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頂き物の小説
ケースExtra01:皇帝と狂信者(第7回世界大会編)






「ケースExtra01:皇帝と狂信者(第7回世界大会編)」

このお話には、ガンダムエースH29/12/25発売号に掲載されているガンダムビルドファイターズA-Rのネタバレ情報があります。ご注意ください


◆◆◆◆

それは第7回世界大会フィンランド予選・決勝戦の数日前のこと

一足先にブラジル予選を勝ち抜いた友人が訪ねて来たのだった


「調子良さそうで良かったよ、カルロス」


「馬鹿、お父様の調子はいつでも世界最高に決まってるだろ!」


男の名はジオウ・R・アマサキ。昨年の第6回大会で世界戦初出場した若手であり、毎年恒例のバトルロイヤルで全選手に向かって宣戦布告したという大胆な男でもある。

そのことが愛娘プリンセスの怒りを買い、直接文句を言いに行ったのが俺たち親子と奴が友人となるきっかけだった。


「そして相変わらず生意気そうで安心したぞ、プリンセス」


「なんだと軟弱もの!!私が成長していないようなことを言うなっ!」


……娘が友人と認めているかどうかは疑問の余地があるが、傍から見る分には仲の良い悪友だ。


「そうかプリンセスも成長してんのか。ならこの土産に合うお茶を入れてくれるか?」


「ふん!……お前が腰を抜かすようなのを入れてやるっ」


どかどかと優雅とは程遠い足音を立ててキッチンへ行く娘。その姿に苦笑してしまう。


「あまり娘で遊んでくれるな」


「友人の元気な姿を確かめただけだぜ。あぁ、やっぱり子供は元気がいい」


奴のまなざしは暖かなものだった。だが何気なく言った「元気」と言うその言葉が、実は重いモノであると俺には分かっていた。


「――日本の予選からユウキ・タツヤが姿を消したそうだな」


「…あぁ、知ってる。察するに、二代目に何かあったんだろうな」


二代目メイジン・カワグチ。ガンプラバトルの始まりと共にPPSE社が打ち出した最強のガンプラビルドファイター。

世界大会3連覇を成した後、殿堂入りとして一線から退き現在はガンプラ塾と言ういわくありげな教育機関で後進の育成に励んでいるはずなのだが。

その一連の動きには二代目の体を襲う病魔の存在があるのだとジオウ・アマサキは言う

一般的には公表されていないそんな情報を何故奴が知っているのか

ひとつには奴には7年近く前から二代目との秘密の接点を持つこと

そして、奴がガンプラバトルを、否、「プラスチックをプラフスキー粒子で動かす行為」について深く研究し、『やり込んだ』男であるからだ。


「誰よりもガンプラバトルに入れ込み、アシムレイトを繰り返した二代目の肉体はとっくのとうにボロボロだった。いつ廃棄処分になってもおかしくはなかった」


その二代目の後継者候補と目されていた男が、日本予選を棄権し姿を消した。いつ倒れてもおかしくなかった二代目の状態と合わせれば想像できることは多くない。

二代目はもう帰ってこない。だからこそ、PPSEは早急に三代目を擁立する必要があった。


「闘う理由が、一つ減っちまったな」


プリンセスの前ではあえて陽気にふるまっていただろう顔に影が差す。

この男が先の大会で勝ち上がろうとした理由、バトルロイヤルで全選手に同時にケンカを売るという愚策をとった理由。

それは誰にも文句をつけようがないほどに「世界最強」の資格を奪い取り、二代目と話をする機会を手に入れる為だった。

この男はかつて同じ目的を果たすために、ガンプラ塾の入塾試験に潜り込んだことがあるという。だが実技試験全勝と言う成果を残してなお、奴は拒絶された。入塾試験に落第したのだ。

だが世界大会に優勝したならばPPSE上層部の覚えもめでたい。おそらく会談の要望は通っただろう。

二代目はその言動を問題視されることも多かったが、PPSEの意向に最大限従う人物でもあった。

それだけならばバトルロイヤルで全員打倒宣言は不要だろうと思う所なのだが。

“それじゃあ足りない。トーナメントなんて運要素の強いものを勝ち抜くだけじゃ「絶対勝利」の器じゃない。
世界が認めてもおじさん自身に認めて貰えないなら、話を聞いてなんてもらえない”

