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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2019年7月・星見市その12 『産声とさよならはS/望んだ時間はもうすぐ』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2019年7月・星見市その12 『産声とさよならはS/望んだ時間はもうすぐ』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


前回のあらすじ………………恭文が馬鹿だった……相変わらず馬鹿だった……!


「全く……ようやく戻ってきたかと思ったら、相変わらず馬鹿だし」

「なんでさぁ! 魂は輝いているんだよ! 琴乃だって」

「いいから黙れぇ!」


だから説教だと……説教をするのだと、二人で寮を出て、星見の高台に。

……ここは好きな場所の一つなんだ。星見まつりの特設ステージも近いし……なにより潮風と、海のきらめきと、星の輝きがすっごく近くで。


そう、考えると……そんな場所に恭文を連れてきたのって、いろいろ……ああもう、気にしない! そういうのはすっ飛ばす!


「…………でも例の伊佐山さん……よく刑務所の人達も協力してくれたというか」

「その辺り、刑務所の現状改革が進んでいるせいだよ。懲役刑についても見直しが入るそうだし」

「え……!?」

「そもそも懲役って、明治時代に作られた法律……百年以上前のものだしね」


恭文は肩を竦めて、高台の夜風に神を靡かせる。


「再犯率低下や償いの意識確立に有効な教育的措置も……というか、その概念や必要性が盛り込んでいないものだしね。ようはアップデートだ」

≪とはいえ今は現場レベルの話。まだまだ先は遠いですよ≫

「……そうして罪の意識を背負い、忘れることなく……改めて社会の一員として、かぁ」


……坪井さん達のことを思い出す。


二十年以上前に娘を殺された。でも犯人は捕まらず、殺されて……それで偶然、私と恭文がその犯人の人に声をかけて。

その結果犯人が出頭したことが報道されて、それで……。


「…………」


その犯人は、本当の意味で罪を悔いていなかった。逃げ続けて……そうして……その機会を逃して、ありふれた殺人事件の被害者として殺された。

坪井さん達はそのことを知らない。私の甘さで傷つけて、手を払って……それで…………。


「……これ、三枝さんから預かった手紙」

「え」

「戻る途中、星見プロの事務所に呼ばれてね」


それで、恭文が懐から出してきた便せんを……そこに書かれた名前を見て、心臓が止まるかと思うくらいに衝撃を受ける。


「え……!」

「坪井さん達からだ。中身はもう確認してある」


恭文が頷くので、封筒を受け取り、開かれていた封から便せんを抜いて、中を確認する。

それで……書かれている内容は…………。


「……坪井さん達も……ステージ、見に来るの……!?」

「渚目当てでね。奥さんの体調、想定よりいいみたいだからって……来られなくてもアーカイブ配信は必ず見るってさ」

「うん、そう書いてる……」

「今度のステージ、無様な真似はできないね」

「ん……」


……文字の一つ一つを見てから……しっかり便せんを封に戻しておく。


「恭文、これ……渚に見せても」

「大丈夫だよ。でも大事に扱って」

「もちろん」


持ってきていたポーチに封筒を仕舞ってから、少しだけ強く吹いた風に……私も髪を靡かせて。


「…………決めた」


深い海の蒼……漆黒の闇にも見えるそれを、優しく照らし出す月の輝き。

そんなコントラストに目を細めながら、自然と口元が笑っていた。


「私、忍者補佐官の資格……取る」

「はぁ!?」

「正真正銘、恭文の相棒としても動けるようにならないと」

「おのれアイドルでしょうが!」

「それでも、甘さで傷つけた償いはしなきゃいけないから」

「………………」

「今まで、どうやってそうすればいいかって迷っていた。ただアイドルを続けるだけでいいのかって……だから決めた。それでうじうじ止まるのもやめる」


右手で髪を押さえながら、驚く恭文には問題ないからと……やってやるからと笑う。


「私≪長瀬琴乃≫は、魔法使い……ダブルの相棒なんだから」

「それあのとき限定−!」

「だったら相棒見習いでも志望でもなんでもいい。だからちょっとだけ待っていてね」

「…………ショウタロス…………アイツら寮だったぁ! アルトー!」

≪まぁいいじゃないですか。あなた、発達障害の絡みで基本ソロ活動厳禁だし……そろそろ私頼みじゃなくて、ちゃんとした補佐官を付けてもいい頃でしょ≫

「うがぁあぁあぁああぁああぁ!」


やっぱり押しの弱い恭文には更に笑って返し……輝く月を、夜風の中で見上げる。


(でもまずは……うん、デビューライブを成功させてから)


まずは一歩ずつ。だけど歩き出すことをやめなければ……きっと、未来は変えられるよね?

だってこの気持ちは、恭文という色と合わなかったら、かけらさえ生まれなかった可能性だから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……東京はどんどん熱を帯びていく。もう毎日三十度越えなんて当たり前。

梅雨も明けて、またうだるような暑さと向き合う季節が始まる。

そんな中、星見プロに戻った僕も、みんなのデビューライブ準備に勤しんでいて……配信もしつつ、宣伝って感じだけどね。


ただそれだけじゃなくて、牧野さんや三枝さんだけだと滞りがちな書類関係の処理も手伝って、オフィスで手早くキーボードを叩いていた。


「……よし。三枝さん、先月の領収書整理と記録、処理もろもろ終わりました。
データを回すのでチェックお願いします」

「え!?」

「おいおい、もうか? 働き過ぎで倒れないでくれよ」

「通常運行なのでご心配なく」

「いや、俺より処理が早いってどういうことだ……!」

「僕、本業はフィールドワークですから。デスクワークに手間を取られないようにって厳しく教えられたんです」


忍者もね、いろいろ経費の処理やら、報告書作成やらもあるからさぁ。その絡みでいろいろとね。特に上にはその辺りで厳しい沙羅さんもいるので、勉強させてもらったと胸も張れる。


≪というか、先月や先々月の領収書をどうして今整理するんですか……≫

「め、面目ない……」

「社長になれば、そういうのは適当にいけると思ったんだがな……」

≪潰れる会社の典型例じゃないですか、それ≫

「とにかく……それなら今日も定時帰りで済みそうだな。
……よし、じゃあライブ前の景気づけだ。昼は肉でも食べるか」

「肉……とんかつとかですか?」

「焼き肉でもいいぞ? もちろん俺の奢りだし、那美さんと久遠も一緒だ」


奢り……とんかつ! 焼き肉! それも社長の財布から!? それは……!


「「「「「しゃ、社長−!」」」」」

「やったぁ! ありがとうございます!」

「しゃちょう……ありがとう……」

「よっし! 焼き肉だね焼き肉! カルビ牛タンザブトン! がっつり食べるぞー!」

「……麻奈……お前、その格好で肉を焼くつもりか? お前が焼かれるだろ」


それは牧野さんの肩に乗っかる麻奈も同じ。だけど……おのれ、本当に肉を主導で焼くのは駄目だからね? そのマンティコアタロスくん二号、ワンオフなんだから。焼けても修理が難しいんだから。


≪――!≫


そこで会社の固定電話が鳴り響く。ちょうど近くにいた僕が受話器を取ると……。


「はい、こちら星見プロダクションです」

『あ、恭文くんだー。お疲れさまー』

「……いちごさん!?」

『はい、絹盾いちごです♪』


なぜかいちごさんから……会社の方にいちごさんから直接電話って辺りが意外すぎて、軽くおののく。

ほら、普通に話したいだけなら、僕のアドレスにかけてくればいいだけだし……となると、これは……。


『配信見ているよー。それとガードのこととかいろいろありがと。
今ね、田崎さんからこの間……君が届けてくれた今後の資料とか受け取ったよ』

「そうですか……」

『でも恭文くんが出てくれたならちょうどいいかな? 実はちょっと頼みがあって』

「星見プロを介してってことですよね」

『そうそう。……久々に、一緒にキャンプしようよ』

「はい?」


そうしていちごさんから詳細を聞いて、纏めて……改めてサウンドラインの方とも打ち合わせすることを約束しつつ、まずは打診です。

そう……佐伯遙子さんに。遙子さんはちょうど外でのビラ配り組で、戻ってきたところを労りながらお話開始です。


「……いちごさんがYouTubeのチャンネルで、キャンプ動画をやろうかって準備していて……あ、遙子さんと同じく、ソロキャンが趣味の一つなんですよ」

「そうなの!? え、それはちょっと意外かも!」

「俺も驚きましたよ……。プロフィール表にも書かれていなかったよな」

「……もともと湯布院出身で、自然豊かなところで育った人ですから。たまに『里帰り』したくなるんです」

「なるほど」


そう……いちごさんの実家周辺も、そういうキャンプができる場所は豊富。だからいろいろ煮詰まったときとかは、一人でふらっとキャンプに出るんだよ。

自分の原典というか、あのとき……天然の露天風呂から見せてくれた景色の色というか、そういうのを思い出して、リフレッシュするんだ。だから今まで趣味欄にも書いていなかった。

それでもね、誘われて一緒に行ったこともあって……添い寝して……いろいろ、触って……ああぁああぁあ……それはそれとして!


