小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2019年7月・星見市その13 『産声とさよならはS/かけがえのないステージへ』
そして……望みに望んだ明日は今日となり、思い描くだけだった“いつか”は今となって。
時計の針を進めた彼女達は、今日……俺と麻奈が見つめる、星見まつりの特設ステージからアイドルの第一歩を刻む。
二〇一九年(西暦七四年) 七月二八日(日)――
星見市内≪星見まつり≫会場 特設ステージ客席
まぁ麻奈については、昨日恭文くんと遙子さんにこってり絞られて、俺の右肩でぐでーっとしているが……。
「うぅ……ようやく氷てるてる坊主というか極刑から解放されたぁ」
「よかったな。二度も死ぬような目に遭わなくて」
「むしろ生き地獄だったよ! 牧野くん、自殺するとしても首つりだけはやめた方がいい! 一箇所に自分の全体重がかかる感覚は、想像以上に怖いよ!」
「首つりすると、窒息の前に首の骨が折れるって言うからな……」
「なんか冷たい!」
「当たり前だろ」
さすがにあきれ果てたぞ……! よりにもよってプリンを独り占めして食べきるとか。ただまぁ、あまりうるさくは言わないけどな。
……唐揚げを美味しそうに食べているのを見ても思ったが、麻奈はこの二年間、“生きているがゆえに得られる喜び”を……その大半を感じないまま、ここにいたんだ。
誰かとふれ合うこと、俺以外の誰かと話すこと……もちろん食べることなんかも入る。
その麻奈が、久々に見た美味しそうなプリンを見て、欲求を抑えられなくなってもおかしくない。だから恭文くんもこの程度で済ませてくれた。
でも、そういうのを見て改めて思うんだよ。
(やっぱり今の状態は、いいことじゃないんだ……)
麻奈が取り憑いているんじゃない。きっと俺が、麻奈を、この世界に縛り付けているんだ。
俺のわがままで、『行くべき場所』へ送り出す覚悟もなくて。
(俺が素人で……いや、もしかしたら鈍感な人間だから気づかなかっただけなんだ)
麻奈は俺が日々生きて、疲れて、眠って、元気を出して……そういうのを繰り返している間も、ずっと……ちゃんと考えなきゃいけない。
こんなことがずっと続くはずがないって、分かっていたはずなんだ。だから俺は、そんな未練を……これから……。
「……牧野くん?」
「……なんでもない」
顔を覗き込んでくる麻奈には、考えを読まれないように……問題なしと答えておく。
「恭文君への弁償費用が結構しそうで、頭が痛くなっただけだ」
「あのプリン、やっぱり高いのかなぁ。すっごく美味しかったし」
「一個千五百円だからな」
「高!」
「それもみんなへの激励になればと、奮発してくれたんだよ。また心配もかけるからってさ」
「……また、後で謝る」
「そうしておけ」
確か、どっかの有名店が作ったマンゴープリンだっけ? 雨宮さんがラジオで食べて、絶賛していたから……せっかくだからと予約していたそうなんだよ。
それを麻奈に全部食べられたら、そりゃあ一晩てるてる坊主にする程度はしたくなるさ。むしろ温情過ぎて俺は土下座するべきかもしれない。
「まぁそれもこれも、全部このステージが終わってからだ」
「……だね」
「しかし……」
まぁ初ステージで、なおかつ麻奈と同じ星見まつりでっていうのもあるからか、つい思い出すんだよな。
……麻奈の初ステージ……あの日のことを……。
「思えばあの日だけだったな。麻奈が露骨に緊張していたのは」
「え、そんなことないよ? 天才ちゃんだぞ、私」
「していただろ……。衣装の着方を間違えるわ、何度も鏡の前に行ったり来たりして。
最後の方には出ないーとか言い出して……」
「そんなことあったっけ」
「都合の悪いことは忘れるんだな。プリンを食べている瞬間のことと同じ」
「ぐ……今それを言われると、反論できない」
そうそう、反論なんて許さないからな。しっかりと刻み込んで…………でも。
「……でも、麻奈がステージに立った瞬間のことは、よく覚えているよ」
「………………」
始まりを待つ特設ステージ。少しずつ屋台村の方から、そちらへ移動してくる人達……その流れを見て、二度と帰ってこないあの日も思い出していく。
「毎日走り回って、準備して、練習に付き合って……いろんなアイディアを出し合って、喧嘩にもなったような気もするけど……そんな苦労、一瞬で全部吹き飛んだ」
ステージに立って、笑って……たくさんの人達に、歌声を届ける麻奈。
あのステージの輝きが、絶対に忘れられないくらいに強くて。それが今も胸の中で熱く燃えていて。
「俺はあのときの、あの瞬間をもう一度見たくて、今もこの仕事を続けているのかもしれないな」
「………………だったらさ、恭文君のことも止めたっていいんじゃないかな」
「なんだ、いきなり」
「世話になっておいてなんだけど、危険な仕事だって分かったよね? お互いにさ。
琴乃も内心ハラハラしているし、ヴェートルってところのテロも、相当ヤバいっぽいし……」
「止められると思うのか?」
そういう話なら、お前も答えは分かっているはずだと……つい肩を竦める。
「あの子にもあるんだよ。そういう……“何度でも呼び寄せたいなにか”がさ」
「……それもそっか」
「あぁ」
本来ならタレント業に専念……そう言うのが正しいのだろう。
そういうことは諸先輩方に預け、君は平和な世界で、琴乃達と一緒に……親御さんや天原さん達も安心する。
幸い君には才能もある。難しい部分はあるけど、それを踏まえても生かせる部分がたくさんある。だからと……でも違う。それじゃあ駄目なんだ。
あの子の歌が、表現が魅力的なのは、そういうものを捨て置かず、引きずって、全て受け止める素養があるからなんだ。
それですれ違うだけの誰かも守りたい。そんなすれ違うなにかが、大切なものに変わる可能性を守りたい……素敵な夢じゃないか。その夢があの子を輝かせるなら、それを捨て置いちゃ駄目だ。
言うならあの子はトパーズなんだ。含んだ“不純物”や、結晶構造の“欠陥”によってその色が変化する……希望の宝石。
……そんな希望に助けられた俺達にできるのは、彼が迷ったら……そっと道を示してあげることだけだ。その心の行く先に気づけるように、優しく……それくらいでいいと、今は思う。
「…………あの………………」
すると、枯れ木のようなか細い声が左側から……そちらを見やると。
「先日は……大変、ご迷惑を……」
「どうも……」
「………………坪井さん……!」
そこにいたのは、足下もおぼつかない様子の……お互いを支え合うようにしている老夫婦。
五月頃……あることがきっかけで、俺達と知り合った坪井夫妻。二十数年前に娘を殺された事件被害者だ。
その娘がちょうど渚に似ていて……髪の感じは琴乃らしいが……とにかくそういう縁から、来てくれるとは言っていたんだが。
「いえ、こちらこそいろいろと至らないところがありまして……それで、体調の方は」
「おかげ様で……思っていたよりも、妻の容体も安定していて……」
「不思議なんだけど……渚ちゃんが……琴乃ちゃんもデビューするって聞いたら、なんだか……嬉しくなってしまって……」
「いえ……それなら、きっと二人も喜びます」
「それで、みんなは……」
「まずはサニピ……えっと、事務所にいた佐伯遙子さんと、渚達とは違うメンバーの子達でのユニットからです。
その後が、月のテンペスト……渚と琴乃達のユニットになります」
「そうなんですね。じゃあ、みんな応援しなきゃね……」
「あぁ、そうだな……」
琴乃や渚目当てできただろうに、それでも……こういう縁は大事にしないとな。
……っと、さすがに立ち話もなんだな。それに日が傾いたとは言え夏だし、そこは気を遣わないと。
「じゃあ座って、日陰で見られるところもありますから、こちらに。案内します」
「「ありがとうございます」」
そうして日は更に傾き――いよいよ最初の一歩が始まる。
新人が立つ舞台としては大きすぎるほどの場所に、彼女達の輝きが刻まれる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
さて、まずはサニピの出番からだ。みんな太陽を思わせるオレンジ色……というか、暖色系を中心としたワンピース衣装やブーツを纏い、準備万端。
で、僕は三枝さんや那美さん、久遠とみんなに付き添い、舞台袖へ……同時にTwitterもチェック。
「恭文君」
「盛り上がっていますよー。配信のページも、Twitterの実況も」
隣の那美さんに見せてあげるのは、その間も更新され続けるメッセージ。
――麻奈ちゃんの事務所さんから出る新グループ、もうすぐ出番!――
――妹の琴乃ちゃん、やっぱ似ているなぁ。絶対推そう――
――遙子ちゃんもグループ傘下で大躍進……するといいなぁ――
「……麻奈ちゃんの後光がすさまじいね」
「見てくれるきっかけになるなら十分ですよ」
アイドル関係のTwitterアカウントも、掲示板関係も大盛り上がり。やっぱり長瀬麻奈って辺りで……琴乃は大丈夫かなぁ。ちょっと不安なんだけど……えぇい、もう放り投げるしかないか。
――星見まつりの配信、仕事先からだけど見ているよー!――
あれ、これは…………舞宙さんだ! メッセージ送ってきた! というか、待って……次々と、ポプメロとの連絡用グループにメッセがー!
