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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
その23.5 『断章2017/明滅する運命(さだめ)ごと』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

その23.5 『断章2017/明滅する運命(さだめ)ごと』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「マジかよ……!」


ついおののいてしまったが、許してくれ。ドーパント数百体って相手だったのに、容赦なく残り一人という形で追い込みやがったんだぞ。蒼凪は、六歳当時の時点で。

しかも一緒に突入したウェイバー・ベルベットやヘイハチ・トウゴウすら見せ札と来たもんだ。


「敵の中枢へと突撃し、四方八方からの滅多打ちで戦線をずたずたにして、各個撃破……蒼凪恭文の海賊戦法としては実にオーソドックスだよ」

「実に手応えがなくて、拍子抜けだったけどねぇ。万雷のおっちゃんはもっと歯ごたえがあったよ」

「それも無茶ぶりだって言っただろう? 結局は戦術や統率などにも疎い素人達なんだし」

「でもそれで、蒼凪くん、数百人をもう、皆殺し!? 援護有りでも、作戦とか全部自分で立てて!?」

「えぇ……数の不利ってそんな簡単に覆せるの?」

「数が多すぎても問題なんですよ……」


蒼凪は麻倉に対して、右人差し指をふりふり……それはちょっと甘いと言わんばかりだ。


「アニメやゲーム作品だって、プロデューサーやディレクター、監督さん……麻倉さん達も出演者という役割の上で関わって、作っていきますよね。それと同じですよ」

「……そういう順序立てというか、分担がブレブレだとってこと?」

「もっと言えば権限の問題もあります。
……役職ごとに応じた権限も、統率には必要なことなんですよ。命令系統が分かりやすいので」

≪当然その辺りもガタガタグダグダですよ。分かりやすい外向けのトップ(園咲冴子)は既に確保していますし≫

「おじいさん達が直々に指揮を執ればまだ分かったでしょうけど、それも結界で屋敷ごと分断しています。
現場判断という名目で『数百人全員が独自行動で暴走する』のであれば、そりゃあちくちくと潰せますよ」

「やっていることがほんとに海賊だよ……」

「その指摘も今更ですね。……蒼凪君は最初のときも、たった一人で、敵に囲まれた状態で、その殲滅と誘拐された被害者達の逃亡を成功させています」


そう、今更だった。蒼凪はこういうシチュエーションでの戦闘が……元々、滅茶苦茶得意なんだよ……!


「その前段階も……失敗こそしていますが、それでもタッチダウン寸前まで追い込んでいます。ドーパントという不確定要素さえなければ確実に勝てていたはずです」

「戦子万雷についても同じだよね。左を排除するという冷徹な判断もこなした上で、リベンジも果たしているわけだし。
というか、フィリップを取り返すときも、現れた増援相手に一人で暴れて潰しちゃっている。ルビーちゃんの助けありでもね」

「……そして、水橋達過激派とやり合ったときも……蒼凪は似た感じで暴れて、奴らを追い込んでいる。戦略面は俺とユージもお任せだったからな」

「つまり蒼凪くんは、本当に初手から海賊!?」

「俺達、課長じゃなくて船長って言うべきだったんだよ……!」

「怖い結論すぎますよ!」


そりゃあミュージアムも想定外だろ。適当に籠絡できる実験台だと思っていたら、海賊戦法をぶちかまされるんだぞ。

いくら相応の手勢や手段があるとはいえ……つい伊藤と一緒に、身震いするしかなかった。


「……その辺りの戦果については、劉代表代理や他の忍者組も腰を抜かしたそうですよ。
本来ならもう少しトウゴウ師匠の力を借りるはずでしたから」

「一応私と父様が、お墨付きしたんだけどねぇ。恭文君ならそれくらいやってくれるって」

「だとしてもですよ」

「えっと……アリアさん、それってどうして」

「恭文君の守り……生存能力とその辺りの判断能力が高いのは、雨宮ちゃんも聞いてもらった通りだよ。
実際戦子万雷のとき、翔太郎君を即座に切り捨てたのは、評価するしかなかったし」

「そこ、評価ですか……」

「評価だよ」


そこは俺も納得している。現に俺達も『左が敵側』って発想はなかったし、そこを否定する要素も話では一切なかったしな。

今ならフィリップに検索してもらって……なんて手も使えるんだろうが、それも無理ならということだ。


「自分じゃ翔太郎君を引っ張って脱出できない……助けられない。そう判断できたことは、評価するべきことだ」

「人を助けていいのは、自分を守った上で二の次として手を伸ばせる人間だけ。よく言われることですしね。
左さんは鳴海氏よりの心情で、勝手な行動を取りかねなかった。現に今回の突入でも、フィリップさん奪還作戦でもやらかしています」

「そんな人間と一緒にいたら、逃げ切れるものも逃げ切れない。冷酷だけど、そう判断して脱出を優先できたことは……指揮官適性を強く示すものだ」

「指揮官……え、蒼凪くん、なんかリーダー的なの!?」

「できるならより盤石って感じですね。
フルバックは後ろに下がって仕事をする分、そういう判断力も求められるんですよ」

「ほへぇ……!」


その辺りの才覚もあったから、あの状況もなんとかできたわけか。まぁ情に流されて全滅しましたーじゃ笑えないからな。

となれば、疑問に思うのは今回のような状況……攻めのときだ。


「なら攻めはどうなのか……薬丸自顕流の教えに乗っ取り、ただ気が狂った突撃するしかないのか。
……答えは否だ。守りほど得意ではなくても、相応のやり方はできる。知識と経験さえ揃っていればね」

「特に乱戦でやすっちに入り込まれたら、アタシらでも止めるのは一苦労だよ……。
周囲の敵は範囲攻撃の抑止と肉の盾同然だし、お話した通りお手軽範囲攻撃も覚えていたし」

「……でもさ、それならあたし……攫われちゃうの? 海賊だからがばーって」

「「それだ!」」

「そんなことしませんから! あくまでも攻撃するなら得意な戦術がそっちってだけです!」


まぁ動揺する蒼凪はともかく……その結果、ホッパーを孤立させて……だよな。

で、これだけでも相当ヤバいのに……ここからなんだよな……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ホッパー撃破を持って、蒼凪のリベンジ……その一つは見事に果たされた。

園咲琉兵衛と美澄苺花も引っ張り出した……引っ張り、出したんだよなぁ……放火していたけど。

その上でアナザーウィザードも無力化して、当人すっきりなわけ……なんだが……!


「…………どん引きだよ」

「いちごさん、いきなりなんですか」

「疑問を持たないでくれるかなぁ!」

「そうだぞ蒼凪! それでお前、本宅を焼け野原にしたのか!」

「籠城などさせないよう、焼き討ちにしたから……当然です」

「言い切るなよ……!」

「更にルビーが雷撃を降らせたので、伏兵はいないとようやく判明しました」

「追撃もかましたのかよ!」


駄目だコイツ! 何が問題か理解していない! というか、マジカルルビーもこれに乗っかったのか! この狂気の死体蹴りに!

しかも、しかも……。


「というか君、それで左さんも……近づいていたらボコるつもりだったのかな」

「先輩はなにを言っているんですか……。迷いなく殺すんですよ」

「君こそなにを言っているの!?」

「なら今度、先輩に対物ライフルを撃ち込みます。先輩がそれを生身で回避できたら次は躊躇うので」

「絶対やめてくれる!?」

「でも先輩の言っていることは、そういうことですよ?」

「そういうことになっちゃうの!?」

「ぐふ…………」


やめてやれよぉ! その左がこの場にいるんだよ! ダメージを受けて苦しそうなんだよ!


