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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2008年・風都その29 『Vの蒼穹/残夜幻想』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2008年・風都その29 『Vの蒼穹/残夜幻想』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい……本当に、全部の選択肢をすり潰して、わたしを殺すつもりだ!

そうだ、間違いない。こんな馬鹿げた力を受けたらどうなるか……これを防ぐなら……。


(もう、一つしかない)


そうだ。わたしも同じ魔法を使えばいい。

たとえ言葉が奪われても、意識で……ワードは捉えられた。風都と、希望の魔法。


どっちかだけでも……いや、連続発動できれば……! そうすれば。


(……)


そう……すれば……。


(…………)


そこで気づく。間抜けと言うしかないくらいに……気づいて、突きつけられる。


(そんなこと……)


そう、もっと早くに気づくべきだった。


(できる、わけがない)


この星の一つ一つは……あのとき変換した恐怖の魔法と同じだ。

それを束ねた輝きは、恭文くんが信じたからできることだ。

残酷で、汚い世界でも、自分というカードを切り続けるって決めたから。そんな世界でも、奇麗なものがあるって信じられるから。信じたいって決めたから。


もちろんお父さんや鳴海荘吉みたいな、汚くて身勝手な大人達に折り合うつもりもない。逆らい続けて、それは間違いだと叩き続ける。

キラキラしたものを守るために……暴力を振るうことになっても、それを当然にしない。それは罪なんだって突きつけると決めたから。


それで……絶対に……“お姉さん”が笑って暮らせる街を、守りたいから。


(……街の魔法は……希望の魔法は、恭文くんの魔法だ)


わたしは信じられなかった。

汚い大人達と戦おうともしなかった。

それが罪だとしても、自分のやりたいことと……ちゃんと向き合おうとしなかった。だから死んで逃げようとしたけど、それすらできなくて腐って……諦めて……。


なにより、この街の人達を傷つけた。わたし達となんの関係もないはずだった人も巻き込んで、壊した。

それを当然にした。鳴海荘吉の関係者だからと……巻き込んだのはアイツだからと……アイツが弱くて情けないからこうなったのだと、そう言い続けて。


だったら同じウィザードでも、わたしには……。


(わたしには絶対使えない……!)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


集まる力……想いを束ね、叩き、打ち上げ、折り上げ、そしてまた叩く。

そうして力の強大さに甘えず、丹念にひと折りひと折り重ねていく。

刀は鉄を叩き、折り上げ、幾重にも層を作る。ひと折りすれば二層。それをもうひと折りすれば四層。そうして三万以上の層を作る。


僕が今打ち上げているのは異能。鉄じゃあない。でも基本は同じ。

どこまでもどこまでも……理想に描いたものを追いかける。


(あぁ……そうなんだよね……)


僕の戦いは、自分が最強になることじゃあないんだ。

強くなってみんなに認められて、受けいられる……そのために戦うことじゃない。

いつだって奇麗なものを追い求めて、ありったけでそんななにかを心の中から出していく。


(自分が思う最強を……その場その場で必要な“刃”を打ち上げること)


限界を超えるとか、他人に認められるかどうかなどどうだっていい。


(僕という存在……その心象に内包されている数多の“形”。それを描き、取り出し、誰よりもその力を引き出し振るう)


どこまで行っても、僕の戦いは……僕の魔法は。

そんな自分との戦い。たったそれだけで収まることだった。


(それが僕の戦い――)


だから――。


(僕だけの魔法だ!)


まずはこの刃で、目の前の邪魔なもの全部……斬り伏せようか!


【「――宿業両断!」】


集めに集めた膨大な力……その全てを用いて打ち上げた刃。


【「スターライト!」】


それを一歩踏み込み、蜻蛉の構えで唐竹一閃。


【「ブレェェドォォォォォォォォォォォォ!」】


――――その斬撃は、苺花ちゃんを……刻まれた宿業を、世界の呪いすら両断する。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


その刃は……園咲邸の一角すら吹き飛ばす一撃。というか、邸宅と敷地そのものが両断された。


「……なんなの、あの力は……!」

「街の希望……その全てをかき集めたとなれば、必然だね」


琉兵衛さんはそう告げる。告げて……振り下ろされて消える刃を……変身を強制解除され、ふらつく恭文くんを見やる。


「だが、その代償はあまりに大きい……」


……それで私も気づいた。

恭文くんの体は全身傷だらけで、そこから血が溢れるように流れていた。

分かる……分かるの。服を着ていても分かるの。だって、その服そのものが……どんどん赤に染まっていて……!


頭も……髪や猫耳も赤に染まり、眼を開いているかどうかも分からない。

しかも、その赤も鮮烈だった。だって髪や猫耳、尻尾が、白髪になっているの。

白を染める赤は、服よりもずっとその痛みを、その深さを伝えてくれる。


恭文くんは立っているのがやっと……やっと、なのかな。

もしかしたら、もう……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


刃を振り下ろし、変身を強制解除されながら……きっちりと見て取る。

爆発の中、倒れていく苺花ちゃん……そこからはじき出されて、粉々に砕けるガイアドライバーと……ウィザードメモリ。

爆発はすぐに消え去り、服がぼろぼろになった苺花ちゃんが静かに倒れる。


「ありがと……それで、おやすみ」


砕けたメモリに……僕達を改めて繋げて、希望を見せてくれた記憶にそう告げる。


「……あお、ひめ……」

“いるよ。君の中に……私、いるから”

「そっかぁ……ちゃんと、手が届いた」


体も、鼓動も……張り裂けんばかりの痛みも……生きている感覚をめいっぱいに突きつけられながら、軋む身体を引きずって……。


「なら、あとは……」


苺花ちゃんへ近づく……でも、一歩踏み出すたびに、今まで感じたことがないような痛みが走り続ける。

くそ……短期決戦は承知していたけど、やっぱキツい。身体ががたがただし、大人になるまで変身は…………!


「がはあぁ……!」


口から血を吐き出し……ふらつき、それでも踏ん張る。赤い血が流れることに感謝するのなんて、ほんと……初めてだ……。


“恭文君……駄目だよ! このまま”

「……なにを止まっているんじゃ!」


でもそこで……一瞬それでもと緩みそうになった気持ちが、ヘイハチ先生の一喝で砕かれる。

それで……ギャラリーとなって見ていたみんなを見やると、先生は厳しくも、励ますような視線を送っていて。


「お前しかいないんじゃよ! この世界の誰も、彼女やお前さんが欲しかった“今”を掴めなかった! その道が分からなかった!
じゃから最後のカードを捲るのも……ずっと終わらなかった夜を終わらせられるのも! お前さんしかいない!」

「…………」

「じゃから歩け! 血反吐を吐きながら……体が砕けるような痛みも受け入れながら、全力で!」

「せん……せい……」

「これは……これこそが! お前さんが掴んだ未来じゃろうが!」

「………………当たり……前、でしょ……!」


だから、もう止まれない……そこまで言われたら、止まれない……。


“恭文君……”

「劉さん……手錠……」


躓いて転げる。その衝撃でまた痛みが走り、口から血が漏れる。


「投げて、ください……。取りに行く余裕、ないから……」

「……今度からは、最初に渡しておくぞ!」


でも……それでも立ち上がって……目に血が入って、視界が真っ赤に染まっても、進み続ける。


「君はもう、立派に忍者候補生……我々PSAの仲間だからな!」

「ありがとう、ございます……!」


劉さんが脇に……見事に投げてくれた手錠を拾い上げ、一歩ずつ進む。


「なんだ……僕、まだやれるじゃないのさ……」


――生きていてほしかった。

なにより僕が生きたいって思った。


「まだ、戦えるじゃないのさ――!」


心が折れるのは、暴力に晒されたときじゃない。

晒された暴力を、その痛みを、その叫びを無視されたときだ。

無視した方が都合もいい。無視した方が楽。みんな無視しているから……そんな濁流に飲まれて、何も考えない方が楽だから。


でもそんなの、違う。僕が描いた未来じゃない。僕が作りたいものじゃない。だから逆らい続ける。

そうしたら、気づけるかもしれないから。濁流に消されそうな悲鳴を……受け止められるかもしれないから。


(あぁ、そうか……)


アマレロさんが言ったこと、ようやく分かった。愛する……許すって、どういうことか分からなかったけど。

こうして一歩行くことを……そうして道を形作る何かがあることを、信じて、受け入れるってことなんだ。


だったら、大丈夫。僕は僕を許せる。

止まらなくていい。逆らい続けていいんだって、許して踏み出す。


≪恭文さん……分かりました! ルビーちゃんの方で治療とも思っていましたけど、今回はやめます! 最後までやりましょう!≫

「ありがと……!」

≪……ほんと、馬鹿ですねぇ……≫


歩く。止まらない。

僕はまだ、そうして選び取った未来が……その色がなにか、確かめていない。怖いけど、それを確かめなきゃ前に進めない。


いつか燃え尽きたとき……後悔もいっぱいあったけど、それでも走りきったって……そう笑って死ねるように……そのためにも、今は!