かつて俺の疑問に奴はそう答えた。なんとも厳しい話だが、二代目の評価として妥当だとも思えた。

だがその決意は、奴の努力は、結果として無駄になった。

二代目はおそらくもう、いないのだ


「――大丈夫か?」


声を掛けずにはいられなかったが、奴は無理やりにでも笑い顔を浮かべて不敵に返した


「何がだよ?てか分かってんのかよ、理由が減ったってことは逆にアンタとの賭けに集中できるってことだぜ。

忘れてないよな、今年の世界大会で第7ピリオドまでの成績比べて俺の方が上だったらミホのステージを手伝えって話」


ミホと言うのは奴とともに第6回大会で知り合い、同様に俺たち親子と友人になった少女だった。今では日本のアイドルとして日々邁進している。

その彼女が第7回大会中に行われるライブステージに出演し、そのステージ演出に奴が関わるのだという。

賭けとは、そのステージ演出に俺も協力する事。

より正確には俺が研究していたバトル外の粒子利用の技術を応用することについての許可と、技術者としてそのステージの運用に協力する事

無論、奴も俺自身も出場しているだろう世界大会中にだ。

正直に言って、無理な注文だ。技術と名前を貸すだけならともかく、直接手伝え等というのは。

だからこの男は正当な報酬と綿密に計画された運用プランの他に、賭けなどと言うものを持ち出してきたのだ。

―――要するに、それほどまでしてミホのステージに花を添えたいということだろう。

何故そこまでするのか、などと野暮なことは聞かん。

分かり切ったことだし、素直に答えるとも思えない。

だが確信している。

この男にとっては第7回大会で優勝して今度こそ二代目と話をするという目論見と、ミホの助けとなることは、どちらかを切り捨てることなどできない大切なものだったのだと。

だから、俺に言えるのはこれだけだった。


「…俺が勝ったら今年の娘の誕生日はお前の財布で盛大に祝うのだということを忘れるな」


財布と言うと気安いが、約束ではアイドルのコンサートを開くレベルの予算を次ぎこんでもらうことになっている。

世界大会参加選手の時間を削るという行為にそれだけの値段をつけたのは奴自身なので、その時が来たら遠慮なく派手にやらせてもらうとしよう。


「当然だな、レートはフェアじゃないと賭けにならな――」


そこでガシャンっ!と何かが割れるような音が廊下からした。


「なんだよ、今の音は――?」


「大丈夫か、プリンセ――」


ドアを開けて声を掛けたとき、俺はまだなんの覚悟もしていなかった

ただ単に、手を滑らせたか何かしただけだろうと。

まさか、娘が気を失って倒れ伏す姿なんて想像だにしていなかった


「プリンセス――――!?」


◆◆◆◆

……それからのことは記憶が曖昧だ。

最低限覚えているのは、動揺する俺の代わりに、病院の手配はジオウ・アマサキがしてくれたこと。

ドナーによる臓器移植を施さなければ、プリンセスの命は長くないこと。

だがこの病院に登録されている限りでは、娘に適合するドナーの当てはないということ

そのドナーを探してくれると、「ネメシス」の会長自らが俺の元に来て話してくれたこと

ネメシス。メタンハイドレートの発掘王にして、個人チームながらPPSEワークスチームに匹敵するほどの資産力を持つガンプラチーム。

幾度となく戦ったネメシスが俺に手を差し伸べてくれるということは、つまり――


「……カルロス、おいカルロス!」


そこで俺の肩を叩くジオウ・アマサキの存在に気づく


「そろそろ行かないと、間に合わないぞ」


行く?どこへ?プリンセスはここに居るというのに


「しっかりしろよ、今日はフィンランド予選の決勝戦だろ!」


「…あぁ」


そうか、今日は決勝戦だったのか。そんなことさえ今の俺には遠いことだった。


「プリンセスは俺が見てる。アンタはさっさとネメシスに勝ってこい」


「あぁ…」


「ネメシスの会長はわざと負けろとは言ってない。言質も録音もちゃんととってる」


「あぁ…」


「いつも通りプリンセスの為にバトルに勝って、勝利をプレゼントすればいい」


「あぁ…」


「――いい加減にしろよ!大丈夫だ、プリンセスは絶対に助かる!!

アンタが今まで積み重ねたものは絶対に神様も見てる!

たとえ神様が助けてくれなくてもアンタたちに手を伸ばす人間はいる!!だから」


「わかったようなことをいうな!」


俺はわずらわしい小言ごと、奴を殴り飛ばしてしまった。

奴は一切の抵抗なく、壁まで弾き飛ばされた。


「くっ」


そのまま何の恨み言もなく立ち上がる姿に恥じ入った俺は逃げるように病室を出て行った。


「すまない…」


何とかガンプラを持って会場に向かえたのは、奴の叫びの中に「プリンセスの為に」と言う言葉が入っていたからかもしれない。

だがそれだけだ。俺は生きながら死んでいる幽鬼のようになり、自分が立っているのか座っているのかも分からない状態で試合に臨んだ

――このとき、友がどんな顔で俺を見送ったのか、俺の情けない姿がどんな決意をさせてしまったのか、知ることもなく。

◆◆◆

決勝戦は1分もいらなかった。秒殺された俺は選手控室に戻ることも出来ずに、完膚なきまでに壊されたαアジールの前でうなだれることしかできなかった。


「……………」


――なにも、できなかった。なにも、しなかった。

プリンセスの為にガンプラバトルで勝利することも

プリンセスを救うため、ネメシスの機嫌を取るために積極的に負けようとすることも

何一つしなかった

ただ今にも萎えそうな膝と嫌な動悸を繰り返すばかりの心臓を抱えて木偶の坊のように突っ立っていただけ。


「俺は、プリンセスが愛したガンプラバトルに泥を塗った」


ただ自虐することしか今の俺にはできなかった。

そこで突然鳴り響く電話。どうやらマナーモードにすることさえ忘れていたらしい。

俺は力なく手に取り、通話ボタンを押した。


「カイザー!」


「……ユウキ・タツヤ?」


知っている声だった。先日ジオウ・アマサキとの会話にも出た日本予選を棄権し姿を消した男


「なぜお前が」


「今すぐ病院に戻ってください!!プリンセスと、ミスターアマサキが!」


「!!?」


それ以上の言葉を聞くこともせず、壊れ果てた自分のガンプラさえも置き去りにして俺は走り出した。

タクシーを捕まえ、組んだ両手を額に当てながらただひたすらに祈った。


「神よ、どうか…どうか…」


どうか娘をお助けください。その為なら俺はこの命を捧げてもいい。

◆◆◆


「お父様!」


病室に駆け込んだ俺の胸に、今にも死にそうだったはずの娘が元気な姿で飛び込んできた。

何を言っているのか、自分でも分からない。


「プリン、セス?」


だが、今自分の胸に飛び込んできた人間はプリンセスに見える
自分の鼻をくすぐる香りはプリンセスが使っているシャンプーのモノだったように思える

自分の胸に伝わる感触はプリンセスの顔と胸のモノで、背中に回された腕の感触もまた――


「プリンセス」


「はい」


これは夢か幻か。床に臥せて目覚めなかったはずの娘が、俺の胸の中にいる。

常と変わらぬ、元気な姿で……その姿を今もって信じられない俺は恐る恐る娘を抱きしめた。

温かい――生きている。ここに居る。夢なんかであるものか!


