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頂き物の小説
第2話「迷いの 森を 突破せよ」





「………………ふむ」



 頭にでっかいこぶをこしらえたいぶきを伴って旅館を出る――郷の中を見回して、マスターコンボイが息をついた。



「……とりあえず……ウソ偽りない感想を言ってもいいか?」

「そうやって断りを入れる時点でロクなこと言いそうにないが……まぁ、言ってみろ」



 ジュンイチさんにOKをもらって、マスターコンボイは息をついて――











「ゴーストタウンか? ここは」

「少しは言い回しを考えてもらえませんか!?」











 すかさずみなせがツッコんだ。







 とはいえ……マスターコンボイの言いたいこともちょっとわかる。



 明らかに郷の中に活気がない。人通りはないし、どのお店も閑古鳥。







 そして何より……“郷の人達すら見かけない”。







 穴場と言われるくらいだし、僕達が来る時に味わったあの交通の便の悪さ(遭難未遂は除く)を考えると、観光客が少ない……というのは、まぁ、納得できる。人が来ないからこそ「穴場」なワケだし。



 ただ……地元の人達すらまばらというのは、どうもおかしい。

 お店自体はどこも手入れが行き届いているから、「思ったより観光客が入らなくて過疎化が進んでる」というワケでもなさそうだし。



 考えられる原因は……







「やっぱり、これも“神隠し事件”とやらの影響?」

「うん。
 みんなおびえちゃって、外出を控えてるから……」







 尋ねる僕にみなせがうなずく。



「このままじゃ、郷の人達すら事件を恐れてここを離れていっちゃう。
 そうなる前になんとかしないと……」

「せやね……
 あ、ところでみっちゃん」

「ん?」

「さっき、出てくる時に奥さんに声かけられとったやろ? 何やったん?」

「だから、奥さんじゃないってば」

「あぁ、奥田さんやったね。
 いや、話されへん内容やったらえぇんやけど」

「そんな内容じゃないよ。
 探索のために、お弁当作ってくれるって話だよ」

「是非!」



 いぶきらしい食いつきっぷりだけど……まぁ、ここは同感かな。

 腹が減っては戦はできぬ。腹ごしらえのあてができるのはありがたい。



 もっとも……



「ま、オレ達には関係ないわな」

「携行できる程度の弁当では腹もふくれんからな……
 六課からハイカロリーペレットでも送ってもらうか?」

「アホ。ンなの、こっちから『厄介ごとが起きてます』って宣言するようなものだろうが」



 弁当程度ではどうにもならない人達もいるんだけどね。







「で、話を元に戻す」



 とりあえず、出歩いたことと弁当の話でいぶきも頭がスッキリしてきたみたいだ。頃合を見計らって、みなせも話を進める。



「単なる……ってのもおかしな話だけど、“ただの”神隠し事件なら、基本的にボクひとりでも十分だ。
 聞き込みして、情報を整理して、事件の真相を突き止める。相手が神様だか異次元だか、とにかくそこに迷い込んじゃった人々を救出する……そこに、荒事の入り込む余地はない、よね?」



 確かに、ただ助け出すなら、相手を倒す必要がないならそれでいい――“それだけなら”。

 けど、みなせはそれだけですまない可能性を示唆してる。つまり――



「……つまり、他に厄介事があるっちゅーワケやね」

「そう。妖怪の気配がある」



 いぶきの問いにみなせが答えて――反応を示したのが若干一命……じゃない、一名。



「…………柾木。大丈夫か?」

「大丈夫じゃない。問題だ」



 ガタガタ震えるジュンイチさんがイクトさんに答える……とりあえず、ネタをはさむ余裕はまだ残ってるらしい。



「あー、みなせ。この人のことは気にしないで。
 この反応はいつものことだから」

「は、はぁ……それなら、いいんですけど。
 それで……神隠しにあった人々は、その多くが向こうの森で失踪してる」



 言って、みなせが指さしたのは郷の向こうの森。そこが現場ってことか……



「妖怪の縄張りはそこか」

「おそらく。
 そして、ボクに戦闘能力はほとんどない」

「そこで、ウチらの出番か」



 みなせの言葉にいぶきが納得する……となると、僕らも介入するとしたらやっぱり荒事の部分か。

 まぁ、戦力面の不安はないか。ジュンイチさんも現場に出てくれば戦力になるし……引っ張り出すまでが一苦労だけど。







 ………………あ、そうそう。『戦力』といえば。







「なぁ、みなせ。
 さっき言ってた、『もうひとりの巫女』ってのは?」

霞ノ杜かすみのもり神社から派遣されてきた、雷道なずなさん。彼女はもうすでに、探索を開始しているよ」

「霞ノ杜……あー」



 ジンに答えるみなせだけど……どしたの? いぶき。



「あー、うん。
 霞ノ杜っちゅうのが、ちょっとな……」

「何か問題でもあるのか?」

「まぁ、神社同士の、方針の違いっちゅうヤツやね」



 首をかしげているのはマスターコンボイ……まぁ、退魔方面の知識はないだろうし、しょうがないよね。



「みなせ。
 こっちの面々には、退魔師についてちょっと講義した方がいいかも。
 僕も薫さん……あぁ、知り合いの退魔師なんだけど、その人から聞いた限りのことしか知らないし」

「『薫さん』……って!?」



 僕が提案すると、みなせはいきなり驚いて……えっと、何?



「恭文さん。
 薫さん、って……もしかして、神咲薫さん!?」

「そうだけど……知ってるの?」

「知ってるも何も……神咲家の現当主じゃないですか!
 この業界で、“神咲”の名は一種のトップブランドですよ!?」



 ……そうなんだ。

 すごい人なのは知ってたけど、薫さん、“こっち”の業界じゃそんなに有名人なのか……



「そっか……やっちゃん達、神咲の人と知り合いやったんか。
 道理で、ここに来る前に妖怪が出た時にも普通に対応できたはずや」

「まぁ、対応できた件については他にもいろんな要素が重なった結果というか……とりあえずそこは後で説明する。
 今は、そっちの業界の話でしょ?」

「『業界』、って言い方されると、ちょっと引っかかるものがありますけど……
 えっと、いぶき達“退魔巫女”を含むボクら退魔師は、基本的に神社単位で組織体系が構成されています。
 そして……その神社ごとに、それぞれ怪異に対する方針は独自に決めています。
 たとえば……いぶきの灘杜神社やボクの龍杜神社、それから薫さん達神咲の人達は、いわゆる妖怪との共存派です」