「なにより……大丈夫ですよ、先輩」

「なにが!?」

「そんなこともありましたけど、試合が終わればノーサイド……全て水に流しましたから。
……僕達は粗末なことに囚われず、未来のために手を取り合い、仲間となったんですよ」

「えぇ……」

「ね、翔太郎」

「あ、うん……そう、だなぁ……!」

「左さんに圧をかけるの、ちょっとたんま!」


そしてその結論はヒドいだろ! 鳴海荘吉と左への当てつけだとしても、それを笑顔で強いるのは拷問だぞ!


「というか、ルビーとやらもだけど、シオンちゃん達もこう、仲裁的な」

「……鉄火場で、そんな痴話げんかをやれと? 対物ライフルでスナイプされますが」

「アレは嫌だよなぁ……。割とビビるんだよ。この間も心臓止まりかけたし」

「実体験で語らないで!? あの、ショウタロス君……」

「……狙撃できるドーパント、結構いるんだよ……」

「……そっかぁ……!」

「とはいえ……これで大人組の意見は纏まったよ」


そうしてため息交じりに、フィリップはこう告げる。


「蒼凪恭文に、マジカルルビーを絡ませるのはまずいと……!」


力に囚われる云々がなくても、一緒にどこまでも暴走する相方≪マジカルルビー≫は周囲にとって辛すぎると……!


「だろうね! 毒を以て毒を制した結果というか、火にガソリンぶちまけたようなもんじゃん!」

「ん……しかもこれで、魔法少女パワーで無双しているならともかく、そうじゃないもの。
蒼凪くんは蒼凪くんで、修行して怪物相手の斬り合いを楽しんでいるだけだし」

「当然……でも最後は楽しくなかったです。
怯え竦み、死にたくないと悲鳴をあげながら戦われたし」

「それこそ当然だからね!?」

「山崎さん、違うんです。それは無礼なんです。
腕や足が千切れようと、内蔵が捻れて潰れようと、目がえぐれようと、最後の最後まで斬り合いを楽しみながら死ぬ……その姿勢がないのは、相手に対して無礼なんです。
だから楽しめと……僕に対しての無礼を続けるのは許さないし、僕もお前に対してそんな無礼はしない。だから楽しみ合おうと励ましたのに」

「怖い怖い怖い怖い怖い怖い!」

「蒼凪くん、落ち着いて! 刀を収めて! そのらんらんとした目を一旦引っ込めてぇ!」


山崎と伊藤が宥めても、奴は目をらんらんと……本当に怖いだろ! これを戦闘狂って三文字で片付けていいのか! しかも六歳当時から!


「どうして怖いんですか……。それでも駄目っぽいから、もうやめようって提案したのに。
変身解除すればいいからって……なのに攻撃されたんですよ?」

「それも含めて封殺する流れだったんだよね! 言っていたよね!
さすがにまともにやると危ないかもだから、いろいろ作戦も立てていたって!」

「結果、この件でそれだけの戦いができたのは……結局万雷のおっちゃんやガルドス、おじいさんとだけ……ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!
僕は最初から、ずっと楽しみにしていたんだよ! そういう戦いが待ち受けているのだと! ピンチの連続だと! そういうものだと思っていたんだよ!
なのになにこれ! 結局メモリでイキっているクソ弱い大人どもをボコっただけ!? 僕はそんな弱い物いじめがしたかったんじゃないんだよ!」

「蒼凪くんー!」

「やっちゃん、ついに認めちゃったよ! ミュージアムとのドンパチは弱い物いじめだって!」

「物のついでに鳴海荘吉もね……」


フィリップの言う通りだった。歯牙にもかけていない……名前を挙げる必要もないという様子だからなぁ。

……だが怖いよ! コイツ、本気で怒っているよ! そういう戦いができなかったという点で……それがどれだけ許せないんだよ! 伊藤も愕然としてやがるのに!


「アイツら、一体なんのために神だの超人だの宣っていやがったんだぁ!
今思い出しても腹が立つ! 万死に値する! たった一回しか殺せないのが口惜しい!
ありとあらゆる痛みを植え付けながら一人一人百回ずつ八つ裂きにしないと、全く気が済まない!」

「それミュージアムが悪いのかよ!」

「もちろん鳴海荘吉もだ! 骸骨は殺せないとか宣いながら、チンピラ程度って! 腕や足が切り飛ばされて戦闘不能って!
普通そこから再生するでしょ! 普通そこから増殖とかするでしょ! それもなしであそこまで調子づいて、うちの家すら滅茶苦茶にするとか……引く。人類として引く」

「今俺達が、やっちゃんにどん引きだけどな!」

「本当だよ! というか、本当にそんな魔神ブウやセルみたいな存在だったらどうするの!? 斬り殺すことすらできないよね!」

「それと斬り合って潰すのが楽しいんじゃないですか……」

「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!」


蒼凪、その目はやめろ! 疑問を一切抱いていない目はやめろ! 狂気すぎるだろ!

やっぱり山崎だって怖がるよ! 俺だってどん引きだよ!


「下らないイキりに付き合わされた……今思い出しても腹立たしい!
しかも誰も彼もここまで喧嘩を売っておいて、殺されそうになったら被害者ぶって喚きちらすし!
やっぱり僕が弱い物いじめで虐殺したみたいじゃないのさ! どんだけ舐めたことやってくれてんだ!
――――この怨み、晴らさでおくべきかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「その台詞、そういうといころで使っていいものじゃないんだけどなぁ!」

「そうそう! あのね、そのためではなかったんだよ! それが常識だったんだよ!
というか……それで散々殺しているんだから! そういうこと言わないの! もう晴らしているよね!」

「そうだよやっちゃん! ついに伊藤ちゃんもそこにツッコむレベルで狂っているからな! 本当に俺達の想定と違うんだよ!」

「ですよね! もっとこう、それで戦うことに迷うとか、怖がって戸惑うとかあるかなと思ったら……誰よりもクレイジーって!」

「え……怖いから楽しいんですよね。戦いは」

「それがクレイジィィィィィィィィィ!」

「でも全然怖くなかった……奴らは全く怖くなかった。鳴海荘吉なんてその筆頭だよ。薄っぺらすぎて感情が死んだ」


蒼凪、落ち着け! 伊藤のツッコミをスルーするな! あとお前が敵に対して塩対応をかますの、そういうメカニズムなのか! 原理が怖すぎるだろ!


「そんな有様で自分より弱い連中をいたぶって神様気取りとか……憎い、憎い、憎い……!
そんなクソどもに初手で捕まって、見下された自分も含めて憎すぎる……!」

「その怒りは想定外だから!」

「……やっぱりさ、蒼凪くんが武術家さんとしてちゃんとしているだけなんだって。
普通の人は、そこまで考えられないんだよ。いや、それはよくないことだけどね?」

「そうそう。だからやっちゃん、そこはもう、そういうものだって納得しようか。怒るだけ無駄だって」

「こんな世界は間違っている!」

「「「主語が大きい!」」」

「畜生めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


そしてそんな自分を振り返って、疑問を抱くこともなく嘆いているよ! 散々殺しておいて、テーブル叩きながら呪いたたっているよ!

でもその全てが怖いよ! コイツが奴らの被害者だったとしても、こんな怨み方は想定外すぎて怖いよ!

