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頂き物の小説
最終話「ひとまず終わり けれど日常はまだまだ続く」
『………………』



 六課のみんながいつもお世話になっている聖王医療院……現在その廊下は、まるで世界の終わりが来たみたいに重苦しい雰囲気に包まれていた。







 フェイトはもちろん、イクトさんにエリキャロ、スバルにティアナ、こなたやカイザーズのみんな、えとせとらえとせとら……みんなのケガだって軽くはないのに、意識がある、手当ての中で意識を取り戻した面々は、応急手当を済ませただけでここに集まってきた。



 六課で指揮を執っていたはやてやビッグコンボイ、その補佐についていたリインも来てる。気を利かせてくれたヴェロッサさんやヒロさん、サリさんが事件の後始末の指揮を引き受けてくれたそうで、とるものもとりあえず駆けつけてきた。







 ……こうなってはもう隠し切れないという判断のもと、なのはが重傷を負ったっていうことだけは簡単に説明されたヴィヴィオを連れて。







 ヴィヴィオだけじゃない。地球の高町・ハラオウン両家のみなさんにクラナガン在住の恭也さんや知佳さん、リンディさん。

 無限書庫からはユーノ先生に美由希さん。それにナカジマ家やスカリエッティ以下マックスフリゲートのみんなも続々と到着中……とにかく、ここにいる誰もが目の前の部屋――手術室で手当てを受けている人物の無事を祈っていた。







 そう……高町なのはの無事を。











 そして――











 ジュンイチさんの姿は、そこにはなかった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………なの……は……?」







 ポツリ、とつぶやいたのはフェイト――呆然と、意思がスッポリと抜け落ちたような瞳が、目の前の光景を見つめている。







 そのくらい、フェイトにとって目の前の光景はショックだったんだろう。



 だって……











 暴走して、怪物と化したジュンイチさんが、その右腕でなのはの身体を刺し貫いたんだから。











 高周波クローとして高速振動させればトランスフォーマーの装甲もあっさりと斬り裂く、そしてそれだけの振動に耐えうるほどに強固で鋭い爪は、なのはの身体を豆腐に串を通すみたいにあっさりと貫いた。なのはの背中から生えた腕からは、ポタポタと真っ赤な液体が滴り落ちている。



 今すぐ手当てしなければ命に関わる、どころか今すぐ手当てしても助かるかどうか――そんな重傷を負いながら、なのはは――











「………………大丈夫」











 ジュンイチさんの巨体を、その両腕をいっぱいに広げて抱きしめた。











「大丈夫ですから……
 私が……そばにいます……」







 痛みに、苦しみに顔を歪めながら……そんな顔をジュンイチさんに見せないように、ジュンイチさんの胸板に顔を埋めながら、なのはは泣く子をあやすみたいにジュンイチさんに呼びかける。







「だから……戻ってきてください。
 ……私達の……ところに……」











「………………ガァアァァァァァァァァァァァァァァァッ!」











 ――――――っ! なのはっ!







 呼びかけるなのはに向けて、ジュンイチさんが天高く咆哮しながら空いている左手を振り上げる――トドメを刺すつもりか!?







 間に合うかどうかわからない。けど、僕らはジュンイチさんに向けて地を蹴り――





















 ジュンイチさんの一撃は、“ジュンイチさん自身の右腕を”斬り落とした。





















 そう。なのはを貫いた自分の腕を、だ。支えを失って、なのはの身体が崩れ落ち――そんななのはの身体を抱きとめたのは、右腕を捨てたジュンイチさん。



 さっきシグナムさんが斬り落とした時には爆発した右腕は今回無反応。なのはの身体を抱きとめたまま、ジュンイチさんの動きが止まった。







 と――異変が起きた。







 ピシピシと音を立てて、ジュンイチさんの身体に亀裂が走っていく。



 亀裂は瞬く間に全身へと広がっていって――











 割れた。











 まるで陶器の人形が割れたみたいに、ジュンイチさんの身体が砕け散る。そして――その中から現れたのは、“人間としての姿の”ジュンイチさん。



 支えになっていたジュンイチさん(暴走態)の腕を失い、崩れ落ちるなのはの身体をその隻腕で改めて受け止める。なのはの身体を優しく地面に横たえて――











 ジュンイチさんもまた、その場に倒れ伏した。











とある魔導師と機動六課の日常×魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜



とある魔導師と守護者と機動六課の日常



最終話「ひとまず終わり けれど日常はまだまだ続く」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 その後の動きは本当にあわただしかった。



 文句なしに僕らの中で一番の重傷だったなのはは、僕とマスターコンボイの手によって最優先でこの聖王医療院の手術室に運び込まれた。そして……僕ら
や改めて運び込まれてきたスバル達の手当てが一段落した今でも、手術は続いてる。







 一方のジュンイチさんは、当然のことながら命に別状はないけど……意識が戻らない。深い昏睡状態のままだ。



 暴走態の時に自ら斬り落とした右腕は、人間態に戻っても失われたままだった……もっとも、すでに再生は始まっているらしいけど。







「……なのは……」



「……なのはママ……っ!」







 フェイトも、ヴィヴィオも、なのはの無事を一心に祈ってる……けど、今の僕らにはどうすることもできない。ここの医療スタッフと、彼らを率いて手術を執刀しているシャマルさんやスカリエッティを信じるしかない。







「………………大丈夫だよ、ヴィヴィオ……
 なのはさんは……きっと助かる」

「……ギンガさん……」







 不安に押しつぶされそうな空気の中、ヴィヴィオを安心させようと気丈に振る舞うのは、スカリエッティ達を連れてきたギンガさんだ。







「医療魔法のエキスパートであるシャマル先生がいるんだし……スカリエッティも、本気になればすごく優秀なドクターだもの。
 そんな二人がついてるんだもの……絶対、なのはさんは助かる……っ!」







 ヴィヴィオに向けてそう告げるギンガさんだけど……そのギンガさん自身、不安で身体を震わせているのが傍目にもわかる。ヴィヴィオに向けたその言葉も、まるでヴィヴィオを通じて自分自身に言い聞かせているような……そんな感じ。







