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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦1998年・風都その27 『虹』





魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦1998年・風都その27 『虹』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――西暦1998年・風都

鳴海探偵事務所



もうすぐ二十世紀も終わる。

そのせいで世界が滅びるだのなんだのと騒がしかったのもいつの話だろうか。

あれだけ騒がれた予言の日など訪れず、人々はそれすらなかったことのように日常を過ごす。


そんな時間の中……一九九八年という時間を、俺は死んだように眠り続けていた。

もはや死んでいるも同然だった。だがそれでいい……それでいいのだと、自分を甘やかし続けていたら。


『――!』


突然事務所は騒がしくなった。

前触れもなく、激しいノックが響き……最初は無視していたがいつまでも止まらない。

俺はただ死んだように眠りたいだけだ。それだけだったのに……。


「……!」


苛立ちながらも立ち上がり、玄関を開く。


「うるさいぞ、消えろ」


……だが、ドアの前には誰もいない。

二階までは一本道。しかも狭い通路だ。隠れられるような場所はない。

ピンポンダッシュ……それもない。俺が開ける直前までノックは響き続けていた。逃げる猶予はない。


というか、気配はある。なので視線を下に下ろすと……。


「……!」


黒髪ではつらつそうな子どもがいた。年の頃なら小学生くらいか。体格は成人男性(俺)の腹というところだ。


「……この張り紙が見えなかったようだな、坊主」


まぁ怒鳴りつけるのも大人げないと、ドアに張ってあった用紙を剥がし、見せつける。


――休業中――

「困りごとなら警察にでも行け」

「いや、ここじゃなきゃ駄目なんだよ! おれをアンタの弟子にしてくれ! おやっさん!」


……一体どういうことなんだ。おやっさん……はまぁ別にいい。そう言われても仕方ない年だ。

だがどこでどう見初められたら、弟子だのなんだのという話になる。

それ以前になんでこんな子供が……あぁもういい。考えるのも面倒だ。


なにせ答えなら決まっている。


「……お前に言うことが二つある。
一つ、ガキに探偵の真似事はできん。
二つ、こっちはもう仕事を辞めている。以上だ」

「休業なら再開できるよな!」

「……“廃業しました”に書き換えておく。悪かったな」

「まぁまぁまぁまぁ! この街はおれの庭だ! そんな俺が入れば仕事も再開できるって!」

「……よく分かった、坊主」


そう告げると、そいつはぱぁっと明るく笑って……ちょっと心が痛くなりもしたが。


「断る」


そう断言してからドアを閉じようとする……が、動かない……おい待て。ドアの縁から手を離せ。それはさすがに危ない。


「師匠は! 弟子という壁を越えていかなきゃいけないんだぁ!」

「超えるのは弟子だろうが……!」

「このドアを開けば、それができる!」

「何様だお前! とにかく……十年早い!」


最近のガキはどうなっているんだと思いながら、ドアの一番上に張り紙を貼り直しておく。


「……コイツに手が届いたら、また来るんだな」


ようやく坊主が手を外してくれたので、ドアを……確認しつつ閉じる。

それで薄暗い事務所の中、疲れ果てながら応接用のソファーに座り直し。


『――!』


またどんどんと叩く音が響く。

一体今度はなんだと、ドアを開くと……。


「……!」


奴はそこら辺にあった空き缶を足場に、張り紙を取り、にこやかに笑っていた。まぁぷるぷると震えてバランスを崩しかけているが。


「……なんて辛抱の足りねぇガキだ……」

「発想の勝利だ……!」

「ああもう、分かった分かった」


とりあえず転けても面倒なので、一旦そいつの脇を抱え、地面には安全な形で下ろしてやる。


「ちょっとこっちに来い」

「入れてくれんの!?」


――これが、俺と坊主……左翔太郎との出会いだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


初めて入った事務所は、そりゃあもう……ガキの俺からしたら大人の匂いってやつで満たされていた。

そうしておやっさんは、俺にコーヒーを煎れてくれて……それを飲んだら。


「……ぶばあぁ!」


苦くてまずかった……! あの味は、忘れようがない。


「ま、まっじいぃな……。砂糖とかミルクは」

「そんなものはない」

「……俺がまだまだガキで、、味が分からないだけかぁ……」

「………………」


そしておやっさんはなぜか顔を背け、沈黙した。


「いいか、坊主……お前には我慢ってもんがなさすぎる」


かと思ったら、鋭い刃を投げかけてきた。

……その言葉が突き刺さって仕方なかったよ。現に、俺には一番苦手なことだった。


「我慢は探偵稼業の必需品だ。
お前みたいなせっかちな格好つけには、この仕事は向いてねぇ」

「よ、よく初対面なのに俺の性格まで分かるね。さすが名探偵……」

「なのでとっと家に帰れ。
でなければお前の親御さん達にも申し訳ない」

「……両親は事故で死んじゃったよ。
親戚の……おばちゃんの家で世話になっている」

「……そうか。悪かったな」

「いいよ。……だから俺、風都を好きになったんだもん。この街が俺を助けてくれたんだ」

「………………」


――俺は街の隅々まで詳しいことを聞いてくれた。おやっさんは静かに聞いてくれた。

この人も風都が好きなんだって、すぐ分かった。


でも……。


「なのにさ、最近……街は化け物に荒らされてばかりじゃん。
空飛ぶ人間蜘蛛とか、白い蝙蝠(こうもり)とか、気持ち悪い骸骨とか」

「……気持ち悪い……ねぇ……」

「奴らのせいで、街を離れちまう人達も増えている」

「……」

「俺は街を守りたいんだよ! 蜘蛛男をやっつけて、歌姫を救ったおやっさんみたいに!」

「――マツ――」


俺は自分で思っているほど、おやっさんを……鳴海荘吉という人間を知らなかったんだ。


「帰れ、坊主……二度と来るな」

「………………!?」


おやっさんがなぜ、殺意すら感じさせるほど険しい表情をしていたのかすら分からず、怯えるようにそこから出ていってしまったくらいには……何も知らなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ユージと麻倉の三人で、ガンプラを買ってしまった。

俺達はよく知る初代ガンダムで、麻倉は……ストライクガンダムだったか? それのエントリーグレードもあったので、それを買った。

なんでもストライクガンダムというのは、蒼凪の友達も使っていた思い出深いものらしい。いちご達からその下りを聞いて、興味があったんだとか。


それも、ただの普通のストライクではなく……。


「だがびっくらたまご……ねぇ。入浴時付きって豪華な」

「はい。しかもこのおっきい剣、とっても稀少だったって……えっと、グランドスラム?
蒼凪くんなら分かるかなぁ。オプションセットにもついていたけど」

「まぁ最悪スマホで調べればいけるでしょ。有名商品だし?」

「え、スマホってそんな凄いの……!?」

「鷹山さん……」

「タカは、まだスマホ登場前の世界線だからなぁ」

「ちょ、やめろ。その同情の視線は……おじさん、頑張るから!」


二人の視線が辛くなりながらも戻ってきたら……左が鳴海荘吉との出会いについて話し始めていた。

そうしたらまぁ、子どもの左はなかなかに利発的だったようで。というか、鳴海荘吉も蒼凪や美澄苺花に比べたら、実に温和な対応をしていたわけだ。

……つまるところ、ミュージアムやシュラウドによる洗脳を受けなければ……それが、素の鳴海荘吉だったんだろうな。


「二〇〇八年の鳴海荘吉は、この止まっていた時期に戻るまいと必死だった。
そのためにやすっちや苺花ちゃんを利用しにかかった」


リーゼロッテはそれも壊れ始めていたのだと、呆れ気味に告げる。というか、さらっと蒼凪の背後に忍び寄り、全力ハグ……!


「にゃあ!?」

「最初の一件をもみ消しさえしなければ、お父さん達もケアが受けられて、家庭崩壊やら失職の危機なんてなかったのに……その反省すらなくだよ!」

「お父さん達のケア、ですか?」

「人を傷つけ、殺すことへの覚悟……俺達警察官も、日々の訓練や研修などで培っていくものだからな。
そんなものを専門的な知識や相談できるツテもなく、いきなり個人で抱えて、奇麗に処理できるわけがない」

「そこは家族も同様ってことだね。だからやっちゃんの親父さん達も、持てあまして喧嘩しまくっちゃったわけ」

「……その辺りは、私も似たようなものだったと思います。
実際劉さん達が改めてフォローした結果、おじさん達も忍者候補生入りはさくっと賛成してくれましたし」

「じゃあ、それで……お父さん達と仲直りしろとか、そうすれば全部解決とか言っていた鳴海さんって……!」

「とんだ恥知らずですよ……!」

「……」


風花が自戒を混じらせながら、怨嗟の声を上げる。それに田所も二の句を紡げずにいた。


「蒼凪は『警察とPSAに協力しろ』と要請したからなぁ……」

「そこんとこ無視した上、やっちゃん主導で依頼を反古にしても、好き勝手していたわけだしねぇ」

「その時点で探偵としての矜持や本分すら捨て置いている」

「それでも、おやっさんは……恭文に信じてほしかったんだ。
自分の罪を購うには、恭文の間違いや弱さを正し、強い男にする……それしかないからって……だから、俺も」

「だがそれは、蒼凪を“間違った弱い存在”として見下してもいる。少なくとも対等に見てはいない
そして左、お前は結局師匠かわいさでそれを当然とした」

「……その通りだ……!」

「ほんと、揃って馬鹿なことをしてくれたと思うよ。
恭文君、当時は『お姉さん』や御影さん絡みの記憶を……ずたずたにされたばかりだったから……余計神経ささくれだっていたのに」