山崎とユージ、伊藤が引き続きツッコんでも、何一つぶれないのが恐ろしいよ! どんだけ奴らが無礼だと思っているんだよ!


「……どうしよ。あたし、ちょっと蒼凪くんの気持ち、分かるかも」

「「「え!?」」」

「雨宮、お前……!」


おいおい……なんか距離感縮んでいたかと思ったら、コイツもクレイジー枠かよ! どん引きだよ!


「だから俺、言っただろ……!? 兼ね合いが取れたらヤバいって! 頭を抱えるって!
劉さんや俺達もそれで仕事やら使命感で重しを載せて、制御しているんだよ!」

「井坂についても彼が強いと分かったら、自分から積極的に飛び込んで、殺しにかかっていたからね……。
というか、彼にモルモットとして狙われているはずなのに、その狙っている当人が恐怖する程度には執拗だった」

「蒼凪はシリアルキラーすらどん引きさせたのかよ……!」

「あの、その……照井さんは? わたし、家族の仇って聞いたような」

「……アクセルとの能力的相性もあって、大体十把一絡げにあしらわれるんだ」

「悪夢だったよなぁ……。照井は変身解除させられて、無力さを嘆いて叫ぶだろ?
その横で恭文は、逃げた井坂に笑いながら叫ぶんだよ。もっと楽しく斬り合おうってさぁ……!」

「ヒドすぎる!」

「……夏川さん、違います。照井さんがもたもたしているなら、僕が首を落とすという愛溢れる叱咤です」

「絶対嘘だよね!」


蒼凪、それはごまかせないよ! だってお前、凄い無表情だもの! 照井のことなんて気にしていない様子だよな!


「でも能力相性……」

「アクセルはWやウィザード以上のパワーと耐久力がありますけど、それだって無限じゃありません。
天候操作による範囲的かつ多弾的な連続攻撃に対しては、防戦一方になるんですよ。なにより」

「なにより?」

「照井さんが井坂を知ろうとしなかった……それが一番の原因です」

「え……!」

「蒼凪君がやった、未発の像……起こりを読み取るという意味ですよ」


戸惑う夏川……そして俺達に、赤坂さんが触れる。

家族の仇……猟奇的殺人鬼。それこそが井坂という男。

だが、照井がその首を取るためには、そんな男を知らなくてはいけなかったと。


「照井さんも警察官ですから、当然武道教習は受けている。その下りも承知しているはずなんです」

「その通りです。俺は蒼凪に指摘されるまで、憎しみに囚われ続け……井坂を知ろうとしなかった
だから奴の力に翻弄され、何度も何度も……俺に必要だったのは、そんな憎しみを振り切る覚悟だったんです」

「……振り切れなければ、ウェザーの能力に対処することも不可能だったと」

「でも、動きが読めてもそんなほいーって避けられるものなんですか?
蒼凪くんはこう、いろいろできそうだけど」

「だからシュラウドは、これを作ってくれていたんだ」


そうして照井が取り出すのは……ストップウォッチ? いや、だが下にメモリの基部らしきものが。


「トライアルメモリ……挑戦の記憶を宿したものだ。これによりトライアルという別形態へ変身することができる。
……通常のアクセルよりもずっと速く、鋭く動く姿にな」

「それでそういう攻撃もすり抜けてドガン!?」

「ただし、圧倒的スピードと引き替えに攻撃力と防御力ががくんと下がります。
もし直撃をもらえば大けが必至だし、そんなトライアルではドーパントを一撃で倒すこともできません」

「じゃあどうする……って、まさか」

「えぇ。……その速度を生かし、一発も食らうことなく、徹底的に攻撃を叩き込み続けるんです。十秒以内に」

「マキシマムドライブがその間に最高速度を……という仕様だからな。
ただ今までとはやり方も違い過ぎて、苦労させられたが……俺にはちょうどいい手本がいた」

「そこで蒼凪くんかぁ……!」


なるほど。その特性なら、蒼凪がこのとき見せた戦い方は十分参考になる。それで照井もアドバイスを受けて、なんとかできたわけか。


「だから蒼凪は、俺がその速度に到達できるまで、井坂の相手を自分から買って出てくれていた。
俺が死なないように……負けても次へ繋げられるように。……さっきのも本当に叱咤だったんだ」

「……蒼凪くんー」

「違いますし」


そして当の蒼凪は、腕組みしながらそっぽも向いて……雨宮や夏川、俺達の視線から、分かりやすく逃げていた。


「趣味を優先した結果、たまたまそうなっただけです」

「それはおかしいなぁ。照井竜が井坂と決着を付けるとき、君は彼に出番を譲ったはずだけど」

「どうせ負けると思っていたし」

「だったらどうして照井竜が勝ったとき、ガッツポーズしていたんだい?」

「フィリップ!」

「……ま、そうだよな。じゃなきゃ照井に『憎しみを振り切れ』なんてアドバイスするわけねぇしよ」

「やっぱり兼ね合いが取れないなら、地団駄踏むわけだー」

「……むぅ…………!」


落ち着きを取り戻し、膨れた蒼凪を見て俺達は笑う。

……まぁ、ヤバい人斬りではあるが、それでもってことだよな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「で……ルビーちゃんは、この蒼凪くんとめっちゃ性格的に相性がいいんだよね」


そっぽを向いた蒼凪に、雨宮が楽しげな笑いを向ける。……まぁ、すぐに表情が曇るんだが。


「ただ仲良しなだけで……大暴れ……ファイヤーだしなぁ……!」

「悪魔の組み合わせだよ……!」

「……え、雨宮さんと山崎さんは、なんでそんな物騒な表現を……」

「「当たり前だよ!」」

「タカ、ほんとずっと一緒じゃなくてよかったな!」

「恐ろしいことを言うなよ! それだと俺達も巻き添えだぞ!」

「俺、ファイヤーってのは付き合えないよ!」

「俺達、爆発とか燃焼にはジンクスあるしな! 怖いよな!」

「お二人が必死……必死にもなるかぁ! 兼ね合いが取れると全てがヤバすぎるし! わたし達の想像した流れじゃないし!」


そうそう! 夏川、許してくれよ! だって俺達……蒼凪課長に騙されていたんだもの! キレたらこんなヤバいとは思わなかったもの!

その上キレなくても、平常時で殺しにかかるとは思わなかったんだもの! それが相乗効果で更に爆発するとか……怖すぎるだろ!


「とはいえ、インテリジェント型のデバイスにいろいろサポートしてもらうという方式自体は、有効だと判断されてね。
それで蒼凪恭文にも、改めて新型のデバイスを見繕おうかという話も出ていた」

「やすっちの今後を考えると、合法的な所在地認証や連絡手段の確立も必要だったからね……。
単純な自衛能力のみならず、その辺りの補填もできるデバイスはうってつけだったんだよ」

「蒼凪くんが、最初のときみたいに襲われたらってことですよね……」

「そうそう」

「でもそれならアルトアイゼンちゃんが」

≪私、このときはまだ付き添いにすぎませんでしたしね。そのままだったらお役御免で、またグランド・マスターと旅に出ていたんですよ。……ルビーとは本当に楽しそうでしたし≫

「……ファイヤーにゃー♪」

≪麻倉さんもご覧の通りですよ≫

「ん……!」


蒼凪、やめろ! そのぶっ殺してやるにゃーの亜種はいらないんだよ! 可愛く言っても意味ないんだよ!