「苺花……ちゃん……!」


必死に苺花ちゃんの隣りに……半径三十メートル近いクレーターを滑り……滑り落ちて転がる。

土にまみれても、その痛みに負けず……また立ち上がって、歩き出して…………。


「……本当に、魔法……なんだね……」


でも……その中心にいた苺花ちゃんは、フラつきながらも……一人で……地面に両手を当てながら起き上がり、悔しげに笑う。


「わたしも、恭文くんも助けちゃうんだもの」

「苺花……ちゃん……」

「それに、メモリも……その子達も…………」


……苺花ちゃんの視線……その先にいるみんなを見やる。


「「……!」」」


ショウタロスも、シオンも、ヒカリも……笑ってそこにいた。


≪≪!≫≫


ドライバーから離れたメビウスメモリも、駆け寄ってくれたファングメモリも、そこにいて……。


「……わたしも、諦めたくないなぁ」

「……」

「いつかわたしも……誰かを助けられる自分に、なりたいなぁ……」

「だったら……まずは、裁きを受けてもらうから……」

「あはははは、やっぱ厳しいなぁ……!」


そうしてもう一歩踏み出し、苺花ちゃんの脇に寄って……。


「美澄苺花……田村明衣子さんへの誘拐及び婦女暴行の教唆。
違法実験への協力。
大規模テロへの関与。
諸々の容疑で……おのれを、逮捕する」


その両手に……細い腕に、しっかりと手錠をかける。苺花ちゃんはそれを粛々と、受け入れてくれて。


「……やったな、ヤスフミ」

「えぇ。完全勝利です」

「私達の腐れ縁も続くしなぁ」

「うん……」


そうして……両膝を突いて、ぼろぼろな中……笑って、空を見上げちゃう。


「忍者としての……最初で最後かもしれない仕事。ちゃんと、やり通せたんだよね」

「これ以上にないくらいだ」


そうだ、これも……勇気を出せたおかげだ。普通に合わせるとか、障害に負けないとかじゃない。

僕という色を受け止め、使いこなす勇気……街の可能性を信じる勇気。

だから……そんな勇気もきっと込められているみんなも抱きしめ、苺花ちゃんと二人で泣いて……笑っちゃう。


すっごく痛くて……もう立ち上がれないけど……笑っちゃうよ……!


“これなら、大丈夫だね”


うん、大丈夫だよ。蒼姫……だから。


“私が眠っても”


え…………。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


安心した。すっごく安心した。

君だけじゃない。苺花ちゃんだけじゃない。ちゃんと支えてくれる人達がいる。


だったら大丈夫。駄目そうなら、また……って感じだし?


「待って、蒼姫! そんなの駄目! だって」

「大丈夫。記憶の中には戻らないから」

「え」


ぼろぼろなのに、普通に意識の世界へ飛び込んでくるんだからなぁ。だから……大丈夫だよと笑ってあげる。


「君が付けてくれた名前で、この世界を一杯歩いてみたいんだし。うん、このままでは終われない。
……でも、今のままだと綱渡りが過ぎる。どこかでバランスを取らなきゃいけない」

「だったら、それも二人で」

「だから力を貸してほしいんだ」


今にも泣きそうな……無茶なことをしたのかと震えるこの子の頬を撫でて、大丈夫だと笑ってあげる。


「私は恭文君の中で眠る。そうして……私という存在をこの星に刻みつけるの」

「え……」

「私は魔導師の記憶。でもそれだけじゃない“私”を刻み、その力でいつか……自分の足で、君の隣に立つの」


それで、おでこをコツンと合わせて……えへへ。なんだか、添い寝したときを思い出しちゃうなぁ。


「多分、恭文君が大人になるくらいまで、時間はかかっちゃうけどさ?
でも……ここからまた新しく物語を刻み込んでいけば、きっと」

「蒼姫……」

「ずっと見ているから。
君が頑張って歩いているときも、みんなと笑い会っているときも……泣きそうなときも、ずっと一緒。
それでまぁ、ときどきでも……出てこられるようなら、出てきて……直接お話もして……というか、したいなぁ」

「……添い寝も、していい?」

「うん」

「いっぱい、オパーイも触っていい?」

「いいよ」


やっぱりそこ拘っちゃうのかと、また笑っちゃう。だから……思いっきり、ぎゅーってしてあげる。


「私、恭文君のせいで……“自分が欲しい”って思っちゃたんだから。それくらい受け止めてくれなきゃ困る」

「ん……!」

「でも、ありがとう。
……そんな君に出会わなかったら私、変わりたいって……そう思って踏み出せなかった……!」


あれ、おかしいなぁ。笑っているのに、涙が……なんか、人間みたいだ。それはそれで嬉しいんだけど。


「……おやすみ、蒼姫」

「ん、おやすみ」


でも、いいか。恭文君も泣いているし。だからそのまま、もう一度強く抱き締め合って……。


「それでこれから……よろしくね……♪」

「うん――!」


ゆっくり、恭文君の中で眠っていく。

私という存在を、この星に刻んでいくために。私なりの逆らい方で、未来を掴むために。

もう離れない。離れようがない。これからなにがあっても一緒にいる。


……それでまぁ……もうちょっとクレイジーなのが収まったら、お嫁さんって言うのも……考えないことは、ないかな?


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……ガイアスポットも潰したか。どこまでも容赦がないねぇ」


これで本当の意味で終わり。ミュージアムは……園咲琉兵衛さんの計画は、ガイアメモリという悪魔は、これ以上……悪い形では生まれることがなくなった。

それに安堵して、自然と……止まりかけていた呼吸を整える。私がそうしている間に、大人達は冷静に動き始めていたのに。


「二人は病院ね。控えの方々が呼んでくれるかしら」

「既に呼んでいますのでご安心を」

「ボク達は無粋な輩が出ないよう、現場保持だな。……獅子路様も悪いが頼む」

「任せとけぇ」


そう言って獅子路様がトタトタと……劉さんもそれについていく形で、動けなくなった二人に駆け寄っていく。

私は……うぅ、言っても治療も何もできないからなぁ! さすがに見ているだけは迷惑かも!


「だがまぁ……小さな勝利だ」


すると、そんな背中を見送りながら、ウェイバーさんがぽつりと呟いて。


「小さいんでしょうか……」

「お前達の人生という旅路の中では、ほんの一瞬さ。
……だからこそ偉大だし、伝えるべきこともあるけどな」

「……はい」


そうだね。ヘイハチさんも言っていたことだ。これで終わりじゃない……私達の未来は、もっと先に続いていって。

それで私も、大人組はもう安心という様子で……そこで若菜という人が崩れ落ちる。


「苺花……そう……そうなのね……」

「若菜……」

「いいの、お父様。
私も……苺花と本当の意味で仲良しになるなら、頑張らなきゃいけないことがあるもの」

「……そうだね。彼らは約束を果たし、そして奇跡を起こした」


……恭文くんは……蒼姫ちゃんは魔法を見せた。


「本当の意味で我々人間とこの星が理解し合い、共存していける……そんな救いの可能性を見せてくれたんだ」

「えぇ……!」

「となれば、我々も覚悟を決めなくては」


ミュージアムの人にも、苺花ちゃんにも、鳴海さんにも使えない魔法を……すれ違うだけの誰かも救える、優しい記憶の魔法を。


「見事だよ……魔導師!

