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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
第52.5話 『手遅れだったとしても』



魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020

第52.5話 『手遅れだったとしても』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


前回のあらすじ――大体の作戦は固まった。ただ問題は、ヒロさん達が見つけたディスクで。

それを見ながら、深夜になろうとしている中……。


「はい、なぎ君……アルトアイゼンとジガン、整備完了だよ」

「ありがと、シャーリー」

≪ただいま戻りました≫

「お帰り」

≪なのなのなのなのー♪≫


処置がいち早く終わったアルトとジガンをシャーリーから預かり、ぬいぐるみ形態となった奴らを肩に乗せる。


「アンタ達、よく手早く一抜けできたわね……!」

「元々改修したとき、ECM対策もしていたからね」

「あとはそれを煮詰めた程度だから。うん、楽勝だった。……で、会議の進展は?」

「奴らの模倣が丁寧すぎて、吐き気がしているところ」

「あぁ…………大体納得した」


シャーリーにも例の詩文を見せながら、いろいろ考えてしまっていた。

ここで”コイツ”を使うのは、さすがに危険過ぎるよね……。


「……やっさん、アンタの意見としては」

「ブービートラップですね。ほぼ間違いなく」

「入れた途端に墜落か……まぁ、私も同感だけど」

「ヒロさんには申し訳ないですけど、飛行船は別の方法を取るしかないですね」

≪手がないわけじゃありませんから≫


ちょっと、アルト……ぬいぐるみ形態で、テイルブレードを向けてこないでよ。

つまり”アレ”を使えってことでしょ? 確かにあれなら……でももう一日もないのになー!


「アンタ達、よく元気でいられるわね……!」


なお、ティアナはああから不機嫌だった。頭を抱えてテーブルに突っ伏していた。作戦前なのに体調不良だった。


「完全に私達、逃亡犯じゃない! スパイがいたのよ!? それで更迭が当然なのに逃げちゃったら……!」

「ティア、今更後悔するのはアレすぎるよ……」

「そうですよ。飛び出して、ここまで来たわけですし」

「だから大体の作戦会議を終えて、現実を思い知っているのよ! お願いだからもう少しだけ後悔させてー!」

「人生、ノリと勢いで行動するとこうなるわけだ……。おのれらも反面教師にするといいよ」

「「「恭文(さん)にだけは言われたくない!」」」

「くきゅー!」


おぉ!? おのれら、なんか前より当たりがキツくなってない!? なにがそこまでアグレッシブにさせるのよ!


「もうアンタは黙ってろぉ! 爆弾脅迫の狂言とかいう、わけの分からないことをやらかした分際で!
というか、アンタはなんで落ち着いているのよ! 反省しろぉ! 正座して、俯いて刑に服せぇ! ついでにヒロリスさん達もぉ!」

「俺らを巻き添えにするなよ!」

「そうそう! というか……まぁ、私らが慣れっこなのは」

「いつものこと、ですしねぇ……」


そう告げると、椅子からティアナが派手にずっこけた。どうやら現実が相当に重たいらしい。


「でも思い出すなー、横浜で鷹山さん達と走り回ったときを……冬の東京で、野明さん達とドンパチする算段を建てていたときを。
特にTOKYO WARのときもさ、こうやって作戦会議したんだよ」

≪そのときのあなたは、ちょうど今のエリオさん達でしたよね≫

「僕達が……って、そうですよね。年齢的にも十二歳とかそれくらいで」

「恭文さんにも、そういう時期があったんですね。当たり前と言えば当たり前ですけど……。
そう言えば、その頃なんですよね。歌織さんと知り合ったのも」

「そうだよ。TOKYO WARが解決直後、救援に来た自衛隊の部隊に一旦預けられてね。
その部隊の中に歌織のお父さんがいて、そのまま家に連れてこられたんだ」


あのときは冬だったから……今とは全然違う部分もあるなと、つい笑っちゃう。


「一応都心が自宅ではあるけど、向こうの調査やらに協力する必要もあってね。
お父さん達やふーちゃんの安否を確認した上で、しばらくご厄介になったの」

「調査ってやっぱり取り調べとか」

「僕はそれほどでもなかったよ。野明さん達や後藤さんが、いろいろ庇ってくれたからね。……今度は僕の番ってわけだ」

「恭文さん……」

「課長だもの」


遠慮はいらないとお手上げポーズを取ると、エリオは何かを噛み締めるように、小さく頷く。

……だからなのかな。ついこの馬鹿どもを甘やかしてしまうのは。


それじゃあ意味がないし、手厳しくを心がけているつもりなんだけど……あぁ、視線が痛い。でもそれより痛いのは。


「……もうお願いだから黙ってぇ! 私はモブなのよ! 焦げ跡が勲章のモブなのよ!
そんな伝説的な部隊やら、刑事やらみたいには動けないのよー!」

「何を言ってんだか……」


今更、そんな後悔に苛まれているティアナだった。


「機動六課に肩入れするってのは、その伝説的働きをやれって言う無茶振りを受け入れたも同然だよ?」

「そうよね! しかもだからって今更出頭とかする気もないし……自分の馬鹿さ加減が嫌ってほど突き刺さっているのよ!」

「うん、それについては私も同じだよ。
……隊長達だって、私達のために出頭してくれたわけだし」

「とはいえまともにぶつかっても自殺行為だが。
城攻めは、防衛側が三割有利だと言われているからな」


そこでサリさんがモニターを追加展開。これは……ベルカ戦乱時代を記した歴史の教科書か。

特に城攻めに関しての話を中心に出してある。だからティアナも、顔を上げて食い入り始めて。


「やっさんの生まれ故郷≪地球≫もそうだが。こっちの戦乱時代でも城攻めってのは結構な大仕事だった。
守りは当然硬いし、下手に乗り込めばトラップやら待ち伏せやらで全滅……それがなくとも、貴重な将が討ち取られて戦力的に大打撃」

「防衛側も本陣に攻め入られるから、モチベーション的にも高くなりますしね。
それに軍同士の衝突では、戦力の三割が削られたら敗北って言われているから……余計に損害は怖い」

「三割!? え、まだ半分以上元気でも負けなのかな!」

「その三割に対する救護や運搬などの手間がかかるんだよ。一人当たり三人とかね」


驚くシャンテには、そういうものだとお手上げポーズ。


「まぁ助けようがないから捨て置くしかなかった……としても、状況次第では撤退も考える線引きってところだ」

「大将首寸前まで迫っての三割と、前線同士がぶつかっての三割は違うものね……。
そういう意味ではさっきのドタバタ、完全にスカリエッティ側はミスと」

「ミスだね。ヴィヴィオの確保が本命なら、ナンバーズ達は出すべきじゃあなかった」


ティアナに首肯しつつ見やるのは、やっぱりスバルやギンガ。


「実はこの辺り、ウェンディ達の存在に助けられている」

「それは分かるわ。スパイがいて、私達の脇腹を突くこともできる……それが”油断”となって、相手の戦略を甘くさせていた」

「まぁ例の爆弾絡みがあったし、ドゥーエの接触もあったから大丈夫だろうってのは分かるけどさ」

「じゃあそんな甘い奴らの城を攻め落とすとして……というか城攻めって、えいやーって攻撃する以外だと」

「絡め手で分かりやすいのは……やっぱり兵糧攻めですよね」

「そこだな」


そこでサリさんが、モニターを操作……あぁ、やっぱりこっちでもやっていたんだね。兵糧攻め。


「軍で城を囲み、一切の物流や人の出入りをシャットアウト。
そうして城の食料や兵站を消耗させ、困窮したところで攻め入るわけだ。
ただまぁ、こっちでは決して有効な戦術ではなかった。魔法によるショートカットやら、自給自足可能なプラントを設置した城もあったしな」

「まぁ、そうですよね。魔法社会だとやっぱりそういうのは」

「そんなわけで開発・運用されたのが、魔法を殺す魔法……AMFだ」

「……って、そこでAMFが出てくるんですか!」

「儀式魔法的に超広域展開して、それで城なり要所要所を包んで閉じ込める。
魔導師達の魔法使用はもちろん、そういった設備用の魔導ジェネレーターも無力化するわけだ。
移動展開できる機械兵器はイレギュラーとしても、その骨子が”戦略級魔法”なのは変わらないんだよ」

