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頂き物の小説
第22話「ターゲット、ロックオン!」:1




「なぜ貴方が私のことを知っているか……まぁ、大方あの電王から聞き知ったのでしょうが、今となっては詮なきことですか」



 そう言いながら僕の前に立ちふさがるのは、かつて万蟲姫の両親、ワッフル夫妻を殺害したあのマント男。

 …………なんか声が機械的だ。ボイスチェンジャーでも使ってる?



 ともかく、マント男が姿を現したのは、エグゼ・ビッグファーストを追っていた僕の進路をふさぐ位置……ふむ。



「あの人を逃がすつもり……?
 ひょっとして、あのシャチのイマジンを差し向けたのは……」

「あぁ、カン違いしないでください。
 彼女と我々は無関係です――彼女は完全にフリーのイマジンですよ」



 …………はい?



「私はただ、彼の願いが気に入った。だから手を貸してあげることにした……ただそれだけのことですよ」

「願い……自分の娘を殺した連中に復讐するっていうのが?」

「そう、それですよ。
 復讐、大いにけっこうじゃないですか。
 実に私好みの展開ですよ」

《なるほど。
 なかなかに腐ったご趣味をお持ちのようですね》

「フフフ、ほめ言葉と受け取っておきましょう。
 ともかく、そういうことですので……」



 ――――――っ!



「貴方達は……ここから引き返していただきましょうか!」



 気づいて、後ろに跳びのくのと同時――すぐ横の海中から飛び出してきた影が、僕のいた場所に拳を叩きつけていた。

 さっきの、シャチイマジンの登場と同じパターン。ってことは……



「水中タイプの……イマジン?」

《いえ、違いますね。
 水中タイプの相手、という点では正解ですが……イマジンではありません。
 瘴魔力反応を検知……瘴魔獣です》

「ただの瘴魔獣ではありませんよ」



 僕やアルトのやり取りに、マント男がそう返してくる。



「瘴魔獣をより強化した、瘴魔獣を超える瘴魔獣……ハイパー瘴魔獣ですよ」



 …………待て。



 イクトさんやジュンイチさんから聞いたことがある――ハイパー瘴魔獣には、一から生み出されるものと通常の瘴魔獣を強化、進化させることで生み出す場合とがある。

 けど、そのどちらの場合においても、誕生には自然界ではおよそ実現し得ないほどの“負”の力を必要とする――つまり、“自然に生まれることはありえない”とのこと。

 人為的にしか生み出せないハイパー瘴魔獣を生み出すことのできる唯一の存在。それは――



「瘴魔、神将……!」

「……なるほど。
 貴方自身も、我々についてそれ相応に知っているようですね」



 僕の反応に、マント男も何やら納得したみたいだけど……気にしてる場合じゃない。改めて、目の前の敵に視線を向ける。

 シャチイマジンと同じ、水棲すいせい生物ベース――ただしこちらは男性型。

 ウロコらしいものはなく、黒に近い紺色で、魚の腹にあたる身体の前面は白色……サメかな?



 となると……少し厄介かも。

 元々獰猛で強力なサメをベースにしたハイパー瘴魔獣……かなり凶悪な組み合わせじゃない、コレ?



《そのイヤな予感、ビンゴです。
 “Bネット”のデータベースに該当あり――ホオジロザメ種ハイパー瘴魔獣メガロヴァイター。
 旧瘴魔軍の“水”系瘴魔獣、その上位に君臨していた、サメをベースとした瘴魔獣の中でも文句なしの最強種。
 あのザインが最後に差し向けてきた瘴魔獣で、当時諸事情でジュンイチさんと鷲悟さんを欠いていたブレイカーズのみなさんを半殺しの目にあわせています》



 ……まぢですか。

 とりあえず、かなりの強敵であることはわかったけど……



《まぁ、“今の”彼らを相手にそこまでの戦果を出していたなら、確かに脅威だったんでしょうけどね。
 “10年前の”彼らすら仕留めきれないようでは、私達の敵ではありませんよ》

「だね」



 そう。あくまで“強敵”止まり。絶対勝てない“天敵”ってワケじゃない。



「ずいぶんと自信がおありのようですね。
 その強気が、果たしていつまでもつか……」

「最後までに、決まってるでしょ!」



 マント男に答えて、セットアップしたアルトをかまえて――











「ちょおっと待ったぁっ!」











「待たない」

「待ってぇぇぇぇぇっ!」



 乱入にかまわず始めようとしたら、半ば悲鳴に近い勢いでツッコまれた。

 まったく、これからガチバトルってところだったのに、空気読まずに乱入してこないでほしいな……いぶき。



「いや、敵と仲間が始めようとしていたら、普通加勢するだろ……」



 あ、ピータロスもいた。



「とにかくや!
 居合わせてまった以上は見過ごせへんからな! 加勢するで、やっちゃん!」

「やれやれ……足引っぱらないでよ」



 少なくとも下がってくれるつもりはないらしい。いぶきの言葉にため息をついて……



「あぁ、またひとつ、カン違いしてるようですね」



 …………は?

 またマント男が何やら言い出した。



「貴方達はここで戦うつもりのようですが……こちらにはそのつもりはありません。
 先ほどまでの私の発言を思い返してごらんなさい――『あなた達を通さない』的なことは言っても、『あなた達と戦う』とは一言も言っていませんよ」

「どういうことや!?」

「…………足止めか」



 問い返すいぶきのとなりでピータロスがうめく……なるほど。



「あくまで、ビッグファーストを逃がすのが目的……か。
 そのビッグファーストはとっくに逃げちゃったし、もうここにいる理由はない……ってことかな?」

「えぇ、そういうことです。
 ですから……我々はこれにておいとまさせていただきます」

「させるか!」



 言い返して、ピータロスが突っ込む。

 立ちふさがるメガロヴァイターをあっさりかわして、マント男に向けて斬りつけて――







 マント男が“弾けた”。







 ピータロスの一撃が届いた瞬間、まさに水風船が弾けたように、水の塊になって弾け飛んだんだ。



「水分身!?」



 その正体に気づいたいぶきが声を上げる……驚くその気持ちはわかる。僕の目から見ても、いつ入れ替わったのかまったくわからなかったもの。



「くっ、ヤツめ、どこへ……!?」



 ピータロスが周囲を見回す一方で、メガロヴァイターも傍らの海にダイブ。水中に消えていってしまった。



 逃げた……いや、引き上げた、か……



「何落ち着いてるん、やっちゃん!?
 すぐ追いかけへんと!」

「そう言ういぶきこそ、少し落ち着こうか。
 『追いかける』って言うけど……“どっちを”?」

「『どっち』って……あ」



 ようやく気づいたらしい。

 そう。僕らが追わなきゃいけないのはエグゼ・ビッグファーストの方。あのマント男やメガロヴァイターだってほっとけないのは事実だけど、優先順位的には後回しもやむなし、だ。



「アルト、緊急配備の要請は?」

《すでにしてありますが……難しいでしょうね》

「だろうね……」



 アルトの答えに、ため息をつく。



 あー、ここでビッグファーストを止められなかったのは正直痛いかも。

 マスターコンボイがドジ踏んだせいで、ビッグファーストには中途半端な情報しか伝わらなかった。

 彼はロッドさんが記憶喪失になってることは知ったけど、記憶を失う前には事件のことを心から悔やんでいたことも、自分が住まいを移ったせいでその気持ちを込めた手紙が届かなかったことも知らないままなんだ。

 その結果彼の中で出た結論は、“ロッド・グラントは娘を殺したことも忘れて、後悔もしないままのうのうと生きている”……恨み、さらに深まっただろうね……



《でしょうね。
 病状もますます悪化しているはずですし、暴走しなければいいんですけど……》



 アルト……そういうイヤな未来を確定せるようなこと言わないでくれないかな?











 ――時の列車、デンライナー。次の停車駅は、過去か未来か――











『とある魔導師と古き鉄と時の電車の彼らの時間』・『とまコン』バージョン



とある魔導師と守護者と時の電車と仮面の戦士達



第22話「ターゲット、ロックオン!」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「いくぜいくぜいくぜぇっ!」







 いつも通りだ。俺達に前フリなんかいらねぇ! 最初から最後まで、徹底的にクライマックスだ!

