[通常モード] [URL送信]

小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
第25話 『もう引き返せない』

今日の出動について……ヴィータ達と話し合うため、談話室に移動。

ティアナ達の部屋からは離れた上で、お話を聞いてみる。


「……訓練中から気になってはいたんだよ。
強くなりたいなんてのは、若い魔導師ならみんなそうだ。無茶(むちゃ)も多少はする……が、時々度を超えてる。
それは恭文も変わらない。地球の方では忍者で、殺傷設定の戦闘に慣れているってだけじゃない……敵に対して余りに容赦がなさすぎる」

「まぁ、子ども相手でも加減なく……でしたからね」

「これはシグナムにも聞くんだが……アイツら、ここへ来る前に何かあったのか?」


ヤスフミも含めて……ううん、改めてって感じなのかな。

ヤスフミも今日、かなり荒っぽく召喚獣を痛めつけて……殺すつもりで戦っていたし。

しかもスカリエッティとの追撃戦も楽しんでいた様子だった。多分ヴィータは、そこを気にして。


「……蒼凪については…………遺伝子変異絡みで猫の遺伝子が混じっていると話していただろう。アレは大嘘だ」

「え」

「別の方になるが、似たような事例があってな。それで分かったんだ。
……蒼凪に混じっているのは、仙狸という猫の妖怪……その因子だ。
だから蒼凪の考え方や感じ方も、どちらかというとそちら寄りになっている」

「妖怪……!?」

「別名≪妖怪仙人三尾≫。現に蒼凪の尾は二本だろう? あれは妖怪としての力……その位を示す」

「じゃあアイツ、尾が三本まで増えるってことかよ!」


妖怪、仙人……!? え、待って。意味が分からない。妖怪って仙人なの? そうなの?


「そもそも仙狸というのは、中国の存在だそうだ。仙法……神通力という、神に等しい力を獲得した仙人の類い」

「あ、だから妖怪仙人って……」

「そこに発達障害由来の、感覚の偏りもあって……幼少期の蒼凪は相当に危うい状態だったそうだ。当時は……ローウェル事件という薬害事件も絡んで、そういう精神障害や病気に対しての差別偏見も激しくなっていたからな」

「……だから恭文君の肉体も、不安定に揺れ続けていたんですよね。
人間的な肉体と、妖怪的な霊体の間で揺れ動いて、どっちに転ぶかも分からない状態……ううん、それどころか早死にする可能性もあった」

「なのは……!?」

「聞いていたのか」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんから改めて。
……例のミュージアム絡みのドタバタで、二人も聞かされたそうなんです」


あぁそっか。教導官だし、体調とかも気をつけなきゃと改めて……そうしたら、そんな話が出てきたと、なのはは後悔を滲ませていて。


「妖怪だから私達よりずっと長生きして、一人ぼっちになる可能性すらも……それを見過ごせず、グレアムさんやヘイハチさん……レティさんが、身体的な長期鑑査も続けてくれていたと」

「そうだ。それでひとまず……寿命などの問題もなく、子作りなども大丈夫と太鼓判が押された。
だがそれも本当に十三歳になるかならないかまで……ずっとだ」

「じゃあアイツ、それまでは……ほんと、自分がいつ死ぬかも分からないような感じで」

「斬れなければ死ぬ覚悟をと簡単に言っているようだが、実際は違う。……そうでも考えなければ、何もできないほどに恐怖し続けていたんだ」

「…………!」

「ヤスフミ……」


……本当に、どんな気持ちだったんだろう。

明日死ぬ、今日死ぬ……そんなことを考えながら生きていくの?

私も、生まれが特殊だから、その辺りの検査で不安だったから、よく分かる。


それは普通の子どもが過ごしていい時間じゃない。だけど……だからって気楽に明日があるさと割り切れるものでもなくて……!


「だから結婚や恋愛なども……実は相当に怯えていたんだ。当人はその頃まで迷い続けていた」

「フィアッセさんや風花ちゃん達がいても、ですよね。
……それで、その辺りを改善するきっかけが」

「天原舞宙と、雨宮嬢だ」

「……例の、声優さんの彼女と……女神様だっけか?」

「蒼凪にとっては、いろんなきっかけをくれる女性だからな」


そうだ、言っていた。女神様だって……それで動画配信も始めたって聞いたときは、ビックリしたけど。


「舞宙もなかなかに気っぷのいい江戸っ子気質でな。考えすぎるきらいがある蒼凪を上手く引っ張り、支えてくれたんだ」

「……それで、そういう妖怪的なキャラを改善は」

「それは無理だ。アイツは“それも自分”だと受け止める構えだからな」

「それでいいのかよ……!」

「たとえ自分が怪物という色は変えられなくても、そのカードには救える未来がある。
そう証明するのが、蒼凪の戦いだ。それでなければ意味がないんだよ」

「…………」


……本来なら憎んでもいい色。ない方がって……思わないはずがない色。

それでもヤスフミは、そんな未来があるって信じて、大事にするって決めている……かぁ。


「だから、それでもよ……」

「ヴィータ副隊長」

「アイツは、うたって、誰かを喜ばせることだってできるんだぞ」

「あぁ」

「琴乃達といろいろやっているのも、動画で見たよ。イラストMVPも凄い奇麗だった。
なのに……なのによぉ……!」


シャーリーに宥められながら、ヴィータは嗚咽を漏らす。

……やっぱり、ヤスフミが戦う相手に容赦がないの、気にしていたみたいだし……なんとか修正できたらとも思っていたみたいだけど、無理だよね。

だって……それならヤスフミは“全部分かっている”し、そういう非情な自分も誰かを救えるものなんだって、信じたがっている。受け止めたがっている。


その気持ちを否定して押しつけても……ああもう。もっと早く聞けたら……うん、こんな話ほいほいできないんだけど。


「まぁいろいろ納得はしました。……シャマルさんがラプターの”殺害”を制止しても、全く止まりませんでしたしね」

「たとえラプターが生きた存在だとしても同じだ。
その価値を、可能性を見下げて殺すようなことは、アイツは決してできない」

「……それでも刃を振り下ろす非情さ……ううん、非人間性って言うんでしょうか。
そういうものが、あの優しい性格と入り交じっているのが、なぎ君なんですね」

「シャーリー、それは……」

「その通りだ」

「シグナム……!」

「それは刀と鞘の関係に近い。鞘という人間性があるから、刃を制御し、武器にできるんだ。
……まぁ、シャマル辺りは……いや、分かってはいるんだ。だが、アイツの場合恐れているのは、スバル達に拒絶されることだろうな」

「ヤスフミが、スバル達に?」

「幼少期、不安定と言っただろう。
……人とは違う外見や考え方もあって、大人も含めた周囲から、相当距離を取られていたようだ」


それは……いや、そうか。シャマル先生、それで……ここは地球と違うから、もしかしたらってずっと心配していて。


「……でも明日、他の機動課と査問会ですよね。
そこにシャマルさんも呼ばれているってことは……かなりマズいですよ」

「無論私や主はやてもな」


あ、そうだよね。つまり六課は……私も同じだ! 物凄く立場が悪くなる!

それでシフト変更とかになったら……致命的すぎるよ!




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ここまでのあらすじ…………私達、悪手打ちをしていたみたいです。明日の査問会……大丈夫かな!


「シャーリー……それは、万が一を考えてとか……そういうのじゃ駄目なのかな。それなら」

「そうしてEMP墜落の危機を招いたのが、去年のヴェートル地上本部であり、私達ですよ。
……GPOやEMPDの行動には批判もありましたけど、検証でかなりギリギリだったのは立証されていますし」

「今回も同じ”テロ行為”だから、やっぱり……厳しい対処を取れないと、意味がない?」

「なぎ君やなのはさん達が最初に説明した通りってことです。
……テロリストに与するということは、世界の敵になるも同然」

「そしてなのは達はまず、そんな相手を前に自分自身を守らなくちゃいけない……厳しい話だよ」


これも、トリアージってことみたい。そうして甘さに……奇麗事に流される私やシャマルさん達は、確かに悪だった。

だって、それで結局誰も助けられていないんだから。それが本当に悔しくて……つい、拳をキュって握っちゃう。


「ロングアーチ内でも、今回の指揮については疑問に思うところが多いんです。
そもそもなぎ君が転送の活用やら、ジュエルシード登用のタイミングも指摘したのに、それでなお……ですし」

