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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2008年・風都その21 『Vの蒼穹/Paradisus-Paradoxum』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2008年・風都その21 『Vの蒼穹/Paradisus-Paradoxum』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――鳴海さんは呻きながら、そのまま引きずられて……闇夜に消えていく。

ああしてあの人は、これから先一生……恭文くんやみんなの人生から排除されていくんだ。


「……荘吉……!」


その末路を思い、しかしもう何もできない現実に胸を痛めながら……シュラウドさんは顔を逸らして。


「シュラウドさん、報復ってすっきりするね。シュラウドさんが十年ハマっていたのがよく分かるわ」


ちょっとー! そこにかける言葉として最悪なのをチョイスしないでよ! 君は本当に悪魔なのかな!


「お願いだから私を見習わないでちょうだい……!」

「もう遅いって」

「〜〜〜〜〜〜〜!」


あぁああぁ……シュラウドさんが地面をどんどん殴り始めた! そうですよね! 想定外ですよね! これだけは完全に被害者ですよね!


「蒼凪君……やはり予定通り、ですか?」

「そのためにこんな意味のない上につまらないリンチを、感じてもいない恨み節全開で加えたんじゃないですか」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」


え、ちょっと待って! 恭文君、今なんて言った!? 君結構ヤバいことを宣っているよ!? 沙羅さんもため息吐いちゃっているし!


「蒼凪君、待ってくれ……恨み節がないというのは」

「そんなものより大局的勝利が優先される……当然でしょ。戦争なんだし」

「いや、だったら今のは」

「苺花ちゃんとおじいさんを同時に相手取りつつ、おじいさんを『暗殺』するための準備に過ぎません」

「どういうことだ!?」

「そのためにも味方全員に『腹を括って、子どもを利用する汚名はかぶれ』という圧の材料は必要でしたし」

「本当にどういうことだ!」

「当然ながら恭也さんのように、子どもを戦わせるのはーって考える人達もいるわけですよ。
なのでこの状況だと代替案も出せないーって材料を提示しておかないと、どんな邪魔をされるか分かりませんし」


ごめん、意味が分からない! だってそれは、邪魔したくなるよ!

ラスボス二人相手取って……そこに鳴海さんを飛び込ませるつもりなんだよね! 止めるのが人の心だよ!


「とはいえPSAの人達を実験台にするのは心が痛むので、大局的には死んでも構わない奴らを使うことにしました。結果は見ての通りですけど」

「だが、それは」

「まぁまぁ恭也さん……僕もミュージアムの実験台とされた上で、この力を手にしたんです。
そんな僕の代わりに戦おうというのであれば、自分が実験台にされる覚悟くらいは必要じゃないでしょうか」

「朗らかにとんでもないことを言わないでくれるか!?」

「あのつっかえない探偵もどきの頭がおかしいおじさんを、苺花ちゃんの前で醜く足掻かせるネタ振りにもなりますし、一石二丁です」

「それでは鳴海さんは、完全に捨て駒じゃないか!」

「違いますよ。生けにえです」

「その訂正はいらなかったんだが!?」


駄目だ! 会話ができていない! いや、できているんだけど……違うの! 前提条件が違い過ぎて、分かり合える感じがしない!

というか、恭也君が完全に狼狽している! 体が軽く震えているもの! 恭文君が……本気で言っているって……!


「……御影の奴……情操教育はどうなっているんだ……!」

「あ、そっちがジミー・ファングさんですよね。恐竜さんなのは予想外だけど、初めましてー」

「お前ノリが軽いな! 軽く恐怖をまき散らしているというのに!」

「まぁまぁ……敵の首魁はテラーですよ? その恐怖で発狂死すら有り得る怪物です。
だったら僕がまき散らしている恐怖なんて、ちょっと匂いきつめの香水みたいなものですよ。二秒吸い込めば慣れます」

「慣れたら駄目だろ! というか、生けにえって……貴様、本当に正気か……」

「正気ですよ。僕達に必要なのは、華々しいお手柄ですから。
――非合法私刑も横行していた無秩序な都市……その原因となっていた違法組織と私刑人を排除し、法で裁き、治安を回復させる。
そんな大手柄があれば、これから先のメモリ事件への対処も楽になるってもんでしょ。少なくとも風都署には媚びへつらってもらえますし」

「だがそう上手くいくわけでもあるまい」

「上手くいかせるんですよ――!」


恭文くん、圧が強い! その狂気的な目の見開きは本気で怖い! 落ち着いて……無理だろうけどさぁ!


「じゃなきゃ会長、沙羅さん……ジミーさんも含めた大人どもは、揃って後がないと思ってください。
子どもである僕を利用し、挙げ句死なば諸共で殺しておいてそんな体たらくとか、本気で許されませんから」

「「あ、はい」」

「おい、待て。さらっと俺達も死なば諸共に巻き込んだよな?
というか、お前が一番に飛び込んでいる流れで、巻き添えを食らっているよな!?」

「良心が痛まないんですか」

「お前が言うなぁ!」

「こんなに可愛い、天使にしか見えない僕を生けにえにして……良心が痛まないのかと聞いています」

「だからお前が言うなぁ! あとどこが天使だ! 言っていることの全てが悪魔か大悪党だぞ!」

「……あ、これは間違いない。正気のままだ。だってやっさん、初手からこれだったし」


サリエルさんも、絶望の発言はやめてください! みんなの心が壊れちゃうから!


「というか、嘘でしょ……。
この子、さらっとPSAの会長さん達も脅しているんだけど」

「子どもを利用するなっていうか、自ら自分が子どもでることを利用しにかかってやがる! まともじゃねぇだろ!」

「文句なら全部、そんな末期的状況を作った鳴海荘吉に言ってください。名も知らぬ青い人と白い人……じゃないよ!
え、もしかしてそっちの青い人は、深見レツ画伯!? なんでここに!」

「やすっち、知っているの?」

「若手の画家さんですよ! 僕、個展であの、海辺に……ビルみたいなエフェクトが入って、華が描かれた絵を見て、凄いなってドキドキして!」

「どういうこと!?」

「あぁ……あの絵は言葉で説明すると、難しいので」


どうやら相当複雑な絵らしく、深見画伯は苦笑。


「でもあの絵からジュワーンとしたのなら、君はやはり正気……」

「「……ジュワーン?」」

「あ、感動……心が動くという意味です。
とにかく僕も、そのジミーさんと知り合いでね。それで来たんだけど……君は、本当にこれで」

「いやね、非合法私刑のこともあるし、さすがにーとは思ったんですよー」


恭文くん、いきなり朗らかにならないで!? レツさんの絵、好き……なんだね! 目の輝きが一気に増したもの!


「でも苺花ちゃんの行動を固定化した上で、おじいさんを潰すとなると……二手三手足りないんですよねぇ。
本来ならそこんところを戦力でどうにかーっていうのが定石なんですけど、今回は使えませんし」

「……だったらさ、テラーに接触しない形で、魔導師のみなさんとかに力を借りるのはどうかな」

「あ、そうだよ! 美由希ちゃんの言う通り! それなら私も……というか、私についてはテラーの精神波は受け止められるっぽいし」

「時間停止もできるのにですか」


でも……そこで、私や美由希ちゃんの声に、恭文くんがとんでもないアンサーをぶつけてくる。


「「……は……!?」」

「……Time……時間の記憶ですね。実は蒼凪君が……最初期に相当な無茶を行ってでも、我々と接触したかった理由がこれです」

「タイムメモリの能力は、数秒ほどの時間停止だ。ただ、メモリのランクとしては極めて低い」


そこでフィリップくんが、ぱらぱらと本を捲りながら解説する。それもどうやら既に検索していたみたい。


「体力の消耗が激しい上に、短時間での連続使用ができない制約もある。
更にはドーパントに変身しても、身体能力の強化が一切ない。市販品として製造もされているが、買い手はほとんどいないくらいだ」

「……極端じゃのう……。
いや、時間という普遍的概念に触れる制約ゆえか」

「それに過剰適合しうる使用者と出会えば、また変わるかもしれないけどね。
……とにかく蒼凪恭文は最初の戦闘で力を使い、冴子姉さんのことも圧倒している。
だからメモリが回収された時点で、“向こうも使ってくる”ことは予測できたんだ」

「その情報だけはちゃんと伝えなきゃと思ったんだ。苺花ちゃん相手なら、それで下手な強襲は全て無効化される」

「で、でも乱発できなくて、消耗も激しいならそこまでじゃ」

「それを他の“魔法”で補填することも考えられました」

「……ああぁあぁああぁあぁあぁあ……!」

「とはいえ、確証がない話でした。だからそういうメモリの存在を確かめた上で、注意喚起しようと思っていたのですが……」


そんなメモリがあるなら、確かに……というか数秒でも、近距離戦で停止状態に持ち込まれたら、それだけで致命的だよ。

ううん、それだけじゃない。


「しかもそれは、メモリなしでも使用できる魔法です」

≪時間もまた、恒常的に存在している『概念』……記憶ですからね。
つまり苺花さんにダイレクトアタックを取るなら、その辺りの対策も必要になると≫

「更に言えば、その苺花ちゃんに……ウィザード以外に強く適合するメモリがあるかどうかも調べておきたかった。
たとえウィザードが止められても、そっちが凶悪だったら別途対策しないと」

