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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2014年8月・軽井沢その1 『アメイジング・ビギンズ/紅は点火する』


――二〇一四年八月初頭

軽井沢



「――――お坊ちゃまー! こちらですー!」


眼鏡をかけたうちのメイドが、とんでもない格好で手を降ってくる。浮き輪に虫取り網とカゴ、飯盒に水筒……張り切りすぎだ。

やや呆れながらも蝉の声を背に、彼女の後を追っていく。


「全く……休暇を過ごすためにきたのに、なんで急がなくちゃいけないんだ」

「ダラダラしちゃ駄目ですよ! 遊ぶときも全力――それが私のモットーです!」

「なんでお前のモットーに、僕が付き合わなくちゃいけないんだ」

「お母様がお亡くなりになって、寂しい思いをされたでしょう。そんな時は私の胸で泣いてください」


彼女はそう言って、両手をバッと広げる。


「さぁ!」


……大きなものが揺れたように感じるが、気のせいだと思っておこう。しょうがないので彼女を追い越し、先を急ぐ。


「我慢、しなくていいのに」

「していない……!」


というか、身長百七十八センチだからなぁ。こう、母性というか……頼もしさを感じるというか。


「とにかく私、全力でやらせていただきます!」

「分かったよ」

「この先のお屋敷で、夏休みの間過ごします。
お父様はお忙しいですが、屋敷にはお坊ちゃまと同年代の男の子もいるそうですよ。
友達、作るチャンスですよ! この夏を忘れられない思い出で、いっぱいにしましょうね!」


……正直興味がないんだけどな。

ただ勉強し、父の後を継いで立派な大人になる。

それが僕のやるべき事で、全てだった。忘れられない夏なんていらない。


このときは本気で、そう思っていたんだ。……彼女の言葉が預言になるとも知らずに。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


少しして、白い二階建ての別荘に到着。


やや乱れた髪の彼は、箱を抱え玄関で待っていた。そんな彼としっかりと握手。

僕がなんの箱だろうと思っていると、彼は嬉しそうに笑ってついてこいと言う。

そうして地下へ案内されると、六角形型の巨大ベースが七つ、部屋の中央で接合されていた。


上部表面はクリアガラスっぽくて、中央にスピーカーのようなくぼみが見える。

一体なんだと思っていると、彼はその一角に経つ。箱からロボットのおもちゃを取り出す。

その間に煌めく粒子が彼の周囲から立ち昇り、半透明な壁を形成。だが粒子が形成したのはそれだけじゃなかった。


巨大ベース上に海や港、町並みが生まれていく。その遠くには並ぶ山々も見えた。小さな世界がその中で形成された。


≪プラフスキー粒子、散布開始――あなたのガンプラをセットしてください≫


電子音声に従い、ロボットを前に置く。すると粒子がスクリーンのように、ロボットを透過。

その瞬間、ロボットの目がきらりと輝く。いや、目だけじゃない。ロボットの関節や、背負っている赤い翼にエンジン部も、力強くなったような。信じられなくて軽く目をこする。


更に粒子は機械的なカタパルトを構築。


≪バトル、開始≫

『サツキ・トオル――エールストライクガンダム! 出る!』


ロボットは両膝を折り曲げ、カタパルトを滑る。そうしてあの小さな世界へ飛び出した。


(嘘、みたいだ)


おもちゃのロボットが、まるで本物みたいに動いている。空を飛んでいる。

その前から、彼のロボットに似たものが出てきた。口にへの字な線がなくて、両肩がせり上がっているものだ。

その赤いロボットは右手のライフルで、彼のロボットを狙う。


『イージス……ストライクの兄弟機でありライバルか! 相手にとって不足はない!』


彼のロボットは急停止し、右へ大きく回る。そうして二体のロボットは空を飛び交い、砲弾やビームを撃ち交わす。


「お坊ちゃま……!」

「あ、ぁ」


声が掠れていた。


飛び交うロボットを見て、今まで感じた事のない感情が生まれている。

おもちゃが……おもちゃの、はずだ。それが動いている。幾度も空を交差し、街をすり抜け、火線を交わす。

その光景にすっかり見入っていた。そうしている間に、彼のロボットが背中の突起部分を右手で引き抜く。


するとビームが刃となり、突撃してきた別のロボットの腹を両断。そのまま二機は交差。

別のロボットが爆発し、残ったのは彼のロボットだけ。ロボットは自慢するようにスラロームしつつ、近くの港に着地した。

すると世界が粒子へ戻り、ゆっくりと分解されていく。彼の周囲に存在した部屋も消えてしまった。


彼はロボットを回収してから、こっちに笑顔で近づいてくる。


「どうだい」

「え、いや……どうだいと言われても」

「すっごいですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


……うちのメイドが目をキラキラさせているので、優しく背中を叩く。ただ僕の身長だとお尻の近くになるが。


「落ち着け」

「アニメさながらに、ストライクとイージスがバトル! もう興奮ですー!」

「だから落ち着け。
……しかし、これは一体。おもちゃがリアルに動くなんて。ラジコンなのか」

「まぁ似たようなもんかな。
あとおもちゃじゃなくて、ガンプラ……ガンプラバトルさ」


ガンプラ……彼は戸惑う僕へ近づき、胸元を軽く叩いてくる。


「最近発見された粒子を使っているらしい。
難しいことはオレにもよく分かんないけど、このシステムを使うと作ったガンプラが動くんだ。
君はガンプラ作った事……って、なさそうだなぁ」


え、なんで苦笑するんだ。もしかしてガンプラというのは一般常識なのか。


「そうなんですー。お坊ちゃま、アニメも見ないんですよー。勉強ばっかりですし。
その新発見されたプラフスキー粒子のことも、ニュースになっていたのにさっぱりって……」


うちのメイド曰く、常識らしい。プリプリしながら僕を指差してくる。


「トオル様からもなにか言ってあげてください」

「世間ではいい子って言うぞ、それは」

「いや、ガンプラを知らないのは後継者的にも勉強不足ですよ?」

「確かになー。ユウキ塗料、ホビー関係の塗料も作っているしさ」

「ホビー……ガンプラにも使うのか?」

「あぁ。プラモは塗装も楽しみの一つだ。
というかガンプラバトルのヒットで、塗料も含めた製作ツールの発売ペースとか、その売り上げもかなり上がっているそうだし」

「ボス……うちの社長も、ホビー関係には発展的見直しが必要とも言っていましたよー。数字にすると結構考えるものがあるそうです」


そ、それをツツかれると弱い。自分の家を継ぐと決めておきながら、その分野……それも発展の目があるものを知らなかったとなると……!


「なにより! アニメの一つも知らず、世間を語るのは百万年早いですよ!」

「お前だって百万年は生きてないだろ。
大体、勉強しているのは父さんの後を継いで、立派な人になるため」

「ホビー系塗料の発展……売り上げの上昇比率」

「ぐ……!」

「あははははははははは!」


言い争う僕達を見て、彼は大笑い。なにが楽しかったのだろう……つい彼をジト目で見てしまう。


「オレは親父にもっと勉強しろって怒られるよ。
どうやらオレに、タツヤを見習わせたいらしい」

「どうやらお二人にはそれぞれ見習うべき――補い合える部分があるようですね。
それを見越してお父様方は、お二人を引きあわせたのではないでしょうか」

「へへ……オレの方は、むしろタツヤを堕落させそうだけどなぁ」

「違いない」


彼は僕と違う。勉強を熱心にしているわけでもなさそうで、僕のように親の後を継ぐつもりもないらしい。けど。


「けど……ガンプラバトルとやらは面白そうだ」


左手で彼とガンプラ、更に背後のユニットを指差す。


「僕もやっていいかな」

「……もちろん」


これが僕達のファーストコンタクト。忘れられない夏の始まりであり、僕の道を決定づけた出来事。


「けど、下手くそは勘弁な」

「大丈夫です! 全力で当たって砕けろですから!」

「オイ!?」


そんな事になるとは、この時は知らなかったけど。僕の名前は悠木達也(ユウキ・タツヤ)――これは僕達の物語。


「……あ、そうそう……それでもう一つ」


だったんだが……そこで、不思議な乱入者……というのも不躾か。


「実はお二人だけや私だけは危ないということで、ボスが護衛役をよこすそうで」

「おいおい、子ども扱い……は仕方ないけどさぁ」

「そうだよ。ヤナもそれなりにできるほうだろうに」

「お忘れですか? 半年前の大事件を」

「「あ…………」」


そこでついトオルと、親友のように声を合わせてしまう。


「そうか……柘植行人とか言うテロ犯と、彼が率いる一味の起こした事件」

「今やTOKYO WARと呼ばれているあの一件です。
幸いインフラ関係は早期に復旧できましたけど、まだまだ不安定なところはありますから」

「でも東京での話ならってわけでもないのか」

「警察や自衛隊、政府の政治的策謀も入り交じって、その威信も低下しているからね。
全国的に治安が悪化気味なのは、もうデータに出ているそうだよ」

「代紋の後光に意味がないなら、かぁ。怖いもんだよ」

「そうですね。この”遊び”も、それによって成り立つ平和があればこそですし……」


ヤナの言うことは最もだった。

ガンプラバトルがどういうものであれ、生活や命に関わるものじゃない……人によってはいらないと言い切って差し支えないものだ。

でも、それが……そういうものが選び取れる時間こそが、平和であり、僕達が過ごしている日常そのものでもあって。


もちろん僕達が会社を継ぐとか、父達が平穏に会社経営をできるのも、その平和が……日常が土台としてあるからこそだ。

命がかかったような戦いの中で、誰が塗料を必要とする? 誰が不動産のやり取りをやろうとする?

