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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
その25.5 『断章2017/勝ち切ってみせて』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2008年・風都その25.5 『断章2017/勝ち切ってみせて』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――だがそうすると蒼凪、本当に技巧派なんだよな。大技に頼らず絡め取ってってことだろ」

「だよねぇ。アリアちゃんやロッテちゃんも、よくやっちゃんをこう……二週間程度でグイグイ育てられたね。六歳って年齢もあったのに」

「実はですね、知り合いの子……というか、何度か名前を出しているクロノを一時期預かって、教えていたことがあるんです。五歳の頃から」

「クロノっち、精神的に難しい時期でね? まぁ……父親のクライド君が亡くなった直後だから、仕方ないんだけど」

「……闇の書、だったか」

「そう……至上最悪のロストロギアと誤解されたものだよ」

「誤解?」


え、待て。話通りだと、相当凶悪な代物なんだが……それが誤解?


「闇の書は元々の名前じゃなかったんですよ。
その辺りも資料が埋没していて、この翌年……なのはちゃん達が関わった何度目かの闇の書事件を経て、ようやく分かりました」

「無限書庫ですね」

「ねね、蒼凪くん……それなに?」

「管理局本局に存在する、古今東西様々な資料をため込んだ資料室です。
ただし魔法技術により内部空間を広めに広めていて、ダンジョンみたいになっていますけど」

「ダンジョン!?」

「創設時代からいろんな資料を放り込んだ魔窟……とも言えるね。ただその広大さゆえに、書庫の整理や資料“探索”にも相応の魔法能力が求められてね。
専門の司書さん達にサポートしてもらわないと、軽い調べ物すらおぼつかないって代物になっちゃったんだよ」

「だから外部の人間が入るときは、相応に身分証明しつつ、司書さんの付き添い必須なんですよね……。
万が一深いところに入り込んだら、戻ることすらできず遭難って可能性もあるから」

「遭難!?」

「あと、魔力を持った危険な書物とかもあるので……司書さんでも深部への立ち入りと調査は、チームを組んで数か月かけて行います」

「…………おかしい……それ、私達の知っている書庫じゃない……」


田所にはただただ頷くしかなかったよ。いや、だからこそダンジョンって扱いなのか。


「とにかく、その無限書庫で……調べ物?」

「闇の書に関する昔の資料も、見つかるかもって話だよ。……情けないことに何度も起きていながら、そこまでツッコんだ調査ができなくてさぁ」

「闇の書があっちこっち旅することもあって、管轄の線引きにも引っかかったしね……」

「旅……何度も? え、本なんですよね」

「そう……本当の名前は夜天の書。珍しい魔法や技術を蒐集・保全し、後世へ伝えることを目的とした超規格外ストレージデバイスだよ。
そのために自己再生機能や、適性者のところへ転生し、旅をする機能……書全体を管轄するナビゲーター的な存在もいたんだ」


へぇ、それはまたロマンのある……って、ちょっと待て。それだけだと滅茶苦茶平和な要素しかないんだが。


「ただまぁ、ガイアメモリじゃないけど……悪いことを考える奴ってのは多くてさ。
歴代の主がその力を私欲のために活用しようと、改悪を繰り返してね?
結果書の主として認められるテストをこなしたら、ユニゾン能力もある書に体を乗っ取られ、死ぬまで暴走し続ける呪いのアイテムになったんだ」

「……それはまた……!」

「……だからまぁ、アタシらさは、蒼姫ちゃんが言いたいことも……分かっちゃったんだよ」

『…………』

「メモリがあるから、人が悪魔になるんじゃない。人がそもそも悪魔だから、メモリを悪く使う……ですか」

「それもまた、状況に責任や罪過を委ねたすえの言葉ってわけだ」

「……えぇ」


その言葉に、田所は渋い顔で頷くしかなかった。自分もまた『普通では手に入らないような力』を持つ一人と、戒めるようにだ。


「でもユニゾンって、あれだよね。蒼凪くんとリインちゃんがしていた……」

「あれも元々は古代ベルカ由来の技術なんだよ」

「それでエターナルコフィンは、リーゼさん達がそんな闇の書に対抗するため、秘かに作っていたものなんです」

「あれが!?」

「闇の書を主ごと完全凍結・永久封印ってコンセプトだったんだ。
……ただまぁ、それだと外部の要素で封印解除も有り得たからさ。先延ばしの保険って感じだったけど」

「その魔法もクロノに教えて……で、このときも恭文君には突貫で伝えていたの。
幸い使いこなす素養もあったし、最悪の場合は琉兵衛さんや苺花ちゃんを永久封印するのも手だって言って」

「………………」


さすがにそれはどうなのかと、雨宮も眉をひそめる。まぁ、リーゼアリアの言っていること、かなり過激だしな。


「で、恭文君は雨宮ちゃんみたいに眉をひそめることもなく、笑顔で納得してくれた」

「あれは、ぞっとしたよね……! 提案しておいてヒドいけど」

「せめて聞き返しは欲しかった……!」

「蒼凪くん!?」

「言った通り、メモリブレイクの手段がなかったので……。それが見つかるまではって話ですよ。
というか、そもそもリーゼさん達に引く権利はありません。同じ発想で準備していたのに」

「「あ、はい」」

「そっか……いや、そうだよね。さっき言っていたもんね、先延ばしだって」


かと思ったらそんなでもなかったよ! いや、でも……それなら、いいよな。

問題になっているところを、時間で解決するっていうのなら……だが納得した。それでリーゼ達も、できるだけ前線にと気張っていたのか。


「それよりもめーさま、ほら……クロノさん」

「だったね。えっと、それが……蒼凪くんといろいろ似た状況」

「コミュニケーション取りつつ、内弟子的に可愛がった経験を生かして、なんとかってところも同じだね。
素養もクロノっちと近かったし」

「それなりだけど天才と言えるほどでもなく、デバイスの機能補助に依存しない技巧派ってところは……ほぼ同じだったよね。魔力光も青だし」

「青!」

「……あ、ごめん! 水色だったと思う! 青じゃないや!」


あれ、なんでリーゼアリアは慌てて訂正!? そこは余り重要じゃないだろ!


「……そちらも、ひりついたことがあるんですね」

「うん、察した……察しましたよ」

「ボク達もだよ……」

「だな……」


疑問に思っていると、夏川と麻倉が『分かる』と何度も頷いて……それに。フィリップと左も乗っかったよ。


「え、だが……麻倉さん達もかよ!」

「あるの? 青過激派の青認定が厳しくて、空気がひりついたこと」

「アタシらはもう、魔力光とか、ドーパントの色とかでばっさりなんだけど」

「わたし達も同じくです! PV撮影で風船とか、衣装にイメージカラーを入れるじゃないですか!
そうすると、この人はそれを持って笑うんですよ! 『えー、これは水色ですよー。青じゃないですー』って!」

「え、どうしようどうしようーって、みんながざわつくんだよね。しかも天さん、眼が笑っていないから……」

「「「「同じ! こっちも全く同じ!」」」」

「私も分かります! 恭文くん、本当にそこは譲らなくて!」

「拘るのよね、青には……」


……なんか被害者の会ができてきているなぁ! 風花と歌織も挙手したよ! いや、幼なじみだから当然か!

だがなんだよそれ! 水色は青でいいだろうが! そこのこだわりはいらないだろ!


「えー! そこは大事なとこじゃんー! 青と水色は違うんだから!」

「ですよねぇ。百歩譲っても系統ですよ」

「うんうん……そこはこだわらなきゃ。PVとかならなおさらだって」

「……タカ、ヤバい……当人達、なにひとつ揺らいでいないよ。というか舞宙ちゃんまで」

「お前も青過激派とやらなのか……!」

「……やっくんと改めて意気投合したの、まずそこからだったので」

「というか、天さんともです」


なんだそのトライアングルは! 才華といちごの補足でも何一つ納得いかないぞ! というか、今この場をひりつかせているんだから気づけ!