「……そのために、検索能力を持つ彼……フィリップ君の確保から始めたわけか。
だが、それなら余計に二人を分断すれば」

「それも考えました。でも空間を飛び越えるようなメモリがあった場合、それすらすぐに解決される。
分断するとしても、僕がおじいさんを仕留めるほんの一瞬だけ。通用させるとしたらそこ以外有り得ません」

「テラーが発生させる恐怖の領域≪テラークラウド≫には、対象を飲み込むことで擬似的な転移能力も発揮できるしね。
結界もあまり絶対的なものだと信用しない方がいい」


いや、だったら兵糧攻めも効果が……あぁううん、その辺りを探るための一手でもあるわけだね。対策があるなら使うかもしれないから。


「だから鳴海さんを放り出して、その可能性を限りなく低くするのか……!」


さすがにそれはどうなのかと、恭也くんも表情を……改めて厳しくする。ただ、恭文くんはそこでふっと笑って。


「幸いおじさんには最初に、『僕達を助けるために、自分の限界を超える』という確約を取っています。だったら問題ないかと」

「それはきっとこんな意味で言ったんじゃないと思うぞ!?」

「目上の人間というのは、自分の手に負えない面倒事を押しつけるためだけに存在しているんです。
だから僕は探偵のおじさんと呼んでいるんですよ」


恭文くん、それは最低だから! 押しつけるための敬意ってそれはもはや敬意じゃないよ! ただの道具扱いだよ!


≪そうですね。恭文さんは正しいことを言っていますよ。目上の人なんて、下からすればその程度しか価値がないんです。
なので恭文さんも偉くなったら、そういう押しつけられたものはやれやれーとか言いながら受け止めてあげましょうねー≫

「それができる上司ってやつなんだね。分かった」

「分からないでくれ! 大体それでどうにかできなかったらどうするんだ!?」


するとあの杖……ルビーちゃんと恭文君は顔を見合わせて。


≪「……誰かに押しつければいいんじゃ」≫

「それもできない人なのは明白だろ!」

≪「ほわい?」≫

「Why!?」


意味が分からないって小首を傾げたよ! 杖ともども小首を傾げたよ! それも笑いながら!


「ルビー、それはおじさんの問題であって、僕の責任じゃないよね」

≪それは当然ですよー。報連相や連携が取れないコミュ障は、これだから嫌ですよねー。
こっちは押しつけるし、押しつけられるのも受け止めるーって姿勢なのに≫

「あれこそ絶対に友達が少ないよね」

≪恭文さんに言うより、自分がまず友達を作るべきですよねー≫

「ああぁあぁあぁああ……!」

「恭ちゃん、そこまでで! というか……どこからこの杖連れてきたの!? 最悪な意味で相性最高なんだけど!」

「それを言うな! ボク達も押しつけられたんだ! その結果がこれとは誰も想定していなかったんだ!」


ウェイバーくんも頭を抱えている!

……やっぱり今日初対面な私達があれこれ言えないほどには、みんな苦労していたんだ! それはよく分かったよ!


≪大体文句を言われる筋合いはありませんよー?
だから恭文さんが菩薩の如き慈悲を漏って、ウィザードに変身できるだけの要素を“擬似的に”与えて、試してあげたっていうのに≫

「だよねぇ。それすら駄目ならもう自己責任だよ」

「駄目押しするんじゃないよ! お前達ほど誰も狂った考えには至れないんだよ! まずそこを理解しろ!」

「というわけで、さて……はい、チーズー」


……って、なに左さんの写真を撮影しているの!?


「よし、とっとと起きろ」

「ぎぎゃああぁああぁああぁああぁあ!」


そうしてあの子は電撃を走らせ……左さんの意識が覚醒する。


「はぁあ……はぁ……はぁ……あぁああぁああ……!」

「ルビー」

≪写真のデータ加工はルビーちゃんにお任せをー♪
それはもう倫理規定なんてガン無視な超絶編集で、ご要望に応えるどころかスタンディングオベーションですよー≫

「……データを渡してくれればこっちでやりますので、一旦止まってください」

≪えー、せっかく筆が載ってきているのにー≫

「……どう筆が載っているのかだけでも、説明してくれると助かるんだがなぁ……」

「会長の仰る通りですので……!」


ほらー! 風間会長も苦笑気味だよ! というかなにするの!? そんなの保存するのはサイコなんだけど!

というか……やっぱりルビーちゃんが駄目だぁ! この子と相互反応がおかしいことになっている! どんどん止めようがなくなっていく!


「とにかく蒼凪君……先ほどの音声だが」

「メリッサさんです」

「だろうねぇ……」

「亜樹子さん当人は本局でぐっすりですよ。それは私も確認済みですが……悪辣だねぇ」

「僕、あれが亜樹子さんとは一言も言っていませんよ?
なにより……娘の声すら判別できないとか。本当は誰も愛していないんですよ、あの(ぴー)」

「「本当に悪辣だねぇ……!」」


あ、悪魔の所行だよ! 確かにそうだけど、その上で徹底的に叩きのめされたの!? 心がへし折れるってレベルじゃないんだけど!


「人の嫁や友達を侮辱されたんですよ? だったらこれくらいして当然でしょ」

「「あ、はい」」

「だから嫁じゃない! というか友達って」

「ルビー」

「……だったよねぇ! 分かっていたよ!」

≪恭文さん……!≫


……ただ、そんな恭文くんだけど、ルビーちゃんや蒼姫ちゃんのことは……出自も含めて、道具扱いなんてしていなくて。

その様子には感じ入るものがあったのか、ルビーちゃんが杖のボディをくねくねさせ、肩にすり寄る。


≪あぁもう! ついにルビーちゃんのフラグ構築にまで乗り出しちゃうとか! これはもうやっぱりハーレムするしかありませんって!≫

「しないよ!?」

≪ルビーちゃんも手伝いますから!≫

「分かったよ! だったらゆかなさん! ゆかなさんなら頑張れる! ルートが開けるように頑張れるから! それならいいよね!」

≪なるほど! それならまだ納得できます!≫

「「しないで!?」」

「蒼姫はともかく、ふーちゃんに止める権利はないでしょ! 幼なじみなんだから!」

「…………」


恭文くん、だからやめてぇ! 権利がなくても、止めたい気持ちがあるんだよ! それが風花ちゃんなんだよ! そこを無自覚に踏み荒らしちゃダメ!

でも……ゆかなさんって……。


「……アリア、ロッテ、君達はメイドなんだから……ほら、その女性についても知っているんじゃないのかな?」

「あ、うん……恭文君がめっちゃ応援している……声優さん……!」

「美人で歌が上手くて、スタイル抜群なんだけど……もう三十代なんだけど……」

『え……!?』

「……年の差がありすぎるなぁ……」


……って、ガチ恋だったの!? その年にしてそんな性癖を抱えるとか! ほら……みんなちょっとざわざわしているし!


「は? それ言ったらリーゼさん達の方が年上じゃないですか。つまり僕はそういう趣味なんです」

「それを六歳時点で決めつけるのは駄目だと思うよ……!?」

「でもでも……僕の理想はゆかなさんなんです! ゆかなさんは本当に理想そのままなんです!
奇麗な声も、素敵な歌も、つやつやで長い髪も、ドキドキなスタイルも……全部ストライク!
なのにその理想を超えられない子と恋愛とか……無理!」

「残酷過ぎるからやめようか……!」

「そ、そうだな。なにより……風花ちゃんだってまだ子どもだ。
君も想像できていないだけで、これからそういう理想を超えるくらい素敵になる可能性だって」

「恭也さん……なんでそこでふーちゃんが出てくるんですか。最初から関係ないのに」

「待ってくれるか!?」

「いや、これは恭ちゃんが駄目だよ! そこで話を振るから!」


駄目だ……風花ちゃんには申し訳ないけど、もうフォローできない。というか、すればするほど風花ちゃんの立つ背がなくなる。


「いや、あの……うん、そうだねー。いやね、恭ちゃんはこう、君達が相思相愛―って勘違いしていたらしくて……ごめんねー」

「美由希……!?」

「こうするしかないでしょ……!」

「あ、だったら違いますから。僕達、ただの幼なじみですし。ね、ふーちゃん」

「…………うん…………」

「ほら、それにふーちゃんは好きな人いるよね。なんだっけ、韓流の俳優さんで。……名前忘れちゃったけど。
でも凄くかっこいいって。こういう人のお嫁さんになりたいって」

「うん……そうだね。ヨン様、かっこいいから……!」


風花ちゃん、そっちハマっちゃっていたの!? しかもヨン様ってちょっと昔……あぁそっか! 再放送かなにかで知ったクチか!

でもそれで恭文くん、自分と同じだと思っているのかな!? 自分にとってのゆかなさんがヨン様だって!


