頂き物の小説 第5話「沼の 主 現る」 《どう? ヤスフミ。 久しぶりのまとまったお休み、堪能してる?》 「う、うん。 まぁ……楽しませてもらってるよ」 ………………休めては、いないけどね。 カマイタチの一件から一日。今日は妖怪の行動が活発になるっていう夜を狙って探索に出ることになってる。 ……例によってジュンイチさんは怖がってゴネたけど。 仕方ないから、イクトさんが当身かまして気絶させた……そう。意識のない内に現場に放り込んでしまおうって魂胆だ。 ビビリモードだったせいで簡単にしばけた。ホント、あのモードだと尋常じゃないレベルで戦闘能力が激減するよね、あの人。 それはともかく、現在、出発前の空き時間を利用して、拝殿の外でフェイトとお話中……うん。妖怪がらみのドタバタで、到着からこっち連絡取ってなかったし。 《なら、いいんだ。 ちょっと……心配だったから》 「『心配』……?」 《うん。 ヤスフミ、運悪いから……またそっちで何か事件に巻き込まれてるんじゃないかって》 ………………大正解。 《着いてからすぐ連絡くれなかったから、そうなんじゃないかって不安だったんだ。 正直、私もそっちに行こうかとも考えた》 「いや、ダメでしょソレは。 フェイトだって仕事あるんだし、日帰りできるような場所でもないし」 内心ヒヤヒヤしながらフェイトに答える――今こっちに来たら、絶対フェイトも妖怪騒ぎに首突っ込むだろうから。 《まぁ、何もないなら、それでいいよ。 ただ……本当に何かあったら、知らせてほしいな》 「うん。その時は必ず」 そう約束して、その後しばらくお話した後通信を終える……うぅっ、罪悪感…… 《では今からかけ直して本当のこと言いますか? 間違いなく話がこじれると思いますけど》 「だよねぇ……」 そもそも、僕が関わってるか否かに関係なく妖怪相手に怒り出しそうだし。生態からして“女の敵”なワケだし。 ……つか、ねぇ…… 「で……そこで盗み聞きしてるいぶきは僕を呼びに来たワケ? まだ集合時間には早いと思うんだけど」 「あー、いや、単なる通りすがりやねんけど……」 そう。話の途中から僕の様子を伺ってた御方がいたりするんだよ。 「今の電話、誰なん? なんやえらい親しそうやったけど」 「んー、知り合い」 とりあえず、いぶきみたいなデバガメやら偶然出くわす人やらに備えて電話を介しての通信という形だったから、いぶきにフェイトのことは知られてない……んだけど。 「……どうしたのさ? そんなにニヤニヤして」 「フッフッフッ……やっちゃん。ウチの目はごまかせへんで。 ズバリ、恋人か好きな人と話しとったと見た!」 …………なっ……!? 「甘いでー? バレへんとでも思っとった? ウチ、こういうのけっこう目利きさんなんy 「ウソ……いぶきが食べ物以外の話題に食いついた……!?」 「ちょっ!? ツッコむトコそこ!? ウチかてお年頃の女の子なんですけど!?」 「いや、基本“花より団子”な人が何言ってんのさ? イケメンと行列店のラーメン、どっちか選べって言われたらわき目も振らずにラーメンにダッシュするタイプでしょ? いぶきって」 「やっちゃんの中のウチってそんなイメージなん!?」 「え? 違うの?」 「………………否定できへん……」 ……冗談で言ったつもりだったのに、自覚はあったらしい。 「まぁ……なんだ。 僕は本命いるからダメだけど、今の内に恋のひとつもしておくことをオススメしておくよ。 でないと……将来告白されてすら相手の気持ちに気づけない朴念仁に進化しそうな気がするから」 「…………何や、えらい実感こもってるね?」 うん。いぶきもよぉ〜く知る人がそうだからさ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ぶぇっくしっ! 「う〜〜っ、ちくしょうめぇ……」 「ぅわ、リアクション古っ!」 「ちょっ、何よ、いきなり。 まさか風邪じゃないでしょうね? 移さないでよ?」 ……ジンはともかく、なずなは相変わらず年上への敬意とかないよな。 そんなんでこの先、次以降の依頼先とかでうまくやっていけるのか、お兄さんはひじょ〜に心配だよ、うん。 「まぁ、誰かウワサしてんだろ。 消耗してる時ならともかく、体調万全な今のオレに感染するような強力なウィルスがいたら、今ごろこの郷、バイオハザードで壊滅してらぁ」 「ジョークもそこまでいくと自意識過剰ね」 「あー、この人の場合ジョークでも自意識過剰でもなく割とマヂ情報。 ジュンイチさんの身体、基本的に外的要因じゃ死ねない半不死身だから」 「オレの免疫細胞、エボラウィルスだろうがT-ウィルスだろうが問答無用で食い殺しまっせー」 「本気で何者なのよ、コイツ!?」 「人呼んで“管理局(or“Bネット”)の黒き暴君”、“ジョーカー・オブ・ジョーカー”、“漆黒の破壊神”、“隠し技の百貨店”、“反則技の伏魔殿”、“超広域型疫病神”、“生きた理不尽”、“歩くご都合主義”、“非常識でできた男”、“理不尽依頼人キラー”、えっと、あと何だったかなー……」 「何でそんなに異名ばっかり多いのよ!?」 それだけあちこちで暴れてきたからですけど何か? 『とまコンシリーズ』×『神楽道中記』 クロス小説 とある魔導師と守護者のちょっと一休みな道中記 第5話「沼の 主 現る」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「ふわぁ〜……」 あー……まだ眠いわぁ…… 昨日は、ちょう遅くまで探索しとったからなぁ……収穫なかったけど。 ま、一昨日までがハイペースやったっちゅーことなんやろうけど。杏ちゃんとか美鈴っちとかカマイタチとか、いろいろあったからなー。 昨日みたいに、収穫なし、みたいなこともあるわな。 んー、どないしよか。朝ごはんにはまだまだ時間あるし、もう一回寝て……ん? 「あれ、やっちゃん」 「あ、いぶき」 見つけたのはやっちゃん。せやけどなんか出かける支度して……どないしたん? 「んー、朝の鍛錬。 休みを利用して来てるとはいえ、事件に首突っ込んじゃってるワケだしね」 あぁ、なるほどなー。 「とりあえず、神社の境内でやらせてもらおうと思ってさ。 じゃ、行ってくるね。おやすみ、いぶき」 「待ちぃ」 今サラッとウチが二度寝する前提で話進めたよね? 「え? 寝ないの?」 「いや、確かに寝るつもりやったけど……」 やっちゃんの鍛錬か……興味あるわ。 魔導師ってどんな練習するんやろ。おもしろそうやし、見学するのもありかもしれへんな。 「うん。ウチも行くわ。 やっちゃんがどんな魔法の練習するんか見てみたいし」 「あー、期待してるトコ悪いけど、メインは剣の練習だから」 「え? そうなん?」 《マスターの場合、メインは私を使っての近接戦闘であり、魔法はそこからの連携で使用していく感じです。 と、いうワケで必然的に訓練のメインも剣になるんですよ。ここができなければ話になりませんから》 「あ、なるほど」 「まぁ、いぶきの期待に答えて、結界くらいなら使ってもいいかな?」 「結界?」 《いぶきさんも退魔業に身を置くのなら、どういうものかはわかりますよね?》 「もちろん。 相手……ウチらの場合は妖怪やけど、それを封じ込めるんよね?」 《そんなところですね。 私達の結界の場合は、封印とは別の魔法として独立していますから、『閉じ込める』『封鎖する』という表現の方が近いですね。相手を逃がさないように、とか、無関係な人が入ってこれないように、というような用途で使うんです。 