「ちなみにそのクロノさん、本局だと執務官っていう法的処理もこなせる資格保有者……めっちゃ凄いエリートさんですよ。
魔導師ランクもオーバーSで、高町なのは以上の実力者とか」

「「あ、うん。それは正解」」

「しかも恭也の妹より強いのかよ!」

「バインド……捕縛魔法の名手でもあるんですよね」

「「それも大正解」」


それでエリートとして大成しているのか。

だから蒼凪も知っているし、実力に陰りもないと言える程度には、リーゼ達も認めていると。


「その辺りの戦闘スタイルも、恭文君に近いかなぁ。クロノはばりばりにミッド式なオールラウンダーだけど」

「……斬り合いたい……」


おい、蒼凪……今なんて言った!


「………………」


さらっとスマホでなにかメモしているが、それはなんだ!

まさか斬り合いたい奴の名前を羅列しているわけじゃないよな! だとしたら怖すぎるんだが!


「……もっと言えば、今は次元航行艦……管理局が各世界を見回るために使う船の艦長さんです……!」

「艦長だとぉ! え、というかアリアちゃん、やっちゃんは」

「いつものことなので! ……私達もそのときは、いろいろ感慨深かったですよ。
クロノ君のお父さん……クライドさんも、優秀な艦長さんでしたし」

「内弟子に取った直後も大変だったしね……。その頃のクロノはほとんど笑わなかって……あ、今は違うよ?
士官学校で知り合ったエイミィって子がいい影響を与えてくれてさ。面倒臭いツンデレなりに人当たりもよくなった」

『そこもそっくりかぁ!』

「ちょっとー! 誰が面倒臭いツンデレですか! 僕はそういう要素ないですからね!」


まぁ荒ぶる蒼凪はともかく……だったらリーゼアリア達、そんな凄いエリートを育てた立役者だよな! 本当に凄い教導官なんだな! 今更だけど!


「と、とにかくですよ。リーゼさん達にいろいろ助けられた点も含めて……僕が活躍してミュージアムを潰したっていうのは誤解です。嘘っぱちです」

「ん……それはあたし達も納得したよ。
蒼凪くんはあくまで、自分にしかできないところを受け持ったーって感じだよね」

「身も蓋もない話ですけど、日々積み重ねた鍛錬と、数と質の暴力で蹂躙する……警察組織の基本戦術で解決したことなんです」


そして、そんな蒼凪は落ち着きを取り戻し……そう装いつつ、雨宮や俺達に告げる。

……結局自分はヒーローなどではなく、全ては元々努力していた警察……PSAの人達が頑張って解決したことなのだと。


「しかも運に大きく助けられています」

「それも、うん……一応納得。……ルビーちゃんだよね」

「それ以外もですよ。医療関係者の人達が起訴されるまで猶予ができたとか……。
お父さん達の会社が即断で懲戒免職にしなかったとか……。
そもそも御影先生がヘイハチ先生に後を頼まなかったら、リーゼさん達との縁もなかったとか……!」

「ほんと大助かりだなぁ!」


本当に要所要所……お前にしかできないところを担当しただけ。それが楔たり得るのは確かだが、それだけで組織は壊滅させられない。

奴らが抱えている人員、ノウハウ、コネクション……そういうものを全て含めて粉砕し、二度と悪用されないようにする。そこまでしてこその成果だ。

そして蒼凪が、今の横道も含めたのは実に簡単。そういう力……テクノロジーに触れる機会も、縁や運があればこそ。蒼凪一人ではどうにもならなかったことの一つだ。


「二つ目については特に重要ですよ。生活レベルも落ちるし、それによって得られるチャンスだって減る。
もちろん……私や歌織ちゃんとも、こうして一緒にっていうのは難しかったかもだし」

「それも努力でどうにかとかやっちゃんに言い出したら、鳴海荘吉や左はほんとヤバいな……!」

≪そんなのはご母堂様達の職場に乗りこんだ時点で確定ですよ……。
ホームグラウンドの風都ならともかく、そうじゃないならただの無礼者ですよ≫

「結果二人の懲戒免職処分を、決定寸前まで加速させたこともあるしね
まぁそれだけ、当時の彼が冷静さを欠いていたという証拠ではあるけど」

「……せめて、それを省みる機会があればよかったんだけどさ」

≪無理ですよ。救いは有限……あの人はその機会を、悉く男の意地で逃がし続けたんですから≫

『そうして成り果ててしまったんだよ。自分が憎んでいたはずの、街を泣かせる怪物にね』


自分の対処が甘かったせいで、状況が混乱している……子ども二人を殺し合わせるという状況に対して、鳴海荘吉もまた憔悴していた。

だがそれで言い訳はできない。アルトアイゼンが言うように、その機会を逃し続けたんだ。生来持っていた甘さ……見通しの弱さと、誇っていた男の意地で。

確かに機会はいくつもあった。蒼凪家が混乱したことや、メリッサが拐かされたこと。蒼凪に暴力で鎮圧されたことや、ウィザードメモリに拒絶されたこと。


そして……蒼凪と一緒に攫われた人達を追い込み、事件を隠匿した結果なにも知らず利用された医療関係者達の未来まで壊しかけたこと。

鳴海荘吉はいくつも、いくつも、いくつも……省みる機会があったんだ。もう“ハードボイルド探偵ごっこ”などできないのだと、割り切ることはできたはずだ。

だがその機会を悉く潰した。いいや、ここは“潰されてしまった”と言うべきかもしれない。


「とはいえ、そこも鳴海荘吉だけの責任じゃないだろ」

≪えぇ。シュラウドさんや、風都市民、刃野さん達協力者、翔太郎さん……そして恭也さんと美由希さん≫

「特に恭也さんと美由希さんは、この後滅茶苦茶落ち込んでいましたよ……。ただ、だから二人に責任を取らせるって話しにはならなかったんです」


それは……そうなるよなぁ。そもそもその日が初対面だったし、当時高校生だった二人にそこまで空気を読んで対処しろーっというのは。


≪そこについては二人を呼びつけた沙羅さん達の反省点ですね。周知が足りていなかったということで、二人にも謝っていましたし≫

「とにかく、今回は雨宮さん達もいるし、分かりやすく“外側の話”のみ……本来メインとなる場所で、命を張っていた人達の活躍は省いている。そこは覚えてもらえると助かります」

「あの、蒼凪くん……本当に六歳で、地力で、これ? 誰かにアドバイスされたとかもなくて」

「もう……麻倉さん、そこは信じてくださいよ。手ずからじゃないと落とし前にならないじゃないですか」

「だからこそ信じたくないって気づいて!?」

「僕に嘘を吐いた奴も、僕の前を横切った奴も、僕を舐めた奴も、全て殺すんです」

「開設しないでいいよ! もう分かっているから!」

「アタシらも助言はしたけど、大筋の流れは全部やすっちが考えたよ。そこは保証する……!」


麻倉もさすがに信じられないという様子だが、すかさずリーゼロッテが断言した。

……これこそが、蒼凪の強さであり、魔導師としての格なのだと……ヤバい要素も込みでな!