「共存……つまり、妖怪と共に生きていこう、というスタンスか。
 そんなことが可能なのか?」

「んー、一口に『妖怪』っちゅうても、いい妖怪もいれば悪い妖怪もいるんよ。
 たとえば……座敷わらしなんかが善良な妖怪の代表格やね。あれは家の守り神って側面もあるし。
 他にも、同じ種でも人間が好きな子もいれば嫌いな子もいる……ここは性格的な違いやね」



 聞き返すマスターコンボイにいぶきが答える……うん、そうだね。いい妖怪もいれば悪い妖怪もいる。

 実際、久遠がそうだ。“九尾の狐”なんかは物語とかだと悪玉妖怪の典型、久遠も一時そういうところがあったけど、無事それを乗り越えて僕と友達やってるワケだし。



「その話も聞いてますよ。
 『絶対に祓えない』と言われていた“祟り狐”の祟りを、神咲の人達が祓ったというのは、ボクらの間でも有名な話です」



 そうなんだ……我ながら、ホントすごい人達と知り合いなんだなぁ、僕。



「似たような事例は他にもあります。
 たとえば、ボクらと同じ共存派で音羽おとわ神社、というところがあるんですけど……そこでも、悪さを働いた妖狐を保護していて、今では家族の一員だとか。結婚までしたそうですよ。
 そんな、『人間も妖怪も同じ生き物なんだから、手を取り合って仲良くしよう』というのが共存派です。悪事を働く妖怪はもちろん退治しますけど、いい妖怪までみだりに討つことはしない。ケース次第では、善妖を守るために人間側と対立することもあります。
 けど……すべての神社がそういう方針じゃないんです」

「まぁ、『共存“派”』なんて言い方するくらいだからな。
 当然、方針が違う派閥もあるか」



 みなせの言葉にジンがつぶやく……そう。みんながみんな、妖怪と共存することに賛成なワケじゃない。



「妖怪それ自体を“悪”と見なして、退治しようとする殲滅せんめつ派……霞ノ杜神社がそれにあたります。
 あと……有名なところでは月杜つきもり神社ですか。ここは近くに大妖の一派が巣食っていて、霊脈をめぐって小競り合いの毎日だとか」



 ぅわ、よく続くねそれ。僕も暴れるのは嫌いじゃないけど、毎日はかんべん願いたい。



「霞ノ杜はその中でも特にタカ派で……確か、灘杜いぶきのところとは、仲が悪いんだっけ」

「んー、まぁ一方的に嫌われてるって感じやけどね。人もいろいろおるし、考え方が違うのはしゃあないんちゃう?」

「だが、そのタカ派がひとりここに来ているんだろう? 大丈夫なのか?
 ヘタをすれば協力体制どころか内輪もめの火種になりかねんぞ」

「ですよねー。
 まぁ、ウチとしては、どうかここに派遣されてきてる娘が、あまり過激な子ではありませんように……って祈るしかないんですけど」



 イクトさんの言葉にいぶきがため息をつく。



 まぁ、いざとなれば……



「気にするな。
 ガタガタぬかすようなら実力で黙らせてやればいい」

「あ、あかんて、まーくんっ!
 向こうもみんなのために、ってやってるんやから!」



 僕と同じことを考えていたらしいマスターコンボイをあわてていぶきが止める……チッ。



「やっちゃんも舌打ち!?」

「悪いなー、いぶき。短絡的な連中でさ」



 ジュンイチさんにそれを言う資格はないと思う。



「まぁ、そういうことならウチも急がなな。ひとりよりは二人の方が効率がえぇやろし」

「うん。
 でもまずは神社に案内してからね。そこが今回の事件の対策本部になる」

「わかった」











『とまコンシリーズ』×『神楽道中記』 クロス小説



とある魔導師と守護者のちょっと一休みな道中記



第2話「迷いの 森を 突破せよ」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「これはまた、ずいぶんな……」



 そういぶきがうめく気持ちはよくわかる。正直、僕も“ここまで”とは思わなかった。







 だって、みなせに案内された“対策本部”は……素晴らしくボロっちい神社だったから。







「うん、言いたいことはわかるよ。なずなさんも同じことを言ってた」

「……そっちは『さん』付けなんや」

「向こうは、『さん』付けも敬語も拒否しなかったからね」



 ツッコむいぶきにみなせが苦笑する……まぁ、組織人としてはそっちの方が普通なんだけどね。



 ただ……『やっちゃん』呼ばわりはともかく、タメ口については僕もいぶき側。一緒に仕事するんだし、そこは気楽にいきたいのよ。



「けどこれは……何ができるんだよ、このありさまで?」

「そもそも、何もないじゃないか。
 明らかに廃棄というか、放置されていた神社だろう」



 ジンとイクトさんが言うとおり――拝殿の中には、何もない。

 さらに、繰り返しになるけど恐ろしくボロい。



「多少は片づけておいたから最小限のことはできるけど、それ以上は補修しないとムリだね」

「補修……」



 みなせの言葉に、マスターコンボイが軽く踏み込んでみる――あの、ミシミシとすごい音がするんですけど。



 これ……むしろ早く補修しないとシャレにならないんじゃ。妖怪と戦う前につぶれた神社の下敷きになってアウト、とかイヤだよ、僕。



「何で補修せぇへんの?」

「大工の棟梁も神隠しにあってるんだ」

「ほなせめて、武器の補強がしたいな」

「鍛冶屋は孫娘がやっぱり消えてしまって、50歳くらい老けちゃってる」

「……事態は思った以上に深刻やね」



 みなせに次々にダメ出しされたいぶきが考え込む……まぁ、確かにいぶきは刀の手入れとかもあるし、鍛冶屋さんが休業してるのは痛いか。



「何言うてんの?
 やっちゃんだって刀で……って、そういえばやっちゃん、さっき戦った時、いきなり姿変わったり刀どっかから出したりしとったけど……」

「あぁ、僕の相棒は……アルト」

《やれやれ、やっと私の紹介ですか。ようやくしゃべれますね。
 初めまして。アルトアイゼンといいます》



 ツッコんできたいぶきに答えて、待機状態のアルトを紹介する……まぁ、少なからず首を突っ込むと決めた以上、ここは……ね。



「これが……あの刀になるん?
 言われてみれば、あの刀にはまってた宝石によぅ似てるけど……」

《とりあえず、私達の力については説明しだすと長くなるのでいずれ。今のところは“そういうもの”として認識していてくださればけっこうかと。
 あぁ、それと事前に断っておきますが、“アルト”と呼んでいいのは私がマスターと認めた人だけですので》