さらに、私達の結界は中の空間の位相をずらすことで、戦闘の結果中のものが破壊されても、現実には被害が及ばないようにすることもできます》 「どれだけ戦っても物壊さんですむっちゅうこと?」 《えぇ。 その特性を利用して、訓練の際にも使われますね。何かしらの事情により街中で訓練する際、周りに被害が出ないようにする、ということで。 もちろん、それにも使い手の限界はありますけど》 「それでも十分すごいって。 魔法っていろいろ便利やねー」 そんなことを話しながら、湯杜神社へとやってきた……んやけど。 「なぁ……やっちゃん」 「何? いぶき」 「ウチ、まだ寝ぼけてるんかなぁ? 何や、じゅんさんそっくりな大工さんがおるように見えるんやけど」 「そうか。いぶきにも見えるのか。 大丈夫。僕にも見えてるから」 つまり……ウチの見間違いとかやない、と。 ちゅーワケで……何してるんですか? じゅんさん。 「おー、恭文、いぶき、おはよう。 いやな、いい加減このボロ神社をだましだまし使うのも限界だと思ってさ。 ただ、工務店の方、棟梁さん不在で開店休業状態だろ? だから……」 「もういっそ、自分でやってしまおう……と?」 「おぅっ!」 ウチの問いに、大工さんルックのじゅんさんは胸を張って答える。 「……まぁ、確かにジュンイチさん、戦地でのキャンプ設営とかで簡単なログハウスくらいは作り慣れてるけど……」 「失敬な。 極端な話、丸太を組めば作れるログハウスばっかりじゃ芸がないからな……いろいろ凝って作ってる内に、一般的な木造家屋くらいは作れるようになったぞ。 手間かけていいなら組み木系の手法から土壁、屋根の瓦にインフラ整備まで全部こなせるし」 「そういうことサラッと言うんじゃないよ! 自慢のつもりかこの完璧超人がっ!」 サラっと言ってのけるじゅんさんにやっちゃんがツッコんでるけど……それとは別に、ちょっとえぇですか? 「ん? 何?」 「……格好まで大工にこだわっておいて、切る道具は爆天剣なんですね」 「えー? ノコギリでゴリゴリやるのもいいけど、やっぱりこう、スパッ!と斬れた方が気分いいじゃん?」 「いや、満面の笑顔でそういうこと言われるとすっごくコワイんですけど」 すごく楽しそうにアブナイことを口走るじゅんさんにちょっと引いてると、 「あー、ジュンイチさん?」 「ん?」 いきなりやっちゃんがじゅんさんに声をかける……どないしたん? 「ひょっとして……」 「神社の修繕を理由に探索から逃げようとしてません?」 ……………… ………… …… 「……サテ、ナンノコトヤラ」 「やっぱり図星かこの人はっ!」 ホンマにホラー関係ダメなんやなぁ…… ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ とりあえずジュンイチさんの野望はしばき倒して阻止したものの……神社がボロくていろいろ危ないのも事実。 と、いうワケで、最低限の修理だけでもなんとかならないものかと、朝食を済ませた僕らは村の工務店にやってきたワケだけど…… 「しかしまた元気のない……幽霊屋敷か? ここは」 いざ行ってみると、棟梁が神隠し事件の被害にあったっていうその工務店のみなさんはすっかり元気をなくしていた。一応働いてはいるものの、明らかに活気のない大工さん達を見て、マスターコンボイがいきなり暴言をぶちかます。 「ムリもないわ。 棟梁が神隠しにあったからね」 「……まるで、お通夜みたいやね」 ただ……雰囲気が悪いっていうのは事実だ。考えられる理由を口にするなずなのとなりで、いぶきも敷地一帯を見回している。 見た感じ、工務店自体はそれほど新しいワケじゃない。 ただ……暗い。本気で暗い。 本来なら活発に働いているはずの若い衆が、まるでゾンビみたいにノロノロと作業をしている。ラクーンシティか、ここは。 いやもう、みんなしてすさまじくテンションが低い。低すぎる。 「聞いた話だと、ここの棟梁は大工達のアイドルみたいだったからね」 「アイドル、ねぇ……」 なずなの話に耳を傾けていると、いぶきがポツリ、と一言。 「……すごいな、それ」 「何がよ」 「みんな、そんなに筋肉好きなん?」 「は?」 「イメージ的には筋骨隆々の、壮年のおっちゃんやねんけど」 ………………こ、こいつは…… 「何かカン違いしてるみたいだけど……いぶき、ここの棟梁は女よ?」 「え、そうなん?」 「そうだよ! 事件の経緯を考えれば、男がさらわれる理由なんぞカケラもないだろうが!」 「なんでそんな筋肉教みたいなのがアンタの頭の中でできてるのよ!?」 「えー、だって棟梁言うたら、普通筋肉ガッチリ系のおっちゃん想像するやん」 「先代はそうだったらしいけど、今の棟梁は違うの!」 いぶきの理想を、なずなと二人で一蹴する。あぁ、もう。ホントに感覚でモノ言う子だなぁっ! 「アンタ達が来る前に聞き込みしてきた話だと、美人で頼りになる人だったらしいわ。 ……まぁ、だからこそ、いなくなった現状が、こんななんだけど……」 あー、なるほど。 そんな人がいきなり神隠しにあって、不安でしょうがないってことか。 僕も、フェイトがいなくなったりしたらきっとこんな風に…… 「いや、お前はむしろテンション振り切って血眼になって探し回ると思うな、うん」 「失礼な。 ジュンイチさんだって、ヴィヴィオがいなくなったら死に物狂いに探し回るでしょうに」 ……ここであえてなのは達の名前は出さない。出したところでトンチンカンな答えが返ってくるのは目に見えてるから。 「発破かけてでも、仕事してもらわんと、ウチの神社困るんやけどなぁ」 いぶきの言葉にうなずく――そもそも今日ここに来たのは、神社の修繕を頼むため。 利便性を求めるつもりはないけど、せめてジュンイチさんが探索をサボるための口実として修繕に乗り出す必要がない程度にはしておきたいのだ。 とはいえ…… 「ううん、やる気のない人達に修繕頼むより、棟梁を探した方が効率的よ。 こんな調子で仕事されても、ろくなことにならないわ」 「せやけど、手がかりもなしに探すんはちょっとなぁ……」 「ジュンイチさんも、今までの探索で見つけられてないですしね」 「だよなぁ…… まぁ、残りの被害者の“力”を把握してないからなぁ……漠然と“人間の気配”ってだけじゃ、どうしても限界は出てくる」 ジンに答えるジュンイチさんの言葉も芳しくない……そういえば、奥田さんを助けに初めて森に入ったあの時、ジュンイチさんは奥田さんを見つけたとは言ったけど、他の気配には言及してなかったっけ。 あの時奥田さんの気配を追えたのも、比較的近くにいてくれたのと、もう出会っていて“力”の気配を把握していたことが幸いしたってことか…… とにかく、一刻も早く棟梁さんを見つけるのが一番ってこと、けれどそのための手がかりがないっていうのが現在の要点。 やっぱり、地道に探すしかないのかな……? 「いたいた。みんなー」 ん……みなせ? 「みなせ、どうしたの?」 「ちょっと、その、来てほしいんだ」 尋ねるなずなにみなせが答える……ここじゃ話せないか、ここで話してもうまく説明できない話か…… 「マスターコンボイ」 「仕方あるまい。 今の段階では神社の修繕は依頼できないこともわかったし、一旦戻るか」 声をかける僕にマスターコンボイがうなずいて―― 「おっちゃーん! 神社自分で修繕するから、また材木売ってーっ!」 「堂々とサボリの材料を買い付けるんじゃないっ!」 ジュンイチさんがイクトさんにしばかれた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ……と、いうワケで、神社の拝殿に戻ってきた。 