小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2019年7月・星見市その11 『産声とさよならはS/そして、夏がくる』
雛見沢でも配信の日々は続く……続いてしまう……もう六月だっていうのにねぇ!
ただ、今僕もいろいろ試したい時期に立っていて……。
「えー、今日の配信は塗装配信! 前々から言っていた、アクリル絵の具でいろいろ塗ってみようーって内容だよー!」
そう……僕がここ数年でいろいろ試している、絵の具塗装です。それで今回用意したのは……。
「まぁTwitterでフォローしている方の真似っこって感じだけど……今回用意したのは、ターナーさんのアクリルガッシュと、最近販売されたU-35という新しいアクリル絵の具。
それと、塗料の食いつきをよくする下地用のジェッソと、コーティング用のバーニッシュを持ってきたので……これで、塗装サンプルに近いものが作れたらなーと思います」
――本当に絵の具……――
――プラモ作るVチューバーも珍しいけど、ガチで塗装に走る人は初めて見た――
――真似できそうならしたいです!――
「うんうん……真似してくれていいんだよー。というかね、さっき言ったフォローしている方にちょっとお願いして、その方のTwitterやガンスタのページも概要にリンクを張らせてもらったから……それも是非見てほしいです。
で、今回は塗装がメインなので、色を塗る題材として……タミヤさんの戦車模型……1/35 ミリタリーミニチュアシリーズ≪T-34/85≫をあらかじめ組んできました!
あと、HGBDのハロ達もね!」
実はハロもプラモ化していてさぁ。その辺りはビルドダイバーズっていうガンプラバトルモチーフの作品がある影響なんだけど……とにかくこれがいいのよ! 作るの簡単だし、こういう塗装の題材としては楽だし!
で、T-34/85については、僕の完全な趣味です! 応用編的にね!
――所々に見えるディテールアップw――
――塗装のお手本なのにw――
「そういうところも含めてどうなるかなーって、気になっている人もいるだろうからね。
……まぁちょっとコツも必要だから、みんなも実際に試すならランナーとかこういう固定モデルで練習して、それからーって感じがお勧めかな? 特に可動部近くの塗装は気を遣うところもあるし」
――そこだけラッカーとかでもOK?――
「うん、関節だけラッカーとかもOKOK……またはラッカー塗装して、細部を塗るときに絵の具を使うーって手もあるね。最近だとちょうどファレホ……アクリル塗料だけど、そういう感じで使うし」
――ファレホはいいぞ――
「いいよねー。最近はアクリル系がどんどん強くなっているから、素晴らしいことだよ。
水性ホビーカラーもさ、リメイクしたのすっごいいいでしょ。べたつかないし、塗膜ラッカーに迫るくらい強いし」
そうして話しながら、早速作業開始っと……。
「じゃあ今回は、百均のラインナップで手軽に使えるウォーターバレットの作り方からだね。
これが楽なんだよー。適当な大きさのプラスチック容器に、それに入る大きさのスポンジを入れる。あ、水を含ませた上でね?
そうして湿気を生み出しつつ、それをクッキングシートでくるみ、適当なマスキングテープで仮どめして……はい完成。
あとはこの上で、色を調色したり、伸ばしたりして……休むときはそのまま蓋を閉じれば、スポンジの湿気で絵の具が換装しない」
――おぉ――
――こんな簡単にできるの!?――
「今回はとことん簡単かつお手軽にって感じだね。
では塗装……の前に、ジェッソを塗ったものと、塗らないものをで強度がどれだけ違うかを見ていこうか」
というわけで、事前に用意した青のハロ二体を取り出します。これはU-35で塗ったやつだよ。
なおハロのキットは固定スタンドも付いているから、それをそのまま塗装用スタンドにしています。
「左がジェッソ……下地を作ったもので、右がそのまま直塗り。塗った塗料はU-35のブルー。
乾燥時間は表面だけなら一層十五分前後。完全乾燥なら丸一日。
なのでこれを、爪楊枝でガリガリします」
そうすると……あー、やっぱり下地を作らないと弱いなぁ。右のハロは塗料がぽろって取れちゃう。
「分かるかな……余り力を入れていないんだけど。なおジェッソ入りは、割とがっしり……こっちは力を入れないと外れちゃうね」
――やっぱそのままはくっつきにくいか――
「そうだね……ただ、ジェッソも絵の具と同じで臭いはほとんどないし、サーフェイサーや溶剤が使えない人でもやりやすいと思う。
あとは関節部の調整とかだねー。そこもまた別の配信でいろいろ見せられたらいいんだけど」
――細かく見せてくれるのは助かる――
「そう言ってくれるとやりがいあるよー。
……じゃあ早速、下地塗装から入ろうか。本塗装はアクリルガッシュ、U-35と塗っていくから、質感の違いも見てほしいな」
じゃあ早速、ジェッソをウォーターバレットに出して……っと。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
…………雛見沢に出張中だと言うけど、それでも変わらずに配信活動も続けていて……それにはもう、わしらも一安心。
いや、まいさん曰く設備関係が整いまくっているおかげだっけ? トリエルとのコラボユニット合宿先で、たまたまらしいし。
それで今……まぁ、なんとなく分かるよ。いろいろ動いているんだってさ。そこは大人だし、深くツッコまないけど。
だけど……。
『画面ごしだと臭いは伝わらないけど、ジェッソがすーって塗れるのは……見て伝わるかなー。
あとはね、乾燥するタイミングをちゃんと置いていくこと。それで大抵のことはなんとかなるから』
早めに仕事が終わり、家に帰り着いてすぐのこと……ベッドでぐでーっとしながら見るのは、ジンウェンくんの配信。
「絵の具でプラモ塗れる……マジだったんだ……!」
配信でも散々言っていたけど、実は半信半疑だったんだ!
いや、絵の具の種類によってはってことみたいだけど! ゆーさんじゅうごだっけ!? あたし、そんなの聞いたことないしさぁ!
『では、いよいよ……T-34から塗っていくよー。ハロは色味の実験台って感じで』
――ここで理解したハロの存在意義――
――T-34の映画、楽しみ――
『楽しみだよねー。十月……秋だよ。夏を超えてからだよ』
真っ黒だった戦車。あたしはやっぱりその辺り専門じゃないけど、それがどんどん……あ、塗られていかないな。
ハロで色味を確かめて、本塗装って感じっぽいし。
『今回使ったジェッソは黒だから、ちょうど黒立ち上げみたいになっていくのかなぁ。……あ、ジェッソはおなじみなグレーもあるから、そこはお好みでだね』
でもハロの色、決して汚い感じじゃない。むらむらだったのも、筆を重ねるごとにこう、味がある……深い感じになって……!
『一発でムラなく塗るのは無理だから、焦らず、筆を走らせたところはすぐ触れないようにしつつだね。
塗り重ねるだけならほんと五分も経たずにだから、乱暴なことさえしなければそこまで気を遣わなくて済む』
――隠蔽はどうなんだろう――
『そっちも塗り重ねが楽って辺りで、総合的に高い方……なのかな。
まぁあとで白の筆塗りでマーキングや細部塗装もするし、そこで見てみようか』
まだまだ続く配信。それはスマホでじっくり見せてもらうとして……ひとまず立ち上がり、台所に。
こう、夕飯がてら晩酌したいし……というかいっぱい食べたいしね。実は晩酌のお供にもちょうどいいんだ。
というか、あれだね。ジンウェンくんの配信を見ていると、こう……なにか作りたくなるというか。
「やっぱ楽しそうなんだよなぁ」
――――まぁまぁ個人枠で自由にしていると思ったら、あの星見プロに異例の所属になったから、ほんとびっくりしたっけ。
でもやっていることは相変わらずで……好きなこと、楽しいこと……うたうこともいつも全力で。
「……約束、守ってくれて安心しているよ」
戦うことだけじゃない……好きなこと、楽しいこと……表現することは、諦めなくていいって。本当にそうしてくれて……スマホを見ながらつい笑っちゃう。
「だからきっと、“お姉さん”にも届くよ。君の歌声……君の楽しいって気持ち」
あの日、あたしと伊佐山さんのためにって走り回ってくれていた子。
昔の自分や、慕っている琉兵衛おじいさんのこともあって、重ねて見て……それでも今に手を伸ばしてくれて。
そんなあの子にはお礼を言うだけじゃ足りなくて。一方的かもしれないけど、背中を押して……それがこうやって続いていくのは、やっぱり嬉しくて。
それに今だって……いや、こういうときこそ落ち着かないとだね。PSAの人達もしてくれているしさ。
それにきっと、大丈夫。
「大丈夫だってことだけは……なんとなく、分かっているしね」
あの子は戦うことが……怖くて、大きくて、でも強くて凄いなにかに立ち向かっていくことが、心の底から大好きなんだから。
『あ、そうそう……明後日ね、TRINITYAiLEの天動瑠依さん、鈴村優さん、奥山すみれさんとコラボ配信することになったから』
そう、だから新しい可能性が広がって………………………………ん!?