「なのは……どうしてこんなマネを……っ!」







 うつむき、つぶやくのは美由希さん――当然だ。僕らですらこうなんだ。実の家族はもっと不安なのは当たり前だ。







 だから……











「それが……僕らからの干渉でジュンイチさんの暴走を止める、唯一の方法だったから……」











 その“理由”を知る僕がそう答えた。







「暴走態のジュンイチさんは、そのきっかけになった強すぎる負の感情のせいで完全に理性がぶっ飛んでる。文字通りの“狂気の塊”……そんな状態。
 そんなジュンイチさんに正気を取り戻させるには、まずはその狂気をどうにかしなくちゃならない……
 だからなのはは……その狂気を吹き飛ばすほどの精神的なショックを、ジュンイチさんに与えようとした……」







 そう……あのなのはの行動が、もっともジュンイチさんに精神的なショックを与えられる方法だった。



 なぜなら、なのはのあの行動こそ――ジュンイチさんのトラウマの根源ととなった“あの一撃”の再現だったから。







 ジュンイチさんが最初の暴走で、レムさんの命を奪った、あの一撃の――







 再びジュンイチさんのトラウマを抉ることで、ジュンイチさんのさらなる暴走を招く危険は、確かにあった。



 けど……ジュンイチさんの狂気を吹き飛ばせるほどのショックを与える手段は他になかった。だから、なのはは一か八かの賭けに出た。







 そして……なのははその賭けに“とりあえず”勝った。ジュンイチさんの暴走を……止められた。







 もっとも……そのせいでなのははこうして手術室に担ぎ込まれて生死の境をさまよってる。問題がすり替わっただけで、事態はまったく好転していないと言っていい。







 そういう意味では、なのはの賭けはまだ終わったワケじゃない――たぶん、それはなのはもわかった上でのことなんだろうけど。



 これでなのはが……なんてことになったら、それこそ目も当てられない事態になるのは目に見えてる。ジュンイチさんはもちろん、フェイトやヴィヴィオ、スバル達……



 みんな、間違いなく……何かが“壊れる”。たぶん……僕も。











 だから……頼むから帰ってこい。高町なのh





















「あぁっ!」





















 上がった声が誰のものか――なんて認識する余裕すらなかった。



 だって……僕も気づいたから。











 手術中を示すランプ……セオリー通り手術室の扉の上にあるそれが……消えた。











 そして、扉が開いて……姿を現したのは、シャマルさんとスカリエッティ。







「シャマル……なのはちゃ



「なのはは!? なのはは無事なの!?」

「なのはママは!?」



「ふぎゃんっ!?」







 シャマルさんに尋ねようとしたはやてだけど、フェイトやヴィヴィオに押しのけられる……うん、二人を気遣って代わりに聞こうとしたんだろうけど、残念だったね。







 それで、シャマルさん、なのはは……?







 僕らが注目する中、シャマルさんは――





















「うん、大丈夫」





















 笑顔で、うなずいてみせた。







「もう意識だって戻ってる……失血のせいか、まだ少しもうろうとしているけどね。
 とにかく……もう大丈夫」



「そう、なんだ……!」







 シャマルさんの言葉に、フェイトがその場で泣き崩れる……緊張の糸が切れたみたい。



 もちろん、フェイトだけじゃない。ヴィヴィオはもちろん、他のみんなも泣くわはしゃぐわの大騒ぎ……あの、みんな、ここ病院だから。







 ………………にしても……







「………………?
 どうしたの? 恭文くん」

「いや……あんな重傷だったのに、よくもまぁこんな短時間の手術で命をつなげたなー、って」







 マスターコンボイと二人でなのはをここに運び込んだ張本人だからわかる。なのはのケガは、本当にシャレになってなかった。



 そもそも地雷で全身焼かれていたところに、丸太ほどもある腕に身体をぶち抜かれたのだ……こういう言い方はしたくないけど、むしろ命があったことの方がおかしいくらいの重傷だった。



 そして、改めて時間を確認……うん。やっぱり、運び込んでからまだ数時間。



 手術全般としては時間がかかった方だろうけど……あれだけの負傷に対する手術としては破格の短さだ。







「そのことなんだけど……柾木ジュンイチも交えて話したい。
 彼の意識は、まだ……?」

「う、うん……
 一応、バイタルモニターを着けてあるから、気がついたらアラームメッセージが届くはずだけど……」







 スカリエッティの問いにそう答えるフェイトだけど――







「甘い」







 ハッキリとそう断言してやる。







「フェイト……再三ぶちのめされてんだからいい加減認めようよ。あの人相手に、そんな常識的な対応なんか通じないってことをさ。
 たとえ人間態のままでも、あの人は脳波だろうが脈拍だろうが一切変えずに覚醒する……くらいのことは簡単にできるよ」

《あの人のことですから……もうとっくに目覚めてますね。
 で、全力で自己嫌悪に陥ったあげく私達の前から消えようと逃亡中……といったところでしょうか。
 バイタルモニターは電源切ってしまえばそれまでですし》

「な………………っ!?
 だ、だったらすぐに追いかけないと!
 っていうか、ヤスフミ、そこまでわかってて放っておいたの?」



 フェイトがなんかあわててるけど……それこそ「まさか」だ。



 僕だって、正気に戻ったジュンイチさんに言いたいことは山ほどあるんだから。



 だから……







「とっくに、打てる手を打たせてもらってるよ」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………おやおや。
 こいつぁずいぶんと意外性あふれるお出迎えだな」