「……そういやその話、聖王教会の先輩達がしていたなぁ。
だからAMFでも完全相殺されない装備やら、戦略兵器が発達して、偉いことになったーって」

「そうして歴史は繰り返されているわけだ」


呆れ気味に頭をかくシャンテに、サリさんは疲れ気味に吐き捨てる。

今回のことも……僕達の対処も、決して正当ではない。そういう戒めを刻みながら。


「やっさん、地球の方で兵糧攻めとなると……有名なのはあれか? 豊臣秀吉とか、天草四郎が起こした島原の乱とか」

「豊臣秀吉って、私でも知っている超有名な武将じゃない」

「農民の出だったけど、戦術や外交で高い才能を発揮してね。城攻めの達人と言われている。
その中で有名なものの一つが、兵糧攻めなんだよ。
例えば……鳥取城の戦いっていうのだと、十二キロにも及ぶ包囲線を敷いたのよ。周囲に臨時の城を作り、しっかり包囲した上でね」

「十二キロ!」

「もちろん相応の封鎖線も重ねているから、海路・陸路ともに抜け道なし。
更に陣取った場所が山の上だから、敵の城は丸見え。向こうからは自分達が煮炊きする様子が見えて、精神的ダメージも与えられる。
それにより自軍の被害も抑えつつ、できるだけ血を流すことなく攻略していくわけよ」

「性格悪! ……あ、でも」


そうそう、戦争状態だったし、そりゃあ手段は選べないって。そういうとこは僕も凄いなと。


「……アンタ、生まれてくる時代を間違えたのね」


あれ、なんか急に哀れまれた!? しかもティアナが、今まで見たこともない優しい目をし始めて!


「……ティアナちゃん、そこに触れるかぁ」

「サリエルさんも思ってたんですか!?」

「ジープ特訓で、窓に石を投げつけられたときからな……!
しかもコイツは舌打ちしたんだよ! それで俺らの方が恐怖させられたんだよ!
それもまだ十歳とか十一歳の頃だぞ! ヘイハチ先生ですら、笑っていたからな! 膝が!」

「やっさん、不良時代に散々喧嘩していたおかげで、その辺りに躊躇いがないからねぇ……。
これで戦国時代とかに生まれていたら、そりゃあ生き生きと暴れていたんだろうなぁって。または世紀末?」


サリさんとヒロさんもヒドい! というか世紀末って何! ヒャッハーしろってことですか!


「いや……それならむしろ、現代に生まれてよかったのでは」

「くきゅ……」

「歴史がいろいろ変化して、恐ろしい結果になっていたかもしれないしね……!
今なら法治と正義感でなんとか……ギリギリのラインで制御できている、はずですし」


キャロー! というかエリオまでー! しかもその目はやめろ! 救いを見つけたような……厳かでありながら優しい瞳はやめろ!


「あぁそっか……悩みどころよね、そこは!」

「でもギリギリだからなぁ! 本当にギリギリの……セウトってやつだからなぁ!」

「それでハーレムできるんだから、一体世の中どうなってんのか……」

「……おのれらがそんなに死にたがりだったとは、知らなかったなぁ」

「まぁまぁなぎ君……というか、言われるだけのことはしているからね!?」

「そうだよ! 反省してとも言ったよね! 自首してとも言ったよね!」


ギンガさんとスバルも圧が強い! なによ……そこまで僕に問題があると!? でも僕は悪くねぇ!


「あ、それよりほら、島原の乱っていうのは? ヤスフミはそういうお話、詳しいよね」

「え……」

「なんで引くの!?」

「おのれ、このクーデターを知らないの?」

「クーデター!?」

「歴史的にも重要な起点となった、クーデターだよ……!?」

「本気で哀れまれている!? どうして……どうしてー!」


天草四郎時貞――元和七年(一六二一年)頃に生誕。なお、生まれた年については、よく分かっていない。

亡くなったのは寛永一五年二月二八日。僕なんかと変わらない年でありながら、島原の乱における一揆軍の最高指導者だった。


「本名は益田四郎、諱(いみな)は時貞。
洗礼名……キリスト教という宗教で、洗礼時に付けられた名は『ジェロニモ』だったけど、一時期表向きの棄教をしていてね。
その影響からか島原の乱当時は『フランシスコ』に変わっていたらしい。一説には豊臣秀頼の落胤とも言われている」

「せんれい……あの、ヤスフミ」

「……信者になるための礼典……儀式みたいなものだよ。聖王教会でもやってる」

「あ、そうなんだ。でもそんなに凄かったの? その……島原の乱」

「…………凄いと思うよ? 歴史の教科書にも載るくらいだしね」

「ふぇ!?」

「だったらフェイトさん、勉強しているはずなんじゃ……!」


エリオやみんなが慟哭するけど、僕からは何も言えない……なお落胤というのは、いわゆる私生児。

歴史上では高貴な人物の出自として、話題になることが多いんだ。


フェイトさん、幾ら何でも一般常識がなさ過ぎる……! まぁそこは恭文さんに任せよう。


「天草四郎はクーデターの首謀者……というか、それに祭り上げられた信者の青年と言うべきか。
当時の信者……キリシタンの間では、数々の奇跡を起こしたという伝承も残っている」

「奇跡?」

「盲目の女の子に触れて、死力を取り戻したとか……海面を歩いたとか。
それ自体はキリスト教の根源であるイエス・キリストの起こした奇跡として、聖書にも書かれていることだけどね」

「そういう凄い力を持った人間がいた……いるってこと自体が、クーデターの力になると」


……まぁ実際に奇跡は起こしていたようだけどね。天草四郎は魔術使いで、それを奇跡として振るっていたわけで。

ただその辺りの話をするといろいろ脱線するので、ここは黙っておこうと思う。


「――島原の乱は、松倉勝家が領する島原藩のある『肥前島原(しまばら)半島』が舞台。
そこの寺沢堅高が領する唐津藩『飛地・肥後天草諸島』領民が起こした」


口で言っても分からないだろうから、タブレットを使って……さらさらとお絵かきしたものを、モニターに表示させる。


「大きな原因は百姓の酷使、過重な年貢負担に窮していたこと。
でもそのきつい生活の支えとなっていたのが、キリスト教信仰なんだ」

「文字通り、宗教が心の支えと……」

「でも藩による信者≪キリシタン≫の迫害、更に飢饉の被害まで加わって、限界がきた。
しかもここで言う百姓は、貧窮零細農民だけじゃない。農業、旅業、手工業などの諸産業を扱う、大規模経営者も含まれている」

「そういう……割と強い人達も参加していたって、相当不満が溜まっていたんだね……」

「そうして結成された一揆軍は、島原藩の討伐軍を退け、天草支配の拠点に攻撃まで仕掛けた。落城などは無理だったけどね。
一説には日本国内……総人口の一割にも及ぶキリシタン達を蜂起させ、内乱状態とし、更にポルトガルという国の援軍を期待していたとも言われている」

≪とにかく攻撃直後、討伐軍は押されっぱなしでした。
一揆に参加していない領民に武器を与え鎮圧しようとしても、その領民が武器を持って一揆軍に加わる始末で≫

「こう言ったらあれだけど、当然な気もします……」

「生活を困窮させて、助けてもくれなくて……その上堪え忍ぶ支えだった信仰まで奪った相手のために戦えとか、私もちょっと……」

「くきゅ……!」


エリオとキャロの言う通りだった。それすら分からない独裁状態が、島原には敷かれていた。

……反乱に加わった人達は、神を信仰することで耐えていた。その教えに従い、未来を信じていた。

それすら奪われたら、その人達は何のために生きているの? ただ搾取されるためだけに……その現状を知っていたら、そりゃあね。


≪実際一揆軍は日本各地に使者を派遣している上、当初はポルトガル商館のある長崎に向けて侵攻していました。
当時の日本からすれば、これはとんでもないクーデターなんですよ≫

