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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
第43.6話 『不幸な夏でも誕生日はやってくる/PART2』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020

第43.6話 『不幸な夏でも誕生日はやってくる/PART2』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


美味しくお昼を食べて、後片付けも手伝って……部屋に戻らせてもらう。

勉強も大事だし、準備もある。夏はとにかく大忙し……高校最後の夏休みだからね。苦労も含めて満喫しないと。

ただ……やっぱり思うところはそれなりにあるわけで。


≪……しかし、どうしますか? 行動予測と言っても完全に詰みですよ≫

「確かにね。こっちは本局や中央ののんきな調査待ちなんだから」

「それにヘブンズドアー……ううん、ヘルズドアーとロビン・ナイチンゲール達の方もある。
実はね、さっき父さんから連絡があったんだ。開発者≪エンリコ・ブベル≫の追加調査を開始したって」

「そういうやアイツ、廃人化して精製式とかサッパリになったんだっけ。おかげで流通も阻止できたけど」

「うん……でも、あんなものをあんな形で改悪したのなら、もしかしたらそれも」


新しく作っているドライバー……というか、トイフェルドライバーの拡張パーツは外装だけ完成。

元々こういうこともあろうかとで弄っていた奴だったからね。何事も備えあればとつい笑っちゃう。


――Everybody Unit――


蒼い片翼がごときパーツは、トイフェルドライバーの左サイドカバーと交換で取り付ける。

これを活用して、予想される電子攻撃やらなんやらに対抗しつつ、強化変身もできるようにって寸法だ。


あとは……ライトパープルに彩られた、もう一つのトイフェルドライバーも用意。

こっちはパーツ取り用の予備機なんだけど、どうしても必要でね。


束がどでかいお中元の整理をしている間に、作業の下準備くらいは進めておかないと……。


「あのとき、もっと調査していれば……二つの組織が薬物に手を染めたのも、もしかしたら実験だったのかも」

「新種のケミカルドラッグを作るとき、よく使われる手だしね」

≪それもシャーリーちゃんともお話していた……クアットロって奴なの?≫

「遊びじゃ済まないゲームもあると、理解していないのは確かだ」

≪でもスカリエッティも、その辺りをきちんと把握していないんでしょうね。
把握しているなら、もうとっくに何らかの要求がされてもいいはずですよ≫

「ロストロギアに頼るよりは楽勝だよねぇ」


それがまた奇妙なちぐはぐ感だった。だからこそ余計に際立ち、奴らの姿を映し出す。

スカリエッティの目的……その思想は、少なくとも極端な虐殺をよしとはしない。しかし周囲は違う。だからズレる……だから理想を歪める。


でもそれが拗れに拗れて核を発射する狂人に成り下がるとか、さすがに笑えないんですけど?


≪というか私が呆れ果てているのは……ここまで好き勝手しておいて、なんでスポンサーが本格的に狩りを始めないのかって点ですよ≫

「その辺りは駐留部隊の派遣と、AMC装備支給で解決できないかな」

≪どうなんでしょうね……私なら適当な、別の暗部に襲撃をかけて潰しますよ。
やっぱり何らかの裏取引がされているんでしょうか。それとも首輪があるか≫

「その辺り、ゼスト・グランガイツの偽者がいい証拠になってくれるかもね」

≪アイツが……あ、そう言えば……なにか、思い込まされていたかもって!≫

「そういう洗脳を施した上で放逐していたのなら、まだ分かる」


仮面ライダーWのテラードーパントじゃないけど、それくらいしていたなら……でも、それならここまでの”抵抗”はなに?

まさかここまでやられて、まだ甘噛みレベルとか? ないないない……絶対にない。

ルーテシアが逃亡した件もそうだけど、明らかに管理局への……スポンサーへの悪意が全開だもの。


その悪意には覚えがある。親和力を、それを利用し続けたカラバ王族を憎悪し、クーデターを仕掛けたアイアンサイズやマクシミリアン達と同じものだ。

それに奴らも親和力キャンセラーを作り、装備した上でカラバ王族を皆殺しにしかけたしね。

そこを考えれば、スカリエッティ一味がそういうカウンターを用意して、その上で反旗を翻しているのも納得がいく。


……理想的な官僚とは、憤怒や不公平もなく、更に憎しみや激情もなく、愛や熱狂もなく、ひたすら義務に従う人間のこと。

そして官僚制的行政は、知識によって大衆を支配する。専門知識と実務知識……それを秘密にすることで、優越性を高める。

何度も引用している、マックス・ウェーバーの言葉を改めて思い出す。


これを、例えばカラバの件に当てはめるとどうなるか。

まず前者は守られていない……まぁ守れる人間の方が極めて珍しいんだけど。

でも後者は違う。王族は自分達の”知識”によって、長年の王制統治を可能にした。


これは当然……親和力だ。王の血族にのみ受け継がれる遺伝型のレアスキル。

無意識に放たれ続ける精神感応波とも言うべきエネルギーにより、カラバ王族を”好きになる”。

洗脳や崇拝というには穏やか……だけどそれゆえに悪質な能力。


好意を持ち、愛おしく思い、それを守りたいと思い、全力を尽くす。それも破綻や矛盾などもなくだ。

マクシミリアンはあるタイミングでそれに気づき、クーデター派をまとめ上げ優位性をはぎ取った。

その結果王族はアレクさんとアルパトス公女以外皆殺しにされ、カラバの王制は崩れ去った……でも、今回はそれより最悪だ。


管理局……管理システムの利≪優位性≫を一つ一つ、六課や中央を当て馬に否定しているからね。


≪となれば、あとはそのペテン師が誰かって話ですよ≫

「ゆりかごのことを考えると、本当に三提督……それに”あの方達”レベルになるしね。
それでお互いに詰めるだけの手はあるけど、打ち込んでいない……まだこの状況を終わらせるつもりはない」

「だから、きちんと備えないとね」


あのクソ野郎ども……これじゃあまた”夏が鬼門だった”ってみんなに泣かれるでしょうが。僕は何一つ悪いことをしていないのにだよ。

とは言っても放置はできないし、賞金だって欲しい。だからこそまた手を少しずつ動かしていくわけで……。


放射線被害を避けられる準備と、”電磁パルス攻撃”への備えもきっちり詰め込んで……。

更には相手がナノマシンを利用している関係から、システム周りも変則的に組んでいく。根幹が同じだと、そこから付け入ってくるからね。


正直出力周りの調整がかなり面倒いけど、上手くやるしか…………。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


同時刻――

機動六課隊舎・隊員寮 談話室



預言、三提督、中央本部襲撃……とんでもない話がゾクゾクと出て、私達はただ圧倒されていた。

その余韻は日を明けても変わらない。変わらないんだけど……。


「なんだか、大変な感じに……なっちゃったね」

「はい……」

「それに、恭文さんも……」


……みんな、そうしてこっちを見ないでよ。


「ティアナ、話があるなら地球にでお飛び込んだ方がいいっスよー」

「私は、別に……気にしてないし。ただ、馬鹿だなって……馬鹿だなって、思っているだけで」

「それ、気にしてるって言うっスよ?」

「だね。ティアナはもう、彼氏捜しは必要ないと思うなぁ……」

「シャーリーさん!?」


なお、シャーリーさんやアルトさん、ルキノさんも一緒に……一応部隊員全員が知った形になったしね。

だけど脇からとんでもないことを……!