「オレ達なら、高町なのはの手術に立ち会わずにいても怪しまれないからな」

「貴様も止まったんだ。さっさと引き上げるつもりだったんだが……蒼凪恭文から貴様の行動予測を聞かされてな」







 ………………なるほど、恭文の差し金か。







 
 “力”の具合で、なのはが助かったのは確認している――なんか、思っていた以上に元気っぽいけど、あれなら大丈夫だろう。







 後は……オレの問題だ。







 今回の一件……クロスフォーマーによって仕組まれたものだとしても、オレはまた……暴走した。そしてみんなを殺しかけた。



 結局、オレはまた、この忌まわしい身体に敗北したワケだ。



 今回だって、なのはが死ぬ気で飛び込んできてくれなかったら、本気でみんなは危なかった。暴走したオレの手で、ひとり残らず八つ裂きにされていてもおかしくなかった。







 オレがこの力を制御できない限り、また同じことが繰り返される……そして今度暴走した時、また誰も仲間を殺さずに終われるという保証はない。



 いつだって、オレの存在がみんなを危険にさらす。オレがみんなのそばにいるのは、やっぱり危険が大きすぎる……みんなと一緒に戦ううち、その関係に甘えて、そのことを忘れていた。







 だから……みんなが気がつかないうちに、ここを出ようと思ったんだけど……恭文には読まれていたみたいだな。



 まさか、ギガトロンとホーネットを番人に仕立てているとは思わなかった。








 “力”の動きから、恭文達がこっちに向かってきているのがわかる。今の内に……消えないと。







「行かせると思ったか?
 貴様とは決着がついていない……このまま姿をくらまされるのは、オレとしても都合が悪い」

「姫様からも頼まれている。
 蒼凪恭文のため、貴様を行かせるな……と」







 ギガトロンもホーネットも、オレを行かせるつもりはないか……けど。







「お前ら……“オレ”を止められると思ってるのか?」



『………………っ』







 “力”を少しばかり解放して威圧する……暴走こそ収まってるけど、暴走によって引き出され、使われずじまいに終わった分の余りのパワーは、まだオレの中に残ってる。



 この二人を叩きのめして、姿をくらませるには十分すぎるほどのパワーが。







「恭文も読みが甘いな。
 お前らを蹴散らすのに、オレがためらう理由があるとでも思ってたのかねぇ?」







 オレの脅しに、二人は若干気圧される――けど、通してくれるつもりはないらしい。







「………………どけ……っ!」







 吐き捨てるように言い放ち、再生したばかりの右手に炎を燃やして――





















「はい、そこまで」























 ――――――って、恭文!? もう追いついてきたのか!?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「らしくないね。
 リーゼフォームのスピードを、計算に入れてなかったでしょ」



 まぁ、それだけこの人も余裕がなかったってことだろうけど。



 とにかく……うん、マスターギガトロンもホーネットもお疲れさま。



「実質何もしていないがな」

《当たり前です。何言ってるんですかこのバカ大帝は。
 何が悲しくてあなた達二人にこれ以上出番を与えなければならないんですか。空気読んでくださいよ》



 うん、そう思うならアルトも少し空気読もうか。今はそういう話をしている時じゃないでしょ。



 早く話の流れを戻さないと……







「待てい」

「………………チッ」







 ほら、この人こっそり逃げようとするんだから。



「やっぱり、みんながなのはの生還に沸いてる間に逃げ出すつもりだったか」



 僕の指摘に、ジュンイチさんはぷいとそっぽをむいてしまう……って、いい大人がンなガキ丸出しのリアクションしないでください26歳。



「まぁ……『消えるな』とは言いませんけどね、せめてみんなに謝ってからにするべきなんじゃないですか?」

「……謝らずに消えれば、腹立てて『あんなヤツ知るか』ってなるかなー、と」

「いや、むしろますますムキになって追いかけ回すと思います」

「マヂでっ!?」







 ………………あー、すみません。誰か答えてください。



 なんでこの人、こう弱腰になるととたんにポンコツ化するんでしょうか? 読み違いがひどいにもほどがあるでしょ。



 ホントに“JS事件”で世界中を手玉にとって、昼間大暴走の末に僕らを皆殺しにしかかった人と同一人物なワケ?







《主導権を握れない状況に弱い、ということでしょうか》

「あー、だからいつも主導権を握ろうとするのか」



 追体験した記憶にもそんな場面はあった。言われてみればそうかも。



「ほら、戻るよ。
 みんな、ジュンイチさんに言いたいことあるんだから」



 凹んでるジュンイチさんに手を伸ばす――けど、その手は振り払われた。



 なるほど……ヘタレていても、そこだけは譲らないってワケですか。



「今回のことで、思い知った。
 オレは……やっぱり、この力に振り回されてる。
 制御できる部分だけ制御して、制御できない部分をほったらかしにして……『制御できるようになった』ってうぬぼれてた。
 その結果……あと少しで、みんなを殺すところだった。なのはなんてマジで死にかけた」

「でも、それはジュンイチさんが悪いワケじゃ……」

「悪いワケでなくても、問題はある」



 うん……やっぱり答えに迷いがない。



「忘れてないか? 今回の一件……オレの暴走は“意図的に引き起こされた”。
 つまり……企むヤツさえいれば、今回のような事態は何度でも引き起こされる」



 確かに……その可能性はある。



 何しろ、相手にしてみれば最強クラスの脅威があっという間に最強の戦力に化けることになるんだから。



 クロスフォーマーの末路を考えれば、決していい手段とは言えそうにないけど……その後の暴れっぷりがすさまじすぎる。そっちに隠れてリスクに気づかない、なんてありそうな話だし、そのリスクをとってでもその暴れっぷりに期待するヤツだっているだろう。



 そして……クロスフォーマーのように「うまく逃げればそれでよし」なんて考えるヤツらだって現れるだろう。



 ジュンイチさんの言う通り、今回のようなことは……今後も十分に起こりうる話なんだ。











 だけど……だ。











「オレがいれば……お前らを危険にさらす。
 だったら、オレがいなくなれば、お前らは……」

「そんなの……っ! 納得、できるワケないでしょうがっ!」











 こんなの……認めてたまるかっ!











「何ひとりで勝手に背負い込んでんのさ!?
 ヴィヴィオのパパになってあげるんじゃなかったの!? 約束破る気!?」

「破らなきゃ、オレはいつかアイツを殺す!」







 僕の勢いに負けじと、ジュンイチさんも言い返してくる。







「今回がいい例だろうが!
 誰がオレを止められた!? 誰も止められなかっただろうが!
 自分達が生きてるのが、本当にギリギリの綱渡りの果てだっていうことをもっと自覚しろ!」







 ………………っ!