 デンガッシャーをソードモードに組み立てて、シャチ女に向けて突っ込む。間合いに入ると同時に斬りつけて――







「どぅわっ!?」







 衝撃は真横から。まともに食らってブッ飛ばされる……クソッ、何なんだよ!?







「あら、今ので倒れないなんて、その鎧、なかなかの防御力みたいね」







 ――シャチ女、てめぇか!?

 あのアマ、いつの間にかムチなんか持ってやがる。アイツで死角から一撃入れられたのか……







「フンッ、あの程度のムチにやられるとは、なっていないぞ、モモタロス」

「うっせぇっ! いきなりでビックリしただけだ!」







 人間の姿のままのマスターコンボイに言い返す。そんなコト言うんなら、てめぇはアレ何とかできるんだろうな!?







「フッ、黙って見ていろ。
 オメガ!」

《Hound Shooter》







 マスターコンボイのヤツが光の弾を作ってブッ放す。数は……えっと、13?







「16だ!」







 あ、違った。

 とにかく、光の弾がシャチ女に向けて飛んでいって――







「フンッ、そんなので!」







 けど、シャチ女も負けちゃいねぇ。ムチの一振りでそのすべてを叩き落とす。







「今だ!」







 でもって、そこに突っ込むマスターコンボイ。

 やるじゃねぇか。あの光の弾を迎撃させて、アイツがムチを戻す前に突撃するって作戦k







「甘いのよっ!」

「ぐわっ!?」







 あ、何発もぶっ放してきた水の弾丸で撃たれた。そしてブッ飛ばされた。







「ハッ、何やってんだ。
 デケぇ口叩いておいて、お前だってやられてるじゃねぇか」

「やかましいっ!」







 マスターコンボイのヤツが俺に言い返して――











「シャチの丸焼きって……美味しいのかね?」











 ――――って、ジュンイチ!?

 いきなりのつぶやきに気づいた時には、アイツぁシャチ女のすぐ目の前――炎と一緒に放った拳が、シャチ女を海までブッ飛ばす!

 つか、あんにゃろ……俺やマスターコンボイがブッ飛ばされてるスキに、自分だけちゃっかり懐に飛び込んでやがったのか!? ズリぃぞ!?







「ハンッ、何とでも言いやがれ!
 柾木家家訓、ひとぉ〜つっ! 『使えるモノは何でも使え。特に身内はフル活用』!」

〔な、なんてワガママな家訓……〕







 胸を張るジュンイチの言葉に良太郎がツッコんで――







「…………え?」







 いきなり、アイツの身体に何かが巻きついた。

 出所は、ジュンイチにブッ飛ばされたシャチ女が水没した辺り――アイツのムチか!?







「でぇっ!?」







 そのまま、ジュンイチはムチに引っ張られて海中へ――くそっ、相手が水中じゃ、俺は手出しできねぇじゃねぇか!







「……おい、モモタロス」

「あん?」

「確かお前も、あんな感じで水中に引きずり込まれたことがなかったか?
 具体的にはウラタロスの初陣の時のクラストイマジン相手に」







 るせぇっ! ヤなこと思い出させるんじゃねぇよ!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「よくもやってくれたわね!
 珠のお肌に火傷なんか残ったらどうしてくれるのよ!?」







 純度にもよるけど、基本的に水中では空気中よりも音の伝わりがいい――と、いうワケで、シャチイマジンの苦情がムダに高音質で聞こえてくる。

 ちゃんと言葉になってるのは、きっとアイツが水棲生物シャチをベースにしているせいだろう。言いボケ返したくても、オレじゃ泡をガボガボ吐き出すばっかりで言葉にならねぇ。



 ……誰だ。今「お前ならエラ呼吸くらい簡単にできるだろ」と思った読者ヤツは。やりたくねぇんだよ、悪いか。







「けど、水中に引きずり込んじゃえばこっちのものよ!
 さすがのあなたも、水の中じゃ炎は使えないでしょ!」







 言って、シャチイマジンが突っ込んでくる。とっさに爆天剣でガードを固めて――







「遅いわよ!」







 目の前からシャチイマジンの姿が消えた。気配を感じた方へ振り向こうとしたけど、まったく間に合わず背後から一撃をもらう。

 さらに、バランスを崩したところへ今度は正面から一撃。続いて右から、左から……

 くそっ、水中じゃさすがに動きが鈍るか……アイツの動きについていけねぇ。











 ……しょうがない。











 今さら言うまでもなく、こんなところで不必要に殺されてやるつもりなんかない。なので、早々にこの場を脱出させてもらう。



 そう――アイツはひとつだけ読み違った。

 オレは確かに、炎を“使って”戦う“炎”属性のブレイカーだ。

 けど……厳密に言えば、オレが“操って”いるのは炎じゃない。



 オレが操ってるのは――







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 …………む?



「どうしたよ?」

「水中の……海水の流れが変わった」



 尋ねてくるモモタロスに気づいたことを端的に伝える――その時だった。

 突然、海面が盛り上がり、爆ぜたのは。

 とっさに踏んばり、巻き起こった衝撃“と水蒸気”をガードする――これは、まさか!?







「どっ、せぇいっ!」







 ……やはりか。

 爆ぜた海中から柾木ジュンイチが飛び出してきた。担ぐように捕まえていたシャチイマジンを桟橋に向けて投げ落とし、自身はオレ達の前に着地する。



「ふぅっ、危ねぇ危ねぇ」

「ジュンイチ、お前……?」



 息をつく柾木ジュンイチの姿に、モモタロスがうめく――大方、ヤツが何をしたかわかっていないんだろう。



「…………っ、く……っ!」



 お、シャチイマジンも起き上がったか。とりあえず、今何が起きたのかを一番理解しているのはヤツだろうが、果たしてオレの読み通りか……



「あなた、なんてムチャを……っ!
 自分を中心に水蒸気爆発を起こして、その一瞬で脱出するなんて……!?」



 正解。

 やはり、そういうことだったか……



「……水蒸気爆発って、何だ?」



 …………となりのヤツには、そこから説明してやらなければならんらしいが。



「簡単に言うと、水蒸気爆発とは水が急激な温度上昇によって一瞬にして沸騰、蒸発し、水蒸気となることで起きる爆発現象のことだ」

「は? 蒸発? 『爆発』だろ?」

「……1リットルの水が水蒸気となった際、何倍の体積になると思っている?
 水は蒸発して気体となると、その体積は一気に増す――そうして一気に膨張する様はさながら爆発の如し……そういうイメージで考えればだいたい正解だ。
 実際、高温を伴って衝撃と煙を周囲にまき散らす――爆発と何ら変わるものではないしな」



 説明しながら、柾木ジュンイチへと視線を戻す。



「そして……柾木ジュンイチはその水蒸気爆発を利用した。
 自分の周囲の海水を一瞬にして沸点以上まで加熱。それによって水蒸気爆発を起こし、海水を水蒸気に変える。
 自分に接している海水すべてを蒸発なんてさせてみろ。周囲の海水すべてが水蒸気となり、一瞬だけではあるが、ヤツの周囲から“液体”という形では海水が存在しなくなる。
 そう――ほんの一瞬、“水中に空間ができる”んだ」



 そうなれば後はヤツの独壇場だ。わずか一瞬であろうが、空中=水中でない場に身をおくことができれば、ヤツの技量なら炎をその身にまとうには十分な時間だ。

 ヤツの操る炎の熱量なら、寄ってくる海水を片っ端から蒸発させていくことも不可能ではない。さすがに長時間その状態を維持することはできまいが、脱出するまでのわずかな時間くらいなら稼ぐことができるというワケだ。



「悪いな。
 オレは炎使いであって炎使いじゃない――正確には“熱エネルギー使い”なんだ。
 炎と違って、熱は水中でも放出できる。オレの操る熱量なら、気合次第で水蒸気爆発を起こすことも不可能じゃないんだよ」

「簡単に言ってくれるわね……
 一瞬で周囲の海水を蒸発させるなんて、どれだけの熱量が必要だと思ってるのよ……!?」



 うめくシャチイマジンには全面的に同意したいところだが……相手が自他共に認める“チート・オブ・チート”柾木ジュンイチだということを忘れてはいけない。

 何しろコイツ、炎を通り越してプラズマ化するほどの熱量ですら、周囲への放射熱も含めて完璧にコントロールできるからな。



 ――まぁ、それはともかく、だ。



「おい、二人とも」

「あぁ。
 言われるまでもなく、気づいてるぜ」

「出てきなさい――そこに隠れてるヤツ!」



 何だ、気づいていたのか。

 オレのかけた声に柾木ジュンイチとシャチイマジンが答え――放たれた炎がすぐ脇の茂みを爆砕。そこに打ち込まれたムチが、その向こうに隠れていた者達をオレ達のいる海沿いの遊歩道へと叩き出した。