(御影先生、見ていますか?)

「君達は誇っていい! 君達が……君達だけが! 我々の理想を紐解き、砕いたのだ!」


私も知っている……あの優しい面影を思い出して、つい呟いていた。


「ならば我々も信じようじゃないか!」

(やっぱり恭文くんは、魔法使いでした……!)

「この街と、星の未来を――!」


もうどうにも言えないくらい嬉しくて……なにかが大きく変わった感じがして、瞳に浮かぶ涙を払い、私も笑う。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――すぐに控えていたアリアさんとロッテさん、知佳さん達がやってきて、二人を手当。

特に知佳さんが恭文くん達の身体を、シュラウドさんともどもよく見てくれて……ヒーリングも使えるそうなの。だから凄く手際よく、真剣で……かっこいいなぁって……。


「街そのものを味方に付けるとは、よく考えたというか、無茶というか……知佳ちゃん、どうかな」

「恭文くんはすぐに運ばないと危ないですね……。
シュラウドさんはどうでしょう。メモリの専門科としては」

「そちらも大丈夫。彼女の方は中毒症状も見られるけど、これならすぐ回復する。
ただまぁ、坊やはほんと……しばらくは集中治療ね」


……知佳さんに見ほれている場合じゃなかった。恭文くん……やっぱりあっちこっちぼろぼろなの。ダメージとしては苺花ちゃんよりひどい。


「そうですね……あっちこっちの筋肉が断裂しているし、骨も数か所ヒビが入っていたし、砕けたところも数カ所。
内臓損傷による内出血と、裂傷による外出血はもっと……!」


で、その瞬間知佳さんは鬼の形相となり、ヘイハチさんと劉さんを睨み付け始めて……!


「……これでよく一人で逮捕させようとしましたね! あなた達!」

「そ、そこはケジメ的な」

「それでもですよ! 反省してください! 大人として!」

「そうね! 特におじいさんはAVの件があるもの! 私達と同じく捕まえてもらった方がいいんじゃないかしら!」

「すみませんでしたぁ!」

「いや、それについては……本当に面目ない」


迫力あるなぁ! ヘイハチさん、土下座しちゃったよ! でもそれは確かに危なかったかも! 私もちゃんとしないと!


「……だが」

「はい!?」

「いえ、その件については重々受け止める覚悟なので……!
ただその辺り、力の集束だけが原因なのかと」

「……メビウスに変身した負担ですよ……!」

「坊やと蒼姫の『なりたい自分』……今の二人がそれを受け止めることそのものが無茶苦茶というわけね」


つまり、大きなデメリットを持つ究極変身……仮面ライダー剣のキングフォームみたい。


「そのダメージは坊やだけじゃないわ。蒼姫も来人のように実体化する余力を失い、坊やの中に眠ってしまったもの」

≪それもガルドスさん達の協力で、一時的にもらったものでしたからねー。むしろ最後まで持ったことを褒めるべきです≫

「つまり、今後メビウスへの変身は」

≪蒼姫さんが自己を確立しない限りは無理ですよー。もちろん恭文さんの成長も必須です≫

「当然ウィザードへの変身も制限が付く……か。いや、これは納得していたことだが」

「……劉さん?」


そこで劉さんが、妙に重たい表情をし出して。


「気にしなくていいよ。会長達にも、改めて注意しておこうと話すだけだからね」

「はぁ……」


なんだろう。それだけじゃないような……でも、ツッコめる要素がなくて、少しもやもやしてしまう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


蒼凪君のこれからには、一つ懸念事項がある。まぁ当人達には話している、身辺保護の重要性絡みなんだが。

まずここまでの流れで明かされた通り、そもそも彼が巻き込まれた実験は、医療関係者への内政干渉……それが可能とするだけの権威を利用した上で行われている。

つまり、その選抜で当たりとなった彼のデータは……ここまで引き金となった彼の状況は、その権威を振るった連中に筒抜けとなっている可能性が高い。


それが財団Xなのではと思うだろうが、それ以外にもいる可能性がある。そういう情報そのものが金になるというのは、前例もあるからな。

そして情けないことだが、我々の手だけではその流れ全てを止めることはできない。どう足掻いても不可能なんだ。


(……全世界規模の情報統制能力でもない限りは、だからなぁ)


つまりその情報を手にし、なんらかの利益になると踏んだ裏界隈から、彼は狙われ続けるんだ。その周囲も含めて。

それに対してきっちり保護の手を伸ばすというのも話した通りだが、その際一番有効なのは……まぁ身も蓋もないが、彼に自衛能力があることだ。

もちろん彼は子どもで、メモリの使用そのものがイレギュラー。いくらなんでも今ドライバーやメモリを常備させることは避けたい。だが……それゆえに相手はこう考える。


『今なら王様だろうとなんだろうと、結局ただの子どもだから好きなようにできる』……とな。

私が怖いのはそこなんだ。そういう“絶対的に拭えない隙”を、これから数年の間……彼は抱え続けることになる。

そして鳴海荘吉や左翔太郎のように、なにかあったら守ってやればいいなどと言えるほど、私は厚顔無恥ではない。


彼にも協力してもらわなくてはいけない。今よりももっと、強く……周囲も含めて自分を守れる程度には。

そう考えると、なかなかに茨の道だと……我ながら無茶だったのかと弱気にもなってしまうが。


「だったら、楽しみだなぁ」


蒼凪君はぼろぼろなのにもかかわらず、笑ってそう呟いた。


「記憶を読み取って、壊れたものも治して……それは、リーゼさん達が教えてくれた“フルバックとしての僕”でもあるから」

「やすっち……」

「メビウスは、僕と蒼姫のキャラなり……『なりたい自分』や未来への可能性でもあるんだ。
……変身ができなくても、少しずつでもそこに近づけるよう、いっぱい修行しないと」

「ん、そうだね。未来を変える戦いは、やっぱりこれからだ」

「そのためにも、メイドとしてまたたくさんご奉仕させていただきますね? ご主人様」

「あの、メイドはさすがに……さすがにー!」

「……」


……弱気になった自分を、つい恥じてしまう。

責任を取るし、彼を信じると決めた自分自身すら、危うく裏切ってしまうところだった。

彼はその覚悟を持って、一歩踏み出したんだ。なら……私だって一生付き合う覚悟を決めるしかない。


それくらいのことはやってみせるさ。これでも一応、会長にも認められたPSAのホープだからな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「まぁいいじゃないか。当人達はOKしているんだし、メイドくらいはいても」

「ウェイバー、待って……まずお給金を払えない。あと社会保障もちゃんとして」

「全力で雇う気構えだったのか!」


恭文君がまた突っ走って−! いや、それもなしで雇ったらこう……愛人みたいになっちゃうけど! いいことなんだけど、今心配することじゃあない!