「まぁそういうわけなので、恭也さんも気にしないでください。ふーちゃんとは違う未来を進むんです」

「あ、あぁ……!」

「それは蒼姫もだよ? ちゃんとふーちゃんのことは応援しなきゃだし」

「………………この馬鹿はぁあぁああぁ……!」


それで蒼姫ちゃんも頭抱えていたぁ! でも口を出すと……風花ちゃんの気持ちから吐き出すことになるしで、滅茶苦茶躊躇っている! 地獄の責め苦だよ!


「もちろんルビーについても遠坂家にちゃんと帰すし、ハーレムとかないから」

≪えー、このまま最善最高の魔王となるルートはどうするんですかー≫

「だからそれ、魔法少女じゃないからね!?
……このまま一緒は完全に道具扱いで泥棒だもの。そこはちゃんとする」

≪……まぁ、そういうところが恭文さんの良さであり、無限の魔法少女力を誇る源ですけどねぇ≫

「その後でゆかなさんルート開拓のため、鍛える日々の始まりだ――!」

≪……風花さんはほんと、頑張った方がいいですよ。
現時点であなた、ヨン様のお嫁さんになる未来に進んでいるわけですし≫

「…………うん…………!」


あぁあぁ……すっかり落ち込んじゃって! それはそうだよね! この調子なら告白しても……さくっと断られること請け合いだし。

もちろんここまで一緒にいることも、そういう気持ちゆえって察してもらえないのは……辛いことだけどさ。でも恋愛は、やっぱり思い通りにならないから。


「な、なら……蒼姫君、嫁ではない君にも確認だ」


そんな魔法少女な恭文くんに頭を抱えつつ、風間会長は……やや厳しい表情を蒼姫ちゃんに向ける。


「さっき言っていたことが事実なら、彼女も希望のイメージを持ち続けている……それは」

「……間違いないよ」

「それがなにかは……聞くまでもないのだろうね」

「このせい、なんだ」


そして蒼姫ちゃんは苦しげに俯き、瞳に涙を浮かべて。


「このせいで二人や……いろんな障害と病気を抱え、苦しんでいる人達に適合しやすい……そんな話になった……!」

≪しかもそれは、他のメモリにも言えることですね。……考えてみれば、ドーパントが力を使うプロセスそのものが“魔法”ですよ≫

≪今ここでミュージアムを……その根幹を潰さないと、本当にメモリ保有者(ユーザー)同士の戦争……いえ、その前に魔術協会が介入ですかー?≫

「どっちにしても、亜種聖杯戦争レベルの“共食い”地獄なのは変わらないさ……!」

「苺花ちゃんは、そんな世界にはもう期待なんてしていない」


頭をかき、面倒だと呻くウェイバーさん……そんな彼の言葉に頷きながら、蒼姫ちゃんが浮かべていた涙をこぼす。


「お父さんだけならまだ言い訳ができたのに……なのに……!」

「…………」

「メモリじゃない……メモリ(私達)じゃないんだよ! それを受け止める人間が悪魔だから、ドーパントも悪魔になる!」


鳴海さんが苺花ちゃんを怪物にした……その表現は決して間違いじゃない。

米沢さんが愛を送ったのだと肯定したことで、それに同情し、守り、かばったことで、苺花ちゃんに確信させた。

その苺花ちゃんの大事な子である恭文くんにも暴力を振るったことで、鳴海さんは叫んだんだ。


二人は……二人のような人は、この世界に居場所などない。自分達に従う奴隷でなければいけないと。

その姿は悪魔のそれだった。人が悪魔だからこそ、ドーパントという存在も悪魔になる。


「……しかし、その悪意に対する善意もまた、同じように拮抗して育っているよ」

「……あなた達がそんな一人?」

「そうあれたらと願ってはいるよ。
君も……だからこそ彼や我々の前に出てきてくれたのではないかね?」

「どうして、そう思うの。だって……今のだって、結局逆ギレで」

「蒼凪候補生は、君の悲鳴を受け取った。それを助けたいと願った彼を、私は信じた。
……君が悪魔だとしても、それすら希望だと信じる彼を……私は信じたんだ」

「………………」

「理由などそれだけでいい」


そう言って会長は、蒼姫ちゃんの肩を叩き、大丈夫だと励ます。


「それでまぁ、蒼凪候補生のことも……信じてやってくれ」

「……」

「たとえ我々人間が悪魔だとしても、彼には違うものを感じたんだろう?」

「だから、信じているよ。とっくに」


でも……蒼姫ちゃんは大丈夫だった。


「恭文君は私を、希望に変えてくれたんだから――!」

「蒼姫……」

「はははは、そうか」

「だったらどうして嫁じゃないの?」

「……ここまで自分がなにを言ってきたか振り返るといいよ! そうしたら分かるから!」

「だったら嫁になるしかないじゃないのさ」

「狂っているの!?」


もうこの二人の間には、切っても切り離せないくらい、強いなにかが結ばれていて。

……結ばれていてじゃないよ! だからどういうこと!? どうしてそんな結論になったの!? 誰か説明してー!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――ここまでのあらすじ。

鳴海さんは、本当になにも分かっていないまま、この場から去って行った。

そして誰も、この二人の絆については……説明できるはずがないよね! うん、分かっていた!


「……それでも、やり過ぎよ」


そうして美咲さんがそっとあの子の後ろを取って、両肩を掴んで……それに恭文くんがビックリした顔をする。


「あの人が信用できなくても……道を踏みつぶすやり方はよくないわ」

「……この素敵なオパーイのお姉さんは、どちら様ですか……!?」

「ジミーさん……マスター・ジミーやレツの知り合いよ。
……まぁ今のセクハラについては後で修正するとして」

「セクハラってなんですか!」

「疑問を持たないのが恐ろしいわね!」

「……トウゴウ先生、それについてはお話をさせていただきたいのですが」

「あ……はい……」


恭文くんはあの覇気を収めて、二本に増えた尻尾を揺らし……しっかりと言い切る。

とんでもなく狂気なことを……全力でさぁ! 将来が心配だよ! しかもそれ、ヘイハチさんの教えなんだね! 今のやり取りで察したよ!


「というか、誤解がすぎていますねぇ。僕はちゃんと、全てを水に流し、手を取り合おうと」

「前提条件がヒドすぎるって話は必要ないはずよね!?」

「え、できないなら皆殺しにするだけですけど」

「落ち着いて!?」

「……なんで、なんだ……!」


左さんは意識を取り戻し、それでも……それでもと、必死に懇願していて。


「おやっさんの愛が……男の意地が、なんで分からねぇ……」


――でもそこであの子は早足で左さんに近づき。


「おやっさんは、街を守って」

「ザラキエル、スタンドモード」

『無駄ぁ!』


止める暇もなく、左さんの顔面を殴り付け……火花を走らせた。


「左さん!」

「大丈夫」


慌てた恭也くん達には大丈夫と告げる。……左さんの潰れた四肢や両目が、一瞬で修復されたから。


「直しただけだよ」

「あ、があぁああぁ……」

「不満なら自決しろ」

「な…………!」

「当然だ。敗軍の将は腹を切るものだろうが。でも奴はそれすらできずに逃げている。
だったら……お前が死ね。今すぐ死ね。舌を噛み切って死ね。そうして誇りを守ってみせろ」

「……………………」

「ほら、死ね。黄泉路への先陣だ。誉れだぞ」

「ぁああ――――――!」


だから左さんも恐怖と絶望を改めて突きつけられて……悔しさと情けなさで、また涙をこぼして…………その頭がはじけ飛ぶ。

恭文くんが蹴り飛ばしたのだと気づいたときには、左さんはまた後頭部を打ち付け、痛みに呻いていた……。


「いいから死ねよ」


そしてあの子は、何発も何発も……左さんを殴り続ける。

馬乗りになって、何発も……有無を言わさず、全力で……!


「恭文くん、駄目!」

「全部、てめぇらがこの世に存在していたせいで起きたことだ」

「――――!」


…………この子、平然と言い切っている。


「だから死ねよ」

「ぶぼ……!」

「なにがハードボイルドだよ。やっぱりお前達は煮え切らず、腐り果てた生卵だろうが」


左さんを殴りながら、感情一つ動かさず言っている。


「苺花ちゃんが怪物になったのは、お前達のせいだ」


冷酷とかそういう問題じゃない。そっちの方がまだよかった。


「お父さん達が仕事を失いかけたのは、お前達のせいだ」


死生観……その根幹が決定的に違う。この子は本気でそう思っているんだ。

この現代社会で、左さんは死ぬべきだと。


「お前達チンピラが家族面しているだけで、僕達の人生に大迷惑なんだよ」


意地を張るなら。

負けた責任を背負うのなら。

それでも鳴海さんに救いを求めるのなら。

舌を噛み切ればいいと……それしかないと。


(本気で考えている――!?)

