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頂き物の小説
第7話「首なし馬 の 怪」



「……それは、本当?」



 話しづらいことではあったけど、だからと言って、無視していられる話でもない。

 と、いうワケで……旅館の女将さんを連れて帰った僕らは、さっそく洞窟であったことを報告した。







 それに対するみなせの反応は……上記のとおり。







 そりゃそうだ。追いかけている事件の捜査線上に行方不明の姉が浮上してきただけじゃなくて、別件での殺人容疑まで出てきたんだ。気にならない方がおかしい。



 うん、やっぱり……キツイよね。



「気持ちはわかるけど……ウソついてどうするのよ?」

「ウチも証人になるよ。
 あれが本当に小夜さんやったかどうかはわからへん。その辺はやっちゃん達が今説明してくれた通りなんやけど……少なくとも、氷室山でなっちゃんの先輩達を殺したのは本人が認めてた」

「そうなんだ……」



 いよいよ本格的に、みなせの顔が暗くなった。



「それで、その自称・小夜さんなんだけど……」



 言って、ジンが視線を向けたのは……報告を僕らに任せっきりにして、さっきから紙にペンを走らせているジュンイチさん。

 『後でみなせに面通しを頼む』って言ってた通り、現在龍宮小夜(仮)の似顔絵作成中……ペンを走らせるその腕はムチャクチャ速い上に一度も動きを止めていない。それだけの勢いで描いてるんだから、さっさと仕上がってもおかしくないはずなのに、もう30分も描き続けている。そうとう凝って描き込んでいるみたいだ。



「………………できた!」



 けど、その作業ももう終わりらしい。声を上げて、ジュンイチさんが似顔絵を描いたその紙をみなせに手渡す。

 時間をかけただけあって、その絵の出来映えは「見事」の一言。僕らの見たあの龍宮小夜(仮)そのままだった。



「……ジュンイチさん、絵、うまいですね」

「あまり自慢したくないスキルがもたらしてくれた副産物だけどな」



 みなせの言葉にジュンイチさんが答える――まぁ、本人の言う通り強化人間スキルの産物に近いんだけどね。相手の特徴をデータ化して正確に覚えていられる頭とか、ペン一本あればイメージを正確に描き出すプリンタもどきな手とか。

 自分の身の上にコンプレックスじみたものを感じてるジュンイチさんにとっては、ほめられても複雑な話題ってことk――







「ほほう、大したモノだ。
 私を封じ込めた美女に違いない」







「ぅひゃあっ!?」



 突然背後に現れた気配とその気配の発する声――驚いたなずなが槍を振るうけど、それは目標の直前で“見えないウロコに”弾かれる。



 そう――“ウロコ”。もうみなさんピンと来ただろう。人間態・御坂に化けたままやってきたミシャグジだ。



「おっと危ない。
 いきなり武器を抜くヤツがあるか」

「……アンタ、アタシがどこの人間か、忘れてないでしょうね」

「忘れてはおらん。
 とはいえ、私はずっとこの地に住んでおったし、灘杜だ霞ノ杜だと言われても、何が何やら」

「……まぁ、いいわ。
 とにかくこれが、アンタを封じたヤツ、と」



 みなせの手から似顔絵を取り上げ、しげしげと眺めながらなずながつぶやく。



 ミシャグジの証言も取れたし、どうやら間違いはないらしい。

 つまり、妖怪達を引き連れていたのも、この龍宮小夜(仮)ということになる。



「うむ。これは辛いな、娘」

「……そう、ですね。
 ですが、今のボクはこの事件を解決するのが第一です。姉様が人をさらったあげく、さらに何やらよくないことを企んでいるというのなら、阻止するだけです」



 ミシャグジの言葉に、みなせは自分に言い聞かせるようにそう答える……ま、なずなじゃあるまいし、さすがに「倒す」とは言い出さないか。弟(妹?)だしね。



「ウチも同じやな……何かまだ、現実とは思われへんのよ」

「言っておくけど、いぶき。
 今度彼女と相対したらアタシ、容赦なく斬るわよ」

「それは……」



 もちろん、黙っているなずなじゃない。殺る気マンマンでそんなことを言い出すけど……



「………………なずな」



 そんななずなに向けて口を開いたのはジュンイチさんだった。



「……何よ?」

「お前……」





















「龍宮小夜とやり合う時は抜けろ」





















「な、何でよ!?」

「言われなきゃわからんか?」



 ジュンイチさんの言葉に、心当たりがあったのかなずなが一瞬だけひるむ。



 まぁ……指摘されるまでもなく、こんな殺気をギラギラさせてたら、ジュンイチさんでなくても危ないと思うだろうけど。



「悪いけど、オレ自身覚えがあるからわかるんだ。
 その手の感情は目標以外の周りを見えなくする――後先考えずに突っ走られても、巻き込まれるこっちはたまったもんじゃないんだよ」

「な、何よ、だったら別についてこなきゃいいじゃない!」

「そうは行くか。追ってる相手が同じなんだからな」



 反論するなずなにジュンイチさんも迷わず返す。二人の間の空気が重くなり――







「はいはい、やめやめ」



『恭文!?』







 仕方ないから、割って入るワケですよ、うん。



「なずな、今回ばかりはジュンイチさんの言い分聞いといた方がいいよ」

「何よ、アンタも止めるつもり?
 アイツが龍宮小夜かどうかはともかく、うちの神社の先輩達を殺したことは本人がハッキリと認めてるのよ?」

「けど……逆に言えば“それだけ”だ」



 ジュンイチさんが指摘していない、そしてなずながたぶん気づいていないその一点を指摘する。



「そもそも、敵……まぁ、あの龍宮小夜(仮)が敵だったとしての話になるけど……とにかく、信用ならない相手の言ってたことだよ? そのまま鵜呑みにする理由がどこにあるのさ?
 アイツの証言だけで、証明するものは何ひとつとして出てきていない……結論を出すには、ちょっと速すぎるとは思わない?」

「そ、それは……」

「あの女の言うことが事実だとしても、詳しい状況はわからないしね。
 なずなですら“こう”なんだから、その先輩方となればそうとうケンカっ早いだろうし。ヘタしたら『仕事上の何かしらでモメて、先輩方に襲われたからやむを得ず迎撃した』……って可能性もある」

「だったらどうしてそれを言わないのよ!?」

「あー、ゴメン。
 今のお前見たら、オレだって話さないと思う――信用してもらえると思えないし」

「うぐっ……」



 ジンにまでツッコまれて、さすがのなずなもぐぅの音も出ないみたいだ。



「結論。どんな判断を下すにしても、もう一度あの女に会って話を聞く必要がある。
 なずなんトコの神社のことにしても、今回の事件のことにしても……ね。
 それまではこの話は保留。いいね?」

「………………わかったわよ」



 ようやく折れてくれたらしい。なずなの言葉にホッと一息ついて――ん?