「そこもやっぱりバトスピとかの戦略ゲームから学んだことが大きいんだよ。
もっと言えば、やすっちの気質はアスリートでもあるから」

「アスリート……?」

「散々暗殺者だ人斬りだとか言ったけど、それも裏を返せばってこと。……ほら、ボクシングとかでもそうだよね。
試合に向けて鍛えて、減量して、相手選手の得意不得意を分析し、対策も作って本番ーって」

「そういえば……!」

「そして情を交えない主義も、そんなアスリートがプロとしてやっていくなら必要なことだ。
プロの最大条件は勝負に徹することだからね。その上で勝者として、敗者の夢を砕いた呪縛も背負い進むなら満点だ」

「いくらルールである程度の安全が守られているとはいえ、やらなきゃやらない世界……だけどそれもまた業のある選択だと覚悟できないのなら、結局勝ったもん勝ちの無法者。
だから相手が誰であろうと、一撃で意識を刈り取る“鬼の一撃”が撃てなきゃ駄目だし、それでも業を背負う器量もないといけない。
……そういう意味でも恭文君は非凡な子なんだよ」

「それは、私達のお仕事にも通ずるところだなぁ」

「蒼凪くん、ものすごくストイックなだけだったんだね……!」


麻倉と伊藤も苦笑いで納得するほど、蒼凪は突っ走っていた。というか、俺もそれは想定外だった。

いや、やっていることは完全に今回のそれなんだよ。だが暗殺者の気質とそう繋がるとは……それは周囲も誤解がありまくっただろうなぁ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ここまでのあらすじ――蒼凪が人斬りだの暗殺者だの言いまくっていたが、根っこのところはシンプルだった。

そう、蒼凪は凄まじくストイックなだけだった。その結果いろいろ全力を尽くしただけなんだよ! 救いがないなぁ!


「だからね、恭文君には次元世界で根強く続いている、魔法格闘競技についても教えたんだ」

「魔法格闘……? あの、さっき言っていた」

「模擬戦みたいな形でドンパチするとか、リングの上で近接オンリーの殴り合いをするとか……民間魔導師を対象としたプロリーグもあるんだ。若年層でもU-15やU-19って形で出られるし」

「それやっぱ面白そう! というか蒼凪くん、強い奴と戦いたいーとか言っているんだし、ぴったりじゃん!」

「……でも、主要な大会って夏が中心なんだよねぇ」

「……夏以外でないんですか!? というか、夏は絶対駄目でしょ! この間だって大騒ぎだったし!」

「めーさま?! というか……それはめーさまの方でしょ!
あんな大騒ぎでライブ駄目になりかけるし! 伊佐山さんにも殺されかかるし! アントライオンで腰抜かすし!」

「あたしは……君にいっぱいプロポーズされたよ? 愛しているーって……それでも、あたしの気持ちとか、ご縁があった人のことも守りたいんだって言ってくれたし。
……それを不幸扱いはちょっとやだなぁ」

「にゃああぁああぁああぁ!」


蒼凪がまた雨宮に押し負けて……! まぁ諦めろ。また意地悪く笑う女神様には、恐らく一生勝てない。お前じゃ無理だ。


「うん、そうなんだよ? 君は私にもプロポーズしてくれたのに……なんでそういう意地悪、しちゃうのかなぁ」

「麻倉さん!?」

「まぁ分かっているよ? それで気を引こうとしているんだよね。……やっぱり子どもだなぁ」

「え、だったら今のも、あたしは意地悪されて……もう、駄目だよ?
あたしはそういうのより、いっぱいプロポーズされる方が……ずっと気持ちが伝わるし」

「めーさま!?」

「でももちはあげないから! もちはあたしのなの!」

「それは重々理解しているのでー!」

「いや、そこは誤解だからね? もきゅもきゅ……」


そして麻倉にも勝てないな! 角煮食べながら、そういうこと言ってくるんだから! コイツも強いよ!


『でもこれで完全に……女神様と赤坂さん達への回答は出せた感じだよね? この後の苺花ちゃん戦は念押しだし』

「ま、まぁね……!」

「彼女がメモリブレイクの反動で死亡などしないよう、その可能性すらも両断できる刃……斬撃を生み出したんだね。彼女の状況を精査し、ゼロから構築して」

「僕の天眼と鉄輝、軸となるアルトに、その素材たり得る力、剣術家としての技量……それらが揃ってなんとかって感じです。
だからできる状況っていうのもかなり限られています」

≪殺すことなく、副作用も除去しつつ、ハイドープとしての能力も封じる……そんな未来を引き寄せる剣閃。
それ以外の未来をそぎ落として、初めて到達できる零の領域ですよ。そんなものがほいほい撃てるはずがない≫

「……しかもそれは、恭文くんというたった一人の人間による取捨選択です。
たとえ“誰かのために”と思っても、そこには傲慢さや身勝手さ……恭文くん自身の業が含まれる」


風花、それは……いや、そうだな。結局人間の小さな頭で、どんな未来が一番いいか……“数ある未来の最良はどれか”など分かるわけもない。

いや、端的には分かるんだ。だがそれが将来的にどう繋がるかまでは判断できない。それを言えば水橋達だって、この国を憂い、犠牲を伴ってでもそんな未来を作ろうとした一人になるだろう。


選べるのは、今この場での選択。その場その場で先送りも含みつつ、道を選んでいくことだけ。


「だから天眼は、最大の戒めにしているんです。
それでも、変えたい何かがあるか……斬りたい運命(さだめ)があるか。
その結果を受け止め、変えた世界と向き合って、戦い続けるのかと問いかけて……初めて外す戒めです」

「世界を、変える一撃……」

「もちろん“誰かのために”なんて言うのは言い訳にもならない。僕はその手で確かに、数え切れないほどの可能性を殺す。
……おじいさんが願いを叶え、世界が『平和』になる未来もその一つですよ」

「一殺多生ならぬ“他殺一生”。人斬りとしても……活人剣の本質としても、いろいろ外れているね」

「………………」


だから雨宮も視線を落とす。その重さを……蒼凪がその枷を外すのに、そこまでの問いかけを繰り返す意味を受け止め、眉間に皺を寄せる。


「とはいえ、それ自体は特別なことじゃないとも思うんです。僕が天眼を通して、それをやるのは人の領域から外れる……傲慢というだけで」

「どういうことかな」

「選ぶことは、他の未来……可能性をそぎ落とす。それが本質ですから。だから努力すればなんでもできるーなんていうのは嘘っぱち。
選んだもの以外の可能性をそぎ落とし、注ぎ込むと決めたものに人生を消費するんです。しかもその結果は約束されないんだから無情です」

「選択と集中のお話よね……。
たとえば先輩達だって、歌やダンス、声の表現を磨き、お仕事としているから……戦ったりは無理だし」

「僕や鷹山さん達、赤坂さん、照井さんはその真逆だね。少なくとも先輩達レベルは無理だ」

「歌織ちゃんまで、先輩呼び……!」


まぁまぁ田所! 歌織は尊敬の念を抱いている……はずだから! 蒼凪ほど悪辣じゃないはずだから! そこは落ち着こうか!


