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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
第0.5話 『TOKYO WAR Ver2014/君が抱き締めているのは』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020

第0.5話 『TOKYO WAR Ver2014/君が抱き締めているのは』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


二〇一四年二月二六日 午後七時四八分

東京都八王子市 篠原重工・八王子工場 実験機用整備ライン



……半日もない中で上手く集まれたのは、正しくこれまでの積み重ねと言うべきか。

首も覚悟で好き勝手する熱に浮かされ、俺達は走る……走り続ける。最初の特車二課が帰ってきたみたいにさ。

そして俺達整備班の戦いは加速中。みんなを送り出す……万全の体勢で送り出すまでが、俺達の戦争だった。


「電装品の換装チェックが終わった機体から、システムを転送だ! 装甲を着けたらやり直しは利かねぇぞ!」


現場復帰したおやっさんの声に、誰もが無言で……作業を迅速かつ確実に進めることで応える。

そんなみんなが群がるように手を入れていくのは、後藤さんの手はずで用意された機体≪AV-98 イングラム≫の1号機と2号機。

どっちもここ≪篠原重工・八王子工場≫で、データ収集用の実験機体として使用されていたものだ。


あっちこっちバラした上で電装品やフレーム、追加したリアスカート部のカメラチェックに勤しむ。

今篠原重工で研究中……というか、野明ちゃんと遊馬が関わっている新型HMDの一部だ。

更に篠原重工製の軍用レイバーから、炸裂装甲≪リアクティブアーマー≫も用意した。


同じAV系列なら使い回しもできる代物だ。工業品はこうじゃなくっちゃねー。


(しかし……懐かしいなぁ)


一年ちょい前、ヴァリアントに切り替えたばかりだってのにさ。

デフォな頭部の1号機、太田ちゃんが壊しまくるから追加バイザー付きな2号機……これらが揃うと、本当にあの頃の特車二課だよ。


「3号機、ヴァリアント、出ます!」


安全確保のため声が走ると、そんな2号機の左隣にイングラム3号機、更に後藤さんの指示で送っておいたヴァリアントの3号機が並ぶ。

イングラム3号機はゴーグル上に円形パーツが埋め込まれているが、ありゃせり出し式でね。

メドゥーサと名付けられたECMを搭載した電子戦仕様だ。元々は1号機と2号機のパーツ取り用だったけど、それでも成長していたわけだ。


ヴァリアントについても、細部は違えど基本規格は変わらない。だから若い奴らも飛ぶが如く作業を進めていく。


「さすがに手慣れたもんだな」


現場復帰したおやっさんから見ても、淀みがない動きには安心した様子。

ただそれだけで……言う事がないってのは、現班長の俺としても嬉しい限りだ。


「この機体(イングラム)で一人前になった連中ばっかりですからね。このペースでいけば、ヴァリアントも含めてなんとか」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


泉さん――野明さんや遊馬さん以外の元メンバーとも合流。

とはいえ太田先生はツーカーだし、進士さんも研修中に知り合っていたからさ。実は特に挨拶とかも必要なくて。

まぁ……進士さんはなぜか半泣きで『絶対無茶しないでね!? 絶対だよ!?』とか言っていたけど、僕の管轄外だった。


それで現在僕達は、現場指揮官となる南雲さんと作戦会議中です。


「敵の野戦本部のある十八号埋め立て地へは、奇襲という作戦の性格上、空や海からは攻め込むわけにはいかない。
そこでバビロンプロジェクトニ期工事の際、作業用レイバーを搬入するために使用された地下道を使う」


会議室の上座……埋め込み式のプロジェクターに、埋め立て地周辺の図面が映し出される。


「次のステップへ」

「はい」


進士さんが先を受け継ぎ、パソコンをかたかたと操作。すると映しだされた地図が消え、3D映像に切り替わる。

それは南雲さんが話していた地下道を精密に再現し、ゆっくりと中へと侵入。言葉やイメージだけではなく、仮想現実として地理を植え付ける。


「汐留から中継の人工島を経て、目的地まで全長約千二百メートル。問題なのはこの最終行程です
ケーソン工法で作られた典型的な海底トンネルで、全長二百五十メートル。
人工島側から傾斜エレベーターで海面から五十メートルの深さまで降下。
続いて高さ約九メートル、全長約二百メートルの一本道を抜け、そして最後に埋め立て地側のエレベーターで上昇します」

「待ち伏せには絶好の場所だな」


太田先生が困り気味に……いや、一瞬笑った。まぁそれは僕も同じだけどさぁ。


「敵もこのトンネルについて、知っていると考えるべきでしょうね」

「蒼凪、お前ならどう読む」

「派手な機動性を持った……グリフォンみたいなのはいりませんね。ロングレンジから弾幕で圧倒できる砲台……それを運用できる軍用レイバーを配置します。
それも数としては二機。更に控えがいればより盤石ってところでしょうか」

「及第点だ。となればこちらもそれくらいの火力が必要になるわけだが……!」

「いいですねぇ……! 真正面からドンパチだ!」


何が撃てるかなー! やっぱ軍用レイバー相手だし、こう……ヘルダイバー用の機関砲くらいはさ!

そう考えるとやっぱりワクワクだよ! 太田先生とワクワクだよ!


「「ふふふふふ……嵐だぁ! 嵐がくるぞぉ!」」

「きませんからね!? というか、師弟で盛り上がらないでください! 本気で戦争を起こすつもりですかぁ!」

「ほんとだよ! 太田先生も笑うなよ! 非常事態だぞ!?」

「馬鹿もん! 非常時だ! 現場の判断が優先されるに決まっているだろうがぁ!」

「後始末はどうするんですかぁ!」

「…………ショウタロス、あなたのツッコみは不要ですよ。進士さんがやりますから」

「それが可哀相すぎるだろ!」


ショウタロスも落ち着いてよ……それは進士さんもだけどさぁ?

優先すべきは事件解決で、犯人側への被害とか二の次でしょうが。問題ないってー。


「な、南雲隊長……!」

「……こういう子なのよ……!」

≪でもいいじゃないですか。それで敵を殲滅できるなら≫

「そうだな……贅沢は言っていられん状況だ。もぐもぐ……もぐもぐ……」

「逮捕優先でいこう!? 一応私達、警察官……いや、恭文君は忍者だけど! あとヒカリちゃんも、蒸しパンを食べてないでツッコんで!」

「あぁああぁああぁ! 胃が……胃がぁ! なんで熊耳さんや香貫花さんが来られないんだぁ!」

「進士さん、しっかしてー! ほら、胃薬! お水もあるからー!」

「…………質問ー」


僕が太田先生とワクワクしまくっていると、遊馬さんが挙手。それになぜかみんながギョッとして……。


「この地下ルートまではどうやって。都内は敵味方不明の部隊が入り乱れてるんだろ?」

「遊馬、無視でいいの!? スルーでいいの!? 進士さんも倒れちゃうよ!」

「進士さんのことも含めて、南雲隊長にお任せします」

「篠原君……!?」

「それよりほら、普通にキャリアでツッコむわけにもいかないし……」

「その問題もありますね……」


僕達は普通にここへ合流できたけど、それだって運がよかっただけとも言える。というか、目立つことがなかったおかげと言える。

……この状況でイングラムやヴァリアントを連なって出動したら、どう考えても的。二課隊舎や警視庁のように、たちまちヘルハウンドの餌食になる。

かと言って僕の魔法じゃあ、それらを引き連れるのも難しいからなー。どうしたものか。


「それは……現在後藤隊長が手配中です」

「後藤隊長が!?」

「あぁ…………」


……とにかく後藤さんの手腕には問題ないみたい。

野明さん達、驚きこそしたけどすぐ納得するんだもの。僕、やっぱり凄い人達と組ませてもらっている。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


会議が終わった後、一旦この場を離れていた松井さんがやってきた。

この情勢下なのでさすがに心配で、僕も慌てて裏口へ。


すると松井さんはやや疲れた顔で、車の上に載せたでかいジェラルミンケースを渡してくる。


それからすぐに車を出して、どこへなりと去っていった……。

とにかく整備班の人達も揃って、山崎さん宛ての贈り物だというそれを開けた。

…………そこに入っているのは身の丈ほどもある対戦車ライフルだった。


「凄ぇ……!」

「凄ぇや!」

「凄ぇや! 本物の対戦車ライフルだぜ!」

「え、これを山崎さんにということは」


整備班の人達とのぞき込んでいると、山崎さんがこっちへ振り返り苦笑。


「……撃てるのか、これを」

「この方も温厚に見えて、立派に特車二課第二小隊の一員ということです」

「だね……」


いろいろ見習おうと思いながら、ケースに入っていた弾丸を手に取る。


「しかもこの弾薬、最新型の対レイバー用徹甲弾だ……」

≪この情勢下で、どこから調達してきたのか……≫


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


イングラム三機とヴァリアントの整備は佳境に入った。リアクティブアーマーを装備させ、次は武装。

と言っても大したものは持たせてやれない。さすがに軍用レイバーの装備……特に火器はいろいろ制限も五月蠅くてさぁ。

だから基本通り。近接用のスタンスティック、リボルバーカノン、それに非常時にのみ使うライアットガン。


状況からして、勝負は被弾在りきの短期決戦。あとはできる範囲で弾丸を調整してってのが今の状況だ。

ただ適度な休憩は精密作業には欠かせないので……持ち回りで小休憩を取り始める。午後十時を回ろうというところだ。


俺も一旦抜けさせてもらい、冷たい爽健美茶のペットボトルを一気飲み……それで復活というところだったのに。


「だから! 機関砲とかバルカン砲とか……そういう凄いもんはないかと言ってるんだ! 淵山ぁ!」

「そうですよ! 僕も山崎さんのアレみたいにデカいのを、どーんと!」

≪刀とかありませんか? それならこの人の得意武器ですけど≫


太田ちゃんが俺を捕まえてまた愚痴ってきた。というか、弟子同然な蒼凪ちゃんまで……というかアルトアイゼンまで!