「やっちゃん?」

「ん。誰か来たみたい」



 いぶきに答えて、拝殿の戸を開けると……



「あ、あの、その……
 ………………こんにちわ」



 いきなり戸を開けた僕にビックリしたのか、鍛冶屋の娘さん、甲斐谷美鈴さんは驚きながらも僕に向けて頭を下げた。











『とまコンシリーズ』×『神楽道中記』 クロス小説



とある魔導師と守護者のちょっと一休みな道中記



第7話「首なし馬 の 怪」






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「馬?」

「……はい、馬なんです」



 目を瞬かせるみなせに、美鈴ちゃんはおずおずとうなずいた。



「それも、首がない、と」

「そうなんです。
 そんな馬が、昼夜かまわずいななきと共に現れるという話で……」



 ……美鈴ちゃんによると、そんなウワサは今回の神隠し事件が起きる少し前くらいからチラホラあったらしい。

 けど……ここ数日、その目撃情報の数がいきなり跳ね上がったんだとか。で、その正体を調べて、妖怪の仕業ならなんとかしてほしい……って、そういう話だ。



 ……なので……







「ジュンイチさーん。事情説明終わりましたよー」

「そ、そうか……?」







 妖怪そのものよりも雰囲気的なものがダメなこの人は、美鈴ちゃんの話が始まるなり「何も見えない聞こえない」とばかりに座布団かぶって部屋のスミでガクブル状態。ヤスフミに声をかけられて、ようやく復活、戻ってきた。



 ちなみにミシャグジは帰った。最初は美鈴ちゃんをナンパしようとしてたけど、仕事の話とわかって引き下がっていった。一応その辺のケジメはあるらしい。



「で……首のない馬、か……
 今までの探索では見なかったけど……あの森に居座ってるワケじゃないのか……?」



 ビビり倒しながらも一応話は聞いていたらしいジュンイチさんが、そんなことをつぶやきながら考え込んでいると、







「あー、ちょっとえぇかな?」







 いきなり口を挟んできたのはいぶきだった。



「ひとつ不思議に思うことがあんねん。
 それについて答えてほしいんやけど」

「わ、私に答えられることでしたら」



 美鈴ちゃんの了解を得ても、いぶきはなかなかその『不思議に思うこと』を口にしない。じっと考え込んで、天井を見上げたり床を見下ろしたり。



 なんか、そうとう気になることらしい。何か気づいたのか……?



 いぶきの様子にオレ同様ただならないものを感じているのか、ヤスフミもジュンイチさんも、他のみんなも何も言わない。そんな中――いぶきはようやく口を開いた。





















「……首がない馬が、どうやって、いななけるんやろ?」





















 ………………

 …………

 ……



「…………妖怪に理屈求めるな、って思ってるのはアタシだけかしら」



 こめかみをピクピクさせながら、なずながいぶきをにらみつける……わかる。その気持ちはよーくわかる。



「せやけど、不思議やろ!? 首がない馬がいななくんやで!? おかしいやん!」

「それを言ったら、なんで首のない馬が動けるのよ!?」

「なんと言われてみれば!?」

「……あー、アイツらはとりあえず無視してくれ。
 甲斐谷、続けてくれるか?」

「あ、は、はい」



 とりあえずいぶきとなずなは放置することにしたらしい。イクトさんに促されて、美鈴ちゃんは話を続ける。



「その、やっぱりずっと郷の中に閉じこもりっぱなしというワケにもいきません……
 たとえばウチでも、鉱物を採りに行かないと、仕事になりませんし……」

「確かに。
 何かその首なし馬で、実害は出ていますか?」



 聞き返すみなせに対して、美鈴ちゃんは首を左右に振った。



「今のところは特に……」

「不幸中の幸いね。
 ミシャグジは何してるのよ」

「あー、ミシャグジ様は郷の中の守り担当やかんねー。
 外までやってもらうんは、ぜいたくいうもんやで、なっちゃん」



 いぶきの言う通りだ。確かにオレ達が“外側そっち”担当だからこそ、今話を聞いているワケだし。



「美鈴さん、その目撃した人達っていうのは、どれぐらいいるんですか?
 多ければ多いほど、出現場所や時間を特定できるんですが」



 尋ねるみなせだけど……時間の特定とかは難しいだろうな。『昼夜問わず』っていうウワサなんだし。



「私は声だけしか聞いていませんけど……明さんや杏さん、それに真知子さんも神隠し事件の前、見たことがあると……」



 ………………おいおい、それって……



 美鈴ちゃんの言葉に、オレの脳裏をある可能性がよぎる。



 確かに、“アイツ”ならひとまず条件は満たす。さっさと姿を消したのも、ヘタをしたら……







「……犯人は首のない馬に化けたミシャグジか」

「……ありそうだけど、違うでしょ。意味がないもの」







 速攻でなずなにツッコまれた……『ありそう』と可能性を残した上で。



「せやね。お風呂覗きの妖怪のフリした、とかなら、まだわかるけど」

「アイツは堂々と、女湯に侵入しようとするでしょ」

「それが漢の浪漫がどーとかこーとか」



 ………………ゴメンナサイ。同じ男としてまぢゴメンナサイ。



「にしても、首のない馬ねぇ……」



 なずなが腕組みをしながらうなる。



「首のない武将ならわかるんやけどなぁ。
 西洋ではあれや。“でゅらはん”とか言うんやっけ」

「それと今回は関係ないでしょ。メインは馬なんだから」



 同じくうなるいぶきとなずなが話していると、







「たぶん……“おしら様”だな」







 そう答えたのはジュンイチさん……って、なんかすっごく意外な人が出てきたんだけど。



「そうだな。
 まさか怪談嫌いの貴様が言い当てに来るとは」

「おしら様の話は怪談じゃないからな」



 首をかしげるマスターコンボイにも、ジュンイチさんはあっさりと答える。

 っていうか……怪談じゃない? 妖怪の話じゃないんですか?