「でも、それを私に話すって……しかも動画で出すのよね」

「遙子さんも一緒に出てみないかってお話です。サニピの宣伝も兼ねて」

「えぇ!?」

「とはいえ猛暑がいろいろ騒がれる時期ですし、ユニット始動直後はプロモーションもあります。
なので九月……暑さやその辺りがある程度落ち着いて、安全にキャンプできるようになってからですね。それで」

「それはもう願ったり叶ったりよ! でも、私でいいの!?」

「いちごさんからは快諾を得ました」

「俺も賛成しました。前に話した趣味関係の動画企画にも繋がりますし」


そこは問題なしと、牧野さんともども鋭く挙手。つい笑っちゃうのは気にしない。


「ただまぁ……」


あれ、牧野さんがどうして呆れた顔をするの? というか、さっきからなんだけど。


「絹盾さん、最初は恭文君を撮影役に借りてって話で持ち込んだんですよ……」

「あら……それはよろしくないわね」

「え……? でもいちごさん、問題ないって」

「それでもフォローしないと。はい、そうと決まったらメッセージの準備。
二人でのキャンプは、企画を絡ませず改めて行きましょうねーって感じで」

「にゃあ!?」

「いいから! ほら、さんはい!」

「は、はい!?」


意味は分からないけど、どうも必要らしい。遙子さんの拍手に会わせて、スマホを取り出し、メッセを簡潔にでも送って……!


「……ヤスフミ……全く気づいてなかったのかよ」

「絹盾さんも一年に一度あるかないかの勇気を出したんでしょうねぇ。……まぁ油揚げたる所以ですが」

「コイツらのことだけは心配だなぁ……もぐもぐ……」


あれ、ショウタロス達までもがなんだか冷たい! え、なに……どういうこと!?


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


…………スルーされた。

二人だけで、お仕事絡みだけど、またキャンプしようって……お誘いしたのに、スルーされた。

というか、話が広がって、遙子ちゃんとキャンプ……いや、いいんだよ。星見プロのお仕事も頑張っているんだって分かるしさ。


というか、お仕事を絡めた私が悪いんだよね。うん……恭文くん、そういう暗に含めたやり取り、上手く読み取れないし。


「……ちゃんと、お誘いしなきゃ……だよね」


事務所の車で次の現場までの移動中、軽くヘコんでしまっていた。

でも、誘っても……連日キャンプで大丈夫ですかーとか言われたらどうしよう……! 恭文くん、私がキャンプするのはストレス発散だって知っている子だし。

それですっごく心配かけちゃって、そこから付き合わせても……いや、でも……うぅぅ……!


≪――!≫


するとスマホに着信音。少し悩みながらも、また画面を確認すると……恭文くんから?


「え……!」

――二人でのキャンプは、企画を絡ませず、改めて予定を決めて行きましょう――

「恭文、くん」


いろいろ気を遣わせちゃったのかな。でも……どうしよう、凄く嬉しい。

私だけが思い悩んでいたわけじゃないって……そっかぁ。そっかぁ。


私との時間、大切にしてくれているんだね。だから……。


「えへへ……♪」


……だったらすぐ返信! 今すぐ返信! ひとまず約束だけは取り付けないと!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「いいか、恭文君……絹盾さんは、君とキャンプに行きたかったんだよ。仕事にかこつけてと言ったらアレだけどさ」

「にゃあ!?」

「例の事件絡みもあるし、いろいろねぎらいたかったのよ。だから、そういうときは二人で行きましょうーでいいのよ?」

「え、そうなんですか!? そういうものなんですか!?」

「「そういうもの」」


なんだか凄い衝撃が牧野さんと遙子さんからぶつけられて、混乱していると……あ、返信がきた。


――うん……約束だよ! あの、誘ってくれてありがと!
絶対、絶対……また二人で……星とか、いっぱい見ようね?――

「……いちごさんが、凄い喜んでる……!」

「ほらー。言った通りでしょ?」

「は、はい。ありがとう、ございます……!」

「それよりほら、どこいこうかーとか……返信は後かぁ」

「そうですね。仕事の話に戻りましょう」

「……牧野くんも、人の恋愛絡みなら一流アドバイザーなんだよなぁ」

「どういう意味だよ……」


まぁ、その……いちごさんを不用意に傷つけなくてよかった。うん、それは……また後でお礼をしよう。


「とにかく現場には撮影役と護衛役もかねて、俺と恭文君も付き添います。
まぁ、よっぽどのことがない限りは大丈夫でしょう」

「心強いわねー。でも牧野くんも一緒……そっちは」

「……三枝さんから問題なしって言われましたよ。俺の強制休暇も兼ねてちょうどいいと」

「そうして自然に囲まれてリフレッシュ……うん、だったらめいっぱい楽しみましょう!」


遙子さんの快諾と明るい笑顔に、僕と牧野さんは内心ホッとする。


……いやね、実は断られることも想定していたのよ。キャンプって一人でするのが好きーって人もいて、楽しみ方はそれぞれだから。

いちごさんがそっちにハマったのも、自然が多い由布院育ちの自分が、ずっと都会にいると息苦しさを感じて……ってところを解消するためだし。


しかも遙子さん、廃墟巡りも趣味だって言うでしょ? 話を聞いていたら結構ディープなところ……ちゃんと法的なルールを守った上でだけど、そういうのも触れているしさ。

余計ソロ傾向が強いのではと思って、一応話は相談してみるーって程度で済ませていたのよ。出もこの調子なら、問題ないかも。


……あ、でも一つ確認。


「ただ、遙子さんにもまだ確認したいことがあって」

「なにかしら」

「ソロキャンってことは、大抵のことは一人でできるんですか? それこそ火起こしや設営、食事関係……」

「それなりにね」

「じゃあ出発までにその辺りの確認をさせてもらいたいんです。
牧野さんと三枝さんも、その辺りはプライベートで今まで触れていなかったと」

「そっか。撮影だし、いちごさんと一緒だものね。
……だったら今日の夜やっちゃおうかしら」

「遙子さん、いいんですか? 俺達もそこまで急ぐつもりはなかったんですが」

「シェアハウスの庭先なら、練習や虫干しにももってこいだもの」


あぁ、なるほど。確かにあそこの広さなら……そのあたりは牧野さんも問題ないようで、すぐ首肯が返ってくる。


「でもそれなら、バーベキューもやりたいわねー。みんなと一緒に、お肉も焼いてー♪」

「……バーベキューセットも持っているんですか……!?」

「……それを即日でできる時点で、確認の必要がないんじゃ」


シオン、そこには触れないでおこうよ。それをシェアハウスに持ち込んでいる辺りからガチ具合も窺えるけどさぁ。


≪でもデビューして久しい……麻奈さんの先輩でもある遙子さんが、そういう趣味面も掘り下げられていないとは……≫

「だよなぁ。VENUSプログラムの方が振るわないなら、そっちからって思っちまうが」

「……それもランキング上位の子達に独占されちゃうのよー。ピラミッドのふもとなんて誰も見ないってこと」

「やっぱ厳しい世界っつーか、歪じゃねぇか? そのピラミッドに参加しないと、そもそも見られないってよぉ」

「とはいえ、VENUSプログラムの判定能力が確かで、そう言う点に不正を混ぜ込めないのは確かだ。その辺りの信用でトントンと言うべきか……」

「……トリエルがデビューして一年ちょいなのに、先輩のリズノワも追い越す形で活躍してい……うぅ……!」

「こ、今度は遙子さんが追い越す側ですから!」


まぁ優が忍者補佐官の資格を取っているって聞いたときはただただビビったよ? ビビったけど……そういう企画を持ち込まれることそのものが、トリエルの将来性と実力を年単位で保障しているってことだもの。