「プリンセス、プリンセス、プリンセス!!」


「はい、お父様!」


「良かった、本当に良かった……」


「はい………申し訳ありません。私たちがこんな大切な時に倒れたせいでお父様の大事なバトルを」


「いいんだ。お前さえ無事なら」


あぁ、そうだ。一番大切なお前さえ無事なら他の事なんて――


「……私、『たち』?」


あまりの奇跡に目がくらんだ俺は、大切なことを失念していた。

そうだ、ユウキ・タツヤは何と言っていた?

プリンセスの傍にいたはずの、「奴」はどこへ行った?

その疑問はすぐに晴れた。

空気を読んでいたのか、今まで俺たちに声を掛けなかったユウキ・タツヤが案内した病室で見たのは。

元気になった娘の身代わりであるかのように機械に繋がれた友の姿だった。

いったい何が起きたのか、俺に分かるはずもなかった

分かるはずがなかったのに、俺には直感的に分かってしまった。

――俺はやはり、大切なものを裏切ったのだと


◆◆◆◆

私がこの国に到着したのは、フィンランド予選決勝戦が始まる数時間前のことだった。

本来私はここにいてはいけない存在なのだが、アランに無理を言ってアリバイ工作をしてもらった。

公式には私は今もPPSEワークススチームの施設内の一室にいることになっている。

そうまでしてこの地を訪れたのは、三代目メイジン・カワグチを襲名することをカイザーに伝えるためだ。

三代目メイジン・カワグチ。多くのバトルの果てに抱いた私の夢。

このタイミングでその夢を掴むのは想定外ではあったが、それでも迷うことなどありはしない。

ただそれでも心残りはあった。

ひとつは三代目を襲名するために、破ってしまったとある少年たちとのバトルの約束。これについては先日けじめをつけることが出来た。

もうひとつは去年の第6回世界大会で私を破ったカルロス・カイザーのことだ。

メイジンとはすべてのガンプラビルダーとファイターの頂点たる存在。

彼に負けたままの私がそのメイジンの称号を受け継ぐ以上、どうしても彼にだけは話をしなければいけないと思った。

だがカイザー邸を訪ねて見れば――まさかプリンセスが病気で倒れて病院に運ばれたという話を、ご近所の皆さんから聴かされるとは夢にも思わなかった。

ガンプラファンでもあるご近所の方々は私がユウキ・タツヤであることまでご存じで、プリンセスが入院中の病院まで教えて頂いた。

後でアランから大目玉をくらうかもしれないが、私の正体に気づいてもらえなければそんな情報を決して教えては貰えなかっただろう。

だからどうか許して欲しいと考えながら、私はプリンセスの病室に駆け付けた。

いや、正確にはその病室の前で立ち止まった。中から男女の話し声が聞こえたからだ


『――てわけでぇ、あたしの計算上、お姫ちゃんはノーリスクハイリターンだよ、ジオーちゃん』


「そうか、ならやらない理由は無いな」


『つってもアンタにはすっごい痛い代償が必要だし。そこまでする必要あるわけ?』


「あるよ。ここで何もしなかったら、カルロスにも兄さんにも合わせる顔がない」


……周囲をはばからない声だったが、それを聞いていたのは私だけだった。廊下の端の部屋でもないのに、周りに誰もいなかったからだ。

少しだけ扉を開けて中を覗くと、そこには眠っているプリンセスと、短剣を頭上に掲げている若い男の姿があった。


「な」


そして声を掛ける間も部屋に飛び込む暇もなく、男は短剣を振り下ろし――自らの腹に刺した。


「!?」


「――■■■・■■・■■■■■■!」


彼の腹部に刺さった短剣から赤と緑の光の螺旋が走る。

その光はプリンセスを囲み、ひときわ眩しい輝きを放って消えた。同時に彼に刺さっていた短剣の姿もなくなって


「………ドジった」


彼はその場で倒れ伏し、意識を失った。そうなってようやく私は部屋に飛び込み――男の顔が見知ったものだと気づいた。

それは第6回大会で世界戦デビューを果たした私の同期、今回もブラジル代表に選ばれた――。


「ミスターアマサキ!?誰か――誰かぁっ!!」


事態を飲み込めず、私は医師や看護師を呼ぶしかなかった。

診断の結果、私が確かに見たはずの刺し傷は彼の腹部にはなく、しかしそれ以上に大きな問題が見つかり彼は集中治療室へ。

その騒ぎの中、ずっと眠っていたというプリンセスが目を覚まし診察を受け――

カイザーへ連絡をしなければと気づいたのは、病院のロビーにあったTVで彼の試合が終わった瞬間を見届けたときだった。


◆◆◆◆


「そうか…」


深夜、誰もいない病院の中庭で、月明かりに照らされながら俺はユウキ・タツヤからことの顛末を聞いていた。


「プリンセスは肉体的にはまったく問題のない健康体だそうです。


診察してくれた医師は頭を抱えていました。奇跡が起きたとしかいいようがないと」


「そうか」


「そしてミスターの検査をした医師は逆の意味で頭を抱えていました。

出血を示す新しい傷もないのに血液が圧倒的に足りない。

なのに彼の血液型は非常に特殊で、輸血もままならないと」


奴と同じ血液型の人間は、国内どころか世界中を探してもいないかもしれないのだという。

故に、機械に繋ぐことで一命を取り留めているのだと。


「それ以外にも彼の体中には無数の古傷があって、しかも彼の右腕は――」


「あぁ、俺も知らなかった」


「今でも信じられません。攻防と同時にガンプラの修復を行う、神業を持つ彼がまさか」


「だが、らしいようにも思う。マッドジャンキーと言う二つ名にはな」


「……そうかもしれません」


その同意には力がなかった。奴を哀れみ、悲しむ気持ちが読み取れた。

読み取れてしまう自分が嫌になった。


「結局、弱かったのは俺だけか」


「カイザー」


「俺は弱い。あまりにも。……すまなかったな、ユウキ・タツヤ。PPSEのメイジンに
なると、フィンランドまで報告に来てくれたと言うのに、こんなことになってしまって」