「結局一揆軍は、廃城だった原城にて籠城戦を仕掛けた。ここまでの攻勢で藩から奪った物資も使いつつ、討伐軍を迎え撃とうとした」

「それで増援が来るのを待っていく作戦と」

「このとき、島原と天草って場所の一揆軍は合流し、その数は三千名と言われている。
乱の発生を知った幕府は、当然上使を派遣……九州の諸藩はこの上使『板倉重昌』に率いられ、原城を包囲して再三攻め寄せた」


その部分は、今の状況に近い……というより、今僕達はこの段階にいると思う。思いっきり国家権力を動かしているわけじゃないけどね。

……で、ここで半端にしていたことが、歴史的にも大きな影響を刻むことになった。


「……でも、尽く敗走させられた」

「尽く!?」

「一つ、単純に城の守りが堅かった。
二つ、一揆軍の団結力に対し、討伐軍はしょせん諸藩の寄せ集め。士気そのもののレベルが違った。
そして三つ、上使である板倉重昌が貫禄不足で、軍としての統率が取れなかった」

「あぁ……やる気が違うとなると、それは……」


戦いはノリのいい方が勝つ……モモタロスさんが言っていた言葉だけど、それは実に正しい。

ノリというと軽くなるけど、ようは士気だから。数で勝っていても、そういう油断ややる気がなかったら、そりゃあ押し切れないよ。


「なおこの派遣については、かの柳生宗矩からも反対意見が出ていたんだ」

「やぎゅう……って、それってサンダーエッジ・ボルトの! あの、柳生流の人!」

「その人が生きていた時代の事件だったからね。
……柳生宗矩は板倉の役者不足を看過し、もっと力を入れて攻め入るべきだと進言したんだよ。
結局は様子見同然に動いたんだけど、その予見通りに負けた上、とうの板倉も自分の代わりが来るのに焦って、無謀な突撃を行い討ち死にした。
それも四千人という被害を出した上だから、もう笑えない状況だったのよ」

「農民やらを相手に、三割有利でも四千人って……!」

「だが、それがいけなかったんだよなぁ……」


サリさんの言う通りだった。ここまでなら一揆軍は、そのままクーデターを成功させるようにも見える。そう見えてしまった。

とうの一揆軍もそうだし、幕府軍もだ。だからこそ、本腰を入れてしまう。


「第二の指揮官≪松平信綱≫が到着後、討伐軍は各地からの増援を得て、十二万以上の軍勢に膨れ上がった」

「十二万!? 三千人相手に十二万ですか!」

「側衆の中根正盛という人は優秀でね。まずは与力二十余騎を諸方に派遣。
一揆軍の動きを徹底的に調べさせ、更に甲賀忍者の一隊も原城に潜入させた。
そこから忍者隊の報告で、残り兵糧が心許ないと確信し、兵糧攻めに移行したんだ。
もちろん増援関係も、幕府の根回しで逐一潰して孤立させる」

「もう容赦がカケラもないわね……!」

「でも討伐軍は全くもって非情ってわけでもないの。内応や投降を度々呼びかけていたんだけど、一揆軍が尽くはね除けたのよ」

≪……そうして一揆軍の兵糧が尽きかけたところで、総攻撃を仕掛けたんです。
原城は落城し、天草四郎も討ち取られ、乱は鎮圧されました。
で、その後の事後処理がまた悲惨なんですよ≫


それもあったねぇ。天草四郎もだからこそ……という部分もあったし、つい目を細めてしまう。


≪島原半島南目と天草諸島のカトリック信徒は、ほぼ根絶されました≫

「アルトアイゼン、根絶というと……」

≪皆殺しです≫

「逮捕とかじゃ、なくて……!? あの、恭文!」

「なくて。……不備があったとはいえ、討伐軍に数千人の被害を出し、それでもと出された内応や投降勧告をガン無視したからね。
それによりキリシタンそのものが……”国が掲げるものとは違う何かを信じる人達”が危険分子だと、幕府に刻まれちゃったんだよ」


そうして生き残ったのは……本当に僅かな隠れキリシタンだけらしい。

それが日本の国政が向かう先まで左右した大事件……島原の乱であり、天草四郎という男が進んだ道の果てだった。


「幕府は禁教策を強化し、いわゆる維新の時代が来るまでは鎖国政策を推し進めていく。更に原城制圧の反省点から、一国一城令も施行された」

≪救いがあるとすれば、島原藩主:松倉勝家が斬首されたことでしょうか。
領民の生活が成り立たないほどの搾取を行った結果、一揆(いっき)を招きましたし。
……なお江戸時代に大名が切腹ではなく、斬首とされたのは公式記録上この一件のみです≫

「天草を領有していた寺沢堅高も責任を問われ、天草の領地を没収……その後精神異常を来して自害し、寺沢家は断絶となったしね」

「圧政を敷いた領主も、ちゃんと責任を取ったと…………でも、スカリエッティくらいの犯罪者なら、そういう状況も想定しているよね」

「間違いなくね」


フェイトの言う通りだった。愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ……アイツは後者の側だ。

それも管理局の暗部だったから、こっちのやり口も熟知している。そりゃあメタれない方がおかしかった。


「もし他の協力者なりがいた場合、結構ヤバいよ」

「多発的に各世界での同時テロか。本局もSAWシステム絡みで止まっているから、確かに厳しいわね……!」

「それに兵糧攻めは、そもそも私達だと使えない作戦でもありますしね……。
だけど、それで絶対的に有利なわけでもない。ここまでの状況で向こうは籠城作戦を強いられてもいるから」

「それを隠すのが例の飛行船だが……というかその兵糧攻めについては、管理局とミッドチルダ側の危険だな」

「昨日の会議でも議題に上がったところですね」


サリさんが次に出してきたのは…………あぁ、これかぁ。確かにこの話題も盛り上がっていたね。


「……ミッドチルダの食糧自給…………あぁ、そういうことですか!
確か、今自給率がかなり低下しているんですよね!」

「えっと、三割未満でしたよね。
会議の状況把握も兼ねて聞いていたから、私達もそれは知っていますけど」


そう……実はミッドチルダの食糧自給率は低下中。その原因はここ数年で開国した、ヴェートルやパーペチュアル。

いや、この二つの世界が、別段悪いことをしたわけじゃないんだよ。

ただ次元世界入りを果たしたことで、二つの世界からの移住者が増えた。その結果、一時的に自給率が低下しているのよ。


ヴェートルだけでも、移住によって移動した人の総計は、総人口の〇.五パーセント。数にすれば五千万人以上。

これは一大都市ってレベルじゃない人数だ。それだけの人数があっちこっちの世界へ移住していけば、そりゃあ衣食住はどうするのかって話になるでしょ。

もちろんその逆に、ミッドやら他の世界からヴェートル、またはパーペチュアルに移住するケースもある。シルビィ達やら、中央本部の人間もそれに当たるかな?


だからトントンと言えばそうなるけど、それでも統計的に見れば、相応の反動は出ているわけだ。


「EMP攻撃はなんとか阻止できたが、毒ガス入り飛行船による都市ジャックで、市民の生活活動は停止状態だからな……。
各部隊の治安維持活動によって、暴動やらは避けられるかもしれないが……」

「でもこの状態が長く続けば、生活活動によって動く物流……食料やらなんやらも滞る。
なんだったらSAWシステムの流れを利用して、局の転送関係をシャットアウトしたっていい」

「それでも個人転送はあるだろうけど、消費と需要には追いつけませんよね……。
だから、スカリエッティ達は堂々と立てこもっている。どう足掻いても本局は、ヴィヴィオを引き渡す選択しかないと」