「だから死ね」


でもそれも当然だった。そう思わせたのは……そこまで憎悪を滾らせたのは、鳴海さん達だった。

だから誰も止めない……止められない。


「ほら」

「ぶぼがあぁあ……」

「ほら……」

「ごぶ!」

「……もういい」


そしてあの子はそれでも自決しない左さんに対し、顔面を蹴り飛ばし、地面に倒す。


「鳴海荘吉はぶち殺す。お前の大事な街もめちゃめちゃにしてやる」

「や……め……」


そして頭にスタンプキック。


「ふざけたことを抜かしてんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


そのまま砕けんばかりに蹴りを打ち込み続けて……!


「ご! が! げ! が! ぎ!?」

「……お前達というゴミクズのせいで、僕達の幸せや平穏がどれだけ壊れたと思ってんだ。
もう一度会いたかった人の記憶も、お前達の自己満足でぶち壊された」

「がぁ!」

「その痛みと屈辱を払う方法はただ一つ。お前の大事なものを、同じように破壊することだけだ」


そして……再び足が鉄槌の如く振り下ろされ、左さんは頭蓋を割られながら、その嘆きを強制停止させられる。


「というかお前も全部知っていただろ。それでずっと僕を見下し続けていた」


一度じゃ済まない。何度も何度も踏みにじられる。それで左さんも理解する。本当の意味で理解する。


「なので喚かず我慢をしろ。僕達という他人のために……これ以上報復の連鎖を産まないために、まずお前が我慢をしろ。
師匠を殺される程度のことを我慢できないのなら、お前の大事なものも巻き添えで皆殺しにするしかない」

「あ、ああ、ああ、ああ……」

「というかさぁ、街のために怪物を殺すのが鳴海荘吉の愛なんだろうが。
だったらその怪物と成り果てた鳴海荘吉自身も、殺さなきゃおかしいだろ」

「ああぁああああぁああぁああぁあ――――」

「でもお前は弟子を名乗りながらそれもできなかった。お前はもう鳴海荘吉の弟子ですらない」

「あぁあぁあぁああぁああぁ――!」

「だから奴を惨殺し、裁判でも知らしめてやるよ。
私情最悪の殺人鬼として……奴と、お前の全てを否定してやる」


この子がずっとその疑いを持って、自分に接していたと。

それを払いもせず、正当化した自分は、どこまでも憎まれて当然の存在なのだと。


「おい、返事をしろ。分かったか」

「……そこまでだ」


……でもそこでさすがに見過ごせないと、会長が恭文くんの両肩を掴み、強引に下がらせる。


「会長……斬れなきゃばっさり死ぬ覚悟を定めるのは当然ですよね? だから僕も」

「うん、分かっている! 君は最悪彼らもろとも死ぬ覚悟だし、遺書も書いているしね! 人質に取られたら容赦なく撃てとも言ってくれたね!
でも我々揃ってどん引きだったんだよ!」

「それこそ引きます」

「やっぱりそこは譲らないかぁ!」

「でも会長、言ってくれたじゃないですか。ため込むなって」

「私の馬鹿ぁ! せめて加減をしろと言うべきだったぁ!」

「ん……?」


いや、左さんだけじゃない! 会長も絶望していた! しかも恭文君、本気できょとんとしている! なにが問題なのかすら理解していない!


「御影はどういう教え方をしたんだ……!」

「ワシもそこんところは問い詰める予定じゃよ! 恐山で巫女さんに頼んでなぁ!」

「ほう……オパーイどうこうの下りがあるのに、よくそれをやろうと思えたな」

「がふ!」


そうだね! ヘイハチさんは言う権利ないよ! そのクレイジーにかけ算しちゃったんだもの! それこそ腹を切る構えが必要だよ!


「いいか、我慢をしろ。僕達のために、お前達の全てが踏みにじられ、否定されるくらいのことは我慢しろ。それができないなら……報復の連鎖が止まらないんだよ!
でもお前達だけが苦しめば! お前達だけが負け犬となって踏みにじられれば、! それは終わるんだよ!」

「……って、やめてくれぇ! わしの沽券に差し障る−!」

「………………」


あれ、久津さんがずかずかと踏み込んでいって……。


「…………食え!」


左手に抱えていた、茶色い紙袋を差し出す。

恭文くんが怪訝そうにその中を覗くと……。


「メンチカツ……というか、本当にどちら様!?」

「久津ケン……あぁ、そっちの、マスター・シャーフーの弟子だ!」

「更に言えば、お前さんがあのとき助けた……そのリストに載っていた子と親しい者達じゃよ」

「まぁ細かい話は後でいいだろ!
ほら……うちの妹が夜食にって作ってくれたメンチカツだ! 冷めても美味いぞー! お前も!」

「え、私も!?」

「ほらほら!」


それで恭文くんと蒼姫ちゃんは怪訝そうにしながらも、メンチカツを一つずつとって、もぐもぐ……すぐに表情が明るくなった。


「…………衣がまだざくざく……!」

「だろ!」

「美味しいです、これ! 今まで食べた中で一番かも!」

「うん、うん! 私でも分かる! というかこの身体、ちゃんと味覚もある! すっごく幸せ!」

「だろー!? まずはこれを食べて、元気出してからだ!……お前ら、やっぱり最後まで戦うつもりなんだよな」


久津さんが少し真剣な様子で問いかけると、二人はメンチカツをもぐもぐしながらも……。


「「当然」」

「だよなー」


はっきりと言い切っちゃったよ……! 蒼姫ちゃんも腹決まりきっている様子だし!


「待て……そのメンチカツはまだあるか! この蒸しパンに挟んで食べる!」

「お、それいいなー。ほいじゃあ一つお裾分け」

「ありがとう、神様!」

「ほら、お前らも食べろ! 美味いぞー」

「「ありがとう、神様!」」


それでヒカリちゃんはマイペースだなぁ! というか、それで神様扱いって軽くない!? シオンちゃんとショウタロスくん達もだけどさぁ!


「もぐもぐ……まだ、会長からの依頼は達成できていませんし」

「うむ、そうだ。……残念ながらこの状況を最善の形で覆すには、君に引き金となってもらうしかなくなった」

「鳴海さんと左さん、ほんと口先だけでしたしね……しゅっしゅ……!」

「そ、そうだな……!」


風花ちゃんはちょっと控えてくれる!? その包丁をナイフの如く振るう動作、もういいから! いらないから!

というかね、さっきの下りを考えると……恭文くんを刺しそうで怖いんだよ! 恭文くんもそれは遠慮なく反撃するだろうしさぁ!


「だから、おじいさんと苺花ちゃん……僕がもろとも死んでも大丈夫なコースで進めます」

「だったなぁ……! つーか、なんでそこまで突き抜けたんだよ」

「まぁ僕、自分で言うのも大概だけど……まともじゃないです。多分人斬りの才能があります」

「……あぁ」

「これはそんな自分も、誰かを救える……救える未来があるって、そう証明する戦いです。
だったら自分の一番大事なものを賭けなきゃいけない。そうしなきゃ僕が本気だと思ってもらえません」

「………………」

「……あぁ、そうだね」


会長はそっと……励ますように、慰めるように、その肩を叩く。


「それもまた、君の可能性だ」

「会長……」

「ゆえに私が君にした依頼は……この戦いを終えた後も続いていく」

「え」

「もし意味が分からないというのなら、ちゃんと帰ってくることだ」

「…………」

「劉君も、沙羅君も……みんながそれを待っている」

「――はい。ありがとう、ございます」


恭文くんは笑う。大丈夫だと……もう、大丈夫なんだと笑って、こぼれ落ちかけた何かも拭って。

分からない……やっぱり上手く感じ取れないけど、それでも……知りたいと思ったんだ。それが尊いなにかだって言ってくれた気持ちを。


「それは君もだぞ、蒼姫君」

「……私達がテラーを止めて、初めてミュージアムも潰せるしね。
苺花ちゃんだって二の次にしてようやく、助ける道を開けるんだから……もぐもぐ……いや、これほんと美味しい」

「だが、それなら修行しないとだね」

「「修行!?」」

「ふぉふぉふぉふぉ……会長の言う通りじゃのう。
時間は少ないが、それでも学べることはあるはずじゃよ」

「……そうっすね。あぁ、そうだ……大事なものを賭けてんなら、やれることやんないとな!」

「なるほど……だったら協力してほしいことが! よろしくお願いします!」


……って、恭文くん、迷いなく即断!? 内容も聞いてないのに!


