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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2017年6月・神奈川県横浜市その6 『まだまだあぶないD/愛情』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2017年6月・神奈川県横浜市その6 『まだまだあぶないD/愛情』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


前回のあらすじ――。


≪狙うはやはり最大効率……死者の数、核汚染による被害の度合い。その事実を、痛みを、歴史に刻みつけ、忘れえぬ教訓とすること≫


あの時点で犯人ががん首揃えて前にいたかもしれません。くそ、やっぱり最初に殺すべきだった。


≪でもどうします。それが有益だとするなら、止めることは悪となりますが≫

「え、潰すよ? だってこのままじゃ……そうだ!」


大事なことがある……国のため? 思想? そんなの僕にはどうでもいい……そう!


「このままじゃあ舞宙さん達のライブはもちろん、ゆかなさんのライブにも行けない! TrySailさんのライブにも、雨宮天さんのライブにも行けない!
特にゆかなさんは……逮捕されたら見られないものね、ブログやアニメ! 最近Twitterも始めたし!」

≪じゃあ潰しましょ≫

「うん」

「蒼凪君、ちょっといいかな」


そこで鷹山さんが、不思議そうな顔で僕の肩を優しく叩いてくる。というか、大下さんもだった。


「「……ゆかなさんって、誰?」」

「ゆかなさんは僕の悠久の嫁です!」

≪黒髪ロングの超絶美人のベテラン声優さん。更に方向性は違う形でスタイル抜群……この人、大ファンなんです≫

「おま、舞宙ちゃんがいながら別の子も好きなのかよ!」

「さすがに同業者は揉めるだろ……」

≪それは許してあげてくださいよ……ゆかなさんは現在四十三歳。つまりあなた達世代なんですよ≫

「「え!?」」

≪でも凄いですよ……魔女かと思うくらいに美人さんですから≫


ゆかなさんは美人さんなだけじゃない! お歌も奇麗だし、声だって……えへへへ……えへへへへへへー♪


「……ねぇねぇ、あたしってそこんとこ詳しくないんだけど……有名な人なの?」

≪有名ですよー。なにせプリキュアシリーズの初代≪ふたりはプリキュア≫の片割れを演じていますし≫

「それ、ずっと続いている女児用アニメじゃない! え、その初代!? レジェンド!?」

≪レジェンドですよ。だからこの人も結婚とかそういうのじゃなくて、レジェンド枠として永遠に憧れているんです≫

「あぁ……それで棲み分けできちゃっているわけねー。
……でも行けるわよ、ハーレム! だったら行けるわよ! そのTrySailやら雨宮天ちゃんも大好きなんでしょ!?」

「いや、そっちは駄目です!」

「なんでよ! 察するにそっちもアンタ好みなんでしょ!?」

「だって……」


そう、だって……両手で頬を添えて、熱くなる顔を冷ましながら、みんなに背を向ける。


「みんなはあの、舞宙さん達の……お友達なんです。ビリオンブレイクでも共演していて」

「「「…………」」」

≪というか、今一緒にいるはずですよ? 今回のライブにも出演しますし≫

「だから、そこで……そういうことを言い出すのはさすがに」

「……ごめん、あたしが悪かったわ」

「そうだな、そういう気遣い……大事だって俺は思う」

「ん、だから……頑張っていこうか。ね? おじさん達、応援しているから」

「お前ら、急に優しくなりやがって……!」


鷹山さん達がなぜか笑顔でガッツポーズ。それは……まぁありがたいけど、一旦置いておこうと思う。


……なんにせよ、奴らは気に食わないので止める。あの何でも分かっているって顔を歪ませ、地獄へたたき落とす。

止める理由はそれで十分……時計を確認すると、待ち合わせまで残り三時間四十八分。


間に合うかどうかは微妙だけど、真山課長にお願い。


「真山課長、お願いがあります! 今日……又は近日中、横浜で大きなイベントがないかどうか、調べてください! 犯罪的な意味も含めて!」

「えー、タカさん達ならともかく、忍者くんにまで顎で使われるのは」

「男を紹介します!」

「え」

「それもイケメン二人!」

「任せて! 水嶋と鹿沼もこき使うから!」

「どうぞどうぞ!」


よし、ヴェロッサさんとユーノ先生辺りに押しつけて、何とかお茶を濁そう!

マリー・アントワネットみたいな人って言えば、問題なく騙せるでしょ!


「あ、でも」

「分かっている。……警備局の人間と接触しているから、署内からは出さないように……でしょ? 風花ちゃんともどもよ」

「お願いします」


あれも奴らの手とすると、二人に対して強引な手を取るかもだし。そこは気をつけてもらおう……何せ後継者候補だしね。

まぁ、だからこそ『好き勝手するんじゃ』と言う不安もあるわけで。そのときは、覚悟を決めよう。


「じゃあカオル、俺達も」

「頼むよ、真山課長」

「任せてぇ! 銃器の調達ね!」

「「そう!」」


見落としていたことの一つ――それは核爆弾を、『効率よく使う』ということ。

わざわざ韓国から持ちだし、日本へ持ち込んだものだ。それも参事官と警備局長という重役が。

もしそんな人間が、日本で核爆弾を爆発させるなら……そう、さっきファンがやったのと同じ。


どこかに最適解がある。それを見抜くのも、僕の大事な仕事(あそび)だ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


というわけで、港署へ戻り……まぁ調達自体は、『こんなこともあろうかと』でとっくに済ませていたそうだけど。

なのでウキウキしながら、タカさん達から預かったキーをクルクル……あ、見つけたわよー。銀色のスカイライン!

地下駐車場で足音を響かせながら、ナンバーも確認。これも大事な仕事なので、きっちりこなしていく。


「まず忍者くんからは、イケメン二人! タカさん達からは……まぁ期待できないけど、普通のが一人!
三人で逆ハーレムよ! いやー! 私のために……私のために、男達が鎬(しのぎ)を削るー!」


そんな夢みたいな光景を想像しながら、運転席のドアを解錠……あれ、あれれ?


「鍵が、入らない……!?」


嘘、どういうこと!? タカさん達、鍵を間違えたとか!

いやいや、あの二人がそんな真似(まね)、するわけないか! ならどういうこと!? 神のいたずら!?


「ちょっと、やめてよ! イケメンが……イケメン二人とフツメン一人が遠のくじゃない! あたしが美しいからって、嫉妬しないでよぉ!」

「……誰に言っているんですか」


そこで脇から気配。慌てて振り向くと、あきれ顔のトオルが近づいてきた。


「げ、課長(トオル)!」

「その振り仮名はやめろぉ!」


そう言いつつもトオルは、キーを取り出す。その根元には、黒いワイヤレスキーも付いていて……まさか!


「交換しておいたんですよ、先輩達が勝手に持ちださないように」

「いや……いやーん! あたしはね、断ったのよ!」


なので慌ててハグー! 首はごめんよ……あと十年ちょいで退職が待っているの! 退職金がパーになるのは、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


「でもね、三人にラブホテルへ連れ込まれて……奴ら、あたしを取り囲んで責めまくって!
しかもその上で、男を紹介するって言われて! 別にね、男に釣られたわけじゃないの! あたしはトオルのものよー!」

「うん、いらないいらない」

「いらないー!?」

「二十年間言い続けているでしょ?」


トオルは無碍(むげ)にあたしを引きはがし、後部トランクへと回る。


「でもまぁ、感謝していますよ。昔だったら僕が女に釣られて、調達させられていたんだから」

「だよねー!」


そのトランクをワイヤレスキーで解錠。そのままトオルが、トランクを開けると。


「はいどうぞー!」

「……わーお」

「押収した銃器がなくなっていると思ったら、これですから」


何ということをしてくれたのでしょう――イングラム、グレネード、M16、レミントンM870、IMIミニウージー。

更に重機関銃やロケットランチャー、各種弾薬まで……戦争でもやらかすつもりか、アイツら!


