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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2017年6月・神奈川県横浜市その4 『まだまだあぶないD/決意』



魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2017年6月・神奈川県横浜市その4 『まだまだあぶないD/決意』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ここまでのあらすじ――まさかまさかの、ザ・ファンがでてきました。


「それでは説明しましょう――」


取調室に移動し、スケッチブックにて簡単な図解も披露。

すると鷹山さん達は、目を細め動揺する。


「そもそも僕がフィアッセさんと出会ったのは、僕がお世話になっているお兄さんお姉さんの絡みです。
二人は対銃戦も視野に入れた、古流武術の達人であると同時に、フィアッセさんとは幼なじみで」

≪そんな二人に、フィアッセさんがSOSを出したんです。……その当時、フィアッセさんはある連中に狙われていました≫

「それがザ・ファン……クレイジーボマーとも呼ばれた爆弾魔で、昨日言っていたプロポーズ野郎か」

「えぇ。そいつはフィアッセさんのお父さんを狙ったこともあり、手口もそのときと同じでした。
だからこそガードの人達も対策を万全に整え、迎え撃った結果逮捕できたんです」

「尾藤とは趣味も合っているってわけね。だが……俺の天使になんて真似(まね)をぉ!」

「君の天使じゃないから」


あぁ、やめてー! 大下さんがまた殺気を……また、血涙を流してしまう!


「ところで蒼凪、その……地獄絵図は一体」

「地獄絵図!? いやいや、どっからどう見ても完璧な図解でしょ! これがフィアッセさんで、これが僕で……こっちがザ・ファンで」

「貴様ぁ!」


なぜか大下さんに首根っこを掴(つか)まれ、がしがし揺らされる。


「ぐぇ!? お、おじいちゃんが折かんを――」

「この絵が精神的折かんだろうがぁ! 俺の天使をそんな、針金モザイクみたいに書きやがってぇ!
というかお前、まさか舞宙ちゃん達まで餌食にしているんじゃないだろうな! さすがに可哀想だろ!」

「……それなら手遅れだぞ……もぐもぐ」

「やっぱりか、貴様ぁ!」

「まぁまぁ、ユージ君……」


お、鷹山さんが止めてきて……そうだよね、この芸術性が分かるよね!


「いいじゃないか。人間、欠点の一つや二つあった方が、可愛(かわい)いってもんだ」


かと思ったら生暖かく見守る姿勢!?


「見過ごしていい欠点なの、これ!?」

「誰が欠点ですか! ほら、いいでしょ……このラインとか!」

「分からないんだよ! どこを指して言ってんだ、お前!」

「だからほら、子どもの芸術だ。こう……大人として、信じて伸ばしてやろうじゃないか」

「タカ、意外と大人なのね。惚れちゃいそう」


また、ヒドいことを言われたような……これ、会心の出来なのに。


「じゃあさ、それをやっちゃんがたたき潰したってのは」

「僕もそのとき、警備に関わっていて……アイツと直接対決したんです。それでまぁ、裏技も使って何とか」

「裏技?」

「……内緒でお願いしますね」


教えないわけにはいかないか。向こうもそれを前提に、対策してくるだろうし。


……術式発動。


左手に青い歪(ゆが)みが生まれ、大下さんのS&W M586が手元に現れる。

それを見て、大下さんが懐をぱんぱんと叩(たた)いた。


「あれ!? ちょ、今の何!」

「瞬間転送(テレポート)によるスリです」

「テレポート!?」

「蒼凪……いや、HGS患者という辺りで察するべきだったか。だから“忍術”と」

「……すみません」


というわけでS&W M586は銃身を持ち、グリップを大下さんに向ける。


「いや、まぁ……実演で手っ取り早かったし」


納得してくれたらしい大下さんは、戸惑いながらも受け取ってくれた。


「それにさ、納得したよ。……それで俺の天使や舞宙ちゃん達の心をぉ!」

「大下さんの天使じゃありません!」

「あ、てめ! 言い切りやがって!」

「それに絹盾課長まで…………あれはべた惚れだからなぁ」

「ありませんよ! いちごさんはそういう感じの好きじゃないとお話しましたし!」


そうだよそうだよ……だから、いちごさんについては、そういうふうに縛り付けるのも嫌だしさ。年々奇麗で、大人っぽくなっていくし。

それに……業界内でもやっぱり人気らしくて、告白されたって話も聞くしさ。まぁお断りとかしているそうだけど。


だから、邪魔したくないんだ。ん、前に約束した通りだよ。僕はいちごさんが大切に思っていて、その人もいちごさんを大切にしてくれるなら……応援したいなって。


「「…………はぁ」」


え、ちょっと……なにため息を吐いているんですか。なにも分かっていないって感じで肩を叩かないでくださいよ。


「……まぁそこはアルトアイゼン達に任せるが」

≪どうしようもありませんよ? いちごさんもあれで恋愛スキル初級ですし≫

「それも分かるがな」


なにか追加で呆れられたような。というか鷹山さんが優しい瞳を……なしか?


「……結局、奴はどうなったんだ」

≪そのとき捕縛できた奴ら……雇い主ともども、裁判にかけられ有罪です。国際的犯罪者ですから、死刑が確定したはずですけど≫


……そこで携帯に着信。グッドタイミングだと画面を見ると。


「美沙斗さん……香港警防隊の隊長さんからです」

「いいタイミングですね。御神さんもそのときの事件では後詰めをしてくれていましたし……」

「細かいところが分かるといいんだがな」

「うん」


なので鷹山さん達にも軽く断ってから、電話に出た。


「蒼凪です」

『どうも、御神美沙斗です。……早速だけど、質問の返事だ。
ザ・ファンはあれから、日本の横浜刑務所に収監されていた』

「日本の……それも横浜ですか」

『奴は国際的テロリストだけど、確保したのは日本だからね。
F級受刑者の中でも別格として、独房に入れられたんだよ。なお判決は死刑だ』


説明しよう。F級というのは、受刑者の分類処遇制度に基づく種別。

ただしね、蔑称とか低い身分って意味じゃないの。

『通常の日本人受刑者とは、異なる処遇が必要な外国人』という定義。


さて、これはどういう意味か。


例えば日本暮らしが短く、日本語も上手くできない。

文化・言語的に他受刑者とコミュニケーションが取り辛い――。

そういう受刑者は、また別枠での応対が必要なんだよ。奴はまた違う扱いだけど。


国際的犯罪者で、過去十何年に亘って暴れてきた爆弾魔だ。確かに別格だよ。


「よく許可されましたね。僕、てっきり海外の……アルカトラズみたいなところかと」

『君がヒザを潰して、戦闘者としては使い物にならなくなったしね。あとは日本の面目。
ほら、今ちょうど、そっちじゃ平安法が騒がれているでしょ』

「今日もテレビでやっていましたよ。でもそれが」

『関係ある。君が恭也達と暴れた頃、日本は対テロ問題に直面していた。そっちは……港署も関係あるかな。
カルト集団ブレーメンの原子力発電所ミサイル襲撃未遂事件。一つはNETによる横浜侵略……君が関わったTOKYO WARもあるね」

「あとは、過去の事例ならオウム真理教事件やら世界同時多発テロ……なるほど、それで面目と」

『結構強引に交渉したみたい。こりゃあ国際問題かなぁ』


説明しよう、平安法には前置きがある。一つは今話した、オウム真理教の事件。あれを単なるカルト集団による暴走じゃない。

日本史に残る、前代未聞のテロ事件だ。


当然警察・自衛隊もてんやわんやで、今なお解決すべき課題が山積している。世界中からも注目されたしね。

ところがそれを境に、教科書にも載るような大事件が連発している。だからこうも言える。


二十世紀末から新世紀にかけて、日本はテロの脅威に次々さらされてきた国だと――。


だからこそ面目のため、ファンも日本で預かることにした。

日本(にほん)で起きたテロの犯人を、日本で裁き、管理する。これには大きな意味があると思う。


でもヤバいなー。この状況でファンが脱走? というか、奴らがブッパしただけでも十分テロレベルだよ。


『そして例の……尾藤竜次だっけ。収監されていたのは、彼がいた刑務所なんだよ。
脱獄も一緒にしている』

「何ですって! でも、僕達は何も……」

『多分だけど、ザ・ファンに関してはかん口令が敷かれている』

「港署はあくまでも、所轄の一つってことかぁ。……じゃあ」

『二人が一緒に行動している可能性は、極めて高い』


笑えないコラボが成立……! しかも状況がおかしすぎるし、単なる報復じゃあ済まないかも。


『恭也と美由希はそっちに向かわせる。あと、弓華もだね。それでフィアッセのガードは頑張ってもらおうか。
例の天原舞宙ちゃん達についても、PSAの山仲秘書達が向かっているから安心してくれていい』

「すみません」

『そう思うなら、君も本当に気をつけて。……偶発的とはいえ、君はとんでもないミスを犯している』


核爆弾の件かー! そっかそっか、その上『こんなテロ』に絡んだら……うわ、面倒な!