 この、人は……っ!







「オレが恨まれて、嫌われて……ひとりになればお前らは安全になるんだ!
 止められない暴走の種を抱えるくらいなr





















「止めてみせる!」





















「――――って、何……?」

「次は……絶対に止めてみせる」







 そうだ……絶対止めてやる。





「今の力じゃ足りないって言うなら、もっと強くなる。
 ジュンイチさんがさらに強くなるって言うなら、それよりもっと強くなる。
 暴走止められるくらい強くなれば問題ないでしょ? やってやろうじゃないのさ」

《あなた、本当に判断能力鈍ってますね。
 そんなこと言われて、私達が引き下がるとでも思いましたか?
 “古き鉄”を、甘く見ないでほしいですね》



 自分が暴走してみんなを傷つけるから……そんな自分を誰も止められないから……そんなくだらない理由で、ジュンイチさんは僕らから離れていこうとしている。



 …………そう。くだらない。本当にくだらない理由だよ。







 記憶を追体験しているからわかる――ジュンイチさんは、自分の力が誰かを傷つけるのを恐れていた。



 だから……ひとりでいたかった。



 仲間ができても、暴走によって傷つけてしまうことが怖かった。だから深入りできず……距離を取って、自分から離れていった。



 実際今も、暴走でみんなを傷つけてしまったことが許せなくて、僕らの前から姿を消そうとしている。







 けど……











 この人はずっと……自分を止めてくれる人を探し求めていたんだ。











 もう、暴走で誰かを傷つけたくなかったから……暴走しても自分を止めてくれる人を、ずっと求めていたんだ。











 だったら……なってやろうじゃないの。











「暴走して誰かを傷つけたくない……そう思ってるのが自分だけだと思ってんの?
 そんなの僕らだって一緒だよ。ジュンイチさんが僕らの誰かを傷つけるのなんてまっぴらごめんだよ。
 止めてくれる人が欲しいなら……僕らがジュンイチさんを止めてやる。
 ひとりじゃムリなら……みんなで止めてやる」







 そのくらいには……ジュンイチさんとの友達関係大切にしてるんだよ、うん。



 フェイト一筋なところしか見せてないから意外と知られてないかもしれないけど、これでも友情にだって篤いんだからね。







「ジュンイチさんに『ひとりが一番』なんて言わせてたまるか。
 それを聞いたなのは達に凹まれて、愚痴聞かれるの誰だと思ってるのさ?
 絶対にジュンイチさんはひとりにしない……首に縄つけてでも、なのはやギンガさんやチンクさんや……みんなのところに連れていく」



「けど……オレの“力”は……っ!」







 もちろん、ジュンイチさんがそう簡単に納得するとは思ってない。



 そのくらい……ジュンイチさんの中で、この問題は重い。



 ヴィヴィオとの約束も、なのはが抱えてるブラスターシステムの後遺症が完治するまで面倒を見るって決意も……ジュンイチさんが戦う理由である“みんなの笑顔”も、簡単にぶっちぎってしまうくらいに。







「オレはこの力でみんなを……なのはを殺しかけた。
 何度も、何度も思い知ってきた……この力は、どんな目的であれ破壊という手段しか選ばせてくれない。誰かを守るコトだって、破壊の先にしかできない。
 そんなオレがお前らのそばにいたって……」





















「その力が……破壊以外に働いたとしたら……どうする?」





















 そう答えたのは僕……じゃなかった。







「キミの力が、破壊を伴わずに誰かを助けることができていたとしたら……どうする?
 『自分の力は誰かを傷つけるだけ』……キミの掲げる前提が、通用しなくなる事態だとは思わないかい?」







 言って現れたのは、シャマルさんと……スカリエッティ。







 …………うん。意外な人の登場だね。



《まったくです。
 絶対に人付き合いスキル皆無に違いない万年ヒキコモラーさんが、いったいどんな御用ですか?》

「説得らしい説得ができるとは思えないよねー」

「キミ達にとっての私の認識って……いや、そこはいいか。
 柾木ジュンイチ……キミの力が破壊という手段でしか活用されないと思っているのなら、それは大きな間違いだ」

「だって……なのはちゃんを助けたのは、ジュンイチさん、あなたの力なんですから」







 ………………は?







 ジュンイチさんの力がなのはを生かした……ってこと? それって、どういう……?







「オレの……力が?」



「えぇ……
 実は……なのはちゃんの身体の中から、これが見つかったんです」



 ジュンイチさんに答えて、シャマル先生が差し出してきたのは、細長い八面体のクリスタル。



 前に見たことがある。これは――



「ジュンイチさんの……“生体核バイオ・コア”……?」



 そう。ジュンイチさんの身体の核を成す中枢核、“生体核バイオ・コア”……ジュンイチさんの体内に点在している内のひとつだ。



 けど、それがどうしてなのはの身体の中から……?



「柾木ジュンイチ……キミの右腕だ。
 高町なのはを貫いて、正気を取り戻したキミ自身によって斬り落とされたあの右腕……その中に残っていた“生体核バイオ・コア”が、自ら高町なのはの身体に移動していた」

「そしてこれが、なのはちゃんの体内で失われた血液を補って、つぶされた臓器の修復を後押しして……正直、これがなかったら、なのはちゃんは危ないところだったわ」



 スカリエッティに続く形で説明すると、シャマルさんはジュンイチさんの手を取って、



「ジュンイチさんの生物兵器としての身体は、確かにかつて大切な人の命を奪ったかもしれない。
 けど、そのジュンイチさんの生物兵器としての身体が、なのはちゃんの命を救った……
 大丈夫……あなたの力は、破壊しか、殺戮しか生まないワケじゃない。
 ちゃんと……ジュンイチさんの守りたい人を、守ることができる力なんですよ?」

「……守……れた……?
 オレの力で……なのは、を……?」

「えぇ。
 そもそも、暴走のきっかけになった地雷による重傷……あれからなのはちゃんを救ったのも、ジュンイチさんだったんですよ。
 暴走前、ジュンイチさんは応急処置としてなのはちゃんに自分の“力”を大量に流し込んでいた……その“力”が生命力を下支えしていたからこそ、なのはちゃんは命をつなぐことができたんです。
 スタンピーの手当てだけじゃ、とてもじゃないけど助からなかった……ちゃんと、ジュンイチさんはなのはちゃんを助けられていたんです」



 うなずいて、シャマルさんはジュンイチさんの手に“生体核バイオ・コア”を握らせてあげる。



「大丈夫……ジュンイチさんの力も、ちゃんといい方向に進化してる。
 暴走だって……いつかきっと、克服できる日が来るわ」

「………………そっか。
 オレの、力が……」



 シャマルさんの言葉にジュンイチさんがうなずいて……





















「ジュンイチさん」





















 その声……なのは!?