「シャーリーさんに賛成。それはね、完全に恋煩いだって」

「なぎ君、またハーレム拡大かぁ……」

「ルキノはお世話になる予定、ないの?」

「いや、というか私のお目当ては…………って、それは内緒!」

「盛り上がらないでもらえますか!? それにほら、恋煩いとかじゃないし! 馬鹿に悩まされているだけだし!
というか、シャーリーさんにだけは言われたくないんですよ! その馬鹿の片棒を担いでおいて!」

『……』

「全員で疑わしそうに見ないで……!?」


私、どんだけなの!? いや、混浴とかはしたけど…………そう、なのかな。

でもそれなら……ああもう、こういうのは初めてだからよく分かんないし!


まぁ、とにかく……昨日怪我もしたばかりな上、実は今日のミッドチルダはかんかん照りの猛暑。

この状況でふだん通りの訓練はいろいろ危ないと判断して、三日ほど休息期間が設けられることになった。

部隊内の状況がまだ混雑しているせいもあるんだけど……とにかく、その絡みからこうして、昼間っから談笑できるわけで。


「……なら、この気持ちが、恋……というものでしょうか」


え、なに……ディード、なにを言っているの? やめて、ちょっと顔を絡めて、胸元で手をモジモジさせないで……!


「え、ディード……そうなの!? そうなの!?」

「きゃー! 天使と両思いかー! これはお菓子が進む話だねー!」


え、そうなの!? それでいいの!? だからシャーリーとルキノさんもテンション高いの!? ヤバい、分からない! やっぱりよく分からない!


「あの人は滅茶苦茶で、私の常識の外にいます。それでいつも驚かされて……だけど、それでどんどん……目が離せなく、なって……」

「それは間違いなく初期症状だよ、ディード! 私達が保障するからー!」

「でも、よいので……しょうか……」

「…………問題ないっスよ! 姉として後押しするっスー!」

「ウェンディ、ちょっと涙目だけど……え、まさかウェンディも」

「いや、あの朴念仁のディードが成長したと思うと……もう……!」

「……どの立ち位置からの涙なの、それ」


オットー、そっちのツッコミは任せたわ! というか私は無理……えぇ、無理なのよ。

だって私達は、何も変わっていない。部隊長達のことも、その部隊長達が用意した切り札も、信じられる……信じたいって思ってる。


それを、アイツにも一緒にって思うのは、そんなに我がままなのかな。

部隊員なら……部隊の仲間なら、それでいいのにって思うのは、そんなに傲慢なのかな。

罰ゲームだってした。それはもう手痛いくらいにキツいお仕置きをした。だったら、もういいじゃない。


そう思うのは、私が結局凡人で……アイツみたいなヒーローには、なれないせい……なのかな。


「……仲がいいのは、本来いいことなんだけどなぁ」


すると、談話室に肩をこきこき鳴らしながら、風海さんがやってきて……なお、そのとき大きく張った胸も軽く揺れる。

風花さんもだけど、風海さんも……どうしたらああなるのよ。フィアッセさんやすずかさん達も、あのあずささんとかも凄かったけど。


「風海さん! あの、ヴィヴィオの方は」

「なのはちゃんも休養期間だからね。でも凄いべったり」

「……相当強烈にすり込まれたのかなぁ。話通りなら暴漢から助けてくれたヒーローだし」

≪マスターやフェイト隊長にも懐いてはおられますけど、やはり一番はーという感じです≫


それで風海さんも空いたテーブルに着席する。

そうして見やるのは……私やスバル達で。


「でさぁ、みんなはこのまま突っ走る感じ?」

「それは……昨日、言った通りなんですけど」

「そう。でもね、それは”まともじゃないやり方”って自覚は持っておいた方がいいよ」

≪実際マスターや風花ちゃんも、お父様達も……いろいろと泣かされていますしね≫

「……私達は、まともじゃないやり方をしているつもりはありません。それは部隊長だって同じです。
だって、これだけの大事件があるかもって分かっていて、それで対応できる道筋を整えているだけでも」

「だったら身一つで飛び込むべきだし、ティアナちゃん達は部隊のみんなに頭を下げていくべきだよ。
少なくともあの子はそうしている」


……その言葉が悔しくて、追いつけない壁を感じていて……机の下で拳をぎゅっと握り締めている。


「それを言われると弱いんですよね……」


しかもシャーリーさん、認めちゃうし……! いや、当然だけど!


「実際問題、事件の危険度は私達が最初聞いていたより遥かに上。部隊長と後見人達がそれを黙っていたのも事実。
その時点で信頼関係ガタガタな状態になり得るのに、ここでティアナ達前線メンバーが無償の協力を当然としたら……」

「でも、これは仕事じゃないですか! 部隊長達だってちゃんと保障はするって!」

「それは、ティアナやみんなが強者の側にいるからだよ」

「私が……私達が、弱いみんなを踏みつけていると……!?」

「ティアナ達には身を守る手段があり、切り札である隊長達とも親しい。部隊の中核としての立場もある。
その時点で”それがない人達”からすれば強者で、ティアナ達の言葉はただの一個人として飲み込めるものじゃなくなっている」

「……シャーリーさんの言う通りだよ。実際私は怖い……シグナム副隊長だって、あんなことになったし」


自分も”弱者”の一人と言わんばかりに、アルトさんがぽつりと呟く。


「何よりヴァイス陸曹も……妹さんがいるのに」

「あ、それは……私達も知っているよ。確か別のとこで暮らしてるんだよね」

「雛見沢の……例のお見合い事件で、そのお話があったんです。部隊に常駐で、離ればなれは心配じゃないかーとも」

「離ればなれというか、離れちゃったんだよ」

「離れちゃった?」

「……もしかしたらヴァイス陸曹も引っ張りだそうとか、そういう話になるかもしれないから……正直に話すね。
ヴァイス陸曹、武装隊時代に妹さん……ラグナの目を撃って、潰したことがあるの」


アルトさんの言葉が信じられなかった。だって、それはミスショット……でもヴァイス陸曹って、私が調べた限りだと……!