「いえ…今回のことは誰のせいでもありません。

あなたは人の親としてプリンセスを助けたかった。

ミスターアマサキも友人として彼女を助けたいと思った。

それは弱さではなく人の強さです……大丈夫です、ミスターアマサキもきっと」


「違う…違うのだユウキ・タツヤ。俺はプリンセスを助けようとすることさえできなかった」


ドナーを探してくれたネメシス会長の機嫌を取るためにわざと負けるのではなく

ネメシスの「親切」を蹴って他の方法でプリンセスを救うのでもなく

プリンセスに勝利を送るためにバトルに専念することもできず。

ただ訳が分からないほど動揺して、何もできなかっただけ


「これはすべて俺の弱さが招いたこと、なのにプリンセスは自分が俺の脚を引っ張ったのだと謝った。……俺は自分の弱さを、醜さを、人として、男として、許せない」


同時に思う。奴なら、ジオウ・アマサキならこんな事にだけはならなかっただろうと。

少なくとも娘の命を助けることと勝利を贈ること――その2つを両方とることに迷いはしなかった筈だと。


◆◆◆◆

なぜガーベラストレートに拘るのか、と聞いたことがある。奴と二代目の関わりを聞いた後のことだった。

話に聞く二代目の思想と現状、それが奴の戦い方とかみ合わなかったからだ。

150Mガーベラは当たれば強力な武器だが、そもそも当てることが難しい

コレを振るえるほどのチカラがあるなら直接インファイトを仕掛けたほうが速かろう。

無論俺とて汎用性を切り捨てた局地戦用のMAを愛用するのだからケチをつける筋ではないのだが

ガンプラバトルは勝利こそすべて、そう主張する二代目を敬愛するファイターとして、あまりにも馬鹿正直すぎると感じた。

そして二代目のことを、あるいは世界でただ一人「心配」する人間としては、あまりにも悠長に過ぎるのではないかと

それについて奴は言った。


"俺は一度それをやって失敗したんだ"と


ガンプラ塾の入塾試験に潜り込んで、俺は実技試験に全勝した。それでも落ちた。

その後何度かアプローチしたが、二代目の対応は袖にも触れない冷たいものだったという。

奴は自分の強さが足りないのだと、より過酷な状況を求めた。

ガンプラマフィアが取り仕切る世界中の地下バトルに潜り込み、まっとうなファイターなら決して体験することのない闇のバトルにまで手を出した。

その戦果と、その経験をもとに新たに開発したガンプラの設計図を幾度も二代目に送ったがそれでも二代目は無視し続けた。

―――奴は語る。二代目が奴に求めていたのは絶対勝利とも戦闘力とも違う所にあったのだと。


“俺はガンプラ塾の試験を受けた日からずっと、ガーベラを握っていなかった。
もちろん勝利の為にはこんな図体だけのデクノボーは邪魔だからだ。

むしろ選択肢にさえ出てこなかった、存在を思い出すこともずっとなかったよ。
……あの人に出会ったきっかけで、あの人の時間を少なからず奪ったのにな”


奴が自分の願いを投げ出したことに失望したのか

投げ出した理由が二代目の病気を心配したからなのを侮辱だと捉えたのか

それとも単に奴を心配したから突き放したのかは分からない。


“けど、その考えは正しかった”


1体のガンプラを取り出しながら奴はそう言った。

それは奴の愛用するアストレイではなかった。

白と金のシンプルな構成の、だが凄まじい完成度のガンプラだった

過去の世界大会でもこれほどまでのガンプラはそうはいなかった。


“これはカテドラルガンダム。2代目の設計図を基に俺が作った、おじさんの現時点最高傑作だ”


何故そんなものがあるのだと驚愕する俺に、奴は微笑みながら言った

奴が第6回大会で見せたモンスターズレッド――150Mガーベラストレートを振るうために開発されたガンプラの設計図を送ったところ、そのカテドラルガンダムの設計図が返信されてきたらしい。

驚いたことに、これはモンスターズレッド以上に150Mガーベラを使いこなせる存在らしい。

ガンプラの物理的限界に挑む究極の可動域と、圧倒的な粒子制御能力。神にも悪魔にもなれるガンプラだと奴は評した。


“これを送ってくれたこと自体が、おじさんからのエールであり挑戦状だ

ガンプラバトルは勝利こそ絶対、それがあの人の流儀だけど、俺だけはそれじゃ駄目だ。

俺自身のガンプラを振るう理由を抱えたまま、あの人の流儀も貫き通さなきゃいけない

それが出来なきゃ、あの人をガッカリさせるだけで、話も聞いてもらえない

それは何の意味もないことなんだ”


さらに俺は問うた。お前がガンプラを振るう理由とはなんだと

奴は誰にも言うなと前置きしたうえでこう告げた。

世界で一番特別な女の子が150Mガーベラを振るって踊るガンプラの姿を見たいと言ったのだと。

だから二代目の病魔に怯え出すまで、ずっとガーベラを作り続けてきたのだと。

そしてもうひとつ、その願いをすっかり忘れて迷走していた自分の目を覚まさせてくれた女の子がいると。

アイドルになりたいとひたむきに努力するその姿に、ときに危なっかしいほどの頑固さを見せるその姿に、自分はずっと忘れていたガーベラを思い出したのだと

だからその少女――ミホが夢を叶えるための力になりたいのだと。


“つまり俺はエレナの笑顔を守りガーベラを振るいながらミホの指導をしつつアシムレイトの治療法を探りアンタとの共同研究を継続して他分野への応用を行いつつガンプラのAIを育てると同時に世界一にならないとまるでダメなんだ”


と聞かされた時には流石に盛り込み過ぎだと奴の頭をはたいたが。

そんなに欲張っている間に二代目に何かあったらどうするのか、そもそも俺とこんな風に馬鹿話をしていていいのかと尋ねたところ


“大丈夫だ、今こうして話しながらも6個くらいのタスクを同時進行してるから”