「少年はよく勉強しているな。……それで市民に死者でも出したら、それこそ暴動が起きる。
でも渡したら渡したで、ゆりかごが動く……民意が、それをよしとするわけだ」

「スカリエッティが”聖王家の末えい”とだけ触れたのがネックですね。
それでゆりかごが動いて、星ごと制圧するーなんて話は出していない」

「そういう無関係な第三者の平和や安全に配慮できる状況でもないしな。
あんまり長引かせると、今度は高町教導官や六課……ヴィヴィオちゃん自身の顔がさらされる」

「じゃあ、なのはさん達の身辺も盾に取って……!」


……ゆりかごの存在と、それをキーとした都市へのテロ……それ自体はもう確定している。クアットロやチンク達の査察で判明しているからね。

ヴィヴィオが聖王のクローンなのも……元々は最高評議会が、ゆりかごの中にある情報≪生きたオーパーツ≫を取り出す鍵として作ったのも判明している。


だから上手くヴィヴィオをさらえたのは英断だったんだけど、それに安堵してぼやぼやもしていられないのが……現状だった。


「というわけで俺も、篠ノ之博士が準備している”特殊弾頭”の使用は賛成だ。
向こうの電子戦能力を限定的にでも奪っておかないと、何をされるか分かったもんじゃない」

「それを、私とギン姉がきちんとガードすることと……メガーヌさんですね。
基地構造は分かっていると言っても、そこまで停止はできないから」

「あとはこれを見てくれ」


サリさんが、またまた空間モニターを展開……そうして流すのは、昨日スカリエッティが出してきた犯行声明の映像。


「これは、昨日の……」

「再生速度を下げるぞ」


――一気に速度を百分の一に低下。ゆったり動く口や仕草……その合間に差し込まれた、数式のような画像。

黒い画面に金色の文字達。それを見てスバル達が前のめりになる。


「これって……!」

「サブリミナル映像だ。映像の中にほんの一瞬、暗示用の画像を差し込む。
……ディードちゃん、見覚えは」

「いえ……ですが、サブリミナル映像というと」

「ちょっとちょっと……それじゃあ奴らが誰かしら洗脳している形じゃ……」

「まぁオカルトの類いだけどね」


……その瞬間、ティアナを筆頭とした若人達に電流走る。


「はい!?」

「え、待って……ヤスフミ、ほら! ドラマとかでよくあるよね! ちゃんと実験して、それでお話したんだよね!」

「あたしも聞いたことがあるけど! え、オカルトなの!?」

「……サブリミナル効果は、地球でも何度か証明実験が行われた結果、”言われているほどの効果はない”というのが定説なんだ。
というか、提唱したジェームズ・ヴェイガリー自身が後年『コンサル業に失敗していたので、実験をでっち上げた』って認めちゃっているの」

「しかもでっち上げ!?」

「地球なら……CBC≪カナダ放送協会≫が一九五八年に実施したものが、大規模かつ有名だね。ヴェイガリーが会見をした直後のことだよ。
……知覚できない速度で『すぐに電話してください』ってメッセージを差し込み、放送したんだ。
結果、電話が大量にかかってくることはなかった。でっち上げの件も含めて、それを本気でやる奴はいないよ」


フェイトが言うようなドラマは確かにある。それで人々が洗脳され、異常行動を起こす……そんな映像作品はね。僕も何度か見たことあるし。

とはいえ、サブリミナル効果はそこまで絶大かつ凄い効果とは言えなくて……実はそういう映像作品の尾ひれで、今も信じられているくらいなんだ。


ただ……”サブリミナル効果が別の精神作用を引き起こす”と、”自らに何らかの報酬がある場合のは注意されている。

一つ目はプラシーボ効果。サブリミナル効果を受けたって思い込んで、本当にそうなるって話だ。

実際にそういう実験も行われたし、さっき言った実験も公表自体はされていてね? それで『喉が渇いた』とか電話してきた人もそれなりにいた。


で、二つ目は……サブリミナルにヒントがあって、それで問題に成功すればお金がもらえるって実験をしてね。

それで六割以上の人間が成功しているの。報酬がない場合は偶然でなんとかって程度の正解率だったのにだ。

人間は自分の意識がどう作用するかも、ちゃんと分かっていないってことだ。


……でも、その話はここではしない。なぜならプラシーボ効果に触れると……SAWシステムの嘘で効果発揮していた連中が、鬼になるから。

今は事件対処中だし、地雷には触れない……あとは上手く焼き肉を奢って、水に流させるんだ。


いや、でも普通の焼き肉じゃあ物足りないかも。雛見沢でもやったし…………なら、あそこがいいかな?


「……なら、このコードは一体なんのために?」

「例のフェブルオーコード……洗脳する方のものと一致している。
いわゆる身分証明とも取れるが、片方だけってのがミソだな」

「解読の方は、嘘っぱちの可能性があるってことですか……!」

「必要なら、取りに来いって話だ。……なんにしても、奴らはしっかり捕縛しないと駄目だな。
じゃないと暗部の全てが、文字通り闇に葬られる」

「それを守るのも、僕達のやりたいことですね……」

「…………正規の任務じゃないから、若人達を巻き込みたくはなかったんだがなぁ」


……サリさん、そこでちらりと僕を見ないでよ。僕が一番やってしまったって思っていますから。

でも、そんなつもりもなかったと、寄り道はさせたくなかったと、何度曰ってももう遅い。

言われるまでもなく、それなりの責任は背負うことにしようか。せめてスバル達が、ちゃんと局員として進める程度にはさ。


あのとき……後藤さんと野明さん達が、僕を守ってくれたように。


「そこはまぁ、僕達もまともじゃなかったということで」

「以前の恭文さんと同じようですし、むしろ安心しています」

「……というか、アンタはなんでまた迷いなく突っ走れるのよ。本当に慣れているだけ?」

「やっさんはアレクシス公子のこともあるからねぇ。さすがに放っておけないんだよ」

「ちょ、ヒロさん!」

「それはヤバいだろ! ハラオウン執務官もいるんだぞ!」

「いいじゃないの。ティアナちゃんだって……察してはいたんでしょ?」

「……実は」


僕とサリさんが止めても、ヒロさんは問題なしと笑っていた。ティアナも”ちゃんと話せ”と視線で言ってくる。

……それでみんなも…………ああもう、本当に責任は取らないと……!


「アレクシス公子……カラバの王子様ですよね。私も資料で見ましたけど」

「恭文、友達かなにかなの!? あ、でもそれなら、オーギュスト・クロエは……」

「……正直僕は、スカリエッティ達がここまでする気持ちも理解できるんだ」

「え」

「実際去年のアイアンサイズやマクシミリアン・クロエがそうだった。
……連中が消したがっていたのは、親和力。カラバ王族に遺伝していくレアスキルだ」

「……それならリイン曹長から聞いたわ。そのレアスキルで次元世界全体への征服計画も進めていて、だからオーギュストともども公女は逮捕されたって。
でも……そんなことができるレアスキルって一体なんなんのよ……!」

「能力者を好きになる」


そう端的に答えると、ティアナが呆ける……というか、途端に何かを察し、嫌そうな顔をする。


「まさか、フェイトさんとリンディさんが馬鹿をやらかしたのは……」

「親和力の影響だ。ただね、この能力は普通の洗脳よりずっと凶悪……というか、異質なものなんだよ」

「異質?」

「洗脳は何かしらの考えや価値観を、ある種の条件付けで変化させる。
集団圧力、家族的関係……そういうものを利用するのが一般的だ」

「スタンフォード監獄実験もそんな感じですよね……。
あれも周囲の環境と与えられた役割で、パーソナリティーが汚染されて」

「エリオが、なんだか大人に……!」


はいはいフェイト、ショックを受けないの。エリオも……キャロだっておのれが知らないところで成長しているんだよ。


「でも親和力は、”能力保有者を見ているだけで、ただ純粋に好意を持ってしまう”」

「……ただ好きになるだけってこと? それだけなら、なにかのカリスマ性というか、人間的に魅力に感じるけど」

「だから怖いんだよ……」

≪それゆえに条件付けで歪める洗脳と違い、破綻する部分はありません。
ただ相手を慕い、好意を持ち、純粋に助けになりたいと……守りたいと思うだけ。それも自らの命を賭すレベルで。
それがテレビ越しだろうと、公女やアレクさん達を……カラバ王族を見ただけで発動するんです≫

「テレビ越しでも!? じゃあ、あのカラバのことをなんとかしようーって熱気は……!」

「だから、メディアに出るだけでクーデターが成立しちゃうし……この次元世界の中で、カラバの王制は続いていたわけだ」


そう……その辺りも全部親和力の影響だ。その力を使い、王制は脈々と受け継がれていた。


「ただカラバ王族は能力が対処されたときのことを考え、能力を秘匿し、あくまでもカラバの中だけで話を纏めていた。
でもそれがクーデター派に伝わり、恐れていた通り能力が対策されて……カラバの事件が起こり、EMPでの連続テロに繋がった」