あぁあぁ……それもあったか。蒼姫に貸す形となった記憶も、本当に取り戻せるかどうかは分からなくて……というか、実質的に取り戻せなくて。


「お姉さんの方は蒼姫ちゃんや私達でも補填できない上、例の戦闘中に流れた歌も……戦闘中だったから“破砕音”に紛れて、機械的判別も不可能だったし」

「……やすっち、思えば珍しく踏み込んで好きーってなっても、大体彼氏持ちか結婚していて……そうでなくても成就率〇パーセントなんだよねぇ……! この頃からジンクス最大発露だ」

「嫌なジンクスすぎるんですけど!」

「だから雨宮ちゃんにも、トラウマが引っかかって迷いまくり」

「ロッテさん!?」

「ん……でもさ、勇気は出してくれているよね?
あたしにうたってほしいし、好きだし、愛しているって言ってくれたし」

「あ、そうだったねー。やすっちも頑張っているなー」

「にゃああぁあああぁあああぁあ!」

「まぁまぁ……ほら、ここは……ここ、パチン?」

「ぱ、ぱちんです……!」

「よっと」


……まぁ、雨宮は大丈夫だろう。なんか一緒にパーツとか、切っているしな。


「でも、待ってください! 僕、愛しているなんて一言もぉ!」

「……あたしの、そういうご縁も含めて……もう怖い思いとかしないように、守れたらって……考えてくれているんだよね」

「え」

「でもそのために、歌とか……お仕事とかで不自由がないようにとも、思ってくれているんだよね。……それはね、ただ好きなだけじゃでない言葉なんだよ?
君があたしのこと、愛してくれているから……だから、あたしがシェアとかできなくても、守るんだって思ってくれているから、出る言葉なの」

「え……!」

「そうなんだよねー。つまり、蒼凪くんは私やもちさん達にも……あ、今度うちの豊田と事務所の人達にも紹介するから」

「伊藤さん!?」

「私も紹介するよ。ホリプロの猛者どもが鎮座して待っているから、覚悟しておくように」

「先輩!?」


……大丈夫だよな! なんか蒼凪が追い込まれているだけだし!

まぁ雨宮なら上手く制御できるだろ! 人斬りモードも解除されつつあるしな!


「……なら、あのお二人でも天さんがそうとかは」

「「分かんない分かんない……!」」

「や、山崎さん、あの……」

「大丈夫! 私はごめんと言うしかないけど、伝わったよ! 君の愛情!
ビリオンのみならず元祖メンバー十三人に直撃だよ!」

「うん……それはもう、責任を取らなきゃいけないよ。でも私も欲しかったなぁ、その愛情」

「ふーちゃん!? あぁあぁああぁあぁああ……!」


蒼凪、こっち見るんじゃない! 俺達を見ても助けられないからな! 全部お前から出た感情なんだよ! 四二人と王宮ハーレム、風香達も含めて全部愛し抜くしかないんだよ!


「で、ヒカリちゃんは……」

「同じくだよ。……コイツが聞き入っていたのを、ぶった切ったしな」

「あの、だったらそこはすっぱり割り切って、新しい恋に踏みだそうーとかは」

「六歳当時でか?」

「ですよねー!」


ツッコんだ山崎も分かってはいた。分かってはいたんだが、言わずにはいられなかったんだろう。

なにせ六歳の子どもだからなぁ! 言わなくても明日にはけろっとしている可能性だってあるわけだし!? そこ考えたらな!


「というかだな、その時点だと再会する可能性もあったし……それで一目惚れってことも結構あったんだよ。
ただまぁ、悉く間が悪いというか、敗戦の歴史ばかりが増えるんだよ。無自覚にフラグは立てていくくせに」

「それで風花ちゃん達に行くのもためらっていたから、お試しでも……アバンチュール的なのくらいは楽しんでいいんだよーって話したんだよね。
結果アリア共々お作法を……」

「教えちゃったんだよねぇ」

「ロ、ロッテさん! アリアさんもそこまででー!」

『……その結果がお姉さんルートorゆかなさんルートor私(蒼姫)ルートorリーゼさんルートだってこと、忘れないでくれる……!?』

「「「……ほわい?」」」

『とぼけるなぁ!』


そうだな! 蒼姫はいいこと言ったと思うよ! さすがにその四択は……偏りがすぎるんだよ! 特にゆかなさんルートだよ!

それを堂々と言ってのけたんだろ!? 恭也達とかがいる前で! そんなにゆかなさんが好きか!


「……ゆかなさんや蒼姫ちゃんにはそう言えるのに、あたしには……あぁううん、言ってくれているもんね。
愛しているって……自分とそうなるかどうかは関係なく、守りたいんだって」

「にゃあ!?」

「でもさ、それでアバンチュールもしてくれないんだ」

「にゃああぁああぁあぁあ!?」

「大好きな先輩とはするつもりなのに!」

「しませんよ!?」

「いや、するつもりだよね? だから私に意地悪して、気を引いてばっかりでさぁ」

「なんでだぁ!」


ほらほら! また雨宮が面倒臭い女になっているよ! コイツ、なんだかんだでヘビーなんだよ! しかも田所まで乗っかってさぁ!


「もちろん分かっているよ?
あたしのこと好きだって言うなら、お姉さんじゃなくて……今のあたしと一緒にいたいって……言ってくれたもんね」

「……じゃなきゃ、嫌です」

「そうだね。あたしも、それは嫌だ。
でも……それならよけいにね? あたしのご縁も応援するとかも一旦なし」

「あの、それは」

「いいから! あたしだって一か月悩んだんだよ!? それで、悩んで……でもぶった切ることもできなくてさ!
しかも君が、あのときお姉さんや自分じゃなくて、ただあたしを助けたかったんだって言ってくれたしさ!」

「え……!」

「蒼凪くん、天さん……そこが一番引っかかっていたの。今の自分を見てくれていないのかなって」


それは……いや、そうだよな。さすがにそれでどうこうは……蒼凪自身も駄目だと言う程度にはアウトだ。だから麻倉の補足には納得なんだが。


「それだって、愛しているってことなんだよ!? 君は今日何度も、あたしにプロポーズしまくっているの! ほら、月が奇麗ですー的な感じで!」

「にゃあ!?」

「だから悩んでよ! あたしと同じくらい悩んでよ! それで改めて答えを出してくれなきゃ……あたしだって納得できないし!」

「は、はいー! すみませんでしたー!」


ただ……そんな蒼凪だが、悩んでもいて。

歌だけかもしれないっていうのも、そこんところでごちゃごちゃしているせいなんだろうな。

本当にそこをどうでもいいって言うのなら、しっかり線引きしなきゃいけないところだ。だからずっと問いかけているが……。


「まぁ話すと長くなるし、そこんところはまた後で……というか、結論なんてもう出ているし!?」

「出ているんですか!?」

「ばっちり!
……でさ、鳴海さんって結局なにがきっかけで、あんな感じになったわけ?」

「……このすぐ後に出てきたのが、決定打ですよ」


そう言って、蒼凪は注文用のタブレットを手に取り、ぽちぽちと……。


「めーさま、この高級ジュース頼みましょう。前に桜守家からお中元でもらって、凄い美味しかったんです」

「あ、ほんとに? じゃあ……って、またお酒じゃないんだ」

「そこはもう、言った通り……僕がやるとアルコールハラスメント無限製造なので」

「……あたしを酔わせてどうするのーとかって、やっぱり言えないね」

「酔わせても、どうにもしません」

「ん……」


いや、雨宮? そんな笑う前に、ツッコむところがあるぞ。


「でも……でもね? お酒の力も借りて、なんとかってこともあるんだ。
あたしも今はそんな感じだし……だから、そういうずるさは……できれば受け入れてほしいな」

「……じゃあ、確認……確認、取りつつで……!」

「それでいいよ。
じゃあジュース来るまで続き……あ、ランチャーできた! すご!」

「凄いですよねー」


いや、そこじゃなくてだな! コイツ、また愉悦酒……ならぬ愉悦ジュースするつもりだぞ! 察したよ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……最低だ、俺は。