「とにかく……気分はどうだ」

「ほんと痛感したよ。やっぱりたった一人のヒーローが堪え忍んで、街や世界を救うなんて……あっちゃいけない」

「……やり方は違えど、それは鳴海荘吉が望んでいた結果でもあるからな。
だがお前はそうするしかなかった自分を変えた……変身した。“ミュージアムが望んだ完成形の改造人間”になることでな」

「ん……」

「いや……むしろそれを超えた存在かもしれないな。いずれにせよ、お前は変身したんだ」

「……やっぱ最高の気分だ!」

「それだけ言えるなら、これからも大丈夫だな」


恭文くんとウェイバーさんは、通じ合うように……そんな話をする。


「お前には責任がある。ソウキチ・ナルミやヒダリ……そしてミュージアムの願いを砕いた責任だ。
ここから先の世界は、お前がその上で作った未来。お前にはその選択を背負って進む」

「ん……」

「その中にはきっと、ミュージアムに与していれば……ナルミ達に折れていれば、救えたものとの出会いもある。
この小さな街で起こった小さな事件で確かに変えたことを、お前は背負い続ける。……決して軽くはないぞ」

「それでも、叫んで、逆らうって決めたから」

「見たい景色があるからか」

「まだ、これはその第一歩だもの」


その意味は、私には分からないところもある。

だけど……。


(…………でも、重さか……)


私達は六歳の子どもで、やっぱり限界はあって……手を借りるとしてもそれは常に付きまとって。だから恭文くんもあの魔法で……力を借りるための限界突破で、ここまでのダメージを負った。

知佳さんが断言していたけど、苺花ちゃんより恭文くんの方が重傷なの。それこそ年単位の療養期間が必要なくらい。


(だけど、背負った……ちゃんと助けてくれた)


魔法を真似られて相殺とかされても、結局苺花ちゃんには届かなかった。だから恭文くんにしか使えなくて、一番強くなれる魔法……それも、大事な鍵(キーワード)の一つだったんだ。

苺花ちゃんは逃げることも、防ぐこともできない……そんな魔法を叩きつけなくちゃいけなかった。それが風都……この街そのものの力。それを巻き込むくらいの、極限の希望。


(お姉さんに……すれ違う偶然をくれた街に助けられた、恭文くんだからこその魔法が)


きっと苺花ちゃんのことだけじゃない。ミュージアムという夢も砕くために……あの星の風は吹き荒れたんだ。


「じゃあ、もうすぐ救急車に載せるから……絶対動いちゃ駄目だよ? 後のことは私達がちゃんとするし」

「すみません、知佳さん……っと、待ってください」

「うん?」

「シュラウドさん、これ……」


そこで恭文くんが差し出してきたのは、ドライバーとメモリだった。ぼろぼろの……傷だらけの両手で、それらは握られていた。


「メビウス、おのれもこっちだ」

≪!≫

「一緒に頑張ったから、ちゃんと見てもらわないとだよ? 僕はファングもいるから大丈夫」

≪!≫

≪〜〜〜〜〜!≫

「よしよし……うん、またね」


あの……その蛇のメモリとはいつそんなに仲良くなったの!? というか感情豊かすぎないかなぁ! すっごく甘えてすりすりしているんだけど!


「あなたが……」


シュラウドさんもちょっとその様子に引きながらも、手を伸ばしかける。


「いえ」


……でも、その前に一つ訂正。


「“あなた達”がその運命を受け止め、十全に使いこなせるようになるまで……預かっておくわ」

「……はい」

≪…………≫

「坊やの言う通りになさい」

≪!≫


シュラウドさんはドライバーとウィザードメモリ、更に飛び込んで来たメビウスメモリも預かってくれて……恭文くんは安心した様子で目を閉じる。


≪とすると、私ももうすぐコンビ解消ですかー。未来永劫一緒にいてもいいんですけどねー≫

「それは駄目。ちゃんと遠坂家まで送らないと」

≪ブレませんねー。……でも、私は恭文さんのそういうところ、すっごくいいと思います♪≫


そんな恭文くんに……寄り添うように、ちょこんと座って。


「……恭文くんの言う通りだったね」

「ふーちゃん?」

「ハッピーエンドも、万が一のバッドも、戦った先にしかない。……私も、戦わなきゃだね」

「え……いや、ふーちゃんは駄目だよ。メモリとか手を出されてもまた大変だし」

「そうじゃなくてー!」


うぅ……やっぱり私、幼なじみってところで止まっているんだ! でもいいよ……次があるから! 次を頑張るから!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


もう指一本動かせない。担架に乗せられてはいるけど、ここからは……どうなるんだろう。よく分からないや。

でも、ひとまず分かるのは……優しくしてくれた人達と、お別れするということで。


「苺花…………」

「おじいさん……ごめんなさい。約束、守れなくて……」

「それはこちらの台詞だよ。それに……むしろ感謝もしている」

「えぇ、そうよ……苺花」


おじいさんは……若菜さんは、また私の頭を撫でてくれる。ミックも……ちょこんと脇に乗って、頬をぺろぺろとしてくれて。


「というか、あんな魔法を見せられたら……さすがにって感じだもの! 罪は償って、私も逆らい続けてやるし! 今度は……もっと違う形で、私なりにね」

「私も、長い勤めにはなるだろうが……改めて考えてみるよ。恐怖すら輝きにした上で成す、私なりのガイアインパクトを」

「おいおい……またメモリとか使われるのはごめんじゃぞ?」

「それは私も同じなので、ご安心を。
……だから、ここでお別れになるが……なに、きっと道は交わるさ」

「おじいさん……」

「私ももう一度この街を……星の可能性を信じられたらと、そう思えたしね」

「……はい」


そう、わたし達は街に助けられた。恭文くんが助けられたものに、助けられた。

世界は残酷で、汚くて、やっぱり悪い人も多いけど……でも……それだけじゃない。

そういう悪いなにかと戦う力もちゃんとあるんだって、それを束ねていけば……奇蹟だって起こせるんだって……そう示されて。


……きっとこの記憶も永遠だ。あの……地球の泉……その奥で満たされていた輝きみたいに。


だから、わたしももう一度……恭文くんと交わした約束を果たせるように、少しずつ……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


あの最終決戦から三日後――。

僕は全身包帯だらけで、豊島区……うちの近所にある大学病院で、ベッドのお世話になっていた。一人でおトイレにも行けない。

あれからもう凄い勢いで風都から移送されて、緊急手術を受けて、目が覚めて……なんとか一命を取り留めたらしい。


というか、この状態だと……うん、そうなんだよ。こんな状態だと……ねぇ……!?


「さらば電王……ゆかなさんが出る、テイルズフェス……」

「やすっち、諦めようか」

「それを見るために、頑張ったのに……!」

「分かるんだけどさぁ!」

「ああもう、そんなに泣かないで。ほら、りんごだよ」

「あ、ありがとうございます……あむ」


リーゼさん達にも看病されて、僕はベッドとお友達状態を続けていた。魔法や魔術、天眼、ザラキエルも一切使えなくなっているので、もう助けられっぱなしです。


「でも無茶は禁物だよ……。
変身の影響で、一時的にでもリンカーコアと魔術回路は休眠状態だし」

「それに伴ってザラキエル……それ由来の天眼もだね。その状態でほいほい出歩いたら、喧嘩一つできやしないって」

「うぅ……!」

≪やっぱりメビウスへの変身は禁呪入りですね。
……常用できれば、これからの助けになっていたんでしょうけど≫

「それもよくはありませんけどね……。
お兄様と蒼姫さんは、あれを二人の可能性と定めたわけですし……しゃくしゃく」

「「しゃくしゃく……」」


シオン達も一緒に林檎を食べて、のんびり穏やかな時間が過ぎる。……ほんと、夢みたいだよ。


「……ほんなら、もっと強くなるしかなかろうて」


するとそこで、ぽんっと僕の脇に出てきたのは……獅子路様だった。ふさふさ毛並みが窓から差し込む光に照らされ、後光のようなものを纏っていて。


「獅子路様?」

「ボン……傷が落ち着いたら、戦神谷に呼ぶからのう。そこで修行じゃ」

「戦神谷……獅子路様の仲間がいるところだよね」

「そこでなら、仙人モード……三尾への変身も修行できるからのう」

「「「仙人!?」」」

「お前さんならNARUTOって言えば分かるじゃろ。あれに描かれとるやつじゃ」

「……獅子路のばあちゃんよぉ。さすがに説明雑だろ……!」

「しゃあないじゃろ。概要そのままなんじゃから」


え、そのままなの!? いや、僕も一般的な少年として、NARUTOには憧れているけど……そのままなの!? あれが!?