「もちろんそれは自分だけじゃない。他人の可能性だってそぎ落とす。
……このとき僕が声を上げなければ、鳴海荘吉と翔太郎は楽しいハードボイルド探偵ごっこを死ぬまで続けられたように。
……その二人が、自分自身の探偵ごっこを守ると選んだがために、僕達の家庭や一緒に攫われた人達の平穏をずたずたにしたように」

「恭文くんが私とヨン様のカップリングを数年にわたって応援し続けることで、私とそうなる可能性を全否定しまくったようにね……」

「そ、その節は大変、たびたびに無礼な態度を……!」

「それはいいよ。心を痛めてくれるなら十分。
ただその話……伊佐山さんの一件で、改めて思い出しちゃったんだ」

「……僕もだよ」


そうして蒼凪は、風花と疲れた様子で……注文していた昆布茶をずずずと飲む。……これだけ見ると熟年夫婦だな。


「夢や可能性……欲望があるから、間違えながらも人間は進んでいける。でも、だからこそずっと“ここ”にはいられない。
今を壊しながら、時間をすり減らしながら……そうして自分以外の誰かが……もしかしたら死ぬほどほしかった“何か”を奪いながら」


そこでウィザードメモリをまた取り出し見つめるのは、必然なんだろうか。

それもまた、園咲冴子が、鳴海荘吉が、左が求めた力……その一つではあるからな。


「伊佐山さんもそうして進んでいたんだ。でも……」

「碇専務達は、“ずっとここにいろ”と追ってきた。そこに雨宮さん達も巻き込もうとした。……本当に、怖かったはずだよね。
現に私は鳴海さんやその肩を持つ左さん……風都って街が、あのとき……ただひたすらに怖くて仕方なかった」

「だろうね。だから包丁を手放せなかったわけだし」

「うん……」


いや、お前達? ちょっと待て……流れは分かるが、包丁の下りはそこが原因かよ! 発露が余りに台なし過ぎる!


「まぁ僕も怖くて仕方なかったよ。
だから最後には鳴海荘吉に、どれだけお前が怖いかを……徹底的に叩き込んだんだけど」

「それは忍者さんとしてどうなんだろうなぁ……」

「だからほとんどは直してあげたんですよ。僕って優しいー♪」

「それを証拠隠滅と言うのは、説明しなくてもいいよね……!」

「ちょ、めーさま!? なんで猫耳をくりくり……ふにゃあー!」


そしてお前は……いや、それは分かるんだよ。

蒼凪は言っていた。美澄苺花の行動……鳴海荘吉へのアンチ・ヘイト行動は、過剰に見えて実はそうではない。

鳴海荘吉という人間が、それだけ怖かったんだ。だから蒼凪の読み通り、あの場面でもテラーに頼り押し潰した。


それもなぶり殺しにしながらだ。その意味は俺でも分かる。そうして安心を……こんなゴミクズは気にしなくていいと、安心を得ようとしていたんだ。


「でも蒼凪くん……それで、わざわざライブ会場を選んだわけ?
そこんところをすっ飛ばすために、最初からあの魔法……偶像の力を引き出すつもりで」

「お、思いついたのはわりと直近でしたけどね……。
ただ、伊佐山さんとめーさまを繋ぐワードを込めないと駄目っていうのは、最初から分かっていたんです」

「そうじゃないと、素材は引き出せない……」

「スターライトもまた、リサイクルの魔法でもありますから」


蒼凪は右人差し指を立て、星を集める……あのときとは違い、緩やかな形だが。


「伊佐山さんがこの一件で、碇専務達に砕かれた希望……その記憶も大事だったんです」

「伊佐山さんの傷は本来ふさがっていたものだからな……」

「あと、めーさまにかかったえん罪……碇専務達と肉体関係を持ってしまったってフカシについても、否定する必要がありました。
めーさま……今更だけどすみません」

「え、なんで謝るのかな」

「あの時点だと多角的な調査もできていないから、そのフカシについても違うと……明確な証拠を持って言えなかったじゃないですか。
……その場合、やっぱりめーさまは伊佐山さんにとって裏切り者。めーさまに対して攻撃を仕掛ける可能性は高いって……分かっていたはずなのに」


その星を解除し、ちらした蒼凪は……後悔の念を浮かべながら、軽く頭を抱える。


「ショウタロスのアホはともかく、いちごさんともども、無駄死にさせるかもしれませんでした。明確に判断ミスです」

「だから、それはあたしが無茶を言ったからでしょ!? それに、依頼だってしたんだし……謝るのなしだから!」

「でも、反省はします」

「強情だなぁ! というか、それはいいんだよ!
それよりも……あたしのこと、無条件で信じてくれた方が……ずっと驚いたし、嬉しかったから」


……あ、そういえばそうだよな。蒼凪、その辺りでは疑いを一切持っていなかったが……その理由もまぁ、今なら分かる。


「信じていたというか、疑わなかっただけですけど。一欠片も」

「ほんとに? こう、全く……想像とか。あたし、嘘吐いてたかもしれないんだよ?」

「麻倉さん達は断言していたんです。そもそも雨宮さんにそんな能力はないって」

「ちょっと!?」

「まぁ考えてみれば、舞宙さんもそうですからねぇ。ずぼらな人はそもそも自分の言ったことの整理整頓すらできないんだから、嘘を吐いたってすぐ分かるんですよ」

「あ、そこはアタシが教えたんだよ。散々……アリアや父様に呆れられてきたので……!」

「ロッテさん!?」

「うん……天さん、顔に出るしね。すぐ分かる」


そして麻倉が容赦ないな! 蒼凪もわりとヒドいことを言っているぞ! それでも問題なしか!


「なによりほら、それで嘘吐いていたなら、芋づる式に破滅ですし。手を下す必要もありません」

「「うんうん……」」

「もっと感情を交えてほしかったよ! というか、おまえらも同意見かよ!」

「まぁまぁ天さん……というか、蒼凪くんは交えたくても交えられない立場なんだよ? 警察側の人なんだし」

「それは、うん……」

「私達もさ? そういう子だったらそもそも信用していたかどうか分からないし」


そんな容赦のない麻倉だが、着目点は的確だった。それで見過ごすようなことができる奴じゃないし、そもそもできても忍者としてはあり得ない。

その辺りは雨宮もここまでの流れでよく理解できたので、困り気味に頷く。


「……逆に言えば、それを知っていたはずの伊佐山さんも……天さんへの疑心暗鬼が強まっていたってことだけど」

「だから蒼凪くんも、改めて電話して……説得は無理かもってお話してくれたんだよね。
ただまぁ、わたし達みんな、それをすんなり受け入れてくれたことは……びっくりしていたんだよ?」

「女性の過去に興味なんてありませんから」

≪レティさんやリーゼさん達の恋愛歴とかを聞かされまくった結果、触れてもいいことは何一つないと悟っていますからねぇ。面構えが違いますよ≫

「なにがあったの!?」

「……いろいろ、あったんだよね。このすぐ後、旦那さんの浮気で離婚とかしちゃったとか。
ロッテさんが逆ハーレムプレイで、若い子の筆おろししてあげたとか」

「ちょ、舞宙っち! しー!」

「なにそれぇ!」


舞宙もその補足は……駄目だよ! 気になるよ! なにがあったのかってみんなビクつくよ!

いや、なんか察しは付く! というか、リーゼ達はおばあちゃんだしな! そりゃあいろいろ……あっただろうさ!