「どっちかっつーと地方の伝承に近いんだよ。
 この地球の、東北地方の話さ」

「あーあー、思い出した思い出した。
 農家の娘さんが、家の飼い馬と仲良うなって結婚する話か。異類婚姻譚いるいこんいんたんやね」

「うっ……!?」



 ポンと手を叩いて納得するいぶきの言葉にギョッとする……いや、だって、『人間の娘が馬と結婚する話』って言われたら……ねぇ?



「いぶきが言ったろ? “異類婚姻譚”って――要するに、人間が人間以外と結婚する話だよ。
 世界中に分布される説話でな、地球で代表的なのはギリシャ神話か。人間と神様が結婚する話がけっこうある。
 日本でも同じように神との契りの話があったり、昔話でもよくあるタイプだ。
 もっとも……こっちの世界の地球じゃ、昔の人間とトランスフォーマーの婚姻話とかが変化して……とかいうケースもありそうな気がするけどな」



 ジュンイチさんがそんなことを言い出すもんだから――自然とオレ達の視線は一点に集まるワケで。



「………………何が言いたい?」



 そう、マスターコンボイだ――いやいや、別に他意はないよ、他意はね。



「で、おしら様の物語は……悲恋だ」

「悲恋……?」

「そ。
 結婚に怒った父親が馬を木に吊るし下げて殺しちゃったのよ」

「で、はねた馬の首に娘さんが飛び乗って、そのまま空に上っておしら様になった……っちゅー話やんね」

「ふむ……」



 なんか、こう……いろいろとツッコみどころが満載な話だな。いや、馬と娘の結婚のことを抜きにしてもね。



「せやね……ウチも同感やわ。
 この話聞くたびに思うんやけど……殺すまではさておきこの話、父親が激怒するん当たり前ちゃう?
 『どこの馬の骨』とか、上手いこと言うつもりはないんやけど」

「いや、まぁ、そりゃ自分の娘が飼い馬と結婚とかされちゃそうだけど……」



 なずなも、この指摘はさすがに反論しにくいらしい。



「あと、この話のまんまやと本体はむしろ首の方やと思うねん。
 空飛んだん、首の方やん」



 あー、どうして、胴体の方が動いているのだろうってことか。



「首が飛んでいってしまったからこそ……じゃないか?
 飛んで行ってしまった自分の首を探している……と考えれば、な」

「あと、若い女性の前にばかり姿を現すことばかり考えても、自分の妻を捜しているんじゃないかしら」



 改めて話をまとめるイクトさんやなずなの意見に同感だ。



 悲恋の物語のある、首なし馬の物語。

 確かに、首なし馬に足りていないのは“自分の首”と“お嫁さん”だ。



「その辺は、本人に聞いてみんとわからへんなぁ」

「話が通じると思ってるのか?」

「ものは試しやで、まーくん。
 ……あ、せやけどまずいかもしれん」

「何が」



 尋ねるなずなに対して、いぶきはしれっと答えた。











「首がないから、聞く耳もあれへんかも」











 ………………

 …………

 ……



「ジン、コイツの座布団取って」

「おぅ」



 となりに座るオレの手によって、いぶきの足元から座布団が引っこ抜かれ――たまらず、いぶきは板の間にひっくり返った。



「えぇっ!? 今の割と上手かったと思うんやけど!?」

「言っておくけど、もし襲ってくるなら迎撃するわよ」



 もういぶきのボケに付き合うつもりはないのか、なずなは自分の槍を手にとっていぶきに対して宣言する。



「むぅー、なっちゃんのスタンスもわかるけど、まずは話し合いな。
 ホンマに嫁さん探しなら協力したいし」



 自分の尻をなでながら、いぶきも立ち上がる……バカやってるようでいて、こういう基本方針については意外にブレないんだよなー、コイツら。



「まぁ……そこは実際、おしら様と対面してからだね。
 まだ目的がお嫁さん探しって完全に決まったワケじゃないし……ウロついてるだけなんでしょ? そもそも敵かどうかすら判別がついてないじゃないのさ」

「せやね。やっちゃんの言う通りやわ。
 ウチ的には、殺伐とした仕事より、嫁さん探しそっちの方がえぇなー。
 人間と妖怪、本来相容れない者同士の婚姻……おぉ、えぇやん。実にえぇ」



 ヤスフミの言葉に何やらテンションを上げながらそんなことを言い出すいぶきだけど……いや、あのさ。







「あー、オレの気のせいかな?
 いぶきの背後に、見合い好きなおばちゃん姿オーラが見えるんだけど……」

「……あー、アタシも見えるわ」

「わ、私もです……」



 あー、なずなや美鈴ちゃんもか。今のいぶきはまさしくソレってことか。



「自由恋愛万歳!」



 ……ま、いぶきがそれで問題ないならいいんだけどね。



「いや、よくないでしょ。
 盛り上がるのはけっこうだけど、人間と妖怪の婚姻を推奨しないの。
 あまり真っ当じゃないわ」

「まー、戸籍の問題とかあって、役所には出しづらいわな」

「そういう問題じゃないわよ!」



 またまたいぶきとなずながボケツッコミを繰り広げていると、横でみなせがポツリと一言。



「でも、昔話だと割と多いよね、こういう話」

「戸籍の問題?」

「待って、なずなさん。いぶきのボケが伝染うつってる」

「なっ……」



 あ、なずなが固まった。



「ま、まぁ……みなせが言いたいのは、そういう異種族恋愛の話が多いな、ってことだろ。
 雪女や天女の話もあるし、それに南総里見八犬伝も」

「……雪女と八犬伝はともかく、天女の話ってアレ、羽衣拾った男が天女脅迫してるって話じゃない?」

「あ、それはウチも思た」



 ジュンイチさんの話に、立ち直ったなずながいぶきと二人でツッコんでくる……どんな話か知らないから、オレは特にコメントできないけど。



「まぁ、さっきのジュンイチさんの話じゃないけど、身近なところで人間とトランスフォーマーの恋愛、とかもそれに入るだろうしねー。
 実際、僕らの知り合いにもけっこうそういうカップルいたりするし」

「へー、そうなん?
 ほーかほーか……」

「だから、どうして嵐山いぶきはそう言いながらオレを見る!?」

「あー、とにかく、だ」



 また話が戻りそうになってるマスターコンボイがいじられそうになってるのを見て、強引に軌道修正。



「オレ達はそのおしら様とかいう首なし馬を見つけて、背景事情を確かめた上でそれに応じた処置をする……と、そういうことだな」

「えぇ、そうですね。
 ともかく美鈴さん。この件はこちらでなんとかします」

「よ、よろしくお願いします……」



 同じくボケツッコミの堂々巡りを恐れたらしいみなせと美鈴ちゃんの援護を受けて、とりあえずその場は解散となった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………で、さっそく翌日から探索開始となったワケだが……