 驚いて振り向くと、そこには僕よりも出遅れる感じで追いかけてきていたみんな……つか、スバルに背負われたなのはがいた。







 ……って、何考えてんの、このバカ魔王っ!

 ジュンイチさんを止めるのに参加したかったんだろうけど、自分が重傷患者って自覚ある!? おとなしく寝てろよっ!

 スバルもスバルだよっ! なんで連れてきちゃってるの!? これだから豆芝わっ!







「ご、ごめん、恭文。
 けど、なのはさんが……」

「……ゴメン、恭文くん。
 でも……どうしても私の口から言いたくて……」

「…………ってことなの」



 …………あー、そうだよね。そうやって「自分が」って決めちゃったら誰が何言っても止まらないよね。うん、わかってたけどさ。



「はぁ……わかったよ。
 じゃあ、シャマルさんが怒りの大魔神への変身を完了する前に言いたいこと言って戻ってくれるかな?」

「うん、ありがと」



 僕に答えて、なのはは改めてジュンイチさんへと視線を向けて、



「ジュンイチさん……確かに、今回の事件でジュンイチさんは暴走した。暴走した末に、私達を殺そうとした。
 けどね……みんな、そんなジュンイチさんに殺されたくない、それだけで抵抗していたワケじゃないんですよ?
 ジュンイチさんに、誰も傷つけてほしくなかったから……今みたいに気に病むジュンイチさんを見たくなかったから……だからみんな、あれだけがんばってジュンイチさんを止めようとしたんです。
 みんな……どんな形にせよ、ジュンイチさんが大好きで……自分達のためだけじゃない、ジュンイチさんのためにも戦ったんです。
 そんなみんなの気持ちを……わかってもらえませんか?」



 そんななのはの言葉に、ジュンイチさんはどう返せばいいのかわからない、といった感じでしばらく口をパクパクさせていたけど……



「………………また、暴走するかもしれないぞ?」

「恭文くんが言ったとおりです……今度こそ、止めてみせます」

「たぶん、今回以上のパワーで暴走するぞ?」

「だったらもっと強くなるまでです」

「暴走しなくたって……迷惑かけるぞ?」

「そんなの今さらじゃないですか」



 ことごとく、なのはは迷わず答えていく。その答えに、ジュンイチさんは深々とため息をついて――











「後悔しても、知らないからな」











 ぶっきらぼうに答えたその一言によって――今回の事件は、ようやく本当の意味で終わりを告げたのだった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そこから先のことを、ちょっと語ろうと思う。



 とりあえず、僕らの前から消えるのは思いとどまってくれたジュンイチさんだけど……当然の如く、その後待っていたのはみんなからのお説教。



 もちろん、暴走云々についてじゃない――その後ひとりで姿を消そうとしたことに対してだ。



 特にヴィヴィオからのがひどかった。責めるような(実際責めてるんだけど)目で、目じりに涙をためながらいなくなろうとしたことに対する文句を延々と積み重ねるんだもの。アレは効く。無慈悲なまでに効く。







 ……と言っても、悪いことばかり、というワケでもなかった。



 今回の一件は、非常に喜ばしい……けど、ある意味先行きを不安にさせる、ある副産物をもたらしていた。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………つまり……治ってる、と?」

「えぇ……」



 確認する僕の問いに、シャマルさんは複雑な表情でそう答える……まぁ、気持ちはわかるけど。



 ジュンイチさん大暴走事件から早数日。今僕らがいるのは聖王医療院の診察室。

 なのはやジュンイチさんと一緒に、シャマルさんからここ数日なのはを診察やら検査やらしていた、その結果を聞かされてたところ、なんだけど……意外な結果が出ていた。



「なのはちゃんが今抱えているのは、今回の事件で受けた傷……つまり地雷と、最後の一撃で受けた負傷、“それだけ”。
 なのはちゃんが元々抱えていた、ブラスターシステムの反動ダメージ……それが、キレイサッパリ消えちゃってるの」

「何でそんなことに?
 ン年単位で治療が必要だったんじゃ……?」

「そのはずなんだけど……」



 聞き返す僕にシャマルさんが答えて……同時に視線が一ヶ所に集まった。



 こんなトンデモ事態、絶対この人の仕業に決まってる……というワケで、どう思いますか? ジュンイチさん。



「オレで確定かよ」

「違うの?」

「違わない……と思う」



 僕に返されて、ジュンイチさんは少し考えて、



「オレが原因だとしたら……“生体核バイオ・コア”がなのはの命をつないだ、その時だと思う。
 あの時、なのはは暴走したオレの一撃だけじゃなく、地雷のダメージを全身に受けてもいた。
 もし、“生体核バイオ・コア”が地雷のダメージを治そうとして、同じく全身に蓄積されていたブラスターモードの反動ダメージにまで手を出していたとしたら……」