「というかさ、あたしが言うのもアレだけど……恭文君って、基本的に面倒臭いツンデレ……というか、警戒心が強い野良猫みたいな子だから。
恋愛経験がある程度潤沢な子じゃないと、持てあましやすいところは……現に風花ちゃんは、六歳時点からあの対応でボロぞうきんだったし」

「それで私達、提督とも相談していたんだよね……。
時期が来たら、メイドさんでもなんでもいいから、とにかく一度セックスしようって。筆下ろししようって」

「そんな相談していたんですか!?」

「成功体験に依存しすぎるのもよくないけど、適度には必要って話だよ。
恭文君は特に、そういうハードルを越えるのが大変な子だから」

「あとは……ほんと、それくらいしないと、マジでお姉さんルート突っ走りそうだったんだよね……!
やすっち自身、それで風花ちゃんやフィアッセさんに行くのは、二の次……妥協じゃないかって悩んでいたし」

「それは……そっかぁ……」


伊藤もその重さを噛みしめ、瞳に涙を浮かべる。……あまり同情的なのもよくはないんだろうが、重さを正確に認識し、その上で接しないのも愚策だからなぁ。

鳴海荘吉や左もやらかしていたが、ただ励ますだけは無責任なんだよ。蒼凪をそういう相手として受け入れる……そんな女性の感情や希望を無視しているからな。

で、蒼凪当人の感情としても、ずっと忘れられない……想い続けている彼女が一番なのに、その次にしかならない風花達へ良い顔をして、縁故を結ぶのはためらっていたわけか。


……現に、言っていたもんなぁ。自分がそれなのに、雨宮……というか、他の人の気持ちは都合よく変えるのかと。


「それは……今でも自問自答します。ただ妥協して、ふーちゃんやフィアッセさん、舞宙さん達の気持ちを利用しているだけじゃないのかとか……何度も」

「蒼凪くん……」

「でも、リーゼさん達も……レティさんも、それでいいんだって、言ってくれるんです。
そもそも、そこまでがっつり一目惚れだけが恋愛じゃないからって」

「ま、そうだよね。少しずつ付き合いを重ねて、気持ちを育む場合は……あるよ。というか、ほとんどがそれ?」

「……僕は、それが難しいから……やっぱり悩むんですけど」

「うん……」


それは今も同じなのかと、夏川も神妙な顔で頷く。


「やっぱりハードボイルドとしては、全てを振り切るべきなのかとか」

「ハーフボイルドを目指そう!」

「そうそう。ハードボイルドはほら、パサパサだから。とろとろ卵の方が美味しいよ?」

「僕は固ゆで派なんです! 応用も利きますし!」

「……応用?」

「タルタルソース! 具だくさんタイプです!」

「………………負けた……!」

「もちさん、論破されないで! まだ舞える……まだ舞えるよー!」


……まぁ麻倉ともども楽しそうだけどな! と、とにかく記憶があの有様でも……蒼凪の心にはまだ、彼女の存在が大きく残っているのかと。

それは、相手からしたらプレッシャーだな。障害の絡みでコミュニケーション力も低い上、どうしても思い出の彼女と比較されるんだ。


「とはいえ、だから蒼凪に彼女のことを忘れろとか、風花達と向き合え……というのも傲慢だからなぁ」

「だね。それは結局過去の出会いより、風花ちゃん達の方が素敵とは思えない……心を振り向かせられないということだし。
……まぁ風花ちゃん達にはキツい話だけど」

「そこはよく分かっていますから。というか、それでたびたび一目惚れしては敗戦する様を見ていたので……!」

「「ですよねー!」」


それこそ雨宮が言ったように、フラグってやつを立てられていない……そのための努力を、道筋を積みかさねていない。たったそれだけのことなんだが……難しいな。


「とにかく、レティさん達……自分達はおばさんかつおばあちゃんだし、私達よりもそういう部分への振れ方は分かっているからって……そういう気構えでいてくれて。
もちろん私にも寄り添ってくれていたので、それは、心から嬉しかったんですけど」

「ほんで、まいさんがそれを横からかっさらったと……」

「「「そう!」」」

「「がふ!」」


蒼凪が吐血した! 舞宙ともども吐血した! そこはやっぱり気にしていたのか!


「あ、でもその禊ぎは一応済ませたんだよ?
状況を察したレティ提督が発案して……そこから自分、アタシ達、フィアッセさんと、フラグを立てた年上お姉さん組とコミュニケーション。
そうして舞宙っちも含めて、みんながやすっちの初めてーってことにしたの」

「ロ、ロッテさん!」

「それだけ聞くと完全にエロ漫画の世界だけど、前置きが重たいからハッピーエンドに見える……!」

「だからまぁ、そんなやすっちからすると……疑わないってわりと勇気出しているんだよ」

「え」

「障害の絡みで、信じるとか上手く定義できない子だからさ。
疑わない……結果がどうなろうと全部引き受けるって覚悟を、雨宮ちゃんに向けていたの」

「ロッテさんー!」

「そこだけ、ちょっと覚えておいてほしいなぁ」

「……」


それはまた……いや、ショウタロス達にもやっていたことだからな。蒼凪がそういう奴なのは分かるが。

だから雨宮もその言葉を噛みしめるように、深呼吸。


「分かった。……だったら蒼凪くん、ちょっと耳を貸して?」

「え」

「いいから」


すると雨宮が、蒼凪の猫耳にごにょごにょ…………。


「にゃ……!?」


すると蒼凪の顔が真っ赤……というか雨宮も離れながら、顔を真っ赤に震えていた。


「あの、絶対内緒だよ!? 今の、内緒! ほんと恥ずかしいんだから!」

「は、はい! あの、胸に秘めておきます……!」

「ん……」


……まぁ何を言ったかについては、俺達は触れない。女の過去に興味がないのは、俺も同じだからな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「でもほんと……いちさんには申し訳ないけど、蒼凪くんが頑張ってくれて、よかったなって思うよ。
そうじゃなかったら伊佐山さん、あのとき……最後に頭を下げるところまでいかなかっただろうし」

「……そこは水嶋さんや鹿沼さん、カオルさん達に言ってあげてください。
伊佐山さんが確保していた連中のスマホから、やっぱりフカシだったってすぐ分かりましたし」

「ん……でも蒼凪くんが伊佐山さんのこと、生きたまま捕まえてね? 専務達のスマホとかも、一緒にゲットできたのが大きかったーって聞いたんだ」

「そこからうちの水嶋が……それはもう熱を入れて調べまくってね? 結局伊佐山に言ったこととかはほとんどが嘘って分かったんだよ。
……まぁそれでも、いきなり肩を組むとか、強引に飲みへ引っ張ろうとするとかは問題だったけどさぁ」

「ですが実際に彼らから陵辱されていた伊佐山さんには、冗談では済まなかった……」

「そのときも私、思っちゃったんですけど……それなら分かるんです。
それなら、伊佐山さんが怒りをたぎらせて、メモリみたいなものに頼るのも……分かっちゃうって……!」

「麻倉さん……」


ヤバい、俺……今更思い知ったよ。あの一件、蒼凪にはぶち切れる要因しかない。


「あと、“なんで雨宮さん当人や他の人達に頼らなかったのか”って下りもですよ」

「碇専務のフカシ……それにより、信頼していた彼女に対しても疑心暗鬼を強めていた」

「伊佐山さんが飲んでいた薬の内容……患っていた精神疾患の症状だけで見ても、相当ヤバい状態だったのは確かです」


実際にはそんなこともなかったが、お姉さん……かもしれない雨宮に、そんな不埒なことをしたかもしれない奴らがいるんだ。

“悪魔の薬”みたいなものが絡んでいるとなれば、更にだ。


ローウェル事件……その絡みもあって、九年前のこの件も大荒れだったんだ。となれば……!


「……」


恐る恐る蒼凪を見ると、蒼凪の目は燃えていた……燃えまくっていた。


「……伊佐山さんやローウェル事件で暴走した被害者もまた、偶像なんですよね」


あぁ、やっぱりだ。蒼凪は否定しない。その怒りを否定しない。

鳴海荘吉は結局気づかなかったのだろう。自分がどれだけ卑劣な真似をしたのか。


そして蒼凪は編み棒と網掛けのマフラーらしき物を取り出し、さらさらと編み物を…………って、ちょっと待て!?


