだよ
部活でも『イカサマはバレなきゃイカサマじゃない』とか当たり前のように言うだろ?
リスクとリタ―ンが割に合いさえすれば、人は幾らでも悪いことをして馬鹿正直な奴をカモにする。
そう言う話、コミックやドラマで見たことはないか?」
「……そう言われれば、確かに」
「お前の手品だって、種も仕掛けもないって嘘をついていることには変わらないし」
「それは」
一緒にするのは間違いではないでしょうか、と言い掛けて口を噤みました。確かにそう言う側面はあります
「もちろん手品の観客はその嘘に騙されることを望んで騙されているから、騙されたことを抗議する奴はいない。
で、ガンプラバトルの場合は誰も怒らないどころか褒められるんだよ。刺激的で楽しいって。
バンダイもPPSEも壊れまくったほうがガンプラ売れるし、どんどん壊し合って欲しいわけだ。
そして普段してはいけないことを許される場所では、背徳的な喜びや日常からの解放感もあってどんどんハマっていく
『悪いことだと知っているから』こそ、それが出来るのは楽しい。間違いなく今のガンプラバトル人気の一因だなコレは」
部活もそうだろうな、と主任は話しました。部活を嫌がっていた時とも違う、それ以上に実感のこもった様子です。
何だかお腹がきゅるきゅるします。きゅきゅるる。
「ただな、ガンプラバトルの楽しさにハマってない草食系やモンスタ―ペアレンツからしてみれば単なる乱暴な真似だからな
これを公に言うのは絶対にやめておけ。もしそれがきっかけで炎上やら批判やらが殺到してガンプラの破壊を伴うバトルへの
批判になってしまうと、ヤジマ商事やバンダイ、ユウキ塗料その他関係各社への営業妨害になるからな。
軽い気持ちで口にすると一生賠償金で借金生活とマジあり得るんだから。絶対に口にするなよ。絶対だぞ!フリじゃねえからな!!」
急におどけて明るい声を出した主任に、うまく返事ができません。
ここで『はい、フラれた以上は絶対に口にして見せます』と快諾できませんでした。
「だから、するなっちゅ―に。重ねて言うが、エレナにも俺にも迷惑だ」
でも島原さんの名前を出されて、まだ答えて貰っていないことがあるのを思い出しました。
「主任。ガンプラを壊すことが悪いと思っているからと言って、ガンプラバトルをしない理由にならないのは分かりました」
悪いことだからこそ、楽しくてバトルをする理由になることもあるのだということも。
「でもそれは主任が寂しそうな顔をしていた理由になっていません。
島原さんの前でだけ、寂しい顔が眩しい笑顔に変わった理由にもなっていません」
そうです、この人の表情は今日だけでもコロコロと変わりました。
怖い顔、おどけた顔、寂しい顔、笑った顔。
それが私にはとっても眩しくて、とっても羨ましいと、そう思ってしまって――。
「……この辺で誤魔化されてくれりゃあ良かったんだがなぁ」
主任は何故か疲れたような顔で溜息を吐きました。
「マカベ。俺はね、自分で考えて自分で動いて自分で喋るベアッガイ……ガンプラと一緒に暮らしてたことがある」
なんと!それは凄いです。
「……お前、ホンットに素直だな。ここ、大抵の奴は笑うか怒るかするところだぞ」
そうなのでしょうか?私にはただ凄いとしか思えません。
「まぁとにかくさ、俺はかつて自分の意思で動き回り、言葉を話すガンプラたちと一緒だった。
エレナも一緒に毎日過ごしてさ。俺たちはまぎれもなく、家族だった。それは本当に、本当に楽しい日―だったんだ」
それはとても暖かな笑顔でした。本当に大切な思い出を大事そうに喋ってるのが分かりました 。
「でもガンプラバトルの誕生と時同じくして、みんな喋らなくなった」