「ぎゃんっ!?」

「ぐふっ!?」

「どむっ!?」







 叩き出されてきたのは――モールイマジン。その数三体。

 ……しかし今のうめき声は何だ。どこの公国軍のモビルスーツだ。三人目とかムリヤリすぎるだろ。



「モグラ野郎ども!?
 ってことは、ネガショッカーか!?」



 モモタロスの上げた声に、思考をくだらないツッコミから現実へと引き戻す。

 そうだ。コイツらはネガショッカーの尖兵だ。ということは今回の一件、ネガショッカーが絡んで――



「何? またあなた達なの?」



 ……どうやら違うらしい。シャチイマジンのヤツ、モールイマジンどもの登場に心底うんざりしている様子だ。



「いい加減あきらめなさい。
 私はあなた達の、ネギショッカーとかいう組織に入るつもりはないのよ」

ネガショッカー、な」



 素で間違えたのかボケたのか、はたまたイヤミか――とりあえず三つ目の理由だと思いたいが、その辺今ひとつ判断の難しいシャチイマジンの発言にとりあえず訂正を入れておく。



「そうはいかないな!」

「何としてもお前を連れてこいって命令なんだよ!」

「オレ達と一緒に来てもらうぜ。
 なに、アンタほどの実力なら、かなり高い時給で雇ってもらえるだろうよ」



 ……どうやらネガショッカーの給与形態は時給制のようだ。心底どうでもいいが、正規雇用ならせめて日給で雇ってやれよ。



「モテモテだねー、おたく」

「うるさいわよ。
 こんな連中にモテてもうれしくないわ」



 心底うざったいのだろう。茶化す柾木ジュンイチに答えるシャチイマジンは本当にイヤそうだ。



「まったく……あなた達、いったい何人つぶされればあきらめてくれるのかしらね?」



 改めてイヤそうにシャチイマジンがつぶやいて――その次の瞬間、ヤツの振るったムチがモールイマジンの内一体の首に巻きついていた。

 力任せに引っ張られ、不意を突かれたモールイマジンが放物線を描きながらシャチイマジンのもとへと引き寄せられて――







「フンッ!」

「ぐわぁっ!?」







 シャチイマジンの手刀がその身体を貫いた。一瞬の間を経て、モールイマジンの身体が爆散する。







「なっ!?」

「きっ、貴様!?」







 その光景に、残り二体のモールイマジンの間に一瞬動揺が走り――その一瞬で、二体まとめてシャチイマジンのムチに絡め取られていた。



「学習してないわね。
 “あなた達以前に私を引き抜きに来たお仲間がどうなったか”、聞いてなかったワケじゃないでしょうに」



 告げるシャチイマジンの手からムチに“力”が注ぎ込まれていくのがわかる――“力”を帯び、鋭い斬れ味を得たそれをシャチイマジンが引き、二体のモールイマジンは全身を粉々に引き裂かれ、爆散した。



「まったく、いつもいつもジャマな連中ね」



 もう連中に興味はない――そう言いたげな様子で吐き捨てると、シャチイマジンはこちらへと向き直り、



「さて……まだやるのかしら?」

「オレはかまわねぇけどさ、そっちはもうオレ達とやり合う理由はないんじゃない?
 先行した恭文はともかく、オレ達の足止めって役目はもう十分果たしただろ」



 柾木ジュンイチの言う通りだ。



 足止めされている時間が長すぎた。恭文のスピードなら余裕でエグゼ・ビッグファーストを捕まえているはずの時間がすでに過ぎている。

 それでもなお逃げおおせているとすれば、それは恭文がヤツを見失ったということに他ならない――今から合流したところで、オレ達にできるのは“追跡”ではなく“捜索”だ。



「そうね。
 じゃあ、私はこれで失礼させてもらうわ」

「そうしてくれ。
 今回のことで、ロッド・グラントを直接狙ってるのはお前とエグゼのオッサンだけだってことがハッキリした――お前らだけを警戒すればいいんだ。今後は楽させてもらえそうだ」

「って、おい!?」



 まさか、逃がすつもりか!?



 柾木ジュンイチの言葉に思わず声を上げるが――すでにシャチイマジンは傍らの海に向けて飛び込んでいた。

 水しぶきと共にヤツの身体が海中に没し、気配が遠ざかっていく――柾木ジュンイチ!



「お前、どういうつもりだよ!?
 みすみすあのイマジン逃がしやがって!」

「あー、ちょいと思うところがあってね」



 オレに代わってくってかかるモモタロスを軽くあしらうと、柾木ジュンイチは懐から黒い宝石を取り出した。

 ヤツのデバイス、蜃気楼の待機形態だ。



「蜃気楼、ちょっと照会してもらえるか?
 今回の事件の捜査資料と証拠品って、全部六課に送られてきてたっけ?」

《いいえ。
 捜査資料と証拠品の鑑定データはすべて送られてきていますが、証拠品の現物は保全の関係上すべて初動捜査を行った所轄部隊に保管されています。
 現物と捜査資料を照らし合わせたいのであれば、直接所轄部隊に出向く必要がありますが》

「そっか。
 じゃ、その旨でアポ取っといて」

《了解いたしました》

「……どういうことだ? 柾木ジュンイチ」



 勝手に話を進める目の前の男に口をはさむ――対し、ヤツは平然と答えた。



「んー……」







「少し、確かめたいことができた」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「きゃあっ!?」

〔ふぎゃんっ!?〕







 敵の怪人の振り上げた右拳が胸を捉えて、吹っ飛ばされる――いたたっ、すっごく痛いんだけど!?



「ココアちゃん、メープル! 大丈夫!?」

「大丈夫大丈夫っ!」

〔勝負はこれからなのじゃっ!〕



 声を上げるイヌイマジンにココアちゃんと一緒に答えて、立ち上がる――んだけど、実はちょっぴりマズイかも。



 だって、いくら必殺技をぶち込んでも平気な顔してるんだもん。正直、どうすればコイツをやっつけられるのか見当もつかない。

 向こうだって、だんだんこっちの動きに慣れてきてるし。このままじゃ……







〔メープル!〕

「――――っ!? しまっtきゃあっ!?」







 対策を考え込んでたのがマズかった。ココアちゃんの言葉に我に返った直後、突っ込んできた敵の体当たりでブッ飛ばされる。

 そのまま、敵は引き続き吹っ飛ばされたわたし達に向けて突っ込んでくる――やられる!?

 思わず目をつぶっちゃう――ぶんっ! と聞こえた音が、敵が一撃のために右手を振り上げたことを教えてくれる。



 そして――











「でぇりゃあっ!」



 そんな咆哮と共に……敵怪人の方が吹っ飛んだ。











 ………………って、あれ?

 突然入った横槍――いきなりの蹴りを受けて、敵怪人は真横にゴロゴロ転がっていく……何事?

 とりあえず、蹴りをぶちかました足の主を見て……わたしがその姿を認識するよりも早く、イヌイマジンの声が上がる。



「……ネコさん!?」

「レオの旦那……コイツらはオレが倒すって言っといたのに、ネガタロスに伝えてなかったのかよ!?」



 そう、ネコイマジンだ。声を上げたイヌイマジンをギロリとにらむと、本当に不機嫌そうに言いながら、わたし達を守るように仁王立ち。

 …………そう。“わたし達を守るように”。



「わたし達を助けに来てくれたんだね!?」

「やっぱりボクらの味方なんだね!?」

「カン違いすんじゃねぇよ。
 オレはお前らの主人をブッ殺すのが仕事なんだ。獲物を横取りされたらたまらねぇ……捕食動物の狩猟本能ナメんな」



 うんうん。わかってる。わかってるよ。

 マンガでよくある「お前を倒すのはこのオレだ!」なノリだね!

 そうやってツンツンしていながら、実はわたし達のためにっていうアレだよね!? もう、相変わらず素直じゃないね! いよっ、このツンデレさんっ!