「妖怪仙人三尾が扱う神通力。その根源は自然エネルギーじゃよ。
ちょうどお前さん方魔導師が……リンカーコアじゃったか? それで自然エネルギーの一部を活用するみたいにのう」

「魔力素のことかな。つまり……やすっちの魔法資質も、そのご先祖様由来と」

「じゃからザラキエルもああいう性質のもんになった。ボンは現に今なお、無意識にその自然エネルギーを集めて糧としとる。そうして不完全ながらでも妖怪化できるんじゃよ」

≪それが猫ちゃんモードの正体ですか。つまり、そこから更に段階を進めて……三尾としての能力を制御下に置こうと≫

「鳴海荘吉……あのアホがボンの憎悪を煽ってくれたのもあるからのう。
論理と経験ではなく感情でその一線を越えれば、本当にボンは人間に戻ることすらできなくなるかもしれん」

「………………」

「危険は相応にある。じゃから少しずつ、数年単位になるから……かなり焦れったい修行にはなると思う。
じゃが他にもいろいろ教えたいこともあるし……えぇ経験にはなるじゃろうて。やってみるか?」

「うん、やりたい……お願いします!」


即答していた。というか、まだ軋む体で頭も下げ……いたたたた……!


「これこれ、無理をするでない」

「やすっちはまた……でもま、いいか。なんか楽しそうだしー」

「猫の使い魔的にも引かれる要素はあるしね。アタシ達も付いていこうかなぁ」

「好きにせい。まぁでも、今は体を治すこと……そして魔導師として一本軸を作るところからじゃな」

「あ、そこはこっち優先でいいんだ」

「不器用な子じゃし、詰め込んでも身につかんって。
なのでじっくり休んで……元気になったらちょっとずつ、じゃよ?」

「うん!」


こうして、仙人の修行も頑張ると決定。でも仙人モード……妖怪の僕かぁ。

……それも可能性だって考えたら、やっぱりわくわくしちゃうなぁ。

だから、うん……きっと近づいていけるよね。また蒼姫と一緒に歩ける未来に、一歩ずつでもさ。


今はちょっと寂しいけど、でも……大丈夫。

そんな未来に近づいていけるよう、僕も頑張るから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


向こうの状況も落ち着いたようで何より。しばらくはPSAと連携しての状況観察も続くけど……誰も彼も安心している。

それでまぁ、いろんな立役者になったヘイハチさんにはこちらへ来てもらって、軽いお礼を……まぁ本局の食堂でランチを奢る程度なんだけど。


「うん……久々に来たが、えぇ味出すようになったのう」

「それはなによりです。で、その後は変わりなく」

「……例の知佳ちゃんにはめっちゃ説教されたがのう……!」

「当然なので全部受け入れてください。というか、子どもにAVの所在を悟られる時点でアウトです」

「ですよねー!」


向かい側に座るこの人は、本当に変わらないと思う。凄いんだけどちょいちょいアレというか。まぁそのしっぺ返しも相応に受けているので、これ以上何も言わないけど。


「で、恭文君についてはそのまま弟子として」

「御影からの頼みもあるしのう。とはいえワシもまた旅に出るし、基本は身近な師匠達にお任せじゃ」

「PSAの方々や……例の、スクラッチですか」

「そちらも定期的に通うのでと頼んでおる。例の紫激気……その扱いも最低限は覚えんといかんしのう。
で、あとはミカゲがいろいろ残した“アイテム”絡みで……というか、そっちの出自を調べに出る感じじゃ」

「いろいろと不思議なものがあったそうですしね。まぁそれなら止めませんけど……って、アルトアイゼンは」


それにしてはあの口数の多い子がいないのよね。首元にもかけていないし……するとヘイハチさんは、軽く肩を竦めて。


「あぁ、振られたわ」

「は……!?」

「目を離すと危なっかしいツバメができてのう。なのでクールに去ってきた」


え、待って。デバイスよね? それがツバメって…………あ。


「……それ、そのツバメには」

「アイツが自分で話すっちゅうから……」

「びっくりしますよ? というか例のマジカルルビーだって平然と変えそうとする子なのに」

「うん、じゃから海鳴で待ってることにする」

「それならいいですけど……」


だったらそれは当人達にお任せするとして……でも、そうか。

事件も終わって、いろいろな処理も片付きつつあって……それで。


「でも、これからですね」

「うむ。……やっぱりのう……あれだけ大騒ぎしても、それはアイツにとっても、ワシらにとっても、人生の一角……ひとときのことにすぎないんじゃよ」

「えぇ」

「世界という枠から見れば、本当に小さな島国の、ちょっと物騒な犯罪都市で起こったドタバタじゃ。
その間も大半の人間は日常を過ごす。それぞれの日常をのう」

「だから恭文くんもまた、そんな日常を続ける」

「戦いも交えながらのう」

「……」


あの子が選んだ道は、とても困難なものだった。

いっそこっちに完全移住してというのも……提案はしているんだけど、忍者になれないものねぇ……!

ただまぁ、これから長い付き合いにはなるし、じっくりを見ていこうと思う。


これは本当にひとときの大騒ぎ。これから続く道の中で、本当にちょっとした寄り道。

それだけで……たったそれだけのことで、あの子の全てが決まるわけではないから。


そんな長い道を歩いて歩いて歩き抜いて……その果てに決まることだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


風都での一件、魔術協会や我々聖堂教会的にもなんとか折り合いを付け、片が付きつつある。

それを成した……中核という引き金になり、目的も、思想も、人生も……何もかもが違う我々を繋ぎ、勝利に導いたのが一人の少年。その事実が極めて大きくもあるが、感謝はしていた。

ウェイバー・ベルベットもその少年に伝えたことだが、我々はいたずらにこの文明社会を混乱させるつもりはない。その大前提を守れるのであれば、多少の不平不満を飲み込む度量もある。


特に現状はそうだ。亜種聖杯戦争の影響もあり、魔術の世界そのものが“絶滅”の危機を迎えてもいるのだから。

……今日はそんな現状を憂い、また一人の少年を憂い、力を貸したある人のところへ、帰還報告に訪ねていた。

その人の名は遠坂時臣。魔術の世界で名を馳せる御三家の一角であり、私にとっては魔術の師。


共に参加した亜種聖杯戦争でいろいろありはしたものの、その関係性は変わらず続いていて……。


「そうか……。無事に終わったか」

「はい。委細はPSAと警察に任せれば問題ないかと」

「では、そのガイアスポットについては」

「最後の戦闘にて、蒼凪恭文と蒼姫が破壊しています。悪用される心配はないかと。
……念のため魔術協会と聖堂教会が共同で、現地調査も行います。そちらはPSAも了承しておりますし、私も監督を」

「そちらもよろしく頼む。……しかし、マジカルルビーとそこまで融和し、その力を使いこなすとは……うん……!」

「……お気持ちは、お察しします」


我が師が打ち震えるのも当然だ。アレは一つの厄災。しかも我々の世界でもとびっきりのオーパーツ。制御そのものができないという。

現にそれを勝手に使った凛は、手ひどい対価を払うことになった。なのに、彼については意気投合した上で全開で使い倒したんだ。恐怖すら覚える気持ちは分からなくもない。


「綺礼、君から見て蒼凪恭文という少年は……そこまでの傑物なのか」

「今回、直接顔を合わせる機会には恵まれませんでした。なのでウェイバー・ベルベットから聞いた印象になりますが」

「あぁ」

「なにより彼は、マジカルルビーを便利な道具……ランプの精霊ではなく、人格を持つ対等な存在として接していたそうです。
それは立場の違う人間達にも、デバイスという次元世界の杖達にも、使い魔達にも同じです。
そこが……失礼ながら、凛が痛い目を見たときなどとは違う点だったのではないでしょうか」

「有り様が違っても、対等に……か」

「はい」


言葉にするとなんと陳腐だろう。我ながら奇麗事がすぎると吐き気すらする。

だが、それが如何に難しいかは……こういう世界で生きているからこそよく分かる。

人は見下すし、見下されるものだ。有り様が違うから。力が違うから。見かけが違うから……それだけで差を生み出し、できるだけ自分自身を高い位置に置こうとする。


それは相手が自分より強い力を持っていても同じだ。むしろそれを御しているという“勲章”欲しさに、人はそんな誤りを何度も繰り返す。

しかし彼にはそれがない。あったとしても、元々普通から外れているがゆえに、普通の人間が無意識に振るうそれより違う性質を持っている。

そう言う点が、ここまで目的も、思想も違う陣営同士を結びつけたのではないかと……まぁ、持ち上げ過ぎだとは思うがな。


「とにかく彼がこの状況を解決する引き金だったのは、確かです」

「では、会うのが楽しみになってきたな」

「お会いになられるのですか」

「そのルビーの返却……いや、帰宅について、先日連絡をもらった。
一応うちの跡取りは“そのまま持っていってくれていい”と言っていると伝えたが……変わりなかったよ」

「……」

「これからの彼にとって、その力は絶大な助けとなるはずだ。だが、その前に我々への義理と恩を通すことにしてくれた。
……私はその行いに、高貴なる者の輝きを感じた。ならば私も紳士として、相応の礼を尽くさねばならないと思っている」