「どうして、ですか。だってヴァイス陸曹……ワンスキルホルダーの一人とも数えられる狙撃の名手だって」

「ティアナ、知ってたんだ……」

「その、すみません。ヴァイス陸曹の射撃や訓練指導、板に付きすぎて疑問になっちゃって……」

「ん……そうだよ。ヴァイス陸曹の魔力値はなぎ君やティアナの半分以下。まともに前に出て戦える人じゃない。
だけどその分制御と遠距離誘導には長けていてね。キロ単位で……それも屋内への狙撃すら可能なスナイパーだったんだ。
だけどあの日は……市街で立てこもり事件が起きて、出動したんだ。そうしたら、犯人が人質に取っていたのがラグナで」

「……ねぇ、その辺り……普通は引かせるものじゃ。さすがに動揺は予想できるし」

「本当に直前……ヴァイス陸曹や他のみんなが位置について、いざってときに気づいて……言い訳ですけど。
しかも犯人は麻薬中毒者で、もうラグナに刃物を向けている状態で……それで、致し方なく……」

≪その結果、ミスショットを……≫


海月の悲しげな声に、アルトさんが頷く。

……私もミスショットの可能性を生み出しかけたから分かる。自分の弾丸で、自分の大事な人を傷つけたら……それは、耐えきれない。

でも私は上手く回避できた。それでも本当にヒヤヒヤしたのに……実際に撃ったヴァイス陸曹の衝撃は、察するに余りある。


「……それは、キツいっスね。私だってもしオットーやディードを撃ったらって思ったら……」

「ボク達バックヤードにとっては付きまとう問題だ」

「だから、はっきり言うね? もしヴァイス陸曹をティアナ達や部隊長の”我がまま”に巻き込むなら、私は首に縄を付けてでも六課から引っ張り出す」

「アルトさん……でも、部隊長達だって信じてほしいと、そのための準備はすると約束してくれました! だったら」

「ティア」


スバルは私の肩を掴んで、制してくる……かなり強めに、それ以上は駄目だと言わんばかりに。


「……昨日も恭文が言っていたけど、そのゲームに私達は勝てない……勝てるだけの材料を揃えられないんだもの。
だったら、普通の部隊として、普通じゃない仕事をやれーなんて……言っちゃ駄目だよ」

「それは、そうだけど……でもあのお仕置きよ!? だったら許してもよくない!?」

「でもSAWシステムの怪しい部分は変わらないし、後見人……特に三提督の考えが分からないのは確かなんですよね」

「これが部活なら、私達には証明が必要だよ。その手を抜いても誰も信頼してくれない」

「エリオ、キャロ……」


……分かっている……アルトさんも、シャーリーさんも、風海さんも、スバル達も、アイツも言っていることは正しい。

私達にはこのゲームに勝てるだけの努力を、手段を選ばず達成する覚悟もない。

というか、実際その手が思いつかないのが私の限界で……えぇそうよ、逆ギレしているわよ!


だけど……そのたびに、あのときのなのはさんが……なのはさんの握った手が思い出されて。

でも、でもね……ただの一般局員に、一体なにができるのよ! そういうのは政治の話が権力的にもできなきゃ無意味じゃない!


「これをディベートゲームとするなら、証明すべき鍵はもう定まっています。
一番大事なのは……やっぱり、なのはさん達の入れているエルトリアのナノマシン。
そこに干渉したのも、ルートは二つ考えられます。エルトリア事変のデータからなのか……それとも根幹が同じSAWシステム経由か」

「シャーリーさん、マリーさんはなんて……」

「異変時のデータも送ったけど……正直今回、マリーさんはそこまで信頼しない方がいい。
クロノ提督や部隊長に肩入れして、ナノマシンは大丈夫だーって証明しようとしているし」

「いや、それは別に問題ないんじゃ」

「先入観があるとって話だよ。実際私もバルディッシュのデータを見るまでは、ナノマシンの可能性は考えられなかったし」


あぁ……それが、調査に邪魔になると。そういうのなら執務官志望として分からなくはない。

でも、隊長達のデバイスも見ていて、例のクロノ提督やエイミィさんとも後輩なのよね。


シャーリーさんにとっては先輩でもあるのに、そこまで言うなんて。


「なにより、監査チームがどこまでシステムにアクセスできるかってのがね……」

「え……それは、普通に全部できるんじゃ」

「不可視属性ファイルなんかで上手く問題点が隠されていたら、最高ランクのアクセスで調べ倒しても無駄かもしれない。
というか……下手をすればシステムに干渉した端末が、その不可視属性ファイルに汚染されまくっていくかも」

「はぁ!?」

「……あぁ、HOS事件かぁ」


HOS事件……いや、風海さんの言うことは分かる。確か、特車二課第二小隊が解決した事件の一つで……。


「あの、それってどういうのなんっスか?」

「――レイバー用OSにウィルスが仕込まれた事件だよ」


ただオットーはすぐに分かったらしく、モニターを展開する。


「地球のレイバー開発会社≪篠原重工≫がだしたその新型OS≪HOS≫は、いわゆる学習機能でレイバーの作業効率を上げる画期的なものだった。
が……その開発者である帆場暎一が当時東京湾上に浮かんでいた海上プラットフォーム≪方舟≫から投身自殺。
それに前後して都内のレイバーが異常動作を起こす事件が頻発して、HOSに仕込まれたウィルスが露呈したんだ。
レイバーの鋭敏なセンサーにより捉えられる、一定の高周波……それが都内の建造物により共鳴・拡大し、レイバーを暴走させる」

「あれも危ういところだった……って、風海さんの前で言うことじゃないですけど」

「まぁね……。でもおかげで大変だったよ? 共鳴現象の要となる方舟は、特車二課第二小隊により完全破壊。
おかげでジオフロントや原子力発電所の炉心部作業機を含む、首都圏八千体のレイバーは暴走せずに済んだ。
でも当時進んでいた湾岸開発計画≪バビロンプロジェクト≫は大きく停滞。レイバー産業自体も大きな見直しが迫られた」

