小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作) 西暦2017年3月・フロニャルドその2 『Mはいつでも待っている/帰りたい! 帰れない!? 魔導師inフロニャルド!』 ロラン「――ついに迎えた、イオン砦攻防戦。窮地に置かれた我らビスコッティは、姫様の提案で異世界から勇者を召喚した。 勇者は異界の装備と能力、そしてそれを使いこなしつつもフロニャルドの流儀を受け止める柔軟さ、知恵と勇気で、見事レオ閣下を撃破。 我らビスコッティも久々の勝利に沸き立ち、勇者の華々しい大活躍にはただただ感謝……と言いたいところだったのだが」 アメリタ「なんと勇者様は、召喚されたら二度と元の世界に戻れないと知らなかったご様子。というか、召喚した姫様まで……! このままでは私達、ただの誘拐犯……以前に、勇者様はお困りを通り越して激怒中。タツマキを鍋にする構えです」 ロラン「…………異世界同士の、友好問題……世界間戦争……!」 アメリタ「それは絶対に阻止しなくてはいけません!」 ロラン「そ、そうだな。ならば、こんなときは……」 リコッタ「このリコッタ・エルマールにお任せであります!」 魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s 西暦2017年3月・フロニャルドその2 『Mはいつでも待っている/帰りたい! 帰れない!? 魔導師inフロニャルド!』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 前回のあらすじ――異世界に連行され、帰れなくなりました。とりあえずこの犬、八つ裂きにする。 「バウ……?」 なんとか復活し、ナタ片手に歩き出す。というか、唐突にやってきた犬には、バインドで固定。 「バウ!?」 さて、どうしてくれよう。地獄の責め苦を味合わせ。 「待て待て待て待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 なぜかエクレールが僕の両肩を掴んで、必死に止めてくる。 「なによ……僕なしで生きられないって気づいたの? でも初対面だからそれだけはないでしょうが」 「分かっているから落ち着けぇ! 地獄の責め苦などいらん! 単なる憂さ晴らしだろうが!」 「なぜ僕の心を読んだ!」 やばい、異世界ってそういうの当たり前なんだ。つい後ずさって警戒すると、エクレールが頭をかきむしり始めた。 「……全て漏れ出ていたぞ! お前の恨みつらみ!」 「怨み辛みも出したくなるわ! そもそもこの犬が騙してくれたからぁ!」 「バウバウ! バウ!」 すると、奴が魔法陣……もとい紋章を展開。桜色のそれを右前足で刺すので、見るけど……。 「ここに書いている? 召喚されると戻れないから、応じない場合は踏まないでと」 「お前、フロニャルド語が分かるのか!」 「コイツの言葉が分かるの。でもね……おのれは強制的に踏ませただろうがぁ! というか、フロニャルドの言語で書かれても分かるわけないでしょうがぁ!」 「……やっぱ犬鍋にするしかねぇよな」 「反省もしていないのであれば、もうかばいようがありません」 「安心しろ。骨の一本も余さず美味しく食べてやる」 というわけで、僕達は揃ってタツマキに合掌……。 「バウ!?」 「……私もかばいようがないぞ、それは……! だが、お前もお前で彼女たくさんってなんだ! どこかの王族か!」 ≪重たい女性達から好かれる性質なんですよ……。だから逃げ場のないハーレムも構築されちゃって。 ……なのでこの人が戻らなかったら、全員不幸のどん底ですね。この人なしじゃ生きられないくらいには入れ込んでいますから≫ 「つまりあなた達は、大量殺人に荷担した悪魔です。どうしてくれるんですか」 「そんなの予想できるかぁ! と、とにかく既に城の学院組も動いている!」 「……そこなら対処方法が分かると?」 「天才なリコもいるからな! 少なくともこの場であーだーこうだ言うよりも、手は伸ばせる! いいからしばらく待て!」 「「「「……確かに!」」」」 そうだよそうだよ……ヴァリアントについても、さくっと概要を納得したあの子がいた! 少なくとも相談はできる! なら……希望はあるかもしれない! 諦めるのは速すぎるかもしれない! 「よし、じゃあ前祝いに……犬鍋だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」 「だから落ち着けぇ!」 「バウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 姫様は顔を真っ青にし、右往左往の大騒ぎ。それでも祝勝ライブの準備があるため、この問題で動くことはできない。 そのため自分が……城の保管庫から召喚関連の本を見つけたので、幾つかを持って全力疾走中。 廊下の窓から溢れる日差しなども今は気にならないであります。 「大問題であります……!」 ……召喚した勇者を帰す方法探し。正直難題にもほどがある。 「でも、姫様の召喚をお止めしなかったのも、ちゃんと確認しなかったのも、全て自分の責任であります……!」 自分の常識は他人の非常識。実に当たり前なのに、ついすっ飛ばしてしまうのはどういうことか。 「姫様の悲しい顔は見たくないのであります!」 待っていてください。このリコッタ・エルマールが、必ず方法を……! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ エクレールに引きずられ、ビスコッティの城下街へ。 ……なんていうか、ファンタジーの街並みそのままだった。違いがあるとすれば、やっぱりみんなに獣耳と尻尾があること。 「今日上がったばかりの魚だよー! 刺身にすると美味しいよー!」 「はい、ロースとバラお待ち!」 「新種の果物、試食していますー。ジュースにするとまた美味しいですよー」 そんな……活気溢れる騒がしくも明るい空気に、少し気持ちが持ち上がる。そんな僕にエクレールは、硬貨の入った布袋を渡す。 「とりあえずあれだ、貴様は我が国の賓客扱い。ひとまずこれを受け取っておけ」 「お金?」 「戦場での報奨金だ」 袋を受け取ると、かなりずっしりとしたものだった。 いや、無一文じゃないのはいいんだけど……僕がもらっていいものなのかと、ついエクレールを見やる。 「受け取り自体は問題ない。言った通り賓客だからな。 というか……拒否すれば、財務の担当者が青ざめる」 「なら受け取っておくけど……察するにこれが、みんなが戦に参加する理由?」 「兵士は楽しいからと参加する者も多いが……まぁ少なくとも、参加費分は取り戻したいのが本音だろう」 「そんなのあるんかい!」 「まぁついてこい。その辺りも説明してやる」 ――言われるがままにエクレールの後をついていく。この辺りは市場らしく、屋台が立ち並んでいた。 ドネル・ケバブに近い料理や、果物・野菜・ソーセージやハムなどの肉。 その様を逐一確認。言葉が分かるのは救いか。 「戦は国交手段でもあるが、同時に国や組織を挙げてのイベント興業でもある。 今回はガレットと戦ったが、もっと規模の小さい村や団体同士の内戦もある」 ≪規模はともかく、二つの団体の交流も兼ねたお祭りでもあると≫ 「そのとき興行主や参加者から興行費用を集めて、賞金などに当てる?」 「戦勝国が六割、敗戦国が四割の割合でな」 立ち寄った店で、焼き鳥のようなものをかって、二人でもぐもぐと食べ歩き。 お金はさっきもらったものを、エクレールに貨幣の価値などを教えてもらいながら出しました。 「最低でもその半分が、参加した兵士の報奨金に当てられる。 この割合も大陸協定で決まっていてな、残り半分が戦興行の国益となるんだ。 病院などの公共施設や、砦などの防衛施設。又は我々騎士や兵士達を養うために使われる」 「一種の税金扱いになっているのですか……」 「同時に“ガス抜き”……っと、これは口が過ぎたな。忘れてくれ」 「とにかくお得な要素が詰まりまくっているわけだね。 で、報奨金についてもどれだけ頑張ったかーって目安にもなるから、余計励みになると」 「飲み込みがよくて助かる」 エクレールの言ったガス抜きっていうのは、国民の不満や鬱憤を戦興業で晴らすのよ。勝敗はともかく、大がかりなイベントで運動させるって形でね。 税金徴収を義務的……無駄で足を引っ張るものと思わせないようにしつつ、戦興業というイベントによりその辺りも制御する……概要だけなら、かなりよくできたシステムだよ。 ストレス……生活の中で生まれる不満とか、孤独とかさ。