「ホント、銃器好きの男っていやーねー。……それでアイツら、使うのはどうせ一種類か二種類なのに!」

「揃えるこっちの苦労もそろそろ理解してほしいですよ。しかもこれ、蒼凪君も一緒になって準備したんですよ?」

「あの子はハーレム頑張ってするタイプだからよし!」

「よくないでしょうが! ……なので先輩達に言っておいてください」

「言うわ! 全力で言うわ! やるなら全て使えって! ハーレムしろって!」

「それと……僕ももう捜査課長なんで、このまま見逃すわけにはいかない」


トオルは『後は任せた』と言わんばかりに、ワイヤレスキーを渡してくる。それから右手を振って、カッコ良く立ち去る。


「必ず先輩達のことは逮捕するって。……お願いしますね」

「あいあいさー!」


嘆くトオル課長に敬礼しつつ見送り、早速出動……と思って振り返ると。


「わぁぁぁぁぁ!」

「運転は私の方が上手いわ」


いつの間にか運転席側に、署長が立っていた……! 忍者、忍者よぉ! この人も間違いなく忍者だわぁ!


「というわけで、あとは私達に任せてください」


しかもその横には、黒髪ロングでトランジスタボディな…………って。


「課長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


駐車場に響く声で叫んでしまった。だって、だって……忍者どころか、ポッと出の新キャラがー!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……時刻は午後十六時十八分――周囲に人の気配を察知し、僕達は脱出……したと見せかけ身を潜める。。

なお室内にはサーチャーを仕掛け、状態確認。するとまぁ……警備局の人間が、中を構えてホテルに突入してきたよ。


「……でもやっぱり動きが速いね」

≪市街地にも防犯カメラがありますし、それをたどれば楽勝でしょう……っと、入ってきますよ≫


ぞろぞろと警備局の連中が、僕達のいた部屋に入り込む。それも全員一斉に、銃を構えて…………だから甘いんだよ。


「どこだ……どこにいる! おい、探せ探せ!」

「はい!」

そこで遠隔設置した術式を発動。


≪――Sleeping Steam≫


突如奴らの足から発生する蒼い煙。室内ということもあり、逃げ場もなく全員が煙に巻かれ、次々と昏倒する。


『な、なんだこれ…………はぁあ…………』

『あぁあぁあ…………』


古いホテルの中、フィールド魔法全開で中へと突入。一人一人の財布と拳銃、弾丸、およびスマートフォンを回収した上で、僕も素早く外に出る。

ホテル裏手で控えていた鷹山さん達のところへ、壊れた二階の窓から飛び出し……着地っと!


「お待たせしました!」

「よし、とっとと逃げるぞ」

「はい!」


そのまま鷹山さん達とダッシュ……表の路地へ飛び出しながら、奴らから奪った携帯の一つを取りだし……その表面に魔法陣を展開。

ベルカ式魔法陣が軽く回転すると、スマホが起動。当然パスワードやらでロックがかかっているけど、それは素早く解錠。中身を素早く確認……そっちはアルトにもラインを繋いで、やってもらう形だけどね。


「しかし蒼凪、あれどうやったんだよ!」

「物質変換……物質的な作り替えの魔法を応用して、設置箇所から催眠ガスを発生させたんです。
ただ魔導師相手だとフィールド防御でその手のガス攻撃は利かないですし、効果が強すぎても命に関わるので、決定打になりにくいんですけど……」

「そうじゃない奴らには効果抜群ってわけか。だがスマホなんて奪って、なにか分かるのか?」

「なにかしらの情報やスケジュール……それを共用のクラウドサーバーとかで見られるかもしれません」

≪そっちの探査は私がやります。ただ数もあった上一つ一つですから、時間をください。その間私もセットアップはできません≫

「分かっているよ。なんとかする」


そう言いながら左腰に乞食清光と逆刃刀を指して、速度を上げて先頭に。


「ちょ、やっちゃん飛び出しすぎだって! でもどっちどっち……!」

「真っすぐ!」


鷹山さんの指示に従い走ると……両耳と尻尾がぴょこんと飛び出す。

それに倣い、今度は正面から嫌な気配……!


「おいヤスフミ!」

「うん、正面からくる!」

「なぬ……どっちどっち! タカー!」

「任せるぅ!」


なので僕が扇動して、右に走る。二人の風よけとしても機能しつつ、大通りを目指す。

気配察知の範囲……更にこの周辺マップは、既に記憶済み。裏道も使いつつ、捜査員達の目を眩(くら)ます。


「何やってんだよ、カオルはぁ!」

「さすがに間に合わないでしょう、これは……」

「港署までの片道で、最短でも三十分だからなぁ……! くそ、昼飯も抜きとか嫌だぞ!」

「それは同感!」


そう言いながらも大通りに出て、大きな川沿いに走る。するとその向こうから。


「いたぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


という怒号が響く。うわぁ……予想以上にヤバい! あっちこっちから危険信号がビービー感じる!

とにかく川を横切る橋……は渡れないので、そのまま全速力。捜索隊は橋を渡り、後ろから迫っていた奴らと合流。

その数を倍増させながら、まだ追いかけてくる。あぁ、優雅だなぁ……ボードも進んでいて、観光なら楽しめたのに。


「待てぇ!」

「止まれ……止まらんと撃つぞぉ!」


撃てるものなら撃ってみろ……! それも警戒して、こっちは人通りの多い道を進んでいるんだ。

これもお互いのため……コラテラルダメージ! アイツらも撃たない、僕達も撃たなくて済む! 万々歳でしょ!


「何か、どんどん増えてない!?」

「蒼凪、お前の手品でどうにかならないのか!」

「どうにかしましょう」

「え、できるの!?」

「凄いわやっちゃん! 尊敬しちゃう!」


まずは一般市民の皆様に迷惑をかけないよう、階段を下りて川岸へ。


「ついてきてください!」

「「どこまでもお供します、課長!」」


そこも手すりや舗装などがされているけど、比較的細い道のり。

捜索隊が全員入り、警備局の奴らがまた銃を取り出した……その瞬間を見計らって。


「……あ、落としたぁ!」

「「え?」」


懐から取り出し、後ろへ投げ込んだのは……睡眠ガス入りのグレネード。

それは奴らの中心部へと飛び込み、爆発。奴らは薄紫の煙幕に包(くる)まれ。


『げほ! げほげほ……げほ!』


そう言いながらも、安らかに眠っていった。……無関係なみなさん、本当にごめんなさい。

でも睡眠ガスだったので、許してもらえると……ちなみに警防隊の最新作だよ。

結界を使うのも手だけど、それだと真山課長と合流しにくくなるからなぁ。今はこれで凌(しの)ぐしかない!


なお一般市民は、奴らの勢いに押されて安全圏。それも加味し、巻き込まないように『落とした』ので問題ナッシング。


「何とかしました!」

「何やってんだよ、お前!」

「落としたんですよ! 仕方ないでしょ!?」

「あんな落とし方があるかぁ! やめろ、余罪が増えていく! 俺達の退職金が減っていく!」

「俺とタカは知らないからな!? 関係ないからな!」

「どこまでもお供しますって言ったでしょうが!」

「「前言撤回だぁ!」」


そう言いつつも、前方に睡眠グレネードを投てき……三百メートルほど放物線を描き、飛んでいったそれは。


「「……あ」」


行く手を遮ろうとしていた、別の捜索隊。その中心部へ飛び込む。だから即座に左手でFN Five-seveNを取りだし発砲。

P90とも共用の細長い弾丸は、グレネードを奴らの頭上で撃ち抜き、強制爆発。降り注ぐ煙に否応なく奴らは取り囲まれていく。


……奴らが眠っていくのも気にせず、近くの階段から大通りへ戻る。高めの手すりもついているから、倒れても落下はせず……計算通りで一安心。


「「ああああああああああ!」」

「……おい、ヤスフミ……さすがにやばくねぇか!?」

「ははははははは……はははははははははははは!」

「楽しげにしているところ悪いけど、大丈夫か!? お前、冷静だよな!」


念のため、FN Five-seveNを取り出しマガジン入れ替え。非殺傷設定のスタン弾にしておく。ここでは使うつもりもないけど。


「もう戦争じゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「てめぇ、また勢いだけで暴れやがってぇ!」

「細かいことは言いっこなしって、水橋さんも言っていたでしょ! ……楽しくなってきたねぇ、アルトォ!」

≪あなた、生き生きしていますね。こういうの大好きでしょ≫

「むしろ愛している! というかこんなに楽しいの、TOKYO WAR以来かも!」

「「えぇえええぇ…………!?」」


僕に道を示した二人は、なぜか戦々恐々。でも安心してほしい……もうこの手は使えない。


「鷹山君、大下君! ついてきたまえ!」

「黙れ馬鹿ぁ!」

「タカ、どうしよう! やっぱりコイツもあぶない奴だった!」

「誰か助けてぇ! ヒカリィ! みんなぁ!」

「残念ながら無理だ。ほら、走れ走れ……」

「でないとこのまま捕まってジエンドですよ?」

「「しゅごキャラも無慈悲だったぁ!」」

「ほんと馬鹿どもですんませんっしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


一つは市街地だし、一般市民を巻き込むような手は使えない。それは向こうも同じだけど。

それでもう一つは……グレネード、二つしか回収できなかったから! 大下さん達が急(せ)かすからー!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



ここまでのあらすじ――やっぱり警察内部の手引きだったよ! 管理局じゃあるまいし、どうなっているんだか!