ぞっとするような回答が返ってきた。

いわく、奴はガンプラの複数同時遠隔操縦技術を確立していて、この場にいながら別の場所にいるガンプラたちを動かせるのだという。

それも完全密閉構造のガンプラにプラフスキー粒子をとじこめることにより、バトルベース無しで可動する。

その技術によって今も別の場所でガンプラの改造を続けたり、ミホと会話しているのだと。

にわかには信じがたかったが、目の前でカテドラルガンダムを動かされてはとりあえず否定も出来ない。

つまり奴はなすべきことのために四六時中全力で挑んでいるのだという


“と言うか常に全力で動き続けて余力とかなくしていかないと、とたんに色んなことを焦りそうになるんだ。それでドジったら本当にただの時間の無駄だし”


そう言いながら浮かべた笑顔が、なぜか必死の形相に見えた。

◆◆◆◆


カイザーは自分を許せないと責め続けている。

その気持ちは痛いほどわかる……とはとても言えない。

それでも、彼を見ていて胸が痛い。


「………それもまた、人の強さではないでしょうか。

愛する者のために身を捨てられることが強さなら、自分の弱さを顧みることが出来るのも人の強さです。

そんな強さを持つ人はきっと折れません」


「…真に弱さを顧みられる人間なら、友人が見せてくれた弱さからも学べたはずだ」


「友人、ですか」


「あぁ」


落ち込むカイザーに必要なのは、時間だ。

きっとどんな言葉も今すぐにカイザーを元気にする特効薬にはなりえない。

けれど――それはそれとして、言いたいことはあった。


「カイザー、私はあなたとプリンセスの友人でしょうか?」


「ん?」


「私はかつて友人の危機に何もできない自分の無力を嘆いたことがあります。

彼は私にガンプラバトルとその楽しさを教えてくれた親友です。

ですが我々は離れ離れとなり、彼もガンプラバトルが出来ない境遇になりました。

けれど、私たちは約束しました。いつか必ず大会で、ガンプラバトルをしようと。

未だ果たされていないその約束ですが、いつか必ず果たされると信じています

何故なら――ガンプラバトルは最高に楽しい遊びだからです!」


「…お前と言う奴は」


あぁ呆れられている。でもカイザーが少しだけ笑ってくれた。苦笑いでもそれが嬉しい


「カイザー、一つ約束をしましょう。

私はこれからPPSEのメイジンになって、勝って…勝って…ガンプラ界の頂点を極めます。

そしたらきっとまた戦いましょう。

あなたが最愛の人へ最高のプレゼントを贈ることが出来る場所で…第8回世界大会で!」


「……ふん、今度は俺に挑戦者になれというわけか」


「えぇ。今戦っているミスタージオウだって、きっとあなたとまた楽しいバトルをすることを望んでいるはずです!」


彼のことを多くは知らない。

ただ、この世界には超能力や魔術のようにアニメやおとぎ話の中にしか存在しないと信じられている力が本当は実在するのだということは知っている。

そう言う力を持つ人々は、力を世界から隠そうとするものだということも。

……まぁ中にはそう言うのを全部すっ飛ばしてドンパチしたがる物騒な人もいるけどそれはそれ。

隠さなきゃいけない筈の力を使ってまで助けた理由、それはきっと昨日と同じように友人と笑い合える明日の為―――?


「あの、何か変なことを言ったでしょうか?」


何故かカイザーの表情が寂しそうに歪んでいた。その理由が分からなくて首をかしげる


「――ユウキ・タツヤ、厚情は有り難く受け取ろう。だが俺と奴がバトルすることはもうあるまい」


「何故です?」


「奴は――」


『はいはーい。ボーイズトークはそこまでだし!』


「!?」


突如背後から聞こえた女性の声。振り返った私が見たのはオレンジがかった薄い色の髪と金色の瞳の女の子

その瞳に吸い込まれるように―――私の意識は暗転した。


◆◆◆◆


いつの間にかユウキ・タツヤの背後に立っていた少女。

まるで日本の女子高生を思わせるその少女と目を合わせた途端、ユウキ・タツヤ倒れてしまった。

…いやでも警戒心が沸き上がるというものだ


「お前は、誰だ」


「その疑問は当然だし。でもどーせこれから全部忘れるんだから説明いらなくなくない?」


だがその警戒は無意味。一見ただの少女としか思えない相手から発揮される尋常でないプレッシャーに飲まれ、俺は金縛りにあったように動けなくなっていた。


「別に痛くしないし、安心して眠るといーじゃん」


「セイバー、待ってくれ」


その声に反応して彼女の視線が外れ、同時に金縛りが解ける。

横からかけられた声は、この場にいない筈の男のもので


「ジオウ・アマサキ」


「あれ、ジオー自力で起きてるし。ならあたしが血液パック持ってわざわざ来る必要なさゲ?」


「いや、来てくれてありがとう。お前のマスターは?」


「来てないし。あたしだけチャールズ先生の蒸気ロケットで飛んできただけだし。

と言うか待てって何?この皇帝の記憶も早く消さないといけないんだけど」


「ここは俺がやる。だからセイバーには、病院関係者の記憶消去とカルテ改ざんを頼みたい」


「できんの?」


「あぁ」


「ふぅん、まいっか」


少女はそのやり取りの後、ユウキ・タツヤを抱えて去っていった。

後には困り顔をしたジオウ・アマサキだけが残された。


「……カルロス、あんたに話さなきゃいけないことがある」


◆◆◆◆


「ん……」


目を覚ませば、作りかけのガンプラと工具……どうやら作業をしながら眠ってしまっていたらしい。

やや寝ぼけた状態で部屋のカレンダーに目をやると「フィンランド代表決定戦」の文字が…あぁそうか、リアルタイムでカイザーのバトルの様子を見るつもりで夜更かしをしていたんだった。

なのに、その前に眠ってしまったと……不覚!