そういうものが犯罪や治安悪化に繋がるっていうのは、僕達の世界でも言われていることだから。 もちろんいろんな欠点や問題もあるとは思う。たとえば敗戦続きの場合、どうするのかーってさ。 やっぱり参加者も負けること大前提は盛り上がらないでしょ。そうすると今回はちょっとって人もいるかもしれない。 それで負けて、またそういう人が増えての悪循環が続く……と考えれば、姫様が勇者召喚なんて言い出したのも分からなくはない。 「じゃあもう一つ。実際に人が傷ついたり、死ぬような戦いは本当にないの?」 「……歴史をひも解けば、そういう戦いはある。というか、お前のところはそうなのか」 「フロニャ力なんてないしね」 「だがここは違う。あー、だが魔物の存在はあるな」 魔物……ファンタジー的なスライムを思い出し、歩きながらつい空を見上げる。 「お前、フロニャ力について聞いているなら、城や街などが力の強い場所に立てられているのは」 「聞いている。だから怪我せず、けものだまになるってのも」 「逆に力の弱い場所も存在している。魔物というのは、そういう場所に現れる淀みのような存在だ。……とはいえ、それもよっぽど変なところへ入り込まない限りは大丈夫だ。 城や街のみならず、それらを繋ぐ街道も、フロニャ力が強い場所を選んでいるからな」 ≪とにかく力の弱い場所ではフロニャ力の守護がなくなり、怪我もするし死にもすると……≫ 「そこだけお前達の世界と同じになるし、魔物も出やすい。そう考えればいいだろう。 ……とりあえずリコのところへ向かうぞ」 エクレールは自然と早足になる。 「進捗……というには早すぎるが、改めて挨拶くらいはしておくといい」 「分かった」 騒がしい街並みを抜けて、僕達はフィリアンノ城へ。できればなにか、進展していると助かるけど。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 目が回るほどの本が立ち並ぶ中、白衣姿にオレンジロング髪という女の子が。 「申し訳ないであります!」 乗り込んできた僕達に頭を下げる。この子がリコッタ・エルマール――僕より小柄だけど、優秀な研究者。 というか……ガチ天才だよ! 僕も一応マイスターの端くれだからさ! 話していてすぐ理解できたし! なんだったらリコッタ先生と呼ぶべきかもしれない! 「このリコッタ・エルマール、誠心誠意勇者様がご帰還される方法を探していたでありますが……力及ばず、未だうんともすんとも!」 「落ち着けリコ。私と勇者はそんなにすぐ見つかるとは思っていない」 「うん……一般常識レベルで『たわけが』って感じだったんでしょ? それが即日見つかったらビックリだって」 「そう言っていただけるのは、ありがたいのですがぁ……一つ、言い訳をさせていただくと」 「なにかな」 「まさか自分達も、その『たわけ』を姫様がご存じないとは思っておりませんでしたので……! そこについては、きちんと事前に確認し、姫様を止めるべきでしたぁ! 申し訳ないであります!」 「まぁ、うん……次から頑張ろうか。もう僕はどうしようもないし」 もうそうとしか言えないよ……。ここで責め立てたら、本気で崩れ落ちそうな感じだしさぁ。 というかエクレールもチラ見して『プレッシャーをかけるな』ってサイン送ってくるし。もう苦笑いしかできないよ。 「……本当で……ありますか」 リコッタが恐る恐る、僕を見上げてくる。というか、軽い上目遣い。やばい、可愛い。 「本当本当……!」 「そこは私と兄様も確認しているから、安心しろ。 ……ところで期限などはあるか」 「えっと」 春休み終了前にはなんとかして戻りたい。じゃないと大騒ぎになるだろうし。となると……。 「十六日。学校の新学期が始まるの、それくらいなんだ」 「それくらいなら……なんとかなりそうであります! 勇者様、待っていてください!」 「……なんとかなるの?」 「もちろんであります!」 「じゃあまず、時間間隔の確認だけ……!」 「あ、そうでありますな!」 ここがずれると、いろいろと問題。僕の十六日と、フロニャルドの十六日が違うとかは有り得るし。 というわけで、リコッタと軽く相談した結果……! 「「問題なし(であります)!」」 ついリコッタと二人サムズアップ! いや、マジで問題が何もなかったから! 「……私が言うのもあれだが、本当に大丈夫なのか?」 「勇者様の世界で使う一刻と、フロニャルドのそれがぴったりだったであります。 あと……これは完全に自分の推測でありますけど、そもそもそういう時間軸がずれた世界には接触しにくいのではないかと」 「そういうものなのか……」 「まぁそこもまた、改めて日を過ごしつつすり合わせだね」 「はいであります!」 「でもそれなら……もう一つ」 懐から黒いスマートフォンを取り出し、リコッタに見せる。 「向こうに連絡できないかな。たとえば召喚された場所で……とか」 そう、これが前提条件。僕はまだ子どもだし、それが二週間も失踪なんて……間違いなく大問題。 向こうも大騒ぎするし、そこはなんとかしたい。リコッタ達も納得してくれたらしく、急ぎ召喚された場所へ向かう。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ あの場所では紋章が展開しっぱなしだった。それが不思議だけど、とりあえず両手を突っ込んで押し込んでみる。 なんとか入って、元の世界へ戻れないかと……でも腕は中程までしか入らず、うんともすんとも言わなかった。 「いや、さすがに無理だろ」 「ですよねぇ……!」 ≪でも、召喚術式は残っているんですね。発動した姫様もいないのに……≫ 「確かに……もしや、何らかの条件で再度開けるのか? だから残っているとすれば」 「それなら嬉しいけど……」 でもなんだろう。術式がそのまま、この場所に展開状態ってのが気になるんだ。腕まで入るしさ。 なんとなく嫌な予感がしていると。 「勇者様ー」 リコッタが手を降ってくれていた。その脇には灰色のセルクルと、それに引かれている馬車サイズの機械。 ……どうやら準備完了っぽいので、結界から手を引いてリコッタの元へ急ぐ。 「準備完了でありますー」 「えっと、これは」 「リコッタが開発した、遠隔通信用の機械だ。 フロニャ周波を強め、遠くの相手とも話せる……だったな」 「そうであります。戦興行の放送も、これを使っているであります。 自分が五歳の時に発明したものでありますけど、今は大陸中で使われているであります」 「五歳……大陸中……」 その言葉にビクビクしながら、エクレールを見やる。 「やっぱりリコッタ、凄い天才なんだ! いや、今更だけど!」 「……将来有望な人材として、大事に育てられているのは確かだ」 「それはエクレールでもありますよ? 騎士方面ではあるのですが」 「さすがにリコと同レベルに見られるのは、辛い」 「どういうことでありますか?!」 「まぁとにかく、それで向こうとの通信……こっちで言うフロニャ周波を強められれば、だったな」 「そうであります!」 ほんとすげー! それなら二週間でなんとかなるって言い切れるわ! どういう原理か詳しく聞きたくなっていると、リコッタが機械のレバースイッチを下げる。 『………………!』 「……今更だが、大丈夫なのか?」 「勇者様が機械にも強いマイスターで助かったでありますよ。その、すまーとふぉん……でありましたな。 それがどう動くとか、勇者様の世界ではどういう通信技術が遣われているかなど、かなり詳しく聞けたでありますから……さてはて……!」 かなり大きめの駆動音が響くので、慌てて携帯を開く。 「勇者様、どうでありますか」 スマホはさっきまで圏外だったのに、今はきっちり……通信が通ったよ! 試しにネット検索などもしてみるけど、問題なく見られる……見られる……ばっちりだぁ! 「OKだよ! リコッタ、これ凄いよ! ほんとどういう原理!?」 「そこはあとで説明するでありますから……ささ、お早めに!」 「あ、うん!」 誰にかけるかはもう決まっている。なのでアドレスを押して……お、繋がった。なおビデオ通話です。 「繋がった!」 『――もしもし、恭文君?』 「あぁ、ごめんなさい。舞宙さん、今十五分くらい大丈夫ですか?」 『あ、うん。もう全然平気』 そう、舞宙さんです。あの、やっぱり……一番にお話となると、舞宙さんかなって。 お仕事場……というかレッスンスタジオ? ライブが近いからジャージ姿だった。 「舞宙さん、今から僕が言うことを無条件で信じて、ふーちゃん達にも大丈夫だからと伝えてください」 ふーちゃん、予定通りならおじさんとおばさん、風海さん達と進学祝いの食事会だからなぁ。