『……それでもまずは遠坂家にちゃんと帰すってブレない辺り、みんなは心から安心していたよ。
でも同時に頭も抱えていた。力に執着していない上で“これ”だから、どう指導すればいいのかと』

「うん……そこはまぁ、私も責任を持つよ」


すると麻倉がとんでもないことを……じゃないかぁ。


『え……』

「麻倉さん!?」

「さっき、発破もかけちゃったし?」

「で、でもあの」

「いいの。私もね、それくらいしていいかなーってくらいには……フラグ立てられちゃったし」

『「フラグ!?」』

「あ、恋愛フラグじゃないよ? もっと別の」


そう……ただ戦うだけでは駄目だと麻倉は言った。だったらという話だ。

蒼凪は戸惑い気味だが、それでも麻倉は問題なしと笑っていて。


だがフラグ……いや、野暮なツッコミはやめておこう。


「でもその、天地人の構えだっけ? え、それで……構えを変えただけで、強い怪人を切り刻んで……!?」


麻倉が触れたのは……そうだそうだ! 例の切り札だよ! それがもうビビってさぁ!


『……私も中から見ていてあきれ果てるというか、絶句するしかなかったよ。
原理は分かるんだけど、それを一度の読み間違えもなしでやり通すっていうのがさぁ』

「だって弱い物いじめだったし……」

『そろそろ口を慎むんだよ!』


蒼凪、嘆くのはもうやめてくれよ! その方向の嘆きは俺達、何一つ共感できないんだよ!


「それで、攻撃を防ぐとか、避けるのも駄目……逃げるのも……」

『恭文君自身テレポーターで、敵を引き寄せることができるのもあってね……!
今なら結界魔法で展開して、強制タイマンを強いることも可能だ』

「蒼凪君が発する“毒”に浸り続ける限り、相手はいくつもの不可能を強いられるわけだね」

「毒……」

「そこまでいくと攻撃回数というより、濃度で表現した方がいいレベルですよ」


その毒が相手を死に至らしめるまで、相手をがんじがらめにするのが本質なわけか……。

つまり、蒼凪が得意とする戦術の勝負に持ち込むんだよ。ウィザードメモリにより強化された素養も、それにうってつけとはなぁ。


「でも、それならほら、スカルとかは」

「そこで出てくるのが、それらをシームレスに行える上、蒼凪君自身が異能力者である点です。多少の相性差なら覆せてしまう」

「現に鳴海荘吉は変身状態だったのに、蒼凪に腕や足を切断されている。いや、それどころか異能なしで頑強な体をへし折られた」

「あんなの簡単ですって……。
怪人なら力が強い分、その流れを変えるだけで、自らへし折れるし吹き飛ぶんです」

「一般人枠に通じる概念で話をしようか……!」

「というか、そのマルチタスクも、相手の起こりを読み取るのも、蒼凪君の障害特性上“とても苦手なこと”だろうに……」

「あ、そうですよね! その苦手なことで……ここまでってこと!?」

「……だからこのときは、本当にまだ贋作ってレベルの仕上がりだったんです」


蒼凪はそこでまだまだだと首を振るが……だがそうして生まれた結果が恐ろしいだろ。

本当に相性最悪じゃないかぎりは文字通りの必殺技だ。そりゃ風花とリーゼアリアがあれだけ戸惑うさ。


「目標は、異能力なしでですし」

「そこ、能力ありきじゃ嫌なんだ」

「だから修行です! メモリがあるだけでイキりまくっていたクソどもを反面教師に!」

「鳴海さんとかが反面教師ってそういう方向なの!?
でもそのための修行って……やっぱ走ったり素振りとか」

「天ちゃん、メインはアレだよ……。毎日超警戒態勢で過ごすってやつ」

「アレが!?」

「周囲への洞察とかも込みですし……でもまだまだです」


というか、それでその厳戒態勢で日々を過ごすのが修行なのかよ。あれか、警戒することで気配とか読みやすくするのか。


「……本当に、刀を抜いたときの蒼凪君は、人ではないのかもしれません」

「赤坂さん?」

「……人斬りとしての自分を受け入れ、そこまでの能力を発揮したこと。
……怪人相手に贋作レベルとはいえ、そこまでの完成度をぶつけ、圧倒したこと。
……なにより負けないためではなく、勝つために……それができないのなら負けて、死んでもいいのだと割り切り、踏み込む精神性。
その全てが悉く、人の有り様を逸脱しています。人には蒼凪くんのような踏み込み方はできないんです」


そして赤坂さんは戦慄していた。その全てが人ではない……人じゃない“なにか”だと示す。そう冷や汗を垂らし続けて。


「人を超え、修羅となれば、化物(けもの)となる……まさか六才にして、そこまでの神域に辿り着いているとは……!
いや、彼の環境とその修練の内容を考えれば、門に触れるくらいならばまだ」

「……人斬りのやっちゃんはまさしく、化け物ってわけ? まぁあの様子を見れば分かるけどさぁ」

「その根底にあるのは、刀を抜く……その本質を理解していたことです。
豊川さん、御影氏が教えたのは、概念的なことだけではない。自己暗示能力だったんですね」

「……えぇ」

「自己暗示……それって、あの……何度も言ってたけど」

「僕も武道の師から教えてもらったので、受け売りになるんですが……この国にかつて存在していた“侍”という生き物は、人を捨てた怪物だったそうです」

「は……!?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


田所さんがビクビクするので、私からも補足しつつ説明する。

侍にとって刀を抜く……柄に手をかけるというのは、それだけで人ならざるものに変質することを指す。

殺し合うためだけの肉体、生き残るためだけの頭脳に……比喩ではない。試合の前に気を引き締めるなんてレベルじゃない。


侍は刀を抜くことで、脳の機能を切り替える。そしてその脳が、肉体を戦闘用に作り変える。

強烈な自己暗示は体の筋肉を、生物が使用するべき方法ではない用途で活動し、血脈は血液の循環ルートを変え、呼吸さえさせなくなる。

比喩ではない。刀を抜く……殺し合うという目的のために覚醒した心と体は、人間の枠をたやすく崩壊させるの。


「もっと言えば……戦いには無駄な『人としての機能』を全て排他し、戦闘用の部品に切り替えるということです。
それほどの強烈な自己暗示で、身体と心の全てを使い尽くし戦う。それが侍……武術家という存在でした」

「私もまさかと思っていたら、ウェイバーさんが補足してくれたんです。
……魔術師もまた、魔術回路という先天的な人工臓器を起こし、この世にある異能の基板にアクセスできる存在。
だから起こした時点で、肉体はそれに適した形へ作り変えられるし、相応の痛みも走ると」

「え、痛いの!?」

「麻酔もなしに神経を繋げているようなものですから……」

「ちょっと、蒼凪くん……さくっと魔術使っていたんだけど!」

「あのドンパチでもやっていたよ! やっちゃん、俺達なにも聞いていないよ!?」

「いや、慣れるものですから」


恭文くん、軽く言わないで! 私も結構ビクビクするんだからね!? まだ知り合って日が浅いメンバーが驚くのも当然!