「……見つからないなー」

「見つからないよなー」



 まぁ、となりで恭文とジン・フレイホークがボヤいている通り、今のところおしらの姿は見かけない。



「……郷の周囲も、たいがい広いのよね」



 うんざりしたように雷道なずなもボヤいている……まぁ、探し始めたばかりだ。そう簡単に見つかったら苦労はない。



「臭いで探るっちゅーのはどうやろ、やっちゃん」

「犬はどこにいるののさ?」

「そこは、やっちゃんノーズで」

「アンタ人を何だと思ってる!?
 つか、むしろそれできそうなのはいぶきの方じゃないの!?」

「む。言われてみれば。
 けど、臭いの元になる手がかりがあれへん」

「……あったらやる気?」



 ……また嵐山いぶきがバカなことを言い出したし、ここらで小休止でも入れるとするか。



「そうだな。
 とりあえず、森の入り口で待ってるみなせと合流すっか」

「そうだな」



 柾木ジュンイチや炎皇寺往人も特に異論はないらしい。

 特に、今回は郷のすぐ外側の周辺探索ということで、弁当も持ってきていないしな……



「けど、みっちゃんひとりでも大丈夫かいな……」

「まぁ、心配あるまい。
 アイツは前線本部の詰め所扱いで動かないよう言ってあるし、それでも何かあった時の緊急連絡用に、柾木ジュンイチがホイッスルを持たせていたし……」



 ピィィィィィィィィィィッ!



「そうそう。ちょうどこんな感じの音がする……」



 ………………待て、オレ。



 このホイッスルが鳴ったということは……











 龍宮みなせに何かあったということだろうがっ!



「みっちゃんや!
 何かあったんやろか!」

「バカね! 何かあったから吹いたんでしょ!?」

「そらそうや!」



 そう言い出す二人はもちろん、恭文達も……そしてオレもすでに駆け出している。木々の間を一気に駆け抜け、ホイッスルの鳴った方を目指す。



「ジュンイチさん、みなせの様子は!?」

「平気! 何かしらのダメージを負った様子もない!」



 尋ねる恭文に柾木ジュンイチが答える――相変わらず便利な人間レーダーだな、貴様はっ! オレではそこまで正確には読めんからな!



「ただ……すぐそばを駆け抜けたちょっとデカめの“力”がひとつ! アイツぁそれを追いかけてる!」

「『デカめの“力”』!? 何ソレ!?」

「答える必要なし!
 すぐに――来る!」



 柾木ジュンイチがジン・フレイホークに答えた、その時だった。



「な……っ!?」

「きゃあっ!?」



 上がった声は嵐山いぶきと雷道なずな――とっさに身がまえたオレ達の上を跳び越えたのは一頭の馬だった。



 ただし――首から上がない。コイツがウワサの首なし馬か!



 一気にオレ達の上を飛び越え、首なし馬はそのまま、猛スピードで去っていく。







「みんな! 追って! 今のです!」







 と、そんなオレ達にかけられる声――龍宮みなせか!



 とにかく、全員でおしらを追う――この辺りは敵によって地脈がいじられていないから、地図の通りの地形だ。そしてその地図によれば、この先にあるのは大昔に閉鎖されたという坑道のはずだ。







「っていうか何なのよ、一体! それに誰か今、乗ってなかった!?」

「オレと貴様の見間違いでなかったらな!」







 声を上げる雷道なずなに答える――そう。オレ達の前方を走るおしらの背中が不自然に盛り上がっている。



 それに気づいたオレ達の疑問に答えたのは、後ろを走る龍宮みなせだが――







「美鈴さんです!」



『ちょっと待てぇっ!』







 全員で力いっぱいツッコんだ。



 ちょっと待て! なぜ甲斐谷美鈴がさらわれている!? 郷の外に出ていたのか!?







「出てません! 逆です!
 おしら様が郷の中に入ったんです!」

「はぁっ!?
 じゃあ、ミシャグジは何やってたのさ!?」

「やぁ、すまんすまん。
 コイツは私の失策だったな」







 恭文に答え、行く手の木の枝から妖怪態のミシャグジが跳び下りてきた。そのままオレ達の脇を走り、共におしらの後を追う。



 で? 『失策』とはどういうことだ?







「うむ。
 私は御前おまえ達の頼みで結界を張り、良からぬ妖怪達から郷を守っていたのだがな……そちらに気を張りすぎていて、特に害意のない妖怪にまでは気が回らなかったのだ。
 はっはっはっ。いやぁ、すまぬな」

「笑ってごまかすなーっ!」







 ジン・フレイホークが怒鳴りつけるが、当のミシャグジはどこ吹く風だ。







「つまり、あの拉致誘拐した首なしお馬さんは、無害っちゅーこと?」

《いぶきさん、自分の発言に矛盾を感じませんか?》

「うん。さすがにちょっと思う」









 とっさに恭文がセットアップしたアルトアイゼンの言う通りだ。無害なら、甲斐谷美鈴をさらったりしないはずだ。





 だが――







「そうでも、ないんじゃないか?」







 そう答えたのは柾木ジュンイチだった……どういうことだ?







「だって、ミシャグジは悪意のある妖怪が“入れない”結界を張ったんだろう?
 で、おしら様は美鈴ちゃんをさらって“出てきた”
 この二つは、必ずしも矛盾するものじゃない」

「だから、どういうことよ!?」

「おしら様は、郷に入った時は悪意を持ってなかったんじゃないか……そういうことだよ」







 結論を急かす雷道なずなに、柾木ジュンイチはそう答える。確かにその理屈なら、ミシャグジの結界には引っかからないが……







「つまり、アイツは郷に入ってから、美鈴ちゃんをさらおうと思い立ったってこと!?
 なんつー衝動的な!」

「それはアイツに言ってくれ! オレはただ考えられる仮説を提示しただけだ!」







「ごめ……みんな……先行ってて……」







 ジン・フレイホークと柾木ジュンイチが話している後ろで、龍宮みなせが力尽きたらしい。倒れる音がした。







「みなせ!?
 ったく、文系のクセにムチャしやがって!」

「――って!?」



 待て、柾木ジュンイチ!