あと刀ってなんだよ! さすがにないと思うよ!? レイバーでそれはさ!


「ライアットガンだってライフルスラグ弾を使えや、装甲車や軍用レイバー程度なら結構いけるんだぜ」

「基本散弾銃でしょ! ロングレンジじゃ当たらないでしょ!」

「それでも気合いで当てることよ」


ペットボトルをゴミ箱にちゃんと入れて、右手で銃を作って狙い撃ち。そして……ばーんっとね。


「片目瞑ってよく狙う――これよ」

「だったらせめてヘルダイバーの40mm速射砲をだなぁ!」

「無理無理」

「だったら自爆特攻用の機体を三つくらい!」

「過労死しちゃうから無理だってー」

「大丈夫です! 人間はそんな簡単に死にません! 僕だって肋が折れて、脇腹が切られて、太股が大腿骨ごと貫かれたこともあるけど生きています!」

「忍者と一緒にするなよ!
……じゃあ俺、過労死しない程度に忙しいから」


太田ちゃん達には軽く手を振り、そのままさようならー。


「戦車が出てきたらどうすんだ、戦車がぁ!」

「そうですよ! ヘリだって出てきているんですよ! 戦車くらい出るでしょ!」

「そん時ゃもう片方も瞑るさ」

「…………蒼凪ぃ!」

「先生ー!」

「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」


……ほんと仲いいよな、お前ら! もう相手にしたくないからスルーするけど、抱き合って泣きじゃくるとか……もはや義兄弟だよ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――二〇一四年二月二七日 午前〇時〇分


ミーティングは終了。後は時間まできっちり休むだけ……なんだけど、ある一室に光を見つけた。

既に廊下の照明も落とされているというのに。そこを除くと蒼凪君と篠原巡査、進士課長がなにやらこそこそとしていた。


「あなた達、ここでなにしてるの」


やや呆れながらも声をかけると、進士課長は一枚のディスクを取り出し見せてくる。


「恭文君が手に入れたディスク、なにかのコード表じゃないかと思いまして」

「コード表?」

「おおっと出た!」


そこで進士課長が画面へ再注目し、蒼凪君も篠原巡査と一緒に前のめり。私も気になってのぞき込むと、そこには。


――Do you suppose that I come to bling peace to the world? No, not peace but division.
From now on a family of five will be divided,three against two and two against three.
Fathers will be against their sons, and sons against their fathers;
mothers will be against their daughters, and daughters against their mothers;
mothers-in-law will be against ther daughters-in-law,
and daughters-in-law against their mothers-in-law.
Luke 12-51〜53――

「これは、福音書?」

「……我地に平和を与えんために来たると思うか」


蒼凪君は若いのに、本当に物をよく知っている。感心しつつもその文面に引きこまれ、つい呟いていた。


「汝等に告ぐ、然らず、むしろ争いなり。今から後一家に五人あらば三人はニ人に、ニ人は三人に分かれて争わん。
父は子に、子は父に、母は娘に、娘は母に――」

≪ルカによる福音書、第十ニ章五十一節ですね≫


そうだ、福音書……それでこれは…………あ……。


「もしかして……」


ただ一通……あの人が消える前に送られた手紙。ううん、それは手紙かどうかも怪しい。

私はただ、そこにある何かを紐解くことに精一杯で……でも結局諦めて。


そうして進んだ三年だった。その答えが……もしここにあるのなら。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――泉達は各レイバーを貨物列車に載せ、ここ『新橋駅』を目指しているはずだ。

ただし普通に走ったんじゃ、二十四時間態勢で戦争している奴らに気づかれちまう。


そこで一つ、トリックを使った。

……新宿御苑まで進んでから路線が切り替わり、いつもは使われていない線路へ進む。

そうして地下に眠る、人気のない巨大空間へ入り込むわけだ。今俺と荒川さんがいる、この場所に。


「こんな所が東京の地下にあるとはな」

「湾岸開発華やかなりし頃の、夢の跡さ」


荒川さんが驚きながら周囲を見渡す。

東京駅に似たデザインの内装で、なかなかに見られたもんだ。今ならちょっとした名所にできそうだよ。


「昭和十八年に閉鎖されて以来半世紀以上眠っていた、地下鉄銀座線【幻の】新橋駅。
それと湾岸の工区とを結ぶ新旧の結節点――結局、使われなかったがね」


ひんやりとしながら、どこか厳かな……密やかな空気を胸一杯に吸い込み、そして吐き出す。


「この街にはきっと、こういう場所が幾つもあるんだろうな」

「誰に知られることもなく……か」


……そこでやんわりと響く列車の音。

荒川さんはさっと物陰目指して隠れるが……仕事柄かねぇ。


そうしてきっちり二分後、鉄色の輸送列車が停車。

そこにはカバーをかけられた鉄機達が勢ぞろいだよ。もちろん、奴らもだ。


「全員降車。整列」


しのぶさんの号令でカバーに乗っかっていた奴らが降り、俺の前へ横並びだ。

分厚い搭乗服とヘルメットをかぶり、奴らは戦地に向かう気迫で満ち足りていた。


「よく来てくれたな――篠原、泉、進士、太田、それに山崎。蒼凪、アルトアイゼン」


そうだ……蒼凪もいるんだ。北沢を止めてほしいってぬいぐるみさんにお願いしたときから、覚悟はしていた。準備もしていたけどさぁ。

でもできればという気持ちもあったんだ。だが……いや、もう何も言うまい。


……ただき然と、隊長として最後の出撃を命じる。


「お前達の使命は南雲隊長とともに、十八号埋め立て地に潜伏する今事件の首謀者を逮捕することだ。
これ以降は全て南雲隊長の指示に従え。あらゆる妨害は、実力でこれを排除しろ。
――特車ニ課第ニ小隊最後の出撃だ。存分にやれ」


そして隊長として最後の敬礼。奴らもそれに応え。


「直ちに出発する。全員乗車」


無言のまま素早く乗車する。


「しのぶさん」


しのぶさんもそれに続こうとしたところで、一声かけた。


「差し違えてもなんてのは、御免だよ。彼を逮捕して必ず戻るんだ。俺……待ってるからさ」

「……出発」


答えてくれない……それが寂しく感じながらも、しのぶさんを、泉達を見送る。


「なぜだ。どうしてアンタが行かない」


……列車が完全に消えてから、荒川さんがひょっこり出てくる。それがちょっとおかしく感じながらも、背を向けたまま。


「俺にはやらなきゃならんことがいろいろあってね。さんざっぱら世話になっといてなんだけど……アンタ、逮捕するよ」

「全員そこを動くな!」


絶望をプレゼントする。

……泉達がきた方……線路を伝って飛び込んできたのは、松井さんと信頼できる部下の方々。

彼らから向けられるライトに照らされても、荒川さんは取り乱すことなく、何かを察する……小さく息を吐く。


「荒川茂樹! 破壊活動防止法その他の容疑で貴様を逮捕する!」

「説明は、あるんだろうな」

「一連の事件に関して、アンタの情報は恐ろしく正確で素早かったよ。
……そりゃそうだ。アンタ自身内偵を進めていたっていう、組織の一員だったんだから」

「……」

「アンタ、柘植の同志だった。そして奴に裏切られたんだ」


気づいていた……気づかないはずがないさ。アンタの話は、その観点は、柘植のそれに……”グループ”が抱えていたものに、とても近いんだから。

だから蒼凪やアルトアイゼンも気づいていたよ。俺が何もしなくても、アイツらが追求したとさえ思う。


「政治的デモンストレーションにすぎなかった計画を変更。本気で戦争を始めるため、奴が姿を消したことでアンタも窮地に立たされた。
ことの性格上、公に捜査することもできんしな? そこで特車ニ課に目をつけた。南雲警部の監視も兼ねて一石二鳥だからな」