電波状況がどうなるか不明だし、ここは確実に……! 『え、なに……その前置きは。 というかあの、背景が……なんか犬耳の子がいない?!』 「実はですねぇ、今……フロニャルドっていう異世界に召喚されまして」 『え』 「そうしたら、なんか……そっちに戻る方法がないのも知らず、呼び出されたっぽくて! あーははははは!」 『……なにやってんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』 「待ってください! それで今、大至急戻る方法を探してもらっているんです! 二週間くらいを目処に!」 『なんとかなるの!? それで!』 ≪……あなた、無条件に信じるんですか。この与太話を≫ アルト、そこはあれだよ。信頼ゆえだって。やっぱ舞宙さんは素敵だなー! 「もちろんであります!」 そこでリコッタが脇に出てきて……あ、さすがに黙っていられないと加わってくれるのか。 「横から失礼するであります! 自分はビスコッティ……あー、勇者様を召喚した国の、国立研究学院で働いているリコッタ・エルマールであります!」 『あ、どうも。天原舞宙です……って、やっぱり犬耳!』 「フロニャルドの住人は、自分のような姿がデフォでありまして……勇者殿のように切り替えることはできないでありますが」 『ほへぇー! ほんと異世界人なんだ! いや、次元世界とかあるし今更だけど!』 「……お前の彼女……だったか。なんというか、凄いな……」 脇からエクレールがぽつりと呟く。普通に異世界コミュニケーションしているしね、舞宙さん。実はコミュ力高いんだよ。 『え、じゃあ戻れないのに、電話できているのはどうして?』 「勇者殿が召喚された場所は、まだそちらの世界と繋がりがあるようなのであります。 なのでこちらの技術でわいふぁいや、電波……でありますな。そちらを拾えるよう調整したであります」 『聞いているだけで凄いんだけど!』 「とにかく、勇者様がご帰還できないのは、自分のせいでもあります! 勇者召喚が一方通行なのを、実行したの姫様にちゃんとお伝えしておりませんでしたので!』 『なんで!?』 「……こっちでは『何で知らないんだたわけが』ってレベルの常識なので、当然知っていると思っていたらしいんです」 「しかも召喚に向かわせたタツマキ……あ、ビスコッティで働く忍犬でありますが、それが説明もなしに勇者殿を引きずり込んで!」 『恭文君が避けられなかったの!?』 「迅速に誘拐されました……」 あぁ……そう言うと、僕にも反省がある! 油断が過ぎていた! ミュージアムのときと同じだし! ここは鍛え直さないと! 「ですので……勇者様が一刻も早く舞宙様のところへ戻れるよう、全力を尽くす所存であります! 舞宙様のような素敵な彼女さんがいらっしゃるのに、自分達のせいで永遠の別れは有り得ないであります!」 『それはありがたいけど……え、でも勇者って……なんか魔王を倒すの?』 「とんでもない! 勇者殿にはかくかくしかじか――という感じで、既にお仕事を達成しているも同然でありますから!」 『えぇ……いや、それは安心だけどさぁ。でもなんかこう、あたしの知っている異世界転移と違う』 「え……!?」 「リコッタ、創作物ではおなじみの題材なんだよ。突然知らない世界に呼ばれて、世界の危機を救ってほしいーとか」 「納得であります!」 一応横から補足して、脱線は停止……リコッタには、アレだな。あとで見せよう。 実はね、帰り道に引き取ってきたんだ。聖戦士ダンバインのBlu-rayボックス。再生はなんとかなるから……それで心を慰めよう。 うん、そうだよ。ショウ・ザマに比べたら、僕達は救いがあるよ。だってお話できるんだもの。 「とにかく基本的には、ちょっと遠い田舎にホームステイって感覚ですから。身の危険も全くありません。 えっと、僕もお城で寝泊まりしても、いいんだよね」 「勇者様は我が国の賓客でありますから! そこは姫様もしっかり準備しているでありますので!」 『うん、なら……リコッタちゃん、お願いね。恭文君、割と滅茶苦茶する方だけど、悪い子ではないから』 「舞宙さん!?」 『で、恭文君もあの……また連絡……してね? 風花ちゃんや歌織ちゃん達にもだよ? あたし達、これで恭文君と一生さよならとか……絶対、嫌だから』 「……僕もです。あの、舞宙さん……」 『うん』 リコもいるけど、あの……ここは、頑張らないと……! 不安にさせちゃうし。 「好き……です……!」 『ん……あたしも、好き♪ じゃあリコッタちゃんも……よろしく』 「はい! お任せであります!」 そこで電話は終了。とりあえずは大丈夫だけど……そうだ、リコに一つ確認しとこう。もう愛称呼びだけどさ。 「うぅ……舞宙様もいい人でありますなぁ。自分初対面なのに、すっごく受け入れてもらったであります」 「そういう人なんだよ。……ねぇリコ、このまま連絡したい子達がまだいるんだけど、大丈夫かな」 「もちろんでありますよ。その代わり、後でそのスマートフォンというのを触らせてもらっても」 「駄目」 「あと、ヴァリアント……あの物質を再構築するシステムのコアも見たいであります!」 「駄目」 リコ、お願いだから首を傾げないで? そんな上目遣いで僕を見ないでほしいんだけど。 「ほんの、ちょっとでありますから。大丈夫であります、分解して構造を知ったらすぐ元に戻すでありますからー」 「その時点で危ういよ! というか、おのれもマイスターなら分かるでしょ! それだけでも壊れるって! それだけでも修理の補償外になるって!」 「そんなー、勇者様ー! 自分はただ好奇心が全開で、尻尾の付け根がキュンキュンしているだけであります!」 「分かった分かった! じゃあこうしよう! あっちの世界に戻してくれたら、分解できる端末を用意する! それでまたこっちに来られたとき、お土産に持ってくる! それならどうよ!」 「……ありがとうでありますー!」 「いやいや、それでいいのか! というか、戻れない術式でもう一度来るつもりか!? 正気の沙汰じゃないだろ!」 し! エクレール、黙って! こう言えば流せる…………あ、ちょっと待って。 「タツマキに預けるとかは駄目?」 「その手があったな!」 「あと……手持ちで分解できるのが、あった」 「それもあるのか!」 「これ」 それでリコッタとエクレールに見せるのは、スタッグフォンとスタッグビートルギジメモリ。 「……これもスマートフォンというやつか」 「メモリガジェット……あー、この記憶媒体のことだけど、これを差し込むことで偵察や捜索に活用できる電話なんだ。こうやってね」 というわけでギジメモリをスタッグフォンにセット。 ≪Stagbeetle≫ そうしてスタッグフォンは浮かび上がり、クワガタ型のガジェットに変形。そのまますらすらと宙を舞って……。 「わぁ、凄いであります! あんな小型なものが精密に変形し、自立稼働するでありますか!」 「……お前の世界では、こういうのが普通なのか? ヴァリアントもそうだが」 「そっちも含めて特殊な方だよ。 ……こっちなら僕も分解・修理できるから大丈夫」 というわけで、スタッグフォンを呼び戻し、変形解除……メモリを抜きだし、元の折りたたみ携帯に戻す。それからリコッタに渡して……。 「はい」 「あ、ありがとうであります! 大事に分解して、大事に組み直してお返しするであります!」 「ん、お願い」 「……まずいな……私は麻痺していたかもしれん。 リコの言っていることがこう……」 エクレールがおののくのも分かる。相当にマッドだよね。相当に狂っているよね。分解する時点で組み直して元通りとか、プロの仕事だもの。 それを異世界のメカ相手にできるのかと……当人はやる気満々だけどね! 尻尾ぶんぶん振り回しまくりだし! 「その代わり僕も、こっちのメカとかいろいろ見せてもらうしね。おあいこだよ」 「……って、お前も分解するのか!」 「……やるとしても、リコッタ監修の上だよ?」 「だよなぁ!」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ さぁさぁ、どうしたものか……どうしてくれようか! 恭文くん……もとい、蒼凪がやってくれたよ! ビリオンの3rdライブ練習中に連絡がくるから、一体どうしたものかと思ったら……思ったら、さぁ! 「異世界に勇者として召喚されて帰れない……ならまだしも、スマホでそこから連絡が取れるってどういうことなの! だったら帰れるはずだよね! そのはずだよね!」 「いちさん、落ち着いて! というかなんの話!?」 「恭文くんだよ!」 「あぁあぁ……まいさんの彼氏さん」 「そう!」 