「とにかく御影先生は、恭文くんに刀の抜き方を教えていたんです。
恭文くんの中にある化物(けもの)を解き放って、その全てを解放・制御するための手段を」

「なにそれ! そこはあの、ほんとにお休みは駄目だったのかな!」

「それも赤坂さんが言った通りなんです。しかも御影先生も、恭文くんの天眼……未来視能力が目覚めつつあるのは、察していたから」


そう……御影先生も、そこは分かっていたの。それも初手で。ヘイハチさんから聞いてびっくりしたんだけど。


「だから、いずれ……そう遠くないうちに、恭文くんは殺し合うような“なにか”に飛び込むことになるのも分かっていたんです」

「あの、それもなんとか、守ってあげるとか」

≪そのために始終この人を見張って、行動を制限し続けるんですか? “いつ起こるかも分からないのに”≫

「え!?」

「あのですね、先輩……僕は“八百屋が安売りします”って未来が見えていたけど、それがいつ、どの店で、どう安売りされるかがさっぱりって話なんです」

「……さっぱりだったの!?」

「さっぱりでした」


未来予知にもいろいろ種類があり……恭文くんが発現しかかっていたものは、測定と予測の二種類だった。

測定は天眼の概要で説明した通り。予測は資格を通して集めた情報を一切捨てず、無意識に再構築し、その情報を元に『有り得る未来』をイメージとして見る能力。

ただ、能力が発現しかかっていたこともあって、そのイメージはぼんやり。更に見えたイメージはあくまでも自分が知りうる情報に過ぎないため、第三者の行動や要素によって覆ることも多いとか。


「測定については言った通りで、予測はこう……時折嫌な予感がするなーとか、そういう超直感的な感じに納まりました」

「いわゆる第六感だよね……。恭文くん自身どうしてかって説明できないから、本当に勘にすぎないんだけど」

「それで、いつどう……なにが起こるのかも、本当にさっぱり!? そういうの、びしーって見えるんじゃ!」

「見えません。その辺りは知佳さん……仁村知佳さんからも説明されたんです。
もしかしたら私達がおじいさんおばあさんになった後、旅先でフラッと通りすがった八百屋が安売りーっていう話かもしれないって」

「なにそれー!」

「それじゃあ守ってあげるなんて、無理だよね……」


田所さんと山崎さん……みなさんには悪いけど、無理だった。なので首肯を返すしかなくて。


「それまでずっと行動制限を取るのかって話も、会長達がしていたんです。
今はいいけど、恭文くんが将来……海外とかで勉強とか、働くときはどうするのかって」

「そうだよね……。あの、私達もね? 仕事で海外とか行くこともあるし」

「声優の山崎達が?」

「タカ、勉強不足。日本のアニメって、海外でも凄い人気でファンも多いんだよ。
それで本場の声優さんやスタッフを呼んで、盛大にイベントってことも多いの」

「幸いアイラバもそんな人気作の一つとして、注目され続けているので。
……まぁ私達はそんな感じですけど、普通に働いていてもそういうの、同じかなぁとは」

「単純に地方に出張とか、赴任とかもありそうだしなぁ。そりゃあ無茶か」


今鷹山さん達が言ったみたいな感じで、風間会長も結論づけた。ずっと守ってあげるなんて、それこそ傲慢で薄っぺらいと。

もちろんずっと忍者の仕事に縛られているのも、同じなのではないかとも討議されていて……うん、だからなの。

だから恭文くんには、それ以外の可能性もいっぱい勉強してもらおうって、学校とか、そういう海外の旅行とかもかなり自由にさせてもらっている。


もちろん次元世界での仕事も同じ。選択肢はたくさんあるんだと、そう教えることが大人の仕事なんだってね。


「それに、人生の危機なんてなにがどう訪れるか分かったもんじゃありませんよね。
私だってこの間……一歩間違えたら、捕まって人質に利用される立場でしたし」

「あたしと天ちゃんだって、危うく致死毒流されてそのまま捕食だったしね……。
もちろん老い先短い自分が、そこまで守ってあげるなんて……嘘っぱちを振りまくこともできなかった。
……だから御影さんは、強さと覚悟を持たせることにしたんだよね。それでも……なにがあっても、抗うことだけは諦めないで済む強さを。
……そんな未来を受け入れている恭文君だからこそ、その選択によって壊れるものを受け止められる覚悟を」

「そうして先生が亡くなって……本当に、さほども経たず“そのとき”が来ちゃって、かぁ」

「さすがに御影先生も、そんな即時戦闘発生―は、想定していなかったと思うんですけど……!」

「そりゃそうだよ!」


あぁよかった! 山崎さん……というか、みなさんも同じ意見だった! 私達もさすがにビックリだもの! 恭文くん、やっぱり運が悪いのかなぁ!


「でも、人としての機能を排除ってのは、かなり衝撃かも……!」

「私もなにかの冗談かと思いました。ただヘイハチさん曰く『そういう自己暗示による強化を突き詰めた流派』というのも、あるにはあるらしくて」

「私も耳に挟んだことはあります。あとは……かの宮本武蔵が印した、五輪の書ですね」

「あの有名なのにも書いているんですか!?」

「あの書には、その観点から言えば余分なものがあるんです。剣術どうこうではなく、人として善く生きる術……人生の指南書とも言うべき項目が。
……それがどうしてか、ずっと分からなかったんですが……余分だからこそ示しになるんですよ。
それを切り捨てられる……そんな自分を作れるかどうかが、侍の入り口なんです」

「人としての自分を余分として、切り捨てる……。
だから赤坂さん、さっきも……それで、魔術師さんも同じ」

「そこは魔術回路云々だけじゃないんです」


驚く山崎さんやみんなに、恭文くんがウーロン茶を飲みながら軽く補足する。


「異能の世界と、そういうのがない日常は完全に切り分ける……それぞれの顔を大事にするって話なんです。
そこで便利だからって、逐一異能を持ち出すのは未熟。日常ではそのそぶりも出さないのが理想型だと」

≪だからプラモ製作とかも、魔法や物質変換には基本頼らないんですよ。その教えもあるので≫

「ちゃんと線引きしてってことかぁ。切り捨ててそのまま戻れなくなるわけじゃないのは、まだ安心だけど……でもこてっちゃん、それって」

≪えぇ、そうです。鳴海荘吉が言っていたことや、スカル・ドーパントという顔を使い分けていたことにとても近い……が、鳴海荘吉は児戯に等しいおままごとですよ≫

「だね……」

「蒼凪くん、その辛辣なの、認めていいの?」

「いいんですよ。理想はどちらも十全に極めつつ、その境界線をブレさせないことですから。
人としての顔も、人でなしとしての顔も……どっちも徹底的にです」

「ん……それは、なんか分かるなぁ」


雨宮さんが、恭文くんを見ながらそう言ってくれて……。

まぁ、まだまだ修行中だけど、だからこそ線引きの大事さは守って……そんな感じだね。


≪とはいえこの人も何一つ知らなかったので、最初は無自覚でした。
それを自覚できたのは、ガルドスさんとのバトル。その上で切り替えられるようになったのが、ホッパー戦ですよ≫

「自分の本性を知って……抜いて振るうものが分かったから、だよね」

≪そんな自分もカードとして使い尽くす。本当に開き直りですけど、下手に封じ込めるよりはいい向き合い方でした。
……これで奇跡の魔法を形作る要素が、また一つ集まりましたしね≫


そう、恭文くんがここで戦うためには……奇跡の魔法を使うためには、それが絶対に必要だった。

天眼の効果範囲は、恭文くん自身の剣術技能に依存する。赤坂さんが言ってくれたみたいに、そのポテンシャルに枷を付けていたら意味がないの。

そういう意味でも、ホッパーとの戦いは本当に……通過儀礼。恭文くんがそんな自分を制御できるかどうかのテストでもあったから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