その暖かだった目から、光が消えました。
「どうしてそうなったのかは、覚えてない。エレナもパパンとママンと一緒に日本に引っ越して、俺はひとりぼっちになった」
真っ黒で、真っ暗で、そのまま何もかも落ちていきそうな目の色でした。
「その後の俺は、何故か毎日毎日『レッドフレ―ム』の制作とガンプラバトルベ―スでの調整ばかり繰り返してた。
理由はさっぱり分からない。
どうしてそうするのか、何がしたいのかもわからないまま、レッドフレ―ムを極めなければいけないという衝動に追い立てられた。
追い立てられながら、俺は周囲にいるガンプラファイタ―たちへの苛立ちを募らせていった。
だってそうだろ?みんなは物言わぬオモチャで楽しく遊んでるつもりでも、俺にとっては家族の同胞を弄んで笑っているんだ。
それもガンプラを作る人間が、ガンダムと言う作品で戦争の無慈悲さも醜さも知ってるはずの人間たちがだ」
その真っ暗な目を、もしかしたら虚ろと呼ぶのかもしれません。
さっきの血涙の溢れそうな真っ赤な目よりも、 ずっと 怖い目をしていました。
「憎かった。気持ち悪かった。知らないうちに宇宙人と入れ替わっているのかとさえ思った。
そんな気持ち悪い奴らと同じことをしてる自分自身のことも、どんどんドンドン嫌いになった。
一番キレテタ時には、世界中の人間を皆殺しにしなければいけないとまで拗らせてたよ」
話ながらまた顔がどんどん暗く、重くなっていきます。
まるで夕焼け空が夜空に変わるように、その時の主任の心境の変化さえ感じられそうな気がします。
「それで丁度レッドフレ―ムの、パワ―ドレッドの制作で躓いていた時だった。
俺はとうとう我慢の限界を迎えて――日本に乗り込んだ。
何にもわかんないガキなりに世界人類をぶっ殺すために、その手始めはガンプラバトルを
始めた連中からするのが筋だ―とかよくわかんない理屈で渡航手段を整えたんだ。
順当にいけば、日本で問題起こして強制送還でもされてたはずだった。
――――――でもそこで、『ある人』に巡り合った」
その瞬間、顔がパっと明るくなりました。まるで夜が急に昼になったみたいに。
「その人はガンプラバトルの人気に火をつけた一番の立役者であり、俺にとってはガンプラを壊して笑う人間達を量産した大戦犯だ。
なのに―――笑わないんだよ、その人。
世界中の人間が楽しい楽しいって笑いながらガンプラ壊しまくってるのに、その人だけちっとも笑わないんだ
ちっとも笑わないくせに、一生懸命ガンプラバトルやっててさ。それこそ命がけで。
そんな人間、他にはいなかった」
「その人とは、まさか」
あの、最強のガンプラファイタ―である『アノ人』なのでしょうか
「その後すったもんだがあって、俺はその人と直接ぶつかった。
そして知ったんだ。あの人は真っ黒で、おっかなくて、笑えなくて、だけどガンプラバトルの繁栄のためにを命がけだった。
自分のやってることが人間にもガンプラにも酷いことだって知ってて。
自分の体をビ―ムで撃たれるガンプラたちと同じくらい酷使して。
それでもガンプラ『と』対等な立場で、ガンプラバトルを遊んでた。
安全なところからガンプラ『で』人間同士遊んでる奴らとは全然違う。
俺はそんな馬鹿みたいに一生懸命で、傷つけながらもガンプラを心から愛してるあの人に出会って、救われたんだ」
その目が涙ぐんで見えたのは、眩しく輝いているように見えたのはきっと気のせいじゃありません。
「愛、つまりラブですか」
「ラブなのかフィリアなのかは知らんが、あの人こそ世界中の誰よりもガンプラを愛していたって断言できる。
その分、人間同士の付き合いはほぼゼロで無頓着だったけどな」