とにかく横浜の街を走り回り、警備局と県警の追跡隊から逃走中……でもヤバい。

具体的には、大下さんと鷹山さんがヤバい……! 息切れし始めている!


「ちょっと、しっかりしてくださいよ! グレネードはもうないんですから!」

「音楽……音楽を鳴らせば、まだ」

「大下さん、それは目立ちます。絶対に見つかりますから」

「だよなぁ……あぁ、だがバイクなら……バイクは万能だから」

「それも目立つだろうが! つーか三人は乗れねぇだろ!」


きゃー! ない物ねだりまで始めているよ! でもそうだよね、五十代ぎり手前だもの! キロ単位で走れる方が凄(すご)いって言うか!


……でもそこで人のざわめきをキャッチ。

そちらを見やると、すり鉢状の階段に、人がひしめいていた。そんな彼らが見つめるのは……大道芸!


男性の肩に立ち、女性芸人がたいまつを器用にトスジャグリング。それに歓声が響き渡る。


「あれだぁ! タカ!」

「あぁ!」

≪上手くいけばやり過ごせますね≫

「だね!」


というわけで、三人並んで大道芸鑑賞開始――まだまだ始まったばかりで、次々と演目が切り替わっていく。

たいまつの次はシガーボックス……二つの箱で一つの箱を持ち、落とさずに操る。

一つが宙を飛ぶと、もう一つも手放され、素早く持ち替えられてまた挟まれる。


それをリズムよく、ときに持ち方を切り替え、回転運動も交えて手早く続ける。

これもジャグリングの一種なんだ。カンカンという音が響くので、それが実に小気味いい。


『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

『いい感じです……そういうふうに驚いてくれると、更にいい感じです!』


いいないいな、あのリズミカルな動きは凄(すご)い! ……よし、今度はシガーボックスに挑戦してみよう!

逃走中ということを忘れ、わくわくしながら拍手。見事な芸に大下さん、鷹山さんも思わず笑顔。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


高校の同級生である友美と、サッカーの試合を見るために横浜へやってきた。

日産スタジアムで行われる、韓国と日本の親善試合……でも試合まではまだ三時間以上もあるし、夕飯の時間でもない。

なので街を散策していると、大道芸を見かけた。歩行者の邪魔にならないよう、一団へ加わり楽しく見学。


「でも凄いわねー。よく落とさない……やっぱり練習の賜(たまもの)かしら」

「どんなことでも、一万時間練習したらプロ級って言うから……それくらいはやっているかも」

「一万時間……果てしないわね」


それだけの情熱があって、初めてあれだけの技ができるのね。……ふと思った。

私にはそれだけのものがあるのかと。そこまで『やりたい』と思うことがあるのかと。

もうすぐ高校も卒業……短大を出たら、就職。時間は余り残されていない。


運命の人と、そんな燃え上がる何か……どちらが先に見つかるかしら。


『そうそう……そのまま動かないでくださいね! それぇー!』


少し考え込んでいると、男の人二人が登場していた。サングラスに黒のスーツを着た、とてもかっこいい人達。それで隣の友美が目を見張る。


「何あれ! すっごくかっこいいおじ様二人!」

「え、えぇ。スーツも高そうだし……会社員? でも平日だし」


私達は学生だから、まだ大丈夫だけど……とにかくそんなお二人を中心に、トスジャグリング。

芸人さんお二人の間で、幾つものジャグリングピンが投げられ、キャッチされ、また投げられる。

お二人の前と後ろを通過する中、かなりすれすれを飛んでいた。こ、これも凄(すご)いわね。


ちょっとでも軌道がずれたら、怪我(けが)をしそうなのに。


「……いた……ぞぉぉぉぉぉぉ!」

「どけ……警察……どけぇ!」

『……はい、ありがとうございましたー!』


繊細かつ大胆なパフォーマンスに、私達も拍手。……そこで客席から走り込んでくる、黒コートの……女の子?

その子はお辞儀するおじ様達と一緒に、私達とは逆方向へ走り去っていく。……大道芸はまだ続くのに。


「あの子も可愛かったわねー。もしかして彼女……なわけないか」

「どちらかの娘さんかしら。でも、どこへ行くのかしらー」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


このおじいちゃん達は……アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! せっかく上手く隠れられていたのに、目立つところに出現って!


安住の地を置き去りに、僕達はまたひた走る。……そして行く手を遮る警官隊達。

それが追いつく前に反転し、また走る……。


走る……でもどうしよう、全方位から嫌な予感がー!


「何やっているんですか! 断ればいいでしょ! 遠慮すればいいでしょ!」

「仕方ないだろ! 俺達がカッコよすぎるんだから!」

「そうだぞやっちゃん! だって俺達……カッコいいもの!」

「かっこよさより実利を取れぇ! ほら、僕が着ている和服のように……和服には無駄なところなんてないんだよ! そこがかっこいいんだよ! ハードボイルドなんだよ!」

「突然の和服布教はやめてくれるか!?」


とにかくよこはまコスモワールド近辺まで逃げ、橋を渡ろうとしたところ……前からも怒声が響く。


「……って、言っている場合じゃないぞ!」

「いたぞぉぉぉぉぉぉ!」

「逃がすなぁ!」


更に後ろからも……!


「挟め! 挟め! 挟めぇ!」

「逮捕だ!」


橋の上……下は海。でも高さはかなりのもの。前後を見て、僕達もさすがに大慌て。


≪どうでしょう、カッコ良すぎる二人を置いて、私達だけ逃げるというのは≫

「それだ!」

「速攻で見捨てに来やがったよ、コイツ!」

「私は一向に構わん! 捕まってムショの飯しか食べられないのは嫌だぁ!」

「お姉様、ちょっと黙っていてください……というかお兄様」

「なによ! いいからとっとと」


なので走り出そうとすると、大下さん達に肩を掴まれる。


「待てよ蒼凪! お前がいなかったら……僕達、どうすればいいの!? おじいちゃん、泣いちゃうよ!?」

「俺達、あの星に誓い合ったじゃないのさ! 三人であぶない刑事だって! 捕まるときも三人一緒だろ!」

「……お二人が逃がすはずもありませんから」

「そんな約束してないからね! 離せぇ! 僕はみんなと逃げる!」

「よし、分かった! お前はそれで大暴れ! 俺達はその隙に逃げる! それなら文句ないだろ!」

「それだ! さすがはタカ!」

「僕はいつ逃げるの!? くそ……こうなったら」


なので一旦掴まれた肩を払って……周囲を確認。


「ヤスフミ、傷つけるなよ……最悪気絶させるだけだからな!」

「分かっている!」


跳弾の危険性も考慮して、下に船や人の気配がないのもチェックして…………!


「あ、指が滑ったぁ!」

「「え?」」


腰に差した乞食清光を一気に抜刀……そうして足下めがけて、右薙・袈裟・逆袈裟・左薙と乱撃。

……一瞬生まれた静止。それを打ち崩すように、橋のたもとが……警官隊と僕達の合間にある空間に亀裂が走り、そのまま橋が……地面の一部が崩落する。


「「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」」


がらがらという崩落音と、破裂のいくつかが派手に海水へ叩きつけられる音。それらがオーケストラを奏でる中、さすがに警官隊の足も止まる。


「……はい、手が滑ったー!」


更に前方の奴らにも、フラッシュグレネードを投てき――それが爆発し、意識と視界を奪ったところでダッシュ。

乞食清光を収めた上で、逆刃刀を抜刀。目を閉じたまま気配を頼りに袈裟・逆袈裟・右薙・逆袈裟……走り抜けながら連撃を撃ち込み、十数名を昏倒させる。

致命傷や後遺症が生まれないよう、必要最低限の加減を施した上で……しかし的確に意識を刈り取った。


「……よし」


持続時間〇の光が収まってから、二人に振り替えて叫ぶ。


「二人とも、こっちです!」

「「あ、はい……」」


慌てて付いてきた二人と、そのまま走って……よし、これで向こうからは追いかけてこられない! やはり暴力……暴力こそ全てを解決する! スレッジ・ハマー刑事が言った通りだ!