――わたしも同じく! 休憩時間が取れてよかったー!――
――現地到着! 楽しむよー!――
――え、嘘! いちさんなんで!? 仕事あったじゃん!――
――予定より早く終わったから、急ぎで来ちゃった♪
あ、差し入れ一杯持ってきたから、みんなにプレゼントするね――
「いちごさんー!」
「あはははは……いちごさん、相変わらずパワフルだなぁ」
那美さんに苦笑して頷き……。
≪〜♪≫
あれ、またメッセだ。今度は……。
「……あ、先輩からメッセだ」
「え……」
――ちゃんと客席にいるよ。
差し入れも持ってきたから、あとで渡すね。あ、千紗ちゃんにも『頑張って』って伝えておいて――
「……いくよ! みんな!」
「千紗、ステイ!」
飛び出しかけた千紗の首根っこを掴んで停止! というかこやつ、ヤバい! 今反応がちょっとでも遅れていたら、そのまま一人でステージに出ていたよ! 縮地レベルで加速したし!」
「恭文さん……どうして止めるんですか! 恭文さんだって雨宮さんがいたら、飛び出しますよね!」
「……確かに………………」
「いや、納得しないでください! 恭文さんは出演する側じゃありませんよね!」
「空気、読んでいこう……!」
怜、雫、なぜ僕の肩を掴むの? 僕も飛び出しかねないって空気を出すのはやめて。
「あははははは……でも、気負ってガチガチよりはいいよね!」
「特攻しそうな勢いで、逆に心配だけどねー」
「……蒼凪、どうだろうか。千紗の専属マネージャーは……給料ははずむぞ?」
「三枝さん!?」
え、なに! どういうこと!? 僕にずっとついて制御していろと!? さすがにそれだけが仕事になるのは寂しいんだけど!
とにかく……。
「…………よし、髪型や衣装の崩れは問題なし」
改めて最終チェック。
それで僕も、ショウタロス達も、揃ってサムズアップ。
「出撃準備完了だ!」
「「「完了だー!」」」
「それだとガンプラバトルねー」
「むしろ本家ガンダム作品ですか?」
「あとは私達次第……」
さくらは両手を胸の辺りでぎゅっと握って、唇を震わせながら深呼吸……。
「大丈夫……きっと上手く行く」
そう自分に言い聞かせて……高鳴る鼓動のままに、目を開き。
「いくよ!」
その声に、千紗も、雫も、怜も、遙子さんも頷き……。
『サニー……ピィィィィィィィィス!』
舞台へ飛び出し、届けるのは……まさしく太陽を思わせるような一曲。
≪The song today is “SUNNY PEACE HARMONY”≫。
――この想い、この胸に一緒に――
一気に弾ける歌声。うだるような暑さの中でも、鮮烈に突き刺さるさくら達の歌声とダンス。
聞いているだけで元気が出るような、暖かい歌声とパフォーマンスに、場も盛り上がって……。
「いい感じだな、ヤスフミ」
「うん。でも……牧野さんって、やっぱり凄いのかも」
いや、実はちょっと驚いたんだよ。怜がさくら中心のユニット……サニーピースだけど、そっちに入るって聞いて。
「怜はどっちかっていうと月ストの方だと思っていたんだよ。それで芽衣がこっちでさ」
「ぱっと見の印象ならそうだろうな。
だが、根っこも含めた上であれば今の編制で正解だ」
「……やっぱり、僕はまだまだかぁ」
なんだろう……。
さくら達を見ていると……いや、琴乃達もそうなんだけどさ。もっとこう、うたいたくなってくるというか。
元々好きなことを、好きなように続けるためのVチューバー活動でもあったけど……でも……。
「そう思えるのなら、仕事の合間も精進は怠らないことだ」
すると脇の三枝さんが、いきなり頭を……ふにゃああ……このなで方は駄目−。
「蒼凪ももう、“うたうたい“の端くれだからな」
「言いたいことは分かりますけど、なぜ頭を撫でるのか……」
「猫耳が出ていたからな」
「にゃあ!?」
「気づいてなかったのかよ、お前……」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
声を合わせて、リズムを重ねて……今できる全力で、私達の全てをぶつける。
きっと拙くて、危なっかしくて、見ていてハラハラさせてばかりで。でも、それでいい。
今あげる声が……こうして届けている全部が……私達の!
『――』
そうして最後まで踊って、歌いきり……停止した瞬間襲う熱と汗、噴き出す汗にびっくりする。
みんな同じ。これすら気づかないくらい、走りきったのかと……最後のポーズを揺らがせずに、その衝撃に震えていると。
『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
会場の人達みんなが、拍手をくれる。たくさんの拍手を……それで、感じる。
私達が上げた声は、伝わった。私達が踏み出した一歩は……そのための努力は、無駄じゃなかったって!
「…………ありがとうございました!」
『サニーピースでした!』
鼓動が高鳴る。胸を叩いているみたいに、すっごく……どきどきして……間違いじゃなかったよ。
この胸のサインは、やっぱり正解だった。私……アイドルになって、よかった!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――サニーピースのステージが終わってから、日は沈み……代わりに月が現れる。
そうして蒼を基調とした衣装に身を包んだ五人が、舞台袖に控えて……。
「……ところで、どうして恭文さんは猫ちゃんモードなのですか?」
「いや、なんかしまえなくなっちゃって……」
「はぁ!?」
「ちょ、それ大丈夫なの!?」
「気にするな。蒼凪もステージの出来に興奮しているだけだ。……な?」
「……どうでしょう」
いろいろ見抜かれているのが辛くて、つい三枝さんからはそっぽを向く。
「ん……だったら次は芽衣達の番だね! 恭文ちゃん、ちゃんと見ていてね!」
「えぇ。それで気持ちよく恭文さんのお誕生会と送迎会も開きましょう」
いや、あの……芽衣!? 沙季!? そう言いながら頭を撫でないで! 猫耳をくしゃくしゃしないで! それだめー!
「……そうね」
そうして琴乃も笑って僕を見て……あれ、なんだろう。いつもとはまた違って、奇麗に見えるような……いつもが奇麗じゃないってわけじゃないけど、今日は特に。
「走り抜けましょう」
そして……今度は月が昇る。
『月のテンペスト!』
≪The song today is “月下儚美”≫
月のテンペスト……琴乃達は夜闇の中、柔らかくも鋭く、そして強い輝きを放つ。
――夜に咲く花一輪――
「………………!」
なんだろう。MV作成もあって、何度も聞いている曲なのに。
琴乃達が月明かりを浴びて、うたって……声を上げて。走っていく姿を見ていると……!
「……三枝さん……次の曲……MV作るなら、また僕にやらせてください」
「蒼凪?」
「さくら達もだけど……このイメージを盛り込んだものじゃないと……!」
「あぁ、そうだな」
「……こうしちゃいられない!」
スケッチブックを取り出し、筆を走らせる。というか……ああもう、印したいことがたくさんだ!
琴乃の、渚の、千紗の、すずの、芽衣の表情、歌声、動き……全部詰め込まないと!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
暗闇の中でも輝く気持ち。照らされて、照らして……揺れても駆け抜ける。そんな気持ちのこもった曲。
これは、今うたえている今は、私だけの力でたどり着いたものじゃない。一人だけじゃ絶対に無理だった。
社長や牧野さん達がいて、拙い私達に道を示してくれるトレーナーさん達がいて……それで、好き勝手ばかりする馬鹿な奴がいて。
……ありがとう。
こんな私の手を引いてくれて、ありがとう。
私、本当はね……坪井さんのことがあったとき、アイドル……やめようかって、考えちゃったの。一瞬だけ。
お姉ちゃんのときと変わらない。私は私の身勝手で、子どもっぽいわがままで、周囲の誰かを傷つけて、苦しめて。
それでもお姉ちゃんの代わりにって踏み出したけど、なにも変わらないって……心が折れかけたんだ。
だけどあなたは……そんな私の色も、救える未来があるかもしれないって示してくれて。一緒にいてくれて。
だから私、うたえるよ。月の満ち欠けみたいに不安定で、揺れまくっている心だけど……でも、変わらないものもあるって思い出せたから。
また遠くに行っちゃうけど、でも……絶対に迷子にならないように、暗闇でも照らすからって……そう言えるくらい……私は――!