「いや、ただの一部隊がそこまでしたんですか!? というか、特車二課のレイバーだってそのOSが!」

「これは恭文君が聞いたそうだけど……実は現場判断で、ダミーの画面だけを放り込んおいたの。
だから特車二課のレイバーと設備だけは大丈夫で、そういう無茶ができた」

「あ、だから恭文さん、自分やなのはさん達にはナノマシンを入れるなーって言ってたんですね!」


そういう経験からの判断だと、風海さんはエリオに首肯。


「あと、破壊活動を行う時点では帆場の犯罪が立証できていなくてね……あくまでも危惧に留まっていたの。
でも迫っていた台風により、共鳴現象が最大になる風速が発生するって分かっていたから、結果を待つこともできなかった。
……なのでもしやらかした後で犯罪が立証できないなら、全部台風のせいにして知らん顔。バレたらバレたで上に詰め腹を切らせるつもりだったみたい」

「なんですか、その悪魔みたいなやり口!」

「というか私、そのやり口にとても覚えが……」

「間違いなくなぎ君だ」

「それはそうだよ。提案したのは第二小隊を預かっていた後藤隊長……恭文くん、その隊長さんによく似ているって言われていたそうだし」

≪警察官として……社会正義を守る”お薬”として、事件解決のためには手段を全く選ばない人だったそうです≫


なによその悪魔! というか、それで社会正義が守られても意味がないように思うんだけど! もっとまともなやり方があるでしょ!

というかというか、マジでアイツそっくりだし! いや、アイツがその人にそっくりだったか! でもそこはどうでもいいのよ!


「でもまぁ、私達にもそういう覚悟が必要なんですよね……」


それでシャーリーさん、肯定しちゃったし! この無茶苦茶を!


「実は今朝、部隊長やマリーさんに頼んだんですよ。監査には立ち会わせてほしいって」

「あぁ……デバイススタッフだしね。シャーリーちゃんは」

「でも一蹴されました。そこは上や自分達を信頼してほしいの一点張り……!」

「……逆を言えば、その自分達が出した結果に対して異議を申し立てることも許さない」

「そういう感じですね。アルトも、ヴァイス陸曹のことが心配ならちょっと話しておいた方がいいよ。このままだとどうなるか」

「そうしておきます」


いや、だからそれは……駄目なのかな。やっぱり私が言うことは……だけど、それ以外どうしようもないのに……!


「そうだね。そういう気持ちは大事だ。役割にも飲まれないためにもさ」

「……役割? 風海さん、それって」

「地球では半世紀以上前、スタンフォード監獄実験っていうのがあったんだ」


思い悩んでいるところで、風海さんが不思議な話をし出す――。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――風海さんの説明を簡単に纏めると、こういうことらしい。


この実験を提唱したジンバルドーという人は、地球のスラム街育ち。そのため犯罪に手を染める知人を多く見てきた。

そんな環境で彼は考えた。人間は持ちうる個性や人格より、周囲の状況によりその行動を決定づけられているのではないかと。

それから勉学に励み、彼はスラム街を脱却。学問……心理学の道に進み、その自説を証明しようとした。


その当時の心理学では、行動の決定権は彼が二の次とした個性や人格にあると考えられていたからみたい。

なお、今はどうかというと……ジンバルドーの考えは正しい部分もあると、社会的に証明されてもいる。


「たとえば日本の再犯率は……四割を超えている。
ミッドみたいに更生に力を入れている国だと、二割を切っているんだけどね」

「……四割って、結構高いですよね」

「そもそも日本の司法や法律、刑務所は、犯罪が個人が起こす問題で、そういう個性や性格が原因だと考えられていた。
それを懲罰によって正すのが刑務所の役割だともね。……でも、それは既に破綻している……まぁ恭文くんの受け売りだけど」

≪この辺りは旦那様の専門ですしね≫


風海さんは海月に首肯しつつ、軽くお手上げポーズを取る。


「まず社会が犯罪者の更生や社会復帰に非協力的で、立ち直るチャンスすら与えられない……それを許さない。
そういう場合、”犯罪に手を染めなければ生きられない人”が出てくるんだよ。
刑務所の刑務も、将来的に役立つとは思えない作業ばっかりやらされるから……それで犯罪をまた起こしたら、あとは自己責任だと責められるわけだ」

「ジンバルドーさんが提唱した、状況が人の行動を決定づけるという点ですね……」

「更に厳罰化が加速したのも問題なんだ」

「ん……?」


少し疑問があったので、つい首を傾げてしまう。


「あの、それは……悪いことなんですか?
現行の法律で正しく裁かれない罪状に対して、修正が入った形なら」

「それ以前の問題だよ。……厳罰化するということは、当然懲役なども長くなるよね」

「えぇ」

「つまり犯罪者が収監され、出所するサイクルそのものが長くなる。
でも犯人が刑務所に送られるペースは変わらず、その規模も変わらない……だったら、どうなる?」


それはまぁ、刑務所には……その答えは、私でも分かるくらいに明白だった……!


「刑務所がパンクするってことですか!?」

「回転率の問題ですね。飲食店なんかでも言われていることですけど……」

「それだけじゃなくて、囚人を管理し、生活を保障するためのコストも甚大になる。
もちろん長く社会から隔離されていた犯罪者が、現行の社会制度や生活に溶け込むこともより難しくなる。
……厳罰により被害者遺族が慰められても、社会としては毒になり得るんだよ」

「被害者遺族だけが満足して、他は大問題……!」

「その話を聞いてから、興味があって軽く調べたけど……管理局が犯罪者の更生に力を入れているのは、こういうのも大きな要因みたいだね。
……過去の反省やら非殺傷設定の推奨やらはあるけど、やっぱり社会的なコストは見過ごせない」

「お金と場所がなかったら、犯罪者の収容自体が夢物語って……せ、世知辛すぎる……!」

「でも、霞みだけ食べて生きるわけにもいきませんし……」


アルトさんとキャロもさすがに困り果て、半笑い。というか、ヤバい……完全に勉強不足だ。

そういう”回転率”が社会的な影響をどうもたらすかとか、考えたこともなかったし!