「だからアイアンサイズ達は、あそこまでしつこくテロを……!」

「公女の動きから、能力の悪用を察することもできたからね。
……カラバ王族のやり方を独裁とするなら、それを打破した奴らは正義でもあったわけだ」


正義と対するのは悪ではなく、また別の正義……まぁいろんなところで使い古されているが、あのときもそれってわけだ。


「ヒロリスさん達も知っていた……というか、関わっていたんですか!」

「GPO長官のメルビナは、私と長い付き合いでね。元々やっさんへの依頼も私経由だったんだよ。
で、そのメルビナが月分署で公女の護衛を担当していたから、もろに親和力の影響を受けて……敵に回ってもうどったんばったん大騒ぎ」

「それを知ったシルビィさん達も、直後は大騒ぎだったのですよ。誰も彼もみんな二人のファンで、力になりたいって気持ちがあったから。
……同時に、みんなは恐怖もしていた。そんな力を振るい、国すら統制してしまう王族の在り方を」


それが、あの事件の真実。フェイトも、リンディ提督も、そこに利用された……利用されてしまった。

……やっぱり後藤さんが言うように、覚悟が必要な仕事だよ。今更だけどさぁ。


「じゃあヤスフミ……どうして、はやてはあのとき」

「はやては特別捜査官としてフリーであの事件を調べていてね。その過程でカラバに潜入したランディさんと接触したの。
それで親和力の存在と、そのキャンセラーを配布した上でのクーデターだったと知って……駆けつけてきたんだよ」

「ならなら、どうしてヤスフミとGPOのみなさんは、それが分かったの!? アイアンサイズとも戦っていたんだよね!」

「そこでアレクシス公子……アレクだ。
……アレクはね、自分の能力を恐れていたんだ。もちろんそれを乱用し、復讐に走り出した姉のことも。
その側近であるオーギュストも自分達の親和力に取り込まれているから、ストッパーたり得ない。でも自分だけでは姉は止められなかった」

≪それで月の保護から逃げ出して、たまたま見つけたGPOのアンジェラさんに匿われて……そこから私達も事情を知ったんです。
だからアレクさんについては、捜査協力の件も鑑みて……保護プログラムを受けています。今は別人として生活しているはずなんです≫


あのときはまぁ、さすがに驚いたよ。今まで見ていた図式が百八十度変わって……それに、アレクの憔悴し切った様子も突き刺さった。

……そのアレクのことを考えると、正直いても立ってもいられないのが……もうなぁ……!


「自分を本気で慕ってくれる人がたくさんいても、それがレアスキルによるものだって分かっていたら……確かに、辛いかもしれませんね。
でもそれなら、恭文さんは……」

「僕とアンジェラは、元々親和力が通用しない体質だったのよ。
アレクいわく、能力の影響を受けた人とは”目の色”が違うらしい」

「だから、お名前で呼べるくらいお友達になれたんですね」

「私達もよく分かりました。その保護プログラムを出した局がこれなら……」

「アレクシス公子の状態も、どうなっているか……ああもう、なんなのよそれ!」


ティアナ、やめて! デスクをドントン叩かないで! おのれはゴリラなんだから、壊れる……壊れちゃうから!


「なんでそういうことをもっと……いや、言えないけどさ!
だけど、アンタの友達がスカリエッティに捕まっている可能性もあるとか……」

「だから恭文、局高官の不正って辺りからどんどん突っ走っていたんだね……」

「スカリエッティは生体技術関係の重犯罪者だったしね……」

「……うん……だったらなんとかしよう! 無事ならそれを確かめる! 捕まっているなら何が何でも助け出す!」

「…………こういう盛り上がりをするから、話したくなかったのに……ヒロさん!」

「いやぁ、私はあんまりにスバルちゃん達のピエロっぷりが不憫で……いい仕返しを紹介しただけだよ? ホントだよ?」


堂々と言ってくれたよ! それも笑顔で……でもやめて! 殴りたいその笑顔!


「感謝しています。課長とはもう、離れずな感じになれそうですし」

「くきゅるー♪」

「ありがとうございます、主任!」

「「ありがとうございます!」」

「いえいえー! そりゃあもう……主任に一生ついてこーい!」

「課長を追い越しやがったよ……!」

「があぁあぁあぁあぁあぁぁあ!」


もう嫌だー! というか……そうだ、口止めはしよう! 本当にヤバい機密だから、絶対に言うなって……それだけは、ちゃんとしよう!


「まぁまぁ、なぎ君も落ち着いて……それで、結局ECMと毒ガスはどうしようか」

「まずそれを排除できれば、敵に大きな隙を与えられる……こちらも脅しの一手が打ち込めるですしね」

「……ヒロさん達のおかげで、搭載されている貨物……毒ガスの成分も含めてのデータは揃えられた」

「じゃあ対策もできそう?」

「これが使えると思う」


ギンガとリインがこっちを見やるので、皆まで言うなと……ある術式データを見せておく。

……開発したはいいけど、即行で禁呪入りしたものだ。ぶっちゃけスターダスト・フォールダウンよりヤバい。


「えっと、原子鳴動…………って、なにこれ!」

「アンタ、こんなの街中で使うの!? というか、なんとかなるの……これで!」

「そこは見ての通り、幾つか実験しておいたからね。BC(細菌)兵器相手だろうと問題ないよ。
もちろん飛行船が対魔法攻撃に備えて、AMFやらなんやらを仕込んでいようとだ」

「……そっちも、前例は……というかスカリエッティ達が知っている可能性は」

「この仕様を、ほいほいこっちでぶっ放せないよ。実は実戦での使用も一〜二度しかない。それも地球だ」


だからその辺りは心配ないと笑う……そう、笑っていた。


「それに、ここまで散々魔導師アンチを噛ましてくれたんだ。
だったらそれをあえて”知恵と勇気の魔法”で覆すのも……楽しいんじゃないかなぁ」

「……そう表現するにしては物騒だけど……でも、足がかりにはなるわね」

「だね!」


こうなったら憂さ晴らしだ。アイツらには……徹底的に嫌がらせして、誰に喧嘩を売ったか思い知らせてやる……!


『〜〜〜♪』


決意を滾らせていると、着信音が響く。スマホを取り出すと……。


――着信:三浦あずさ――


あずささんから? いや、確かにここは郊外だし、ECMの範囲外だ。電話がかかってもおかしくはないんだけど。


「アンタ、どうしたの?」

「あずささんから電話が」


そう告げると、みんなに緊張が走る。

この状況だし、やっぱりトラップを疑うのは……当然だよね。

ただ、僕達はまた違う感想を持っていて。


≪おかしいですね……。あの人、ふだんは夜の九時には床に入っている人ですよ。もうぐっすりの時間ですよ≫

「だよね……」

『――!?』


その瞬間、みんなは派手に椅子からずり落ちて……はいはい、落ち着こうねー。一応人の家にお邪魔しているんだから。


≪主様、お姉様、そうなの!?≫

「あずささん、そんなに早く寝るの!? お仕事とかどうしているのかな!」

「夜は耐えきれないから、それなりに配慮しているんだよ」

「……よく寝ると、やっぱり大きく育つんでしょうか……」

「それは人次第だなぁ。現にヒロとか寝まくっていたけど全然」

「ふん!」

「ぶががあ!?」


サリさんがアホなことを言って殴り飛ばされたけど、僕は気にしない。


「……さて」

「……なぎ君、ちょっと貸して」

「うん」


シャーリーはスマホを受け取り、素早く備え付けのコードと繋げ、端末を操作……そうして準備を終える。


「よし、これで逆探知はできる。出ていいよ」

「ありがと」


感謝しつつ、スマホを返してもらい、通話開始……さて、鬼が出るか蛇が出るか。


「もしもし……蒼凪です」

『プロデューサー…………さん…………』


あずささんの声……うん、間違いない。本人だ。でも油断はせず、冷静に話を進める。


「あずささん、でいいですよね」

『はい……。夜分、遅く……すみません……。
それにいろいろ大変なときに』

「大丈夫ですよ。それで、どうしたんですか」

『…………人間って…………』


あずささんは、ふだんのほんわかしながらも強い印象がなく、涙を……抑えきれない感情を吐き出していた。


『人間って…………なんで、あんな残酷なことができるんですか……!?』

「……あずささん?」


どうやら蛇の方だけど、僕達が予想したものじゃなかった。

だからつい、サリさん達と顔を見合わせて、戸惑ってしまって……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