『――!』
――いろんな迷いを払いながらうたって、踊って……走り抜けた私達を迎えてくれたのは、変わらずに見守ってくれていた人達の歓声。
それに感謝し、汗を払いながら……みんなでしっかりとお辞儀。
「ありがとうございます!」
『月のテンペストでした1』
やりきった……走りきった。その感動で胸が震える中、一度はけていったサニピのみんなも再登場。改めて挨拶をさせてもらう。
「――みなさん、改めまして!
サニーピースです!」
「月のテンペストです」
そうして自然と……隣のさくらとアイサイン。そのとき笑顔なのは、なんでだろうね。
「私達は今日……二組同時にデビューしました!」
「まだまだ未熟ですが、私達はともに切磋琢磨し、刺激し合いながら成長していきたいと思っています」
「そしてNEXT VENUSグランプリ……いえ! 更にその先の、アイドルの頂点を目指して頑張ります!」
ううん、きっと……その理由はとっても簡単だ。
「……私達にとっては、今日が誕生日です」
「今みなさんに聴いてもらった歌が……産声です」
私達は今日、ここに……生まれたことが嬉しいんだ。
「この世界に生まれた瞬間の声です!」
この世界に……一人のアイドルとして、そして一つのユニットとして飛び込めたことが、嬉しくてしかたないんだ――!
「よ、よろしくお願いします! ……ドキがむねむねして」
「千紗、ステイ!」
「縄文土器になっちゃいますー!」
「ステイって言ったのにぃ!」
そう、ドキがむねむねして…………ん……!?
「ふ……月のテンペストと成宮すずを! 星見市が誇るこの成宮すずを、どうかよろしくですわ!」
「すずちゃん、選挙運動じゃないんだから……」
「よし、だったら……私もやるしかないわね!」
「遙子さん、絶対やめてください……!」
「えっと……佐伯遙子、十七歳です♪ きゃはー!」
「だからやめてって言ったのにぃ!」
いや、あの……ちょっと!? あなた達、なに自由に喋っているのよ! そういうコーナーじゃないんだけど!
「サニピと月スト、どっちもよろしくー!」
「ちょ、芽衣!」
『怜ちゃーん!』
あれ、怜が芽衣の手を握って振り上げたら……なにあれ! 怜ちゃん頑張れって横断幕が! 出しているのは……四十代くらいのおばさま方!?
「……怜……あれは、怜の先輩……?」
「バイト先のね……! というか、来てくれたの!?」
「だったらほら、怜ちゃんも手を振らないとですよ?」
「うぅ……ありがとう、ございますー!」
あはははは……まぁ、これはいいかな。うん……千紗とすずについては、あとで説教だけど。というか、ドキがむねむねして縄文土器は……もしかしたらまた恭文が教えたのかもしれないし、ちょっとツツこう。
でもひとまずは、この熱い中来てくれたみなさんへ…………そこで、ある人影二つを見つける。
「…………ぁ……」
そこにいたのは……渚も気づいて、そちらに……それとなく手を振ると、二人とも笑顔を浮かべてくれた。
あのときは見られなかった、笑顔……それだけでも今日、ここまで走り抜けた意味があったと、強く噛みしめる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
なんとか無事に終わってよかったぁ。結局舞台袖は任せっきりになってしまったから、三枝さん達にはちゃんと謝らないとだね。
「……あなた……私、まだ里子のお迎えは……断らなきゃいけないかも……」
すると、一緒に見ていた坪井さん……奥さんの幸子さんが、ぽつりと呟いて。
「幸子……」
「その前にね、琴乃ちゃんと渚ちゃん……みんなの歌、いっぱい聞きたくなっちゃったの。……駄目……かしら」
「……そんなことない……ないさ……!」
……琴乃達のパフォーマンスは、なにか通じるものがあった。それだけで十分な褒め言葉だった。
だから、二人の涙も、なにも見えないように……私と牧野くんは、輝くステージの上を……歩き出した彼女達を見続ける。
「…………」
……琴乃達は歩き出した。今はまだ小さな輝きだけど、確かな産声を上げて、この広くて、残酷で、陰惨で……でも輝ける世界に一歩踏み出した。
その陰惨さにいつ踏みつぶされてもおかしくないような、本当に小さな輝き達。あの笑顔が、夢が叶うかどうかはこれからにかかっている。
『――ありがとうございました!』
だけど、確信しているよ。きっとあの子達なら――!
魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix
とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s
西暦2019年7月・星見市その12 『産声とさよならはS/かけがえのないステージへ』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ステージは見事に大成功……とは恭文の談。
配信のコメントも、ツイートも伸びたし……星見まつりがそれでトレンド入りしたらしくて!
お客さんの反応も上々だし、足がかりとしては十分過ぎる成果だった。
ただ……千紗にとっては、ここからが本番で。
「――みんな、よく頑張ったな! いいライブだったぞ!」
『牧野さん!』
「うんうん……みんな最高だよ! デビューおめでとう!」
『麻奈ちゃん(様)!』
まずは牧野さんとお姉ちゃんが客席からこちらに戻ってきて、笑顔を向けてきて……。
「…………」
それで自然と、やっぱり耳と尻尾がしまえないと、ぱたぱたしている恭文を見て。私も櫛で撫でてあげるんだけど、全く駄目で……ただ……。
「……恭文……ありがと」
「ん……え、どうしたの?」
「いいから、受け取っておいて」
……考えてみれば、恭文がいるおかげなんだよね。
お姉ちゃんにステージを見てもらって、そういう言葉をかけてもらって……私、霊感はないから。
お姉ちゃんが普通の幽霊状態だと全く見えないし。しゅごキャラだって事務所に入って初めて知ったくらいだし。
戻ってきたら、またお礼、しないとなぁ。お料理……練習したら、喜んでくれるかなとか、考えて……恭文の頭をまた櫛でといてあげる。
「で、坪井さん達は体調もあるのでもうお帰りになられたんだが……琴乃、渚、二人とみんなにもしよければと差し入れも預かってある。あとで渡すよ」
「ありがとうございます! ……でも、よかったんですか? 事務所としては厳しく対応したんじゃ」
渚の言う通りだった。私も……はしごを外したし。
ただ、牧野さんと……ついていてくれた三枝さんは、問題なしと笑って。
「事務所の外で、事件のことも関係なくただステージを見る……その程度のことではうるさく言わないさ」
「そういうことだ。お前達に顔を見せなかったのも、二人なりのケジメなんだろう」
「「…………」」
……だったら、私達はステージからお返ししていくしか……ないよね。きっともっと大きなステージに立つこともあるだろうけど、それでも……全力で。
渚と顔を見合わせ、自然と気持ちを入れ直していると。
「それでだ、他にももう三人来ていて……こちらは直接と言っていてな」
「直接……三人?」
「あれ、恭文くんのメッセを見る限りだと……」
「いちごさんと、先輩だけ……ですよね……」
「……そのはずだったんだがなぁ」
「「「お邪魔しますー」」」
そこで入ってきたのは、いちごさんと田所さん……それに、黒髪ロングでスレンダーな……ってぇ!
「舞宙さん!? え、でも、あの」
「ちょっとしたトリックさー」
「……あれフカシかぁ!」
「……私達も現地でばったり鉢合わせて、びっくりしたよ」
「うんうん……イカ焼きかじりながら、ビールあおっていたしさぁ」
「だって美味しいんだもんー!」
そう……恭文とは婚約していて、以前ジンウェンの動画にも出ていた天原舞宙さんだった。
黒のノースリーブシャツに、スラックス、長い髪を涼しげにポニテ……あ、左薬指に指輪……指輪……!
「あ、遙子ちゃん以外のみんなは初めまして−。声優をやっていて……恭文君の奥さんな、天原舞宙です」
『は、初めまして!』
「舞宙さん、籍を入れられるのは来年なのですが……!」
「いいの! 気持ちは奥さんだし! ……あ、長瀬琴乃ちゃんだよね。ステージよかったよー!」
「うんうん……見ていて身が引き締まったしね。最初の一歩は忘れちゃいけないってさぁ」
「刺激受けるよね!」
「え、あ……はい! あの、ありがとうございます!」
あのクリステラ・ソング・スクールにも最近まで留学していた、声優アーティスト……というか声優としては前代未聞の経歴。
私、そっちの業界はさほど詳しくないけど、アーティストしては元々好きで……というか、うたうたいとしてはやっぱり目標でもあって!
いや、それはいちごさんや田所さん達もなんだけど! どうしよう、今更だけど……そんな人達の前でパフォーマンスとか! 凄いことしちゃっている!