「でもお前……ふざけんなよ! あんな滑り方はないだろ! あんな滑り方だけはないだろ!」

「僕のせいじゃありませんよ! 二人が肩を掴んで揺らすから……みなさーん! 二人が悪いんですー! 僕は撃ちたくなかったのにー!」

「そんなわけがあるかぁ! というか、掴んでいたら斬れないだろ! 俺達ごとざっくりだろ!」

「そうそう! というか、そういうのはタカおじいちゃんに言いなさい!」

「俺も無理だよ! 誰だ、コイツに忍者資格を交付した奴は!」

「……日本政府だぜ?」

「「絶望した!」」


とにかく橋を抜けて、大通りの方へ逃走……と思っていると、また前から嫌な予感。あ、ヤバい……!


「げ……! タカァ!」


また前からぞろぞろと走り寄ってきたよ! 数は三十人以上……ち、仕方ない」


「よし……蒼凪課長、いったれぇ!」

「えぇ、そうしますよ!」

「……いや、ちょっと待て! ここはあれだ、ユージ君に任せよう!」

「やっちゃんに任せるのが不安だからって押しつけてくるなよ!」

「じゃあどうしろって言うんだよ!」


ちょっと、揉めないでよ! もう腹を決めるしかないでしょうが! 気絶だけで済ませるんだから!


≪……なんて醜い争いなんでしょ。あのー、私は関係ありませんからー。逮捕するなら三人だけで≫

「「「四人揃(そろ)ってあぶない刑事だよね!」」」

≪どこの星に誓いました? それ≫

「とにかく全員、死なない程度にどつき回しますよ! 課長についてこーい!」

「「いけるかぁ!」」


課長とは孤独……そんなことを考えながらも、また手を滑らせて。


≪――――!≫


というところでクラクションを響かせ、前方の警官隊に突撃する車。三車線道路を埋め尽くす奴らは、モーゼの如く割れてくる。

そうして飛び出す車は……マセラッティ・クアトロポルテ!


それは僕達の前に急ブレーキで停止。運転席と助手席に見える影は……!


「早く乗って!」

「「松村課長! いや、署長!」」

「恭文くんも急いで!」

「いちごさん!?」


なんでここに……いや、聞き返している暇はない! 慌てて後部座席に三人飛び込むと、車は急発進――さすがに盾となる奴らはいないで、包囲網を何とか突破した。

やった……車ってすげー! 文明の機器ってすげー! 車様、ありがとう!


「署長、ありがとうございます。
でも……なんでいちごの奴が」

「彼女、蒼凪くんの幼なじみさんとも顔見知りなんでしょ? 心配して署まで来てくれたのよ」

「いちごさん……!」

「うん、心はちゃんと痛めてほしいな。……今回は私、結構怒っているんだから」

「……はい」


そりゃあ滅茶苦茶しまくったからなぁ。いちごさんがぷいっと顔を合わせてくれないのも、仕方ないとは……思うわけで。


「そうそう、蒼凪は反省が必要だよ! もうね……署長、ほんと助かりました!」

「グレネードはぶん投げるし!
警官相手に峰打ちで怪我させないこと前提とはいえ刀で切りつけるし!
……あげくそれでもう全員壊滅させてやろうとしていたんですよ!? それも楽しげに笑いながら!
ほんと滅茶苦茶ですよ、やっちゃんは!」

「ちょ、しーしー!」

「………………へー、心を痛めるまでもなく楽しそうだねー」
その辺りもまた説教かな? なんか鉄塔一つぶった切ったらしいし」

「いちごさんー!」

「まぁまぁ、いちごちゃんも……そこはタカさん達とお似合いってことだから」


そうそう、お似合いなんですよ! だから…………ん?


「「お似合い?」」

「二人も以前やったのよ。警官相手に威嚇射撃……町田くんにもやらせたもの」

「「え!?」」

「「…………」」


なのでおじいちゃん達に厳しい視線を送る。アルトと、いちごさんも交えて……それはもう、じっくりと。


「銀星会を潰したときも……大下さん、煙幕だけどグレネードをぶっ放したわよね。
というか、護送車でバリケードに突撃して」

「そういえばあなた方、ブレーメンを潰すときとかも……銀行強盗をしていましたよね。まぁそういう陽動作戦を潰すためでしたが」

「………………大下、鷹山、本当なの?」

「そ、そんなことも……あった、かなぁ。あの、絹盾課長……僕達ちょっと、もうろくしているみたいで……あまり記憶が」

「すぐに、思い出せ」

「「やりましたすみませんー!」」

「……へぇ」


それは知らなかったなぁ。というか、納得した……なのでつい笑うと、二人が身を竦(すく)ませてくる。


≪年を取るって嫌ですねぇ。過去まで忘れちゃうんですか≫

「なんだよなんだよ……全部てめぇらの背中を見習った結果じゃねぇか! やけに今回はしゃいでいるなと思ったら、そういうことかよ!」

「……あ、蒼凪課長……こんなところに糸くずが」

「肩もこんなに凝っちゃって……マッサージ行きましょう、マッサージ。韓国マッサージであかすり込み! 最高ですよー! だから、あの……」

「……………………」

「絹盾課長を落ち着かせてくれよ……!」

「怖い……ほんと、怖い。車内でこのまま、殺されそうなくらい怖い……!」

「僕も叱られる側なので、無理です」


そんな話をしている間に、車は人気のない港へ入っていく。まずは一段落……でも、無茶苦茶(むちゃくちゃ)かぁ。

実を言うと、二人と同じってのはちょっと嬉しくもあった。だって楽しそうではあるし。


そして、尾藤の呼び出しまでは――あと二時間。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


先輩達……よりにもよって、警官達に攻撃したらしい。いや、峰打ちだけど。

しかも町中で催眠・スタングレネードも使ったとか……全部蒼凪君だけどね!

なんかさ、すっごい大きな声で『手が滑ったぁ!』とか言って、橋をぶった切るし、警官隊に刀を振るうんだよ!? おかしくない!?


…………そんなおかしい奴らは、突然現れた車へ乗り込み逃亡。しかもスカイラインじゃないと来たもんだ。

結果僕は深町本部長に呼び出され、その専用オフィスで報告……本部長、頭が痛そうにしていた。


「……鷹山と大下だけならともかく、あの子もかね」

「えぇ」

「その、お知り合いだと言うお二人でも……他にも、声優さんや幼なじみさん達もいるそうじゃないか」

「止められないそうです」

「…………」

「もう……止まらないと」


それで本部長は大きくため息。あぁ、これは絶望しているな。

あの年で先輩達と同類……派手に暴れるのが大好きっていう、悲しい性を背負ってしまっている。

しかも先輩達の影響じゃなくて、元々だって言うんだから。だからこそ絶望だ。


僕達も『止まらない』のは分かるし、それを止めようとするのがどれだけ無駄かも……でも、グレネードはないと思うんだ!


「ただ、美咲涼子が尾藤一味の人質になっているようなんです。
先輩達は必ず奴らのところへ現れます。そのときこそ逮捕のチャンスかと」

「ドンパチしている最中にか」

「……だったら本部長、そろそろ教えてくださいよ」

「何をだ」

「今日、横浜で何があるんですか」


でも先輩達だけのせいとは思えない。……なのでデスクに手をつき、困り顔の本部長を問い詰める。


「仕切りは警視庁で神奈川県警はノータッチ。でも警察庁と公安は動いている……アイツら、黒いのにですよ」

「……三人はお前達で逮捕してくれ」

「本部長!」

「確証がないんだ……! ひとまずこちらで止めないと、本当に大変なことになる」

「…………はい……!」


そこで部屋のドアがノックされる。


「どうぞ」


そうして入ってきたのは、制服姿の男性……本部長がわざわざ立ち上がったので、こちらもお辞儀。


「横田警備局長……あ、彼は大丈夫です。港署の」

「捜査課長、町田透です」

「鷹山達の上司という……なるほど。だから好き勝手にされるわけか」


うわぁ、先輩達は何をやったの? 名乗りもせずに偉そうなんだけど。というか、すっごい不機嫌。


「町田、この方は警察庁・警備局の横田警備局長だ」

「尾藤とファンが、横浜ファンタジアパークに現れると情報が入った。
時間は今夜七時……そこで鷹山・大下・蒼凪と対決するそうだ」

「その情報はどこから」

「インターネットだ」


そこで警備局長が出したのは、一枚のコピー用紙。そこには赤い……インターネットのサイト?