その前に優先することがあるのは、七歳の僕でも分かることだ。


それなら、今こうして遊べる時間を尊ぶのは……やっぱり大切なことなのだとも思う。少なくともその重さは刻むべきだった。


「まぁそういうことなら了解だよ。でも護衛って言って、大仰に囲まれるのもなぁ」

「そこはご安心を。なんでもお二人と近い年齢の方を、お一人呼んだそうですし」

「僕達と?」

「それも、凄いですよ……!」


ヤナは眼鏡を正し、なぜか意地悪げに笑う……。


「TOKYO WARを解決した、特車二課第二小隊! そのみなさんと一緒に戦った方だそうです!」

「「はぁ!?」」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――TOKYO WARと呼ばれるようになった、あの冬の戦いから約半年。僕とふーちゃんも、十二歳になりました。

そんな直後、あの日出会ったお姉さんから、大切な届け物をもらって……心がどうしようもなく満たされて。


ただその直後……PSAの劉さんから一つ依頼が飛んで。


「――――民間企業子息二人の護衛?」

『ただ誰かしらから脅迫されたとか、今すぐ事件に発展する気配はない。
二人が夏休みの間、避暑地で平和に過ごせるようにサポートするだけだ』

≪……資料データは今受け取りましたよ。
でも正気ですか? 神無月とのドタバタで受けた傷、まだ治りきっていませんよ≫

『だから先鋒だ。こちらも沙羅さんをすぐに送る』


ただ……一つ引っかかりもあって。


「ちょっと待ってください。沙羅さんって確か」

『念のためだ。自衛隊は撤退したとはいえ、警察と政府も再編成の最中。
特にこれを機にと、上に踊り出ようとする奴らもいるからな。
実は会長やうちの腕利きも、そっちへの睨みで夏休み返上だ』

「それは劉さんも」

『会長代理を放り出さずに済む程度には、落ち着いているがな』


……ただ自分ならその役職にふさわしいーとアピールするだけならまだいい。

でも惨殺された海法元警視総監のように、政治的策謀による予防検閲的問題行動やら、分かりやすく賄賂なんかを動かしてくると大変。

PSAも、そういうのにめざとい公安やら他の捜査期間も、このドタバタでそういうことがないよう、目を光らせている最中ってことだ。


僕はペーペーだから、その手の政治的注意を払う立場じゃないけど……世知辛いなぁ。


≪日常の体裁は守れる程度に落ち着いているけど、伏魔殿は嵐が継続……嫌ですねぇ≫

『そういう意味では、TOKYO WAR以後の厳戒態勢はまだまだ続いている。
というか……実際今、ちょっと面倒なことが起きた直後でな』

「というと」

『犬飼建設大臣、いるだろう? ……その孫が誘拐された』

「は……!?」

『今年の六月のことで、もう解決はしているがな。
まぁそこも資料には書いてあるから、また確認しておいてくれ』

「分かりました」


あぁ、でも納得した。そういうのも起こったから、余計に警戒していると。

ただ、それでも疑問はあって……。


(……沙羅さんまで動くのは、企業側でも同じ兆候があるから?
いや、だとしても……)


山仲沙羅さん……PSAの会長である風間章太郎さんの専属秘書であり、ボディガード。

黒髪ロングのクールビューティーな美人さん。そしてナイスバディで、素敵なオパーイの持ち主! 魂が輝きまくっているの!

この人も腕利きの第一種忍者なんで、会長のガードができるくらいの腕前なんだけど……いつも会長の無茶苦茶に泣かされる筆頭被害者と言える。


で、そんな沙羅さんの専門は企業犯罪。かなり陰湿かつ入り組んだ事情になりやすい事件を取り扱っている。

でもそれだって、会長秘書の仕事が一番で、沙羅さんが出張るのなんて……今ならほんと、TOKYO WARレベルの騒動くらいなのに。


『早速で悪いが、軽井沢に向かってくれ』

「軽井沢!」

『まぁ余裕があれば、避暑地を楽しむといい』

「修行もします!」

≪そうですね。きっちり鍛え直しましょう。こう、悪霊とか斬れるくらいに≫

『……お前達、治療中だとその口で言わなかったか?』


――――そんなわけで明くる日、胸一杯に溢れる幸せを噛み締めながら、僕とアルト、ショウタロス達は軽井沢にやってきた。

それでフィアッセさんやふーちゃんには悪いけど……悪いけど……悪かったはずなんだけど……!


「――――それで、その……そちらのお二人さんが、アシスタントと」

「そうだよー。忍者見習いな、フィアッセ・クリステラです。よろしくー♪」

「同じく見習いな、豊川風花です。よろしくお願いします」

「……嘘を吐くなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「「どうして?」」

「開き直った!?」

≪……よっぽど嫌だったんでしょうね。夏休みに離ればなれなのが≫


そう、結局二人もついてきたんだよ! だからここ……サツキ家別荘のリビングにて、僕はもう戦々恐々で……!


「というかね……当たり前だよ! 恭文くん、まだけが人だよ!? 完治していないんだからね!?」

「そうそう。劉さんには、その辺りの観察をするお付きってことで認めてもらったし……大丈夫だよー」

「どうやってですか!?」

「……クリステラさん……やはり我が宿敵」

「いや、この場合は風花もじゃね!? 滅茶苦茶気合い入っているしよ!」

「入るよ! それはね! ……というわけではい、お薬」

「あ、はい」


どうやら治療約を飲む時間らしい。なので受け取った錠剤をその場で……ぐいっと!

更に渡された水も飲み込んで…………あはははは! 視線が痛い!


「……ヤナ、これが本当に……そうなのか……!?」

「大丈夫ですよ、タツヤさん。それにほら、しゅごキャラもいますし、悪い子では決してありません」

「そうだそうだ……あの妖精みたいなのはなんだ! 僕だけが見えているわけじゃないんだよな!」

「え、タツヤ……お前知らないの? 学校とかでもちょいちょい見るだろ、しゅごキャラ」

「初耳だよ、その情報!」

「まぁそこはあとで説明してやる。一旦落ち着けガリ勉……もぐもぐ」

「よく初対面でガリ勉って分かったな! 妖精パワーか! そうなのか!」


ヒカリ、一旦黙っていよう!? 僕達が非常識なんだから! あと余所様の家でポテチをかじらない! カスが飛び散るでしょ!

……ただ……。


(……確かにこれは、話に聞いていた以上に……不用心だよね)


……髪は外に跳ねまくっていて、格好は夏らしくシャツに半ズボン。この子が主軸でもある五月透(サツキ・トオル)。

その隣には、僕と同じ色の髪を持つ少年。こっちは服装・髪型ともに品よく整えられていて、まさにお坊ちゃん。

こっちが悠木達也(ユウキ・タツヤ)……僕の依頼主でもある、ユウキ社長のご子息。


でもそのメイドさんである倉持弥奈(クラモチ・ヤナ)さんがいれば……とは思うけど、さすがに女性だしなぁ。

幾らスーパーモデル張りの大柄と言えど、なにかあったらって危惧を抱くのは……仕方ないよね。


「あ……そうだ。恭文、ガンダム好きか?」


するとトオルが、パンと拍手を打っていきなり話を……。


「もちろん大好きだよ」

「じゃあガンプラって」

「作っているよー。最近だとガンプラバトルもあるし」

「というか、学校の男の子はみんなって感じだよね。やっぱり夢みたいだし」

「だったら話が早い! すぐ下へ来てくれ!」


トオルはとても嬉しそうな顔で笑い、立ち上がる。

僕とふーちゃん、フィアッセさんも首を傾げながら、ショウタロス達も引っ張り……ついていくと……。


「これは……ガンプラバトルの装置!」

「お、やっぱ知ってたのか!」

「当たり前だよ!」


中心に置かれているのは、合計七基からなるバトルベース。

でもあっちこっち配線とかもむき出しで、模型店に置かれているものとは違う。


「だけど、お店で常備しているものとは違うよね。PPSE社のリースタイプとも」

「確かに……こう、言い方が悪くなるけど、作りかけというか、テスト中というか」

「うん、風花の言う通りだ」

「通りなの!?」

「どうもその試作型≪テストタイプ≫のベースだそうなんです。
トオルさんのご実家は、不動産業界では知らない人もいない大地主。その絡みでいただいたとか」

「す、すごいですね……!」


……ふーちゃん、今更ドギマギしないの。相手は御曹司レベルだって事前に説明して、その上でついてきたでしょうが。


「じゃあなにがどうなるかは説明不要だよな」

「そうだね! 大事なのはバトルが楽しめることだ!」

「恭文くん、そこでいいの!?」

「私はいいと思うなー。ほら、もう目がキラキラしているもの」

≪相変わらずですねぇ。ガンプラバトルが発表されたときもこうでしたよ≫


だってだって、滅多にお目にかかれない試作型ベースでバトルだよ? ワクワクしない理由がないでしょ!