「うん。わかったわ、あっちゃん」

《……そうきましたか》



 ………………恐るべし、いぶき。アルトが相手でも物怖じしないなぁ。



「まーくん達の武器も、そんな感じなん?」

「まぁな。オレとジン・フレイホークの武器がアルトアイゼンと同系統だ。柾木ジュンイチも持っているがこちらはメインではないな。
 オメガ」

《おぅ、オメガだ!
 よろしくな、ミス・いぶき、ミスタ・みなせ!》



 ……あー、そういえばオメガの本来のしゃべりってそんなだったよね。あとがきで読者様に対してていねいにしゃべってる印象が強くてすっかり忘れてたよ。



「オレのデバイスは……今持ってるレオーはしゃべれないから、自己紹介はかんべんな」

「じゃ、次はオレの相方か。
 蜃気楼、自己紹介」

《蜃気楼といいます。
 いろいろとマスターが迷惑をかけますので今から謝っておきます。ごめんなさい》

「すでに迷惑かけるの確定かいっ!」

「アハハ、気にせんから別にえぇよ、しんちゃん」

「どこの幼稚園児だよ」

「んー、せやったら……しーちゃん?」



 ジンやジュンイチさんもデバイスを紹介する……そういえば。



「このメンツで、イクトさんだけデバイス持ってないんですよね……意外なところで仲間外れ発生?」

「オレが持っていても壊すだけだろう」



 ……自分で言ってないで、改善する努力をしましょうよ。



「人生30年、努力し続けてなお治らないが?」



 ………………ごめんなさい。



「まぁ、イクトさんもイクトさんで武器はどうにかできるから大丈夫。
 って言っても、さっさとさらわれた人達を助けなきゃいけないのは変わらないけどね」

「……うん。ボクもそう思う。
 できるだけ早く、みんなを救出しないと」

「せやね。そうせんと……」



 ……ん? どしたの、いぶき? いきなり止まったけど。



「そういえば……“治療”もみっちゃんがやるん?」



 は? “治療”……?



「あぁ。
 いぶきも、妖怪にかどわかされた女性がどうなるかは、知ってるよね」

「うん。
 神社で勉強してある」

「おい、どういうことだ?
 被害者に何かあるのか?」



 マスターコンボイが口をはさむ……うん。僕もそこは知らない。



 ただ、話しぶりからして、イヤな予感しかしないのは確かだ。

 正直……胸くそ悪い話題の予感がする。



「基本的に、妖怪にさらわれた人間の末路は、被害者の性別によって変わってきます」



 とにかく、僕らの疑問にはみなせが答えてくれる……性別云々のくだりで、予感はさらに増大したけど。



「まず、男性は単純に食糧にされます。
 食べられて……妖怪の栄養にされるんです」

「その時点でいきなりいい気分のする話じゃないな」



 イクトさんも渋い顔だけど……僕の予感がビンゴなら、本当にイヤな感じになるのはこの後だ。



「そして女性……ある意味、こちらの方が問題です。
 女性が妖怪にさらわれた場合……」





















「暴行される……しかも性的な意味で」





















 そう答えたのはみなせ……じゃない。ジュンイチさんだった。



「そうなんだろ? だから、男性とは扱いが変わってくる」

「………………えぇ」



 ジュンイチさんの言葉に、みなせはためらいまじりにうなずいた。



「女性が妖怪にさらわれた場合……繁殖のための苗床にされてしまうんです。
 暴行され、その末に……妖怪の子を、産むことになる」

「なるほどな。
 それで、退魔“巫女”なワケか」



 言って、ジュンイチさんはいぶきを見た。



「退魔巫女ってのは……対妖怪がメインってことだろ?
 男はさっさと食われて終わるが、女は子供の問題こそあるが殺されない……本人の覚悟次第では復帰も可能。そういうことなんだろ?」

「察しがいいですね……」

「この場面では役立ったと自負してるけどな……こんな話、話しづらいだろう?」



 感心するみなせに答え、ジュンイチさんは肩をすくめて見せる――まぁ、こういうことには気の回る人だからなぁ。



「せ、性………………っ!」



 少なくとも、ここで真っ赤になってフリーズしてる人はこうもいかないね、うん。



「で? さっきの話だと、被害にあっても治療する手段があるみたいだけど?」

「えぇ……」



 ジュンイチさんの言葉にうにずくみなせだけど……マテ。なぜそこで赤くなる?



 そういえば、さっきいぶきは「治療はみなせがやるのか」って聞いてたけど……まさか、その“治療”って……











「うん……そのまさか。
 被害にあった人達に注ぎ込まれた“陰”の気を……僕らの“陽”の気をぶつけることで相殺します。
 まぁ、要するに、その……えっと……」













 僕に答えて、みなせは真っ赤になって視線をさまよわせる……やっぱり、治療の方もエロイベントかい。



「いぶき……キミまで被害者にならないことを祈るよ」

「縁起でもないなぁ……あ」



 ………………今度は何さ?



「なぁ、みっちゃん。
 その関係で、さっきからずーっと気になっててんけど」

「何?」

「みっちゃんって……」





















「男なん? 女なん?」





















「は!?」



 ここでみなせが顔を引きつらせるのは仕方ないと思う。僕も正直止まったし。



「……いや、どうもようわからへん。
 臭いは基本的に女の子っぽいねんなー。せやけど、男の臭いもするし。
 せやけど、治療前提の話が出てきたっちゅー事は男の子やろ?
 何や、ようわからへん。ほんでどっちか気になってんけど」



 いや、あの、いぶき……臭いって、動物かお前は。



「人間は動物やろ?」



 あっさり返された。



「いや、そうなんだけどさぁ……」

「ふむ」



 って、今度はみなせの前まで行って……











「えいっ」



 ぽんっ。



「ぅわぁっ!?」





 って、みなせの股間を迷うことなくその手でなで上げやがった!?











「い、いいいいい、いぶき!?」



 当然、いきなり股間をさわられたみなせは大あわて、股間を押さえて後ずさりして、







「アホか貴様はぁっ!」



 マスターコンボイがいぶきをはり倒した。







「っ、たぁっ!?
 まーくん、また殴った!?」

「殴りもするわっ!
 いきなりどこを触っている!?」

「え? 付いてるかどうか確かめるんなら、触るんが一番やろ?」







 ………………あっさり答えやがった。







「そ、そうだけど、そういう確かめ方はどうかと思う! 相手が相手なら訴えられてもおかしくないよそれは!?」



 みなせも、股間を両手で隠したまま抗議の声を上げる――確かに、下手すりゃセクハラだ。下手しなくてもそうだけど。







「やー、ごめんごめん。
 せやけど、やっぱり付いとんのな」

「そりゃそうだよ。
 これがないと、治療ができない」

「っつー事は、やっぱり男の子なん?」

「あー……」







 あ、またみなせの動きが止まった。

 そのまま、しばらく何やら考え込んでたけど……







「下を見せるよりはマシか。
 いぶき、ちょっと手を貸して」

「? ほい」



 みなせに言われるまま出したいぶきの手を取って、みなせは自分の胸に当てた。







「おぉっ」







 ……って……どうしたの? いぶき。



「………………ある」

「ある?」











「胸」











 ………………はぁっ!?