「でもみんな、やっぱり訓練校では教わらないの?」

「全くです……! 逮捕術というか、そういうものに込められた理念があるーって感じで」

「僕も同じです。シャーリーさん達は」

「ミートゥー。
でもそういうの、大っぴらに説明するといろいろ反感が出ますしね……。特に被害者遺族とかは」

「まぁそうなるよね。恭文くんも刑務所見学とか何度かして、それで知ったことらしいし」


風海さんはテーブルのポテチをひとつまみして、しっかり味わう……サクサクと心地のいい音が響く。


「まぁ、地球でもそういう状況は変わり始めているけどね。
初犯なりで、比較的更生の可能性が大きい人中心にはなるけど……社会復帰後の資格取得とか、そういう勉強の場を与えていってる。
実際海外のところだと、音楽活動やらでデビューしている人もいる」

「音楽活動!?」

「そういう表現の世界は、比較的大らかだしね」


いや、それは大らかでいいのかしら! だけど……うぅ、これは勉強不足かも。局員としては、うん……もっと頑張りたいと思います。

……なら、その辺りが前提として……。


「ならそこが前提として、その……監獄実験ってどういうものっスか?」

「まず二十一名の被験者は半数が看守役に、もう半数が受刑者役を演じる。
そうして大学内に作られた、刑務所に近い設備の中で二週間過ごすってものだ」

「……なんか、名前の割りに緩いというか、おままごとというか」

「ウェンディちゃんの表現は正しいかも。ようは本当に極々普通の一般市民が、そのおままごとでどう変わるかって話だから」


なるほど……その行動の根っこを見極めるわけね。

当人の個性か……それともおままごとで与えられた役かって感じに。


「実験中も暴力なんてもっての他で、実験に関わるスタッフも常時監視する。
念のため大学関係者だけではなく、実際の監獄でカウンセリング経験もある牧師にも相談。囚人役の人達を診てもらう手はずも整えていた。
ただそれも、あくまでも状態観測が基本。基本的には安全な実験だったんだけど……」

≪……結論から言えば、この実験は六日で中止となりました≫

「半分もいかずに!?」

≪牧師が被験者の家族に相談。そこから弁護士連れで抗議に発展したんです。
――――そのキッカケは看守達でした。
誰も指示していないのに、自主的に囚人に罰則を与え、反抗したら独房に見立てた倉庫に監禁。
更にバケツへの排便やら、素手での便所掃除などの屈辱的な仕打ちを与え、禁止されていたはずの暴力まで振るいだした≫

「あぁ……明確にルール違反した奴がいたと。それならやむなしじゃ」

≪そういうレベルの話じゃないんです!≫


あれ、海月がなんだか荒ぶり始めたんだけど。でも、話を聞いた限りでは。


≪これは失敗ではなく、実験が上手く行きすぎたせいなんです!≫

「はぁ!?」

「あの、どういうことでしょうか……。経緯を聞く限り、明らかにルールを守らない人間が出て、頓挫したようにしか」

「そこで重要なのが前段階。……そもそも選ばれた二十一人は、街角でスカウトとかして、そのまま連れてきたわけじゃない。
特に囚人側は相応のストレス負荷が予測されたから、前もって……当時できる限りの検査はしたんだ。
百名近く集められた中から、そういう問題を起こしそうもない……極めて平均的な人間が残ったんだ」

「あぁ、そういう……」


オットーは首を傾げる私達と違い、冷や汗を流しながら納得していた。この、異様な経緯に……。


「オットー、どういうことっスか! 説明プリーズっス!」

「つまり、本来の個性であれば、そのような問題が起きない状態で始めたんだよ。
でもおままごとで与えられた役割が、その平均的な人間を二つに分けた。
絶対的強者である看守と、それに虐げられて当然な囚人……その役割に、彼らが本来持っていた個性が飲み込まれたんだ」

「あ、だから上手く行きすぎたと! それは納得…………いやいやいやいや! 怖すぎるっスよ、それ!」

「ウェンディさんに賛成です……! だって、おままごとだって分かった上で”それ”なんて」

「でも事実だよ。その証拠として囚人役の心理状態は件の牧師いわく、実際に監獄へ入れられた囚人の初期症状と同じになっていたんだ。
更に根っこからの抵抗意識すらなくなっていた。相手は本当の看守でもなんでもない、被験者仲間なのにね。
看守役は看守役で、中止が決定しても続行を……そのおままごとを続けたいと抗議したくらいだ」

≪この実験は糸を引きに引きまくって……ジンバルドー自身もそのリアリティに飲まれ、牧師達の抗議があるまで実験を続けるつもりでした。
更に後始末として、参加者全員のカウンセリングを十年に亘って続けることになったそうです……≫

『――!』


な、なによそれ……! さすがに怖すぎるんだけど! おままごとなのに、当人達にとってはリアル!?

しかもそれで相手を踏みつけるのも楽しくて、もっと続けたいとか……続け……。


「……!」


そこでゾッとさせられる。

風海さんが言わんとしていることが分かって……私は、手が自然と震えて。


「とはいえ、早々起きることじゃない。この現象には幾つか条件が必要なんだ」

「条件っスか」

「一つは≪権力への服従≫。強い権力を与えられた人間と力を持たない人間が、狭い空間で常に一緒にいることは……前提を置かないとかなり危険みたい。
監獄実験の場合、看守は自分より弱く、許しがたい悪である囚人が対比となっている。囚人は真逆の視点。
そんな立場の違いを二十四時間体勢で突きつけられる。それは精神に絶大な影響を与える」

≪ここで大きいのは、看守や囚人に宛がわれた服装などですね……。
実は囚人待遇の再現度がさほど高くなくて、一昔前の奴隷とも比喩されるレベルだったんです。
そのとき囚人が着ていたのは、女性用の服なんかを軽く弄ったもの。
……だから、着ていた囚人は日数を経るごとに、女性っぽい行動や仕草が見られるようになったんです≫

「服装で……!? あ、いや……でも……それも分かるかも! キャロ!」

「うん! 一昨日のお休み、私服で一緒にお出かけして……そういう話、したよね! いつもと違うなーって!」


私がゾッとして、手を震わせている間に、話は進む……この、悪夢みたいな話は終わらない。


「では、逆に看守は……」

≪サングラスや厳つい制服などで、強者感を出していました。
特にサングラスは表情が読み切れないから、弱者≪囚人≫からすると威圧感が強くなるんです≫

「それが抵抗する意志すら奪い去った……だから”上手く行きすぎた”という表現に落ち着くのですね」

「これは非個人化と言い、ある種の社会主義的行動にも繋がる状態だそうだよ。
大多数で強者の論理に対し、少数で弱者な存在は付き従うことが自然と義務づけられる。それを否定する人間は根底から否定される。だから」

「……私達も、同じってことですか……」


ディードに答えていた風海さんは、私を向いて……迷いのない様子で首肯。


「まぁコウモリもいるけどね」

「コウモリ?」

「はやてちゃんとかだよ。結局現場を預かる小間使いでしょ? つまり強者でもあり、弱者でもあるわけだ。
そう考えるなら、監獄というよりは本当に……ある種のカルトに踏み込んでいるのかもしれないね」