「そこあっさり飲み込まないで!? というか、さっきのアレからそうくるのは、ただのサイコパス−!」

「……蒼姫、サイコパスってなによ。幼稚園の連中と同じことを言わないでくれるかな」

「なにがあったの!?」

「十個のリンゴを九人で分けるならどうするのかーってクイズを出されてね? 一人殺すって即答しただけなんだよ」

「間違いなくサイコパス!」

「どうしてよ。能力の有無などなどで仲間はずれを作り、見下し、あざ笑うのが普通でしょ? 鳴海荘吉やコイツはそうだったじゃないのさ」

「問題の中ではそんなこともない優しい世界だったの! みんなそのつもりだったの! それは察してあげようよ!」


蒼姫ちゃん、これから苦労するなぁ! ……って、さすがに見てばかりもいられない! そろそろ大人として止めないと!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――どうしてこうなった。

俺の人生で何が間違っていた。

俺はちゃんとした会社に入って、努力して、家庭も持って、家も持って……なのに……なのに……子どもだけが出来損ないだった。


落ち着きがなく、計画性も持てない。将来はカメラマンで世界中を回りたいなんて空想に取り憑かれている。

あげく超能力? 発達障害? なんだそりゃ。意味が分からない。そんなもので療育だとか、子どものくせに精神安定剤や薬やら飲んでいたんだ。

だから叱ってやったさ。子どもは子どもらしくしていればいい。人よりできないなら、今のうちに頑張って勉強して、俺みたいになればいいってさ。


なのに……それでも下らない夢にしがみつくから、そんなものに意味がないと、社会の厳しさを教えてやったら……それが虐待? それで気持ちの悪いミュータントを殴って潰そうとしたら、犯罪者にされた。

当然裁判で訴えたさ。俺は悪くない。超能力なんざアイツが我慢して、普通にしていれば済むこと。発達障害なんて聞いたこともない病気は、医者が金稼ぎのために作ったガセだとな。


無罪になるに決まっている。慰謝料なんて払わないし、なんならあのガキが払う立場になると……なのに……!


――躾けのためと宣い、殴る、蹴る……大の大人が……身長百八十五センチ・体重七十二キロのあなたが、六歳になったばかりの女の子を殴る。
もちろん五歳の、よそ様の子どもも殴り、骨にヒビまで入れている。これを世の中の誰が躾けと認めるのでしょう――

――だから、なんで悪い……人よりできないなら、努力すればいいだけだろうが! それすら障害だなんだと甘ったれているから、世の中の厳しさを教えてやっただけだ! 馬鹿な奴を殴って何が悪いんだよ!――

――……殴らなければ言うことを聞かせられないほど! てめぇの器量が狭かったせいだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!――


あの弁護士に一刀両断された。裁判官にも『親の躾けと暴力は違う』とぶち切られた。

俺が、殴って怯えさせた? 殴られるのが嫌だから、言うことを聞いただけ? なんだよそりゃ、意味が分からない。

だから控訴してやったさ。なのに却下された。それで俺は前科持ち……弁護士も『HGS患者への虐待・差別事例がある以上、控訴が通っても逆転はできない』とか抜かしてやがった。


もうこうなったら、刑期が終えるまで耐えるしかない。その上であの出来損ないも、裏切り者の女も、化け物みたいなクソガキも…………そう思っていた。間違いなく思っていた。

そうしたら、その全てを見抜いたように、あのクソガキから手紙が届いた。


出来損ないとあの女は、俺が報復することも読んで、引っ越したこと。自分も行方は知らないということ。

子どもに言うことを聞かせるため、暴力を振るい、無知と差別を振りかざしたことは罪だということ。

俺のやったことで出来損ないがどれだけ傷ついたか……ほんと、馬鹿みたいだと笑ってやった。俺は何一つ悪くないんだ。あんな出来損ないを躾けてやった、立派な親なんだぞ。


なのに…………なのに……そうだ、違う……俺は違うんだ。俺は……俺は……!


――米沢さん、検査の結果……あなたにはADHDとASDの合併症との結果が出ました――


拘留中、精神鑑定とか言って……変なテストを受けさせられた。そうしたら、俺も発達障害だと言われた。いや、それどころか……。


――更に重度のものではありませんが、変異性遺伝子病の疑いもあります――


俺がバケモンだっていうのか。俺は超能力なんて使えない。なのに……でも医者どもはこう言うんだ。


――超能力の発症はHGSの中でも重度な事例にすぎません。
表面上に出ていなくても、健常者に見えても、変異性遺伝子を持って生まれてくる人は大勢います。発達障害も最近の研究によって、その一つかもしれないというデータも出ていますので――

――嘘を吐くな……俺は、一流商社に勤めて――

――お仕事は確か、企画部でしたよね。ご自身で外回りもして、営業をかけていたと――

――そうだ! 俺はそこでトップに入るくらい優秀だった! それが、あんな出来損ないどもと同じだと!? あり得ないだろ!――

――ですが仰っていましたよね。学生時代や新社員時代はデスクワーク中心で、落ち着きのなさや片付けられないところを注意されることも多かったと。それでかっとなりやすいときもあった――

――だから、それは努力して! 改善して!――

――それが治ってきたのは、企画部に入ってからですよね――


そうだ、俺は努力した。仮にそうだとしてもそれは努力の結果だ。なのにあの出来損ないどもは。


――……ADHDの落ち着きがない……考えがとっちらかりやすいという典型症状は、行動力とその指針となるアイディアを生み出しやすいという強みにもなり得ます――

――え……――

――あなたの場合、お仕事が発達障害の傾向にマッチしたものに変化したことで、問題が出にくくなったんです。
かっとなりやすいのも、自分の考えが理解されにくい状況……人と行動しているときばかりですよね。だから一人の外回りも多いお仕事は問題なかったんです――

――……嘘だ……――

――もちろんすぐ受け入れられることではありません。私もあなたが今後どうなるにせよ、お話はできる限り聞かせていただきますので……まずはそこから――

――そうだ、手術してくれ! 治るだろ! 頭を開いて、ちょっと脳を弄ればいいだろ! ロボトミーとかあるそうじゃないか!――

――米沢さん、それは違法です。なにより発達障害は治療できるものではないので――

――いいから手術しろ! 違う、俺は違う……あんな、あんな出来損ないじゃない! 異常な病気なんかじゃない!――


騒いで、暴れて……それでも治らない。俺はあの異常な病気にかかった。同類だと突きつけられるだけなんだ。

違う違う違う違う違う違う……俺は普通だ。頑張ってきた。アイツらみたいに甘えてなんていない。厳しい世界で、状況に助けられることもなく、実力で働いてきたんだ。

なのに……それが……どうしてだ。なんでなんだ。俺が一体なにをしたっていうんだ。だから無視した。手紙なんて無視しようとした。


なのに……なのに……それもできずに……。


――突然だけど、PSAからスカウトを受けて忍者候補生になりました――


あの化け物が送ってきた一番新しい手紙には、そう書かれていた。

ちょっとしたトラブルでPSAの偉い人と話したら、素養を認められて……六歳にして実地研修まで受けることになったと。

自分の障害や特性のことも理解しようとしてくれて、将来的には民間向けの駆け込み寺も、忍者が発達障害だった場合にも備えられるよう準備する……そのテストケースに選ばれたと。


自分を利用する側面もある。そういう話も子ども扱いせずしてくれて、その上で協力を……決めたと……!


――とても嬉しかったです。だって今までは“甘ったれの落ちこぼれ”としか扱われず、救われなかった人達の力になっていけるから。その足がかりになれるかもしれないから。
……苺花ちゃんのお父さん、僕はやっぱり……お父さんは間違っていたと思います。
努力しろ、我慢しろ、できない分人よりやればいい……言うのは簡単だけど、そこには責任が伴う。
どう努力すればいいのか、我慢が必要ならそれはどこまでなのか。できないならなにをやればいいのか。その先を示す覚悟が伴う――


なにを、言っている。そんなのは勝手に自分で。


――それすら分からないとき、分からないことに向き合う覚悟もないなら、その人をただ見下し、追い詰める結果に終わる。だから楽しかったでしょ、僕と苺花ちゃんが“自分とは違う駄目な奴だ”って見ているのは――


その皮肉に、胸が抉られた。


――でも僕はそんなの嫌だ。だから苺花ちゃんのお父さんは間違っていると否定し続ける。苺花ちゃんや僕に逆恨みで報復するなら、今度こそこの手で叩きつぶす。
もちろんうちのお父さん達も否定する。その間違いを他人事だと見過ごしておいて、それで“見過ごした誰か”に殺される覚悟もなかったんだから。なのでうちのお父さん達とも、多分縁を切ります――