同時刻――東京都内≪たるきビル≫ 765プロ事務所


765プロは何だかんだで大忙し。年末年始の企画も今から準備が進んでいる関係で、俺はこの時間まで残業だった。

ただまぁ、それでも一段落ついたので、明日からは通常運行……だったんだが、そんな中律子が帰ってきた。

今日は直帰だったはずなので驚いていると、律子はボロボロ泣き出し始め……それで、話を聞いたところ。


「――――人身売買組織の商品リスト!?」

「えぇ……」


少し前まで、あずささんと警察署にいたらしい。コーヒーを煎れてやると、律子は震える手でカップを握り、自分のデスクに深く……疲れ果てたように座り直す。


「この間のお仕事中、あずささんが女の子を保護したじゃないですか」

「あぁ……服もぼろぼろで、逃げてきたような子を……だったな。でもすぐ警察に届けたって」

「そうしたら今日、その警察の方から協力をお願いされて。
……その子、最近問題になっていた人身売買組織……中華系の≪東王波≫だったっけなぁ。そこから逃げてきたそうなんです。
ただ他にも逃げた子がいて、もしかしたらあずささんが誰かしら見かけたのかもしれないと……」

「それで、リストを見せられたのか」

「……決して無理強いはしないと言ってくれたんです。
組織自体は香港警防隊の協力もあって潰せているし、事後調査だからって。
けど……あずささんは優しいですから」

「そうか……」


現在進行系ではなく、あくまでも潰れた組織の被害者を捜していると。それならまぁ、続く事件がなくて安心は……できるんだが。


「結果は」

「二〜三人、見覚えがあったそうです。仕事場へ到着する前後に。
でもあずささん、途中で吐くくらいショックを受けて」

「……なにか、こう……ヒドいシーンでもあったのか」

「ないんです」

「ない?」

「下着姿の子ども達が写真に撮られて、リスト化されているんです。
売り出し中とか、”売り切れ”とか淡々と記されているだけなんです。
でもよく見ると、ファンデーションや画像処理で、何か消されている様子もあって……」


……律子の言わんとしていることが、痛いくらいに伝わる。


「それで誰も彼も笑顔なんですけど、どこか歪なんです。
でも、それを……堂々と商品として、リストにしていて!」


その淡々とした有様が、如実に悪意を表していた。

人を……それも子どもを商品として扱い、売り出し、富を得ている奴らがいる。

この世界に、俺達の近くに、確実に存在している。そんなことをする人間性が存在する。


いや、もはや人間と呼べるかどうかも怪しい。人の法も、道理も、良心も理解できない、通用しない化け物だ。

律子はデスクに蹲り、肩をガタガタと震えていた。そんな化け物が生み出す地獄を思い出し、怒り、恐怖していた。


「というか、今は令和の日本ですよ……!? それで人身売買組織が、こんな間近になんて……」

「普通は、考えられないな」

「でも、警察の方……専従捜査班の方いわく、少なからず起こり続けていることだそうなんです。
現に日本だけで言っても、子どもが行方不明になる事件は年間で百以上。物の判断も付かない子を、遊んであげる振りで連れ去るそうです。
そうしてチャイルドポルノやらゴアビデオに出演させる。”バラして”臓器密売の商品にする……そういう奴らが、普通にこの世界で生きてるんです……!
私達がアイドルだ夢だと言っている間に、平然と……そういう痛みを見て、笑いながら……それでご飯を食べながら……!」

「……律子」

「すみません。あずささんがショックを受けている以上……私がしっかりしなきゃいけないのに」

「いや、俺だってそんなものを見せられたら……多分普通じゃいられない」


無理はない……動揺するなと言う方が理不尽だと、そう宥めると……律子は俯きながらも、小さく頷いてくれた。


「でもあずささん、頑張ったんだな」

「警察の方も本当に優しくしてくれたのに、甘えずにやり通して……本当に、申し訳ないやら感心するやら……」

「そうだな……」


街の雑踏が、事務所の中で響く。今日も人は日常を過ごす。終わらない普通と信じて、足を進める。

でもそうじゃない人も……悪意でそれができない人もいて。だからそのノイズがやけに胸へ突き刺さっていると、着信音が響く。


スマホを取りだし、かけてきた相手をチェック……。


――着信:蒼凪君――


少し安堵しながら、律子を気にしつつ出てみる。


「はい」

『――赤羽根さん、すみません。こんな夜遅くに』

「いや、ちょうど俺も相談したかった。あずささんのことなんだが」

『あずささんが、趣味の悪いリストを見せられたって話ですか?』

「それだ……!」


あぁそうか。あずささん、彼に心を許しているからな。さすがに衝撃が強くて、相談したのか。

なにせ彼、TOKYO WARや核爆発未遂事件とかを……それ以外の大変な事件も解決してきた、ベテランの腕利き忍者だしな。


「その、専門家の意見としては」

『……一生忘れられないと思いますよ?』

「そうか……」


蒼凪君でもそう言うくらいだから…………いや、待てよ。

彼は凶悪事件にもよく関わっているが、そういうものを見るのか? しかも今、普通に経験則と語っていたよな。


少し気になって、失礼と思いながらも聞いてみた。


「なぁ蒼凪君、こんなことを聞くのは……非常に不躾だとは思うんだが、君自身は」

『あの手のリストなら見たことがありますよ。
”こっち”の事件で、人体実験やらに使われた人達とかも……ちょうど今関わっているのも、そういう事件の一つです』

「そうか……って、今も!?」

『スカリエッティみたいな技術者タイプの犯罪者は、その手の組織≪シンジケート≫を利用することが多いんですよ。
ようは実験素体≪モルモット≫を、自分の手を汚さずに確保する。
組織もそれが分かっているから、魔導師としての資質が高い子や、希少なスキルを持った子を狙って高く売り出す。
それもある程度成長していて、戦闘力もある子どもじゃない。
あずささんと律子さんが見たような、物の判断も……世界に悪意があるということも分からないような、小さな子どもを狙うんです』

「……それだけ発達した世界でもそうなのか」

『発達したら発達したで、またやり口が変わってくるってことですね。
そっちでもあるオレオレ詐欺やフィッシング詐欺、レイバー犯罪なんかもそうでしょ』

「確かにな……」


つい魔法やらデバイスって超科学で圧倒されがちだが、そう言われると弱い。

今蒼凪君が挙げたものだって、ネット関係やレイバーの技術発達により、それを悪用した人達が作り出したものだ。

どんな技術も、どんな文明も、使い方次第……あずささんが絶望したのは、そういうのもあるのだろうか。


『一応聞きますけど、強制ではなかったんですよね』

「あぁ。律子も止めたし、捜査班の人達もかなり気を使っていたらしい。
……まぁだからこそ、今止めきれなくて落ち込んでいるんだが」

『組織が潰された関係で、そこまで切迫していないってことかぁ。まぁ警防隊が絡んでいるならまだ分かるけど』

「そうだ、その警防隊ってなんだ? 律子もちょっと触れていたが」

『香港国際警防隊――法を守るために法を破る。世界最強の捜査機関ですよ。
PSAとも付き合いがあって、その絡みで何度か研修もしているんです』


あぁ……TOKYO WARやらの絡みで、忍者の間でもテロ研修が必須とか言っていたしな。その絡みからだろうか。

でも名前通りなら海外研修だろうに……そう考えると、彼はやっぱり腕利きでベテランなんだな。今更だが風格の違いを感じていた。


ただそれと同時に、別の危惧もあるんだが……。


「法を守るために……か。やっぱり凄いのか?」

『誰も彼も腕利き揃いですからね。そこの隊長クラスとなると、魔法ありでも勝てません』

「人間なのか、その人達……!」

『異能力戦に対応するくらいはできなくちゃ意味がないんですよ。HGSもありますしね』

「その辺りのノウハウは、君も生かしていると」

『僕自身そういう理念に共感するところも多かったですしね』

(……だからこその”正義の味方”か)