『その上これだ。平安法で騒がれている中、もしかしすると上も過敏に反応するかも。
……今回は私達もカバーしきれないと思う。それだけは肝に銘じておいて』

「なるほど……つまり」


そう、つまるところ……。


「ルール無用で暴れていいってことですね」

≪なんですかそれ、私達の得意技じゃないですか≫


つい笑ってしまう。そういう戦いならもう……大得意だもの。

なお、軽く返すと美沙斗さんはとても……とてもあきれ果てた様子でため息を吐いていた。


『……分かってはいたけど、君はまともな大人になれそうもないね。やっぱり“こっち側”だ』

「そう見込んでいろいろ教えてくれた人が何を言いますか。
とはいえ……全力で気をつけていきます」

『うん、それでいい。じゃあ……頑張ってね』

「……はい。失礼します」


電話を終了し、まずは鷹山さん達に確認。


「鷹山さん、大下さん、尾藤が脱獄した刑務所って」

「横浜刑務所だけど」

「やっぱり……ザ・ファンも、そこに収監されていたみたいです。死刑囚として」

「ちょっとちょっと、それは大問題じゃないの」

「大問題どころか、関係者はクビ必至ですよ。それで奴と一緒に脱獄しているんです、尾藤は」

「……所轄署には伏せられていたということか。一応確認しておくぞ」

「だね」


二人が取調室から出ようとするので、僕もついていく。


「あと、その辺りが平安法に絡んでいるみたいで」

「テロ対策の法律か。なるほど、だから脱走も隠されているわけだ」

「まぁいいじゃないの。俺達は俺達の」


圧力がかかるかもと暗に警告しながら、オフィスへ。

でも二人は気にした様子もなく、大下さんに至ってはシャドーボクシングまで始める始末。


「やり方があるし?」

「……ですよねー」


心配するだけ無駄だった。まぁ逃げ場もないし……楽しむとしますか、いつも通りに。


「はい、こちら港署捜査課――!?」


どうやら状況が動いたらしい。課長は無言のまま、右腕をグルグルと回す。

そうして管制室にいた瞳さんが、慌てて頷き機材操作。逆探知か……僕達も課長の近くへ。


「あ、はい……鷹山と大下は、今席を外しておりまして」


そこで鷹山さんが受話器を奪う。僕と大下さんも、別の電話を使い、会話内容をチェック。


「鷹山だ」

『……やっぱりいたか』

「尾藤だな」

『あぁ』

「西村は、お前を裏切った仲間の一人だったんだな」


そう言いながら、課長席から遠のく鷹山さん。

課長(トオル)は受話器を取り返そうと、必死にコードを引っ張っていた。


電話越しに流れるのは、オルゴールの音色。運命……しゃれているねぇ。


『そうだ』

「びどぉ……ほんどうのねらいはなんだぁ」


大下さん……その、喉を震わせて『私は火星人です』的な声、出さなくていいです。というか分からない。


『その声、大下か』

「よく分かったな」


分かったの!? 七年前、どんだけ喉を痛めていたの!


「尾藤、本当の狙いは何だ」

『本当の狙い? ……いずれ分かる。お前達もぶっ殺してやる……! 楽しみにしてな』

「それを言いたくて電話してきたと」

「中二病だねぇ、おっさん」


なのでサラッと介入。すると電話口から、固い声と空気が伝わってくる。


『誰だ、お前』

「聞いているんじゃないの? お前の隣にいる、ヒザを壊したおっさんからさ」

『そうか、お前が……異能を使える化け物』

「そちらはその『化け物』相手に、無謀にも喧嘩を売るお馬鹿さんじゃありませんかー。みんな、笑ってあげなよ」

「「あ、はははははー!」」


あれ、みんなって言ったのに、鷹山さん達だけしか……ノリが悪い奴らだねぇ。


(しかし、簡単に認めたなぁ。実はもうちょっとごねるかもって思っていたのに)


まぁ脱獄の件がバレれば、連鎖的に分かることだ。隠す必要もないって感じかな。


「で、あの負け犬のおっさんは? 僕もちょっと話がしたいんだけどなぁ」

『……せいぜい怯えて待っていろ。お前もあの人がぶっ殺すってよ……化け物』

「……まさか刑務所でぶくぶく太っていた豚が、今更そんな真似をできると思っているの?」

『……!』

「更正したっぽい西村さんにまであんな八つ当たりをするお前達を、このまま野放しにしておく理由なんてない。
――すぐに退治してやるから、怯えて待っていろ」


するとがちゃんと……向こうから電話終了。オルゴールの音色も切れたので、鷹山さんが受話器を離す。

その結果――。


ゴムのように伸びたラインが引き戻され、課長の顔面に受話器が直撃。


「ぶ!?」


課長は豚の悲鳴みたいな声を出しながら、あお向けに倒れてしまう。おぉ、痛そうだなー。


「やっちゃんも随分恨まれているねぇ。そして律儀な奴ら」

「えぇ。……これで加減はしなくて済む」

≪限界ギリギリまで装備品を持ち込んで、正解でしたね。大暴れできますよ≫


そう、装備品中心……異能力バレは警戒しないとねぇ。分かっているなら、罠も張れるだろうし。

……とはいえ、それすらも今回は囮同然だ。なにせ好き勝手に暴れるんだから。


そりゃあもう……ありとあらゆる手段を持って、追い詰めるに決まっているでしょ――!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


尾藤からの電話は逆探知できず。あぶない忍者の時間稼ぎも切り上げる辺り、尾藤も大したタマよ。

それはそうと、芋ハンコで書類を完成させつつ……最近少年課に入ってきた、片桐早苗ちゃんと軽くお話。

この早苗ちゃんがまた……忍者くんとさほど変わらない身長なのに、トップバスト九十以上のHカップ!


しかもまだ若い! まだ女子大生で通用する年齢! 若さが……若さが欲しいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!


「結局あのお二人に付けられるって」


恨みの念を送っていると、早苗ちゃんはトオルを見やる。帰る直前だった水嶋、鹿沼の二人に、改めて仕事を振ってるわけよ。


「水嶋くん達、可哀想に」

「放っておくと何しでかすか分からないから、若い二人で歯止めにしたいんでしょ。課長(トオル)も……はぁぁぁぁぁ」


芋ハンコに息を吹きかけ、もう一枚ぺたり……よし、これで今日のノルマはかんせーい。


「出世したいわけだ……結局は」

「例の忍者くん、全然ブレーキになっていませんしね。いや、むしろ加速している?」

「当然よ。あれは同類……『あぶない』もの」

「危ない?」

「そう、『あ・ぶ・な・い』」


だったらブレーキなんて、できるはずがない。さっきの通話を見てれば分かるでしょ。

何があったか知らないけど、化け物呼ばわりよ? それでも笑って『殺す』って宣言したんだから。

理由なんて問わない。自分やその周囲にどう手を出しても……それがどんな形でも容赦なく潰して、生まれてきたことすら後悔させる。


だから、おとなしく、そのときを待っていろと……あたしにはそう聞こえたわ。おぉ怖い。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……ファンの件、課長も知らなかった。というか問い合わせの返答自体がまだ届いていなかったらしい。

でも奴らが尻尾を出してくれたので、改めて県警へ問い合わせるそうだけど……情報が出るかなぁ。


とにかくそれに基づき、調べる方向性は二つ。一つは横浜刑務所、そしてもう一つは【キャロット】。

西村さんと同じく、昔の仲間である海藤が経営する会社だ。SNSなどのソーシャル関係で、業績を上げている。


……二十一世紀に入り、ネットの発達はより加速した。ブロードバンドの普及、パソコンの所有率増加。

更にスマートフォンも誕生したことで、新しい商売のタネが生まれた。

海藤も、西村さんも、そんなタネをうまく調理し、発展させたからこそ出世したわけだ。


「――そう、か」

「対物ライフルの威力を考えると、安全無実とはいきませんけど……それでもしばらくはこちらで保護していきます。
幸い僕や鷹山さん達狙いのようですし、そっちで上手く弾が逸れるかもしれません」

≪まぁお仕事関係で不便はかけてしまいますけど、納得はしてもらえますか? 今度は守り切れるとは思えませんし≫

「罰、なのだろうな」

≪罰?≫

「七年前の件がシロというだけで……それなりに、警察のご厄介にもなった。人に迷惑もたくさんかけた。
そんな人間が社長になって、博打じみた仕事にたまたま成功して……安寧を手に入れる。これは……きっとそれに対しての」


……取調室で向かい側に座る西村さんは、過去を、自らの驕りを噛みしめるように、両手を握る。ぎゅっと……恐怖で震えながら。


「……あなたが、忘れなければいいんです」

「え」


だから、それを見ていられず……つい口を出していた。

両手で軽く頭を撫でて……隠していた猫耳もぽんっと出してーっと。


「僕もこういう身なので、いろいろ……喧嘩やらなんやらで、たくさん迷惑をかけたこともあります。仕事の中で、あなたのように後悔で震える人も見てきました。
……そのたびに思うんです。罪を償うのは、ただ定められた刑期や反省の弁を述べることだけじゃない。
まず忘れないこと……それを罪と、罰が必要なことだと感じる心から逃げないこと。それを塀の中で行うか、外で行うかの違いだけです」