≪でもガンプラ、ありませんけど……どうします?≫


……でもそこで、耳の痛い話題がアルトから飛び込んできた。


「…………そうだった。さすがに……持ってきていない……!」

≪急な話でもありましたしねぇ≫

「じゃあ恭文も作ってみようぜ!」

「僕も?」


いきなりトオルから笑顔と一緒に声がかかったので、タツヤ達を見る。

なおタツヤだけが口をパクパクさせていた。ヤナさんは嬉しそうに笑っていたけど。


「ちょ、トオル……一応護衛役としてついてきている人なんだから」

「だからその仕事もきっちりした上で……それならいいだろ?」

「えぇ! よい提案だと思います!
……実はタツヤさん、ガンダムやガンプラ……いわゆるオタク関係はサッパリな人でして」

「あぁ……それで僕”も”と」

「オレも自分のストライク、もっとよくしたいしさ! それで合宿だ!」


そこでトオルは鋭くサムズアップ。……その屈託のない笑顔と、懐の広さがとても嬉しくて……自然と僕も笑っていた。


「一応家主なトオルや、雇い主代理なヤナさん達が問題ないのなら……うん、仕事をした上でだね」

「でも恭文くん、軽井沢の別荘地だよ? ガンプラを売っているお店とかは」

「それなら問題ない! ガンプラバトルの流行を先読みして、最近開店した大型店舗が近くにある!」

「あるの!?」

「うんうん、これは……すっごく楽しい夏になりそうな感じだよー♪」

「えぇ! 私もそんな予感がしています、フィアッセさん!」


――こうして僕達にとって、忘れられない一か月が始まった。

熱くも楽しく、そして切ない……そんな夏が。




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2014年8月・軽井沢その1 『アメイジング・ビギンズ/紅は点火する』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


やると決まったら一直線――みんなで模型店に向かう。


それで僕が早速購入したのは……≪HG ガンダムAGE-2ダークハウンド≫。

機動戦士ガンダムAGEの中盤から出てくるんだけど、第二部主役機を宇宙海賊が改造した機体。

武装はドッズガン二門内臓の≪ドッズランサー≫。

リアスカートサイドに仕舞った≪ビームサーベル≫二基。

両肩バインダー中央で着脱式の≪アンカーショット≫二丁。

直接的な攻撃能力はないけど、近接時の目くらましなどで強烈に発光する≪胸部ドクロマーク≫。


ほぼ完全再現に近い形で飛行≪ストライダー≫形態にも変形できるし、可動範囲も抜群。なにより黒で海賊というのがベタだけどカッコいいんだよー。

あとは≪HGUC ガンダムEz8≫も……実は発売してから、購入するチャンスがなくてねー。第08MS小隊、大好きなのに。


「恭文くんは海賊かぁ…………海賊、かぁ…………」


あれ、フィアッセさんがなんでか生暖かい表情を。というか、なぜ僕の頭をそんなに撫でてくるんですか。

いや、嬉しい。フィアッセさんにかまってもらえるのも、甘えるのも、甘えられてぎゅーってされるのも、かまうのも嬉しい。


でもこれは違う……なにか、今まで感じたことのない何かが!


「恭文くん、クロスボーン・ガンダムもよく作っているのに……」


というかふーちゃんまで! なんでそんな、ちょっともの悲しげなの!?


「いや、だって……クロスボーンとはまた違うし。
というか、クロスボーンはほんと……キット化したのが奇跡だから!」

「知っている! 聞いているよ! 漫画作品だから、出たのは凄いんだよね! バリエーションがたくさんあるとしてもだよ!」

「ガンプラバトルの発展には感謝だよ! なにせKPSの登場と同時にがーんだから!
今まで出ていなかったキットもどんどん発売予定だし!」

「だよな! つーか今度、ベルガ・ギロスがHGUCで出るんだぞ!? 信じられるか、おい!
この調子で第二期モビルスーツも……ザンスカールとかもどんどん出てさ!」

「そっちならザンスパインが欲しい! Gジェネで一目惚れしたんだ!」

「分かっているな、恭文! それならオレはフェニックスガンダムが! SDでいいからさ! 作り込むからさ!」


さすがにトオルは分かっている! ここまで乗ってくれるのは嬉しいので、全力はいたーっち♪


「トオルさん、恭文さん、私はサイコ・ハロの配備を要請します!」


そこで走る雷……挙手したヤナさんに、トオルと二人鋭い視線を向ける。


「え、あの……やっぱり難しいでしょうか。ハロ尽くしは」

「「………………大歓迎だ!」」

「ですよねー! 分かっていただけると思っていました!」


だからヤナさんともはいたーっち♪

いいねいいね……ああいうハロも混じったら楽しいよ! ボールとかもアリだよ!

というかハロでいろいろできるんじゃないの!? 猫耳付けたりとか! ザクレロっぽいのとか! ボールっぽいのとかさぁ!


「三人とも、落ち着いて! 大好きなのは分かるから……ちょ、目を爛々と輝かせないで! タツヤくんも置いてけぼりだから!」

「おぉそれは確かに!」

「悪い悪い……いやー、ヤナさんも”分かる人”で嬉しいけど、恭文もそうだったとは!
PSA、いい人選しているじゃないのさ! え、事前調査とかあった!?」

「そうだなぁ。護衛対象との相性もあるから、一応簡単な趣味嗜好……プロフィールは確認して、それで適切な人員を配置ってのは念入りな手かも。
指示してきた劉さんって人は何も言わなかったけど、会長代理を任されるくらいきっちりした人だから……」

「おぉ……やっぱそういうの、あるんだな。親父もよく頭を悩ませていたんだよ」

「仕事関係も詳しいの?」

「まぁ血筋ってやつなのかもな」


トオルは照れくさそうにしながら、立ち並ぶガンプラ達を……バトルシステムの登場と発展も影響して、笑顔に満ちた店内を見やる。

自分と同じ質の喜びを、楽しさを……そんなものを感じ取って、笑っている人達を。


「不動産ってさ、ようは街作りの手伝いだと思うんだ。
オレはガンプラを作り出すようになったのも、いつかは親父みたいにデカいものをーって考えたからだし」

「……確かにそうだね。このお店だって、いろんな人の協力があってできたもので……不動産屋さんもその一角で」

「そうして作ったもので、街が……住む人が笑って、楽しんで……そりゃあ時たま壊れたりしてへこむかもだけど、それでも進んでさ。
なんかそういうの、凄くいいなって思うんだよ」


あぁ、そっか……。僕は少し勘違いをしていた。

トオルの笑顔は、ガンプラを、バトルを楽しんでいる人達とは、また違うんだ。いや、同じものを含んではいるけど、それだけじゃない。

そういう、ここには見えない努力を……人を受け入れる街のために、頑張ってきた人達を、大人を思って、こうなれたらって憧れているんだ。


その一番身近な人が、不動産屋さんを営んでいるお父さんってだけでさ。

そういう社長さんじゃなくて、その下で働くいろんな人達に対して、トオルは憧れと尊敬の念を向けていた。


……袖すり合うも多生の縁とか、人は一人では生きていけないと言うけど……それは協調やチームワークを大事にという意味じゃない。

僕が今着ている服(いつもの黒コート黒ロングパンツ&ジャケット)も、毎日の生活で消費する水や食料、電気もそうだ。

今踏み締めているこの奇麗な床だって、誰かの手が関わっている。


床で言うなら、これを作った業者さん一人一人の手が……。そしてそれを預かり、毎日の清掃と管理を欠かしていない店員さん達が……。

もし誰の手がかけても、この床は存在しえない。

割れ続けている窓から”手抜き”が見抜けるように、壊れても、汚れても埋めてくるものから、人の手が、温かさが想像できる。


トオルはその温かさが、街を……人を幸せにするものだって、信じているんだ。


「なら君も、将来的にはサツキカンパニーを」

「いや、それは決めていない!」

「はぁ!?」


だからトオルは、タツヤの……自分と同じという声にも、きっぱりと答えられた。


「確かにそれもアリかもしれない。でもさ……こうも思うんだよ。
オレも親父みたいに、会社を作る……それでここまで育てられたらってさ」

「――!」

「ただ親父の真似をするだけじゃ、会社だって潰しちまう。
だから親父を超えられるように……作ったものを背負えるくらい、デカい男になる! 会社を受け継ぐとしたら、それからだ!」