どうやらひとりで待っていたらしい、宿の若旦那、東さんが僕らの姿を見てあわてて立ち上がり、一礼する。 「それで、何?」 「これをちょっと見てほしい」 なずなに答えて、みなせが僕らに見せてくれたのは、泥まみれになった何かだった。 いぶきが手に取り、軽く泥を払ってみると、姿を現したのは―― 「木槌やね。えらい汚れてるなぁ」 「これがどうしたのよ」 「さっき、宿の若旦那が持ってきてくれたんだ」 「東さんが?」 みなせの言葉にイクトさんが聞き返して――僕らみんなの視線が東さんに集中した。 「は、はい……私が持ってきました」 えらく恐縮したふうに、東さんはうなずく。 一方で、ジュンイチさんがいぶきから木槌を受け取ると、他に手がかりがないものかと残りの泥を払って調べ始めて…… 「あ、名前発見。『日立明』だと」 「はい。 それは、この郷にある日立工務店の、棟梁のモノです」 「それを、なんで若旦那が預かってたんですか? しかもこんな泥まみれで……」 「い、いえ、預かったワケじゃないんです…… その、つい先刻、郷の中に妖怪が迷い込みまして……」 ………………ちょっ!? ジンに答えた東さんの言葉に、僕らの間に動揺が走る――で、真っ先にかみついたのはもちろんこの人。 「何ですって!? どうして呼んでくれなかったの!?」 「よ、呼ぶ前にやっつけてしまったんですよ。 一匹だけで、ちょうど私、包丁を持ってましたから」 詰め寄ってくるなずなに完全に気圧されながら、東さんは事情を説明してくれた。 現場になったのは、東旅館の厨房。 料理の仕込をしていた時、物陰から襲われたのでついとっさに反撃してしまった……とのこと。 「ぶ、武器を持ってたからって、そんな無謀はどうかと思うわよ。 あなたが死んだら、もし奥さんが戻ってきた時、どうするのよ」 「そう言われましても……私の方も、偶然だったのです」 「そ、それはそうだけど……」 苦言を呈するなずなだけど、さすがにその状況では他にどうしようもなかったのはわかっているのか、いつもに比べてちょっと勢いが弱い。 まぁ……むしろ、武器になるモノを持っていた時に襲われただけでも幸運じゃないの? 最悪、一方的にやられてたかも知れないんだし。 「若旦那の話してくれた特徴から考えて、妖怪はたぶん餓鬼だね。 それが宿の厨房の食材を漁ってたんだって」 「はい。 それで襲いかかってきたのを、とっさに包丁で……」 「で……妖怪を倒した後、この木槌が残っていた……か」 つぶやいて、ジュンイチさんがみなせに木槌を返して、 「今、軽く読み取ってみたけど、コイツ、だいぶ持ち主の思念が染み込んでるな。 このまま使い込んでたら、限界迎える頃には付喪神になってるんじゃないか、ってくらい」 「はい。 この木槌には工務店の棟梁、明さんの念が込められています」 「付喪神……?」 「道具などに持ち主の愛着の念などが染み込んでいき、積もり積もって意思を持ったモノのことです。 その愛着に答えて持ち主を守る守護霊的な存在になったりもしますけど、持ち主がその道具を買い替えたりして捨ててしまうと捨てられたことに対する怨念で妖怪化したりもするんです」 首をかしげるジンに答えて、みなせは問題の木槌を軽くなでると床に置く。 「イクト。 お前の術で追跡できないか? そういうのはお前の方が専門だろ」 「専門……“呪い”のことを言っているか? 確かに、そういう術がないこともないが、効力のほどは込められている思念の強さにもよる。方法としては可能だが、うまくいくかどうかは……断言はできないな」 「そんなんできるん?」 「まぁ……な」 「本人が方向音痴だから、実際追いかけていくのは別のヤツにお願いすることになるんだけどな。 みなせ。お前らの方にはそういう術はないのか?」 「あ、はい。ボクらの術の中にも、その手のものはあります。 だから、おそらくこの木槌に宿った念をたどれば、明さんのいる場所にたどり着けると思います」 言って、みなせが木槌に霊力を込める。 「…………これでよし。 ボクの霊力を込めておいた。この木槌が、持ち主の元まで導いてくれるはずだよ」 「預かっておくわ」 言って、なずなが代表して木槌を受け取る……と、そんな僕らに東さんが口をはさんできた。 「あ、あの……こんな時に何ですけど、それなら妻の持ち物でも、居場所を特定できたりしないのですか?」 あー、なるほど。この方法で棟梁さんが見つかるなら、東さんの奥さんも見つけられるかも…… けど、みなせは東さんに対して申しわけない表情で頭を下げた。 「……すみません。 この木槌は、明さんがさらわれた場所から運ばれてきたモノだから、追う事ができるんです。 ですから、宿にある、奥さんの道具では難しいんです」 「オレの術も、込められている思念が新しいほど精度が増す。 奥方がさらわれて、日が経っているのだろう? 宿に残っているものは、すべてその間触れられていなかった。そのことを考えると……正直、難しいな」 「そ、そうですか……」 みなせとイクトさんの言葉に肩を落とす若旦那だけど……すぐに気を取り直して顔を上げた。 「ですが、まずは棟梁ですね。 もしかしたら、妻のことも何かわかるかもしれません。よろしくお願いします」 「もちろんや。任せたって」 「よし、そうと決まればさっそく出発だ」 東さんに答えて、いぶきとマスターコンボイが立ち上がる。 「泥にまみれていたということは、おそらく棟梁がいるのは沼のどこかか…… 手前の方は探索したから、奥の方か……」 「沼の奥……ですか? 郷の人の話だと、沼の奥には主がいるらしいですけど」 つぶやくイクトさんにみなせが答える……けど、主? 「妖怪だとしたら、それなりの力を持ってるかもしれません。十分に気をつけてください」 「情報ありがと、みなせ。 じゃ、行ってくるよ」 みなせに言って、僕はため息まじりに振り向いて―― 「さーて、それじゃあオレは神社の修繕に……」 「そのために必要な人材を助けに行くんだ。グダグダ言わずについて来い」 「いぃぃぃやぁぁぁぁぁっ!」 …………いい加減、逃げ出すジュンイチさんへの対応も手馴れてきたなぁ…… 体格ではるかに劣るヒューマンフォームのマスターコンボイにえり首をつかまれて引きずられていくジュンイチさんを見て、そんなことを考える僕でしたとさ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「いっ、けぇぇぇぇぇっ!」 ……ホント、あの手この手で逃げようとするクセして、現場に入れば一番暴れるんだよなぁ、この人。 ちょうど今も、火炎弾の一撃で飛びかかってきた河童がまとめて数体吹き飛んだし。 「ホンマやね。 その怖がりさんさえなければ、一流の退魔師として食っていけますよ、じゅんさん?」 「冗談じゃねぇっ! 誰が好き好んで自分から恐怖の巣窟に飛び込むかっ! ……それよりっ!」 いぶきに答えて、ジュンイチさんが放った火炎弾がいぶきの顔のすぐ脇を抜ける――いぶきを背後から狙っていたでっかいカエルの顔面を撃ち砕く。 「……後ろがお留守だぞ?」 「事前に言ってぇな! 顔のギリギリすぐそばを撃ち抜かれるん、すっごい怖いんですけどっ!」 「教えてる間に襲われたいか!?」 「すんませんでしたーっ!」 「まったく……世話の焼ける!」 ジュンイチさんに論破されるいぶきの姿にマスターコンボイが動いた。いぶきのところまで駆けてくると、その背中をフォローするように自分の背中を預ける。 「後ろは受け持つ! 貴様は前方に集中しろ!」 「うん! ありがと、まーくん!」 「『まーくん』はやめろっ!」 ……なんか、あの組み合わせもいぶき・なずな組に負けず劣らずの凸凹コンビだよね。 