「全部推測じゃないか」

「決起の前夜、アンタは柘植を見逃した。例え当たらなくても一発でも発砲すれば、治安部隊が殺到する。
狭い水路だ。奴を逮捕できる可能性は高かったのにそうしなかった。…………なぜだ?」

「……」

「アンタはどうしても、自分の手で奴を押さえる必要があったからさ。
柘植の計画は阻止しなければならないが、奴の口から組織の全容が公表されてしまっては元も子もない。
……この期に及んでも正規の部隊を動かさず、独立愚連隊同然の俺達に頼らなければならなかったのが決定打さ。まともな役人がすることじゃない」

「それはお互い様じゃないのか。もちろん蒼凪さんも含めて」

「まともでない役人にはニ種類の人間しかいないんだ。悪党か……正義の味方だ」


……だから荒川さん、アンタも十分まともじゃない。アンタは残念ながら悪党の方だった。

そして蒼凪もきっと……どうやら俺は、蒼凪にはちゃんと言わなきゃいけないことがあるみたいだ。

ある意味呪(のろ)いになるかもしれない。だがそれでも、アイツを預かり、戦わせた責任を通す……そのために伝えるべきことだ。


そのためにもまずは、警察官として……最後の仕事を通す。


「荒川さん、アンタの話は面白かったよ」


皮肉交じりの感謝を……ここまでの時間が決して無意味じゃなかったという本音を、静かに送る。


「――欺まんに満ちた平和と、真実としての戦争。
だがアンタの言う通り、この街の平和が偽物だとするなら……奴が作り出した戦争もまた偽物にすぎない。
この街はね、リアルな戦争には狭すぎる」

「戦争はいつだって非現実的なもんさ。戦争が現実的であったことなど、ただの一度もありゃしないよ」

「なぁ……俺がここにいるのは、俺が警察官だからだが、アンタはなぜ柘植の隣にいないんだ」


荒川さんへ振り向く。すると荒川さんはずっと俺に背を向け、なにも答えず。


「…………行こうか」


松井さんに手錠をかけられても狼狽せず、逃げず、静かに歩き出した。その足音が幻の中で、現実として響いていく。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


後藤さんと別れてから、地下トンネルへ潜入完了。

野明さんは1号機に、太田先生は2号機に登場。

南雲さんはECM搭載な3号機へ乗り込み、僕は……。


「……メインエンジン、アクティブ」


ヴァリアントの後部ハッチから乗り込み、正規手順に乗っ取って起動……。


「各部アクチュエーター、出力安定。
駆動前チェックオールグリーン。
メインカメラ一番から五番まで良好」


その上でゆっくりと……這い上がるように、列車のカーゴから起き上がる。

駆動ペダルを踏み込み、操作レバーを新調に動かし……HMDに表示されている視界が、ゆっくりとヴァリアントの視点へと……その世界へと没入していく。


「ヴァリアント、降車」

『こちら3号機、降車確認。ヴァリアント、1号機から3号機までに続け』

「了解。追随を開始します」


南雲さんの指示に従い、歩行開始。そのまま慎重にトンネルを進むと、最後の乗車エレベーター手前……いや、実際にはそこへ続く曲がり角か。

予想通り、そこに陣取る機体を発見。……光学センサーでズーム……四足型か。

胴体部から円筒形の頭部が生えている。全回転式のセンサーって感じかな。


胴体下部には三銃身二〇ミリ機関砲をぶら下げ、ひざ上部分には姿勢制御用の火薬打ち出し式ダンパー。

あれは忍者資格を取った関係で、あれこれ勉強した時に見たことがあるぞ。


「≪TRT-66 イクストル≫……」

『正解だ、新人。アメリカ陸軍が開発した戦術ロボット……有線操縦の移動砲台みたいなものだが、この状況だと厄介だな』

≪予想通りの、呆れるほど有効な戦術ですねぇ≫


僕達は通路脇にて待機中。その足元に控えている遊馬さんは、慎重に通路とイクストルを見比べている。


≪射程関係で言っても、ライアットガンはもちろん、リボルバーカノンより上。近づかないと話になりませんね≫

「やっぱり被弾覚悟の特攻か……!」


一本道だから横へ逃げることも……いや、整備用の側道はあるけど、それだって両側それぞれに二個程度。

図面を見た限りでは、そこから後ろに回り込むのは……少なくともレイバーは無理だ。壁に掛かっている人用の通路とかならともかく。


『レイバーに攻撃を引き付け、俺と進士さんで回り込んでケーブルを切断。
3号機でECMをかける――これを基本に後は出たとこ勝負でどうです』

『それしかなさそうね』

『太田、前衛に出ろ。野明と蒼凪は南雲隊長を守って続け。
ひろみはこの場で援護。
……目くらましを上げたら、行くぞ』

『了解』


目くらまし……フラッシュグレネードか。足元に頭部カメラを向けると、遊馬さんがランチャーに砲弾装填。

すぐに前を見て、更に目を閉じ気配確認……周囲の状況を超直感で捉えると、発射音が響く。


……そして遠く、二百メートルほど先で爆発音。


「……!」

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


光が消えかけたところで目を開き、2号機が前進。

レイバーは一応工業機械なので、さすがにガンダムなどのようには走れない。アクチュエーターの音を響かせ、十五メートルほどの通路を懸命に走る。

1号機と僕のヴァリアントが続き、ECM持ちの3号機をガード。このままできる限り前進って思ってたら、2号機が突如停止。

どう見ても百五十メートル以上あるっていうのに、レイバー用のショットガンであるライアットガンを構え、腰だめに連射。


「ちょ、先生ー!」

『どうした、このやろぉ!』


そこで嫌な予感が走ったので、3号機をリードしつつ左脇の横穴へ。


『――――――――――――!』


その瞬間、奴の三十ミリ機関砲が火を噴く。

束ねられた三つの銃身が回転し、マズルフラッシュもそのたびに瞬く。通路脇のパイプや、その上にある作業員用通路を撃ち抜き破壊。

同時に2号機にも襲い掛かるけど、太田先生は寸前のところで右脇の通路にカバー。


『………………太田ぁぁぁぁぁ! 馬鹿かお前は!』

「先生……」


そうか……気合いだ! しっかりしろ、僕! レイバーに乗っている僕は、太田先生の弟子だ! ならばやることは一つ!


「一人では行かせません! 次は僕もお伴します!」

『おぉ! 訓練の呼吸だぞ!』

「はい!」

『黙れ馬鹿師弟がぁ! というか新人、なんでコイツを見習った! 他にもいい人はたくさんいるだろうがぁ!』

『遊馬さん、無駄です! 僕もそれは散々言ったんです! でも聞かないんですよ!』

『恭文君、太田さんと正反対なタイプと思っていたのに……!』

『同じタイプなんですよ! 恭文君、薬丸自顕流……だっけ!? 死なば諸共覚悟の剣術がメインらしくて!』

『それでかぁ!』

『ここに後藤さんの悪人タスクが加わるとか……人類にとって絶望過ぎるわ』


あれ、なんかみんなして失礼なことを! それはそれとして……。


≪……獅子御中の虫どころじゃありませんね。事件外のところで絶望を振りまくとか≫

『だったら止めてくれないかしら! あなたも煽っていたわよね!』

≪だって楽しいでしょ?≫

『こっちもこっちで最悪だったぁ!』


そこで2号機が自分の左側――作業員用通路を伝って近づいてきた、遊馬さんと進士さんを見る。

でも壁に背を当ててやったもんだから、2号機左側頭部のアンテナと壁が衝突――そのまま衝撃に負けて、アンテナが中程からへし折れた。


『だが淵山の野郎、いい加減なこと抜かしやがって……一発狙う間に百発撃ってくるじゃねぇか!』

「ホントですよ! 戦車よりタチが悪いし! だから自爆特攻する機体を用意しろとあれほど!」

『そんな時間と予算があるかぁ!
というか、その考えを今すぐ変えろ! こんな距離で撃ち合って勝てる相手か!』

「確かにこの距離だと、先生でも…………あれ?」


そこで一つ気づく。というか、間抜けにも今悟る。


「…………山崎さん!」


そうだ、銃声は太田先生のライアットガンと、イクストルの機関砲だけ! 山崎さんの対戦車ライフルは加わってない!