「…………」


……思えばこの男もいろいろと甘いとは思う。いや、高貴な有り様ゆえの馬鹿正直さと言うべきか。

私の有り様とはまた相容れないものでもあるが、それを嗤うほど若くない。それもまた王道と、ただただ頷くだけだった。


ただ、気になることがあるとすれば。


「ですが……」

「なんだ」

「その、凛は大丈夫なのですか? 私が出立するときも、相当言われていたのですが」

「……そこが、今から頭の痛いところだ」


あぁ、我が師が頭を抱えて……そこは本当に不安なのですね。いや、私もそれは同じくなのだが。

……いずれにせよ、嵐が来ることは覚悟しなくてはいけない。きっとどこまでも平行線なのだろううから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――こんなことは間違っている。

すぐ始まった裁判で、俺は正義を訴えた。訴え続けた。折れなければ俺が勝つ……今まで通りの戦いだと。

俺のやり方で……彼女の父親が振るったやり方で、アイツらの弱さと間違い正し、救う。それが俺の定めた償いだ。


それをやらせるだけでいい……黙って見ているだけでいいと、何度も伝えた。それが正義だと。伝え続けたんだ。


「――被告:鳴海荘吉は、死刑が当然だと思っています。弁護人ですが」


だが、そんな正義は踏みにじられる。

未だ四肢が動かぬ中、俺はただ恥辱に震えるしかなかった。


「ただ被告が抱えている精神障害……認知の歪みは極めて重大であり、このまま一般社会への生活に戻した場合、被害者達への報復に走る可能性が極めて高いです」

「……」

「そのため専門病院への入院と、そこでの長期療養を義務づけるべきだと思います。
もちろん被害者達への接触も永続的に禁止する。
なので……まずは被告人の精神鑑定を要求します」


それもこれも、古美門という弁護人はわけの分からないことを言うからだ。俺がまるで異常者だと指摘してくる。


「待て……それは違う……」

「被告人、静粛に。我々が質問したときだけ発言してください」

「言ったはずだ。アイツらは俺が救わなくてはいけない。風都のことも、アイツらのことも、翔太郎に任せれば大丈夫だ」

「静粛に」

「俺達の言う通りにしろ。俺達素人が起こす……お前達が諦めてしまった、都合のいい奇跡を信じろ。それだけでいい」

「……静粛に」

「法律の話じゃあない。あのねじ曲がった子ども達は、たとえ殺してでも止めなくてはいけない。
それが俺の……親父さん達から依頼を受けた、探偵としての仕事だ」

「……それを平然と言えるあなたは、紛れもなく異常者です」


そして裁判長は……この場を預かる司法の番人は、俺を異常者だと断定した。


「そしてそんな異常者を子どもに近づけることなど許されない。……弁護人の請求を認めます」

「待て……」

「被告人の異常性は、今の発言だけでも十分に窺えます。まずはその辺りを慎重に調べて」

「待てと言っている……!」


……世界は、本当に狂ってしまったのか。


「おい、止まれ!」

「離せ……」


たった一つの……男の意地を通したいだけだった。

子ども達のために伝えるべき愛を届けたいだけだった。

ときに厳しい言葉もぶつけるだろう。拳を振るうこともあるだろう。だがそれのなにが悪い。


そこには愛があったんだ。それを受け止める義務がアイツらにはあるんだ。

その拳には、その暴言に見える言葉には、裏側に愛がある。それを察し、受け止める器量がアイツらにはない。

だから彼女の親父さんが……彼のような正しいことを言った人間が踏みつけられる。


そんなことが許されない悪だと教えず、甘やかして、一体どうする。


「離せ……俺の邪魔をするな……!」

「こら、抵抗するな!」

「この拳で今度こそ伝える――たとえ命を奪ったとしても、最後の瞬間だけでも人に戻す――!
――それが俺の償いなんだ。それだけのことを、どうして邪魔立てする」

「この、じっとしていろ!」


そして更なる手が俺に近づ、触れて……心が軋む。


「……くるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


その手を払おうとする。だが四肢は動かず……俺は芋虫のように、車いすの上でもがくしかなかった。


「ああぁああぁあア……あぁああぁあぁあぁあl! うああぁああぁああぁああぁあああ!」


脳裏によぎる……なんの抵抗もできずに、ただいたぶられ続けた時間。

俺の確信が、愛が、おぞましい暴力によって踏みにじられた時間。

だがその証拠がない。誰も俺の言うことを信じない。俺は真実を言っているのにだ。


そう……俺の声は、届かない。


「頼む、償わせてくれ……」


俺は異常者として引っ立てられ、どこかの一室に放り込まれる。

気が狂いそうなほど静かな部屋に……何度叫んでも、俺の声は届かない。

それでもベッドから離れ、ドアを叩こうとする。が、俺の体は芋虫のように這いずることしかできない。


というより、拳を作ろうとした瞬間。


「ひ……!」


震えが走り、おののくしかなかった。


「お、俺が間違っていたというのなら、もうこうするしかないんだ……! 頼む、頼む……頼む!」


正義は、どこへ消えた。

人の愛は……俺達が受け取ってきた厳しくも強いエールは、なぜ踏みにじられた。


「頼む――!」


なぜ、俺には償うことすらできないんだ。

アイツらに危険が迫るなら、俺や翔太郎が守ってやればいい。それだけのことをなぜ信じてもらえない。


「俺は、間違ってなどいない……」


俺は歪んでなんていない。


「俺が、人殺しだからか……」


本当にそれが問題なのか。


「なぜだ……」


“たったそれだけのこと”が、そんなに問題なのか……!


「俺なんかより、アイツの方が異常だ。感情一つ揺らさず人を殺せるんだぞ。
だが俺は違う。その罪の全てを背負ってきた。たとえ殺すとしても、最期の瞬間には人に戻し続けた」


そうだ、俺は間違ってなどいない。間違っているはずわけがない。


「それは妄想じゃない……真実だ。
間違っているのはアイツらだ……」


だからアイツらを正さなくてはいけないんだ。

それが……それがアイツらを救うたった一つの道だったのに、それすら力で踏みにじられた。


俺の心は、正義は、本当の愛は、奴らの権力と暴力に踏みにじられた。

それが情けなくて……奴らに洗脳され、自分が悪だと宣っていた親父さんの姿があまりに哀れで……。

俺に依頼したことを間違いとされ、奴らの言いなりにされた……坊主の親父さん達が余りに惨めで……。


「俺はただ、アイツらに踏みつけられた大人達を……俺と同じ人の親を、助けたいだけなんだ。
今アイツを殺してでも止めなければ、同じ被害者が増え続ける。ただ子どもに甘ったれるなと……そんな障害は存在しないと励ましているだけの、普通の親が悪にされる。
……そんな怪物を止めるのは、俺の役目だ。だから奴は死ななくてはいけない……俺がこの手で、殺さなくてはいけない」


――――そう叫び続ける……。


「だから、頼む……。
ドライバーを、メモリを……あの魔導師のメモリを俺に預けろ」


叫ぶことしか、もうできなかった。


「そうすれば全部なんとかしてやる。お前達が口を出す暇などもう与えない。それで全部納得しろ……!」


一人、間違っていないと声を張り続ける。


「これだけは、これだけはなにも間違ってなどいない」


殺してでも止める……そんな厳しさを含んだ愛の力で、俺は街を守ってきた。それを認めてくれと、抗い続ける。


「確かに俺は十年、何人も何人も殺してきた。
だがその分、人の心を奴らに取り戻させてきた。それが俺の戦い……俺の誇りだ。
あの異常な殺人鬼とは違う。俺の拳には、街を思う心があった。それを込めたからこそ、奴らを人に戻してきたんだ」