あんな子どもに八つ当たりするなんざ……やっぱり生卵だ。

だからもう眠ろう。死んだように……そうして……。


≪pppppppp――≫


……なのに……また……デスクで仮眠を取ることすら許してくれないのかと、目を開くと……飛び回っていたのは≪スタッグフォン≫。


「……お前まで俺の眠りを妨げるのか」


仕方なしにスタッグフォンをキャッチし、携帯モードで画面を確認。


――着信:文音――

「……」


静かに息を吐いて、電話に出る。もううんざりだが、応対しないわけにはいかない。


「いい加減言い飽きたが……休業中だ」

『いつまで眠っているの? あなたらしくもない』

「人を殺している方が俺らしいとでも……?」

『……』

「俺が本気で戦えば、相手は死ぬ。
如何にメモリへ魂を売ったとは言え、元はこの街の人間だったはずだ……」

『……でも、寝ていても人は死ぬわよ。しかも善良な人間が、今もまた』


眠っていたいのに……眠り続けたいのに、俺はそこで引かれてしまった。


「……出たのか」

『はるかぜ公園に気配が現れている。
ドーパントが潜んでいる可能性が高い。犠牲者が出るわね。
若いカップルや……小さな子供もいた』

「子ども……」


そしてまた引きつけられる。いや、まさかとは……思うんだが。


「どんな子どもだ」

『黒いベストを着た、目つきの悪い子』

「……なんだと……」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


風都には、鈴鳴珈琲店っていう美味しいところがあってな。俺もいろいろ世話になってたんだよ。

それでまぁ、夜遅く……閉店間際になっちまったが、そこを訪ねて……少しばかりのコーヒー豆を買わせてもらった。


「夜遅くごめんな、おっちゃん」

「あぁ。まぁいいってことよ。翔ちゃん立っての頼みだ。気をつけて帰るんだよ」

「あぁ!」


店のおっちゃんには俺を伝えて、急ぎ足で事務所への道を進んでいた。


「……なんで急に、あんなに怒ったんだろうなぁ……おやっさん」


怒る要素ないと思うんだけど……うん……まぁ、なにかしちゃったのは確かだと、そう思ったわけだよ。

……そこでこの豆だ!


「あんなまずいコーヒー飲んでいたら、そりゃあイライラもするよな。
とにかくこの店の豆なら完璧だ。謝ってからプレゼントしようっと」


それで公園を抜けようとしたところ……。


「きゃあああぁああぁああぁ!」

「誰か! 誰か来てくれぇ!」


そこでびくりと震え、振り返る。

だが……なんだありゃ。アベックが揃ってコケて、周囲に助けを求めているんだが。

随分大げさだけど、なにかあったのかと近づくと……ずぶぅっと、足が沈む感触を覚えた。まるで砂場みたいにだ。



でもおかしい。ここはたった今抜けた道。硬い土なのは分かっている。なのにあぁ、なのにだ……。

それが爆発するみたいに、デカイ穴になっていく。すり鉢状となったそれに、砂と化していく土がどんどん流れ込んでいって。

アベック二人もその仲に巻き込まれて……!


「なんじゃこりゃあああああああ!」


そして中央から出てきたのは、クワガタ……いや、違う。これ、学校の昆虫図鑑で見たことがあるぞ。

蟻地獄……蟻地獄だ! アリを砂の中に引きずり込んで補食するやつ!


『……離せよ彼氏……手ぇ離しちまいなよ』


より不覚に堕ちようとしていた彼女を、彼氏が必死に掴んで、引き上げようとしていて……でも上がらない。それはできなかった。

というかあれ、普通の蟻地獄じゃない。はさみだけでも俺と同じくらいの大きさなんだ。つまり……骸骨や蜘蛛、コウモリの親戚かぁ!


「……!」


まずい。このままじゃどうしよも……すると近くにあるものを見つけた。

慌ててそこへと走り出す。


「もう、駄目……逃げてぇ……」

「いやだぁ!」

『いやだーか。よく言えたもんだ。
……不格好で不器用な部下には、ダサいだの惨めだのとあざ笑えたのになぁ』

「な……!」

『彼女さん、そいつは職場いじめの常習犯ですよー。
半ば優秀だから、出来損ないを見下し叩くのがだーいすき』

「お、お前まさか……」

『知っているさ。俺は裁きの神だからなぁ』


見つけたのは縄……それも縄跳び! 多分公園で遊んでいた誰かが忘れていったんだ!

それを近くの街灯に結びつけ、俺の左足にも結びつけて……急速反転! このままだとヤバいので……。


『まぁ、恨むなら彼氏さんを恨もうか。
――あとでたっぷり可愛がってあげるからさぁ』

「やめろぉ! そんなの逆恨みじゃないかぁ!」

「構うな!」


なんか気持ちの悪い人だか虫だか分かんない怪物が、いろいろ宣っているけど……気にせず蟻地獄に少々踏み込み、彼氏さんの右手を取る!


「早く……俺に捕まって、登って!」

「「……!」」

『なんだこのガキ……』


堕ちる砂の勢いが強まっていく。でも……彼氏さんは即座に動いた。掴んでいた彼女を必死に引き上げる。彼女さんも俺を伝って、そのまま蟻地獄の外に。


「逃げろ……遠くに逃げるんだ!」

「……!」


彼女さんは涙目になりながら、必死に走り出す。よし、次はこの人を……。


『この……野郎どもがぁ!』


するとあの虫野郎が、左肩を向けてくる。……そこから飛び出した針が折れの左足に突き刺さり……更に縄が断ち切れて。


「うああああぁああ!」


そのまま耐えきれなくなった俺は、情けなく彼氏さんと一緒にずり落ちるしかなかった。

数メートル下に落下し、倒れた俺達……すぐに逃げようとするけど、足が動かない……なんか、針が刺さった箇所からしびれて……!


『がっかりだぜ』


でも構っている場合じゃなかった。

彼氏さんが奴の左手に掴まれ、持ち上げられた。


「やめ」

『お楽しみを逃がしてくれた罰だ』


あの巨大な牙二本に、首を挟まれる。

途中の突起が皮膚と肉を抉ると……彼氏さんはビクビクと震えて、どんどんしわくちゃになっていく。。


「あがあぁああぁあ、ああ、ああ、ああああああぁあああああああ……あ、ああ、あ……あぁ……」


そうして骨と皮だけのミイラに……さほど経たず変化。眼球も吸い出されるように潰れて、そのままぐしゃりと俺の前に落ちる。


「…………」

『そら、お次だ』


俺の左足を掴んで、ぐいっとそいつは持ち上げて……ヤバい、あれに捕まったら、間違いなく死ぬ! だから必死にもがいて、抵抗して!


「あぁあうああぁあ! やめろぉ!」

『うるせぇ、食われるだけ光栄に思え。
……俺はな、極めてグルメなんだよ。本当は女だけ犯して食いたかったんだ。男の血はディナーに合わねぇ』


血だとぉ! じゃああれ、血とか体液……そうだそうだ、思い出した!

虫のアリジゴクって、捕まえたアリの体液を吸い取り食べるんだ! だからミイラになるまで……うぇ、気持ち悪い……!


『まぁいいさ。女の次に上手いのは子どもだ。女の子どもだったらなおよかったんだが』

「……お前……小さな女の子まで、食ったのか……!」

『お姉ちゃんを助けてーとか言うから、身代わりになれって言ったら……最高だったぜぇ。
ま、その後お姉ちゃんも美味しくいただいちゃったんだけどな! あははははははははは♪』

「……」

『おいおい、そんな怖い顔をするなよ。俺はアントライオン……いつでもどこでも砂地獄を発生させ、自分のえさ場にできる『捕食者』なんだぜ?
俺の街で、どんな餌を食おうと、俺の自由ってもんだろうが』


そいつは牙の奥に歪んだ目を輝かせながら、言い切った。俺の街だと……自由だと……。


『お前もきっちり味わってやるからよぉ』

「……おいてめぇ、訂正しろ」

『なにが違う。お前はガキ』


……すかさず無事な右足で蹴り。なんとか顔面を捉え、驚いた奴が俺を手放す。

情けなく地面にへたり込むけど、それは大丈夫……それよりも、大事なことがあるから、なんとか……体を起こして……!