つい……レッスンスタジオでもんどり打っていると、青いTシャツとジャージが眩しい共演者が、心配そうに話しかけてくる。 ……恭文くんも大ファンな女神様だよ。今回のライブで、一緒にうたう楽曲があるからね。今日は合同練習なんだ。 「え、でも異世界ってなんの冗談」 「……恭文くんって、運が悪くてさ。ちょいちょいよその世界に跳ばされたりするの。それでなんとか帰ってくるんだけど」 「どういうこと!?」 「でも今回は極めつけだよ! そこからスマホで電話をかけてきたんだよ! 二週間くらいで戻れるかもとか言い出してさぁ!」 「それ異世界って言うの!? なんかこう、海外旅行じゃん!」 「でも異世界なんだよ! 犬耳と尻尾が生えた異世界人もいたし!」 「なにそれ!」 びっくりだよね! 恭文くんもそれで猫耳尻尾出しまくりだから、まぁいいとは思うけど……でもさぁ! 「え、でも勇者ってことは、命がけの戦い」 「じゃないんだって! なんか、特殊な力のおかげで、怪我もしないで剣術とか現地の魔法とかで戦うフィールドアスレチックだって! それで手を貸してほしかっただけだって!」 「それで帰れなくなるって、代償が重たくないかな!」 「それもツッコんだよ! でも謝られるんだよ! 現地の子に! 自分がしっかりして止めていればーって!」 「おかしい! 異世界ってもっとこう、死んで転生とかする場所なのに……余りに距離感が近すぎる!」 「それは私もツッコんだよ! でも意味がないんだよ! だってこっちは現実だもの!」 「創作物とは違うのかぁ! というか、まいさんはどうするの!?」 それもあったなぁ! もういの一番に電話したけど……やっぱり、毎日連絡しよう! なんか条件付きだから、こっちからは繋がらないそうだけど……それでも気持ち的にやらなきゃ気が済まない! 頑張ろう! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ まぁ連絡が取れたようでなによりだった。さすがに、誘拐同然だしなぁ。 「はわわわわわわわあー! これは凄いであります! この精密さはもはや芸術であります!」 リコのテンションが限界突破なのはさて置き、城へ戻っているであろう兄様へ通信をかける。そこでもリコの発明が役立つ。 じょうご型の通話機を耳に当て、ドーム状モニターに映る兄様と顔を合わせる。 それだけで落ち着くというか、なんというか……。 『勇者の世界と連絡が取れたのか』 「定期的な連絡ができるのなら、戦の参加継続も含めて……前向きに考えたいそうです」 『それはなによりだ。……ところで、誰に連絡をしたんだ』 「あまばら、まひろ……でしたか。 ……お付き合いしている、彼女達の一人だそうです」 『そうか……つまりあの、例の……重たい女性達……』 「それです……! とはいえ、大混乱などがあったわけではないのですが」 彼女の……まひろ、だったか。その声を聞いたとき、心から安心した顔をしていた。自分の話を全て受け入れてくれたことも含めてだ。 本当に信頼し合っているのだろう。それで好きと……好きと……ああもう! 甘ったるいなぁ! あんなのを見せられたら、嫌でも送り返したくなるではないか! 「あと、そのまひろの友人達や、幼なじみ……春先の休み近くということもあり、予定などもあったそうです」 『そこは改めて詫びなければな』 「えぇ」 『あ、そうそう……戦で思い出した。 先ほど連絡がきてな、ダルキアン卿とユキカゼが今日明日には戻れるそうだ』 「本当ですか! そうか……これで戦力が整いますね!」 『……正直に言えば、この状況で喜ぶこともどうかと思うのだがな』 それは叱責かと思ったが、そうではない。兄様はガレットの動きについて言っていると、すぐ理解した。 『やはりガレット獅子団の動きはおかしい。三か月の間、執ように……だからな。 しかもお前が知っている通り、レオンミシェリ閣下と姫様は』 「……姫様も心を痛めておられるご様子。リコも相当気にしているんです。 一度喧嘩でもしたのかと聞いたそうですが、その覚えもないようですし」 『そのようだな。姫様のためにも、なんとか真意を探りたいが』 「私がやります」 つい吐き出した言葉で、兄様が目を見開く。それに構わず、モニターへ詰め寄った。 「今日は不覚を取りましたが、戦場ならば近づくチャンスはある! だから、私が!」 『駄目だ』 「兄様!」 『我々全員でだ。……いいな?』 兄様は優しく私の気持ちを受け止め、そしてなだめる。全員……言葉の重さをかみ締め、つい尻尾と一緒にうなだれる。 「はい、申し訳ありません」 『謝る必要はないさ。 それより……エクレ、勇者様のことは頼むぞ』 「分かりました。ではまた」 通信を終了――でも、全員か。そうだな、これはビスコッティ全体の問題でもある。一人で気構える必要はない。 気持ちを同じくする仲間がいる。その事実が嬉しく、ついじゃれ合っている二人へ笑いながら近づく。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「あ、エクレ、通信終わったでありますか」 「あぁ。それと……朗報だ! ダルキアン卿とユキカゼが戻ってくる!」 「ほんとでありますか! ……あ、勇者様は知らないでありますよね。 ダルキアン卿はビスコッティ最強の騎士で、ユキカゼ――ユッキーはその従者であります」 「ビスコッティ最強?」 最強……その言葉を聞いて、つい不敵な笑みを浮かべる。どれくらい強いんだろう、楽しみだなー。 「……おい、お前なに考えた」 「斬り合えるよね……徹底的に」 「落ち着けぇ!」 「そうそう、見えると言えば二人とも」 「急に落ち着くな! 怖いだろうがぁ!」 十時方向を指差す。台座の縁に、半透明ななにかがいた。なにかというのはとても簡単。 形容し難いのよ。カエルのようにも見えるけど平たいやつとか、一つ目のやつとか。 「あれはなに? さっきから見え始めたんだけど」 「本当になにも知らん……タツマキにはしっかり説教をしておく……!」 「うん、お願い」 「とにかく、あれは土地神様だ。 土地に住み着く精霊で、自然が豊かな場所にしか現れん」 「へぇ、土地神様かぁ」 腰を落としながら近づき、軽く手招き。土地神様はぴょんぴょんと跳ねながら、僕をまじまじと見上げてくる。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 久々の勝利で舞い上がるビスコッティ。かくいう私は……うぅ、一応領主として、いろんな仕事を処理しなくては、ならなくてですね……! 勇者様にはいの一番に謝って、土下座くらいはしなくてはいけないのに。それでも領主としての仕事を優先するしかない……私、もしかしたらとんだ人でなしかもしれません。 とにかくそんな祝勝会の一つには、私のコンサートもあって。そのリハーサルのため、場内のライブ会場にやってきた。 それでまぁ、軽い夕飯を食べていたところ、騎士団長のロランが駆け足で訪ねてきて……。 「そう、ですか……! まひろさんともお話できて……」 「えぇ。今はリコッタとエクレールの三人で、のんびり観光中です。コンサートにも来てくれると」 「タツマキを、その……犬鍋にするとかなんとかは……!」 「我々がタツマキに説教もするので、それで勘弁をと」 「……三人とも、仲良くできている……感じでしょうか」 「私が見る限りでは、もうすっかり」 「…………よかったぁ……!」 勇者様の状況と、向こうの世界……あの、奇麗な髪の女性ともお話できたと教えてくれて。部隊袖の休憩所で、つい安堵して……テーブルに突っ伏してしまう。 「まだ気が抜けませんけど、なんだか少し、ホッとしました」 「はははは……姫様は、ご心労が多くていらっしゃいますからな」 「皆に支えられての私ですから。……自分にできることは、頑張らないとです」 「……」 「すみません、騎士団長……姫様、そろそろ」 アメリタが少し申し訳なさげに、声をかけてきた。……リハの再開だと気づいて、すぐ立ち上がる。 「あ、はい!」 ――勇者様には、あとでちゃんと謝って……それと、戦場での活躍、本当に凄かったですって、褒めてさしあげて。 勇者様のことは、撫でて差し上げていいでしょうか。失礼でないといいな。 あ、エクレールも褒めてあげなきゃです。もちろんコンサートも頑張って……それから、レオ様にもお手紙差し上げないと。 レオ様は、どうして……あんなに、戦が好きになってしまわれたのか。 昔は、あんなに褒めてくださった私の歌を……どうして、聴いてくださらないのか。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ いやぁ、負けた負けた……我ながら油断が過ぎたわ。 