「TRINITYAiLE!?」
――唐突な告知!――
――え、トリエル!? 瑠依ちゃん!? なんで!?――
『ほら、GW頃にコラボしてくれた天原舞宙さん……ポプメロとのコラボユニット、最近発表されたじゃない?
トリエルもそういう配信とかやってみたかったところで、舞宙さんとの配信を聞いてくれてさぁ。ありがたいことだよ」
――星見プロ的には大丈夫?――
『大丈夫。むしろ牧野さんも“みんなにはトリエルの技術を近くで見て、学ぶチャンス”って言ってくれたから。
でね、なにやろうかなーって考えて……ちょうど天動さん達もガンダム履修中なんだ。それでガンダムWの第一話同時配信でどうだろうと』
――崖の上から叩き落としていくスタイルw――
――翼繋がりとしても残酷がすぎる――
『でも天動さん、既にファーストとZはTV・劇場版揃って履修済みの人だから、多分なんとかなるよ。
……あ、ビルドダイバーズも同じくだから』
え、嘘……人気アイドルと共演!? なんか凄いことに……これはもう、勧めた側としては。
「……祝杯じゃー! あ、でもガンダムWってなんだろ……一話かららしいし、あたしでも入れるかな」
あれからガンダムもちょっとずつ見ているけど、作品がたくさんあるから……全部とはいかないんだよね。新しめのから……ガンダムSEEDや00、鉄血から入っているしさ。
でも明後日……うん、仕事はお昼までだし、余裕があるなら配信を見てみよう。これもあの子が暮れたきっかけと思えば……なんて、料理しながら、開けたワイン片手に思っていました。
そう、このときは知らなかった…………あんなカオスな配信になるなんて、知らなかったんだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――――トリエルをゲストに迎えての配信はまぁ、極めてカオスだった。というか、ガンダムWという作品がぶっ飛んでいた。
『くくく……はははははははははははは! ははははははははははははははははは!』
『……ジンウェンさん! 主人公が上げちゃいけない笑いをあげています!』
『初回だから余計に破天荒だねー。あ、それとヒイロ役の緑川さん、このとき高熱を出していたそうだよ』
『役まで熱に浮かされとるってか? んなアホな』
『いや、それ以前に……ヒロインが乗った船……シャトル? 撃墜しようとしましたけど』
『ヒイロならいつものこと』
『どういう主人公なんですか!』
天動さんと奥村さん……ほぼツッコミしかしていなかったからなぁ。
なお鈴村さんはアニメ関係もそこそこ押さえているそうで、そこまでじゃあなかった。だがそれゆえに天動さん達の混乱が強まる。
『――心配かけてすまない。
私なりになんとかしたつもりだ』
『あの、主人公機ですよね!? 早速やられたんですけど!』
『天動さん……もとい瑠依、落ち着いて。ウイングガンダムならいつもの扱いだから』
『主人公機なのにですか!? あとどうしてそこまで悟りきった顔ができるんですか?!』
コロニー……宇宙側が送り込んだテロリストって立ち位置なせいか、悪役みたいに笑うし、早速仮面キャラにやられる主人公。
主人公機なのに、ドガンと大砲をぶちかましたらあっさりやられちゃうウイングガンダム……しかも羽交い締めで落下だよ!
『……わたくしは……わたくしは、リリーナ・ドーリアン。
あなたは?』
そして浜辺に打ち上げられたところを、ヒロインに見つけられて……離れて自爆しようと思ったら、装置が壊れて……駆けつけてきた救急隊員を蹴散らし、救急車を乗っ取り逃げる主人公。
ヒロインはそんな様を見て、なぜか自己紹介。
かと思えばヒロインの学校に転校してきた主人公……かと思えば、そのヒロインから誕生会に誘われて、その手紙を破り、涙を拭い……。
『――お前を殺す』
『『…………えぇえぇえぇ…………』』
『出た! 名台詞や!』
「………………は………………!?」
「えぇ…………」
せっかくだからと寮で同時視聴していた俺と琴乃達も、唖然……唖然……。
『いやぁ……やっぱりガンダムWの第一話は何度見ても飽きないね!』
『前触れもなく呼び出すのー♪ 天気がーいいからー♪ 私をー待ちぼうけさせてー何様のーつもりー♪』
『へいへーい!』
『走ってきたのー分かってるけどー♪ そんなーことはー♪ 当たり前よー♪』
『いぇーい!』
なんで鈴村さんは笑顔でEDがうたえるんだよ! いや、イラスト(恭文君作)しか出ていないけどさぁ! でも見えるんだよ! 満面の笑みが!
『優もうたっている場合じゃないわよ! あとや……ジンウェンさんもコールを送らないでください!
それよりあの、これ……どう収拾を付けるんですか……!?』
『瑠依ちゃんの言う通りですよ。一話からアクセルべた踏みでブレーキ壊れたダンプカーみたいだし』
『まぁそこはちゃんと纏まるんよな。うちは履修済みやから……これしか言えんけど』
『それはもうハッピーエンドだよね』
「信じられませんわよ!」
すずの言う通りだよ! ここからどうやってハッピーエンドに持っていくかが全く想像できないよ! 変に『衝撃の第一話』とか銘打たれているより衝撃的すぎるんだよ!
『分かった! 二話目! 二話目行こう! ガンチャンでそのまま続けて同時視聴できるから!』
『そやな。それ見てくれれば、ガンダムWがどういう作品かよう分かってくれると思うわ』
『そ、そうね。一話だけなら……二話目からは、普通かもしれないし』
『じゃあ続けてごー!』
その希望に俺達も縋っていた……が。
――つづく――
『いやぁ……二話目も最高だねぇ』
『そやなぁ』
『………………更に悪化しているってどういうことよ!』
『ヒイロ土左衛門になったんだけど! というかぷかぷか浮かんで続くって! 続かないよ! 続いたらホラーだよ!』
なにも変わらなかった……天動さんが言うように悪化していた!
というか、平然と自爆とか正気の沙汰じゃないぞ! それで結果海にぷかぷか浮かぶとか! まさか毎回この調子なのか!?
「というか、あれが本当に主人公ですの!? 仮面の方が相応しいと思うのですが!」
「でもすずにゃん、クレジットは上だったよ!? ヒイロって! 緑川さんって!」
「ガンダムって、こうなの? え、でも鉄血はこんなぶっ飛んだ感じじゃ……えぇ…………」
琴乃が混乱している! 恭文くんきっかけでガンプラを作っていた琴乃でさえ混乱している! というか……これをよく放送できたな! 凄いな一九〇〇年代末期!
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――二〇一九年七月。
先月、星見まつりの特設ステージにて、サニーピースと月のテンペストの出演が発表。同時に二組のデビュー準備も加速していく。
楽曲の準備やレッスン、中間・期末考査対策、更にビラ配りという地道なPR活動……みんな、気温も高くなっていく中よく頑張ってスケジュールをこなしてくれていた。
そうして七月九日……二日前に芽衣の誕生祝いをしたところで、バイクのエンジン音が星見プロシェアハウスに響き渡り。
「――――というわけで、戻ってきたよ! ただいま−!」
「「「ただいま−!」」」
『お帰り−!』
「恭文ちゃんー!」
そう……雛見沢にて長期出張していた恭文君が、ついに戻ってきた。
だが芽衣、いきなり飛び込んでハグはやめてくれ……仮にもデビュー前のアイドルが……!
「おぉ芽衣……誕生日、ちょっと遅くなっちゃったけどおめでとう−。雛見沢のお土産やらプレゼントやらあるから」
「ありがとね! でも……無事にちゃんと戻ってきてくれただけで、芽衣……お腹いっぱいだよぉ……」
「芽衣の言う通りだな。まぁ……積もる話は……話せる範囲でいいから聞かせてもらうとして」
「えぇ。大分土産話がありますし」
――それで恭文君をダイニングに上げて、麦茶で一息ついてもらい……そうして聞かされた話は、まぁまぁ規格外なところばかりで……!