その根底にあるのが、VENUSプログラムの判定能力だと言うんだから……まぁ、複雑なところはあるけどさ。


「……やっぱりそういうの、いろいろ考えちゃうのかなぁ」


するとテーブルの影から、マンティコアタロスくん二号な麻奈がひょいっと顔を出す。

その複雑そうな顔で僕達を……牧野さんを見上げてきて。


「私は出る側の人間だったし、ライブバトルも望むところじゃーって飛び込んじゃっていたけど……三枝さんとかはときどき難しい顔していたし」

「……その勢いで、リズノワにも喧嘩を売ってくれたしな」

「麻奈ちゃん!?」

「おのれ……あぁそうか。だから莉央、遙子さんのことがなかったら『後悔させてやる』って言い切る勢いだったのか」

「ち、違うよ! 宣戦布告! ……NEXT VENUSグランプリのファイナル進出が決定したとき、負けないからーって感じでさ」

「あれは完全に、喧嘩を売っていたんだよ。礼を欠いていた部分もあったとは思う」

「牧野くんヒドい−! そこのギリギリは見極めていたって!」

「だったらヒヤヒヤしない程度にしてほしかったよ……」


うわぁ……こいつ、そんなことしていたんかい。牧野さんも呆れ気味だし。


「……まぁ気持ちは分かったけどな。全力のリズノワとぶつかって、ライブを盛り上げたかったという気持ちは……」

「なんだお前、そんなこと考えていたのか。マンティコアなのに。……もぐもぐ……」

「それ私の責任が及ぶところじゃないよ! あとヒカリちゃん、その蒸しパンちょうだい!」

「駄目だ。これは私のものだからな……もぐもぐ……」

「だからと言って礼を欠くギリギリのラインを攻めていいわけじゃないし、欠いてもいいわけじゃないんだがなぁ」

「牧野さん、駄目です。聞いていません。ヒカリの蒸しパンを狙うビーストになっています」

「いいよ。ここから先は半分愚痴だ」


牧野さんは肩を竦め、にらみ合うビーストとうちの大食い馬鹿を見守り……。


「それに、恭文君にも改めてお願いしたいからな」

「僕にですか」

「この間のお見合い騒ぎでも触れたが、VENUSプログラムに問題が全くないわけじゃない。が……俺もそれなりに現場経験を積んだ身として言い切れる。それはシステムが悪いんじゃない。
ほとんどが“女神の沙汰を悪い方向で拡大解釈し、増長している業界の人間”によるもの……つまり業界全体のモラルと、それを制御する側の責任なんだ」

「そうね。三枝さん……それを悪魔に例えていたのよ。
アイドルとして勝ち上がって得られる栄誉や、それが生み出す力……その裏にいる、人格を歪める悪魔。
……だから恭文くんと初めて会ったときも、そういうお話をしていたのよ」

「三枝さん自身、麻奈というアイドルが勝ち上がったことで生まれた“悪魔”の制御で、至らなかった部分もあるからですよね」

「私が言うと嫌みになっちゃうけどねー」


この辺りはもう何度も触れられている通り、麻奈が亡くなってから事務所としてぱっとしなかったこと。つまり、麻奈という天才アイドルに依存し切っていたことだ。

手を抜いていたわけではないだろう。でも、それでも……社長として、遙子さんという所属アイドルを腐らせていたのも確かだし、反省が必要というお話で。


「とはいえその辺りをいちいち説教して回ったところで、効果があるわけもなし……なにより、この業界そのものが一般社会より特殊だからな」

「その特殊なおかげで、いろいろお騒がせもしてくれますしねぇ。悪い目的で近づく阿呆もいるし」

≪そのせいで命取りになった阿呆とか、ですね。もっと言えばフライリースケールの碇専務達≫

「……俺達は今後、改めてその悪魔と向き合い、制御していくことになる。場合によってはそういう悪意と直に向き合うことにもなるだろう。
済まないが改めて……最初にお願いした通り、琴乃達のことも守ってほしいんだ。PSAの方にもお願いはさせてもらうが」

「その辺りは変わらずですよ。僕がいないときも、代わりの人員はいますし……でもまぁ、牧野さんには自分と麻奈が主軸という自覚は持ってほしいんですけど?」

「あ、そうよね。夏で霊パワーも上がる時期なんだし……注意しないと」

「それは、もう……重々と……!」


……もうすぐ夏休み。


春が来て、桜が咲いて、散って、そこから新緑芽吹く季節となり、梅雨が過ぎて……夏……僕が生まれた季節。

夏がくると毎回なにか……世界規模になりそうな事件が起きて、巻き込まれて、戦ってーってことばかりだったけど、今年は少し違うみたいです。

このちょっと騒がしいけど、楽しいみんなと……まだまだ遠い、トップアイドルの頂きを見上げて、追いかけて。


≪〜〜〜〜〜!≫


そこで鳴り響く、名探偵コナンのテーマ。この着信音は……スマホを取り出しチェックすると。


『着信:ヒロさん』

「ちょっとすみません……姉弟子から電話が」

「分かった。……あ、でも早めに頼むな? 三枝さんが早めウナギとか言い出しているし」

「すぐ戻ります!」

「ウナギだしな!」

「えぇ!」


もうその辺りは合意だと、みんなでガッツポーズを取り、一旦事務所のオフィスから出て……通話を繋ぐ。


「もしもし、蒼凪です」

『おぉやっさん−。無事に因縁試合も終わったところ悪いねぇ』

「いいですよ。それで、いきなりどうしたんですか?」

『うん、それがね』

『……なぁヒロ、やっさんはやめとこうぜ!? ヘイハチ先生にも注意されているだろ!
やっさんに夏はヤバいって! 俺らも散々その辺りは見てきただろうが! 絶対大事になる!』

『ちょ、サリ! 邪魔するな! 大丈夫だって! 夏だけど多分……多分やっさんなら、生き残れるはずだよ……』

「……電話切っていいですか?」

『まぁまぁ!』


なにがまぁまぁじゃあ! 全部聞こえたよ! 全部察したよ! 生き残れるはずだっていうワードだけでも察したよ! また厄介ごとだってさぁ!


「……ヤスフミ……やっぱ、お前夏だって」

「私達が生まれた十一回目のバースデーを祝う前に、ですか。まぁ分かっていました。毎年の恒例行事です」

「お前、やめろよ……せめてウナギ! ウナギを食べてから行くぞ! せめて悔いは残さないように! せめて食べ残しはないように!」


えぇい、おのれらも落ち着け! あとヒカリはその蒸しパンの食べかすを口元から拭き取れ! 汚いでしょうが!


『でさ……これから会えない? お昼奢るし』

「お昼は会社の社長がウナギを奢ってくれることになったんですよ……。その後なら夜まで暇ですけど」

『え、羨ましい! よし、じゃあそのウナギの感想を伝えに来てよ! デザートも奢るからさぁ!』

「その前に……生き残れるはずってなんですか?」

『まぁそれはさておき』

「電話切っていいですか?」

『まぁまぁ! 別に、大したことじゃないんだよ!? ただ……夏休みに、お仕事体験とかどうかなーって! それも美人揃い! オパーイ大きいお姉さんもいっぱいいるよー!』

「どこですか」

『…………』


……ヒロさん、そこで口ごもるのはおかしいよ。嫌でもバレるんだよ? 現地に向かえばバレるんだよ? というか、どこに行くかすら知らないのに引き受けるとかあり得ないし。


「どこ、ですか」

『…………ヴェートル……あ、職場はGPOね! そこの長官をやっている、メルビナってのが私の友達で』

「……ヒロさん!?」

『まぁまぁ!』

「まぁまぁじゃなくてぇ!」


ちょっとちょっとちょっとちょっと……よりにもよって今のヴェートル!? しかも職場がGPO!? 半民間の警備組織じゃないのさ!

つまるところ、僕が呼ばれる理由は…………全部察したよ! これ引き受けたら、また夏がなんだと言われるのかな! ちくしょー!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ここまでのあらすじ……ウナギは美味しかった。もう一度言います。ウナギは、とっても、美味しかったです。

白焼きと蒲焼きのダブル載せ……めっちゃくちゃ美味しかった……! 牧野さんと遙子さん、那美さんと久遠……みんな揃って蕩けていたし。奢った当人である三枝さんも同じくだよ。

少し早い丑の日に感謝し、三枝さんには一生付いていく。そんな構えを持った後、午後休をもらって、ヒロさんのところに。


待ち合わせは本局内の水族館……人に今日を持たない人達ばかりがいる空間を練り歩きながら、TOKYO WARの……荒川さんとのことを思い出して。


「――現在ヴェートルは、アイアンサイズを名乗る男女二人のテロ犯に攻撃を受けている。アンタも知っている通りだ」

「その中心地はEMP……イースタン・メトロ・ポリスですよね。つまりカラバ王族の引き渡し関係は……」

「未だに証明できていない……あ、あのアカエイ美味しそう」

「ひれの所が美味しいですよ。こりこりですよ」

「いいねー、酒の肴にぴったり」

「エイの中では一番美味いところだしなぁ」

「ヒカリ……つーかお前らも、言っている場合かよ……!」


ヒロさんとヒカリともどもアカエイを見ながら、なかなか厄介な状況だと……あ、まず根本から説明が必要か。

地球のとなりにあるヴェートルという管理世界は、そもそも温暖化の影響で陸地の大半が水没している。そのため現地の高い技術力を生かし、主要都市機能と人々は超巨大浮遊都市に移動し、そこで生活を営んでいる。