「ちゃんとあるでしょ?」

「うん、かなり小さいけど」

「どうせ小さいよ」



 サラっと言い切るいぶきの言葉に口をとがらせるみなせ――だけど、それほど気を悪くした様子はないっぽい。



 そんなみなせに対して、いぶきはカラカラと笑うと、フェイトほどじゃないけどそれなりにご立派な自分の胸を指さして、











「お返しに、ウチのん触る?」











 再びマスターコンボイがはり倒した。



「ま、まーくんがまたぶったぁっ!」

「やかましいわっ!
 繰り返し繰り返し……羞恥心というものがないのか、貴様はっ!?」

「むーっ。まーくん、固いなー。
 そういうのを気にするような子には見えへんけど」

「パートナーが貴様同様恥じらいがなくてな。不本意ながら止め慣れた」



 ……とりあえず、誰のことを言っているのかはよくわかった。具体的には豆芝とか。



「まぁ、とにかくボクは両方“ある”ワケだ」

「はー……ふたなりさんって、初めてやわ」

「気持ち悪くない?」

『え、何で?』



 迷うことなく聞き返して――いぶきとハモってちょっとびっくり。



 まぁ、とにかく、だ。



「僕は別に気にならないよ。
 身体がちょっと人様と違う……なんて人は周りにゴマンといるからね。いちいち気にしてられないよ」



 あ、その“代表格さん”がちょっと苦笑してる。まぁ、ついこの間それがらみで暴走したばっかりだしね。



「んー、ウチも気にならんかな。
 ふたなりさんでも、みっちゃんはみっちゃんやん」

「……まぁ、そう言ってくれるのはうれしいけどね。
 それでも、やっぱり世間一般では、あまりいい風には見られないから、普段は黙ってるんだよ」

「ふーん、そういうものなのか。
 元々はどっちなんだ?」

「それはボクにもわかりません。
 物心ついた時にはこうだったらしいし、それ以前がどうだったかも、教えてくれる人がいないし」



 ジンに答えて、みなせは拝殿の床に腰を下ろす……ところで。







「イクトさん、大丈夫?」

「う、うむ……大丈夫だ」







 ………………ごめん。ちっとも大丈夫に思えない。だって治療の話になったあたりから鼻を押さえてうずくまってるんだもの。







「まぁ、せっかくだから龍杜の話も少ししとこうか。
 いぶきは、ウチの神社についてどう聞いてる?」



 みなせに促され、いぶきも、そして僕らもその場に座る。



「えーと、あれやんね。
 みんな、霊脈の力を利用すんのに長けとるんやっけ?」

「まぁ、だいたいあってる。
 龍神をまつっている龍杜神社は、龍宮の一族でまとめられてる」



 みなせは、床にするすると指をはわせた。

 積もっていたホコリをなぞり、床に緩やかな曲線が生じる。



「ここで言う龍神、っていうのはいわゆる大地を走る龍脈、呼び方は変わってるけど要は霊脈だ。ここまではわかるね」

「うん。だいたいは」

「風水の考え方だな。
 あっちは霊力じゃなくて気として解釈してるけど」



 いぶきの言葉にジュンイチさんも乗っかってくる……うん、僕もそれなりにわかる。



 龍脈、霊脈、また地脈とも呼ばれる森羅万象の力、いわゆる地球そのもののエネルギーだ。



「で、ウチの神社の特徴として、霊脈の力を自分の身体に取り込んでいるという点がある。
 まぁ、強力な霊力の類と捉えてくれていい」



 つまり、地球のエネルギーを取り込みパワーアップした強化人間集団。

 それが、龍杜神社の一派、というワケだ。



「格好えぇ呼び方すると、龍気やな」

「あはは、うん、そういう呼び方をする人もいるね」



 むふーっと、どこか鼻息荒くうなずくいぶき……あれ、そういうのイケる口?



「ばっちオッケーや!
 ヒーローとか大好きやね。『電王』は神作や思うし」

「それはもちろん!
 いや、こんなところで同好の士に会えるとは思わなかったよ!」

「ウチもや。
 特に『さらば電王』なんて、おもしろくて何回も映画館に……って、あれ、やっちゃん!? いきなり崩れ落ちてどないしたん!?」



 ………………そうだよね。『さらば電王』、結局未だ見れてないままなんだよね。



「そっか。
 ディスクも予約してるし、入ったら貸してあげられたらえぇんやけど」

「あー、大丈夫。
 知り合いのタヌキにその辺確保させたから」



 六課出向の報酬として、ね。



「話を戻していいかな?
 その霊脈の恩恵で、龍宮の一族は様々な力を得ているんだよ。
 たとえばボクの姉様は、それこそ本当の龍みたいに、強力な霊力と肉体を有している」

「おおー……」



 いぶきは思わず握り拳を作ってる。まぁ、聞く限り、まさしくヒーローっぽいし……けど、



「ジュンイチさん達ブレイカーと似たようなものかな?」

「少なくとも……やってることは同じだな」

「え、そうなん!?」



 僕の周りには同じことができる人もいたりする。僕に答えるジュンイチさんの言葉に、いぶきが身を乗り出してくる……すんげぇ瞳をキラキラさせながら。



「つか、ムチャをする……霊脈の力を取り込むなんて、並の人間の身体じゃ耐えられる保証なんかないのに、それを生まれながらにやらかすのかよ……」

「えぇ、まぁ……実際、発現する力は運任せなところがありますし。
 ちなみにボクの場合は、この両性具有の身体と、あとは霊気の探知とか呪符作りの才能。
 残念だけど、前線で戦える才能には恵まれませんでした」



 ジュンイチさんに答えて、みなせは肩をすくめた。



 まぁ……何だ。



「まぁ、そういうのは適材適所やろ。
 みんな前線やったら困るやん。僧侶とか魔法使いがおらんと、パーティーは困るで。戦士四人パーティーとかどんな縛りプレイなんよ」



 気にすることはない――そう言おうとしたけど、先にいぶきに言われた。



 身近な実例で言えば、スバル達フォワード陣かな。きれいに役割分担別れてるし。



 みんなそれぞれできることとできないことがある。だからそれをうまいこと組み合わせる。それがチームワークってヤツでしょ。



「そこでゲームにたとえられても困るんだけど、とにかくボクの身体はそういうワケで、普通じゃないって話だよ」



 そう言って、みなせはまた苦笑を浮かべた。



「だから、男か女かってのは、ボクにはちょっとよくわからない。
 まぁ、強いて言うなら真ん中かな?」

「なるほどなー。了解らじゃった!」



 んー、とりあえずみなせの性別については原則不問ってことだね。

 みんなもそれでいい?