「……私は、ここから罪を償えると?」

「あなたがその罪で傷つけた人達が許してくれるかどうかは、僕にはなにも言えません。
でも罪を数え、学んだことを忘れず、近くの人達に手を伸ばしていけば……というより、あなたはそれが大きくできる立場だと感じるんです。
あなたの仕事は、あなたや会社の人達だけじゃない。それに関わったたくさんの人達にとって、生活の糧になって……見えないところで誰かを幸せにするものかもしれないから」

「…………」

「西村さん、その後悔が今あなたの心を痛める真実だと言うのなら……一つだけ覚えてください。
……そこから目を背け続けた末路が、これからの尾藤であり、その共犯者達です」


西村さんが疑い混じりの……驚きの瞳で僕を見据えるので、力強く頷く。

数秒そうしていると、西村さんはふっと笑う。なにかが抜け落ちたかのように、ふっと。


「……まずは、そこからでいいのだろうか」

「一つずつでいいんです」

「そうか……そういうものかぁ」


……この事件に関わって、終わらせる理由が……また一つできた。

僕の言葉が通じているかどうかは、正直自信がない。僕もガキンチョだしね。

でも、そんな甘っちょろい理想が……未来が通せる道筋くらいは、やっぱり守りたい。


それは、尾藤やザ・ファンのような奴らが踏みにじっていいものじゃない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


西村さんと話し終えて、取調室を出ると……明日の行き先を巡って、鷹山さん達が争っていた。


「だから、あの美人秘書は俺がマークするよ。タカはやっちゃんと刑務所に行って、お弁当でも食べていてよ」

「お前が蒼凪を連れて、刑務所に行くんだよ。それでお父さんとして思い出を作ってやれよ」

「いやいや、それは老い先短いタカだって。おじいちゃんなんだから」

「同い年だよね、僕達」

「……あの」


さすがに我慢できないので、デスクに座り、争う二人に近づきながら挙手。


「なんで僕、刑務所一択なんですか」

「当たり前だろ、お前……今日だって、花なんて渡して」

「そうやって、俺の天使や現地妻ズの心を奪っているんだろ! 駄目だ、お父さんは許しません!」

「その通りだ! 君には大人の女性なんて早すぎます! だからおじいちゃんと、刑務所見学していなさい!」

「いや、おじいちゃんはタカだって! だから老い先短いおじいちゃんと一緒に、思い出を作ってきなさい!」

「どういうことだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


ようするに口説くってこと!? 僕、怪しいって言ったはずだけどなぁ! なのに平然と口説く勢いだよ!


「じゃあ分かった、コインで決めようぜ」

「あ、タカはすぐズルするしなー。俺がやる。……五十円玉」


そうして取り出した五十円玉は、大下さんの指で弾(はじ)かれる。


「俺は穴が空いている方」

「裏表が空いているんですけど」


鷹山さんのツッコミで、大下さんがフリーズ。なので宙を舞う五十円玉は、僕がキャッチ。


「仕方ないですねぇ。なら僕が」

「「君はおじいちゃんと思い出作り。OK?」」

「そこだけ意見がピッタリですか!」

「……クォーター」


鷹山さんが取り出したのは、アメリカの二十五セント硬貨。それを見て大下さんが、両手をばさばさ。


「じゃあこう、鷹(たか)が飛んでいる方」

「OK」

「こういうふうに……こうなっているの!」

「え、鷹(たか)って」


言っている間にコインが弾(はじ)かれ、鷹山さんの左平手でキャッチ。そのまま覆いかぶさった右手を開けると、そこには翼を広げた。


「やったぁぁぁ! おっしゃおっしゃおっしゃー!」

「蒼凪、これはどっち」

「裏です」

「描かれているのは」

「ワシです」

「はい正解」


そう、翼を広げた【ワシ】がいた。


「彼女は俺が当たるわ」

「……え」


その事実に大下さんが衝撃を受け、打ち震える。


「……ショウタロス、現在通常流通されているクォーターの表面には、誰が描かれていますか?」

「……合衆国初代大統領のジョージ・ワシントンだろ」

「では、裏には?」

「ワシだろ……! つーか大下ぁ!」

「いや、待って……ワシと鷹も似たようなものだろ!? ほら、鷲山と鷹山って似ているし!? な、わっしー!」

「今更ニックネームを変えるなよ……」


呆れ気味な鷹山さんはそれとして、食い下がろうとする大下さんは押さえる……暴動とか困るので、ちょっと押さえる……!


「はいはい、下がりましょうねー。さすがにわっしーはありませんよー。二十年の歴史が震えますからねー。だから下がりましょうね、おじいちゃん−」

「……やっちゃんー!」

「いいですよ、泣いていいですよ。わっしーが駄目だって分かってくれるなら、いくらでも泣いていいですよ」

「……一つ、よろしくどうぞ」


そこで課長の席から、やや疲れ気味に鹿沼さんが登場。水嶋さんも続いてくる。


「吸収させてもらいますよ、いろいろと。先輩達と蒼凪さんのやり方をデータベース化して、永久保存版にしますから」

「データベース化?」

「永久保存版?」

「僕達を?」


まさかハマの伝説と同列に見てもらえるとは……それが嬉(うれ)しくなりながらも、お手上げポーズ。


「「「収まりきれるかなぁ」」」

「「…………」」

≪そうですよね……なにせ私達、器だけは≫

≪「「「でかいからなー」」」≫

「「……」」

「……水嶋、鹿沼……アンタらの気持ちはよーく分かるぜ……!」

「お兄様と鷹山さん達、なんだかんだで馬が合いますからねぇ。これは明日から大変ですよ」


――そして、激動の一日が始まる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


午前八時半――俺と鹿沼は、アポを取り付けキャロット日本(にほん)支部へ。


……キャロットは海外で発展した会社だ。

そのため通された応接室は、海外著名人との写真なども展示されている。一緒に写っている黒髪リーゼントの男は……海藤だな。

しかし七年というのは残酷だ。好きな女の体型も変われば、街や人も変わる。アパート暮らしの男達が、大会社を設立もする。


だが俺はおじいちゃんじゃない……! だからこそ勝ち得た謁見のとき。それに感謝しつつ、窓から外を見ていると。


「お待たせしました」


美咲涼子がやってきた。写真や表彰状などを見ていた鹿沼、そして窓際にいた俺は、振り返り会釈。


「ごめんなさい、こんなに朝早くから。取引先との打ち合わせがあるので」

「とんでもない。お時間をもらえただけで十分です。……海藤社長も同じくでしたね」

「それについては、ありがとうございます。蒼凪さんもですが、あなた達も海藤にガードをつけられるようお願いしてくれたと」


彼女はこちらへやってきて、お礼のお辞儀。その上で苦笑を向けてきた。


「七年前、東洋(とうよう)銀行で起きた事件……そのとき、相当厳しく疑われたと言うのに。海藤も驚いておりました」

「昔は昔、今は今です」


……実際は違うがな。海藤は狙われる対象であると同時に、尾藤の共犯である可能性が高い。

だからガードという名目で見張っている。嘘は方便とは、よく言ったものだ。

そして今日の彼女は、グレーのノーネクタイスーツで清楚(せいそ)に決めていた。


確かに、昨日のは派手すぎる。取引先相手との接待で、アレはないとも思う。


「そう言えば昨日、西村社長とはどうして」

「事業提携です。西村社長の会社≪イーストヴィレッジ≫は、日本(にほん)でのネットビジネスシェアは二十五パーセントです。
対してキャロットはアメリカで立ち上げた会社で、五パーセント程度。ですが海外事情に強い」

「……ネットビジネスはスマートフォンやTwitter、インスタグラムなどの登場があっても、まだまだ黎明(れいめい)期でしたね。インフラ関係も様変わりの最中」

「現在の最新回線≪4G≫に変わるものも開発中ですし、それに伴う新技術も作られていますから。
……だからこそ国外に強いうちと、国内に強いイーストヴィレッジが組むことは、大きな価値(メリット)がある」


ユージと蒼凪からの受け売り通りか。


……ネットビジネスはインフラどころか、モラルなどもまだまだ曖昧らしい。

例えばTwitterか? あれで、自宅近辺の写真をアップする。今日、こんな奇麗な夕焼けが見られた……と言った感じで。

でもその写真一枚がネットに流れることで、自分の住んでいる場所が特定されかねない。


ネットではデフォとなった地図情報や、地域の写真などと照らし合わせることで――。


インフラどころかモラルやリテラシーすらも、ちゃんと整っていないのが現状だ。ネットへの漫画やアニメ、楽曲などの違法アップロードやダウンロードの問題もある。

その辺りはどうも、舞宙ちゃん達声優さんも手を焼いているところらしい。まぁ金をかけて作ったものが、無料で見聞きされたら溜まったもんじゃないのは……おじさんでも分かる。

