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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2009年・海鳴その2 『Sと運命/Invisible Heat』



とまと生誕15周年記念小説

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2009年・海鳴その2 『Sと運命/Invisible Heat』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


前回のあらすじ――。


「――どうやら、人間の言葉が通用しない猿のようね」

「それはこっちの台詞だよ」


突発的に、凶悪犯罪者の鎮圧を頼まれました。その結果交渉決裂……もう殺し合うしかない。


「いいから」

「お前のような矮小な子どもを散らすのに、そんなことをする必要はないのよ――!」


奴が杖型デバイスをかざし、周囲に雷撃を振らせる。

ダークパープルのそれが僕を巻き込み、焼き払い…………その直前に、懐から取り出した銀色のカード数枚を投擲!


そこから蒼いフィールドが多層的に展開して、全ての雷撃をシャットアウト……その間に直進!


「雷撃対策……!?」


そう……これはマジックカード。ヒロさんサリさんと作った使い切りストレージデバイスだ。

中に魔法の術式と魔力を封入することで、それがいつでも使えるって寸法だよ。まぁ魔力や術式容量の関係もあって、なんでもーってわけにはいかないけどね。

今回はコイツが電撃魔法を得意とする……オーバーSの魔導師という情報をもらった上で、そっち方面の防御札を用意させてもらった。


(とはいえ今ので使い切ったけどねぇ!)


時間がなかった上、僕の余力も確保しないと駄目だもの! でも十分だ! アイツの懐に入りさえすれば……!


「でも、それだけではね!」


そこで全方位のバリアを奴が展開。予想通りだけど、そのまま右アイアンクロー。

指先でバリアを噛むようにしながら……瞬間バリアブレイク。

瞬間詠唱・処理能力でバリアの術式を解きほぐし、引きちぎる。


それだけで強固な障壁は、あっという間に破片へと早変わりして……。


「な……!」


すぐさま左手で鞭を振るってきた。魔力を鞭上に変質させたそれだけど、しょせんは戦闘のプロじゃあない素人技。

左手に魔力を走らせる。ただし魔法ではなく“魔術”で……。


「起動(イグニッション)」


引き金を引くイメージにより、魔術回路が起動。腕や頬に二の腕の幾何学模様を描きながら、走る魔力によって身体能力……その存在そのものが強化。

僕の手はあっさりと魔力の鞭を掴み、そのまま引き寄せ……右手で、強制的に飛び込ませた奴の腹に掌打。


「がぁあ……!」


更に腹めがけて術式発動。刻印を刻み込んでから、股間を蹴り上げる。

女性だろうと股間は急所。強打されれば相応の痛みに打ち震えるしかない。そうして下がった頭めがけて、引き戻した右掌打を打ち込む。

指を立て、打ち込んだそれは……右人差し指が奴の右目を捕らえ、抉り潰す。


「ぎゃ……」

「クレイモア」

「あぁああぁああぁあ!」


そのまま腹めがけてスフィア形成。それはほぼ零距離で魔力ベアリング弾として掃射される。

奴は吹き飛び、そのまま床を転がって……いや、踏ん張ってこっちに杖をかざし、電撃変換の速射砲を連射。

それを左右のスウェー散開ですれすれに回避。


その間に、左手でもう一枚マジックカードを投擲。それは器用に生体ポッドへくっついて……というか、くっつくように魔法で調整したんだけどね?


「はぁ……はぁあ……はあぁああ……!」


これでノックアウトできない……瞬間的に防御したんだね。フィールドの強度を強めてさ。


「鼠みたいに忍び寄って、近接戦闘でくびり殺すのが得意ってわけね……」

「だからさぁ……」

「だったら……もうその距離では戦わない」


奴はすっと生体ポッドどジュエルシードを引き連れ、浮かび上がる。僕から距離を離し、狙い撃つつもりか。


「覚悟しなさい……。今度は絶対に防げ」

「今度なんてないの4」


転送魔法発動――!

生体ポッドを引き寄せ、僕の右側へと鎮座させる。


……さっきのマジックカードが目印(マーキング)となってくれたからね。


「さぁ」

「な……!」

「ショウダウンだ」


すぐさまアルトの刃を魔力でコーティング。

いや、そのアルトを軸として、新しい刃を打ち上げる。


(僕にはやっぱり、コイツみたいな絶大な魔力はない。
強大な出力もない。
魔力だけじゃあ矛にも、盾にもなれない)


僕のオリジナル……全てを切り裂く、蒼い刃を。


(でも、その魔力を使い尽くして作ることはできる)

「やめ」


奴は僕がなにをしようとするか察し、左手をかざし瞬間的に射撃……そのモーションを取ろうとした。


(僕が想像する輝きを……ありったけのジュワーンを込めたものを!)


でも遅い。……鉄輝は打ち上がったので、瞬間的に転送魔法を詠唱・発動。

僕とプレシア・テスタロッサの位置を置換。僕達は距離をそのままに、その立ち位置を入れ替える。

さっき、掌打を打ち込むときに刻んだ術式……転移のマーキングを応用したものだ。一緒にロストロギアも飛ばしておいた。


……ゆえに、奴から放たれた射撃は全て愛娘を射貫いた。


「え……」


ポッドの装甲ごと肉体を穿ち、ひしゃげさせ、鮮血が走る。

その小さな体が血肉と共にぐしゃりと崩れ落ちるので。


「ァ……」

≪Blaze Canon≫


左手で即時チャージした砲撃スフィアを向けて。


「ファイア」


獄炎の砲弾を破片達にぶつけ、一瞬で焼き払う。そうして死者は灰となり、その棺とともに散っていった。

自身の眼前で、娘が……そこに込められた願いの全てが潰れ、奴は当然絶望の絶叫。


「…………アリシアァァァァァァァァァァァァァ!」


だからもう遅い。

“瞳“を開き、黒から蒼色へと変質させながら。


≪Flier Fin≫


両足首に飛行補助魔法を発動しつつ、瞬間的に踏み込む。

蒼い小さな翼が翻り、魔力の羽根が舞い散る。加速力重視のセッティングから、一気に最高速度へと突入する。


そのコンマ何秒の間に零距離を取り、構築していた鉄輝を抜刀――奴の胴体を両断しながら交差。


「ぁ……」


奴が纏っていた強固なフィールドも、瞬間展開したバリアも意味を成さない。

その全てが斬撃により霧散するのも必然。

だって、僕が斬ろうとも思って斬れないものなんて……この世にはない。


「――鉄輝一閃」


奴がみっともなく喚いて倒れている間に、刃を逆袈裟に振るい、鉄輝解除。


「非殺傷設定のスタン攻撃だ。これで丸一日は動けない」


アルトを鞘に収めてから、更に術式を発動――。


「ありしあ……アリシア………………許さな」

「阿呆が」


半径五十メートル以内に侵入成功。そのまま転送魔法を発動。

さっきの掌打で奴に刻んだマーキング術式……それに伴い、奴は僕の眼前に、背中を曝しながら、逆さの状態で現れる。

なのですかさず術式展開。みっともなく崩れ落ちる僕とそいつを、半径五メートルほどの領域と“ドーム”の中に閉じ込める。


「警告はした。それでも驕ったのはお前だろ。なのに逆ギレをするな」

「黙れ……黙れぇ!」


奴が怒りに震えながら、立ち上がろうとする。いや、握ったままの杖を向けて、魔法を発動しにかかった。

……だが、何も起こらなかった。


「な……そんな、魔力が!」


だから奴が脇にふわふわと浮かべていたロストロギア……ジュエルシード達も、ぽとぽとと落ちていく。

完全に、この中では魔力が使えないからね。そうなればロストロギアとて同じくってことだ。


「AMF……おのれも魔導師なら知っているでしょ」

「まさか、貴様……!」

「完全キャンセルレベルの濃度にした。魔力の大半を使ったから一時間は出られない。
……その間に本隊は動力炉も止める。ロストロギアとの連動もコイツで停止できたからね」