「恭文君がまた意地悪して気を引いているーとかいちさんが言っていたんだけど……」
「いちごさん!?」
「でも仲良しになっているようで安心安心。……恭文君、信頼している子にしか猫耳や尻尾を触らせないから」
「え……」
「ま、舞宙さん!」
「ん……芽衣もそこは間に入るの、躊躇っちゃうんだよねー」
「芽衣!」
え、そうなの? 私、割と気安く触っていたけど……いや、でもそっか。
これは恭文の一部分で、恭文の……普通とはちょっと違うところでもあって。だから、繊細なところもあって。
……だったら胸を張って、大丈夫だと笑っちゃう。
「えぇ、仲良し……かどうかはともかく、それなりには信頼し合っています。……私、恭文の相棒ですし」
「琴乃ぉ!?」
「そっかそっかー。でも、奥さんとしては負けていられないなー」
「受けて立ちます」
「おのれはどこの立場で口を出しているの!?」
「いやいや、私は安心だよ。……これで君もさ、私を先輩だなんだと弄って、意地悪する悪癖が直るだろうし」
「先輩、僕は先輩に対しては従順だと」
「それは従順じゃないと言ったよね! もうね、こういう子だから……そうだ、千紗ちゃん!
改めて千紗ちゃんにもお話しておきたかったの! 変な影響を受けちゃ駄目だって」
「せ、先輩……先輩……ああぁああぁあああぁあ!」
あ、まずい……千紗が……千紗がまた限界突破して! 顔からスチーム出ているんだけど!
「……手遅れだったかぁ……!」
「先輩、これについては僕……一切関与していないんですよ」
「大嘘だよね! 君以外に私を先輩と呼ぶ子がいるんだよ!? 間違いなく君の影響だよね!」
「本当に違うんですよ! 気づいたら先輩のYouTubeチャンネルも、ビリオンや個人の楽曲も……もちろんブレイクし始めているウマで娘なアレとかも! 全部チェックした結果がコレなんです!」
「恭文さんをかばうわけじゃないんですけど……その暇もなかったんですよね。
途中ひと月近く出張とかもしていましたし」
「嘘でしょ!?」
恭文と、姉の沙季が補足して……あぁああぁ……田所さんが頭を抱えて、絶望して。
可哀想に。恭文に相当いじめられて……うん、となると……。
「田所さん、そこは私も聞き出しておきますから……えっと、連絡は事務所さんにお手紙とか送った方が」
「琴乃!?」
「あ、それならLINEのアドレス交換で……って、いいの?」
「言った通り、私……相棒ですから」
「……蒼凪くん、責任を取ろうか。まずは琴乃ちゃんに……ね?」
「そうだよ! 優ちゃんでも相当なのに、琴乃ちゃんとか……芽衣ちゃんもそうだったっぽいし! 恭文くん、それは彼氏彼女な日を過ごす私ともお話だよ!」
「「いちさんは自業自得!」」
「どういうことさー!」
――こうして初めての夜は更けていく。
「あ、でも蒼凪くんもお疲れさまか。
……見たよPV! めっちゃ色使い奇麗だったし!」
「うんうん。ビリオンのLINEグループでも大騒ぎ。美術力天元突破ってさぁ」
「ありがとうございます!」
「色彩検定二級、ほんと取っておいてよかったねー」
「え、恭文くん、そんな資格持っているの!?」
「……俺も聞いたときはびっくりしましたよ。
確か、検定のPR動画に雨宮さんが出演されて、それで興味を持って……だったよな」
「それ普通にカラーコーディネーターとしても仕事できるレベルよ!?」
これから夏……熱くて、燃えるような夏。
「……やっぱり雨宮さんは、恭文にとって希望の女神様なんだね」
「琴乃!?」
「例のお姉さんに似ているとかは関係なく、そうやって挑戦するきっかけをくれるんだよね。……そういうの、素敵だって思う」
「うぅ……!」
「そうだな。だが……これからは琴乃も、他のみんなも……誰かにとって希望を届ける側に回るんだ」
「牧野さん……」
「少しずつ、できることからでいい。でもそんな信頼の上で活動できていることは、忘れちゃいけないな」
「……はい」
私達はその先に、なんの憂いも、不安もなくて。
それより大きい熱にうだされるように走って、走って……そうして気づく。
その熱が薄れたとき……何も変わらないものなんて、どこにもないんだって。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――二〇一九年(西暦七四年)九月五日
星見市 星見プロシェアハウス
……季節は九月。
燃えさかるような暑さも影を潜め、秋の色が見え始めた頃。
月が変わってから始まった、NEXT VENUSグランプリの予選……それを勝ち抜くため、私達はデビュー直後からライブバトルにも精を出す。
一つの勝利を確実に、全力で掴み、また一つ掴み……そんな日々を夏の暑さに任せて走り続けてきた……それで予選期間も半分を過ぎた頃。
「……ただいまー」
ヴェートルという世界で戦い抜き、その後入院までした恭文は、無事に戻ってきた。
それでダイニングキッチンでいても立ってもいられずそわそわしていた私達は、慌てて玄関先へ奪取。そうして……頭や腕に包帯を巻いて、明らかにぼろぼろな恭文を見て。
「恭文!」
「恭文さん!」
「あはははは……みんな、ご無沙汰―」
「ご無沙汰じゃ……ないですよ……! というか、、怪我ぁ!」
「久々にボコボコだったわ。まぁ……最後は勝ったけどね!」
「その終わりよければ全てよし理論、一般人の私達には理解しにくいので……!」
「……恭文ちゃん!」
そこで芽衣が飛び込んで……というところで、首根っこを掴んで止めておく!
「駄目だから! 怪我しているのよ!?」
「ん……あの、突撃はちょっと勘弁してもらえると。折れたあばら、くっついたばかりなのよ」
「あ、うん! 気をつける!」
≪まぁいいじゃないですか。愛されていてなによりですよ≫
「まったく……というかショウタロス達もいながら、なにをどうしたらそうなりますの!」
「それに、メモリ達もいましたよね……」
≪≪――!≫≫
あ、あの恐竜と蛇のメモリは元気そう……じゃないわね! あっちこっちぼろぼろなんだけど!
「あらあら……ファングちゃんとメビウスちゃんも傷だらけ……!」
≪救助や探査でいろいろ頑張ってくれましたから。またオーバーホールしないと……≫
「まぁ、よく戻ってきてくれたよ。話はまたお茶でも飲みながら聞かせてくれ」
「そうですね。渚がヒカリ達もいっぱい食べるだろうからって、唐揚げの準備をしていますし」
「………………」
そうそう、渚の唐揚げでも食べてまた元気を…………そこでようやく気づく。
…………恭文の周囲に……どこにも、ショウタロス達がいないことに。
いつもはすぐ側にいて、かしましい三人の姿が、どこにもなかった。
「……あれ、ショウタロスは……」
「シオンちゃんと、ヒカリちゃんもいませんね……」
「……恭文さん……みんなは……?」
「…………」
「恭文、さん?」
それで恭文は、目を伏せて……伏せたままで……それが、とても嫌な予感を思わせて……。
「……あの子達は帰ったのね。予感通り……あなたの心の中へ」
そこで私達の後ろから現れたのは、黒尽くめにサングラス、マスクを装備した女性。
「しゅごキャラは大人になると消える……でも、実際は違っていた。
あなたは六歳当時……ミュージアムとの戦いを通して描いた“なりたい自分”になれた。
だから、しゅごキャラはその役目を終え、あなたのこころへ帰っていった……」
「え……!」
「ちゃんと答えてあげなさい? この子達に」
「……そう、です。みんな……あらかたのことが終わってから、僕の中に……だから、もう……ごめん、渚」
「恭文君……」
「もう、ヒカリの分まで余計に……ご飯を用意してもらう必要は、なくなったんだ」
「そんな言い方、しないで! だって、あの……それじゃあ……!」
「………………」
もう会えない。たまごが壊れたわけじゃないけど、私達は……もうあの子達とは…………ううん、私達より恭文だ。
今の様子を見れば分かる。恭文はずっと、あの子達と一緒にいたんだ。それがいきなりいなくなったら……そんな……!
「……って……それでどうしてシュラウドさんが……!?」
恭文、まずそこ……よね! 知り合いが急にいるんだから、びっくりするわよね!