だからそのインフラに乗って、より手軽で身近なコンテンツの制作にも乗り出しているそうで……っと、閑話休題だ。


とにかく現状の法律では、ネットを起点とした犯罪やデマを抑止することが難しい。そもそもテロ組織ですらインターネットを通じて、同志を集めるご時世だからな。

だからこそ黎明(れいめい)期であり、国内・国外を問わず、今後どうなるかは見通しが付かない。

そんな中での事業提携だ。海藤と西村は、過去はともかく経営者として有能だった……いや。


「なかなかスマートですね。噂(うわさ)は本当のようだ……実質的にこの会社を取り仕切っているのは、あなただ」


西村はともかく、海藤は違う……そう言うべきだろうか。


「噂(うわさ)は噂(うわさ)です。私自身勉強の最中ですから。
……お話は」

「西村と海藤は、お友達だった」

「やはり、お疑いに」

「人間には裏と表があります」

「あなたもですか?」


そのやや厳しい問いかけには、苦笑で軽く受け流す。


「海藤社長にその気がなくとも、尾藤があの対物ライフルで狙ってくる。
そして身近に忍者がいるとは限らない」

「……確かに、あれだけの腕利きとなれば……なかなかですね」

「……なのでこちらを」


そう言いながら、白の花束を渡す。優しい、見舞い用の花だ。彼女はそれを見て、驚いた表情。


「これは」

「今のところ、あなたに聞きたいことはありません。
ただ……一つは身辺注意のお願い。もう一つはお見舞いを」

「……ありがとうございます」


彼女は表情を緩め、花を優しく受け取ってくれる。


「海藤や身辺に何かおかしい動きがあれば、僕に連絡してください。それが彼の命を守ることになる」

「分かりました」


彼女には一礼し、退散――エレベーターへ乗り込む俺と鹿沼を見送ってくれるのが、実に泣かせる。


「いいんですか、アレで」

「悪魔を見習っての宥和(ゆうわ)政策だ。だが……鹿沼、キャロットは調べられるか」

「データ的なところなら水嶋が。アナログ的なのは……まぁ“いつも通り”で」

「なら俺もアナログだ。奴らのライフル、海外から持ち込まれたものかもしれん」

「……横浜ですしね、ここは」


鹿沼も納得してくれたところで。


「あと、美咲涼子……やっぱり臭いかもしれません」


かと思ったら、急に……渋い顔で妙なことを言い出した。直感的なものとも違う、確信めいた強さに目を細める。


「前科でもあったか?」

「そっちじゃなくて……俺、水嶋とは学生時代からの知り合いなんですけど、彼女の名前は聞き覚えがあるんですよ。
……アイツと参加していた平和維持のNGO組織で、恋人をなくした女性参加者が出たって話を聞いたことがあって」

「それが、彼女? だがそれだけなら」

「そのピースメーカーってところ、過激な活動も多い問題組織だったんですよ。
だから早々に足は洗ったんですけど……もしまだそこと繋がりがあるなら、キャロットの躍進も納得が」

「……その辺りのツテも利用している……NGO活動での海外経験としては、確かに臭いな」

「水嶋とその頃の知り合いに連絡を取って、背後関係も洗っている最中です。少し時間をください」

「あぁ」


そんな話をしている間に、エレベーターは地下一階に到着。

あの花束が少しでも彼女の心を変えてくれるなら……そんな感傷を抱き、駐車場に向かおうとすると、黒スーツの男達が立ちふさがる。


「……なんだ、お前ら」

「お前達に答える必要はな」

「おい」


先頭のひげちゃびんが、横のリーゼントに制止される。それで思い直した奴らは、懐からあるものを見せてきた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


さて、F級受刑者については説明したよね。でも彼らを受け入れる施設には、ある程度の制限がある。

そもそもF級受刑者は拡大傾向にあり、施設もそれに伴って数を増やしているんだ。横浜刑務所も、そうして増えたうちの一つ。

午前八時半――朝一番で訪れ、刑務所をざっと見学。そこは一見すると、刑務所とは思えないほど開放的な作りで。


重苦しい塀やろう獄、内部の装飾……などというのは前時代的。明るく、光を取り入れるようにガラスも多めだった。もちろん強化素材だけど。


「何だ何だ……街だけじゃなくて、刑務所も変わっちまっているよ。まるでホテルだな」


刑務官の一人についていきつつ、大下さんが呆(あき)れ半分で周囲を見渡す。


「旭川(あさひかわ)刑務所と同じく、完全個室にベッドも導入されていますしね。それも冷暖房完備。
……それにテレビやネット、ジムなどのレクリエーション施設もバッチリ。鉄格子も一部にしか入れていません」

「ノルウェーのハルデン刑務所を元にしたんですよね。懲罰より、社会復帰を前提とした」

「あっちと比べると、劣化ですけどね。スーパーもないし、釣りもできない。あとボルダリングや、バンド活動」

「バンド!?」

「プロ用の機材が置いているんですよ。それで囚人同士がブラックメタルバンドを組んで、CDデビューもしています」


水嶋さんの説明で、大下さんはサングラスが落としかける。というか、呆(あき)れ半分が呆れ全開になった。


「まるでホテル……いや、レジャー施設じゃないか」

「そこで問題になるのが再犯率です。知っていますか? 日本(にほん)の犯罪発生率は四十三パーセント前後。
そのうち再犯者は五十七パーセント……つまりは犯罪者の半数以上が再犯者であり、受刑者の二人に一人がそうなる計算になります」

「じゃあそのノルウェーは? こんなぜい沢したら、また入りたくなるだろ」

「十六パーセントです」


その衝撃の数字で、ズッコける大下さん。


「半分以下ぁ!?」

「まぁ人口が日本の二十分の一ですし、一概には比べられませんけど……『懲罰施設』としての刑務所は、既に破綻していますから。それに発達障害やら、境界知能の問題もありますし」

「境界知能? いや、発達障害は分かるけど……」

「蒼凪さんがそうですしね。
……ケーキを三等分できない非行少年……そんな著書を出した精神科医さんがいまして」


――――刑務官の方に案内されながら、更に歩いていく。そのたびに水嶋さんの表情が険しくなって……ただ、ここからの話は長めなので、かいつまんでいく。


境界知能というのは、少年院で様々な非行少年をカウンセリングした先生が気づいたもの。定義としてはIQ七十から八十四に位置する人達がそれ。

この数値は現在の知能障害基準が定まる以前、その枠に収まるとされていた人達。一般レベルからすればIQは低いけど、それでも日常生活に支障はない……特別な支援は必要ないと判断されていた人達。

でも先生が“絵に描かれた丸いケーキを、三等分してください”という問題を出すと、誰もが“三等分とは思えない形”で線を描く。無論他の形で調べても、似たような結果しか出ない。


ではこれが犯罪とどう結びつくか……そう疑問に思う人もいるだろうけど、実は結びつく。

この境界に位置する人達は、表面上は健常者に見えても、日常生活を送ることに困難が付きまとう。

仕事や勉強の遅れ。他者とのコミュニケーション能力。税金や公共料金の支払い、確定申告などの生活上必要になり得る諸々の手続き……それが通常域の人々に比べて遅く、拙くなってしまう。


しかし外見上は普通に話もできるし、しっかりしているように見えるため、周囲からはやる気のなさや甘えているなどの精神性……自助努力の欠如という“的外れな叱責”を受ける。

それが繰り返すことにより、当人は社会から孤立し、場合によっては犯罪行動を起こす……いや、そもそも“その善悪の認識や改善”も一人では難しい場合がある。

でも定義的には障害者ではないため、周囲はもちろん行政や医療の支援を受けられず、そのまま問題行動を起こし続ける可能性もある。


そう、問題行動を起こし続ける……犯罪者で言うなら、再犯を繰り返すということだ。それも自助努力の問題じゃない。正しいサポートが必要なのに、それを怠った周囲や司法の問題となる。

しかもそんな子はたまたまで、自分やその周囲にはいない……なんて言う認識も甘い。発達障害で言えば十五人に一人は発症しているとされているけど、境界知能は……七人に一人。

つまり学校に全三十五人のクラスがあれば、そのうち五人が境界知能児童となる。三百五十人の受刑者がいる刑務所なら、五十人近くが境界知能となる。


仮に年間の再犯者が三千五百人とするなら、五百人が……必要な支援を受けられず、それを取りこぼした責任や罪過すら感じることのない人達から叱責を受け、“誰もができて当然の普通”から人生を破壊された人達と言える。

この辺りは、発達障害者でもある僕は……よく分かる。発達障害も十五人に一人だし、実際に療育施設でも……役所でも、それで苦しんでいる人達を何人も見てきたから。


「――――生きづらさを自己責任で解決するべきものとして、周囲も放置した結果……救われなかった灰色はまた犯罪を起こし、罰せられるわけです。
……そういう支援を怠っていた社会や周囲、自分の責任をすっ飛ばし、自分達は被害者であり正義なのだと笑いながら。
……自分達もそんな支援を受けるべき一人かもしれないという可能性を、後天的にそうなるかもしれないという可能性を捨て置きながら」

