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頂き物の小説
第31話「とある魔導師と神将と閃光の女神とその他数名の転換点」:1



「うん、うん……わかった。
 じゃあ、休暇を一日延長ってことで処理しとくね」



 ピッ!



「なのはさん……恭文達、やっぱり帰ってこれないって?」

「うん……そうみたい」



 通信を終えたところを見計らって尋ねるスバルに、私は答えてため息ひとつ。



 今の連絡は恭文くんから……今窓の外で荒れ狂ってる大雨のせいで、今日中には帰ってこれなくなっちゃったんだって。

 仕方がないから、今日はイクトさんやフェイトちゃんと三人、向こうに泊まるつもりみたい。



 …………部屋、よく取れたね。同じ境遇の他のお客と取り合いになったと思うけど。



「とりあえず、三人とも、休暇を一日延長、ってことで……」

「あぁ、申請なら僕がやっておきますよ」



 言いかけた私に待ったをかけたのはグリフィスくん……いいの?



「えぇ。
 どうせ八神部隊長の分も申請しなければなりませんから、ついでということで」







 ………………え?







 はやてちゃんの分も、って……まさか、はやてちゃんもあそこにっ!?



 今日は休暇って聞いたから、どこに行ったのかと思ってたら……まさか、恭文くん達の監視!?







 ………………思い出した。



 そういえば、ジュンイチさんも今日はお休みだけど……まさかっ!?







「あー、はい。
 そのまさかです……」

「しかも、ちょうど今、その本人から帰れないって連絡来たわ」



 スバルやアリシアちゃんの言葉に、私が思わずその場に崩れ落ちても、きっとそれは仕方のないことだと思う。



 まったく……みんなそろって何やってるの!?







「……………………あれ?」

「どうしたの? スバル」



 そんな事を考えてたら、またスバルが何かを思い出したみたい……どうしたの?



「あ、えっと……
 ってことは、ギン姉も今日は帰ってこれないんだな、って……」



 え………………?



 どうして、そこでギンガの名前が?



「えっと……今朝、お兄ちゃんが恭文の様子を見に行ったって通信で話したら、『じゃあ自分も行かなくちゃ』って……」





















 ……………………………………………………ふーん。





















「あ、あの……なのは?」



 どうしたの? アリシアちゃん。

 それにスバル達まで……そんな、世にも恐ろしいものを見るような目で私を見ないでほしいんだけど。



「いや、そんなこと言われても……」



 何やら言いたそうにしてるアリシアちゃんはとりあえず放っておく。



 だって……今の私の頭は帰ってきたジュンイチさんからどうやって事情を聞き出そうか、そんなことでいっぱいだから。











「ジュンイチさん……
 ………………少し……頭、ぜようか?」







『ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?』











とある魔導師と機動六課の日常×魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜



とある魔導師と守護者と機動六課の日常



第31話「とある魔導師と神将と閃光の女神とその他数名の転換点」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 さて、時間はちょっとだけさかのぼって……