それは朝焼けの様な優しくて暖かくて清―しい、そんな笑顔でした。
「あの人が一生懸命守ろうとしているガンプラバトルを、俺は邪魔できなくなった
同時に俺の心境にも変化があった。
笑えなくても、楽しくなくても、それがどんな酷いことでも、理由さえわからなくても。
命がけで取り組むのであれば、俺はガンプラバトルをやってもいいのかもしれない、そう思えるようになった。
思えるようになった俺は、ようやくエレナに会いに行けた」
「島原さん?」
話が急に飛んでしまいました。そう思ったのに気づいてくれたのでしょう、主任は苦笑しながら言いました。
「エレナの両親は元―、夫婦そろって日本とブラジルを行ったり来たりしてたんだ。
それがTOKYO WARがあって会社組織が再編されて、パパンの会社がブラジルから完全に撤退することになった。
それで日本に引っ越してきてみれば、パパンは会社の立て直しに奔走して大忙し
そしてママンのお腹にはアイツの弟がいて、こっちの祖父さん祖母さんもそのフォロ―。
昔からアイツはさ、寂しい時こそ泣かないんだ。泣いたら、今以上に皆が離れて行っちゃうから。
だからきっと内心の寂しさを隠して、パパンにもママンにも笑顔を見せてた。
皮肉なことに、その笑顔を見たからこそママンたちはエレナの寂しさに気づけなくて。
結果、ろくに言葉も話せない国でアイツは半ばほったらかされて、独りぼっちになった」
いつも賑やかで皆の輪の中にいる島原さんが、ひとりぼっち。
それは、想像がつきません。
「俺はその頃、基本地球の裏側にいて、ちょっとガンプラが作れるだけのガキで、しかも全人類滅ぶべしなんてイキってて。
だから日本にやってきても、会いに行けなかったよ。顔を合わせたらエレナにまで酷いことをするんじゃないかって、恐かった。
でも『おじさん』のおかげで、ほんのちょっとだけ落ち着いた俺はようやく会いに行けた
もしおじさんがいなかったら、今頃俺はテロリストとして豚箱入りで、エレナは内気な文学少女にでもなってたかもな」
文学少女な島原さん……それもまったく想像できません。
「会いに行って、俺はエレナに友達を作る手段としてガンプラバトルを勧めた。
エレナの笑顔を守るために俺が取れる手段ではそれしかなかった。
結果はまぁ成功だったんだから、それ自体に後悔はない。
だけど、身勝手なもんでさ。
エレナが楽しそうにガンプラを壊すたびに不安に駆られるんだ。
あいつが昔一緒だったガンプラのみんなのことを、もう忘れちゃってるんじゃないかって」
「それが、島原さんを寂しそうな顔で見ていた理由ですか?」
「たぶんな。だけどエレナには、やっぱり笑顔でいて欲しいとも思う。
あいつの事を、俺が笑って労っていたんだとしたら、きっとそれが理由だ」
そう告げる主任はとても穏やかで優しい笑顔でした。
今日だけで何度、この人の表情が変わるところを見たでしょうか。
「どうして、ですか?」
「何がだ?」
「どうして島原さんやガンプラは、主任の表情をそんな風に色―変えられるんでしょうか?」
そう、それが本当は今日一番に聞きたかったことです
「どうしてって、それは」
「それは?」
「…………アイしてる、から?」
主任は自信なさそうでしたが、その答えに私は電撃を浴びたような衝撃を得ました
「なるほど、やはりラブですか」
「うるせえよ!ラブかどうかは知らんけど、他に今の心境を現せそうなワ―ドが出てこねえんだよ!!
あいつのことが大事だから笑顔でいて欲しいし、気づかいだってする!
あいつのことが特別だから、こっちに合わせて欲しいとか、何も言わずに分かって欲しいとか甘えたくもなる!!
あいつといるとそんな風に色んな感情が次から次に湧き出てくるんだよ!