そのキロ単位……東京近辺がそのまま浮かんでいるような浮遊都市は世界各地にあり、そのうちの一つ……ちょうど地球で言うところの極東地域に存在するのが、EMP。


そこにヴェートルが管理世界入りしてから、現地の中央本部も設立されているんだけど……実はヴェートル、管理局の管理システムを否定している。

この辺り、管理局の管理システムが“文化的侵略”の一種……ある種の黒船襲来なのもあるせいなんだけど、どうしても一方的な色を隠せない。

更に魔法文化に依存した武力の構築にも疑問視があって、ヴェートルは管理世界入りしながらも、自身の手での治安維持を主張。質量兵器の廃止も含めた数々の条項を蹴った。


そこで管理局は試験的に、中央本部とEMPの現地警察≪EMPD≫、更にある半民間の警備組織による三すくみでの治安維持を提案。その上で長期的に、管理局の優位性と管理システムの意義を説く形を取った。

が……この辺りは大失敗。そもそも警察組織にとって、現地住民への理解を得るというのは大前提。捜査したくても情報を得ることもできなくなるしね。

管理局員は悪の手先同然にはね除けられ、逆にEMPDと警備組織の方は理解を得られ、実績を上げていく……というのが前提状況。


もう言うまでもないけど、その警備組織がGPO。元々は管理世界入りの混乱を見越し、次元世界の文化などを広報するスポークスマンの役割もあった。

ただ、管理局より身軽に動けることと、少数ながらも優秀なスタッフに恵まれたことで、最初は疑い全開だったEMP市民達も目を丸くするほどの活躍を見せつけ……でもそこの長官がヒロさんの知り合いかぁ。

たしか、マクガーレンだったよね。メルビナ・マクガーレン……次元世界の中でも歴史を持つ貴族≪マクガーレン≫家のご令嬢であり、GPO創設者でもあるマクガーレン家党首の娘さんだ。


「つーか……オレ、『東京』のこともあったので、そこまで詳しくねぇんだよ。結局なにがきっかけで、テロなんてなっているんだ」

「確かにな。ヒロリス、恭文へのおさらいついでに説明よろしく」

「また軽く……まぁいいけどさ。
――全部のきっかけは半年ほど前、別の管理世界≪カラバ≫でクーデターが起きたことさ。
そこは次元世界でも類を見ない、現地王族による王政を実施していてさ。管理局もその手伝いというか、お目付役的に見ている程度だった」

「ヴェートルに近い世界でか……」


そう……皮肉にも管理システムの例外と言える世界二つが、そのクーデターで結びついた。


「クーデターの首謀者はマクシミリアン・クロエ。この男によってカラバの王族はそのほとんどが皆殺しの憂き目に遭った」


ヒロさんが空間モニターで展開してきたのは、赤髪を品良く整えた、青白い肌の男。でも相当遣うのは、写真から漂う風格からも伝わる。


「でもそんな中ヴェートルに亡命を申し込んだのが……公女であるアルパトス・カラバ・ブランシェ。
彼女は弟でアレクシス公子と、側近でもある騎士のオーギュスト・クロエを伴い、必死に逃げ延びてきた。ヴェートル政府は彼女達を保護し、現地の宇宙……月にあるステーションへ匿った」

「クロエ?」

「オーギュストはマクシミリアンの妹だよ。こっちは公女達王党派についていたってわけだ。
……そうしたら今度は、EMPを中心にアイアンサイズのテロが発生し始めたんだよ。
カラバのクーデター派による、二人の返還要請が始まると同時にね」

「……つまりこういうことか? そのアイアンサイズって奴らは、カラバのクーデター派。それで暗に、返還要請をはね除けるならテロが続くぞと脅している……管理局はなにやってんだよ!」

「この状況で一番問題なのは、管理局がほぼ傍観していることだよ。
実は亡命の受け入れとか、返還要請の拒否とか、全部ヴェートル政府が即断している。管理局はほぼ蚊帳の外だった」

「政治的制裁ってやつかよ……!」

「結構根深い圧が上からかかっているよ」


呆れたものだとヒロさんは肩を竦め、泳ぐエイのひれを見つめる……。


「アイアンサイズは魔法による鎮圧が通用しにくく、また物質を取り込み肉体の一部に再構築するサイボーグらしくてさ」


そうして、とんでもない情報が出てきて、軽く目を見開く。


「……物質を……?」

「そう……アンタの物質変換や、ヴァリアントに近い能力だ」

「……その辺り、話が伝わっていませんよね」

「情報統制が敷かれているからね」


……まぁ仕方ないか。概要的に魔法文明へのアンチと言える能力でもある。だから僕も裏技として、次元世界では乱用しないようにしているし。

そんなものが一つの脅威として、中央本部のお膝元で暴れているとなれば……ここまでの対応も含めて、大スキャンダルになりかねないけど。


「管理局……現地の中央本部での鎮圧は」

「無理っぽいよ? デバイスでの直接打撃も危ういし、銃器関係を取り込めばそれがそのまま使えるし。
もちろんより大型の重機なんかも……メルビナ達の部下は、それで戦闘ヘリと同化した奴らと戦ったらしい」

「だったらヒロリス、AMC装備の使用はどうなんだ。あれなら」

「それもアウトだ。というか……AMC装備は本局の先進技術開発センターの預かりだからね。ヴェートル中央本部の権限じゃあ気軽に持ち出せない」

「つまり、傍観しているのはその本局が中心。現地の管理局員も巻き添えで見殺しにされている状況だと?」

「ヴェートルの状況で議論が高まっているとは言っても、そういう部分まで触れている人は少ない。結局対岸の火事ってわけさ」


また強烈な皮肉を……まぁそこんとこ、僕達にとっても言えることだけどさぁ。対岸の火事だから、特に気にせず『東京』のことに対処していたし。


「だからエルトリア事変でその辺りの調整をやっていたはやてちゃん達……更にハラオウン執務官や高町教導官にも圧がかかっている」

「それ、教導隊全域で緊急出動とかがないようにしているってことですか? 徹底しているなぁ」

「……そんな中でザフィーラだけでもよこしてくれたんだな。恭文、はやてへのお中元は豪華にしておけ」

「ウナギを送るよ」


とにかく納得した。本局は政治的制裁であり“高度な圧力”だ。管理局はヴェートルの人間を見殺しにし、この機会にヴェートル政府の鼻っ柱をくじくのが目的なんだよ。

だからある程度自由が効くはやて達八神一家も、ハラオウン執務官も、ヴェートルの件で積極的に踏み込めない。その程度には上から適当な仕事が振られまくっている。

それだけならまだしも、AMC装備の開発運用ノウハウもあり、腕利き揃いの本局戦技教導隊も動けない。緊急出動などもできないようにきっちり根回しされている。


もちろんそれなら……せめてAMC装備だけでもという考えは通用しない。それらより装備を押さえる方が楽だもの。


「その辺り、落としどころの提示とかは」

「それすらなしだ」

「やっぱり一発逆転を狙っちゃっているわけかぁ……」

「この件でヴェートルに根を上げさせて、そのまま管理システムからみを全部納得させて勝者気取りか? それまで現場の人間はどうするんだ」

「尊い犠牲のリストに名を連ね、ヴェートル政府の独断を批判する材料となる……そんな最後の仕事を勤め上げるのよ」

「腐っているなぁ」

「まぁその辺り、ミュージアムのために風都市への制裁を当然にした僕があれこれ言えないよ」


そこまで徹底していると、そりゃあ情報封鎖とかもきちんとしているだろうし……まぁ話は分かった。


「それで僕なんですね? でも、EMPDや管理局の方じゃなくて、GPOに……」

「EMPDは特別部隊の≪維新組≫がいるし、入り込むツテがない。管理局もアンタに依頼するつもりはない……というか、寝た子を起こす必要はない」

「お兄様は≪古き鉄≫ですしね」

「でもGPOは管理局とは別組織だし、その辺り自由ってわけだ。
あと……メルビナとしては、今回の件で勝者を管理局にしたくはないそうなんだよ」

「まぁ、EMP……ヴェートル政府は溜まったものじゃないですしね」

「向こうは世界の状況的に、宇宙開発の技術も発達している。
そういう技術の根幹も、元を正せば管理局が忌み嫌う“質量兵器”だしね」

「そこでヴェートル政府が敗者になれば、そういう技術も根こそぎ……」

「ほぼほぼ隷属だよ」


関係なさそうに見えるけど、実はそれこそとんでもない誤解だった。

地球でもそうだよ。アメリカとロシアが冷戦時代、競うように行っていた宇宙ロケット開発……その根幹は“長大な距離を飛び、確実に目的地へ到達する大型ミサイルの研究”が流用されている。

今の生活を支える通信技術だって、戦争に勝つため発達した技術がフィードバックされている。車や衣服、食糧の保存技術などもそうだ。


戦争は科学の母と言うけど、そういうものが根幹にあり、それがたくさんの人達による努力で平和利用されているケースはあっちこっちにある。

そして管理局がそこまでやらない理由というのも見受けられない。実際戦後のGHQでは、将棋まで潰されかけたんだよ?