 現在、イクトさんと二人で、フェイトを先導する形で必死に走っています。それはもうがんばって。



「や、ヤスフミっ!? イクトさんっ!?」

「テスタロッサ、急げっ!
 このままでは……っ!」

「え?」



 このままだと危ない。それが僕とイクトさんの共通見解。







 そしてそれは……正解だった。







 僕達がたどり着いた場所は、人でごった返していた……ここは、ラトゥーアに併設されているホテル・ラトゥーアのフロント。



 そう。この悪天候で帰れなくなった人達が、寝床の確保のためにここに集まってきているのだ。そりゃ当然だよ。

 だって、レールウェイだけじゃなくて、車やバスの類も、全部アウトなんだもん。だから、必要かと思って来たんだけど……







「…………遅かったか……完全に出遅れた」

「泊まれると……いいですよね……」











 イクトさんとフェイトのつぶやきは、聞こえないことにした。



 うん。聞こえると辛いから。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「そこをなんとかっ!」

「そうしたいのは山々なんですが……ムリなんですよ」







 現在、フロントでヤスフミとフロントマンの人が交渉中。だけど、まったくうまくいかない。

 交渉内容は、二部屋取れないかという話。だけど……顔見知りなら、一部屋でお願いできないかと言われた。



 この状況だしね。私達以外にも、どんどん人が来ている。







 …………同じ部屋は、少しまずいしね。前にそれで大騒ぎだったし。







「多少割高でもいいんで、二部屋取れませんか?」

「取れないこともないですが」

「ホントですかっ!?」

「ですが、それだとこれになってしまうんです。
 …………最高級のロイヤル・スウィートです」



 提示された額を見て、私達三人とも、ビックリしたのは言うまでもないと思う。



「多少じゃねぇぇぇぇぇっ!
 ぶっちぎってるっ! ぶっちぎっちゃってるよね、これはっ!?」

「さすがにこの額は……な」



 うん。そうだね。ひどいよコレは……まぁ、もともとそのくらいの額をポンと出せる人のための部屋なんだから、私達の金銭感覚と食い違っても当然と言えば当然なんだけど。



 お金がないワケじゃない。だけど、これを二部屋は、もったいなさすぎる。







 ………………うん。それなら……







「わかりました。同じ部屋でお願いします」

「フェイトっ!?」

「テスタロッサ!?」



 こうなったら仕方がないよ。さすがにスウィートルームは高すぎるワケだし。



「あの、私なら大丈夫だから……ね?」

「………………わかった。
 貴様にその覚悟があるのなら、オレも貧血と戦う覚悟を決めようじゃないか」

「イクトさんが覚悟するポイントはそこなんですね……
 …………わかりました。じゃあ、この部屋……ベッドが三つある部屋でお願いします」











 フロントマンさんが、丁重に頭を下げながら「ありがとうございます」と言いながらカードキーを渡してくれた。そして、その部屋へと向かう。











 でも、どうしよう。

 いきなりこんなことになるなんて……











◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……バリケードの材料、売ってなさそうだな。



「あの、そんなことしなくても……私は大丈夫だよ?」



 いや、僕らが大丈夫じゃないの。うん。いろんな意味でね。

 フェイトさんや……キミはイクトさんを失血死させるおつもりですかな?





 つか、いきなりこんなことになるとは……何なんだよ、この神展開っ! 前回に続いてワケがわからないしっ!







 とにかく、これからだよね。うん、極力意識しないようにしよう。











 ………………あ。











 そうだよ。こういう時に頼りになる人がいるじゃないのさっ!



「フェイト、ちょっとごめん。
 連絡するところがあるから」

「あぁ、なのは達に?」



 そっか、向こうにも連絡しなくちゃ。フェイトが帰れなくなったワケだし、やっぱり心配してるだろうし。



「そんなとこ。
 イクトさんも来る?」

「当然だ。
 この状況でテスタロッサと二人きりなど……テスタロッサを血みどろにするつもりか、貴様」

「いや、なんでそこが基準なんですか、イクトさんは……」



 それはともかく、僕はイクトさんと二人で自分達のいるフロアの談話室へ。まずは六課に連絡して、なのはに一通りの事情を伝えておく。



 ……せめてもの抵抗で、一緒の部屋っていうのは言わないでおいた。まぁ、想像はされただろうけど。







 そして……いざ本命の連絡である。





 ………………

 …………

 ……





 ………………って、ずっと話し中じゃないかっ! 何してんのあの人っ!



「誰に連絡をするつもりだったんだ?」

「クイントさん。
 この現状を相談できそうな人で、一番まともな人はあの人でしょ?」



 仕方がない。第二候補の方だ。



 あんまり、この人には相談したくないんだけど……だって、暴走するのは目に見えてるし。





 けど、背に腹は替えられない。意を決して連絡した相手は……







『はーい♪
 ……どうしたのかな? お姉さんにあんなことやこんなことを相談したくなっちゃったの?』







 そう。

 みなさまご存知、無敵のお母さん。ヒロさんの親友にしてクイントさんの同僚、僕のメル友であるメガーヌ・アルピーノさんだ。





















『……まずは避妊具ね』







 ぶつっ。

 つーっ、つーっ、つーっ。







 …………ぴっ。







『いけずーっ! 軽めのジョークじゃないっ!
 というか、こういうのは大事なのよっ!?』



「やかましいわっ! こっちの希望に180度背を向けたボケをかましおってっ!
 オレと恭文は、どうすればそれを使わずにこの状況を乗り切れるかを相談してるんだっ!」



 迷わず通信を切ったイクトさんと再接続してきたクイントさんが言い争ってる……うん、いいかげんマジメに答えてもらえませんか?