「カワグチ、起きてるかい!」


丁度タイミングよくアランから通信が入る。このタイミングの良さは流石パートナーだというべきかもしれない。


「ありがたいが、それどころじゃない――カルロス・カイザーが負けた!!」


「なんだと!?」

その報告に、最近ちょっとずつ作っているメイジンキャラを崩してしまうほど驚愕した。


「馬鹿な、カルロス・カイザーが負けただと!?いったい誰に」


「すぐにこっちにこられるかい、映像を見たほうが早い!」


「分かったすぐ行く」


通信を切り、身なりを整えアランの元に急ぐ――


「―――?」


ふと妙な違和感を覚えた。

カルロス・カイザーの敗北、これはいうまでもなく驚愕に値する一大事の筈だ。

それなのに、何故か既にそれを知っていたような妙な感覚があった。


「……いや、今はいい。まずはアランの元へ急ごう!」


だが気のせいだろうと振り切る。私は廊下を走らず、しかし急いでアランの元へ向かった。

◆◆◆◆

あの衝撃的な夜から1か月。プリンセスは一時のことが嘘のようにすっかり元気になった。

経過観察は継続されるが、担当医はこの分なら倒れる前より元気になるだろうと言っている。

俺はと言うと、この1か月ほとんどガンプラに触らずに娘と過ごすことに時間を費やした。…実をいえば、俺は自分が何をしたいのかずっと分からずにいた

日本のアイドルのステージ演出に関する仕事も、奴とツダ・ミナミからキャンセルの連絡があった。

俺が世界大会・予選ピリオドに参加しないのだから賭けはお流れだと言っていたが、気を使われたことは明白だった。

もうすぐ世界大会が始まる。奴は戦う理由をなくしながらも、約束の為と言って出陣した。――決して割に合わない傷を負いながら。

俺はどうだ。戦う資格もなく、意思もなく、しかし背を向けることも出来ずに燻っている。

俺は――


「…様、お父様!」


気が付けば頬を膨らませたプリンセスの顔があった。どうやら思いのほか深く物思いにふけっていたらしい。


「お父様、私、行きたいところがあるのです」


「そうか、どこだ?」


「日本です」


「……それは、世界大会の観戦にということか?だが今から一般のチケットはとれないだろう」


例年ならば関係者席を取れたが、今年はそうもいかない。加えてこの1か月スローライフを送っていたために今から手配するのは


「いいえ、ミホから世界大会中にライブをすると連絡があって。チケットも送ってきたんです。勿論お父様の分も」


「それは」


それはつまり、俺がそのライブの演出に協力するかもしれなかった話を彼女は知らないということではないだろうか。

……奴は、ツダ・ミナミは、彼女に話してなかった?そんなことがあるのかと思う反面、そうまでして彼女を喜ばせたかったのかとも思う。

それを台無しにしてしまったのだと思うと――。


「ミホは友達ですから、応援に行きたいのです!」


再び自己嫌悪に陥りかけた俺に、愛する娘の眩しい笑顔が飛び込んできた。

友達だから、応援したい。応援する。それはなんてシンプルで大切な言葉だろうか。

あぁ、そして俺も存外単純らしい。そんな単純な真理でこれほどまでに気持ちが変わろうとは。


“愛する者のために戦う、それを公言できるアンタやパトリックが心底羨ましいよ”


かつて奴もそんなことを言っていた。ならば――文句は言わせん!