ちょ、これ……先輩や蒼凪君の写真! VSって! PETって書いているんだけど!

いや、待って。ページ上部のこれは……しかもアドレスを見て、事態を察する。


「オンラインカジノで、賭けの対象となっている」

「最後の対決」

「……ちょっと失礼します」


横田警備局長に断り、用紙を隅々まで確認。……なるほど。


「海藤のキャロットが運営している、会員制のシークレットサービスですか」

「その通りだ」


キャロットは海外事情に強い、SNSの会社というだけじゃ……そこで、なぜか本部長が肘打ちしてくる。


「シクレット……なんだ」

「……知らないんですか!?」

「し!」

「遅いですよ!」


まさか、本部長が知らなかったとは……では今日の朝知った、僕から解説しよう!


「SNS、分かりますよね。Twitterや掲示板、Facebookなんかの」

「まぁ、なんとか」

「キャロットはそれとはまた別のサービスを、海外で運営しています。
……ただこういう、違法な賭け事を行っていたようなんです。
それも会員制……限られた人間しか入れないサイトで。だから摘発も難しくて」


あれ、それじゃあこの人、なんでその情報を取得したんだ。

キャロットは海外じゃあかなりの有名どころだけど、日本(にほん)では2ちゃんやmixiなどに推されて、それほど人気じゃなかったのに。

このページだって、会員登録していないと見られないものじゃ……あ。


「鷹山達も、尾藤達と一緒に逮捕しろ。射殺しても構わん」

「ちょっと、射殺って!」

「韓国で核の闇市場が摘発されたとき、組織の人間は全員射殺か爆死、又は逮捕された。
だがアンダーカバーとして潜入した鷹山と大下、巻き込まれたなどと抜かす蒼凪も逃げおおせた。
それが突然日本へ戻ってきた。それと同時に金属プルトニウムの密輸が発覚した。
……逮捕できなければ、射殺しても構わん。すぐ命令を出したまえ」


それは僕に対してじゃない。本部長へ、直々に命令を出している。ただ本部長は虚空を見つめ、無表情。


「……何を躊躇している! たかが所轄の刑事二人と子どもだろ!」


そのとき……十年来の付き合いがあるからこそ、何とか気づけた。

本部長のこめかみがぴくりと動き、その目に艶がなくなったことを――。


あ、これ駄目なやつだ。なので自然と距離を取ると、横田警備局長はしびれを切らし、デスク上の電話に手をかける。


「……たかが」

「君が出せないなら、私が出す!」


だがその腕は、本部長によって掴(つか)まれた。いいや……握りつぶさんばかりに、力を入れている……!


「そうはいくか」

「なにぃ!」

「この事件を解決できるのは、アイツらしかいない。鷹山と、大下……それに、あの忍者君だ」

「だから……この手はなんだぁ!」

「なぜ、会員制の情報を知っている」


あ、そこもつついちゃうんだ! その間に警備局長は腕を振り払おうとするが、一切動かない。

ぴくりとも動かない、老人とは思えない強力……それに、はげ上がった頭に青いものが差し込む。


ようやく気づき始めたらしい。この人が……怒らせると、先輩達以上に無茶苦茶(むちゃくちゃ)をする人だと。


「キャロットは海外が主な活動拠点だろう? それくらいは、私も勉強した」

「離せ……離せぇ!」

「お前の目は、嘘をついている目だ。……吐け」

「貴様、何様だ! 私を誰だと」


そして無言のまま、右ストレート……横田警備局長の眼鏡と打ち砕き、その体を倒してしまう。

頭は後頭部に叩(たた)きつけられるが、すぐ引き寄せられて復帰。そして無表情のまま本部長は。


「吐け」

「な、なにをす」


二発目、敢行――!


今度は歯が二本飛び、血しぶきもデスクと床、本部長の制服につく。

それも構わず、倒れ込む警備局長を引き寄せ、本部長は更に語気を強める。


「吐け……!」

「ま」


三発目は右フックだった。耳からデスクに衝突して、呻(うめ)く警備局長……怯(おび)えた様子で下がろうとする。

だが許さない……あの人は首根っこを掴(つか)み、そのまま警備局長を持ち上げた。


「吐け……吐けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 今すぐ選べぇ! 死ぬか、殺されるか! 殴り潰されるかぁ!」

「ひ……!」

「吐け! 吐け! 吐けぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


そうして何度も……何度も……デスクに叩(たた)きつけられ、ボロボロになっていく警備局長。

もう抵抗する気力はない。半泣きになりながら、本部長を止めようとする。

僕の方を見て、助けろと必死にSOSを送る。でもごめん、今は近づきたくない!


「町田ぁ!」

「は、はい!」

「鷹山と大下、蒼凪に伝えておけ!」


蒼凪君まで呼び捨てですか! あぁ、やっぱりキレてる!


「逮捕など考えなくていい……殺せ! 邪魔する奴も、嘘をつく奴らも、全員殺せぇ!
私の街で好き勝手をする無法者など――見境なく全員ぶっ殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「は、はいー! 必ず伝えます!」

「だったら行けぇ!」

「失礼しましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ま……た……け……て」


そして床に倒れた警備局長は、本部長の連続スタンプキックを受ける。それに構わず、とっとと部屋から出た


「まずは貴様から死ねぇ! 死んでから吐けぇ!」

「うぎゃあぁ――!」


……中から響く悲鳴は気にせず、とにかく全力ダッシュ。さぁ、まずは包囲網だ……目指せ、横浜ファンタジアパーク!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


午後十七時二十三分――横浜埠頭の一角にて、車は停車。

僕達は一旦車を降り、夕方の涼しい空気をかみ締めながら伸び。おー、気持ちいいー。


「そう言えば松村署長……これってマセラッティ・クアトロポルテですよね!」

「あら、詳しいわね」

「大下さん達、スカイラインって言っていたのに!」

「私のツテでちょこっとね。あっちだと警察車両で、足が着いちゃうもの」

「キュートだよなぁ……このボディライン……♪」

「はいはい……芸術家の血は出さなくていいから、仕事をしようね」

「にゃ、にゃあー」


いちごさんに首根っこを軽く持ち上げられながら、ボンネットのラインとお別れ……うぅ、水橋達を地獄送りにしたら、また会おうねー。


「それで蒼凪くん、君がカオルちゃんにお願いしたことも預かってきたわ」

「あ、もう分かったんですか!」

「というか……分かっていた」

「はい?」


松村署長からタブレット一つを渡されて……。


「そこのFフォルダを見て」

「はい」


言われた通り指定されたフォルダを開いて、データを…………あれ? ここって確か。


「日産スタジアム?」

「そう。今日日本と韓国でサッカーの親善試合があるんだけど……そこにアメリカの現国防長官≪ジョン・マードック≫が来るそうなの。
華僑(かきょう)の大物、恩金包との極秘会談……警防隊やPSAも掴んでいた情報だそうよ」


他のページもチェックしつつ思い出してみる。

ジョン・マードックなら、僕もテレビで見たことがある。結構黒い噂(うわさ)も多いけど、そこそこの実力者だ。


≪……それ、警備局のスマホでも予定表に書いていましたよ。確か恩金包は議員との癒着問題もありましたよね≫

「お兄様と一緒に受けた研修でもありましたね……。チャイナタウンの闇商売を取り仕切る首魁ゆえに、今後のテロ防止活動で障害になる可能性もあると。もちろんそのスポンサーもというお話でしたが……」

「それとアメリカの国防長官が、サッカーを見ながら何の話を?」

「どうもそのセッティングをしたの、自由党の佐分利一真らしいのよ。恐らくアメリカの兵器を、中国に売るための交渉……。
今回高町恭也さん達がこちらへ迅速に来られたのも、その辺りの調査協力を元々お願いしていたからなのよ」

「……なにをやっているんですか、政治家が」


大下さんが世も末と言わんばかりに首振り。

それには全く同意だよ。幾らアメリカとの付き合いがあるからって、武器密売に関わったら…………あれ?