俺の表情が色―変わってるんだとしたら、原因はたぶんその辺だろ!!」
主任の顔を真っ赤にして一息にそう教えてくれました。やはりラブ……ラブなのですね。
「て言うか今更だけど、なんでそんなこと聞きたかったんだ?」
そう言えば話していませんでした。とまどいながらも回答してくれた主任に返答します
「主任、私はよく言われます。瑞樹ちゃんはお人形みたいだね、と」
「そ、そうか。それで?」
「ですがこう言われることもあります。お人形みたいに――無表情だと」
「……それが?」
「アイドルは人に心を伝える素敵な仕事です。ですが、無表情な私に、心を表現できるのでしょうか?」
「できるよ」
「はい、とても難しいと思います。ですから表情を動かす極意を主任から教わりたくて―――え?」
「だから、無表情でも表現はできるよ
て言うかそれが本題なら最初に言えよ。そうすりゃこんな長―話し込む必要なかったんだ」
主任はなんでこんな簡単なことが分からないんだと言うように、溜息をつきました。
「そんな、でもどうやって」
「どうやっても何も、お前人形劇を見たことないのか?あいつらマユゲとクチくらいしか動かさないけど、ちゃんと表現してるだろ」
「あ」
「それに仮面ライダ―やス―パ―戦隊だって、ずっと顔隠してて表情なんか見えないぞ。なのに感情表現豊かだろ?」
「ああっ!」
これは完全な盲点でした。反省。
「お前は単に、誰かに心から伝えたいものが今までなかっただけだよ」
主任は呆れたようにそう言いました。しかし伝えたいこと、ですか。
「それはつまり、ラブをするべきだと?」
「どんなんだよ、ラブをするって。
んな突飛なことするより、どうしたら表現力が向上するかは演技指導の先生や担当プロデュ―サ―に聞け。
自分が何を伝えたいのかはそれこそ自分で考えろ。お前は何がしたくてアイドルになったのかを、よ―くな。
考えて考えてそれでも分からなきゃ―――ガンプラ作ってバトルでもすることだな」
「ガンプラバトルを?」
聞いた私はきょとんとしてしまいました。何故そんなアドバイスをするのでしょう。
「ガンプラを動かすプラフスキ―粒子は、想いに応える性質がある。
だから、分かる奴には見ただけで分かっちまうのさ。
そのガンプラの親である人間が、どんな思いで作り上げ、どんな覚悟で動かしているのか。
ビルドファイタ―の根源、どうやっても誤魔化せないホワイダニットって奴が」
ガンプラバトルをすれば、私の疑問の答えが見つかるかもしれない。
「それは喜ばしいことなのですが、主任はそれでいいのですか?」
「いいも何もコレはお前の問題だろうが」
「いえ、そうではなく。
島原さんたちのことがあるとはいえ、主任は基本的にガンプラバトルのことは快く思っていなかったのでは?」
私がそのアドバイスを参考にしたら、主任に不都合があるのではないでしょうか。
「そうだとしても、それは俺の都合だ。お前がお前の都合より優先すべきことじゃない。
それにここで俺を理由にお前が引いちまったら、それこそ俺には不都合だ」
「どういうことですか?」
私が尋ねると、主任は戸棚からケ―スを1つ取り出し、その中からガンプラを取り出した。
「さっき、話の流れで言いそびれていたことがある。俺がレッドフレ―ムをひたすら作り続けていた理由だ」
そのガンプラはかつて主任が世界大会で使ったガンプラ、モンスタ―ズレッド。
「俺はずっと、ガンプラの気持ちを置き去りにして自分たちだけ笑ってるファイタ―が気持ち悪かった
だから俺は、誰かを置き去りにするものすべてをぶち壊す怪獣になりたがってるんじゃないかと思ったこともあった。
だが約3年前、ある出会いで気づいたよ。