「実際部隊長やクロノ提督達の、バックヤードに対する十把一絡げな扱いは腹立たしいですしね……!」

「シスター・シャッハの乱入前とか、大荒れだったしねー。
結局あれも、陸戦AAAのベルカ騎士と打ち合えることが前提だし」

「あれも役割に飲まれた典型例と言えるかもね。……六課を守る正義の騎士……そんな役割だ」


アルトさんとルキノさんが指摘したことも、強者の理論。

だけど、そんなつもりはない。そんなつもりはない……。


「なら、僕達は……」

「考えることだね。その役割から解放されたとき……それをよしとした人達の支援がなくなったとき、自分はどうしたいのかってね」

「誰かに与えられた役割じゃない、自分の声……自分の意志。それを、私達が聞き取る勇気」

「だから私だって、ここに残った」


これは、私の意志じゃないの? ただ与えられた役割に……部隊長や後見人達が定めたものに沿って動いているだけの、お人形ってこと?

違う、違う、違う……私は、信じたいって。本当に信じて、一緒に頑張れたらって。

だけど、否定できない。私の中にいる私が……局を、上司を信頼できなかった小さな私が叫ぶ。


”部隊長達は私との約束を破った”


それでも、守ろうとしてくれている。


”スバルを、ギンガさんを、ナカジマ三佐を巻き込み、利用した”


それは、堂々と戦闘機人事件を追うための配慮じゃないの?


”それどころか信頼の置けないシステムを導入しようとし、自分も大けがを負ったのに何も反省していない”


だって、あんなことになるなんて、誰も想像できない……できるはずがないのに!

だったら、私はどうすればいいのよ。私は、正義の味方にはなれない……ただの、普通の局員なのよ……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――なぎ君は苦渋の表情で、ある人に通信をかけた。

私は……まぁ脇で見ているだけに留めたんだけど。


「――はやての阿呆も。部隊員達を戸惑わせているのも、もちろんシャッハさんやメリルが死にかけたのも……全部そっちのせいでしょ。
おのれらが与えた役割のせいで、誰も彼も自分の個性を見失いかけてる」

『それでも、六課は必要だったんだよ……。
レジィ坊やを刺激するのも得策じゃなかったし、預言のことだって大っぴらにできなかった。
だから、信頼するに足るスタッフを集めて、去年……アンタやGPOが世界を救ったように』

「僕達は自分の勝手で、楽しく暴れただけですよ。こんな生けにえの大量生産なんてやった覚えがない」


はい、ミゼット提督です……! それで、スタンフォード監獄実験っていう怖い話をして、恫喝し始めて!


『とにかく、アンタは六課に戻っておくれ。SAWシステムの投与も受けて、戦力も強化するんだ。
六課の中で培った絆を……アンタを信頼している仲間を裏切っちゃいけないよ』

「どの口が言ってるんですか。先生が知ったら泣いてそのままご臨終しますよ」

『私らが信頼できないなら、フォワードのみんなを信じてくれって話さ。
クロノ提督達もそういう話はしただろう? もちろん私らも全力は尽くすし』

「……まさかミゼットさん、その絆を結んだ仲間連中を”こんな馬鹿”に巻き込まれて、僕が一欠片も……腹を立てていないとか、考えています?」

『……』

「えぇ、そうですよ。腹立たしいことに、あの馬鹿ども……存外馬鹿だし。猟犬だなんて割り切れなくなってる」


なぎ君は隠していた本音を吐露した。私や父さんのために……スバル達や部隊長には言えなかった本音を。

……なぎ君が本当に、スバル達をただの道具だと見ているなら……どうでもいいなら、ここまで感情を荒げないよ。


「そういう相手が赤信号で車道を渡りそうになったら、普通は手を引いて歩道に引き戻すでしょ。
一体どこの世界に、一緒に手を上げて渡ろうとする奴が……それを正義と応援する”悪い大人”に従う馬鹿がいるんですか」

『じゃあ、どうすればいいんだい。どうしたら私達が本気だって信じてくれるのかね』

「もう無理だ。……お前らのせいで、はやてはぶっ壊れる寸前なんだぞ」

『……どういう意味だい』

「あの馬鹿があそこまでシステム導入に必死なのか、まだ分からないの?
一つはクロノさんのため。もう一つは……その後押しをしたおのれらを守るためだ。
六課のことだけじゃない。護衛任務で知り合ってから、世話になりっぱなしの恩人だからって、必死に取り直そうとしてる。
なのにとうのお前達は、はやてが部隊員や周囲から否定されるのもお構いなしで、まだ裏でコソコソ隠れてやがる……!」


それでもう一つは……やっぱり、そうだよね。あの罰ゲームもかなり……凄惨だけど、意図は気づいた。

ちゃんと自分がお仕置きすることで、部隊員が……部隊長が集めた人達が、これ以上部隊長を批難し、傷付けないようにするためだ。

もちろんそれで部隊員の……バックヤードを中心とした人達が苦しむのも嫌で、それもちゃんとしたくて。


……本当に馬鹿だよ。それで自分を悪者にして、部隊長とも断絶寸前まで揉めて……だから、つい目頭が熱くなって。


「そうそう、メリルのことも邪魔者だからと殺してくれただろ。いや、まだ死んでないけどさ」

『なぁ……まずは、六課の中で私らの言葉が嘘じゃないかどうか、それを見据えちゃもらえないかね。
私らももう一度アンタに信じてもらえるように、全力を尽くすよ。システムだってそのために用意したもので』