奴の暴力……化け物の力で、俺の正しさが、愛が踏みにじられたことは間違っていると、叫び続ける。


「お前達は、そんな……たった一人の男が持つ意地すら踏みにじって、なにが楽しいんだ……!」


ひび割れる。

今までひび割れた箇所から……更にその奥で隠していたものがあふれ出す。

俺は、たとえ殺すとしても、怪物になった奴らを人に戻してきたと思った。


その思いは……拳に込めた感情は、必ず伝わっていると思った。

だが、もしも……もしも……。


「俺は……」


…………それすら、俺の妄想だったとしたら。


「――――――あぁああぁああぁああぁあぁああぁあ――――――――!」


そうして俺はまた苛まれる。

どこかで目を背けていた可能性に、心を押し潰される。

どれだけ叫んでも、どれだけ目を背けても、それは俺にのし掛かる。


「……助けて、くれ……」


そんな俺を、誰も助けてはくれない。

俺が守り続けてきた街も……俺が守り続けてきた愛すべき風都市民も……翔太郎も。


「助けてくれ……!」


もう誰も、俺を振り返りはしないのだから。

見えるのは、俺を殴り続ける悪魔の姿。


――死ね――


俺に見えるのは、もうそれしかない。


――なんでそんな当たり前のことができない!――


そうして俺は何度も何度も殴られ続ける。その痛みが体に走り続ける。


――お前のような異常者さえこの世にいなければ! 僕達は幸せだったんだよ!――

「あぁあああぁぁああぁあああぁあああぁああぁあ――――!」

――死ね! 死んでしまえ! そのために人の五倍努力をしろ! 僕達のために我慢をしろ! そうして死んで消えてしまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!――


なぜだ。

本当に分からない。


俺が、障害のことで無知だったのが、そんなに悪いのか。

そんな羽根や耳など出さないでいればいいと叱ったことが、そんなに気に食わなかったのか。

プラモだの編み物だの、女々しい一人遊びに逃げるなと言ったことが、そこまで許せないのか。

お前が怖がらせた友達に謝って、一緒に遊んでもらえと言ったことの、なにがいけないんだ。


何度考えても分からない。俺が異常者だったとしても、俺の言ったことは正しかったはずなんだ。

ずっとそう思っていた。思っていた。思いたかった。思っていたかった。思わずにはいられなかった。


――分からないのなら何度でもこうする!――

「…………いや……もう、殺してくれ……」

――それが愛と定めたのはお前だ! だから受け止めろ!――


だが全て間違いだった。俺は異常者だから、そんなことも分からない異常者だから……ここまで否定されたんだ。


――お前が生きている限り、送り続けてやるよ! お前の周囲も含めて、お前の全てを否定し続ける! だから――

「殺してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

――殺しはしない……永遠に苦しみ続けろ!――


そんなことにも気づかない異常者だから、俺は……俺は……生きていてはいけなかったんだ――!

だったら、殺してくれ。もう殺してくれ。

こんな体で……なんの許しも得られず、生きてなどたくないんだ。


だから、殺してくれ……殺してくれ……殺してくれ……殺して……殺し……殺………………………………。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……で、この三週間の間に自殺未遂を三回も起こしたと? ほぼ全身不随だったのに」

「もう笑うしかありません。自ら完全拘束状態をデフォルトにしたんですから。
しかも鬱状態も見られるため、投薬治療も開始しています」

「散々蒼凪君や誘拐実験の被害者達に言っておきながらか」

「関係者一同心底軽蔑していますよ。
……とはいえそれで本当に自殺されても面倒なので、一線引いてもらっていますが」

「それならまだ安心だな」


PSA本部……風間会長も事後処理のほとんどを終えたので、そろそろ本業的に海外へ出ていく頃。

そんな中、いろいろな状況も変化していって……。


鳴海荘吉は初回の裁判で持論を熱弁した挙げ句、精神鑑定を受けることになった。

が、そこで自殺未遂を連発ですよ。どうやら蒼凪君が五体満足で捕まえた効果が、ようやく出てきたようで。


(とはいえ嗤うしかありませんが)


彼は散々司法を侮辱してきたんです。なのに都合のいいときだけ信じられて、認めてもらい、私刑人として堂々と戦うことすら許されると?

……へそで茶を沸かすどころの騒ぎじゃありませんよ。少なくとも蒼凪君は、そんなことだけはしませんでした。

これから伴ってくる行動制限も、それによる志望の制限も……もちろん自分が最初に暴れたことへの裁きも、全部受け入れる覚悟を示してくれた。


そんなあの子の有様を見ている司法が……我々が、“自分にとって”都合のいい奇跡を望み続けた異常者など相手にするわけがないでしょう。


「とはいえ、ようやく第一歩というところだろうね」


それを察して、会長も応接用のソファーに深く座り、困った様子で腕を組む。


「蒼凪君は御影師匠から、人殺し……誰かの可能性や未来を奪うことが、決して購い切れないものだと教えてもらった。
それは我々プロが……この国が刀を差して歩いてもよかった頃、侍と呼ばれた者達が心がけていたものと同じだ」