「誰がツンデレだっ!?
 つか、ンな言葉どこで覚えやがった!?」

「六課のみんながよく言ってるよ……主にティアナお姉ちゃんとかがみお姉ちゃんに向けて」

「……その二人とはすごく気が合いそうな気がするぜ……
 つか、年端もいかねぇガキどもに何吹き込んでんだ、あの部隊……」



 ……ネコイマジンはなんだか不満っぽい。何が不満なのかはわからないけど。



「まぁ、いいや。
 それよりも、だ……」



 けど、それについてアレコレ言うのはやめたみたい。ネコイマジンは改めて敵怪人へと向き直って、



「…………逃げるぞ」







 ………………はい?







「逃げるの?」

「オレ達じゃアイツは殺せねぇ。
 適当に何発かぶち込んで、ひるんだところで逃げるんだよ」

「でも……」



 このまま逃げちゃうのはなんか悔しい。ぜんぜん負ける相手じゃないのに、ちっとも勝てなかったんだから特に。



「ムキになってんじゃねぇよ。
 てめぇらの目的はコイツを倒すことじゃねぇだろ」

〔むぅ……そうじゃの。
 メープル。ここは一旦引き上げじゃ〕

「ココアちゃんまで……」



 ネコイマジンだけならともかく、ココアちゃんまでそう言うなら、しょうがないかな……

 けど、問題は……







「き、来たよ!」







 向こうが逃がしてくれるか、だ。イヌイマジンが叫んだのと同時、敵怪人がわたし達に向けて突っ込んできて――











「ガァッ!?」



 “敵怪人の”悲鳴が響いた。











「――って、へ?」



 一瞬のことだった。突然、敵怪人が身体のあちこちから火花を散らしながら後退、そのまま後ろにひっくり返ったんだ。

 えっと、何が……?

 ワケがわからないわたし達の目の前で、敵怪人はゆっくりと立ち上がって――







「ガァッ!?」







 またまた、その身体のあちこちから火花が散る。

 これって……



〔銃撃……?〕



 ココアちゃんがつぶやいた、その時だった――今度は銃声がハッキリ聞こえた。同時に敵怪人の身体のあちこちから火花が散って、もう一度後退させられる。

 そして――銃声の聞こえてきた方に、ソイツはいた。







「……仮面、ライダー……!?」







 そう。仮面ライダーだ。

 アンダースーツは紫……ううん、赤紫……マゼンダ、でいいいのかな? その上に銀色の、ひし形を基本デザインに取り入れたプロテクターが装着されている。

 マスクには角のようにも見える、複眼にかぶさるように貼られた二枚のプレート――二枚合わせて見るとひし形に見えるよう、底辺をそろえて左右に頂点を向ける形で配置されている。

 そんなひし形デザインな仮面ライダーは、手にした銃をかまえて――撃った。銃弾を浴びて、敵怪人はまたまた後ろに後退させられる。

 しかも今度は銃撃は止まず、ひたすら撃ってくる。どんどん敵怪人は後退していって――







「何ボサッとしてるの!?
 巻き込まれたくなかったらさっさとどくっ!」

「は、はいっ!」







 怒られた。

 あわててわたし達がどくと、ライダーさんは銃の後ろに手をかけて――引き出して、広げた。

 扇を開くように円状に開いたフィン……ううん、フィンじゃない。扇状に並んだカードホルダーだ。

 その中からカードを二枚引き抜くと、ライダーさんはそのカードを一枚ずつ銃にそえて、引く。







【ドロップ】

【ファイア】








 たぶん、カードをそえた辺りにスラッシュリーダーがあったんだと思う。銃がカードを読み込んで――











【バーニングスマッシュ】



「いっけぇっ!」











 ライダーさんが跳んだ。空中で縦方向に一回転、左右の足を立て続けに敵怪人の脳天に叩き込む!

 まともにくらって、後ろによろめいた敵怪人がひっくり返る……あれ? 腰のベルトのバックルが左右に開いて……?

 わたしが首をかしげていると、ライダーさんは銃のホルダーとは別のところからカードを取り出した。

 一方の面に何も描かれていない、いわゆるブランクカードだ。それを敵怪人の方に投げて――ウソ、吸い込まれちゃった!?

 カードはまるでブーメランが戻っていくみたいにライダーさんのところに。キャッチしたそのカード、真っ白だったはずの面には何かの絵柄が浮かんでいるのが見えた。



〔……終わった……のかえ?〕

「うん……たぶん……」



 ココアちゃんに答えて、デンオウベルトを外す――変身を解除して、ココアちゃんの“中”から出る。



「助けてくれて、感謝するぞ。
 正直言って困っておったのじゃ。いくら攻撃しても死なぬからのぉ」

「ま、コイツらのことを知らないんじゃしょうがないわよ」



 お礼を言うココアちゃんに対して、ライダーさんはそう答えた。



「コイツらは“アンデッド”。その名の通り、不死の怪物よ。
 どうやっても殺せないから、こうしてカードに封印するしかない――コイツらを殺せるのは“世界の破壊者”……世界のことわりを“破壊”できる“ディケイド”くらいものだわ」



 言って、ライダーさんはわたし達に背を向けて、



「アンタ達の手に負える相手じゃないわ。今だって、あたしが出てこなかったら危なかったでしょ?
 悪いことは言わないわ。コイツらに出くわしたら、素直に逃げなさい」



 言われたことは明らかな戦力外通知――だけど、悪い気はしない。

 だって、「わたし達が相手をするのは危ないから」「ムリしないで」って言いたいんだって、なんとなくわかるから。

 ちょっと態度はキツそうだけど、優しい人なんだ……



「じゃ、あたしは行くから」

「ま、待って!」



 だから、かな……気づいたら、呼び止めてた。



「…………何?」

「あ、えっと……
 名前……聞いていい? あぁ、言えないなら、せめてライダーとしての名前だけでも!」

「……仮面ライダー、ギャレン」



 それだけ名乗って、ライダーさん……ギャレンは、今度こそ立ち去っていった。

 ギャレン、か……それだけわかれば、恭文くん達から詳しい話を聞けるね、きっと。



「ふーむ……」



 ……って、どうしたの、ココアちゃん?



「うむ、あのギャレンというライダーじゃが……少し、声に聞き覚えがあるような気がしての……」

「聞き覚えが……?」



 そういえば、わたしも聞き覚えが……どういうことだろ?

 まぁ、そっちも気になるけど……



「そっちも気になるけど……さっきのアンデッド、やっぱりココアちゃんを狙ってきたんだよね?」

「つまり……ネガショッカーが、ということか?」



 そう。さっきのアンデッドがわたし達を狙ってきた理由だって気になる問題だ。わたしのつぶやきにココアちゃんが聞き返して――



「…………ん?」



 イヌイマジン……どしたの?



「……あのアンデッドがココアちゃん狙いだったとしたら、当然ココアちゃんを殺すつもりだったんだよね?」

「あー、うん、たぶん」



 それがどうかしたの?



「……殺す……つもり……」



 …………イヌイマジン?



「じゃ、オレも帰るわ」



 って、ネコイマジン!?



「言ったはずだぜ。オレはお前らの仲間じゃねぇ。
 あばよ!」



 言って、ネコイマジンは大きくジャンプして、そのまま去っていってしまった。



「…………殺す……つもり……」



 で……イヌイマジン、いつまでソレやってるつもり?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「説得は、ムリだったか……」

〈すまん、オレのミスだ〉



 報告を受けてつぶやくビッグコンボイに、マスターコンボイが通信ウィンドウの向こうで頭を下げる。



〈とにかく、僕らは引き続きビッグファーストを追うよ〉

「うん、頼むな」



 恭文に答えて、通信を切る――三歩進んで二歩下がる、っちゅうところかな。

 まぁ、犯人の後ろにネガショッカーがおらんってわかっただけでも収穫か……ちょっかいは、出してきてるみたいやけどな。



「だが、例のマント男については何もわからないままだぞ。
 今回はエグゼ・ビッグファーストの逃亡を手助けし、恭文の前に現れた」

「せやな……
 ハイパー瘴魔獣を連れてたっちゅうことは瘴魔神将なんか、それとも仲間に神将がおるんか……」



 こっちについては、まだまだ情報不足やな。

 もうちょい、何かわかるとえぇんやけど……そううまくはいかへんか。



 それはそうと……



「あー、シグナム。
 さっきから難しい顔して……どうかしたんか?」

「あ、いえ……
 今回の一件、どうにも居心地が悪くて……」



 ほほぉ、シグナムがそんなんなるやなんて珍しいなぁ。



「法の裁きを受け、罪を償えば、人はまた新しい人生を歩んでいける……
 そして、その償った罪を持ち出して復讐に走るのは間違っている……それはわかってます。
 しかし、共に恭也と結ばれた知佳が子供を授かり、ゆくゆくは私も再び親となる……そう思うと、どうしてもエグゼ・ビッグファーストの方にも、感情移入してしまって……
 ダメですね。騎士としても、局の一員としても、私はまだまだ半人前のようです」