いや、彼が前に言っていた……というか教えられたって話をしていたんだよ。

まともじゃない役人には二種類しかいない。悪党か、正義の味方か……。

そして彼はあの特車二課の人達に、悪党の側に近いと言われたそうだ。それが嫌なら、その力で正義を張れとも。


それをずっと貫いてきた子だ。そういう意味でも……あぁ、風格はあった。


『警防隊もその手の事件を扱うことが多いんですよ。
十数年前に起こった、HGS患者の遺伝子データを流用し、クローンを大量作成した事件とか』

「それなら俺も学校で習ったな。HGS患者の超能力を生かして、兵士として売り出そうとしたっていう……」

『あとはシャフト・エンタープライズが起こしたグリフォン事件』

「特車二課第二小隊が解決した事件か!?」

『グリフォンを止めたのは第二小隊ですけど、背後関係の捜査には当時のPSAやFBI、警防隊も関わっていたんです。
……そのグリフォンのパイロットだった子ども、当時動いていた≪バレット≫って人身売買組織から買われて、ゲーム感覚で犯罪を起こしていたんですよ』

「子どもが……!?」

『レイバーの操縦者と騎手は小さい方がいい。よく言われていることですよ』


いや、だとしても……あぁ、でもそうか! 子どもだからその辺りの倫理観も養う前なら、そういう”使い方”もできるのか!

実際蒼凪君も言っていたじゃないか! 年端もいかず、才能を持っている子どもが利用されやすいと! それを売り出す組織も知っていると!


『この家業ですから、僕もそれなりに汚いものは見ていますけど……あれはキツい方ですよ。
ふだんは眠っている正義の心が、むくむくと頭をもたげますから』

「……実際律子もただショックだっただけじゃなくて、そういう怒りに駆られているんだよ」

『しかもそんな子どもに対し、自分は何もできない……そういう無力感も突きつけられる』

「でも、今の律子やあずささんがどうにかは……語るまでもないか。
そこまでの話になると、君みたいな専門知識も必要だろうし」

『というか、組織力そのものが根底に必要ですよ。
ローウェル事件の千葉みたいに、金で組織に籠絡され、協力する奴がいたなら……大臣やらなんやらも敵ですし』

「そうなるよな……」


もちろんあずささんも、律子さんもそれは分かっている。でも、だからこそ余計に……せめて俺も付き添っていれば。


「……その辺りは、またあずささんに話してやってくれるか? 手間をかけて済まないが」

『いいですよ。僕も放っておけませんし』


大変な状況だろうに、それでも明るくそう言ってくれる。それにはもう、心から感謝してしまう。


『赤羽根さんは律子さんの方をお願いします。というか、まず律子さんですよ』

「……確かにな。意地を張る分、変に引きずりそうだ」

『一旦全部吐き出させた方がいいですよ。
で、続くようなら接触してきた捜査員に連絡してください。それなりの手は打ってくれますから』

「そうする。とはいえ律子……未成年なんだよなぁ。酒はまずいし」

『自宅で隠れてなら、お巡りさんは何も言いませんよ。えぇ……バレなきゃ何も言いません』

「さすがにこの時間には連れ込めないって……」


いや、そのお墨付きは非常にありがたいんだが、アルコールハラスメントって言葉もあるくらいだし……とにかく仕事はこれでお開きだな。

今日は悪い大人として、アルコール抜きで律子を振り回すとしよう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


よかった……攫われたとかじゃなかった! いや、状況的によくはないんだけど!

というかサラッと人身売買組織とか話に出て、僕達もビクってしたよ!

とはいえ、驚いてばかりもできない。赤羽根さんと相談した上で、改めてあずささんに連絡する。


「――すみません。一度切っちゃって」

『いえ……大丈夫です。プロデューサーさんも大変、なんですよね』

「まぁそれなりに……また逃亡犯扱いになりましたからねぇ」

『はい!?』

「例の機動六課が更迭されたんですよ。スパイを入り込んでいましてね……。
僕も関係者だから引っ張られると、事件解決できないので逃げちゃったんです」

『それ大変じゃないですかぁ!』

「そうですよー。リアル逃亡犯と話せるなんて、あずささんは大変ラッキーです。あ、後でサインも送りますよ」

『そういう意味じゃありませんよー!』


そう言って軽くおどけると、なぜか飛ぶゲンコツ……スマホを押さえながら、襲い来るティアナの拳を素早く左に回避!


(……何をするのよ)

(うっさい馬鹿! 自慢げに言うことじゃないでしょ! というかやめてよ! 私はその逃亡犯の片棒なのよぉ! 突き刺さるからぁ!)

(ティア、落ち着いて! ほら……おどけているだけだから! そうだよね!? 本気で言っていないよね!?)

(まぁね)

(よかったー!)


おのれ、そこまで安堵するって……まぁいいけどさ。邪魔してくれなければ。


『というか、プロデューサーさんは……やっぱり凄いです。
そんな大変なときなのに……というか、凄い事件を幾つも解決していって』

「無力なこともその三倍くらいはありましたよ。結局僕ができるのなんて、その場で一回勝つことだけですからね」


まぁオーリス三佐も言っていたし、魅音とかにも言われたけど……僕の役割は起爆剤だ。

大事な状況で、ただ一勝を挙げる。それも大局を決しうる一勝だ。でもこれがなかなに難しい。

僕自身は結局一個人だし、持っている技能も対個人戦に特化している。前に出て行く分、指揮官的に動くのも難しい。


そのため僕の能力を理解し、最大効果で運用し、その勝利のコースを組み立てられる指揮官との連携が必須。というか、そうしないと十全に動けない。

去年の場合、魅音やフジタさんがその役割をしてくれたけど……そう上手くはいかない場合もあるわけで。セルフプロデュースも必要な場合とかね。


『……それでも、私からすれば十分凄いです。
プロデューサーさんは……こういうことって、ないんですか?
事件の被害者さんについて考えて、ごちゃごちゃになることとか……持てあますこととか』

「ありますよ。三時間くらい」

『短すぎませんか!?』

「サクッと割り切れるわけじゃありませんよ。
ただ……どうしようかなぁ。教えてもあずささんは参考にできないだろうし」

『教えてください! というか気になりますよ!』

「そうですか? なら……」


……そこで思い出すのは、やっぱり……あの冬の日。

犬みたいに後藤さんについて回って、山崎さんと一緒にビニールハウスで野菜の世話をしていた……あの特車二課での日々。


「僕や鷹山さん達みたいな独立愚連隊でも、一応は公僕の端くれでして。
そんな公僕の仕事ってのは、基本的に風邪薬なんですよ」

『風邪薬?』

「特車二課の後藤さんも言ってたんですけどね」


独立愚連隊やら正義の味方とか言われているけど、それでも第二小隊は公僕の端くれで、組織の一員。

だから後藤さんも、まずはそういう組織人としての努力もしていたわけで……結構、独特ではあったけどね。

だから……その後の”悪党になりたくないなら、正義の味方になるしかない”って話に加えて、ずっと突き刺さっている言葉で。


「解熱剤、頭痛薬……社会という身体で起きた異常に合わせて、適切な形で投与される。それが警察の仕事なんです。
あずささんがたまたま関わった今回の件だって、ちゃんと専門知識と対応力のある捜査官が関わっていたでしょ?」

『……はい』

「でもまぁ、薬が必要な時点で病気は……事件は発生しているわけなんです。当然被害も生まれている。
病気になった後で、それまでの生活を悔いてもどうしようもないんです」