 何を思って、いきなり人の首根っこを捕まえる!?



「決まってる!」



 言って、柾木ジュンイチはオレを捕まえたまま大きく跳躍。空中で身をひるがえし――







「みなせの介抱役……キミに決めたぁっ!」



「どぉおぉぉぉぉぉっ!?」







 瞬間、オレの身体が吹っ飛ぶ――アイツ、オレを龍宮みなせに向けて思い切り投げ飛ばしたのか!?







「みなせのことヨロシク〜っ!」

「覚えてろ貴様ぁっ!」







 なんとか受け身を取って着地。走り去る柾木ジュンイチに向けて声を張り上げるが、すでにヤツは恭文達と共に走り去った後だった。







 まぁ、いろいろ言いたい事はあるが、とりあえずハッキリしているのは……











「今回……オレはここでリタイアか」



「す、すみま……すみま、せん……」







 貴様は悪くないから、謝る前に呼吸を整えろ。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ってぇいっ!」

「せぇいっ!」



 坑道の中はそこら中が妖怪だらけだった――恭文とジンが吼えて、目の前の妖怪を斬り倒す。



 アタシ達は、あの二人を先頭にすえて進軍中。中衛はアタシといぶき。そして――







「せっかく、珍しく最初からやる気マンマンでダンジョン突入したのに、そういう時に限ってフルに暴れられないって何なんだろうねー」

「文句をぬかすな」







 殿しんがりがイクトさんとコイツだ。ジュンイチが餓鬼の一体の頭をつかんで、アンダースローで投げ飛ばすと後ろからあたし達を追ってきた妖怪の群れに叩き込む――妖怪使ってボーリングごっことか、文句言ってるクセしてずいぶんと余裕じゃないの。



 まぁ……『フルに戦えない』っていうアイツの言葉も事実なんだけど。こんな閉鎖空間でコイツに炎なんてかまされたら、あっという間に全員酸欠でダウンだ。







 とはいえ……恭文やジンも、アイツに負けず劣らずの勢いで突き進んでるんだけど。襲ってくる妖怪のほとんどを一発で倒してるから、進軍スピードはまったく衰えない。



 …………なんだ。ジュンイチに見せ場持ってかれたり、マスターコンボイにゴッドオンしてたりしてたけど……ひとりで戦っても、ちゃんと強いんじゃない、ジンも恭文も。







 と――いきなり先頭の二人が足を止めた。どうしたの?







「………………いた」







 答えたのはジン。少し先で、坑道は開けた採掘スペースになっていて……そこにおしら様が一頭だけで佇んでいた。



 美鈴さんの姿はないみたいだけど……逆に言えば、巻き込まないで攻撃できる!







「先手必勝! 行くわよ!」

「あぁっ! なっちゃん、待ってぇなっ!」







 待つワケないでしょ! コイツ、美鈴さんをさらってるのよ!



 いぶきの声を無視して、ジン達の間を抜けておしら様の前に飛び出す――







「ブヒヒィィィィィンッ!?」







 ………………って、え?



 飛び出したアタシを前にして、おしら様は大あわて。採掘場の中をさんざん走り回った挙句、坑道のひとつから逃げ出していった。



 ……えっと…………何アレ?



「何か……すんげぇビビってたな」

「あぁ……こちらに対する戦意がまったく感じられなかった」



 みんなもあの反応は意外だったらしい。拍子抜けした様子でつぶやくジュンイチにイクトさんが答える……って、それってアイツ、戦うつもりがぜんぜんなかったってこと?



「それどころか心底怯えていた。
 お前の登場に驚いて、最初はどこから逃げればいいのかすらわかっていなかっただろう?」



 そういえば……



「どうもおかしいな。
 柾木の仮説の通りなら、ヤツは郷に入った段階では悪意はなかったはず……それがいきなり甲斐谷をさらい、それでいてお前の登場にあの反応……行動がちぐはぐすぎる。
 あれではまるで……」

「自分のしたことが怖くてしょうがない感じ……でしょ?」



 ジンの言っていることはあたしも感じた。



 あのおしら様のおびえよう……まるで悪さが見つかって、怒られるんじゃないかってビクビクしている子供みたいだった。とても、今回の事件を自発的に起こしたようには思えない。







 ………………って、ちょっと待って。

 それって……







「今回の件も、あの龍宮小夜がやらせてたってことなんじゃ!?」

「そりゃないだろ。手口が違いすぎる」



 ………………そうよね。

 ムカつくヤツだけど、ジュンイチの言う通りだ。今まで龍宮小夜の一派はミシャグジの“道”を操る能力を使って女の子達をさらっていた。今になってわざわざおしら様を使ってさらう理由がない。



 一体、どういうこと――?



「ンなの――首謀者に直接聞いて見ればいいじゃないの、さ!」



 言うと同時、ジュンイチがいきなり石を拾って、何もないところに投げつける――って、石が空中でいきなり跳ねた!?



「…………違う。
 あそこに何かいる。それが石を弾いたんだ」



 驚くあたしにジンが答えて……ソイツは姿を現した。



 老人の姿をした、男性型の人型妖怪。コイツ、まさか……







「ぬらりひょん!?」



「いかにも。
 ワシこそ魑魅魍魎ちみもうりょうの主、ぬらりひょんじゃ」







 声を上げるあたしにはぬらりひょん本人が答える……ちょっとちょっと、なんかいきなり大物が出てきたじゃないの。







「フンッ、おしらめ……首を盾にして言うことを聞かせたはいいが、なかなか獲物をさらって来ない。
 どうしてくれようかと思っていたら、なかなかどうして。強い“力”を持った連中も引き連れて来おったか……
 小娘の精気だけでなく貴様らの力も取り込めれば、ワシもさらに強大になれるであろうの」







 なんか自己満足気味に勝手なこと言ってるけど……おかげでいろいろわかったわ。







 つまり……コイツがおしら様を使って、美鈴さんをさらった張本人!