「一緒に治していた可能性はある……と?」

「というか、まず治してるだろうな。
 オレの制御なしじゃ、自己進化といい自己再生といい、無節操にもほどがあるからな」



 『ジュンイチさんの制御なしじゃ』ね……うん。それは今回の一件で骨身に染みましたとも。



「自己増殖とかなくてよかったー。
 それまでそろってたら、まんまアルティメットでデビルな三大理論機能じゃねぇか」

《……とか言ったそのセリフをきっかけに、自己進化で覚えちゃったりしないでしょうね?》

「言うなよっ! ちょっと可能性頭よぎって怖くなっちゃっただろ!?」



 ……今さら覚えたところであまり変わらないと思うな。人間態のままでも十分人外さんなんだし。



「………………いやまぁ、その通りなんだけどさ。
 お前、ホント昨日の今日でもそういうことずけずけと言うよな」

「むしろ、さっさと『あんなこともあったなー』って思い出話で笑い飛ばせるようになっちゃえと」



 そう……水に流すと決めたんだ。いつまでも引きずっていたってしょうがない。

 そんなワケで、さっと流して本筋の話に戻ることにする。



「それで……シャマルさん。
 そういうことなら、なのはは今のケガさえ治しちゃえば……」

「そうね。
 それさえ治してしまえば、もう全快と言っていいわ」

「ホントですか!?」



 シャマルさんの言葉に、なのはがものすごい勢いで食いついてくる。



 まぁ、ケガの完治が早まってうれしいのはわかるけど……よし。



「ジュンイチさん、この横馬の手綱、しっかり握っといてくださいね。
 でないとこのバカ、完治したのをいいことにまた平気でムチャしかねませんから。今回の事件の罰と思ってしっかり面倒みてくださいね」

「OKだ。コイツの出番を横取りする勢いで暴れりゃいいんだろ?」

「ぜひ」

「私そんなに信用ない!?」



 あるワケないでしょ、この魔王が。



「魔王じゃないもんっ!」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……家に……戻る……!?」

「うむ!」



 告げられたのは意外な決断……思わず聞き返す私に、万蟲姫は笑顔でうなずいた。



「お主達を見ていて、わらわとしても思うところがあっての。
 殺されかけたというのに、お主達はその相手にもう一度歩み寄った……じゃから、わらわももう一度歩み寄ろうかと思っての」

「あ………………」



 その言葉に……思い出す。



 確か、万蟲姫はご両親からその能力を恐れられて、忌み子として殺されかけたって……



「うむ。
 そういうワケじゃから、もう二度と実家には寄り付くまいと思うておったが……お主らを見ていて気が変わった。
 一度、帰ってちゃんと話したいと思うた次第じゃ」

「そうなんだ……
 うん、それがいい」



 この世に代わりなんていない家族なんだから……過去はどうあれ、仲直りできればそれが一番。







 …………私とプレシア母さんみたいには、なってほしくないから……







「仲直り……できるといいね」

「そうじゃな。
 ……あぁ、そうそう、フェイト殿」







 ん? 何かな?







「わらわは寛大じゃからな。わらわがおらぬ間に恭文に手を出しても、別にかまわぬぞ?」

「て、手なんか出さないからっ!
 っていうか、まだ10歳なのにそんな話はまだ早いよっ!」

「お主の場合は遅すぎるわっ! 恭文を何年待たせたと思うておるかっ!」







 ………………返す言葉もございません。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……そっか。
 あのバカ姫がそんなことをねー」

「うん。
 私達がジュンイチさんを許したことで、いろいろ考えたんだって」



 重傷のなのはや容赦なく撃墜された師匠達と違って、比較的軽傷で済んだ僕らは聖王医療院をさっさと退院。日常が戻りつつある六課で、現在久しぶりにフェイトやイクトさんとの雑談タイムの真っ最中。

 いや、はやてとヴェロッサさんのアレコレに続いてジュンイチさんのアレだったからねー。ほんの数日のはずなのに、ずいぶんご無沙汰だった気がするよ。



「まったくだ。
 この数日は、本当に密度が濃かったからな」



 生きるか死ぬかの修羅場を乗り切った後ということもあって、さすがのイクトさんもまったりムード……いつもはヘタレかマジメモードしか見られないから、こういう姿はちょっと貴重かも。



「………………カタブツかヘタレの二択で悪かったな」



 あ、すねた。







 でも……万蟲姫がねぇ……







 今回の件でホーネットとも仲直りしたみたいだし、なのはの抱えてたブラスターシステムの後遺症もなんとかなって……なんか、いろいろといい方向にアレコレ動いてる感じだね。







「うん、そうだね。
 ………………あぁ、それと……」

「まだ誰か何かやらかしてるの?」

「ううん、そういうことじゃない。
 ちゃんと……しておきたいなと思って」

「『ちゃんと』……?」

「はい。
 もう試験は終わったから、大丈夫かなと」





 僕やイクトさんにフェイトがそう答えると、空気が変わった。



 少しだけ甘くて、ドキドキする香りを含んだ空気に。





「……前に、ヤスフミ……騎士として、私のことを守りたい。そう言ってくれたよね。
 イクトさんも……私の側にいて、守ってくれるって」

「……うん」

「あぁ……」



 言った。これからしたいこと。いたい場所。やっぱり……そこかなと。



「あのね、その……言われた時からずっと思ってたの。うん、たくさん。
 それで……ちゃんと確認させて?」



 フェイトは、そこまで言って深呼吸する。そして……言葉を続けた。



「あの言葉は……二人からの告白で……いいのかな?」





















 ……………………………………………………え?





















「……………………………………………………なぬ?」





















『……こくはく?』

「うん。
 ……その、側にいたいや、私の騎士になる……だから、そうかなと」





















 ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? そ、そうだよっ! そうなるじゃないのさっ!











 言ってることはともかく、そういう行動を取れば当然……!







 イクトさんはともかく、僕のバカァァァァァァァァっ!





















「ちょっと待て!
 『オレはともかく』ってどういう意味だ!?」

「日頃の自分の天然ボケっぷりを思い返してみなよっ!」

「何ひとつとして言い返せなくなった!?」

「えっと……ち、違うのかな?」

「あの、違うというか違わないというか……その……あの……!」

「い、いや、オレは、告白というか……そういうのを抜きにしても守りたいというか……っ!」



 完全に頭はパニック。だって、無自覚に切り札切ってたんだから。というか……どうしようっ!? 違うと返事を……でも違わないよっ!



 つか、イクトさんもイクトさんでおんなじポカを……なんかもうしなくていいところまでシンクロしてない!?