「そこじゃねぇよ……!
俺の街じゃなくて……俺達の街だろ! 間違えんな!」

『……はぁ……!?』


そこだけは譲れない。風都って街に救ってもらった俺だから、譲るわけにはいかない。


「俺も待ちを自分の庭みてぇに駆け回っているが、『住まわせてもらっている』って気持ちを一日だって忘れたことはねぇぜ! この街はみんなのものだ!
それを……踏みにじって! 一人締めしようとするような奴は」


砂を掴み、奴にぶちまける……小さな抵抗だけど、それでも折れたくない。そんな気持ちだけはしっかり叩きつける。


「とっとと出ていけよ!」


……でも……それが限界だった。

足が震えて、体がしびれて……そのまま、仰向けに倒れる。


『……踏みにじって何が悪い』

「悪いに……決まって……」

『だったらその街に踏みにじられた人間は! どうやって生きていけばいいんだよ!』


……それは悲鳴だった。

アイツは悲鳴を上げていた。必死に……そんなことが許せないと……。

それが、どうしても放っておけなくて、体を……上半身だけは、なんとか起こす……。


「それでも、踏みにじらないやり方だって……あるかも、しれないだろ……!?」

『踏みにじってくるんだよ!
普通だから、当たり前だから……俺がなにもしなくても、そうしてなぶり殺しにする!』

「それでも……駄目だ……」

『……あぁもういい。お前を食うと馬鹿が移りそうだ』

「もし、お前の側にそんな奴らがいるなら、逃げたっていい……でも、こんなやり方でやり返しちゃ駄目だ……!」

『大好きな街の肥やしにしてやるよ!』

「こんなの……駄目…………なんだぁあ…………」


声が、続かない……喉までしびれてきた。だからまた倒れて……俺は……今度こそ…………。


『……がはぁ!』


……そこで見えたのは……白くて長い足。

それがアントライオンを蹴り飛ばし、転がし……俺から引きはがした姿。


それを成したのは……俺を、助けてくれたのは……。


「……おや……さん……」

「聞こえたぜ、お前の啖呵。……坊主、名前は」

「……左……翔太郎…………」


あぁ、そういえば……自己紹介もしていなかったなぁと、そこで反省する。そりゃあ怒るだろうなぁ……と……。


「しばらく寝ていろ、翔太郎。
お前を決して殺させはしない」

「……やっぱ……かっけぇ……」


そこで本当に限界地点。

安堵から、そのまま……走るしびれに心地よさすら感じながら、意識を手放した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


翔太郎から少し離れつつ、帽子を押さえながら、周囲を見やる。


『つぅ……なんだ、親父の登場かよ……。
まだ母親の方が食えただろうに』

「……手頃な穴があって助かった」

『あ?』

「穴があったら入りたい……そう思っていたところだからな」


左手でロストドライバーを……手放せなかった力を取り出し、腰に装着する。

すぐにベルトが展開され、自動的に巻き付いてくれる。便利なものだ。


「……こんな子どもの方が、俺などよりよほど……風都に生きる人間の誇りを強く持っていた」


右手で取り出すのは、漆黒のスカルメモリ。


≪Scull≫


そのスイッチを押し、一呼吸。


「休業は今日で終わりだ」


俺はもう一度戦う。

俺自身の手がどれだけ血塗られてもいい。


「街を愛するこの子の……全ての者達の未来を、この手で守れるなら、俺は」


そのための我慢なら、死ぬまで押し通す。いや、たとえ死んだとしても押し通し続ける。


「……変身」


左手でソフト帽だけは外し、そのままドライバーにメモリを装填……スロットを右側に倒す。


≪Scull≫


黒いボディ。銀の骨を思わせる装飾。頭頂部には雷撃を思わせる覚悟のサイン。

その上から、変身に巻き込まれないよう外していたソフト帽をかぶり直す。


ぼろぼろのマフラーを揺らし、俺がドーパントとなったことで驚き、戸惑う奴を睨み付ける。


『あ……ああああ……!』

「……心を捨て、街を泣かせた悪党は……もう人ではない」


マツのときもそうだった。だが……それでも。


「殺すこと以外では、救えない」


たとえ死に向かうことが必然だったとしても、人に戻ることはできる。俺はそれを、知っているはずだ。


――眠れ、相棒――

――……!――

「さぁ」


だから、右手を挙げて……奴を指差し。


「お前の罪を――数えろ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


もう二度と変身すまいと思っていた。だが、俺はこの少年から希望をもらった。

マツが送ってくれた最期のサインすら見逃し、目を伏せ、死んだように眠ろうとしていた俺を、もう一度奮い立たせてくれた。


(あぁ、戦える)


街を愛する心を守るためなら。


(覚悟ならもうできている)


こんな奴らのために、その愛する心が踏みにじられないためなら。


(迷う必要などどこにもない)


俺はもう、戦える――。


(これは、愛を守る戦いだ)

『罪……スカル……だと……!?』


……右側を見やる。

干からびて、苦悶の表情で砂に埋もれていく男を。

俺が途中で受け止めた女性……翔太郎と一緒に、必死に逃がした恋人の片割れ。


その無残な死に様に、拳を鳴らす。


「下品な食事をする奴には消えてもらう。他人の迷惑だ」


そう、だから……踏み込み鋭く右フック。虫野郎の左頬を殴り飛ばし、続けて近づき……。


『ぐああぁ……これは……』

「とぉ――!」


左ハイキック。更に左右の連打を叩き込み、吹き飛ばしたところで……。


『て、てめぇ!』


奴が左肩から針を取り出す。すかさず右手を腰の後ろに回し……スカルマグナムという銃を取り出す。

文音が作った、メモリの力を使う特殊な銃だ。探偵ゆえに住基を扱った経験などほとんどないが……それでも奴に向けて、引き金を放つ。

針を全て払いのけながらも、更に連射。だが……分かる……分かるぞ。


変身したことで目もよくなっているのか、どこにどう撃てば打ち落とせるかも分かる。これならばたやすい。


『ぶ、武器まで……お前、普通のドーパントじゃないな!』


そして針を全て落としてから、弾丸は奴本体に着弾。

幾度も火花が走り、奴は悲鳴を上げながら崩れ落ちる。


「がああぁああああぁあ……!」


更に歩み寄っていくと……奴は半身を砂に埋めてきた。なにか企んでいるのが分かり、足を止めると……背中背後の地面から鋭い爪が飛び出し、体の表面が抉られる。

かと思うとその爪が引っ込み、俺の寮頬を殴り……かと思うと引っ込み消えて、今度は全く別方向から俺を殴る。

だが、痛みはない……あぁ、痛みはないんだ。あのときもそうだった。


『どうだ! 少々強いメモリを手に入れたからって、油断したようだなぁ!』


俺は耐えられる。こんな攻撃では揺らぐ必要すらない。


『この蟻地獄の中は俺のフィールド! どんな奴でもここに堕ちたら、俺の食い物になるんだよ!』


だからマグナムを取り出し、引っ込む寸前を狙って射撃。が、一瞬早く砂の中に引っ込まれて……頬すれすれに別方向から爪が飛び出す。

それが頬を抉り、マグナムを叩き落とした。そうして今度は何をするかと思っていたら……奴は後ろから、クワガタのようははさみで俺の首を挟み、持ち上げる。


『もらったぁ! はははははは……俺の餌になれよ! ありんこぉ!』


餌……だが、なんともない。持ち上げられた衝撃で、お気に入りの帽子が地面に落ちただけのことだった。


『ん……!? なんだ……血も、体液も……こりゃあいったい……ていうか』


何かが吸い取られるような感じも……ない。全くない。あぁ、なるほど。改めて理解した。気づきたくはなかったが理解できた。


『この冷たい体はなんだ……!』


だから肘打ちし、奴を地面に転がし……難なく着地。そのまま帽子を拾い上げ、砂も払う。


「……変身するのは、少しの間死ぬことだ」

『え』

「あくまで俺の場合……だがな」

『まさか、不死身……!?』


死んでいる骸骨は殺せない。それがスカル……骸骨の力ということか。

つまり最初にわたわたしていた俺は、その覚悟がなかったわけだ。少しの間死ぬ覚悟が……そして。


「お前の死は、俺よりずっと長くなる」


街を守るために、怪物を死に至らしめる覚悟が――。


≪Scull――Maximum Drive≫


ドライバーからメモリを外し、右腰のスロットに差し込み、上からパンと叩く。


『……ああ……あぁあうあぁああぁあぁあぁあ!』


奴が再び針を放つ。だが俺の体に突き刺さろうとも、何一つ痛みはない。

それどころか胸部の肋骨が開き……骸骨の頭が、紫のエネルギーとして放出される。

それを飛び上がり……右回し蹴りで奴へと蹴り飛ばす。


「とぅ――!」


口を開いた骸骨は、奴を……まだ発射され続けていた針を飲み込み、噛み砕く。


『ぁ……!』


着地の瞬間、火柱が上がる。その中から吹き飛んだメモリ……Aのイニシャルを持つそれがはじけ飛んだのを確認。

破片が堕ちた先には、小太りで風呂も入っていないような、べたついた髪の男。しかも服装は薄汚れたパジャマだった。


「あぁあぁ……」


……社会の落伍者が、報復を狙って事件……か。よくある話だ。

だが、慈悲はない。撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。

せめてその最後は……砂に埋もれ、悲鳴も上げられず消えていく最期だけは、見届けてやる。


そして……いまわの際で、失った人の心を取り戻してくれ。罪を数えるために。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


やだ、やだ……やだぁあ……!