「――千葉一派も逮捕されたから、プラシルαがこれ以上出回ることはない。あとは散らばった現物をどこまできちんと処理できるかだ。
次世代兵器研究会についても今回のドタバタ……その根幹が跡目争いなのもあって、内々に解体。
主要メンバーは全て失脚か逮捕。
入り込んでいた元財団Xのメンバー達も全員潰せた。
持っていたメモリも回収し、悉く破棄される」
「それにプラシルα……その試作品に近いものが、二年前奈津子と猪熊修也に渡されたのも確認できたしな」
「え……それじゃあ……!」
「……これで奈津子も裁判のやり直しができる。恐らく情状酌量は得られるはずだ」
「よかったぁ…………」
「千紗ちゃん……?」
千紗……いや、そうだよな。この辺りについてもまた後で話そう。みんなも千紗がこの反応だから、びっくりしているんだよ。
「まぁ、その……お疲れ様」
「ん……ありがと」
すると琴乃が嬉しそうに微笑んで……だが俺達は茶化すようなことは何も言わない。恭文君にとっては、大事なことが……ようやく終わりを告げたんだ。
本来なら俺達にここまで話すのもアウトなんだろうが、心配をかけた分ということで……口を開かせているしな。
「あ、でも」
「今聞いた話は、内緒に……でしょ? それは私達みんな承知しているから」
「それはもう! とにかくハッピーエンドってだけでお腹いっぱいですし!」
「さくらちゃんの言う通りねー。
あ、でも……それならアイラバ関係のみなさんにもお話しないと」
「だからまたあっちこっち回ってきます。一週間くらいは事後処理に追われる感じかなぁ」
「仕方ありませんよ。今回の件、いろいろな主導はお兄様になっていますし」
恭文君とシオンも、そこは“必要な仕事”と肩を竦める。
「……恭文ちゃん、また飛び出しちゃう感じ?」
「向こうも仕事の都合があるから、お昼から二〜三件回ってーって感じかな。あとはその繰り返し」
「だがこのクソ暑いのにあっちこっち行脚……いや、逆に考えるんだ! あっちこっちで美味しいものが食べられる!」
「ヒカリちゃんに夏ばては関係なさそうだね……」
「でも行脚って……事件が解決しましたのに、また面倒ですわねぇ」
「解決できたからこそだよ。……今回の一件、警察官や忍者、私立探偵……はては現地の中小学生や自衛隊の非正規部隊、声優さんやおのれらアイドルまで巻き込んだしね。
想定外の民間協力者が多数増えたのもあるから、まずはその人達の身辺保護や状態確認……その手続き。
その上で今後縄張りや管轄を飛び越えての捜査が必要になった場合や、そういう事件の予兆を察知したときの備え」
「備え、ですの?」
「そういう異変を誰かが察知したとき、今回生まれたコミュニティを通じ、共有し、すぐ対応できるようにね」
「またなにかあるんですの!?」
「あった場合にはって話だよな。その辺りは、アイドル業界でも言えることだから分かるよ」
すずの言いたいことも分かるが……というかぎょっとしてこっちを見るなよ。そういう広がりが仕事に繋がるんだからな?
「三枝さんなんかも、仕事の大半はそういうコミュニティの保持と拡大だからな
恭文君は今回の事件で主軸だったと言うのなら、それこそ背負うべき責務だ」
「……重たいものですわね」
「だけど……牧野さん!」
「あぁ」
芽衣には“分かっている”と頷き……とにかく恭文君に懇願……懇願!
「その辺りとの兼ね合いも全力で配慮するから……いろいろ頼めないだろうか。
みんなの勉強関係とか……とにかくもうすぐだからさ」
「だと思いましたよ……。まぁ勉強については、僕も一緒にやる感じなので問題ありませんけど」
「恭文ちゃんも?」
「二か月近く留守にした関係で、いろいろすっ飛ばしたしね」
それはもう、申し訳ないやらなんだが……だが手伝ってくれるだけでもありがたい! 実際みんな、結構一杯一杯だからさぁ!
「なので回るついでに、星見まつりの方もよろしくお願いしますーって宣伝してきます。生配信とかするんですよね」
「星見市の公式チャンネルでな。アーカイブも残るそうだ」
「だから新人の登竜門としても人気なんですよね。実際お姉ちゃんのステージ切り抜き、凄い再生回数ですし」
そう……星見まつりのステージは、会場だけじゃない。チャンネルの方で生配信もするし、アーカイブも残る。
実際麻奈も……琴乃が言う形で注目を集め、スターダムを駆け上がっていた感じだ。二匹目のどじょうとまではいかなくても、やっぱり宣伝効果は絶大だ。
「あ、でも……頼みたいことって、それだけじゃないのよ?
声優さんで、実績作りのコラボを頼みたいーって人達もやっぱりいるし」
「坪井さん夫妻の一件と同時期にやった、あのインサイダーゲームで一気にオファーが増えたんだよな……」
「いや、あの下ネタ全開のやり口でどうして増えるんですか……!」
「下ネタOKな人もいるからな……」
怜が頬をひくつかせるのは当然だ。あんなヒドい配信は早々ない……が、それが逆にいいと偉い再生回数だからなぁ。
「ならついに、白銀ノエルさんと!」
「それはない……」
「事務所の力ぁ!」
「そこじゃないんだよ! それ以上の問題が君にはあるだろうが!」
「オパーイの魂について触れるのは、さすがにですよね……」
「というかわたくし、いつも思うのですが……あのオパーイの魂云々で、個人が特定できてしまうのでは」
『………………』
恭文君、悔しがらないでくれ! というか君がジンウェンでもオパーイの魂について触れるのがアウトなんだよ! さすがにそれでコラボどうですかーとはこちらから言い出せないんだよ!
「いや、だが『ぶいじげん』ならいけるぞ! 雛見沢在住中にやった、青梅サアヤさんとのコラボ配信も凄い好評だったしな!」
「確かに……あれ、面白かったです。『ポケットの中の戦争』同時視聴配信……!」
「ガンダム初心者な私や千紗でも入りやすかったものね。というか、恭文さんはガンダムに入るならあれがお勧めって言っていた意味、よく分かりました」
「……ガンダムWは、ぶっ飛び過ぎていたしね…………」
あの配信は確かによかった。恭文君の解説も的確だったし、初見組代表であるサアヤさんのコメントもさすがプロと言うべきものだった。
それに……やっぱり作品自体の魅力がな。とにかく恭文君が『好きなものの良さを伝えたい』ってスタンスだから、魅力もよく分かる。
あくまでも人間ドラマで、戦争の悲惨さやすれ違い……そういうものを嫌みなく、少年主人公の視点で……目撃者として、小さなコロニーの中で起きた出来事を見ていくんだ。あれは色あせないだろ。
「だけど牧野さん、やっぱりコラボを申し込んでくるのって……」
「まぁ、君の顔見知りな声優さん達が中心だな」
「そんなに許可って降りないものなんですか? かざねも前例じゃーとか言っていたし」
「炎上のリスク、YouTuberの問題行為……そもそもYouTubeという媒体への信頼性……いろいろな要素でな」
「そういえば星見プロ、YouTubeチャンネルはありませんでしたよね。お姉ちゃんのときもそうでしたし」
「三枝さんもその辺り“慎重派”だから。
なにより……麻奈、売られた喧嘩は買うタイプじゃないか」
「………………ぁあ……………………」
「ちょっとー! 琴乃もなに納得しているの!? 私はそこまで武闘派じゃないし!」
はいはい……マンティコアタロスくん二号ボディで、フローリングの床にぐでーっとしている奴は黙っていろ。実際グランプリのセミファイナルで、リズノワ相手にやらかしているだろうが。
「とはいえそれは俺も同じだ。アイドルマネージメントはともかく、Vチューバーとなるとまた世界が変わってくるだろうしな」
「サポートする牧野さん達側の体勢を整えつつですか……」
「サポートするからこそとも言えるわね。牧野くん達という土台がグラついたら、私達の活動だって危ういもの」
そう……ジンウェンのマネージメントも引き受けたとはいえ、そちらもまだまだ俺達にとっては未知の世界だ。
配信活動のイロハもそうだが、またいろいろと勉強していかないと……って、そうだ。
「だがいつまでも勉強中には留まれない。
……今は怜や琴乃達優先になっているが、ジンウェンにもオリジナル楽曲を作る予定だ」
「本当ですか!」
「なんですと!」
「青梅さんにもツツかれたからなぁ。個人活動ならともかく、事務所に所属したならみんな期待するってさ」
「にゃ、にゃあああぁあ……」
あ、猫耳と尻尾が出てきた。というかぴくぴく揺れて……顔が真っ赤だが、ひとまず喜んでくれているようでなによりだ。
「だったら……恭文さんもダンスやボーカル力を鍛えないと駄目ですね。基礎はできていますから、応用です」
「ん……サポートは、ガチアイドルな私達に……任せて……」
「怜! 雫! いや、あの……ありがと……!」
「そこで素直に折れちゃうのは……いいことよねー」
「本当にそうなったらお祝いだねー。
……あ、でも牧野さんも大丈夫ですか? ここ最近帰りも遅いですし」