「だな。 お前とイクトのコンビとそっくりだ。フォロー役の方が身長で負けてるところとがぶぅっ!?」 ジュンイチさんが顔面から沼に突っ込む――もっと言うと、僕が背中を蹴飛ばした。 そんなおバカをやりながら、沼地を探索していくことしばし。木槌を預かったなずなの誘導で僕らがたどり着いたのは、今まで調べてきたものとは段違いに大きな沼だった。 明らかに他の沼とは規模が違う。みなせが言っていた“主”がいるとしたらここだろうね。 …………つか…… 「……あー、なずな?」 「何よ、恭文」 「僕の見間違いじゃなかったら……なんか、妖怪同士で戦い合ってるように見えるんだけど」 「奇遇ね。あたしにもそう見えるわ。 ただ……『戦い合う』どころか一方的に見えるけど」 なんか、やたらとガタイのでっかい、真っ白な蛇の妖怪が、腹のぷっくりふくれた子供のような人型妖怪――餓鬼の群れをかたっぱしからブッ飛ばしてる光景がそこにあった。 「白蛇型の妖怪か……また善妖か邪妖か、判断に困るヤツが出てきたなぁ……」 「そうなんですか?」 困ったように頬をかくジュンイチさんに尋ねる――倒せると言っても、僕は妖怪に詳しいワケじゃないし、ここは知ってる人に解説頼もうか。 と、いうワケでイクトさん、お願いします。 「蛇というのは、神獣である龍の眷属と言われているんだ。 稲荷……つまり狐と並んで、神の遣いとしてはメジャーな部類に入る。だから稲荷同様に蛇を神様として祀っている神社はけっこうあるし、縁起物にもなったりする……蛇の抜け殻を財布に入れておくと金運が上がるとか、お前達も聞いたことがあるだろう?」 「けど、今までだってオレ達、蛇の妖怪何体もブッ飛ばしてきてますよ?」 「問答無用で襲ってくれば、判断に困るも何もなく邪妖で間違いあるまい。 おそらく、力の弱い蛇の妖怪が、この辺りの妖怪が増加している影響で邪妖化したんだろう。 本来、蛇の妖怪というものは、さっきも話したとおり母体となる蛇が神の眷属であることから、むしろ善妖として生まれることの方が多い種だが、大地に根ざすその生態から、霊脈の善悪の影響を受けやすい種という側面もある」 ジンに答えるイクトさんの説明で、なんとなくわかった。 なるほど。力の弱い蛇妖怪は、霊脈が悪い妖怪に汚染されるとその影響を受けやすい。ということは…… 「あのデカ蛇、明らかに大物の部類ですもんね……異変の影響を受けてるかどうかわからない、ってことですか」 今まで戦ってきたザコの白蛇と同じで悪影響を受けているか、それとも受けていないのか……そもそも、受けていなくても悪い妖怪である可能性は十分にある。その辺の判断をしっかりつけないと、うかつには攻撃できないってことか…… 「あぁ、それでなずながさっきから難しい顔してるのか。 いくら妖怪退治が仕事でも神職だもんな。問答無用で斬りかかりたいけど、もし相手がマヂモノの神の遣いだったらいろいろ困る、と」 「うぅ……」 ジンにツッコまれて、なずながますます渋い顔になる――図星だったか。 けど…… 「どっちにしても、あの戦いが決着つくまで待たない? つぶし合ってくれてるのに、わざわざ介入することないでしょ」 《ですね。 戦いが終わって、弱っている勝者に対して優位に立つ……基本ですね》 「……そういうワケにも、いかないようだぞ?」 僕やアルトに答えて、マスターコンボイが前に出る……えっと、どうしたの? 「よく見ろ。あの大蛇の後ろ」 『え……………?』 言われて、餓鬼の群れに隠れてよく見えない白蛇の後ろをよく見てみると…… 「あぁっ! 人! 女の人がおる!」 「妖力の膜に閉じ込められてる……今までの被害者と同じってこと?」 「それだけじゃない。 よく見ろ。彼女の着ている服を」 声を上げるいぶきやなずなにマスターコンボイが付け加える――そう。よく見ると、捕まっている女の人が着ている上着にすごく見覚えがあることに気づいた。 「今朝出向いた工務店の連中が着ていたのと同じ法被だ。 つまり……」 「彼女が工務店の棟梁、日立明か…… さすが龍宮。先日のダウジングといい精度が高い」 マスターコンボイに答えて、イクトさんが臨戦態勢で一歩前に出る。 「じゃ、ちゃちゃっと片づけますか」 「とりあえず、餓鬼を一掃しようか。 少なくとも戦いは区切りがつく……あの白蛇が敵か味方かも、そこでハッキリするでs ジンに続いた僕の言葉は最後まで続かなかった。 ジュンイチさんが、問答無用でぶちかました炎で餓鬼の群れをブッ飛ばしたからだ。 ………………って、いきなり何してんのアンタっ!? 「ん? 何、って……あの餓鬼どもを蹴散らすんだろう? だったら、チマチマ倒すより一気に吹っ飛ばした方が早いだろ? あの白蛇を狙って一ヶ所に固まってたんだし」 いや、確かにそうだけど…… 「火力を考えなさいって言ってんのよ! 棟梁さんもろとも吹っ飛ばすつもり!?」 「心配ねぇよ。 どうせ……」 ジュンイチさんがなずなに答える中、爆煙が晴れてきて―― 「いたた……いきなり何なのだ……?」 「………………あの白蛇が盾代わりに使えたしな」 人の言葉を話しながら、ケホケホと咳き込んでいる白蛇の姿を指してジュンイチさんが続ける。 「大丈夫かー? 一応、お前なら耐えられそうな程度に火力抑えたけど」 「むぅ……荒っぽい手ではあったが、それでも助かった。礼を言うぞ、人間」 まだ生きていた餓鬼にトドメとばかりに爆天剣を突き立てるジュンイチさんに答えて、白蛇も同じく生き残っていた餓鬼をその尻尾で叩きつぶす。 「アンタが沼の主?」 「いかにも。 ここ一帯を預かるミシャグジと申す……ほほぉ」 なずなの言葉に答えて、ミシャグジと名乗った白蛇はこちらに振り向いて……なずなといぶきを見たとたんいきなり目を細めた。 「おぉ、これは珍しい。こんなところに若い娘が訪れるとは。 さぁ、こっちに来るがよい」 なんて言いながら、ミシャグジは尻尾で器用に手招きのマネをしてみせる。 「じ、冗談じゃないわよ! 油断させようったって、そうはいかないわ!」 「なんか、今までの敵とは雰囲気違うなぁ……」 いぶきの言葉に今回ばかりは同意。 なんて言うか……同じ人語を解する高位妖怪でも、人面樹と違って悪意の類は感じない。というか緊張感皆無。 「雰囲気が違おうが、敵か味方かの判断材料にはならないでしょ?」 「ふむ。何やら誤解があるようだな。 私は別に敵ではないぞ。 実際、後ろの娘だって守ってやったではないか」 答えて、ミシャグジが視線で示したのは、背後で眠る棟梁さん。 「とはいえ……せっかくの若い娘。このまま返すのは忍びない。 私に精気を分けてほしいと思ってな」 「つまり?」 「私と性交してくれないか?」 前言撤回。 “悪意”は確かにないけど……煩悩まみれだわ、コイツ。 もちろん、そういう相手にコイツが容赦なんてするはずがない――白い目でミシャグジをにらみながら、なずなが武器をかまえる。 「……いくわよ。 アンタ達が来ないなら、アタシひとりでコイツ殺す」 「わ、なっちゃん待ってーな!」 いぶきがあわてて止めるけど、その手が届くよりも早くなずなが地を蹴った。一気にミシャグジとの距離を詰めて槍を振るう――けど、 「――――なっ!?」 なずなの一撃は止められた。 ミシャグジに防がれたワケじゃない。いきなり浮き上がって飛んできた岩が、ミシャグジの盾になってなずなの槍を受け止めたんだ。 「せっかちだのぉ。 私は別に、お前達とことをかまえるつもりはないのだが」 「襲う気マンマンで、何言ってんのよ!?」 ミシャグジに言い返して、なずなが再び強襲。