「仕方ないわね。
 まぁ、フェイトちゃんがキミかイクトさんを……っていうのはないでしょうね。どっちと先に行くかで迷ってパンクしたんでしょ?
 となると、やっぱり二人のガマン次第ってことになるわね。
 でもよ? むしろ、抑えない方が……いや、そういうのは……だし。
 うん。やっぱりガマンなさい?」

「いったい何を思い出したんですかあなたっ!」





 ビックリした。いきなりいろんな方程式が飛び出たんだから。





『まぁ、アレよ。
 場合によっては、時の流れに任せることも、必要よ?』

「いや、あの……」

『そうなる時は、そうなるべくしてなるんだから。
 どれだけガマンしても、ガマンできなくなっちゃって……手を出しちゃう。そういうものよ。
 実際、私の時がそうだったもの』



 あー、それで旦那さんに出されちゃったんだ、この人。



『ううん、私から』

「あんたが出した側かいっ!」



 今心から後悔してる……この人に相談したの、ミスジャッジだったかも。



『あら、そう?』

「今の言動思い返してみてくださいよ。誰だってそう思いますって」

『けど………………落ち着けたでしょう?』











 ………………あ。











「まさか貴様……今のアホな会話はオレ達を落ち着かせるために?」

『ネタのチョイスは私の好みだけどね。実体験込みで』





 ………………実体験ですか。





「まぁ……ありがとうございます。方法とネタの是非は別にして」

『うん、がんばってね。
 ただ……なるべき時はそうなるっていうのは本当よ? 今がその時じゃないなら、そうはならないだろうから……リラックスして、ね?』

「はい」

「肝に銘じよう」





 とにかく、僕らは再度お礼を言ってから、通信を終えた。

 ………………結果の報告を約束した上で。まぁ……相談に乗ってくれたワケだし、そのくらいなら……ね。

 うん、しっかり報告できるように、ハッピーエンドを目指そう。











 それから部屋に戻ると……うん。フェイト、何してるの?







「あ、うん。
 非常口とか、冷蔵庫の中身で非常食になりそうなものとかの確認。こういうの、大丈夫だから」







 ………………イクトさん。これ、どう受け取ればいいんですか?







「………………聞くな」





















「それでフェイト……夕飯どうする?」



 なんだかんだで、もうそんな時間ですよ。



 またバイキング? それも芸がないなぁ。







「あ、それなら、行ってみたいところがあるんだ」

「そうなの?」

「どこだ? テスタロッサ」

「うん。
 ここなんだけど……」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「…………まさか、フレンチレストランを持ってくるとは」