「むしろ、気にする必要性を教えてほしいんだが」



 あっさりとマスターコンボイが返してくる……こういうの、気にする子じゃないしね。



「他に何かある?」



 みなせに聞かれて、いぶきは改めて拝殿を見渡す。



「特には……ん? この折鶴だけ何か新しい?」



 いぶきの言葉に……気づいた。

 拝殿の一角に置かれたそれは、このロクに手入れもされていない拝殿に不釣合いな、きれいな折鶴だった。



「あぁ、それはボクの私物のお守り。昔、さっき話した姉様にもらったんだ」

「へー、偶然やなー。
 ウチも、折鶴お守りにしてんねんで」

「そうなの?」

「うん。
 昔、えらい世話になった人からもらってん」



 みなせの折鶴を手にどこかなつかしそうにしてるいぶきだけど……すぐにその表情は苦笑に変わる。



「せやけど、ウチはほら、動き回る方やから持ち歩いてたらグチャグチャなるやろ。
 やから、ウチのは灘杜じんじゃの方に置いてきとるんよ」



 言って、いぶきは改めて折鶴を眺め回してる。



「この折鶴も、何かそれによう似とるなぁ……」

「そりゃあ、折鶴なんて折り方は同じでしょ」



 それはまぁ、そうだ。

 けど……いぶきは何か納得してないみたい。うんうんうなりながら折鶴を観察してる。



 そんないぶきから折鶴を受け取り、みなせは軽く息をついて、



「この折鶴にはね。姉様の霊力がちょっとだけ残ってるみたいなんだ」

「そんなん、わかるんや」



 聞き返すいぶきにもみなせがうなずく。



「さっきも言ったでしょ。ボク、少しだけ霊気の探知が敏感だから」

「ほな、大事にせなな」

「うん。
 それじゃそろそろお仕事、始めようか」

「せやね。
 ほな、そっちは頼むな」



 言って、いぶきとみなせは立ち上がった。

 まぁ、僕らは準備と言ってもする事は特になさそう。このまま森に向かうことになりそうだ。

 いぶきはどうする?



「ウチもこのまま、かな? 装備整えようにも鍛冶屋さんが働いてへんのやったらねー。
 やっちゃん達こそ……」

「うん。わかってる」



 いぶきが言いたいことはわかる。なので……



「イクトさん、マスターコンボイ、ジン!
 そこでこっそり逃げ出そうとしてる人確保っ!」

『おぅっ!』

「わぁぁぁぁぁっ!?」



 僕の合図で、イクトさん達がこっそり拝殿を出て行こうとしていたジュンイチさんを取り押さえる……ったく、あれだけ会話に絡んできておいて、逃げられると思ってたのかね、この人は。



「はーなーせーっ!
 妖怪のいる森になんか行きたくないぃぃぃぃぃっ!」

「えぇい、実際出現したらオレ達の誰よりも元気に暴れ回るクセしおって! おとなしくしろ!」

「……あのさ、ジュンイチさん。
 忘れてるみたいだけど、僕らはまだ協力するかどうかは未確定の段階でしょ?
 まぁ、協力すること前提で話聞いてたから、警戒するのもわかるけど」

「………………本当?」

「本当ですから。お願いだからンなガタイで子犬オーラ出さないでください。
 ……あぁ、気にしないで、みなせ。この人、今はこんなだけど、現場に放り込めばちゃんと動いてくれるから」



 後半は、ジュンイチさんに聞こえないようにみなせに耳打ちする。



「そ、そうですか……
 とりあえず、今回出るのはいぶきだけかな。森の入り口まで見送るよ」

「うん。
 けど……その前に、忘れてるやろ」

「え、何を?」



 とりあえず、僕はいぶきの言いたいことはわかるけど、みなせの方はどうやら本当に忘れているらしい。

 だから……ため息をついて、いぶきが答えた。



「お弁当」

「あ」

「それは受け取っとかんと」

「だね。ボクがちょっと取ってくるよ。
 いぶきは村の裏手に向かっておいて。そこが、森への入り口だ」

「ん、わかった」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 それから十分後。僕らは森の入口で待機中。







 けど……みなせはまだ来ない。

 さっき歩いた限り、旅館から神社まで5分もかからなかったのに。



「遅いなぁ……」



 いぶきも待ちくたびれてる感じ。ため息まじりにもらしてると、ようやくみなせが戻ってきた。



 ただ……なんか困惑した感じでって、あれ?



「……みっちゃん、お弁当は?」



 そう。みなせは手ぶらだった。



「杏ちゃん、お弁当作るの間に合わなかったとか?」

「え? いや、奥田さんは?」



 ジュンイチさんの問いに、みなせは思わず聞き返す……えっと、どういうこと?



「……来てないの?」

「奥さん……やよね?」

「うん、奥田さん。
 旅館に行ったら、お弁当作って神社に向かったって若旦那さんに言われたんだよ」



 言って、みなせは振り返る。



「行き違いになったのかなと思ってもう一回神社に引き返して、それからいなかったからこっちに来た。
 ここと、旅館と、神社は一本の道でつながっている。とすると、奥田さんがここに来ていないとおかしい……よね?」



 僕も頭の中で位置関係を整理してみる。

 この森の入り口から東旅館まではまっすぐだ。

 そして、角を曲がったところに神社がある。

 奥田さんがお弁当を持って旅館を出たというのなら、この間のどこかで出会わないとそりゃおかしい。



「……うん、理屈は合ってる。けど、おらん」



 いぶきがつぶやいて……その場に沈黙が落ちた。







 おいおい、ちょっとマテ。







 まさか、これが……







「………………神隠しか」







 マスターコンボイの一言が、僕らが共通の可能性を考えていることを証明してくれた。







「みっちゃんは郷の捜索。郷の手の空いている人間総出でやで。
 ウチは森に入る」

「わかった!」



 結論が出るとそこからの行動は早かった。いぶきが素早く指示を出して、みなせがそれに従う。



「恭文さん達はどうしますか?」

「さすがに、知り合いが巻き込まれたとあっちゃ知らんぷりはできないでしょ。
 とりあえず、今回のいぶきの探索の結果次第……と思ってたけど、そういうことなら首突っ込むよ、僕らも」