――なんでやることなすこと遅いかなぁ……。ちょっとは努力しろよ――


努力ならしてきた。できないならできない分って……いっぱい勉強もして……本も読んで……。


――なんか、ダサいよねぇ――

――ダサいダサい。髪型も変だし、顔も冴えないし……服のセンスも最悪――

――というかなんか匂わない?――

――何日お風呂入ってないんだろうねぇ――


身だしなみも、気をつけなきゃって。お風呂だって毎日入っていた。香水だって……なのに、誰も信じてくれない。

仕事ができないから。やることが遅いから。どんなに急いでも、頑張っても、人に追いつけないから。


――軽度発達障害……――

――脳機能障害の一種とされています。まだ研究中なのですが……とにかく知的障害を伴わず、生活や仕事に差し障るレベルで、能力や発達の遅れがあるというもので――

――じゃあ、僕は、障害者……なんですか……!?――

――……法律などではそう定義されていません――

――え、でも――

――ただ、あなたの場合相応の対策が必要かと……考えられるのですが……――


……いつまで頑張ればいいの。


――おい、お前……お母さんに申し訳ないと思わないのか!
お前の努力不足を、そんな下らない医者の言い訳で誤魔化して! お腹を痛めてくれたお母さんを傷つけて!――

――お願い……きっと、大丈夫だから。一杯頑張れば、みんな認めてくれるから。
だから、ね……もうちょっとだけ……ね……!? あなたはただ、頑張りが足りないだけなの! そんな自分から逃げないで!――


頑張っているのに、頑張っているって認めてくれない。

人と同じじゃなきゃ分かってくれない。

普通になれなきゃいらないもの扱いされる。


――そうだ、いつまで甘ったれている! お前に必要なのは精神科じゃない! 普通のことが普通にできないことを恥じて、周囲の人達に申し訳ないという気持ちを持ち、必死に追いつくための根性だ!
それがないお前はただのクズだ! いつまでそうして私達に恥をかかせ続ける! どうしてもできないというのなら死ね! 死んでしまえ!――


家族ですら同じだった。でも……メモリは違った。

メモリは、こんな俺にも意味があるって教えてくれた。

メモリは、俺にもできることがあるって示してくれた。


メモリは……メモリだけは! 俺の味方でいてくれたんだぁ!


――あ、ががあぁああぁあ……!――

――あぁ、美味しいよお母さん。とっても美味しい……――

――や、やめろ……やめてくれ……――

――次はお前だ、お父さん――

――なんで、こんなことをするんだぁ!――

――お前がクズって罵ったから……だろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!――

――違う……それは、お前に立ち上がって欲しくて! 厳しい言い方だったかもしれないが、お前のためを思ってのことだったんだ!――

――知るか知るか知るかぁ! お前らみたいなクズのところになんて生まれてきたくなかったんだよ!
だから死ね! その罪を死んで償え! お前達が言ってきた通りになぁ!――


それに縋ったのがそんなにいけないことだったのか! だったら教えてくれよ! 俺はどう頑張ればよかったんだよ!

誰も示してくれなかった! 親も、友達も、仕事先も、医者も……法律でさえも! 普通になれない俺はいらないと……罵ったり叩いたりするだけならまだいい!

苦しいという悲鳴を上げることすら許さず、無視し続けたんだ! 俺の悲鳴を無視することで、自分達が普通で正しいと……そう安心するための餌にしたんだ!


それはコイツだって同じだ! なのに、なんでお前達の悲鳴を聞き入れる必要がある!

それが“普通”なんだろうが! だったら俺がどうして他人を餌にしちゃいけない! お前達を見習ってやったことなんだぞ!


なんで……なんで……なんで…………。


「あ……ああ……ああ…………ああ………………」


なんで俺だけが、世界からこんな仕打ちを受けなくちゃいけないんだ……。


「ぁ…………」


普通に生きたかった。

普通に友達を作って、恋人を作って、結婚して……仕事で大変なことがあっても、認められて。

でもそうできなかった。努力したのに、努力だと認められることすらなかった。


生まれてこなければ、よかった……。

こんな思いをするのなら、生まれてこなければ、よかった……。

俺の罪って、なんだよ。生まれてきたことそのものが罪だとでも言うのか。


俺は……こんな汚い世の中に……生まれてなんて……きたく、なかった……のに…………。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


怪物よ、眠れ。そして人の思いを……心を失った罪と向き合ってくれ。

マツも、あのときそうして眠っていった。ならきっとお前にもできるはずだ。


そんな願いを……鎮魂の祈りを捧げていると。


「……おや……っさん……?」


後ろのベンチに座らせておいた翔太郎が、目を覚ます。

なお足の針は、奴を倒した途端に全て消失。体についても問題なかった。

……俺の右手に潜んでいる蜘蛛の毒とは、また違うらしい。


「目が覚めたか」

「あの女の人は」


軽く視線で右を指す。また違うベンチに寝かせている彼女を……状況が異様すぎて、安堵したところで気を失ったんだ。


「……アリジゴクの化け物は! それに今、なんか骸骨男も!」


骸骨……そうか。変身解除の瞬間を見られていたのか。だが夢うつつだったようだ。

……その辺りは今後徹底していこうと決意しつつ、軽く首を振る。


「アリジゴクは死んだ」

「死んだ!?」

「人を捨てれば、代償があるということだろう。
……骸骨の方は気にするな」

「え」

「奴は街に悪さをしない。何より、骸骨は殺せない……」

「……死んだ……のか…………」


坊主はそこで苦しげに呻く。


「アイツ、言っていたんだ。街に踏みにじられた者はどうすればいいって」

「気にするな。怪物の戯言だ」

「でもちゃんと答えられなかった」

「坊主、それは」

「答えれば……止められたかもしれないのに……!」

「…………」


……弱い者に……メモリで人を捨て去った怪物にも寄り添い、心を痛めるのか。

それは俺にはできないことだった。


「頼む、俺を弟子にしてくれ」


すると坊主は男の顔で、俺にそう告げた。


「こんなこと、嫌なんだ。止めたいんだ……だから」

「……断る」

「えぇぇええぇえぇええぇええぇえぇ!」


おい、うるさい。というか驚くな。あと裏切られたような顔をするんじゃない。


「なんで! そりゃあねーだろ! どう考えてもここで……感動の弟子入りする流れじゃん!」

「そもそもこんな夜中にうろうろするな。とっとと家に帰れ」

「豆買ってたんだよ! おやっさんのための! 風都で一番美味い……鈴鳴喫茶店の豆!」

「……俺も、同じ店の豆だ」

「え……!」


あぁ、そうか。俺を怒らせたと思って……それは悪いことをしたと、ぶっきらぼうにそう告げて……ジャケットを脱ぐ。

ベンチに寝かせた彼女に欠けて、そのまま抱え、病院まで運んでいくことにする。


……恋人が亡くなったことで、彼女は深く傷つくだろうが……それでも立ち上がっていけると信じていよう。


「うっそだろ!? それであんなにまずいの!? あれ、つーことは……入れ方下手なだけかぁ!」

「……黙れ……」

「分かった! じゃあ今度はレシピ持ってくるから!」

「俺のやり方でやる」

「その結果があのまずいコーヒーだろうがぁ!」

「豆の代金は後で払ってやる。
……さっきは俺も大人げなかったからな。詫びと思ってくれ」

「いらねぇよ! というか、渡した結果があのコーヒーって時点でもったいなくなったし! 俺が煎れるよ!」

「お前に男の道はまだ早い」


本当に騒がしい奴だ。翔太郎……左、翔太郎……。


「あーもー! とにかく、おれは絶対アンタの助手になる! 諦めないからなー!」


だが、コイツは希望だった。

自分の身を省みずに、誰かを助ける……そんな勇気を絞り出す。探偵として必要な資質≪誰かのための我慢≫を実践できる男。

まぁ子どもゆえに意識的な実践はできないが……こんな子どもが、きっとこの街にはまだたくさんいるのだろう。


……あぁ、決意は代わらない。もう揺らがせることはしない。

それを守って……たとえ最後の瞬間でも、人としての心を取り戻す。それが俺のやせ我慢だ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


去りゆく荘吉と子どもの姿を見送りながら、一人ほくそ笑む。


「……骸骨(スカル)が、眠りから覚めた」


荘吉のあまりに頑固な性質は、あのメモリとよく適合する。

アレは変身することで死者となるメモリ。生きているゆえの弱点や、痛みと恐怖を振り払う。まさしく動く骸骨≪スケルトン≫。

あのドーパント≪アントライオン≫は人間の体液などを吸い取るようだけど、骸骨にはそんなものもない。もちろん基礎体温などもないから、凍らせたところですぐ動き出す。


園咲琉兵衛のテラーに対抗しうるメモリ……その一角。荘吉に託したのは大正解だった。


「荘吉……これでもうあなたはもう引き返せない」


松井誠一郎の一件で折れてしまって、どうしたものかと思っていたけど……あの少年、いい発破をかけてくれたわ。

名探偵などと謳われ、荒事にも慣れている荘吉だけど、それはあくまでも私立探偵……民間人としての立場を弁えた上でのことだった。

だから一線を越えてもらう必要があった。そうすれば実は甘い部分も多い荘吉とて、腹を決めるしかない。


そういう意味では、松井誠一郎は……本当にいいきっかけとなってくれた。そこは本当に感謝している。

だってあの男、最初はメモリとドライバーを受け取ろうとしなかったのよ? そういう意味でも甘いのよ。


……それでは足りないのに。

恐怖の帝王に打ち勝つのは、その絶対的な力すら紐解き、粉砕するより大きい力。

私の復讐を果たすためには、荘吉にはもっと強くなってもらわなければいけない。目的のためなら手段を選ばない修羅とならなければいけない。


「あなたは松井誠一郎の笑みに……その命を奪ったことに意味を見いだした。
いえ、“見いださなければ正気を保てなかった”」


だから本当に落胆したわ。やっぱりあなたでは駄目だったのかと……そう思ったけど。


「でもそれでいい」


むしろそんなあなたでなければ、この役割は真っ当できない。そう考え直したわ。


「殺人に意味を見いだし続けなければ、あなたは戦えない。
私が彼らへの復讐を諦めきれないように……あなたはそうしなければ生きていけない」


これで下地の一つは仕上がったと、ほくそ笑みながらその場を後にする。


「これでもう、あなたは人ではない」


……怪物には怪物を……あなたが殺した“人の心を捨てた怪物”と、あなたは同類になった。あの歌姫が指摘したようにね。

あなたは意味を見いだせるのなら、人を殺せるの。それは極めて異常なことなのよ。あなたが本当に人間であるなら、それを躊躇っていた。さっきのようにね?