抜くべき刃と、それを収める鞘。そして抜いたら定める覚悟……その種は最初から撒かれていたわけか。

やっぱり蒼凪は、今まで教わったこと、新しく学んだことを総動員して、対処していただけ。奇跡が起きたわけではなかったんだ。


≪ホッパーは全身を削られながら、絶望し切りでしたよ。
自分達を人間の上位種かなにかとイキっていたところに、正真正銘の“化け物”がご登場なんですから≫

「……映像で見ていたけど、あれは哀れだったよ。
というかね、やすっちがぶちのめしてから確保・治療して、意識を取り戻した後もほぼ廃人になっちゃったんだよ」

「蒼凪の存在を思い出すだけで錯乱し、死を懇願するようになったそうだからな……。
まぁおかげでいろいろな聞き取り調査は順当に進んだが」

「心が壊れちゃったと……!?」

「最後、蒼凪が手心を加え殺さなかったこともあってな」

「え」


あぁ、それもあったなぁ。麻倉は意味が分からないと小首を傾げたが……俺達は突きつけられたよ。


「……彼女は、自分が見下されたと断定したんだ。
メモリがなければただの人間……殺すまでもないし、報復を目論むなら“いつでも殺せる程度のゴミ”だと」

「……………………」

「ホッパーの女は、それで全ての尊厳を砕かれたんですね。もちろん蒼凪君の狙い通りに、メモリへの“信頼”も」


ホッパーの女にとって、自分を殺さなかった……殺せたのに殺さなかったというのは、それだけの重さなのだと。


「麻倉さん、一応言っておくと、僕はそこまで言っていませんよ? 全部奴の妄想……経験論です」

「いや、経験論って……というか、さっきあれだけ言ったことを忘れないで!?」

「大丈夫だと励ましながら戦ったこととも違いますよ」

「それを励ましと言わないで!?」

「メモリを手にした奴らは、普通の人間……自分より弱い誰かを“そう思っていた”んですよ。
だから僕がそうしないはずもない……そう思わないはずもないと断定できたんです」

「じゃあ本当にブーメラン!?」

「というか、殺さない理由があるとしたら、やっぱり逮捕して聞きたい話がたっぷりあるからですよ。
……ツートップの殺し屋だっていうのなら、ミュージアム中枢に絡んだ殺人依頼も多数引き受けていたわけで」

「ん……」


その暗殺内容が重たいのは俺でも分かる。組織の内情……その違法性を映し出すものだからな。

ただ蒼凪、麻倉はその辺り複雑そうだぞ。完全に実利の問題で、感情で話していないからな。


「でも、蒼凪くんはあの、やっぱり……人斬りさんキャラ、お休みにはしない感じ?」

「その理由がないですし」

「わりとあったよ!? さっきのだけでも!」

「これもやっぱり“僕”ですから。だったら使い尽くして、救える未来があると示さないと」

「話を続けないで!? いや、やっぱりそこだとは……思うんだけどさぁ」


そう言われたら麻倉も否定できない。蒼凪がそこに、どれだけの気持ちを費やしているかは……もう表に出ていることだしな。

なにより蒼凪が無差別に人を斬りまくるような殺人鬼なら、こうやって穏やかに話しもできない。コイツはコイツなりに、そんな自分とも向き合っていっている証拠だ。


で、そうしてホッパー達はなんとか鎮圧し、いよいよ本丸との戦闘なんだが……。


「でもそれなら……声や歌のお仕事しながら修行とか、なんとかなりそうだけど」

「オーディションの矛先が具体的になっている!?」


麻倉がまたぶった切ってきたぞ! そこは是が非でも押し通したいのか!


「こう、日常的に修行できるならさ? こっち中心でもいい感じだと思うんだよ」

「駄目です! というか強い奴と斬り合えないじゃないですか! 悪即斬も駄目なんでしょ!?」

「それはね!?」

「あと、何度でも言いますけど……僕はぶっ殺せと命令できる上司になりたいんです!」

「だったね!」

「もちろんオーディションやらなんやらで、誰かの夢や希望を砕いた罪過も、きっちり受け止めます! お為ごかしはしません!」

「そこも揺らがないかぁ!」


蒼凪、お前は馬鹿なのか! タレント活動する中で悪即斬をかますんじゃないよ! 世直しのつもりなら最悪だ!


「……蒼凪くん、少し真面目なお話。そういうの……やっぱり、一旦お休みは無理かな」


その揺らがなさに軽く震えながら、山崎が静かに問いかけてくる。……まぁコイツ、すぐ首を振るんだけどな!


「無理です」

「そこで、ファンのためとかっていうの……甘いというか、ずるい感じがしている?」

「ずるいというか……命を奪い合うこともなく競い合える優しい世界なのに、なんだって相手をいちいち弱いとか、努力していないとか、貶める必要があるのかとは」

「……キツいなぁ……!」

「フロニャルドに呼ばれてから、余計にそういう感情は強くなったんです。
元々国営放送で実況されることもあってか、とにかくみんなその辺りの作法がしっかりしていて」

≪それであなたもいろいろ省みて、フロニャルドでは流儀に倣う形で戦闘スタイルを構築し直しましたからね。一から≫

「その戦興業の空気を壊さないようにと。だったら……余計にキツいなぁ……」


だが優しかったよ! 蒼凪はまだ優し……優しくないな! 一線引いてはいるが、逆に厳しいよ!


「お兄様的には、やっぱりガウルさんですよね」

「ん……」

「ガウル……あれだっけ。ガレットって国の、殿下……王子様で、蒼凪くんのライバル」

「僕、戦いたいように戦うだけーって、ガウルとの初戦で言ったんですよ。見せてどうこうは趣味じゃないって。
でもそうしたら……スタンスを変えられなくても、楽しんでくれる誰かがいるならいいじゃないかって明るく返されて。
……こっちに戻ってから……さっきから、そんなガウルの言葉をずーっと思い出しちゃっているんです」

「武術家さんとして……人斬りさんとしてのスタンスは変えられなくても、その上で……うん、それでいいんじゃないかな。
私達だってさ、お互いうたうたいとして……役者として? 違うところたくさんあるし」


だが、その厳しさも……いろいろな経験ゆえだった。だがなんという奇遇だろうな。今の話にも通ずるところを、そのフロニャルドでも経験しているとは。


「……そういうところも含めて、方法論や目指す強さの違いだとは思うんです」

「うん」

「進むことに罪過があることも受け止めて、奪い壊したものは決して忘れないし、決して貶めない。
でもそういう勝負で手を抜くことはしないし、結果は問わず全力で頑張る。
そういう甘さも、強さも、敗北も、勝利も……全部兼ね備えて、引き連れていくのが、僕の目指す強さ。王様の姿なんだって」

「……王様……」

「ガウルもガウルで、王族としてのこだわりや理想がありますから。
……やっぱり、僕もまだまだです」

「本当にライバルなんだね。それで自分だったらって考えちゃうんだ」

「うぅ……!」


問いかけた山崎は、その答えに納得がいったのか……嬉しそうに笑った。蒼凪は気恥ずかしいのか、表情を歪めているが。

しかもまだまだ……目指す王様の姿は遠く、未熟だと自戒もしているしな。


「でも確かに……蒼凪くん、正義の味方を張らなきゃ悪党さんだしね。それは頑張らないと」

「……あれ、でも全てノーサイドなんだし、もしかして問題ないのでは」

「頑張らないとだね!」


……でも大丈夫かなぁ! ヤバい要素がにじみ出ているんだけど! まぁ……なんとかなると信じようか!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