「もうお前らは僕の敵だ。覚悟しておけ」

『だから、落ち着』


なぎ君は通信を容赦なく叩き切る。これ以上は無駄だと……無意味だと言わんばかりに。

……ヘイハチさんの同期で、なぎ君にとっても親しい人だったのに……それでも、冷徹に……揺らぎも見せずに、ぐっと飲み込んで。


≪主様……≫

≪まぁ、仕方ないでしょ。……あなたは全部守りたいんでしょ?≫

「当たり前じゃん」


だからなぎ君は静かに……ある写真立てに触れる。

机に置いたそれには、なぎ君とアルトアイゼンが映っていて……。


「ショウタロス、シオン、ヒカリ……」


その名前は……聞き覚えがある。なぎ君が時々呟いていた名前だったから。

時折、なにもないところを見て、誰かと話しているときがあるの。そういうとき、その名前が出て。

……なぎ君、霊感が強い方だから、もしかしていろいろ、見えているのかなぁっと軽く怖かったときもあったんだけど。


そう言えばそんな仕草も、今年に入ってから……ううん、ヴェートルの事件が終わってから、なくなっていたと気づく。


「三人とも、ずっと一緒なんだから」

≪……ですね≫

≪なの?≫

≪あなたにもいずれ教えてあげますよ≫


なぎ君は写真立てを置いて、決意を……抱えた痛みや寂しさを飲み込むように、深呼吸。

そんななぎ君を見てると、苦しくて、切なくて……いっぱい、励ましたくなって。


「……!」


だからぎゅって……脇から飛び込んで、ぎゅっと抱き締める。

……素肌の触れ合いを知っているから、衣服が邪魔に感じるくらい……全力でなぎ君を求める。


「あの、ギンガさん……」

「なぎ君だけなんて、無理だよ。私も……私の手も、使っていいから」

「駄目だよ、それは。ギンガさんは」

「駄目じゃない」


……なぎ君はやっぱり馬鹿だ。それで、やっぱりとても優しい。

私の立場も考えて、無理強いはできないから……でも、問題ないと笑ってあげる。


「気持ちは、同じだから……」

「ん……」


そう伝えるように、なぎ君のほっぺたに口づけを送る。

……でも、これじゃあ足りない。やっぱりもっと、たくさん……昨日みたいに、素肌で……なぎ君と、求め合って。


「――――あら! 風花ちゃん、歌織ちゃんもいらっしゃい!」

「こんにちは、おば様」

「お邪魔します……って、楓さん!」

「風花ちゃん、歌織ちゃん、ようこそー。突然だけど私、嫁姑戦争の真っ最中なの」

「「えぇ!」」

「いや、戦争というか、一方的な殺戮が……ね!? 主に私目がけて!」


……でも、そこで明るい声が響く。

ちょっと残念になりながらも離れて、危なくないよう場を軽くお片付け。

それから部屋を出て……階段を降りて玄関先に。


そこいたのは、まずは出迎えていた楓さんとなぎ君のお母さん。


それに夏らしい色のワンピースと、薄手の上着を羽織った風花がいて。

その隣には、同じように夏着の歌織がいて。


「あの、恭文くん…………本当に帰ってるし!」

「ふーちゃん、歌織、ただいまー」

「ただいまじゃないわよ! もうー!」

「でも……お帰り、恭文くん。
ギンガちゃんも、付き添いありがとう」

「ううん。その、なんというか……はい……」


風花は涙目でなぎ君に笑って……そのまま飛び込んで、目一杯に抱き締めた。

……なぎ君はとても幸せそうに、風花をぎゅっとして……それが、ちょっと焼けちゃったり。


「…………私もいるんだけどなー」

「あの、えっと……次……次で……」

「私は二番目なんだね。そうなんだ」

「歌織ー!」

「なら、私は三番目でもいいわよ?」

「わ、私は……最後でも! 昨日、いっぱいだったし!」

「楓さん! ギンガさんー!」


でも……ううん、だからこそかな。


「――――恭文さん、誕生日おめでとうございます! 熱風疾風島村です♪」

「恭文、お帰りー! あ、これ養成所のみんなと事務所からの誕生日祝い!
というか、暇ならまたあたしのイベント付き添いとかやってよー! 夏はめっちゃ忙しいの!」


今日はなんだか、すっごく……幸せな誕生日になりそうな予感がします。

だってこんなにたくさん……なぎ君のために、どんどんいろんな人が押しかけて。


…………まぁ、女の子が中心なんだけど! というか今、養成所って!

このなぎ君くらいの体型で、ボブカット・つり目な可愛い子は……前に聴いていた!


「……って、どちら様ですか!?」

「そっちこそ!」

「えっと……なぎ君!?」

「落ち着け! まず右が島村卯月! 左が真知哉かざねだよ!」

「あぁ……スバルが言っていた子と、昨日お話ししていた声優さんの!」

「そうそう。初めまして…………アンタ、やっぱりデカい子が好きなんだ……!」


あ、真知哉さんが私を見て……風花や歌織は大丈夫なの!? 初対面だから私なの!?


「――蒼凪先輩、お帰りなさい!」


あれ、今度はまた別の人が……ロングブラウン・垂れ目で、楓さんにも負けないモデル体型の人が!


「美波! ……あ、紹介するよ。高校の後輩で、新田美波」

「突然すみません……ただ、先輩の補修をそろそろ始めないと」

「なんでおのれが!?」

「橘先生から頼まれたんです! どうせまたトラブルに首をツッコむから、付き添ってほしいって!」

「……恭文くん、実は私もなの……」

「人を疫病神みたいに……!」

「言われても仕方ないと思うよ!? 夏だよ!? 夏なんだよ!?」


風花、落ち着いて! 夏は本来そんな、災厄の季節じゃないから!

というか、風花は同級生だからまだ分かるけど……後輩の新田さんまで!? どれだけ心配されているのかな!


……でもそれで終わらない。


「なぎ君……いえ、御主人様。すずかがこの夏は、誠心誠意御奉仕させていただきますね」

「恭文くん! お誕生日おめでとう! これで……ようやく結婚の約束、果たせるね。 I Love You♪」

「すずかさん! フィアッセさん!」

「恭文君、お誕生日おめでとうー! それでお帰り!」

「お帰り! で……なにをやらかしたのかな? うん、ちゃんとお話しようね。じゃないと……私……さすがに……!」

「いちさん、落ち着いて! というか大丈夫! やっくんはここにいるから! 無事だから!」

「舞宙さん! いちごさん! 才華さん!」


スバルから聞いていた……すずかさんと、フィアッセさんが揃って突撃。

それにすっごくよくしてもらっているっていう、天原舞宙さん、絹盾いちごさん、春山才華さん……アニメなどで活躍している声優さん三人も……。


「プロデューサー、お誕生日おめでとうですぅ!」

「自分達がお祝い……って、なんか凄いことになってるぞ!」

「あらあらー。これは、日をずらした方がよかったかしらー」

「でもこんなにたくさん……くっ」

「雪歩、響、あずささん、千早ー!」


765プロのアイドルさんも混じり、玄関先はもうわいわいガヤガヤ……!


「恭文くん、お誕生日おめでとうなー♪ これでようやっと結婚できるお年頃やし、また頑張らんとー」

「優の言う通りですよ。特に琴乃は最近やきもきしっぱなしでしたし……」

「優! 瑠依−!」

「わ、私はやきもきしていません! それよりも恭文、怪我したって! 大丈夫なの!?」

「そうだよ! あのね、芽衣達いろいろご飯とかお手当キットとか持ってきたから、ちょっと見せて!」

「琴乃、芽衣……って治療はだいじょう……ここで服を脱がそうとしないで! せめて中! 中ぁ!」


それで……えっと、別のアイドルさんまで加わって。しかもみんな美人さんだよ! 解像度がやっぱり違うよ!