 しかも、おしら様を部下にしたとかじゃなくて、首を奪ってムリヤリ言うことを聞かせてたってのね……ずいぶんと腐ったことしてくれるじゃないの。







「バカだねー、コイツ。
 わざわざ自分から黒幕だって自白してやがんの」

「つまり、コイツをブッ飛ばせば事件解決ってことじゃないのさ」

「言ってくれるな、若造が。
 お前達のような若輩者が、このワシにかなうものか」

「悪いな、クソジジイ。
 年季で言うならこっちが上だ!」

「伊達に何代となく転生してはいないのでな」



 すでに男組はやる気十分。ジンと恭文への挑発も、ジュンイチとイクトさんがあっさりと跳ね返す。



「ま、ウチらも許せへんことは違いないけどな」

「はいはい。
 とりあえず、コイツを放っておけないのは確かだしね」



 もちろんアタシ達も臨戦態勢だ。別に妖怪であるおしら様の味方をするつもりはないけど、利用されてるって知った以上はほっとけないしね。







「バカめ……魑魅魍魎の主に歯向かうというのがどういうことか、教えてくれよう」







 そんなアタシ達に向けて、ぬらりひょんが一歩を踏み出して――





















「えぇ、ぜひとも教えていただきたいものですね」





















 それは、一瞬の出来事だった。







 アタシ達に向けて踏み出したぬらりひょんの腹から……“手が生えた”



 ……いや、違う。誰かが、背後からぬらりひょんの身体を貫いたのだ――“素手で”







 さらに、間髪入れずにその手を引き抜くと、横薙ぎに振るった手でぬらりひょんの首をはね飛ばした。







 アタシ達と一合も打ち合うことなくその命を断たれ、ぬらりひょんはその場に崩れ落ちて――











「……前に、貴方が私の誘いを断った時に警告したはずですよ。
 私のジャマをしないように……と」











 ………………って、アイツは!?







「あなたは私の誘いを蹴りましたが……正解でしたね。
 貴方のような下衆は、こちらからお断りです」







 間違いない……アイツは!







「龍宮小夜!」

「あら、あなた達は……これは奇遇ですね」







 アタシの声にようやくこっちに気づいたらしい。振り向いて、アイツはアタシ達を見てもごく平然とそう返してくる。



「小夜さん……ホンマに、小夜さんなん!?」

「さぁ……どうでしょうかね。
 それより、彼女を」



 いぶきに答えて、龍宮小夜は気を失っている女の子をその場に下ろす……って!?



「美鈴さん!?」

「幸い、まだぬらりひょんや配下の妖怪の餌食にはなっていませんでした。治療の必要はないでしょう」



 声を上げる恭文に答えると、龍宮小夜は美鈴さんから離れる。自分が近くにいたら、アタシ達が警戒して近寄れないって……そういう気遣いのつもり?



「お前……どういうつもりだ?
 美鈴ちゃん達をさらって精気を奪っておいて、そうかと思えば今回は助けたりして……」

「ということは……彼女は私達の神隠しにも捕まっていたんですか。
 それは悪いことをしました。よろしかったらあなた達からわびの言葉を言付かってもらえますか?」



 ジュンイチの質問にも、ひとり納得するばっかりで答えやしない。まったく、つかみどころがない……!



「私の用は終わりましたから、失礼しますね。
 では、ごきげんよう」

「ま、待ちなさい!」



 アタシが声を上げるけど、聞きやしない。言いたいことだけを言って、龍宮小夜は姿を消した。



「……何なのよ、アイツはっ!」

「荒れるなよ。
 とにかく今は美鈴ちゃんだ」



 アタシに言って、ジンが美鈴さんの方に向かって――







「――――――っ!
 ジン、後ろ!」

「え――――っ!?」







 そう――美鈴さんの方へ向かおうとしたジンの背後に、いきなり巨大な馬が現れた。







 首なしじゃない。けど、あの毛並みは見覚えがある。



 そう、アイツは――







「コイツ……おしら様か!?」

「くっ!?」

「なっちゃん、タンマ!」



 このままじゃジンが――とっさに武器を抜こうとすると、いぶきがそんなアタシに待ったをかけた。



「おしら様、美鈴ちゃん見とる!」



 え……?



 だけど、確かにおしら様にジンを襲うような雰囲気はない。



 首が戻っているのは、本人曰く『首を奪った』っていうぬらりひょんが倒されたからだろうけど……そのせいか、アタシ達とさっき出会った時のような怯えた様子はない。



 そして、何より一番気にしているのは、ジンの向こう側に倒れている美鈴さんみたいで……



「どうやら、美鈴ちゃん運んでくれるみたいやで。
 確かにウチらより、おしら様の方が早いわ」



 あっさり答えるいぶきだけど、信用できるの……?



「大丈夫や。今のおしら様が正気なんは、ウチが保証する。
 ほんなら、大賀温泉郷の拝殿まで一足先に頼むで」



 言って、いぶきはおしら様の背中に美鈴さんを乗せる――と、おしら様は大きくいななくと美鈴さんを背負ったまま、一目散に郷の方角目がけて駆け出していった。



「……さて、とりあえず僕らも戻ろっか」

「龍宮小夜がどうしてここに現れたのかは気になるが……何分、ここを調べるには準備不足だしな」



 おしら様の姿が見えなくなったのを確認して、恭文とイクトさんが提案する――確かに、アタシ達、美鈴さんがさらわれてあわててこの坑道に入ったのよね。



「じゃあ、早く戻りましょう。
 美鈴さんのことも気になるし……」



 確かに恭文達の言う通りだ。あたしもそう言って歩き出して……どうしたのよ、ジン? 何か難しそうな顔してるけど。



「いや……美鈴ちゃん、大丈夫かな、って」

「いや、大丈夫やろ。おしら様が運んでってくれたし」



 いぶきが答えるけど、ジンはまだ納得できないみたいで……



「いや……アイツ、あんなスピードで走っていって……」











「背中の美鈴ちゃん、坑道の壁にぶつけてないかなー、と」











 ………………

 …………

 ……







『………………急いで帰ろう!』





 アタシ達の意見が、初めて完全に一致した瞬間だった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「あ、ありがとうございました……」

「いいのよ。さらわれたのは、アタシ達の落ち度なんだし。
 ……ごめんなさい」



 とりあえず……おしら様は無事に美鈴さんを運んでくれたらしい。さらわれた時の擦り傷とかの手当ても終わって、礼を言う美鈴さんになずなもまた頭を下げる。



「まずは、元凶の話からよいか?」

「あ……はい」



 で、話は今回の事件の背景事情に移る――口を開いた人間態のミシャグジに、美鈴さんも改めてミシャグジへと向き直った。



「すべての原因はやはり、坑道の奥に棲むぬらりひょんであったな。ずいぶんと下劣なヤツだったらしく、同族からも忌み嫌われて、あの坑道へと流れ着いたらしい。
 だが、ヤツめが、霊脈から力を得て力をつけただけなら、特に問題はなかった」

「どういうことよ?」

「この郷からあの古い坑道の最奥までは、坑道自体が閉鎖されていた上かなり距離が離れていた。
 人を襲えないのなら、いようがいまいが関係あるまい」



 なずなに答えるミシャグジの言葉に「なるほど」と納得。確かに、あんなところに棲んでるんじゃそう簡単に人は襲えない。いくら害意があっても、襲う手段がなければどうしようもない。



「『間が悪かった』としか言いようがない。そこに、おしらのヤツが通りかかってしまった。
 ヤツは、美鈴嬢と因縁があったらしい――詳しい話は、彼女から聞くのだな」



 言って、ミシャグジが視線を向けたのは美鈴さん。えっと……どういうこと?