「ちょっと気になってたから。
 でも、残念だね……」

「まったくだな。
 こんな天気でなければ最高だったんだろうが……」



 ここは、ホテルの上層階にあるフレンチレストラン。本当なら、窓からきれいな夜景でも見えるんだろうけど、今は見えない。



 だって、どしゃ降りなんだもん。代わりに、窓全体にスクリーンが張られて、夜景の映像が映っている。晴れていたら、この夜景のオリジナルが見えた……ってことだね。



「…………フェイト」

「うん?」

「あの、ゴメン。
 早く帰してればよかった……」



 いきなりではあったけど、いろいろとやりようがあったのではないかと反省するワケですよ。



「いいよ。謝らなくても……
 それに……ね。一日、ずっと一緒なんてめったにできないから。
 きっと、私達三人にとっていい思い出になるよ」



 そう言って、にっこり笑うフェイトの笑顔が、すごくまぶしかった。

 とても明るくて、優しくて……ダメだな、やっぱり。

 フェイトには、デレデレなんだと思う。うん。



「…………うん、なら……いいや。
 楽しく過ごそうか、最後まで」

「うん」





 そして、僕らは出てきた料理に美味しく舌鼓を打った。というか……本当に美味しかった。



 うん、幸せ……あと、フェイトが笑顔だったのも、幸せだよ。



 今日は、やっぱりいい日だなぁ……





















 ………………そう思うからこそ、引っかかることもある。



 僕やフェイトと一緒にテーブルを囲んでいる、イクトさん。







 本人は無自覚だけど……きっと、フェイトのことが好き。つまり、僕にとっては恋敵。







 …………の、はずなんだけど……うん。なんか、変。



 なんというか、こう……ライバル心がわいてこないって言えばいいのかな?







 初めて会った時は、フェイトとつながりが深いって聞いて、ものすごく凹んだのに……今はそういう感じがない。



 というか……恋敵だっていうことすら、たまに忘れてる自分がいる。







 うーん……何なんだろ? コレ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「…………うん、なら……いいや。
 楽しく過ごそうか、最後まで」

「うん」



 蒼凪も納得し、オレ達は出てきた食事にありつくことにした。







 ………………うむ。美味い。



 蒼凪め、昼食やティータイムの時に見せたあの真剣な表情をまた見せているな。この味も盗むつもりか。











 …………「壊すことだけじゃ、戦うだけじゃなく、ささやかだけど幸せな時間を作れるのが好き」か……











 ふと、蒼凪が語った料理好きの理由を思い出した。



 戦い以外のこともできることが実感できる……か。

 戦い以外のことなど、神将となって以来久しく忘れていたな。







 ………………神将、か……







 オレ達瘴魔神将は、かつて様々な理由で瘴魔に与した者達が柾木達ブレイカーと同じように転生を繰り返している存在だ。

 その使命は、瘴魔を指揮し、その勢力を拡大させること……“力”はあれど生命としては脆弱に過ぎる瘴魔の守護者として、オレ達は存在している。







 その使命の元……オレ達はかつて、瘴魔軍の将として、世界に背を向ける側に立った。

 そして、柾木達の敵として、“瘴魔大戦”を戦い抜いた。







 だからこそ……たまに、ふと考えてしまう。







 自分は、ここにいてもいいのだろうかと。







 あの“瘴魔大戦”……もしも何かが違っていたら、オレはここにいなかっただろう。



 オレ達は世界の敵……たまたまオレ達以上の悪を相手に柾木達と手を結び、柾木達の側で勝利者となったに過ぎない。







 そう。本来ならばオレ達は世界の敵……そんなオレが、裁きを受けることもなくここにいる。

 その事実に、違和感を感じることがたまにある。

 だから……“JS事件”の時、黒幕として討たれようとしたのを阻止された柾木がたまに不平をもらす気持ちも、少しはわかったりする。





 いや……柾木のことはいい。今はオレの問題だ。



 もちろん、裁かれればそれでいいのかと問われれば答えはノーだ。

 世に言う「裁き」などというのは、罪を糾弾すれば、罰を与えれば、その罰が終われば、それで終わる。それまでだ。

 そんなものは、罪の意識から早く解放されたいがための“逃げ”でしかない。そんなもので責任が取れるはずもない。



 「責任を取る」ということは、自らの罪を背負い、その罪から学び、同じことが起きないよう、繰り返されないように生涯をかけて尽力すること……

 オレは瘴魔神将として世界の敵となった。その罪を、これからずっと背負い続けていかなければならない……







 そんなオレが、こうして蒼凪やテスタロッサと穏やかな時をすごしていて、本当にいいのだろうか……?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 フルコースの食事も、メインを終えて後はデザートを残すのみになった。