「三人から頼まれていたものよ」
そうしてあの人は……恭文が来る少し前に突然訪ねてきた女性は……右手に持ったアタッシュケースをそのまま、恭文に持たせた。
「あなたに、改めて運命を示してほしいと」
「……ショウタロス達から?」
「それと、落ち着いてからでいいから……うたうたいの彼女達にもちゃんと話しなさい。
……特に来人を麻雀沼に落としてくれたお嬢さんは、いても立ってもいられない様子だから」
「……雨宮さん……」
「あなたが伊佐山奈津子の再就職先まで斡旋したことも、じっくり話したいそうよ?」
「え」
「じゃあ、頑張りなさい」
「いや、待ってください。それはまだ本決まりじゃ……なんでそこまでバレているんですか! 誰がバラしたんですかぁ!」
そうしてあの人は、そのまま振り返らずに去って行った。
あとはこの箱の中身が示してくれると、そう言わんばかりに……あと、面倒から逃げるように。
……恭文が雨宮さんに説明するときは、私も……暇だったら付き添いたいと思う。さすがに……ちょっと、理不尽だし……!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
シュラウドさんがいてびっくりしたけど、ひとまずダイニングに入らせてもらって……食卓にケースを置いて、それを開く。
「これは……」
≪……あぁ……そういうことですか≫
そこに入っていたのはウィザードメモリとロストドライバー、
そしてロストドライバーの左側に、アクセルドライバー同口径のスロットとアクセルハンドルを装備したアシンメトリーのドライバー。
こっちは僕がある一件を通して開発した、≪キメレクスドライバー≫。ウィザード専用ドライバーでもあるんだ。
それにフレイム、ウォーター、ハリケーン、ランド、ドラゴン……ウィザード用次世代型メモリへと改造された、五本のエレメンタルメモリ。
あとは照井さんも使う、ガイアメモリの能力を跳ね上げるブースター。
それに、白い背表紙の……一冊の本だった。
「そっか、これが……恭文の“運命”なんだね」
「ん……でも、六歳の僕じゃ使うだけでも大問題だからって、シュラウドさんに預けていて、変身も原則禁止で……」
いつか……そんな運命を背負える日が来るまでって。東京の一件からは、メモリだけ預けられるようになったけど……でも……。
「……三人が、これを準備してくれていたってこと?」
≪私にも内緒だったから、相当綿密にサプライズ計画……していたんでしょうね≫
……それで次に手を伸ばしたのは、そんなメモリ達と一緒に入っていた本。
それを開くと……絵日記みたいに、今までの……いろんな冒険が描かれていて。
初めてキャラなりしたときのこと。一緒に行った楽しい場所、奇麗な場所……喧嘩したこととか、それでもって一緒に戦ったこと。
もちろんTOKYO WARのことや、舞宙さん、リイン、鷹山さんと大下さん……みんなとの出会いも、こんなことがあったって、それぞれの文字で、絵で描かれていた。
最後の方は、『東京』との戦いだった。それで圭一達と暴れた日のこと、綿流しのお祭りが楽しかったこと……それで……最後の、ページには……。
「…………」
笑顔で手を振る、みんなの……自画像。
クレヨンで、色とりどりに……描かれたそこには、暗いものなんてあるはずもなくて。
――オレ(私)達が大好きなこの街と、たくさんの可能性、そしてまだ知らない誰かの笑顔を頼む。
仮面ライダーウィザード:蒼凪恭文&アルトアイゼン&魔導師の記憶:蒼姫へ。
ショウタロウ シオン ヒカリより――
それで……それでようやく、本当の意味で全部を悟る。
「……みんな」
先を考えていたんだ。
当たり前が当たり前じゃなくなるそんな日を……どこかで見いだしてから、準備してくれていた。
もうこれからは僕だけでも、ガイアメモリの事件に対応できるようにって……ちゃんと解決できるからって、信じてくれて。
ガイアメモリの新規製造もかなり厳しい条件があって、それをこっそりでもやるのは大変だったのに。
もちろんシュラウドさんの力があって初めてできたことで……信じてくれるように、きっとお話もしてくれていて。
僕がずっと一緒で……またねって……そんな希望を信じなきゃ崩れそうだったのに、みんなは踏ん張って……頑張って……!
「……」
この日……僕は当たり前に会えなくなったみんなに、大切なものを託された。
「――――――――!」
それで……何度も何度も……止まらない雫をこぼし、声を上げて……生まれて初めてかってくらいに、泣きじゃくって。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……恭文が泣き続ける。
本に……みんなの想いにその雫がこぼれて、汚れないように……閉じたそれを抱きしめ、泣き続ける。
私達がいることなんて構わず……構えずに、声にならない声で……悲しさや寂しさ、それだけじゃないなにかを入り混ぜて……。
「……恭文さん……」
「……あの、馬鹿ども……!」
それで、さくらも、芽衣も涙ぐみ……誰も何も言えなくなって……。
恭文が……ふだん冷静な恭文が、ここまで感情を荒げるだけでも、相当な衝撃で。
…………だから……私は……。
「大丈夫だか」
「…………これくらいするなら! みんなには自分で直接謝らんかいぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「らぁ!?」
そんな恭文へ踏み込み……というところで、涙が止まったんだけど! 碇が吐き出されたんだけど!
「ねぇ、待って待って……これから僕、全員に謝るの!?
舞宙さん達にも!
翔太郎達にも!
鷹山さん達にも!
雛見沢のみんなにも!
トリエル……というか優とすみれにも!
というかもうすぐビリオン五周年危険のライブだよ!? おのれらそれも楽しみーって言っていたよね! ということは雨宮さん達にも謝らなきゃいけないよね!
雨宮さんについては、伊佐山さんの絡みを誰がバラしたかって話もあるし!」
「あ、あの……恭文……!?」
「一体どんな顔して説明すりゃあいいのよ!」
≪……もう笑ってそのまま説明するしかないじゃないですか≫
「笑えるかぁ! さっきだって相当気が重たかったんだけど!?
……おい、おのれら……でてこい! やっぱりあのとき言ったのはなしだ!
心の中に戻るのはいいけど、せめて関係者のお礼参りをしてからにしてよ! 僕に全部押しつけるな!」
「恭文、落ち着いて!」
とりあえず後ろからぎゅっとして、止めておく……止めるしかないのよ! ゴリラが如くドラミングし始めたんだから!
「話せ琴乃! 僕は奴らを引きずり出さなきゃいけないのよ!」
「さすがに台なしだから!」
「大丈夫だ! この手間暇をかけた十分の一くらいだから! その程度の労力だから!」
「それどこで出した数値よ!」
「そ、そうだよ恭文ちゃん! もうちょっとこう……芽衣達もお礼参りは手伝うからぁ!」
「それも大混乱だと思うんだよね……って、その前に恭文君だ!」
「恭文くん、一旦止まろう! お茶だよ……唐揚げもあるよ!?
あの、私……というか牧野くんがお詫びで買ってきたプリンもあるからぁ!」
こうして私達は、大切なものを一つ失った。
もう会えない友達を思って。
いつか過去になっていくみんなを思って。
それでも……ううん、だから大丈夫だって、強がっていたこの子を思って。
抱きしめて、泣いて……一緒に声を上げて……それが未来に影を落とさないように、その全て吐き出されるまで……私達は、泣き続ける。
……そういうことにしておいて! あまりにこれは台なしすぎるから!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――――なんとか状況は落ち着いた。とりあえずLINEで帰郷報告と一緒に、さらっとみんなの状況は伝えて……ということにした。
その辺りはいちごさん達もいるし、協力してもらうことにして……四月のとき、LINEアドレス交換しておいてよかった……!
「……琴乃ちゃん」
「大丈夫」
――……そっちは風花ちゃんからも聞いているから、もう対処を始めているよ。
私達も改めてお話するけど……しばらく恭文くんのこと、お願いできるかな――
「……やっぱり恭文、まだ冷静じゃないみたいだし」
――多分これから、じわじわと……今までと違うこと、たくさん突きつけられるだろうから――
「……そうだね」
今は怒り混じりで唐揚げ食べまくっているもの。半分やけ食いだけどね。
「んぐ…………渚、この唐揚げ……ほんと美味しい」
「ありがと。でも……事件の最中、みんな怪我をしてどうこうじゃないんだよね」
「……事件自体も、収まるところに収まったしね」
「じゃあ例の……アイアンサイズっていうのは」
「やっぱりカラバのクーデター派でした。それも過去に埋もれた生体技術で改造されたサイボーグ」
≪魔法が通用しにくいのも、周囲の物質を取り込み変化するのも、その改造により得られた能力でした≫
……本来ならこんな話、私達が聞いちゃいけないんだと思う。
でも……今は恭文が落ち着くように、歩調を合わせて……そうして少しずつ、自分がどう変わったのか、振り返ってもいるようだったから。
「その辺りの証拠もなんとか掴んで、奴らと……クーデター派筆頭のマクシミリアン・クロエも打破。
カラバの方は王政を解除して、通常の管理世界として……これからは管理局の管轄で運営されることになりました」
「……まぁ、乗っ取ったクーデター派閥がそこまでやらかせば……って、例の公女達が戻らないのか」
「そうですわよ! 悪逆が駆逐されたのなら、堂々と帰還し国を復興……それでこそハッピーエンドというものですわ!」
「……実はその辺り、王族由来の秘密みたいなのがあってさ」
「秘密?」
「詳細は話せないんだけど、それが管理世界でも異例とされる王政が継続していた理由で、クーデターの発端。
……マクシミリアン達はそれに支配されていたのだと憤り、根絶を狙っていたんだよ」
「彼らからすると、その秘密で支配されていた……王党派はそれを当然とした悪魔ですか。だから一族徒党皆殺しの構えで事件を起こしていたと」
沙季に恭文は首肯……って、ちょっと待って! それじゃあ事件の図式が丸々変わるじゃない!