「なにも知ろうとせず、見ようともしない誰かが、自分の正しさを証明し、振りかざすための偶像(イコン)。
だから鳴海荘吉は宣った。そんな奴のようにはなるなと……そんな偶像になりたくなければ、自分達に従うしかないのだと……」

「蒼凪くん……いや、その前に手元ぉ! なにそれ! なんで編み物!?
いや、趣味なのは聞いたけど……夏だよね!」

「メンタル管理にも役立つので、年中やっているんです」

「あ、そういえばゾーンに入りやすいとかんとかって……そっかぁ。落ち着こうとしてくれているわけかぁ」

「なぜか先輩にもどん引きされてばかりですし」

「なぜかって言うなよ! そこは、受け入れろ!」

「どうしてですか! 僕はポニビンとか言わないですよ!?」

「そこじゃないんだよ!」


ポニビンってなんだ!? また謎の用語が出てきたんだが!


「……やすっち、なにそれ」

「ポニーテールビンタの略です。
先輩はいろんなラジオ番組で、そのポニーテールでビンタするという芸がありまして」

「ニッチだなぁ!」

「ありません! そんなのはないんです! あの、ラジオで……それは気持ちいいのかってメールがきて! 私が先輩相手に試すことになっただけで!
そうしたらいろんな所で私に求めてくるんですよ、ポニビンを! 様々な奴らが! 私のポニビンに叩かれ、お仕置きされている様を!
私はそんなの趣味じゃないのに! キモいのに! 言い続けているのに、コーナー化までしちゃってぇ!」

「大変だなぁ!」

「しかもそこでありがサンキューとかやらかしたんでしょ? 田所ちゃん、今後大丈夫なのかな」

「なんでアリアさんも知っているんですかぁ!」


田所、落ち着くんだよ! お前の気持ちは分かった! そこは後で話を聞こう!


「だが蒼凪、だったらその対処方、今まではなんで」

「……バーベキューの近くでやったら、下手をすれば大火事ですよ?」

≪ニットとかの表面に着火して、炙られるように焼かれるって事故、多いですしね≫

「そりゃそうだな!」

「危ないから自重してくれていたんだね……。しかもまだ淀みがなくさくさくと……」


山崎の言う通りだった。もうな、手の動きがよどみないんだよ。そりゃあ九年以上やっていれば……やっぱり積み重ねなんだよ、なんでもさ。


「え、でもそうしたら……まいさんやいちさん、蒼凪くんお手製のマフラー装備で現場にくるの!? めっちゃラブラブじゃん!」

「もう来ているよ?」

「もらったって言っていたもんねぇ! ならあたし達が気づいてなかっただけ!?」

「いいでしょ−。今から楽しみ」

「楽しみだよねー」


そして舞宙といちごは自慢げだなぁ! 夏だからさすがに装着はしていないが、時期を見てデビューってことか!


「しかし手編みだなんだって重たいーって言うのが、今の若者かと思っていたけど……そうでもないのかねぇ」

「だなぁ。なんか素手でおにぎり作るのもパワハラって言うそうだし」

「え、なんだよそれ。おにぎりは素手で握るものだろ」

「鷹山さん……いや、仕方ないですよね。年代的にはそれが普通で」


え、山崎はなんで苦笑気味!? 俺、おかしいことは言っていないよな!


「まぁ、マフラーとかも蒼凪くんの人柄とかも見た上なんですよ。
少なくとも髪の毛とか血を仕込むタイプじゃないですし」

「それも怖すぎるだろ!」

「オカルト界隈に詳しいやっちゃんがやると、ガチだもんなぁ!」

「仕込むとしたら、あれですよ。お守りとか、なにかの加護的なやつですって」

「「「それならアリかも!」」」

「だから奴自身をその偶像として、風都の未来を守ってもらうというのが報復です」

「「「え!?」」」

「そんな奴らのようになるなと言うのなら、僕は鳴海荘吉や尾藤勇のようにはなりたくないんです。
そのために、奴らが言った通りにしただけで……どうして被害者ぶれるんだろうね、翔太郎」

「あ……はい……」


おい蒼凪、急に話を戻すな! あとだからって言うな! それだと編み物が呪い同然になるだろ! 怖すぎるんだよ!

あと左に話を振るのもやめてやれ! 余りに残酷過ぎて見ていられないんだよ!


「もちろん千葉一派……ABCプロジェクトの連中にもそうなってもらいます。一人残らず、一族徒党もろとも、生死を問わず」

「ちょっと落ち着こうか!」

「先輩、僕は冷静ですよ」

「キレている時点で冷静じゃないんだよ! あと目が怖い! 編み物の効果ないよね1」

「ありますよ……コレで落ち着いていなかったら、翔太郎を殺していた」

「それでギリギリにしていたのかぁ!」

「あ、はい……すんません……!」


左がまた謝ったよ! きっと一生言われ続けるんだろうなぁ! そんな予感がしてきたよ、俺!


「あの、お願いします。このまま思い出さない方向でいたいんです。小学校五年の食中毒事件は……」

「ふーちゃん、し!」

『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』

「あぁ……あれね? 当時のクラスメートさん……そのご家族が素手でおにぎりを作ったところ、食中毒の原因菌が繁殖。
二人以外のクラスメートや先生達がそれを食べて、悉く教室の中で脱糞・脱尿しまくったっていう」

「「歌織(ちゃん)!」」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


また話が逸れたわけだけど……これは許してくれよ! 気になるんだよ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


おにぎりコロコロ食中毒事件――いわゆるお弁当の日に、A家(仮称)の父と、B家の祖母が張り切っておにぎりを大量に仕込んだ。

せっかくだから友達に分けなさいと言われて、ほぼ無理矢理持たされたそれらは、梅雨時期だったこともあってとんだバイオテロの元凶となりはてた。


その後も各家庭に保健所が立ち入るやら、責任を押しつけ合ったA父とB家の祖母が近所の公民館でおにぎりを食べ比べてもらう勝負をしたりとか……わけの分からないことが起こり続けたそうで。


「ちなみにその勝負、当然ながら誰も来ませんでした。
それで仕方なくお互いにおにぎりを食べ合ってーとやったところ……揃って食中毒にかかり、死にかけました」

『えぇ……!?』

「なんの教訓も、なんの実りもない事件だったよね……。
しいて言うなら関わった全員がうがい手洗い消毒を徹底するようになったのと、人の作ったおにぎりには無意識に警戒を向けるようになったくらいで」

「本当に救いがないなぁ! でも……でも、素手でおにぎり作っただけで、なんでそんなヤバいことになるんだよ!」

「だよなぁ。俺達が子どもの頃はそんなの普通だったし……各家庭がよっぽど不衛生だったとか」

「……不衛生もなにも、そもそも素手でおにぎりが不衛生ですよ? 手の常在菌って大量にいますから」

「それでふだん触りまくっているスマホなどは、トイレよりも汚いっていうのが定説ですよねぇ」

「定説だよねぇ」

「「え!?」」


山崎と蒼凪の言葉を聞いて、つい俺達は揃って両手を見る。これが……便所以下の元だと!?


「で、でも……ほら、塩! 塩で殺菌されるだろ!?」

「……逆に塩が好物の菌もいるんですよ 乳酸菌類はその手の耐性がありますし」

「乳酸菌……ヨーグルトとかか!」

「あとはぬか床などですね。あれは野菜の乳酸菌で発酵しますから」


おいおいおいおい……ぬか床って、結構塩気あるよな! それでも生きている菌がいるのかよ! だから塩が絶対じゃないと!?


「でも山崎ちゃん……ほら、俺……そういうので腹を壊したこと、ないよ!?
お寿司だって素手で握るしさぁ! タカはブルジョワだったから違うだろうけど!」

「俺だってそこそこ下町の貧乏一家出身だぁ! いや、だが……あの、そういうのはどうなんだよ!」

「……私、今から残酷なことを言いますね? 気を強く持ってください」

「「え」」

「二つの意味で、全く気づいていなかったのでは……!」

「「――――!」」


その山崎の言葉で俺とユージは打ち震え……テーブルに突っ伏してしまった。

俺達、腹を下しても気づいていない……その程度には鈍感だってこと……!?