覚悟って、なんだよ。俺はただ……そうだ、俺は……。


――実地研修の様子もちょいちょい送ります。ここからキャリアで出世しまくりでしょうし?――


俺はただ、あんなの“面倒くさくて”…………そうだ、それが全てだった。

俺はこの日、泣いた。ただひたすらに泣いた。誰のためでもない……俺のためだと……俺のためだけに、みんなを傷つけて、殺しかけて……。

ここからだった。どうすれば償えるか……どうすれば俺は、こんな場所から変わっていけるか……それを考え始めたのは。


――……そうですか。なら、まずは少しずつ振り返っていきましょう。それが償いにも繋がります――


先生にも感謝するしかなかった。あんなに……食ってかかって、乱暴なことも言ったのに。嬉しそうに……笑うんだ……。

それで初めて、化け物だなんだと言ってしまったことも……謝罪しようと、手紙をかこうと……筆を少しだけ、走らせたその日……その日の夜。


「あ……あぁがあああぁああ……!?」


目が覚めると、俺は変な怪物に蹴り飛ばされていた。それだけで腕が千切れるような痛みが走り、そのまま首根っこを掴まれる。

その怪物は、まるでどこかの……ホラーに出てくる、骸骨男で…………。


『…………お前か。子どもを利用し、傷つけた悪党は』

「あ、あぁあぁあぁあ……!」

『人の心をなくした怪物は、もはや生きる意味がない』

「…………!」


ぞっとすると、そいつは……右手で、俺の頬を優しくなでる……。


「あがぁあああぁあ……!?」

『さぁ』

「あぁあぁあ……AAAA――」

『お前の罪を、数えろ』


……俺には、償う権利なんてなかった。

それだけはよく分かった。

謝ることすらできない……俺は、きっとこの世に生まれちゃいけなかった。だからこんな目に遭うんだ。


そうでも考えないと、納得ができない。だから俺は……俺は…………俺は………………そうして意識がなくなって……気がつくと。


「……本当にごめんなさい」


俺は見知らぬ奴らが働くオフィス……その応接室らしき場所に寝かされ、眼鏡の美人に頭を下げられていた。


「ただ、あなたをこの世界の司法に則る形で守るのは、相当難しい状況でした。
申し訳ありませんけど、しばらくはこの駐在所にいてください。数日中には刑務所の方に戻れるよう調整しますので」

「……じゃないと、俺は……殺されるところ、だったのか……」

「えぇ」

「それも苺花に……娘に……!」

「または、彼女の存在を利用する……そんな誰かに」


聞かされた話は信じられないことばかりだった。

苺花は妙な組織に攫われ、その実験体とされて、怪物となった。

それであの猫耳の子も、そんな苺花の指示で同じようにされて……二人が殺し合うことになっている。


そこに加えて時空管理局やらなんやらって話が出ているが、重要なことはまず一つ。

苺花は俺を……俺と同じように、発達障害という理由で踏みつけてくる奴ら全員、殺し尽くす構えだと……!


「…………俺の、せいなのか……」

「それについては、改めて司法の判断に委ねるしかないでしょう」

「アンタ達は、なんで、そんな……人でなしを、守ろうとするんだ」

「……私も人の親です。あなたの対応に対して思うところも相応にあります。はっきり言えば許せないとも思う」


それはそうだ。裁判長もそうだった。今まで話してきた連中もそうだった。あの子もそうだった。だったら、俺は……。


「ですが、だからと言ってこんな私刑を当然にすることはできません」


……だがその……レティという女は、それも傲慢だと一蹴して。


「なにより常識が違います。自慢をするようですが、私達の世界では……お話した魔法という力がある関係で、それを持っている人や持たない人、強い人、弱い人……いろんな違いが入り交じっていますから」

「……アンタは、その力があるのか」

「ない側です。だから強い弱い……魔法のあるなしで役に立つか立たないかで言えば、私は弱いし、“役に立てない”人間です。たとえ人の五倍努力しようと、その事実だけは変えられないし追いつけない。
……そういう世界で育った人間が、全く違う世界のあなたを責め立てたところで、結局水掛け論ですし」

「………………それでも、アンタの子どもは幸せだよ」

「米沢さん……」

「俺はそんな風に考えなかった。自分の“普通”で、普通じゃない誰かを……弱くて数が少ない奴らを叩いて、笑っていた」


涙が止まらなかった。


「私刑のことだってそうだ。アイツの出来損ないという罪を、裁いたつもりになって……」

「えぇ」

「俺は……俺は、親失格だ……!」

「…………」

「殺されて当然のクズだ!」

「……それでも……その間違いは、死んでも償えません。
本当に悔いるのであれば、生きてください」

「……!」


償い切れるかどうか分からない。だがそれでも……俺は、生きていなきゃいけない。

こんな俺にも、そう言ってくれる人達がいる。だから俺は……きっと、この日のことを一生忘れない。


そうして悔い続け、詫び続ける。それが俺の生きる意味になったのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


というわけで、時間もないので早速修行開始。

改めてレツさんやマスター達と自己紹介した上で、まずは風間会長や恭也さん達と打ち合わせです。


「私と恭也君達は、テラーに接触しない形で各施設を強襲し、鎮圧する。
そして今回については、メモリがある観点から一味への生死は問わない……というより問えない。
殺傷した人員がどれだけいようと、それがどれだけ重要な情報を持っていようと、是非については不問とする」

「……相手が武装解除した場合は」

「丸裸にした上で拘束してくれ。男女問わずだ。
そして少しでも抵抗のそぶり……メモリの使用が疑えるなら、殺害して構わない」

「分かりました」

「「即答!?」」

「……かばうわけではないが、蒼凪君は即答して然るべきなんだよ。なにせ“覆した当事者”だ」

「……でしたねぇ……!」

「メモリの能力次第では、そこで相応の被害がでるわけか」


そういう戦いだ。それが当然だ。それは絶対に飲み込むしかないと……恭也さんは改めて腹を括っている様子だった。


「それで僕は先生とウェイバーを連れて、結界内の園咲邸に殴り込みをかけます」

「そうだ。その邸宅内の戦力は」

≪グレアムさんが結界を張る前後で、その当たりも観測しています。
……メモリを持っていると思われる組織のエージェントや護衛役は百人以上……大隊規模の戦力が揃っています≫

「……テラーで制圧すれば、無血開城できるのでは」

「駄目。園咲琉兵衛がいたら、恭文君のテラーはかき消される。向こうの方が『合う鼠』だ」

「そこは魔導師隊の援護砲撃……直接現場を視認しない形での援護をもらいつつ、乱戦に持ち込んでプチプチ潰します。それが一番手っ取り早い」

≪で、その辺りが壊滅できたら、いよいよ本丸登場ですよー。恐らく能力の優位性から、堂々と出てくるでしょうからねー≫


そしてルビーが身をくねらせ、ぽんと出すのは……風都の港湾地帯。


≪既にこのエリアは管理局の魔導師隊によって、安全区域が確保されています。
外からの転移で、園咲琉兵衛と苺花さん、恭文さんをこの中に転移……園咲邸宅からも隔離します≫

「その間に残存勢力を相当し、本宅を制圧。恭也さんと美由希さん、会長達も外の拠点を潰して、ミュージアムを完全打破するって寸法です」

「そして園咲琉兵衛と美澄苺花君については、生死問わず(デッドオアアライブ)とはいかない。
彼らを確保し、証言を引き出せば、現在鳴海荘吉や医療関係者にかかっているえん罪も、それを張らす……少なくとも問題提起はできるだろうからね」

「でも、蒼凪君をアテにばかりはしていられない……」

「我々は人員と施設の掌握を行いつつ、彼とは違う方向から情報精査を行う。……厳しい仕事になるだろうが、しっかり勤めよう」

「「「はい」」」

「……うん……!」

「というわけで、蒼凪君、恭也君、美由希君にはプレゼントだ」


次々置かれた黒いケースを開くと、中に入っていたのは……黒い鞘に収められた、刀?

なぜか一緒に来てくれた恭也さん達とそれを手に取り、すっと抜くと…………カーボン地の刃が出てきて。


僕のは小太刀と長脇差(ながわきざし)サイズ。恭也さん達は小太刀二刀がそれぞれ渡されて。


「CCB――カーボンコーティングブレード・タイプX。
低摩耗素材とカーボンナノチューブをコーティングした……最新式の特殊合金刀と考えてくれ」

「凄い……恭ちゃん!」

「あぁ。俺達が使う合金製の刀とはまるで違う」

「奇麗……」

≪いや、でもこれ……構造が変態過ぎませんか? サーチしたら、そのコーティング構造がとんでもないことに≫

≪滅茶苦茶多層構造ですよ!
これ一度使ったらいちいち研いで、再コーティングしないとフルパフォーマンスは望めないんじゃ!≫

「あぁ! 現代の技術で日本刀を本気で作ろうとした結果……コスト・メンテ費用共々偉いことになってな! 実用性に欠けるとお蔵入りになった品だ!」

≪やっぱりー!≫


え、そんな凄い構造に……あ、でも待って。だったら……!


「――起動(イグニッション)」


魔術回路を起動……魔力を走らせながら、CCBの構造を解析、理解…………って、ほんとだ!

乞食清光の構造理解したときも驚いたけど、日本刀ってほんと凄い! あれと遜色ないくらいに、いろんな層がおり混ざって、奇麗な作りになっている!

というかというか、だとするとこの鞘も……手触りは軽いけど、しっかりしているし……こっちも試しに解析、理解…………!?