トオルはぼう然とするタツヤを尻目に……そう続けて苦笑する。


「まぁ、前に親父に言ったら『親不孝ものが』って叱られたけどな」

「……多分それ、照れ隠しだと思うよ?」

「そうかな」

「私もママに似たようなことを言って、呆れられたものー」

「あぁ、そっか……フィアッセさんのお母さんも、滅茶苦茶有名な世界的歌手で」

「それで校長にもなっているけど……うん、やっぱり遠いな」


フィアッセさんは”受け継いだ者”として、それでよいのだと……トオルの頭を撫でた。

トオルもやっぱり照れくさそうに……吐き出した夢を持てあますことなく、抱き締めるように笑っていて。


「……サツキさんが私達を見える理由、よく分かりますね」

「だね」


シオンがそっと囁いてきたので、それには同意。

きっとトオルにもあるんだよ。温かい夢のたまごが……自分だけのキャラが。


ただ、それを僕は……温かく見守るだけでは終われなくて。

……そこで頭をもたげるのが、劉さんから聞いた『万が一の話』で。


「ただよぉ、それを初対面のオレ達にも話すってのが……」

「……恭文、トオルも薄々感づいているぞ」

「だよね……」


やっぱショウタロスも……ヒカリも、あれを気にするよね。

実際トオルはお父さんの仕事に、相応の理解がある。自分が御曹司だと言える程度の立場にいることも理解している。

その上で、末端の人達にも……前線の人達にも、尊敬の念を持っている。立場が違っても、驕ることなく対応できる。


ヤナさんやふーちゃんへの対応からもそれは窺える。……実はかなりの人物になる器、現時点でも秘めまくりなんだよね。

でも、だからこそ……トオルが抱えているかもしれない”不安”も垣間見えてしまって。


≪……まぁそちらの警戒は沙羅さんも行うし、明日には現地に到着するそうですから……また話を聞きましょうか≫

「うん」


身も蓋もないけど、ことは僕がどうにかできる状況じゃない。少なくとも武力は求められていない。

僕ができるのは、直接的な暴力があった場合の備え。それでみんなの笑顔が曇らないようにするための、安全弁……その予備。

いや、予備になるんだって。沙羅さんは今の僕より格上。魔法ありでも勝てない相手の一人だしさぁ。


「……恭文くん、だったら海賊は……ね!? 犯罪なんだよ!? もう夢とロマンを追い求める海賊なんていないの!」


あれ……感慨に耽っていたら、なんかふーちゃんが荒ぶってる! というかなにと退避した!? なにと退避してそういう結論になった!?


「まぁ、それなら海洋学者さんとかだよねー。むしろ深海にロマンがあるかも」

「あぁ、そういうのならまだ……! あとは宇宙飛行士とか!」

「宇宙もロマン…………いや、待って。クロスボーン・ガンダムや、このダークハウンドは宇宙海賊」

「…………やっぱり駄目ぇ! 宇宙は駄目! 海洋学者になってー!」

「なんの指導!? というか落ち着いて! ほら、ふーちゃんも深呼吸!」


――――そんな混乱気味なフィアッセさんとふーちゃんも、結局購入していた。

もはや付き添いとは……護衛とは……そんな問いかけが必要になる状況だけど、ゲッター線の謎よりはマシなはずだ。


「……よし、これにしようっと」

「私はこれー♪」


ふーちゃんはAGE-2の量産機でもある≪HG クランシェ≫。

フィアッセさんは機動戦士ガンダム サンダーボルトに出てきた≪量産型ザク+ビッグガン”≫をチョイス。


「フィアッセさん、量産型ザクのビッグガンセットですか! また渋いチョイスを!」

「実は元々好きだったんだー♪ 戦争の悲壮感や狂気はもの悲しいけど、でも奇麗だよねー」

「分かります! 第二部も楽しみですよね!」

「あの、二人はなんの話を……」

「……ガンプラ初心者のタツヤにはちょっと刺激が強いから……後々、ね?」

「刺激……!?」


さすがの僕も言えない。両手足を義手義足に換装して、それを機械的に接続して操縦する機体が主軸……なんてさぁ。

それ以外にも、青年誌連載ということもあり、ちょいちょいキツい描写もあるから。

まぁそれはさておき……。


「でもタツヤは、今一つピンとこない感じか……」

「……そもそもそっち方面は一切手を出していなかったので」

「じゃあ買うのはまた明日にして、今日は鑑賞会でもする?
映画とかならサクッと二時間弱で一本見られるし、ガンダム関係は作画も凄いし」

「確かにそれなら……」

「私も賛成ですよ、タツヤさん! 特に逆シャアは名作です!
Zの劇場版三作やF91もいいですが、やはり真骨頂は」

「ヤナさん、ここはあえて抑え気味に……徐々に沼へ引きずり込む形で」

「あ、そうですね!」

「沼!?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


タツヤが沼というワードに怯えたその日の夜……。


「……ダークハウンド、やっぱりいいなぁ」

「海賊を止められるように、強く、強く、武装を強化して……!」

「……ふーちゃん、ほんと落ち着こうよ。というか後半は共闘していたでしょうが」


ニッパーでパーツを切り出し、ヤスリやデザインナイフでゲート後を処理しつつ仮組み。

ダークハウンドは一度組んだことがあるから、それはもうサクサクと進む。


「お、大きい……これ、税関に通せるかなぁ」

「……クリステラさん、だから量産型ザク単品でとも言ったでしょうに」

「大きいのがほしかったのー!」


なお、フィアッセさん以外……本体以外にも、大型のビッグガンがあるしね。でも調子はいいから、温かく見守ろうと思います。

それより僕は……。


「しかしEz8は……」


ダークハウンドと一緒に買って、一緒に組んだEz8の方だよ。いや、スタイルはいい。旧キットより格段に進化しているしさ。


「顎が引けない……パラシュートパック、紐がシールはいただけない……!
肩関節軸の稼働も……これもなくしちゃうかなぁ。イメージと違うし」

「駄目な感じか?」

「ううん。Ez8としてはむしろ最高。稼働もグリグリ動くし……足首とか凄いよ。もっと設置性が悪いと思っていた」


ヒカリには大丈夫だと笑う。もうこのまま合わせ目を消して、汚すだけでも嵐の中で輝いちゃうよ。


「ただ、バトルで使うなら、もうちょっと手を入れたいなぁとも」

「地上戦用だからなぁ。フィールドが宇宙とかどうするんだ」

「だから汎用機に改造して……でもそうすると装備は? GジェネでMSV的なカスタマイズはあったけど……」

「でもよ、そうして想像できるのが楽しいよな。元々これだって現地改修機だろ?」

「まぁね」


……Ez8は第08MS小隊劇中で破損した陸戦型ガンダムを、代用パーツなどを用いた現地改修機体。

元々陸戦型ガンダム自体がガンダムの予備パーツを流用やら複製やらで組んでいるから、性能にばらつきもあるし、パーツ自体も不足気味だった。

そこで同系統の陸戦型ジムやら、他の流用できそうな部品での回収というのも、わりと積極的に行われていたんだ。


これもそんな一つなんだけど、同時に搭乗者であるシロー・アマダの意見を取り入れ、より陸戦兵器として実戦的になるようアップデートもされている。


頭部は破損も多かったブレードアンテナから、ロッドアンテナに変更。

吸気口や首関節部への被弾、異物混入を防ぐため、チンガードを増設。

更に薬莢タイプの三十五mmバルカン砲二門を装備している。


胸部はバルカンやランチャーを撤廃し、撃破したザクのシールドを流用した装甲板を採用。

これはBDボックス特典アニメ『三次元の戦い』で活躍したんだよ。

待ち構えていた敵スナイパーのマゼラトップ砲が直撃したのに、耐えて逆転に持ち込んだからね。


で、その装甲板の下には、十二.七mm対歩兵用旋回式バルカン砲。

他のビームサーベルやライフル、マシンガンなどは、陸戦型ガンダムのものを流用できる。そこは状況に応じてって感じだね。

これも人気機体で、僕も大好きで……だからこそいろいろ考えるのかも。


陸戦型ガンダムやその系列……Ez8なんかは、ガンプラで製作やバトル必要な≪創意工夫と試行錯誤≫が詰まっているとも言えるし。


特にEz8は、陸戦型ガンダムの問題点なんかをフィードバックして、実戦向きに改良もしているんだから。

胸部バルカンやランチャーを撤廃したのだって、射角が限られ、有用性に疑問があったからだし。

ブレードアンテナを撤廃したのだって、密林などで破損する場合が多かったから。


だったら僕の創意工夫は……試行錯誤は……そんなことを考えたのかも。

それを言うなら、ダークハウンドだって改修された機体だし……だから余計に?