今度はミシャグジの操る岩をかわして懐に飛び込んで一撃――けど、 「――――っ、つ……っ!」 ガギィッンッ!なんて甲高い音を立てて、槍はその鱗に弾かれた。むしろ槍を叩きつけたなずなの手の方がしびれたらしく、顔をしかめながら後退する。 「なぁ……やっちゃん。どないする?」 「うーん……」 いぶきの問いに、ちょっと考える。 少なくとも、あのミシャグジから悪意の類は感じない。 棟梁さんだって守ってくれたし、今だってなずなの攻撃をあしらってるだけで、こっちをどうこうしようっていうような意思は見られない。単になずなが向かってくるから仕方なく相手をしてる……っていう感じだ。 態度こそヤる気マンマンだったけど、問答無用じゃなくてちゃんと同意を取りつけようとしたし。 ひょっとして、アイツ……悪い妖怪とかじゃなくて…… 「ただの、女好き?」 ………………なんか、一気に力が抜けた。 えっと、誰かなずな止めてー。少なくとも戦う理由はないわ、コレ。 「まったく、手間をかけさせる……」 そして動いたのはイクトさん。一瞬で距離を詰めると、背後からなずなの槍をつかんで攻撃の手を止めさせる。 「ちょっ!?」 「そこまでだ、雷道。 戦意のないヤツに一方的にしかけることに義はないぞ?」 「何よ、アイツの味方するつもり!?」 「それはこれから次第、というところだ。 幸い言葉は通じるようだからな。向こうから仕掛けてくるつもりもないようだし、話を聞いてからでも遅くはあるまい」 反論するなずなにイクトさんが答えるその脇から、いぶきがミシャグジに声をかける。 「えっと……ミシャグジ様は、別にウチらと戦うつもりはないんよね?」 「いかにも。別に私は争う気はないぞ? ただ、精気を分けてほしいだけだ」 「だからそれが問題だって言ってるのよ!?」 しれっと答えるミシャグジになずなも反論する……相変わらず槍はイクトさんに止められたままだけど。 「なっちゃん、元気やなぁ」 「うっさい」 「まぁ、ミシャグジ様……だっけ? とりあえず、コイツらにその気はないみたいだし、おとなしくあきらめてくれないか?」 「むぅ……」 ジュンイチさんも説得にかかるけど、ミシャグジ本人は未練タラタラのようだった。 「だがのぉ、こんなところに暮らしていては、こんなかわいらしい女子との出会いなんぞめったにないんだぞ? 千載一遇のこの機会を逃すワケには……」 「こいつらがいくら魅力的だろうが、同意を得られていない時点で破綻しているだろうが。そのくらいわかれ」 「みっ……!?」 ミシャグジに答えるマスターコンボイだけど、そのストレートな物言いに、なずなの顔が今までとは別の意味で真っ赤になる。 「ま、まーくん……『魅力的』て、ちょう表現ストレートすぎ……」 「む…………? そうか? ジン・フレイホーク、オレにはよくわからんが……コイツらの容姿ならお前ら人間の言うところの『かわいい』部類に入るんじゃないのか?」 「そういう話を振らないでくれないかっ!? すごく回答に困るからっ! ってか、問題はそこじゃなくて、そういうことを言うマスターコンボイの表現がド直球すぎだってことだって!」 いぶきにまで顔を赤くされて、首をかしげたマスターコンボイが今度はジンにキラーパス……なんだろう、この泥沼な会話。 「……ま、まぁ、とにかく、や」 なんか脱線し始めた話題を軌道修正したのは意外なことにいぶきだった。ため息まじりに、ミシャグジに対して提案する。 「ちなみにエッチ以外なら、ウチちょっと話に乗ってもえぇで」 「よいのか!? ならば血を吸わせてくれるだけでもよいぞ!?」 「ちょっといぶき、何言い出すのよ!?」 「でも、なっちゃん、あんまり悪い妖怪にも見えへんし、ここで協力者を作るのも悪ないと思うんよ」 当然、この提案になずなが黙ってるはずもないワケで……あわてて詰め寄ってくるなずなにも、いぶきは笑ってそう答える。 「あと、この妖怪はアレやね。性行為は人間ほど重視してへんっちゅーか、愛情交歓の類やないんちゃうかな」 「ほほう、お前はよくわかっているようだな」 感心感心、とミシャグジが舌をチロチロさせて笑う……あぁ、なるほど。なんとなくわかった。 そもそも、コイツらは人間じゃない。僕らの言うところの貞操観念なんてないから、遠慮なく性交をねだるんだ。どうせ同じ精気を分けてもらうなら、気持ちいい方がいいに決まってるんだから。 僕らと同じ感覚で話をしてると思うからこじれるんだ……さっきのマスターコンボイのキラーパスみたいに。 「ウチの神社、そういう知り合い多いから。 で……そもそもミシャグジ様、今この辺で起こってる事件、知っとる?」 「一応はな。 娘達をかっさらって、精気を吸い取っている件だな」 戦う雰囲気じゃなくなってきたところを見計らって、いぶきがさらに話題を振る……ようやく、話が本筋に戻ってきた気がする。 「そそ。 ミシャグジ様は、どの辺のポジションにおるん?」 「“ぽじしょん”も何も、私は関与していない。 ムリヤリ押し倒して性交するなど、私の流儀ではないのだ。 やっぱり、こう……娘は愛でるものだろう、うん」 ………………言いたいことはわかるんだけど……うん。「お前が言うな」的な空気が蔓延してる。 僕と同じ事を考えていたのか、なずなが冷たい目でツッコミを入れる。 「……アンタ、アタシを押し倒そうとしなかったっけ?」 「違う」 「どう違うのよ」 「アレは口説いていたのだ。襲ったのではない。 というか、襲った、襲われたで言うなら、むしろ私がお前に襲われた側だぞ?」 「じゃあ、あのまま戦って、もしアタシが負けてたらどうなってたのよ」 「その時は、性交渉で精をもらっていただろうな」 「ちょっといぶき!? やっぱり襲う気でいたみたいよ、コイツ!?」 「せやから、性行為を重要視せぇへん言うても、やれへんとは一言も言うてへんやん」 追求と即答、テンポのいいやり取りの果てにまたまた武器をかまえたなずなに、いぶきが「まぁまぁ」と待ったをかける。 「うむ。気持ちいいのは大好きだぞ? 痛くもせんし。 あぁ、避妊はするから心配するな。それくらい分別は、私にもある。 ……とはいえ、結局勝負は流れてしまったのでなぁ。うん、血でも美味いからよいのだが」 「さっきの戦いはいったい何だったのよ!?」 「なっちゃん、別にウチ妖怪の味方するワケやないけど、攻撃したん、なっちゃんだけやったよ?」 「う……」 うん。先に武器を抜いて襲いかかったのは確かになずなの方だった。 その後も、なずなが一方的に攻め立ててるだけで、ミシャグジは自衛に徹するばっかりだった。 これでどっちが悪かったか、なんて……考えるまでもない。 「うむ。妖怪と見れば何でもかんでも襲うのはよくないぞ?」 「よ、妖怪に説教されるいわれはないわよ!」 「よいなぁ。可愛いなぁ」 叫ぶなずなに、デレデレするミシャグジ……どうやらツンデレキャラがツボらしい。 「アンタはいったい何なのよ!?」 「まぁまぁ。 とにかく……ミシャグジ。アンタはこの一件には関与していない、ということでいいんだよな?」 もう戦うつもりは消え失せたみたいだけどツッコミの止まらないなずなをなだめながら、ジンがとりあえず話を進める。 話が本当だとすると、ミシャグジは現場になった沼の主である、っていうだけで、今回の事件とは無関係ということになる。 けど、そうなると手がかりが途切れることになる。どうしたものか……とか考えていたら、 「いや、それはちょっと違うな」 そんな僕らに対して、ミシャグジは首を振った。 「確かに、私は今回の事件に関して何かしたワケではない。 しかし……それは『加害者ではない』というだけの話でしかない。 