「渚の言う通りですよ。熱中症とかもちらほら出てきている時期だし……実はちょっと気になっていて」
「デビュー前で一番忙しい時期だからな……。
ただ、その辺りももうすぐ落ち着いていくし、熱中症対策もきっちりしている。大丈夫だ」
心配してくれる渚と琴乃には、ありがとうという気持ちと一緒に、大丈夫だと笑いも送っておく。
「「……」」
……まぁ、ちょっと通じていない様子なのが気になるが……。
「……よし。じゃあスタミナが付くように、今日の夕飯は僕が作るよ」
「久々に恭文さんの手料理ですの!? それは嬉しいですわ!」
「じゃあさ、餃子とかどう? ニンニク入れないタイプだけど、肉汁たっぷりでご飯とも合うレシピがあるのよ」
『それ最高!』
――こうしてまた一日が始まる。なにせみんな、餃子の口になったからなぁ……餃子だからなぁ! 餃子ってどうして心躍るんだろうなぁ!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……東京に戻ってきて、まずは期末試験……早速期末試験に対処。まぁここは、恭文さんや優達と勉強も進めていたから問題はなし。
というか、恭文さん……やっぱり勉強できるのよね。いや、国家資格も持っている人だし、こう言うのも失礼なんだけど。
でも私と同い年で、学力とか凄いなぁと思うところがあって……おかげで一科目目もすんなり終わり、仕事にも気持ちよく迎える。
ライブバトル関係は、ある意味充電期間的にお休みしていたけど……ここからは違う。
天原さん……舞宙さん達との合宿で、いろいろ学べるところもあったし、そこもぶつけて。
「……るーい」
すると……ほぼ真夏日が差し込むアスファルトが、幻影を映し出す。
私と同じ髪色に、髪型。でもなんか、ぬいぐるみっぽい……まるっこい小さい子が、ふわふわと向かい側から飛んできて。
「るいるいー。る…………い…………」
その子は私を見て、空中で停止し……私と同じルビー色の瞳を開き、右手をぽんとあげる。
…………蜃気楼? いや、まさか……さすがに、いくら猛暑が騒がれる都心だからって。
≪う、うりゅりゅ……うりゅ……!≫
するとスマホからデバイスの声……というか、サーベラスの声が響く。あ、そう名付けたの。
慌ててスマホを取り出すと、画面の中で黒色ぱんにゃなアバターのあの子が、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
更に、うりゅーだけだと私が分かりにくいと思ったのか、翻訳文字まで画面に出してきて……。
――お姉ちゃん……この子、実体がある――
「え?」
――蜃気楼とかじゃない。本物。ガチな……未知生物――
「え……!?」
…………恐る恐る……改めて浮かぶあの子を見やる……。
「……る、るいー」
あ、また手を挙げてきた。えっと、あの………………。
「る……るーい」
≪うりゅ!?≫
「……るいるいー」
「るいるいー」
「るいー」
「るいー」
だ、大丈夫よね? 未知の生物だけど、コミュニケーションは取れているみたいだし……私も右手をピッと上げる。というか天を指差す。
「るい」
そしてあの子も……そうするとなぜだろう。ひときわ天の輝きが強くなったような……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
夕飯の予定もできたので、午後からの予定を改めて確認しつつ、ウィザードボイルダーで都内へ。
そうしてまず訪れたのは、雨宮さんと麻倉さん、夏川さんの事務所さん……まず一発目というか、一番に行かなきゃいけないのがここだった。
伊佐山さんの一件も含めて、今後の対応処理の相談もあるしね。特に伊佐山さんが裁判のやり直しで、釈放って形になったのなら……余計にだ。
まぁみなさんお仕事もあるので顔を合わせるようなことはなかったんだけど……。
(でもまたこないとなぁ)
いや、実は事務所さんと調整しなきゃいけないところや、雨宮さんにも直接お話しなきゃいけないところがあるんだよ。
(……伊佐山さんの更正については、きっちりしないとね)
水嶋さんと大下さんの三人で、横浜刑務所に出向いたときも軽く話したけど……犯罪者の更生というのは難しいところがある。
では、具体的に更正というのはなにを達成することなのか。それは……まぁ言ってしまえば『社会生活の再構築』だよ。
住居と仕事の確保。そこから改めて、社会生活を営む一員となるわけだ。でもこの更正という部分に対し、社会も、司法も、手抜きと言ってしまえる部分が散見される。
前科者という点で生活基盤の確保と成立ができなければ、貧困という新たな“犯罪理由”ができてしまう。それを自己責任や自助努力の欠如だけで片付けるのは問題がありすぎた。
そもそも懲役刑で行う作業も、出所後の生活に繋がるものじゃあないっていうのは、これまで散々言われてきたことだしね。そういう点からも、伊佐山さんにも相応の支援は準備されていく。
で、伊佐山さんの場合……やっぱり服飾関係のスキルが大きいんだよ。でもそっちの仕事で食べていけるようになったとき……もし雨宮さんや麻倉さん達の仕事に絡んだらどうするか。
そこを事務所が事件のことを引き合いにだし、口を出したら? 取引はなしってことになったら?
その時点で伊佐山さんの再就職……生活基盤が崩れ、その更正を邪魔する流れになってしまう。
とはいえそうならないよう“保有スキル”を捨てても問題で……そんな話を事件直後から、ここのスタッフさんと何度か話していたんだ。
もしそれで伊佐山さんが路頭に迷ったら、やっぱり……雨宮さんだって気にするしね。それは僕の望むところじゃない。
まぁ事務所さんも最初は相当険しい顔だったんだけど、ガイアメモリや薬の絡みを話したら、態度を軟化してくれてね。
自分達が直接拾い上げることは難しいけど、再就職先で、伊佐山さんがやり直して、頑張った結果……そういう縁がまたできたのなら、それは応援してもいいって話になったんだ。
あくまでも伊佐山さんの錯乱状態が証明されればの話だったけど……それも、今回のことでなんとか上手くいったから。
「……雨宮の奴にも、改めて話さねぇとな。奈津子も手紙用意しているしよ」
伊佐山さん当人にも、今日戻る前に会ってきた。まぁ裁判のやり直しについては相当戸惑っていたんだけど……でも、プラシルαの被害者達にも、伊佐山さんと“同じ状態”で凶行に走った人達もいる。
そういう人達への示しにもなるってことで、一応納得はしてもらったんだ。その上で、改めて雨宮さんにも…………あとは裁判の結果次第だね。
……実を言うと、伊佐山さんの再就職先については……結構、なんとかなっちゃっているんだよね……!
「ですが伊佐山さんが戸惑ってくれていて……私はむしろ安心しています」
「……まぁね」
シオンの言うことも分かる。
……たとえ薬の罪だったとしても、伊佐山さんがやったことは許されることじゃあない。
伊佐山さんは法の裁きではなく、自分自身を……塀の外で裁いていく必要がある。それもきちんと未来に繋がる行動の上でだ。
幾ら碇専務達が憎かったとはいえ、どうして殺してしまったのか。
そんなことをする前に、もっとできることがあったはず。
それはなんなんのか。どうすればその道を選び取ることが……その勇気が出せたのか。
やけっぱちになって、その権利を蔑ろにするようじゃあ結局意味がない。
薬のせいだったんだからと、あっさり忘れてもやっぱり意味がない。
伊佐山さんはこれからが一番苦しむことになる。一生その問いかけを続け、忘れず、変わっていくことを償いとする。
――――いろいろ考えながらも、次の事務所に……我らが田所先輩のところ。
とはいえ先輩も忙しい人だから、やっぱり外でお仕事中。ひとまずスタッフさん達への挨拶と状況説明で終わり、続けて向かうのは……。
「遙子さん達、いよいよデビューするんだよね! もうアーカイブは見るつもりだったから! 言われるまでもなくだよ!」
そう、かざねのところ……代々木のダイバーエージェンシーだった。
かざねはちょうど手続きで事務所に来ていて……明るい笑顔で出迎えてくれて、ちょっと気が……って、説明が必要か。
冬騎馬先生が殺された一件もあって、ダイバーエージェンシー……かざねについても、警護や状態観測が必要だって判断されたんだ。だからなんだかんだで会う機会は多くて。
「あ、でも田所さんにも話しなきゃ駄目だよ? 千紗ちゃん……白石千紗ちゃんのデビュー、嬉しそうだったし」
「先輩の事務所さんなら行ったばかりだよ。当人はいなかったけど」
「だったらLINE! ライブとかの付き添いや護衛用の連絡グループ、作っているよね!」
「プライベート用じゃないよ!?」
「いいから早く! あたしが見ていてあげるから!」
「どういうことだぁ!」
そしてかざねは二年経って、また奇麗になったし……押しが強くなって。
と、とにかく先輩にもLINEを送っておこう……というかグループだから必然的に、雨宮さん達にも……あがぁあぁああ……!