しかしまぁ、みんな蒼凪にはいろいろ期待というか、思うところがあるんだろううか。

やたらとそういう……忍者以外でのお仕事もどうかって話をしてくるしな。それは気になっていて。


「でも難しいなぁ……。蒼凪くん、今はそういう訓練でお給料が出る立場でしょ? やっぱ目減りするところは出ちゃうだろうし」

「だったよねぇ! いやあたし、その話凄い羨ましいの! レッスンでお給料出るようなもの……あたし達も出てはいるけどさぁ!」

「え、雨宮ちゃん……そうなの?」

「それも含めて仕事ってことなので……だから、それがお仕事じゃなくなったときのダメージとかも、一応分かるんですけど」

「……うーん……」


それで蒼凪が悩んでいる。というか腕を抱えて、頭を軽く揺らし始めたぞ。


「そっかぁ。そうなんですよね。レッスンとかもお仕事なんですよね」

「やっちゃん?」

「気になる人もいるかもなので、作成するマニュアルで補足かなって……それでレッスンを邪魔して当然って振る舞ったら」

「そりゃあ揉めるなぁ……」

「あと僕が今一番引っかかったのは、ビリオン以外のお仕事なんですよ。
たとえば先輩は、≪アイカツ!≫っていう別のアイドル作品にも出ていますし」

「そこで邪魔は、確かに問題だね!」

「あ、うん! 私もそれは本当に困る!」


そういうところからすり合わせも必要なのか……! いや、確かに緊急事態だと、そういうのが出かねないからなぁ。それは俺達も注意しないと。


「更に先輩と伊藤さん、愛美さんっていうまた別のレギュラーさんは、バンドリっていう別会社のコンテンツでもライブに出ていますし」

「あ、そうだ! それもあった!」

「それは、アイドル?」

「ガールズバンドを取り扱ったコンテンツなんです。ライブでは担当ごとに楽器演奏する場面もあるので」

「その邪魔は本当に駄目だね!」

「え、楽器って……おまえらなんか弾けるの? ベース的な」

「えっと、私達はまだボーカル側なんですけど……愛美さんはギター弾きながら歌っています。ビリオンでも」

「ビリオンでの役柄が、博多で活動していたインディーズバンドのボーカリストって設定なんですよ。
だから個人曲とか、全体のライブでもギター演奏をする場面が多いんです」

「声優すごいな……!」


歌って踊ってはまだアイドル作品だからで納得できるが、そんな……楽器演奏でステージに立つまで頑張るのか。蒼凪と伊藤の話には、もう……おじさん的にも衝撃だよ。


「……あ、だから蒼凪が三味線を弾けるとか言ったときも、あれだけ盛り上がっていたのか」

「はい」

「だが山崎、三味線でいいのか? やっぱりギターとかなんとかが」

「最近だと和楽器中心のバンドとか、津軽三味線の演奏者が注目されてってことも多いので。むしろOKです」

「マジか……!」

「津軽三味線なら、蒼凪は一通り弾けるぞ。
古典も勉強していたし、あのイベントで三味線仲間も増えたからな」

「それはなにより!」

「あれ、どんどん話が本格的に……まぁ、いいや……!」


蒼凪はどんどん追い詰められているが、気にせずに咳払い。それで改めて山崎達を見やって。


「もちろん他のお仕事で、レッスンが必要になる場合も……ありますよね?」

「それはもう! 個人のアーティスト活動とかはまさにその連続だよ!
……でも蒼凪くん、本当に……そんな細かいところまで気にしてくれるの?」

「フィアッセさんと知り合った流れで、いろいろ揉めたのを見ているので……」

「揉めたの!?」

「ちょうどフィアッセさんがスクールの校長になってから、初めてのチャリティー・ツアーが始まる前後だったので」


――そもそもフィアッセさんが狙われてしまった原因は……彼女の母親であるフィオレ・クリステラが。

ただ彼女に悪意などはなかったと、蒼凪の談。問題は彼女が亡くなり、遺産整理なども滞りなく終わって久しい時期に、彼女の遺産と称されるものが出てきたことにある。

しかもフィアッセさん当人も、幼なじみである恭也や美雪、エリス・マクガーレンも知らないものだった。


「ネタバレしますと、ビデオレターと別荘だったんです」

「別荘?」

「フィアッセさんのお父さん……アルバートさんと結婚前、一緒に過ごした別荘です。ただし資産的価値は一般的で、目が飛び出るほどじゃありません。内装関係も同じ。
フィオレさんはフィアッセさんが結婚するか、一定年齢を超えるかの条件で、それらが手元に届くよう調整していたんです。
……元々高齢出産だった関係もあって、自分がそこまで一緒にいられないことを予期していたから」

「あぁあぁ……本当に身内宛の結婚祝いだったのを、ザ・ファンや雇い主が勘違いしたわけだね。滅茶苦茶な資産だと」

「だからザ・ファンは、自分と結婚すればとか言い出したんですよ。その条件から金銭じゃないと察した上で」

「とんでもない奴だなぁ!」

「ユージ君、忘れちゃいないよね。あの人、蒼凪の天使だから」

「それを言うなよ!」


とにかく奴らは金銭目当てでフィアッセさんを脅迫。それらを明け渡せと通達してきた。

スクールにも死傷者が出ない形で、相当陰湿に嫌がらせをしていたらしい。

恭也と美由希……その修行に付き合っていた蒼凪は、状況を知り彼女のガードを手伝うことにした。



……そのとき担当していたのが、俺とユージも顔を合わせたエリス・マクガーレン。

マクガーレンは業界では有名な警備会社の若き社長であり、恭也達とフィアッセの幼なじみだった。ただ、状況が状況だけに最初は蒼凪達を受け入れられなかったそうだ。


「まぁ今回のことにも通ずるんですけど……恭也さん達、基本民間協力者ですから。
しかもエリスさん、御神流がどんだけヤバいかを知らなかったので」

「本当に能力を疑っていたわけか……」

「僕についてはもう、縁も縁もない子どもですしね。
ただ、そこについては割と速く解決しました。実力証明の場があったので」


しかもフィアッセさんについても、ガードされる立場は分かっていながら、護衛対象として迂闊な行動も散見されて……そこは恭也達を信じていたと言えば、聞こえはいい話だが。

もっと言えば、そんな状況でチャリティー・ツアーを行おうというのが大問題。いつどこでどう狙われるか、分かったものじゃないからだ。


「エリスさんはそれを我がままだと一刀両断していました。しかもそれは的確です。
会社の社長として、護衛に付くメンバーの命や未来も預かっているわけですし。
実際に警備の難しい場面もあるし、当然観客の安全も担保にする」