「……!」

≪もちろん……あなたの得意技である『外部動力との連動』も断ち切れます≫


AMF……アンチ・マギリング・フィールド。魔力を魔法として構築する際に生まれる、魔力の結合……その現象を解除するのよ。指定した範囲の結界内でね。

ロッテさんとアリアさんが“魔導師殺しとして最近注意が払われている”って教えてくれたから、実際を覚えるために僕も修得したんだ。

なので、この中に……完全無効化(キャンセル)と言われる状態で中にいると、僕も魔法が使えなくなる。一切だ。


「とどめにお前が蘇らせたかった死体は、僕が火葬にしてやった。
しかもタダでだ。感謝をしろ」

「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な……こんなはずが……」

「ザラキエル、クローモード」


それでも起き上がろうとするので、ザラキエルのフィンアームを展開。アームを編み上げ、ふとましい筋肉質の腕を構築してから……一気に打ち込む。

拳は奴が支えにして、起き上がろうとしていた左腕を撃ち抜き、砕き、ひしゃげさせ……その身体をみっともなく地面に這いつくばらせる。


「あがああぁあ……なんで、魔法はあぁあ……!」

「更に阿呆だな」


そのまま側頭部を蹴り抜き、痛みで意識をおぼろげにさせておく。

その間に右腕、左腕を改めて、しっかりと、肘関節から踏み抜いて、もう二度と使い物にならないよう処置。

更に両足の健も小刀で×の字に切って、逃亡も阻止。後はワイヤーできっちり縛り上げてーっと。


「敵にネタを教えるわけないだろうが」

「ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、あ……」

「でも、可哀想なアリシア」


で、ここからが締めくくりだ。状況が状況だし、抵抗できないようしっかり心を折らないと。


「お前が母親じゃなきゃ……あそこで油断せずに逃がしてくれる優しい母親じゃなかったら、生き返れたかもしれないのに」

「……!」

「お前は、アリシアをもう一度裏切ったんだよ。
あの子を殺したときと、全く同じミスをした。それどころか大量虐殺の言い訳に、娘を利用した」

「や、め」

「これでアリシア・テスタロッサの名は、犯罪者の娘として永久に、歴史に刻まれる。
……母親失格だね♪」

「――――――――――」


奴は汚い悲鳴を漏らしながら、ビクビクと震え……意識を手放した。


≪えげつないですねぇ……≫

「僕はねぇ、鳴海荘吉を説得できなかったこともあって、反省したんだよ。
やっぱり大事なことはきちんと伝えなきゃってさぁ」

≪それもそうですね≫

「いや、乗っかるなよ! その反省の結果がこのえげつなさはおかしいだろうが!」


はいはい、ショウタロスも煩い−。というか危ないから出てきちゃ駄目。

なによりコイツにはもう用なしなので、渡された通信機をぽちぽち……よし、繋がった。


「もしもし、こちら現地協力者蒼凪恭文。ご依頼のプレシア・テスタロッサと、ジュエルシード……でしたっけ? ロストロギアも全て確保しました」

『なんだって! も、もうか!』

「もうです。……ただ僕だとロストロギアの封印処置ができなくて、AMFで強制的に魔力をカットしています。
プレシア・テスタロッサも動けないよう叩いたので、現状だと単独での脱出ができません。
座標を送るので、動力部の暴走を停止させた後、救助願います」

『分かった! 急ぎ人員を送る! 済まないが通信は安全確認も兼ねて、このままにしておいてくれ! すぐオペレーターに繋ぎ直す!』

「お願いします」


というわけで、状況終了。オーバーSの滅茶苦茶強い魔導師とは聞いていたけど……まぁ仕方ないかー。戦闘ばりばりじゃなくて、超後衛型な上学者さんだったんだし。

なにより時間制限付きで、自爆すら厭わない構えだったんだもの。それを即座に鎮圧できただけでも大喜び……でいいよね。


「……なんつうか、やるせねぇな……」


するとショウタロスが泣きそうな顔で……なので、大丈夫だとはにかんでおく。


「お前また表情のセレクト間違ってやがるぞ!」

「まぁまぁ、ショウタロス……そんなことはどうだっていいではありませんか。
それより」


すると、シオンも不可思議空間から出てきて……というか、ヒカリを背中に担いで、うんざりという顔をしていて。


「お姉様はどうしましょうか。
死者蘇生だとか聞いて、なにを想像したのか卒倒したままです」

「うあぁああぁあ……オカルト、怖い……怖…………」

「……ほんとどうしようかねぇ! ヒカリがいるなら、キャラなり(ライトガードナー)で大分楽できていたのに!」

≪もうそのまま放置するしかないでしょ。ここからやるわけにもいきませんし……あとはレティさん達にお任せです≫

「だね……!」


――こうして、突発的な“暗殺依頼”は大成功に終わった。

そう、これは暗殺。僕の中にある悪性を……絶望を利用して、勝ちに行っただけのこと。

でも、僕は私刑人でもなければ裁判官でもない。だからこの世界の法律に、それを遵守するたくさんの人達に、あとはお願いする。


正しく、厳しく……でも、間違いを認めた上で、少しだけでもやり直せるようにってさ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


正直急な頼みだった。というか、それでなんとかなるかどうか分からなかった。

ただアースラのリンディ達が到着できるかどうかも微妙な距離だったし、状況を考えると戦力は多い方がいい。

そこで、恭文君に……絶対に無理をしないようにと、念入りにお願いしたところ……ご覧の有様よ! 瞬殺って!


「……レティ提督、彼は……何者ですか……!?」。


あぁ……作戦指揮を執っていた現場指揮官も、さすがに目を丸くしているわね。

あくまでもプレシア・テスタロッサの捜索が中心としていたのに、捕まえちゃったもの。

それで現在、状況は全て終了。恭文君も、他のみんなも帰ってきているし、次元震の影響についても……微少だったみたい。


そんな中での驚きは、やっぱりプレシア・テスタロッサの打破よ。

なのでまぁ、苦笑を送りつつ……こう補足するしかなくて。


「ほら、例のミュージアム……あったでしょ? あれの首魁も打破した子なのよ」

「あれを……!?」

「資質的には暗殺行為が……って、これはちょっと物騒ね。
相手の情報を分析して、心理や行動のクセを利用し、トラップにはめて、打破するのが得意な子なの」

「なるほど……」


そう……瞬殺したというのは勘違い。恭文君がすさまじく強いチートだとか、世界最強とか言うのも勘違い。

彼女の事情、心理、人格的なクセ、魔導師としての高い実力……あらゆる要素を利用し、その動きを誘導し、“暗殺”しただけなの。


(……最初の布石は、やっぱり恭文君がアリシア・テスタロッサに触れたことよね)


彼女からすれば、あの警告は不愉快以外の何者でもなかった。特に恭文君が魔導師として……そこまでぱっと見ハイスペックじゃないのは、察していけるでしょうし。

しかも相手が、どう見ても十歳にも満たない子どもとなれば……えぇ、そうよ。あの子、自分が子どもという要素も利用しているの。


で、そうなれば彼女としては、そんな思い上がりをたたき伏せたくなるわよね。たたき伏せられて当然と思うわ。

現に母親だったとしても、AAA相当のフェイトちゃんも、それに近い実力の使い魔も、彼女には一撃入れることすらできなかったんだから。

だから彼女は鎧袖一触と言わんばかりに、避けようがない広範囲攻撃を打ち込んだ。造作もないとアピールするためにもね。


でも、電撃変換を得意とする魔導師だもの。

次元跳躍級の攻撃もそれで行っているし、種が分かっていれば対策はたやすい。なのでここはすぐにクリアできる。


近接戦闘に持ち込まれた彼女は痛い目を見たけど、恭文君もそこで彼女を本気で仕留めようとはしなかった。側にジュエルシードがあったから、気を遣ったんだと想像できる。

想像したから、ジュエルシードを盾にしつつのアウトレンジ勝負で圧倒……そう考えたんだけど、それもやっぱり誘導された思考。

自分より近接戦闘技術が上となれば、よく分からない能力でバリアすら無効化されるとなれば、安全策に走るのは必然だもの。


……でもそれとて予測の範疇。だからあの子は置換転移を利用し、奪ったはずのアリシア・テスタロッサを放棄した。彼女に撃たせる形でね。

ここは寸前で留まってもいい。本命はその衝撃……生み出した隙を利用した上でのノックダウンだから。

だから彼女は冷静じゃなくなったし、気づきもしなかった。近接戦闘の中で自分自身に引き寄せ用のマーキングを刻んだことも、AMFとドームに閉じ込め隔離する作戦にもよ。


とどめに恭文君がAMF内でも異能が使えるとなれば……それはもう、ねぇ……!