その詳細次第によっては……それが支配だとして、そこまでの“報復”を企むレベルだということは……!
「……その公女達も、なにか怪しい企みがあったってこと……!?」
「その辺りのペナルティーも兼ねて、カラバは管理局預かり。王族も保護プログラムで『ただの一般人』となって、どこかで暮らしていくことになった」
「……では、悲劇の王族などはいなかったと!?」
「クーデター派はそのために、狂気のテロに走った……。
王党派はその秘密を守り、無関係だったはずの別世界を盾にした……。
しかも管理局という組織は、その辺りに政治的制裁を持ち出し、見過ごしてもいた……。
悲劇の王族どころか、正義と悪の定義すら曖昧な事件だったんですね」
「そういうものだよ。分かりやすい正義の味方と悪役が戦うーなんて、現実じゃあまれだ」
≪あとはヴェートルの方ですねぇ。
今回の一件で管理局とGPOはヴェートルから撤退。治安維持やその統括を現地政府に預けることが決定しましたし≫
あ、その辺りの問題もあったんだ。それも上手く解決。
「……って、そのGPOも!?」
「それだけじゃなくて……最初はこの件、管理局の……著名なエースが解決したって話にするつもりだったのよ」
「そんな! では手柄を奪われたのですか!?」
「そっちは全部バラしたから、向こうは大混乱だ」
「バラしたのですか!」
「……そう言ってきたの、誰だと思う?
リンディ・ハラオウンっていう本局の提督なんだけど……アイアンサイズ達の身体には猛毒な特攻薬製造を止めた上、GPOのEMP分署に娘を攻撃させた悪党だよ」
『はぁ!?』
え、なにそれ! 滅茶苦茶……恭文もその辺りは同感らしく、困った様子で頷きが返ってくる。
「実はリンディ提督やその娘、敵方による洗脳が施されていたって判明してね?」
「え」
「それらの行動もそのせいってことで、特別な処罰はなかったんだ。
……そうしたらそんな話を出してきた上、僕やシルビィ達を局入りさせて、詫びとしたいとか言い出してさぁ」
「はぁ!?」
「あきれ果てたよ……。僕達の資質は局で生かされるべきだとか、GPOは不要だからとか、平然と抜かすんだから……水橋達だってもうちょい慎ましかったっつーの」
「それで、全部バラして……大丈夫なの?」
「だったら事実証明を出せばいいんだよ。どうやってアイアンサイズを倒したのかーってところをさぁ」
それはそうか。映像を出すだけでも違うし……もちろん恭文達はその辺りをしっかりしている。
……つまり、そんな話になってしまった時点で、管理局はもう勝てないと。
≪しかも更に呆れたのが、そのアイアンサイズを倒したのが自分の娘やその仲間達……派閥の若手エース達に仕立てているところですからねぇ≫
「……それを寄りにも寄って、恭文くんに仕掛けちゃったの?
TOKYO WARや核爆破未遂事件とかで、そういう政治的な立ち回りもできちゃう恭文くんに……」
≪今そのせいで笑える大嘘がバレて、局は大荒れですよ。
とどめの赤っ恥だけじゃなくて、若手エース達も共犯者になりましたし≫
「多分娘の……ハラオウン執務官っていう奴ですけどさ。そいつの名誉回復も兼ねていたんでしょ。
自分が洗脳された巻き添えを受けたし、せめてこれだけはってさぁ」
「いや、だとしても……そんなの意味がないよ」
「琴乃ちゃんの言う通りだよ。それ、嘘吐いているって分かる人は分かっちゃうだろうし……」
「だから黙ってほしいなら『娘ともども僕の雌奴隷になれ』って言った」
「「ちょっと!?」」
なにとんでもないワードを……って、それは当然かと、一瞬で頭が冷える。
「……そう言われる程度は笑って飲み込めってこと?」
「僕ならそれで一生タカるよ」
「言葉は相当にヒドいが、それだけの秘密を握られる……そのリスクを背負うとなればって話だからな。
……俺にも耳が痛いよ」
牧野さんが……って、ここは納得しなきゃいけないか。なにせ人気商売だもの、アイドルって。
それが何か問題を起こして、弱みを握られたら……私達を守ってくれる人でもあるから、いろいろ思うところがあると思う。
「だが、それならどうしてGPOは撤退なんて……圧力とかか?」
「実は元々予定されていたことなんです。……数年前のヴェートルみたいに、管理世界入りで混乱が見られる世界は他にもあります。
今後はそういう世界を中心に回って、そこの人達を守り、広がった世界との付き合い方を一緒に考えて……そんな組織にしていきたいらしくて」
「そうしてその付き合い方を定めるときまで、旅をするように寄り添って……か。素晴らしい仕事じゃないか」
「EMP、面白い街だから……走り回るの、楽しかったんだけどなぁ」
「ずっとそこで働きたかった?」
「……鷹山さん達やおのれらの気持ちも、ちょっと分かった」
「そっか」
……思えば恭文も、同じような生き方をしていた。
旅をするみたいに、いろんな場所に行って、戦って……だから繋がりようがなかった誰かと繋がっていって。私達もそんな一人で。
だから、恭文は一つの場所で、何かを追い求めて……ということが、あまりないのかもしれない。それでもEMPのような場所ならって、ちょっと思ったんだと思う。
「でも、きっとこれでいいんだ」
だけど……恭文は、そこで一歩踏み出して、笑う。
「もっともっと、いろんな空を見に行きたいしね」
「ん……きっと見られるよ」
私も笑う……笑っていける。
今みたいに、恭文とずっと一緒ってわけにはいかない。いつかは送り出して、それでまたなにかあるようなら、手を繋いで……でもそれでいい。
それでも私のやりたいことは変わらないし、私が見せたいもの、伝えたいものも……。
≪そうですねぇ。それでシルビィさんとのアバンチュールも継続ですし≫
変わらないはずなのに、アバンチュールというワードが出てきて、頬を引きつらせてしまう。
「…………恭文……?」
「待って、琴乃。それについては、あの、ふーちゃんと舞宙さん達にも話したので」
「誰……?」
「……GPOのチームリーダー……でいいのかなぁ。
元管理局員で、射撃の腕前なら魔法能力者だろうと相手にならないトップガンナー」
「写真、あるわよね。見せて」
「あ、はい」
恭文がスマホを出してくるので、画面を見ると……あぁ、風花さんも一緒に撮っているね。
でも……長身で、金髪で、スタイルよくて……美人さんなんだけど……!
≪実はGPO移転絡みで一番ショックを受けたの、そのシルビィさんなんですよ。
……これまた管理局員だったお母さんが、ヴェートルの現地住民だったお父さんと大恋愛の末に結婚したそうで≫
「じゃあ、彼女はご両親が出会った思い出の地で、そういう場所を守る仕事に……あらあら、素敵じゃないー」
≪それでぼろぼろ泣いていたのを受け止めていたら、まぁまぁ激しく大恋愛をですよ≫
「その怪我で、随分楽しそうなことをしていたのね……!」
「大人にはいろいろあるんだよ……」
「同い年でしょ!」
なに、そういう経験が大人の差ってこと!? でもそんなの認めたくないんだけど! そんなの陽キャのマウントじゃない! あとあらぬ方向を見るな! 私をちゃんと見なさい!
「ま、まぁそこはきちんとしていただくとして……まず無事に戻ってきたのが一番ですわよ」
「……投影魔術であのアホども、引きずり出せないかな」
「台なし過ぎますわよ!」
「そうですよ。そこは成長を喜んで……って、恭文さん、一つ確認が」
「沙季?」
「夏休みの宿題……というか、進学に備えた問題集は」
「出立前に沙季と勉強会したおかげで、ほとんど終わっていたからね。もう片付いているよ」
「さすがです」
へぇ、沙季と勉強会なんてしていたんだ。それも私は知らなかった……って、そうじゃない!