 途中で、ワインも頼んだりして、ちょっとだけ大人な雰囲気。



 ……なんだか、心地いいな。

 お酒が入ってるのもあるんだけど、今の時間が心地いい。







 料理をいただきつつ、ヤスフミやイクトさんと話した。

 今日のこととかを中心に、楽しく。

 なんだか、安心する。











 ……こういう形のデートに誘われたことが、ないワケではない……全部断っていたけど。

 どうしても、下心みたいなものを感じていたから。本能的な部分で、不安を感じていた。

 うん、不安に感じる部分が強かったんだ。いろいろな理由で。







 私の身体が特殊な生まれをしているのも、その理由のひとつ。普通の女性とはまったく変わりがないらしいけど。

 つまり、その……クローンだけど、出産とかもちゃんとできる。短命というワケでも、ない。

 高町家でお世話になるようになってから、クロノやリンディさんが提案してくれて、桃子母さんの勧めもあって、検査を受けた。



 クローン技術は、ミッドの技術でも不安定だから。たとえば……突然の遺伝子の変異による短命。

 出産などの、生命としての機能の不全。そういった心配がつきまとっていたから……だからその検査。



 数年にわたる、将来性も鑑みた上での、遺伝子レベルでの検査。そしてその結果は……オールグリーンだった。

 私は、普通の女性と変わらず、子供も産めるし、短命でもない。



 そう断言されたのが……今から4年前。



 これは、さっきも言ったけど数年にわたって遺伝子レベルで検査をした結果。

 医者の方が驚くぐらいに完璧で、覆りようもないらしい。

 これには私もビックリした……だって、覚悟、してたから。







 そんな背景が、デートを断る理由にあったのは、まぁ、否定はしない。

 けど……もっと単純に言えば、気が進まなかったから。



 身体のこと、生まれのこと……まったく気にしていないと言ったら、ウソになる。

 それに、エリオやキャロのこともあったから。今でも十分すぎるくらいに幸せ。

 だから……そういうのは、しばらくいい。







 そう……思ってたんだけどな。

 だけど、今は違う。なんだか、不思議。







 たった一日。それまで私達が過ごしてきた時間を考えれば、ほんのわずかな時間。

 その少しの時間で、私の中で何かが変わってきているのがわかる。







 一緒にいて、家族とか、そういうのを抜きにして、安心できる。

 二人とも、私のことを気遣ってくれているのがわかる。不安にさせないように、守ろうとしてくれているのが、わかる。



 ……それに、私はドキドキしてる。

 ヤスフミやイクトさんとこうしている時間が楽しくて、今の状況も、実は楽しんでいる。

 その、不安に思わないワケじゃない。やっぱり、男の子だから……なんて考える。

 でも、それよりも大丈夫だと思う部分が強い……勝手だよね、私。







 だけど、信じたいな。



 うん、信じたいんだ、私は。



 今まで知らなかった二人のことを、信じたいんだ。







 それで、もっと……







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………あれ?」



 蒼凪が何かに気づく……それを受けて、テスタロッサも、そしてオレも。

 さっきまで、BGMに流れていたピアノの音が、消えている……店内の音が消えたせいで、少しだけ、外の雨の音が聞こえる。



 そして……



「何か……もめてるね」



 それが気になったのか、蒼凪が近くのウェイターを呼びつけ、事情を問いただす。



「あの……」

「すみません、ご迷惑をおかけしております」

「いや、それはいいんだけど、これは……?」

「実は……」



 ウェイターの話によると、音響設備が壊れたらしい……まさか、夕方の雷か?







 ………………雷……







「いや、だから私じゃないですからっ!」



 わかってはいるんだがなぁ……雷となったらお前を連想してしまうのは仕方のないことだと思うのだが。



「それを言うなら、イクトさんこそ機械との相性最悪じゃないですか」

「そうでもないぞ、蒼凪。
 さすがのオレも、触れずに機械を破壊するのは不可能だぞ」

「触れれば壊せるんですか……?」



 聞き返すテスタロッサには沈黙をもって答えておく。



「………………あ。
 あの……」



 と、蒼凪が何かに気づいた。その視線を追うと、その先には一台のグランドピアノ。

 なるほど、あれが使えればあるいは……



「あれは催し用でして……
 常駐のスタッフの中では弾ける人間がいないんですよ」

「そうか……
 確かに、弾ける人間がいればすでに引きずり出されているか」



 となると、あのピアノも使えないか……



「………………あ、それなら」



 ………………?