「ヤスフミ。
 イクトさん」



 そのフェイトの言葉で、パニックが止まる。



 だって、言葉だけじゃなくて、まっすぐにフェイトに見つめられているから。



 時折視線が僕から離れるのはしょうがない――だって、それは僕とイクトさんを交互に見ているせいだから。



「私は、二人の正直な気持ちが聞きたい。
 ……教えて」



 僕の……そんなの、決まってる。何度も言葉にして、何度も更新してきたから。

 だから言える。迷わずに、今ある気持ちを……



「好きだよ。フェイトのことが……すごく」



 口にした時から、心の中がざわつき始めた。いつもとは違う。答えは……ここで出る。怖い。すごく。



 イクトさんは……どうだ……?



「オレは……正直、こうした話題については無知もいいところだ。
 柾木のことを笑えない……自分の気持ちすら、表現する術を持たないのだから。
 ………………だが」



 表現する術を持たない……けど、それでも答えは出ている。そんな感じ。



「オレは……お前と共にいたい。
 お前を守りたい。お前に笑顔でいてほしい。お前の笑顔を……ずっと見ていたい。
 そのためなら……オレのこれから先の時間すべてを費やしてもかまわない。そのくらいに。
 こういう答えでは……ダメか?」



 ………………やっぱり、イクトさんもフェイトのことが好きなんじゃないのさ。



 ただ、自分の抱いてる感情が「好き」っていう言葉とつながらない……僕との違いといえば、そのくらい。



「……ありがとう。
 二人とも……すごくうれしいよ。でも……」



 ダメ……かな?



「あの、何度か言ってるけど、私に時間をくれる?」

「え?」

「ちゃんと考えて返事をしたいから。
 イクトさんの気持ちにも、ヤスフミの気持ちにも……それに、ヤスフミの8年分の想いにも、ちゃんと応えたいの」



 ………………え? 『8年分』?



 それ、どういうことですか。



「だって……ヤスフミ、私に何回も……告白してくれていたよね?」



 えぇっ!? いや、確かにしてたけど……いつ気づいたのっ!?



「……一ヶ月前の、3人のデートから。うん、あれで気づいた。私が今まで、ヤスフミのことたくさん傷つけていたのに」

「あの、そんなことない。それを言ったら僕だって……ムチャばかりして、フェイトにいらない心配ばかりかけてた」



 止まれなくて、止まりたくなくて。迷って取りこぼすのなんて絶対イヤで……

 それだけじゃなくて、どこかで自分もしばってた。うん、自業自得だわ。



「……うん、心配だった。ヤスフミ、本当にフラっといなくなっちゃいそうだったから。家族がいなくなるのなんて、私……イヤだった」

「……ごめん」



 考えればフェイトは、そういう経験を何回かしている。母親であるプレシア・テスタロッサに、その使い魔で教育係だったリニス。

 僕、フェイトがそういうのイヤなのわかってたはずなのにな。うん、本当にバカだ。



「あの、それで……えっと、少し話が逸れたけど、アレで気づいたの。ヤスフミが私にたくさん……言葉と想いを届けてくれていたことに」

「そんなこと」

「あるよ。
 ……嘱託試験の時、プロポーズしてくれたり」

「蒼凪、貴様そんなことしてたのかっ!?」



 ……お、思い出させないで。勢い任せにも程があると、反省してるんだから。



「補佐官の資格を取って、助けようともしてくれた」



 ……数年、IDカードのコヤシでしたが。



「資格が取れるだけマシだ、貴様は……」



 そしてイクトさんは凹まないで。いや、端末使うミッドの資格試験ではあなたが絶望的なのはわかるけどさ。



「それなのに、私……気づかなかった。今ならわかる。今までのいろんなことが、ヤスフミをどれだけ傷つけていたのか。
 私がヤスフミを『家族』や『弟』なんて言う度に、すごく辛い思いをさせてたことが。
 ……ごめん。ちゃんと気づけなくて」

「あの、そんなことない。フェイトはちっとも悪くないから。僕がちゃんと言わなかっただけで……」

「ううん、言ってくれていた。そうだよね」



 まぁ……ね。うん、一回ではない。ただ話の中に出ていないだけで。



「だから、時間が……ほしい。ヤスフミのことも……イクトさんのことも。
 その、情けない話なんだけど、一月考えても……まだ答え、出ないの」

「……そっか。今までのがんばりだけじゃ、フェイトの心は射止められませんか」

「……ごめん」



 そんなに申しわけなさそうにしなくても……まったく。



「じゃあしゃあない。もっとがんばることにする」

「え?」

「だから、もっとがんばる。強くなる。成長する。
 それで……フェイトのこと、振り向かせるから。
 だから、それを見ててくれる? 僕は僕のやり方しかできないけど、それでも……変わっていくから」







 今までの枷を、少しずつでもいい。外して、新しい僕を始める。忘れずに、下ろさずに。バカかもしれないけど、それが僕の答え。



 うん、それはこれで終わりじゃない。まだ……始まりなんだ。

 だったら……ね。楽しくいきましょ。僕らしいノリでね。







「イクトさんもそれでいいよね?」

「前にも言ったな? オレの気持ちが“そういう”ことなら、こちらも本気で行く、と……
 少なくともテスタロッサの元を離れたくないという想いは本気だ。そのために必要なら貴様と競うことになろうが手を組むことになろうがためらう理由はない」