「……アタシら、信頼できる上司じゃないってことかよ」

「はっきり申し上げれば。更に言えば……それでなおなぎ君やティアナがやり過ぎたみたいなことを言い出すヴィータ副隊長には、どん引きです」

「シャーリー、それは……」

「フェイト、いい。……それについては、アタシ自身そう思うよ。
ただな……」


それでも……それでもと、ヴィータは不安を漏らす。


「まぁ、恭文については大丈夫だ。今のも胸に納めておく」

「……本当ですか?」

「仕方ねぇだろ? ……アイツは、自分の全部が必要だって……証明したがっているんだよな」

「あぁ」

「だったら、教官のアタシが、アイツの願いを否定するわけにはいかねぇだろ! ……普通とは違うって意味なら、いろいろ分かるしよ」

「……そうだな」


だから、ヴィータは強がって笑う。妖怪だからどうこうじゃない。だったら自分も全部受け入れるって……それは安心なんだけど。


「あとはティアナ、なんだが……」

「……ティアナは何が気になるんですか」

「アイツ、アタシやシグナムのこと、殺してもいいやって対応をしていただろ」


ヴィータはそれを恐れていたのだろうか。ううん、違う。

ただただ潤んで揺れる瞳には、もっと別のものが渦巻いていた。


「今日のことだけじゃないような……そんな感じがするんだよ。
なにか、なにか……アイツの傷というか、触れられたくない部分に踏み入ったというか」

「……それならまぁ、私も納得ですけど……」

「……私も感情的になってしまっていたが、冷静に考えて気づいた」


シグナムは自嘲も込めたため息を、深く……深く吐き出す。


「アイツはただ、自分の力を誇示しようとして……あんな無茶を通したわけではない」

「えぇ。ティアナはちゃんと、周囲を見ていました。だからミスショットの可能性も自分で防げた」

「ならばその理由は……私達が煽ったものは、一体なんだ。
無論人づてに話し辛いことならば、遠慮はするが……」

「…………なら、この件はできるだけ口外禁止で。ティアナのプライバシーにも深く関わることですから」


展開された空間モニターに、オレンジ髪の男性が映る。空士制服を纏(まと)う、誠実そうな人だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ティア、やっぱり……私もそうだし、お兄さんのこととかも……気にしているんだよね。

だってそうじゃなかったら、私に当てる可能性も考えて行動しない。だったら私に……パートナーとしてできることはなんだろう。


そんなことも考えながら、キャロと一緒にお風呂に……うん、今回はシャワーじゃない。

共用の大きなお風呂で、のんびりと……そう言えば恭文、なんでアイスを駐機場に……謎だ。


まぁそれはそうと……。


「ティアさんの、お兄さん?」

「うん……」


軽く髪を纏めているキャロには、お風呂の中で……ちょっとだけ、ティアの過去を教えてあげる。


「ティーダ・ランスターさん。
ティアは小さい頃に両親を亡くして、そのお兄さんが十歳まで育てくれたんだ。
ティアの射撃もね、基礎はそのお兄さんが教えてくれたものなの」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「当時の階級は一等空尉、所属は首都航空隊……享年、二十一歳」

「結構なエリートだ」

「うん……エリート、だからだったんだよね」


…………そこでつい、胸が痛くなる。

私もあの子が執務官志望で、何か力になれるかなと思って……いたら……これだったし……。


「逃走中の違法魔導師を追跡中、手傷を負わされて……犯人を取り逃がしたんだ。
犯人はその日の内に、陸士部隊が協力して確保したけど……その件で、心ない上司がちょっとヒドいコメントをしたの」


あの子は亡くしたんだ。両親がいなくなってから、仕事をしながらも育ててくれた……そんなお兄さんを、十歳で。

でも……不謹慎な話だけど、そこまでで終わればまだよかった。


そこまでで終われば、ティアナの傷は浅かっただろうから。


「結果その人は、レジアス中将の怒りを買って手ひどく局を追われた」

「………………あ、知ってます! 一時期騒がれていたじゃないですか!」

「シャーリー」

「簡単に言えば誹謗(ひぼう)中傷ですよ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


お風呂から上がって……エリオもちょうど一緒だったから合流して。

そうしたらタイミングよく、恭文もアイスを持ってきてくれて。


だから四人で寮の談話室に入って……もらったアイスと、ジュースで乾杯……なんて感じじゃないけど。


「犯人を追い詰めながらも取り逃がすなんて、首都航空隊の魔導師としてあるまじき失態で。
たとえ死んでも取り押さえるべきだった……とか。
もっとはっきり言えば……」

「任務を失敗するような役立たずは、首都航空隊どころか管理局の恥さらし」


少し……その最後を言いよどんでいると、恭文が面倒そうに頭をかいた。


「そう公式にコメントしたんだよね」

「そんな……」

「恭文、知ってたの!?」

「知っていたというか、わりと一般常識な事件になっているのよ?」

≪首都航空隊……引いてはミッド地上の第一線で働く魔導師や局員達を、侮辱したような発言ですからねぇ。
当時のマスコミも大騒ぎしたし、局の労働組合も憤慨。
レジアス中将が問答無用で発言した上司をこき下ろし、クビにしたことで何とか収まったんですよ≫

「それでも翌年の入局志願者は低下したっていうしねぇ。
……近年話題になりやすい、ブラック企業の話と絡める人も多い」

「そっか……」


調べた云々じゃなくて、本当に……一般常識として、かぁ。

あはははは、私……駄目だな。ちょっと冷静じゃないのかも……というかその局員の娘でもあるのに。


「まぁだからこそ理解できるよ。……シグナムさん達が無責任に言った言葉が、どんだけあのツンデレを追い詰めていたかは」

「ん……でも、それだけじゃないの! 恭文なら分かるよね!」

「エリオとキャロ、おのれのことも含めて突っ走ったってのは、まぁね」


ちょっと乱暴に頭をかくけど、それでも分かる……恭文がティアの気持ち、察してくれているのは。

それが大事なことで、放っておけないのも……うん、分かるよ。

恭文はティアと同じで捻くれたところもあるけど、本当は凄く真っ直ぐで優しいんだから。


「僕達のことも……?」

「というより、スバルか」

「……お母さんが亡くなった話は、したよね。
実はね……その理由とか、よく分かっていないの」


私に説明させてくれる……それに感謝しつつ、二人には少しだけ……重たい気持ちを吐き出す。

……ティアも知っている……私達家族の傷。


「というより、全く教えてもらえなかった。ただ秘匿任務中の事故だってだけで」

「待ってください! それ……おかしくないですか!?」

「だって亡くなったのは、クイントさんだけじゃなくて……あの、お友達のメガーヌさんとか、部隊の方々も」

「だから、父さんもちょろっと漏らしていた。
母さんは局にとって都合の悪いものを見て……それでって」

「で、ティアナもその話は知っていた。おのれも自分と同じく……局の権力……上司や組織の都合で、家族を好き勝手された身だと」


そのまま全部吐き出しそうになっていると、恭文がサクッと纏めて……それにも感謝しながら、小さく頷く。


「ティア、ただ一人で無茶しようと……しただけじゃないの。
エリオ達のことも……私のことも、ちゃんと家族のところに帰そうって……守りたいって、思ってくれて……」

「……でも、それでどうして局員に」

「ティアは、証明したいんだよ。
お兄さんが教えてくれた魔法は……お兄さんの射撃は、役立たずなんかじゃない。
どんな状況でも、どんな相手でも、どんな任務でも撃ち抜ける凄い魔法だって。
それでお兄さんが叶えられずに終わった……執務官になるって夢も叶える。
ティアが……あんなに一生懸命なのは、そのせいなんだよ」


エリオとキャロが神妙な顔で黙って…………恭文は…………。


「…………………………最悪だ」


頭を抱えて、派手に突っ伏した……。


「あの、分かってるよ! 恭文は……自分で調べて、突き止めたいことがあるって!
これはあくまでティアの問題だから、それに合わせてどうこうとか、そういうことは」

「……そうじゃない」

「え……」

「おのれ、メガーヌ・アルピーノさんについてはどれだけ知っている?」


急に話が変わった。ううん、きっと恭文にとっては変わっていない。これは、その続きという意味で……だから私も答える。


「えっと……召喚師で、母さんとは子ども時代から親友で……………………召喚師!?」

「姿見はこんな感じだったそうだよ」


そうして、恭文が展開したモニターを見て……悲鳴が出そうになる。

だって、だって……それは……どう見たって……! しかも一緒に写っている男の人は!


「恭文さん、これ……!」

「くきゅ!」

「僕はね、六億稼ぐのよ」


いや、まだ倍額のまま…………あぁ、ハーレムを応援している身としては辛い。

それでツッコめないでいると、恭文はさっと顔を上げる。


「そりゃあもう、ドロドロの欲望塗れだよ。なにせこの一年に、人生も賭けているんだから」

「……うん」

「でも幾つか決めてる。
……手段は選ばない。使えるものはなんでも使う……それで」


恭文はそれからすぐにアイスを……”爽”を食べ終わって、両手を合わせてご馳走様。

それから空いた箱とスプーンを持って立ち上がった。


「絶対に自分は泣かせない。
……だから、ちょっと寄り道してくる」

「寄り道って……」

「今日は課長だしねぇ」


それだけでよく分かる。恭文がティアの……私達のためにって……!

ティアが、私達が……部隊がこのままなのは、自分が泣く……放っておけないって!