「つーかなんでかざねは田所と……って、アイラバ繋がりか」
「そうそう。ブラストヴィヴィッド……別シリーズだけど、来年はシリーズ十五周年でクロスオーバーゲームが出るでしょ?」
そうだった。かざね、あれからアイラバの別シリーズで主要キャラのオーディションに受かってさ。ステージにも立つようになったんだ。
だからアイラバ繋がりで、文字通り先輩な先輩とも親しくしていて……他の共演作もあるしね。
「あと……一応いろいろ解決したと言っても、何も言わずすーっと離れたら……さすがにみんな怒ると思うよ?」
かざねがいろいろ見抜いてきているのは辛い……! お願いだから呆れた目もやめて。
「ですが田所さん、まず千紗さんのことを気にしているんですね」
「シェアハウスで会ったとき、大分憧れられたんでしょ? あとおしゃれさんで凄いなーって感心していたし」
「気持ちは分かる。僕も千紗にはいろいろお世話になっているし」
「そうなの?」
「月ストとサニピの衣装、千紗と協力してデザイン……というかイメージソースを作っているし」
「そうなの!?」
そう……千紗のデザインセンスは半端なかった。本当に凄かった。雛見沢にいる間も打ち合わせとかいっぱいしたしさぁ。
≪……牧野さんの碧眼にはぞっとしますよ。普通に無茶なのに、雛見沢で連絡が取り合えるようになったら、一気に話を進めましたし≫
「うわ、なんか凄いことしているんだね! ……そのまま星見プロに骨を埋めないのかな」
「修行とドンパチできなくなるのは嫌」
「言うと思ったよ! ……でも、素人さんなのにあそこまで奇麗にできるのは」
「そりゃあそうだよ。ソースを作って纏めたの……伊佐山さんだし」
「え」
…………そう……実は……伊佐山さんの再就職先……そのアテというのは。
「伊佐山さんって……え、もしかしてあの!? 雨宮さんのグッズとか衣装スタッフだった!」
「その伊佐山さん。
星見プロの三枝社長、もしよかったらって……今のうちから伊佐山さんをスカウトしているのよ」
「はぁ!?」
星見プロだった――。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
全てのきっかけは四月頃。牧野さんがユニットを二つ分けるという決断をした直後。
大まかなコンセプトを聞いて、軽くイラストにしてみたんだけど……これが牧野さん達には受けがよくて。
もっと煮詰められないかという話になったんだけど、さすがに僕もその辺りは素人。これ以上はさすがにと……思っていたところ、一つの引っかかりを覚えた。
琴乃達月ストの衣装、見覚えがあったんだよ。いや、というか…………すぐさま謝り倒し、訂正を申し出た。
つい手癖同然に、他の人が作ったデザインを描いちゃっていたからさぁ。我ながら失敗……と思っていたら……。
『…………あの……三枝さんと仰いましたか?
私がどういう人間で、どういう状況かというのは……まぁ刑務所まで来ていただいて、ぶしつけとは思うんですが』
「蒼凪からも説明を受けているので。
ですが刑務官のみなさんは好意的に受け取っていただきました。あなたが模範囚で、罪を深く悔いているからでしょう」
『蒼凪くん……ショウタロスくん……え、なに……この人、怖い……!』
「伊佐山さん、気持ちは分かります! 僕も言われるがままに連れてきましたけど……正直ホラーですから!」
「だよなぁ! というか……三枝ぁ! お前その調子で莉央に叱られていただろうがぁ! 愛人とこじれた悪い親父同然によぉ!」
「それを言わないでくれ……」
そう……そのデザインというのが……横浜の事件で洗いざらい見た、伊佐山さんが作った衣装や服のデザインだった。
その辺りを説明したところ、三枝さんはだったら会わせてほしいと言ってきて……そうしたらこの有様だよ! 本気で怖いよ!
『それに……私は』
「犯した罪を悔いるのであれば、余計にデザインの世界から引くべきではないのでは?」
『…………雨宮さんにも……お世話になったスタッフさんにも、大変迷惑をかけました。それどころか殺しかけたんです』
「えぇ」
『怪物になった私を……怖かっただろうに、説得してくれて……なのに、私……』
「……分かったような口をまた利いてしまいますが、許してください。
だったら……そこまでした彼女達や、命を張ってあなたと戦い、止めた蒼凪君の行動が無駄だったと思わせてはいけません」
『………………!』
「そうだぜ……奈津子。お前は幸せにならなきゃいけないんだよ。
一生間違いに苦しみ続けることになっても、それでもって……そうしなきゃ雨宮の奴だって、本当に許せなくなる」
……強化ガラス越しに伊佐山さんは、瞳に涙を浮かべる。
「お前をじゃない……どうしてお前の苦しみに気づけなかったんだって、自分をよ……」
『ショウタロス、くん……』
「ハーフボイルド……とは言えませんねぇ」
「アイツ、無茶を承知でお前が出てきたら事務所にーとか話していたそうだからなぁ……」
『…………』
二年間……悔いて悔いて……それでもまだ、勇気が出せない……そんな自分がそこにいるから。
もしかしたら刑務官のみなさんが、こんな無茶で異例な頼みを……収監されているのに、デザインのアドバイスをしてほしいなんて頼みを聞いてくれたのは、そのせいかもしれない。
「……実を言いますと……あなたがデザインした服やグッズについては、私も以前から知っていたんです」
『え……』
「あくまでも雨宮さんやアイラバ関係の衣装として、でしたが。
……こういう仕事柄、アイドルに限らず素晴らしいアーティストのパフォーマンスには、目を配ってしまうもので」
『……………………』
「まぁそんなわけで、あなたが本当に無罪かどうかは……この蒼凪君の手腕にお任せするしかないので、再就職先についてはそのときがきたらという程度で構いません。
ですが……よければうちの若い連中に、力を貸してやってくれないでしょうか」
『私は…………』
「……奈津子」
するとショウタロスが、ガラス越しに笑う。ソフト帽をかぶって、にやりと……それを受けて伊佐山さんは、数秒黙るものの。
『……コンセプトから、改めて聞かせてもらってもいいでしょうか』
苦笑気味に……涙を払いながら、そう告げて。
『蒼凪くんも、デザインライン……没にしたのを見せて。
それで私のデザインに寄っちゃったのなら、多分イメージは共有できると思うから』
「分かりました」
「ありがとうざいます、伊佐山さん」
『お礼を言うのはこちらです。
……勇気を出すことが大事だって、あのときいっぱい叱られたのに……!』
――こうして、異例中の異例とも言える……収監されている伊佐山さんにアドバイスをもらいつつ、デザインのイメージソースを固めることとなって。
でも、これで一歩……伊佐山さんはあのとき出せなかった勇気を絞り出し、悔いるだけでは終わらないなにかに踏み出して。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「――――僕が雛見沢に出向いてからは、千紗に『みんなにはまだ内緒で』とお願いした上で、伊佐山さんとの打ち合わせは引き継いでもらったんだ」
「それでデザインも纏めて……大丈夫なの……!?」
「僕もしつこいくらいに聞いたよ。あの段階だと本当にどうなるか分からなかったし……でも三枝さんも剛気というか」
――確かにその方が安全だ。だが……彼女ほど今の星見プロとお前達に必要な人材はいない――
「……これだよ」
「凄い懐の深さだなぁ……!」
「まぁマスコミにツツかれたとしても、奈津子はこれで名実共に『被害者』だからな。人権侵害で騒ぎ立てた奴らが訴えられるだろうさ」
ヒカリの言うことも暴論だよ。でも……実際伊佐山さんのアドバイスがなかったら、琴乃達の衣装はあそこまで一気に纏まらなかった。ユニットのイメージソースもだよ。
収監されている刑務所の面会……それも二〜三回の面会でそこまでぐいっと纏まるんだよ? 伊佐山さんの能力は本物と言うしかなかった。二年のブランクを経てもなお錆びついていない。
「それになにより、千紗については伊佐山さんとすっかり意気投合して……師匠と仰いでいるしね。
……その辺りが伊佐山さんの更正……罪との向き合い方や、更正のプランにいい影響を与えているのも事実」
「そっかぁ。でも、千紗ちゃんは恭文と違って素人さんなのに……そっちも問題なかったんだ」
「最初は概要を聞いてビビっていたそうだが、能力を見て一発で……だったよな。
奈津子も奈津子で千紗の知識量と熱意に刺激受けまくりとか言っていたしよぉ」
「じゃあほぼ本決まり?」
「あの師弟関係については、裁判の結果じゃあ揺らがないと思う。
……あ、でも」
「先輩達には黙っておくよ。だから纏まったら、ちゃんと恭文から話さないとだよ?」
「ありがと」
「でもそれだと恭文、余計に星見プロから恩義受けまくりだよねー。本当に骨を埋めちゃうんじゃ」
「そうですよ、お兄様……」
シオンもそれをツツかないでよ……いや、いろいろ感謝やら申し訳なさはあるけどさぁ。
「動画編集能力と美術力を買われて、サニピと月ストのデビュー曲MVを手がけることになりましたし」
「はぁ!? え、なにそれ! どういうこと!」
「……スケジュールがタイトで、大がかりな撮影ができないんだよ」
琴乃達の楽曲、実は本人出演のMVが撮れない。時間が本当にないのよ。
そうしたらまぁ、三枝さんがもう……あのノリで無茶ぶりしてきてさぁ……!