「んー。確かに、騎士たる者がそんなハッキリ結論出せんようじゃあかんし、局員として犯人に必要以上に肩入れするんはよくないな」

「えぇ……」



 私の言葉に、シグナムは自嘲気味に笑う……だけど、



「でもな、シグナム。
 人としては、それはむしろ正しい迷いやと思うで」

「主はやて……」

「騎士として、局員として、法のもとにビッグファーストを止める。
 そして……同じ“親”として、これ以上ビッグファーストの愛情を血に染めたらあかん。
 つまりは、そういうことや」

「……そうですね。
 ありがとうございます、主はやて。おかげで気分が楽になりました。
 では、そろそろ交代部隊の指揮に就かなければなりませんので、私はこれで」

「あー、書類仕事手伝わせて悪かったなー」



 私の労いに軽く頭を下げると、シグナムは部隊長室へやを出ていった……ふむ。



「はやて……?」

「シグナム、仕事の中でもずいぶん人間味が出てきたなー、ってな。
 前はこういう事件でも、もっとガチガチなマジメさんの対応やったはずやのに」

「本人も言っていたように、やはり家庭を持ったことが大きいのだろうな。
 ただ守るのではない。愛し、守る者を得たことで、ビッグファーストのように愛情ゆえに道を誤ってしまった者に対する理解も深まった……そんなところだろう」

「せやな」



 ビッグコンボイに答えて、軽く息をつく。



「ほなら、そんなシグナムを安心させたるためにも、今回の事件、さっさと解決させたらなな」

「あぁ」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 あれから一晩探して、結局発見できなかったか……

 トゥデイの運転席で、朝食として買ってきたあんぱんをほおばる。

 よくかんで、牛乳で一気にのどの奥へと流し込む――にしても、張り込みにはあんぱんに牛乳なんて組み合わせ、誰が定番として確立させたんだろうね。



《それはきってアレですよ。某真選組の山崎さんの某張り込みネタから……》

「いや、もっと前からあるでしょ」



 バカな話をアルトとしながら張り込み続行――そう、張り込みだ。

 あのマント男のせいで、ビッグファーストを完全に見失っちゃったからねー。新しいアジトの手がかりもないし、仕方がないからロッド・グラントを狙って現れることに期待して、グラント夫妻の住むアパートのそばで張り込むことにしたのだ。

 前二件の手口からして、本人が直接出てくる可能性は低いけど、少なくともシャチイマジンは出てくるはず。アイツを捕まえることができれば、居場所の手がかりくらいはつかめるかもしれない。



 ちなみに、後ろではローテーションの結果深夜の時間帯に見張ってた二人――マスターコンボイと、着ぐるみを脱いだモモタロスさんが雑魚寝中。

 となりの助手席でも……



「……良太郎さん、寝てていいですよ。
 順番に監視して、順番に寝る……そのためのローテーションなんですから」

「――――っ、だ、大丈夫……」



 僕の前の順番だった良太郎さんが眠気と格闘中。ムリせず休んでくれていいのに。



「そういうワケにもいかないよ。
 エグゼさんは、何が何でも止めないと……
 それに、ジュンイチくんがいないんだから。その分別の誰かががんばらないと……」



 そう。この場にジュンイチさんはいない――昨日のあの戦いの後、「調べたいことがある」とか言い出して別行動中。

 その“調べたいこと”が何なのかは教えてくれなかった。相変わらずの秘密主義だよね、まったく。



《未確定の情報を流して、私達を混乱させたくはないんでしょうけどね。いつものことじゃないですか》

「それにしたって、疑問点くらいは共有したっていいじゃないのさ」



 アルトに答えて、もう一口あんぱんをほおばる。

 ホント、今頃どこで何調べてるんだろ……?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「最初の事件現場を調べてますが何か?」

「ジュンイチくん……?」



 気にしないで。電波を受信しただけだから。

 首をかしげるリンディさんに軽く手を振り、“調べごと”を再開する。



 今いるのは今回の事件の現場のひとつ……最初のひとり目が血みどろで発見された場所。とあるレールウェイの高架下だ。

 そして、ここが銃撃現場でもある――発見直後の鑑識作業で貫通していた銃弾も、硝煙反応も見つかってるし、そこは間違いない。

 最初は現場保存を優先したがる所轄部隊が渋って、六課の名前を出してもなかなか入れてくれなかった――リンディさんがここにいるのはそのため。提督権限で押し切ってもらいました。



「でも……どうしてここを調べようって?」

「“現場百回”ってヤツだよ。
 ちょっとばかり、気になることがありましてねー」

「肝心なその“気になること”の正体を聞いてないんだけど?」



 当たり前だよ。言ってないんだから。



「でも……その疑念はどうやら確かなものだったらしいね。
 何しろ、オレ達以外にもここを調べに来た連中がいるみたいだし」

「え…………?」



 気づいてないリンディさんに、アゴでしゃくって指し示す……高架の支柱からのぞく、身体隠して髪隠さず状態の赤い髪を。

 ……ついでに反対側からハチの羽に犬の尻尾まで。いやもう、どちらのご一行が隠れてるかわかりやすすぎる。



「出てこいよ、万蟲姫。
 一時はウチに居候してた身だろ。今さら遠慮する立場でもないだろうに」

「はうっ!?
 ……さ、さすがは柾木ジュンイチなのじゃ! よく見つけたのじゃ!」



 はいはい、お約束お約束。強がって姿を見せた万蟲姫や、その後に続いてゾロゾロと出てくるメープルやイヌイマジンの姿に軽くため息。



「その様子だと、お前らもこの一件、おかしなところがあるのに気づいたみたいだな」

「当然じゃっ!
 わらわ達を何だと思っておる!?」

「バカ軍団」

「即答ぅ――っ!?」



 日頃から即答しないでもらえるような言動してねぇだろ、お前ら。



「うぅっ、いつも知的でくーるなキャラを意識しておくべきであったか……
 っと、そうではなくて……この事件のおかしなところについて、じゃったな」



 あー、はいはい、答え合わせね。じゃ、そちらさんからどーぞ。



「えっと、最初に気づいたのはパトラッシュ(仮)なんじゃ……説明してもらえるかの?」

「あ、うん……
 今回の事件の犯人だって言うエグゼさんって、お医者さんなんだよね?
 お医者さんってことは、当然人の身体の構造はよくわかってるはずだよ……“治し方”だけでなく、“壊し方”も」

「まぁ、よく聞く話ではあるわね」



 万蟲姫に促されたイヌイマジンの説明に、リンディさんがひとまずうなずく――続いて、そこにオレがたたみかける。右でVサイン……カウントの「2」を示しながら。



「二つ目……これはヤツと直に対面してのオレの個人的な印象になるんだけど、ヤツの復讐心と殺意は間違いなく本物だと思う」

「で、あろうの……
 彼の身体のことは聞いている。本気でなければ、末期ガンの身体で今しているようなムチャはすまい」

「そう……よね」



 万蟲姫とリンディさんが納得するけど……まだ終わりじゃない。Vサイン中の右手、その薬指を立てて「3」を示す。



「そして、次に手口についてだ。
 シャチイマジンが連れ去って、それを撃ってる……普通、連れ去る上で、逃げられないように動きは封じるよな?
 もちろん、連れ去った先で拘束を解く理由もない――つまり、被害者はロクに抵抗できないままビッグファーストにめった撃ちにされたはずだ。
 ……さて、リンディさん。今の話で、おかしなところがあったはずなんだけど?」