「…………」

「それは健常者だって同じです。だから日本だけじゃなくて、海外でも同じ流れが生まれつつあるんです。
社会情勢や周囲の愛情・理解不足――犯罪者が誰しも抱える問題を受け止め、解決することが再犯率低下に繋がる。もっと言えば、犯罪はそんなウイルスが生み出す“病気”ではないか」

「病気……ね……」

「実際その辺りががたがたなアメリカも、再犯率が高いし……誤解を恐れず言えば、この国の人間は誰もが犯罪を起こしたがっているし、その被害者になりたがっている。そんな無自覚な自殺願望者で作られている」


そのとき、水嶋さんの瞳に怒りが宿った。


「ほんと、下らないと思うよ。
ちょっとしたことで……気の緩みで自分が犯罪者になる可能性すら、視野に入れないんだから」


それもふだんの飄々とした顔から想像できない、強い……憎しみとも言える怒り。

それを察して、大下さんも顔をしかめる。


「……随分厳しいねぇ。何、日本の女は飽きたところ?」

「……すみません」


ただ、水嶋さんは軽く首を振って自嘲の表情。


「海外でボランティアをやったことがあって……鹿沼も一緒に」

「鹿沼さんも?」

「そのとき知り合ったんですよ。それでまぁ、いろいろと……刑事になってからも、難しいなぁって思うこともあって。
……ほんと、すみません」

「謝ることはないって。でも確かに……タカなんて、外にいても携帯を持たない男だしなぁ」

「……それは、さすがに何とかしてください。俺達もビビるんで」


ホントだよ……! 鹿沼さんがいなかったら、そもそも鷹山さんと連絡が取れないって! その時点で刑務所組確定だったような!


「そういやここの警備って」

「民間企業への委託です。最新の刑務所ではよくあるパターンですね」

「何十ものプロテクトが仕掛けてあって、侵入は不可能だって」

「世界最高のセキュリティを持つ、ペンタゴンのシステムにさえ侵入可能ですから」


水嶋さんは怒りを収め、お手上げポーズを取る。


「完璧はないですよ」

「ま、ペンタゴンに比べたら、ここはすけすけの感じがあるけどな」


でも、すけすけなのは外見だけだ。……案内してくれる刑務官の方が、備え付けの繰り上がらすに右手を当てる。

それにより指紋どころか、手相のデータがスキャン・照合。ドアのロックが解除された。


「侵入はできたとしても、逃げる段取りをどうやって尾藤達と取ったか、そっちの方が問題でしょ」

「あとは異能関係ですね。そっちから介入されると、さすがにシステマティックとの相性は悪い」

「水嶋、やっちゃん、揃って読みがいい。
……尾藤とファンに誰が面会したか、当たるぞ」

「「はい」」

「で、やっちゃんは異能関係の気配とか……探れる? そういうの俺達、専門外だけど」

「まぁ、魔力や霊力の気配があれば……ただ今のところはなにも」

「それでも分かるんだ……! 水嶋、忍者凄いな!」

「えぇえぇ! ならもう、そっちはばしっとお任せします!」


……二人揃って遠慮なく拍手をしないでよ。というか、なに……水嶋さんは幽霊とか苦手なの? ちょっと怯え越しだし。

まぁそれはさて置こうか。


“さて、アルト……”

“やっぱりこの流れだと……警察関係者が怪しいですね。そもそも今回の件、犯人像はかなり絞られますし”

“対物ライフルなんてものを用意できて、ハッキングもでき、更に大下さん達と僕の情報を正確に掴める人物……”


……あれ、今……何となく嫌な予感がしたような。


で、でも落ち着け、素数を数えるんだ。

――とにかく一旦外へ。面会人情報はまた別の棟なので、玄関から出ると……黒スーツ・黒髪短髪の男達が待ち受けていた。


「なんだ、お前ら」

「ここで説明している時間はな」

「おい」


先頭のげじげじ眉毛が、横のピアス付きに制される。それで思い直した奴らは、懐からあるものを見せてきた。

そのバッジは……警察庁・警備局!? 県警でもなんでもなくて!

……とにかく、アルトには素早く待機状態に戻ってもらって……その上で隠れてショウタロス達に預けておく。


じゃないと、ちょっとやばそうだしね……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


水嶋さんだけを残し、僕と大下さんは車に乗せられる。なお目隠し……嫌な予感しかしないけど。


”ショウタロス”

”さすがに座標と進路は記録できねぇぞ……! 不可思議空間だからな!“

”だよねー。ま、なんとかするか”


――――そうしてたどり着いたのは、かなり大型の施設。

地下駐車場からある一室へ案内され、まずは階段を下りる。すると家具すらない部屋の中には、パイプ椅子が三つ。

その一つに座り、鷹山さんがお手上げポーズ。うわぁ、やっぱ捕まっていたか。


「はい、タカ。……いやいや、参った……こうきてさ!」


大下さんは近づきながら、警戒にハイキック。


「こうきて!」


続いて左フックから、鋭く右ボディブロー。


「こうきたら」


そのまま鷹山さんの隣に着地すると、鷹山さんは左手で銃のポーズ。そのまま大下さんのこめかみに向けた。


「こうきたんだよ。タカは?」

「みーとぅー」

『……来てないだろ!』


そりゃあ警備局の人達もツッコむわ。僕達、目隠し以外はわりと紳士的に案内されたからね? 暴力とかなかったから。

なので僕ももう一つの椅子に着席し、軽く伸び。


「なになに……まだ」


左腕の時計を確認。えっと……午前九時三十九分か。


「十時にもなってないよ。楽しみにしていたのに……刑務所近くでモーニング」

「あ、そうだ。通りがけのカフェが美味しそうでさぁ……どうしてくれるんだ! 俺達の朝食(トースト)を!」

「お前ら、何しに行ったんだよ」

「あと、テラスでチラッと見えたウェイトレスさんが、めっちゃ可愛かった! 見つけたよ、俺の第二天使!」

「良かったね、新しい恋が見つかって」

「素敵なオパーイでした……大きくも形は崩れず、凛と張っていて……魂が輝いていた」

「お前は見つけるな! あとそのスピリチュアルは理解できないんだよ! いちごちゃんも叱っていただろ! もう忘れたのか!」


まぁまぁ鷹山さん……いや、朝ご飯は食べた。食べたけど、あそこの極厚トースト……看板に載っていたものが、めっちゃ美味しそうで。


「県警と警備局、許すまじ……! 素敵なトーストだったのに!」

「だね! 素敵な魂だったのに!」

「お姉様、出てきて早々怒りに満ちあふれないでください。あとお兄様はいい加減にしないと、絹盾課長を呼びますよ?」

「アイツ、オパーイ=魂理論はなんとか修正しようと頑張っているからな……」

「恭文、神奈川県警と警備局は潰していいよな」

「当たり前だよ!」

「まぁ話を聞いてねぇんだけどな、コイツら!」


ショウタロスも頭を抱えていると、部屋のドアが開く。……そこから登場したのは三人の男。


一人は白髪リーゼント・黒縁眼鏡で、制服姿の警官……いや、あれは普通じゃない! 高官クラスじゃないのさ!

一人は前頭部が寂しい、眼鏡のおじさん。なお眼鏡はかなり細めのフレーム。

最後は鋭い眼光が印象的な、オールバックの男。こっちも三十代後半くらいだけど。


そして制服姿の人は破顔し、大下さんと鷹山さんに近づく。


「いやぁぁぁぁぁぁ――久しぶりだなぁ!」


そして二人の頬を軽く叩きながら、再会を喜ぶ。というか、大下さん達も心なしか嬉しそう。


「お久しぶりです、深町課長……いえ、県警本部長どの」

「御出世、おめでとうございます」

「嫌みか?」

「いやいや……半分だけ」

「馬鹿もん!」


そうして一喝しながらも、本部長殿は楽しげに笑う。まるで懐かしい時間が、『今』が帰ってきたかのように。


「それで君が」


僕に視線が移るので、立ち上がろうとすると。


「あぁ、そのままでいい。……蒼凪、恭文君だね」

「はい。初めまして、深町本部長……お噂はかねがね」


この男性はブレーメン騒動・NET襲来時、港署・捜査課の課長だった人だよ。資料で確認した。

県警から飛ばされてきた人だけど、少し前に本部長へ就任したとか。どうも二人とはいい関係のようで。


「それでこちらの方々は」

「警察庁・警備局所属なのは、明かしていただきました」

「なんだ、そうだったのか」

「当然だ。そちらの鷹山はともかく、問題行動だらけの第二種忍者に暴れられては困るからな」


そうはっきり言うのは、オールバックの三十路過ぎ。僕をゴキブリでも見るかのように、不愉快さ全開で接してくる。


「しかも特車二課第二小隊などというウジ虫どもと一緒に行動していた半端者となればなおさらだ」

「お前、面白い奴だねぇ」

「……なんだと」

「気に入った。殺すのは最後にしてやる」

「貴様…………」


そこで場の空気は楽しく高まる。シオン達もさっと不可思議空間に入ってくれるので。


「そこまでだ」


これから楽しくなりそうなのに……実につまらない形で、深町本部長が制してくる。


「参事官、冷静に話していただける……そういうお約束でしたが」

「こんな礼儀も知らないウジ虫に、それが必要か?」

「ほんと面白いねー。そのゴキブリの羽根を頭に乗せるファッション、どこでどうしたらセットしてくれるのよ。ちょっと教えてよ」

「貴様……立場が分かっていないようだな」

「参事官……!」

「……ち……」


それでオールバックの男もすっと下がっていった。でも、参事官……?