「えぇ」

「だが鳴海荘吉は、どこかで『対価』を見いだしてしまったんだろうね。
街を守るため、怪物を殺した。だから……と」

「現代でごくごく普通と言える精神性ならば、致し方ないかもしれません。そんな報酬もなければ目も背けられないとなれば……」

「シュラウド女史もそれを当然としたんだろう?」

「そう証言しています。だから自分が、鳴海荘吉を怪物にしたのだと……」

「そこにミュージアムのデータもあることだし、やっぱりその罪と向き合わせるところからだろうね。……蒼凪君の想定通りに」


だから骸骨男としての自警活動を始める前と、その後とでは……鳴海荘吉は別人と言えるほど変わっていたわけです。

そしてその変質が、全てを失ったことで……自分自身と向き合う時間を取ったことで、ようやく解けてきた。

当然ながら、その行いを……ただただ普通の人間である“鳴海荘吉”は、真正面から背負えるはずもないのですが。


彼は一生苦しみ続けることでしょう。それを背負う精神性すら持ち合わせることも、そのために鍛える気力すらもないのですから。

もちろんそこには、そんな自分を肯定するため、蒼凪君と美澄さんを利用し、殺そうとしたことも加えられる。

彼らにそうされるだけの理由があるから、平然と見下し傷つけ……それを詫びて許してもらうことすらもできない。


……まさに生き地獄ですよ。蒼凪君も優しさから自決を勧めたというのに、無視するからそうなるんです。


「……古美門研介氏も、この調子なら依頼は達成できると自信満々です。報酬には期待していると」

「そこはきっちりするさ。ただ……六歳の子ども相手に数千万の代金を要求するのは、余りに非常識ではないかと言っておいてくれ」

「ではどうすると」

「私が肩代わりしよう」

「いいんですか? 蒼凪君が気に病みますけど」

「これからいろいろと大変なんだ。魔術協会などなどからの報酬は、しっかり貯金するべきだよ」

「ではそのように」


とにかく、鳴海荘吉については大人の内でなんとか止めておこう。もう彼らとは関わらせない……それだけは決定しているのだから。

それで彼が許しを得られず、一生苦しむことになろうと……そんなことはどうだっていい。それは結局彼の問題であって、蒼凪君達には関係ない。

我々が大人として伝えるべきは、自分や大事な人を傷つけて平然としていた人間など……許す必要がどこにもないということだった。


「それで、劉君は予定通り」

「海鳴までは付きそうそうです。あとは仁村さん達もいるので大丈夫と」

「そうか。……きっと、長い旅になるな」

「えぇ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――そうして、あっという間に三週間が経過した。

全身傷だらけだった僕も、なんとか動けるようになり、苺花ちゃんともども退院。髪の色はまだ戻らないけど……まぁ、少しずつだね。

その間に鳴海荘吉の裁判も急速的かつ儀式的に片付き、奴も生き地獄を楽しんでくれている様子でなにより。
-

もちろん翔太郎もその結果を受けて……なので風都のターミナルで、新幹線を待ちながら、ブドウジュースをごくごくと味わう。


「……恭文くん……愉悦を楽しむのはやめようか」

「無理です」

「即答しないでほしかった!」

「だって、結局さらば電王見られなかった……。
ゆかなさんが出るテイルズフェスいけなかった……。劉さんが止めてくるから」

「それはもう許してくれ……! というか、その状態で行ったら大騒ぎなんだよ」

「そうだよ! 付き添ってどうこうって問題じゃないからね!?
……ああもうほんと……一緒に行くって決めてよかった! この調子で無茶するんだろうし!」

「ふーちゃんはヨン様ルートがあるでしょうが。逃げちゃ駄目」

「ぐふ……!」


ふーちゃんが吐血するけど気にしない。ふーちゃんはほら、道の困難さに傷ついているだけだから。なので幼なじみとして、ちゃんと支えないと。


「いやいや……だとしてももっと違う発散の仕方があるはずだよ!」

「知佳さん?」

「きょとんとしないで! その……家の近くにあるホビーショップで予約していたとか言う、おっきなプラモ(HGUC サイコガンダム)を作るとかさぁ!」

「だから手始めですって。ね、苺花ちゃん……ごくごくごくごくごく」

「わたしを見て愉悦しないでぇ! あぁあぁ……一生これなんだ! きっと一生弄られるんだ!」


なぜか頭を抱える苺花ちゃんと……知佳さん。それは気にせず、晴れ渡った秋の空を見上げる。

季節はもう十月だよ。僕が一番好きな季節だ。だって過ごしやすいし。


……で、僕達はこれから雲隠れ。知佳さんが付き添いで、学生時代を過ごしていたという……さざなみ寮にお邪魔する。

そこでまたしばらく静養しつつ、冬木の遠坂家にルビーを送って……例の性悪神父らしい言峰のおっちゃんとも顔合わせ。そっからまた修行だから、楽しみだねー!

あ、それと苺花ちゃんだけど……逮捕はあの場でしたけど、おじいさんと若菜さんがいろいろとかぶってくれたのもあって、すぐ解放されることとなった。


ただ苺花ちゃんもウィザードのハイドープなのは変わらずだし、永続的な所在確認は必要になっている。そこも含めての雲隠れなんだ。

……なおこれは温情措置でもなんでもない。苺花ちゃんは法の裁きに囚われず、自分で自分の罪と向き合い、購うことになるから。

その罪を忘れたり、軽く見てしまったら、きっと苺花ちゃんはおなじ事を繰り返す。そうして今度こそと……PSAや警察から相当厳しく叱られたらしい。


苺花ちゃんもそれを鑑みて、自分なりの償いを……その未来を探すと決めたから……うん、本当にこれからだよ。


「……これなら海鳴や冬木に行っても、変わらず楽しく過ごせそうですね」

「お前はどんな感情でそれが言えるんだよ……!」

「だがどっちも美味しいものがたくさんなんだよな! 楽しみだなぁ!」

「ヒカリも黙れぇ! つーかヤスフミ、愉悦はマジでやめろ! 趣味が悪いんだよ!」

「なんで?」

「理由なら言っただろうがぁ!」

≪うぅ、もうすぐ恭文さんともお別れなんて……また極悪非道な凜さんに虐げられるんですね! ルビーちゃん悲しい!≫


ルビー、その嘘泣きやめようか。あと凛某さんは、絶対非道じゃないと思う。おのれが問題児なのは変わらないからね?


≪でもまぁ、ルビーがいるとあなたも身辺いろいろ便利だろうに……本当にいいんですか≫

「さすがにこのままは駄目。ちゃんと遠坂さん達にもお話してからだよ」


……って、そうだ。そういえば……首元にかけっぱなしのアルトアイゼンもいた。怪我のことでついついすっ飛ばしがちだったけど。


「それはアルトアイゼンもだよ。向こうが落ち着いたら、先生のところに帰さないとだし」

≪は?≫

「いや、だからヘイハチ先生のところに」

≪帰りませんよ、私は≫

「え……!?」

≪というか、私の帰る場所はあなたの側です。もう決めました≫


……どういうことなのか、意味が分からなくて……知佳さんと苺花ちゃん、ふーちゃんと劉さんを見る。


「「「「………………」」」」


するとみんな、なぜか困った顔を返してきて。


≪……あなた、覚悟しておいた方がいいですよ? 多分嫌でもハーレムすることになりますから≫

「だからなんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


――こうして、二〇〇八年の夏は終わる。

さらば電王も劇場で見られなかったけど……。

ゆかなさんのイベントにも行けなかったけど……。


それでも、たくさんの約束と希望を手にできた時間で。

だからもっと頑張ろう。交わした約束が守られる日まで、ひたすらに全力で。


さし当たっては……今リュックに入れているHGUC サイコガンダムを作るんだ! 楽しみだなー♪


(Vの蒼穹――おしまい)




あとがき

恭文「というわけで、改訂版は無事に終わり。……メビウス、多用できないデメリットが……!」

フェイト「ま、まぁ能力が凄いことになっているし、それはね?」


(メビウス万能論はなかった)


フェイト「でもこの流れ、ゼスト・グランガイツと同じ……!」

恭文「だから六課も含めて、対処が塩だったのよ。前例だから」

フェイト「嫌な前例過ぎる!」


(だってこうした方が完全勝利に近づけて楽だから)


フェイト「実利優先すぎる!」

恭文「フェイトも見習おうか」

フェイト「見習えないよー!」

恭文「見習うんだよ……! 五〇〇冊のムック本が、危うくただの便所紙になるところだったんだから!」

フェイト「あ、はい……」


(そう、エロ甘カップルも大騒ぎでした)


恭文「というわけで、僕達は現在ルルハワ……もといハワトリアで、終わらない夏休みを満喫中……うがぁあぁあぁあぁあ!」

フェイト「ま、まぁまぁ! でもこれ、どう収拾付けるの!? 問題山積みすぎるんだけど!」

恭文「とりあえずBBは焼き払う」

フェイト「落ち着いて!」

恭文「奴がしっかりさえしていれば、おのれの同人誌だって普通に出せたんだよ? この五〇〇冊の……フルカラー料理本をね」

フェイト「……しっかりお仕置きしないとだね。うん、頑張るよ。
えっと、この場合は……私とヤスフミが主導で、コミュニケーション……あれ、BBって先輩がいるから……でもヤスフミが先輩だから……あ、大丈夫だね。
うん、だったらそれは私に任せて? 奥さんとしてすっごくリードするし」

恭文「あぁうん、そうだね。ありがとう」


(『いや、センパイも止めてください! センパイと私の先輩は違うんですよ! なんでそこ迷うんですか!』
本日のED:feat.六花/スパイラル・ラダー『残夜幻想』)


恭介「BBさん……そこは文字にしないと……」

アイリ「うん、分かりにくいと思う」

BB「それでかぁ!」

アイリ「でも本当に、どう収拾つけよう……」

優「ひとまずあのもふもふ厄神ぶっ飛ばそうか……! うちの……うちのはじめちゃん本を出すためにも!」

すみれ「完全に私情だぁ……!」

瑠依「待って。その前にやることがあるわ。……恭文さん、アバンチュールしましょう」

恭文「は……!?」

瑠依「以前のルルハワでは、渋谷(凛)さんや神崎(蘭子)さん、箱崎(星梨花)さん、前川(みく)さんとアバンチュールしていたと聞いています。
でも、ここには妻である私がいますから。恭文さんが本当にそういうことをしたいなら、私が全部受け止めます。安心してください」(ガッツポーズ)

フェイト「あ、それは私もだよ! うん、そこは任せて!」(ガッツポーズ)

恭文「どうしよう……夫婦の形態的には正しいし、ツッコみづらい……!」

すみれ「それでも止めて−! というか、夏はもっと健全に楽しむの!」

優「……それならうちとアバンチュールするか? そうしたら万事解決や」

恭文・すみれ「「解決するかぁ!」」


(おしまい)





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