「……会長、この鞘の方があの、そういうコーティング層……多いですよね……!」

「「え!?」」

「お、魔術修行の成果か! それをすぐ見抜くとは!」

「か、会長……」

「実は頑張り過ぎた結果、刀が『斬れすぎて』ね! それを守る鞘には、もっと金をかけるハメとなってしまったんだよ!」

「本末転倒じゃないですか……!」

「恭ちゃん、もう言うまでもないって。お蔵入りなんだから」

「うむ! サイズ違いも含めた試作品二十本を作ってしばらく運用してみたんだが……二週間も経たずに各所から悲鳴が届いてな!
いやー、アイディアはよかったと思うんだがなぁ!」

「しかも会長の発案だったんですか!」


あぁ……そのうちの数本を持ってきてくれたわけか。でもそりゃあ、そんな……作るのも、維持するのも大変な代物を複数量産するっていうのは、組織のお財布事情的にも辛いだろうしなぁ。

それでも実運用はしてみたけど、対費用と効果の釣り合いは取れずかぁ。性能を押さえての量産化とかできないんだろうか。


「だが作ったことは……無駄じゃなかったよ。これならばドーパント相手でも引けは取らないはずだ」

「「「……!」」」

≪まぁ確かに、この構造なら……≫

≪というか、恭文さんについてはもう投影できるんじゃ。今回については異能の格は問いませんし≫

「あ、そっか」


それなら……僕にはちょうどいいサイズのこれらを、損耗も気にせず振り回せる。

というわけで、一旦しっかりと鞘に収めたCCB(本物)を起き、両手を開いて……!


「起動(イグニッション)――!」


読み取った構造、作られた概念、理想……それらに共鳴していき、一つ一つ折り重ねる。

研ぎ澄ました魔力をそうして紡いでいくと、僕の両手には長脇差サイズのCCBと、その鞘が現れた。


「贋作だけど、できた……!」

「ほう……聞いてはいたが、見事なものだな」

≪……サーチしましたけど、完成度としては七割。
ただ科学技術で作った妖刀みたいな有様ですから、それでも十分ですよ≫

「……蒼凪君、ちょっと貸してくれるか」

「あ、はい」


会長がそう言ってくるので、一旦しっかり贋作を鞘に収め、それごと会長に渡す。

会長はそれを抜いたかと思うと、鞘を脇に置き……なぜか懐から丸々とした大根を取り出し、簡易テーブルの上に置く。


「「「……!?」」」


そのまま贋作CCBで唐竹一閃――大根を中程から真っ二つにする。

会長はCCBを引いて、鞘に収め直した上で……大根の断面をくっつけ……くっつけ……くっつけ……!?


「え……!」

「ほんとにくっついている!?」

「うむ……贋作でもこれだけできるなら、確かに十分だ」


いや、会長!? 言っている場合じゃないですから! なんですかそれ……あ、まさか。


「戻し斬り……お見事です、会長」

「きょ、恭ちゃん」

「ようは斬ったとき、細胞を全く傷つけていないんだ。だから断面同士をくっつけたとき、無傷の細胞が結合し、元に戻る」

「戻し斬り……るろうに剣心でもやっていた技ですよね。
でも刃物と使い手の技術が両方揃っていないと、難しいはずなのに」

「刃物については元が元だからというのもあるが……いや、これも疑問視するのはおこがましいな」

「えぇ……!」


そうだよ、だってこの人……PSAの会長さんだよ!? 第一種忍者の中でも伝説的な人なんだよ!? そりゃあ技術なんて、僕達よりずっと上に決まっているって!

あれ、待って。技術と、刃物……。


「…………」


あぁ、そっか。これは僕が作りたい魔法ととても近いものなんだ。だったら参考にすれば、もっと完成度が高くなる。

……そう気づいて、会長には改めてお辞儀。


「会長、ありがとうございます! 大事に使います!」

「頼むよ!」

「うむ……それなら次は我々じゃのう」


そこでずいっと出てきたのは、マスター・ジミー達獣拳組。……そうだ、修行が始まるんだ! 楽しみ−!


「ふぉふぉふぉ……目を輝かせておるのう……」

「とはいえ、修行の前に一つ説明っすね。
……恭文、さっきお前に……妙なオーラがでていたの、気づいたか」

「……これですよね」


さすがに分からないほどじゃない。だからあの……紫色の力を放出すると…………ケンさん達もやっぱりって顔をして。


「やっぱ紫激気……!」

「久津さん、その紫激気というのは」

「あー、獣拳に激気と臨気って二つの気があるって言ったよな」

「えぇ。ですがそれは」

「それが基本形で、発展系やバリエーションみたいなのがあるんだよ。
……その一つが紫激気。激気でもあり、臨気でもある……俺達も使える奴は一人しか知らないやつだ」

「というか、僕の兄なんです」

「深見さんの!?」

「……恭文君は、兄さんと有り様……心の方向性がよく似ている。
だから二つの性質を備えた気が発現したんだと思います」


この力も僕の色……僕だけってわけじゃないけど、僕だからこその気ってわけか。

……だったら、これも大事に育てないとだね。今回はさすがに時間もないけど。


「ただ、時間がないから……教えられるのは本当に基礎的な身体強化だけだ。そっちではあまり力になれないけど」

「それでも十分です。やっぱりこういう戦いは、ちゃんとした積みかさねで対処しないと」

「……君の場合は、やっぱり魔法や魔術かな」

「はい!」

「なら、僕達に修行を付き合ってほしいっていうのは」

「……御影先生が教えてくれた技です」


少し離れて……さすがにCCBを使うのは危ないので、どこからともなく木刀を取り出す。

その上で半身に構え、右手は柄尻いっぱいに握り、峰に左手を添えて……ひゅっと、右切上に振るう。


「それは……」

「なるほど、確かにそれならば……」

「乞食清光の記憶にもあったんです。沖田総司も使った、天然理心流の技……これを明日までに、実戦レベルにしたくて」

「……確かにお前なら使いこなせるかもしれん」

「マスター・ジミー、分かるっすか!」

「切り札というやつだからな」


おぉ……さすがだ! これだけでその価値に気づくなんて! マスターと呼ばれるのは伊達じゃない!

それは会長や恭也さん達もだけど! ダメ元で頼ってみてよかった! ロッテさんも剣術は専門の外だから、深く指導できないって困らせちゃったし……でも、これなら!


「ふむ……ならばレツ」

「はい」


するとレツさんがマスター・シャーフーに頷き、僕の前にしゃがみ込み、目線を合わせてくる。


「恭文君、それならいい修行がある」

「本当ですか!」

「しかもそのために君がやるべきことはただ一つだ。
君が僕についてこられるのなら、紫激気の基本的な扱い方も含めて解決できるかもしれない」

「なんでしょう!」


そうしてレツさんは、真剣な顔で……。


「――技を忘れることだ」

「へ?」


僕の両手に、蒼色の扇を渡してくる。

それを持って、軽く開くと……いつの間にかレツさんが立ち上がって、笑っていて。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――蒼凪恭文の言う通り……いや、これも違うね。鳴海荘吉が生けにえ同然というのは、魔導師の記憶について話したときにも触れたことだ。

それは彼らも聞いていたはずなのに、なお逃げたからヒドいことになっているだけでさ。

その上で蒼姫を……ウィザードメモリの意識を道具扱いし、利用しようとした。それはメモリを悪用する人間と何も変わらない姿だ。


だったら彼が今泣いているのも、絶望しているのも、自業自得だ。同情する余地などない。

ない……はず、なのに。


「……左さん」


山仲沙羅が厳しく声をかける中、衝撃と苦しみで打ち震える彼は泣き続ける。

その姿が、とても胸に突き刺さる。


「あなたに通達した恩赦……その理由はよく分かったようですね」

「………もう、やめて……くれ……………」

「あなた達はここへ連れてこられる前に、自決するべきでした。それもできないのなら『もっと惨めな死』を迎えさせるしかない」

「おやっさんは……おやっさん、だけは……」

「あなたと風都の住人が救わないことを選んだんでしょう?」

「………………!」


そう、救わなかった。

鳴海荘吉はもう救えない。生きながらにして、風都最悪の殺人鬼……異常者としてその名を刻むだろう。


――誰もが望んだ上で、押しつけ、彼を磔にして喜んでいたにもかかわらず。

――誰も彼のように、状況を見過ごせず、できることはないかと模索しなかったにもかかわらず。

――それを成したのは六歳の子どもと、街の外にいる見も知らぬ人間達……異世界人なとどいうのも、愚かしい偽り。

――鳴海荘吉が救われず、破滅し、地獄へ落ちていく未来を誰よりも望んでいたのは、彼が愛し守ろうとした風都という街そのものだった。

――にもかかわらず善良な被害者として逃げおおせようとしている。それが風都の住人達だった。


だけど……あぁ、そうか。そうなのか。


(ボクもまた、“これ”を見過ごしていたのか)


知ろうとしなかった。知らずにいた。それを当然としていた。


(これが罪……ボクの罪――)


今改めて理解した。ボクの罪……ボクが購わなければならない罪。

なにも知らず、選ぼうともせず、ただあの場所に閉じこもっていた罪。


だったら……それは……。


「この恩赦は、街をよく知る人間ならばと考えたものですが……あなたには荷が重たかったようですね」


このままは、駄目だ。


「蒼凪君の糾弾は実に正しい。師匠を見殺しておきながら自決一つできないあなたは、風都の住人達と同じ悪魔です」


このまま見過ごしては、駄目だ。


「それは美澄さんを怪物とした、蒼凪夫妻や周囲の大人達と同じ。
……だったらあなたは最初から不適格です。えぇ、分かっていたことでした」

「………………」

「なので恩赦はなしです。鳴海荘吉共々凶悪犯として裁かれなさい」


打ち震えるこの男を見捨てるだけでは、何も変わらない――!