「恭文と沙季、宿題なんて出ていたの!?」
「自主的なものよ。……私達の勉強問題にも対処するならって、率先……私も軽くお手伝いしていたの」
「あ、そういう……」
「だが夏休みと言えば……やっぱり宿題だよなぁ」
牧野さんも学生時代を思い出してか、何度か頷いて……私達みんなを見やる。
「みんなもその辺りは大丈夫……だったよな」
「もう九月ですわよ? わたくしも……やらないと千紗や牧野が怖いですし、ちゃんと提出しました」
「すずちゃん?」
「そういうところですわ!」
「とはいえ、本当に宿題って言えるのはすずくらいなんだよな。
他のみんなもやっぱり受験に備えた問題集という感じだったし」
確かに、私達はその辺りで困るメンバーではないし……とても恵まれているって思う。
「…………」
……ここ最近感じている不思議な想いに駆られかけていると、怜が私をじっと見てきて。
「そういえば琴乃、現国の問題でちょっと引っかかっているって」
「そっちも復讐がてら見直して、なんとか満点」
「あ、やるわね」
「見直し……」
あれ、さくらが不思議そうに……さくらが通っている学校も、宿題はないはずだったけど。
「まぁあと宿題と言えるのは、ガンプラくらいかな」
「……だったわね。恭文さんが戻ってくるまでに完成させたいって、根を詰めて……」
「え、あれできたの!」
「ん……後で、見せるね」
「うん! 見たい見たい!」
恭文と違って初めてだし、荒い出来とは思うけど……ううん、そういうことは関係ない。
恭文はそれで人を馬鹿にするような子じゃないし、眼を輝かせて楽しみにしてくれている。それだけで……私は十分だから、なんとか笑えて。
それに……ん、大丈夫だよ。ショウタロス、シオン、ヒカリ……私もいるから。
(だから、ちょっと心配だろうけど、恭文の中から見ていてね)
……そう一人胸の中で言葉を贈ってから、改めて恭文に笑う。
「でも……ガンプラもそうだけど、恭文にはいろいろ感謝しているんだよ?」
「なによ、藪から棒に」
「恭文にとっての女神様じゃないけど……いろいろ刺激を受けたってこと。
特に私はほら、大学に行くとかは考えていなかったから」
「あ、それ私も。恭文さんもそうだし、沙季も進学を視野にいれて活動しているのを見ると……」
「特に恭文は、エネルギー関係の研究過程も取るっていうし……そういうのを考えると、やっぱりね」
怜もダンスに全力でってタイプだったから……というか、その辺りがお父さん達との軋轢を深めていた理由だっけ?
だけど進学の必要性とかも改めてお話されて、いろいろ省みるようになったのが今で。
それは、私達全員がそれぞれに受けたものと同じだった。牧野さんや三枝さんも、そういう話に真剣だから余計に。
「琴乃ちゃんのお父さん達も、そういう意識の変化は喜んでいたよー。恭文君なら婿殿として大歓迎って感じだし」
「そう……って、渚はいつそんな話をお父さん達としているのよ!」
「渚……おのれ、せめてそういうのは、琴乃の意志をさぁ。
琴乃が誰かに夢中だったらどうするのよ」
「………………」
…………そこで胸がチクっと痛む。さっきの楽しさが吹き飛ぶレベルで、チクっと……あ、これはチクっとじゃないかも。
いや、分かっているよ。恭文は私の家族も絡んでいるし、それでこじれてもって気遣ってくれている。順序があるって言ってくれているだけ。
でも……でもさぁ……!
「大丈夫だよ! 琴乃ちゃんは恭文君だけだから! 私が保障する!」
「「渚ぁ!」」
「渚、ストップだ! 煽ると逆に壊れるだろ!」
「……それだと一生お友達になりそうなんですけど。
琴乃ちゃんもそういうアプローチができるタイプじゃないし、恭文君は今みたいに気遣っちゃうし」
「待って……僕、彼女持ちなんだよ!? 自分で言うのも本当にアレだけどハーレム状態なんだよ!? 対応として今のは正しいと思うんだけど!」
「……………………ぁ………………」
「琴乃は今なんではっとしたの!?」
あ、そっか。恭文はもう、お付き合いしている人達が……人達って時点でいろいろびっくりなんだけど、それで女の子を取っかえ引っかえするタイプでもないから。
そっか……気遣って、くれたんだ。そんな自分が、私の恋愛を邪魔するのは駄目だって……それは、嬉しい。
うん、嬉しいんだ。だとすると…………やっぱり渚が問題だ! それすら台なしにしているんだから!
「でもこの二人なら、多少爆弾を投げた方が効果的ですわよ」
「芽衣もー。こう、なんかむずむずして焦れったいもん!」
「責任が取りきれないだろ! あと俺は恭文君の言葉と対応に安心しているからな!?」
≪私はいっこうに構いませんよ? この人の器は少しずつ大きくなっていきますし≫
「パートナーとして止めてくれ!」
「牧野さん、無駄です。それは僕が十二年言い続けてきました」
「君も諦めないでくれ!」
よかった、牧野さんはまともだった! それが本当に嬉しくて……もう、泣きそう……!
「う、うぅぅぅぅ……!」
……って、マンティコアタロスくん二号なお姉ちゃんが泣いている!? 床に突っ伏して打ち震えているんだけど!
「お、お姉ちゃん……?」
「麻奈さん、もしかして琴乃ちゃんが……恋愛しているのが、羨ましいとか……!」
「千紗!?」
「ち、違うの……私、大学進学すっ飛ばしたから……ちょっと、突き刺さって……!」
「「あぁ……」」
そうだった。お姉ちゃん、アイドル活動に一直線だったから。今さらだけど、いろんな選択肢があったんだって思い知っちゃったんだね。
「この間の、遙子ちゃんのスカウトでも……そうだけどさぁ。
一直線すぎると見えないもの、たくさんあるなぁって……」
「……そうね。周り道こそ最短なんて考えもあるし……そういう寄り道が表現を広げることだってあるもの」
「恭文君だって忍者さんとして考えると、ここにいるのは決して本業じゃないですしね……」
「なら、私達もいろんなこと、アイドル以外のことも……いっぱい、楽しんで……頑張らないとですよね……!」
「千紗ちゃんの、言う通り……。
だから私も無事に、終わらせた……」
「終わらせた……」
あれ、さくらがまた……どうしたんだろう。いつもはこんなに呆けるようなこと、ないのに。
「もちろん、アイラバの……5thライブ……行きたいし……!」
「うん! 先輩に……先輩にペンライトを……!」
「……って、雫と千紗もチケットを取ったのか!」
「「……牧野さんも……?」」
「伊佐山さんのこともあるし、絹盾さん達の仕事についてももっと理解を深めたいと思ってさ」
「なら当日は一緒……席はさすがにバラバラだろうけど……あれ、それなら恭文さんも」
「僕は舞宙さん達のガードって名目なので、裏か袖だね」
「それも大変だけど、大事な仕事……って」
そうだ、つい感心しかけたけど……恭文は今!
「その怪我で!?」
「だから沙羅さん達に連絡して、他の人員も回してもらう。
当日はよっぽどのことがない限りは現場指揮中心だよ」
「それならまだ……うん、納得できるけど」
「……だがそれも、恭文君に指揮官適性とかがあって、勉強したゆえ……なんだよな」
「牧野さん?」
「さっきのみんなじゃないが……春先から今まで関わりようがなかった人達と話すようになって、刺激は受けまくっているんだよ」
あぁ、そっか。牧野さんはお姉ちゃんのこともあるし……関わりようがって意味では、今は外に出ている那美さんや久遠だってそうなわけで。
もちろんいちごさんや田所さん、舞宙さんだってそう。それだけでも世界が大きく広がっているんだ。
「高卒でそのままこの世界に入ったけど、もっといろんな勉強をしておくべきだったかなって気持ちは……あるんだよ。そうしたら麻奈のことだって、早めに相談していたかもしれないし」
「牧野くん……」
「……そう言う牧野さんだって、これから大学ってコースがあるじゃないですか」
「俺がか!?」
「恭文さんの言う通りですよ。成人で生活が落ち着いてから、勉強したくてという人もいますし……まぁその場合は通常の若者らしいキャンパスライフとは大分違いますけど」
「俺がか……」
「でもそれ、いいわね」
そうだ、牧野さんだって年齢的なことを言えば大学四年生の辺り。マネージャーとして自立しているのなら……そこから大学入学を目指したって、なにもおかしくないわけで。
だから自然と、そんなに自重することはないと、牧野さんに笑っていた。
「それでマネージャーとしての含蓄を高めて、いずれは星見プロから独立―とかもできそうだし」
「え、牧野さん……自分の会社建てちゃうの!?」
「いや、さすがに今すぐは無理だろうが……意識したことは何度かあるんだ」
「あるんですか!」
「三枝さんがそうして麻奈を発掘したし、ぺーぺーだった俺のこともここまで育ててくれたからさ。
……もし俺が三枝さんと同い年くらいで、そういう道を進むとして……社長としてもアイドルを預かる場合、どこまでできるのだろうかって話なんだ」
「挑戦というか、三枝さんへの憧れというか……」
「そんな感じだ」
……私達には未来がある。可能性がある。
「でも……うん、考えてみても……いいかもしれないな」
≪とすると、まずは後輩マネージャーを雇うところからですね。さすがにこの人数の面倒を見ながら、大学に通うの派難しいでしょ≫
「最低でも三〜四人かなぁ。単純計算で言えば仕事が半分近く減る」
「そ、それはそれで恐縮してしまうが……」
「いいじゃないのー。将来を見越した形なら……牧野くんの大学生姿、私も見たいしさー」
「……まさか、一緒に来るつもりか?」
それは無限じゃないから、形にする努力をしなきゃ消えちゃうもの……その程度にはあやふやで曖昧。
(……私も……ちゃんとそういうの、考えて大学選びをしないとなぁ。きっと一年なんてあっという間だ)
だけど、そのためにただ一つのことだけを見て、周りの景色全て無視するのも駄目だって……最近、思えるようになって。
だから、そう思えるようになったきっかけを……それをくれたこの子には、また伝えようと思う。
私はあなたの相棒なんだから、そういう遠慮はいらないって……だけじゃ、足りないよね。
……でもいつかは……この、胸を締め付ける何かを……私の声と、言葉で……きっと。
「………………あぁああぁああぁああぁああぁ!」
『い!?』
……というところで、なぜかさくらが絶叫。
全員がさくらをガン見……って、顔真っ青じゃない! 足までがくがく震えているんだけど!