将棋だよ? プロも活躍しているとはいえ、ただのテーブルゲームがだよ? 将棋で駒を相手の駒を取って、そのまま自分の駒にできるのは、捕虜虐待じゃないかってさ。無茶苦茶でしょ。

それだけじゃなくて、歌舞伎の忠臣蔵や武道、剣術映画、針灸……勝者である占領軍が危険と判断したものは悉くだ。


……つまるところ、これはもはや戦争なんだよ。

ヴェートルの文化……たくさんの人達が積み重ね、育ててきたものが、この勝敗次第で消される。その後に続くたくさんの可能性も含めてだ。


「ですがクロスフォードさん、それでは今のヴェートルは」

「まさしく戦地……噂で伝えられている以上の危険地帯だよ。
なにせメルビナは、アンタがTOKYO WARや核爆破未遂事件解決の立役者ってところも理由にしている」

「………………」

「まぁ濃い経験は積めるだろうけど、舞宙ちゃんも戻ってきたばかりだし……大仕事を終えたばかりだからね。無理は言わないけど」

「行きます」

「ちょっと!?」

「困っている人がいて、助けを必要としていて……だったら、放っておけない」


迷いはなかった。確かに一段落だけど……でも、それで終わりじゃないし。


「ただ、最終回答はちょっと待ってもらえますか?
誕生日近辺になるし、お父さん達やふーちゃん……その舞宙さんとも相談したいので。それに星見プロも」

「ん、そこは大丈夫。メルビナも発達障害絡みの事情も含めて配慮するし、八月に入ってからでいいって言っているから」

「そのメルビナさんとも、事前に話は」

「調整済みだ。で、これがそのアドレス」

「ありがとうございます」


なにより行ってみたいし、触れてみたい。管理システムという当たり前から外れて、違う道を探し続ける世界……そこで生きる人達。

きっとそこには、今までとは違うキラキラしたものがあるはずだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……恭文も一段落して、気が抜けて……と心配していたが、それも杞憂だった。

やっぱりアイツは旅や冒険が好きなんだ。それで困っている誰かを助けられるなら倍増しで嬉しい。だからヒロリスの依頼も即で引き受けていた。

もちろん今回のヴェートル行きも相応の危険がある。それは分かっていて当然だ。今までだってそうだった。だが……そんな様子を見て、私達も“安心”していて。


きっとアイツは、これからもああやっていろんなものを繋いでいく。手を伸ばし、引きずって……これなら……そろそろかもしれない。

だから、恭文にも……アルトアイゼンにも気づかれないよう、こっそりとある奴に連絡を取る。


『……そう。そろそろ……なのね』

「あぁ。今までいろいろ世話をかけたな」

『構わないわよ。あなた達のおかげで、来人も、左翔太郎達も……琉兵衛でさえ楽しそうだった』


そう、シュラウド……園咲文音だ。深夜にかけた電話にも、アイツは快く出てくれて。

……まぁ前もって準備は相談していたからな。


『なら一旦ウィザードメモリは預からせてもらうわ。改めてドライバーともども調整する』

「大丈夫か?」

『最近大暴れしたから、クールタイム……そう言えば坊やも無理は言えないでしょう』

「それで頼む」

『でも……』

「なんだ。珍しく歯切れの悪い」

『寂しくなるわね』

「……大丈夫さ」


そう言ってくれるのはありがたいが……月夜を見上げながら、問題ないと笑う。


「私の光も、シオンの炎も、ショウタロスの優しさも……変わらずアイツ自身の中にある」

『…………』


アイツは自分に足りないものを描いた。

どんな空も自由に飛んで、恐怖すら糧にして輝く勇気を。

どんな理不尽にも屈することなく、願いを燃やし続ける勇気を。

そしてそんな強さでいたずらに誰かを踏みつけず、寄り添う勇気を。


他にもいろいろあるが、十一年……アイツはたくさんの旅と冒険、出会いでそれを学び、結び、成長してきた。

だから、もう大丈夫。もうキャラなりができなくなっても……恭文、もうすぐなんだ。ここから立ち上がれば、きっとお前はその手で掴める。


「アイツがあのとき強く望んだ、魔導師の記憶……蒼姫と一緒にいられる未来は、もうすぐだしな」


もちろん私達も一緒にいる。これからもずっと一緒……それは絶対に変わらない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――そこからはもう、怒濤の勢いで……勉強もこなして、レッスンやインタビューも走り抜けるようにしながらこなして。

恭文もジンウェンの配信活動を通して、私達のデビューライブについて宣伝してくれて。アイラバ関係者にもそんな顔を利用して、アーカイブ見てあげてくださいーと声かけまでしてくれて。


ただ……その恭文も……。


――な、なんですのそれ! そんな物騒な世界で戦いますの!?――

――わくわくだよねー。相手方も相当強いらしいし、楽しく戦えるといいけど……いや、まずは人命優先で――

――そこじゃありませんわよ!――

――というわけで牧野さん、すみませんけど機材も置かせてもらいます。じゃないと装備の調整も間に合わないので――

――いや、それはいいんだが……えぇ……!――

――…………絶対、ちゃんと帰ってきて――

――琴乃ちゃん、いいの?――

――またきちんと、約束してくれるなら……いい――


魔法……次元世界……そんな中で、恭文は新しい戦いに飛び込む準備を始めて。

渚やさくら達にも心配されたけど、止められないよ。あんなに、真っ直ぐに燃える目を見せられたら……。


「…………」


そうしてあっという間に……夏休みに入った直後。


――二〇一九年(西暦七四年) 七月二七日(土)

星見プロシェアハウス内



この夜が明けたら、星見まつりでのステージ当日。

明日の今頃は、私達はステージに立っていて……あぁいや、もう終わって、打ち上げでもやっているのかな。


「琴乃ちゃん」


シェアハウスの縁側で……月を見上げながら涼んでいると、さくらが笑顔でやってくる。


「となり、いい?」

「えぇ」


そうしてさくらは笑って、私の左隣に座って……。


「いよいよ明日だねー」

「あっという間だった」


輝く三日月……それに目を細め、つい深く……張り詰めたなにかを、更に研ぎ澄ますように、深く息を吸い込む。


「明日から、ライバル同士……でもトップの席は一つ。負けないから」

「…………琴乃ちゃん、それでも事務所としては同じユニットだって」

「そ、それは、分かっているから!
でもほら、NEXT VENUSグランプリでもバトルするかもだし……そのときはってこと!」

「あ、そうだね! そのときは……うん、負けないよ!」

「……もう…………なぁ……」


割と気を張っての宣戦布告だったのに……でもつい笑って、身体に入っていた無駄な力を抜いてしまう。


「でも、そうだね。私達はそれでも……お互い、一緒にやっていく未来は作らないといけない」

「うん。そういう戦い方……進み方を選び取っていかなきゃ。
でも、私達だけじゃないよ? これからそういう形でぶつかる誰かとも……きっと」

「難しいね」

「でも、できたらすっごく楽しいと思う」

「……ん……」


もう一度……改めて月を見上げる。


「私も、そう思う」


もしかしたら、お姉ちゃんもこうやって……いろんなことを考えながら、舞台に立ったのかなって……そんな感傷に浸りながら。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