もしかしたら突入の時なにかあったのかと、慌てて最後方の山崎さんに声掛け。


「山崎さん、援護はどうしたんですか! 大丈夫ですか!?」

『ご、ごめん。目の前が真っ白になっちゃって』

「じゃあ怪我は!」

『それは、大丈夫だよ。ありがとう』

「…………よかったー!」


でも……偏光ゴーグルを用意しておくべきだったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

くそ、初手で失敗か! どうするどうする! 魔法を使う!? ……って、それもヌルいか。

なにより野明さん達、微塵も諦めてないもの。それなのにお手伝いの僕が早々にギブアップしてどうなるっていうのか。


『どっちにしろこの手はもう駄目だ。アイツ自体の頭は太田や新人並みでも、後で操作してるのは人間だからな』

『なんだとぉ!』

「問題ありません…………ねぇ、先生!」

『あぁそうだな! ごたごた言ってても始まるかぁ!』


というわけで僕達は壁から出て、イクストルに向かって前進……!


『あ、待て馬鹿!』

『私も出ます!』

『泉巡査』


南雲さんも止めるけど、もうここはしょうがない……引いても結局後ろから撃たれる。となればこれはチキンレースだ。

最初に立てた作戦通り、僕達が前に出て、弾丸をできる限り受けて……でも先生一人を狙い打ちにされるのはマズすぎる!

だから僕も盾になる! 大丈夫! ヴァリアントはこういう状況も考えて、前面装甲はイングラムよりぶ厚い!


更に新開発された対弾素材もアーマーの下に仕込んでいるから、直撃の一発二発は……それでも怖いけどね!

でもまぁ、命を賭けたゲームなんだし……楽しもうか……!


『しょうがない……ひろみ、撃ちまくれ!』

『はい!』


僕達に引っ張られる形で、対戦車ライフルと機関砲の銃声が響き渡り、赤いライトで照らされている通路内は着弾音のコンサート状態。

それでも生き残れるのは、リアクティブアーマーによる本体ガードがあるから。でもそれだって一発限りだ。

2号機の胸元が、1号機やヴァリアントの肩が弾丸を食らい晒され、状況はどんどん悪くなっていく。


それでも進軍をやめないでいると、続く弾丸が2号機の頭部に直撃――バイザーが一瞬で粉砕され、内部のゴーグルも粉々。

仕込まれていたモノアイがさらけ出されても、太田先生は止まらない。


『太田さん!』


野明さんが叫びつつ、もう一つの横穴に退避。僕も続くけど、それでも太田先生は止まらず。

……そこで対戦車ライフルの弾丸が、イクストルその一の左前足を捉える。気配で崩れたのがすぐ捉えられた。

でも崩れたせいで頭部に仕込まれていたバルカンが、その矛先を変更。2号機の脇――遊馬さん達がいる作業員用通路に発射。


「遊馬さん!」


慌ててカメラで確認すると、弾丸は足元を薙ぐようにバースト。でも直撃はないらしく、二人は無事だった。

そう、無事だった。作業員用通路が崩れ、揃って通路だった資材共々落下したから。


『遊馬!』


右足に仕込んだリボルバーカノンを取り出し、1号機と一緒にけん制射撃。

よく狙って撃つものの……くそ、あっぱり距離が遠い!


「ち……」


五発の弾丸はすぐに打ち切り、同じく仕込んでいた予備弾丸を素早くリロード。

山崎さんの対戦車ライフルも続けて射撃してくるけど、わりと劣勢だよ。


2号機はいつコクピットが撃ち抜かれてもおかしくない状況で、二十メートルほど先の横穴に退避する。


「太田……太田先生! 生きていますか先生! 返事をしてー!」

『凄く……奇麗な、花畑が……素敵な香りの白い花が、いっぱい』

「そこに入っちゃ駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 戻ってきてください!
ほら、敵ですよ! ぶっ壊せる敵がこっちにいますから!」


なに、これ! いや、なんだかんだで余裕はあるからグダグダかな!

……でも悪態をついている場合じゃない。


≪……イクストル二機、仕留められると踏んで進軍してきましたよ≫

「うん、見えている!」


く、こちらが相手にならないと知って、仕留めにきたか。もう太田先生は前衛として使えないしさ。


「でも狙い通りだ! 遊馬さん……進士さん、聞こえていますか!? 大丈夫ですか!」

『篠原巡査、進士課長、返事をして! こちら南雲……二人とも、返事を!』

『あぁ…………聞こえています! 南雲隊長!』


あれ、遊馬さんの声……なんだけど、ちょっとくぐもっているような。いや、反響している?

さっきまでこんなのはなかったよね。


「……」


自然と耳を澄ますと、ずりずりという音も聞こえる。

どこか狭いところに入って……ほふく前進でもしてるのかな。


『隊長、ECMをスタンバイしてください!』

『篠原巡査、今どこにいるの!』

「……排気口かなにかですか? そのまま背後は」

『取れる!』

「ならケーブルが切れると」

『切った瞬間からオートモードに入って、識別信号に反応しないものを無条件で攻撃するようになる! 隊長ともども一気に叩け!』

「……了解!」


南雲さんも状況が理解できたから、慌てず急いでECMの起動準備。


『ECMの起動準備に入る。各員、そのまま待機を』


機関砲の射程内にいる限り、僕達に勝ち目はない。

……でもね、有効射程に『近距離』は入らない場合もあるのよ。

射撃武器が有効なのは弾丸を放ち、その回避が容易でない距離に敵がいる場合。


近距離ならスタンスティックやライアットガンも有効範囲! 獲物を前に舌なめずりしているなら……やれる!


『太田、もう目は覚めたか!』


遊馬さんの声は、さっきまでのくぐもった感じじゃなくなった。排気口を抜けたんだ。


『おう……!』

『お前と蒼凪の大好きな接近戦だ。準備しろ!』

「楽しみだね……アルト!」

≪えぇ。ゾクゾクしますよ≫

『ほれ、生徒も背中を見習っているぞ! やれるよな、太田!』

『当然だ……! 南雲隊長ぉ!』

『各員へ。最大広域帯でジャミングをかける。
開始後は全てのセンサーを切り、有視界で対処せよ』


現在イングラム及びヴァリアントのコクピットは密閉状態。しかし……それでは困る場合もあるので、イングラムは上部コクピットハッチが展開。

同時に座席がコンソールごと常勝し、首根っこのスペースに頭と肩がさらされる。なおヴァリアントはそういうのないけど、問題ない。正面に対防弾性のクリア装甲も入っているんだ。


とはいえHMDもEMC環境下では使えないから、ぱっと跳ね上げて……射撃などの狙いもマニュアルだ。

リボルバーカノンを仕舞い、左腕のシールドに仕込んだスタンスティックを取り出す。


(鬼さんこちら……!)


体の熱がどんどん高まっていく。

万が一胴体部に食らったら、その時点でおしまいかもしれないんだ。いやが応でも緊張感は高まる。

でも、同時に……そんなゾクゾクが楽しくもあって。やっぱこの遊びはやめられそうになかった。


(でも、それでも……)


そこでまた……あのお姉さんのことを思い出すのは、間近な出会いだったせいなのかな。

こんな好き勝手が誰かのためにも繋がって、それが生活にも繋がって……贅沢だけど、幸せななにかを描いていく。


(僕はお姉さんが……この街に住むみんなが描く未来を守りたい)


そんな未来も信じて、気持ちを更に高ぶらせていると…………。


(僕の手だけじゃ支配と同じだけど、でも)

『――――!』

(一人じゃないから!)


遠く……でも確実に近くで、連続したショットガンの銃声。

必死に、焦るように積み重なるリズムは、ある段階で停止する。


それはケーブルを撃ち抜いたからこそ……その瞬間、イクストル二機は人の手を離れ、その歩みを、蹂躙に等しいけん制射撃を止める。


……まずは3号機がすかさず脇道から出て、頭部に仕込んだECMを展開。

ゴーグル上やアンテナ側面、下部のパーツがせり出し、不可視の戒めを放つ。

そう言えば淵山さん達、これを『メドゥーサ』って言ってたね。髪というか、見えない蛇によって電子機器は『石』となる。


言い得て妙――イクストルは頭部に仕込まれたモノアイを点滅させながら、混乱した様子で全方位回転。

その上で対人バルカンを乱射するけど、その児戯に等しい抵抗がやんだところで踏み込む。


『食らえ、この火星野郎が!』


太田先生は近くにいたイクストルの前へ立ち、リボルバーカノンを全弾発射。

弾丸一つに仕込まれたベアリング弾数発が、軍用レイバーの分厚い装甲をいともたやすく貫く。

そうして内部機構にも傷を負い、スタンしたイクストルに対し。


『これでどうだ!』


ケンカキックで横倒し……でもまだだ、倒れた時のため、ダンパーの射出機能が存在してる。

太田先生が二機目を取り押さえている間に、一機目へと踏み込む。


スタンスティックを逆手に構え、そのまま刺突。再びバルカンやガトリングが撃ち抜かれる前に、太田先生が開けた穴から動力部を貫き完全停止させる。


『泉! 早くこいつに止めをさせ』


そこで太田先生が取り押さえていた二機目から、ガトリング発射。

2号機はとっさに身を逸らして弾丸を回避したものの……それは天井に直撃。

コンクリで作られた分厚いトンネルはいともたやすく削られ、そこから海水が流れ込んできた。


『天井をぶち破りやがった――!』

『浸水だぁ……!』


そこで一気に思い起こすのは、床で……最下層で構えている山崎さんのこと。


「山崎さん、逃げてください!
……浸水だ! 山崎さん、早く逃げて!」


1号機が2号機へと近づき、再び向けられたガトリングを掴み、強引にねじ曲げ本体から引き剥がす……!