「あぁ、そうだな。友達を応援するのは当然だ」


「はい、ですから――」


「行こう、日本へ」



◆◆◆◆

第7回世界大会・予選最終日に行われる346プロアイドルによる特別ライブ。

その演出の一部を任された俺は試合の合間を縫って東京へ足を運んでいた。

この日もスタッフ・アイドルと打ち合わせる予定になっていたのだけど


「津田さぁぁぁぁぁぁぁん!アマサキさぁぁぁぁぁぁん!」


会議室にミスターイシカワが血相を変えて飛び込んできた。


「すげえっスよマジすげえっス!いったいどうやって渡りをつけたんスか!」


「とりあえず落ち着け。いったいどうしたと言うんだ」


「だから来たんですよ、あの人が!!」


「あの人?」


「そうっすよ、ガンプラ界の皇帝――」


「失礼する」


「あのカルロス・カイザーが来たんすよぉぉぉぉ!」


イシカワの後ろから現れたのは、間違いなく誰もが知る仏頂面で自信にあふれた皇帝陛下だった。

あの焦燥に満ちた情けない様子はかけらも見当たらない。

聞けば、自らライブ演出への協力を申し出たのだというが――。


「――だが断る」


と言うしかないのだ。たとえプロデューサー・イシカワが派手に転ぼうとも。

何故ならば。


「この仕事はアイドルの安全を預かるものだ。傷心中で療養中のアンタじゃ不安で仕方ない」


と言うしかないのだ。意趣返しとかでは断じてないのである。俺だってミナミに何度ダメだしされたことか。


「それはこっちのセリフだ、なんだあの第3ピリオドの無様な負けっぷりは」


……そんな生意気なことを言ってくるのはカイザーの更に後ろから現れたプリンセスだった。元気そうで何よりだ。


「ミホ、お父様に全部を任せたほうが絶対にいいステージになると思わない?」


そんなことまで言ってくる……仕事の場でなければもう少し好き放題言わせてやったんだが、これ以上は捨て置けない


「ミス小日向」


「は、はい」

こらそこ、驚いた顔をするな。知り合いだってバレるだろうが


「申し訳ありませんが、彼女のことをお任せしてもいいですか?あなた方が旧交を温めている間に我々も今後の方針をまとめますので」


プリンセスはミス小日向――ミホとジョウガサキ・ミカに連れられて退出した。

もしかしたらジョウガサキにはバレるかもしれないが、むやみに吹聴するタイプじゃあるまい


『うっそ!美穂ちゃんカルロス・カイザーと知り合いだったの!?て言うかマッドジャンキーも合わせて三角関係!?』


………廊下から聞こえた声は幻聴だから無視する。いくらなんでもそんな変な誤解が生じるわけないし、つーかそれどころじゃないし


「結局、何しに来たんだ?」


「友人の手伝いに来た。何か問題があるか?」


「過剰な施しはお互いの為にならない、よくご存じのはずだが」


「無論これはビジネスだ。同時に娘へのプレゼントでもある。互いの利害が一致した、ただそれだけの話だ」


どうやら一歩も引く気はないらしい。それだけでも立ち直った証拠と言うべきだろうか


「そもそもお前に決定権があるわけでもないだろう」


それは確かに事実である。俺がどう言おうと最終的に決めるのはミナミとイシカワなのだ。

そして高確率で彼らはこの元チャンプを受け入れるだろうと分かっていた。


「だから、しばらく同じチームとしてよろしく頼む」


そう言って手を差し出されては受けないわけにもいかなかった。

……まさかそのチームがステージ演出を超えて世界の滅亡と戦うことになるとは夢にも思わなかったけど。



(Fin)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


てな感じで男同士の友情がめでたしめでたしって感じー?。

いやぁ良かったっしょー。これで肩の荷も下りたし


?皇帝とジオーが何を話してたかって?イヤー別にどうでもいいし、そんなつまらないの


どーしても知りたい?じゃー、まあ好きにすればー。


けど最後にご忠告。ガンプラバトルが楽しくて楽しくて仕方ないって


そんな奴は読まないほうが良いし



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「カルロス、あんたに話がある」


そう言うなり、奴は頭を下げた。


「アンタに無断でプリンセスに治療を施したこと、試合前にプリンセスの声をアンタに届けることができなかったこと――悪かった」


「待て、何故おまえがそのような――謝罪などしている?」


「?たったいま、言った通りだが。アンタこそ怒らないのか」


「何を怒れと言うのだ」


不甲斐なかった俺に代わって、プリンセスを救ってくれたのはお前だというのに。


「……あんたよっぽど疲れてんだな」


奴のほうこそ疲れた笑みを浮かべていると思った。

だが奴は無言で歩み寄り、顔を上げると同時に俺の襟首を掴み。


「得体のしれない怪しい術を使う奴が人畜無害な顔してアンタの娘の傍に潜んでた!

そいつはアンタがいない隙に大事な娘の体を弄ったかもしれないんだぞ!」


奴は血走った目で睨みながら、俺に怒鳴りつけた


「あんたは父親として――激怒して問い詰めるところだろーがっ!!