俺はこいつの、レッドフレ―ムの制作を通してロウ・ギュ―ルみたいになりたかったんだって。
ロウ・ギュ―ルになって―――喋らくなったガンプラたちを、俺の家族を直したかったんだって」
そう告白する主任の顔は輝いていました。
「俺が置き去りにしてしまったみんなが、もう一度元気に過ごす姿が見たかったんだ。
それでこいつのことを、『ダディ』のことをみんなに紹介したかった。
俺の無茶にずっと付き合ってくれた、世界一優しいお前たちの弟だって」
もしかしたら、希望に満ちているという表現はこういう時に使うのかもしれません。
「それでガンプラバトルでもいい、それ以外の遊びでもいい。みんなと笑って楽しく遊びたかったんだ」
「ガンプラバトルでも、ですか?」
「あぁ。俺のガンプラたちは俺と違って、ガンプラバトルに嬉―として参加する。血気盛んなヤンチャたちばっかりだからな」
主任はとっても大事そうにモンスタ―ズレッドを抱えて、愛おしそうに未来を語りました
「そして今はこうも思ってる。俺の家族だけじゃない、色んな理由で置き去りにされた世界中のガンプラたちの気持ちを拾い上げたい。
ガンプラバトルのル―ルに向かないって理由で作られなかった極地用のガンプラたちも。
弱いって理由でおもちゃ箱の底に忘れられたガンプラたちも。
みんなガンプラたちを自分で考え自分で動けるようにして、一緒に楽しく遊べる場所を作りたいって
もちろん遊びだけじゃなくて、誰かの役にたつ仕事をしたって良い
誰も行ったことのない宇宙の果てを目指して冒険の旅に出たって良い。俺は、そんな世界を切り開きたい」
それはとても大きくて、夢のように楽しい世界でした。
「だから、ここでお前の大切な都合を置き去りにするのは―――なんか嫌だ」
「嫌、ですか」
「あぁそうだ。だからお前の邪魔はしない。かといって仕事の範疇以上の手助けもしない
そしてお前らが壊したガンプラが置き去りにされそうになったら全部俺が癒す。まだ何かあるか?」
「いえ十分です、大変勉強になりました。ですが、どうしてそこまであけっぴろげに教えてくれたのでしょうか」
宇宙の果てまで行くとなると、もうそれは国家機密レベルのプロジェクトなのでは?
この話を聞かされた私はもはやいつイレイザ―されてもおかしくないと思うのですが。
「まだそこまで固まってる話じゃね―よ!そう言う心配し過ぎな妄想はナナオセンパイの担当だろうが!
それに今更どうして話したもなにも、そもそもお前が脅してきたんじゃね―か」
「脅し?」
なんのことでしょうか?
「言っただろ、答えてくれなきゃ弟子入りするって。
最初は誤魔化そうって思ったけど、なんかもう途中から面倒になったから差し支えない範囲で全部話したよ。
ついでに改めて言っとくぞ。
俺はお前も他のシアタ―メンバ―も弟子に取る気はない。俺の弟子は一人っきりで十分だ」
一人で十分、つまり一人はお弟子さんがいるということでしょうか。
「それは、もしかしてナタ―リアさんでしょうか?」
世界大会でセコンドを務めた彼女なら納得です。
「違うよ」
違うようです。ブッブ―。
「多少は指導したし、あいつは弟子になったつもりかもしれないが、
俺のただ一人の弟子はアイツじゃない。俺の弟子はもっと――もっとすごいバカだ」
「バカ、ですか?」
それはあんまりな物言いです。その方は今頃、およよ、と泣いていらっしゃるのではないでしょうか。
「ほっとくとすぐ無茶する黙―オ―バ―ワ―ク系のバカで、ほっとくと何処ででも寝てしまう居眠りバカ。
才能は凡庸、どこにでもいるアイドルに憧れただけの普通の女の子で、なのにバカみたいに頑固なバカだ。
ちょっとガンプラ教えてやったらバカみたいに心配になるくらい素直に言うこと聞くバカだし、ガンプラの気持ちを