『隊長、行ってください! 恭文君も!』

「でも」

『早く!』

「……はい!」


……3号機を伴い、今度は僕が前衛に。


「3号機! エレベーターまでは僕の前に出ないでください!」

『しかしそちらもリアクティブアーマーはもうほとんど』

「何とかします!」


スタンスティックは左手で持ち替え、右手で再びリボルバーカノンを保持。

流れこんでくる水をものともせず、最初にイクストルが陣取っていた曲がり角へ。


「見たい未来があるんです……」


そのまま進むと、目的のエレベーターを発見。レイバー用のスイッチを左裏拳で叩き、エレベーター稼働。

……でもその瞬間、とても嫌な予感がする。同時に覚悟が……腹が定まった。


「だから絶対に」


3号機が周囲を警戒する中、僕は上を――エレベーターを見上げた。更にリボルバーカノンも構える。

降りてくるエレベーターは一部を除いて、金網が敷居となっているせいでよく見える。

……今僕達が乗り込もうとしていたものには、三機目のイクストルが乗っていた。


「諦めない!」


そしてエレベーター到着後、ここも『戦場』となる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


エレベーターに乗れたのは、私だけだった。

到着直後、至近距離での射撃が私達を襲う。

それに対しヴァリアントが跳びかかり、押さえ込みながらエレベーター外へ飛び出した。


エレベーターが破損しないように、柘植のところへ行けるように……しかもイクストルを蹴飛ばし倒した上で、彼は遠慮なくエレベーターを起動。

強引に3号機を押し込み、ヴァリアントは再び暴れ始めたイクストルともみ合い、ヴァリアントは弾丸に至近距離で晒されていく。


「ヴァリアント、応答しろ! ……蒼凪君、応えて! 蒼凪君!
1号機、2号機……篠原巡査、各員聞こえるか!
ヴァリアントが控えていた一機と交戦中! 至急救援に向かわれたし……各員、応答せよ!」


地上へ近づくにつれ通信も届かなくなり……結果、撃たれ続ける彼を置いていくしかなかった。


「…………!」


歯ぎしりと一緒に慟哭を飲み込み……ただただ無事を祈り、ようやく地上へと出た。

3号機は幾つかの直撃を食らったものの、炸裂装甲のおかげでほぼ無傷。これも、彼らが残してくれたものだ。

万が一地上に出た際、レイバー戦が発生しても……私だけは万全で戦えるようにと。


そのままエレベーターを降り、周囲に敵影がないことを確認した上で膝立ち。ハッチを開き、グレネードランチャーを持った上で降車。

あとは……もう、探す必要なんてなかった。


……あの人はただ一人……埋め立て地に居座る白い鳥達にも構わず、双眼鏡であの町を眺めていた。

そうしてほほ笑んでいる。場違いなほどに美しく、状況を鑑みていないほどに穏やかな姿。


「……ここからだと、あの街が蜃気楼のように見える。そう思わないか」


ヘルメットを脱ぎつつ、まだ留まっている鳥をかき分け、慎重に近づく。

それでもあの人はあの街を、蜃気楼だと言った現実を見ていた。私の方は、決して見ず……抵抗や、武装している気配もなく。


「例え幻であろうと、あの街ではそれを現実として生きる人々がいる。それともあなたにはその人達も幻に見えるの」

「三年前、この街に戻ってから……俺もその幻の中で生きてきた」


ようやく双眼鏡を下ろし、あの人は私へと振り向いた。

一昨日と変わらない穏やかな……無機質さすら感じさせるほど、達観した笑みがまた向けられる。


「それが幻であることを知らせようとした。しかし結局最初の砲声が轟くまで、誰も気付きはしなかった。
いや、もしかしたら今も……」

「……どうだっていいんだよ、そんなのは」


ハッとして振り向くと……いつの間にかエレベーターが一往復していた。

そこには……ぼろぼろのヴァリアントとイクストル。そこからはい出てきた……裂傷を幾つか負った蒼凪君がいて。


「蒼凪君……!」

「かすり傷ですらありませんよ、こんなの」


いや、そんなわけがないでしょ! 軍用の機関銃なんて、肉体が掠っただけで……どこかが欠損するような威力なのに!

だから掠ってすらいないのは分かる。……それでも、それでも相応の傷は付いたのに。


≪えぇ。それより……このポエミーなおじさんですよ≫

「ほんと、散々暴れてくれたねぇ……。おかげで休むつもりもなく這いずっちゃったよ」

「……憎いか? 私が」

「そんなのどうだっていい」


それでもあの子は必死に……血を流しながら、特に傷が酷い左腕を押さえながら、近づいていく。


「世界が……戦争や平和の真実がなにかなんていうのも、知ったこっちゃない」

「なら君は、なぜ戦うんだ。君の血と痛みすら、幻のように……モニターから見ている者達がいる。
それを捨て置かれることに恐怖はないのか?」

「お前が……お前達が抜かす御託を通されると、壊されるものがある」


彼は……この人の問いかけに、笑って言い切った。


「不安でも、新しい何かに挑戦したいって人がいた。
自分の届ける声が、誰かの力になれたらって……そんな希望に縋っていた人がいた。
でもお前達の御託を通されたら、その人が笑えない――同じようにこの街で頑張っているみんなが笑えない――!」

「……」

「お前達はこの街を……そんなみんなの頑張りが無駄だとあざ笑い、泣かせた! だから邪魔をする! 」

≪まぁ、そういうことです。言葉遊びなら荒川さんと獄中でやってください≫


……理想も、運命も、宿命も……真実や欺瞞などという言葉遊びになど、興味がない。

ただ、そんな人がいて、笑うために……その人が進むために、こんな”戦争”は邪魔だと思った。

その人だけじゃなくて、同じように足掻いている誰かを守りたい……その人達の頑張りが、夢が、無駄で踏みつけられていいものとは思えない。


そんな好き勝手を通すために、ただそれだけのために……もちろん私には、いつそんな出会いがあったのかは分からない。

だけど、その乱暴で、私達の問いかけすら吹き飛ばすような力強さが……とても頼もしくて。


だからここまで引かなかったのだと、ようやく……胸に、すとんと落ちるものがあって。


「…………」


あの人はそれを……ただ無言のまま、優しく受け止めた。

その姿を見ながら、停まっていた思考を動かす……鋭く働かせる。


「……少なくとも、今あなたの前に立っている私と彼は、幻ではないわ」


グレネードランチャーに信号弾を装填し、空に向かって放つ。軽い砲声が響くと、明けの空に赤い光が生まれる。


こうして福音は流される。これが正解だと信じて……いえ、その必要もない。

確信がある。それは決して揺るがない。


あれもきっと、神様のように壊れてしまった彼の声だから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


荒川さんを確保した後、地上に出てとある人達と合流。というか、その人達との折衝を頼んでいた北沢と合流。

これもまた、ツテで協力を頼んだ人達だよ。しかも電子戦の専門家……まぁ篠原重工の関係者なんだけどねー。

飛行船絡みのデジタル攻撃を解除するなら、そっちの人達にも協力してもらわなきゃいけない。北沢にはそこを手伝ってもらっていたんだ。


「…………隊長!」

「あぁ、見えているよ」


さっきからずっと……重工所有のバンにもたれかかりながら、あの埋め立て地を見ていた。

松井さんも埋め立て地へ入るためのヘリへ近づき、そのパイロットと打ち合わせ中……白い煙があがった。


それで俺達は一斉にバンの後ろへ。そこはさながら前線基地であり、様々な電子機材が積み込まれていた。


「お願いします!」


北沢が改めて……あのコード表を機材へ差し込み、素早く操作。


「送信開始。出力最大」


そうして電子の檻を打ち破る、福音書が送られる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――アナログな世界で作られた聖なる書は、今デジタルの救世主になろうとしていた。


「……我地に平和を与えんために来たと思うなかれ。我汝等に告ぐ、然らず、むしろ争いなり。
今から後一家に五人あらば三人はニ人に、ニ人は三人に分かれて争わん。父は子に、子は父に、母は娘に、娘は母に」