 かくいう僕らも考える必要はない。迷わず僕が宣言する。



 今日知り合ったばかりとはいえ、それでも知り合いには違いない。その奥田さんがさらわれたって言うのに、のんびり様子見なんかできるワケがない。



「イクトさん達もそれでいいよね?」

「もちろんだ」

「乗りかかった船だしな」



 イクトさんやジンも異論はなし。それじゃ、僕らもいぶきと一緒に森に入るっていうことで……











「よし、じゃあオレは郷の中の捜索を……」

「貴様もこっちだ。
 貴様の気配探知はオレよりも広域で且つ正確だ。森の探索要員に決まっているだろうが」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 ……若干一名、まだごねてるけど。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「う……こら、濃い妖気やな……」



 森に入るなり、僕らの前を歩くいぶきは顔をしかめた。

 その妖気っていうのがどんな感じかはよくわからないけど……少なくとも、イヤな感じがすることだけは僕らにもわかる。



「マスターコンボイ、ジュンイチさんは?」

「問題ない。ちゃんと連れてきている」

「うぅっ、帰りたい……」



 尋ねる僕にはマスターコンボイが答える……足元に転がってるひきずられてる、バインドで簀巻き状態のジュンイチさんの嘆きはとりあえず無視。



「ほら、しっかりしてよ。
 ジュンイチさんの気配探知だけが頼りなんだからさ」

「怖いよぉ、帰りたいよぉ……」



 ………………ダメだ。



「こりゃ、妖怪が出てきて戦闘状態に入らなきゃ役に立ちそうにないなぁ……」



 実際、その気になれば簡単に脱出できるはずのバインドにも無抵抗だし。完全にビビりモード突入していらっしゃるわ。



「だが、そんな都合よく敵が襲ってくるはずが……」







『キシャアァァァァァァァァァァッ!』







「………………あったよオイ」



 まさに都合よく現れたのは大蜘蛛を中心とした妖怪の一団。イクトさんが崩れ落ちてもそれはきっと罪じゃない。



「とにかくブッ飛ばすよ!
 ジュンイチさんもいつまでもヘタレてないd

「どっ、せぇぇぇぇぇいっ!」

「……心配する必要、なかったみたいだね」



 相変わらず目の前に敵が出てきてからの切り替えがすごい。あっさりと復活してバインドを破壊すると、ジュンイチさんは一足飛びに大蜘蛛の一体に飛びかかり、炎をまとった蹴りでブッ飛ばす。



「さんざんビビらせてくれやがって……覚悟はできてんだろうな!?
 一匹残らず、蹴散らしてやらぁっ!」



 ジュンイチさんが勝手にビビってただけじゃないか……とはツッコまない。せっかくやる気になってくれてるのに、水を差す必要もないでしょ。



 とにかく、ジュンイチさんは左手を――そこに身に付けたブレイカーブレスをかまえて、叫ぶ。







「ブレイク――アップ!」








 その瞬間、ジュンイチさんの全身が真紅の光に包まれた。

 ジュンイチさんの力、精霊力がジュンイチさんの周囲を覆ったんだ。炎となって燃焼を始めるそれを振り払った後には、ジュンイチさんの身体には炎に映える青色の部分鎧セミ・アーマータイプのプロテクターが装着されている。

 そして何より目を引くのが、背中の一対の翼――液体金属製のそれは、飛行ユニットであると同時にジュンイチさんの意思によって自在に形を変える武器でもある、その名もゴッドウィング。



 腰に差してあった愛用の木刀“紅夜叉丸”はすでにジュンイチさんの右手の中――ジュンイチさんの“力”によって分解・再構築され、もうひとつの姿“爆天剣”へと変化する。





「紅蓮の炎は勇気の証! 神の翼が魔を払う!
 蒼き龍神、ウィング・オブ・ゴッド!」




 気合を入れるように演舞を決め、ジュンイチさんが名乗る――で、そのヒーロー然とした見得切りに、顔を輝かせるのが若干一名。



「おぉぉぉぉぉっ!
 やっぱヒーローの名乗りはえーなぁ♪ ウチの何か考えよか」

「あー、やめといた方がいいよ、いぶき。
 ジュンイチさんみたいになっちゃったらどうするのさ?」

「おいコラ、そこっ! どういう意味だっ!?」



 いぶきに答える僕にツッコみながら、ジュンイチさんが炎を解き放った。死角から襲いかかろうとしていた古狸を吹き飛ばす。



「ジュンイチさん、奥田さんの位置、わかりますか!?」

「今探してるけど……補足にゃもうちっとかかりそう。
 パンピーの“力”を追うのは苦手なんだよ。感じも強さも似たり寄ったりだから」



 ジンが尋ねるけど、ジュンイチさんの答えはかんばしくない。

 だったら……



「ジュンイチさん! 近くに人間の“力”がないか探って!
 この森に僕ら以外に人間がいるなら、それが神隠し事件の被害者だよ!」

「なるほどな……了解だ!」



 僕の提案に、ジュンイチさんが改めて気配を探って――







「………………って、ちょっと待て!
 イクトの気配が遠いんだけど!?」

『………………え?』







 言われて……気づく。



 イクトさんの姿が、キレイサッパリ消え失せている。これって……







「………………くそっ、やらかすだろうとは思ってたけどやっぱりはぐれたか、あの人っ!」

「ヤツの実力ならやられる心配はないし、ヤツの気配ならオレも追える! 拾いにいくのは後だ、後!」



 僕に答えて、マスターコンボイが手近なところにいた大蜘蛛をぶった斬る。



「柾木ジュンイチ! 奥田杏の気配は!?」

「…………よし、捉えた!
 直線距離で約1キロ! たぶんコイツ!」

「とはいえ、森がだいぶ入り組んどるんが厄介やな……
 切り拓いて進めれば楽なんやけど、あまり自然破壊はしたないし……」

「ま、これを切り拓いていくのは骨だし、そのくらいなら素直に道なりに進むのがむしろ早いよ、この様子だと」



 ボヤくいぶきには僕が答える……うん。ジュンイチさんが示した、奥田さんがいると思われる方向には木がうっそうと茂っていてなかなか進めそうにない。

 空からっていう手は……



「あまりオススメできないな……ほら」



 僕に答えて、ジュンイチさんは小石を頭上に放り投げる――と、いきなりの突風にあおられた小石は、さらに別の方向からの風にも巻き込まれて、メチャクチャな軌道を描きながらすっ飛ばされていった。

 えっと……何アレ?