「恭文さん……!」

「なのでおのれらも、しっかり腹を決めること。OK?」

「はい、課長!」


恭文はエリオの頭を撫でて、そのまま部屋から出た。

……だったら……まずは……うん、そうだね。パートナーとして動いてみよう。


それでティアの気持ちを受け止めて……その上で……なのはさん達とも。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――ティアナはそのとき、まだ十歳」


なのはも悲しいと……胸が張り裂けると言わんばかりに、瞳を潤ませる。

教官として、女の子としても距離が近いから、余計に思うところがあるみたい。


「唯一の肉親が死んだ上、その最後の仕事が役立たずと蔑まれて……どれだけ悲しくて、傷ついたか」

「だが処罰は……いや、そういう問題でもないな」

「でもそれだけじゃない。……ティーダ一射は空戦魔導師。ティアナも最初は同じ空戦魔導師志望。
でも適正がなくて士官学校に入れず、陸士学校に……スバルとはそこで出会ったの」

「だから将来的には空戦訓練をして、空戦魔導士に転向予定だったのか。
そうか、アイツは一度……夢を否定されて」


そういうところもヤスフミに似てる。

……ヤスフミも大事な夢、ひび割れていたそうだから。

一緒に歩いて……一緒にお話する中で、少しだけ教えてもらった。


その……友達と殺し合うって流れ、どうしても気になって。いろいろ、聞いたから。

とにかくそれで、ヤスフミは魔法使いになった。というか、あのメモリはそういう『絶望』を希望に変換できないと、使えないそうなの。

それもどういう意味かは分からなかったんだけど、さっきの……仙狸絡みを聞いて、ようやく理解した。


ヤスフミはそんな『絶望』も、誰かを助ける希望になれる……そんな魔法なんだって、そう信じられる子だったんだ。

だから……正義の味方? それって、警察とか管理局に入って、人を助けたいってだけじゃないんだよ。

世界なんて関係ない……場所なんて関係ない。ただすれ違った誰かも、知らない誰かも守れたらって、そう思って、足を動かして……あぁ、ここは正反対なのかも。


ヤスフミは現状で夢が叶っているとも言えるけど、ティアナはまだで……でも似ているから、だから……引き合っちゃうのかな。


「なのは、フェイト、ありがとな」


ヴィータ達も納得はしてくれたみたい。でも表情は、とても悲しげだった。

同情なんて感じじゃない、ただやり切れない。そんな表情を浮かべ続けていた。


「でも……アイツが若干冷めてるのとかも、これが理由か」

「アイツはそもそも管理局を、上の人間を信じていない。そして今日の私達は、この上司と同じか」


シグナムは悔しげに拳を握り、それでテーブルを叩(たた)く。

自分への怒りをぶつけても、シグナムの拳はずっと……ずっと、握られたままだった。

……あ、そうだ。もう一つ大事な話があった。忘れちゃいけないと拍手を打つ。


「それとティアナは、スバル(ナカジマ家)のことも気にして、無茶(むちゃ)したのかも」

「ティアナがその事情を知っているかどうかは、私やフェイトちゃん達にも分かりません。
さすがに聞けないし……でも知っているなら、局や上司への不信感は更に強くなるのではと」


悲しいことを理由に、心を閉ざす……いろんなものから距離を取ってしまう。

その気持ちは、私には分かる。それは私達自身が犯してきた過ちだから。

でも、ティアナにはどうすればいいんだろう。私達は今、あの子が疑い、憎む【偉い人】なのに。


それに単なる不審じゃない。あの子が優しいから、友のことを思いやる子だからこそ見せる迷い。

少なくとも私達はそう思っていた。


「…………おのれらは物の見方が甘いねぇ」


あれ、この声は窓から…………というか、部屋の窓が開いて……ヤスフミがー!


「おま、なにしてんだよ!」

「見て分からない? 不法侵入の練習だよ」

「だったらやめろてめぇ!」

「勝手に人の戦闘スタイルに文句を付ける副隊長には、言われたくないよ……っと」


ヤスフミ、一体どこからいたの!? 結構前の話だよ!? どこから聞いていたのかな!


「つーか斬り合いなんて、生きるか死ぬか……最後は気合いでしょうが。
半端な同情で甘い顔をするから、エルトリア事変や闇の書事件でも被害を拡大させたんだよ」

「いや、その前に体勢! 不法侵入の現行犯にだけは説教されたくねぇ!」

≪なのなのなーのー≫

≪どうも、私です≫

「お前らも止めろよ! デバイスだろうがぁ!」


平然と窓から入ってこないでー! というか一応関係者なのに! 普通にドアからとか……ねぇ!


「まぁまぁヴィータ、そんなことより」

「そんなことで済ませていい状況かぁ!?」

「……アフターフォローをするなら、早めにしておいた方がいいよ。
ティアナ、自主練を始めていたから」


ヤスフミの声のトーンが一段下がって……止めようとした私達が、逆に制される。


「自主練……恭文君、どういうこと!?」

「……今日の件、ライズキーありでも時間稼ぎがやっとだったからか……」

「ヴァイスさんも気づいていたんで、折りを見て注意してもらうよう頼んできました。僕はまたフラっと出かけるんで」

「サラッととんでもないことを交えてくるよね、恭文君は! というか訓練は!?」

「九億稼ぐために、調べるべきことがあるのよ。……まぁ今回はすぐ戻る予定だから。
改めてシャマルさんにも、きちんと妻とセックスフレンドのどっちかがいいか問い詰めないといけないし」

「そこはどうでも……いや、大事だね! そこをはっきりさせるのは大事だよ!」

「元々中途半端ゆえの暴走と言えるからなぁ……! だが蒼凪、お前」

「……一人で、スカリエッティを追うつもりかな」


面倒だからすぱっと本題に触れると……ヤスフミは、悪びれもせず肩を竦める。


「でもちょっと落ち着こうよ。せっかく犯人も一角と言えど捕まえたんだし……ちゃんと事情聴取する機会を待って」

「その前に調べることがあるのよ」

「ふぇ?」


ヤスフミはそこで、右手を挙げて……モニターを展開。

そこに映るのは、ヤスフミが接近した召喚師の子。それと………………え…………。


「おい、恭文……”こっち”のはなんだ」

「メガーヌ・アルピーノ」


それは、召喚師の子と髪型とか、顔立ちもよく似た……陸士制服を着た女性で……!


「クイントさんともども、ゼスト隊に所属していた魔導師だ」


メガーヌ・アルピーノ……そうだ、その名前は……私も聞いている!


「恭文君の姉弟子さんとも親友だったっていう!?」

「……蒼凪、メガーヌ女史の使用術式は」

「ヒロさんの話だと、虫系の召喚術士……古代ベルカ式ベースだったそうです。
デバイスはブーストデバイス≪アスクレピオス≫」

「キャロと同タイプか……」

「いや…………それどころか、今日召喚師が使っていたものと同じですよ!? ちゃんと銘が刻まれていましたし!」

「おい、それは……」

「その前にもう一人……コイツも見てくださいよ」


次に映し出すのは、その召喚師の脇にいたグレイブ持ちの男性。

そちらと並行して、今度は…………同じ顔の陸士服を着た男性が……!


「ヤ、ヤスフミ!」

「……ゼスト・グランガイツ。首都防衛隊所属のオーバーS……ストライカー級魔導師だ。
なおコイツもゼスト隊壊滅事件の際、死亡扱いになってる」

「おいおい、さすがに笑えねぇぞ……! 死んだ魔導師とくりそつの奴が二人かよ! いや、一人はちびっ子だけどよ!」

「それがねぇ、このメガーヌさんには娘がいたんだけど…………ゼスト隊の事件が起きた直後、局の託児所から消息不明になってるのよ」

「なぎ君、その子の年は!?」

「そのときだと一歳。生きていれば……十歳前後になっているはずだ。
でね、名前が≪ルーテシア≫らしいのよ」


………………そこで、ゾッとしたものが頭の中に浮かぶ。


「今日逮捕した召喚師の子と同じ名前……!」

≪しかもヒロリスさんとゲンヤさんから聞いたんですけど、ゼスト隊は……前々から戦闘機人の事件を調べていたそうです≫

「…………戦闘機人とガジェットの製造犯……少なくともゼスト隊が調べていたものは同一犯。
そこで口封じをされたわけか。AMFや戦闘機人を悪用して……抵抗も許さず」

「だがよ、娘を攫ったのはなんでだよ。まだハイハイもできるかどうかって感じだろ」

「……人造魔導師素体…………」


だからヴィータの疑問にも、よどみなく……自然と答えられた。


「その子も高い魔力素養があったと仮定するなら……あの男が……!」

「……ジェイル・スカリエッティが男だって証拠、どこにあるのかなー」

「はう!?」


ヤ、ヤスフミがまた意地悪を! いや、でも……反論できる! 今回は反論できる!


「だってほら、通信! 通信画面で! まだ解析していないけど、声も入ってたんだよね!」

「姿や声を変えているかもしれない。目くらましのために」

「はう!」

「外見が男でも、実は性別などもない人造生命体かもしれない」

「はうはう!」

「ねぇフェイト、どこなの? スカリエッティが男だって証拠がどこにあるの?
もしかしてスカリエッティと知らずデートして、メイクラブしちゃったの?
スカリエッティのスカリエッティにキスして、そのおっきな胸で(ぴー)したから分かるのかな?」

「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


なんか凄いセクハラされたぁぁぁぁぁぁぁ! と、というかアイツと……いやだいやだいやだ! 私だって夢があるのー!