「あれを憶えていてくれたのか」


彼は眼鏡をかけ直し、どこか嬉しそうな声を漏らす。


「帰国したあなたが最後にくれた手紙は、それだけしか書かれていなかった。
あのときはそれが、向こうでの体験を伝えるものだとばかり」


でも違った。いえ、正しくもあったけど、それだけじゃなかった。

それを……私が知っている情報を、ECM解除用のコード表にするなんてあり得なかったから。

もしかしたら彼は。


「……」


そんな問いかけは無意味と、首を振る。


あなたはこの国を愛していた。愛するからこそ、身に降りかかった理不尽を憎んだ。

愛するからこそ、現実を伝えようとした。告げゆく人として……でも遅すぎた。


気づくのが余りに、遅すぎたけど。


「気付いたときにはいつも遅すぎるのさ。だがその罪は罰せられるべきだ。違うか」

「……よくお分かりだ」


蒼凪君が私の隣にやってくる。

一瞬見やるけど蒼凪君は大丈夫だと頷いてきて……だから。


「柘植行人。あなたを逮捕します」


そうして私は彼に手錠をかける。過去へ決別するために……でもそんな私の手に、彼の左手が重なる。

本来なら応えるわけにはいかない。でも、それでも私は……その触れ合いに心を許し、指を絡ませる。

その上でこんな現実への嘆きを、気づかなかった自らの罪を裁くべく、自分の手にも手錠をかけた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


浸水した中なんとか先へ進み、エレベーターに到着。するとヴァリアントとイクストル(三機目)がおしゃかとなっていた。

更にコクピット脇にも弾痕――おいおい!


『……蒼凪ぃ!』

『恭文君!』


野明が、そして太田が慌てて駆け寄りコクピットを剥がしたが……そこには誰もいない。

それでもしやと思い、ボロボロなイングラムも一緒に乗っかり、改めて上がると……。


「……太田先生、山崎さん、野明さん……みんなー!」

≪全員、なんとか無事でしたか≫


蒼凪は埋め立て地の……ヘリの残骸にもたれ掛かりながら、手を振ってきた。

しかもあっちこっち傷だらけ……だから太田と野明を筆頭に、全員で駆け寄って。


「蒼凪ぃぃぃぃぃぃぃぃ! 貴様……この馬鹿もんがぁ! 無茶苦茶しおってぇ!」

「ちょ、太田先生……今はその、汚れる! というか傷が開く!」

「だがよくやった! よく南雲隊長を守り通した! それでこその横着者だぁ!」

「太田さん、駄目だよ! ほら、傷の手当てもしないと!」


なお、太田が滅茶苦茶感涙していて、引っぺがすのは大変だったと言っておこう。

とりあえず山崎が中心となって、包帯を巻いて、止血して……。


「……しかしヴァリアントに助けられたなぁ。直撃コースも幾つかあったのに、奇跡的に逸れてやがる」

「というか、榊さんやシゲさん……整備班の人達にもですよ。じゃなかったらマトモに動けなかっただろうし」

「でも……これでちゃんと帰ることができるね」

「……はい」

「じゃあ、後は僕達に任せてくれていいから」

「……それは駄目です! ちゃんと僕も」

「いいから言うことを聞け」


山崎や俺達に食い下がる蒼凪……それは予測していたのか、太田が頭を強引になで回し、止めてきた。


「貴様にはやるべきことがまだあるということだ」

「そうそう。……もし私達の立場になったら、そのときは……また別の誰かを助けてあげてほしいな」

「太田先生……野明さん……」

「まぁ心配するな。太田はともかく、他は再就職くらい上手くやっていくさ」

「まぁお前は親のすねをかじれば問題ないからなぁ……!」

「なんだとぉ!」

「先に始めたのは貴様だろうがぁ!」

「まぁまぁ……」

『…………篠原、聞こえるか』


また太田と久々に一戦やらかそうというところで、ヘルメットから隊長の声。

それで軽く胸が震え、野明や太田も表情が緩む。


「こちら篠原……隊長!」

「地上で隊長の声が聞こえるってことは」

「えぇ。妨害電波は消えています。……だからあそこに」


蒼凪が指し示すのは、埋め立て地の先っぽ……そこにはコート姿の隊長がいた。

――それは戦いの興奮も、痛みも、余韻も吹き飛ばし、俺達全員……勝利の美酒に酔いしれるには、十分すぎるくらいで。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


エレベーターの先……柘植としのぶさんが立っていた場所にいた。

いや、奴が見ていた景色を知りたくてねぇ。

作戦開始前は夜明け前だってのに、今はもう青い空が世界を覆っていた。


雪雲も奇麗さっぱり消えてるから、もう最高よ。……だがそんな景色にも背を向け、俺も蒼凪のところへ。


「……蒼凪……知っているか? まともな役人には二種類しかいない。悪党か……正義の味方かだ」

「なんですか、いきなり……振られた痛みを慰めてほしいんですか?」

≪さすがに変態でしょ……≫

「あ、隊長……そういう……」

「でも小学生に手を出すのはどうかと」

「違うよ!? いや、真面目な話! 本当に真面目な話だから!」


つーかコイツ、傷を平然と……やっぱり覚えがありすぎて、胸が痛くなりながらも……軽くせき払い。


「お前さんは間違いなく悪党の側だ。しのぶさんの見立ては間違いじゃなかった」

『ですよね……』

「なんで山崎さんや野明さん達も同意!? というか、太田先生までー!」

「そして荒川さんも、例の”グループ”で動いていた連中も悪党だった。
……お前さんがそれをよしとしないなら……」


……そこで一つ迷う。だが……蒼い空……コイツの名前に刻まれた色を見上げて、そんなものは吹き飛ばす。


「張るしかないんじゃないの? 正義の味方をさ」

「……正義の……僕が……」

「もちろん今回の警察や自衛隊、政治家達みたいな嘘っぱちじゃない。
小さくても……自分の手が届く範囲の責任でいいからさ」

「……」

「まぁ、おじさんの戯言だと思って聞き逃してくれていいから」

「そんなことないです」


……そうして蒼凪は、何かを両手に載せる……そんな仕草を取る。

それを泉や山崎がほほ笑ましそうに見つめ……山崎については、その手の中を優しく撫でた。何もいないはずなのに。


「それはきっと、僕が……最初に描いた夢だから。だから……諦めたくない」

「そう……お前さん、これから苦労するねー」

≪でも楽しめるはずですよ。嘘に流されるよりは……ずっと≫

「……うん」


その言葉に安心して、もう一度……変わらない空を見上げる。

そうしてあの二人が乗ったヘリを見つけて、ぽつりと……つい呟いた。


「……結局俺には、お前達だけか……」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


飛行船のECMやらなんやらを解除した上で、俺と後藤さんはヘリで埋め立て地に突貫。そうしたら……濃厚なラブシーンだよ。

いや、ありゃラブシーンだな。おかげで傷心の後藤さんは埋め立て地に残り、俺はヘリの助手席でぶ然としていた。

坊主は傷こそ浅いが、動かせないということで……その救援手配も必要なのになぁ。もちろん無茶な若者達も含めてのことだ。


なお……。


「「…………」」


後ろの二人は、まるで共犯者が如く寄り添っていてた。最初からずっと……声をかけることすら躊躇われるレベルだ。

あの場に飛び込めた坊主は、よっぽどのKYか心が強い奴だろう。少なくとも俺には真似できない。


……ただ、そんな俺でも……どうしても聞きたいことはあって。


「先ほど連絡が入ったが、ボートで脱出したお前の部下達は全員治安部隊に投降したそうだ。
死傷者不明――被害総額はどれくらいになるか見当もつかん。
……一つ教えてくれんか」


そう前置きした上で振り返り、共犯者な二人――その一人である柘植行人を睨みつける。


「これだけの事件を起こしながら、なぜ自決しなかった!」


そう厳しく問い詰めても、奴は揺らがない。仙人みたいな顔で、目を閉じ物思いに耽るだけ。

これだと答えは期待できないかと思ったが。


「もう少し、見ていたかったのかもしれんな」

「見たいって、なにを」


そう言って奴は窓の外を――そこから見える、朝日に包まれた『戦場』を見やる。


「この街の、未来を」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――二〇一四年八月初頭

東京都豊島区 水谷公園



――あの冬の日から半年近くが経とうとしていた。僕も小学六年生になり、ちょっと大人に。あのとき負った怪我ももちろん完治。

あれから……それなりに大変だった。電波妨害が解除されたとはいえ、主要な通信網は粉砕。

まずはその立て直しや、市民の生活・治安維持のため、自衛隊の活動は一か月以上続いた。


そうして日常的な生活が滞りなく送れるようになった頃、ようやく自衛隊は撤退。

もちろん事件の全容が紐解かれたことにより、政府や警察、自衛隊のトップは総入れ替えという憂き目を受けて、勢力図もそれなりに変わった。

それで……後藤さんや南雲さん、野明さん、遊馬さん、山崎さん、進士さんは警察を退職。


確かに非常時だったけど、それでも決して正当な動き方じゃない。誰かしらが責任をきっちり取らなかったら、収まりが付かなかった。

ただ、幸い依願退職という形が取られたので……それに責任云々で退職したのは隊長二人だけ。

野明さんと遊馬さんはこれを機会に、篠原重工のレイバー開発部へ再就職。進士さんも元々友人から誘われていたソフトウェア開発会社に円満移籍。


山崎さんは実家の親御さん……沖縄だったよね。その家業を引き継ぐのも兼ねて、里帰りしていった。

で、太田先生については……確かに養成学校の教官職からは外されたんだけど、その……現在、特車二課第二小隊の隊長をやっていまして……!