「だから僕が作った歌ってみた動画のノリで、みんなのMVを作ろうって話になって」
「でも当人達リアルだよ!?」
「だからイラスト風に起こして……さすがにそこのところは、雛見沢へ出るまえに聴いて、もう纏めているんだ」
「そりゃあ楽しみだなー! じゃあ……星見まつりが終わってから、アップ?」
「そんな感じ……あ、返信きた」
さっき送ったメール……ガード絡みじゃないので、返信は大丈夫ですとも言ったのに。
「どれどれ……『伊佐山さんの再裁判が内々ですが審議開始されました。あと千紗や星見プロのみんなが、みなさんにもアーカイブでもいいので、デビューライブを見てほしいそうです。(特にありがサンキュー先輩)』……恭文ぃ」
「なによ、その顔は」
「もうちょっと味や素っ気をさぁー」。
――ありがサンキュー言うな! あと、アーカイブなんて言わず直接見るよ。実はちょうど午後からはオフだしさ――
――いいなー。あたし達は仕事だからアーカイブ。
あ……でも例の古美門先生対策で、改めてニセコイ依頼はするから。予定は開けておくように――
「女神様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「だから早速弄られて……って、対策?」
「古美門の奴、テンプレな女ったらしなんだよ。まぁ長続きしない方だが」
というか待って! 僕一応ほら……星見プロの人員として、裏に控えるなりしなきゃいけないだろうしさぁ! それでくるって!
――じゃあちょうどいいから話し合えるね。
……わたしのマイスイートエンジェルと! ファミレスデートした件について!――
――はぁ!? なにそれ! あたし知らないんだけど! ちょっとどういうこと!? 今すぐ返信しろ! 既読ついてんのバレてんぞ!――
――美味しかったよね。ハンバーグ……また食べたいなぁ――
――うぎゃああぁああぁあ!――
――否定すらしねぇし!――
「恭文、アンタ……これ麻倉さんだよね! なにしてんの!? おかげで地獄絵図だよ!」
「違う違う! ジョイフルに案内しただけだよ!」
「ジョイフル?」
あ、かざねは知らない……のも仕方なかった。なにせ関東圏での知名度は、若干って感じだし。
「九州ローカルのファミレスだよ。数は少ないんだけど東京に出店していて……ほら、麻倉さんって九州出身だから」
「地元の味だから!」
「それ」
「更に言えば、そのときは同じく九州生まれのいちごもいたんだよ。デートなんて色気はねぇって」
そうそう……だから…………デートじゃないんだよ! アイラバ絡みのお仕事でガードに回ったとき、返りに赤坂のお店へ寄っただけだし!
この誤解だけは解いておかないと……これだけはきちんとしておかないと! 間違いなく僕の命に関わる! というか、返信不要と言ったのに侃々諤々だし!
≪でも、千紗さんは大喜びでしょうねぇ。さすがに来るのは無理だと思っていましたから≫
「そもそも星見市は都内じゃないしね。じゃあ……これいらないのかぁ」
抜かりはなかったんだけどなぁ……そんなことを想いながら、額縁に入った先輩の宣材写真を取り出してみる。
「千紗のモチベを上げるため、先輩の写真も用意していたのに」
「……恭文……アンタはまたぁ……!」
――――もうすぐ夏。
一つの事件が終わり、またまたやってくる夏。
今年の夏も、変わらずに……そう思っていた。少なくともこのときは。
ずっとみんなで……みんな一緒で……そんなふうに、自然に……目を背けるように。
……みんなと戦う“最後の事件”が始まるのに……もう始まっているのに……。
≪……お急がしいところすみません。優さんからメッセージです≫
「優から?」
≪瑠依さんが……妙な生物を拾ってきたそうですし≫
「はい?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一体なにがどうしたのかと思って、急遽予定変更。まぁちょうど帰り道だったし、寄り道するだけだよ。
とにかくかざねに見送られ、新宿……今日トリエルが久々のライブバトルを行う会場へ向かう。
優が既に話を通してくれていたので、そのまま控え室の方に。
「はいー」
「……ライブバトル復帰一戦目、快勝したらしいね。おめでとうー」
「え、お兄ちゃん!?」
「おぉ、待っとったよー。そのままどうぞどうぞー」
「優、待って! あの、髪を直して……あ、その前に汗! 汗かいたから匂いが!」
「大丈夫よ! むしろそれがご褒美や!」
「優!?」
「……お兄ちゃん、一応服は著ているので……全てを無視して入ってきてー」
すみれ……若いのに苦労しちゃってまぁ。また優しくしようと、控え室に入ると……。
「ようお前ら−。また元気」
「るいー」
「……そうなんだが……また変わった友達を作りやがったなぁ……」
ショウタロス、軽く引いているね。瑠依そっくりな小さい奇妙生物が、ぷかぷか浮いているんだもの。そりゃあびっくりするよ。
でも、この子って……あれ…………。
「やっぱりそれで来てくれたんだー!」
「……でもどうされたのですか、その子」
「瑠依ちゃんがこの前のお仕事で、道すがら拾ってきたんよ。なんや懐かれたみたいで」
「るいー」
懐いたというのも嘘じゃないらしく、瑠依の頭に乗っかり……というか突然くしを取り出し、瑠依の髪型を整えてあげる。
更に制汗スプレーまで出して、ピンポイントにプッシュ……瞬く間に瑠依はまぁ、ぴかーって擬音が聞こえそうなほどに整って……!
「るい」
「あの、ありがと。
……恭文さん、どう……ですか?」
「う、うん。あの……また奇麗になっているよ」
「そう、ですか。だったら……嬉しい、です……」
瑠依、あの……そんな真っ直ぐにこっちを見て笑いかけないで。なんか、どきどきして……ああぁああぁあぁあ……!
「悪意はないようだなぁ。というか……恭文、コイツ」
「……もしかして、あおの同類……!?」
「あお?」
「前に、ちょっとしたことで知り合った子だよ。僕そっくりな、この子みたいなぷちきゃら」
「他にもいるんやな、この謎生物……」
「というか、お兄ちゃんそっくりもいるなんて……いや、でも今はありがたいよー!」
「そやな。とにかくうちらも未知数で……経験者さんがいるだけでも救われるわ……!」
すみれ、優……おのれらそんな必死に。特に優、おのれは瑠依の汗も含めたフレグランスに酔いしれていたでしょうが。変態街道からどうしていきなりまともに戻れるのよ。
「……るいるい……」
あの瑠依そっくりなぷちが、僕に近づき……周囲をぐるり。
そうして僕を頭の上から足の先までずいーっと見つめて、ショウタロス達も確認して……。
「……るーい」
そうして瑠依より低音な声を響かせながら、天を指差し……あれ、どこからか光が差し込んで……。
「そう……おのれはてんどーさんって言うんだね」
「お兄ちゃん……そっか、動物さんとお話できるから!」
「ほんま助かるわ。もう瑠依ちゃんもちゃんと会話できているかすら判別できんし」
「すみれ……それなら大丈夫って言ったじゃない。てんどーさんって名前も説明を」
「瑠依ちゃんは自分が狂っていることに気づいて!? 今すぐに!」
「すみれ!?」
「というか今の、自己紹介やったんか」
「では名乗りましょう……私はシオン。お兄様のしゅごキャラであり、この世を照らす聖なる太陽」
いや、シオン? 対抗しないで? 天を指差さないで? というか……また光が! また別の光がどこからともなく!
「てんどーさん、あなたを照らす太陽もまた、私ということになります」
「……るいるいー」
あれ……てんどーさんが急に離れてったんだけど。シオンから一気に距離を取ったんだけど。
「あら?」
「……るいるい…………るい…………」
しかももじもじして、目を合わせようとしない。さっき僕には……あれ、なんかこの感じ、覚えがあるぞ……!
「あー、その子、どうも人見知りさんみたいなんよ」
「私達とも、最初目を全く合わせてくれなかったんだよね」
「……お兄様、この反応は……」
「…………雨宮さんだ……!」
「え、恭文さんが世界の誰よりも愛しているというあの」
「違うからね!? ……雨宮さん、人見知りが激しい人ってのはラジオとかで何回も語られていてね?