この事件に対する私の立ち位置を一言で表すなら……『被害者』だな」 『被害者?』 「うむ。 基本的に私は我関せずだったのだが、相手の方が手を打ってきてな」 「というと?」 「私はこの沼に封じられていたのだ」 イクトさんに答えて、ミシャグジが説明してくれた話によると、確かに自分は沼の主だけど、本来は他の場所に移動することもできるという。 つまり、沼は自分の家にあたるんだけど、今回の事件に絡んで、誰かに外から鍵をかけられて軟禁されたような状態にされてしまったらしい。 当然、問題になるのはその“誰か”だ。 「『ヤツら』って誰よ?」 「うむ。アレは見目麗しい巫女だった」 「巫女? アタシ達以外にも誰かいるってこと!?」 声を上げるなずなだけど……ちょっと待って。 「何よ?」 「あのさ……僕、一度郷の中で見かけてるんだよ。 なずなやいぶきとは別の巫女を」 「そうなん?」 「まぁ、遠目に見ただけだし、すぐに見失っちゃったから、見間違いだと思ってたんだけど…… そういうことだから、詳しい特徴まではわからない……せいぜい、背が高くて長髪だった、ってことくらい。 髪の色は……銀色にも見えたし白髪にも見えた。そこは距離があったから断言は厳しいね」 「おそらく銀だろうな。 それなら私の前に現れた巫女と特徴が一致する」 僕の意見をミシャグジが補足してくれる……ということはビンゴか。 ……ってことは、僕、事件の容疑者を見てたってこと!? くそっ、みすみす見逃したってことか…… 「まぁ、その段階ではその巫女が事件に関わっているとは結びつくまい。蒼凪に責任はないさ」 「そういうことだ。 それで……ミシャグジ。貴様の前に現れたというその巫女に、貴様は封印されたんだな?」 「いかにも。 妙齢の美女という感じだったな……うん、あの美貌に油断してしまった。 ちょっと話でもしようかと酒を持って近づいたところ、いきなり封じられてしまったのだ」 「……どこまでスットコドッコイなのよ、アンタ」 イクトさんとマスターコンボイに答えるミシャグジに、本気でなずなが呆れてる……うん、気持ちはよくわかる。 「美女がいるなら声をかけるのが、男の流儀というモノだ。 なぁ? お前達もそうは思わんか?」 『思わん』 僕ら男性組一同が即答する。 残念ながら、本命がいるのになんでわざわざそんなことしなくちゃならないのさ? 「なんだ、お前は本命一筋か。 まぁ、それもまた男のひとつの在り方。良きかな良きかな。 ……というワケで娘達よ。私が無実だということもわかったことだし、私の封印を解いてくれないか?」 「断る!」 もちろんなずなが即答。まぁ、なずなとしてはせっかく封じられている妖怪、しかもこんなエロ妖怪を解放する気なんかないんだろうけど……うん、甘いよ。 だって…… 「えぇよー」 いぶきだって逆方向に即答するに決まってるんだから。 「ちょっといぶき!?」 「せやけど、人襲ったらあかんで? 特に女の子」 「うぅむ。つまり合意ならよいのだな?」 「それならセーフ」 ……セーフなんだ…… 「な、何考えてるのよ、アンタ!?」 「え? せやから、協力してもらうんよ。 ミシャグジ様、強そうやし、いろいろ知ってそうやん」 「相手は妖怪なのよ!?」 まぁ……なずなの言うこともわからないでもない。 今回の事件的には悪くなくても、この女たらしっぷりは不安をかき立てるには十分すぎるし。 とはいえ……だ。 「味方は多い方がえぇよ。今は、人間とか妖怪とか言うてる場合ちゃうし」 「情報をもらう以上、ある程度のギブ・アンド・テイクは必要だろう。 オレ達はこいつから情報をもらい、その対価としてこいつの自由を保障する……それでいいだろう」 「むぅ……マスターコンボイの言い分はわからないでもないけど……いぶき。アンタ、もしアイツが人を襲ったら、責任取れるの? こないだのカマイタチとは、明らかに危険度違うわよ?」 「こないだの話を持ち出すっちゅうなら、答えはひとつやで。 それでなっちゃんが納得できるなら、そうする……ミシャグジ様が悪いことしたなら、その時は責任持ってウチが止める。それでえぇやろ?」 「あぁ、もう……この子はっ!」 あっさり答えるいぶきと頭を抱えるなずなの間に、ミシャグジが割って入る。 「どうやらもめているようだが、要は私が人を襲わなければいいのだろう? 心配するな。迷惑はかけんよ」 「どうやって信用しろっていうのよ!?」 「何、迷惑をかけぬ理由ならちゃんとある」 「理由……?」 眉をひそめるなずなに、ミシャグジはうなずいて…… 「女子が大好きだからだっ!」 非常にアホな宣言をぶちかましてくれた。 「私は女子が大好きだからな。だから女子を泣かせるようなマネはせん。 女好きだからこそ、女子に害は与えん……それで納得はできんか?」 「…………こうまで力いっぱいアホな宣言されると、反論の気力も失せるわ……」 ミシャグジの言葉に、なずなはとうとうその場に崩れ落ちた……まぁ、がんばれ、うん。 「ほな、どうやれば封印解けるん?」 「この沼の四方に札が貼ってある。 適当にひとつ破ってくれれば、そこから抜け出そう」 「よっしゃ、わかった」 いぶきがうなずいて、とりあえず手分けして問題の札を探してみる。 「……お、あったあった。 コイツだな」 最初に見つけたのはイクトさんだった。一枚見つければ十分なので、僕らも札探しをやめてイクトさんのところに集まる。 「……せやね。 妖怪の出入りを封じる術式や。この札で間違いあれへん」 「そうか。 では、はがすぞ」 いぶきも間違いないと確認して、いよいよイクトさんが札に向けて手を伸ばして―― ――――バチッ! 「……っ――――!」 火花が散った。痛みに顔をしかめて、イクトさんが手を引っ込める。 「何だ? 今のは……」 「おそらく、お前の“力”に反応したのだろう。 お前の“力”は、ずいぶんと我々妖怪寄りのようだからな」 うめくイクトさんにミシャグジが答える――あぁ、なるほど。元々イクトさんの扱う瘴魔力は、僕らの持ってる命の“力”とは同類ではあるけど正反対の特性を持つから…… …………ん? ってことは…… 「オレは……コイツの同類なのか……」 あ、ミシャグジと同類扱いされたイクトさんが凹んだ。 「ま、まぁ……それはともかく」 うかつに触れないのが吉と判断したんだろう。凹むイクトさんを苦しいスルーで受け流し、いぶきが札に手をかけて、 「ほな……いくでぇっ!」 ひっぺがした。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「………………えっと」 棟梁さんを連れて帰還した僕らの話を聞いて、みなせは思わず頬を引きつらせた。 まぁ、気持ちはわかる。だって…… 「……それで、この神社までお越しになられた、と」 「うむ。世話になるぞ」 僕らと同じくらいの大きさまで身体を縮めたミシャグジが、神社まで押しかけてきちゃったんだから。 封印の札をいぶきが破いて、無事沼から脱出したミシャグジだけど……「なんかおもしろそう」とかぬかして、神社までついていきたいとか言い出した。 もちろんなずなは猛反対。こんなエロ妖怪を人里に近づけてなるものかとかみつくものの、まだまだ情報交換したいのも、そしてこれ以上の情報交換はここでただ話しているだけじゃ厳しいというのもまた事実。 そんなワケで……結局ここまでついて来てしまったのだ。 「いいのかなぁ、これ……」 「ん? 妖怪を神社に入れるのが問題だとでも言うつもりか? 心配ない。私の同族や妖狐である稲荷を祀っている神社もあるように、妖怪だから神社に入れない、入れてはいけないというワケではないぞ?」 