「違うよ違うよ! そんなことしてないよぉ! だって、私……なのは達と同じでバージンだしぃ!
それにお(ぴー)を見たのだって、ヤスフミのが初めてだったしぃ! おっきいのを見るの、ヤスフミが初めてだったしぃ!」

「だから、平然となのは達を巻き込まないでくれる!? というか恭文君もセクハラしないの!」

「え……これ、実際にあったことなんだけど」

「あったの!?」

「シャフトエンタープライズが起こした事件……グリフォン事件の主導だった男はね、とある捜査官に香港でハニトラを仕掛け、いろいろ楽しんだそうなのよ」

「「嘘でしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」


だったら反論できないよー! だって、そうじゃないって証明も今はできないし!

というかこれ、裁判でノラリクラリと無罪を勝ち取るテクニックー! ヤスフミはほんと、どこでこういう技術を身につけているの!?


「ま、まぁそれは我々も注意するとして……」

「ねぇねぇ、スカリエッティの(ぴー)は気持ちよかった? 好きな体位は? 一晩何回くらいしちゃったの?」

「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「ほらほら、答えてよー。というか、答えられなかったらおかしいよ? そうでもないと男だって分かるはずがないもの」

「そうなの!?」

「そうだよ。おのれは堂々と……宣言し続けていたのよ?
スカリエッティとセ(ぴー)して、とっても気持ちよかったですーって」

「ふぇぇぇぇぇぇ! ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


そこで鋭くゲンコツ……でもヤスフミはすっと回避! 回避しちゃったよ!


「とんでもないセクハラをするな……!」

「シグナムさん、今日の昼間なにがあったか知っていますか? それはもうヒドいことがあったんです」

「最低な言い方になるが、それはそれ! これはこれだ!
……まぁお前の言いたいことは分かったがな」

「ですね……。彼らが死人だと言うのなら、それまでの足取りが疑問ですよ。それも八年もの時間が経過していますし」


あ、そっか。局に相談もなく犯罪者側にいたとしたら……ヤスフミ、その辺りの経緯を調べるつもりなんだ。

もしスポンサー的なのがいたら、なにかしらの証拠が……って、それは危ないよ!


「あの、駄目だよ! だからそれもちゃんと……こっちで調べるから! 今も言ったように、事情聴取もするし!」

「何度も言ったでしょうが。正当な捜査ルートで得られる情報は、信用ができない」

「でもヤスフミ一人は危険だよ! あの、私も協力するから……」

「え、嫌だよ。捜査対象とセ(ぴー)楽しみましたーって宣言し続ける捜査官と一緒とか……」

「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「だからそれやめてやれよぉ! 少なくともそんなことだけは言ってなかったはずなんだよぉ!」

「そうでも考えないと納得できないでしょうが……」


なにそれ! どういう理由なのぉ!? というか楽しげに笑わないで! 平然と空いた席に座らないでぇ!


「ただ……おのれらはその前に、ティアナのことでしょうが」

「ふぇ!?」

≪スバルさん達も激おこぷんぷん丸でカムチャッカファイヤーですからねぇ。上手くやらないと前線メンバー瓦解ですよ≫


あ、そうだ。そっちがまず……査問会はあるけど、上手くやらないと本当に部隊崩壊だよ!


「だからね、指を詰めようよ。何も言わずに指を詰めて、それを一人一人に送るの。そうすればさすがに許すよ」

「別の問題が引き起こされるだろうが! つーかどこの組がやった! それも実体験か! そうなのか!」

「じゃ、じゃあなぎ君、見方が甘いって言うのは……ティアナの自主訓練絡みで?」

「それだけじゃないのよ」


かと思ったら、右人差し指をピンと立ててきた……。


「そもそもティアナは、管理局の怠慢……組織の傲慢によって、兄を二度も殺されたわけでしょ?」

「まぁ、そうだよね。死人に口なしで鞭打たれたわけだし………………あぁ、そっか……!」

「そういうこと」

「あの、シャーリー」

「ようは……そんな不信感ギラギラな組織の一員になる理由……というか、どうやって怒りを飲み込んだのかって辺りですよ。
今話したのは”局員になった理由”ですけど、もう一段階壁があるんです」

「ァ……」


ヤスフミを見やると、その通りと頷きが返ってくる。


「実際ね、混浴したときに……ちょっと漏らしていたのよ。
自分のやっていることはお兄さんの模倣で、中身は空っぽなんじゃないかってさ」

「……えっと、ティーダ一尉が局員で、そのコースで執務官になったから……ティアナもただ辿っているだけ?」

「そう」


そんなことは…………ないとは、言えないんだよね。だって道は一つじゃない。

たとえばIMCSのような、民間魔導師による格闘競技に身を投じてもいい。

執務官資格についても、民間でも取得可能だしね。


どうしてそこを選んだのか……選べたのか…………それも確かに、考えていくべきことだった。


「でも、民間取得が可能と言っても、決して軽い道のりじゃないよ? 私もだから局員になって、研修を積んできたし」

「まぁね。誰かしらの推薦や後押しをもらうのもフリーだとなかなか……何より勉強に割く時間と金銭的コストも厳しい。

「管理局員なら、その辺りは一石二鳥の最短ルートなんだよね……。
でもティアナ自身には、執務官になって、やりたいことがあるかどうかは……なら余計に強烈なんだよね、そのキッカケは」

「……実は今日、襲撃前……ティアナに軽く相談されたんだ。
恭文君も含めて、六課に集められた戦力層が余りに異常で……何か悪い企みがあるんじゃないかって」

「いや、異常って……アタシら身内が固まっているだけだし」

「その身内だって、基本は所属がバラバラ。それを年単位で調整して、ここに集めた。
なのはもレリック事件の重要度から……はやてちゃんの夢もあるからって、そう思っていたけど」


でもなのはは、それとは違う危惧を……ティアナに近い疑いを、明確に持っているようだった。


「……はやてちゃん、初出動の後……恭文君を引き留めるのに必死だった。上から目線で命令までして」

「……らしくないご様子だったのは、我々も知らない何かがあるせいと……それをティアナも勘づいている」

「しかもはやてちゃん、ティアナに約束しているそうなんです。
スバルはそれでも……局の正義を信じている子だから、裏切ったり、利用することはしないって……」

「それもやべぇな……! はやてが隠し事しているとは考えたくないが……つーかそれだと、今日のアタシ達も最悪だぞ!」

「あの、ティアナの疑いを……強めているってこと!?」

「それだ! なのは、やっぱ……ティアナとちゃんと話すぞ。もちろんスバルやエリオ達ともだ」

「……うん、そうだね。改めて……手を伸ばしていくべきだって思う」


私も、シグナムも問題なしと頷くと……ヤスフミはすっと立ち上がって、部屋から立ち去ろうとする。


「ヤスフミ」

「じゃあ、後は頑張るんだね。ちびっこ達もそのつもりらしいし」

「……いいの?」

「課長だもの。……あー、それとメガーヌさんのことは、スバル達にも教えておいたから」

「おう。そっちも自重するように調整していく。……つーか、悪かったな」

「だったら今度、美味しいものでもごちそうしてよ。で、僕がやらかしたときもそれで済ませてよ」

「済ませられる程度なら……まぁ、了解だ」


ヤスフミはそのまま廊下に……出ようとするけど、手を掴んで止める。


「あの、待って。それならやっぱり……捜査関係はみんなを信じて、任せる形にして……ヤスフミはスバル達と一緒に」

「嫌だよ。僕はアイツらと徹底的に遊び倒すの」

「そ、その鷹山さん達みたいなテイストは、一旦収めて……」

「あ、おのれらがドンパチしたジュエルシードの封印処理、僕が戻りがてらやったから……これでまた一千万だ。やったー♪」

「話を聞いて!?」


しかもそれは…………そうだったぁ! シグナム達が下がったから、その代わりにって…………つまりまた、部隊予算から多額のお金が飛ぶんだ!


「ホントどんだけヤクザなワンナウト契約なんだよ! 恐ろしすぎて現場に出せねぇよ! つーか手を引くのはどうしたぁ!」

「ヴィータ、残念ながら……仕事は辞めるって言った日に辞められないんだよ?」

「懲戒免職にできればいいんだけどなぁ! つーかてめぇが善人面で纏めるなぁ! これは範囲ブチ超えているからな!」

「ホントだよ! 恭文君は完全に悪人サイドだからね!?」

「じゃああの、こうしようよ…………私も頑張って稼ぐよ! もう婚約者なんだから!」

『――――――!?』


………………あれ、なんか……みんなが一斉にズッコけたような……。


「テスタロッサ、お前……」

「だって、裸……見たでしょ? ティアナも……アルフも……。
つまりそれは、私達がもう、ヤスフミのお嫁さんということで……うん、そうだよ。
あのね、私……本当にバージンなんだ。それで確かめてくれて、いいよ?」

「まだ言い続けていたのかよ、この馬鹿ぁ!」

「それでね、勉強したんだ。男の人て……彼女さんと、そのお母さんや……妹さん、お姉さん……双子さんとかと一緒にエッチすると……嬉しいんだよね」

『――――――!』


あれ、またみんなズッコけた。あの、どうしたの? 今は真面目な話だから。


「うん、だから……私達も、頑張るよ。奥さんだもん。
それで、浮気してるとか……その相手がスカリエッティとか、疑われたくないし」


するとヤスフミは私の手を優しく解いて…………。


「…………僕、急用を思い出したのでこれで」

『待ってぇ!』


逃げようとしたけど、みんなが止めてくれた。

うん、そうだよね。みんなも仲間だから……ありがとう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


冗談じゃないよ……この状況で逃亡とか許されないよ!