≪しかもそれだと、癒着疑惑は確定……あぁ、確定ですね。
通話記録やメモも洗ってみたんですけど、その辺りを抑えられるよう日産スタジアムに人員を手杯する流れだったみたいです≫

「……TOKYO WARみたいなことがあっても、かぁ。市民としては哀しいというか、なんというか……」


いちごさんがやっていられないと首を振るのも気になるけど、その前に計算……計算……確か、佐分利一真って。


「佐分利一真……」

「恭文くん、もしかしてお友達とか」

「違います。その議員、確か」


タブレットを一旦松村署長へ返し、携帯を取りだし検索……すると、すぐに情報が出てきた。


「やっぱり……! 平安法の反対派だ!」

「そう言えば……うん、私もそのニュースは見たよ。
日本を鎖国状態にしかねないって公言し続けていて……」

「鎖国は鎖国でも、密売斡旋かぁ? そりゃあ説得力がないね」

「そう、説得力がない……」


見えていなかったのは、やっぱりホワイダニットだ。犯人が誰か、どんなトリックを使ったか……それは今のところ問題じゃなかった。

重要なのは、今このタイミングで、この場所で、どうして核を爆破させたいのかという一点に尽きる。


「平安法の施行により、奴らは甘い蜜を吸えなくなる」


冷静に考えよう。


「佐分利一真と恩金包の会談が、その内容が事実であるならば、確かに日本にとっては大問題。奴らは売国奴でありこの国に救う寄生虫だ。
でも、そのために核兵器を使う必要がある? 普通に暗殺という手だってあるはずでしょうが。犯罪を追求するわけでもいい……奴らはその時点で“ついで”なんだ」


だったらなに……この違和感はなに。

一体なにが引っかかっている……見据えろ、探せ、暴け。


今まで見えていなかったものが、確かにそこにあるんだから。


「なら――」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「蒼凪?」

「……鷹山さん」


恭文くん、熱が入っちゃったみたい。だから鷹山さんはこっちで止めておく。

発達障害の弱点……集中しちゃうと周囲が見えなくなるところ、変わらずだなぁ。でも楽しそうなの。

分からなかったことが分かる……何かが、誰かを助けられる足がかりが見つかる。そんな期待感がどこかにあって。


「前提から間違っている。
僕達が追求するべきはやっぱりホワイダニットで、フーダニットでもハウダニットでもなかった。
それを紐解くためにはどうすればいい。想定が必要だ。共感が必要だ」


だから恭文くんは思考を加速させながら、そもそもの話を振り返る。誰でもなく自分に問いかける。問いかけ続ける。

もう答えは分かっているはずだと、自分に対して問いかけ続ける。


「今の状況で、核が爆発したらどうなるか。単純な人的・環境的被害だけじゃない。
TOKYO WARの際、柘植一派のテロによって日本という国は死を迎える寸前まで追い込まれた。その理由は何?
奴らの行動に踊らされ、政府・警察・自衛隊が揃いも揃って醜態を晒し続けたせいだ。その結果米軍の強制介入寸前となった。
なら、もし核が爆発したらどうなる? 世界情勢は? そもそも日本という国への影響は?
そうだ……日本にとって、そもそも核というものが特別だった。だってこの国は――!」


それで、答えは出たらしい。


「そうか……」


携帯を仕舞い、右指を鳴らす。


「ようやく見えた!」


……そこで、踏み込んじゃうんだなぁ。明るく笑って……真実を、決して奇麗じゃない事実を飲み込んで、道を開く力に変えて。

できれば今回のことを反省して、ちょっとおとなしく……とは……思っていなかったけどさ。うん、無理だって分かっている。それは傲慢だ。


だって私は……こういう子どもで、我がままで、はた迷惑な恭文くんに……恭文くんのことが……。


「……恭文くん」


自分なりに気持ちの整理を付けた上で、どういうことかと問いかける。すると恭文くんは、やっぱり子どもみたい……子どもなんだけど、それでも笑っていて。


「平安法ですよ! ……まず内閣情報調査室と警備局は、この法案には賛成だと表明しています」

「そうね。君も関わったTOKYO WARを引き合いに出しているわ」

≪でも市民は、その警察や政府関係者を信じられない。これまで多発したテロ事件で、失態ばかり見せていますから。
いや、それどころか徴兵制やら、違憲やらの行きすぎた臆測を振りまき、混乱させているとも取れる≫

「そこは……うん、私もテレビで見たよ。そういうところに出るようなコメンテーターさんでも、その誤解や憶測に振り回されている感じだった」

「この法案はテロ対策……ひいては国防に携わる人間なら、是が非でも通したいものなんです。
でも様々な問題で理解が得られない。いつどんな状況で、テロが起きるかどうかも分からないのに」

「法案を通すためにってこと……!? いや、でもそれだけで」

「柘植が所属していた“政治的グループ”は、そのためにベイブリッジのミサイル爆撃“のふり”を計画しましたからね。政治絡みで強い思想を持った奴らなら、それくらいやりそうですよ」

「それも怖い話だなぁ……」


でも言いたいことは分かる。テロの怖いところは、こちらが戦争放棄していても起こりうることだもの。実際これまでのテロ事件はそうだった。TOKYO WARだってそう。

そのための法案だけど……まぁ討議は別にいいと思うんだ。問題点が成立前に露見・改善されるならいいことだし。


でも……もしも、そんな『万が一』を恐れている人達がいるとしたら?

TOKYO WARを経験してなお、『殴らなければ殴られない』なんて幻想を見ている、頭お花畑な市民にいら立っているとしたら。


……まぁ、私もお花畑の一角だけどさ。そこまで極端じゃなくても、それは変わらない。


「同時に日本でそんな会談をしていた、マードックや音金包も始末するつもりです。当然佐分利一真みたいな反対派閥にも圧をかけられる」

「会談については当然極秘裏だろうからな。奴らもこれが偶然とは考えられない。
……もしこれ以上続けるなら、次はお前達だと警告されるわけか」

「少なくとも賛成派にとっては、この上ない追い風になるでしょ。『ならばどうやって、我が国を守るのか』って。
実際TOKYO WARのときにも聞いたことがあるんです。日本政府の中にも、その手のフィクサー組織がいるって話は」

≪次世代兵器研究会ですね。そっちは戦争特需を忘れられないじいさま達の寄り合い所らしいですけど……ねぇあなた、もしかして≫

「……十分あり得るね」


なにせやっていることが柘植絡みとそっくり……そう言いたげに恭文くんは首肯。

でもそんなフィクサー組織が平成も終わろうという時期にいるの? 正直信じ……TOKYO WARのことで今更かー!


「しかも日本は第二次大戦中、広島(ひろしま)と長崎(ながさき)に核が落とされた国でもある。
それで大国同士の戦争ではなく、テロ的に『三発目』が爆発したら……」

≪……現代の戦争……その危険度を国内のみならず、世界中に示せますね。
戦争を放棄しても、核とテロの脅威からは逃れられない≫

「そうそう……それと水橋くんからもう一つおまけ情報よ。
内調の水橋とその部下達、しばらく韓国で研修に出ていたそうなのよ。それもあなたやタカさん達がいた日程とドンがぶり」


つまり、その水橋さん達でも核爆弾を盗めるという話で……盗める、のかな。つい素人なので小首を傾げちゃうけど。


「あの……それ、当たりな感じですか?」

「それはもう大当たりよ。それにどうも、蒼凪くん達が潰したブラックマーケットやマフィアの連中とも吊るんでいた形跡があるの。中国の技術者達ともね」

「中国…………あ、恩金包さん!」

「それだけじゃありませんよ、いちごさん。中国はアメリカやロシアなどと同じ、核を保有する大国ですから。
……そこまでくると、平安法を通すことでアジア諸国絡みの外交が有利に進むとか、そういう利権も出てきそうだなぁ」


諸外国との外交問題まで絡むの……!? というか恭文くんが手慣れすぎているんだけど! TOKYO WARでの経験があるとはいえ……ちょっと目を丸くした瞬間だった。


「なら蒼凪、美咲涼子はどう繋がる」

「……実はそこが引っかかるんですよ」


美咲涼子……あ、それも聞いている。尾藤って犯人さんと友達だった人の秘書で…………って、そうだよそうだよ!