(全てはAMFに自分ごと閉じ込め、ジュエルシードも間接的に無効化するためだったのよね……)


本体のクールダウンが無理でも、制御し、次元震を起こしている張本人(プレシア・テスタロッサ)が魔法を使えなくなれば、ほぼ詰み。制圧部隊による次元震阻止の手助けにもなるから。

しかもここで悪辣なのは、魔導師が自ら天敵たり得るAMFを発生させ、閉じ込められようとする思考よ。普通はそんなこと絶対しないもの。

妖怪の因子やらも絡んで、魔法以外の異能力やガジェットに恵まれているあの子だからこその“自殺行為”……と言えるわね。


(あの年で全て読み切り、詰め将棋の如く追い詰め、打破する……素晴らしくも恐ろしい才覚)


……そこまで考えて、つい苦笑する。


「……レティ提督?」

「……そういう才覚、料理とかに向いていたなーって、思い出しちゃって」

「料理ですか」

「美味しいという結果に向けて、科学的に調理という過程を積みかさねるのよ。
それで昨日もいっぱいごちそうになっちゃったから……ごめんなさいね」

「いえいえ。それでしたら……やはり素晴らしい」

「そうね……」


そう。恭文君のそういうところは、お料理とかプラモ作り……そういう物作りで培った部分でもあるのよ。

だから悪しき才覚とか、怖い部分というのも勘違い。そういうのと同じように、戦うこともできる……それがあの子のキャラであり、色というだけだから。


大人としては、そういう平和な要素でもあるんだと、しっかり伝えて育てられる手伝いはしたいなぁっと……あとは……。


(やっぱり調査関係よねぇ……!)


実は今回、恭文君には概要だけしか伝えていないの。事件の内情……特に今回彼女が利用していた、フェイト・テスタロッサちゃんの事情絡みは伏せている。

彼や今回召集された部隊員には、悪いんだけどしばらくそのままにしておきたい。

ロストロギアが絡むと、どうしても背後関係の事情が複雑でね? 半端に話を出すと、後々問題を起こしかねないのよ。


仮にきっちり話すとしても、その辺りの調査が一段落して、裁判で結論が出て……だから、これからが大変ね。

特にフェイトちゃんと……彼女と話したがっていた女の子は、相当ヒドい傷を負ったようだし。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――プレシア・テスタロッサは、レティ・ロウラン提督が秘かに呼び寄せた嘱託魔導師(地球の民間協力者。現地年齢八歳)と交戦・確保された。


その際保管されていたアリシア・テスタロッサの遺体は、戦闘の余波により損壊。彼女自身は管理局に引き渡された。

が……彼女の体は悪性の末期腫瘍に冒されており、余命幾ばくもないことが判明。アリシア復活の望みが完全に断たれたことで、生きる気力も失いかけていた。

医者の見立てでは、裁判へ持ち込むどころか、ここ数日中が山とのことだった。


それ以外の被害と言えば、中規模の次元震が発生した程度。彼女が意図していた次元断層は発生せず、周辺世界への被害は獄微少。


『遺失物の違法略取及びそれによる故意の次元災害発生未遂』……本件はそんな形で結末を迎えた。

「………………」


……過去の事例と照らし合わせても、奇跡的なほどに最小限の被害で収められたと言える。

ただ……事件の渦中にいた二人の少女は、今なおなんの繋がりも、ふれあいもできず、その全てを死にゆく女の悪意によって、踏みにじられたままで。


「でも、蒼凪恭文君……だっけ? プレシア・テスタロッサの確保をやってくれた子」

「……あぁ」


かけられた声に、一旦閉じこもった思考を停止させる。

アースラ内部の資料室……うんざりした様子で話しかけてきたのは、件のユーノ・スクライアだ。

彼にはまぁ、いろいろと優秀で見所のあるところがあってな。それで労働基準法に違反しない程度に、面倒な仕事を振っているところなんだが。


「その子に事情説明とかって」

「彼からすれば『世界もろとも心中しようとした馬鹿の鎮圧』という認識でしかない」

「…………」

「事情を垣間見た君が、その表現にいろいろ思うのも分かる。
だがここは僕達に合わせてほしい」

「……その言葉を使うなら、この労働基準法ガン無視な仕事の振り方をやめてほしいんだけどね……!」

「君は提案に乗ってくれたじゃないか。
違法すれすれの探索行、管理外世界の少女へ勝手に魔法を教えたこと……いろいろお叱りが必要になるけど、こういう形で手伝ってくれるなら、と」

「そこに不満はないよ! あるのは仕事量だよ! 法を破った対価に法を破らされている感が満載なんだよ!」

「とにかく急ぎで頼む。この辺りは今日中に終わらせたいんだ」

「うがあぁああぁああぁああぁああぁ!」


悲鳴が響くものの、僕は一切気にしない。というより、気にしている暇もない。

……幾らお役所仕事とはいえ、あの二人を……このままにしておくわけには、いかないしな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


もうなんなのこの人! 腕利き執務官なのは分かるけど……僕も無茶をしまくったからなにも言えないけど!

でも仕事量が多すぎる! ブラックだよ! これブラックすぎるよ! 管理局って福利厚生はしっかりしていたんじゃないの!?


(ごめんね、ユーノ君。クロノ執務官、やっぱり今機嫌が悪いみたいだ)


すると、右隣りに座っていた……アースラスタッフのランディさんが、苦笑気味に宥めてくれて。


(事件を未然に防げなかったこと、関係者を救えなかったことにいら立っている)

(はぁ……)

(でも珍しいんだよ? クロノ執務官があんなふうに)

「ランディさん」

「は、はい!」

「計測データ、未記録の部分があるようですが」

「うわぁ……ほんとだ。ログを拾い直してきます」

「頼みます」


でもそんなランディさんにも無茶ぶり……と思っていたら。


(……さっきの続きだけど、執務官がエイミィ主任以外にまとめ関係の仕事を頼むの、珍しいんだ)


当のランディさんから、苦笑気味にこう言われて。


(そう、なんですか?)

(なんでも自分でやっちゃうんだよ……。
まぁ言い方はあれだけど、ユーノ君の作業能力を頼っているってことだから……悪いけど頑張って)

(はい……)