「さくら!? え、なに……どうしたのよ、いきなり!」
「あ、ごめん! えっと、あの……どうしよう……」
≪どうしよう? なんですか。どこの大学に行くか迷っているとか≫
「そこじゃないの! あの、あの、あの……」
そうしてさくらはまた叫ぶ。
「夏休みの宿題……忘れてたぁ!」
『………………はぁ!?』
私達学生にとって、絶望しかない宣言を――!
(その14へ続く)
あとがき
恭文「……雨宮天さんのライブ配信、楽しかったぁ」(ぱちぽち)
フェイト「ヤスフミがうっとりしている……というか、待って! ほら、ショウタロス達が!」
恭文「細かいところはヴェートル編だね。で、これでハラオウン家との因縁ができてしまって……」
フェイト「これで、もしもの日常Ver2020の本編に繋がる……でも、雌奴隷って……!」
恭文「大丈夫。はやてが描いた同人誌にもあった展開だ」
フェイト「はやてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
(そう、全てはややみぎひゃひゃての仕業だった)
恭文「でもでも、ライブ配信最高だったよね! 恭介ともどもうっとりしっぱなしだったよ!」
フェイト「うん……恭介も、ファンになったよね。なんだか恭介、大人で奇麗な女性が好み……ヤスフミに似たんだ! じゃあ、あの……ちゃんと、正しいお付き合いの方法から教えて」
恭文「落ち着け!」
(『……お母さん、違う。僕はあの、奇麗だなぁって……』
『……うんうん、分かっている。お姉ちゃんは分かっているよ』)
沙季「でも、恭介君が憧れるのも分かります。……私も最近、大人の色気……とかを求められてしまいましたし」
フェイト「ふぇ!?」
恭文「……夏の海でグラビア撮影したときにね。そこまであからさまじゃないけど」
(というわけで、本日のアイプラキャラ紹介です)
沙季「みなさん、改めまして。星見プロ・月のテンペスト所属、白石沙季と申します」
恭文「はい、というわけで今回は星見プロシェアハウスの実質的寮長でもあり、みんなを纏めるしっかり者……白石沙季です」
フェイト「月のテンペスト……あ、琴乃ちゃん達のグループだね」
沙季「今回いよいよデビューです。ここまで長かった……でも、これからですよね」
(いよいよアイプラ編も後半戦です)
恭文「白石沙季……お話の中では高校3年生で、9月26日生まれ。物語開始当初は18歳歳。
身長160センチ。
体重45キロ。
スリーサイズは上から84・58・80。
学校は妹の千紗やさくら、雫と同じ公立光ヶ崎高等学校。
CVは宮沢小春さん。他の月ストメンバーと同じく、ミュージックレイン三期生の一角だよ。
……そういえば沙季の声、ウィザードメモリの意識と宣っていたあの子に似ているかも」
フェイト「ふぇ!?」
沙季「その情報、今出して大丈夫ですか?」
(実は声すら曖昧だったという罠)
恭文「学校では生徒会長も務めている優等生……なんだけど、小さい頃からアイドルへの憧れがあったんだよね」
沙季「えぇ。まぁ、あまり……表に出すようなことはなかったんですけど」
フェイト「え、それってどうして?」
沙季「姉としてしっかりしないとって、気張りすぎていたところがあって……。
それで、高校卒業後の進路で両親と改めて話すことがあって……そこをきっかけに、やってみたいなと」
恭文「うんうん……よく覚えているよ。
沙季ね、アイドル活動と大学進学に関してしっかり調べて、両立できる計画書を立てたんだよ。それも無理がないものをさ。
それもオーディションのときに持ってきて、進学についても事務所には理解してほしいって強く語っていた」
フェイト「ふぇ……!?」
沙季「やっぱり将来のことも考えると、大学には行きたいですし……どっちも中途半端になっては駄目ですから」
フェイト「ふぇ――!」
沙季「あの……」
恭文「フェイトは高校からすっ飛ばしたから……」
沙季「それはよくないのでは……」
フェイト「ふぇぇぇえぇえぇえぇえ!」
(令和時代のアイドルによる攻撃が、閃光の女神を襲う!)
恭文「……まぁそのしっかりしたというか、将来へのビジョンが牧野さんにも鋭く突き刺さってさぁ」
沙季「え……もしかしてあの、私」
恭文「先が傷つけたとかじゃないよ? 牧野さんも大学とか将来を意識し出したの、沙季からの刺激が大きいと言っていたし」
古鉄≪ぞうですよ。というか、そういうビジョンの強さ……叶えようとする意志の強さを買って、オーディションにも合格したんですから。むしろ誇りましょう≫
沙季「なら、嬉しいです」
フェイト「ふぇ、ふぇ……ふぇえぇええ……!」
(閃光の女神、傷は深いようです)
恭文「あと、沙季は好物……くさやだったよね」
沙季「はい。……好きなんですよね、くさや……あ、恭文さんにはお礼を言いたくて。
匂いの絡みで外でも焼けるようにって、七輪まで用意してくれて。ありがとうございます」
恭文「いいよいいよ。使い古しでも役立ててくれるなら嬉しいし」
沙季「とっても活用させてもらっています。最近くさやチーズも見つけたので」
恭文「あれかぁ! くぅ……沙季が成人していたらなぁ! 飲めるようなら軽く晩酌とかいけるのに!」
沙季「ふふ……では、将来の楽しみということで」
恭文「だね。……あ、駄目な場合はお酒なしで楽しめる方向にしよう。アレンジレシピとか作ってさ」
沙季「楽しみがどんどん増えていきますね」
フェイト「え、くさや……チーズ……え、くさやは牛乳じゃないよね? どういうこと……どういうこと!?」
(後日、閃光の女神にはくさやチーズがプレゼントされたらしい。
本日のED:サニーピース『SUNNY PEACE HARMONY』
月のテンペスト『月下儚美』)
古鉄≪じかーいじかいー≫
恭文「……仮面ライダーリバイス、いい最終回だった。
そして仮面ライダーギーツ、いい初回だった。
ならば始めなければならない……アイプラ編の最終回と、第二シーズンの初回を!」
さくら『七月二十七日。
今日は、一日ずっと雲を見上げていました』
さくら『七月二十八日。
今日は、龍の巣を探してずっと歩き続けていました』
さくら『七月二十九日。
あの入道雲の先にあるものを見つけたくて、ずっと……空から女の子が降ってこないかと待ち続けていました』
さくら『七月三十日――』
牧野「というかこれ、ラピュタ引きずりすぎだろ! なんでデビューライブのことをすっ飛ばして、ラピュタのことしか考えていないんだよ!」
恭文「牧野さん……本気で言っていますか?」
古鉄≪次回――アイプラ編最終回。そして第二シーズン第一回。
『ラピュタには夏の全てが詰まっている』――お楽しみに!≫
琴乃「意味が分からないんだけど! というかこんなのが最終回だと思っているの!? それでいいと思っているの!?
あと最終回と第二シーズン初回が一緒くたってどういう編制よ! ちょっとした事故じゃない!」
さくら「……だよねぇ! というかこれ、ドンブラザーズだよね! というか私……一体なにをやらかしたのぉ!」
(おしまい)
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