幼なじみの慈悲として、その事実は伏せておきましょう。そうすれば全てが終わった後、あなたは人に戻ることもできるでしょうし。


「……ようやく、本当に第一歩」


さぁ、今はただ喜びましょう。

だってようやく始まったのよ。怪物としてのあなたが……。


「組織への逆襲が今、始まる……!」


私の復讐が――!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


今日も一人、怪物によって死を迎えた。だが……その流れが少し違っていたようで。


「あぁ、そうか……うん、ありがとう。
ではそのまま、じっと見守っていてくれたまえ。指示通りにね」

『徹底します。何か変化があれば、またご連絡いたしますので』

「頼むよ」


エージェントにはそう指示を出し、受話器を置く。そうして一人、邸宅の地下へと降りていく。

秘密のエレベーターに乗り込み、ドアが開けば……ほら付いた。

地球の泉……それを発見した発掘現場。ここへ来ると、いつもすがすがしい気持ちにさせてもらえるよ。


「スカル……骸骨か」


制裁を加えたはいいが、殺し損ねてしまったわけだ。

で、文音は私に報復を近い、新たな戦士を選び出した。

とはいえ……少々不用意ではあると思うが。幼なじみで、風都在住の探偵となればねぇ。


「文音、それでは私は倒せんよ? 当然分かってはいるだろうがね。
となれば、狙うのは」


そうして煌めく泉に……プリズムの奔流に目を見張りながら、両手を挙げて高らかに笑う。


「……エクス! トリィィィィィィィィム!」


結局私達は相思相愛。その狙いもまた一つなのだと。


「はははははは……。
今しばらくは自由にさせてあげよう……と言いたいが、私もそこまで甘くはない」


我が組織もまだまだ発展途上。

この間のように優秀なエージェントが、お前の仕立てた骸骨男に殺されてしまっては、本当に困る。


「なので、飼ってあげよう。可愛く……優しくね」


鳴海荘吉という探偵が出会い、対処する事件……その全てとまではさすがにいかないだろうが、少なくともこれから養育していく戦闘に特化したエージェント達はぶつけない。

もちろん組織の内情やそのデータも奪われないよう、彼の行動範囲やその動きには注視し、極力避けていく。

そうして我が組織“だけ”が成長を続け、鳴海荘吉は停滞を強いられ続ける。少なくともメモリとの親和には足かせが付くだろう。


なにせ人一人殺した程度でふさぎ込み、休業などと宣う脆弱な……一般人なのだからね。ならばメモリをより知り尽くしている我々の勝利は揺らがない。

悪く思わないでくれ、文音。勝負とは非情に勧めねばならないものなのだよ。


……なにより……。


「あとは、魔導師の記憶か……」


私としても、そんな牛歩戦術に勤しみ、作りたいものがある。

恐らくは私のテラーすら超える、メモリの王足る存在……ガイアインパクトの単独実現すら可能とする記憶。


その名は魔導師……魔法使い。奇跡をその身に体現する存在。


「過去、魔女狩りや人の文明によって迫害され、消え去った文化……魔法。
それを用いて、この滅びにしか向かえない世界を変革する。いい皮肉だとは思わないかね?」


今は遠い場所にいる妻へ……届くはずもない声を上げ続ける。


「楽しみに待っているといいよ、文音」


お前のやっていることは、全て私の手の平にあると。


「骸骨程度で、魔法使いに勝てるかどうか……そのときに分かる」


勝者は我々ミュージアムであり……ただのヒーローごっこで勝てるはずがないと。

我々による地球の救済……変革のときは、今は明け星よりも遠い。しかし、そのときは確実に近づいているのだと。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――それからあっという間に数年が経った。


翔太郎は本当にしつこく出入りしてきて……俺も最初は大人げなかったので、相応にきちんと対応しつつ、近所の子どもを面倒見るくらいの気持ちで接していた。

性根がしっかりしていると言っても、まだまだ子どもだ。親を亡くしたこともあって甘えたい盛りなのだろうと。だが……それがあまりよくなかった。

翔太郎は袖にされ続けてきたことへ不満が募ったのか、グレ始めていた。……いや、あれをグレたと表現していいのかどうかは迷うが。


性根がやっぱりしっかりしているせいか、人様に迷惑をかける行為はしない。喧嘩するにしても筋が通らない相手とだけだから……一昔前の番長みたいになっていた。

それでも世話になっている親戚達に迷惑もかかるし、自重しろと軽く言うだけだったが……いや、分かっている。アイツが俺に認められたがっているのは……分かっている。

だがそれを認めてしまえば……あの夜から、街の脅威は変わりなく現れ続ける。スカルとして戦ってはいるが、それでもどこまでのことができているのかは……いや、できているはずだ。


これは我慢比べだ。俺が折れなければ、奴らが折れるしかない。その瞬間を信じ、俺のやり方を通すしかない。

とはいえ日常業務を疎かにはできない。今日も今日とて調査活動に勤しんでいる最中……。


「……翔太郎……?」


翔太郎が啖呵に担がれ、救急車へと収容されていた。

さすがに気になって、走り去るそれらを見送りながら……近くの見知った顔に声をかける。


「刃野巡査」

「……おぉ、鳴海の旦那!」


世話になっている警官の刃野さんだ。翔太郎のことも荒れ始めた時期から見知って、面倒を見てくれていた。

刃野巡査は制服の襟を正しながら、俺にまた人のいい笑みを送ってくれて。


「翔太郎の奴、また喧嘩ですか」

「あー、それなんですけど……」

「だがアイツがあそこまでやられるとは……」


翔太郎の腕っ節は……まぁ喧嘩自慢の枠で言えば相当なものだ。普通に複数人で襲いかかっても、平然と跳ね返せる。

元々の身体能力が高いのもあるが、それ以上に心意気が強い。決して折れない相手がどれだけ厄介かは、俺自身分かっていることだが……。


「いやね、喧嘩というか、弱い子をかばって一方的にボコられたんですよ」

「……」

「タチの悪い不良連中に絡まれていた同級生を、助けようとしてね?
そうしたらその子野球部で、喧嘩沙汰になったら出場停止だのなんだのと面倒なことになりそうだったんですよ。
まぁ相手もそこんところに目を付けて、狙ったみたいなんですけど……」