なのでまぁ、ビオレに酒をついでもらいながら、野営地のテントで反省会じゃ。 「レオ様、ミルヒオーレ姫様のコンサート、伺わなくてよろしいのですか?」 「……誰が犬姫の歌など聴くか」 「では、邪魔なさりますか?」 「下らん」 無言のままカップを向けると、とぽとぽと赤い……血のような色の酒が注がれる。これはこれで美味いものだがな。 「敗戦国が勝者の宴を邪魔するなど……無粋極まりない」 「そうですか……。では、今日のところは気の済むまでお飲みください」 「うむ」 言われるまでもないと、酒を飲み干し、カップを付きだし、もう一杯……本当に、飲まなければやっていられない。 ……これで終わり……終わらせる……終わっていてほしいと、女々しいことばかり、考えてしまうからな。 「ところで、ガウルはどうした。こちらに来る予定だっただろう」 「そういえば……」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ……夜闇に世界が沈み、心地のいい風が吹く。 そんな中、ぽつぽつと明かりが灯るビスコッティ……フィリアンノ城を見ながら、つい笑っちまう。 「姉上が一対一で負けたってことは、勇者ってのは相当強ぇんだよな」 「そのようです。……ですが、タイプとして該当しうるものがありません。 特殊な機械の羽根や大砲を装備し、敵兵をなぎ払っていたかと思うと、また別の羽根で加速し、大剣を振るうので。 敷いていうなら、装備によって戦い方が変わる変幻自在のオールマイティーとしか」 「なら、オレとやり合える軽戦士タイプの武装もあるかもしれないな。……おもしれぇ」 ……つい笑ってしまった。それならそれで、面白い勝負ができるはずだと……期待してしまった。 「姉上の仇討ちってわけじゃねぇが、いっちょ遊んでやるか!」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ そして夜――城へと戻る道すがら、姫様のコンサート前に、風呂へ入れと言われました。 「姫様のコンサートへ行くのに、汗臭い姿のままもなかろう」 「汗臭い……って、そりゃあそうかー。ドンパチで大暴れしたしね」 「うむ。だから風呂に入れ」 「うん……って、お風呂があるの!?」 「あるに決まっているだろうが。……え、まさか」 「僕の世界だと、風呂は家にあることが常識だよ。基本毎日入りもする」 風呂がないのかとビックリしかけていたので、エクレールには首を振る。 「ただ水や燃料はどうするのかって問題で、家で毎日ってのは近代で定着した感じ」 「入浴習慣が定着しているかどうかも、文明発達の物差しというわけでありますな」 「その考えはなかったな……。うむ、ならお前達の世界と大して変わらないという認識で大丈夫だ。 案内板……は読めないだろうが、最悪場内の人間に聞けば教えてくれる」 「分かった。初めてお使いする子どもの気持ちで頑張ってみる」 「なんだそれは」 「まぁまぁ。自分から挑んでいく気持ちは大事でありますよ」 「その考えもなかったな……」 とか言いながら、そのままエクレール達と別れました。ただ、誤算があって…………。 「……人っ子一人いねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 「お兄様、もしやなんですが……みんな、コンサートの方に行っているのでは」 「かもしれないねぇ!」 ≪迂闊でしたねぇ。まぁ、お使いに困難はつきものです。頑張りましょう≫ 「「頑張れー」」 「分かった!」 割とスパルタなアルトとショウタロス達に応援されながらも、てくてくと場内を歩き続ける。 そうして適当に場内をうろついた結果……明かりの灯った場所を発見。 「お、ここか!」 「うん、人の気配もあるし、間違いない!」 しかも……脱衣所みたいな作りだった。 「ロッカーだー!」 ≪近代的ですねぇ≫ それに安心し、服を素早く脱いで浴室へ。 でもごめん、それ間違いだった。浴室じゃなくて、浴場でした。それも大浴場。 「わぁ……」 「露天だぞ、おい!」 「さすがはお城ですね」 「温泉饅頭はどこだぁ!」 「「「さすがにない!」」」 空には天の川のように星達が輝き、実にいい気分。大理石張りの床や柱、浴槽も奇麗。 いい気分でお風呂に入れるなぁと思いながら、洗い場に目をやる。 湯気で顔はよく見えないけど、鏡の前に一人座っている。ピンクの長い髪に……あれれ? 「……お兄様?」 「お前、やらかしたな」 お願い、ヒカリ……なにも言わないで。 いや、尻尾が軽く震え水を跳ね除け、そのとき柔らかく膨らんだ胸が揺れているけどさ。 特に体つきがその……そんな、まさか。思わず硬直していると、その人が立ち上がりこちらを見る。 それは……姫様だった。姫様の全部が目に入って、思わず硬直する。 姫様の視線が下に向いて、一気に顔が赤くなる。というか僕も赤くなって。 「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」 二人して叫んでしまう。つい股間を押さえながら背を向けうずくまる。 「ゆ、勇者様! なぜここに!」 「ごめんー! その、お風呂に入ってこいって言われて、お風呂探したらここにきて!」 「そんな馬鹿な! 表に今の時間は女性用だと書いてましたよね! どうして入ってきちゃったんですか!」 「ここの言葉読めないー!」 「そうでしたぁ! あの、ごめんなさい! 私、ふだんはこちらの大浴場になかなか入れないので、それで……」 「ううん、こっちこそごめんなさい! すぐ出る! すぐ出るから!」 「……あの、待ってください!」 そこで自然と止まってしまう自分が嫌だ。姫様はすり足気味に僕の脇を抜けていく。慌てて目を閉じた。 「私が出るので」 「それは無理でしょ! だって女性用って!」 「そこは変えておきます。それにそろそろ行かないと、コンサートに間に合わないので」 「……ごめん」 「だ、大丈夫ですから。その、本当に」 それでも申し訳なくてヘコんでいると。 「勇者様、目を開けてください」 姫様が優しくそう言ってくる。恐る恐る開けると、浴場入り口に身を隠し、こちらをのぞき込んでいた。 「あの、本当はもっとお話したいんです。召喚のことも謝らなきゃいけないし、今後のことも……」 「あ、ううん。でも姫様、一つ聞かせて。本当に知らなかったの?」 「は、恥ずかしながら」 そう言ってくれるだけで、本気で申し訳なく思っている事が伝わった。俯いている姫様に、優しく声をかける。 「ならいいよ」 「勇者様、でも」 「それで姫様は心を痛めてくれているし、謝ってもくれている。戻れるようにと頑張ってくれるみんなもいる。 ……それだけで十分だよ」 「勇者様……ありがとうございます」 「ううん。と、というか僕もその」 そうだ、あんまり偉そうなこと言えない。つい頭を抱えてします。 「ごめんなさい……!」 「わ、私だって勇者様の見てしまったし、大丈夫です! と、とにかく……コンサートが終わったら、少し……お時間、いただけますか?」 「う、うん。大丈夫」 「よかったです! じゃあ……また後で」 「うん」 そのまま姫様は去っていった。 「……また後で謝ろう」 「そうですね。普通に国辱ものですよ」 「エクレールとか斬りかかりそうだなぁ……」 だよねぇ。姫様の裸見ちゃったんだもの。それと、これもどうしよう。姫様、めちゃくちゃ奇麗だった。 形よく膨らんだ乳房に、くびれた腰と肉付きのいいお尻……でも本能に正直すぎるー! よし、お風呂でさっぱりしよう。それで気持ちを……。 「……!」 なに、この気配。殺気……いや、違う。もっと別の。 ぞくっとした瞬間、派手な破砕音が聞こえる。慌ててお風呂から飛び出て……。 「おい恭文」 「分かっている!」 脱衣所に突入しながら、時間が惜しいとバリアジャケットを展開。 いちごさんの影響から、和服に黒コートを組み合わせたスタイルを身に纏い、お湯や汗も払いながら、途中通った中庭に出る。 すると、真正面も屋根に三つの影。というか、なぜか猿ぐつわに縛られた姫様を抱えて、ライトアップされて……! ≪〜♪≫ しかもファンファーレが鳴り響いたんだけど! 「んんんんー!」 「姫様!」 「てめぇらなんなんだよ!」 「我ら、ガレット獅子団領!」 一人はうさぎ耳で金髪巨乳、緑色のワンピース姿。 「ガウ様直属! 秘密諜報部隊!」 二人目は前半分が金髪で、後ろがくり色の虎耳虎尻尾。美由希さんみたいな三つ編みを一本下げている。 『ジェノワーズ!』 そして三人揃って決めポーズ。 (おい、こっちだ!) ガレット……諜報部隊……!? ちょっと、なにそれ! というか今の声……十時半方向を見ると、屋根上にカメラを構えた男数人。こっちを撮影していた。 「勇者様、あなたの大事な姫様は、我々が攫わせていただきます」 三人目……黒髪おさげで赤い瞳の子がそう告げる。耳と尻尾も猫っぽい感じだった。 「うちらは、ミオン砦で待っているからなー!」 「……アホかぁ! これから祝勝会でコンサートなんだよ! 負けた奴らが嫌がらせするにしても、タチ悪すぎるでしょうが!」 「姫様がコンサートに出られるまで、あと一刻半……無事助けに来られますか?」 「それも織り込み済みかぁ!」 「駄目ですね、これは……。交渉の前提が違い過ぎます」 頭を抱えて打ち震えるしかなかった。というか、カメラがいるってことは……間違いなく放送に流されているよね! それなら……。 「よし、じゃあお決まりのところから始めようか! 今すぐに姫様を帰せ! そうすれば足先からナイフでそぎ落とすことだけはやめてやる!」 「アホかぁ! そんなこと聞くわけないやろ! というかガチでえぐい拷問示唆するのやめてくれんかなぁ!」 「んーんーんー!」 「……つまり、大陸協定に基づき、要人誘拐・奪還戦を開催させていただきます。 こちらの戦力は二百。全てがガウル様直衛の精鋭部隊」 「で、ガウル様は、勇者様との一騎打ちをご所望ですー♪」 「勇者さんが断ったら、姫様がどうなるか……」 ……ヤバい、時間稼ぎすらさせないつもりだ! あの黒猫、姫様に小刀を突きつけている! 僕が使える短距離転送の範囲外だし……試しにじりっと近づくと、刃と首筋との距離が縮む。 くそ、一足飛びでは踏み込めないし、武器を取り出しても……初動が遅すぎたか! 「もちろんフロニャ力の守護で、姫様は死なない。でもけものだまにはなる」 ≪そうなれば、戻るまで姫様はエンプティ。ライブもご破算ですか≫ 「どうする?」 「……おのれら、覚悟はあるの?」 仕方ない……だったらここは、責任の所在をはっきりさせよう。 ……一体誰のせいで、悲しいことが起きるかってところをさぁ。 「これでコンサートが潰れたら、お前達のせいだ。当然相応の賠償はしてもらうから」 「いや、責任転嫁がヒドすぎやろ!」 「その場合、助けられなかったそっちが悪いだけの話」 「頭がおかしいの?」 本気で意味が分からないのでそう告げると、奴らがぎょっとする。 よし、食いつかせた……これで条件は一つクリア! 「「「……はぁ?」」」 「僕は、今すぐ姫様を帰せと言ったでしょうが。なのにおのれらが僕を腑抜けだ責任転嫁だと侮辱して、そのまま姫様を攫い、コンサートも潰すんだよね。 ……そこに、どうして、僕の意思と責任が反映されるのよ。もう一度言うけど、僕の意思は、今すぐ姫様を帰せ……その一点だよ?」 「え、いや……あの、だから、それはー」 「おのれらは姫様を縛り上げ、手の内にして、どうとにでもできる立ち位置なんだよ? 現に姫様に刃を突きつけ脅している。 ……その上でそう選択するのなら、それはおのれらの意志であり責任でしょうが」 「そういうことじゃない。これは協定に基づき成立した」 ≪Stinger Snipe≫ スティンガーで黒猫の頬をかすめる。 咄嗟に放たれた弾丸……その速度に対応できず、黒猫はぞっとした様子で僕を見る。 「え……!」 「そもそも僕にそこを英断する権利があると思っているの?」 そこまで行って、黒猫がびくりと震える。 ……どうやら、ようやく理解してくれたらしい。僕が今回、割とお怒りだという……シンプルな事実に。 「コンサートに関わっているスタッフさん一人一人に、それをまとめて動かしている責任者さん。 もちろんコンサートを楽しみにしてくれているビスコッティの国民や、城のみなさん……そういう人達の楽しみを、今日ここに来たばかりの僕が、ギャンブルのチップに使っていいわけがないでしょ。 その点からも僕には選べない。そもそも交渉する相手を間違えているから、姫様を置いて出直してこい……そう行っているのに、今なおその意思を無視しているのは誰よ」 「だから、そういうことじゃなくてー」 でもそういうことなんだよねぇ。だから……通り過ぎたスナイプが反転・加速し、ウサギの両足を狙い撃つ。 「あう!?」 「ベル!」 というか、他二人の両足もしっかりと穿ち、揃ってその場で崩れ落ちる。 「い、いたぁ……!」 「誘導弾、だったの……!?」 「答えろよ。……誰だ」 すると、なぜか三人はだんまり……なので更に続けよう。 (……というか、そろそろ来てくれてもいいと思うんだけどねぇ……!) 狙いは二つ。国営放送も来ているって言うのなら、それを見たエクレールなりリコ……騎士団の人達が飛び込んでくること。 それが無理だと言うのなら、姫様を転送で引き寄せできる距離まで……奴らに気づかせないよう、じりじり近づく。最悪でも一足飛びで奴らを仕留める。 「どうしたの? それは誰かって話をしているだけなんだよ? なんでだんまりするの?」 「あの、そやから……こっちにはこっちの流儀ってもんがあってな?」 ≪Stinger Ray≫ 更に速度を上げたスティンガーで、虎の右肩を穿つ。 奴も痛みでのたうち回るけど、なにも気にせず、もっと近づく。 「ジョー!」 「あの、ちょお……待ってよ……!」 「だからさぁ……何度も言わせないでよ。僕はとっとと帰せとしか言えないのよ。 でもそこんところと、お前達がコンサートを潰し、そんな人達の楽しみを奪うこととは関係ない。 それはお前達の意思と責任、自由で、それらを踏みにじるんだよ」 「そやから、これは正式な戦興業になって」 「そこまで委ねるのなら、全部もらうぞ」 「は……!?」 「ここでどうしても戦興業を成立させたいというのなら……勝敗に関わらず、ガレットの全部をよこせ。 国も、人も、資産も……当然だ。お前達は自由と選択を委ねたんだ。 だったら僕達にどうされても、何一つ文句など言えないはずだ」 「そんなん滅茶苦茶やろ!」 なので右人差し指を奴らに向けて、スティンガー乱射――! 「いいから、よこせ」 ≪Stinger Ray≫ 「それが宣戦布告を受けてやる条件だ――!」 次々走る光弾に、奴らは咄嗟に頭を下げ、姫様をかばってくれながらなんとかやり過ごす。その間に、もっと近づいて−! 「ちょ、待った待ったぁ!」 「姫様がどうなってもいいんですかぁ!?」 ≪だから、どうなってもいいんですって……≫ 「あの、だから、違うんです! ワタシ達はただ、戦興業を申し込んだだけでぇ!」 「全部ガレットのせいだー。僕は悪くないんだー。 僕をここまで激怒させ、姫様もろともぶち殺してやると思わせたのはガレットなんだー。 だからやるというのなら、奪還作戦の勝敗を問わず、ガレットは全ての領土と資産、人民をビスコッティによこすしかないんだー」 「そのブーメランはちょっとたんまでぇ! というか……その前振りですか! 今の話!」 「アカン! 想像以上にヤバい奴やったぁ!」 奴らが怯え竦んだところで、ようやく射程範囲内……! 姫様をこっちに………………あれ、掴めない。 ……まさか……! ≪やられましたね。あの黒猫、姫様を連れて一人離脱しましたよ≫ 「…………クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 もうやっていられないので、その場で跳躍。一気に屋根上に乗っかり、頭を上げてきた虎耳の顔面にスタンプキック。 「ぶ!?」 更にウサギ耳の側頭部を掴み、屋根に十回ほど叩きつけ……ようやく静かになってくれた。 それからゆっくりと体を起こし、右手を二時方向に向けて、魔力集束……! ≪Icicle Cannon≫ そのまま砲撃として放ち、屋根の一角をカメラマン達ともども砕く。というか、十字方向にも速射砲として一発……カメラマン達その二も潰しておく。 『うぎゃあああああああ!』 そうしてあらかたの気配が消えたところで……ウサギ耳と虎耳の頭をぎゅっと掴んで、そのまま地面に降り立つ。そうしてずるずると引きずり、風呂場に戻って、体を投げ込んで……。 「「…………ぶふぁああぁあ!」」 目を覚ましてくれたので、すかさずお湯に手刀をツッコミ、電撃魔法を走らせる……! 「「え……ががぁがあががががあがああ!?」」 「お、おい……ヤスフミ!? ちょっとやり過ぎじゃね!?」 「人質なんだし、拷問しなきゃ」 「どういう理屈だぁ!?」 ≪まぁこうなったら、助けに行くしかないでしょ。なおミオン砦はこの辺りです≫ アルトがモニターを展開する。城から遠く離れた、小さな砦がピックアップされる。 ≪あのセルクルの速度なら、一時間程度ですね≫ 「現地の戦闘時間はそこまで長くない……転送ポートを設置すれば、もっと増えるけど」 ≪念のため、転送できなくなった場合も考えておきましょうか≫ 「だね」 ……すると、とたとたと足音が響いて……というか、こちらに全力で駆け出していて……。 「……振り返るのが怖いなぁ……」 「でも振り返るしかありませんよ? 戦犯ですし」 「だね!」 というわけで、振り返ると……鬼の形相で駆け出してくるエクレールがいて。 「勇者……貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「分かっている! 本当にごめん! 言い訳はしません!」 「いい心がけだが……その前に電撃を止めろ!」 「え、でも人質なら拷問しないと」 「どこの世界の……いや、もういい! 大体分かった! とにかく止まれ!」 それでも事情を理解してくれるエクレールに感謝しつつ……拳を鳴らし。 「ザラキエル、スタンドモード――!」 ザラキエルのアームを編み上げ、人柄とし、浴槽内に突撃……。 「お、おい!? なんだそれは!」 電撃で喘ぐ奴らの頭を、スタンドモードのザラキエルが両手で掴み、そのまま風呂の中へ静める。 ……あ、電撃は止めなきゃね。術式停止―っと。 「「ぐぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!?」」 「止めたよ」 「なにをだぁ! いいか……お前がこの所行にキレていることは分かった! だがそれ以上は駄目だ!」 「どうしてよ。水攻めならこれくらいしないと」 「もう戦興業になってしまった以上、明るく楽しくノーサイドでやるしかないんだ! 分かってくれ!」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 最悪だ……勇者殿も宣戦布告の了解は条件提示に留めていたが、それでも姫様は攫われた! いや、ガレット側の解釈は分かる! 『さぁ! 昼間の熱狂も冷めやらぬ中、大変なことになりました! なんとビスコッティ領主ミルヒオーレ姫様が、ジェノワーズによって誘拐! これによって誘拐争奪戦が成立しました! しかも勇者は宣戦布告を受ける代わりに、勝敗にかかわらずガレットの全てをよこせと要求しています! とんでもないことです! そのため私、フランポワーズ・シャルレーも、ガレット国営放送報道員として、現地中継のため移動中です! ……戦いの舞台はミオン砦! はたして勇者は、今度はどのような戦いを見せてくれるのか! そしてガレットの運命はどうなるのかぁ! 本当に注目です!』 激怒した勇者殿の反撃を、そのまま了承と捉えたんだ! 自分達を潰す……だから戦興業だとな! 本当に最悪だ! ……まぁ最悪なのは勇者も同じだがな! そう捉えるのを予測して、まさかガレットの全てをよこすのが条件とか! どんな交渉術だ! とにかく……そのおかげもあって、会場は急ピッチで準備を進めながらも大混乱。アメリタも、スタッフも大慌てだし、国民も同じだ。 前例にない状況の処理に困り果てながらも、舞台上で必死に動くアメリタには、ただただ平服するしかなかった。 「すまん、アメリタ! 私とエクレールが、宣戦布告の仕組みを教えていなかったばかりに!」 「いえ、ロラン騎士団長達のせいでは……なにより」 「あぁ」 「私……というか、ここのスタッフ達にとっては、勇者様があそこで私達について言及し、激怒してくれた……それだけで十分です」 「…………あぁ」 あぁ、そうだったな。勇者は言っていた。ライブを準備する人間、楽しみにしてくれる国民達……皆を悲しませる行動だと。 それはガレット……というかジェノワーズ達の自由と責任において選んだ未来。そこは揺らがないと……それを背負いもしない奴らを、許しはしないと。 「私には、姫様が勇者様を……あの子をビスコッティに呼びたいと思った理由が、よく分かった気がします」 「……実を言うと、私もだよ」 謝る立場ではあるのに、つい……そんなことを言ってしまう。それに吊られてか、アメリタも笑顔を見せてくれた。 「我々のそんな喜び……楽しさのために、本気で怒ってくれていたんだ」 「えぇ。でも……ガレットの全てをよこせというのは、どうしましょう……」 「……それも、後で考えよう……!」 「そうですね」 ……我々は勇者を誘拐し、この世界に連れてきた悪人とも言える。だから姫様も、まずそこを謝らなければと随分気に病んでおられた。 それは、もちろん我々もだ。まさか本当に、なにも聞いていないとは思わなかったからな。 ……とにかく、勇者はそんな我々に対し、心を閉ざし、閉じこもっていてもよかったんだ。なのにエクレールやリコ、私の言葉にも耳を傾けてくれる。 もちろん今回のことも、勝手な判断をしたとまず謝ってくれた。見知らぬ世界で、自分を誘拐したような人間達に、頭を下げるんだ。 その心根を……私も、アメリタも、信じたいと思ったんだ。 「それで、コンサートの方は大丈夫なんだな」 「リハーサルも既に終わっていますので。姫様さえお戻りになられれば、滞りなく」 「それなら大丈夫だ。エクレールとリコ、勇者が、既にミオン砦へ向かわれている。 それに、ジェノワーズ二人は捕縛しているからな。最悪の場合は人質交換という形で」 「くぅん」 ……するとそこで、アメリタの後ろから声が響く。 そこにいたのは、見覚えのある小さな忍犬。 「あなたは……」 「ホムラ……!」 それは巻物を持って、我々を真っ直ぐに見ていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ジョーとベルだったか。二人をたたき起こし、『お前らが人質だから』と告げたところ……なぜか絶望の表情。 でも何一つ問題はない。戦いとは一刻ごとに状況が変化する。それは実に当たり前のことだからだ。 ≪でも手を出すのが速かったですねぇ。 宣戦布告を受ければ、正式な戦として成立しちゃうんでしょ? 協定で≫ 「あぁ! しかもふだんの戦闘ならともかく、このタイミングであまつさえ姫様を攫われるなんて……!」 ≪姫様の行動パターンが読まれた上で、この人や私達がその辺りで白痴なのを突かれたわけですか。悪質ですね≫ 「まさかここまでするなんて……! それはそうとあの、勇者殿ぉ……そろそろ後ろの方を、なんとかしてほしいでありますが」 すると併走しているリコが、小首を傾げてきて……だから僕もつい倣っちゃう。 ……あ、一応補足。半日メカとかについていろいろ話していたおかげで、愛称呼びが許されました。 「なんで?」 「いや、なんでと言われましてもー!」 「まぁまぁリコ……この興業が成立する条件は言った通りなんだよ。 ガレットの全てをもらい受けたのなら、コイツらをどう扱おうと僕の自由じゃないかな」 「そのレスバトルで勝つ気構えも、一旦仕舞って−!」 「あの、うちらも悪かったかもしれんけど……もうやめてぇ! 足が壊れるぅ! あとその滅茶苦茶な条件、ほんまにやるつもりなんかぁ!」 「その前に死んじゃう−! 転けたら死んじゃう−! お外だとフロニャ力が弱いから……あ、でも街道なら大丈夫」 「なわけあるかぁ! これはガチでミンチにされるわ!」 ≪Stinger Ray≫ ノーモーションでスティンガーを乱射。すると後ろで両手を括られ、必死に走り続けるアホ二人がなぜか悲鳴を上げ始めた。 「「いやああぁあああぁあああぁああぁあ!」」 「どうしたの? 本気で悪いと思っているのなら、走りきれるはずだよ。 ……本当に、心の底から、悪いと思っているのなら」 「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」」 「……安心しろ。お前達はアホだが、それでも顔なじみだからな。本気で殺しにかかることだけは止めてやる。 アホだから考えがなかっただけだと……アホだから後先を考えなかっただけだとな!」 「「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」」 「あの、エクレ……もしかしたら勇者殿、怒らせてはいけない人なのでは……。 だから舞宙様も、滅茶苦茶する方と、自分にお願いして来たのではぁ……!」 「奇遇だな。私もそう感じ始めていたところだ……! というかお前、よくその性格であのような美人の心を射止められたな! 驚きだぞ!」 あれ、なんでか二人が怯えている。だったら……うん、笑顔で対処しよう。 「おい、笑うな! 怒りで顔が引きつっていて余計怖いんだ!」 「そうであります! 勇者殿、落ち着くであります!」 「大丈夫だって。試合が終わればノーサイド……それが僕の基本だ」 「ここまでやっておいてそれはヒドいでありますよ!」 