「森に立ち込めた妖気だよ。
 地上付近じゃ滞留してるだけのそれが、上の方で乱気流化してるんだ。
 “力”による乱気流だから体勢の立て直しも容易じゃない……あれじゃ、ヘタに飛び出してもこっちがあさっての方向に飛ばされるだけだ」

「空はダメってことか……地上からいくしかないですね」

「そういうことやね。
 せやから……」



 ジンに答えて、いぶきは自分の刀をかまえて、



「目の前のこいつらを、突破するのみや!」



 どう見ても友好的には見えない妖怪のみなさんに向けて突撃した。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「まいった……」



 むぅ……完全にはぐれてしまったか……



 毎回毎回、どうしてアイツらと同じ方向に進んでいるはずなのにこうなってしまうんだろう?



 いや……それよりも、今問題とすべきはこれからどうするかだ。



 蒼凪達との合流を目指すべきか、それともここでザコを一手に引き受けアイツらの負担を減らすか……







 だが、その前に……







「そこでこちらをうかがっているヤツ。
 いい加減出てきたらどうだ?」

「なるほどね。
 こんな森に入ってくるだけあって、只者ではないみたいね」







 答えて、オレの前に現れたのは――







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「オォォォォォッ、ラァッ!」



 渾身の力でマスターコンボイが放ったエナジーヴォルテクスが、目の前に飛び出してきた妖怪の群れを吹き飛ばす。



 その中から、難を逃れた化蛇が飛び出してくるけど、



「一匹飛び出してきたところでっ!」



 ジンが動いた。レオーのアンカージャッキを使っての蹴りで化蛇を蹴り飛ばす。



「ジュンイチさん、奥田さんは!?」

「もう目と鼻の先だ」



 僕に答えて、ジュンイチさんがにらみつけるのはすぐ目の前の蔦の壁。この先ってことか……



「そういうことならウチにお任せや!
 はぁっ!」



 奥田さんの居場所がわかって、真っ先にいぶきが動いた。手にした刀の一閃で一気に蔓を斬り裂き、その奥に突入する。



「そこまでや!」

「ほぅ、新たな贄が自分から来たか……」



 そのまま、いぶきが勢いよく啖呵を切る――返事が返ってきたってことは、やっぱり向こう側にボスがいたってことか。



「アイツの性格を考えると、いる、いないを確認もせずに啖呵を切った可能性は大だがな」

「ぅわ、ってことは、ヘタしたら誰もいないトコで啖呵切ってたってこと?」

「痛々しいなー、それ」



 マスターコンボイやジンとそんなことを話しながら、僕達も蔦の壁の向こうに突入する。



 そこにいたのは――



「ほぉ……まだいたか」



 人の顔を持った大木……人面樹、ってヤツか。



 奥田さんは……?



「あそこや! アイツの後ろ!」



 僕に答えたいぶきが、人面樹の後ろを指さして――そこに奥田さんがいた。人面樹とは別の木の幹が大きく広がり、そこにできたうろの中に閉じ込められている。



 蔦が全身にからみついてるみたいだけど、とりあえず最悪の事態――暴行されたとかそういうことには、なってないみたいだ。



《どういうことですかね?
 エロゲ的展開なら、もうさっさと“いただいて”しまっているところでしょうに》

「まぁ、そこはいいよ。
 最悪の事態になる前に助け出せた……そういうことでしょ」

「生意気を言うな、小僧。
 貴様らが何人束になったところで、我を倒せるものか!」

「やっちゃん、あっちゃん、気ぃつけや!
 コイツ、強いで!」



 お決まりのセリフをほざく人面樹から僕らを守るようにいぶきが立ちふさがる――けどさ、いぶき。



「悪いけど、いぶきの出番はないよ」

「へ?」

「ついでに僕らの出番もね」



 そう。僕らの出番はない。







 いや、正確には――“出番の必要がない”







 と、いうワケで――











「ジュンイチさん、どうぞ」

「ほい」

「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」











 気の抜けた会話と同時に上がる人面樹の悲鳴――ジュンイチさんの炎が、一瞬で人面樹を呑み込んだからだ。



「たかが樹木が、炎使いのオレに勝てると思ったのかよ?
 一瞬で焼き尽くせるところを、わざわざ火力控えめにしといてやったんだ……苦しみ抜いてくたばれや、カスが」

「………………じゅんさんが怖い」



 あー、久しぶりにジュンイチさんの邪悪笑いが出た。後ろでいぶきがドン引きするくらいに。



「杏ちゃんを盾にすりゃ、そんな目にあうこともなかったんだろうになー。
 油断してたのか、“そうするワケにはいかなかったのか”、どっちにしてもうかつだったな。ヒャーッハッハッハッ!」



 ジュンイチさんも身内には甘いからなー。知り合って、話をして――“身内”認定した奥田さんが被害にあって、いい感じにブチキレてると見た。



「と、とにかく、後は奥さん連れて戻るだけやね!」



 そんなジュンイチさんの脇を抜けて、いぶきが奥田さんのところに向かう。

 というか、ドン引きものなジュンイチさんから意識をそらしたいんだろうけど……って、バカ!



「ダメだ! 戻れいぶき!」

「え――――――?」

「そのクソウド、まだくたばってねぇっ!」



 ジュンイチさんが叫ぶと同時――まだ無事だった人面樹の蔓が動いた。あっという間にいぶきを縛り上げて、自分のすぐ目の前に引き寄せる。



「アドバイス痛み入る。
 ご忠告通り、盾を使わせてもらうとしようかのぉ!」

「ぅわちゃちゃちゃっ! ま、まだ燃えてるーっ!」



 いぶきを盾にした人面樹が勝ち誇る――そのいぶきのせいでシリアスムードぶち壊しだけど。



「さぁ、おとなしくしてもらおうかの。
 我に対してでかい口を叩いたこと、存分に後悔させてくれるわ、カカカカカッ!」



 いぶきを人質にして、すでに詰んだとばかりに高笑いする人面樹だけど――



「“炎弾丸フレア・ブリッド”」

「ぐわぁぁぁぁぁっ!?」

「ひゃあぁぁぁぁぁっ!?」



 迷わずジュンイチさんが炎弾を放った。いぶきの脇を掠めて人面樹を撃ち抜いたその攻撃に、人面樹だけじゃなくていぶきからも悲鳴が上がる。



「ちょっ、じゅんさんっ!?」

「心配するな。
 油断して先走ったオシオキ込みだ」

「巻き込む気まんまんやーっ!?」



 あっさり言い切ったジュンイチさんの言葉にいぶきが悲鳴を上げる――まぁ、ジュンイチさんも口ではあぁ言ってもいぶきに当てたりはしないだろうけど。たとえ人面樹がいぶきを盾にしようとしても、それをかわして人面樹だけを攻撃する、なんてジュンイチさんには簡単な話だ。