「離せぇ!」

「課長ー! 課長ー! もう一つ……もう一つお仕事をぉ!」

「課長は残業をしない主義なのよ! ほら、もう……午後五時! 午後五時を過ぎたから!」

「ならあと十分! あと十分だけぇ! 残業代は分刻みだからぁ!」


さすがにあり得ないから、ちょっと……引き留めて……首根っこ掴んで……!


「というか、親友や長年の友として、みんなで止めてよ!」

「うるせぇよタコ! お前が見たんだろうが! お前が見ちまったせいだろうがぁ!
その上スカリエッティとランデブーしたとか、とんでもない疑いを振りまいたせいだろうがぁ!」

「不可抗力だよ! 僕は被害者なんだよ! あの馬鹿使い魔が跳び蹴りかまして、それを鎮圧して……それでさぁ!」

「恭文君、記憶改ざんしているところ悪いけど、ほんとお願い! これは、ちゃんと向き合って! 恭文君しかどうにもできないの!
なのはとはやてちゃんにも修正は無理だった!」


そう、なのはとはやてちゃんもね、頑張ったんだよ。さすがにどうかなーって思ったし。だけど……フェイトちゃん、くそ真面目な上強情だからぁ!


「もう一度言うね……無理だったの!」

「この偏ったエロボケが!? というか、ここまで叩いてこの流れになるのは……頭がおかしいでしょ!」

「それも分かる! だがテスタロッサはその、知っての通り…………いわゆる天然だからな」

「やっぱり瑠依と同じ……!」


そうそう! よーく知っているでしょ!? カボチャ以下のお前らから始まる伝説を、まざまざと見せつけられたんだから! 瑠依ちゃんについても散々やられたんだから!

だからほら、立つ鳥跡を濁さずの精神で……そこは、どうか……どうかぁ!


ドアノブに手を伸ばさず、フェイトちゃんに手を伸ばしてー! オパーイでもいいからl! なのはが許すからぁ!s


「……分かりました」

『え!?』


…………どうにもならないかと思ったら、恭文君が脱力……私達を一人一人、丁寧に払ってくる。


「まぁ他ならぬシグナムさんが困っていますしねぇ……」

「ほ、本当か……!?」

「はいはい、だから離れてねー。お仕事の邪魔だよー」

「え、待って! なぎ君……なんとかできるの!?」

「大丈夫……なんとか、なんとかなる」

「さすがはなぎ君! というか課長ー!」

「見直したぞ、馬鹿弟子!」


そうそう、弟子………………弟子!? ちょ、ヴィータちゃんがおかしくなった!


「誰が弟子だ!」

「とにかくいいんだよ……技も教えてるんだから、弟子でいいんだよ!
なので師匠として、な!? アレを何とかする……それが修行なんだよ! それが試練なんだよ!
アタシは心を鬼にして、試練を与えているだけなんだよ! これが愛なんだよ! 師匠愛なんだよ!」

「落ち着けぇ! 必死に師匠ぶって自分に言い聞かせるなぁ! つーかそんなのは師匠じゃない!」

「だから、頼む……師匠として、頼む……。なのはにも、まともな恋愛を教えてやってくれぇ……」

「……ヴィータちゃーん?」

「いきなり四十代のおっさんと見合いやら合コンとか……完全に失敗するフラグじゃねぇかぁ! 見てられねぇんだよ、哀れ過ぎてぇ!」

「ヴィータちゃーん!?」

「……ヴィータ、それは無理だよ」


あ、恭文君が諭すように……いや、でもそうそう! そうなんだよ! なのははこれでも真面目に。


「だってこの横馬、事前練習で……趣味はお琴とか分かりやすい嘘を吐いたんだよ?」

「にゃにゃああ!? それはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

「………………お前、お琴なんて触ったこともねぇだろ……!
つーかお前に奏でられるのは、砲撃の破砕音だけだろうがぁ!」

「ヴィータちゃんもその認識なの!?」

「で、強がったから”当日お琴を持っていく”って言ったら……嘘だってようやく認めたんだよ」

「ほんと救いようがねぇな!」


あ、ヴィータちゃんが呆れてる! 凄い勢いで呆れて、なのはに半笑いで……でもそのぎらっとした目はやめて! 最初のときを思い出して怖い!


「……さすがに嘘は駄目だろ……」

「シグナム副隊長の仰る通りですよ。絶対バレますから」

≪グリフィスさんもツッコんでたの。それで上げた分台なしって言ってたの≫

「分かってるよ! というかやめてぇ! 散々駄目だしされて、結構傷ついたんだからぁ!
というか…………ヴィータちゃんにだけは言われたくない! ヴィータちゃんだってハンマーの打撃音しか奏でられないよね!」

「うるせぇタコ! アタシはこれでも……彼氏っつーか……告白された相手くらいいるんだよ!」


そのとき、一瞬静寂が襲う…………。


『………………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』

「そこまで驚くか! てめぇら!」


そしてヴィータちゃんが本当に……冗談とか抜きで…………だって、だって……どうしてぇ! どのタイミングでぇ!


「えっと、ヴィータちゃん……その人、多分危ない趣味だと思うから」

「それはアタシがいの一番に言ったよ! でもマジなんだよ! だから保留って感じにしてるんだよ!
だって、あの……つーかなんで教え子に告白とかされてんだ! アタシはぁ!」

「教官として教えていた子なの!?」

「……ほらぁ……今日はまぁ人間の気持ちが分からないミスをしたけど、ヴィータだってやることはやってるんだよ」

「いや、やってねぇけどな!? 休日にアイスを一緒に食べる程度だけどな!?」

「それでもなのはから見れば十分だよ!?」


だってそれ、デートってことじゃあ……嘘でしょお! だって、だって、だって……それじゃあ!


「シグナムさんだって……以前僕がプロポーズしたし」

「にゃにゃあ!?」

「……あぁ、されたな。私のオパーイが素敵だというふざけた理由で……!」

「それは駄目だと思うなぁ!」

「だとしても、他にもいろいろ……」

「いろいろ!?」

「おい、待て! なぜ知っている! ヴァイスか……ヴァイスの奴から聞いたのか! そうなのか!」


何か覚えがあるご様子なんですけどぉ! 嘘でしょ……恋愛になんて縁がない人だと思っていたのにぃ!


「それに虫だって、オケラだって、アメンボだって……交尾して子どもを作ってるんだよ?」

「虫でさえしていることを、なのははできていないのぉ!?」

「そうだよ。というかおのれ……虫”でさえ”って見下せる立場じゃないからね?」

「ひぎゃああああああああああああああ!」

「蒼凪、やめてやれ! これ以上は見ていて不憫だ!」

「そうそう! ……それよりほら、なぎ君はフェイトさんを」

「おかのした」


恭文君は敬礼した上で、改めてフェイトちゃんの前に座り……。

あ、そうだ。この件の方が先だった。でもどうしよう……なのは、やっぱりショックで今日は吐き狂うと思う。

だって虫以下……あははは、なのはは虫以下の存在だったんだぁ。


「さて…………フェイト」

「あの、なのはは……いいの? なんか、死にそうな顔を」

「あれが奴の本当の顔だよ」

「そんなことはないと思うよ!?」


いや、フェイトちゃん……今回は恭文君が正しい。だって、虫以下だもの……!


「それより、悲しいことを教えてあげよう」

「悲しいこと?」

「最近の恋愛事情はね……更に細分化されているんだよ」

「えっと……」

「キスまでしちゃう友達≪キスフレ≫とか、添い寝するけど友達≪添い寝フレ≫とか……赤ちゃんができるようなエッチもするけど友達≪セックスフレンド≫とか」

「ふぇ!?」


…………って、死にそうになっている場合じゃない! 恭文君がまた、とんでもないことを言い始めたし!


「あと、適当な男を彼ピッピなるコードネームで呼び、彼氏と思わせつつ貢がせるなどという悪徳商法も存在している」

「悪徳商法!?」

「恭文君、大丈夫!? 流れ的に恭文君が悪者になりそうだけど……大丈夫!?」

「……それがおのれらの望みだったんでしょ?」


やめてよ! その虚しい目をなのは達に向けないで! なのは達はただ、ラブ&ピースを望んでいただけだからぁ!