今日は恭文くんも寮で泊まり込み。ヴェートルってところに行く準備もあるけど……いろいろ心配してくれていて。

ジンウェンとしての配信もあるから、その辺りで宣伝もして……そこも一段落して、そろそろ就寝時間……なんだけど。


「明日はライブ……みんな、見てください……っと」

「月ストとサニピ、楽しみだねーっと……これでよし」


私達は公式アカウントも作っているから、そこで明日のこともツイートして……つい食卓に座り、揃って顔を見合わせて笑っちゃう。


「いよいよ明日ねー」

「というか、さすがに遙子さんは余裕がありますよね」

「そうでもないわよ? 改めての第一歩だし……というか恭文くん、ヴェートルって世界よね。そこへ行く準備は」

「ばっちりです」

≪今日通っているクリニックに寄って、二月分のお薬はもらってきましたし、HGS関連の制御装置も予備を用意……≫


それで恭文くんが撫でるのは……ヴェステージドライバー、だったわよね。仮面ライダーマッハのドライバーを参考に作った……別世界の技術を詰め込んだ変身アイテム。

それに色とりどりのバイクミニチュアも並んでいて。これも変身アイテムになっているそうなの。


あとは、白い恐竜型のロボに、紫色のコブラ型メカ……これもガイアメモリっていうのを内蔵しているそうで、変身アイテム兼仲間らしくて。仮面ライダーも凄いわねー。


≪ヴェステージドライバーとシグナルバイクのオーバーホールも完了。
ファングメモリとメビウスメモリ、メモリガジェット達も万全≫

≪≪――!≫≫

≪まぁ最近暴れたので、ロストドライバーとウィザードメモリの持ち出しはシュラウドさんから止められましたけど……大抵の状況には対応できるはずです≫

「あとはリインかぁ」

「あ……あの子ね? 舞宙さんやフィアッセさんを、自分と出会う前の浮気相手と認識しているっていう……」

「ヴェートル行きをはやて……局に勤めている友達に相談したら、リインも休業扱いで現地に連れていってほしいって頼まれて」

「八神さんも変わらず上からの圧で動けないそうですけど、いざというときの介入手段は考えているということです。……そうならないのが一番ではあるんですが」


やっぱり……危ないことなのよね。魔法や次元世界なんて、私達は最近知ったばかりだけど……でも、そういう世界の事件にも対処するんだから。


「……あ、でもその前に、先輩と牧野さんにメッセ返しておかないと」

「そういえば、ステージを見に来られるのよね」

「差し入れでも持ってこようかーって言われていて。
牧野さん達はOKしたんですけど……千紗が本番前に会うと、また気絶しかねないので……」

「そう、だったわね……」

「……千紗さん、ありがサンキュー先輩に恋しちゃっていますしね……。
少し前に、自分もVチューバーになれば声優さんと共演できるのではーと相談してきたことが」

「つーか恋が先走ってキャラ壊れてんだよ……。沙季でさえ戸惑ってやがるんだぞ」

「その辺りもきちんと制御しなきゃって感じねー」


でも分かったわ。千紗ちゃんも全力全開だから、その辺りは恭文くんと牧野くんで調整しようと。大人組だから大変だー。


「…………」


……だから、自然と……横から恭文くんのことを、ぎゅーっとしていた。胸に顔を埋めてもらっているけど、気にしない。ううん、気にならないもの。


「は、遙子さん!?」

「ちゃんと帰ってきてね? 私も……琴乃ちゃん達も、待っているから」

「……はい……なのであの、この体勢は解除を」

「いいの」

「よくないのでー!」

『――!』


――――というところで、甲高い音が後ろから響く。

ダイニングの奥……キッチンに振り返ると、やかんが沸騰を知らせるように鳴いていた。

それをぼーっと……火にかけていたらしい渚ちゃんが見ていて。


自然と私達はハグを解除し、立ち上がり……キッチンに回って、私がIHヒーターのスイッチを切る。


「……渚」

「…………あ、ごめん!」


渚ちゃんはハッとして、曖昧に笑う。いつもの明るさはなくて……あぁ、そっかぁ。やっぱり明日だから。


「なんだか、明日なんだって考えたら……いろいろ考えちゃって」

「……どんなことを考えるの?」

「うまく、うたえるかなとか……。
振り付け間違えないかなとか……。
自分がみんなの足を引っ張るんじゃないかなとか……心配なんです……」


そこで自然と、恭文くんとも顔を見合わせて……。


「よし……じゃあ今日はいい紅茶だそうか。よく眠れるようにね」

「というか夜食だ夜食。とっておきのプリンがあるから、一緒に食べよう」

「帰りに買ってきたアレねー! じゃあみんなで食べましょうよ!」

「……ん……ありがと」


……こうして夜は更けていく。
 

「あれ……プリンが、ない……」

「えぇ!? でも恭文くん、そこに……って、ねぇ……あの、ゴミ箱に入っている空容器……」

「…………僕が買ってきたマンゴープリン達がぁ! というか、全員分……全員分奇麗に食べられているぅ!」

「……お姉様、吐き出してください。今すぐに」

「即行で私を疑うな! というか私、ずっとお前達と一緒にいただろ! 濡れ衣だろ!」


みんなにとっては、初めて迎えるステージ前の夜……。

私にとっては、改めてのスタートを迎える前の夜……。


「だがよぉ、お前以外に誰が…………ぁ」

「ショウタロス君? え、どうしたのかな。まさか」

「いや、麻奈の奴がよ……なんか、さっき満足そうに白いもんを口に付けながら歩いていたような……」

「………………遙子さん、牧野さんともども呼び出しを」

「そうね。しっかり……お仕置きをしないと……!」

「ははははははははは……」


みんなにとっては初めての夜。

私にとっては、改めての初めてを迎える夜。

だけど止まらない。時間が巻き戻ることもない。


だってそんな夜を越えて迎える明日は、私達が夢みて、選んで、飛び込んだ先にある明日だから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


明日デビュー……いよいよ一つの執念場。

なんだかんだでこの事務所……みんなといるのも居心地がいいし、ちょっとずつ自分が変わっていくのも感じて。


ただ……縁側の一つで、庭先に出て頑張る二人……というより、千紗を見て、恐怖も覚えていて。


「はい……そこまで! 千紗、雫、そろそろおしまいにして休まないと」

「ん……あと、一回……」

「先輩が、来るので……先輩が……!」

「いや、千紗の先輩じゃないでしょ! というかホリプロインターナショナルじゃないから、ここ!」

「みんなの先輩だから! ありがサンキュー先輩だから!」

「千紗ー!?」

「おおう……厄介全開……」

「そう思うなら雫も止めて!? いや、本当にお願い! 私もちょっと怖いのよ!」


もうね、この調子なのよ! ありがサンキュー先輩……もとい、ビリオンブレイクにも出ている声優さん!? 私は存じ上げなかったんだけど、その田所さんが来るって聞いて、ずーっとこの調子!

なんでも恭文さんがプラシルα絡みの事件で知り合って、その縁から千紗も顔を合わせて、憧れたそうなんだけど……でも勢いが怖いのよ! 完全に恋する乙女なのよ!


というか……。


――千紗、落ち着いて聞いて。というか……心臓に持病とか、あった?――

――い、いえ……あの、至って健康体なんですけど――

――そっか。じゃあ、心を落ち着けて聞いて。冷静に……気を確かに持って聞いて――

――あの、恭文さん……どういう、ことですか? 一体なにが――

――先輩が、星見まつりの日…………ステージを見に来る――

――………………きゅう………………――

――千紗ぁ!――


伝えるときもこの調子だったのよ! 本当に気を失ったのよ!


――千紗ちゃん! あの――

――大丈夫。呼吸はしっかりしている。脈も平気……本当に、幸せ過ぎて気を失っている――

――えぇ……!――

――いや、どれだけ田所さんが好きなのよ!――

――千紗……あれから田所さんのライブ映像や楽曲を聴いて、一気にハマったみたいで――

――いい笑顔過ぎて逆に腹が立ちますわね……!――


あれを見て納得したわよ! 恭文さんが、千紗がショック死するんじゃないかって心配していた理由が! 完全に恋しているんだもの! ガチ恋勢ってやつだもの!


「大丈夫……ドキがむねむねして、縄文土器になっちゃいそうだから……!」

「本当に休んで! そのだじゃれをかます時点でまともじゃないのよ! 冷静じゃないのよ!」

「あ、大丈夫……だよ? あの、デビューしたらキャラも求められるだろうからって、練習していて……」

「一体どこを目指しているの!?」

「笑いもできるようになったら、先輩に近づく……!」

「先輩は一体何者なのよ! 声優さんでアーティストさんって聞いていたんだけど!」

「笑いの天才だよ!」


言い切られた……!? というか待って! わけが分からない! 笑いの天才ってどうして!? 千紗は本当にどこを目指しているのよ!

いや、だとしてもセンスがない! それでドキがむねむねして縄文土器になっちゃう!? どこから学んだのよ、その壊滅的なギャグ!


「……怜ちゃん……それはさくらちゃんにも言った方がいい。影響を受けて、最近手品を練習し始めていて……」

「それは始めた時点で止めて!」

「火の輪くぐりを始めたら、さすがに止めようと思う」

「その前段階からぁ!」


ユニットリーダーが何をしているのよ! というかデビューライブに向けて頑張っている時期に余裕があったわね! 全く気づかなかったから、むしろ尊敬するわ!


「……千紗、もうその辺りにしておこうか」


すると左脇からすたすたと、恭文さんが……あぁよかった。その先輩を知っている人ならきっと止められる。そう安心してそちらを見ると。


「ちゃんと休むのは、プロとしての義務だもの」

『……………………』


なぜか、マンティコア状態の麻奈さんを……首根っこから握り、縁側に吊していた。というか図式だけ見ると首を吊らせている……!


「これは人質事件専門の部隊でも言われていることなんだ。……不眠不休で人質を見張るのが誘拐犯や籠城犯なら、奴らに勝つためには体力しかない。
だから捜査官には、必ず八時間眠るようにという記載がマニュアルにもあるのよ」

「えっと……恭文、さん……」

「そういうところからがステージってわけだ」

「その前に……どうして、麻奈さんを……!」

「自らてるてる坊主に志願してくれたんだよ。明日のステージが快晴で迎えられるようにと……素晴らしい先輩だね」

「「「えぇ……!?」」」

「違うよぉ! 恭文くん、許して! プリンを勝手に食べたことは謝るから!
でも、でも……あのプリンがあまりに美味しそうだったから! 見ていたら……気づいたら全部食べ終わっていたんだよぉ!」

「「「えぇぇええぇええぇええ……!」」」


吊された理由は察したけど、想定以上にしょうもない理由なんだけど! 本当にこの人、星降る奇跡とか言われていた伝説のアイドルなの!? いや、今はマンティコアだけど!