しばらく会わないと距離感がゼロに戻るとか、目を合わせてくれないとか……アルコールがないと人と仲良くなれないとか」
「えぇ……!?」
僕には年下だし、舞宙さんの彼氏ってことで頑張っていたみたいで、特にそういうのはなかった……というか、僕自身そういう距離感の読み合いが苦手だから、よく分からなかったんだよね。
だけどライブやお仕事の付き添い……というかガードを頼まれたときとかに、担当したPSAの先輩達は口を揃えてこう言っていたのよ。なかなか目を合わせてくれないと。
そのために慣れている人間じゃないと、ガードに差し支えが出るのではーって意見も出たくらいで……しかも雨宮さん当人は、護衛対象として決して問題人物ではない……むしろ善良なくらいだから、余計に重たかった。
「私達も、ラジオで……知らない面々とのイベント出演について触れたとき、“アルコールくれよ”と宣ったのは衝撃でした」
「言っていることが完全にアルコール依存症患者のそれぇ!」
「……それでようアーティスト活動できるなぁ」
「るい……るいるい! るいー!」
(特別意訳:それです……私にお酒を! お酒があれば普通に話せますー!)
「……って、おのれもかーい!」
「お酒要求したんか! 今この瞬間に!」
「それほんと駄目なやつぅ! 造り酒屋の娘として許可できないよ!」
「まぁ、この調子なら悪意もなさそうだが……マジでどっから来たんだ……」
こうしてアイドルに……トップに立つという目標へ一直線だった天動瑠依の生活は、また少しだけ変化した。
それが瑠依にとって吉と出るか凶と出るかは、これから…………。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
午後七時……恭文が作ってくれた餃子、本当に美味しかった。
ニンニクはないから、アイドルの私達でも、外回りもある牧野さんでも食べやすい。
あっさりしながらも食べ応えのある味で、身体中に活力が溢れるのを感じていた。
でも一体なにが違うんだろうと思っていたら、皮らしい。皮はラーメンで言うところの麺。皮という土台がしっかりしているからこそ、具材の美味しさが引き立つと。
(……だから皮も出かける前に生地から作って、寝かせて、手打ちで纏めて、包んで……凄い技術だよね)
おかげで私達は元気いっぱい。やっぱり疲れは相応に溜まっていたみたいで……でもそれが取り戻されていく。
『――――ご馳走様でした!』
「お粗末様でした」
そうして……食べ過ぎかってくらいに……笑っちゃうくらいに餃子を食べまくって。私達は笑顔のまま両手を合わせる。
…………本当に……美味しかった! なんだろうね、この満足感!
「ぱりぱりの皮……肉汁たっぷりだけど、ニラやニンニクは入っていない食べやすい味……最高だったぁ……」
「ん……やすふみ、うであげた……美味しかった……」
「ありがと、久遠」
それは那美さんと妖狐の久遠……妖狐なのよね? 妖怪なのよね? まぁ可愛いけど……とにかくみんなもう満足。
「あ……そういえば恭文さん、聞きましたわよ? 衣装関係で千紗ともども師匠がいるとか」
「それもあったわね。それが例の伊佐山さんだったなんて……」
「……千紗……というか牧野さん?」
「みんなには納得してもらっているよ。……三枝さんが手腕を発揮しまくって大変だったところも含めてな」
「でも、師匠は凄い人です……紹介してもらってよかった……!」
「……まぁ諸問題は例の……『東京』が潰れたことで解決していますし、とやかく言いませんけど……相当異例ですよね」
「伊佐山さん当人が『頭おかしいんじゃないの?』って恐怖しまくっていた程度にはね」
「常識的な人みたいでよかったですわ……!」
うん、それも聞いている。牧野さんどころか、顔見知りでもある恭文とショウタロスですら失禁するレベルで恐怖していたと。
(とはいえ……千紗がそこまで慕う理由もよく分かる)
実際月ストやサニピの衣装、凄くいい出来だもの。仕上げはプロのデザイナーさんと言えど、イメージソースからしっかりしていなかったらこうはならない。
「とにかく……私は師匠がちゃんと……外で罪を償う形になったら、是非星見プロに来てほしいです……!
衣装の修繕や手直し……デザイン関係も、師匠がいればより迅速かつ的確にできるでしょうし」
「……千紗……おのれ……完全にそっち側のスタッフ意見だけど、大丈夫? 一応出演する側だからね?」
「というか、そっち関係の仕事はまだ始まってすらいないわよね……?」
……って、話し込んでばかりもいられないわね。お皿の汚れが染みつかないうちに……そう全員思ったのか、自然と一斉に立ち上がっていて。
「じゃあその辺りの話も、後片付けしながらね」
「ここはわたくし達に任せて、恭文さんは休んでいてくださいな」
「それは嬉しいけど、月ストメンバーには一つ仕事を頼みたいのよ」
「仕事?」
「ちょっと待っててね」
恭文は食卓のお皿を全て洗い場に持っていって、水につけてから……。
「これ」
ある用紙数枚を渡してくれる。そこに書かれていたのは……。
「……デビュー曲≪月下儚美≫の歌詞よね。というか、私達のパートわけ」
「全部書き起こして。
できるだけサイン風な感じで……それをMVの中で出す」
『はぁ!?』
「……あ、それは俺や作詞家さん達も許可を出しているから、安心してくれ」
すると牧野さんが、それがあったかと苦笑気味に……。
「構成としては……あ、資料の三ページ目からを見て」
慌ててページをめくると……ふむふむ……あぁ、そういう……!
「あぁ……歌詞をわたくし達の字体で出すのですね」
「共通パートはおのれらの字体を見て、僕が上手く繋いだ物を使う予定。
曲も聴かせてもらったけど、おのれらについてはこういう方が合っていると判断した」
「わぁ……なんかいいかも! かっこいい!」
「えぇ! 特別感がましましですわ!」
恭文……事件対処もあったのに、ここまで考えてくれていたんだ。決して器用な方じゃないから、こういうの作るのも時間がかかるって……そう言っていたのに。
「ということは……恭文さん!」
そうだ、それならさくら達サニピも。
「あ、おのれらは既存フォントでなんとかなりそうだから大丈夫」
「あがぁ!?」
「というか、おのれらについてはもうさくさく進んで仕上がった」
「嘘でしょ!?」
「遙子さんの魂を書いていると、筆が進んじゃって……」
「あら!」
『ちょっとぉ!?』
……かと思ったら、とんでもない格差を突きつけてきたんだけど! この馬鹿ぁ!
「あらあら……いけない子ねー。ハグしちゃったから、お姉さんに夢中ってことなのかなー」
「いや、喜ばないでくださいよ! セクハラですからね!? あと逆に私達にも失礼ですよ!」
「そ、そうです……私達、確かに……遙子さんには勝てませんけど……!」
「余りに無慈悲……」
「お願いですから遙子ちゃんとだけは比べないでください! 横に並ぶのちょっと躊躇うくらいなんですからぁ!」
「さくらちゃん!?」
「怜、千紗、雫、さくら……大丈夫! 四人の……みんなの魂も輝いている!」
「私を巻き込まないでください!」
怜の言う通りよ! というかそれで納得するわけが。
「…………恭文さん!」
「ハ王……!」
「千紗、雫−!」
「…………心……洗われました……」
「さくらぁ!?」
いや、三人とも感動しないで!? 揃って手を繋ぎ合わないで!?
そこが問題じゃないはずなのよ! 魂の輝きとやらを感じ取れるセンスに問題があるのよ! そりゃあ共感力とかあるかもしれないけどぉ!
「……姉としては聞き捨てならないんだけど……千紗はそれでいいみたいね」
「というか、雫とさくらまで……なんで涙を浮かべておりますの?」
「……人選を間違ったかもしれない……!」
「それも今更だよ、牧野くん……というか、ここでやっぱりやーめたってなっても制作料にプラスしてキャンセル料だよ?」
「きっと凄く吹っかけてくるよ? 恭文君、そういうときはほんと陰湿だから」
あぁああぁあ……お姉ちゃんと牧野さんまで絶望しちゃって! 本当にこの子、どこまで人を振り回す悪魔性癖で生きているのよ!
それ以前にコイツ、雛見沢に滞在中……これを進めている間、ずっとずっと……魂について…………!