例えばTOKYO WARなら、テロに遭った都民や巻き込まれた自衛隊・警察関係者。

雛見沢での事件なら、『東京』や山狗、鷹野達の暗躍で闇に消された人達。雛見沢住民もその中に入りかけた。

ヴェートル事件なら、ストリートファイター達に、EMP市民達、カラバの住民……。


今回のことで言うなら、市民や地上の拘置医療施設スタッフ、本局駐留部隊……クイントさん、メガーヌさん達と数え切れない。

事件を止めても、その被害が……痛みが生まれたことそのものは変わらないんだ。


『だけど、病気にならないようにしなきゃ、また同じことが』

「予防は薬の仕事じゃないんですよ。
確かに警察自体が犯罪に対して、ある程度の抑止力を持っています。
でも事件を未然に防止するために、何もしていない人を見張ったり、いちいち干渉したりするわけにはいかない。
もし警察力がそれを始めたら、健康体に風邪薬を再現なく……症状なども気にせず多種多様にぶち込むのと同じ。それが、身体にいいと思いますか?」

『……予防するのなら、また別の対策を……別の誰かが、身体の持ち主がしなきゃいけないと……そういうお話ですよね』

「そうです。僕達は薬として、与えられた仕事をなんとかこなす。そうしているうちに、なんとか身体が常態に戻る……それが警察のあるべき姿です」


それについては忍者も変わらない。だから……ずっと覚悟していることだ。


「……僕達の仕事は本質的に”手遅れ”なんです。そういう覚悟をしていなきゃできない」

『……だから、割り切るんですか?』

「そういう覚悟を……それでも薬としての仕事を果たす責務と誇りを、警察官や忍者……その役割を担った人達が、みんなで背負うんです。
というか、そうでも考えなきゃ背負いきれない。なにより」

『なんでしょう』

「一番辛いのは、やっぱりその関係者や被害者自身……事件に関わっている専従捜査班の人達ですからね。
なのにどうにもならなかった今を、自分だけが背負う顔をするのも傲慢ですよ」

『…………でも、手が届いたんです」

「えぇ」

『ただ通りすがっただけだけど……手が、届いたんです。
改めて考えれば、おかしかった。服や髪もボロボロで、焦っていて、怖がっていて。
なのに仕事があるからと……私の生活が大事だからと、見過ごしたんです……!』


それは致し方ないことだ。誰だって自分の手で、世界を変えることなんてできない。できるのは目の前の……自分のことだけ。

でもそれが、今あずささんを苦しめていた。目の前にいた小さな子すら救えない……こんな悪夢みたいな現実を当然とする大人を、止めることもできない。


そういう無力さを嫌ってほど突きつけられて、アイドルとして笑っている自分にも疑問を持っていて……。


『たまたま受け止められた子だって、本当に偶然なんです。その余裕があっただけなんです。
私は大人なのに……警察に預けるだけのことはできたのに、それなのにって……。
あのリストに映った子達は、今も苦しみ続けているかもしれないのにって……』

「……だったら預けてください」

『それで、いいんでしょうか……』

「言ったでしょ? 風邪薬には風邪薬の誇りがあるって。
……僕は今回手出しできないし、被害がこれ以上増えないなんて約束はできません。
でも正しい資質を持った人達が、最後までやり遂げますから」

『……信じて、いいんでしょうか』

「じゃああずささんから見て、専従捜査班の人達は信頼できませんか? 悪い奴らだったとか」

『いえ、それは……途中も、律子さんともども凄く気を使っていただきました。吐いたのに嫌な顔一つせず、世話もしてくれて』


そうして一つ一つ思い出していくうちに、あずささんは静かに息を吐いて……少しずつ、いつもの優しい声に戻っていく。


『そう、ですよね……ありがとうございます。大分楽になりました』

「まぁ、僕も余裕があるならですけど、いつでも話は聞きますから。あずささんとは家も近いですし」

『でもプロデューサーさん、本当に大変な状況なのに……風花ちゃん達も心配していて』

「何とかしますよ。……次の週末にはTrySailのライブもありますしね!」

『あ、あらあらー』

(だから……アンタはその前に自首でしょうがぁ! ライブになんて行けないのよ!)

(ティア、落ち着いて! 電話中……電話中だから!)


はいはい、五月蠅いー。ツンデレ五月蠅いー。人間楽しみがなきゃあ生きていけないのよ。霞みや栄養だけで頑張れるわけじゃないから。


『あ、でも私もYouTubeのPVやライブディスク、見ましたよー。凄く素敵ですよねー』

「ですよねですよね! 僕は雨宮天さんが……って、ディスクまで買ったんですか!?」

『はいー』


いや、確かに好きなんだー。奇麗なんだーって話はしたけど、ディスクまでとなると本格的だよ!


『実は声優さんのライブも凄いから、勉強のために見ておいた方がいいって、律子さんや伊織ちゃん達と』

「あぁ、それで……」

『プロデューサーさん的に、他にお勧めの人っていますか?』

「それなら、やっぱり水樹奈々さんが……YouTubeチャンネルでライブ映像もありますけど、いろいろ別格ですし」

『あ、そちらも見ました。紅白にも出ていた方ですし……あの、早見沙織さんとうたっているのが、凄いなぁって。
千早ちゃんも食い入るように見て、感動していました』

「分かります。あれは僕も大好きで――あとは」


世界の騒動はともかく、僕達は進む……それぞれの道を、それぞれの日常を進む。

その中で無力感ややるせなさを感じることもあるけど、それでも夢を、焦がれた輝きを忘れずに、手を伸ばして……。


……だから僕も、正義の味方を張り続ける。


(――本編へ続く)





あとがき


志保「…………そんな……私の声が、そこまで好きだなんて。
やっぱりフェイトさんが言った通りですね。好きな子はいじめる人だって」

恭文「のっけからなに!?」


(エンジンがかかっているようです……さすがは北沢さん)


志保「ところで御主P様」

恭文「その呼び方はやめて!? というか……志保、思い出して! 劇場版に出ていたときの自分を!
あのときのおのれはもっと牙むき出しだったでしょ! ミリシタのコミュでもいいよ!?」

志保「それをプロガーなんだと散々弄ったのは誰ですか……!」

恭文「静香」

志保「あなたですよ!」


(『というか、私に飛び火させないでくれますか!?』)


志保「……あぁ、もうやめましょう。今日はこういう、いつもみたいなじゃれつきをしたいわけじゃなくて……」

恭文「うん?」

志保「…………その、ありがとうござます。今日……たくさんデート、してくれて」

恭文「デートって言っても、買物がてらぶらっとしただけでしょ。コロナの関係もあって、そこまで遠出も難しいし」

志保「それでもたくさんですから。それで……再確認できたんです。
私の夢は変わらないし、努力も怠らないけど、大事なものは増えたんだって。
あなたがいなかったら出会えなかったものも……あなたと一緒に見つけられたものも、私にとっては大切な宝物で」

恭文「……うん」

志保「今日もそうです。だから、だから…………」


(そう言いながら北沢さんが見やるのは…………一杯のつけ麺)


志保「この、セブンイレブンで打っていた……とみ田さんってところの、冷やしつけ麺ですか? これは、一緒に食べましょう……!」

恭文「いや、これくらいならぺろりといけるでしょ」

志保「この時間につけ麺は駄目です。絶対来ます……来ますから……」

恭文「だったら賞味期限はまだ大丈夫だし、冷蔵庫に入れて明日にでも」

志保「でも今食べたいんです!」

恭文「どうしようもないなぁ!」


(――というわけで今回は、隙間話……決戦前夜の作戦会議という名の雑談やらなんやらをお送りしました。
本日のED:雨宮天『VESTIGE』)


フェイト「志保ちゃん……うん、そうだよね。やっぱりいきなり素直になるのは難しいし。
うん、だから奥さんとして、私も一緒に頑張るよ。私がリードするし」

恭文「フェイト、相変わらずツッコミがなっちゃいないよ」

フェイト「え、でも……ほら、志保ちゃんも頑張っているし」

恭文「その証拠もあそこにあるでしょうが……!」


(蒼い古き鉄、庭先を……なぜか建設中の、豪華な小屋を指す)


恭文「確かなかったはずなんだけどなー! お出かけする前はさ!」

フェイト「あ、ネロが建てたんだよ。静香ちゃんに小屋と製麺機をプレゼントするって」

志保「ネロ陛下……!」

恭文「静香のご両親もビックリするから、相談なしはやめようね……!」


(おしまい)




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