「それで……本当にいいの? 私、どう返事するか、約束できない。
 二人のどっちを選ぶのか……最悪、どっちもダメ、なんてことも……」

「いいの。フェイトが今と、これからの僕を見て答えを出してくれるなら……それで」

「あぁ。ハッキリしないよりはずっといい」



 真っ直ぐにフェイトの顔を、瞳を見つめる。大丈夫だからと、ニッコリ笑いつつ。



「……わかった。じゃあ、見ていくね。今までと、これからと……今の二人を」

「うん」

「あぁ」

「でも、ずっとこのままじゃない。ちゃんと、私の答えを出して、ちゃんと伝えるから。それまで……待ってて、くれる?」

「……うん」

「……あぁ」



 時間、少しくらいかかってもいいよね。今までとは違うんだから。少し怖いけど……でも、それ以上にうれしい。ちゃんと見てくれるから。



「ま、覚悟はしといてよ? これからビシバシアプローチしていくから。ある人曰く、『お前、僕に釣られてみる?』……ってね」

「それは誰が言ったの……?」

「柾木が前に使っていたセリフのような……」



 ウラで亀で青くてロッドでウソツキな人だよ。ジュンイチさんの出典もそこだね。



「あ、でもそういうのは、あんまりやり過ぎると評価に響くのであしからず……だよ」

「……厳しいね」

「当然だよ。二人は、未来の旦那様になるかも知れないんだしね。しっかりと見ていかないと。簡単には釣られません」

「納得した。
 ……つかフェイト、それヒロさんとサリさんに言われたんでしょ?」

「どうしてわかるのっ!?」

「わかるのよ」

「少なくとも貴様が自分でたどり着きそうな結論ではないからなー……」

「イクトさんに言われたくありませんっ!」

「………………その通りだ。すまん」











 ……とにもかくにも現状維持。だけど、変化はしていくらしい。







 フェイトは、応えてくれた。気づいて、見ていくねと。







 うん、がんばろう。フェイト……僕に、釣られてもらうからね?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………そんなことを僕達が決意して、さらに数日後……







『温泉旅行!?』

「せや」







 思わず声をハモらせる僕らに、はやては笑顔でうなずいた。



 なお、『僕ら』というのは、僕、マスターコンボイ、ジュンイチさん、イクトさん……そしてジン。







 で……いきなり温泉旅行って、何のマネ? 今度は何企んでる?







「『企んでる』とは人聞き悪いなぁ。
 試験やらその後のドタバタやらで、疲れのたまっとるやろうあんたらのために、わざわざ休暇と一緒にセッティングしたったのに」

「ウソだ……はやてがそんな殊勝なマネをするはずがないっ!
 こんなのドッキリに決まってる! えぇい、テレビカメラはどこだっ!?」







 はやての言葉にかまわず、しきりに部隊長室の中を見回すジュンイチさん……うん。気持ちはわかる。







「あー、ドッキリとかやなくて、今回はマヂ慰労目的やから。
 つか……ジュンイチさん」

「ん?」

「あんな暴走事件引き起こすような人間、メンタルケアせぇへんワケにもいかんでしょうが、部隊長として。
 きっちり休んで、精神的にもリラックスしてきてください。つかマヂで休んでくださいお願いします」

「………………あー、マヂすまん」



 さすがにこの話題を出されると弱い。ジュンイチさんはすんなり謝った。



「で……このメンツだけ呼び出されてその話、ってことは……旅行セッティングしてもらったのは僕らだけってこと?」

「せやね。
 フェイトちゃんがな、『たまには男の子だけで羽伸ばしてくるのもいいんじゃないかな?』とか言い出してな……まぁ、シフトの都合上、どうしても参加できへん子もいるけど」



 ここに呼ばれていない時点で誰のことかは予想がつく。エリオとかヴァイスさんとかグリフィスさんとか、えとせとらえとせとら……



「まぁ、恭文やマスターコンボイは試験があったし、ジンくんも惑星ガイアからこっちドタバタしっぱなしやろ?
 イクトさんは“JS事件”中からずっとお世話になりっぱなしやし……この旅行は、そんなあんたらに対する六課のみんなからのプレゼントや。
 みんなの顔を立てる意味でも、向こうで楽しんできてくれるとうれしいんやけど」



 そっか……みんな、僕らのために……



 うーん、フェイトが来ないっていうのはちょっと物足りないけど……まぁ、せっかくの心遣いを無碍にするのもアレだしね。



「そういうことなら……たまには厚意に甘えてみるのも悪くないかもね」

「うん。恭文やったらそう言ってくれるやろうと思ったわ」



 我が意を得たり、とばかりにうなずくはやてだけど……あのさ。



「何や?」

「本当に裏はないワケ?」

「いいところやったら、ジンくん達が連れてきた惑星ガイアからのお客さんのもてなしに使わせてもらおうかなー、くらいやけど?」

「モニター役ってワケ? まぁ、そのくらいなら引き受けてあげるけどさ。
 それと……もうひとつ」



 そう……はやては一番肝心なところをまだ教えてくれてない。



「その“温泉旅行”の行き先は?」

「あぁ、せやね。
 ほい、ここや」



 言って、はやてが差し出してきたのは地球の旅行雑誌……つまり、行き先は地球……?



 雑誌を受け取り、開かれたページに赤丸でチェックされたところを確認する。







 そこに記されたその温泉の名前は……大賀温泉郷。







 そこが……





















 僕らの物語の、次の舞台。





















(新シリーズ『とある魔導師と守護者のちょっと一休みな道中記』へ続く)







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



あとがき



オメガ《ついに最終話を迎えた『とまコン』。楽しんでいただけたでしょうか?》

Mコンボイ「1週間1話を52回……もう『とまコン』が始まってから1年になるのか。早いものだな」

オメガ《本家『とまと』の流れを時に追いかけ、時に脱線して、最後にドデカイ爆弾が爆発して、ここまできたワケですね》

Mコンボイ「ようやく一区切り、か……
 もっとも、すでに次のシリーズにつながる終わり方をしているが」

オメガ《間髪入れずに新シリーズになだれ込むつもりですか……
 相変わらず休まるヒマもない作者ですね》

Mコンボイ「自分のサイトで書いてるISクロスもあるだろうに。忙しいことだ」

オメガ《まだ当分の間は自ら定めた締め切り地獄に苦しめられる日々を過ごすことになるんですね、あの作者は……
 ともあれ、『とまコン』はこれにて一区切り。次回からの新シリーズにご期待ください。
 では、最後にボスから一言どうぞ》

Mコンボイ「1年間、『とまコン』を読んでくれた読者達……あー、なんだ……
 ……その…………ありがとう」

オメガ《はいはい、ツンデレ成分あふれるごあいさつをありがとうございます》

Mコンボイ「ツンデレ言うなーっ!」





(おしまい)






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