そうしてログを洗い直すために、ランディさんは資料室から退室。

……信頼はしているってことか。言い方はアレだけど。


「……僕も少し出てくる。引き続き整理を頼む」

「……了解」


そうして一人になった僕は……。


「すまない。その前に一つ確認したかった」

「うぉ!?」

「なぜ驚く……。サボるとしても早すぎないか?」

「サボらないよ! というか、確認って!」

「スクライア……高名な発掘一族の一員として、率直な意見が欲しい」


訂正。一人になり切れなかった僕は、クロノからこう問われた。


「……アルハザードは、本当にあると思うか?」


――その問いに答えてから、また頭を抱えながら……黙々と仕事をこなす。

改めて考えると、この忙しさも悪くない……そう思い始めたから。


何もすることがないと、後悔や失敗に押し潰されそうだし。


「なのはは……大丈夫かなぁ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


風に靡く金の髪。

細い腕。

不釣り合いなはずなのに、不思議とよく似合う斧槍。


……目が合ったときに思った。あぁ、奇麗な子だなって。


「――だけど、凄く寂しそうな目をしていたのが気になって。
私を撃ったときも、小さな声で『ごめんね』って……」

「……そう……」


あれから……少し時間が経った。

なのははまだ、アースラのみなさんに助けられて、お世話されっぱなしで。

まぁ、そこは事件の事情聴取とか、いろいろあって……協力している感じなんだけど。


でもそれも落ち着きつつあるから、もうすぐ変えるからって……だから、なのかな。

今も、食堂で……心配してくれているエイミィさんや、局員のみなさんが、お話を聞いてくれて。

感じるの。みんな、できるだけ力になりたい……助けたいって思ってくれているのが。


でも……あははは、駄目だなぁ。今元気ですーって笑おうとしても、きっと。


「……あの……フェイトちゃんは、今……」

「うん……体調は大分元気になっているよ。メンタル面も落ち着きを取り戻している」

「今はちょうど、リンディ艦長がお話しているところだよ」

「そう、ですか……」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


こういう仕事をしていると、フェイトさんのような子どもと出会うことは多い。

人とは違う……人より強い力を持つ子ども。その子どもゆえの純粋さや優しさを利用し、犯罪に荷担させる例は後を絶たないから。

だから彼女についても、きちんと救いの手を伸ばす必要があった。法の裁きと同じように……それを正しく、未来のために受け止めて、進むために。


ただ、純粋ゆえにひび割れてしまった心を治していく……そのきっかけが、上手く掴めなくて。


「……今日は……そうね。
あなたとお母さんのお話……あなたとアルフのお話は大分聞かせてもらったけど、少し違うところを聞きたいの」

「はい……」

「覚えているわよね、この子……」


そう言って空間モニターを展開。映し出すのは、高町なのはさん。


「あなたと何度もぶつかった、彼女のこと」

「はい……」

「あの子があなたから、どう見えたか聞かせてほしいの」

「……初めて会ったのは、動物型の異相体と戦い終えたときだったと、思います。
それから何度か、ジュエルシードを巡って、ぶつかって……でも途中からは、なんだか私を止めるためだけみたいに」

「まぁ、正解かしら。
ほら、海鳴の会場であなたが無茶したときも……そのときは私も悪かったのよ。
彼女の生まれ故郷近くで大騒ぎになって、実際に被害が出るかも分からないのに、それを見過ごせーって言っちゃったし」


まぁ、彼女がそのままダウンしてくれればという目論みはあったけど……そこは、ユーノ君にも指摘されちゃったのよね。無神経すぎるんじゃないかって。

一応その防護策もあったとクロノが説明したけど、だったらそれも説明してほしかったと言われたら……って、そこはどうでもいいわね。


とにかく、大事なのは……あのときなのはさんが、フェイトさんを助けるために、全力で手を伸ばしたこと。

……まるで、友達の危機を見過ごせないみたいに……ね。


「ただそれでも、あなたを助けたかったからって……全力で飛び込んで」

「分からないのは、その理由です。私と彼女は、赤の他人……ですから」

「そうね……私も、よく分からないわ。
もしかしたら彼女自身も、あんまりよく分かっていないのかも」


もちろんこれは嘘。本当は分かっている。彼女だって分かっている。

だけど、それと向き合うにはもうちょっと時間が必要で……だから、優しい嘘で、その迷いを肯定する。


ただ……一応、確認のために提案だけはしてみる。


「あ……一応、直接会って聞いてみるって選択肢もあるわよ? ほんとは駄目なんだけど、少し話をする程度なら」

「すみません。会ってもなんて言っていいのか分かりません」

「……」

「あんなに一生懸命、他人の私を心配してくれて。二人で戦って、決着を付けるって約束もしたのに」


そうして彼女は、涙をこぼす。

意味の分からない……理由の分からない涙を……。


「それも……守れなくて……!」

「……ごめんなさい……ね」


……フェイトさんは深い迷いの中にいた。

こんなはずじゃなかった今とどう向き合うべきか、迷い続けている。

正直に言えば……完全に個人的な感情で言えば、プレシア・テスタロッサには怒りしか感じない。


なぜ彼女は、この優しく純粋な子をここまで傷つけて、自分だけが願いを叶えられると……愛情を取り戻せると思えたのだろうか。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


一つの質問を投げかけてから、改めて資料室を出て……まず思ったのは。


(……ユーノにはやっぱり、あれで最適解だったみたいだ)


そんな他愛もない感想だった。

いや、他愛もなくはないか。彼も高町なのはを……ただの子どもを巻き込み、こんな惨劇を見せつけた“罪”があるからな。

……誤解のないように言っておくが、僕はそんないちゃもんを付けるつもりはない。それは僕や法律が言って、あれこれ処断する話じゃないしな。というか、処断したら傲慢だ。


だが……当人にとってはそうもいかない。もし自分がもっとちゃんとしていれば、力があればと……そういう後悔や負い目を感じてしまうんだ。

彼がこれでヒドく無神経な奴ならいいんだが、残念ながらそういうわけでもない。だったら、今は考える暇もないくらい動いてもらうしかないと思った。

もちろんユーノの能力がなければ、こういう方向での気晴らしは提案しなかったんだが……なんだが……。


(あとは、どうするかなぁ……!)


なのはやフェイトは、そっちで片付けられる問題じゃあない。だが今のうちになんとかしなければ、僕達にはもうどうしようも……あぁそうだ。僕にもユーノと同じ罪がある。

こうなることを予測できたはずなんだ。彼女がロクな結末を迎えないことも……なのに。


「……クロノ君―」


資料室を出た途端、別の仕事を頼んでいたエイミィが、ぽんと現れる。

そのままいつも通りに笑って、僕の隣を取って……一緒に歩いてきて。


「そっちはどう?」

「捜査資料はもうすぐ纏まるよ」

「そりゃあよかった。……でも、表情には気をつけている? 怖いかをしていると、みんな緊張するから」

「別に、そんな顔はしていない。怒ったところで時間が巻き戻るわけでもない」

「クロノくんが『別に』って言うときは、怒っているときなんだよねー」


……エイミィ、頭をぽんぽんするな。僕は知っているんだぞ。これは髪が乱れるし汚れるからNG行為だと。僕にはいいというサインか。そういうことか。


「怒ってもいいけど、表情に出さないでって話!」

「それは今この行為も含めてのことと、そう受け取っていいんだな……!?」

「まぁ、仕方ないって言葉は嫌いだけど……今回のは仕方なかったよ」


エイミィは『ごめんごめん』と手を振りながら、僕を見下ろす……心配している母親みたいに。それなら見覚えがある。


「事態を把握できたのが遅すぎた」

「……子を亡くしただけに飽き足らず、周囲の全てから裏切られた親。
そんな親から八つ当たり同然に裏切られた子ども。
それを助けようと尽力した子ども。
僕らは彼女達にも『仕方なかった』って伝えるのか……?」


そう並べ立ててしまい……これは駄目だと、気恥ずかしくなりながら咳払い。


「いや、すまない。今のは八つ当たりだ」

「ま、私でいいならいくらでも当たってくれていいんだけどさ。それも副官の勤めだし?」

「……正直な話をすれば、後悔ばかりが先に立つ。
プレシア・テスタロッサは勝ち逃げ確定だ」

「勝ち逃げ……」

「彼女の患っている病を考えれば、罪を償うこともせずに逃げられるからな。
もちろんなのはとフェイトにはヒドく悲しい思いをさせた」


彼女を犯罪者……ただの悪だと断じることは簡単だ。だが、彼女とて最初からそういう存在ではなかった。


「まだ若い彼らの心に、重たい傷が残りかねない失態だ」

「ん……」


こんなはずじゃなかった今なんて、誰にだってある。その程度にはありふれたものだから、受け止め方は自由だ。

それでもと前を向いていい。ずっと失ったものを想い続けてもいい。きっと正解なんてない。

だが……そのために見も知らぬ誰かに痛みを強いることは、間違っている。彼女にそれを気づかせ、やり直す道を示す。それが僕達管理局員の目指すところだと、僕は思う。


とはいえ、そうはなかなか上手くいかない。今回のように、結局ただの害悪として排除する……それしかできないことも多々ある。

その程度には、やっぱりありふれたことだった。ありふれているからこそ、そんな奇麗事を忘れたくない。無駄なことだとは思いたくないとも思うが。


「しかも……一番重要な情報が、彼女が生きているうちに引き出せるかが微妙だ」

「一番重要な情報?」

「彼女がなぜ、アルハザードに行こうと……その実在を信じられたかだよ」

「あぁ……それがあったかぁ」


エイミィもすぐに納得してくれる程度には、重要な要素だ。彼女が優秀な魔導師だったなら余計にだ。

娘を亡くしてとち狂っていたと断言するのは、実に簡単だ。だがそうじゃないなら?