「え? えぇっ!?」



 その『えぇっ!?』は、いきなり話を振られたことによる動揺……と思っていいかな? 素でわかってなかったら、管理局の提督としてバカすぎるだろ。



「あのねぇ……
 “人の壊し方を熟知している医者”が、“明確な殺意”のもとに“動けない無抵抗の相手”を撃ったんだぜ。
 なのに……」











「なんで、先に撃たれた二人、死んでないんだろうね?」











「………………あ」



 オレに続いたイヌイマジンの言葉に、リンディさんが間抜けな顔で止まる……ようやくお気づきですかい。



「確かに、言われてみれば変ね……」

「だろ?
 相手は動けないんだ。人体の急所を知り尽くしているビッグファーストなら急所に銃弾ぶち込み放題。殺意全開な以上、その辺ためらう理由もないしな。
 なのに……いざ撃たれた二人を見てみれば、ICU送りの重傷ではあるけど二人とも生きてる……」

「実は殺すつもりなんかなくて、じっくり痛めつけて、自分のしたことを後悔させてやるつもりだった……という話なら、まだそれも納得いくのじゃが……そうなると、銃撃という手段そのものが逆に不自然じゃ」

「不自然……?」

「だって、拳銃って魔法と違って非殺傷設定が利かないでしょ? ヘタなところを撃ったら、後悔させる前に死んじゃうよ。
 それに、ビッグファーストさんはお医者さんだもの。痛めつけるのが目的なら、拳銃なんか使うよりももっと楽で痛い方法なんていくらでも思いつくんじゃないかな?
 なのに、人を苦しめるよりも殺すことに特化した、拳銃という方法をあえて選んだ……もう殺すつもりだったとしか思えないよ」



 万蟲姫の言葉に首をかしげるリンディさんにはイヌイマジンが答える。



「だから……ジュンイチくんも万蟲姫達も、もう一度最初から調べ直そうと、ここへ……?」



 リンディさんの言葉に、万蟲姫と二人でうなずく。



 しかし、万蟲姫達も今回の事件の違和感に気づいたか……

 その一方で、六課側で調べに動いたのがオレだけってどうなのよ? リンディさんですらこの有様だもんなぁ。

 恭文や良太郎、ウラタロス……あと侑斗あたりは、口に出してない、調べに動いてないだけで『おかしい』とは思ってるだろうけど、本職の局員組、明らかに気づいてる様子がないもんなぁ。一度、本気で頭の方を鍛える訓練でも考えてみなきゃダメかな?

 よし、とりあえずコナンとか金田一少年とか古典部シリーズとか読ませて真相当てクイズでもやらせてみよう。食い物で釣ればやる気も出すだろ。餌付けはバッチリ済んでることだし。



 まぁ、それは後で具体案を詰めるとして……今は目の前の事件の方だ。



「わらわ達はここを調べるくらいしか思いつかなかったが……柾木ジュンイチよ。お前はすでに何かしら動いているのではないかえ?」

「まぁな。
 手始めに昨日、所轄の部隊に出向いて発見された銃弾を再鑑定してみた。
 で、これがその結果ね」



 言って、問題の鑑定結果のデータを表示して――リンディさんや万蟲姫、でもってイヌイマジンが顔をしかめた。

 まぁ、そういう顔になる気持ちはわかる。何の事前情報もなしに“それ”を見せられて、一から十まで理解できるヤツがいたらぜひお目にかかりたい。

 ……とりあえず、『一から十まで』の“一”どころか、ツッコむべきところすら理解できずに周囲に『?』マークをばらまいてるメープルよりはマシだから安心しろ。



「銃弾に、塩分の痕跡……?」

「しかもこの分析結果……『海水が蒸発したものと思われる』って……」

「でも、ここは海から離れた市街地……どうして海水なんかが銃弾に付着するのじゃ?」

「だよねー。普通はそう思うよねー」



 実際、オレの再鑑定に立ち会った所轄の連中もそれを見て首をひねってた。



 でも――だ。



「お前ら、ひとつ忘れてる。
 エグゼ・ビッグファーストには、誰が手を貸していたっけ?」

『――――っ!
 イマジン!』

「さらに言うならシャチのイマジン。
 シャチと海水……ほら、つながった」



 前に良太郎達と戦ったホエールイマジンは、クジラの潮吹きになぞらえた、海水噴射による水圧攻撃能力を持っていた。

 同じ海棲かいせい哺乳類ほにゅうるいであるシャチのイマジンなんだ。潮吹きはシャチの生態上
パワー不足としても、海水にちなんだ何かしらの能力を持っていても、別におかしな話ではないはずだ。



「でもって……ほら、ここ」



 そして――今新たに見つけた“証拠”をみんなに見せる。

 アスファルトに刻まれた、いくつかの小さな穴だ。

 人さし指が第一関節まで入りそうなくらいの深さと大きさで、しかもかなり新しい破壊痕だ。



「蜃気楼」

《すでに分析は終えています。
 ……やはり、海水で濡れた痕跡があります。考えられるのは……》

「海水で作り出した、圧縮水弾……」



 海水はともかく、圧縮水弾自体は水を操る能力者にとって割とポピュラーな攻撃だ。

 水ってのはその在りようによっては案外攻撃的な一面を見せるからな。俗に言う“水害”に分類される災害は言うに及ばず、深海の水圧は地上に生きるオレ達の想像をはるかに超える破壊力だし、条件次第では地球上でもっとも硬い自然物質であるダイヤモンドを容易に破壊できる。

 身近な生活の中で言えば高圧洗浄機なんかがいい例だ。腕力にモノを言わせてゴシゴシこすっても取れない汚れを容易に吹き飛ばす。それもまた高圧水流が持つ威力のなせる業ってワケだ。



 圧縮水弾はそういった水の攻撃的な側面をもっともストレートに体現した技と言ってもいい。水の圧縮次第で弾丸の硬度を自在に変えられることから、この技ひとつだけで活殺自在な便利技だ。

 実際、うちの鈴香さんだって使えるし、瘴魔にだってザインはもちろん、“水”属性の連中にはこの技を使う瘴魔獣がベースの生物を問わずゴロゴロしていた。

 そんな便利な技、イマジンの中にも使えるヤツがいても不思議じゃない……シャチイマジンがそのクチだったっていうだけの話だ。



「それで……数は?」

《5発分。
 マスターの考えた通り、“ひとり目の被害者の被弾数と一致します”》

「ますます、仮説が確信に近づいたな……」

「『仮説』……? 『確信』……?
 いったい何なの? あなたの仮説っていうのは」



 尋ねるリンディさんに対して、軽く息をつく。

 そのものズバリを教えるのもなんだか物足りないので、遠回しにこう答える。



「つまり、だ……」







「あのシャチイマジン、案外倒さなきゃならないような悪いヤツじゃないのかもしれない」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……ふわぁ〜あ……
 よく寝……れはしなかったけど、少しは楽になったぜ」



 まぁ、狭いトゥデイの車内じゃ眠るにも限度がありますよね。

 張り込みみたいな目立ち厳禁の仕事じゃなかったら、マスターコンボイにビークルモードになってもらってその中で仮眠……ってのもアリだったんですけど。

 と、ゆーワケで、仮眠を取っていたモモタロスさんが復活。

 となりのマスターコンボイも……



「……ん〜……ぁ〜……ぅ〜……」



 ……うん。こっちはまだ少しかかりそう。



《まったく、この人の寝起きの悪さは相変わらずですね》

「うーん……」



 正直、フォローの言葉が見つからない。

 でも、早く起きてほしいところだ。いつビッグファーストなりシャチイマジンなりが現れるかわかったものじゃないんだから。

 ほら、現に今、シャチイマジンが何やらあわてた様子で目の前を走っていったし……



 ………………

 …………

 ……



『《……いたぁぁぁぁぁっ!》』

「わぁっ!?
 あ、あなた達、そんなところに!?」

「ぅおっ!? 何だ何だ!?」



 向こうも僕らに気づいていなかったらしい。僕らの上げた声にシャチイマジンが驚いて……ついでにマスターコンボイが起きた。



「やっぱり、グラントさんを狙ってきたんだね!」

「悪いけど、やらせないよ。
 ビッグファーストの境遇には同情するけど、だからって復讐を認める理由にはならないもの」

「くっ、あなた達の相手をしてるヒマはないのよ!」



 良太郎さんと僕に答えて、シャチイマジンが見るのは――アパートから出てきたロッド・グラント。

 奥さんもいる――しまった、もうあの人達の出勤の時間か!