「あ、でも麻奈……さすがにもう夜も暑いし、大変だよね」

「心配するのそこじゃないよ!? 現時点で絞首刑なんだけど!」

「……ザラキエル」


そして恭文さんはHGSの翼を展開。更に光の蔦も左手から生み出し、伸ばして……。


「actII」


それで庭の一角……吊された麻奈さんの真下に触れたかと思うと、その周辺が氷に包まれて……一瞬で一メートル近い塊が生まれた。


「これでよしっと」

「なにがぁ!?」

「え、あの……恭文さん……」

「あ、みんなに見せるのは初めてだったね。
……ザラキエルはエネルギー吸収に特化した能力だけど、分子レベルから熱量を吸い取ることで“局所凍結”も起こせるんだ。これがactII(アクトツー)だよ」

「いや、そういうことではなくて……」


でも熱量……分子……いや、そうか! 電子レンジ! アレも電磁波とかで、中に入れたもの……その分子を振るわせて、熱を生み出すって聞いたことがある!

その逆なのよ! 分子が生み出している熱量そのものを吸い取って、ああいうことを……って、そうじゃない! そもそもそれをどうして今やったかって辺りよ!


「ほら、さすがに一晩吊して熱中症になっても困るでしょ? だから立ち上る冷気で涼んでもらおうかなって……僕って優しいー♪」

「「「「えぇぇぇぇえぇええぇえ……?」」」」

「それより千紗だって。……千紗、おのれの大好きな先輩に、寝不足の顔を見せちゃ失礼でしょ」

「あ、確かにそうですね。じゃあ……怜ちゃん、あと一回だけ」

「いきなり冷静にならないでよ……! というか恭文さん」

「大丈夫。千紗には正しいオタクの心得を、ちょっとずつ教えていくから」

「それなら、私も……協力する……」

「よ、よろしくお願いします」


……本当にここは退屈しないというか、私の今までが崩れるというか……でもまぁ、いいのかもしれない。

私はここで、新しい自分に変わりたいんだから。だったら……それくらいは許容範囲ってやつよ。


「あの……助けて−! というか許して−! 私を無視しないでー! これはあんまりだよー!
というかね、それ以前にその氷山からの冷気は何も感じないんだよ! 焼け石に水ですらないんだよ!」

「それが終わったら食卓集合ねー。よく眠れるように、遙子さんがお茶を煎れてくれるから」

「「「はい!」」」

「で、僕もこの能力を生かして……究極のアイスを作ってあげる! 甘さとカロリー控えめなバニラアイスだ!」

「「「ありがとうございます!」」」

「ちょ、それ私も……駄目だよねぇ! ほんとごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃ!


まぁ……あのマンティコアタロスくん二号については、うん……さすがに想定外がすぎるけど。というか当人すっかりなじんでいるし。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……お姉ちゃんがやらかした……お姉ちゃんがやらかした……お姉ちゃんが! やらかしてくれたのよ!

それでみんな、ちょっとぴりぴりしているところもあるからって、遙子さんと恭文が気を遣ってくれて……いや、その前に申し訳なさ過ぎて……!


「恭文、ほんとごめん……!」

「いいよ。つーかおのれもこれ以上はあまりうるさく言わないで」

「いや、でも」

「予想はしていたから」

「え」


キッチンでなにやらごそごそと準備していた恭文は、呆れ気味に肩を竦める。


「二年ぶりに食べたり、牧野さん以外の誰かと話したりできるようになったんだ。はしゃぎたくなるときもあるでしょ」

「ぁ……!」

「まぁ甘やかしてもよくないし、ちゃんとお仕置きはした。それで終わりだ」

「恭文……」


あぁそっか。考えてみればお姉ちゃんは……自然と申し訳なさげな牧野さんを、キッチンの中から見やって。


「……でも、それなら私も一言言っておくよ」

「琴乃」

「また遠いところに行っちゃうし、それでって気を遣ってくれたんだもの。家族としてちゃんとする」

「相変わらず強情だねぇ」

「それはこっちの台詞だよ。……でも、ありがと」


そういう気遣いもしてくれていたのは、素直に嬉しくて……だからありがとうを伝えると、恭文は軽くそっぽを向いて。

……って、甘えてばかりもいられないよね。それなら私も手伝わないと。


「それよりほら、アイスって……私も手伝うから」

「ん……とはいえ手伝ってもらうようなことはほとんどないんだ」


そう言いながら恭文が取り出すのは、最近使い切ったばかりの茶筒二つ。

されに冷蔵庫から生クリーム、牛乳、卵黄を取り出して、そこに砂糖、塩も並べて……。


「これに材料をぶち込み、混ぜて、蓋を閉じてから氷で冷やすだけだから」

「え……!?」


とにかく恭文の指示通りに、茶筒に生クリーム、牛乳、卵黄、砂糖を入れる。全体量としては缶の半分くらい。

蓋を閉めたら、念のためにとガムテープで蓋の口を縛って……。


「ひたすらシェイク……それで十分に混ざったかなーってところで」


恭文は密閉容器に氷を……例のactIIで量産した入れて、その中央に茶筒を差し込む。

それから塩を二回に分けてしっかりとふりかけ……。


「氷の三分の一以上入れる。
これを閉じて、またガムテープで留めてタオルに巻いて……あとは二十分くらいころころ転がす」

「転がす!?」

「もっと言うとシェイクする。回転を意識して、横向きに」

「わ、分かった……シェイクよね。うん、頑張る」

「……さすがに大変だから、分担するよ」

「ん……」


そうしてみんなで、持ち回りでシェイクすること二〇分……。


「……できあがりを確かめるのはね、こうやって取り出した缶を振って、水音をするかどうか確かめるの」

「していなかったら、凍っている?」

「そう」


試しに缶の一つを容器から取り出し、振ってみる……うん、確かにしない。でもこれって。


「あとは缶に付いた塩を拭いて、蓋を開けて……取り出し盛り付ければ完成だ」


ガムテープを剥がし、缶を開けてみると……。


「ぁ……!」


本当だ。アイスが……ちゃんと、バニラアイスができている! え、これどういうこと!?


「琴乃、手早く盛り付けるよ。冷やした容器を取り出して」

「わ、分かった!」


とにかくみんなの分容器を出して、アイスを平等に取り分けて……。


「みんな、お待たせ−! アイスができたよー!」

「お、お待ちどうさま」

「待ちくたびれましたわー! というか……え、本当にアイスですの!?」

「まぁネタばらしは食べ終わってからで……はい、どうぞ」


そうして配膳し、驚くみんなに交ざるように、私達も座って……。


『いただきます』

「くぅーん♪」


ちょっと遅い時間だけど、明日に備えてのちょっとしたご褒美ということで……量もやや控えめだから、みんな安心して、スプーンでアイスをすくい、一口………………え、なにこれ。

口に入れた瞬間、さーっと心地よく溶けて、冷たさと甘さが広がって…………なにこれ、美味しい……!


「ん……アイスですわ! しかも極上品ですわよ!」

「すずの言う通りだな。いや、これは……店のアイスとも全然違う」

「口溶けがさらりとしているんですよね。いや、さすが恭文君の十八番だよー」

「やすふみ、腕を上げた……おいしい……♪」

「那美さん、久遠、ありがと」

「……えっと、恭文ちゃん……これってどうして? 冷蔵庫で冷やしたのって容器だけだよね」

「コツは塩ですよね」


あ、沙季はやっぱりすぐ分かるんだ。アイスを堪能しながら、納得した様子で笑っていて……。


「氷に塩をかけると、二つの解ける現象が発生します。
一つは個体の氷が溶けて水になること。もう一つはその水に触れて、かけた塩が溶けることです。
どちらも個体が液体に変化するけど、このとき必ず熱を吸収したり、逆に放ったりする現状が起きるそうです。
……ようはその現象を利用して、冷蔵庫なしでもアイスができちゃうような温度に仕立てたんですよ」

「あとはそうしてキンキンに冷やされた茶筒……金属の内側で、材料も凍っていって、外側に張り付くってわけだ」

「あ……だからシェイクしていたの?」

「それだけじゃないよ。……アイスの美味しさは、内部に作られた空気の粒……穴だ。
攪拌しながら固めていくことで、そういう穴ができやすい。それが口当たりや口溶けの良さに繋がって、美味しさが増すのよ」