「つまりね、裸を見ただけじゃ……それは彼氏とか、結婚って流れじゃないのよ。
むしろ裸を見せ合うくらい仲良しな友達≪裸フレ≫とかに分類される」

「そ、そうなの!? え、でも……シャーリー、そうなの!? そうなのかなぁ!」

「そうだよシャーリー! さすがに嘘だよね! いや、お願い……嘘だと言って!」

「あ、最近の恋愛なら割りとありますよ」

「「嘘ぉ!」」

「彼ピッピに貢がせるのとか、もう……楽ですよ?
なにせ恋愛し始めたら、その判断力はチンパンジー以下と言われていますから」

「「チンパンジー相手の搾取!?」」


嘘でしょ……シャーリーが認めちゃったよ! しかも恋は盲目どころか、チンパンジー以下にまで退化するという残酷な事実まで!


「本当にあるのかよ、おい……!」

「分からん……若者の恋愛が、さっぱり分からん……!」

「なのはも分かりませんよ! 若者だけどさっぱりです!」

「というか……ねぇ、嘘だよね! 添い寝までして……え、エッチまでして……友達とか、ないよね! ほら、それならヤスフミも……瑠依ちゃんとか!」

「「これが現実……!」」

『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』


嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! そんなチンパンジー以下の馴れ合いが恋愛なんて嘘だぁ!

なのはが想像していた恋愛は、もっとこう、ドラマティックでときめきがあって……ロマンチックあげちゃうような感じでぇ!


「「………………」」


ほらほらほらほら! シグナムさんとヴィータちゃんまで打ち震えているし! 若者は一体どうなっているのかな!


「つまりだ、おのれらは友達なんだよ。
裸を見せ合うだけの友達で、胸とかそのまま触ってもOKな友達で……キスもしちゃってOKな友達なの」


恭文君、さすがにそれはどうかと思うよ!? というか、それをティアナに説明できるのかな! したらむしろ尊敬するけどね!


「じゃ、じゃあ……どこまでいけば、彼女になるのかな!」

「…………フェイトは僕がいいのかな」

「え……」

「確かに僕はフェイトの裸を見た。
とっても奇麗で、そんな人とエッチしちゃうくらい……深いところまで触れ合えたら嬉しいなとは思う。
だけどね、それは……フェイトとこれからずっと一緒にいて、人生を歩みたい意味での好きかって言われると……まだ自信がない」

≪というか、地雷ですね≫

「うん、地雷だしね」


恭文君、アルトアイゼンもそこはちょっと黙ろうか! 真面目な話の最中……そうだ、なぜかそこから方向転換しているし!


「もしかするとフェイトとエッチが楽しみたいだけかもしれないし……お互いのこともまだよく知らないし」

「そう、だね……。私達、一緒に遊びに行ったこともないから……」

「それで彼女どうこうっていうのも、早いと思うんだ。
なれるとしたら本当に……ただ、セックスをするだけの友達。
フェイトはそれでいいの?
もちろんフェイトだけじゃない……ティアナも、あの犬っ子も同じ」

「…………それは、嫌だ」

「そっか」


あ、なんか纏まった! 凄い……フェイトちゃんがこれじゃあ駄目だって省みた!


『おぉぉぉぉぉぉぉぉ……!』


なんかもう奇跡を見ているようで、ついヴィータちゃん達と拍手……拍手!


「でも……ヤスフミとね、もっと……友達に、仲間に……少しずつ向き合っていきたい気持ちは、本当なんだ」


だけど、そこで止まらないのがフェイトちゃんで……恭文君の手を取って、真剣な様子で見つめ始めた。

赤い瞳で、真っ直ぐに……それにはさしもの恭文君も、顔を赤らめて。


「それは……駄目かな」

「…………駄目じゃ、ない」

「ありがと」


そうして二人の間には甘い空気が……何か、口の中が凄く重たくなって……というか、ヴィータちゃんについては壁に向き合い、拳を叩きつけ始めた。


「…………おい、なんだよ……。
この内に生まれた、名前のないモンスターは……!」

「それはねぇ……いちゃつきを見せつけられて、むかむかしているんだよ。ヴィータちゃん」

「我々が止めて、頼んだことだが……これは……!」

「普通にいちゃつかれるより腹が立ちますね……!
というかリイン曹長の気持ちが今分かった!」

「なのはも分かったよ! 確かにこれはイラってする!」


面倒臭いツンデレというか、ハーフボイルド的というか……結局甘くて、フラグを振りきれないし!

あぁ、これはリインもまた荒ぶるんだろうなぁ! そうして肉体年齢ガン無視の付き合いを望んで、どんどん中二病化していくんだ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


解散してから、一人木陰で自主練――周囲にターゲットスフィアを複数展開し、点滅したものを狙うってゲームよ。

ただし速度を維持しつつ、正しく安定したフォームを意識。

スフィアも全方位に展開しているので、反射と目の広さが命となる。


夕方だったのが暗くなり、更に夜が更けても、体は止まらない。

今日の情けなさを努力で振り払うため、必死にクロスミラージュを構え続ける。

汗まみれになっても、息が切れても……。


「――――――――」


そんなとき、両手を叩(たた)く音が聴こえた。

五時方向に素早く銃口を向けると、整備服を着た栗髪の男性……うちのヘリパイロットで、ヴァイス・グランセニック曹長がいた。


「もう四時間も続けてるぜ、いい加減ぶっ倒れるぞ」

「ヴァイス、陸曹……見てたんですか」

「ヘリの整備中、スコープでチラチラとな」

「セクハラですね。というかのぞき魔ですか」

「無茶(むちゃ)を横でやられてたら、さすがに気になる」


無茶(むちゃ)……か。結局昼間と変わらない。

そう言われているようで悔しくなって、更に訓練継続。


……私は、やっぱり馬鹿かもしれない。

しようと思っても、まだ体が動かない。息が、整わないの。


「今日のことが悔しいのは分かるけどよぉ、精密射撃なんざ、そう上手(うま)くなるもんでもねぇ。
無理な詰め込みで、変なクセを付けるのもよくねぇ……って、なのはさんが昔な」

「……詳しいですね」

「なのはさんやシグナム姐さんとは、わりと古い付き合いでな」

「それでも」


無理やりに深呼吸して、練習再開。

バツが悪くて、ヴァイス陸曹には背を向けてしまう。


「詰め込んで練習しなきゃ、上手(うま)くならないんです……凡人なもので」

「凡人……か。俺からすれば、お前は十分に優秀なんだがなぁ。羨ましいくらいだ。
……まぁ、止めるつもりもないがお前達は体が資本だ。やりすぎには気をつけろよ」

「ありがとう、ございます。大丈夫ですから」

「あと……大丈夫じゃないなら、なのはさん達に報告するからな。でないと俺が怒られちまう」

「なら怒られてください」

「……お前も大したタマだねぇ」

「どうも」


そっけなくそう答えると、ヴァイス陸曹はすたすたと整備場がある方へと戻っていった。


……場所は、考えなきゃ駄目ってことか。

面倒だなぁと思いつつも、またみっちり訓練……そして深夜。


今日のところは切り上げ、お風呂に入ってさっぱり。

それから部屋へ静かに戻ると、スバルは机の上でリボルバーナックルを磨いていた。


「あ、ティアー。おかえりー」

「まだ、起きてたの?」

「うん。朝練の準備」


ふらふらしながらベッドへ入り込みかけると、スバルが気になることを……あー、そっか。朝練があった……頑張ろう。


「スバル、私……明日四時起きだから。朝、うるさかったらごめん」

「いいけど……大丈夫?」

「アンタも早く寝ないと、体が持たないわよ。……お休み」

「お休みー」


ベッドへ入り込み、そのまま泥のようにぐっすり……明日は、もっと頑張ろう。

それで明後日(あさって)はもっと頑張ろう。あと……銃器……資……も……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


新暦七五年(西暦二〇二〇年)六月十一日

機動六課隊舎・隊員寮




……泥に埋もれた意識を呼び起こすのは、実に大変だ。自分でも分かる……疲れ果てている。

それでも、それでも努力が必要。必死に惰眠を貪りかける自分にむち打って、顔を上げる。


「ティアー、大丈夫ー?」

「ん……ごめ、ん。起こし……ちゃって」

「それは大丈夫だよ」


二段ベッドから必死に抜け出し。


「はい、トレーニング服」

「ありが……と」


折りたたまれたトレーニング服を受け取り、一旦脇に置く。

まずは寝間着をさっと脱いで、下着姿に。

そしてスバルも一緒に脱いで……ん!?