「でも、結局チャリティー・ツアーは敢行したんだよね……。
それで一発目が海鳴で、そこでザ・ファンが攻撃を仕掛けてきて」

「……それで、蒼凪くんはなんか、言ったりしたの?」

「さすがに自分からは言い出せませんでした。当時は忍者候補生といえど民間人よりでしたし」

「ん……」

「ただエリスさんから、意見を求められたことがあって……」

≪チャリティー・ツアーを待っている人達がいる。我がままなんかじゃないーって美由希さんがぷっつんしたときですね。みんな若いですよ≫


それも納得できる話だった。あのチャリティー・ツアーは、世界規模な上出演者もまさしくレジェンド。

その収益金は絶大だし、それらがガンなどの重病への研究や、内戦地への医薬品などなどの寄付にも繋がっている。

今も歌声を通じて、たくさんの助けが伸びている。それがあることで……届くからこそ、助かる命や想いがあるんだ。


だから美由希の言いたいことは分かる。それをこんなテロに屈する形で潰していいのか……そういう主張は出て当然だ。

……だが、エリス・マクガーレンの言っていることも間違っていない。そこは蒼凪が言う通りだ。

護衛である以上相応の不自由はかけてしまう。殺されてからでは遅いんだ。そこに協力してほしいのに、スルーされては溜まったものではない。


そういう観点から、我がままという評価になるのも分かる。

……今守らなければ、次はないかもしれないんだ。


「じゃあ、君はなんて答えたのかな」

「別に我がままでいいって答えました。……フィアッセさんに、その我がままで何人か殺すことになる……命を賭けさせる覚悟ができるなら」

「キツ!」

「ですが、クリステラさんやエリスさんには、それがとても強く響いたんです。なにせ実体験からですし」

「あ、もちろん先輩達にも今後言う機会があるでしょうから」

「そこは……仕方ないかぁ……!」


田所も飲み込まざるを得ない程度には、厳しい話だった。願いを叶える……夢を通すと言えば聞こえはいいがって感じだな。


「でも、でもね? できれば伊佐山さんのときみたいに……してほしいなとは、思う」

「確約はできませんよ? 優先順位にはありますから」

「ん、それでいいよ。というか、それでもビリオン以外のレッスンとか、お仕事のことまで配慮してくれようとしているわけだし」

「……できれば、それで生まれる夢や可能性も、守りたいですから」

「……」

「僕自身その“余分”を担う馬鹿どもには、散々苦労させられていますし」

「「「いぇい」」」

「そっかぁ」


その余分どもは、揃ってサムズアップ。苦労させられているというのに、それもまた大事なことだと……そう告げる蒼凪に、田所が頬を緩めて。


「でもそうなると夏は無理だから……うん、秋! 秋からいろいろやってみようよ!」

「めーさま!?」

「やっくん、ほら……いろいろあるでしょ? 歌だけが好きかもーってところとか、リクエストの下りとか」

「あ、じゃあ……リクエストの下りは未来寿司に出資します。それなら」

「「駄目!」」

「なんでだぁ!」


まぁまぁ蒼凪……なにかだよ、なにか。雨宮も考えようって言っているんだし、そこは探す姿勢でいこうか。


≪まぁ手抜きはいけませんよ。それよりほら、思いついたことはメモしておかないと≫

「あ、そうだね」

≪才華さんと雨宮さんの駄目だしも一緒に≫

「……べ、別枠で……一緒にすると、混乱するから」

≪えぇ、それでいきましょう≫

「とりあえず、事務所さん達のヒアリングで……素人さんなんですーって顔で、上手く話を聞いて……」

≪大事ですね、その処世術≫


それで蒼凪は、今引っかかったところをスマホでメモ……メモ帳にもなるんだよなぁ、スマホ。凄いよなぁ、タッチした先の世界。


「ん……そういうのだったら、あたしもお手伝いできそうだなぁ」

「……いいんですか?」

「いいっていってー。というか、みんなにヒアリングするんでしょ?
だったらさ、現場付き添いとかで実際も見て……それで勉強してさ」

「状況が動く前に、サウンドライン以外の事務所さんがどうするか、先んじて実地……それは凄く助かります! え、でも本当に」

「事務所には話すし大丈夫! 任せて!」

「ありがとうございます! というか、お話なら僕からも……改めて、お願いという形で!」

「ん……じゃあ一緒にだ!」

「はい! じゃあイギリス行きも含めて日程調整……!」


いや、大丈夫なのか!? お前、雨宮の仕事に付き添いつつって話になっているぞ! 夏が更に潰れるんじゃ!


「あ、それなら協力できるかも」

「伊藤さん?」

「うちの豊田さんもガードが必要かどうかーって、相談していてね? 近々お願いしようかーって話が出ていたんだ」

「なら……それも明日の間に、事務所さんに連絡させてもらっても」

「分かった。私からスタッフさんにメッセ送っておくね。都合のいい時間とか教えてくれるかな」

「はい。あの、ありがとうございます」

「ううん。私もほら、プロポーズされた一人としてね? リクエストしたいし」

「あ、はい……!」


それで伊藤も盛り上がっているな! まぁまぁ蒼凪がまた追い詰められているけど、気にするのは予想か! ファイヤーとか言っていた報いだよ、これはさ!


「……まぁ、恭文くんはもう雨宮さん達にお任せするとして」

「風花ちゃん、いいの……?」

「いいよ。なにより……歌織ちゃんも知っての通り、ここからだもの」

「……そうだったわね。いよいよ、苺花ちゃんと……なら外は」

「例の処刑映像も絡んで、もうガタガタ」

「またえぐいことをするもんだ……」

「それくらいしなかったら……という話なんです。
なにせ風都署も籠絡されている状態ですし、えん罪のみなさんへの問題提起も必要でしたから」


文字通りミュージアムは、そのための餌……生けにえとされたわけか。まぁ、司法を散々馬鹿にしくさってくれたのならというところだな。


「それは驚くくらい効果的でした。園咲冴子やフィリップさんがいたタワーのデータから、ミュージアムの主要なプラントやフロント企業、その構成人員に至るまで丸裸にできましたし。
……実のところ、この段階でミュージアムという組織は壊滅が決定したんです。本宅の“虐殺”光景で、構成員でもメモリの有用性を信じられなくなっていましたから」

「彼らにとっては、メモリは福音……神になる魔法の小箱だからね。それが役立たずと分かれば、さすがにという感じさ」

「そこまでいけば立派に降伏できる状況だが……それも無理か」

「従う理由がないよ。父さん一人いれば、ミュージアムの再建は十二分に可能だ」

「アンタッチャブルゆえだな。……だから蒼凪が『暗殺』を成功させるしかない」

「でも、それはミュージアムが潰れるというだけ。メモリという魔法の小箱が残り、ドーパントの事件が起こり続けることは既に決定していました」

「……ヘイハチ・トウゴウが危惧したように」


風花は首肯する。その危惧は……左の様子を見て覚えた感情は、実に正しかったと。


「それでも、ただの一般人が、訓練もなしで、超常的な力を手に入れられる……そんなお手軽変身アイテムなのは変わらないんです」

「そのハードルの低さは確かに危ういな……。なんなら魔導師やルビーの方が高いだろ」

「どっちも先天資質が絡みますし。だから……蒼姫ちゃんが言ったこと、本当に正しいと思うんです」

「だが、お前は……あぁいや。ルビーか」

「はい」


ルビーがきたとき、自分がそれで変身すればと……そう考えたそうだからな。そこでいろいろ痛感したんだろう。


≪本当の意味でメモリ犯罪がなくなるとしたら、それは人がその力を正しく使えるほどに……善く進化した結果でしょう。
その存在を受け入れ、法で正し、よりよい有り様を模索した結果。魔法社会だってそうして成立したものですし≫

「メモリが撲滅することだけでは……か。厳しい道だ」

「だから彼もまた、改めて父さんと対峙する必要があった。欲しい世界を定め、叫ぶためにもね」

「……だが、嫌がらせするんだよな?」

「落とし前は大事らしいからね」

「ああぁあぁああぁ……!」


そして左は頭を抱えて……いや、もう腹を決めるしかないんだろうな。

蒼凪がそうしてまた……どんな魔法を創り上げるか、見届けようじゃないか。過去話だけどな。


(――本編へ続く)






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