「……まぁ、じっくり考えるよ。夏はまだこれからだもの」

「だな」


とりあえず仮組みは済んだので、二機のガンプラは一旦箱に仕舞って……もちろん優しく丁寧に。


『……大尉がいなくたって!』


そんな横で、大型テレビにて現在逆シャアが上映中。

夕飯後という事もあり、トオルに至ってはぐでーと寝転がっていた。それでも集中して見てるけど。


『援護の艦隊か!』


とか言っている間に、νガンダム登場シーンだよ。

アムロがいない間にネオ・ジオンが進軍。ラーカイラムを襲撃しているとこだね。

……ケーラのジェガンが追い詰められたけど、そこでアムロが長距離射撃。


ロックオン外な射程なのに、正確にビーム弾をぶち込んでいくんだよ。ただ敵もなかなか。

レズンは命中直前というところで退避し、ビームをすれすれで避ける。そこで『援護の艦隊か!』だよ。


「……僕、このシーンが大好きでさぁ」

「分かる分かる。アムロとレズンの凄さが、数秒にも満たない描写で明確に分かるんだよな」

「えっと」


タツヤはやはりきょとんとしていた。なので左人差し指を立てる。


「まず長距離ビーム一発で、専用機持ちに艦隊がきたと思わせるアムロとνガンダムの圧力。
次にそんな圧力たっぷりなビームを避けられる、レズンの力量。それが動きとセリフ一つで理解できる名シーンだよ」

「普通なら販促も兼ねて、無双させまくるだろうしなぁ。
実際ビーム数発で撃退してないけど、νガンダムが凄いってのは伝わるだろ」

「……」

「あとはここ」


そうしてアムロは更にマニュアル射撃を続ける。

発射元へ方向転換したレズン達は難なく回避していくけど、途中で撤退を決める。その回避の動きが大事なのよ。


「レズン機は動きが最小限だけど、一般機は回避行動が大きい」

「確かに……そうか、これもレズンの力量が伝わるシーンなんだな」

「しかも途中でモビルスーツだけ……艦隊ではないと気づいているにも拘わらずってのがねぇ。
予定外の増援によって、戦力を減らされないうちにというのが機敏だ」

「でも恭文くん、一機だけなら……」

「その一機だけで出された圧力もあるからね。不用意に当たれば怪我をすると踏んだのは、レズンが歴戦の勇士だからこそだよ」

「セリフや結果ではなく、描写で説得力を持たせるとは……」


ビームライフルとシールドだけを持って、アップになっていくνガンダム。


「とても急増品とは思えない……」

「そりゃそうだよ。急ピッチでロールアウトしただけで、中身は質実剛健そのものだもの」

「そうなんですか?」

「そうなの。まぁ後で話すけど……それよりほら、ここからがまたいいんだよ!」

≪二時間の間に、映画的な戦闘と人間ドラマ、政治的策謀……戦争に携わる様々なエッセンスを、ほどよく詰め込んだ名作ですよね。逆シャアは≫


それに目を奪われたタツヤは、トオルと同じ輝きを宿し始めていて。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


タツヤも作りたいガンプラが定まったようで何より。

その間に僕もAGE-2ダークハウンドを作り込んで、トオルと打ち合わせて……と思っていたら。


「……PV撮影?」

「うちの近辺と……あとバトルシステムも使わせてほしいって話でさ。親父が勝手に受けちゃったんだよー」


朝食を食べ終え、片付けも終わった朝の一幕……突然、トオルから申し訳なさげというか、困惑気味にそんな話が切り出された。


「トオルくん、サツキカンパニー……トオルくんの家って、そういうことまでお手伝いしていたの?」

「まぁイメージ通りの撮影場所で撮るために、いろいろ相談されることもあるとは聞いていたけど……こんな早急なのはさぁ」

「そっち方向かー」

「まぁ例の……山仲沙羅さん? その人も同行というか、案内人って形でこっちに来るそうだし、細かい対応は大人にお任せって感じだけど」

「沙羅さんが……」


いや、当然か。なにせ細かい状況精査の最中で、コレが引っかかったんだろうし。

いわゆる監査も兼ねて、そういう形で入り込む……沙羅さんが得意技としていることの一つだ。


「でもフィアッセさん、やっぱり歌手だからそういうのも分かるんだな」

「校長として交渉したこともあるしね。やっぱり無許可で立ち入りとか……そう言えば恭文くんも、前に困る案件の一つだって」

「最近だと、YouTuberとかコスプレイヤーとか……個人での配信者も一般的になりましたから。
知らずに入って……または入られて揉めて、警察も上手く動いてくれないからPSAに相談ーってパターンが激増しているんです」

「……沙羅も軽く頭を抱えていたな。民間の依頼も受け付けてはいるが、こうも相談件数が多いと、専門部署も必要とかなんとかよぉ」

≪土地って単なる財産扱いじゃない部分も大きいですしね。
入られた方も、どうしてもナーバスに対応しちゃうんですよ≫

「そういうのならすげー分かる……。ご先祖から代々受け継いだとか、景観がどうとかで、親父も折衝に四苦八苦したことが何度も」


私有地とか、保護が必要な区域とか……公的な番組やPV撮影となれば大人数で出入りするでしょ?

そういうときにはきちんと許可が必要だけど、人によってはNGという場合もある。そのとき絡むのが、今触れた感情的な部分。

特に建物自体や置かれている物品、生息している動植物が希少で、その保護も必要な場合は、余計に怒りを煽りやすい。


ただ、個人ならともかく、今回みたいな企業案件の場合、それなりの手管がある。

そこで保有に絡んでいる不動産業者にも相談して、お互いに美味く話を通すってことかさ。

あと、そもそもきちんと看板を背負っているっていうのが、一つの証明書たり得るんだよ。責任は持つし、何かあっても取ってくれるってさ。


それでも不安な場合は、そういう”希少品”に詳しい現地の人にアドバイザーを頼んで、慎重に対応ってコースもある。

個人撮影でもきちんとしている人はいるけど、企業のバックボーンは……信頼の置ける大手なら、その辺りも余計に誠心誠意って感じかな。

……なお、今回も話を聞く限りはそっちのコース。ユウキ家のメイドであるヤナさんも、ここの家主代理であるトオルもいるしね。


「つーわけでごめん!」


そこでトオルが、両手をパンと叩いて僕達に平謝り。


「一週間くらい騒がしくなるかも!」

「まぁ僕は仕事で来ているし、大丈夫だけど……沙羅さんとも初対面じゃないから」

「いや、そこまで長期間なのか? 撮影ならパッと撮れば」

「タツヤ、そういうわけにもいかないよ」

「そうそう……時期や天候的に撮れない景色やコントラストもあるしー。
撮影機材なんかのセットもあるし、リハーサルもあるし……もちろんここを傷付けたり、壊したり、怪我とかがないような安全確認もあるしー。
実際はスタッフが前乗りして、そういうのをやった上で本番ーってのが定石だよ?」

「そういうものですか……。
なら、そのPVは誰のものなんでしょう」


おぉそうだそうだ。場合によっては無茶振りもあるかもだし、そこは確認しておかないと。


「えっと、声優さんのユニットで……」

「声優……アニメのアフレコをする人が?」

「お坊ちゃま、最近の声優さんはマルチタレント化が加速しているんですよ?
うたって踊って、それこそアイドルのように活動している人も多いんです」

「恭文くんがTOKYO WARのとき、仲良くなったお姉さんもそうだしねー」

「そうなのか……アムロもうたったり……していないか、さすがに」

「「「あ、それはうたっているから」」」


タツヤの世界を広げるように、ヤナさんとトオルで後押しすると……なぜかフィアッセさんやふーちゃんともどもずっこけた。


「いるのか!?」

「え、そうなの!? そうなのかな!」

「あのね、ふーちゃん、いわゆるカバーアルバムで、古谷徹さんみたいな大御所さんが出る場合もあるんだよ。
その場合それぞれの曲で、カバーしている人は違うんだけど」

「そういうのもあるんだ!」

「そう言えば見た覚えがあるかもー。じゃあ、えっと……トオルくん」

「ちょっと待ってくれ……みんなにもメッセで共有するから」


トオルは自分のスマホを弄り、メールで内容をチェック……。

……それぞれのスマホに着信音が響いたので、取りだし送られた中身をチェック。


「「え…………」」

「や、恭文くん!」


そこで凍り付いたのは、僕とフィアッセさん……そしてふーちゃんだった。


「サウンドラインってところの三人組ユニットで、最近デビューしたばかりなんだって。
ユニット名が≪POP-UP MELODY(ポップアップメロディ)≫」

「……音楽押しまくりな感じなのは、僕でも分かった」

「デビューしたてですけど、かなりの人気ユニットですよ! 三人それぞれのソロ活動や人気もかなりのものですよ!
え、でも……この方々も来るんですか!?」

「なんかファーストライブの合宿も兼ねているみたいでさ。撮影が終わっても、八月いっぱいはこっちで集中して練習だって」


いや、待って。八月いっぱいって、それは僕の契約期間とどんがぶり……ちょっと……ちょっとちょっと……ちょっとぉ!


「その練習時間確保の意味もあるのか…………って」

「……どうした、恭文……というかフィアッセさん達も」

「………………提案ー」


ヤバい、これはヤバい……ヤバい……ヤバい……!


「僕、撮影中避難していていいでしょうかー」

「「「はぁ!?」」」

「あの、事情があるんです! というかほら、さっきフィアッセさんが言っていた、仲良くなった……声優さん!」

「え、もしかして……」

「この中にいるんですー!」


さすがに今顔を合わせるのはー! というかあんな感じで奇麗に終わって、ここで再会!? さすがに台なしすぎるよ!

だ、だから避難……活動の邪魔をしちゃいけないし、ストーカーみたいになったら駄目だし! ここは、遠くから応援する感じでー!


「……トオル、それでこの人達はいつ」

「それもメッセにあるぞ。最初の方に予定日程ーって感じで」

「あ、そうだな……えっと」


そ、そうだ……素数を数えるんだ。ひとまず隠匿する準備だけでも…………!?