「アルト」

≪……どうもキャロットが内閣情報調査室の傘下に入るって流れみたいですね。
海外事情に強い会社を経由するのは、連中にとってもメリットがあります≫

「美咲涼子はそれに乗っかった……でも創設者の海藤は邪魔だから、尾藤達に始末させた。
更に俺達も同士討ち……うん、奇麗じゃないの?」

≪ただそこまでする理由がさっぱり……だったんですけどねぇ≫


そこでアルトアイゼンが空間モニターを展開。

それは私が港署に行く直前に、すっごく驚いたものと同じで……。


――宿命の対決! 尾藤&ザ・ファンVSハマの伝説と忍者少女!――

「……なんだ、これは」

「……キャロットのサイト……会員制のクローズドサイトで行われているオンラインカジノです」

「いちごちゃん?」

「サイちゃんの……才華ちゃんの、海外にいるSNS仲間が教えてくれたんです!
キャロットって海外勢にも受けがいいSNSだけど、こういう非合法なギャンブルをライブ配信していることが多いって!
というか……昼間、みんながドンパチしたのも、鉄塔が倒れたのとかも流れていて!」

≪そうみたいですねぇ。その辺りのチェックでURLが履歴に残っていて……見てびっくりしましたよ≫

「それはこっちの台詞だよ!」


もう見てびっくりしたんだよ! その仲間さん、恭文くんとも知り合いだったからすぐ気づいて……そういえばどうやって知り合ったんだろう。

まぁそこはいいか。問題は、こんなことで賭け事をして……ほらほらほらほらほら! もう億単位の金が動いているんだよ! おかしいよこれ!


……そうだ、おかしいことはまだあるよ……!


「やっちゃん、ザ・ファンの死体は」

「首だけ残っていたのは確認しましたよ。あれで戦えたらマジでモンスターですって」

「大下さん達が逃げた後の警邏隊もチェックしているから、そこは間違いないわ。……つまりこのクローズドギャンブルそのものが“ペテン”なのよね」

≪まぁアレでも生き残ったという体の話にした方が、盛り上がりはあるでしょうけど……さて、あなたももう分かりますね≫

「…………」

「恭文くん……あのね、私が追いかけてきたのは」

「ごめんなさい、いちごさん。心配かけちゃって」


……恭文くんは全部分かっている。これで世界中にさらし者扱いも嫌だから、止めたがっている私の気持ちも……分かっている。その上で……心配させてごめんとも謝ってくれる。


「だけど、ありがとうございます……! これで美咲涼子の狙いも見えたかもしれません!」

「え……」


だけど、それだけじゃない。その目には希望が……確かな輝きが宿っていて。


「どういうことだ、ヤスフミ」

「今どういう比率にせよ、この金額が……億単位に近い金が、胴元であるキャロットに預けられている! 電子マネーで海外だから、ロンダリングの手間も状況を見つつなら問題ない!
その状況で、結果を問わずキャロットがその金を持ち逃げしたらどうなる!?」

「そりゃあまぁ、今キャロットを仕切っているのは実質美咲涼子だから……おいおいおいおいおいおい! だとしても橋が危なすぎるだろうが!」

「……そこが序の口……ヒントの一つだ」

「え?」

「美咲涼子が今回の件に関わって得られるものは、金だけじゃないでしょ。
内調とのパイプ…………もっと言えば、今回の件で奴らがどう動いたかという“事実と確証”」


…………そこで……心が凍るような想いをさせられた。

それがどれだけ重大で、どれだけ意味があることか……美咲涼子という人の“ホワイダニット”を埋める足がかりが見えてくるから。


「……お前が本当に“あぶない”のは、やっぱりそっち側か」

「だね……」


早口でまくし立てる様子だった恭文くんに呆れたそぶりもなく、鷹山さんと大下さんも楽しげに笑う。


「美咲涼子にはあるわけだ。その事実とそれだけの金を得て成したいことが」

「……だったら、鹿沼の話が引っかかるかもしれないな」

「鹿沼の?」

「彼女、海外でNGO活動に参加していたらしい。鹿沼と水橋達も参加していた組織だが、平和維持活動としては過激派だと」

「じつはその辺りの調べも付いているわ」

「さすがは松村署長……」

「そっちは水嶋くん達のお手柄よ。……Fフォルダの三番目」


松村署長の指示に従い、恭文くんはまたタブレットを素早くフリック……。


「ピースメーカーってところなんだけど……まず軍や警察からも危険視されていて、FBIにマークもされていたわ。
その活動に参加していた一部の人が、アメリカの対テロ攻撃に巻き込まれて、死亡しているのよ。
そこに美咲涼子の知人……一緒に参加していた婚約者がいた。しかもその指揮を執っていたのが、件のジョン・マードック」

「……つまり彼女は、恋人の復讐をそそのかされて……いや、彼女がよりしたたかなら、それはとんだ侮辱か」

「俺達と同じ潜入捜査をしていたわけだ。アンダーグラウンド・コップならぬ、アンダーグラウンド・テロリスト……」


つまり……こういうこと?

内調は内調で過激に法案を通すマッチポンプテロを仕掛けようとしていて……。

でもそれを、海外の過激な活動家集団がチェックしていて、美咲涼子さんはそのスパイとして……お金とか情報を持ち逃げする算段で……。


つまるところ、内調の人達は初っぱなから、この国をよくするどころか潰すお手伝いをしていて……!


「……恭文くん、これ……内調の人達に事情を話して止まるとかは」

「無理でしょうね。美咲涼子の話が正しいかどうかってのもありますし、話したところで美咲涼子を消せば済む話だ」

≪それに……向こうも向こうで、まさか対策を整えていないとも思えませんしねぇ≫

「だよね……」


私でも分かることだよ。そういう過激な組織にいた……その経歴も利用してそそのかすなら、裏切る可能性だって想定するはず。だからさらわれたって電話もやっぱり嘘で……嘘に決まっているよね!

そもそも恭文くんや鷹山さん達に追い立てられて、怪我しているんだよ!? どうやってそんなことするのかな!


≪つまり私達は、美咲涼子と水橋達過激派……その両方を、同時に潰す必要があるわけですよ。もちろん不正の証拠を掴みつつですから、厳しいゲームになってきましたよ≫

「まぁ、いつものことだな」

「私達≪ダブル≫にとっては、この程度の逆境は……いえ、今回はなしにしましょう」

「……」

「そうね。今回はそこだけで語っちゃいけないことみたいだし」


私や恭文くんを見ながら、そう言い切れるのは……やっぱり署長さんだから凄いなぁ。それに貫禄たっぷりだもの。

……だから余計に……風花ちゃんが来ていることで、ぷちんときて……勢い任せで乗り込んで、うじうじしている自分が情けなくて。


「まぁ大本の行き先は決まってよかったよ」

≪日産スタジアムですね。そこで夢から覚める、目覚まし時計が爆破される≫

「夢?」

「……柘植がTOKYO WARを仕掛けたのは、『戦争』という現実をこの国に突きつけるため。
あのときは誰もが思わなかった……起こるはずがないと思っていた。そういう夢を見ていたんです」


TOKYO WARは自衛隊の一部も決起した、重大事件だった。でもそれはクーデターじゃない……私も、まいさん達も、よく知っている。

犯行声明も、その主張もされない。ただ東京(とうきょう)という街が封鎖され、戦争状態を作り出す。それ自体が目的だったから。だからみんなが柘植を止めなければ、事件は解決しなかった。


私達がこうして夢を見られているのも、そのとき戦ってくれていた人達がいるおかげで……だから……私は……。


「戦線から遠のくと楽観主義が現実に取って代わる。
そして最高意志決定の場では、現実なるものはしばしば存在しない。
戦争に負けているときは特にそうだ……そのとき知り合った、ある人が言った言葉です」