彼女はジュエルシードがあれば……次元震を起こせるだけの材料があれば、アルハザードに行ける。そこにアルハザードがあるという“確証”を得ていたことになる。


だったらそれはなんなのかという話だ。そこをユーノに軽く聞いていたんだが……。


――まず、アルハザード自体が伝説というかおとぎ話みたいなものだ。
現在の考古学界隈において、その実在を示すものはない。表に出ている限りはね――


その上でユーノは断言した。表に……世間に出ている限り、それはあり得ないと。


――ただ、実在証明……アルハザードに由来するようなロストロギアを見せられたとか、そういう技術を知ったとかなら、分からなくはないかなーと――

――ロストロギアでいいのか……とは、ナンセンスな質問だったな――

――製造後何百年何千年……それくらい経っているような代物が、いろいろ動いている世界だしね――


その辺りは僕も納得だった。次元世界そのものがそういう潜在的危機にさらされているし、だから僕達時空管理局が必要になったわけで。


――でも、具体的に何を見せられたかと言われると……しかも彼女ほどの優秀な科学者が、一発でそれを信じるとなったら、並大抵のものじゃあないよ――

――そうか……――

――もう一つ言えるとしたら、彼女は古代ベルカ時代の……あの戦乱時代の技術に、興味を持っていたってところかなぁ。プロジェクトF.A.T.Eの根幹技術っぽいのもあるし――

――なんだって……!――

――古代ベルカの王族では“よくやっていたこと”に、近くの女性に自分のクローン……その種子を仕込むというのがあるんだ。
自分が亡くなっても、バックアップとしてその種子がひと月ほどで成長・出産。一定年齢までは記憶を保有したまま成長する――

――クローンが記憶を持って、オリジナルとして振る舞う……生まれ変わりのシステムか。
確かによく似ている――

――……クロノ、スクライアのみんなに連絡を取って大丈夫かな。
みんなならその辺り、もうちょっと詳しいことを知っているかも――

――僕からもしっかり挨拶させてもらえるのなら……よろしく頼む――


まぁ結局、地道に調査していくしかないわけだ。下手をすれば数年かかるかもしれない。

とりあえず状況が広域化する場合も考えて、各部署との連携は取れるようにして……というのが、僕達が挑むこれからの仕事になりそうだ。

正直一現場の職員には荷が重たいが、それでもキャリアとしての使命だからな。そこはしっかり飲み込むが……。


「とはいえ、その前に……やっぱりなのはとフェイトか」

「クロノ君……」


ふと足を止めて、廊下の外を……アースラが進む次元の海を見据える。


「……せめて、あの二人が未来に向かっていけるように、しなきゃな」

「それについては、一緒に頑張ろうか!」

「助かる……っと、そういえばフェイトの使い魔は」

「アルフ? 今は通信室から、ミッドの現地調査に協力してくれているよ。
庭園があった場所の近くにも、建物や荷物が残っているらしくて……そこになにか、証拠になるようなものがないかって」

「そうか……」

「アルフ、頑張っているよ。自分がちゃんとフェイトちゃんを止めていればって」

「…………」


僕が言ったこと……裁判でも言われるであろうことだ。使い魔としてただ付き従っていた。それが彼女の罪だと。

そんなアルフも変わろうとしている。前を見ようとしている。それは今の僕にとっては、大きな救いで……だったら……!


「エイミィ」

「はいな」


数秒思案したが、エイミィは笑ってくれる。なんでも言ってと……その頼もしさが心強くなったので、しっかり無茶ぶりさせてもらう。


「なのはとフェイトを会わせるわけにはいかないかな。
禁止事項ではあるが、なにか理由をつければ……」

「……私もそれ、フェイトさんに提案してみたんだけど」


すると、後ろからかつかつと足音が。振り返ると困り顔の母さん……もとい艦長がやってきて。


「残念ながら難しそうよ」

「艦長……」

「フェイトさんは、“会えない。会ってもなにも話せない“って」

「そうですか……」

「そうなのよ……」

「実は、なのはちゃんにもちょっと聞いてみたんですけど」


エイミィも……いや、そうだよな。さっきまで改めての聞き取り調査を手伝ってくれていて。


――会いたいです。会って話したい。
だけど、私が今会ったら、フェイトちゃんに悲しいことを思い出させちゃいそうで……。
だから、会えません。私、なにもできませんでしたし――

「……だそうで」

「うーん………………」


やっぱり無茶だったか。艦長も相当困らせてしまって。


「……エイミィ、この間の戦闘空間……そのデータって、まだ保存してある?」


だが、ハッとしながら、エイミィを……僕達を見据えて。

というか、まさかそれは……!


「ほら、ジュエルシードをかけてーっていう囮戦闘の」

「汲み上げは解除しちゃいましたが、データはありますよ。いつでも再構築できます」

「艦長……?」

「二人の魔法戦能力……そのデータ記録って、まだやっていないわよね」

「はい、まだです!」


あぁ、やっぱりだ! もう確定だ! それにかこ付けて荒療治と!


「……まぁ、会わせられればと言った僕が言うのも大概ですが……あまり賛成できません。
ご存じの通りメンタル面が」

「まぁそうなんだけど、いずれはやらなきゃいけない計測なのよね。
なにより……あんなに上手く空を飛べる子達なんだもの。空に出れば、少しは心の風通しもよくなるんじゃないかしら」

「………………」


確かに……そういう名目なら、まだなんとか……ああもう、覚悟を決めるか。

結局これは僕達の我がままだ。それに二人を巻き込む……そう考えて、責任くらいは全て取ってみせる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


みんなにお話を聞いてもらって、それでも上手くできない自分が腹立たしくなって……迷って迷って、迷いまくって。


≪マスター≫


ただそんなとき……廊下を歩いている中、突然胸元のレイジングハートが呟いて。


≪導き出しました。彼女に勝利するための戦術を≫

「……ありがとう、レイジングハート」


そっかぁ。レイジングハートは、ずっと……その気持ちが嬉しくて、両手でぎゅっとしてあげる。


「ずっと考えてくれていたんだね。
……でも、もういいんだよ。フェイトちゃんとは、もう戦うことなんて」

≪チャンスがあるとしたら、どうでしょうか≫

「え」


――そこで通信が開く。というか突然……エイミィさん? さっきお話したばかりなのに。


『あ、なのはちゃん? 実はちょっと相談があるんだけど……』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……魔力と空戦能力の確認?」

「えぇ」


善は急げで、返す足でフェイトさんのところに戻る。何度もごめんなさいねと謝りながら、即決に結論を突きつけた。


「魔導師ランク試験のB項用例二っていうのがあってね?
ざっくり言っちゃうと、あなたと近い実力の人と、実戦形式で模擬戦をしましょうってこと。
今後の裁判資料としても、きちんとデータに起こさないと駄目なのよー」

「捜査協力ということなら、私は問題……ないです」

「ありがとう。でね、実はもう一つ問題があって……」

「なんでしょう」

「フェイトさんの魔力資質は、ざっと換算してもAAA。それに見合う相手というのが、局内でもなかなかいないのよ」


まぁわざとらしく困った振りをしちゃうけど、それも許してほしい。だって、これは致し方ないことなんだから。


「ちょうどうちのクロノ執務官がAAAだけど、向こうも仕事が立て込んでいて、あなたの相手をできる余裕がない。とっても困っている状況なの」

「……あの……なにが、仰りたいんでしょうか」

「あなたの感情どうこうを一旦無視させてほしいってこと」

「え……」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『でも、そこでなのはちゃんだよ!』

「私……?」

『なのはちゃんも実力的にはAAA相当はある! というか、なのはちゃんの能力確認も必要なんだ!
……本来なら、あの横入りされた模擬戦でやっていくつもりだったんだけどね?』


あぁ、そっか。それもプレシアさんが邪魔したから台なしに…………って、ちょっと待って……!


「じゃ、じゃあ……じゃあエイミィさん!