「……おい」


今度は僕達だけじゃない。

タツヤも、ヤナさんも、凍り付いた。というかトオルも『ジョークだろ?』って様子で半笑い。


「気のせいか……!? これ、日付が今日になっているんだが」

「……現実だよ。親父に電話して、再確認したから」

「時間……いつ来るんだ!」

「うん、あの……今からだって」

「「今からぁ!?」」

「…………きゅう」


詰んだ……万策尽きた。そんな感情に支配され、椅子ごと床に倒れ込む……。


「恭文くん!?」

「恭文さん、しっかりしてください! お気を確かにー!」

「おいおい、そこまで会いたくねぇのかよ……!」

「距離感を考えすぎたな。もう手遅れだ」

「逆に失礼じゃね、それ!」


ショウタロス、ヒカリ、お願い……そっとしておいて……。

今だけでいいの。僕を……現実から解放して――!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


POP-UP MELODY――通称ポプメロは、天原舞宙(あまばら まひろ)さん、絹盾(きぬたて)いちごさん、春山才華(はるやま さいか)さんの三人からなるユニット。

事務所主催のオーディションに二年前……だっけ? それくらいの時期に勝ち抜いて、声優デビュー。

そこからユニット活動やアーティスト活動に繋がって、今に至るって感じ……らしい。


あと、系列というか方向性が近い事務所さん≪ミュージックレイン≫のTrySailさんとは、あえて方向性を近くして、ライバル的にしているとか。

まぁそういうぶつかり合いもプロモーションの一つで、今後いろいろと二つのユニットで何かできたらなーって……なんか凄いよね。


私も恭文くんから話を聞いて、調べて知った程度だけど、いろんな……試験的なものが見えています。


「……ワンツースリーフォー」

「まいさん、そこはこうじゃない?」

「あ、そっか」

「カメラがこっちだから、あっちよりかなー」

「いちさん、そっちはカメラないよー!」

「え、でもこの点みたいなの……ぴん……ぴん……ピンぼけカメラ!」

「それピンホール!」


なんというか、新人さん……だからなのかな。

まだリハーサルとかもない、撮影の段取りとかを決める段階なのに、決まった端から出番をチェックして、合わせて。

踊って、うたって……光の具合とかもチェックして。傍から見るともう、真剣な空気に飲まれちゃいます。


「でも奇麗……」


あんなストレートでさーっとした黒髪は、私には……うぅ、私はクセっ毛だからなぁ。恭文くんは奇麗だって、褒めてくれるけど。

でも恭文くん、絶対長い髪が好きだと思うんだ。それもああいうストレート。フィアッセさんもそうだし。


「わぁ……生のポプメロですよ、お坊ちゃま!」

「そこまで詳しくないと……こら、肩を掴んで揺らすな! 危ないだろ!
というかトオル、なんでバトルシステムまで貸すんだ!?」

「そう言うなよ……オレも夏の時間が減るのは」

「そうじゃなくて! システムだけなら東京にもあるよな!」

「あ、そっちか。悪い悪い……じゃあこっちに」


確かにそっちは気に入っていたので、みなさんのことは一旦置いて……エントランスから、一旦二階の一室に下がる。

じゃないと邪魔だし……向こうのことは、あの……黒スーツの山仲さんがやってくれるから。


「――なるほど。ではこちらも外周を含め、警戒を続けていきますので」

「お願いします、山仲さん……というかすみません。余計なお手間を」

「いえ、これも依頼の一つですので」


山仲さん、恭文くんと同じ忍者さんだよね。でも戦闘とかするタイプじゃない、本当に秘書って感じで。

というかね、三人に混ざっていても遜色ないんだよ。髪も、スタイルも、肌艶も最高に輝いているし。

もしかして前線とかでドンパチしない人なのかなぁっと…………いや、そこはいいか。


一応私、今回は恭文くんのアシスタントなんだから。話に集中しないと。


「――――ほら、前にちょい話しただろ? うちのシステムは試作品を買い受けたものだってさ」

「……あの試作品を使う映像が欲しいと?」

「そういう話。
PVのコンセプトとしては、避暑地にきた女性三人が、地下で眠っていたお宝を見つけて一夏の冒険って感じで」

「あれがお宝になるのか……!?」

「あともう一つ……レアキットとかがあればなーって話もしていたんだよ」

「レアキットですか……。いや、確か地下の保管庫には、結構な年代物も揃っていましたよね」


いや、ヤナさんもいつチェックしたんですか……!


「親父も暇つぶしで幾つか作ってたんだってさ。そのときのもあるから、
まぁそれも見つつで……なにせスタッフさん、ガンプラとか詳しくない人ばかりだからさー」

「……だからトオルくんにも手伝ってほしいって話になっていたのかな」

「あとは恭文もな。風花さんも昨日とかでも耳タコだろうけど、あれだし……あ、でもヤナさんがいるか」

「そうだな。ヤナは大人だが、その辺りには詳しい……詳しいよな?」

「えぇ! そういうことならお力にならせてください!」


トオルくんはモデラーでファイターだし、本当に触り程度しか知らない人よりは深く”レア度”を測れる。ヤナさんも、恭文くんも元々詳しい。

お父さんもその辺りを鑑みて……かぁ。でも元々作っていたっていうのは驚きかも。


……昨日の街作り絡みもあるし、やっぱり血筋なのかな。というか、いいところが似たというか。


「……だが、ガンダムが分からないと置いてけぼりじゃないのか?」

「タツヤ、いい指摘だなー!」

「笑っている場合か!? コンセプトとして破綻しているだろ!」

「ところがそうでもない。……実はこのPV用の楽曲、ガンダムトライエイジの新弾でテーマソングとして使われるんだよ!
で、それに絡んで、PPSE社主催では初めての公式大会ともタイアップする!」

『えぇ!』

「まだ内密だから、ネットとかの書き込みは駄目だぞ?」


タイアップ……ガンダムと!? いや、アニメやらじゃないとしても、それは凄いよ! 注目度も相応だし! 大チャンスだよ!


「トライ……はい?」

「トライエイジは、ゲームセンターに置いてある、ガンダムのゲームだよ!
ガンダムAGEが出た頃に出始めた……基体から出るカードを使って遊ぶやつ!」


それなら恭文くんとか、クラスの友達もちょっと遊んでいたから分かるので、つい拍手。


「カードを読み取って、ジャンケンみたいな三すくみで攻撃とか、防御をして……」

「そうそう! トライエイジは割りと低年齢層……まぁオレとかタツヤ向けのなんだけど」

「というか、私や恭文くん向けでもあるよ。あれで恭文くんもカードを集めているし」

「……ヤナ、これも一般常識か?」

「えぇ! オタクロードの一本道です!」

「それは常識でいいのかなー」


ヤナさん、これを機会に、タツヤくんをガノタにしようとか考えていませんか!? あの、ガンダムが凄い好きなオタク!

自分と趣味が同じだと嬉しいからって……それはどうなんでしょう! メイドさんとして!

というか目を爛々と輝かせないでください! それを見ると、恭文くんが瞳をキラキラさせているのとか、思い出してー!


「でもガンダムとタイアップって、凄いね……!
アニメのOPをうたっていた人とか、そういうライブイベントに呼ばれることもよくあるし」

「森口博子さんやT.M.Revolutionさん……そんな方々が、アニメの大型ライブで、今をときめくアニメ関係のアーティストさん達とコラボするんですよねぇ」


ヤナさんが言っているのは……あ、アニメロだね。うん、分かる……分かるよ……!

恭文くんと前に行って、凄く圧倒されたもの! ペンライトの輝きがもう……ね!?


「え、じゃあ……割と、大チャンスなのか……!?」

「そこに協力すれば、サツキカンパニーの名前と顔も売れる。
どっちに転んでも美味しいビジネスさ」

「……まぁそういう事情なら納得したし、僕も協力は惜しまないが」

「悪いな」

「だからいいって」

「……あの……」


そこでこんこんとノック……それでつい全員身構える。


「あの、ごめんなさい! 五月蠅かったですか!?」

「あ、いえ。そうじゃなくて……今そちらに入っていった、ソバージュボブロングの子……もしかして、豊川風花ちゃんですか?」

「え……!」


ドアの向こうにいる女性から、私の名前が出て、鼓動が一気に高鳴る。

あの、私達……自己紹介とかはしていないよ? 家主代理なトオルくんと、その保護者代わりのヤナさんが挨拶しただけで。

スタッフさんとの取り決めも、ヤナさんが実にてきぱきして……それから合流して、邪魔にならないよう見ていたのに。


「いきなりごめんなさい。実は……二月に、風花ちゃんの幼なじみさんから、軽く話を聞いていて」

「幼なじみ…………あ……!」

「……とりあえず、入っても大丈夫だよー」


……そうしてフィアッセさんがドアを開くと……。


「ありがとうございます。
あ、やっぱり……見せてもらった通りだ!」


明るく笑う、黒髪ロングで……三人の中では、一番背の高いスレンダーなお姉さんが立っていた。

……あの冬の日、TOKYO WARが起きる直前……恭文くんが仲良くなって、約束を交わした……あの……!