「平安法に反対する奴らはその楽観主義で、現実じゃない……つまり夢を見ている」

「それを覚ますための核なら、確かに目覚まし時計だね。まぁ、物騒すぎるけど」

≪とはいえ、ファンタジアパークの方も放置は≫

「できないよねぇ。……鷹山さん達はワールドスタジアムの方に向かってください。僕とアルトはファンタジアパークに」

「蒼凪」

「すぐ追いつきます。それに美咲涼子は……恐らくスタジアムにいます」


お手上げポーズを取って、恭文くんは大丈夫と笑う。それで大下さんも、甘えるように頷いて。


「……タカ、ここはやっちゃんに甘えようじゃないの」

「だが気をつけろよ」

「もちろん」

「なら、私達にできるのはここまでね。
……彼女も含めて、風花ちゃんやみんなのガードはしっかりしているわ。思う存分暴れてくれていい」

「そのつもりです」

「そう……だったら」


そこで松村署長は……押し黙ってしまった私と恭文くんを向き直らせる。

それで恭文くんは、恐る恐る私を見上げてきて。


「…………」

「いちごさん……」

「……ほんとはね」

「はい」

「戦ってほしくない」


だから私は……まず、自分の正直な気持ちを吐き出した。


「怪我とかするのも、こういうことになるのも、まいさんが……あぁ、駄目だね。これは言い訳だ。まいさんの気持ちを利用しちゃ駄目だ」


そうだ、それは卑怯だ。これは私の……絹盾いちごの気持ちなんだ。

ふだんは年上ぶって、素直に伝えることも怖がっちゃう……そんな弱い私の気持ちを、伝えなきゃ意味がない。


「…………ただ、私が嫌なの。
命がけの戦いを楽しむくらい好きなのも……それでも困っている誰かを助けることに繋げたい気持ちも知っている。お話して、教えてもらったよね。
でもね、それでも……君が傷つくのも、死んじゃうんじゃないかってくらい追い込まれるのも……怖くて、悲しくて……本当に嫌なの。
しかも今回は、そういう悪い人達に利用されているだけの人も……仕方ないとはいえ叩いて、倒して……それが駄目なことも分かっているよね?」

「……はい」

「だったら……ううん、だからね? 一つだけ聞かせて」


結局のところ、我がままで面倒臭い私が問いかけるのは、一つだけで……。


「これは、恭文くんがやらなきゃいけないことなのかな」

「僕が“やりたいこと”です。
……今ここで止まって、“そういうこと”を全部鷹山さん達に預けて逃げたら後悔するし、なにより……」

「うん……」

「ここは僕の街じゃないけど、それでも見過ごせない! 街を、可能性を泣かせる奴は絶対に止める!」


……うん、言っていたね。


見過ごした不幸が……それが壊していく誰かの生活。

それが生み出していくはずのいろんな仕事。いろんな恵みや喜び。

その壊れていく誰かを見過ごせば、その仕事が生み出したいろんな幸せも、可能性も消える。


それは私がそのとき探していた、思い出の味かもしれないし……それがキッカケで料理人になった人の人生かもしれないし。

そんな可能性を守りたいと思って、手を伸ばして……戦って。そこだけは変わらない……変えられるはすがないと、恭文くんは目で言っていた。


「「「…………」」」


それで……いつもなら自分達も変わらないと、ダブルとして戦うって言っているショウタロスくん達も黙っている。私のことを気遣ってくれて……恭文くんの言葉に、全部任せてくれている。

だったら私に言えることなんてもう…………深く、深くため息を吐く。


「そっかぁ」

「あの、いちごさん」


……そこから全力で飛び込んで……思い切りぎゅっとして。その上でほっぺにキスを送る。


「え……」

「「ぬわにぃ!?」」

「あらあら……♪」


ほっぺには二度目とかに……なっちゃうのかな。それでもすっごくドキドキして……恭文くんとおでこがすり合うような距離から、じっと見つめ合う。

胸も当たって……押しつけちゃっているけど、気にしない。


「約束だよ?」


私はこの子を、これくらいの距離で受け入れる程度には……好きなんだから。


「無事に……できるだけ怪我をしないで、後遺症もなく戻ってきて、風花ちゃんにはちゃんとお話できなかったことは謝る。それで反省もする。
まいさんやサイちゃん、フィアッセさんにも心配をかけたんだから、迷惑をかけた人達には全員ちゃんと謝る……できるよね? 特にまいさん達は、もう君の彼女なんだから」

「……はい、約束します」

「それで……それでね、そのついででもいいから、私ともお話してほしい。
…………私も、ちゃんと待っているから」

「それも、約束します。
でもついでじゃない……いちごさんが側にいたら嬉しいって言ったのは、変わらずだから!」

「ん……私も、変わらないよ」


本当に、情けないなぁ……。


「本当に、なーんにも変わらない……♪」


もう一度だけエールのキスを送ってから……車に乗り込んで走り出す三人を見送る。

車がすぐに見えなくなる様に、松村課長も気分が良さそうに息を吐いた。


「タカさん達だけじゃなく、あの子もなかなかいい男ねー」

「……そうですか?」

「それを応援できるあなたもいい女」

「そんなこと、ないです」


笑ってそう言い切れた。


「今の今までうじうじ迷って、どうやって連れて帰ろうかとか考えていて…………でも、無理だっただけなんです」


……うん、また一つ……確かめられたよ。


「私は……誰かのために頑張るあの子が、それで小さくても可能性を助けようとするあの子が……大好きだから」

「……だからいい女なのよ」


私は君の馬鹿なところも、嫌いになりきれない……むしろべた惚れなくらい馬鹿だっていうのが一つ。

それでもう一つは……ううん、言わないよ。でもいつかはちゃんと言うよ。勇気を出して、めいっぱいぶつけて……逃げ場なんてなくしてやるんだから。


(その7へ続く)







あとがき


恭文「というわけで、いちごさんからの情報提供もあって、思ったよりも早く真相究明……それで今日(2021/03/11)は東山奈央さんのお誕生日! 二十九才、おめでとうございますー!」

古鉄≪もちろん東日本大震災が起きた日でもありますが……ひとまずとまとでは、通常運行で≫


(今年もヤフーでは3.11検索による募金もあります。もしよろしければ検索を)


いちご「……恭文くん、本当に反省だよ? 追ってきた大半の人も仕事をしていただけなんだから」

恭文「あ、はい……」

いちご「あとサーバインの件も、ね? まぁそっちはプレゼントしてくれたことで一応許すことにしたけど」


(絹盾課長、本日は押し押しです)


いちご「そもそも恭文くんは、私の彼氏としての自覚が足りない!」

恭文「それは違うと何度も言っていますよね!」

いちご「……恭文くんは、私が好きでもない子にほっぺへキスすると思っていたんだ」

恭文「いちごさんー!」

いちご「添い寝とか、一緒にお風呂とか……子どもの頃でも、胸を触らせるって……思っていたんだね。……ちょっとショックだなぁ」

恭文「そ、そんなことは思っていません! ただあの、あのー!」

いちご「やっぱり大人ってあれなのかな。伝説の木の下で告白とかしないの?」

恭文「いつのゲームの話ですか!?」


(そんなわけで、次回は反撃……どんどん奴らを追い詰めていきます。
基本の流れはともかく、Ver2017的にちょいちょい変わっているところも……。
本日のED:麻倉もも『妄想メルヘンガール』)


舞宙「いちさん……さすがに、伝説の木の下はない」

いちご「でも、憧れているのになぁ」

才華「分かった! ならわたしに任せて!」

いちご「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」

才華「どうしてー! ねぇ、最初のときを思い出して! 妹にほしいとか言ってくれたよね!」

舞宙「あー、言っていたね」

恭文「僕も聞き覚えがありますよ。本当に最初期……一緒のラジオも数回ってときですよね」

いちご「いや、それはあれだよ。まだこの人じゃないときだから」

才華「この人じゃない!?」

恭文「いつ代替わりしたんですか! というか、前の人はなにやったんですか!」

舞宙「……実はあったんだよ。その、いろいろとね? 薬物摂取とかで……それでこっそりと」

才華「生々しい話はやめてー! そのままだよ! 最初の頃と同じわたし! 春山才華のままだよ!」

恭文「……僕は、ノーコメントで」

才華「やっくんまでひどい−! わたしのなにを知っているの!?」

恭文「知らないところが多いから自重しているんですよ!」

いちご「二代目から変態化したんだよね……もきゅもきゅもきゅ」(蒸しパンを幸せそうにほおばりながら)


(おしまい)





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あきゅろす。
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