「蒼凪君も、そこまでと言ったはずだ」

「深町本部長、僕は専守防衛を常としているんです。それなら取り巻きの躾けくらいはちゃんとしてもらえますか」

「……残念ながら、取り巻きは私の方なんだよ。察してはいるだろう?」

「本部長が?」

「では改めて紹介する。
こちらは、警察庁の横田警備局長」


深町本部長が指したのは、細フレーム眼鏡のおじいちゃん。こちらの視線も、敵意全開だった。


「内閣情報調査室、水橋参事官」


次に指されたのは、あのオールバック……って。


「内閣、情報調査室……?」

「あぁ」


……では説明しよう。

内閣情報調査室とは、内閣官房にある内部組織……簡単に言えば、日本版CIAだよ。

日本政府の情報機関、その代表・とりまとめ役であり、その特異情報の分析は総理大臣に直接報告されている。


その担当は内閣の重要政策に関する、国内外の政治・経済、テロも含めた治安情報等のオシント。

しかも様々な省庁から選りすぐりの出向者が所属する、情報戦の第一線……国を守る目であり、耳となる組織だ。


鷹山さん達もそんな人物の登場は予想外で、目をパチクリさせていた。


「水橋参事官殿に、韓国の土産話を聞かせてあげなさい」

「君達が突き止めた、核のブラックマーケットについてだ。そこで売買された核は、全て押収されたのか?」

「何でそんなことを」

「お前達に質問する権利はない。話を聞くつもりもない……ただ答えろ、それだけだ」


横田警備局長は上から目線かつ高圧的に、鷹山さんの疑問を一刀両断。でも答えたくないなぁ……どうしようかなぁ、腹が立つし。

……なので椅子の両端を持って、軽くずれる……気づかれないようにずれる……そうして大下さん達から離れていく。


「釜山のことは、韓国の警察に聞いたらどうですか? 何かあったんですかは……ムスンイリイッソントン。はい皆さん御一緒に」

「「ムスンイリイッソントン」」

「……疑われているのは君達だ。ミイラ取りがミイラになる……よくある話だ。
ブラックマーケットに潜入していた刑事達が、テロリストに核を流したりな!」

「――?」


ズルズル離れていると、大下さんが韓国語で呟き。


「韓国語に直すと?」

「何だとこのやろう――!」

「座れ、二人とも!」


鷹山さんと立ち上がりかけるけど、それは深町本部長の一喝で押さえられた。


「それと……君も離れるなぁ!」


更に僕にも一喝……あれー、なんか気づかれていた!?

参事官達はギョッとして、僕に視線が集中する。


「ほれ、戻ってきたまえ! 参事官達の前だぞ!」

「いや、でも……僕、関係ないし。ほら、韓国旅行していただけで」

「馬鹿もん! 韓国警察からも聞いているぞ! 二人よりも多く斬り、多く殺したそうじゃないか!
あと……旅行じゃないんだろう? なにかこう、オカルト的な組織から依頼されて、ブラックマーケットを襲撃して……」

「まぁそんな感じです」


さすがに本部長に失礼をするのも申し訳ないので、椅子ごと元の位置に戻って……軽くため息を吐く。


「亜種聖杯……かくかくしかじか……という感じのアイテムを、連中が物珍しい骨董品代わりに流していました。で、魔術協会もその情報を掴んで、最寄りの僕に回収を頼んできて。
だから核爆弾については、僕もその場で初耳……寝耳に水なんですよ。むしろ僕と女と勘違いして、ナンパしてきた二人に聞いてくださいとしか……」

「お前達……そんなことしていたのか」

「いや、俺達は蒼凪に騙されたんですよ!」

「そうですよ……見てくださいよ! この女の子にしか見えない外見を! 噂の男の娘ですよ!」

「嘘吐くなボケがぁ! 僕はちゃんと“僕”って言っていたからね!? あとどう見ても男だからね!?」

「「「……それはない」」」

「断言するなぁ!」


なに揃って……本部長まで揃って否定してんだよ! 立派に男でしょうが、僕は! くそ、話の主軸じゃないから、これ以上ツッコめないのがほんと腹立たしい!


「というかですね、僕はこの件については完全に被害者なんですよ! 亜種聖杯を回収して、大事に持っていたらそこのおじいちゃん達は魔法瓶を落とすし! どっかの馬鹿がかすめた形跡もあるし!
それで泣き疲れてお供についたら、いきなり対物ライフルで狙撃されるし! おかげでいろんな予定や中学生最後の学生生活も阻害されるし!
……つーか、もしこのおじいちゃん達が本気で核密輸に絡んでいたら……僕が今すぐ殺しますのでご安心を」

「「ひど!」」

「それは、全く安心できないからね……!? というか、何の情も出さずに切り捨てていくのはやめようか」

「まず指から一本ずつ落とします。その後四肢を一ミリずつ削いでいきます。当然死なないようオカルト的処置も施した上で……そうしてじっくりと」

「解説もいらないんだよ! とにかく……かすめた形跡があるのは、間違いないんだね」

「……どうだかな。そんな怪しげな連中と絡んでいるチンピラの言うことなど、どこまで信用できるか」

「というか……そもそも僕が核爆弾を密輸するなら、鷹山さん達はその時点で適当に殺していましたって」


参事官は目障りなので無視して断言すると、深町本部長が眉をひそめる。


「核爆弾だって僕が亜種聖杯と一緒に、赤子みたいに抱えていましたよ」

「まぁ……それが妥当ではあるが、言い切るかね」

「嫌ですよ? 人をチンピラだウジ虫だと抜かして、恣意的捜査しかしない馬鹿に命運を握られるとか」

「貴様……」

「つまり……僕はこのおじいちゃん達に、騙されたんです……!」

「おま、その結論はひどいだろ!」

「やっぱりやっちゃん、本質は悪魔だろ! この外見詐欺が!」


うるさいわ! さすがにこんな疑いをかけられたくないんだよ! そのためなら手段は選ばない!


「というか深町本部長……その辺りは町田課長から聞いてくださいよ。さすがに情報共有なしもアレだと思って、レポートを提出していますから」

「そうだったのか。……その辺りは鷹山達も見習った方がいいな。なにせコイツらときたら」

「深町課ちょ……本部長……!」

「くそ、マジで自分だけ生き残る構えか! それでいいと思っているおか……やっちゃん!」

「僕は僕の味方ですし」

「言い切りやがったし!」

「はいはい、そこまでだ。……とにかく、調査が済むまでは三人ともここにいてもらう。
……それと」


本部長は鷹山さんと大下さん……初対面の僕を心配して、目線を合わせてくれる。

動きの鈍い老体でしゃがみ込み、慈愛をその瞳に載せて。


「私がお前達を庇うのにも、限界がある。それだけは分かってくれ」

「「……かちょ……本部長……」」

「調査次第によっては、お前達を更に厳しく追及する。覚悟しておけ……参事官」

「えぇ」


唾でも吐き捨てるかの勢いで、参事官は僕達を嘲笑。それから本部長や警備局の人達と退室……ここは、あえて見逃す。深町本部長に、恥を欠かせるわけにはいかないもの。


「……お兄様、どうしますか?」

「完全に疑われているよね、僕達。それも核兵器を横流ししたって……」

「つまりあの小型核爆弾は、横浜に持ち込まれている」

「それだけならまだいいんだけどね……!」

「まぁそれに荷担したと、俺達も疑われているけどな……主にお前のせいでな!」

「嘘つけぇ! 僕に押しつけてきたよね! 僕におぶって、何とか逃れようとしていたよね! また絹盾課長に叱られたいのか!」

「やめろ馬鹿! あの子は……ほんと、やばいから……」


……鷹山さん……そんなにビクビク震えなくていいですよ。確かにいちごさん……年々パワフルになっていますけど。垢抜けながらもパワフルですけど。


「でさ、どうする? このまま本部長の気遣いに甘えるのも手ではあるけど」

「…………」


大下さんの問いに、今は答えられなかった。というか、答えていいのかちょっと迷ってしまった。

それなら必然的に大下さん達も巻き添えだし……そうなっちゃうと、ね。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「この――大馬鹿ものぉ!」


朝十時――しょんぼりした様子で水嶋と鹿沼が戻ってきたので、怒鳴りつけました。なんで……なんでなんで!? なんでぇ!