 それをいぶきに伝えるつもりはないけど。ジュンイチさんの言う通り、先走ったオシオキを存分に味わってもらうことにしよう。



「さぁて……どうする、クソウドが。
 いぶきを盾にしようが、オレには関係ない……意味もない防御を続けるか、それとも一欠けらの勝機に賭けて反撃に出るか。好きな方を選びやがれ」



 言ってジュンイチさんが一歩を踏み出す――これで人面樹は人質が通用しないと思い知ってくれれば、いぶきを放り出してくれれば……





















「何をチンタラやってるのよ」





















 その言葉と同時――閃光が走った。



 正体は幾筋もの斬撃。一瞬にしていぶきを拘束している蔦を斬り裂き、いぶきの身体が地面に放り出される。







「素人じゃあるまいし……」



 そう告げて、ゆっくりと立ち上がる斬撃の主――それは、腰の下まで届く金髪をなびかせた、ひとりの巫女。



「敵を完全に滅ぼし尽くせたか確認もせずに救出に動くなんて、正気の沙汰とは思えないわね」

「お前……?」

「アタシのことは後回しよ。
 まずは、敵を倒すのが先決。アンタ達は足手まといだから大人しく下がってなさい」



 眉をひそめるジュンイチさんに言い放って、金髪の巫女は手にした得物――槍の刃に滴る樹液を軽く振り払う。



「おのれぇ……なめるなぁっ!」



 そんな巫女に向けて、人面樹が蔦を伸ばす――けど、その蔦が巫女に届くことはなかった。



 突然巻き起こった“蒼い炎”が、巫女へと伸びる蔦を焼き払ったからだ……ってか、この炎……



「イクトさん!?」

「すまんな。はぐれてしまった。
 彼女に案内してもらわなければ、ここへはたどり着けなかった」



 驚く僕に答えて、すぐとなりに降り立ったのはイクトさん。



「そうか……
 お前が、みなせの言ってた、霞ノ杜の……」

「まぁ、そんなところね。
 灘杜の巫女と一緒にいるってことは、アンタ達も神隠し事件に絡んでるんだろうけど……まったく、素人に余計な手出しなんかされたらたまんないわ」



 ぅわ、よりにもよってジュンイチさんを捕まえて『素人』呼ばわりか。また怖いもの知らずな……



 とにかく、ジュンイチさんをその場に残して、巫女は人面樹に向けて進み出て――そんな彼女に人面樹が問いかけるのはお決まりのセリフ。



「な、何者……!?」











「霞ノ杜神社の退魔巫女、雷道なずな。
 憶える必要はないわ……どうせ、すぐ滅びるんだから」













 それに答える形で、巫女――雷道なずなは凛とした声で名乗りを上げた。







(第3話に続く)





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



次回予告っ!



いぶき「うぅ……初陣からいきなりミスったなー。
 あの子が助けに来てくれへんかったらやられてたわ……じゅんさんに」

ジュンイチ「安心しろ、いぶき」

いぶき「ぅわぁっ!?
 じ、じゅんさん……まさか今の、聞いて……?」

ジュンイチ「大丈夫だ。
 今のセリフがあろうがなかろうが、なずなに中断された分は形を変えてオシオキ続行だから♪」

いぶき「いやぁぁぁぁぁっ! オシオキはいややぁぁぁぁぁっ!」

なずな「……アホくさ」





第3話「謎めく 沼の 攻防戦」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



あとがき



Mコンボイ「ラストについに二人目の巫女、雷道なずなが参戦。
 ……それはともかく、作者が18禁系の単語をどこまでなら使ってもいいかどうかかなり真剣に悩んだ第2話をお送りした」

オメガ《投稿する作品ですからねー。あまりドストレートな表現をして、仮にアウト判定をもらったらコルタタさんにご迷惑をおかけすることになりますし》

Mコンボイ「結局、本編中の表現では18禁ワードは可能な限り全力回避となったワケだが」

オメガ《一応、原作では回避不能だったエロイベントも、回避の方向でいくんですよね?》

Mコンボイ「そのための理由付けも、とりあえずは考えているようだがな。
 原作のメインヒロイン、嵐山いぶきと雷道なずなについては、敗北させなければ問題はないし……」

オメガ《まぁ、その辺はおいおい明かしていくとしましょうか。
 それで……今回は敵側は前回登場した古狸や大蜘蛛に加え、化蛇が1シーンだけ、そして樹海ステージのボスである人面樹が登場しましたが》

Mコンボイ「瞬殺、だったな……」

オメガ《劇中でもツッコまれてますが、炎使いに樹が挑むって、いくら何でも無謀すぎでしょう》

Mコンボイ「まぁ、その無謀ゆえに瞬殺され、嵐山いぶきが捕まるハメになったワケだが」

オメガ《楽に倒されてしまったから、ミス・いぶきも油断してしまったんでしょうね。
 つまり……ミス・いぶきが捕まったのはミスタ・ジュンイチのせい?》

Mコンボイ「そう考えると、あの“オシオキ”も幾分筋違いに思えてくるな……もちろん、一番悪いのは相手の死を確認しなかった嵐山いぶきなのは確かなんだが」

オメガ《そんな彼女を救うためにミス・なずながさっそうと参戦……ミス・いぶきには苦い初陣となりましたね》

Mコンボイ「いいんじゃないのか? 油断という新人らしい失敗が出た。まだ新米だという原作設定が活きるぞ」

オメガ《いえ、そちらではなく》

Mコンボイ「何?」

オメガ《もうひとりのヒロインに助けられたおかげでボス達との間にフラグを立て損なったなー、と》

Mコンボイ「それのどこが苦い!? オレ達にしてみれば万々歳なんだが!?」

オメガ《それじゃおもしろくないじゃないですか! 私や読者が!》



(ご心配なく。ちゃんとフラグは立てますので)



オメガ《ほら! 作者だってここに顔出してまで明言してくれましたよ!
 と、いうワケでさっとフラグを立ててきてください!》

Mコンボイ「オレが立てるのは確定なのか!?
 恭文に行かせればいいだろう! アイツなら二人分余裕で立てるぞ!?」

オメガ《迷うことなくミスタ・恭文を生け贄に仕立て上げましたね……
 ……さて、そんなこんなで、そろそろお開きの時間ですね。
 みなさん、今回も読んでくださって、本当にありがとうございました》

Mコンボイ「次回も必ず読むがいい」





(おしまい)






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