いや、言いたいことは分かる! どうして現場復帰したのかって辺りはね!? ただこれも事情があるの!

元々新設部署で寄せ集めだった特車二課は、事件前から再編成の流れがあった。レイバーの稼働状況も鑑みてね。

でも創設からそれを切り盛りしていた隊長二人が降りたことで、だったらその運用ノウハウを誰が受け継ぎ、発展させるかという話になった。


そこで特車二課という機構の基礎を知り、養成学校で人を育てる力も培った太田先生が適任だった。

隊舎も壊滅したけど、治安悪化によるレイバー犯罪の増加も鑑みられたからね。新編成された警察上層部も、そこは苦渋の選択という様子だった。

なお、現隊員と詩織さんは相当に苦労しているそうで……でもおかしいなぁ。ヘルプで呼ばれたときも、太田先生はいつも通りだったのに。


まぁそんな感じで、割りと穏やかに……想定していたよりはずっと、優しくも厳かな処罰で進んで。

でも……後藤さん、フラッと姿が消えたんですけど。南雲さんは海外の難民救済PKOに参加するとか言っていたけど……まぁ大丈夫か。


それよりは今……この瞬間だ。


≪すっかり夏……でも平和ですねぇ≫

「だな……あの冬が嘘みたいだ」

「でも現実だった」

「……えぇ。その正悪や真偽はともかく、起きたことは事実」

「それでもしぶとく動くんだ。柘植や荒川……”グループ”が思っていたより、世界は単純らしい……しゃりしゃり」


ヒカリがまたガリガリ君の梨味をかじっているけど、それは気にしない。


『――――この曲を出す……うたおうっていうとき、ちょうど例のテロ事件が起こったんですよ』

『あぁ、タイミング的にピッタリだったから……』


今はつけっぱのラジオの方だ。

朝のお散歩も兼ねて外に出たけど……なんだか少し日差しも柔らかいから、ショウタロス達と木陰でちょっと一休み。

更にスマホでradikoも持ち込んで、昨日聞けなかったあるアニメ系音楽番組を聴いていた。


昨日のこの番組……あのお姉さんがゲストに出ていたから。デビューシングルのリリース記念ってことでさ。


『私なりにどうなるんだろうなって不安もあって、でも挑戦したいって気持ちもあって。
でも世界が……住んでいる街が大変なときに、それでいいのかなって思う部分もあって……曲をうたえるかどうか以前に、そこから迷っていたんです』


差し込む木漏れ日……少しずつ強くなる夏の輝きを感じながらも、日陰ゆえに涼やかな風も吹く。

水分補給もきっちり忘れずにのんびり芝生に寝転がっていると、胸元に置いたスマホから、お姉さんの声が響いてきて。

……あの冬の日から会っていないけど……でも、ファンレターって形で無事は知らせて、応援していて。


『それで、あの電波妨害やらが起きる直前……夜にマネージャーさんと乗った車が、パンクしまして』


でもそのとき、びくんと胸が震える。慌てて目を開けると、ショウタロスも同じで……ついスマホに目をやる。


『それをたまたま助けてくれた忍者さんがいたんです。アニメとか好きで、こういう仕事もそれなりに分かる小さな子で。
というか、ゆかなさんのファンで』

『ゆかなの!』

『忍者さん! え、じゃあその子も事件対処に』

『動いていたみたいなんです。それで……今度CD出すんだよーって話をオフレコでお話して』

『え、それは大丈夫だったの?』

『マネージャーさんも一緒だったので。……なんかもう、そのときはそういう迷いが最高潮で。
こんな小さな……私より年下の子なんですけど、そういう子が街や困っている人のために、深夜まで頑張っていて。
それは自衛隊の人達や警察の方々もそうですけど、なのに……私はこれでいいのかなーって。ただ好き勝手しているだけだし』


そうだ、確かに迷いもあった。だから……そんな迷いで、奇麗な瞳や声が曇るのは嫌だなって思って……それで。


『そうしたらその子、ゆかなさんや、あるとき助けてくれたお姉さんの歌声があったから、辛いことも受け止められたって教えてくれたんです。
ちょっと事件に巻き込まれて、それで家庭不和もあって……途方に暮れても、それでもって」

『うん……』

『ただすれ違うだけでも……自分すら予測しないところで、ただの好き勝手が……誰かの助けになっていることもあるんだって……励ましてくれたんです』

『なら、それで……改めてやってみようと』

『諦めないよって約束しましたから。……あ、その子も一度、ファンレターって形で私に事後報告をしてくれたんです』


そこで拍手混じりに声が弾み……いや、待って。それは嫌な予感が。


『”怪我はしたけど、無事に家へ帰れました。教えてくれた新曲、発表されるまで内緒で……ずーっと楽しみにしています”って』

「いや、待って! そこまで話すのはどうなの!? それはあの……あのー!」

「覚えがめでたいというやつだなぁ……」


それでいいのかな、ヒカリ! これはマネージャーさんとかに怒られるんじゃ!

あわわわわ……予想外だよ! というかどうしよう、なんか顔が熱い! すっごく熱い!


『だから……この歌のレコーディングでも、その子も聞いてくれたらいいなって思いながらうたっていたんです』


そこで更に胸が高鳴る。お姉さんの優しい声が……本気でそう思ってくれているのが、ラジオ越しでも伝わってくるから。


『もちろん、まだ私を知らない人も、知ってくれているファンの人達も……私の何かが、誰かの力になれたらいいなって』

『届いているといいよねー! というか、その子って男の子!?』

『男の子……ですね!』

『え、ちょ……マネージャーさんがちょっとーって顔しているけど! いいの!? 生放送だよ!』

『もうぶっ飛んでいきましょう! でもそれなら、運命の出会い的なー!』

『どうなんでしょうねー!』


とぼけて明るく笑うお姉さん……その優しい声に、身体の火照りが収まらない。

でも、それでも……あまり迷惑にならないようにと決意しながら、木陰から見える透き通るような空に思いを馳せ、つい笑っちゃう。


「……聞いているし、届いているよ、お姉さん……あの、ありがと」


その、大丈夫なのかなって……心配にはなっちゃうけど。

でもでも……両手を握って、自然に浮かんでいた涙も噛み締めていく。


「すっごく嬉しいです」

「……でもお兄様、だからと言って五枚は買いすぎでは」

「保存用・聞く用・布教用・やっぱり保存用・使う用で五枚は常識でしょ」

「いや、使うってなんだよ!」

「お兄様には私がいるので、少なくとも使う用はいりません」

「お前もしゅごキャラとしてだなぁ!」

「これはよく分かっていないパターンだな。……ただまぁ、またファンレターでも書くか?」


からかうようなヒカリの言葉には、涙を払い……こくりと頷く。


「本当に、少しだけだね。あと、活動の邪魔にならないように……距離感は保って……!」

「返事は欲しくないのか」

「いいよ、別に」


……ううん、それは欲しい……でも違うんだ。

今僕がいる位置に、それを届けてほしいっていうのは、きっと凄く贅沢で、我がままで。

きっとそれは……僕が、叶ったらいいなって思った好き勝手を、僕が踏みにじることと同じで。


「これでいい」


見上げるだけになっても……本当の意味で違う世界になっても、僕のことなんて『そんなこともあったなー』って程度に収まっても。

お姉さんが笑って、大好きだって言っていた歌を続けてくれるなら。

それで僕だけじゃなくて、たくさんの人が……前に進む何かを感じ取ってくれるなら。


僕はやっぱり、それだけで……あのときの幸運を信じられるから。


「“お姉さん”と同じだよ。
今こうして……同じ街で、空の下で走っていられるだけで……こうして気持ちを届けてくれただけで、胸が一杯だから」

「……純愛だなぁ」

≪なお、フィアッセさんと風花さんはその辺り、また詳しく聞きたいそうですよ?≫

「え?」

≪ヤキモチってやつです≫

「なんで!?」

「そうだよ、聴きたいよ!」


あれ……後ろに気配が。

振り返るとそこには……夏服のふーちゃんと、夏用のストールを巻いた…………フィアッセさんが!