プリンセスにいったい何しやがった、あの子に何かあったらお前を必ず殺してやるって―――そういう場面だろうが、今は!!!」


……そう言う奴の顔こそ怒っていた。だが表情が「怒り」であっても俺には泣いているように見えた。


「なら、聞かせろ。お前はいったい何をした」


細かい理屈を省くが、と前置きして奴は説明を始めた。


「オカルト的なクローニングで適合率100%の新しい臓器を作って、ガタの来てた臓器と交換した」


「貴様の血液が無くなっていたのは?」


「材料ではなく燃料として必要だった。回転を上げすぎて過剰供給したせいで俺は昏倒した」


「プリンセスは今後どうなる?」


「俺の昏倒と関係なく、問題の臓器に関しては完治している。だが人体の相互作用は複雑だ。

今後も定期的に健診を受けることを勧める。もちろん普通の医者にだ」


……プリンセスの容体については「もう大丈夫だ、だが油断するな」と言いたいのだと解釈した。

これ以上詳しい事情説明を求めたところで、この場で即理解できるものではないだろう。

だが、疑問はまだ尽きない。奴の言動には不可解な部分がある。


「…お前のその力で、二代目を治すことはできないのか?」


奴の表情がわずかに固まった。

そうだ、それがおかしい。オカルト的な力で病魔を駆逐できるなら、どうしてそれを2代目にしなかったのか


「……できない。プリンセスとあの人とでは全く状況が違う」


「どう違う?」


「プリンセスの患部は臓器、重要ではあっても所詮は体を構築する部品(ハード)の問題だ。交換で対処できる。

だがアシムレイトは精神と脳に関わる問題。度重なるダメージ情報を受信することで、臓器や神経になんの問題も無くても

それに指令を出す本能(OS)にバグが入るようなもんだ。結果、健康なはずの臓器が正しく動かなくなり他にも影響を及ぼす。

臓器を交換しても同じことの繰り返しになるだけだし、脳を丸ごと交換なんてできるようなもんじゃない」


「だから、手を出せなかったと」


「あぁ」


「……お前は、どうしてそうも断言できる?」


「なにかおかしいか?」


「アシムレイトの話は俺も噂程度にしか知らない。実例を見たことも無い。

もちろん二代目がそうであったなど知らなかったのだから、そうと知らないまま見過ごしていたのかもしれないが。

だとしてもお前は詳しすぎると感じた」


「何が言いたい」


「お前は――お前自身も、二代目と同じ病魔を患っているのではないか?」


否定の声は来なかった。


「お前を診察した医師から聞いた。お前の臓器にはいずれも異常が見当たらない。

にも関わらず正常に働いていない部分があると。これは先ほどのお前の説明と一致するな」


「なるほど、そこから連想したと」


「まだある。俺も直接見せて貰ったが、お前の体には異様な古傷があった。

俺にはそれが――まるでビームに撃たれて爛れた傷のように見えた」


「それもアシムレイトの影響でついたものだって、そう言いたいのか?」


「違うか?」


「違うね」


何の躊躇もなく奴は言った。シャツの裾をめくり古傷を見せる。


「これはアシムレイトでついた傷じゃない、その逆だ」


「逆?」


「実際にバトルベースに体ツッコませて自分でつけた傷だってことだよ」


言っていることが理解できず、一瞬虚を突かれた。

いや、言葉の意味は分かるのだがそんなことをする意味が分からなかった。


「カルロス、自分が楽しんだり笑ったりする為に誰かを殴ったり傷つけたり壊したりするのはいけないことだと思わないか?」


「それは、そうだ」


特に異論はない。


「そうだ。どんなに楽しかろうと、その為に誰かを傷つける事は肯定できない。

だったらガンプラを壊したり、ガンプラに壊させたりする行為だって同じくいけないことだろう」


「待て、それは」


今度はおおいに口をはさみたかった。だが、ジオウ・アマサキは俺を無視してそのまま続けた


「俺は自分のエゴでガンプラバトルを続けてきた。だからせめて自分のエゴでつけた傷の分は自分も負わなきゃって思った。

――あぁ飛躍してるって言うのは勘弁してくれ、俺もガキだったんだ。

俺はバトルベースに体ツッコんで、ビームで、ミサイルで、斬艦刀で、ガンプラを傷付けた場所と寸分たがわず同じ傷を刻んだ。

そんなことを繰り返してるうちに、いつしかリアルタイムでガンプラの痛みが分かるようになった」


「アシムレイトの、ノーシーボ効果か」


「世間じゃパワーアップに伴うデメリットみたいに言われてるが、俺にとってはこっちが本命で救いだった。ガンプラの痛みを直に感じられるんだから」


痛みが救いだった。それを喜色さえにじませて語ったが、俺には到底共感できない。

昨年の大会だけ見ても奴のモンスターズレッドが受けた傷は尋常じゃない

その痛みを、すべて追体験していた?そんなもの耐えられるわけがない。


「……俺が得体のしれないやつだって、ようやく納得してくれたか?」


「あ、いや――」


「気にするな、アンタの感性は常識的だ。マイノリティなのは俺の方だ

そもそも人間はそんな風に永遠に黒歴史から離れられない生き物だ。

だからこそ財団Bもサンライズもガンダム作り続けて商売しているんだ」


………気にするなと言う割には棘があるのではないだろうか


「俺はこんなだからな、この先アンタにも一般人にも理解できない理屈でプリンセスを害するかもしれない

それが嫌なら、しっかり休養してあの子を守れるように努めるこった――あんたはあの子の、理想的な父親なんだから」


――そのまま奴は倒れていたユウキ・タツヤを担ぎ上げ、俺に背を向けた。


唐突に話を打ち切ろうとしていると感じた。だがそれは駄目だ、こいつの話にはあまりに地雷が多すぎる

もっと聞かなくてはいけないことが――


「待て、お前は……これからどうするつもりだ!?」


「コイツを連れて日本にいくよ。その後はナターリアに合流して大会に参加だな」


大会に参加…?もはや二代目も、俺もいない。こいつが戦う理由はもうないはずだ。

いや、ナターリアと言うのはもしかして


「ナターリア…今年のブラジル予選2位の少女か」


「そう、それ。セコンドとして日本に連れて行ってやるって約束してんだ」


「何故そんなことを?」


「彼女が今年の大会に出た理由が、なんとあの「蒼い幽霊」に会いたいからだって言うのさ

人の恋路を邪魔した奴は風雲再起に蹴られて三途の川に飛ばされるからな、手を打たなきゃいかんのさ」


「……劇場版ナデシコが混ざっているぞ」


「おや、そうだったかな」


先ほどまでの重い話を振り払うような馬鹿話をしながら、奴は去っていった。

残された俺は、ただ奴の後ろ姿を見送ることしかできなかった。

あまりにも純粋過ぎて、何もかも抱え込んでしまう馬鹿な男の背中を。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



その後、俺はプリンセスに背中を押されて日本にやってきた。

ジオウ・アマサキに散々悪態をつかれながらも仕事をやり遂げ、今は346プロダクションのアイドル・スタッフと共に打ち上げに参加している。



「あの、カイザーさん!」


「ミホか」


「はい、今日は本当にありがとうございました!

あと、その、後輩のみんなが本当に申し訳ありませんでした!」


彼女が謝っているのは俺のこの『バニー姿』についてだった。恐るべし、雛見沢。


「気にするな。正当な勝負の結果だ」


「でも……あの、本当に根は悪い子たちじゃないと思うんです。今日のライブも凄かったですし」


「分かっている。だが奴には言わないほうが良いだろうな」


「え?」


「お前の『師』はどうやら彼女たちCPを避けているようだ。理由は不明だがな」


ジオウ・アマサキと彼女の関係を346プロ関係者に知られてはまずいので名前は出さない。


「えとあの、それは、あはははは」


そこで苦笑いが出るということは、彼女も承知していたということか

……少し不安になる。いつか自分がプリンセスを害するかもしれないと言っていた奴の姿を思い出した。


「彼女たちと色々と揉めていたのは知ってる。だが別に彼女たちに何かしようなどと思うような奴じゃない筈だ。だから」


「はい、大丈夫です。それに、師匠はむしろCPがステージに上がることには賛成だったんです」


「うん?」


「それで失敗して評価を落としてくれたほうがトドメをさせるからいいって。

もし成功させたらそれはそれで文句つけることじゃないし、やらせた方が得だと」


「一応聞くが、彼女たちが失敗したらライブ全体に影響したのではないか?」


「そのときは私が何とかフォローしてみせろって言ってました」


なんだそのノープランは。


「無茶苦茶ですよね。けど師匠はいい人でも悪い人でも頑張ってる人を邪魔できないんだと思います。

邪魔しそうになったら、口では悪いことを言っていても自分から身を引いちゃうんです」


「………お前は、信じているんだな」


「はい、だって弟子ですから!………そう言うと『危機感が足りない』って言われてお仕置きされちゃうんですけど」


そう言って彼女は嬉しそうに笑った。………俺がこの1か月繰り返してきた煩悶など、彼女にとっては何でもないことだったのだろう。


「ミホ、奴を頼む」


「え?」


「色々あやうい奴だから、面倒を見てやってくれ」


「え?え?で、でも私のほうこそ師匠には面倒見て貰ってばっかりで。それに――」


あわあわと慌てだす彼女だが、きっと大丈夫だろうと思った。彼女が傍にいれば、奴もきっと――



(Fin)

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