 どうした? 蒼凪。











「僕が弾きますよ?」











 ………………え?







『えぇっ!?』







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………結局、トントン拍子で話はまとまり、本当に弾くことになった。



 照明が、少しだけ暗いものに変わる。そして、ホールの中央にグランドピアノが用意される……つか、ド真ん中で弾けと言いますか。



「………………よし、いくか」



 とにかく、がんばろう。みんなのディナータイムのためにさ……







「いや……待て、蒼凪」



 …………って、イクトさん?



「あのピアノが催し用だと言うのなら、他の楽器もあるかもしれん。
 スタッフに聞いてくるから、少し待っていろ」



 そう言って、イクトさんはスタッフの方に向かう……って、イクトさんも弾くつもりですかい。



 でも、イクトさんが音楽って……うん、何弾くか、ちょっとイメージがわかない。



 和風趣味のイクトさんの弾きそうな楽器って……





















 ………………尺八?





















 ………………琵琶?





















 ダメだ。ロクなのが出てこない。和楽器の知識がないからってこれはないでしょ僕。



 もっとまともなのイメージしようよ。和太鼓とかさ。











「………………? どうした?」



 …………あ、戻ってきた。

 つか、何を持ってきて……?











「………………フルート?」











 マテ待て。何か予想外なものが飛び出してきましたよ?



 そりゃ、ジュンイチさんのバイオリンも意外性バツグンだけどさ、これもこれで……







「失礼な。
 オレがフルートを吹けたらそんなにおかしいか?」

「いや、そういうワケじゃないんですけど……」



 それでも、日頃のイクトさんの趣味を考えると意外なワケですよ、うん。



「………………まぁ、いい。
 さっさと始めるぞ。あまり客を待たせるワケにもいくまい」

「それはいいですけど……僕が何を弾くかわかってます?」

「好きに弾け。オレが合わせる。
 それができるくらいの技量は、叩き込まれているから安心しろ」







 ………………さいですか。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 なんだか、イクトさんも参加するみたい。フルートを借りてきて、ピアノの前に座ったヤスフミのとなりに並び立つ。



 でも……本当に大丈夫なのかな? 二人とも、音楽家ってワケじゃないんだし……







 そんな私の心配をよそに……始まった。







 少しだけアップテンポな曲。どこか激しくて、強くて。

 でも、それは印象。曲自体はスローで、場の雰囲気を壊すようなものじゃなかった。



 そして、イクトさんがそれに合わせる形で、フルートの透き通るような音色を重ねていく……











 というか、すごい。

 上手。とても……











 二人とも、こんなこともできたんだね。







 知らなかったこと、またあったね。きっと……まだある。



 知って……いけるかな……?







 ……ううん、知っていける。



 私が、向き合おうと望めば、絶対に。







 とにかく、私とお店のお客さんは、音響設備が復活するまで、二人の演奏に耳をかたむけていた。







 これだけじゃなくて、いろんな曲を弾いた。でも、本当にビックリした。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……レストラン、タダにしていただきました。いや、何でも覚えておくもんだね〜。







 なお、弾いた曲は……ダブアクとクラジャンのピアノフォーム。

 あれ好きなのよ……弾き語りすればよかった。いや、さすがにマズイだろうけど。







 ……なお、親子連れで来ていたお客さんのリクエストに、応えたりした。

 というか、子供の方だね。こっちは弾き語りしてしまったさ。クラジャンのファイナル。







 一応付け加えておくと、すべてお店の方に確認した上での演奏。弾き語りも同じくね。「これで大丈夫ですか〜」ってな具合に。







 けど……さすがにシンケンジャーにOK出るとは思わなかった。いや、周りの子供達が押し切ったんだけど。

 ………………つか、これに限っては僕よりもノリノリだった人が……と言うより、よくフルートで弾けましたね。絶対初演奏じゃないでしょ?