「それをアイツが、かばって、あそこまで……」

「それを見た近所の人達が通報して、不良連中はついさっき署の方に」

「……」

「……でもまぁ、不器用な奴ですよ。そういうところが嫌いになれないんですけど」


確かにその通りだった。翔太郎は……喧嘩って手段に走りがちにはなっているが、弱い誰かに暴力を振るうことは決してしない。

今でも変わらず、この街を愛し、この街に住まわせてもらっている一人として、街の平和を願っている。だから身を挺することも躊躇わなかったんだろう。


それで俺も……そんなアイツならと……。


「……」


刃野警部補には軽く挨拶をした上で、その足で病院に赴く。翔太郎が運ばれた病院ならすぐ分かる。

風都の中でも大型の病院……そのロビーで軽く待っていると、翔太郎はあっちこっち包帯やガーゼを貼り付けた顔で、不満げにこちらへ向かい……俺に気づいた。


「……おやっさん……!?」


そうして俺を見て奴は、ぎょっとしながら体のあっちこっちを触りまくる。そのたびに痛がるんだが。


「ちょ、待ってくれ……これはあの」

「……少しは、我慢ができるようになったらしいな」

「え」

「お互い意地の張り合いはここまでにしようか、翔太郎」


ソフト帽を外し、軽く息を漏らす。我ながら本当に呆れたものだと……自分自身を笑いながら。


「俺も本当は、アリジゴクの化け物と戦ったあの日から……ずっとお前が気になっていた」

「お、おやっさん……」

「だが、探偵の仕事は奇麗事だけじゃあできない。
自分のことより他人のために我慢を選べるようになった今、お前を半人前の男ぐらいには認めてやる」


マツのようにという気持ちもあった。それでずっと逃げていた。

一言……俺はお前を認めていると、向き合って話せば済んだことを。

いや、俺はきっと、あのときと同じ間違いを繰り返していたのだろう。マツのときも分かっている……分かってくれていると油断した結果が……。


だから、違う道を選ぼう。


「――その心で、俺と一緒に街の涙を拭おう」

「い、今……今、なんて……!」

「将来的には助手にすると言ったんだ。二度言わせるな」


どうにも照れくさくなって、ソフト帽をかぶり直す。


「イロハから全て叩き込んでやる」

「は……はい…………はい!」

「高校をしっかり卒業して、おばさんに許可をもらってからだがな」

「はい!」


その小気味いい返事にはつい口元を歪めて。


「…………え…………卒業……?」


歪めていたのに、なぜか翔太郎が顔を真っ青にした。


「卒業……」

「うちは高卒から採用だ」

「そこ採用基準必須なのかよ!」

「当然だ。俺は雇用主として、お前の衣食住……保険関係なども成立させた上で雇う義務がある。でなければおばさんにも顔向けできん」

「そこはプライスレスとかは!」

「お前は俺を牢屋に叩き込みたいのか……?」

「うがああぁああぁああぁああぁあああああぁあ!」


――卒業の見込みすらないのなら、数年単位の話になるなと……そう思っていた俺は甘かった。

実は翔太郎には、本条隼人という大親友がいた。こちらは翔太郎と違いかなりの秀才だったそうで……翔太郎はそいつの力を借りた。

とはいえ悪いことをしたわけじゃあない。親友に頼み込み、自分の勉強を見てもらった。その結果翔太郎は奇跡的に留年を回避し、この少し後……高校も卒業した。


……そこまでの努力を……本気を見せられた以上、俺も約束を破るわけにはいかない。

俺が持っている全てをコイツに叩き込もう。今まで以上に厳しい指摘もするだろう。あいにく俺は学校の先生じゃあない。古くさいやり方しかできない。

だがコイツならきっとついていける。その古くさい中にある本質を……過去に立ち上がり、歩いてきた男達の意地を受け継いでくれる。


あとは、コイツが一人前になったときには……ミュージアムなんてものがなくなっているよう、俺が戦い抜くだけ。それだけのことだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そこから更に数年が経った……。ときは二〇〇八年……八月。

翔太郎も失敗が多いなりに仕事を覚え、なんとか助手としての体裁は整ってきた。


『――みなさん! 騙されないでください!
発達障害なんて病気は、この世に存在しません! 全ては医者の金儲け……そのために作られた悪しき汚名です!』


選挙も近いから、あっちこっちで演説が繰り広げられる。

東京から戻ろうとしたところ、早々やかましいことこの上ないが……言っていることが気になった。


『国はゆとり教育の失敗を認めたくがないために、そんな嘘の病気を作り、法で保護しなければならないとまで宣っています!
でも、そのために使われる税金は多額です! そんなことは間違っています! 今その声を国会に……政治の舞台に届け、正さなければ、この国は終わります!
みなさん、どうか賢明なご判断を! 今度の都議会選挙では、どうか我々に清き一票を! 健全な子育て支援があれば、そんな悪報は潰せます! 子どもの可能性は、努力すればどこまでも伸びるのです!』

「どうぞ! 発達障害支援法廃案のため、ご協力を!」

『子ども達を守るのは、そんな法律ではありません! 古き良き頑固親父のような躾け……厳しさという愛!
それこそが甘ったれてしまった子ども達を……発達障害などというわけの分からない言い訳に甘ったれたあなた方のお子さんを! すくい上げられるのです!
そのためにもどうか……この丸居久に! みなさんの清き一票を! 子ども達への愛を! どうか託していただきたい!』


選挙カーの近く……スタッフの一人からチラシをもらう。

それを見ながら歩いて、思い出すのは……助け出されておきながら、言い訳する大人達だった。実に見苦しくて仕方なかった。

あの坊主が……他人のために尊い勇気を絞り出せた坊主が、そんな連中と一緒にされるんだ。大の大人が、自分は鬱だの、軽度の知能障害があるだの、発達障害だの自慢げにすることで、坊主の勇気が貶められるんだ。


それはさすがに我慢ならない。だからつい手が出てしまったが……まぁいいだろう。社会の厳しさというものを知って立ち上がれないようなら、それまでのことだ。

なにより、あの坊主はそんな奴らとは違う。アイツはあのときの翔太郎と同じ……希望そのものだ。


「今時の政治家にも、骨のある奴がいるものだ」


ああやって嫌われることを恐れず、声を叫べるのなら……俺のやったことも間違いはないと確信できる。


(……あの坊主も、そうやって立ち上がり、男として強くなっていくことだろう)


そんな男が手本のようになっていけば、きっとあの甘ったれている奴らも変わる。そういうものだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


風都へ戻り……翔太郎がいないのも確認した上で、地下のガレージへ。


「今回は手ひどくやられたのね、荘吉」


スカルボイルダーやよく分からない機材が置いてある中、影から出てきたのはシュラウド……文音だった。

俺が坊主になぜだか殴られた痕を見ているようだが、気にする必要はないと手を振っておく。


「……どんなメモリの能力も使えるメモリというのに、覚えはないか」


そのまま螺旋階段を進み、シュラウドがいる一階部分まで降りてから……一つ問いかける。


「ウィザード……魔法使いのメモリらしい。奴らが東京で実験していたものだ」

「あり得ない……とは言い切れないわね。
あなたも知っている通り、地球のデータベースは無限。そんなメモリもあるかもしれない」

「奴らはそれを、十歳に満たない子どもに差し込んで実験していた」

「その子は死んだの?」

「いや。変身し、能力を使い、奴らをけ散らした」


そう言ってシュラウドに渡すのは、坊主が隠し持っていたサムライメモリ。そして回収した他のメモリ達だ。


「その子どもは親元に帰した。心配はいらない」

「なんですって」

「お前が予測しているとおり、奴らの野望成就が近づいているのかもしれん。
……運命の子については、近いうちに助け出す。それまでは」

「荘吉、あなたは相変わらず甘いのね……」


すると、シュラウドが怒りを滲ませながら、俺を糾弾してきた。


「状況を、もっと詳しく教えて。
そしてその子どものところに案内してちょうだい」

「言ったはずだ。もう親元に帰したと」

「自分がさっき、なんて言ったのか忘れてしまったの?」


俺は子どもを巻き込むまいとして、とんでもないミスを犯していると。


「“どんなメモリでも使えるメモリ”に適合した実験台を、組織が放っておく訳ないじゃない――!」


――ここからだった。

ここから俺の選択は……俺の十年は、俺が信じていた愛と正義は、ゴミのように踏みにじられていく。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――だから僕はおじさんを殺さなかったんですよ。
きちんと、治療を受けて、まともに戻ってほしくて」


左がそこまで話して、またこぼれ落ちる涙を顔ごと覆う中……蒼凪は救いようがないと、嘲笑を浮かべながら首振り……。


「やっちゃんェ……!」

「お前、やっぱり悪魔だって」

「あの、お二人とも……どうしたんですか? というか、それだと悪魔的な要素が」


あぁ、伊藤は若いから分からないかぁ。まぁ伊佐山のときと変わらないって感じたんだろう。

……だが全く違う。これは、全く違う話なんだ。


「……元の善良な一般市民を取り戻したとしても、それに鳴海荘吉の精神が耐えきれないってことだ」

「え……って、あれ? それってさっき聞いたようなぁ」

「それでもいったんは警告しただろ。その上で無視したから、より徹底的にだよ……!」

「メモリがあっても、異能力なしでも、蒼凪君や言峰神父にボコられまくったのもありますからね。
……探偵どころか大人としての自信や、父親としての自負……プライドもそれで粉々ですよ」

「やっちゃんを見下していたなら余計にだよね。
もちろん今までやったこと全部“ミュージアムに洗脳されたから”で言い訳がつく上、風都に戻って直接的に償うってのも無理となれば……」

「うわぁ……!」


もちろんシュラウドやミュージアムに唆され、挙げ句蒼凪や美澄苺花をも殺そうとしたことも変わらない。

メリッサが自分の迂闊さによって辱められ、風都の顔なじみには村八分を受け、猟奇殺人鬼としてのレッテルも拭えない。

そこに左を……後日尾藤勇も巻き込んだし、当然ながら娘である鳴海亜樹子に会うこともできない。

自由な生活を送ることもできない。裏社会の深淵に楯突いて、名を売りまくっているからな。いや、その前にそれを自分自身で許せないだろう。

もちろん蒼凪達に直接詫びて、許されることもない。……接触禁止命令は変わらずだからなぁ!


当然ながら、目や四肢の自由を奪われている状態で、なんの償いができるんだという話もある。

つまりコイツはそれを、全部、文句の一つも言わず、しっかり背負わせるために、いたぶり尽くして捕まえたんだよ! 悪魔かよ!