「あ、あの……あのおしら様なんですけど、顔を見たらわかりました。
 ここから少し離れた土地にある、牧場の馬だったんです。
 つい先日、寿命でなくなりましたけど」

「その言い方やと、その牧場知ってるん?」

「は、はい。
 ウチは武器だけじゃなくて蹄鉄とかも打ちますから」



 なるほど。確かにそう言われてみれば、鍛冶屋と馬は接点多いよね。



「おしら様……ちゅーか、そうなる前の馬とは、仲よかったん?」

「ふ、夫婦になるほどではありませんでしたけど……その、よく背中に乗せてもらいはしました」

「よほど、美鈴嬢を慕っていたのだろう。
 霊脈を渡り歩きながら、この辺りまでたどり着いたのだという」

「そして……あの坑道でぬらりひょんに捕まった」



 付け加えるマスターコンボイに、ミシャグジはため息まじりにうなずいてみせた。



「本当に、入った坑道が悪かった。
 ぬらりひょんによって邪気に汚染されており、ほとんど身動きが取れなくなっていたのだな、これが」

「結果、そのまま首から上をぬらりひょんに奪われて操られていた、と……」

「うむ。
 首を奪われたまま郷の近くまで現れたものの、おしらの気性はそれほど荒くはない。女性を見ても、かろうじて理性が抑えていたらしい」



 それが、郷のみんなが見たっていう、目撃例だったということらしい。

 そういえば、ぬらりひょんも『なかなか獲物をさらってこなかった』って言ってたっけ。



「しかし、本来の目的である美鈴嬢となると、そうはいかぬ。
 理性のスキを突かれて、さらってしまったというのが、おしらから聞いた事情だ。
 ……見ているこちらが引くほど、落ち込んでおる」

「……お気楽なミシャグジ様が言うんやから、そうとうやね」

「うん、僕もさっき見かけたけど、そうとうだった」



 うめくいぶきに同意しておく……境内で休んでいたおしら様、そりゃもうすさまじい勢いで凹んでた。ほっといたらあの前足で穴掘って埋まるんじゃないかってくらい。



「龍宮小夜については、何かわかったのか?」

「それがな……あ奴があの坑道に現れたことは今まで一度もなかったそうだ」



 ジュンイチさんの問いに、ミシャグジも納得がいっていないような様子でそう答える。



「あのような巫女は見たことがないと言っていた。
 それどころか……美鈴嬢を救出に来たようだ、と」



 ……ますますわからない。

 一体龍宮小夜は何を考えてる……?



「結論だけを言うなら……龍宮小夜は今回の件にはむしろ横槍を入れてきたようなものだということだ。
 お前達の証言とあわせて考えれば、ぬらりひょんの蛮行に腹を据えかね、ヤツを退治しにやってきた……といったところだろう」

「まったく、何なのよ、アイツ……
 けど、あの女のことを抜きにしても、このままだとまずいわね。
 霊脈は汚されたままなんでしょ? 早く手を打たないと、また敵がわいて出てくるわ」

「何、簡単な浄化なら私が済ませておいた。
 ただし、あくまで簡易的なものだ。みなせ、後で確実に終わらせるといい」

「あ、はい」



 文句をもらすなずなに答えたミシャグジの言葉に、みなせが応じる……まぁ、ジュンイチさんがやると霊脈ごと吹き飛ばしかねないしね。



「失敬な」

「霊脈を浄化するために沼をひとつ干上がらせた人がそれを言う?」

「……そうでした」

「話を戻すぞ。
 ただし、相当量な邪気が残っていたのでな。浄化が済んでも、しばらくは近づかん方がいい」

「やっぱり敵が出るん?」

「それもあるが、おしらの残留思念むねんが残っている可能性がある。ヘタにつつくと襲われるぞ。
 みなせの浄化にも、お前達の内誰かが護衛について行く方がよい」

「ぅはぁ……」

「とにかく、一番の問題……ぬらりひょんのことは片づいた、ということだな?」

「そうだな。ヤツの因縁は断たれた」



 改めて確認するイクトさんにミシャグジはハッキリと断言する。なら、あの坑道は浄化さえしてしまえばそれでOK、と……



 となると、残る問題は……






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そんなワケで、僕らは境内でおとなしくしているおしら様の前に。