 こうなったら、ますますシャチイマジンを行かせるワケにはいかn











「早くしなきゃ、“彼が撃たれちゃうでしょ”!」











 …………へ?



 え、ちょっと待って。今、会話の流れが何かおかしくなかった?

 キミとビッグファーストは元々グラントを撃つつもりだったんでしょ? なのにそのあわて方はおかしくない?

 それに、“撃つ”のはキミじゃなくてビッグファーストでしょ? 今までの手口からして、彼がこんなところにノコノコ出てくるワケが……







「ロッド・グラントぉっ!」







 あったぁぁぁぁぁっ!?

 くそっ、やられた! シャチイマジンの方に気を取られて!

 すでにビッグファーストはグラントに向けて銃をかまえてる。別のところで張ってたスバル達も飛び出してくるけど、間に合うタイミングじゃなくて――







「死ねぇっ!」







 怒号と銃声が響いて――











「うぅっ!?」

「ジェシカ!?」



 銃弾は、グラントをかばった奥さん――ジェシカさんの左腕を貫いていた。











「――――っ!
 くっ、くっそぉっ!」



 その光景に、一瞬この場にいた全員の思考が止まる――僕を現実に引き戻したのは、仕留め損なったと気づいたビッグファーストの咆哮だった。

 もう一度グラントに向けて拳銃をかまえて――させるk











「ダメぇっ!」











 ――――――っ!?

 突然響いた悲鳴に思わず目を見張る。

 だって――その悲鳴の主がすっごく意外だったから。



 けど、その一瞬の動揺が僕の動きを鈍らせた。再びビッグファーストの拳銃が火を吹いて――







「させるかっ!」







 咆哮と同時、銃弾が弾かれた――マスターコンボイ、ナイス!

 マスターコンボイが、オメガを盾にして銃弾を防いでくれたんだ。

 銃撃が失敗したと悟ったのか、ビッグファーストはきびすを返して逃げようとする。当然僕らも追いかけて――



「行かせないわよ!」



 目の前を薙ぎ払うように振るわれたムチに、思わず足を止める――シャチイマジンか!



「私の契約者に、手は出させないわよ」



 ……やれやれ。



「まったく、どういうつもりなのか理解に苦しむね。
 そうやってあの人を守って、復讐に手を貸して。それなのに……」







「何で今、ビッグファーストがグラントを撃とうとしたのを『ダメ』なんて叫んで止めたのさ?」







 そう。さっきの『ダメ』って悲鳴、ビッグファーストに向けられたあの悲鳴を上げたのは、他ならぬ目の前のシャチイマジン……だからこそ、意外すぎて、驚いて、僕は動きを鈍らせちゃったんだ。



「………………」



 で、僕の問いに、シャチイマジンは視線を伏せて――







「――――――っ!
 散れ!」







 叫んだのはマスターコンボイ。その言葉に従って後ろに跳んで――シャチイマジンの周囲が薙ぎ払われた。

 言うまでもなく――シャチイマジンご本人の振るったムチによって。



「あなた達には関係のない話よ。
 ただひとつ言えるのは……私には、私のやり方がある。それだけよ」



 言って、シャチイマジンは跳躍。近くの住宅の上に跳び上がるとそのまま逃走に移る。

 本当なら追跡したいところだけど……どうせ追いかけたところでまたシャチイマジンがジャマしてくるに決まってる。

 どうせジャマされて追いかけられないなら……



「ジェシカ! ジェシカ!」

「大丈夫ですか!?
 すぐに救急車が来ますから!」



 ……撃たれたジェシカさんを抱きしめて動揺しているグラントをなだめて、彼女を病院に運ぶ方に回った方が、まだ建設的ってものだよね、うん。





















「ヤスフミ!」

「ジェシカ・グラントは無事か!?」

「二人とも、ここ病院」

「あ、ゴメン……」

「すまん、つい大声で……」



 まったく、このあわてん坊さんコンビめ。あわてん坊はサンタさんだけで十分なんだよ。

 ツッコまれてシュンとなるフェイトとイクトさんの姿に軽くため息――そう、僕らは今病院にいる。

 言うまでもなく、グラントの盾になって撃たれたジェシカさんの手当てのためだ。

 とりあえず、グラントは別室でこなた達カイザーズのみんなに任せておいたけど……



「それで……ジェシカさんは?」

「幸い弾は抜けてた。
 もう、手当ても終わる頃なんじゃないかな?」



 改めて尋ねるフェイトに答えるけど……くそっ、まずったなぁ……

 僕がいて、むざむざビッグファーストに撃たせちゃうなんて……

 シャチイマジンの言動に動揺したから、なんて言い訳にならない。そういう意外な展開を前にしても冷静でいなくちゃいけなかったのに……



「……それなんだけどね、ヤスフミ」



 ん? どれ?



「やっぱり……ムリがあったんだよ。
 今からでも遅くない。グラントさんにもすべての事情を話して、六課として身柄を保護すべきだよ」

「フェイトさん!」

「いや、みんなの気持ちはわかるよ。
 でも、こうしてグラントさんの前で事件が起きてしまった以上、もうごまかしも利かないだろうし……」



 声を上げたスバルにフェイトが答える……確かに、自分の身の周りで起きていることを断片的にも知ってしまった以上、何かしら話す必要はあるけど……











「…………わかりました」











 …………って、え?



「私が……あの人に話します」



 ――ジェシカさん!?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「なぁ……あの男は誰なんだよ!?
 なんで、うちのジェシカが撃たれなきゃならないんだよ!?」

「お、落ち着いてください、グラントさん……」

「なぁ……あんた達なら知ってるんだろ!? 教えてくれよ!」

「ひゃうっ!?」



 なだめようとしたつかさだけど、逆に肩をつかまれて揺さぶられてる……予想はしてたけど、つかさの癒しパワーでもムリだったか。

 私とかがみん、つかさとみゆきさん……我らカイザーズは現在休憩所でグラントさんを全力でなだめ中。

 けど……ぜんぜん落ちついてくれない。まぁ、奥さんを目の前で撃たれたワケだしね。



 それに……



「誰か教えてくれなきゃ、何にもわからねぇんだ……
 何にも覚えてねぇんだよ……っ!」



 自分の記憶がないっていうのも、グラントさんの不安にターボをかけちゃってるみたいだ。頭を抱えてベンチに座り込むグラントさんに、私達は互いに顔を見合わせるしかない。

 あぁ、もう。正直打つ手なしだよ。どうしろっていうのさ、この人?



「なぁ……本当に知らないのか? あの男のこと!」

「そ、それは……」



 グラントさんに詰め寄られて、みゆきさんも何も言えなくて……







「私が……教えてあげる」







 ジェシカさん!?



 見れば、ケガの手当てを終えて左手を吊ったジェシカさんがそこにいた。もちろん、恭文達の付き添い付きで。



「あなた……今から私が話すことを、驚かないで聞いてね」



 そう言って、ジェシカさんはベンチに座るグラントさんの前にひざまずいて……



「あの人はね……ビッグファーストさんっていってね……」



 ……って、まさか、全部話しちゃうつもり!? 今までさんざん「過去を思い出させないで」って言ってたのに!?