≪あら嫌だ……これはまた大騒ぎですね。楽しいことになりますよ≫

≪お姉様、それは市原悦子さんなの?≫

「……恭文、丁寧に……一人一人相手をしてあげなさい。家を壊さない限り文句は言わないから」

「あ、はい……」

「そうなのです……リインを差し置いてまたこんなに浮気してー!」

『……って、いつの間に!?』


その上リイン曹長までー! もう大混乱だよ! どう収拾を……だけど、これがなぎ君の結んできたものなんだね。

だったら私も……自分が結んできたものと同じように、この時間を大切にできたら……いいなって。


(――本編へ続く)







あとがき


志保(……恭文さんにまた映画を貸してもらった。Anotherっていうホラーサスペンス……でいいのかな。かなり有名な作品みたい。
実写映画と、原作小説、それにアニメのディスクも……だけど実写……実写……!)


(北沢さん、無性に嫌な予感がしまくっている模様)


志保(……そう言えば恭文さん、私が『他にないんですか?』って言ったらちょっと怒っていたような。
でも、それだって出してきた映画のほとんどが見たことのあるもので、軽く言っただけだし。
いえ、落ち着いて志保……さすがの恭文さんもまた……そんな理由で、駄目な映画を貸すわけがないし。
あ、でも映画やアニメを見る前に、まず原作からとは言っていたわね。尺の関係でいろいろ変更点があるからと。
そうね、まずは……お勧めされた通り、原作小説から読んで)


(――二時間経過)


志保「…………はぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ」


(北沢さん、満足らしい)


志保「凄惨で見ていて痛々しい部分もあったけど、面白かった……しかも根幹のトリックが素敵だった。えっと、じゃ)


(ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!)


志保「え、これなに?」

ナレーター『大事なネタバレになるので規制音となります』

志保「あ、そうなんですね。確かにこれがバレバレは駄目かも。
でもそうなると、アニメや実写版はどうなるのかしら……。小説だからできたトリックでもあると思うけど」

ナレーター『ではアニメの方から見てみましょう』

志保「えぇ。……でもどうして私、バトスピの神様と話しているのかしら」

ナレーター『まぁまぁ』


(――――そして、大体六時間後)


志保「え、え、ええええ、え……ええぇえぇぇぇえぇ……?」


(北沢さん、絶賛混乱中……というか、キャストを確認中)


志保「いや、根幹のトリックとか、尺の問題で変わったところは問題ないんだけど……これ、声優さんの名前が」

ナレーター『それでは説明しよう。今志保ちゃんが疑問なキャラには、所属事務所の協力も得て別名義で声を当てていたのだ』

志保「はい!?」

ナレーター『ちなみにアニメ放映当時は、顔写真も変装の上でプロフィール掲載。
それが最終話にて謎が紐解かれると、ページも削除されたのだ』

志保「徹底していたんですね……。あぁ、でもそれならリアルタイムで見たら凄く盛り上がっていたかも」

ナレーター『物語性もあるしね』

志保「でお、これなら実写版も……相当に期待できるかも。アニメがここまでやったんだから」

ナレーター『……おう』


(そして――――二時間後)


志保「……………………しゃらくさいわよ!」


(北沢さん、怒りのロードを突き進む!)


志保「どうして根幹のトリックを開始十数分程度で放り投げているのよ! なんで大事なところを堂々とネタバレするのよ!
これはもう完全に別物じゃない! デビルマソとは別ベクトルでZ級じゃない!
というかまた……というかまた……原作を先に読んだからこそ余計に怒りが湧くって!
アニメも凄く頑張っていたのは伝わるから、倍プッシュで怒りが燃え上がるって!
どれだけ私の心をかき乱せば気が済むの!? それともそんなに気に食わなかったの!? 『他にないんですか』が!」


(そして……)


志保(またまた重武装……今回は西洋騎士甲冑)「恭文さんはどこですか……恭文さんの大馬鹿者はどこですか!
デビルマンが駄目ならと、Another(実写版)を勧めてきた恭文さんはどこですか!」

フェイト「(緒方)智絵里ちゃんの誕生日祝いを届けに出たよー!」


(争いからはなにも生まれない……。
本日のED:加藤ミリヤ『楽園』)


恭文「志保、嘘はよくないでしょ……僕はちゃんと原作とアニメ版も勧めたでしょ?」

志保「誤差レベルの話をされても困るんですけど!
他に……ないんですか……! もっと他に! Z級映画とかじゃなくて!」

恭文「じゃあね、魔法少女リリカルなのはの劇場版とかどう?
今の映像美でがちな空戦やらが楽しめるよ。とりあえず四本出ているから」

志保「メタすぎませんか!?」

恭文「ならマシーン・オブ・ザ・デッドの吹き替え版は……あ、駄目か。
ちょっと大人なシーンが多いから、志保には早すぎる」

志保「……子ども扱いしないでください。私はあなたよりも大人だと明白なはずです」

恭文「そう、ならどうぞ」

志保「ありがとうございます…………ちょっと待ってください。
一緒に見てください。またZ級の可能性があるので、一緒に見てください」

恭文「うん、いいけど」

フェイト「志保ちゃん、駄目だよ! それまた煽られているよー! というかマシーン・オブ・ザ・デッドって……」


(そして……二時間後)


恭文「あははははははははは! あーははははははははははは! もう最高ー! これは何度見ても笑えて仕方ない!」

志保「……………………!」(ぽかぽかぽかぽかぽかー)

フェイト「……ヤスフミが特にお気に入りな、Z級映画なんだ……」(結局一緒に見た)

茶ぱんにゃ「う、うりゅ……!」(一緒に見て、余りに驚愕)

灰色ぱんにゃ「うりゅー!」(ふさふさ毛並みが逆立つほどの衝撃)

志保「いえ、これは……そうよ、私が悪いのよ。
私がまた意地を張って踏み込まないから……だから……恭文さん!」

恭文「うん?」

志保「今度は、これを見ましょう! 私が大好きな映画です!」(そう言いながら取り出すのは、『セッション』)

恭文「これかー! うんうん、僕も大好き!」

志保「……はい。だから……今度は楽しく、ですよ?」

恭文「え、今のも楽しかったけど」

志保「その楽しみ方はマイノリティだと気づいてください……!」


(おしまい)





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