「美鈴さん、大丈夫?」

「は、はい……」



 尋ねる僕に、美鈴さんがうなずく……そう。残っているのは、美鈴さんとおしら様の問題だ。

 さすがに、おしら様をこのままにしておくワケにはいかない。美鈴さんがどういう答えを出すにしろ、何らかの結論は必要だった。



「ほんで、おしら様こっちの子が美鈴ちゃんお嫁さんにしたい言うてるんやけど、どないする?
 そんためにわざわざここまで来たらしいんやけど」

「あのさ、いぶき」



 話は単純だけど、人間と馬だよ? 本人達の気持ちがどうだろうと、結婚できるはずがない。

 そう言おうとしたんだけど、そんな僕をいぶきが手を突き出して制した。



「おっと、やっちゃん。
 これは美鈴ちゃんとおしら様の間の問題やで。第三者は口出し無用や」

「……そうは言っても」



 なんとなく心配で、美鈴さんの方に視線を戻す。



 その美鈴さんは、おしら様を前に何を言ったらいいものか、みたいな感じでオロオロしてたけど――



「その……私は、ちょっとムリです」



 言って、おしら様に向けて遠慮がちに頭を下げた。

 と――おしら様の身体が、うっすらと透け始める。



「ぅお、おしら様、すごい消えそう」



 いぶきが思わずうめく――確かにすっごく薄くなった。向こうの景色がハッキリ見えるくらい。



《そうとうですね。
 影の薄いどこぞの司書長でもここまでじゃないですよ》



 いや、アルト。影の薄さの問題じゃないから。



「そ、その……友達なら可能ですけど……馬と結婚はちょっと……」

「おしら様おしら様」



 仕方がないから、おしら様に耳打ちする。



「美鈴さん、つい先日、妖怪絡みで痛い目にあっててね。それが尾を引いてる部分もあるんだよ。
 まぁ、わかってあげてよ」



 ブルル……と僕の言葉におしら様は身体を震わせる。

 気を持ち直したのか、身体は再び実体化したみたいだけど……果たして、これで納得してくれるかなぁ、と思っていたら……






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 さて、拝殿に戻ってみなせに報告である。



「それで、おしら様、あきらめて帰っちゃったの?」

「いや、それが……」



 みなせの問いにどう答えたものかと考えていると、唐突に拝殿の扉が開いた。



「失礼っ!」

「ぅわっ!?」



 現れたのは人間態のミシャグジ……たまらず、みなせはひっくり返りそうになってるけど向こうもかまってる余裕はないらしい。



「すまん。しばらくかくまってくれ。少しでいいのだ」

「な、何……?」



 ミシャグジはみなせの返事を待たず、妖怪態に戻ると物陰に隠れた。

 直後、拝殿の戸を蹴破って馬が乗り込んできた。



 そう……おしら様だ。とうとうここまで来たか。



《マスター。なんかセリフが魔王っぽいです》



 おっと、こういうのはなのはのセリフだね。



「ちょっと、ダメだって! ここは人間以外、立ち入り禁止!」

「ぅわっ、暴れるな!」



 ついてきたらしいジュンイチさんとイクトさんがおしら様を引っ張るけど、そのおしら様は拝殿の中を鼻息荒く、見渡すばかりだ。



「い、いい、イクトさん、ジュンイチさん、コレは一体!?」

「あ、みなせ、恭文。
 ここにミシャグジ来なかった?」

「ヤツを追いかけてるんだが……」

「見ての通りだよ」



 とりあえず……いない、とは言わない。見つけて、拝殿の中で追いかけっこされても困るから。



「そうか。
 ほら、いないそうだ。別の場所を探すぞ。
 あと、誰かをねたらマズイ。走らないようにな」



 イクトさんがおしら様を引っ張り、拝殿を出ていった……さりげにジュンイチさんはこの場に残った。後全部、イクトさんに押し付けたな。

 ともあれ……おしら様の気配が完全になくなったあたりで、ようやくミシャグジが姿を現した。



「やれやれ、行ってくれたか」

「……あのー……事情を」



 遠慮がちに聞くみなせに答えたのは、ジュンイチさんだった。



「おしら様、美鈴ちゃんをあきらめきれないらしくってさぁ」

「お主が余計なことを言ったからではないか。
 『人に化ければ、まだ少しチャンスがある』とか」

「それでミシャグジ様に教えを請いたいと?」



 ……まぁ、そういうこと。



 そんなワケで、この一件。まだまだ尾を引きそうだ……おしら様の、美鈴さんへのアプローチって形で。



「私はなんぱで忙しいのだ。そんなヒマはない!」

「それを理由にするから、アイツも引き下がらないんだと思うけど……」



 ミシャグジの言葉にため息をついて――不意に、ジュンイチさんは僕らの方へと向き直った。



「ところでさぁ……みなせ、恭文」

「はい?」

「何さ?」

「悪いんだけど……」







「オレ、ちょっと抜けるわ」







 ………………はぁっ!?



「何言ってんのさ!?
 まさか、この期に及んでまだ逃げるつもり!?」

「あー、それもあるんだけど」



 あるんかい。



「ちょっとばかり……調べたいことがある」

「調べたいこと……?」



 聞き返すみなせだけど……なんとなく、ピンときた。



「ひょっとして……龍宮小夜のこと?」

「あぁ。
 今回、アイツはオレ達を……というか、美鈴ちゃんを助けた。それがどうも引っかかるんだ。
 何て言えばいいのかな……出会った時からそうなんだけど、アイツから、妖怪達のような悪意めいたものを感じないんだ」

「当然だ。美女に悪人などいなべっ!?」



 バカを言い出したミシャグジを踏みつけて黙らせて、ジュンイチさんは続ける。



「だから……ちょっと前線から抜けて、調べてくる。
 とりあえず、助手として氷室山の一件についてオレ達の中で一番詳しいなずなと……それからジンも借りてく」







 ………………ちょっと待て。







 ジンも借りてくって、ジュンイチさん、まさか……



「ん。そのまさか」



 あっさりとジュンイチさんはうなずいた。



「困った時の影薄司書長、ってね。
 そんなワケで……」







「無限書庫まで行ってくる」







(第8話に続く)





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



次回予告っ!



いぶき「ぬらりひょんが相手言うから、どんな強い相手やと思ったら、あっさりやられてもうたなぁ」

小夜「まぁ、私とは格が違う、ということですね」

いぶき「せやねー。
 奴良組の総大将とか、ゲゲゲなあの子のライバルのぬらりひょんとは大違いやわ」

小夜「本当です。
 また彼らとは一緒に酒を酌み交わしたいものですね」

いぶき「って、小夜さん知り合いなん!?」





第8話「常世 の 巫女」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



あとがき



Mコンボイ「神隠し事件への対応はひとまず置いておく形で、別件の事件に首を突っ込んだ第7話だ」

オメガ《龍宮小夜(仮)とは別の一派による事件でしたか》

Mコンボイ「その龍宮小夜(仮)も絡んできてはいるが……ますます目的がわからなくなってきたな」

オメガ《そのため、ミスタ・ジュンイチは無限書庫に調査へ……という流れですか》

Mコンボイ「まさか、ここであのユーノ・スクライアの出番が回ってこようとはな……」

オメガ《いや、わかりませんよ。
 無限書庫は出てきても彼は出てこない、という可能性も……何しろ影が薄いことこそミスタ・ユーノのキャラクター性ですし》

Mコンボイ「そういうキャラクターだったか? ヤツは……」

オメガ《だって、公式に“目立てない”“活躍できない”“報われない”と見事に三拍子そろってるじゃないですか》

Mコンボイ「不憫なヤツめ……」

オメガ《まぁ、その不憫さが彼の持ち味、ということですよ、きっと。
 ……さて、そんなこんなで、そろそろお開きの時間ですね。
 みなさん、今回も読んでくださって、本当にありがとうございました》

Mコンボイ「次回も必ず読むがいい」





(おしまい)


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