「凝固点降下だったか? 小さい頃理科の実験でやったが……それでアイスは盲点だなぁ」

「これ、キャンプとかにもいいんですよ。なにせ氷と材料、道具さえあれば誰でもできますし」

「そういう意味でも十八番だったんだな」


あ、そっか。冷蔵庫を使わないから……いいなぁ。これがキャンプとかに出たら、凄くはしゃいじゃう……キャンプ? あ、それなら。


「牧野さん、それ……遙子さんのキャンプ企画にいいんじゃ」

「あ、そうだな。絵にもなるし……よし、検討してみよう」

「でもこれ、本当に……身体にすーっと染みて、美味しいです……」

「気持ち、リフレッシュ……感謝……」


千紗と雫の言う通りだった。だから改めて……隣りに座る恭文は、言葉で伝える。


「その、私も……感謝しているから。すっごく美味しいし」

「喜んでくれたならなによりだよ。……さ、この後は遙子さんのお茶だよー」

「みんな、待っていてねー。口当たりさっぱりなアイスティーに仕上げているから」

『やったー!』


――明日……私達はいよいよ明日……この世界に産声を上げる。

それでさほど経たずに、また恭文も見送って……だけど、大丈夫だよね。

こんなにたくさん元気をもらったんだもの。きっと成功させる。


それで私も、私の夢を、償い方を追いかける。全ては……明日の一歩からだ。


(その13へ続く)








あとがき

恭文「というわけで、アイプラ編十二話目……デビューライブ終了までは賭けているので、ほぼほぼ麻奈のせいでこうなった」

麻奈「ちょっと待てぇ!」

恭文「そしてさらっと登場したザラキエルの進化能力……凍結バレットで敵を砕くノリだろう」

フェイト「それも怖いよ……。
それで、えっと……今日(08/01)はヤスフミの誕生日だよね。おめでとう!」

アイリ・恭介「「お父さん、お誕生日おめでとうー!」」

白ぱんにゃ「うりゅりゅー♪」

蒼凪荘の動物さん達『〜♪』

恭文「ん……みんな、ありがとう……!」


(なおどこぞの女神アクアや、棟方愛海も誕生日です。おめでとうー)


フェイト「で、ヤスフミ……これは……」

恭文「……歌織からの誕生日プレゼントだよ」

フェイト「れ、例のアレ……なんだね……!」

アイリ「……でか……」

恭介「……これ、家におけるの……?」

恭文「大型プラモだけど、そこは大丈夫だよ」


(そして今回、アイプラキャラ紹介はちょっとお休みして……蒼い古き鉄がお悩みです。
……原因は目の前にあるどでかい箱と、一枚のチケット)


ジャンヌ(Fate)「ヤスフミ、これは……プラモですか?」

恭文「……≪ボーダーモデル 1/32 イギリス空軍 アブロ ランカスター B.MK.I/III≫。
税込み一二三〇〇〇円という海外製の大型プラモだよ」

ジャンヌ(Fate)「はい……!?」

恭文「同スケールのプラモはあるんだけど、群を抜いて精密に作られたものだから……。
さすがにこれ、もらいっぱなしは悪いから、また歌織や歌織のお父さんにお礼をしないと……!」

ジャンヌ(Fate)「というか、ちゃんと作ることが何よりのお返しでは……」

恭文「歌織も一緒に作ってくれるそうだからね。そこは頑張るよ……!」


(でも蒼い古き鉄、さすがにこの規模のスケールキットは初めてなのでビクビクです)


恭文「ただまぁ、そういう重さは置くと……楽しみではあるんだよね。
実はカイザーの別荘で、このキットの完成品を見てから憧れだったし」

フェイト「あ、そっか。静岡に建てている別荘、カイザーさんが作ったプラモの展示コーナーもあるんだよね。それでガンプラ以外もたくさん作っていて」

ジャンヌ(Fate)「ではカオリも、そのために……」

恭文「やっぱお礼はきっちりしよう……!」

ジャンヌ(Fate)「えぇ、そうですね。で……このチケットは?」


(次に注目するのは、一枚のチケット……)


ジャンヌ(Fate)「佐竹飯店の銘が打たれているのですが」

恭文「……美奈子からの誕生日プレゼントだよ。佐竹飯店で好きなご飯をいっぱい食べられるチケット」

ジャンヌ(Fate)「え」

恭文「ただし、大盛り・特盛り・超特盛り……佐竹飯店、大盛りでも相当量なのに」

ジャンヌ(Fate)「…………胃薬は、用意しますので」

フェイト「う、うん。それは……頑張らないとだね」

アイリ・恭介・白ぱんにゃ「「…………うりゅー」」

黒ぱんにゃ「うりゅ……!」


(そして後日、蒼い古き鉄の誕生会が、佐竹飯店で行われました。
本日のED:大黒摩季『夏が来る』)






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……それは、ヴェートル行きを決めた直後のこと。


「……恭文くん……どうして……どうしてなの!」


いちごさんの家に引っ張られ、彼女の如く詰め寄られていた……。うん、仕方ないよね。ヴェートルの絡みで滅茶苦茶心配かけちゃうし。


「夏だよ!? 夏なんだよ!? 分かっているのかな! なのにどうしてまたそんな戦いに! 夏だって言うのに!」

「……絹盾さん、あなたはまずそこですか」

「本当ですよ! 夏ってところを強調しないでください! 分かっています分かっています! だから念入りに準備しますから!」

「そういうことじゃなくてさぁ! まず夏ってところがアウトなんだよ!」

「だから夏は一旦置いて!」

「恭文、それは……無理だろ……」

「あらかた夏にやらかすじゃねぇかよ……!」

「おのれらも含めてね!」

「分かっているよ! だから突き刺さってんだよ! 鋭く突き刺さってくれているんだよ! 胸の中でさぁ!」


よかった、ショウタロスも分かっていた! でもそうだよ、おのれらはそんな僕から生まれたんだから……僕と同類だからね!? それこそ地獄まで相乗りだよ!


「というか、ふーちゃんや歌織と全く同じ反応はやめてください!
ふーちゃんも大変だったんですから! 付いていくって聞かなかったし! 同窓会あるのに!」

「だったら恭文くんも同窓会を理由に」

「僕とふーちゃんが別のクラスだったときの同窓会なんですよ! 小学校六年の同窓会です! 知っているでしょ!?」

「……実は同じクラスだったんじゃないのかな。ほら、ちょっと忘れているだけで」

「さすがにそれはない!」

≪現にこの人には、その同窓会の誘いは来ていませんしねぇ≫

「でも同窓会なら一日くらい抜ける形でいけそうなのに……」

「ふーちゃんと同じクラスだった夢崎みきおってのが、僕達が通っていた学校……四ノ塚小学校への泊まり込み同窓会を企画したんですよ」


さて、今更だけど解説です。

僕達が通っていたのは、豊島区にある都立四ノ塚小学校。うちの近所にある、ごくごく平凡な一般校だよ。

ただ、僕達にはいろんな思い出があって……たとえば小学校五年の頃、僕とふーちゃん以外が集団食中毒を起こし、誰もが脱糞しまくり、僕達のクラスはうんこクラスとして名を馳せたこととか。


そんな思い出の一つが……今回六年二組での同窓会を発案した夢崎みきお。

まぁまぁぶっ飛んだ奴ではあったけど、クラスの中心としてみんなを引っ張ってさ。おかげで妙に纏まりがあるクラスになった。

僕も別クラスではあったんだけど、ふーちゃんとの繋がりからみんなとも親しくてね。みきおともそれなりに馬が合う友達だったんだ。


そんなこともあって、今回のキャンプもほとんどのメンバーが参加予定らしい。でも学校を借り切っての泊まり込みとか……よく許可が取れたものだと感心したよ。


「だからまぁ、二泊三日のキャンプみたいなものなんです」

「あ、そうなんだ。……でも、よくそんなことできたよね」

「実は四ノ塚小学校、新校舎立て替えが進んでいて……お兄様や私達が通っていた旧校舎は取り壊しになるそうなんです。
それで担任の先生による保護監督も取り付けられたので、特別にと……」

「そうして最後の思い出作りかぁ。それは邪魔したくないなぁ」

「えぇえぇ。そうなんですよ。……ほんと、そのみきおがイベンターみたいなもので、ふーちゃんや他の子達も一年楽しかったーって未だに言うくらいなんですよ。だからきっちり送り出しを」


……というところで、スマホが鳴り響く。まさかと思い届いたメッセージをチェックすると……!


「……ふーちゃんが、同窓会をキャンセルするって……!」

「ぬわにぃ!?」

「あらまぁ……豊川さん、本当に心配だったんですね」


そうだね。それは嬉しい……いやいや、よくないよくない! こういうのはよくないよ!

ふーちゃんにはふーちゃんのやりたいことや楽しみがあっていいんだから! それを邪魔したくないのに!


「……だったら私が行くから大丈夫って伝えようか」

「大丈夫じゃありませんよ! いちごさんもラジオや配信番組がありますよね! アフレコだって!」

「でも……恭文くんの方が、心配だよ……」

「毎日恋人みたいにラブコールを送りますから! 頑張りますから! だからお仕事しましょう!」

「なぁ!?」

「……恭文……いや、まぁ……それくらいしないと、だな」


まぁこうして頭を抱えていた僕達だけど……実は人生の重要な岐路に立っていた。

人生は選択肢の連続。そしてときには、死に神が鎌を構えていることもあって……。


そんな当たり前のことを改めて突きつけられてしまったのは、ヴェートルの事件が全て終わってからのことで。


(おしまい)





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