『日時は明後日の朝一番! 早朝だから、前日からちゃんと食べて、しっかり眠って、ベストコンディションを維持!
その上で……なのはちゃんにはもう一度フェイトちゃんと、全力全開手加減なしの模擬戦をしてほしいの!』

「…………えぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


この話、引き受けないわけにはいかなかった。


≪ほら……チャンスは巡ってくるものでしょう?≫


だってこれは、レイジングハートが……エイミィさんやクロノ君、リンディさん……みんなが作ってくれたチャンスで。

私のために……私達のためにって、いっぱい考えて、無理もして、それで作ってくれたチャンスで。


「……うん!」


私は子どもで、なんの責任も取れなくて。だけど、そんなみんなの気持ちには……絶対応えたいなって、思ったんだ。

……それだけは、譲っちゃいけないって……思ったんだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


あぁ、ゆかなさんの声は落ち着く……。

というかゆかなさん、やっぱり僕の理想そのままなんだよなぁ! まさしく女神様!


「ふにゃああ……ふにゃあぁああぁあ……♪」

「……お兄様がまた気持ち悪いです」

「………………」

「ショウタロスも顎が外れて絶句ですし。なんですかこれ。地獄ですか」

「シオン、言っても無駄だ。当人は幸せを満喫中だからな」

≪これはまだまだ遠そうですねぇ。風花さんルートとかは≫


家の自室でごろごろしながら、ヘッドホンでゆかなさんの歌やラジオを聴く。更にアイスももぐもぐ……幸せかな幸せかなー。


「もぐ……アルト、ふーちゃんルートとかないからね? ふーちゃんはヨン様が好きなんだから」

≪その設定そろそろ砕いてあげましょうよ。可哀想過ぎて見ていられないんですけど≫

『……せめて、同年代の子に興味を持ってほしいと思うんだけど……!』

「僕のこと好きって言いだしているのも、結局逃げだから。そこはちゃんと止めないと」

『残酷が過ぎる対処を続けているみたいだし!』

≪駄目ですよ。だって理想が『ゆかなさんレベルで歌が上手で声も素敵な女性』なんですよ? それを六歳やそこらで満たせと言うのは……≫

『二〜三回生まれ変わらないと無理っぽいわねぇ!』/


ただ、そんな幸せを満喫するのはちょっとストップ。ひょいっと体を起こし、改めて通信モニターに注目する。


「で、用件はなんでしたっけ。模擬戦の付き添いとかんとか」

『この間の一件に関わった子達の、能力確認でね。予定もなければって感じだったけど……PSAの方に用事があるのよね』

「えぇ。丸一日……すみません」

『いいのよ。本当に個人的な話だから。
……でもその後もなんとか落ち着いているみたいで、本当に安心している』

「その辺りは劉さん達やレティさんのおかげですよ」


……僕と苺花ちゃんは雲隠れして、予定より少し早く家に戻れた。小学校にも通い始めた。転校生気分だけどね。

ただ鳴海荘吉の一件が派手に報道されていたのもあって、日常生活に戻ることそのものはそこまで難しくなくて。

なにせ僕、その猟奇殺人鬼を逮捕し、奴に踏みつけられた誘拐実験被害者達やお父さん達を……引いては風都を救ったヒーローだしね! そりゃあなじみたくもなるってもんだ!


とはいえ……それも表面のことだった。

相応の行動制限や所在地認証は付けられているし、定期的なモニタリングもある。

お父さん達含めて監視対象なのも変わらないし、飲む薬の種類も増えた。


まぁ面倒はいろいろ増えたけど、それでも僕はなんとか元気にやっています。修行もできるしね! うん、やっぱり未来は明るい!


『その流れで、アバンチュールくらいはうまくできるようになってほしいわね……』

「う……」


でも、そんな僕にも悩みはあって……。


「あの、それはやっぱり、お姉さんが……」

『そういうことを言っていると、また蒼姫ちゃんが出てくるわよ?』

「う!」


ハーレムは無理なのに……さすがに難しいのにー!

うぅ、それも時間をかけて考えなきゃ。


「でも……やっぱり、お姉さんくらい歌が奇麗な人じゃないと……いやです」

『…………』


とりあえずふーちゃんにはビシッと断っているから、よしとして……やっぱり、お姉さんくらいには……だよね。


「歌が奇麗で、ドキドキして……こんなふうにうたえたらーって思うくらい煌めいていて。そんな人じゃないと」

『そうね……。まぁ、そこは気持ちに嘘を吐いても仕方ないものね』

「はい……だから、ゆかなさんルートを頑張って」

『それ以外でなんとかしましょう……!』

「にゃあ……?」


一年前、戦っているときに聞いた歌は、まさしくそのものどんぴしゃーだったんだけどなぁ。

もし、あんな煌めいたなにかに出会えたら……そのときまた、考えようっと。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そして……試合当日。

時刻は午前四時半。小学生だろうと起きる時間じゃあないけど、朝一番で準備もいろいろあるし、ここは仕方ない。

というか、それでもぐっすり九時間睡眠! なのはは朝一から元気いっぱいです! あとは朝ご飯だけど、それも向こうで……と思っていたら。


「あれ……」


みんながまだ寝静まっている家……明かりの灯らないリビング。

そこに置かれていたのは、おにぎりの子と卵焼き、唐揚げ……美味しそうな朝ご飯セットだった。

更に、そこにはお手紙もあって。


――なのはへ、おはよう。
お出かけ前に食べていってね。
お友達との競争、頑張って! お母さんより――

「……」


お母さん……ざっくりとしかお話していなかったのに……それにはひたすら感謝し、両手を合わせて……。


「いただきます」


感謝を……ただただ絶大な感謝を伝えて、両手を合わせる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……フェイトは、リンディ提督に言われたとおり、ちゃんと食べてよく眠った。

艦船≪アースラ≫の一時拘留室から自由気ままにというわけにはいかなかったけど、それでも心地よい休息期間を過ごせる程度には、ここのみんなも凄くよくしてくれて。

そんな優しさを受ける度、アタシは自分が本当に、心底恥ずかしくなった。もっと速く……違う誰かに頼って、話していけば、フェイトをあんなに傷つけなくても済んだのに。


誰にも分かるわけないと閉じこもって、抱えて、どうにもできなくなってからじゃあ遅かった。だからプレシアは、今なおフェイトに謝りもしないで……あぁ、もうやめよう。

アタシはそんな助けてくれたみんなに感謝している。だから罪は償って……償い切れなくても、一生背負って向き合い続けるって決めたんだ。

まずはそれだけでいい。そこだけで……そこだけは、絶対ゆずらなければ……きっと。


「ん……」


するともう膝上でぐっすり寝ていたフェイトが、すっと起き上がって……。


「もういいの?」

「うん……ありがとう、アルフ。膝枕、暖かかったよ……」


……フェイトの調子はベストだ。魔力も、体力も、きちんと戻っているのが分かる。

試合は……多分一瞬で終わる。


「まだゆっくりしていてもいいんじゃない?」


でも本当に、それでいいのかな。


「早めに準備運動(アップ)しておきたいんだ」


フェイトにもきっと、罪がある。アタシは、できればそれを突きつけたくない。フェイトに罪なんてないって、言ってやりたい。

でも……それじゃあ駄目なんだ……。


「最初から全力で、動けるように」


それじゃあ……フェイトは……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――海上戦闘空間

午前五時二三分



僕とエイミィ、母さん……状況を心配してきてくれたレティ提督は、アースラ館内のモニタールームに待機。

既に汲み上げた戦闘空間の中で、二人は風に髪を靡かせ、お互いを見つめ合っていて。


「制限時間は三〇分。レイヤー建造物は触れるし、ぶつかると遺体けど、非殺傷設定でも壊せるから。
避けるもよし! 砲撃で打ち抜くもご自由に!」

『はい!』

「結界はかなり上空まで張ってあるから、自由に飛んで! ユーノ君とアルフも、万が一のときはサポートよろしく!」

『はい!』

『任せてくれ!』

「というわけで二人とも? 模擬戦は喧嘩じゃないので……怪我にだけは気をつけてね」

『『はい!』』


画面内の時刻表をチェック……そろそろだな。


「さて、あと三分で試合開始だ。二人とも、ジャケットの装着を」

『はい!』

『はい……』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「バルディッシュ……セットアップ」

≪Yes Sir≫


雷光とともに纏うのは、黒を基調とした薄手のジャケットとマント。更に戦斧に変化したバルディッシュを振りかぶり……彼女を見据える。


「…………」


……いつか、あの子が言ってくれたっけ。


――友達に……なりたいんだ――


この試合が終わったら、あの子に伝えてもらおう。

私はいろんな人に迷惑をかけたし、私じゃなくてももっと素敵な友達がきっとできる。

だから……。


(ありがとう。君の優しい気持ちは嬉しいけど、友達にはなれない)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