「当然だっ! 侍だぞ、侍っ!」



 ………………さいですか。











「でも、驚いた」



 レストランを出て、部屋に戻る最中のこと。そう話しかけてきたのは、フェイト。

 なんか、うれしそう……というか、楽しそうな顔してる。ワインのおかげで、顔も少し赤いし。



「なんで?」

「ヤスフミのピアノも、イクトさんのフルートも……弾けるなんて、知らなかったから」



 あー、確かに言ってなかった。見せる機会もなかったしね。



「サリさんとカリムさんに教えてもらったんだよ」







 修行のために聖王教会にご厄介になってた時……ここ1、2年の間にだ。

 理由は簡単。弾き語りとかが、モテ要素だから。「これで告白しろ」と叩き込まれたのだ。







 ………………まぁ、ヲタクの好奇心の元に、アニメ関係の局しか引けないんだけど。







「オレの場合は……まぁ、親がな。
 何を思ったのか、子供の頃の習い事に選んだのがフルートだったんだ……今では趣味程度で、人前で弾くのは、ずいぶんと久しぶりだったんだがな」



 ………………その「趣味程度」でバリバリに吹きまくってたんですね、わかります。



「なぜわかるっ!?」



 そのくらいでなきゃ最近の曲なシンケンジャーをガチで弾けないからですよ。つか、あの曲に限ってはむしろ僕がリードされる側でしたよ?



「う、うむ……」

「そうだったんだ。
 他は何が弾けるの?」

「うーん、アニメ関係だけなんだけど、いろいろ。
 ……うん、子供受けはいいね。そんな曲ばかりだ」

「そうだね。
 さっきのあの子も、うれしそうだった」



 思い出すのは、リクエストをしてきたヴィヴィオくらいの子。うん、うれしそうだった。



 何というか、あぁいうのを見ると、僕もうれしい。

 ……そうだよね。僕の中にあるのは、壊すことだけじゃないんだ。それだけじゃ……ないんだ。



「イクトさんは何が弾けるんですか?」

「時代劇関係でいろいろ……だな。
 大河ドラマのメインテーマはだいたい弾けるぞ」



 ………………イクトさん。それは少なくともフルートで独奏するような曲ではないと思うんですけど。



「………………そうか?」



 うん。そうなの。時代劇好きにもほどがあるでしょ。







「そういえば、あの曲……」

「あの曲って……『Climax-Jump』?」

「あ、そういう題名なんだね。
 えっと、最近ヴィヴィオやなのはが口ずさんでるのをよく……
 というか、ヤスフミが弾いた曲にも聞き覚えがあるの」



 あぁ、あの二人は『電王』好きだしね。納得納得。



「実はアレ、僕がディスク貸してる特撮物の主題歌や、挿入歌なんだよ。
 実際に、ピアノバージョンも作られていて……僕が弾いたのがソレ」



 ……というか、それが弾きたくなって、練習が本格化したりした。それはもう、猛特訓でしたよ。



「だからなんだね。納得した」

「まぁ、そういうのを抜きにしても、あの曲達は好きなんだけどね」



 特に、今日歌ったファイナル、いいんだよね。

 歌詞が変わってて、元のクラジャンの続きみたいになってて。







 ………………『さらば電王』、見れてないしね。聞いて寂しさを埋めてるのさ。フッ。







「うん、わかる。
 すごくあの曲が好きっていうのが」

「わかるのっ!?」

「だって……弾いてる時、すごく楽しそうだったから」



 …………はい、楽しかったです。すごく。



「ね、音源とかある?」

「……うん。CDから取ったのを、端末に入れてるけど」

「なら……今日歌ってたの、欲しいな」



 ………………え?

 それはまたなぜに。だって、フェイトは『電王』見てないのに。



「聴いてて、いい曲だと思ったから。
 こう……元気になるの」

「…………そっか。
 うん、わかった。そういうことなら」







 そして、僕は快く音源ディスクを貸す約束をした。



 なんか、うれしい。フェイトと、こうやって共通の話題ができていくのが。







 ………………で、せっかくなので……







「イクトさん」

「何だ?」

「あの曲のバリエーションにアックスフォームっていうのがあるんですけど……演歌ですよ?」

「今度聞かせろ」



 やっぱり食いついたか。







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あきゅろす。
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