その不可思議な行動にようやく目が覚めて、体ごとスバルへ振り向く。


「……何、やってるの」

「え、私もトレーニング服に」

「なんで!?」

「ほら、一人でやるより、二人の方がいろいろなメニューでできるし」

「いいわよ、平気だから。私に付き合ってたら、まともに休めないわよ」


そしてスバルは窓に向かってシャツを脱ぎ捨て、そのおわん型で立派なバストを晒……思わず蹴飛ばし床に倒した。


「痛いー! ティア、何するの!?」

「うっさい馬鹿! 窓の真ん前で裸になる奴がどこにいるのよ! 見られたらどうするの!?」

「大丈夫だって、朝早いしー。それに私、日常行動なら四〜五日寝なくても済むし」

「女として終わってるって言ってるの! あと日常行動じゃないのよ、戦闘訓練は! アンタの訓練は特にキツいってのに!」

「いいの。……私とティアはコンビなんだから。一緒に頑張るのー」


頭を軽くかき、見上げながらあっけらかんと言われた。

……こういうとき、この子は何を言っても無駄。訓練校でもそうだったもの。

そりゃあもう、めちゃくちゃな勢いで懐(なつ)いてきて……振り払うこともできなくて。


でもそんな無茶苦茶(むちゃくちゃ)さに後押しされて、引っ張られて、私はここまできたんだっけ。それが恥ずかしくなりながらも。


「か……勝手にすれば!?」


そっぽを向いて、こんなことを言ってしまう。それでもスバルは私と一緒に……一人じゃない。

それだけで、どうしてこんなに心強いのか。兄さん、私は……今、とても恵まれていると思います。


「うん、勝手にするよー」

「でも私、銃器使用資格を取るつもりだから」

「……え」

「一人じゃ勝手も不安だったけど、スバルがいるなら安心ね。巻き添え兼囮になるわ」

「ティアー!?」


というわけで、四時起きして自主練……その目的はコンビネーションスキルの向上。そして技数を増やすこと。

幻術は切り札になり得ないし、中距離から撃っているだけじゃあいずれ詰まる。

ただ昨日のような状況を鑑みると、私がいきなり前に出て戦う……ってのもちょっと無理がある。


敵は昨日みたいにガジェット……というか、AMFを有効活用してくるに決まっている。

なので技数の向上は二の次で、新しいコンビネーションを幾つか考え、試していくことに終始した。


あとは……銃器使用の可能性。そちらも改めて考えてみる。大丈夫、資格を取るのは楽そうだし…………というわけで。


「――――朝練した結果、どうもパッとしなくて……なのはさん、意見をお願いします」

「ティア!?」


朝練開始の場で、早速なのはさんに相談してみた。

……あれ、なによ。なんでみんな……そんなに顔を丸くしているの? いや、この場合は目か。


「え、えっと……ティアナ」

「……お話……しても、大丈夫なんですよね」

「それはもちろんだよ!」


なのはさんはなんの迷いもなく、私の我がままに問題なしと……前のめりになってくれた。


「あとは、まぁ……あれだ、ティアナ」


そこでなぜか、ヴィータ副隊長がモジモジ……というか、すぱっと頭を下げてきた。


「いや、ティアナだけじゃねぇ。みんな……昨日は済まなかった!」

「「「「え……」」」」

「言い訳はしねぇ! アタシらは、お前らを見捨てた! それを当然とした!
……だがそんなのは間違ってる! だからもう絶対に繰り返さねぇ! 約束する!」


…………………………その背中は……その姿は……あの日、見上げたものと被っていた。

でも…………だからこそ…………。


「………………だったらなんで、最初からそうしないのよ」

「ティアナ、ごめん! でも、ヴィータちゃんもちゃんと」

「いつでもどこでもミスが、放った言葉が取り返せるって……それで失ったものが取り返せるって……なんで恥も感じず思えるのよ!」

「ティアナ……」


違う、違う、ヴィータ副隊長は……なのはさん達は何も悪くない。

ヴィータ副隊長は、本気で謝ってくれた。私達に怖い思いをさせて……不安にさせてごめんって、謝ってくれている。

それは痛いほどに伝わる。なのはさんも……この場にはいないけど、フェイトさんとシグナム副隊長だって同じ気持ちなのは分かる。


だけど、だけど、それじゃあ……!


「……ティアナのお兄さんや、スバルのお母さんがそうだったから……かな」


どうしようもない……どう表現していいか分からない慟哭に苛まれていると、なのはさんが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。


「スバルさんの、お母さん……って、そうか」

「昨日、お話を聞いた通りなら……」

「そうだね、そういう意味ではヴィータちゃんも……シグナムさんや私達も甘い。昨日は”取り戻せない状況”になりかけたから。
……でも、それでも……それは、なんとか防げた。本当にギリギリだったけど……」

「……」

「だから……今この場で、ヴィータちゃん達を許せとは言わない。それは絶対言わない。
だけど、まず話をさせてほしいの。ティアナが抱えているものもちゃんと知りたい」

「どうして、ですか……」

「約束があるし、なにより……泣いている仲間を放っておけないよ」


なのはさんは、何を言っているのだろう……意味が分からない。

ただ声にできない感情が、あふれ出しただけ。ただそれだけなのに。


それだけなのにこの人は……どうして、自分まで胸が痛いと言わんばかりに、涙を潤ませるんだろう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


せっかくだし訓練とかは軽くすっ飛ばし、キャロが持ってきた”爽”を……朝からだけどアイスを食べつつ、軽く話を聞いてみることにした。


「……ティア、少し落ち着いた?」

「すみません……訓練が」

「いいよいいよー。昨日はドタバタしたし、きちんと隊長・分隊員同士でコミュニケーションを取る! 今日の訓練はそれでいいの!」

「だな。でよ……まぁ、なんつうか」

「…………思い出しただけです」

「思い出した?」


ティアナは必死に首を振り、断言して……スプーンを一旦置いて、自嘲気味に笑う。


「……レジアス中将が、兄さんの葬式で……謝ってくれたんです。さっきの、副隊長みたいに」

「……そう言えば、お葬式に出席したんだよね。軽くだけど伺っているよ」

「まるで自分のことみたいに……兄さんを馬鹿にした人は、一言も……公的には謝りもしなかったのに。
でもあの人は、謝って……小さい私に頭を下げて……それが、凄く……大きく見えたんです」


それは、傷心のティアナにとってとても大きな衝撃だったと思う。

だって地上本部で一番偉い人が、自分のために……手を伸ばしてくれたんだから。


「偉い人なのに……凄い人なのに、私みたいな小さな子どもと向き合おうとしてくれている。
兄さんのこと、顔も知らないはずなのに……真剣に、いっぱい……それが凄く嬉しくて……。
……だって、兄さんを馬鹿にした人は結局謝らなかった。悪いなんて認めず、逃げて逃げて……最後の最後まで……」

「ん……」

「私、管理局に入るかどうか考え始めたとき……最初は迷ったんです。
でも……この人のいる地上だったらって……そう考えて」


あぁ、そっか。だから……悪いことを、失敗したことを認めて、逃げなかったヴィータちゃんの姿に……。


「あの、副隊長……ごめんなさい!」


だからティアナも立ち上がり、全力で頭を下げる。


「……何で、お前が謝るんだよ」

「どういう理由であれ、あの状況で暴力を振るって、黙らせるなんて……最低でした!
――――私こそ謝るべきです! シグナム副隊長にも後でちゃんと謝ります! 本当に……すみませんでした!」

「そっか。ただまぁ、シグナムには謝らなくていいぞ。正当防衛だからな」

「いえ、さすがにそれは……!」

「冗談だよ。……いいから頭を上げろ。つーか、ありがとな」


ティアナが恐る恐る頭を上げると……ヴィータちゃんは背筋を伸ばし、ティアナの前に。


「改めて分かった。昨日はアタシらだけで、お前らを守ろうとしていた。守らなきゃいけないって思ってた。でも、違うんだよ。
……アタシらは経験も、目標も全然違うけど……チームなんだ。
だからアタシらの背中も、命も、お前達に預ける」

「ヴィータ副隊長……だけど、私は」

「お前がアタシらを信じられるかどうかじゃない。……アタシらがまず、お前達を信じたいんだ」


ヴィータちゃんが迷いなくそう告げると、ティアナは戸惑い……数瞬何かを思いながらも、苦笑。


「……余りに勝手です」

「そうだな。でもよ、フェイトも言ってたんだよ。
恭文の奴に信じられようとするだけで、自分から信じていなかったんじゃないかってよ」

「……難しいところだけどね。恭文君は無茶苦茶するし、単独行動大好きだし……というかドンパチ大好きだし」

「でも強ぇ」

「ん……だけどそうなると、ヴィータちゃん自身ももっと鍛えないとね」

「死ぬ気でやらなきゃな」


冗談っぽく笑うヴィータちゃんに、ティアナも……みんなも表情が緩んで……。


「…………ごめんなさい」

「だから、謝らなくていいんだよ。これはアタシが、勝手にやるって決めたことだ」

「…………ティア」

「…………なら、見続けます」


ティアはまた迷った。だけど……それでも厳しく、真っ直ぐに、ヴィータちゃんと私を見始めて。


「私は……兄のことだけじゃないんです。スバルもギンガさんとゲンヤさんのところにちゃんと返したいし、エリオ達だって同じ。
……もちろん、アイツに信じてほしいって……アテにしてほしいって気持ちもありましたけど」

「それは、お前にとって譲れないものなんだよな」

「譲れません、絶対に」

「だったらそれでいいんだ」

「できるでしょうか。見ているものも全然違うのに」

「違うからこそ気づいていけるものがあるし、手も取り合えることがある。アタシは……そう信じたいな」


ヴィータちゃんが苦笑するので、なのはも頷き、両手で肩を叩く。


「うんうん……ティアナ、ヴィータちゃんはこう見えても含蓄たっぷりだし、参考にできると思うよー?
………………なにせ教官職で知り合った教え子に告白されて! 友達以上恋人未満の関係らしいからね!」