「驚かせちゃってごめんね。どうしても気になっちゃって……」

「い、いえ……」

「ね、もしかしてあの子もいるのかな」

「それは、あの……!」


どうしよう、恭文くん……どうしよう! 私も避難するべきだったかも!


「……怪我が酷くて……入院?」

「いえ、それはないんです! もうしばらく大人しくしていてほしいなーって思うくらいには元気過ぎて!」


下手に隠したら、心配かけちゃうよ! だってほら、忍者さんで、危ないお仕事もしているって知っていて!

しかも特車二課第二小隊と絡んでいたことも知っているんだよ!? TOKYO WAR解決の立役者だった人達と一緒だったって!


現に今も、ちょっと不安そうにしていて……あぁああぁ……どうしよう……私には処理しきれないー!


「……あなたが送ってくれたCDとお手紙も、すっごく嬉しそうにしていたよー。
約束、あんな形で守ってくれるなんて、想像してなかったみたいだし」

「フィアッセさん!?」

「もう話した方がいいよ、これは」

「あの……」

「まぁ、その……恭文くんもちょっと強情だから、連れ戻してきてほしいかなーって」


……こういうとき、大人って凄いと思います。


「連れ戻す? ということは」

「結論から言うと……あなたを避けているの」

「……!」


私はアタフタしちゃうけど……恭文くん、ごめん! なんとか……上手く頑張って!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


今ごろ撮影は順調なはず。僕も見たかった……見たかったなぁ。だけど、だけど……あぁあぁあぁあぁあぁあぁあ!

とにかく落ち着こう……落ち着こうと、木陰に入り、アイスキャンディーを食べていた。

ショウタロス達も一緒に、三人で……穏やかな避暑地の風景を、騒がしい街並みを、高台のベンチから見下ろしていて。


もうお昼だし、軽井沢は涼しいし、外で食事もいいんだけど、いいんだけどさ。どっかのご飯屋さんに行く気分にもなれない。

だってここからなら……ちらっとだけど、サツキ家の様子も見られるから。


だから、ここに来る前に買ったアイスキャンディーを、ペろぺろし続けるわけで。


「……ヒカリ、アイスキャンディー美味しいね。こう、塩味が強くてさ。
おのれじゃなくてもいっぱい食べたくなるよ」

「……それ、ただのミルク味だろ。どこで塩味を効かせているんだ」

「間違いなく涙の味ですね。それも血涙です」

「……ヤスフミよぉ、さすがに無理があると思うぞ?」


やめて、ショウタロス……そのチョコバナナ味が美味しいのは分かる。でも幸せそうにほおばりながら、僕を見ないで。


「PV撮影だけじゃないんだろ? 初ライブに向けての合宿で、泊まり込んで練習もあってよぉ。夏一杯はこっちにいるとか言っていたじゃないかよ」

「だ、だって……ネットを見たら、恋人がいるのを公表したとか、そういう感じで書かれていて!
さすがに駄目だよ! 可能性を生み出しただけでアウトなんだから! (ぴー)から声が出ていないとか言われちゃうよ!」

「そこまでいくとただのセクハラだろ! つーかそのときは言った奴をシメろよ!」

「おのれは文春砲を知らないの!? 最近は声優さんも追われる立場なんだから! シメる前にこっちがシメられるよ!」

「マジか! 文春すげぇな!」

「ショウタロス先輩、流されているぞ……」

「でも、あの人は悲しむと思いますよ?」


シオンもやめて……その抹茶味は美味しいと思うけど、僕をマジマジと見ないで。


「そういう立場にいることは、あの人自身が一番よく分かっていることなんですから。
……それでもああいう形で伝えた想いまで、間違いにするおつもりですか?」

「フィアッセもその辺り、不服そうだったからなぁ。
まぁ無理は言わなかったが……」

「それは、そうなんだけど……でも……!」

≪相変わらずこういうことではヘタレですねぇ。
いつも言っているでしょ? 『みんな纏めて愛してやる』で解決するって≫

「できるかぁ! というか、それでOKなのは紅音也さんだけなんだよ!」

≪蒼姫さんだって怒りますよ?≫

「ぐぬ!」


いや、現時点でフィアッセさんやふーちゃんとか……もうハーレムな感じも近づきつつはあるけど!

でも、でもだよ! それでも別に、女の子と……そういう、ベタベタしたいから……受け入れているわけじゃなくて。


何より僕は…………うぅ……!


「……というか、やっぱり……邪魔したくない」

「お兄様……」


アルトが言うように、報酬と表現するには……少し違う感情。

だけどお姉さんの歌はやっぱり奇麗で、不安だけどそれでもと……目を煌めかせていたあのときより、どんどん強くなって。


それを見ていたら……まぁフィアッセさんにも感じたことだけど、やっぱり……やっぱりって……。


「なにかあっても、責任が取れないよ」


空を見上げる。あの冬の日とはもう違う……見える景色すら違うけど、澄み切った空を。

……情けないのは承知の上で、弱気な気持ちを漏らしてしまう。夏にふさわしくない、じめじめとした弱い自分を。


「同じユニットの人達だっているのに……今だって大事なお仕事中なのにさ。大事な初ライブの前でもあるんだよ?
それで僕がいて、諍いの種になったら……」

≪……だったらぶっちゃけましょうか。
あなた自身あの人に心引かれていて、制御できる自信がないんでしょ≫

「………………うん………………!」

「ヤスフミィ……!」

≪ということなんですけど、どうします?≫

「アルト?」


あれ、待って……つい考え込んでいたけど、背後に気配が。


「――――あの夜のことは、遊びだったの?」

「ひゃああ!」


思わずアイスキャンディーを落としそうになりながらも、慌てて立ち上がって振り返る。

すると……夏らしい青いスカートと上着を着た、あのお姉さんがそこで笑っていて。


「あははははは! イタズラ大成功ー♪」


奇麗な印象を覆すような、意地悪な笑顔で……でも嫌みな感じは全くなくて。

というか、ただただ……どうしてここにいるのかが分からなくてー!


「駄目だよー? 忍者さんなのに油断しちゃ」

「……本当に気づいていなかったんですね」

「オレでも足音でって感じなのになぁ」

「お、お姉さん……!」

「ん……?」


そこで小首を傾げてくるのは、なぜでしょうか。

というか圧をかけて、顔を近づけてくるのはー!


「おかしいなぁ、自己紹介はしたはずなのに」

「……天原さん」

「ん−?」


えっと、待って。なんでまた更に……名字じゃ駄目だと!? いや、でも僕も距離感を。


「約束したよね。今度はちゃんと名前で呼ぶって」


…………なのに、まっすぐに目を覗き込まれてしまう。

少し不満そうに、頬を膨らませて……切れ長で奇麗な瞳に、その視線に射貫かれて。

大丈夫……大丈夫だよと、そう言わんばかりの視線に……数秒……数十秒……それ以上に思えるくらい黙ってしまうけど。


「……舞宙さん」

「はい……よくできました。恭文君」


結局その人の名を……呼んでしまって。

それで頭を撫でられるのも、優しい笑顔を向けられるのも、凄く嬉しくて……いけないことなのに。


(その2へ続く)





あとがき

レナ「はい、というわけでTOKYO WARVer2014で知り合ったお姉さんにも名前が付いて一安心。
今回はビルドファイターズAの最初……タツヤくんとトオルくんの出会いを、Ver2014的に短期連載します。
……これもVer2020のエピローグでまた必要な要素らしいので…………でもそれはそれとして!」


(――興宮のエンジェルモートは、拍手に包まれる)


レナ「少し遅れてしまいましたが、今日はひぐらしのなく頃に業≪鬼騙し編≫のお疲れ様会!
いつものメンバーに、恭文くんも集まって、楽しくお喋りしまーす♪」

恭文・梨花・羽入「「「…………できると思ってんのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」

レナ「はう!?」

恭文「どうなっているんだよ! リメイクと思ったら新作!? しかも一度ハッピーエンドを迎えてまた欠片結び!? どういうことだよ!」

梨花「そうなのですよ! しかもなんですか、あのクソルートは!
圭一の疑心暗鬼を解いたら、レナがアレって! というかレナはなにをやらかしたのですか! 主犯で司会進行ってサイコパスなのです!」

羽入「レナ……やっぱり……あうあうあうあうあうあうあう」

レナ「なにを呆れられたのぉ!? いや、分かっている! 分かっているよ! でもお決まりだから! そこは許してー!」


(さすがに竜宮さんも唖然とした……なお作者も唖然とした! だって単純に新エピソードを描くならともかく、クリア後の梨花ちゃんまで出てくるし!」


圭一「確かにな……つーかよ、新エピソードだったら、今までのゲームでもちょいちょい出ていただろ?」

魅音「巴さんや夏美ちゃんが出る話とかねー。ひぐらしデイブレイクとか、アウトブレイクみたいな外伝作品もそうだし。
というか、今スマホゲーでやっている命もあるしさー。なのにこのタイミングで、堂々とリメイクっていうかリスタートだよ!」

沙都子「というか、おかしい点がいくつかありますわよ!? いつも通りじゃないなら、犯人や背後関係から考察し直しですわよ!」

富竹「そうだね……じゃあ、鷹野さん、まずその辺りから」

鷹野「えぇ、整理しましょうか。……ざっと纏めると、これかしら」


(・綿流し後の富竹・鷹野が行方不明に留まっている。
原作では富竹は村内で喉をかきむしりながら死んでいるのが発見。鷹野はドラム缶に詰められての焼死なのに。どのルートでもそうなのに。

・入江診療所が綿流し後、改装作業。それもかなり大がかり。

・梨花が沙都子と一緒に殺されている。それも部屋の中で、刺されて。腹を割かれて腸を引きずり出されることもなく。

・圭一はレナの襲撃後、一体いつ目覚めた? というか、誰が助けた?