「どうしてあの二人と蒼凪君が連れていかれたんだよ! そういうことがないように、お前達をつけたんだろうが!」

「俺達も行こうとしましたよ。でも警備局の連中、全く聞いてくれなくて……鹿沼は」

「ミートゥー。課長から何とか言ってくださいよ、課長でしょ?」

「あぁ……言うよ! さすがにおかしいもんね! それで行き先は」

「「教えてくれませんでした」」

「分かった。じゃあ、とりあえずお疲れ様……待機でいいよ、待機で」


水嶋達は一礼した上で、デスクへと戻る。しかし、どうなっているんだ。恨んでいる犯罪者ならともかく、警備局?

これは深町本部長に相談するべきじゃ……そう思っていると、捜査課に電話が鳴り響く。すかさずナカさんが受話器を取り。


「はい、港署捜査課です」


いや、取れなかった……片桐くんが極々自然に、うちの電話を取ったからね!

おかげでナカさん、派手にずっこけたよ! あぁ、痛そう! デスクにお腹(なか)が当たっているし!


「ちょ、片桐くん!」


あの美人でナイスバディな片桐くんは、こちらに『ごめんなさい』と左手で謝る。……可愛(かわい)いから、許しちゃおうかな。


「はい、はい……鷹山刑事ですか?」

「片桐くん、誰から!」

「キャロットの美咲さんという女性からです」


キャロット……片桐くんには、『こっちに回して』とサイン。応対している間に受話器を取り、外線を繋(つな)ぐ。


「もしもし、お電話代わりました。捜査課・課長の町田と申します」

『キャロットの美咲涼子と申します。あの、警備関係でお世話になっている』

「あ、はい。それで何かありましたか」

『まずは海藤への配慮についてお礼を……あと、鷹山さんに大至急お話したいことが』

「と言いますと」

『尾藤に関することです。一刻を争うんです』


改めて録音は……よし、受話器を取った段階から問題なし。更にメモ帳も取り出し、アナログでも準備を整える。


「鷹山は今不在ですので、私が代わりに承りますが」

『いえ、是非鷹山さんに』

「ですから、鷹山には今連絡が取れないので……あれ。そんなに鷹山にこだわるということは」

『何でしょう』

「あなた、もしかしてベイビーとか言われちゃいました? いや、あれは違いますよ、彼の精神年齢のことで」


……そこで電話が終了。何も言わずに切られて、ただツーツーと音が響く。


「あれ、もしもし……もしもし!? 美咲さん! もしもーし!」

「……さいてー」


そこで片桐くんが、鋭い射撃を送る。言葉の弾丸が胸を貫き、つい窓へ倒れ込む。

な、なぜだぁ……俺の何が駄目なんだぁ! 課長なのに! 課長(かちょう)なのに!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


いろいろ考えたけど……もう腹をくくるしかないと、椅子から立ち上がる。


「みんなには、また後で謝らないとなぁ」


小さく呟きながら、改めて部屋の周囲を確認。……監視カメラを保護する物理ドームを発見。

小型のものだけど、幾つもあるよ。ほんと無粋な連中だねぇ。


「…………」


懐から隠し持っていたパチンコ玉を取りだし……次々親指で弾いていく。

それは即席の弾丸となり、監視カメラを全て撃ち抜き、停止させる。


「鷹山さん、大下さん、今から二人を殴ります」

「おい、蒼凪」

「あとはまぁ、僕達で上手くやっていきます。なので二人は本部長の顔を立てて」

「悪いが俺とユージも専守防衛が常でな」


さすがに無茶はさせられないと思っていると……二人は揃って、なんの問題もないと笑って立ち上がって。


「殴られたら殴り返すぞ」

「そうそう。というか、やっちゃん達だけ楽しむとかないでしょ。もうこうなったら最後までクライマックスってね」

「でも……」


そこで引っかかる……思い出す。三年前、僕は…………。


「あぁ、分かっている。というかさ、舞宙ちゃんから聞いたよ……特車二課の人達に、泥かぶせたんだろ?」

「はい!?」

≪アドレス交換したんですか……いつの間に≫

「こっそり渡されたんだよ。……子どもだからって守られたことを凄く反省しているから、もしかしたら俺達も置いていく形で……そういう無茶をするかもだけど、許してほしいってさ。ほんといい子だよ」


舞宙さん……! あ、でも鷹山さんは携帯とかないのに……大下さんから聞いていれば問題なし!? だから笑って頷いてくるの!?


「でもまぁ、俺達そういうのはもう慣れっこだから。知っているでしょ?」

「今回に限り、お前はなんの遠慮も必要ないわけだ。絹盾課長も怖いしな」

「大下さん、鷹山さん…………」

「……恭文、言っても無駄だぞ」

「ヒカリ」

「コイツら、お前や野明達レベルの大馬鹿者だからな」


……できれば巻き込みたくない……その気持ちはある。退職金だって……生活だってかかる話だ。命だけの問題じゃない。

だから、三年前……野明さん達から、後藤さん達から託されたものを貫けるようにって、頑張ってきたけど…………ああもう、今は考えるの停止!


もう理屈じゃなく、感覚で分かっちゃったもの! 二人は折れない……僕が殴って下がらせるなら、殴り返してでも……自分の好きで暴れるし、飛び込むってさ!


「……ほんと馬鹿ですねぇ、県警はおろか、警察庁や内閣情報調査室まで敵ですよ?」


だからため息交じりにそう告げるけど、鷹山さん達は階段を上がって部屋のドアに近づいていって……その足取りに迷いなんてなかった。


「そう言いながらも、やっちゃん達だって楽しんでいるでしょ」

「そう見えます?」

「見える見える。……俺やタカと同じ。この仕事(あそび)の面白さにハマっている」

「お前とシオン達も、パーティーを楽しみたいクチだ、そうだろ?」

「遊びのつもりもありませんけどね」


でも否定はしない。……そうだね、楽しんでいるのかも。謎を、嘘を解き明かすわくわく感……命を賭けるスリルが大好きでさ。


もちろん傷つけられた誰かを助けたい、そういう気持ちはちゃんとある。

でも、だからって楽しんじゃ駄目という道理はない。だからだろうか、鷹山さんと大下さんは、揃(そろ)って僕の両脇を抜く。


まるで『それでいい、追いかけてこい……最高のパーティーが待っている』。そう言わんばかりに、笑って。


「じゃあノンビリはしてられないね」


大下さんは懐からピッキングツールの束を取り出し、電子ロックの鍵に宛てて。


「大下さん、必要はありませんよ」

「いやいや、ここはデジタルにはアナログで」


大下さんを少し強引に下がらせ……右足でドアを蹴り飛ばす。

ドアは轟音を立て、足形を付けながら派手に落ちて……。


「だからアナログですって」


呆けた顔で振り返る大下さん達には構わず、どこからともなく逆刃刀を……乞食清光ともども、アルトに収納していた大事な刀を取りだし、腰に差す。


「……やっちゃん、ウジ虫呼ばわりで滅茶苦茶切れてるだろ」

「言ったでしょ。面白いから最後に殺してやるって」

「……怖いねぇ」

「なら急ぐぞ」

≪ほんと……楽しいことになりそうですしねぇ≫


アルトもひょこっと出てきつつ、気配を殺しつつ脱出…………いやぁ、本当におもしろいことになってきたぞー!


「――お、こてっちゃんはお目覚めか」

≪えぇ。私、切り札ですから。
それよりここ……警察庁の横浜支部です≫

「それでこの広さか……」

「アルトアイゼン、内部の地図データは」

≪既に取得していますよ。そのまま真っすぐ進んでください、押収物の保管庫があります≫

「「「OK!」」」


そうと分かれば速度も上がる……しかも、タイミングよく人の気配が二つ。


≪そこです。今……二人出てくるところ≫


なので突撃……そのまま見覚えのある警備局員を襲撃。二人が気づき身構える前に、逆刃刀を抜き放って右薙・袈裟の連撃。


「が……」

「ぁ…………」

「「安心せい、峰打ちじゃ」」

「……僕の台詞なんですけど、それは」


しっかり沈めて、適当な横道に投げ込んだ上で、押収銃器保管庫へと突撃。え、鍵……そんなものは蹴り飛ばせば解決する。暴力は全てを解決するんだよ、スレッジ・ハマー刑事も言っていた。

その中身を確かめると…………おぉおぉおぉおぉぉ!


「僕のFN Five-seveNやP90が! 他の武器もたくさん!」

「ならショットガンと……あと弾も……」

「ウージーもあるな! よし、これももらい!」

「お前ら、マジで警官かよ……!」

「……結局お兄様と同類だったんですね」


ただ時間がないので、めぼしい物をピックアップして返却&借り受けさせてもらう。そう、返して借りていくだけだ。

それがあらかた終わったら、鷹山さん達はサングラスをかけ、保管庫を飛び出す。


……そこから現れる気配と人影。


「「「……」」」


鷹山さんは取り戻したコルト・ガバメントを。

大下さんはカスタマイズされたS&W M586を。

僕は振り返り逆刃刀の柄に右手をかける。さすがにFN Five-seveNは使わない。


……でもその人は温和な笑みを浮かべるだけ。六十代くらいに見えるおじいさん……なので、慌てて銃口を上げた。


「おぉ……鷹山と大下! 戻ってきていたんだな!」

「「あ……はい」」

「それと……お前さんか! この二人と一緒に暴れている、あぶない忍者は!」

「あ……はい」

「二人も相変わらずカッコつけてんが、忍者君もなかなかだなぁ!
ははははは……あ、悪い! 仕事中だから、また今度な!」


そして道を譲ると、笑顔で立ち去っていくおじいさん……どちら様?