「あの、意味は二つですから! もう一つありますから!」

「鷹山さんと大下さんにおにぎりを作ってくれた人達が、二人の知らないところで衛生管理を滅茶苦茶頑張っていた……ですよね」

「そうそう! 蒼凪くんの言う通り! むしろそっちかもしれませんよ!?」

「で、でもそれならあの、山崎……寿司屋は……」

「それもオープンクッキング……回らないところなら目の前で調理する上、生ものじゃないですか。気を遣わないなら事故多発ですよ」

「「そりゃそうだ!」」

「なのでこう言えば分かりますか?
そういう知識も知らず、調べようともしない素人が、自分の目が届いていないところで作ったおにぎりを信用できないんですよ。
山崎さんが髪の毛やら血を仕込むーって話をしたのも、同じことです。……ほんとありがたいことですよ」


あぁ、そうか。蒼凪はその辺り、本当に信頼されていると……。そういう意味合いだったのは、俺達にも理解できた。


「とはいえこの話、おののく鷹山さん達やそのときやらかしたお父さんやおばあちゃん……大人組をあざ笑うのも間違いなんだよね」

「豊川さん……と言いますと……」

「そもそも私達若い世代は、そういうのが当たり前になった後に生まれ育っているんです。
だからそれ以前の世代……今の鷹山さん達くらいになると、最低でも一度は刷新の必要があるんです。
……このときの鳴海さんや米沢さんみたいに」

「そういえば鳴海さん達も、その辺りの常識が古い人でしたね……」

「それ以外でも……あるじゃないですか。年配の方が今のキャッシュレスとか禁煙エリア拡大に対応せず、マナー違反で問題を起こすとか。
コンビニとかの年齢確認にもいちいち突っかかって、喚き散らす芸能人とか」

「いますね……」

「サリエルさん曰く、その辺りはもはやゼイリブっていう映画の世界なんです。
いつの間にか人間がエイリアンに乗っ取られて、それを眼鏡で見分けて戦うーっていう内容なんですけど……」


そうして風花はすっと……右手で線を引く。


「あちら側とこちら側……マナーや常識のアップデートによって、線引きがされるんです。
でもそうして鷹山さん達を異星人として見ている今の私達もまた、年齢を重ねると誰かから“あちら側”認定される立場になるんです」

「いつまでも常識や時勢が変わらないものだと、油断していれば……ですか。
……なかなか……身につまされる話ですね……!」

「赤坂さん、わたし達もです……!」

「あの、お話しした通り、そろそろ後輩ができるので」

「やだぁ! あたし、異星人と思われるの!? 三期生ちゃんから……コイツ常識ないなって思われるの!? そんなのやだぁ! 普通に尊敬されたいー!」

「爪食い妖怪には無理だって……」

「もちぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


結果赤坂さんと夏川、田所達は打ち震え、雨宮が錯乱し始めた。頭抱えてぶるぶるしてやがる。


「でもさ、あれはまさしく非常識だよ?
天さんのご縁も、大事な人も守るって……そう意地っ張りしちゃう蒼凪くんでさえ、あれだけどん引きしていたのに」

「なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「めーさま、後輩さん達が眼鏡をかけ始めたら注意です」

「見分けようとしているの!?」

「気持ち分かるかも。視力弱くて、眼鏡常備しているし」

「もちぃぃぃぃぃぃぃぃい!」


そして麻倉も相変わらず容赦がないな! というか、蒼凪とちょっと距離感近く感じるんだが! それもこのときの下りがあればこそか!?


「でも俺は納得したよ……! ほら、タカもプロファイリングで常識刷新していなかったし」

「それを言うなよ! よ、よし……まず俺達は、あれだ。手荒いからきちんとしよう」

「あとうがい消毒もだね」

「僕も頑張ります。あの、娘がいますので……さすがにそれで食中毒は、笑えない……!」

『確かに!』


いや、寄り道ではあったけど、いい勉強ができたと思うよ! 赤坂さんも改めてって感じで頑張るしさ!

だが、塩でも菌は殺せないのか……! ちょっとぞっとしたけど、よく覚えておこう。


「で、でも蒼凪君も……左さんのことは言えない程度にはハーフボイルドだったわけだね」

「赤坂さん……話の変え方が下手ですか」

「それは言わないでほしいなぁ……!」

「でもそうなんですよー。
そのときも言っていたよね? 天さんの歌が好きだから、個人的にも力になりたいって」

「伊藤さん!」

「あらま……じゃないよ! その前にこっこさんだよ! というか、理想像なの!?
だったらあたしってなんなの!? 女神様なのに、蒼凪くんの理想像になれていないってことかな!
今編んでいるマフラーもこっこさんにあげるのかな! でも……でもそれは、ヒドいよ!」

「え……これはクリスマスに、愛育園に寄付しようかなーと思っていて」

「あ、そうなの!?」


蒼凪がぶった切りやがった! というかそうか! 孤児院だからそういうのもありなのか!


「まぁ、これが本当にこっこさんアテだったとしてもさ? しかたないって。爪食い妖怪だし」

「もちぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! うあああぁあああぁああぁあ!」


麻倉がぶった切りやがったぁ! また雨宮がテーブルを叩き始めたよ! 地団駄踏み始めたよ!


「あたしダシじゃん! こっこさんにすり寄るダシにされているじゃん!」

「まぁまぁ天さん……というか、みんな分かっていたんだよ?
そういう自分勝手だからって強がりなのは……リインちゃんもそれでヤキモチとかゼロだったし」

「というか、蒼凪くんの性格を考えると、こんな話の後にアプローチとか絶対できないって。
現にさ? 私とのニセコイも断ってばかりだし……どうせ振られるーとも」

「麻倉さん! というか、伊藤さんも黙って! しー!」

「でもさ、気になるんだよなぁ。魂が輝いていないのかなーとか」

「伊藤さんの魂はとても輝いています! でも、だからこそニセコイは駄目−!」

「そこはだからこそなのかー!」


だがそんな蒼凪だが、雨宮にはいろいろ気を遣っていて……というか、リインがそれで冷静だったのが驚きだぞ。相当愛が重たいタイプだったのに。


「しかし小岩井って……お前そんなに好きか!
いや、分かるよ!? 俺も天使かと思ったし! ユージも天使認定しているし!」

「…………鷹山?」


いちごもやめろ! その目はやめろ! 俺は一般論を言っているだけなんだ!

……あ、そういえば気になることがあったな。


「……なぁ山崎、もしかしてスタッフとかお前達が蒼凪を受け入れているのも」

「そういうところ、見せられちゃったからなんですよね」

「さっきも言っていたしね。わたし達のご縁とか潰さないように、応援したいーって。
でもそれならそれで……私達も、蒼凪くんが本当に天さんのことが好きなら、気持ちを踏みつぶしたくないなとは思っちゃって」

「あ、あの……夏川さんも、あの……だから、それは歌だけ」

「……勝手な感想だけどね」


すると夏川が、そこで声をワントーン落とし、蒼凪を真剣な眼で見始める。


「わたしは蒼凪くんがそう言うたびに……応援しますーって言ったときもね? すっごく無理しているように感じたんだ」

「え」

「まいさんにも、そうしていたしね」

「……それでも……嫌なんです…………」

「ん、もちろん分かるよ。でもさ、歌だけとかは……言ってほしくないなぁとも思うんだ。
人柄とかも含めてなら、全部好きでいいよ。ただその質とか……割合が違うだけで」

「……」

「やっぱり、いろいろためらう?」

「……はい」


夏川もそれは否定せず、頷く恭文に首肯を返す。

仕方ないことだと……特に、雨宮は先日大騒ぎだったからな。


「お花摘みも分からないボンクラ……恋愛力最底辺……あぁああぁあああぁ……!」

「落ち着いて!」


まぁそれだけじゃなかったな! ひどい手傷ゆえに臆病さ全開だよ! 夏川も思わず慰めたよ!