「大丈夫ですよ、伊藤さん。
それでも心揺れない鉄の男……それこそ奴の理想とするハードボイルドなんですから」

「えぇ……」

「僕もそのために愛を込めて、奴を徹底的に……死ぬ寸前まで殴りまくったんです。
確かに目も潰しました。四肢も潰しました。亜樹子さんの名前や声、姿……それらが痴呆で忘れるくらいには、脳もずたずたにした」

「……って、亜樹子さんのこと忘れているの!?」

「そうらしいんだよ……。そしてそれを刻み込む術もない。目も潰れている上、アキちゃんと会うことすらできないからね」

「でも、それだって僕の愛におじさんが答えれば、奇跡が起きて全て治るんです。普通の大人として生きていくことができるんです。
……にもかかわらず、その愛を奴は踏みにじり続けているんです。奴の論理に基づいて、愛を送ったはずなのに」

「蒼凪君、それも言った通りなんだよ……。
間違いなく、そんな鳴海氏の言った通りにしたから、彼は再起不能になったんだって」

「そうですか。でも関係ありません。
……奴がそれをよしとし続けている以上、それで立ち上がれないなら……永遠に嘘吐きだ」

「………………………………」


伊藤も絶句し、顔面を真っ青にする。赤坂さんも頭を抱える始末だった。

というか、ガタガタ震えているぞ……他の奴らもそうだがなぁ!


「……鳴海荘吉は現在、僻地で隠匿生活を孤独に送っている。その所在はボク達には知るよしもないが……言えることは一つある。
彼は与えられた“役割”と培った自信をはぎ取られた結果、完全に再起不能となった。許されざる罪の圧力に押し潰され続ける……そんな生き地獄を味わい続けているんだ。
蒼凪恭文に怯え、錯乱し、自殺未遂を起こしたのも数知れず。あれだけ宣いながら、精神薬なしでは眠ることすらできない」

≪だからこの人も慈悲から言ってあげたのに……自決しろと。翔太郎さんにも師匠に引導を渡し、追い腹を切れと≫

「……六歳の蒼凪君の放ったそれが、本当に慈悲だとは誰も思えないよ。
しかも戦闘者……人斬りとしての言葉だとはね」

「……伊佐山さんも、これから……苦しむことになるのかなぁ」

≪一生苦しみ続けますよ。
その上で今度は違う道を選ぶ……そんな戦いを続けていくんです≫

「……そうだね」


伊佐山も同じ。それならば、人斬りとして……奪った命の価値を見下げることもしない蒼凪はどうなるのか。

そんな問いかけを瞳に浮かべながらも、雨宮はそれを飲み込んだ。それなら聞く必要もないことだったと。

それも全て、あるがままに受け止め、進んでいく……それが蒼凪の答えだからな。



「だから、覚悟が必要ですよ。一緒に考える……なんて」


そこで、そっぽを向きながらそう告げるのが……蒼凪なんだろう。

それは芸能活動を続けていく雨宮にとって、重荷なのは確かだからな


……だがそこは心配ないようだ。


「ん……でも、蒼凪くんも、一緒だよね?」

「まぁ、人殺しの先輩としては……いろいろ言いたいこともあるので」

「ありがと。……ただ、鳴海さんへの仕打ちについては……やっぱり修正だから」

「え?」

「陰湿なんだよ! やっぱり! 分かっていたはずだよね! それが愛じゃないって!」

「愛の形は人それぞれらしいので、あえて合わせてあげたんですけど……」

「それが陰湿なの! うん、それも含めてお話だよ!」


雨宮も笑う……もちろん説教もするからな! それは本当に安心だよ!


「あ、でもさ……それなら風花ちゃんがなにか投げつけたっていうのは」

「……僕がちょうど……さっきお話しした感じで、フィアッセさんの護衛に付いていた頃です。突然僕達が通っていた学校にやってきたんですよ。無許可で」

「はぁ!?」

≪それで赦しを乞おうとした結果、学校にも不法侵入をかまし、即座に問答無用で通報・逮捕コースですよ≫

「ご時世でそういうのもアウトって、本当に分かっていなかったみたいなんですよねぇ。
翔太郎、おのれは師匠に常識というものを教えなかったのかなぁ」

「教えるまでもなく知っているものだと思っていたんだよ……許してくれよ……」


蒼凪、それは無慈悲……じゃないなぁ! そりゃあそういう反応になるぞ! 許可を取れないからってそこで押し通したら、結局反省なしってことだろ! 無法者は変わらずってさぁ!


「な、ならさっきメッセージを送ろうとしていたのは!?」

「めーさまもご存じの沙羅さんですよ。
たびたびこれを手紙にして送れと、圧をかけることがあって」

「嫌過ぎるよ!」

「だって、甘ったれているから……」

「風花ちゃん!?」

「それでまぁ、きっとおじさんもはしゃいじゃったんですよ。
なにせ僕達、『そんな奴らのようになるな』という言葉を胸に刻み、おじさんのようにならまいと日々頑張っているし」

「いいから揃って黙るんだよ……!」


そうそう! 蒼凪、風花、女神様の言う通りだよ! というか、女神様なんだから聞いた方がいいって!

というか救い……救いはどこだ! 一体どこにあるんだ! 誰か教えてくれ!


(その28へ続く)







あとがき


恭文「というわけで、やっぱりピエロにしかならなかった……というかシュラウドさんェ……」

美奈子「この上で、恭文くんが巻き込まれたのにビビって方針転換でしょ? 一番タチが悪いよ……」

恭文「今度ベルメリアさんって呼んでやろう」

美奈子「そうだね」


(『絶対やめてくれるかしら……!』)


美奈子「で……ご主人様? 昨日は美奈子のマンスリーバースデー。そして今日は秋月律子さんの誕生日!
なので、めいっぱいのご奉仕で、ご主人様を幸せにしちゃいますね♪」

恭文「あ、はい。いつもありがとうございます」

律子「いや、私の誕生日は!?」

美奈子「だから律子さんも、メイドとしてご奉仕ですよ」

律子「なるほど!」

恭文「なるほど……じゃないんだよ! 律子さん、散々言ってきましたよね! 律子さんはメイドじゃないと!」

律子「そこはもう許してよぉ! 私は、大丈夫だから! 経理とか頑張るからぁ!」

恭文「無理ですよ! だって僕の知らないところで、おのれが勝手に親戚中へ触れ回ったデマだもの! 付き合う義理立てないもの!」


(そうして蒼い古き鉄の目の前には、どっさりとしたごちそうの数々。でも争いは続きます)


葵「……それで僕もお祝いしてもらっていいのかな」

恭文「あ、そうだ! 今日は葵達もいた!」

美奈子「どうぞどうぞ! お誕生日だったんですし!」

「そっか、ありがとう」


(井川葵、実は六月十九日が誕生日でした)


美奈子「それにほら、リズノワは全国ツアーでしたし! なのでみなさんもどうぞー!」

莉央「あ、ありがとう。でも……え、この量をいっつも? 知ってはいたけど」

こころ「幸せっていうか、麻痺しているんじゃ……」

恭文「否定はしない」

愛「否定しないんですか……。
いや、でも私、実家がラーメン屋の身としては、やっぱり美奈子さんの大衆中華料理は学ぶところが大きいです! ありがとうございます!」

莉央「愛……あなた、将来的に実家を引き継ぐ構えなの?」


(なのでリズノワメンバーも大騒ぎ)



愛「もぐもぐ……この青椒肉絲、ご飯が進む味ですー。それにピーマンの嫌な青臭さもない! むしろ甘い!」

律子「熱すると甘いって言うけど、本当なのね……。いや、これは凄いわ」

莉央「恭文……いいメイドさんじゃない。大事にしてあげなきゃ駄目よ」

恭文「うん……それは、常々。でもメイドの前にアイドルなんだけど!」

莉央「メイドアイドルってことでどうかしら」

恭文「おのれ人ごとと思って適当にのたまっているでしょ!」

美奈子「私は大丈夫ですよ? ご主人様のメイドも、アイドルも、どっちも大事ですから♪」


(そうして、中華でお腹と心も満たされるお祝いは続きます。
本日のED:真空ホロウ『』)


恭文「……え、びっくらたまごのストライク買ったんですか! それもグランドスラムついているVer!」

舞宙「おぉ……それは稀少だよ! いい買い物したよ!」

先輩「いきなり話を大きく変えるなぁ! というか、えっと……」

恭文「小さい子向けのシリーズなんです。
お風呂に入れて、入浴剤が溶けたら中からおもちゃが取り出せるーっていうの。それのガンプラコラボって考えてもらえれば」

舞宙「今回入浴剤の方には、SEED劇中に出てきた水中用モビルスーツ……ちっちゃいフィギュアみたいな感じだけどね?
で、それとは別にEGのストライクもついてくるの。ディアクティブモードと、もちさんが買ったグランドスラム付属の二種類あるの。
……グランドスラムは劇中には出ていない装備で、HGやEGのサイズで商品化されるの、このびっくらたまごのが初めてなんだ。だからどこも売り切れていてさー」

恭文「実は僕も買い逃しました。ちょうど核爆弾追いかけているときに発売されたので」

鷹山「そこでも核爆弾が絡むのかよ! ……やっぱりユージがやらかしたから」

ユージ「やめろよぉ! そこは俺達みんなの責任って決まっただろ!? なんでまた俺に押しつけるんだよ!」

いちご「………………」

ユージ「ほら見ろよ! 絹盾課長がまたガンギマリの目を向けてきてさぁ! 怖いんだから許してくれよ!」


(おしまい)






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あきゅろす。
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