「………………!」
「いや、その前に琴乃ちゃんだよ! こ、琴乃ちゃん……落ち着いて! 深呼吸だよー!?」
「……芽衣は、いいわよね……輝くほど魂があって……」
「芽衣の胸を見て話しかけないで!? いや……琴乃ちゃんよりは大きいと思うけどー」
「芽衣ちゃん、煽らないの! あの、琴乃ちゃん……ほら、やっぱり深呼吸だよー。まずはそこから」
「そういえば渚も…………ふふふ……ふふふふ……!」
「琴乃ちゃん!?」
そっかぁ……つまるところ、全部……。
「………………恭文ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「ひゃあ!?」
「洗い物はやっぱり私達がするから、ちょっとそこで正座してなさい! それから説教よ!」
「なんでだぁ! 僕がなにしたってんだよ!」
「そうだよ、琴乃ちゃん! 恭文さんの目を見て!?
嘘なんてない……嘘偽りなく! 恭文さんは私達みんなの魂が素敵だと思ってくれているんだよ!」
「「うんうん!」」
「さくら……というか千紗と雫も正気に戻って! それを堂々と宣う時点でクレイジーじゃない!」
そうよ、全部コイツのせいじゃない! だったら説教してやる……。
「私が! 相棒である私が! しっかり手綱を握らないと!」
「誰が相棒だぁ!」
「私よ!」
――こうして、私達は夏を迎える。
月と太陽……そんな私達が、産声が上げる夏を。
そして……恭文が、暖かくそばにいて、見守ってくれている『夢』達と別れ……ううん。
その夢の先へ進む、第一歩を踏み出すための……夏を。
(その12へ続く)
あとがき
恭文「というわけで、いよいよ夏……アイプラ編最新話、次回こそ琴乃達のデビュー。
伊佐山さんも再登場したりでカオスな感じに……そして剛気な三枝さん」
いちご「まぁ私達としてはありがたいけど、大丈夫なの?」
恭文「業界の暗黒面も知っているそうなので」
いちご「ジェダイの騎士かな?」
(違うようです)
いちご「それで、今日のアイプラキャラ紹介は……!」
fran「………………あの……私、ここに出ていいんですか?」
恭文「はい。今日は特別ゲスト。このお話の段階ではBIG4……VENUSプログラムの頂点に立つ一角である、IIIX(すりーえっくす)通称スリクスのセンター。山田さんです」
fran「だから山田言うなぁ!」
恭文「じゃあフラタロス」
fran「ぐ……まぁ、いいですよ。山田よりは」
いちご「……山田……?」
fran「……franは芸名で、本名が≪山田・フランツィスカ・夏織≫なんです。ただ、この外見で山田ってあまりにも……あれで……」
いちご「よし、恭文くんには私から言っておこう。どうもお気に入りの子には意地悪するところがあってね」
恭文「いちごさん、それは誤解です。僕はコイツらに最大の警戒を……んんちゃあぁああぁああぁ! ほっへはへー!」
fran「……絹盾さん……やっぱり強い人……!」
(というわけで、先日ゲームにも実装されたスリクスの一角です。
金髪碧眼の超絶モデル体型の美人さん)
恭文「えー、フラタロスはパリコレにも出たことがあるトップモデル。所属は大御所の息子が設立した大手事務所のプレタポルテ。
声優はLynnさん。
六月十一日生まれで、物語登場時は二十二歳。このときだと二十一歳だね」
fran「スリクスも結構長く続いていますから」
恭文「趣味はファッション、株、お金になること……もっと言えば儲け話。
経営学、アニメ漫画全般」
いちご「アニメ関係好きなんだ」
fran「オフは大体、家に引きこもってオタ活って感じなので。……だから、絹盾さんとお会いできて本当に嬉しくて! デビュー当時からファンでした!」
いちご「ありがとー」
fran「ポプメロもいいユニットだと思います。ほんと……ストレスフリーそうで…………はぁ…………」
いちご「どうした?」
恭文「……スリクスのメンバー……kanaとmiho……カナタロスとミホタロスも含めて、呉越同舟で仲もさほどよくないので」
いちご「えぇ……」
fran「まぁこういう場なんでぶっちゃけますけど、いろいろ合わないんですよ。アイドルもお金のためにやっている感じですし……」
恭文「フラタロスはモデル時代、独自のファッションブランドを立ち上げて……見事に失敗しまして。借金が一億あるんですよ。
なので今の目標は、アイドルとしての名声で借金を全て返済し、更に新しいブランドを立ち上げることになります」
いちご「あ、それで経営学と! それで株……凄いなぁ」
fran「……目くじら立てないんですね。不純だとか」
いちご「お金は大事だもの。もちろんうたうたいの一角として、思うところがないって言ったら嘘になるけど……株ができるだけで、もう神様と言っていい……」
fran「神様!?」
恭文「……いちごさん、前にデイトレードのシミュレーションゲームで、悉く大赤字を出しまくったんだよ。実際の株も、いちごさんが上がるーって言ったのは悉く不祥事やらで下がって……」
fran「………………絶対に、株に手を出してはいけません。いいですね?」
いちご「ひどいよー!」
(神刀ヒロイン、その辺りはトラウマらしく涙目)
恭文「とにかくスリクスの面々は、いわゆるチームワークや連帯感って意味では最悪。
ただ……お互いアイドルという“手段”を持って叶えたいものがあって、そのために勝ち上がるという点は一致している。それで協力し合う関係って感じだね」
いちご「……だから私達がストレスフリーと……」
fran「性格的に合わないけど、その目的を達するために一番信用できる相手……となると、これがなかなか」
いちご「とすると、わりとまじめで仲良しな感じもカバー」
fran「そう、なりますね……」
いちご「……逆に疲れない?」
fran「それを言わないでくださいー!」
恭文「とはいえ、アイドルの仕事が全く楽しくないとか、そういうこともないんだよね」
fran「ファッションの次くらいに、ですよ?」
いちご「うん、だったら問題ないよ。お仕事が楽しめている……それが一番だ」
fran(……恭文さん、絹盾さん……どうしてこんなに)
恭文(おのれもご存じの通り、いちごさんは元々温泉旅館の跡取りとして育てられた人だしね。
経営者として、それぞれの事情やスタンスに配慮する大切さは痛いくらいに知っているんだよ)
fran(納得しました。でも……それなら余計に株についてのマイナスセンスは危ういんじゃ……!)
恭文(……あすかさんと水花さんも頭を抱えていたなぁ)
(このお話では登場する予定もないスリクスのお話でした。
今まで出てきたアイドル達とは明らかに方向性が違うスリクス……その今後は如何に。
本日のED:Two-Mix『JUST COMMUNICATION』)
ナレーション『おまけ………………てんどーさんです』
てんどーさん「るい……」
ナレーション『瑠依にそっくりなプチキャラです。その瑠依に拾われました』
てんどーさん「るい……」
(てんどーさん、『初めましてー』のポーズ)
あお「おー♪」
たかにゃ「しじょ……」
ふぇー「ふぇふぇふぇふぇ……ふぇー♪」
てんどーさん「………………るい…………」
(てんどーさん、ぷち達からちょっと顔を背ける)
ふぇー「ふぇ?」
てんどーさん「……るい……るいるい…………」(もじもじ……)
ふぇー「……ふぇー!」
てんどーさん「……るい……」(もじ……)
あお「…………おー」
たかにゃ「しじょー」
(あおとたかにゃ、揃って『少しずつ仲良くなろう』のポーズ)
ナレーション『てんどーさん……ちょっと人見知りのようです』
ふぇー「ふぇ!? ふぇふぇふぇふぇ……ふぇー!」
るい「……るい…………」
(てんどーさん、天を指差し、光を浴びる……)
ナレーション『てんどーさんは、太陽だそうです』
ふぇー「…………ふぇー♪」
(ふぇー、自分も空を指差し……勢いで電撃発生)
るい「るい!? る、るるるるるる……るいー!」(びくびくして全力脱兎)
ふぇー「ふぇ!?」
たかにゃ「しじょしじょ、しじょ」
あお「おー」
ナレーション『てんどーさんは、突発的なびっくりが苦手です』
るい「る、るい……るい…………」
???『………………』
(そんなてんどーさんの前に……路上の脇から這い出てきた、黒いなにか)
てんどーさん「………………るいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!」(また脱兎……全力脱兎)
ふぇー「ふぇ!?」
あお「……おー!」(ハーディスを取り出し、黒い何かを射撃……一瞬で撃退)
くもさん「…………」(びっくりして何事かと出てくる)
とんぼさん「……」(たまたま飛んできた)
かまきりさん「…………」(やっぱり出てきた)
てんどーさん「るい! るい! るい! るいぃぃぃぃぃぃぃ…………るぅぅいぃぃぃ…………」(ばたり)
たかにゃ「しじょ!」(慌てててんどーさんを抱えてカバー)
ふぇー「ふぇふぇふぇ……ふぇー?」
くもさん・とんぼさん・かまきりさん「「「……?」」」
ナレーション『てんどーさんは、虫全般が苦手です』
(おしまい)
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