「でも、なんでなんだろうね……。
刀を抜く前の君は、とっても臆病で、人のためにいっぱい我慢しちゃう。それも悪手だって分かっているのに」

「………………分かりました……抜きます」

「それは待とう!」

「確かにうじうじはよくない……」

「それでも抜かない方向で!」

「覚悟を定めるためには、抜くしかないんです。
だから、あの……めーさま!」

「あ、うん……!」

「抜かない方向でぇ! 天さんも今は無視して! 聞かないであげて!」


……特に抜くのは駄目だと……抜いたら抜いたで全開だからなぁ!


「……がふ……!」

「……って、夏川さん!?」

「いいや、あの……私も、ごめんなさい。そんなクソ雑魚ナメクジの一人でしたぁ……」

「夏川さんー! ……あ、だったら一緒に」

「抜かないからぁ!」

「なんでだぁ!」


かと思ったら吐血したぞ! 自分にブーメラン投げつけるとか、凄い高等テクニックだなぁ!


『あのね……もっとはっきり言って。普通に機微を読み取ってラブゲームができると期待しないで。
……そんなことができるほど器用なら! このときだって苺花ちゃん相手に多少は動揺していたはずなんだよ!
もちろん私が九年間言い続けてきたことも、少しは伝わっているはずだよ! 三分の一とは言わず四分の一くらいはさ!』

「蒼姫……それはおのれが、壊れるほど愛してくれないからだって言ったでしょうが」

『それがなしでも分かってほしいんだよ!』

「ほんと苦労しているんだねぇ! それは風花ちゃんもだけどさぁ!」

「えぇ、まぁ……剛速球選手になりたいなってくらいは」


風花もやめろよ! 蒼姫ともども余りに悲痛すぎて悲しいんだよ! 山崎が涙を流し始めたよ!

蒼凪が本気で困惑しているのも相まって、辛すぎるんだよ!


「あの、それは……あたしもいけないんだよ」

「めーさま!?」

「フィアッセさんとかみたいに、婚約者だよーとか言えないから。なのに君のこと、ついからかったりしてさ。
それで、キープというか、気持ち弄んじゃっているし」


が、雨宮も雨宮で悩んでいた。というか、どう返事するかって考えていたそうだからな。それだけ誠実な奴なんだよ。


「だから蒼凪くん、あたしにいっぱい気遣って……気持ちを漏らしちゃうのも悪いって、考えちゃったんだよね。
あたしはまいさんの彼氏である自分に、よくしてくれているだけで……って」

「あの、それは」

「いいから聞いて」

「でも、もう抜くので」

「それはとまろう!」


誠実だからこそ、蒼凪の遠慮を止める。それは大丈夫だからと、真剣な顔で……蒼凪も止まって頷くしかなかった。


「蒼凪くんは、それでも……さっきみたいに、勇気、出そうとしてくれているのに……これは、駄目だって思うんだ。でもあたし自身、やっぱ、いろいろショックもあってさ。ちゃんと、落ち着いて考えられないのも……ほんとで」

「……はい」

「でも、でもね……あたし、やっぱりこのままは」

「だから……言ったでしょ!? そもそも恭文くんには、まずこの私≪絹盾いちご≫がいるんだから! 彼氏彼女の日だし!」

「「……なんの話ぃ!?」」

「言った通りなのに理解できていないっておかしくない!?」


いちご、無理だよ! それでこの流れは止められないよ! 口を出しちゃ駄目だろうが!


「いちごさん、それは当然です。対抗できるって思わないでください。いや、わりと真面目に」

「歌織ちゃん!?」

「彼氏彼女の日もキープ状態ですからね?」

「違うよ! 彼氏彼女の日は、彼氏彼女の日なの!」

「なんでそこも気づいていないんですか……!」


そして歌織も強い! そこで駄目だしするのか!


『そうそう、一つ付け加えるのを忘れていた。……無駄に器量だけは大きい分、受け入れちゃうから。
お察しで読み合いじゃなくて、受け入れちゃうから。それで違うーってなっても私は責任が取れない』

「そりゃそうだよねぇ! あたしだったらそんなキープ状態、お断りってするし!」

「なんで!?」

「……いちさん、私……言ったよね? そんな蒼凪くんに甘えているんじゃないのかって」

「ぐ!」

「天さんだって、それはいやだって言っているのに……」


麻倉も妖刀でぶった切ったぁ! いや、だが……器か。器のでかさか。

確かに蒼凪のハーレムは、人種や素性とか問わずって感じだしな。それを考えると……。


≪まぁでも、蒼姫さんの言う通りですよ」

「だね」

「おいおい……それなら俺とユージを忘れるなよ」

「そうそう。なにせ俺達、器だけは」

≪「「「でかいからなぁ……」」」≫

「……そうして調子に乗った結果、揃って核爆弾解体にひーこら言うはめになったんですよね?」

『……この馬鹿どもは……!』


あれ、麻倉と蒼姫がなんか厳しい。まぁでもほら、そこも器がでかいから、軽く流すさ。


「でも恭文くんも……雨宮さんだって十分理想像よね?」

「歌織!?」

「そこは言った通り、心根が奇麗って……思ったら、ね」

「ふーちゃん!?」

「でも見ていれば分かるよ。流れる髪とか、歌っている様子とか、笑っているところとか、すっごく見ているし」

「ふーちゃんー!?」


やっぱりそうなのか。歌はきっかけで……同時に雨宮の人間性にも惹かれるところはあったのか。

そういえば雨宮、倒れた蒼凪の見舞いもしていたからなぁ。ずぼらで男前なのも一面にすぎないんだろう。


「あ、それはアタシ達も保証しておく。やすっち、そういうところ見せられたらいちころなんだよー」

「ロッテさん!」

「リインちゃんと相思相愛状態なのも、実はフラグを立てられちゃったからなんだよねぇ。年齢差を鑑みてじっくりだけどさ」

「アリアさん!?」

「……だったら、それ……ちょっと勘違いかもです」

「どういうこと?」

「いろいろ、考えなかったわけじゃないんです。でも……それじゃあ駄目だって、蒼凪くんが叱ってくれたから」


そうして雨宮はまた告げる。そうできたのは……そこで踏み込めたのは、蒼凪がいたからなのだと。笑顔でだ。


「あたし一人じゃ、きっと勇気が出せなかった。
いろんな都合やお仕事を理由にして、目を背けて……応援してくれる人達に嘘を吐き続けて。
……そうしてきっと、うたうことも嫌いになっていたから」

「……そっかぁ」

「…………あ、あの……僕、やっぱり……かなりこう、めんどい感じだったのでは……!」

「もう……それは言ったよね。
君の好きが女の子としてか、うたうたいとしてかが分かったら教えてあげるって」

「できれば今教えてほしいですー!」

「駄目! だから……やっぱりリクエストだね。
どうせ世界を救うっていうのなら、思いっきり大暴れしなきゃ」

「は――はい」


……まぁ、この二人については大丈夫そうだな。

少なくとも蒼凪がフラグを立てられまくっているのは……というかコイツ、もしかして惚れっぽいのか!? そうなのか!


(――本編へ続く)






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