・入江診療所の変化により、沙都子や梨花への影響は?)


鷹野「……行方不明だから、私達が生きている可能性もあるのよね」

梨花「鷹野、吐くのです」

鷹野「いや、私も今回は本当になにも知らないのよ! むしろ羽入ちゃんや梨花ちゃん達に聞きたいくらいだし!」

羽入「ぼくだって似たようなものなのですよ! しばらく出番がなくて寂しいので、ランゲツの毛繕いでもしようと思ったら……アレなのですよ!?」

ランゲツ(子猫形態)「……びっくりしたのー。みぃー」

圭一「まぁその辺りは情報不足だからアレだが……とりあえずレナだよな。思えば一話と二話……綿流し前からおかしかった」

魅音「しかも頑張り物語だからねぇ。つまり……おじさんが美人局に引っかかって、それで揉めたーっていうのが起こっていたんだよ。
で、それでレナは二人を殺めて、遺体の処理をゴミ捨て場にして……そこに圭ちゃんが飛び込んだ」

恭文「レナは圭一が善意で踏み込んできた言動や行動を、『コイツ知っているな』と誤解して……そのまま疑心暗鬼が生じて、アレだね。
だから原作の鬼隠しと罪滅ぼしが同時進行していたルートだった? 綿流しと目明かしが表裏一体だったみたいにさ」

レナ「うん……その前に、みんなに相談する勇気が、あのときのレナにあれば……って、そうだよ。あともう一つあった!」


(本日ある意味主役な竜宮山、拍手をパンと打つ)


レナ「あの、鷹野さんが挙げていたけど……事件後、圭一くんが目覚めたのっていつなのかな! 明確に描写はされていないよね!」

鷹野「えぇ、そこなのよね……。まぁこれからの話次第ではあるけど、このルートであの大異変が起こっていないのであれば……」

恭文「しかも僕達は原作を知っているからこそ……って感じで考察しているしね。
多分だからこそのトラップも張ってあるし、鬼騙しでのレナの状態や異変も、また随時考察更新が必要かも」

富竹「今やっている綿騙し編も、ひとまずは……圭一君が人形を渡したことで、異変が起きる要素はないけど……目が離せないね」

梨花「なんにしても、圭一はまたまた大変な目に遭うのですよ」

圭一「梨花ちゃんの方だろ!? つーか沙都子もだよ!」

沙都子「……次の……祟殺し編のアレンジというか、基づいた新エピソードが怖いですわ。それで年末を過ごして、よいお年をーですもの」

レナ「……レナは……それでみんなに嫌われたら、嫌かな。かな」

恭文「あ、そっかー。祟殺し編でおのれ、自分が裕福なのをすっ飛ばして、圭一にマウント取ってボコボコしたもんねー」

圭一「いや、それは俺もやっちまったからだが!」

レナ「それでもレナは辛いのー!」

恭文「大丈夫だよ、レナ。やらかしたら笑ってあげるよ。コイツまた性懲りもなく、罪滅ぼし相当の話で株を下げることをーって」

レナ「恭文くんは鬼なのかな! 優しさがないよ!」

恭文「笑いごとにでもしないと、どうにもならないでしょうが!」

レナ「なにその力技!」


(出題編では、みんなそれぞれに未熟だったのです。
でも数々の世界を、悲劇を超えて学んだからこそ、奇跡が起こせたのです)


レナ「というかね、笑えないんだよ! レナは全く笑えないんだよ!
ほら、あれで圭一君がぶち切れて、鬼隠しとのミックスルートもあったって……ひぐらしクロスのときに……」

恭文「あぁ、あったねー。適当な感じで足した話が」

レナ「……あんなことになったら、どうしよう」

恭文「……実はそれが、冒頭でやったアレなんだよ。鬼隠しじゃなかったんだよ」

レナ「えぇぇぇぇぇ……!?」

圭一「怖すぎるだろ!」

梨花「…………あのとき私は、魅ぃちゃんの気持ちを、立場を考えてほしいって思った。圭一くんを叱っているつもりだった。
だけど違った。私はただ八つ当たりをしただけ。不愉快な声を上げて、親友を傷付ける”何も知らない子”に、無力さを八つ当たりしただけ。
でも、謝った……謝った! たくさん謝った! ごめんねって……もう一度信じてほしくて、仲間に戻りたくて!
でも、圭一くんは許してくれなかった。私を見るたびに、唾を吐きかけて……言葉で叩いて、近づくなら殴って、蹴って。
そうこうしている間に、圭一くんは……だから庇った。魅ぃちゃんも一緒に庇った。圭一くんに信じてほしくて……でも更に疑われて。
それでも、それでも……手を伸ばした。痛いけど、怖いけど、これは罰だから……でも、大丈夫だよって………………だけど」

羽入「……ぶぉん!」

梨花「…………最後の一瞬……圭一くんに声をかけた。もう一度、信じてほしいって……でも、届かなかった。
圭一くんは怖がって、恐れて、憎んで……こう返したの」

圭一『お前みたいなクズ、生まれてこなければよかったんだ』

梨花「……ぐぅの音も出なかった。だって、こんなことになったのは……」

圭一『沙都子じゃなくて……お前が! 不幸になればよかったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

レナ『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………。
私は、きっと祟りそのもの。私がいたから、悟史くんも、沙都子ちゃんも、圭一くんも、こんなことになった。
……生まれてきてごめんなさい。
生まれてきて…………ごめんな、さい………………」

レナ・圭一「「…………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」

魅音「いや、梨花ちゃんがそのモノローグするの、洒落になっていないからね!? 根幹的にさぁ!」

鷹野「……私が言うのもあれだけど、それで大異変が発生してアレになったら……本当に救いがないわよ」

富竹「ま、まぁ……きっと、大丈夫だよ! ほら、もしかしたら鉄平さんが……『わしを、信じて』とか言うかもしれないし!」

沙都子「さすがにそれはないでございますわよ!?」

ダーグ「ほんとだよ!」

恭文「ダーグ? え、どうしたの」

ダーグ「みんな、ヤバい! 本編やVer2020時空……更にOOO・Remixの歴史が揺らいでいる!」

全員『え!?』

ダーグ「ひぐらし業でリスタート的になっただろ! その影響だ! かなりヤバいぞ!」

全員『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』


(リメイクというかリスタートなひぐらし業。果たしてどう転がるか……今後も注目です。
本日のED:亜咲花『I believe what you said』)


レナ「あ、そうそう……一つ補足です。犬飼建設大臣の誘拐事件……いわゆる暇潰し編のお話ですけど、こちらはVer2020時空だとこの年に起きています。
その翌年に建設現場監督さんの惨殺事件が起こって、オヤシロ様の祟りが続いて……二〇一九年に五年目を迎える形ですね」

恭文「念のためWikiとかで時系列、調べたしね」

舞宙「でも……私もついに名前が公開! いやー、思いついてくれてよかった!」

レナ「そういえばあだ名、まいさんなんですか?」

舞宙「うん。舞宙の『ま』がまいって読むから……まひさんってのもあるけど、それだと……こう、パライズ的なね?」

レナ「納得しましたー。でも……恭文くん、またアバンチュールなんだねー。楽しそうだねー」

舞宙「元祖本編軸でも知り合って、仲良くなったのに……結婚しちゃうしさー!
いや、そのとき私、全国ツアーとかで忙しかったけどさ! でもさ!」

かざね「あたしも元祖本編軸では、そのとき……軽くショックだった」

恭文「なんで揃って、あっちでも出ようと身構えているの!?」

レナ「恭文くんを混乱させたいからじゃないかな。レナにはその気持ちが分かるよ」

恭文「そうだね。僕もレナを混乱させたいから、よく分かるよ」

レナ「やり返さないでくれるかな!」

美山かずら「先輩は全くもう……どこの世界でも変わらずだよ!」

レナ「ほんとだよ! …………って、どちら様!?」

恭文「いや、僕も知らないよ!? 誰!」

美山かずら「あ、えっと……私、プロ棋士で永世名人の美山かずらって言います。
先輩……兄弟子な蒼凪恭文君とはライバルで…………って、ここはどこぉ!?」

恭文「……これも、ひぐらし業の影響……時空の乱れか……!」

ダーグ「あぁ。スーパー大ショッカーやタイムジャッカーの非じゃない! 大事件だ!」

レナ「言っている場合!? 棋士で兄弟子が恭文君とか言っていたよ!? どういうことかな! かな!」


(おしまい)





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