「……そう決めつけるのは早計じゃないかな? 山仲沙羅」


だから自然と、踏み込み……ずっと持っていたドライバー入りのアタッシュケースを抱え、彼の横にしゃがみ込む。


「確かに彼一人なら頼りなくてどうしようもないかもしれない。
だけど……二人なら、違うかも」

「どういう意味でしょうか」

「さて、左翔太郎……突然だが質問だ」


そう言いながら、アタッシュケースを開き……ドライバーと六本のメモリを見せつける。


「――悪魔と相乗りする勇気、あるかな?」

「……は…………!?」


彼は一瞬呆ける。呆けるが……ボクの言わんとするところをすぐ理解する。


「…………」


……そうしてゆっくりと、引かれるように手を伸ばしたのは、黒いJのメモリ。

それでボクもまた、一番ピンと来るクリアグリーンの……Cのメモリに手を出し、スイッチオン。


≪Cyclone≫

≪Joker!≫


――――ボク達には罪がある。


「……フィリップ君」

「メモリ犯罪者にも更正の道筋を整えるというのなら、鳴海荘吉と左翔太郎もまた示されるべき一人だよ」

「許可できません。特に左翔太郎は」

「もしボク達が過ちを犯したとするなら、そのときは本気で討伐にくればいいさ。……美澄苺花のやり方は参考にできるはずだよ?」


左翔太郎は、孤独に戦う師匠と街の悪意から目を背け、生けにえとし、見殺しにし、生き残った罪が。

ボクの罪もそれに近い。閉じこもり、知識欲のままに作り出したメモリが、そんな悪魔達の道具にされていた……その現実から逃げた罪だ。


「……」

「それくらいの覚悟はしているよ。彼にも飲み込ませる」

「……一度の見逃しもありませんから」

「あぁ」


人が悪魔だというのなら、その悪性により引き起こされる痛みを見過ごせないというのなら、それは正すしかない。

ガイアメモリを持った怪物が相手であるなら、それはこちらも同じ力を持って正すしかない。

だがボク達は同時に、鳴海荘吉という“怪物”のやり方も否定しなければならない。いや、よりよい未来を提案し続ける義務と言うべきだろうか。


そうして提案した未来により、街を変える……人々が自身の悪性に立ち向かう術を、希望となる“何か”を作っていく。


(……なんて、薄っぺらい奇麗事かもしれないね)


でも……ボクは自分の罪を購うのなら、それしかないと思ったんだ。

そしてそのための力がある。ボクはその力を、この泣き虫で頼りない男と一緒に振るいたいと思った。

それが正しいかどうかは……まぁ、これからだね。


とにもかくにも、これで超人W――あの街に新しい風を巻き起こす、究極の存在は誕生する。


(その22へ続く)







あとがき


恭文「というわけで、いよいよ決戦前夜。後の仮面ライダーWも誕生フラグが成立したところで次回」

怜「……恭文さんはまず、風花さんに謝るべきだと思います」

恭文「だって本当に幼なじみだと思っていたんだもの!」

怜「だとしてもですよ!」


(後に謝り倒すことになりました。言われずとしても。
……それと劇中ででたCCBは、以前いただいたアイディアが元です。アイディア、ありがとうございます)



恭文「ありがとうございます。アイディア元の拍手も保存していたので、こちらに載せておきます」


(※ 忍者派遣組織 PSA。A's・Remixでのお仕事。

に最近出てきた新アイテム。

@筋肉忍者三兄弟。

千冬さんをポージングで気絶させた猛者達。
三兄弟といっているがが血がつながっていない。ボティビルダーという同好の士達だがら。

IS登場で煽りを食らった元特殊部隊軍人。趣味のボディビル関連で生計を立てようかと悩んでいるところで人材発掘中の風間代表に
『いくらでも筋肉を鍛えても文句は言われない忍者にならないか?』
と言う口説き文句で三人そろって二級資格忍者になった。

その肉体は観賞用とスポーツ用筋肉が一体となっており、ボディビルダーとして最高クラスになっている。
ぶっちゃけ、男性に大勢がない女性(山田先生とか)は確実に失神するレベルに至っている。
ちなみに忍者になる前は細かったらしい。なにを基準にか知らないが。

Aカーボンコーティングブレード・タイプX。

日本のISメーカーが手掛けた代物。
コンセプトは現在技術による日本刀。
実際は『RPGのゲームで、終盤に出てくるお金で買える最高クラスの武器が実際有ったらこうなる』。

IS装備だと危険な設計になってしまったから人間用装備に変えた代物。
刃に低摩擦素材とカーボンナノチューブをコーティングしている。摩擦減少とカーボンによる強度強化によって切れ味が最大限にまで上がっている。

かなり高価な兵器で、製造工程、刀身のコーティング関連のメンテナンス、切れすぎる刀身から鞘を守るために鞘自体も金属の多重構造。という結果すごい金額になった。
受注を受けてから生産するスタイルを取っている。

香港警防隊と月村重工に数本。PSAに十本程が納品されている。

刀を使う達人が少ないせいもあるが、これを使えばISも撃退できるが、登場者も死亡する確率が高いうえ、購入金額がすごすぎるゆえにデメリットしかないので。この手段でのIS撃退法は全く流行らなかった。

by白砂糖


※CCB、カーボンコーティングブレードはカーボンナノチューブを材料としています。

カーボンナノチューブはおおざっぱに言うと帯電性と言うか電気と相性がいい素材です。

つまり、恭文(A's・Remix)が電撃系のオーラと併用すると攻撃力がエライ事になります。
NARUTOの千鳥流しなんて目じゃないぞ。
実はこれ前提でアイディア作っていました。

とはいえ、アルトアイゼンが焼き餅する所は思いつかなかった。。
そんなつもりじゃなかったんですが。
by白砂糖)



恭文「それで今日(3/08)なんだけど……一ノ瀬怜の誕生日! 怜、誕生日おめでとう!」

怜「ありがとうございます。というか、恭文さんも……こんなにいっぱいマカロンを……!」

恭文「みんなの分もーって気合い入れて作っちゃったー」

怜「それに恭介君も……あの、ありがとう。すっごく嬉しい」

恭介「ん……どういたしまして」

アイリ「パパと恭介、お菓子作りづいている……」

フェイト「バレンタインで、恭介が滅茶苦茶美味しそうなチョコケーキを作ってからだね。ハマっているみたい」


(親子揃ってサムズアップ。自信作みたいです)


黒ぱんにゃ「うりゅりゅ……♪」

イバラギン「もぐもぐ……うん、これはよい出来だぞ。吾が保障する」

白ぱんにゃ「うりゅー♪」

灰色ぱんにゃ・茶ぱんにゃ「「うりゅりゅ!」」


(ぱんにゃ一家とイバラギンは、試食係でした)


怜「…………」

白ぱんにゃ「うりゅ?」

怜「えっと、触って……みても……」

白ぱんにゃ「うりゅー♪」(ぴょーん)

怜「あ……凄い、ふわふわ……」

白ぱんにゃ「うりゅりゅ! うりゅりゅ! うりゅりゅりゅりゅー♪」

どらぐぶらっかー「くぅくぅー♪」

カルノリュータス・カスモシールドン「「カルカスカルカスー♪」」


(蒼凪荘の動物さん達も、めいっぱいお祝いしたそうです。
本日のED:MYTH & ROID『Paradisus-Paradoxum』)


瑠依「さすがにトリエルとの合同練習が誕生日プレゼントは……あんまりだし、ケーキを作ってみたの。食べやすいようにカップサイズなんだけど」(お花が咲き誇るケーキを持って)

怜「あ、ありがとう……って、装飾が奇麗!」

恭文「バターケーキかー! これは見事なできばえ!」

怜「バター……あ、以前恭文さんが教えてくれた! あの、バタークリーム!」

恭文「こういう装飾加工にも向いているんだ。でもほんと奇麗だよ。写真撮っても」

瑠依「もちろんです」

怜「あの、本当にありがとう。もう常套句だけど、食べるのがもったいないくらい奇麗で……感動、しています……!」

瑠依「よかった」

さくら「これは凄いなぁ! でも……瑠依ちゃん、ケーキ作りとか趣味で」

瑠依「趣味というか、奮起?
雨宮天さんが最近練習しているっていうから。そのケーキが本当に奇麗だったから、挑戦してみたくなって」

恭文「高橋李依さんの誕生日に作った、青いケーキだよね。あれは見事だったー」

さくら「あはははは……それでだったんですね」

怜「……味も、美味しい……恭介君と恭文さんにも負けないくらい……幸せで、暖かい味……うぅ……!」(感涙)


(おしまい)








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あきゅろす。
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