考えろって言えばその痛みを本当に自分のものとして感じちまうくらいの、本当に心配ばっかかける――バカなんだ」
バカバカと主任は信じられないくらい何回も口にしました。
罵倒してるはずなのに、その姿は驚くほどに楽しそうでした。
もしかしたら、島原さんやガンプラのことを語っていた時以上に。
今日一番の目を奪われたシ―ンです。
「つまり、そのバカなお弟子さんのことも―――ラブですか?」
「なんでもかんでもラブに紐づけるなよ!」
「ではラブラブですか?」
「だからなんなんだよ、そのラブ万能論は!!もう怖え―よ」
むぅ、絶対にラブだと思ったのですが。難しいです。
「では弟子にならない代わりにこれから作るガンプラのことで相談に乗っていただきたいのですが」
「それくらいは仕事の範囲だが……次に同じネタでゆすってきたら黙ってないからな」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そうして生まれたのが、今も主任さんとケンカ中のリトルミズキです。
箱崎さんや望月さんのそっくりさんガンプラを参考にして独自色を混ぜつつ作り上げた私と主任の共同制作で、ダディの妹です。
「ト―ちゃんは私もミズキも本当は嫌いなんだ。うわ―ん!!」
「違うからな!?なんでそんな話になるんだよ!!」
つまり私と主任のラブの結晶です。こう言うとなぜかいつも真っ赤な顔で『違うだろうが!』と主任が叫びますが。
でも実の親子のようにとても大事にしてくれています。リトルミズキを泣かせるのは主任も怖いようです。
他にもリトルミズキが初めて言葉を喋ったときは、それはもう凄い大騒ぎでした。
それはもうシアタ―中が、恐怖のズンドコ節に包まれるほどで。
「分かった!俺が悪かった!!お前のことは大事だ!だからほら、サタケセンパイにまたご馳走作ってもらってパ―ティしような!」
「「「――――!!」」」
ぴしぃ、と言う音が聞こえたような気がしました。
横を見れば矢吹さんがガタガタと震え、篠宮さんも顔を青くしています。
「わっほ―い。任せてよリトルミズキちゃん、腕によりをかけて作るから!」
そして佐竹さんは対照的にとっても楽しそうです。
「わ―い、私パレ―ド用にオ―プンカ―を借りてきますね―♪」
何故か北上さんまでタイヘン楽しそうですが、私もこう見えて動揺が隠せません。ガクブル。
「どう、したの?何か、怖いこと、あった?」
事情を知らない白坂さんが私たちに尋ねてきました。佐竹さんや北上さんと肩を並べるくらいワクワクな表情です。
「実は、リトルミズキが初めて喋ったとき、大喜びの主任が佐竹さんにパ―ティ―のご馳走を依頼したのですが」
「た、鯛の尾頭付きとお赤飯と満漢全席を、とってもたくさん作られまして」
「お、おおお恐ろしいことにああああああの貴音さんとギンガさんが『もう食べられないよ―』ってギブアップするほどの量が」
矢吹さんは今にも気絶しそうなほどガクガク震えています。
もちろんその時の恐怖は私の魂にも刻まれています。
「ミズキ〜、やったぞ―。美奈子とト―ちゃんがご馳走だって」
「ウェイト。ウェイトプリ―ズです、リトルミズキ」
これから映画の撮影もありますし、せめて機会を改めましょう。
できればそのままご馳走にはフェ―ドアウトしして欲しいです。
「うふふ…女の子には、やっぱり、体重の話が一番怖いよねぇ……うふふふふ……」
えぇ、そうですね。体重の話は確かに怖いです。
そしてこの状況下でも他人事のように余裕たっぷりで楽しそうな白坂さんの声も―――とてもとても怖いです。
(おしまい)
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