「……どちら様ですか?」

「ん……誰だっけ」

「鷹山さん!?」

「少年課にいた……愛川さん」

「あぁ……」


大下さんの補足に、納得しながら何度も頷(うなず)く鷹山さん。

……それを合図に、また僕達は駆け出す。目指すは地下……ひたすらに地下!


さすがに表玄関から堂々とは出られないからね! でも地下駐車場とかなら……だから地下だー!

――――そうして誰にも遭遇することなく、地下駐車場へと到着。


≪想定よりもだいぶ楽ができましたね。さて、あとは……≫

「タカ、やっちゃん」


僕と同じものに、大下さんも気づいた。……駐車場の出口、その手前二百メートルほどの位置。

そこにランドローバーが停車していた。しかも搭乗者は……水嶋さん。


「水嶋?」


二人と一緒に近づくと、水嶋さんは運転席から笑ってくる。


「さっすが! もう逃げてきちゃったんですか!」

「お茶の一杯も出ないからさぁ!」

「全くです」


そう言いながら三人で車に乗り込むと、即座に発進――。

ランドローバーは駐車場を出て、安全確実に車道を走る。さらば警察庁横浜支部ー。


「それより水嶋、お前」

「大下さんの携帯ですよ。その電波を追ったら、警察庁の横浜支部に引っかかったんで。
……あとは監視カメラのデータを探って、部屋のロックを解除する……つもりだったんですけど、もう速すぎですよ!
というか、相当乱暴にやったでしょ! 警備システムがもう断末魔みたいに叫びまくっていましたし!」

「……アナログで、ちょろっとな」

「でもさ、水嶋もちょーっとヤバいんじゃないの? デジタルだからOKにはならないだろ」

「大下さん達が戻って……蒼凪さんがやってきて、うちの署とハマも活気づいていますしね。大概のことはOKっしょ」


水嶋さんは楽しげに笑って、カーブを曲がる。……この人もまた『あぶない』わけか。いや、ハマっている一人?


「あと鷹山さん」

「なんだ」

「美咲涼子から連絡が来ました。至急話したいそうです」


……状況が動いてきているね。まずは美咲涼子の話を聞いて、それから行動かな。ほんと、楽しい一日になりそうだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


美咲涼子と連絡が取れない……! 謝ろうとしたのに、番号が分からない! 俺の馬鹿ぁ!

鹿沼達の視線が突き刺さる中、深町本部長に連絡。先輩達の件、聞き出さないと……が。


「え……!」


その結果返された言葉が信じられず、慌てて立ち上がる。


「先輩達を、逮捕しろ!?」

『そうだ……それにあの』

「蒼凪君も!」

『そうだ』

「待ってください! だって先輩達は、警備局の人達に……何があったんですか」


まず、先輩達は本部長や警備局の手元にはいない。いれば逮捕しろだなんて、俺達に言うわけがない。

つまり……逃げたんだよ! 何かしら揉めて、いつも通りに! しかも蒼凪君もって!


『理由は後で説明する。……いいな!』


それだけ言って、本部長は電話を切る。


(どういう、ことなんだ……何が起こっているんだ)


わけが分からなくて、脱力しながら腰を落とす。


(先輩……!)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


こっちに来てくれた沙羅さんも見守る中、ライブのリハはスタート。まぁまずは細かく調整しつつだし、通しで二時間とか三時間ぶっ続けではないけどさ。

でも、そんな最中……とんでもない話が舞い込んできて。


「――ただ逃げただけならまだしも、警察庁の横浜支部を脱出する際、職員の何人かに暴行。
押収武器の保管庫にも押し入り、いくつかの武装・弾薬を強奪して立ち去っています」

「「「…………」」」

「もちろん死人は誰一人として出していませんが……それだけでもアウトです」


……沙羅さんも胃を押さえながら報告してくるし! というか、恭文くんはぁぁぁぁぁぁぁぁ!


「こちらにも釘刺しが来ました。
とりあえず余計な真似はするなと……私はもちろん、隆代表代理もまともなやり方では……」

「あはははは……!」

「…………蒼凪達には説教が必要だ……!」

「恭文君の馬鹿ぁ! それでどうするの!? どうするの!?」

「ですがおかげで、主犯が首を出してきました」

「「「え!?」」」


ちょ、沙羅さん……そんな無理をしないで! 立ち上がらなくていいですから! ほら、楽屋にいるみんなも心配そうに見ていますから!


「尾藤とファンが同時に脱獄させられ、次は核爆弾です。しかも蒼凪君と両刑事は警察内部の動きも疑っていた……その途中に“圧力じみた拘束”。
……とどめに指名手配は、一般には公表されていません」

「え……公表されていないんですか!? 銃器も持ち出されているのに!」

「確認したのですが、今はその必要がないと……」

「じゃあ……!」


まさか、その圧力をかけた相手が…………沙羅さんは私達が察したことをすぐに見抜いて、首肯。


「…………」


……分かっているよ。

義務感とかそういうことじゃない。あの子達は立場やそんなことで戦ったことなんて、一度もない。

そんな子なら、私は……大切なものを取り戻せなかったし、あの子に好きなんて言わない。


だけど……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


いちさん、そうとう煮詰まっているなぁ。まぁ今回は極めつけだし……TOKYO WARレベルの大事件になりそうだもの。

うん、そういうのもある。私達みんな、感じ取っている。あのときと空気が近いってさ。恭文君とショウタロス君達は、もっと感じていると思う。


……だったら、私がやるべきことは。


「……まいさん、大丈夫?」


すると後ろから声をかけてきたのは……心配そうにしていた女の子。一緒にライブに出る予定の子で……というか、恭文君も大好きな青い人で。というか私の青仲間で。


「話、聞いていてかなり物騒だったけど……」

「ん……ただまぁ、約束はしているし、私は落ち着いて待つよ」

「よく待てるなぁ……! あたしならちょっと無理かも!」

「そこはもう、ふだんからいっぱいコミュニケーションしているからだよ。
……それに、大丈夫」


心配してくれるみんなには、大丈夫だと……笑って答えられた。うん、答えられたんだ。


「それでも助けたい誰かを……街を泣かせる悪党を見据えたってことだもの」

『――今日もまた、平安法の抗議でもが国会前で行われました。
SNSを中心に広がる反対運動は過激さを強め、警察及び各所も警戒を強めています』


控え室のテレビでは、連日やっているニュースの続き……でも、それもまた手遅れな警戒なのかもしれない。

きっと今日、間違いなく何かが起こる。あの子はそれに抗うことを決めたんだ。それで……今回は≪ダブル≫だけじゃなくて。


「だから、大丈夫」

「まいさん……」

「誰かのために戦うあの子達は、滅茶苦茶強いんだから――!」


約束は絶対……這いずってでも守ってもらうから。じゃないと、うん……許さないよ。

私も、君も、出会ったことを、一緒にいたことを、バッドエンドにはしないって……そう決めたんだから。


(その5へ続く)








あとがき


恭文「さぁ、もう三月だよ。そんな中今回はちょっと長めなお話……元祖本編通りに拘束されて、逃げ出して……でも元祖本編や同人版とはまた違う話もちょっと盛り込んで」

古鉄≪まぁ再犯絡みは難しいですよね。北欧が凄いーって話はまた違いますし≫


(実際は風土や信仰されている宗教、教育方針などの影響も大きいです。北欧でも再犯率が高い地域もあるそうですし)


古鉄≪それに日本の福祉や社会制度も改善が進んでいますから。まだこれからですよ≫

恭文「でさ……それはそうと、あの」

杏奈「ん……♪」

恭文「杏奈が、離れてくれない……密……!」


(※2月末日は5月末日生まれの望月杏奈の記念日です。


杏奈「だから…今日は、杏奈が恭文さんと一緒に居るよ。いっぱい…いっぱい。
お話して…明日になったら、恭文さんの記念日を一番にお祝いする」


byDIO)


古鉄≪それは、こういう拍手が届いたからですよ。拍手、ありがとうございます≫

恭文「静香のアレが原因か! また!」

杏奈「恭文さん、お祝い……だよ……? 杏奈が、いっぱい……頑張る……ね…………」

フェイト「うぅ……杏奈ちゃんに先を越された−! 奥さんとしてまだ修行が足りない!」

恭文「その前にこの文化は……続くんだね、はい」


(最上静香は止まらないのです。
本日のED:『ハードボイルド』)


あむ「参事官、明らかに敵視しているし……! でもどうすんの!?」

恭文「キャラなり乱用コース」

あむ「さすがにそれ台無しじゃん!」

恭文「だよねー。それにいちごさんも……」

いちご「……結局、私が中途半端なんだ。覚悟を……決めなきゃ……!」


(おしまい)







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あきゅろす。
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