「フィアッセさん!? え、いつの間に!」

「夏休みだから、遊びにきたんだー♪
というわけで、お話だよ? 婚約者なんだから」

「……というか恭文くん……ファンとして、節度は……ね!? 大事だから! ぐいぐい行くの駄目だから!」

「待って待って! そのつもりは……圧が強い! 出てきて早々ぐいっと迫らないでー!」

「だってこれ!」

「これ?」


ふーちゃんが差し出してきたのは、両手で抱えられるサイズの小包だった。しかも割れ物注意とか張っていて。

受け取ると、そこまで重くない。……爆発物って感じでもないね。それにしては薄いし。


「今朝方……というかついさっき届いた荷物。おばさんから預かってきたの」

「いや、荷物って……発送元は……って、ここは」

≪あの人の事務所さんじゃないですか≫


妙に気になって、小包を慎重に開く。すると中には……。


「え、えぇ!?」


サイン入りの、お姉さんのデビューシングルと……手紙が入っていて。

便せんを開くと、とても奇麗な字が、音楽を描くようにしたためられていて。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……ちゃんと届いたようで、何より何より」


スマホに届いた、運送会社からの発送完了メールをもう一度見て……撮影現場の片隅でニコニコしちゃう。

これもまた平和だからこそ……あの子が、いろんな人が守ってくれた時間だと刻み込むように、電源を落とす。


今日はグラビア撮影……というか取材。デビューシングル発売の大事な時期だから、こういうお仕事がたくさんあって。

それでも空を見上げる。窓から見える夏の空……あのとき見上げた、冬のしんとした空とは違う、時間が進んだからこそ見られる輝き。


「忘れないよ、あたし」


まぁマネージャーさんからもちょっと叱られちゃったけど……でも、忘れない。

怪我をするくらいの状況に飛び込んで、戦って……そうして開いてくれた未来だって、信じたいから。

それはもう、あの後の特車二課第二小隊の動きを見れば、ね? 私だって大人として察することもできるし。


だから君に……今も頑張っているこの街のみんなに、たくさんのものを届けていきたい。そう思えたから。


「空の下で私達……ちゃんと繋がっているから」

「――――天原さん! スタンバイお願いします!」

「……はい! こちらこそよろしくお願いします!」


世界は難しい問題も、嘘や悲しい真実もある。私にできることなんて、本当にちっぽけで……世界全部を変えて、救うことも無理で。

でも、手を伸ばす。私なりの一歩で、声で……予想もしない未来が開けると信じて。


そんなちっぽけな可能性のために頑張ってくれた……小さなヒーローもいるんだって、刻み込みながら。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


届いたCDと……優しく奇麗な字でしたためられた手紙を大事に抱えながら、公園から自宅までの道を歩いていく。


――小さなヒーローさんと、その相棒さん、きらきらなしゅごキャラちゃん達へ――


決して長くはないけど、でも……込められた思いが伝わる、優しい文章で。


――約束していた歌声です。ずっと待ってくれていて、ありがとう――

「こちらこそ、ありがとうございます……!」

「よかったね、恭文くん……」

≪最高の報酬……っていうのも下世話ですか? 距離感は考えるんですし≫

「うん」

「でもよぉ、なんで自宅の場所が割れてんだ?」

「確かに……私やお姉様達も教えていませんし。というかその暇もありませんでしたし」


――こうして、冬の日に起きた切なくも痛みを伴う事件は……たくさんの課題をこの国に刻みながら終わっていった。


「……もしかしてなんだけど、恭文くんが送ったファンレターで……そこから辿って」

「僕は何も聞いていないんですけど……!」

「ア……ごめん」

「ふーちゃん?」


傷ついた街も、経済という生命活動も、すぐには戻らない。だけど……それでも人は、街は進んでいく。

僕もそんな一人で、お姉さんもそんな一人で……後藤さん達もそんな一人で。


「事務所さんから事前連絡が来てね? 大丈夫かーって確認があったの。
ただ恭文くんをびっくりさせようと、おばさん達と……黙っていて」

「お父さん、お母さんー! というかふーちゃんー!」

「だって、届くのが誕生日後って聴いたから……きっとまた、運悪く……」

「どういう言い訳!?」

「実際あったよね、妖刀騒ぎとか! 怪我したよね、また! まだ治療中だよね!
それで軽井沢に修行とか企んでいるし! 不安になるなっていう方が無理だよ!」

「うがぁぁぁぁぁぁぁ!」


それで皮肉なことに、今は牢獄にて罪を償っている荒川さんや、柘植も……そんな一人で。


「というかヤスフミ……見ろよ! それも伝わっているみたいだぞ!」

「そう言えば……」

――PS:また事件で怪我したみたいだけど、治るまで無理しちゃ駄目だよ?――

「きょ、距離感……考えよう……!」

「ほんとそうだな!」


だから僕も……騒がしいこの夢達と、相棒と一緒に、また歩いていく。


≪でもよかったじゃないですか≫

「いや、それでも……節度は……節度は、守る……!」

「うん、大事だね。……私とフィアッセさんとのお話もあるし!」

「そうだよー! やっぱり私、恭文くんと一緒に住むから! そうして白髪生えるときまでだよ!」

「「「「「それは重たい!」」」」」

「どうしてかなー!」

≪いきなり結婚生活開始ですしねぇ≫


好き勝手に……でもそれが誰かの力になれたらいいなって、そんな甘さを抱えながら。

そうして少しずつ近づいていくんだ。正義の味方……ううん、僕が描いた夢に……勇気の形に。


もちろんそれは僕だけじゃなくて……それらを受け止め、進んでいくのが、この街の姿だった。


(TOKYO WAR Ver2014――おしまい)






あとがき

ヒカリ(しゅごキャラ)「というわけで……TOKYO WARVer2014はこれにて終幕。
この事件がまた後で起こる事件の遠因やらになっていくわけだな。あとは……」


(特秘事項です!)


シオン「お兄様……まぁその後の関係は、またご想像にお任せするとして。まずは妻として話があります」

ヒカリ(しゅごキャラ)「まぁ頑張れ。私はファミマのニンニク大盛りラーメンを食べる」

恭文「コンビニ二郎系の一角をここで食べないで!? というかシオンも落ち着いて! 目が怖い!」

風花「私もだよ、恭文くん! このお話でのメインヒロイン枠は私だよね! なのに出番がちょっとって! なおかつ浮気って!」

恭文「浮気とかじゃないから! 頑張ろうって元気をもらっただけだから!」


(あくまでも応援姿勢らしい蒼い古き鉄でした)


風花「でもオリキャラなお姉さんとはその後もずるずると!」

恭文「ずるずる言うな!」

シオン「オリキャラだったんですか」

恭文「さすがにね! というか……うん……これには深い事情があって」


(………………いい名前が思いつかなかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
これっぽっちも、かけらも、全く…………どうしようもなく!)


シオン「……浅すぎて絶句ですよ、それは」

恭文「かざねはさくっと出たんだけどなー。軽かったんだけどなー」

かざね「あたしを軽い女みたいに言うなー!」(ドロップキック!)

恭文「ぐぎゃふ!」


(というわけで、歴史上の人物やらからまた探っていきたいと思います。
本日のED:SOPHIA『cod-E〜Eの暗号〜』)


かざね「というか、あたしはまず名前からでしょ! 出す予定もなかったけどって感じでさぁ!」

恭文「せ、潜入捜査編を書くのに必要だったから……」

かざね「じゃああれだ、あたしが付けるよ! 青色空子とかどうよ!」

シオン「真知屋さん、それも絶句対象です」

風花「もうちょっとやる気を出さない!?」

かざね「だって……それだと、いろいろライバル的で……!」

風花「恭文くん、本当に話し合いだよ! かざねちゃんも不安にさせているし!」

恭文「あ、はい」

歌織「ちょっと待って」

恭文「歌織?」

風花「歌織ちゃん、どうしたの…………あ」

歌織「私……このとき出ていたはずなのに、出ていないわよね?」

恭文「 」

古鉄≪……尺の問題で登場編、出せませんでしたからねぇ。というわけで急遽その辺りを描く短編を後日掲載予定です。
まぁ記念小説でもやった範囲をリメイクという感じですけど、そこはまた……ショウタロスさん達がいることにより差異で出しましょう≫

歌織「だから、私とも話……しましょうね? 絶対だから」

恭文「あ、はい……」

シオン「というわけで、第0.5685369721863話でお会いしましょう」

ショウタロス「小数点を以下に突入しすぎじゃね!?」


(おしまい)






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あきゅろす。
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