思わずうめくジンだけど、そんな懸念もミシャグジには関係ないらしい。あっさりとスルーしてくれた。 「せやけど、ミシャグジ様。 ウチらは事情聞きたいだけやから、連れてくるんはここまで。宿は別な」 「なんだ、つまらん。 せっかくいい娘がいるというのに」 一応釘を刺しておくいぶきに器用にため息をついて……不意に、ミシャグジは鎌首をもたげた。 その注目の先にはみなせ。視線を向けられ、ちょっと引いてる。 「時に、お前の名前は何という?」 「み、みなせですけど。龍宮みなせ」 「そうか、よい名前だな。 私と契らんか?」 「男も女も見境なしなの、アンタは!?」 「む、それは違うぞ? コイツは男と女、両方の性を持っているのだろう? ならば問題はない」 「……ないんだ」 すかさずツッコむなずなにもミシャグジはあっけらかんと答える。おかげでみなせが凹んでるけど、まったく気にする様子もないんだからある意味すごい。 「それでどうだ、みなせ。お前もどうやら神職の様子。私と契れば、いろいろ特典がつくぞ。 今なら、カエルを100匹ほど進呈しよう」 「……とりあえず、本筋の話を聞きましょうか」 みなせは、ミシャグジからのアプローチを華麗にスルーした。 「それで、敵の目的なんだけど、アンタ知ってる?」 「私が見たことなら話そう。 まず、頭目と思われるのは、若い巫女だ。と言っても、お前らよりは歳はわずかに上だな。なかなかの美女だった」 「……ちょっと、所在不明の巫女がいないかどうか、各地の神社に問い合わせてみます」 みなせが忘れないようにと、ミシャグジの証言をメモする……んだけど…… 「……なずな? どうした? なんか難しい顔してるけど」 「え? ……あぁ、なんでもないわ。気にしないで」 巫女の話が進むに連れて、何やらなずなが考え込み始めていた。ジンに声をかけられて、あわててごまかすように手を振ってる。 ……まぁ、あぁやってごまかしてるってことは、今回の件とは関係ないのかもね。マジメななずなの性格からして、事件に関わってることならちゃんと教えてくれるだろうし。 「話を進めるぞ。 部下なのかどうかは知らんが、引き連れた妖怪達が袋を洞窟に運んでいたな」 洞窟はともかく……“袋”という単語には覚えがある。 「精気袋か……」 「どうやら、その洞窟の奥が、連中の目的地らしいな」 僕らの“心当たり”を言葉にしてくれたのはジュンイチさんとイクトさん。二人が話している脇でいぶきが尋ねる。 「せやけど……その洞窟って?」 「沼の向こう、霊山のふもとにある洞窟だね」 みなせの言葉に、僕が手元の地図を開いて確認する……森を抜けて、沼を抜けたさらに先だ。 ただ……妖気の影響で森や沼はある種の迷宮になってる。ここまでいくのはけっこうな道のりになりそうだ。 「うむ。中はそうとう深くなっているから注意した方がいい」 「そうなんですか? 郷の人の話だとせいぜい数十メートルっていう話なんですけど」 「今は違う。 地相が歪められ、地の底に通じるほど深いものとなっている」 聞き返すみなせに答えるミシャグジだけど……ちょっと待て。 「……なんで、沼に封じられていたミシャグジが、そんなことを知ってるのさ?」 「小僧、地脈というものを知っているか?」 「霊脈とか、龍脈とか呼ばれる、アレでしょ?」 ここに来てから再三聞いた話だから、当然知ってる。 呼び方こそ違えど、すべて同じもの。大地を縦横無尽に走る霊的エネルギーの通り道、それが霊脈、ミシャグジの言うところの『地脈』だ。 「うむうむ、それだ。 地脈は大地の力。これを操ることによって、道を自在に操ることができる」 ……ちょっと待った。 “道を自在に操る”って、それ…… 「あー、ミシャグジ。 つまり、森や沼がダンジョンみたいになっているのは……」 「そう。地脈が歪められているのが原因だ。 それだけではないぞ。この郷で神隠し事件が起こっているそうではないか。アレも、郷の道をいじって行なっていたものなのだ」 ……なるほど。 それなら、僕らが郷に来て最初の神隠し事件の時、奥田さんが僕らの誰にも出くわさず森に連れ去られたことにも納得がいく。 僕らに出会う前に、奥田さんの歩いていた道を歪めて森に直結させて、奥田さんが迷い込んだ後で元に戻す……これなら、僕らの誰にも目撃されることなく奥田さんを連れ去ることが可能になる。 「そういうことだ。 なかなか筋がいいぞー、少年。女であったなら契ってやりたいくらいだ」 瞬間、ミシャグジが吹っ飛んだ……もちろん、僕が蹴飛ばした。 「……痛いのぉ」 「やかましいわっ! なんで僕まで口説きにかかってるのさ!? 僕は男! 漢! おーとーこーっ!」 「だから残念なのではないか。服装をなんとかすれば十分女子で通用するぞ?」 「………………ねぇ、みんな。 もう本気でコイツ斬ってもいいよね? 答えは聞いてない」 「あわわっ! やっちゃん、待ってぇな!」 胸元で待機状態のアルトに手を伸ばす僕を、いぶきがあわててはがいじめにして止める……えぇいっ、止めるなっ! コイツは絶対ブッ飛ばすっ! 「せやから、落ち着いてぇな! 殿中や! 殿中にござる〜っ!」 「まぁ……拝殿の中だから、表現は間違ってないな」 ちっとも放してくれないいぶきの叫びに、ジュンイチさんが茶をすすりながらのん気なことをほざいてる……自分に飛び火してこないからって余裕だね、おいっ! 「余裕ですともさ。 とにかくやめとけ。今はそいつから情報を得るのが第一だ。 ……情報を引き出すだけ引き出してから、用済みになったそいつをぶった斬ればいいだろ」 「む……そうだね」 「それはそれでひどいな、お前ら……」 ジュンイチさんのごくまっとうな正論になぜかミシャグジがうめいてるけど……とりあえず危機は去ったと判断したんだろう。気を取り直して話し始めた。 「まぁ、いい。話を元に戻そう。 なぜこんなに詳しいかというと……」 「元々これは私の力だからだ」 瞬間、再びミシャグジが吹っ飛んだ。今度はジュンイチさんが蹴飛ばした。 「つまり……オレ達が苦労して森だの沼だのを探し回るハメになってんのは、全部てめぇのせいか!」 「ジュンイチさん、落ち着けー。殺るのは話が終わってからー」 拝殿から外にぶっ飛んで、境内に無様に落下するミシャグジ。そのミシャグジにさらに追撃の炎を放とうとするジュンイチさんを止める。後で殺ればいいって言った人が真っ先にキレてどうするのさ? とりあえず、ジュンイチさんが殺る時は僕も加わろうと堅く決意する――その一方で、みなせが咳払いして、場の空気を元に戻す。 「ミシャグジ様は蛇の妖怪なんですよね」 「うむ。娘、いける口だな。 そこらの酒場で、蛇酒でも一杯やらんか」 「……後で考えましょう。 蛇は龍の眷属。龍脈を操れることも不思議じゃありません。 もしかすると、ミシャグジ様を封じたのも、むしろその力を奪うのが目的だったのではないでしょうか」 つまり……ミシャグジの持っている、霊脈をいじって“道”を操る能力を自分達が利用するために、ミシャグジを封じてその能力を奪った……ってこと? 「なるほど……確かに言われてみれば、そうかもしれんな」 「ミシャグジ。お前の力で、迷宮のようになった森や沼を元に戻すことはできないのか?」 「それは難しいな。 さっきも言った通り、やっこさん達は私の力を使っている。そして私は今、その力を奪われてしまっている」 ジンに答えるミシャグジの言葉に、傍で聞いていたみなせは肩を落とす……けど、 「だが、この村ぐらいは守ることができるだろう。これ以上の神隠し事件が起こらない程度にはな」 「それでも十分です」 フォローのつもりなのか、付け加えたミシャグジの言葉に、ようやくみなせはホッとした表情を見せた。 