レイジングハートと一緒にセットアップして……すっと左半身に構える。

風に靡くスカートとツインテール。そして頬を撫でる感触……その全てが本当に心地よくて、つい笑っちゃう。


二度とないって……こんな機会はないって諦めていたけど、それは間違っていた。

諦めちゃいけなかった。どうしたらいいのか分からないっていうのなら、余計に止まっちゃ駄目だった。


……だから。


≪マスター、彼女の速度は桁が違います。
死角からの不意打ちにはどうかご注意を≫

「ありがとう。気をつける」


あの子はビルの上にたたずみ、差して構えている様子はない。

余裕? ううん、違う。それだけじゃあない……。


『じゃあ二人とも、準備はいいね!』


………………始まったらすぐやるべきことをリストアップ。

その上で一呼吸入れて……。


『レディ……ゴー!』


エイミィさんの号令とともに、術式詠唱――そして発動。


………………その間は、本当に一秒足らず。まさしく神速の世界。

距離にして二〇〇メートル近く離れていたフェイトちゃんが、その姿を一瞬で消し去るまでに、コンマ何秒。

その姿がなのはの眼前に現れ、バルディッシュを逆風に打ち込むまでに……更にコンマ何秒。


そして……詠唱していた術式が発動するまでに、更にコンマ何秒。

フェイトちゃんの一撃を咄嗟に下がり、レイジングハートの柄で受け流す。胸元のジャケットが浅く切り裂かれるけど、致命傷じゃないので一切気にしない。


問題は……返される刃だ……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


バルディッシュの刃が跳ね上がり、魔力の鎌が展開。それをあの子に……ノーガードのあの子めがけて、打ち込む。それで終わる。


(……ごめんね)


謝りながら、必死に謝りながら……力を振り下ろす。


(さよなら)


そうして打ち込んだ刃が、デバイスとあの子を両断。


≪Chain Bind≫


しかけたところで、私の体が桜色の魔力鎖で戒められる。

虚空から突如現れた鎖に引っ張られ、縛られ、刃はあの子の眼前で停止して……!


(……バインド!? 馬鹿な)

≪Cannon Mode≫

(いつの間に!)


あの子は一歩踏み込みながらデバイスを形状変換。

トリガーとグリップ、槍の穂先を思わせる砲口……その力を私に向け、腹に叩きつけ。


「この距離ならバリアは張れないよね!」

「……!」


それもバリアが張れないように、零距離で……!


「ファイア!」


次の瞬間、土手っ腹を零距離の速射砲に打ち抜かれ……私は鎖を砕きながら吹き飛び、元々経っていたビルの外壁にたたきつけられる。


「かはあぁあ……」

≪Sir!≫

「なん、で……」


……でも戸惑っている暇はなかった。あの子がいた場所から、いくつもの誘導弾が……慌てて壁から剥がれ、回避行動を取る。

誘導弾に追い立てられ、望まない戦いを……無意味な争いを続けさせられる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


初手からなんという攻防だ。もう少しお互い調子を見ながらやると思ったら、どっちも本気の撃墜を狙っている。

その有様に、エイミィも、艦長も、レティ提督も唖然として……。


「嘘でしょ……!」


……モニター越しというのもあるかもしれないが……いや、言い訳だ。

この僕が一瞬、姿を見過ごした。


(本気の彼女はあそこまで速いのか)


だがそれより驚くべきは、あそこで対応したなのはだ……!


「今の……決まっていれば、撃墜も有り得たわね」

「えぇ。だがなのはとレイジングハートは、真正面にバインドを設置し、対応した」

「高速型の弱点ね……。
ああいう絡め手(トラップ)に弱いっていうのは」

「レティ、今回はそれ以前の問題よ。
あの子、初手だけは……確実にフェイトさんの動きを分かっていたってことだもの」

「……そういえば……!」


開始三秒……いや、一秒足らずだ。

なのははまず眼前への設置型バインドの詠唱に注力した。移動でも、攻撃でも、防御でもなく、捕縛を選択したんだ。

彼女があそこへ飛び込むと……それ以外の選択肢がないと予測し、信じていなければできることじゃあない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


嘘だろ、おい……! フェイトがあそこで止められて!? あんなへま、リニス相手でもしなかったのに!


「……試合、再開したね」

「うん」


さすがに信じられず……あぁそうだ。それでも偶然。本気のフェイトには勝てるはずがない。勝てるわけがないと、アタシの心は冷たく落ち着いてきて……。


「止めなくてよかったのかよ」

「なんで」

「言ったら悪いけど、あの子じゃあフェイトには勝てないよ」

「なのはとレイジングハートは魔法と出会ってから……君達に負けてからずっと、魔法の訓練をずっと続けてきた。
その上今回は、フェイト・テスタロッサを“暗殺”してやろうと徹底的に牙を研いでいるからね」

「暗殺……!?」

「計画的に追い込んで、叩いてやろうって話だ」


でもユーノは、この結果の見えた戦いに希望を抱いていた。

大丈夫、勝てる。勝てなくても何かを刻めると……飛び交う二人をずっと見つめ続けていて。


「じゃなかったらあの初撃は防げなかった」

「それでも……それでも勝てないんだよ……! 本気のフェイトがやる空戦には」

「勝てないのはフェイトの方だ」


だからユーノは折れない。


「なのははフェイトを見ようと、知ろうとして踏み込んでいる。
相手も見ずに切り払うだけの刃に折れるほど、あの二人は弱くない……!」

「……………………」


アタシと違って折れない。勝つんだと信じてあげられる。


「……アタシだって、信じたいよ」

「アルフ……?」


フェイトのどこか頑なな心に、何かを届けられるって。


「でも、それでも、フェイトの力は……!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


廃ビルをすり抜けながらの海上戦……ドッグファイトは私が有利。

あの子の背後を取って、直射弾を連射連射連射……でも当たらない……!


(この子、こんなに飛ぶのが上手だったの……!?
だったら)


五発、新しい弾丸をセット……ファイア。その上で私も加速する。

あの子は左にローリングで弾丸を回避しつつターン。脇をすり抜けた弾丸は、近くのビルに全て命中し爆散。

でも急速的な高速飛行中なら……あの子の背後を取り、死角から首裏への衝撃打(フィニッシュブロー)。


(能動防御は当然間に合わない――!)


そのまま首裏めがけて一撃。出もその瞬間、バルディッシュの刃先が噛まれた。


≪Holding Shield≫

「……!?」


あの子がいつの間にか振り返り、展開したシールドに防がれつつ、拘束。


(ちょっと待って)

「レイジングハート!」

≪Cannon Mode≫

(どうやって死角からの攻撃を掴んだの!?)


その衝撃がアウトだった。

また高速展開したバインドに全身を戒められ、あの子は距離を取りながら、砲撃をチャージ。


「ディバイン――」


そうしてトリガーを引かれた瞬間、放たれたのは直系数十メートルにも及ぶ特大砲撃。

重装甲・重火力の砲撃魔導師らしいあの子が放つ、それ自体が“巨大な質量兵器”たり得る砲撃……!


「バスタァァァァァァァァァ!」


咄嗟にこちらもシールドを展開し防ぐ……でも、その質量に押し切られ、吹き飛び……私の体は深い水底に叩きつけられて……。


(なんて、威力……!
防いだのに、抉られた……!?)