 一瞬、あの決意は、あの涙はそんなに軽かったのかと思ったけど――



「今から……じ、12年前に…………っ、12年前にっ……!」



 ……前言撤回。語り始めたジェシカさんは本当に辛そうだ。



「12年前に……ぅうっ、12年前にっ……!」



 どうしてもそこから先へ言葉が続かない。何度も何度も嗚咽で詰まりながら、ジェシカさんはそれでも口を開いて……











「………………あの男は、ずっと前から、奥さんに言い寄っていたんです」











 恭文!?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 正直……見てられなかった。



 旦那さんが記憶をなくしたことで、思わぬ形で転がり込んできた平穏な暮らし……「仮初かりそめでもかまわない」と言い切るほど、そのくらい心から望んでいたそれを、今自分から手放そうとしている。

 そんなジェシカさんがどれだけ悲愴な想いを抱いているのか……語るまでもない。見ているだけで、彼女の心が引き裂かれそうなくらいに痛んでいるのがわかった。



 だから……







「………………あの男は、ずっと前から、奥さんに言い寄っていたんです」







 気づいたら……そう、口に出していた。



「いい加減に身の危険を感じてた奥さんから、局の方に被害届けが出てて……あなたに心配をかけたくないって言うものだから、僕らが隠れてガードしてたんです」



 もちろん、真っ赤なウソだけど……もうこうなったら突っ走るしかない。リアルタイムで頭の中でシナリオを書き上げていく。



「けど、ここまで事態が悪化しちゃ、それも限界なんです。
 “奥さんを”、僕らの部隊で身柄を保護したいんです」

「ヤスフミ……」



 僕の意図に気づいたらしく、フェイトが僕の名前をつぶやく……なので、軽くうなずくことで肯定。フェイトは受け入れ準備の指示のために廊下に出ていく。



「けど……奥さんをひとりにしちゃ、すごく不安だと思うんです。
 グラントさん……一緒に、来てもらえませんか?」



 そう。グラントを“保護する”んじゃない。

 結果的に銃弾を受けることになったジェシカさんの方が被害者で、彼女を保護する一環として……というふうを装って、グラントには六課へ“来てもらう”。

 これなら、グラントに記憶を取り戻すきっかけを与えることなく、彼を六課の保護下におくことができる。

 ま、事実上のウソ八百だけど……このまま相手の銃口の前にさらしておくよりはマシだよね。



 そう考えての僕の提案に、グラントは……



「……よろしく、お願いします……」



 僕の狙い通り、特に疑う様子を見せることなく、うなずいてくれた。





















「……ビックリしたよ。
 いきなり、今の事件とはぜんぜん関係ないようなことを言い出すんだもの」



 ビークルモードのマスターコンボイが車内にグラント夫妻を保護して、みんなで六課へ移動……僕の運転するトゥデイの車内で、良太郎さんがそう口を開いた。



「ダメでした?
 良太郎さん、ウソつくのとか隠し事されるのとか嫌いですもんね」

「ううん。それも場合によりけりだよ。
 何て言うか……ウラタロスがボクについた時のこと、思い出しちゃった」



 あぁ、あの時か。

 わざと契約者の男の子の前でウソついて、ハナさんに怒られて……それで、ウソついてイマジンのことを黙ってた男の子が反省して、すべてを話してくれたんですよね。



「そう。
 あの時と同じだよ……恭文くんのウソは悪いウソなんかじゃない。
 グラントさん達のための……優しいウソだよ」

「問題を先送りしただけって気は、しますけどね」

「でも、先送りにした分だけ、ボクらになんとかするための余裕ができたじゃない」



 まぁ、そういう考え方もアリか。



「じゃあ、その余裕をぜひとも有効活用して、あの夫婦の幸せをこれ以上壊さないようなしないといけませんよね」

「うん……そうだね、がんばらなくちゃ」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「そうか……
 わかった。教えてくれてサンキュな。
 オレの方は、もうしばらく調べてからそっちに戻るって言っといて」

《わかりました。
 みなさんに伝えておきますね》



 返ってきた答えにうなずいて、通信を切る……恭文のヤツ、うまくやりやがったなぁ。



「六課から?」

「あぁ。アイゼンじゃない方のアルトちゃんから。
 例のグラントさんの件……恭文が一計案じて、なんとかしちまったよ」



 尋ねるリンディさんにそう答える。

 むざむざジェシカさんを撃たれちまった件については、いつもならお説教コースものだけど……まぁ、その失敗をうまく活かして挽回したし、今回はお説教はなしかな。



「なら、向こうは大丈夫そうね。
 さすがは私の義子むすこ、と言ったところかしら」

「うむ。さすがはわらわの未来の嫁なのじゃっ!」



 リンディさんと万蟲姫が口々に恭文をほめたたえる……そーいや、リンディさんって恭文の保護責任者、親的な立場なんだっけ。むしろ世話されてる側に近いからすっかり忘れてたぜ。



「失礼な。誰が恭文くんにお世話されてるって?」

「去年の家出の際真っ先に恭文んちに転がり込んだ人がそういうことを言うな」



 軽くツッコんで、この話題はおしまいにする……今は事件の方が大事だ。



「それもそうね。
 それで……ジュンイチくんはこの事件、どう収拾をつけるつもり?」

「どう……って?」

「とぼけてもムダよ。
 一連の疑問に対する答えがあなたの考えている通りだとしたら……あなたの性格上、『単に復讐を止めてハイ、解決』なんて形には、絶対しそうにないもの」



 ……心中しっかり見透かされるのは、あまりいい気分しないなぁ。



「何言ってるの。
 いつも見透かす側なんだから、たまには見透かされなさい」

「さいですか」



 軽く返して、とりあえず考える。



 さて……リンディさんのネタ振りに乗っかるワケじゃないけど、どうしたものかね……

 確かに、いい気分じゃないから避けたいよね……











 “討つべきじゃないヤツを”討つ、っていうのは……さ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ここなら、お二人の安全は保証されます。
 できる限りの便宜を図りますから、事件解決まで、ゆっくり休んでください」

「はい……」

「お願いします……」



 恭文の機転で、グラント夫妻はなんとか六課で保護。とりあえず応接室に招いて、私が応対する。



「お茶が入りましたよー」



 おー、ありがとな、リイン。

 お盆に人数分のお茶とお菓子を持って、リインがやってくる……もちろん、いつもの姿じゃ持てへんから、フルサイズでのご登場や。

 ともかく、これで狙われてるグラントさんは保護できたし、後はビッグファーストの行方やな。



「……あー、ごめん、お嬢ちゃん。
 トイレはどこかな……?」

「あぁ、向こうの廊下に出て、少し行ったところを左です」

「ありがとう」



 リインの答えに、グラントさんが席を立つんをなんとなくながめながら考える……まぁ、隊舎の中なら多少歩き回られても大丈夫やろ。



 それより問題はビッグファーストや。イマジンがついてる以上、普通の局員じゃ止めようとしても返り討ちにあうだけやろうし……それに、彼の身体の限界が近いはずっちゅうのも気にかかる。

 その“限界”に焦って、ムチャな行動に出る……とかせんでくれるとえぇんやけど……



「はやてちゃん、それムチャされるフラグです」



 いや、リイン。そんな恭文やないんやから……







「八神部隊長」







 グリフィスくん……?

 なんや、真剣な表情で呼んでるので、ジェシカさんに断りを入れて応接室の外へ。



「どないしたん?」

「最悪の事態です」



 ………………へ?



「ビッグファーストが、グラントの勤め先の工場に人質をとって立てこもりました」

「何やて!?」

「ロッド・グラントを連れてくるように要求しています。
 我々がロッド・グラントを保護したのを知られたようです」

「まぁ、そこを知られるのは覚悟しとったからえぇけど……」



 しかし、まさかそんな強硬手段に出てくるとは……リインの懸念が的中したか。

 もちろん、グラントさんを差し出すワケにはいかへん。どうしたものか……







 ………………ん?







 ふとイヤな予感がして、応接室に戻る。

 ……いない。

 そういえば、グラントさん、さっきトイレに出てったまま……







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 えっと、こっちか……

 部隊長の補佐だというかわいらしいお嬢ちゃんから教わった通り、トイレに向かって歩く。

 早く済ませて、ジェシカのところに戻ってやらないと。



 アイツがあんな男に言い寄られているなんてちっとも気づけなかった。アイツを不安にさせてしまっていた分、オレがアイツのそばで支えてやらないと……







《容疑者、エグゼ・ビッグファーストは拳銃を携帯。
 自傷事故のないよう、各員十分に注意されたし。繰り返す……》








「………………」



 道中、館内放送がそう繰り返しているのを耳にして、ふと足が止まる。



 ……エグゼ・ビッグファースト……

 それが、ジェシカを狙っている男の名前……







 ……“ジェシカを”狙ってる……?







『ロッド・グラントぉっ!』



 あの時……あの男はジェシカじゃない……オレを見ていた……オレを狙っていた……

 ジェシカの夫であるオレを殺して、ジェシカを奪おうと……? いや、あの時オレを見ていた目は、そんなんじゃなかった。

 もっと、むき出しの怒り、憎しみが……



 エグゼ・ビッグファースト……

 …………何だ? オレは……この名前を……知っている……?





















『動くな!』

『金を出せ! 金を!』

『きゃあっ!?』
『――――――っ!?』

『バカ、何やってんだ! 逃げるぞ!』






















 ――――――っ!?



 思い……出した……






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