「こら、てめぇ!」

「……ヴィータ副隊長! それは危ない趣味の人では!」

「てめぇも堂々と言ってくれるな! だが違うんだよ! アタシもそう思っていたけど、向こうはマジなんだよ!
だからな……とりあえず、これだけは言えるぞ! コイツよりは女子力は上だってよ!」

「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」」」

「うんうん…………ほんと、悲しいけどその通りなの……!」


そうして、みんなで手を重ねて……気持ちを重ねて。


――第25話


……少しずつだけど元の日常が戻り、一つになっていく感覚が……なんだか嬉しくて。


『もう引き返せない』


(第26話へ続く)





あとがき


恭文「というわけで、師匠の恋愛模様は以前いただいた幾つかの拍手から。拍手、ありがとうございました」


(ありがとうございました)


恭文「というわけで頭冷やそうか事件はない……どういうことなんだ! 魔王が降臨しないじゃないのさ!」

なのは「魔王じゃないからね! そもそも……ふふふふふ……なのはは、なのはは……虫以下だから……」


(元祖主人公、るーるるーるるるるるるるー)


恭文「おのれにはもうなぎひこがいるでしょうが」

なのは「まだ影も形も出ていないけどね! この話だと!」

なぎひこ「このときだと僕、小学四年生くらいですしね……」


(そもそも縁もゆかりもない)


恭文「しかしまさか、この話のフェイトがパトレイバーで言うところのおたけさんの立ち位置だったとは……」

なのは「ほんとやめてあげて!? ないからね! フェイトちゃんが泣くからね!」

恭文「でもさ、そうでも考えないと男だって言い切れる理由が……」

なのは「うん、これはフェイトちゃんが悪いね!」

フェイト「どうしてこうなったの!? ふぇー!」


(セクハラの正当化はやめよう……強く戒めた瞬間だった)


なぎひこ「まぁそれはそうと……もう三月だよ」

恭文「あっという間に春……寒さも落ち着いてきたしね。で、おのれらはまたなんで」

なぎひこ「ほら、ノッコミシーズンに合わせて、鯛ラバやるんでしょ? 僕達もご一緒したいなーって」

なのは「前にガーディアンのみんなとやったとき、楽しかったしねー。
あの桜色の身体に、蒼い斑点模様が星みたいで奇麗だし……よかったなー」


(注:釣りの話です)


フェイト「あ、うんうん! やろうよ! ……でも改めて考えると不思議だよね。
ゴムのリボンに、重りと針……それにラインだけなのに、お魚が釣れるって」

恭文「ルアー全般に言えることだけど、特に……ぱっと見で魚や虫に見えないものだとそうだよね」

フェイト「うんうん! ほら、ワームとかならまだ分かるんだ。あとはミノーとか……魚っぽいルアーなら」

なぎひこ「渓流釣りで使う毛ばりとかもそうですよね。自然界の虫に似せて作られたものですし……。
やっぱり色や光の反射が大きいのかな。ルアーの源流でもあるスプーンがそれだし」

恭文「それでうまく引っかけるのが楽しいんだよねー。疑似餌は」


(というわけでいつもの面々、春は釣りで盛り上がりそうな予感です。
本日のED:T.M.Revolution『vestige-ヴェスティージ-』)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――そもそもデバイスも含めた工業製品を新規製作する場合、最もコストがかかるのはなにか。それは各種検証作業に他ならない。

検証作業に費やした時間やマンパワー、及び資材がその製品の価格……価値そのものと言っても過言ではない。

ハラオウン一派が初期から関わり続けた、本局でのAMC装備開発……これも例に漏れない。無論パノプティコン・プロジェクトの根幹であるラプターもだ。


個人で発注・製作するデバイスならともかく、大量生産を前提に新規設計・製作されるそれらは、ボルトやねじ一本のレベルから、様々な検証がされる。

高温、低温、高圧、低圧……予想される負荷やそれに対する耐性、製造工程や組み付け方法などなど……。

検証される項目は場合によっては万単位にも及び、昼夜を問わず様々な条件下で試作機は検証される。


そうしてその有用性や特性を証明しなければ、実用には値しない。

……ここまで説明すれば分かることだろうが、そこに時間的・予算的制約が課されると、現場への負担が極めて大きいことこの上ない。

特にエルトリア事変のような急を要する状況では、対応自体がかなり難しい状況とも言える。


では、そういうときはどうするか。

既に検証・実用化されているコンポーネントの流用と組み合わせにより、対処することが多い。

それは要求される性能が、常に最新である必要がないから。むしろ過酷な環境下での使用を考えれば、信頼性を重きに置く方が求められる。


AMC装備のバリエーションが八年前とさほど変わっていないというのも、実は勘違いである。

それぞれの装備が持つ信頼度も、流用できるコンポーネントの数も、八年前より格段に多くなっている。


そう……現在機動六課やミッド地上が置かれている状況に対応可能な装備を、それらの組み合わせで作り上げることは可能なのだ。

実際フォワードメンバーに試験的に配備されているトイフェルライズキーは、その典型例だろう。


もちろん蒼凪嘱託魔導師が、個人装備として作ったものも同じくだ。

八年前は膨大な魔力がなければ、撃鉄を起こすことすら難しかったストライクカノン系列の装備。

それを現在リミッターによりBランク相当となり、魔力量も芳しくない彼が運用していること……それこそが技術革新の証明と言える。


そうして検証作業が終了している機材や技術を上手く組み合わせ、専門性を高めるやり方は、様々な現場で応用ができる。

たとえば今後新しい装備を開発する際も、それらを流用するだけで検証作業の数が劇的に削減できる。

それゆえに試験された素材やコンポーネント、それを生み出す製造工程……それらを納めたライブラリは、極めて貴重なものと言える。


更に言えば……ここにエース級・ストライカー級魔導師の協力があれば、より盤石と言える。

彼らは通常の魔導師では難しい領域での運用を可能とするからだ。そのデータもまた、将来的な技術発展には必須なものと言える。

その流れはエルトリア事変……更に遡れば、闇の書事件でも見受けられたものだろう。


たとえば闇の書事件の際、カートリッジシステムを高町なのはとフェイト・テスタロッサ(当時は両名とも民間協力者)のデバイスが搭載している。

エルトリア事変で言えば、フェイト・T・ハラオウンとシグナムのデバイスが、AMC装備のコンポーネントを流用し、改装されている。

無論フォーミュラシステムとAMC装備の合わせ技で、当事件の切り札となった高町なのははその極地だろう。


そういう意味では、彼女達が機動六課という部隊を任されたのは、ある意味当然の流れと言える。

入局前からそういった貴重なデータ作成に協力し続けており、本局の先進技術推進センターとのパイプも大きいからだ。


……でも、ここで一つ注目するべきことがある。


それはAMC装備開発の主軸を担っていたCW社は、中央本部……レジアス中将周りとも繋がり、ラプター開発にも着手していたということ。

そうして欲したのが、ここまで述べた『技術流用可能なコンポーネント』。その矛先と選ばれたのが、管理局が結局手放した戦闘機人の技術。

無論これはWin-Winの関係だが、それはハラオウン一派にも言えることだ。


いいや、ある意味それ以上と言える。

入局前からそれらの装備開発に協力してきた彼女達は……その総本山であるリンディ・ハラオウン提督には、絶大な恩恵があったと考えられる。


繰り返しになるが、それらのデータは貴重という言葉だけで言い表せるものではない。

しかも局が主戦力としている魔導師は、完全に先天資質によるもの。

装備を限界点まで運用できるエース・ストライカー級魔導師は局全体でも数パーセントに限られるのも問題だ。


長期間に及ぶテストへ、コンスタントに参加できる……それも抱えた仕事の合間にとなると、簡単なことではない。

つまりハラオウン一派の魔導師達は、その条件を満たし、開発側としても都合のいいサンプルでもあった。

彼らがある種の特権階級的恩恵に与ったのは間違いない。本入局後にエリートと言われる立場になったのがいい証拠だろう。


では、そんな彼らが集合することになった機動六課はどうか……。


「…………さて……」


――――覆面車の中でさっとレポートを纏めて、大きく息を吐く。


「今はこの辺りにしておきますか。まだまだ証拠が足りませんしね」


そう言いながら窓から見やるのは、問題の部隊。アグスタで散々やらかした直後だっていうのに、派手にドンパチしていますよ。


「機動六課……リンディ・ハラオウン提督をトップとした、ハラオウン一派」


……資料室的にも、これ以上の独断は見過ごしがたい……というか、いろんな意味で温床たり得るので要注意。

なにやらきな臭い匂いもしまくっているので、十分に気をつけようと……つい笑っちゃう。


「申し訳ありませんけど、餌食にしますね」


残念だけどこれも仕事だ。なにより、あなた達はその存在自体が黒い……黒すぎる。

……あなた達には、誰からも嫌われるだけの理由が備わっているのだから。


(おしまい)





[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!