気持ちはわかる。言葉の通りなら、ミシャグジに協力をお願いできれば、少なくともこれ以上被害者が増えることはなくなるんだから。 せっかく助けてもまた新たに誰かさらわれたんじゃ話にならない。それがなくなるだけでも、かなり大きい。 「なんの、封印を解いてくれた礼だ。 それに、たまには郷に居つくのも悪くない」 「と、いうワケで……なずなさん」 となると、残る問題は……みなせの言葉に、その“問題”に、視線が集中した。 僕らとミシャグジの視線を受けても、なずなは憮然としたままだ。 「……つまり、コイツを見過ごせと?」 「まぁ堅いことを言うなよ、娘。この郷にいる間は、人に害は与えんと約束するぞ」 「ぬぅ……」 それでも納得いかないなずなだった。 そもそも、ミシャグジに対して一方的にケンカ売ってるし、決断に踏ん切りがつかないのもしょうがないけど…… 「ほな、なっちゃん、こう考えようや。 なっちゃんがミシャグジ様を倒した。けど殺さへんかった。そのお礼に、ミシャグジ様は村を守る約束をしてくれました。めでたしめでたし」 「……『こう考える』も何も、そのまま何のひねりもないわよ、いぶき」 「あれ?」 まぁ……確かに、そのまんまだよなぁ…… 首をひねるいぶきの姿に、いい加減らちがあかないと感じたのか、なずなは首を振った。 「……とにかく、この一件が終わるまでは保留にするわ。 これがアタシの譲歩よ」 なずなが言うと、場の空気が一気に弛緩した。 「よかったぁ。 よかったな、ミシャグジ様」 「うむうむ。 礼として、私と一晩過ごすことを許可してもいいぞ」 「だから、そういうのをやめなさいって言ってるのよ!」 「みっちゃん、じゅんさん。話のまとめー」 口説くミシャグジとかみつくなずなをあっさりスルーして、いぶきがみなせとジュンイチさんを促した。 「はいはい。 とりあえず……敵の狙いは洞窟の奥にあるらしい。 でもって、そこで“何か”をするため、精気の袋を運んでいる」 「敵の頭目は、どこに属しているのかわからないが、どこかの巫女っぽい。これはボクが調べる方向で。 そして、ミシャグジ様には郷の守護をお願いする。これでもう、これ以上の神隠し事件は起こらない」 「お前らはこのまま探索を継続。元凶である“巫女”をまず押さえる。 そうすれば、おそらく事件は解決だ」 ……さりげに『お前ら』って言ってますけど、ちゃんとジュンイチさんも同行してくださいね? もう棟梁さんを助けて、修繕をジュンイチさんがやる必要もなくなるワケだし。 「まぁ、そんなトコやね」 「……そうね。 これ以上の被害者を出すワケにはいかないし、敵にも何か目的があるみたいだし」 「その鍵を握る“3人目の巫女”を押さえれば、目的を知ると同時に頓挫させることもできる……まぁ、基本方針としてはそんなところか」 「それじゃ、今日のところはお疲れさまでした。 みなさん、次に備えて休んでください。僕は、棟梁を工務店に送り届けてから戻りますから」 いぶき、なずな、マスターコンボイが納得の旨を伝えて、みなせが締めくくり。僕らも旅館への帰り支度を始める。 「私はどうすればいい?」 ……と、口を挟んできたのはミシャグジだ。 当然、コイツをこのまま旅館に連れていくワケにもいかないし、かといってこのまま野放しっていうのもなぁ……だってエロ妖怪だし。 かと言って、沼に帰してまた“敵”に封じられても厄介だし、そもそも郷を守ってくれるというなら、郷の中にミシャグジ用の拠点を用意する方が当然だ。どうする、みなせ? 「そうですね…… じゃあ、今は使われていない旅館がありますから、今日はひとまずそこを使ってみてはどうでしょう。 枯れている温泉に水を溜めれば、沼に近い環境になると思いますし……明日以降の事は、また改めて考えましょう」 「ふむ……温泉が枯れているのは残念だが、まぁ、“ほぉむれす”とやらになるよりはマシか」 「いや……『残念』って、お前温泉とか大丈夫なのか?」 「なめるな。温泉郷の沼に巣くっているのは伊達ではないぞ?」 呆れるジンにミシャグジが胸を張っていると、その脇でいぶきがみなせに尋ねる。 「みっちゃん、ミシャグジ様の正体は黙っといた方がえぇよな」 「そうだねぇ……郷に被害者もいることだし、あんまり妖怪だってことは知られない方がいいかもしれない」 「私はそれでかまわないぞ。 人の身で動いてよいのなら、このまま娘達と触れ合うのだが」 「……却下よ。 アンタの頭には、女の子しかないの?」 「うむ!」 「即答!?」 なずなに即答するミシャグジを見て……ジュンイチさんがポツリと一言。 「また……濃いのが増えたなぁ……」 あなたが言いますか、その『濃いの』の筆頭が。 (第6話に続く) ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 次回予告っ! ミシャグジ「さて、今日から私もこの郷で世話になるワケだが」 なずな「あー、もう。今すぐにでも叩き出したい……!」 ジン「まぁまぁ。抑えて抑えて」 ミシャグジ「まぁ……宿はどうにかなったとして、次は食事だな」 なずな「フン、カエルでも用意してあげようかしら?」 ミシャグジ「それにはおよばんよ。 娘、お前が女体盛りでもやってくれれば」 なずな「やっぱり死ねぇ〜〜っ!」 第6話「被害者 救出 完了」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ あとがき Mコンボイ「あー、何だ……非常に頭の痛い新レギュラーが登場した第5話だ」 オメガ《女たらしの蛇妖怪、ミシャグジですね》 Mコンボイ「一応聞くが……『とまコン』出演に際してキャラクターが壊れた、とかじゃないんだな? 原作の頃から“あぁ”なんだな?」 オメガ《えぇ、そうですね。 彼は原作設定からして“あんなん”です。基本、口説いてスルーされてのコメディリリーフですね。 反面、目立たない部分できっちり仕事はしている、縁の下の力持ちな一面もあったりしますけど……》 Mコンボイ「……『縁の下』でしかがんばらないから、評価が上がることがない、と」 オメガ《まぁ、本人もそういうところでポイントを稼ぐ気はないみたいですしね。 彼なくして事件解決はなかったんじゃないか、っていうような仕事をしているクセして、原作での周りからの評価は一貫して『エロ妖怪』で通されているという》 Mコンボイ「……本人がそれでいいならよし、ということでいいのか? それは」 オメガ《そう思っておきましょうか。 さて、今回の話のポイントをもうひとつ挙げるとするならば……》 Mコンボイ「やはり、ミシャグジを封印したという巫女の存在か……」 オメガ《前回のラストでミスタ・恭文が目撃したのがその巫女だということもついでに判明したワケですけどね。 彼女が今回の事件に関わっているのは確定でしょうけど、何が目的か、などもわかってないんですよね。 そもそも素性だってわかってないですし》 Mコンボイ「それを明らかにして、阻止していくのがこれからの展開の本筋になりそうだな」 オメガ《ですね。 そういうことなんで、せいぜいがんばってくださいね、ボス》 Mコンボイ「いや、お前も力を貸せ! オレのデバイスだろうが!」 オメガ《やれやれ、ワガママなボスを持つと苦労しますね。 ……さて、そんなこんなで、そろそろお開きの時間ですね。 みなさん、今回も読んでくださって、本当にありがとうございました》 Mコンボイ「次回も必ず読むがいい」 (おしまい) [*前へ][次へ#] [戻る] |