「それが戦興業でしょうが」 「それだけは絶対にないから安心しろ!」 「エクレ……もしかして勇者様の世界では、それがデフォルトなのでは」 「それでもフロニャルドに合わせろ! この世界はその程度にはこう……優しいんだ!」 そんなツッコミを受けながらも、ロランさんから借り受けたセルクルの一体にまたがり、全力疾走。馬と同じ要領なら、なんとかなると思ったんだけど……なんとかなったよ! 歌織に付き合って乗馬、練習していて大正解だった! ありがとう、歌織! 帰ったらいっぱいお礼をする! 忘れないようにメモしなくちゃ! ……あ、今更だけど説明。ジョーとベルは両手を結わえ、僕がセルクルで……最高速度を上げながら走り続けてもらっている。 もし逃げようものなら……というか、逃がすと思っているのかと紳士にお話したところ、二人はなぜか半狂乱になりながら、こくこくと頷いてくれた。 「ただまぁ、ヤスフミがキレる理由も分かるぜ! 敗者が勝者の祝勝コンサートを妨害するとか、有り得ねぇだろ!」 「失礼ですがお二方とも、ガレットというのは、アホの国なのですか?」 「そのちっちゃい子、今うちらを見て言わんかったか!?」 「それはヒドすぎます−!」 「エクレールさんがためらいなくアホと言うんですから。当然です。 しかも国の全てまで勝手に賭けるのだから……」 「「そこはやっぱり成立!?」」 「国営放送でそういう話になっているじゃないですか」 「……一応言っておくと、そんなアホはそいつらとノワの三人だけだ。基本は違う」 「「こっちもヒドい!」」 いやぁ、これは仕方ないと思うよ? エクレール、すっごい疲れ果てた顔をしているもの。きっとこれまでもいろいろやらかしたんでしょ。 「なのでそれだけは絶対ない……なかった、はずなんだ。 友好国の一つだった上、姫様とレオ閣下は姉妹同然の仲だ」 「先の領主……つまりお二方のお父様とお母様が旅立たれてからも、お互いに支え合うような間柄だったであります」 「支え合う……?」 ≪今日の有様を見ていると、信じられませんねぇ≫ 「自分達もでありますよ……」 ≪というと≫ 「この三か月、ガレットはそんなの知ったことかーって感じで、大暴れで責め立てているであります。 それに困り果てて、姫様も勇者召喚を決定したくらいなので……」 あぁあぁ……突然心変わりしたようにと。それでがんがん攻められて、窮地に陥り、今日の状況になったわけか。 「一応確認するけど、そうなった原因も」 「さっぱりであります!」 それはそれは……あれ、でもそれなら……ハンマーチャーンス♪ 「話は分かった。だったらガウルとやらをとっ捕まえ、人質にして、そこんところを吐かせようよ」 「勇者様!?」 「大丈夫。僕は忍者として、拷問研修も受けている。教官に『それただの虐殺だからぁ!』と半狂乱させた男だ」 「何一つ安心できない経歴であります!」 「どうしてよ。劉さん……あ、お世話になっている、ロラン騎士団長みたいな立ち位置の人がね、言ってくれたよ? それは誇っていった方がいいと、涙目で」 「それは字面通りに受け取ってはいけなかったでありますよ!」 「全くだ! いいか……拷問と虐殺の違いも分からないのなら、なにもするな!」 ……セルクルの手綱を振るい、更に速度を上げる。飛ぶが如く……飛ぶが如く! 「………………」 「話を聞けぇ! 真顔でただ前だけを見つめるな! 普通に、戦興業として、楽しく、イベントだ! いいな! 絶対だぞ!」 エクレール、それは振り……まぁいいけどさぁ。というか、本気でやりそうって顔をするのはやめてよ。僕は平和主義者だよ? 「ちょ、速度を上げんでぇ! 今、うちらぎりぎり……ギリギリやからぁ!」 「ヤスフミくん、本当にごめんなさい! あの、なんでもお詫びするから!」 「分かった。じゃあおのれら、今回に限りビスコッティ側として戦え」 「「え!?」」 「人質にされて、僕の愛ある説得を受けて、ビスコッティに寝返るんだ。 そうしてガウ様にも、兵達にも弓を引き……楽しいねぇ! 盛り上がってきたねぇ!」 「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」 「その上でさ、ガウルとやらの骸骨で、杯を作ろうよ! それをレオ閣下に送れば、きっとまた友好国に戻れるよ!」 「「だから落ち着けぇ!」」 ショウタロス、エクレールといつの間にか仲良くなっちゃって。それが微笑ましくて、ついはにかんじゃう。 「なぜこれではにかめるんだ、お前はぁ! というか怖い! 怒りがにじみ出ていて本当に怖いからやめろ!」 「やっぱり怒らせたら駄目な人でありましたかー!」 「そんなことないよ。……今日がジェノワーズとガウル達の命日ってだけで」 「「それだけはご勘弁をぉ!」」 「……なんでもするって言ったでしょうが。だったら今この場で僕の側室として、砦で夜とぎしまくったとしても問題ないんだよ」 「ベルゥ!」 「ごめんなさいー!」 「いや、駄目だからな! 中継も入っているんだから……絶対やめろよ!? 振りではなく絶対にだ! いいな!」 ……コンサートまで一刻半。時分秒で言えば、一刻は約二時間。つまり三時間前後……! 移動時間が一時間程度だから、現地での戦闘時間も、同じく一時間が限度。その間に姫様を見つけ、脱出できないならアウトだ。 一応転移ポートは臨時で設置したけど、アルトが指摘した通り使えない場合はある。注意しておかないと。 (その3へ続く) あとがき 恭文「……というわけで、のんびり一日目終了かと思ったら……ジェノワーズとガウルによって、ミルヒが誘拐。 それを三時間弱でなんとか奪還しようという戦が発生したわけです」 鷹山「……蒼凪……ほんと、さぁ……!」 大下「やっぱやっちゃんはキレさせちゃ駄目なんだって!」 恭文「そんな要素どこにもなかったでしょ……」 鷹山「そこらかしこにあっただろ!」 大下「ほんとだよ! しかも馬に結わえて引きずるとかさぁ! 西部劇の見過ぎでしょ!」 ヒカリ(しゅごキャラ)「その程度にはあり得ないタイミングでやらかしたんだよ。ジェノワーズの奴ら……」 (そう……アホでした) ヒカリ(しゅごキャラ)「ただまぁ、これで私達にも大まかな状況は理解できた感じだ。ガレットの侵攻をなんとかしないと、ビスコッティも平穏にならないとな」 大下「それだけ聞くと勇者っぽいんだけどなぁ……。 というかさ、いちごちゃん達も電話、もらっていたんだね」 鷹山「どうなっているんだよ。異世界なんだよな」 舞宙「あ、うん……そうらしいです」 いちご「うん……」 鷹山「らしい……?」 恭文「その辺りも勇者召喚の術式に絡んだことなんですよ。後々判明しますけど」 (それもあれこれ終わった後です) 恭文「とにかく戦興業については、最初ミルヒが説明してくれた通りなんです。 熱くなることもあるけど、基本は兵と国民がみんなで楽しむイベントって感じで」 いちご「で、その後にお風呂を楽しもうとしたら……見ちゃったんだね。ミルヒちゃんの裸を」 恭文「………………はい……!」 舞宙「今度は、あたしも一緒だからね?」 恭文「舞宙さん!?」 大下「舞宙ちゃん、ビスコッティに乗りこむ構えかよ!」 鷹山「正妻対決か?」 風花「あ、いえ……いろいろ話が弾んだ結果、ガレットに勇者として召喚されることが決まって」 鷹山・大下「「え!?」」 恭文「それで勇者対決はどうかと、レオ様が乗り気になって……」 鷹山「……ビスコッティとガレットでか!」 大下「確か舞宙ちゃん、魔法能力者で薬丸自顕流もできたよね。だったらいけるかも……!」 舞宙「楽しみなんですよー!」 シオン「あと、結納を進める上で、本妻な天原さんとはきちんと話を付けておきたいそうで」 舞宙「楽しみなんですよー!」 鷹山・大下「「……逃げ場がないわけかぁ」」 恭文「が、頑張ります……!」 (どうしてそうなったかが疑問だけど、それでも話は進みます。 本日のED:堀江由衣『PRESENTER』) いちご「でも恭文くんが出し抜かれて誘拐されちゃうって……」 恭文「大反省ですよ……! まさか国営放送も片棒を担いで、言質取るとか想定外でしたけど」 古鉄≪時間稼ぎで距離を詰める……ところまではよかったんですけどねぇ。相手も去る者ですよ。アホなりに≫ いちご「まぁ、来たばかりだったしね。でも行き来で二時間使って、滞在は一時間って……」 才華「強行スケジュールだなぁ……」 恭文「だから砦もろとも潰すしかないと提案したんですけど、エクレとリコが悲鳴を上げながら止めてきて」 才華「それは絶対早計だからね!?」 (おしまい) [*前へ][次へ#] [戻る] |