さっき受けた速射砲なら防げた。でも本気のチャージを許すと、こんな……。


(あの子、こんなに強かった……?
ううん、最初のときは私が圧倒できた。二度目も、三度目も……でも、この短期間で、こんな……)


意味が分からなかった。

誰のために、なんのために……どうしてって、そんな疑問ばかりが浮かんで。


「…………!」


それでもと必死に意識を繋いで、水の上へと飛び出し、呼吸を整える……それだけが、今の私には精一杯で。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


よし、二撃目も……布石の一つもばっちり打ち込めた!

お兄ちゃんとお姉ちゃんが教えてくれた“暗殺の心得”、ばっちり機能中だよ!


≪同じ手はもう使えません≫

「なのはが同じことをしようとしても、だね」

≪えぇ≫

「でも、知恵と戦術はまだまだこれから!」


わたしはまぁ、不器用というか……今はこんな形でしか、伝えられない。

でも、届けたいんだ。今もっている全てをあの子に。


それができたら……もしかしたら。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――試合開始から十分経過。

二人の幼い魔導師は、全力全開でぶつかり合っている。

空を飛び交い、背後を取り合い、隙があるなら一撃でも多く打ち込み。


戦いというよりは削り合いだ。正直この段階でも、見ていて痛々しい程度には。


「……ここまで激しくなるとは……ちょっと予想外かも。リンディは」

「同感。フェイトさんの経験値と実力が圧倒的だったわけだし」


実力が伯仲しているがゆえに、少しでも劣る“答え”をぶつければ即ダメージに繋がる。

が、実力が伯仲しているがゆえに、それが致命傷にはならない。その程度には答えの質も近いんだ。

つまるところこの二人の勝負というのは、どちらかの優劣や強弱を決める勝負ではなかった。


「詰め将棋……というよりは我慢比べに近いですね。
お互いの余力と選択肢を削り合い、手の内全てを砕かれた方が負ける」

「その場合、クロノ君の見立てで……不利なのは」

「当然なのはだ」


あの子の才覚……特に空間把握能力がとんでもないのは、見て取れるよ。

何度も何度も……フェイトが放つ死角外からの攻撃を防ぎ、流し、その上で反撃も加えている。バスターみたいなチャージ攻撃はさすがに無理だったが。

単純な魔力量や出力の話じゃない。そこに依存しない才覚の高さと、それを愚直に伸ばし続けた修練……その成果が如実に表れている。だから互角に渡り合えるんだ。


が、それでも時間が足りない。


「年単位で教育を受けてきたフェイトにとっては、この状況も経験値でなんとかできる状況だ。だがなのはにとってはその“バックボーン”が薄い。
……先行きが見えないせいか、魔力も無駄に多く使っているようだし……このまま削り合いが続けば」

「手厳しいなぁー」

「事実を言っている」


ピンチの状況で頼りになるのはなにか。それは頼れる仲間でもなければ、新しく届いた必殺武器でもないし、スーパーなんちゃらなパワーアップフォームでもない。

実戦でとにかく頼りになるのは、日々積み重ねた修練だ。何千何万と行ってきた基礎の数々……そういう積み重ねの自負が折れそうな心を支えてくれる。

だがなのははほぼほぼ我流かつ独学な上、短期間での急成長だったため、その辺りが極めて薄い。極寒の大地を裸で歩いているようなものだ。


それがなのは自身の怠慢ではなく、期間的に致し方なかったことだからなぁ。なんというか、判断に困るよ。


「とはいえ、フェイトも迷いが出始めている。
……いよいよ自分が無意識になのはを見下していたと突きつけられ、動揺しているというところか」

「本当に手厳しいわね……!」

「クロノ、あなた……」

「ちょ、お二人とも!?」


レティ提督と艦長が揃ってが引いている!? いや、ちょっと待て! これには理由があってだなぁ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


今度こそ背後から……でもその瞬間、あの子の右手が顔面に向けられて。


「ストライクスマッシャー!」

「……!」


零距離の速射砲をまた食らい、吹き飛び……距離を取って静止。

なんとか、ノックアウトだけは避けられたけど……どうしよう。


(あの子、本当に防御が固い。その上反応が異様にいいから、重い一撃もすぐに撃ってくるし)



このペースでの削り合いは、ちょっと……かなり、危険かな……!


(本当は怪我なんてさせずに、すぐ終わらせたかったのに……!)


……未完成だけど、今でも一応できはする。

あれならきっと通用するはず。


(防御の上から打ち抜く一撃……あれなら!)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


いやぁ、ギリギリ……もう常時全力疾走しているみたい。体の中で心臓がうーうー動きっぱなしだよ。

でも、なんだろうね。滅茶苦茶しんどいけど、楽しいとか思っちゃうのは……!

ありったけで動いて、ぶつかって、想いを伝えて……そんな時間を、戦いを、そんな気持ちのまま突っ走れるのは!


“……削り合いはリスキーだから避けたい……そう思ってくれたかな”

“だと思います”


作戦を読み取られても困るので、念話で……笑いながら、レイジングハートと会話。

もちろんフェイトちゃんからは決して目を離さない。油断したら、まさしく寄らば斬るだもの。


“それで全力の近接攻撃(クロスレンジ)を撃ちにきてくるなら……!”

“それが我々の勝機です”

“駄目だったらプランBだしね!”

“頑張りましょう”


ただまぁ、その辺りは杞憂に終わりそうだよ。フェイトちゃん、さすがに余裕もない表情で……すっと、バルディッシュを振りかぶったもの。


「……」


来る……来るよ来るよ来るよ! ここからはチキンレースってやつだね! さぁ、どんと来い!


(その3へ続く)







あとがき

恭文「というわけで、今回はいよいよ模擬戦のやり直し。まぁ基本は漫画通りに」

瑠依「恭文さん、今日は……エッチについて話しましょう」

恭文「…………は……!?」


(後書き一発目からとんでもないボールが投げられ、蒼い古き鉄唖然)


瑠依「あの、勉強したんです。今日(07/21)は……一人エッチの日だって。
私は、恭文さんの妻ですから。妻として、夫のそういう部分を受け止めるのも、大事なことです。
だから……今日は夫婦として、そういう……ふだん話しにくいことを話して、一緒に考えていきたいなと」

恭文「誰ー! またコイツにとんでもないこと吹き込んだのは! 思い込み激しいから駄目だって言ったよね!」

瑠依「話を逸らさないでください!」

恭文「逸らしてすらいないんだよ! 問題提起しているんだから!」

瑠依「私、頑張ります」


(天動さん、ガッツポーズ)


瑠依「フェイトさんとも、こういうお話をした上で夫婦になっていったんですよね」

恭文「フェイトか! フェイトが原因か!」

瑠依「もちろん、恥ずかしいです。でも……私は、恭文さんとそういうことを……半端な気持ちでしたくないんです。だから」

恭文「そもそもおのれは妻じゃ」

瑠依「妻です。……今日は、そういうの……ナシでお願いします。
本当に恥ずかしくて……拒絶されたら、本当に……苦しいから……!」

恭文「そう……じゃあ根本の話をしようか」

瑠依「なん、ですか」

恭文「もう、07/21じゃない」

瑠依「え」

恭文「2023/07/22だ……!」

瑠依「え……!」


(果たして蒼い古き鉄と天動さんの明日はどっちだ。
本日のED:水樹奈々『Invisible Heat』)


鷹山「……九歳でそんなことできるのかよ……!」

恭文「百人に一人の超天才どもが出会っちゃった結果ですって」

ロッテ「やすっちも一応そんな枠に近いんだけどねぇ……!」

アリア「うん……プレシア・テスタロッサの“暗殺“については、私達もビビったし」

恭文「いやぁ、いろいろ考えたんですけど、アイツとロストロギアごとAMFに閉じ込めるにはこれしかなくてー」

いちご「……あの、やっぱり非常識ですよね? AMFに自分ごとって」

アリア「正気の沙汰じゃあない」

ロッテ「魔法に頼らない戦闘が基本のやすっちだからこそだよ……。でもやっぱまともじゃあない」

恭文「まともでなんていられませんし」

舞宙「うん……それも、分かるんだけどさぁ」(諫めるように頭なでなで)


(おしまい)






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あきゅろす。
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